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終活?いつの頃からだったか、「終活」という言葉が聞かれるようになったが、かくいう私も終活に勤しんでいる。いえ、明日死ぬとかそういうことではない。毎日の「今」という時の終活という意味である。妹の結婚の引っ越しに便乗したのをきっかけに片付け始めて早10年。断捨離を進めに進め、今や当時の一割ほどの持ち物となった。部屋を山のように占領していた小さなぬいぐるみは現在一つのみ、タンスや机や大きな家具もなくなり、小さな棚と小さなテーブルと一人掛けのソファーを優雅に置いている。がらんとして風通しが良く快適な私の部屋は、もう最高に気持ちいい。いろいろ解約もした。カードや、使っていない昔契約したものなど、ネット会員をも含めて今必要のないものは片っ端から登録を解約。アプリも削除。冷えとり健康法の半身浴で毎日身体の老廃物を出し、持ち物も長年かけて処分し、とにかく体も心も余分なものがごっそりと削ぎ落とされて、とてもさっぱりしている。実際に無駄な贅肉も落ちて体は引き締まった。終活という言葉は、なにも高齢者だけに限られた言葉ではない。私の言う終活とは、こういう意味である。もともとゴテゴテしたことが好きではなく、簡素なものを好む。このブログもそうだが、「淡々と」という言葉が私にはぴったり当てはまるような気がする。こんな難病を患ったほどなのだ、以前の私はよほどのストレスの中で生きていたのだろう。その鬱憤を晴らす手段が買い物だったが、今ではストレス発散と買い物とが結びつくことはない。一度このスッキリとした心地よさを味わうと、終活をしてよかったなとつくづく思う。
2019/06/30
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続・もんじの問題妹が「だいぶん落ち着いた」と言いました。そう言うぐらいなので、落ち着いたのだと思います。子供はこうやって成長していくのですね。もんじよくがんばったね。来週は、早めの夏休みを楽しむそうですよ。
2019/06/29
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夏とアトピー最近初めてわかったことは、夏が苦手ということとアトピーは密に関係している、ということ。私は以前からもう夏が辛くて堪らないが、それは暑さという理由に加え、アトピーの悪化という連鎖に陥るからだと思う。汗をかくと体中がかゆくなり、汗もが毎年ひどく、だから夏が嫌だという方程式ができあがる。そもそも幼い頃から暑さというものに体が付いていけず、いつもぐったりとしていたが、アトピーはそれを2倍にも3倍にも倍増させるのであった。が、38歳、こんな年齢になって皮膚が見事にしっとりとしたベールを覆ったようになり、アトピー克服と言っても過言ではないような白い皮膚に生まれ変わった。湿疹の出ているところはもう少し時間が必要だが、そのほかは自分でも見たことのないように白くきれいなのである。そうすると、汗ももできない。汗よりも皮膚の方が強くなった。ということはつまり、かゆいというイライラして神経の高ぶった状態にならないので、ストレスがかからない。こんなに楽に過ごせるのだな、という好循環が巡るようになる。私のアトピー人生の中でこんな日が訪れるなんて思ってもみなかった。かゆいというストレスは半端ない。夜も眠れない、のたうち回るようなかゆさは人生を疲弊させ、もう何も考えられないし、自信も失ってゆく。そうやって過ごしていた引きこもりの頃を思い返すと、今はなんて天国にいるのだろう。今出ている湿疹が完治したらば、もしかしたら夏が好きと言うようになるかもしれない。背中の湿疹が始まったのが、2年前の5月だった。現在6月、皮膚の調子はいい。さて、今年の夏はどうなるでしょうか。
2019/06/28
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All is true「もしも出世なさりたいのなら、まず最初に、感情をそんなにむきだしになさるものじゃありませんのよ」「あたしたち女は、誰もほしがらないものはけっしてほしがらないものです」「ほんものの感動というのは伝染しやすいものであるから、」「世の中って汚辱の泥沼よ、高みに踏みとどまるようにしましょうよ」「短刀でこちらの心臓をぐりぐりえぐっておきながら、短刀の柄(つか)のすばらしさを自慢するひとが、いつだっているものなの」「丁か半かそれだけのことじゃないか」「人間てのは、上だって下だって、真ん中だって、いつもおんなじなんだ」「人間は一つの戯曲(ドラマ)である」「おれたちの幸福なんて、君、いつでも足の裏から後頭部までの間に収まっているのさ」「これ以上何をお望みなんです?美しくて、若くて、愛されていて、お金持でいらっしゃるというのに」「可能なものによって不可能なものまで証明し、期待によって事実をもくつがえすというのが、女性の本性のなかにあるひとつの特質である」「人間てのはすべてか無かなんだ」
2019/06/27
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オープンした本屋ある商業施設にワンフロア大きな書店がオープンしたので、そりゃあ、ほれ、やっぱり行ってみた。私は海外の岩波文庫と新潮文庫の棚の前に立っていることが好き。小さい棚であれば、そこに並ぶ大体の題名はわかるようになった。大きな収納の棚であれば、復刊なども結構揃っており、ほほぅ、次はこれを読もうか、などとただただずーっと考えながら佇んでいる。さて、そのオープンしたての本屋。最近よく見かける文具や雑貨も併設した巨大本屋で、ザッと見回したところ、今流行りのマンガが異様に床を占めていた。まずは新潮へ。うん、どこへ行ってもこんなもんだな(笑)ではお目当ての岩波へ、と言いたいところだが、なぜか棚が見つからず、何度見ても文庫コーナーにはない。あれれと思い広い本屋を一巡りしてみると、追いやられたように隅っこの壁へへばりついているではないか!私は愕然とした。まぁびっくりするほどひどい品揃え。これは必ず本屋には並べておくべきだろうという有名どころなど一つもなく、見たことも聞いたこともないような題名のものが全巻揃っていたりした。うーん、これでは誰も買わないし(いえ、買う人なんて少ないことはわかってるけど)、そもそもこんなに陰気な空気に淀んだこの棚の前をすら通らないだろう。早々に埃が溜まること請け合いだった。そこでふと思った。そういえばマンガのコーナーだけやけに力が入っているようだったな…、と。なるほど、おそらくこの本屋はマンガの知識に精通している人が責任者なのであった。岩波と新潮を見て、その本屋の力量をはかる。もうここへは行かないでしょう。(なんて偉そうでしょう!)
2019/06/26
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あっちへオペラを見たりバレエを見たり。小説を読んだり美術館へ行ったり。それは生きる為。趣味・娯楽を通り越して、もうそれは私がこの世でなんとか踏ん張って生きる為のように思われる。ふとあっちへ行ってしまわないように。
2019/06/25
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No.12今読んでいる小説がすこぶるおもしろい。実は数年前に読み始めたものの挫折してしまった小説で、今回再びチャレンジしてみたのだが、いやぁ、これが楽しい。痛快というか、皮肉たっぷりで、いつの時代も結局は変わらない悩みの中で人々は生きているのだな、ということをひしと感じている。数年前の私はまだまだお子ちゃまだったのだろう。実はこの小説、1800年代前半のナポレオンの頃のお話。今これを読んでいることを今楽しみたい。No.12
2019/06/24
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白いシャツいつからだろう、一年の半分を白いシャツしか着ていない。一年の半分というのは、要するに春〜夏〜秋にかけてのことだが、麻100%の長袖の極めてシンプルなYシャツのようなシャツを、寝ても覚めても着続けている。おそらく7年ぐらい?麻は気持ちいい。汗をかいても大丈夫。襟つき長袖だから紫外線防止にもなるし、腕の湿疹も隠れる。白、を上半身に着ることが一番好き。白なら汗染みも目立たない。これが理由だろうか。これまで10枚以上は着潰して、現在3枚持っている。好きなメーカーがあって、他のメーカーの物も着てみたいような気がして買ったものの着心地はいまいちで、結局はここへ戻ってくる。また、出かける時に何を着ようか考えなくていい。私にはそれがいい。
2019/06/23
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石の上にも三年頭の一部の湿疹はほぼ完治した。背中の日の丸湿疹も、まだまだ完治にはほど遠いけれど、血や黄色い汁がネチネチした生々しい峠は越え、色素沈着の鈍い色になってきた。左耳の中もほぼ完治。髪の毛は抜け、シーツの上にバスタオルを敷かなければいけないほどの大きなシミ、耳の穴を塞ぐほどのかさぶた、あれらを思うともう胸が詰まって言葉も出てこない。本当に良くなった。ようやく乗り越えられたと言っていいと思う。今湿疹が出ているのは、右腕の手首〜ひじまでの「外側」、両手の指全指、左耳のめがねを置くところ、右耳の中、といったところか。首は汗も。顔、左腕、股にも少し残る。来月でこの湿疹日記を書き始めて3年になる。遥か遠い昔のような気がするが、石の上にも三年、なのだろうか?
2019/06/22
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ようやくヘルペスが治った。ようやくヘルペスが治った。鎖骨の上だったから治りは早い。リュックは背負えなかったし、なかなか大きかったし、もう当分は勘弁。(跡形はいつまで残るでしょうか…。10連休の顔の跡形は今もしっかりあるし…。また次のがそろそろできるんじゃ…。)今日はお気に入りの写真から。
2019/06/21
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自分治療「更新」のお話半身浴をし始めて2年と11ヶ月。蛙さんが大合唱してくれてうれしい。ようやく今わかったことは、分厚い丈夫な皮膚が一枚出来上がると、汗もも出ないということ。38歳になって初めて知る。左腕の湿疹は色素沈着はあるものの9割方良くなり、もう半袖が着られる。すごい!が、なぜか右腕の「外側」が例のごとくまたまたぶり返してしまい、結局今年も半袖は見送ることになりそうである。(おそらく右腕は既に3年半ほど湿疹が続いている。)あーあ、半袖着るつもりでいたんだけどなぁ。今年はコンタクトが再開できたんだから欲ばっちゃダメね。来年に期待しましょう。綿棒はほとんど使わなくなった。背中の日の丸も、血や黄色い汁は出なくなってきた。頭の湿疹も落ち着き、ツンツンと生え始めた髪の毛も順調に伸びて馴染んできた。(そういえば、中学生の頃、生えかけの飛び出した短い毛のことをアホ毛と言ったなぁ…。)これだけ楽になると、精神が安定する。首の汗も、右腕の「外側」、左耳のめがねを置くところ、そして最近はヘルペスのオンパレードだが、これは致し方ない。ヘルペスができる度にやさぐれるけどね。だって、ヘルペスの跡形だらけなんだもん。
2019/06/20
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土台ひどくおこがましいが、ちょっとやそっとの歌唱では感動しない自分がいる。まがりなりにも音楽を学んだ経験があり、趣味に落ち着いた今だからこそ素直に楽しめるようになった反面、耳は肥える一方で、年齢に逆らい聴力はますます発達していく様子。日々を無音の中で生きているせいもあり、とにかく敏感に反応する。また、どうしても心の底から楽しめなかった自分はいつの間にか消え去り、上手い歌手には涙を流すほど感動したりもする。感情の持って行き方がプロだなぁ。低音から高音までこんなにも声質が変わらないで歌えるなんてすごいなぁ。声に煌びやかさがある。以前とは違う音楽との関わり方になっても、やっぱり私には音楽が土台として在り続けているようである。
2019/06/19
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蛙さんと恐竜相変わらず、もんもんへのプレゼントやお土産と言えば絵本だが、1年ほど前からもんじが恐竜に興味を持ち始めて以降、私も気をつけて恐竜の絵本を探したりしている。私自身の人生で、恐竜なんてものが頭を過ぎったことは一度もなく、もんじがそう言わなければおそらく一生関わり合うことはなかっただろう。が、小さな男の子にとって恐竜というものは非常に魅力的なものであり、探すも何も、あっちこっちにある。かわいらしいイラストのようなものから、本格的な図鑑のようなイラストのものまで、内容も幅広く網羅されているというか、こちらがびっくり。ゴールデンウィークには恐竜博物館へ行ったと言っていた。それだけ需要があるということらしい。ということで、いつしか絵本の恐竜コーナーで足を止めるようになった。うーん、おばさんには正直なところよくわからない。ただ、蛙さんなど両生類や爬虫類が大好きな私には、見ていてどこか馴染みあるような気はしなくもないような…(生体ではなく、皮膚の模様とかそういうことですよ!)。もんじが喜んでくれそうな絵本探したい。因みにもんたはテレビのなんとかヒーローに夢中です(笑)
2019/06/18
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続、アキヲ日々のストレッチは欠かせない。私はまったく運動しないので、歩くのが好きだと言ってもトボトボとだし、運動不足極まりない。が、私には運動はおそらく負担になって逆にストレスがかかると思うので、ストレッチぐらいがちょうどいいのである。肩甲骨を動かす、アキレス腱を伸ばす、お相撲さんのように四股を踏む、とか、ほんのちょっとしたことしかしないのだけど、するのとしないのとでは大違いで、体は随分楽になる。そもそも体が結構柔らかく、前屈してもちゃんと足先に手が届くし、背中で右上と左下から伸ばした手はなんなく握手できる。たまに自分で歌いながらラジオ体操もするし、そういうことが実は好きなのである。ヨガというものが流行し始めた時、少し興味はあった。以前からずっとバレエを習ってみたくて、とにかくスッと軸の整った体はなんてきれいなのだろうと思っていた。だけど、ヨガはちょっと私向きではないし、結局私は自分でできることは自分でしたいタチらしい。地道にコツコツと、これからも続けていこうと思っている。…と、顔をのぞかせたものの、小心者だからすぐに顔を引っ込めたアキヲ(笑)じーーっ。
2019/06/17
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起きて半畳、寝て一畳「<人が不可能だと言うとき、やりたくないと決めているのだ> スピノザ」「<何をしているかと同じぐらい、何をしていないかを誇りに思っている> スティーブ・ジョブズ」「いったいわれわれは年齢をとればとるほど、人間というものが複雑で、矛盾だらけで、理屈に合わぬものだということに気がついてくる」「文章のこつは省略の仕方にあるというが、」「暗いなかに坐っていたってはじまらないでしょ」「きみの恐れが正当なものじゃないことは、きみも知っているんだろう?そういう恐れはぼくたちをすっかりだめにしてしまうんだ。そんなものは振り落とさなきゃいけない。きみがりっぱな人間になろうっていうんなら、そんな恐れは振り落とさなきゃいけない。わかるかい?」「ひからびた心とがらんどうの頭蓋骨と、どちらが見る目に恐ろしいか、そもそも誰に決められよう?」「人間の心は愛情の高みを登りつめると休息を見いだすが、憎しみの感情の急坂を下るときは、めったに止まらないものなのだ」「この世のことはこの世で終わり」「衣装が女性の白粉(おしろい)であるように、幸福は女性の詩(ポエジー)なのだ」
2019/06/16
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ひょっこりのっそりのっそり歩くアキヲの後ろ姿が見えて、歓喜で飛び上がり(心の中で)、俄然元気になり、小走りで先回りして待ち構えること数秒。アキヲ〜♪ひょっこり顔出してくれた♪最近ヘルペスは治ったそばからできるし、ほとほとうんざりしていた。ほらね、そんな私を知っていてアキヲはちゃんと応援してくれる。鎖骨のヘルペスはだいぶん乾燥してきたよ。ありがとうアキヲ。それにしても後ろ姿でアキヲを見分けることができるなんて笑えるわ。あ〜ねこちゃんと二人暮らしがしたい。いつかこの夢必ず叶える。
2019/06/15
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組まない足は組まないことにしている。いえ、病気になるまでは座った途端に組み、疲れれば組みかえ、絶えず組んでいることが当たり前だったのだが、何せ足がしびれたもんで、組めなくなったのである。今でも下半身のしびれは遺っているので、組めないことはないが敢えてしんどい思いまでして組むこともない、ということで組まない(組めない)。さて、先日カフェでご飯を食べていたら、私の前に同じ年ぐらいの女性が一人座った。私はその女性を横から眺める格好だ。案の定足を組み、あごを突き出し直角かと思うほどの猫背、お箸の持ち方は美しくなく、さらにつま先をブラブラさせながら味噌汁を音を立ててズズズと吸って飲んだ時には、もう身震いした。こうはなりたくない、と心底思った。
2019/06/14
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Rおばちゃん母方のおばあちゃんが死んだ時だったと思う。母は書道の先生の資格を持っているので、家には書道の道具がいつでも出しっ放しになっていて、私と妹は墨の香りの中で育った。更に仏壇もあり、毎日朝と晩におばあちゃんか母かどちらかが読経していたので、線香の香りも馴染みあるものだった。おばあちゃんの骨を納骨する時に、「写経」も一緒に奉納しようか、という話になった。その時私はまだ小学生だったが、書道の筆を持つこともできたし、漢字そのものも毎日見ているものだから、母のマネをしてむしろ楽しそうだから書きたい!と思った。漢字がよくわからないものだからたっぷりと時間はかかったけれど、正座して、墨汁を付けて、般若心経の見本を下に敷いてただただ黙々と書き写す作業は、私にとってはとても意義のあるもののように思われた。母も書き、私も書いた。さすがに3つ下の妹は書けなかったので、妹が2つまとめて奉納する役になった。当日、親戚一同が集まり、お墓を取り囲むようにして手には数珠をぶら下げる。私の隣に、Rおばちゃんというおばちゃんがいた。「尚ちゃん写経したの?」「うん!写しただけやけど」「写経は写すだけのものよ」幼いなりに、このRおばちゃんの一言がどうも気にかかった。確かに慣れない筆で写しただけではあったけど、私は心を込めて一筆一筆おばあちゃんのために書いたつもりだったし、我ながら上手にできたと思っていた。それを写すだけって、もう少し幼い子供の心を与して褒めてほしかったのである。そもそも、以前から直感的にこのおばちゃんとは反りが合わないと感じていた。キリスト教の洗礼も受けていて、それを度ある毎に自分は神への信仰心が熱いと吹聴する人だったが、私にはそういう態度が生理的にいけ好かなかったのである。この些細な出来事を誰に言うでもなく心のうちに秘めたが、なんか嫌い、という理由をその時幼いながらに理解したのだった。ということを、なぜかフッと今思い出した。
2019/06/13
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ピアノときどき、部屋を大きく占める黒光りしたピアノという物体が、ふと、足枷になっているように感じることがある。
2019/06/12
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明日は明日の風が吹く。1日の終わりには、半身浴をしてリセット。汗をたくさん流して、お○らとげっ○もたくさん出して、お腹はぺったんこ。とにかく体に溜まった一日分の老廃物を出し切る。そして、下半身が温まると心も温まるから、邪な感情という老廃物もスーッと消えていって、自然と良い方向へと考えられるようになる。今日のリセット。しっかりゼロに。気分よくおやすみなさい。明日は明日の風が吹く。
2019/06/11
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ヤバイ。ちょっ…、えっと、私、ちょっとダメだ。ヤバイ。またヘルペスできた。その2日前だったか、のどの奥の奥の奥の方がヒリリとするような感覚があり、なんとなくそれが右側ではなく左側に寄っているような気がした。さらに左耳の前のもみあげの辺りも鈍痛というか、どこか疼く感じがして、夜すっきり眠れなかった。で、左の鎖骨の上にしおらしくおできになった…(苦笑)ヘルペスって、必ず何らかの予兆がある。できるだろう場所がそわそわしたり、無性にのどが渇いたり。だけど、今回のその痛みをすぐにヘルペスへと結び付けはしなくて、暑かったり涼しかったりと気候のせいかなと思った。なんでなの?あまりにでき過ぎじゃない?一体何がそんなにストレスなんだろう。まぁ、生きてること自体が猛烈なストレスだけどね。
2019/06/10
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チョキチョキ自分で髪の毛を切るようになった。一番の理由は美容院へ行きたくないから。知らない人に触られるのが苦痛でたまらないし、冷や汗のような気持ちの悪い汗が出てくるし、美容師との会話なんて弾むはずもなく、1年に1回、行っても2回のその「年間行事」がストレスで仕方なかった。それと、自分でできることは自分でしようと思ったから。髪の毛は誰かに切ってもらうものとばかり決め込んでいたが、いえいえそんなことはない。さすがに最初は緊張したが、難しいことでもなんでもなく、髪の毛を切ることってこんな適当でいいんだというのが正直な感想だった。しかも髪の毛はすぐに伸びるんだから、多少失敗しようがそれはたかが数日の辛抱。今では、こんな簡単なことの為にうんうん唸って美容院へ行っていたあの頃が、実に笑い話である。その浮いた美容院代はもちろん美術館へと意義ある使い方をしていて、一石二鳥とはまさにこういうことを言う。最近では、春と秋、過ごしやすい季節に伸びた分だけ切るようになっていた。首と耳の湿疹を考えてストレスにならないよう、ギリギリ一つに束ねられる長さに切って、そしてまた伸びたらその長さに。もう以前のようなロングヘアにもしない。これが私の定番だったのだが、先日、洗うのも乾かすのも楽だからずっとこの長さで保っていたいなと思うようになり、揃えるような感じで少しだけ切ってみた。鏡を見ながらチョキチョキ、チョキチョキ。あら、ちょっと右が長い、あ、切り過ぎた。えー、今度は左が。…。想像していたよりか若干短くなってしまったようだが、ちゃんと一つに束ねられるからこれでよし。髪の毛を切ることって意外と楽しい。おかげさまで揃えることもできるようになったみたいだし(?)、これでもう完全に美容院とは縁のない暮らしになりそうだ。本当にうれしい。ストレスを感じるのであればどうしたらそのストレスを避けられるのか、私のような神経過敏な人間にはとても大切なことなのである。
2019/06/09
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小説の中で、映画の中で、例えば小説の中で、映画の中で。「トルストイの「戦争と平和」という小説は〜」などという風に会話の中で小説の題名が出てくるとする。コツコツと海外文学を読み進めているおかげか、読んだことのある小説が話題にのぼることが多くなった。ふんふん、あれね、ってな感じで、それを揶揄しているのであればその意味が、是非一読を、とおすすめしているのであれば一人で納得を、ニヤリとその小説や映画がより深く読み解けるようになってきたのである。趣味が一つ上のレベルから楽しめることはこの上ない喜びである。これまで結構な数の小説を読んできた。まだまだもっと読みたいな。最近ではバルザックの「ゴリオ爺さん」がとてもおもしろかったです。よければ是非♪
2019/06/08
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平等の中の不平等「人生は皮相なものとはかぎらない」「<ない自分をつかまえてゐるない自分> 河井寛次郎」「<善悪美醜正邪の不可分> 河井寛次郎」「来るものを受け入れうるだけ」「運命は親切でなく、人生はむら気で、むごく、自然には親切も理性も存在しなかった」「そしてそれぞれ異なった道において道へ進みましょう」「しまつの悪いもんでね、この人情というやつは」「子供の頃の本能的な判断というやつは、案外たしかなものだとぼくは思うのだ」「実際に生きている人間とはなにか、それを今日の人々はたしかに昔ほど知っていない」「地球のまるいことはよくわかっているのだが、やっぱり平べったいじゃないかという腹が、どこかにあるのだった」「あたし、いつも思うんだけど、それで幸福なら、いいじゃあないの」
2019/06/07
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自分治療「更新」のお話半身浴をし始めて2年と10ヶ月と半月。あー暑い。どうなっているんだか(苦笑)ようやく湯たんぽとレギンスとホットカーペットを片付けた。湿疹が全体的にだいぶん良い。まだ出ている。まだ出ていて完治なんてまだまだなのだが、背中の日の丸も、頭も、顔も、耳の中も、股も、急に引いた。季節が変わったということもあろう。が、右腕が少しぶり返したということと、首には汗も、手の指は今一番かゆい。そして、耳の外側が一時期きれいに完治していたのにも関わらず、ものの10日ほどで再び黄色い汁が出始めて、左耳のめがねを置くところだけが少しひどい。めがねをかけているから、汗や皮脂なんかが溜まるんだろう。それでも、本当に良くなった。ピークの外出もできない、眠れない頃に比べたら、今はほんの2割ほどのレベルの湿疹である。来月で3年。ようやく終息へと向かっていると言ってもいいんじゃないでしょうか。湿疹が出ていないところの皮膚はもうツルッツルの餅肌で、たぶん私がアトピーだって知らない人はわからないと思うよ。コンタクトを入れて7、8年ぶりに外出してみる。外の世界はキラキラしていて2段階も3段階も明るい!発病して12年になった。ようやくうれしい報告が増えてきて、真剣に治そうと思ったら10年はかかるよね、と改めて思う所存です。
2019/06/06
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今日ここでずっと牢屋のようなこの家に住んでいると、考えが凝り固まってもう逃げ道など一つもないように思えてくる。選択肢はたった一つだけ。一旦そういう考えへと行き着くと、もう他にはなくって、そこへとまっしぐらに突き進んでいくような気がする。が、そんなことはない。選択肢が一つのはずがないではないか。これまでも、数多ある選択肢をその時々で選び抜いて、今のこの私がいる。発病して12年。期限を設けて道を選び出し行動しなければ、何も動かない。これからの自分の人生をどう生きるのかと考えた上で、今日ここでこういう日記を付けておくことにする。
2019/06/05
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黄色いバラたまたま通りかかった小さなバラ園。見頃は少し過ぎてしまったようだったけど、まだきれいに咲いているお花もあった。私は黄色いバラが一番好き。赤やピンクよりも一段と魅力的に見える。元気と勇気をもらって、楽しい日だった。
2019/06/04
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平穏な日々を…10連休にヘルペスが顔に一気に4ヶ所もできるという災難に陥り、この間ようやく、ようやく完治した。とてつもなく長かった…。と、また昨日「次の子」がちょこんとできたのだが…(苦笑)4ヘルペスの原因は、もうこれは単純に10連休だから。世間が騒ぐことが私には耐えられない。そして、今回のヘルペスは、まぁ、急に暑くなったことだろう。これまた暑さというものは私にとってはこの上ないストレスなので、毎年この時期にはできやすい。…とか言いながら、毎月ポンポンとできるんだから、都合の良いようにその都度原因を探し出し、かこつけて、自分を慰めているだけである。今年はもしかしたら最大数にのぼるかもしれない。+4なんてのは、なかなかないからね。もう一体どうしたらできなくなるのやら。以前皮膚科の先生に尋ねたこともあったが、もごもごと濁され会話はうやむやになった。体内へ溜まらず体外へと出てくれるのはとても良いことだけど、それにしてもでき過ぎではなかろうか?本当に悩ましてくれるぜ。
2019/06/03
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12年最近、ますます自分の「持ち物」が減ってきた。「物」という形あるものから、心の中の目には見えない「物」まで。病気をきっかけに自分自身を客観的に見るようになり、要するに以前の私とは180度変わった。それまでに溜めに溜めた物を大量に処分したり、例えば体や頭は洗わないとか、化粧は最低限とか、服装もごくシンプルになったとか、人間関係とか、何かいろいろなことが年々削ぎ落とされていった。ついこの間も私と妹の学習机を2つ処分し、広々と優雅になった部屋を満喫している。もともとテレビや流行などにも興味がないため、世間に振り回されるようなこともなく、SNSに疲れるという訳のわからないこととは一切無縁である。なんというか、自分の心に余裕が生まれる。せかせかしない。そんな空間で読書をすることって、私にとっては最高に幸せな時間だ。一方、増えた物もあった。それは「靴下」。おかしくって笑えてくるが、医者通いも辞めたので、みなさんご存知のように自分で自分をせっせと治療しているからである。それが私にとっては「冷えとり健康法」だった。つまり、どんな時も半身浴をしているように下半身を温め続けること。これだけはずっと継続して努力していきたい。発病して今月で12年。簡素な部屋と靴下たちと、私と、手を取り合って穏やかに暮らしていきたいと思う。
2019/06/02
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カードへチャージカードへチャージってやつは、本当に使い良いのか。何かと個々のカードを作らせて、チャージして会計時に楽に支払えるなどと謳っているが、どうもそうは思えないのだが。そういうカードって、何回もそのお店へ足を運んで使わせるように仕組んであると思う。その店へ行きたいというよりかは、カードにチャージしているし、ここでいっか、てな具合に選択肢を限りなく減らさせているように思う。あちらの思う壺に陥っている人は、数限りないはず。しっかりと見極められる目と、取捨選択と判断だけは鈍らないようにしないと、どんどん、自己の考えがなくなってゆく。
2019/06/01
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