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【人の欠点を受け止める】 アメリカの16代大統領、リンカーンの話です。リンカーンの奥さんは、とても気が短いことで知られています。ある日、リンカーンが友人と談笑しているところに、奥さんが来て言いました。「頼んでいた仕事、やってくれましたか?」と。リンカーンが答えました。「ああ、時間がなかったから、まだやっていないよ」すると、奥さんはものすごい剣幕で、夫リンカーンに文句を言ってののしりました。その光景を見ていた友人は、びっくりしてしまいました。友人の驚いている顔を見て、リンカーンは言いました。「あんなふうに爆発することで、妻がスッキリするならしたいように させたほうが、僕も嬉しいよ」と。普通なら、「何と常識のない妻だ、情けない」と夫が思ってもおかしくないシーンですね。ところが、リンカーンは違っていました。リンカーンは妻の欠点である、短気なことをよく理解していました。「妻の気が短いという欠点を受け止めるには、夫である自分の存在が 必要である」ことを、感情よりももっと深いところで理解していました。欠点は、本質としては弱点です。妻の短気を、人間の弱点としてとらえる、リンカーンには人としての魅力を感じます。相手の弱点をカバーするには、自分がいなければならない。他人の欠点の受け止め方にもいろいろありますが、リンカーンの考え方には学ぶところもありそうです。
2015年09月30日
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【当たり前なことが輝いて感動になる】 渡辺和子さんの本から学びました。________________________________________ 輝くものばかりを追い求めていると、その生活は貧しいものに なってしまいます。 そうではなく、すべてを自分にとって意味あるものにしていく。 当たり前を輝かして生きていく。 感動することを忘れないで生きていく。 当たり前をありがたいと取る、 そういう心を持つことが大切です。 砂漠の中で泉の水に人々が感じる感動を、私たちは失いがちです。 しかしながら、人間の幸福というものは、 物が多くあるかどうか、 その物が高価な物かどうかというよりも、 むしろ私たちのまなざしが、 “当たり前を輝いたものと見るかどうか”にかかっているのです。 (引用:「人間としてどう生きるか」「心に愛がなければ」) (共に渡辺和子著、PHP研究所)________________________________________ ●学んだこと● 目の前に横たわる障害や、困難という現実とどう向き合うか。逃げるのも一つの道ですが、乗り越えるのもまた道です。横たわるそれらを、意味あるものにしていくためには、当たり前のことにも、感動し、感謝し、輝かすことが大事です。今、やるべきことに心を込めてみましょう。今と心が合わさると「念」になります。やるべきことをやるのは「念じる」ことと同じだったのです。
2015年09月29日
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【ヘレン・ケラーの心の支えとなった日本人】 昭和12年、ヘレン・ケラーが初めて日本を訪れました。この時、東京渋谷にある「温故学会会館」を訪問しました。この会館は、塙 保己一(はなわ ほきいち)という江戸時代の盲目の国学者の偉業を顕彰し、遺産となる版木の保存のために建てられたものです。ここには塙の座像と愛用した机が保管されているそうです。ヘレン・ケラーはそれらに手を触れて感慨深く語ったといわれます。「私は子供の頃、母から塙先生をお手本にしなさいと励まされ、育ち ました。・・・先生の手あかの染みた机と敬虔なお姿に、心からの 尊敬の念を覚えました」 塙は幼少の頃から体が弱く、7歳で失明します。15歳の時、按摩や鍼の修業をしますが、思うように上達せず、このまま迷惑をかけるなら死んでしまおう、と自殺を図りますが助けられました。元来、学問をしたいと思っていた塙は、記憶力が抜群でした。本を貸してくれる人を探し、その本を読んでくれる人を見つける、という生活が続き、その噂が広がっていきます。そして、旗本の松平乗伊(のりただ)という殿様の目に止まり、殿様が一日おきに朝4時から6時までの2時間、書物を読んでやろうということになります。殿様の申し出に塙は、心から喜びました。これをきっかけに、幕府の書類や、貴重な書物の作成と編纂、出版などを任せられるようになりました。しかし、麻布付近から火が出て、番町にあった塙の家が全焼してしまったのです。この時、塙は46歳。消失した版木や貴重な書籍の数は莫大なものでしたが、再起して取り組み74歳の時に、幕府から命をうけた仕事をやり遂げました。現在残っている『群書類従』という叢書で、冊数665冊ほか、法律から医学、風俗のあらゆる分野の資料で、これなくしては日本文化の歴史解明はできないといわれています。
2015年09月28日
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【自分の命を運ぶのは自分】 野坂礼子さんという方の著書から学んだことです。(PHPから発行された本。「笑顔」と「ありがとう」の魔法。)________________________________________ 運命 自分の「命」を「運ぶ」のが人生。 その責任者は誰? 父や母、夫や妻、それとも友達、上司かな? 「あの人のせいでつらい目にあった」 「あの人に幸せにしてもらったの」 人はそんなふうに言うけど、「あの人」が責任持ってあなたの 命を運んでくれるのでしょうか? いいえ、自分の命を運ぶのは、自分しかできないのです。 責任を持って、幸せ山の頂上に自分の命を運びましょう。 運び方知ってますか? 愚痴や不満。批判や悪口を言っていると、地獄沼に命を運んで しまいます。 いい言葉のエネルギー、笑顔のエネルギーは幸せ山へ、あなた の命を運んでいくのです。 そして、世界で一番いい言葉は、「ありがとうございます」 運命とは命を運ぶこと、自分の命を運んでいるのは自分。________________________________________ 運命という言葉の響きには、自分以外の力がはたらくもの、というふうについ、考えてしまいます。命は、親を通して神様からいただいたもの。しかし、命をどう使うか、どう生かすかは自分次第・・・。 いい言葉のエネルギーで、幸せな道にすすんで行きましょう。
2015年09月27日
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【人生に捨てるものはない】 自分が生きてきた道をふり返って、後悔する人、満足する人、様々なかたちがあります。ある新聞のコラム欄にあった、49歳の女性のエッセイがとても印象に残りましたのでご紹介します。________________________________________ ●不運の払い戻し● 「何で私ばっかり!」。 物心ついてから、いったい何百万回つぶやいただろうか。厳しい 実家、嫌な学校、貧乏くじばかりの仕事、破たんした結婚生活、 数百円しか入っていない財布・・・。 「真面目に生きたって何もいいことなんてない」 ところが、不運も「満期」となったのか、おととし、昨年あたり から、あれよあれよのハッピー続き。旅に行くことができ、おい しいものを食べられて、「人生初」が続いた。 「人生に捨てるものなんてないのよ」。 ある年上の女性から掛けられた言葉。厳しい環境はへこたれない 性分をつくり、嫌な思い出のおかげで、似たような問題で悩んで いる人の話も聞けるし、大金はなくても暮らせる知恵がついた。 大抵のことなら笑い飛ばせるすべまで、身についてしまった。 今では彼女の言葉に「うん、うん」と素直にうなずける。 最大の「払い戻し」は今の連れ合い。大きな失敗は大きな経験値 になり、腹がよじれるほど笑いあった結婚パーティーは、またもや 「人生初」の色あせない楽しい思い出になりました。 かつて「くそっ、くそっ」だった日々は、「よし、よし」の日々 になりました。 (引用:西日本新聞)________________________________________ めげずに生きている人はたくさんいますね。こういう話に接すると自分も頑張ろうという気持ちになってきます。
2015年09月26日
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【大切なものを失って気づくもの】 ある物語です。________________________________________ 「いってきます」玄関の戸が閉まったとたん、その場にしゃがみこんんだ。 体力自慢の夫が体の不調を訴え、軽い気持ち受けに行った検査で難病が発見され、緊急入院したのは半年前だった。いったい夫はどうなるの? 私たち家族はどうなるの?当たり前に続くと思っていた毎日が、突然音をたてて止まった。自分のよく見慣れた世界から、突然、別の世界にいきなりポツンと置かれたような心細さ、苦しさが襲ってきた。それからの半年は、自分が家族の前で笑顔でいることだけに神経をそそいだ。夜は心細さに足が震えだして眠れなくても、会社では普通に働き、子供を送り迎えし、食事を作った。 子供をだっこしているふりをして、本当は自分が子供にしがみついていることで、何とか正気を保っていた。そんな日々の中で、夫が退院。自宅療養から少しずつ普通の生活が送れるようになった。以前は大嫌いだった、混んだスーパーでの日曜日の買い物に、再び家族揃って出かけられた日、ありがたさに涙が出て止まらなかった。「高速道路の運転がしんどい」と、運転ができなくなっていた夫が再び、ハンドルを握って長距離を運転した日は、後部座席に子供と座っていられる自分がありがたくて泣けた。 そして、ついに夫が復職する日が来た。朝起きて、スーツに着替え、会社に行く。当たり前だと思っていた光景。「その姿に感謝して泣く日がきますよ」と、仮に占い師から言われたとしても、決して信じなかったと思う。でも実際、夫が会社に出かけたとたん、私はその場にしゃがみ込んでしまった。 人生で当たり前のことなんて、何一つない。 たとえば仕事に行けること、子供が無事に学校から帰ってくること。 すべてが人生の一大事。 当たり前なんて考えてしまったら、もったいなさすぎてバチがあたる。毎日、毎日が神様からの贈り物。奇跡の繰り返しだ。失くしてから、「そういえば、毎日贈り物が届いていたんだ」なんて気がつくのはもったいない。自分がいったい毎日どれだけ、贈り物を受け取っているのか、ちゃんとわかっていれば、それだけで感謝の気持ちがあふれてくる。「当たり前」なんて、どこにもないのだから。(引用:中山和義著「大切なことに気づく24の物語」フォレスト出版)________________________________________ 失ってから気づくこと、たくさんあります。この物語は、当然のように、当たり前に思っていたことは、実は奇跡だった、ということを象徴するよう内容でした。 当たり前のことにも、感謝できる生き方をしたいものです。
2015年09月25日
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【笑いと健康】 ある医師が、患者さん20人を連れて、大阪にある吉本新喜劇の『なんばグランド花月』にいきました。そこでは約3時間ほどのお笑いを見てもらいました。終わってすぐ、患者さんたちの免疫力がどのように変化したのかを調べてみたそうです。すると、NKキラー細胞という、ガンに対して抵抗する力のある細胞の免疫力が高くなっていたという結果が出ました。笑うというのは、感情活動です。笑いという感情が、人間の体を構成する細胞に、影響を与えていることになります。つまり、心の状態によって、私たちの体の健康が左右されるということです。笑っている時は、筋肉の余分な力が抜けていて、筋肉の毛細血管がゆるみ、血液の循環がよくなっているのだそうです。結局、内臓をはじめ、神経系統のバランスが最もとれている状態になっているわけです。 さらに、笑うと緊張感がほぐれることもスポーツ心理学では実証されています。人間の脳は、緊張するとベータ波になります。ベータ波というのは高揚して力がはいり過ぎているときの脳波です。ところが、試合中に笑ったり、笑顔になると脳波がアルファー波になります。アルファー波というのは、リラックスしているときの脳波です。________________________________________ ●笑うことはとてもいいことです。いつも、自然に笑顔がでる生活 をこころがけましょう。●
2015年09月24日
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【自分の欠点は見えにくい】 「人間はみな、首に二つのカゴをぶら下げている」そうです。前にあるのは、大きなカゴ。後ろにあるのは、小さなカゴ。前の大きなカゴに入っているのは、他人の欠点。後ろの小さなカゴに入っているのは、自分の欠点です。普通、人間は前を向いていますから、カゴの中身がいつも目についてしまいます。ところが、後ろのカゴを見るには、いちいち立ち止まらなければなりません。つまり見よう、と思わなければ見なくてもいいわけです。同じ欠点でも、他人のものは見えやすいものですが、自分のものは見ていない。そして、人はいつも前のカゴばかりを見て、他人をあれこれと批評し非難している、というたとえです。________________________________________ 他人が自分の思い通りにならないことが、人間関係がうまくいかない、大きな原因です。しかし、前のカゴばかりを見て、「自分の気持ちをわかってくれない」と思っている限り、心の垣根はなくならないものです。人のことを、あれこれ言いたい時はまず、首に下げている後ろのカゴの中を一度、のぞいてみましょう。とがった気持ちも、少しは丸くなるかもしれません。
2015年09月23日
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【気づかない疲れもあります】 ドイツの哲学者、ニーチェさんが人の疲れについて次のように述べています。________________________________________●いつものように毅然としていられなくなったら、疲れている証拠だ。疲れていると、わたしたちは溜め息をつき、愚痴を口にし、後悔を口にし、ぐるぐると似たようなことを考え、そのうち憂鬱なことや暗いことが頭の中を勝手に動き回るようになる。 それは毒を吸うようなことだから、疲れたと感じたら、考えることをやめ、休んだり寝たりするに限る。そして、また毅然として活動できるよう明日に向かって備えよう。●________________________________________ 哲学者ですが、心療内科の先生のような言葉ですね。自分では気づいていないのに、疲れていることが結構あります。いつも頑張っているため、疲れを疲れと思わなくなっているからです。特に多いのが、「溜め息」です。これは、自分では気づきにくいですが、まわりからするとよくわかります。自分の溜め息に気づいたら、疲れているサイン。「疲労」を放っておくと「過労」になります。自分に合った疲労回復の方法を持っておくことも大切です。
2015年09月22日
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【狭い気持ちは焦りを呼ぶ】 あなたのまわりに、一生懸命努力して頑張っているのに、不満げなグチをこぼしている人がいませんか?よく、こんな口ぐせを耳にします。「〇〇をしなくてはいけない」・・・・・。私たちも、たまに使っています。せっかくの休みの日に「部屋を片付けなくては」というケース。これは誰にでもあることで、休みの日にしかできないからこそ、出てくる言葉です。しかし、この「○○をしなくちゃ・・・」ということに振り回されてしまうのはどうでしょう?これが高じると、「私がこれだけやっているのに、あなたは、なぜしてくれないの」と自分の思い(価値観)を、いつのまにか人に押しつけることになってしまいます。「○○しなくてはいけない」という気持ちは、一つの強迫観念です。私の知人に、とても几帳面で、家計簿もきちんとつけて管理し、掃除も毎日するのですが、一時期、何をしてもその後に、手洗いを何度も繰り返してしまう、という人がいました。その知人は、その日やるべきことを計画し、きちんとこなしていくことに満足していましたが、子育てや、ご主人とのすれ違いなど小さなストレスが溜まっていたのです。自分はこれだけやっているのに、という気持ちは自分を窮屈にしていることと同じです。余裕がないことは焦りにつながり、神経質な行動をとってしまいがちです。「頑張り過ぎかな?」と感じたら、休みましょう。休んでみると、「○○しなくては」と思っていたことも、意外とどうでもよかったことに変わっているものです。
2015年09月21日
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【小さな目標、大きな目標】 マラソンは42.195キロという、長い距離を走る競技です。マラソン選手でも、この長い距離を走らなければならないのか、と思うと、きついなぁ、と感じるそうです。聞いた話ですが、とりあえず、あそこの電柱までの5キロを走ろう。次は、海が見えるあそこまでの5キロを走ろう。次は・・・・というように、とりあえずの目標地点を決め、何分かけて走ろうと、計画を立てるのだそうです。とりあえず、目の前にある目標に取り組み、途中途中の景色を見ながら走る。また、マラソンを趣味としている人は、走る時に苦痛を感じながらも自然の風景を目に入れて走ることに、ある種の喜びを感じているのではないでしょうか。山登りが好きな人は、頂上にたどり着くまでの、プロセスを楽しんでいます。もっといえば、山に登るための必需品を、リュックサックに入れる時から、楽しんでいます。山に登っている時はきついですが、やり遂げたあとは何ともいえない充実感を味わえます。人生もこういうものだと、たまには考えてみたいものです。こういう気持ちで生きている人は、少々の問題があっても、のびのびした雰囲気を感じます。何かの目標がある時、たどり着くまでのプロセスを、どう楽しむか?きつくても、耐えて、楽しむことで気持ちは満たされる。この積み重ねで、大きな目標が近づいてくるような気がします。
2015年09月20日
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【3・3・3の法則】 女子プロゴルファー、横峯さくらさんの父、良郎(よしろう)さん。何かの本で、人間のバイオリズムについて語っていたことがあります。「人のバイオリズムに、<3>という数字が関係している。たとえば 1年のうち3か月絶好調の時があれば、反対に3か月の絶不調がある。 さらに、大きくいえば、3年、30年で好不調の波がある」「だから、私はさくらの調子がすごくいい時でも、たまたま『絶不調 の3』に入っているんだな、と思って冷めた目で見ている。 逆に絶不調の時も、これも長く続くわけではないという見方をして いるんです」________________________________________ 父、良郎さんを一人の教育者としてみますと、この言葉に説得力を感じます。調子がよい時でも、うぬぼれたりしてはいけない。反対に調子がよくない時でも、悩んだり、落ち込んだりする必要はない。いい時も、悪い時も、一喜一憂せず、やるべきことをやる。ここが大事なことだ、ということです。 今が不運な状況であっても、悲観的な気持ちにならないようにしましょう。今の不運な状況がすべてではない。必ずよいときが来る。 このように思えると、よくない状況の時にも、落ち着いたゆとりのある対処、考え方ができるはずです。
2015年09月19日
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【こころ】 さだまさしさんのエッセイです。 ◎「こころ」は水分を多く含んでいます。 だから「こころ」は、枯れたり、 かさついたり、しぼんだりするんです。 こころの水分を測るものは涙や、笑いです。 「こころ」に与える水は「感動」なんです。◎ (引用:さだまさし著、「そうしたら掌に自由が残った」幻冬舎)________________________________________ もし、『人のこころとは、一体何なんだろう?』という質問があったとしたら、ベストアンサーになりそうな言葉です。こころはいきもの、です。こころは、その人だけにしかわからないもので、本人以外の誰もコントロールできません。しかし、時によっては、まわりの一言で傷ついたり、勇気をもらうことだってあります。涙をながす自分、大笑いする自分、感動できる自分があるのはすべて、こころのおかげです。 ●自分だけのこころです。大切に育てていきましょう。●
2015年09月18日
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【力を抜く】 仕事や日常生活で、ちょっとしたストレスが溜まっているな、と感じた時、気分転換が必要です。私は、サッカーが好きでテレビでもよく見ています。試合を見ていると、よく得点をあげる選手に特徴があります。ボールが自分の位置と遠く離れていても、しっかりとボールを見ていますが、体は激しく動いていません。全く止まっているわけではありませんが、この時にエネルギーを充電しているように感じます。ボールが動くたびに、体も動くとそれだけ体力を消耗し、肝心な時に思うようなプレーができないからです。つまり、時によっては60か70の力にセーブして、いざという時に全力でボールを追います。100の内の40~30だけ、力を抜いているのです。この40~30の余裕を時に応じて、切り替えているわけです。私たちの生き方にも言えることですが、力を抜くときは抜き、ここという時は、力を注ぐというリズムをつけることは必要です。 気分転換をうまくできない人は、どちらかというと、いつも張りつめた生き方をしているように見えます。気分転換のためにも、力を抜いてみましょう。 ●頑張って生きるためには、力を抜いて、休むことも必要です。●
2015年09月17日
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【感情はエネルギー】 感情にはいろんなものがあります。よく、喜・怒・哀・楽という言い方をします。もちろん、そのほかにもいくつもの感情があります。幸せ、満足、愛する、憎しみ、恐れ、悲しみ、など・・・。もう一つ、感情にはエネルギー、つまり力があります。さらにいいますと、愛という種類の感情は、プラスのエネルギーですが、怒りという種類の感情は、マイナスエネルギーです。感情のプラスエネルギーが多くなればなるほど、その人は幸福な豊かな気持ちになり、恵まれた生活が生まれ、周りにも広がっていきます。反対に、マイナスエネルギーの感情は増えれば増えるほど、その人は不幸で貧しい気持ちになり、自分だけではなく周りの人も巻き込んで傷つけていくのです。愛のために使う感情は、辛くても耐えて持ち続けることができますが、怒りのために使う感情は、いつか、心と体をボロボロにします。________________________________________ ●生きることは、感情の循環を行うことです。 よいことばかりではなく、つらいとき、泣きたいときが あってこその人生です。 感情のもつエネルギーに、流されず支配されない自分を、 どこかにもっておくのは、人生を楽しむためのコツです。●
2015年09月16日
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【昔の自分、今の自分】 年齢を重ねていくと、若い時はよかった、と思うことがたまにあります。今の自分に満足していないからなのでしょうか?赤ちゃん時代のことを覚えてはいませんが、スヤスヤ寝ること、泣くこと、笑うこと。これぐらいしかできませんでした。赤ちゃんは、寝るのが仕事、とよくいわれます。言葉が話せないので、おなかがすいたり、おしっこの時は、泣く、ことで自分のことを知らせました。笑うのは、みんなが笑顔で話しかけてくれるから、笑ってこたえました。人間の本能には、こういう感情が基本に備わっているような気がします。そして幼児期から、少しずつ人間社会にとけこみながら、大人になってきました。 小学校時代に戻りたい、と思う時もありますが、昔の自分に会ってみたいと思う時もあります。過去にこだわるのは、どうかと思いますが、過去を振り返って、明日を生きる糧にすることは大事です。過去がなければ、今の私はありません。過去にこだわらず、昔に逃げなければ、それは自分の宝ものです。________________________________________ ●今日という時間は、明日になれば過去になります。 今を真剣に生きれば、それだけ過去も真剣に生きてきたこと になります。生きることは、今の積み重ねだからです。●
2015年09月15日
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【話し言葉にも気をつけよう】 仕事がら、人と話をすることが日常です。特に、相手の話をまず聞いてから、と心がけています。たまに、相手が話しているとき、こちらも言いたくなることもありますが、そこはジッと我慢します。理由は、相手の言いたいことを、よい区切りまで聞くと、本音が解るからです。さらに、何人かの人と話していく内に、気づくことがあります。 例えば、仕事でよい結果を出している人には、特徴があります。それは、言葉の表現の仕方です。仕事で、よい成績を出している人は、楽天的でポジティブな言葉を多く発しています。そして、未来志向の意識が強く、「次は、こういうことをやれば、結果が出ると思います。そのために〇〇が大事です。目標は〇〇です!」というパターンです。 一方、結果が出ていない人の特徴は、次のようなものです。「頑張ったつもりなのですが、〇〇が不足したため、思うような結果 が出ませんでした」つまり、悲観的でネガティブな言葉が多く、過去志向の強いものになりがちです。成績がよいから、楽天的な言葉になり、悪いから、悲観的な言葉になるのかというと、そうでもありません。定期的に話をしているとよくわかりますが、結果を出す人は、一時期よくなくても、楽天的な言葉を使い、顔の表情にも明るさがあります。ところが、結果の出ない人は逆で、日常的に悲観的な言葉使いの表現が多く見られます。________________________________________ ●普通の人は、不安で否定的な言葉をよく使いますが、幸福感に あふれた人は、自信を感じる肯定的な言葉を出しています。 言葉にも効用があり、その人の人生を作り上げていきます。●
2015年09月14日
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【不運も好機ととらえてみよう】 どんな人にも、必ず、不運なことや辛いことに遭遇します。そんな時、悲観して嘆くのか、それとも自分を鍛えてくれるチャンスと見るのか、ここで大きく運命が変わってきます。一つだけ言えるのは、幸運な結果を導き出した人は、自分から自分の意思で、考えて行動します。逆に、不運な結果になった人は、その時の苦しみからいかに逃れるか、ここを、最優先に考えて行動します。不運なことや辛いことへの、見方、とらえ方次第で人生が変わります。________________________________________ 「置かれた場所で咲きなさい」の著者、渡辺和子さんは、エッセイに次のように語っています。 ●苦しみは、それ自体よろこびにはなり得ない。 不幸もそのまま感謝の泉となることはない。 しかしながら、それが一旦、 人間の中に吸収され、消化された時に可能となる。 人間には、その力が与えられている。________________________________________ 不運も、辛いことも、その人に吸収されて、消化されてはじめて不運は幸運となり、辛さは幸福に昇華するのです。不運や辛さを、「自己の魂の栄養素」としてとらえる感性を持てる人間になりたいものです。
2015年09月13日
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【自分が好きな人、嫌いな人】 精神科医の斎藤茂太さんの本から学んだことです。自分とは何も関係のない、縁もゆかりもない人を、刃物で傷つけたりするような、異常な事件を起こす人には、ある共通点があるそうです。それは、「自分が嫌い」ということなのだそうです。原因は、その人が育ってきた生活環境や、家庭環境にもあるかもしれませんが、嫌いな自分を作ってきた、周りの人とか、親を憎んでいる、と斎藤さんは述べています。________________________________________ 自分は幸せではないから、幸せそうにしている人を見ると、腹がたつ。これに近い感情は、誰しもが持ちうるかもしれません。「自分が好きな人は、自分の生き方に納得している」「幸せになるための、最低条件は自分を好きになること」だと、斎藤さんは言います。 ただ、気をつけなければならないことは自分の好きなように振る舞うことと、「自分を好き」なこととは違うもの。自己中心的なわがままな人は、周りに迷惑をかけるが、これは単に自分が可愛いだけのこと。「本当の意味で自分を好きな人は、自立した大人の明るさ」を持つ人。 だから、周りから好かれ、評価される。そして、こんな人は、気持ちに余裕があるのが特徴だそうです。 (参考:「心の掃除の上手い人、下手な人」斎藤茂太著、新講社)________________________________________ ●「あなたは、自分が好きですか? 嫌いですか?」と問われたら 胸を張って「好きです!」と言える人間になりたいものです。●
2015年09月12日
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【生きるキーワード】 歌手、さだまさしさんの「そうしたら 掌に 自由が残った」という本を読む機会を得ました。さださんのファンの方も、多いと思います。この本の中から、いくつかのエッセイを是非、お伝えしたいと思います。 ◎ストレス ストレスはどこかにあるものではなく、 自分の心が作り出すもの。 だから敵は外にではなく内にある。 外を変えるが早いか、内を変えるが早いか。 答えは簡単。 ただ、世間に折れる必要もないし、 媚びることもない。 飄々と生きることに憧れるのは、 それがストレスを消す唯一の道だから。 ◎惜しむ 「一所懸命生きる」という言葉を 勘違いしてはいけない。 「常に頑張って、無理をしろ」というのではない。 「常に出来ることを惜しむな」ということだ。 ◎歩幅 人が上り続ける人生の階段は一段一段が違う高さ。 楽な段もあれば、 驚くようなきつい段だってある。 ただし上れない段はない。 自分の歩幅できっと超えられる。 (引用:さだまさし著、「そうしたら掌に自由が残った」幻冬舎)________________________________________ さださんの、詩やメロディーがたくさんの人から支持を得るのは共感を覚え、生きるエネルギーを与えてくれるからだと思います。元気がほしい時、これらの言葉が力になってくれると思います。
2015年09月11日
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【運をよくする法則】 皆さんは「風水」をご存知でしょうか。一般的には占いの一つとして、本屋さんでもよく見かけます。元々、風水は古代中国の思想と言われ、気の流れを、ものがある位置、場所で判断するものです。私は、風水に特別な興味はありませんが、たまに、どういうものか、と思う程度です。たまたま、ある風水師が書かれた本を読み、なるほど、と思える点がいくつかありました。 「人間の運」について、運がよくなる法則というのがあるそうです。たくさんある中の、いくつかをあげてみたいと思います。 ◎運をよくするには、親に感謝をすることをあげています。理由は、人と人との出会いが、幸運と不運を左右するもので、生まれてて最初に出会うのは両親。そして、両親こそが、自分のルーツであるから、といいます。命をいただいた、両親に感謝する。この姿勢が心の根本にある人は必ずよい運に恵まれるというものです。夜、眠る前に「お父さん、お母さん、ありがとう」と心の中でつぶやくだけでもよいのだそうです。 ◎運をよくするには、毎日の生活に感謝することもあげています。人間は、自分一人の力で生きているわけではなく、無数の人や物、自然の力で生かされている。感謝の心を持つと、謙虚な人間になれるともいいます。謙虚な人柄にはまわりの人が、応援したり、協力したり、よい人間関係が連鎖的に生まれてくる、といいます。________________________________________ 他にもたくさんありますが、キーワードの一つは「感謝」でした。古代中国の思想、仏教、キリスト教も「感謝」という考え方は必ず出てきます。人間として生きていくには、「感謝」することは絶対に必要なものだということをあらためて学びました。
2015年09月10日
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【誰かに何かをしてあげよう】 心理学博士の小林正観さんの著書の中に、大変興味深い話があります。10年ほど前に刊行された本の一部ですが、ご紹介します。________________________________________ ある施療院 ある週刊誌で『日本の病院ベスト100』という特集記事の中の 病院ですが、ここはこの病院のほかに“施療院”という施設がある そうです。 この施療院は、痛風、リウマチ、神経痛といった患者さんが通院する ところで、東洋医学の見地から診療しています。 ここに来ると、お医者さんが次のように言うそうです。 「月・水・金の午後3時から4時まで1時間来られますか」 「もちろん、痛くてしょうがないので来ます」 「では、来週から来てください」ということで約束をする。 そこで翌週の月曜日の午後3時に施療院に行くと、 「そこのおじいさんの包帯を巻きなおして下さい」とか 「そのおばあさんをお風呂に連れて行って、背中を流してあげて ください」とか言われるそうです。 自分は、全身が痛いのですが、忙しそうにやっているから、とりあえ ず言われたとおりにやってあげる。すると1時間があっという間に たってしまう。 それから、「また明後日来てください」と言われて、 「えっ、自分は何も診てもらってないのに」と思いながら、また行く そうです。 そして、その日に行くと、「そこの若者の足のギブスを取ってくれ」 とか「そこの薬を持ってきてくれ」というように雑用に使われて、 また診てもらえない。 気が付いたら1ヶ月半ぐらいたっている。週に3回も通って来た のに、1回も治療してもらっていない。 それで、このように聞いたそうです。 「先生、いくらなんでも、どんなバカでも1度も治療をしてもらって いないのに気が付きますよ」 「そうですか。1ヶ月半たちますか。 ところで、今、あなた痛いですか?」 「えっ」と言って、自分の体を確認した。 どこも痛くない、治ってしまった。 「どうしてでしょうか」 「あなたは体が痛いからと言って、人に対して何かをしてあげてこな かったでしょう。してあげようと思ったことがなかったでしょう。 自分の体が元気になったら、してあげられるけど、元気じゃないから、 してあげられない。 だから、元気になったらしてあげよう、と思ってきたでしょう。 人に対して何もしてこなかったから、痛かったのですよ」 (要約引用:「心がなごむ秘密の話」小林正観著、宝来社)________________________________________ 続きはありますが、「誰かに対して何かをする」ことで、病気でも運命でもよくなる、という話です。著者の小林正観さんは、父親や母親の肩をもんであげるという、小さなことでも、大切だと述べています。体が健全な状態でなくても、「誰かのためにできることはないか」と思える人、実行できる人になりたいものです。
2015年09月09日
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【2対6対2の法則】 この世界には2・6・2の法則があるという話です。この法則を知っていると、物事を冷静に見て、適切な判断ができるというのだそうです。仮に、10人の男女が合コンした場合、2人はもてるそうです。6人は普通で、残りの2人はもてない、とのこと。大事なのは、この法則は「人間の心」にもあてはまるということです。詳しく言えば、人間の心は、20%が正義の心。60%が平常の心。残りの20%が邪悪な心で成り立っています。この3つの心が、一人の人間の中に混ざり合っているのです。そして、60%の平常の心は、安定しているものではなく、どちらにも引き寄せられやすく、どっちでも構わないものなのです。つまり、20%の正義の心(愛を基本にした心)が、60%のどっちでも構わない心を引っ張ってくれると、その人の考え方(人生)は全体の80%を占め、幸福な方向に進むことになります。反対に、20%の邪悪な心(自己中心で強欲な心)に、60%の心が引き寄せられると、その人の人生は、不幸なものになってしまいます。これは、自分自身の心が、間違った道に行かないようにするためにも知っておくべき、コントロール法ともいえます。人の心は、うつろいやすく、変わりやすいものです。________________________________________ ●この法則を知っておくと、何かの時にブレーキをかけてくれたり、 判断に迷った時に役立つかもしれません。●
2015年09月08日
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【人間として生まれることの難しさ】 ブッダと弟子の一人である、阿難(あなん)が人間がこの世に生まれてくることについて話をしました。ブッダが言いました。「阿難よ。あなたは人間に生まれたことを、どのように思っているか?」「はい、とても喜んでおります」と答えると、ブッダはさらに聞きます。「どれくらい喜んでいるか」この言葉に、阿難はとまどってしまいました。どう答えてよいか困ってしまったのです。そこで、ブッダは次のような、たとえ話しをされました。「広い海の底に、目の見えない一匹の亀がいる。その目の見えない亀が 百年に一度、海面に顔を出すのだ」「海面には一本の丸太ん棒が浮かんでいる。その丸太ん棒の真ん中には 小さな穴がある。そして、広い海の上を、風と波に流されるままに、 東へ西へ、南へ北へと漂っているのだ」「阿難よ、百年に一度、海面に顔を出すこの亀が、浮かび上がった拍子 に、ひょいと丸太ん棒の穴に首を入れることがあると思うか?」聞かれた、弟子の阿難は驚き「ブッダさま、そんなことはとても考えられません」と答えました。「では、絶対にないと言い切れるか?」とさらに、ブッダは言います。絶対にないか、と聞かれれば、そうとも言い切れません。「何億年か、何兆年かの間にはひょっと、頭を入れることがあるかも しれませんが、ないと言ってもいいぐらい難しいことです」ここで、ブッダは阿難に説きました。「私たちが人間に生まれることは、この亀が、丸太ん棒の穴に首を入れ ることが有るよりも難しいことなのだ。有り難いことなのだよ」と言われました。日本語の「有り難う」は、この話から来ているといわれます。(人間に生まれることは、「有ることが難しい」ということが起源)この話は「盲亀浮木(もうきふぼく)のたとえ」といわれるものです。________________________________________ ●自分の命は、有り難いものであることを教えてもらいました。●
2015年09月07日
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【忘れていた、恵まれている生活】 世界の人口を百人に縮小して、地球の人々の暮らしが描かれている『世界がもし100人の村だったら』という本には次のように書かれています。________________________________________ 村に住む100人のうち 20人は栄養が十分ではなく 1人は死にそうです でも15人は太り過ぎです 75人は食べ物の蓄えがあり 雨露をしのぐところがあります でも、あとの25人はそうではありません 17人は、きれいで安全な水を飲めません 銀行に預金があり 財布にお金があり 家のどこかに小銭が転がっている人は いちばん豊かな8人のうち1人です 村人のうち 1人が大学の教育をうけ 2人がコンピューターをもっています けれど、 14人は文字が読めません <参考文献:「生きる意味109」長南瑞生(おさなみみずき)著。 1万年堂出版)________________________________________ 今の、平均的な日本人の暮らしを考えてみますと、銀行には預金口座があります。またお財布には、一日に使うであろうお金もはいっています。多くの人はパソコンや、スマホも持っています。「100人の村」の生活よりも、はるかに恵まれているのが私たちです。 ●衣・食・住に恵まれていることだけでも、ありがたいことだと、 再認識させられました。●
2015年09月06日
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【忘れている、幸せ】 昨日に続き、廣瀬裕子(ひろせゆうこ)さんの、エッセイをもう一つご紹介します。________________________________________ そばにあるしあわせ 自分のすぐそばにあるものを もう一度、よく、見てみる。 当たり前だと思っているもの。 そばにいてくれる人。 そこにあることを わすれてしまっているもの。 そういうものをよく見ると そこにあることが、 当たり前でないことがわかる。 なにかが、もし 少しでもちがっていたら そこにはないものだということがわかる。 いま、そばにあるものも 時間がたてば、変わっていく。 だから、いま、 そばにあるものをきちんと見つめて、 大事なことを確かめてみる。 (引用:「HEART BOOK」廣瀬裕子著、PHP)________________________________________ ●自分のまわりの、人やもの、いつも目についていたから、 つい鈍感になってしまった。 もう一度、ちゃんと見て、しっかり見て、きちんと見よう。 そばにある、しあわせに気づける人でありたいものです。●
2015年09月05日
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【ものの見方、考え方】 廣瀬裕子(ひろせゆうこ)さんという、作家の方の著書の中から心に残るエッセイをご紹介します。________________________________________ ふたつの見方 生きていくことは大変。 そう、思っていると 大変なことばかり 目についてしまう。 反対に、大変かもしれないけど たのしいことだってある。 そう、思っていると たのしいことのほうが 多いような気がしてくる。 大事なのは、どちらの面を見るか、 見ようとしていくか。 もちろん、 思いどおりにいかないことはある。 こんなことと思うようなことだって起こる。 だけど、それとおなじくらい いいこと、たのしいことだって起きている。 どちらの面を見るかは、 その人次第。 だけど、どちらの面を見るかで 生きている意味が変わってくる。 流れている時間が ちがうものになっていく。 (引用:「HEART BOOK」廣瀬裕子著、PHP)________________________________________ ●見方を変えると、考えも変化して、生きている意味も変わる。 それどころか、流れゆく時間でさえ、違ったものになる。 自分の見方が正しいとは限らない。違う見方も大事ですね。
2015年09月04日
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【コツコツと積み重ねよう】 つみかさね 一球一球のつみかさね 一打一打のつみかさね 一歩一歩のつみかさね 一坐一坐のつみかさね 一作一作のつみかさね 一念一念のつみかさね つみかさねの上に 咲く花 つみかさねの果てに 熱する実 それは美しく尊く 真の光を放つ (坂村真民)________________________________________ 松下幸之助さんが、70歳も半ばの頃、当時100歳近くで活躍されていた彫刻家の平櫛田中(ひらぐしでんちゅう)さんにお会いになった時の、お話です。 平櫛さんは言いました。「松下さん、六十、七十は鼻たれ小僧、男ざかりは百からですよ。 だから、わしもこれからですよ」と言われました。この時、松下さんは“まあ、ずいぶん気持ちの若いひとだなあ”と驚き感心したそうです。 何年かたって、平櫛さんが満100歳になられた時、向こう50年分の木彫り用の木材を庭に積んでおられることを、松下さんが知ったというのです。102歳のとき、PHP誌に平櫛さんが、次のように寄稿されました。 「もう少し長生きしないと、私の義務が果たせない作品があるのです。 五、六点、いやずっとせばめても四点は作らなければなりません。 最近、一つの作品を作りましたが、それには手こずりました。 三年かかりました。苦しんで、苦しんで、私の修行がウソだったという ことを痛感しました。・・・・」 松下さんは、この文章を読み、感激し励まされたそうです。100歳を超えても、自分の修行が足らないことを反省し、さらに木彫りの道を極めようという姿勢。その後、平櫛さんは108歳で亡くなられました。 (参考文献:松下幸之助著「人生心得帖」PHP)________________________________________ ●やるべきことを、やる。これを、つみかさねることが、人生を 真に生ききることではないでしょうか。●
2015年09月03日
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【人生の区切りと、節目】 一人の人間が、周りから最も注目されるのは、どんな時でしょうか?まず、生まれた時。次は結婚式の時。最後はお葬式の時。ただ、現代は<結婚>に対する価値観が変化していますので、必ずしも注目される出来事だと、断定はできません。しかし、この三つで言えば、本人が注目されているな、と自覚できるのは結婚式の時だけです。生まれた時、あの世にいった時のことを覚えている人はいません。では、人生の区切りというのは、どんな時でしょうか。保育園や保育園の入園式、卒園式がありますね。次に、小学校の入学式、卒業式。そして、中学校、高校の入学式、卒業式。その後は、人によりますが、大学に行き、やっと社会人となります。そして、この時期は、「おめでとう」という周りからの祝福があります。子から、大人へ、そして社会人の道を歩きます。さて、人生の節目とはどんな時?それは、私たちが一人の人間として「真価を問われる時」です。「区切り」の時代は、経済的な自立と心の自立の準備期間でした。社会に出ることで、責任が生まれてくると、人間関係など複雑で、自分一人ではどうしようもないことに直面することになります。それは、ストレスによる病気だったり、家庭生活の悩みなどが深刻化する場合もあります。 そもそも人は、苦しむために生きているわけではないのです。ましてや、苦しむことはよいこと、とも言えないのです。しかし、「苦しむ」ということに、何かの意味があると知れば、苦しみから学ぶことができると思います。________________________________________●「人生の節目だな」と、思われる時こそ、その意味を知る時。 そして、その時こそ、人生の意味と目的がわかる時です。 生きがいや、希望は、こういう時に感じるものだと思います。●
2015年09月02日
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【自分らしく生きるためには】 昔、ブッダのお弟子さんにハンドクというお坊さんがいました。ハンドクは、ほかのお坊さんよりお経を覚えたりするのが苦手でした。先輩のお坊さんから、用事を頼まれてもすぐに忘れていまいます。そのために、いつも周囲からはバカにされていたのでした。ハンドクのお兄さんは、そういう弟を不憫に思って、ある日次のように言いました。「ハンドク。何もお前は僧侶の道を、無理して目指さなくてもよい。 家に戻ってきて、家族とともに暮らしたらどうだ。ここなら皆から バカにされることはない。父さんも母さんも心配している。 さあ、家に帰ろう」 しかし、ハンドクはお坊さんとして、修行をすることに生きがいを感じていたので、家に帰ろうとはしませんでした。ハンドクは、ブッダに相談をしました。「ブッダさま。私のようにもの覚えが悪く、ほかの人より劣っていても 悟りを得ることができるのでしょうか?」「ハンドクよ。あなたは、何事にも純粋で素直な心を持っている。その 心を大事にしなさい。そしてこれからは、毎日、庭の掃除に専念して、 “われ、箒(ほうき)をもって塵(ちり)を払う”と唱えながら、掃き なさい。この言葉だけを、しっかり覚えなさい」この、ブッダの言葉でハンドクは、「掃除」という仕事に一心に励みます。「われ、箒をもって塵をはらう。われ、箒をもって塵をはらう。・・・」念仏のように、繰り返し、繰り返し唱えていきます。 ある日、ブッダの僧院にお客さまが来ました。そのお客の履物がとても汚れていたので、ハンドクはその汚れを取るように、と言われました。そして、履物の汚れを取っている時、ハンドクはふと、気づいたのです。「履物は、少し履いてもこんなに汚れる。人の心も、煩悩の垢で汚れてい る。それを取り除くには、もっと、真剣に掃き清めないとな・・・・」これを機にハンドクは修行に励み、ついに悟りを得ることができました。 ●自分がやりたい事の中に、壁があっても、単調なことでもやり続けて いくことで、自分らしさが生まれてきます。自分らしく生きるには、 ヤルベキことに真剣に取り組むことが大切です●
2015年09月01日
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