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テーマ: 戦ふ日本刀(97)
カテゴリ: 戦ふ日本刀

柳本一等兵

 兗州の線では、部隊長から、加古という技術伍長(今は軍曹)を、隊長からは福田上等兵を、
助手または雑用としてつけてもらった。
だから身の回りの事は一切自分らでやっていたが、胡山薹兒荘の線からは、
単独派遣であったから、行く先々で助手または当番兵を選んでつけてくれた。
 柳本(仮名)という歩兵一等兵が当番をしてくれた事がある。
この兵隊はいつもにこにこしていたが、色の白いその面長な顔には、
なんとなく一抹淋しいところがあった。
これが自分には、第一印象として残っている。
この兵隊は、ひまさえあれば当番室からぬけて来て
「手紙を見せてくれ。」というのだ。
つまり自分のところへ来た手紙をである。自分は一束の手紙を、
「さアさ、検閲してもらいましょうか。」
と笑いながら出した。
 この兵隊はそれを貪るようにして読んだ。中の三通をとって記念にもらいたいという。
本庄陸軍大将閣下からのと、文部省の中田社会教育官及び自分の末男(尋常一年生)からのものだ。
 自分はなぜともなくそれを拒めなかったが、同時に一つの不審も感じたので、
他の兵隊にそれとなく聞いてみると、
「柳本一等兵は生まれた年に父母と死に別れ、天涯孤独◯◯の孤児院育ちです。
それから……」
と続けるのを、自分は皆まで聞かず、話を転換してしまった。
柳本一等兵は今は勤め先であるその孤児院から応召したもので、
肉親からはもちろん、その他からもあまり便りが来ないとのことであった。
 その翌日この兵隊が、自分は明日◯◯としていよいよ前線に出ます、といって別れに来た。
自分はお茶をいれ、お菓子を出して激励した。
この兵隊は、駄菓子の行商をして自分を育ててくれた祖母が、死ぬる時、
「この孫だけは育ててあげたかった。」
と狂気のようにいいながら息を引き取った事を語り、
「自分は祖母の念力でか、おかげで無病で成人しました。
人様のお情けに報いる時が来たようです。
あなたからいただいた本庄閣下のお手紙の中の『滅私奉公』ですね、
私には私だけの意義があります。
幸いに凱旋できたら、自分の宝物として大切にします。
有難うございました。では参ります。」
といって、自分の顔に注目挙礼して立ち去った。どうかこう上品な犯しがたい面影があった。
 この兵隊からはそれっきり便りはない。





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Last updated  2017年05月26日 07時26分01秒


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