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テーマ: 戦ふ日本刀(97)
カテゴリ: 戦ふ日本刀

桃色がかった話

 嶧縣の小林部隊本部(後に瀬谷◯◯部隊の本部となった。)は、
嶧縣場内随一の豪家で、表には『進士第』という金色の大きな額が掲げられ、
城壁のような煉瓦塀をめぐらし、構内には煉瓦造りの家が十七、八棟もあり、
穀倉から宝蔵、大小の物置、書庫、軸物庫まである豪壮な邸宅であった。
北寄りの塀の中に、『聖旨』という石額のかかった石造の門がある。
功労者勲功者などに皇帝から賜わった記念碑のようなものであろう。
 邸内の各室、その棟々の主人の居室などにかかっている写真を見ても立派なものだし、
ある室の写真などは、日本でいったらさしずめ勲一等といった勲章、
それに英国勲章らしいものも交えて吊った、
五十がらみのおっとりした大人〔ターレン〕の姿である。
 この家の各所から、衆議院と赤く刷った封筒や、
黄絹地に墨書の彰徳の対幅やらが散見されたところなどから、
かなりな地位の家らしく、古びた二階に登ってみると、
日清戦争の時に、皇帝から私兵を求めた催促状、
金銀藍紅色などの文字で書かれた漢文蒙文の感状、私蔵の軍装武器等々が散乱していた。
 ある物置には、三尺四方ぐらいの箱に、
穴明きの古い銭がいっぱいつまったのが三杯からあり、
清國時代からの銅貨が、ミカン箱ぐらいのやつに四、五杯もほったらかしてある。
この辺では、瓢箪をたてに二つに切って乾燥したもので、
水を汲む柄杓につかうのであるが、
それが百個近くも天井から吊るしてあったり、
穀倉へ行ってみると、何百尺とある日本婦人の帯のような形に高梁の から を割いて編んだもので、
直径一丈ぐらいに巻きながら、その中へ、小麦、栗、高梁などの穀物を入れ、
天井までとどくような大きさの笊〔ざる〕の形にしたものが、何本となく並んでいる。
一本は少なくとも、二百石ぐらいははいっていそうなもので、
そうした倉庫が二棟も三棟もある。
兵隊の話では、北西隅に罪人をいれる留置場のようなものまであるという事で、
大名のような性質をもった旧家であり豪家であると思われた。
 ここの書庫にあった書棚を、部隊長や防疫医官と共にあさり廻して読んだ。
極めて古い山東省史などがあった。
それには、孔子の父親が、老いて子なく、
何とかいう孫のような娘と尼山に祈り野合して孔子を生んだなどと書いてあった。
秘教白蓮教の由来書の中に、開封にその秘寺のある事を挙げてあった。
あと自分は◯◯◯部隊に配属して開封に入城した折に、
この由来書を読んだ記憶から、不思議な廃寺を発見する事ができた。
支那の発達した古医書は、防疫医官某大尉の室に運ばれ、
大尉はこれで博士論文を書くぞと大へんな意気込みで読みはじめた。
部隊長は古版の論語か何かをtに入れ、これの註は天下無双だと読みふけっていた。
 防疫医官の室と、自分の室の間をぬけたところに小さな門があって、
その中に逃げおくれた一族が住まっていた。
部隊でもこれを保護し、残飯などを喰わせていたが、
どうやら若い娘もいるらしく、耳をすますとよく若々しい女の声が聞こえて来る。
 その翌日あたり、自分は目釘にする竹の必要から、通訳をつれてその門を叩いた。
内から開いたのは、三十ぐらいの屈強な男で、目に一癖ありそうな面構えだ。
もちろん女たちは姿を見せない。
竹があるかと問えば、有るという。
朱で塗った六尺ほどの竹棒を持って来る。いい竹材だ。
代金はいくらやればいいか。不要だ。
若い女がおるだろう。いやおらぬ。
嘘をいうな。嘘ではない。
大人は(通訳は自分を指して。)年をとっているから心配はない。出して見せろ。
いくつだ。五十近いぞ。中国人は五十からが男盛りだ。
こんな問答をした後自分らは引きあげた。
この事を若い軍医さんに話すと、是非一目見たいという。
結局、見せてもらって来たが、軍医さんは美人拝見のお礼に罐詰やら煙草やらを多々的贈った。
それから後、日本軍のその方面を信頼したのか、
太っちょの若い娘だけはひょいひょいそこから用たしに出てきた。
自分が煙草をやると「不要〔プヨ〕。」といって受け取らなかった。
他の若い娘は、二人の老婆と散乱した衣類を引っかきまわして、
何か拾い出しているのをしばしば見受けた。
 自分の最初の室は、奥まった、紫壇のような帳台の置いてある豪家な寝室で、
土間には夫婦の机椅子等が置かれ、なかなか手の込んだ細工がしてあり、
帳台すなわち二人用の寝台の内側に、小ひきだしのついた小卓があって、
何かの薬剤だろう、鼻糞をまるめたようなものや、
動物のどこかの部分を乾燥させたようなものや、
その他大瓶小瓶に入った薬剤らしいものがあった。
軍医少尉が修理に見えたので、何だとたずねてみると、それは媚薬だという。
これは何とかの睾丸の干物で、これは何とか蟲の製剤だと説明してくれたが、忘れてしまった。
鼻糞のような物は香だろうというので、火にくべてみると、なるほどいい匂いだ。
梅花香に似てさらに上品なところがある。
も一つの箱には、カードのような形の十二ヶ月にわけた怪しげな絵画で、
一度は紙箱ごと地べたに叩きつけてみたが、拾いあげて棚に置くと、
兵隊が来て、弾丸よけだといって、一枚二枚ずつ、いつの間にか運び去ってしまった。
小林部隊長にその事を話したら、わしの室に来て見いという。
二度もいわれたので行ってみると、ここは新婚匆々〔そうそう〕の若夫婦の室で、
濃艶な写真がかかっており、調度万端がすべて“桃色”である上に、
およそ初歩の漢文が読める者なら、
誰でもその意味のわかりそうな甘い文句の書物が置いたりしてある。
さらに壁には、祝新婚の甘ったるい文句の五幅対がかかっており、
まさに春風駘蕩〔しゅんぷうたいとう〕たるものがある。部隊長は、
「わしぢゃからこれでいいが、若い将校には少々罪だと思ってのう。」
と、笑いながら、お茶を入れた。





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Last updated  2017年08月27日 04時55分57秒


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