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【地獄の世界、極楽の世界】 地獄と極楽の世界の違いは、外見上の違いはないそうです。よく聞く話ですが、地獄と極楽には大きな釜が同じようにあると言われています。釜の中にはおいしそうなうどんが、たくさん入っています。しかし、そのうどんを食べるには、長さが1メートルもある長い箸を使うことしか方法がないのです。 地獄では、早く食べないとうどんがなくなるから、先に食べようと争って箸を釜に入れて、うどんをとろうとします。しかし、箸が長いため思いどおりに口に持ってくることができません。そうこうしていると、隣の人がつかんだうどんを横取りしようとしてついに喧嘩が始まります。目の前のおいしいうどんは散乱し誰も食べることができないのです。結局、そこにいるのは飢えて、やせている人ばかり。これが、地獄の世界です。 一方、極楽ではみんなが長い箸でつかんだうどんを、釜の向こうにいる人の口に運んで「どうぞ、あなたからお先に食べて」と言って、食べさせています。食べた人は「ありがとう。次はあなたがどうぞ」と言って、うどんをとってあげます。みんな「おいしい、おいしい」と言いながら、笑顔で食べています。ここにいる人は、すべてふくよかで健康な人たちです。これが、極楽の世界です。________________________________________ 地獄と極楽という世界の見た目は同じです。違っているのは、そこに住んでいる人たちの心にあるもの、すなわち『思いやり』です。人への思いやりがあるかないか、たったこれだけの違いなんですね。「思いをあげる」ことが「思いやり」です。相手が喜ぶための思いを持ち、差し上げる人になりたいものです。
2015年11月30日
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【自分を生かすと人生が好転する】 昔、町の路地裏に長屋がありました。その長屋の行き止まりの家に、貧乏な大工が住んでいました。この大工、腕はいいのですが貧乏なうえに酒好きで朝から酒を飲みあまり働きません。長屋の家主は、この大工をどうにか立ち直らせようと、あることを考えました。ある日のこと、家主が大工の家を訪れます。相変わらず、大工は酒を飲んでいました。「何しに来たんだ。家賃の催促か?」「いや、今日は違う。お前に相談があって来たんだ」「相談?」「お前は、元々大工の腕はいい。私がこれからお前に毎日、酒を一本 ずつ飲ましてやる。家賃もまけてやる。その代わり私の言うことを 聞け」 家主の話はこうです。「夕方酒を飲ましてやるから、朝起きたら道具をかついで長屋中を一軒一軒訪ねて、台所の流しが壊れていないか、戸がガタガタしていないか屋根が傷んでないか、悪い所を修繕してくれ。ただし、料金をもらってはいけない、手当は私が払ってやる・・・」「そんなことは簡単だ」と言って、その大工はすぐにやり出しました。すると、長屋中の人がとても喜んでくれます。しかも、タダで家の修理をしてくれるから、みんな気の毒になりお昼の食事や、野菜や魚をくれるようになり、ついには家主のくれる手当が残るようになりました。 すると、この噂は他の町にも広がって、大工は仕事がどんどん増えてきたのです。とうとう一人ではできなくなり、弟子を何人も抱えるまでの棟梁になったそうです。________________________________________ 人はどんなに能力を持っていても、それを発揮する場所がなくては何にもなりませんね。家主さんの、大工を生かそうという知恵が、大きなきっかけではありましたが、人間はまわりから喜ばれることで、生き方を好転させることができるものです。こういう視点から、自分の生き方を見つめ直してみるのも必要ではないかと思います。
2015年11月29日
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【自分が先か、人が先か】 ある企業であった話です。Kさんは40歳で某企業の課長です。会社の業績がよくないため、社内では倒産のうわさも広がっていました。Kさんの上司のW部長は、会社の内部事情に詳しかったこともあり、会社が倒産するという情報をいち早く察知して、あっという間に退職し、別の企業に転職したのでした。倒産が確実となり、会社の残務整理などをKさんは残ってくれた部下たちと、夜遅くまで業務に追われる日々を送っていました。そんな時、大手の企業が手を差しのべてくれることになり、一時的なものでしたが、経営危機を脱することができました。残されたKさんたちの努力で、三年後にはわずかながらも黒字転換になり、今では安定した経営状態になっています。一方、転職した元部長は、転職先の企業でリストラの対象になり就職活動中ということです。________________________________________ 平安時代、弘法大師・空海と共に、日本の仏教界に大きな影響を与えた最澄がいます。伝教大師と言われた最澄は、比叡山に延暦寺を建立したことで有名です。この最澄の言葉に「忘己利他」(もうこりた)、というのがあります。この言葉の意味は『自分の利害や損得を離れて、まわりの利益になることを目指す考えが本当の慈悲である』ということです。これは、会社や組織にかぎらず、ありふれた人間社会にもいえることですね。移り変わりの激しい現実に心を奪われて、自分の我欲を果たすための生き方はいつか破たんしてしまうものです。自分中心の姿勢から距離を置いて大きな視点で、まわりの利益になるように考えていくことは大事です。
2015年11月28日
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【今の場所で輝くには】 インドの最南端から少し離れたところに、スリランカという国があります。人口2000万人で、経済的には日本ほど豊かではありません。そのスリランカで仏教僧の方が、日本にやってきて感じたことの話になるほどと思えることがありました。日本では小学生から、スマホでゲームをしたりしている。学校にはどんな人も通えるが、いじめや自殺などの悲しい事件も起きていることに驚いている、という内容です。その仏教僧の方が言うには、スリランカでは教科書が買えないような貧しい家も結構あるそうです。しかし、「教科書が買えないから、勉強はやめよう」とはならないといいます。友人から教科書を見せてもらったりするのはごく自然のことで、実際この方も家が貧しかったため学校には、ノートだけしか持っていかなかったそうです。それでも成績はトップクラスで、教科書が買えないことを悲しんだり、恥ずかしいと思ったことはないといいます。友人から教科書を見せてもらえる時間は、そう長くはないから集中して勉強する必要があって、またそれが楽しかったそうです。 日本が豊かな環境に恵まれて、世界に誇る技術力にはとても尊敬をするが、若者の表情をみていると、どことなく元気がないのがとても気になっているというのです。スリランカの子どもの方が、エネルギッシュでいつも笑顔で勉強していると話しています。貧しい環境にいるからこそ、自分で生きていくという自立の精神が育ちまわりの人を助けてあげようという雰囲気は、日本より遅れているスリランカの方が優っているような気がすると話していました。________________________________________ *現在、置かれている自分の状況はどうであれ、今の場所で輝くため には「環境は資産」と考えることも大事ですね。 資産は運用し、投資されてはじめて価値があることを考えてみたい ものです。
2015年11月27日
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【自然の恵みと親切】 自然療法家の東城百合子さんのお話です。東城さんは現在90歳です。生まれて間もなく、左右の股関節、尾てい骨、背骨がつぶれて足を引きずって歩かなければならない障がいがあります。さらに、20代の半ば肺結核になり、肺の大きさも普通の人の半分しかないそうです。しかし、この病気を自然食療法で克服しました。ご存知の方も多いと思います。東城さんが肺結核を、玄米・野菜の食事で療養していた頃、「野草の根が細胞を活気づける」と聞き、タンポポの根を食材にして効果があったそうです。野草やタンポポの根は深く、抜くのにとても力がいるのです。東城さんが子どもの頃、上だけ刈っていたらお母さんから「根から取りなさい」と連れ戻され、夏は草むしりばかりでした。そんなタンポポが憎らしくて、踏みつぶして歩いていましたが肺結核になって、そのタンポポに助けられていることに気がついたそうです。当時のことを次のように語っています。「タンポポは親切であるがままに生えて、何の代価も要求せず、一言も 文句を言わずにその力を私にくれている。 これが自然の親切、思いやりなんだと思ったら、胸がいっぱいになり、 タンポポにしがみついてワーワー泣いてしまったのです。 踏まれても引っこ抜かれても生えてくるタンポポの生命力が私の中に 入ってきて、私を元気にしようとしてくれている。 タンポポの無償の愛に、心から感謝の思いが湧いてきました。 それを機に、私はグングン快方に向かいました。自分中心でなく向こ う側から見る思いやりに気づけたことで、自然の無限の力がスーッと 入ってきて助けられたのです。 心のもち方が変わると、同じことをしても結果が違うことを、私は 確信したのです」。 (参考文献:「免疫力が高い体を作る自然療法シンプル生活」 東城百合子著。三笠書房) *自然に対する心のもち方一つで、健康になれることに感謝です。
2015年11月26日
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【自分を安売りしてはいけない】 前回に続き、インドの寓話です。________________________________________ 昔、インドの高僧が弟子に、ものの価値の判別を学ばせるためにあることを命じました。弟子の一人を呼び、次のように言いました。「このダイヤを街の市場に持っていって、値段をつけさせてみなさい ただし売ってはいけません」さっそく、弟子は市場に行き、野菜売りの男に言いました。「このダイヤ、どれくらいの値段になりますか?」野菜売りの男が答えました。「子供のおもちゃによさそうだ、ナス9個と取りかえよう」弟子は言います。「もう少し、ナス10個でどうだろう?」野菜売りの男 「いや、これ以上はダメだ」弟子は高僧のもとに帰ってこのことを話しました。そして、高僧が言います。「今度は布地売りのところに持っていきなさい」弟子は布地売りをたずね、「これを売りたいが、いくらで買いますか?」布地売り 「いい石だ。高価な衣装が作れるから900ルピー払おう」弟子 「もう少し、1000ルピーでどうだろう?」結局、布地売りからも「これ以上は無理」と、断られました。弟子はまた高僧のところに戻って、このことを話しました。高僧は「では、今度は宝石売りのところにもって行きなさい」と、言いました。宝石売りにダイヤを持っていくと、それを見るなり「10万ルピーで売ってもらえないかね?」________________________________________ *人間は、本当はダイヤモンドのような価値をもっているのに、自分 の尊さや大切なものを見失うことが時々あります。 自分のことを、「私はダメな人間だ」と自己の素晴らしさを見落とさ ないで、自分の奥にある可能性を信じることも大事ですね。
2015年11月25日
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【海を知らない魚の話】 インドに語り継がれている寓話の一つです。________________________________________ 海の聖者が魚たちに説法をしていました。「私たちは、海によって生かされている。その海とは何かを知らな ければならない。それを知った時はじめて、本当の喜びを得ること ができるのです」 この話を聞いた一匹の魚が、海を知りたいと思いました。喜びの本源を見つけて、本当の幸せを得たいと思ったのです。魚は海を探す旅に出ました。そして、海を悟ったという師がいると聞けば訪ねて、教えを乞います。 「海とは何ですか?」と聞くと、師は手のひらを差し出し「これだ」と言いますが、そこには何もありません。別の師を探しあて、教えを乞うと「祈りなさい」と言われました。さらに、他の師に聞くと「瞑想しなさい」と言われました。魚はだんだん、探求に疲れてきました。疲れて、お腹もすいてきたなぁ、と思っているとうまそうな食べ物を見つけて口の中に入れました。ところが、それは漁師の釣り針だったのです。魚は海から釣り上げられてしまいます。生まれて初めて、海から出たのでした。全身が焼けつくような感覚になりもがきます。見ると漁師が魚の口から、針をはずして次のエサを用意していました。魚は死にもの狂いでもがき、暴れました。その拍子で魚の体が舟板を蹴りつけ、海の中に落ちました。落ちる時、青い空を見ることができきました。海に落ちた魚は、海を知ることができました。________________________________________ *海の世界しか知らない魚は、海を出て初めて海を知りました。 人間は魚とは違います。しかし、この魚と同じように私達も自分 の世界でしか物を考えない時もありますね。 今いるところで真剣に生きることが一番のようです。
2015年11月24日
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【人の心は移ろいやすい】 自分の感情や心を、コントロールすることはとても難しいものです。人と会話をしていても、言わなくてもいいことを口にして相手を傷つけたりすることがありませんか?後になって、なぜあの時あんなことを言ってしまったのか、自分でもわからなかったりします。「意馬心猿」(いばしんえん)という言葉があります。『意』は意思、意志を現す文字です。『馬』は暴れ『馬』のように勝手に動き回ることがある。『心』は『猿』のように、落ち着かずあっちに行ったり、こっちに来たりすることがある。つまり、人の気持ちや心は、馬や猿のように勝手に動いてしまうもので制御することが難しいものである、という意味です。だから、心を日頃から良好で健全な状態にしておくことが必要ですね。ストレスが溜まってくると、「意馬心猿」の状態になります。ストレスの元になるのは、不安、怒り、嫉妬、イライラの感情です。この感情が、脳の中で起きるとアドレナリンというホルモンが分泌します。アドレナリンは血液に流れ出し、コレステロールが増え本来サラサラした血液がドロドロになり、血圧は上昇。しかし、ストレスで興奮した感情を抑制してくれるのが、セロトニンというホルモンです。これも同じ脳から分泌されるのです。このセロトニンを、自分の脳から分泌させる方法は、「感謝」することです。感謝して喜びを感じるとセロトニンがたくさん出てきてくれます。人間の体は実によくできていますね。________________________________________ 人の体に<肌>があるように、心にも感情という<肌>があります。ピチピチしたハリのあるお肌を維持するためには、栄養となる化粧品やクリームが欠かせないように、心の<肌>にも栄養成分が必要です。 心に「感謝」という栄養クリームをつけてあげましょう。
2015年11月23日
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【心と感情を、整理する方法】 外国であった話です。ある主婦が、町の教会の牧師のところに相談をしに来ました。悩みはいくつかあり、特に夫への不満、子どもの愚痴です。いつもイライラして、頭痛がする。薬を飲んでもいっこうに治らない。どうしたものか、という相談でした。牧師は長い話を頷きながら聞いてあげました。話が終わり、スッキリしたようなその主婦に、牧師は微笑みながら言いました。「貴女の家の中は片付いていますか? タンスのなかはどうでしょうか? 台所はきちんと整理されていますか?」主婦は答えました。「片付けようにも、頭が痛いものですから最低限のことしかできない のです。子どもの服、洗濯もの、台所も汚れものが溜まっています」牧師は言いました。「まず、家の中、タンスの中、台所の掃除をしっかりやって下さい。 整理整頓をきちんとやること。 これこそが頭痛を治す最善の方法です。 そして、イライラもなくなるはずです もう一つ、イライラしたら、そのたびに感謝の言葉を唱えて下さい」________________________________________ 身の回りがきちんと整理されると、心が落ち着きます。整理整頓が上手な人は、感情に流されない穏やかな人です。 感謝の気持ちを「ありがとうございます」という言葉で発したり念じてみましょう。感謝はイライラの感情を中和してくれます。 *「一日、5分の片付けを一年間続けると、ハッピーなことが 起きる」そうです。
2015年11月22日
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【子供を育てて、親が育つ】 ある会合で、子供の教育がいかに大変で難しいか、という話で盛り上がりました。その中で、『子供が育つ魔法の言葉』というのを知りました。次のような内容でした。________________________________________ けなされて育つと、子どもは、人をけなすようになります とげとげした家庭で育つと、子どもは、乱暴になります 不安な気持ちで育てると、子どもも不安になります 「かわいそうな子だ」と言って育てると、子どもは、みじめな 気持ちになります 子どもを馬鹿にすると、引っ込み思案な子になります 親が他人を羨んでばっかりいると、子どもも人を羨むように なります 叱りつけてばかりいると、子どもは「自分は悪い子なんだ」と 思ってしまいます 励ましてあげれば、子どもは、自信を持つようになります 広い心で接すれば、キレる子にはなりません 褒めてあげれば、子どもは、明るい子に育ちます 愛してあげれば、子どもは、人を愛することを学びます 認めてあげれば、子どもは、自分が好きになります 見つめてあげれば、子どもは、頑張り屋になります 分かち合うことを教えれば、子どもは、思いやりを学びます 親が正直であれば、子どもは、正直であることの大切さを 知ります 子どもに公平であれば、子どもは、正義感のある子に育ちます やさしく、思いやりをもって育てれば、子どもは、優しい子に 育ちます 守ってあげれば、子どもは、強い子に育ちます 和気あいあいとした家庭で育てば、子どもは、この世の中は いいところだと思えるようになります________________________________________ 書かれているとおりにやれば、親自身が立派な大人になれるはずだと思い知らされました。
2015年11月21日
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【豊かな心、貧しい心】 Fさんは45才です。23年間勤めてきた会社が倒産してしまいました。子供は二人います。中学生と高校生。家のローンもかなり残っています。将来のことを考えると、落ち込んでしまい生きる意欲も失いかけていました。奥さんともいろいろ話合い、このままではいけないと思い一つの決断をしました。やっとの思いで建てた一戸建ての家を売り払い、公営住宅に移ることに決めたのです。子どもや奥さんは、一時は家を売ることに抵抗はありましたが、結局賛成してくれました。家のローンに追われ続ける生活を捨て、さっぱりとした気持ちに切り変わることができたと言います。現在、再就職活動をやっています。________________________________________ 仏教の教えに「心が貧しく、狭く、五感の欲にとらわれ過ぎると物事の真相が見えなくなり、本当の正しい生き方ができなくなる」というのがあります。物に恵まれた生活に慣れてしまい、ある日突然物質的に貧しくなると心まで貧しくなります。快適な家があって当たり前、食べたいものを口にできて当たり前、この感覚が、「五感の欲」といえます。心の豊かさとは、不満、愚痴を言わなくてよい生活、感謝の気持ちをいつも持つ生活から作られるものです。 Fさんの家族は、家という物質的に恵まれたものを失いましたが、そのかわりに、心の豊かさを得ることができたのではないでしょうか。
2015年11月20日
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【人を助けると、自分も助けてもらえる】 昔、越後(新潟県)に伊藤文吉という豪農がいました。大地主で藍染めもしていたそうです。現在の当主は八代目といわれていますが、初代の伊藤文吉の時代に3年に渡る、大飢饉がありました。飢饉で食料もなく、農民は生きていくことさえ厳しい環境にあったといいます。そんな時、伊藤家の当主が近隣の農家に声をかけました。「うちの庭園に築山(つきやま)を造ってください。 ただし、機械は一切使わないでください。大八車(だいはちぐるま) も使わず、手で造ってください」機械や大八車を使えば、時間もかかりません。しかし当主は時間をかけてもよいから、手で運ぶことにこだわりました。当主には考えがあったのでした。土を手で運ぶのであれば誰でもできる。小さい子供や、力のない老人にでもできる。しかも、どんな人でも同じ賃金を払う。この方法でできた築山は、高さが約5メートル、幅は10メートルぐらいの小さな山です。かかった日数は3年6ヶ月。その間、当主は農民たちに賃金を払い続けました。飢饉がおさまり築山が完成した時、農民の人たちは言ったそうです。「伊藤さんのおかげで、一家心中しないですみました。あの仕事のおか げでどれほど助かったかわかりません」伊藤家に助けられた人は、恩を返すために仕事を頼みます。それによって、伊藤家は仕事が増え、栄えていきました。現在、敷地8800坪、部屋数は65の伊藤家の建築物は博物館となっていますが、1964年マグニチュード7.5の新潟大震災で2万戸近くの家が被害を受けた時、伊藤家は被害がなかったそうです。神仏の力が、守ってくれたに違いありません。
2015年11月19日
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【人として、正しい生き方とは】 以前、夏目雅子さんという女優がいました。惜しくも病気で亡くなりましたがとても素敵で、女性からも男性からも人気がありました。雅子さんのお母さんは、娘を女優としてではなく、一人の人間として厳しく接していたそうです。マスコミでの人気は上がり、映画にも出るようになり多くの人から注目される存在になっていきました。実家は鎌倉でしたが、仕事で都内に行く時は電車を利用していたそうです。しかし、撮影などで帰りが遅くなると事務所はタクシーを出してくれます。雅子さんの身の安全を考えての配慮でした。それでもお母さんは「電車で帰って来なさい」と話していました。また、朝食後、雅子さんが使った食器をそのままにして出かけようとすると、「自分で食べたものは自分で片付けてから行きなさい」と、注意していたそうです。________________________________________ *こんな話は最近、普通の家庭でもあまり聞かなくなりましたね。 まず、一人の人間としてあるべき姿を、たまには考えてみたい ものです。
2015年11月18日
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【植物と話がしたいなら】 新垣哲男さんは45歳の時、タンポポと会話する機会を得ました。当時、神奈川に住んでいました。多摩川沿いを散歩して、土手に座るとあまりの景色の美しさに、思わず手を合わせて感謝したそうです。その時、「おじさん」という声が聞こえたと言います。後ろを見ても誰もいないので、「気のせいか」と思いました。横を見ると、タンポポが1本咲いていました。「こんなところにタンポポが。きれいな花だなぁ」と思いました。すると、「ようやく気がつきましたね」という声がタンポポから聞こえてきます。新垣さんは驚きながらも1時間ぐらい、タンポポと会話できたそうです。その声は少女のような声だったと言います。あまりの不思議さにその日は、夜も眠れないほどでしたが次の日、もう一度行くとまた話すことができました。この時、新垣さんは「自分はおかしいのではないか」と思ったそうです。しかし、この体験がきっかけとなり、葉っぱとも話ができるようになったということです。以後、新垣さんは感謝すれば花と話すこともできるのでは、と考え実際いろんな花や、植物と会話ができるようになりました。 (参考文献:船井幸雄著、「愉しみの発見」サンマーク出版)________________________________________ 無条件に「感謝」すると、自分以外のものと調和することができるそうです。感謝すると、素直な心になれますね。「調和とは一体化すること」、という人もいます。何事にも、無条件に感謝できる人になりたいものです。
2015年11月17日
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【感謝と感動は長生きの秘訣です】 「まだまだ、自分は若い」と思ってはいますが、『老人』『痴呆症』に関連する言葉や文字に接すると、つい気持ちがそちらに行ってしまいます。寿命が長くなることはよいことですが、健康寿命も同じように長く続いてほしいものです。少し前の調査ですが、厚労省が老人性痴呆症の危険要因として、次の項目をあげました。 ・消極的 ・閉鎖的 ・短気 ・頑固 ・理屈っぽい ・完璧主義________________________________________ ある先生が、痴呆症にならないための講演を行い、その中に考えさせられる話があります。年のいったある夫婦の会話です。十五夜の月の夜でした。「お父さーん! 月がとってもきれいよ、早くきてみなさい」「お前、アホか、十五夜の月は丸いと決まっているものだ」梅の花が咲く頃になりました。「いい匂いがすると思ったら、お父さん、梅が咲いてるわよ」「1月末頃になると、梅は咲くんだ」講師の先生は言いました。理屈っぽく、頑固で、人の意見を聞こうとせず、自分を変えようとしない人が、痴呆症になりやすい。“ボケない方法は、感謝、感激、感動すること”だそうです。 *松下幸之助さんの人生訓にもありますが 『朝は希望に起き、昼は努力に生き、夜は感謝に眠る』 健康寿命を長くするには、このような人生観を持つことが大切 なようです。
2015年11月16日
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【自分の命にある連続性】 今から、15年以上の前の話ですが1998年に長野で冬季オリンピックが行われました。この冬季オリンピックの代表選手、森徹(もり とおる)さんの話です。25歳の森さんは、オリンピックが開催される1年前に、代表選手として選ばれていたのですが、代表が決定した直後、胃がんが見つかりました。手術を受けましたが、手遅れで抗がん剤での治療をすることになります。しかし、容体が悪化しホスピスでの治療を受けることになりました。自分の死を覚悟はしていたのですが、まだ25歳の若さです。不安とも闘っていました。ある日の父親との会話で、次のようなやりとりがあったそうです。「俺が死んだら、みんな忘れちゃうんだろうな」「そんなことはない」「でも、3年前に死んだじいちゃんのこと、誰も何も言わないよ」「何言ってるんだ。毎朝仏壇にお茶をあげて話してるじゃないか」数か月後、森さんは亡くなりましたが、主治医の先生の話によると彼は、亡くなる3日前に「先生、俺、死ぬのは怖くない。だってあの世にはじいちゃんがいるから」って言ったそうです。自分の死を受け入れるために、おじいちゃんと会うことを唯一の気持ちの拠りどころにしたのだと思います。________________________________________ *自分の命が、自分以外の命から続いているものだということを 知る機会はそう多くはありません。 しかし、命の連続性を知り、命のある有り難さと尊さに思いを 深くすることも大事なことではないでしょうか。
2015年11月15日
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【単調な仕事の奥にあるもの】 渡辺和子さんの著書、「愛をこめて生きる」の中の一節に、次のような言葉があります。 『皿並べのような単調な仕事でも、台所でじゃが芋の皮をむくこ と、お手洗いの掃除といった“雑用”も、それに愛がこめられ た時、尊くも意味ある仕事になるのである。 この世の中に、雑用という用はないのであって、私たちが用を 雑にした時に、それは生まれる』________________________________________ 僧侶は修行のために、一定の期間お寺での生活をするそうです。朝は、4時頃から起きて、お経をあげ、食事を作って食べる。使った食器を洗う、自分の衣類の洗濯をする。すべて、一日の仕事は単調で何の刺激もなく、ただ淡々と行うのみだそうです。つまり、日常のありきたりな生活を一つ、ひとつこなしていくことそのものが、僧侶としての修業だというのです。ある、女流作家が依頼原稿も多く、ストレスを抱えながら仕事を続けていたところ、体調が思わしくないこともあって、知り合いの住職のところに、座禅を組みに行ったそうです。その時、寺の住職はその女流作家の顔を見るなり、「ちゃんと寝ていますか? 食事はしっかりとっていますか? 座禅もよいですが、日々の生活をしっかりこなしていくことが一番 大事ですよ」と言いました。作家は、「ああ、自分は間違っていた!」と、思ったそうです。*単調な中に、大切なことがたくさんあるのです。その大切さを知 るためには、気持ちに余裕をもつことも必要なことですね。
2015年11月14日
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【悲しみが世の中の役にたった話】 豊臣秀吉の時代の話です。尾張地方(今の愛知県)に堀尾金助という18歳の少年がいました。当時、秀吉は天下統一のために戦の連続でした。この時代は、農民が兵士にかりたてられていました。金助もやむなく出征することになります。出陣当日の朝、金助の母は精進川と呼ばれる川にかかる、裁断橋(現、名古屋市熱田区伝馬町)まで見送りました。しかし、ここでの見送りが金助と、母親の最後の別れになりました。金助は戦いの中で病気になり、死んでしまったのです。息子の病死を知った母は、悲しみに打ちひしがれる日々を送ります。こんなことなら、息子を戦に出さなければよかったと悲しみ、戦を憎み、嘆きました。そんな時、近くの住職が母親に言葉をかけたそうです。それは「憎しみを乗り越えるのは平等の心である」というものでした。『仏様から頂いた命は誰もが同じであり、その心で救われる』ということでした。そして、母は息子の一周忌の供養の時に、息子が成仏しますようにと願って、最後の別れとなった裁断橋の修築を行いました。この意味は、橋はみんなが渡るもの。敵も味方も、どんな人も渡るのが橋。この橋を渡ることが、悲しみを乗り越えることになると思ったのです。母は、息子の三十三回忌の時には、コツコツためたお金を寄進して、古くなった裁断橋を架け替えたという話です。________________________________________ 母はみんなが平等に生きていけるように、という願いが息子への供養になると信じていたのでした。こういう母親の愛の形があるにだなぁ、としみじみ感じさせられるお話でした。
2015年11月13日
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【謙虚さを忘れず、自慢はほどほどに】 自慢したい気持ちも度を過ぎると、身を滅ぼしてしまうことがあります。海の中での話です。サザエという貝がいます。固い貝で身を包み込んでいるため、外敵が襲ってきても、丈夫な蓋を閉めると簡単にはあきません。ある時、貝のサザエと魚のタイとスズキの3者会談が行われました。魚のタイとスズキが言いました。「サザエさん、あなたの体は強くて素晴らしい。あなたがいったん 蓋をしたら最後、外の者は誰も手が出せない。 本当に、羨ましい限りだ」。おだてられたサザエは、自慢げに言いました。「あなた方が言ってくれるのはありがたいが、そうでもない。 まぁ、しかし、こうしていればまんざら、大変な目に遭うことも ないがな・・・・・」そんな自慢話をしている時、「ガーン!」という大きな音がしました。サザエは、あっという間に蓋を閉めて、しばらくじっとしていました。「今のは、一体何だったのか? 網だろうか、釣り針だろうか、 これだから、体が丈夫じゃないといけない。タイとスズキは捕られ たかも知れない。とりあえず、私は助かってよかった・・・」しばらく時間も過ぎたので、サザエはもういいだろうと思ってそっと蓋をあけ、頭をぬっと出してあたりを見回してみます。すると、いつもと違うような情景がありました。よく見ると、魚屋の店のざるの中にいたのです。そして『このサザエ、216円』という、値札がついていました。________________________________________この話は、以前引用した「鳩翁道話」の中から、現代語で私訳したものですが、私たちのまわりにもこれと同じような話があります。たまたま、人が評価してくれたことを、自分のほんとの実力だと勘違いするケースです。「私が、私が、」という考えでは、真の幸福はつかめないものです。謙虚さを忘れない生活も、幸福の要素の一つだと思います。
2015年11月12日
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【どんな人間にも人を感化する愛が眠っている】 トルストイの小説に『イワン・イリッチの死』というのがあります。イワン・イリッチというのは、裁判官ですが周りからは悪徳裁判官と呼ばれる人間でした。このイワンが、ついに病気になり寝込んでしまいます。しかも、医師からは不治の病と言われ、とうとう寝たきりの状態となってしまうのでした。痛みをこらえてベッドに横たわるイワンに対し、家族の者は心配そうな言葉はかけますが、それはとりつくろっているだけの態度でした。イワンは、何とも言えない寂しさを感じ、孤独の世界に投げ出されたようでした。ところが、召使の青年のゲラーシモフだけは、イワンに親身になって看護を行うのです。召使の青年は、教養もない人間ですが自分の目の前にいる人が、苦しんでいる姿を黙って見過ごすことができなかったのです。 病床にあるイワンは、献身的な看護をしてくれるゲラーシモフに「ありがとう」という感謝の気持ちをもちますが、それ以上にそれまでの自分を心から恥じ、後悔の念を抱くのです。そして神に謝罪しながら、息をひきとりました。________________________________________ *裁判官と召使の立場は、現実世界からみると明らかな上下関係が あります。 しかし、人間という同じ立場からみると、召使の心が裁判官を 感化させたという事実があります。 どんな人間でも、人の心を変えてしまう力があることを忘れては いけないようです。
2015年11月11日
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【私の命に私の花を咲かそう】 矢沢 宰(やざわ おさむ)という詩人がいました。1966年、21歳で亡くなりました。腎臓結核だったそうです。8歳の時から、入退院を繰り返し学校にもあまり行けませんでした。絶対安静と医師から言われていましたが、その中でも詩を書き続けました。病気でも、自分の命の意味を追求する姿勢には教えられるものがあります。詩の中のひとつです。 私の中で他人(ひと)の花は咲かない 他人(ひと)の中で私の花は咲かない 私には 私の中で 私の花が咲く 枯れてゆく花が そよ風にも散りそうな 弱い花 それでも いっしょうけんめいに 開こうと努力する 弱い花 そういう花を 私は かざりたい________________________________________ もし自分の命の終わりが近いとわかった時、こういう考え方ができるだろうか? いつかは枯れてなくなる弱い花でも、咲こうとする花なら、自分の横に飾っておきたい、という気持ちが迫ってくるようです。もっと本気で生きていこう! と思います。
2015年11月10日
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【平常心を心がけましょう】 私が憧れる、心理カウンセラーに植西 總(うえにし あきら)という方がいます。ご存知の方も多いと思いますが、化粧品メーカーの資生堂に勤務しその後、カウンセラー、執筆家として活躍されています。今も、ベストセラーを出し続けています。最近出された「平常心のコツ」という本の中に「『心の乱れ』は、その人を不愉快にし、これが要因となり人生を不幸にする。ところが『心の安定』はその人に安らぎをもたらし、幸福感を持って暮らしていける」そして、このことは誰もが知っていることで、だからこそ人は『乱れた心を整えたい。平常心を保ち、安定した心で暮らしたい』と願うのです」。ということを述べています。________________________________________ 明治時代、日本を代表する歌人に正岡子規という人がいました。 『柿くへば 鐘が鳴るなり 法隆寺』で有名です。夏目漱石とは親友関係でした。子規は20代後半、肺結核に罹り35歳で亡くなるまで闘病生活を送ります。手術してもよくならず、背中や臀部に穴があき膿が出るような痛みとも闘います。自著、「病床六尺」という本に 「悟りとは、どんな時にも平常心で死ねることだと思っていたが そうではなかった。悟りとは、どんな時でも平常心で生きている ことだった」と述べています。________________________________________ *苦しさから逃れたいというのではなく、苦しみは苦しみとして 覚悟すること。 そこから「平常心」が生まれてくるような気がします。
2015年11月09日
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【もっと自分を知りましょう】 昔、鏡のない村があったそうです。その村の一人の男が、生まれて初めて都へ旅行に行きました。男がにぎやかな都の街を歩いていると、鏡屋の店先に何か光るものを見つけました。不思議そうに覗いてみると、びっくりして大声をあげて言いました。「やれ、親父様。なつかしい」と、言いながら、その鏡を取ろうとしました。すると店の主人が驚き「いったい何をするんだ」「いや、どうもしません。ここに私の親父様がいるんです」「とんでもないことを。それは店の売り物ですよ」「何、売り物ですか。では買いましょう」そう言って男は代金を払い、その鏡を宿に持って帰りますが話しかけても返事がありません。「この世と、あの世の隔てがあるから、声が聞こえないのだ。しかし 死に別れて3年目に、お目にかかれるとは有り難い」と思い、自分の顔とはわからずに、村に持ち帰りました。家に帰ると男は、それを二階のタンスに隠しました。男には妻がいました。ある時、妻が二階に上がってタンスを開けると、何やら光るものが目に入ります。取り出してみると、そこには25~6歳頃の若い女がいました。妻は驚き、下に降りて、夫の胸ぐらをつかんで泣きわめきます。自分の知らない女を、タンスに隠したと妻は夫に文句を言うのです。隣の寺の住職が、騒がしいのでやってきて、喧嘩の理由を聞くと、「それでは、私が二階に行って、どんな女か確かめてみよう」こう言って、二階に行き鏡を見ました。すると今度は、住職が大声をあげて「あなた方が、夫婦喧嘩をするから、気の毒に二階の女が尼僧に なってしまいました」 (参考文献:「鳩翁道話」より)________________________________________ *鏡を知らないそれぞれ。夫は自分を父親と思い、妻は自分以外の 女と思い、住職は頭を剃っている自分を、尼僧と思って見ていた のです。自分を知らないと、人間関係はうまくいきませんね。
2015年11月08日
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【有能は無能から生まれる】 歴史小説「竜馬がゆく」で有名な作家、司馬遼太郎さん。「街道をゆく」というエッセイも広く知られています。この司馬さんが中学生の時の話です。ある日の授業中のことです。教科書の中に「凡夫(ぼんぷ)」という言葉が出てきました。この言葉は古めかしい言葉ですが、司馬さんが通っていたのは仏教系の中学校だったからなのでしょう。そこで先生が、「凡夫」の意味について生徒に聞いたそうです。しばらくすると級長が答えました。「アホな人ってことです」。(大阪の学校なので、こういう表現になっていますが)それに対して先生がさらに聞きました。「では、アホな人とは誰のことか?」。教室の生徒たちはみんな、まわりにいるお互いの顔を見ています。そして、先生はこう言ったそうです。「アホな人というのは他人のことじゃない、自分のことや」司馬少年は、この時のことをふり返って、目からウロコが落ちるような気がしたと言います。中学生で目から「ウロコが落ちる」という感性を持った司馬さんは、当時から、何か違ったものを持っていたのでしょう。________________________________________ 司馬さんは自分の中に、「無能」な自己(ダメな自分)がいることに気がついたのだそうです。*人は、無能な自分に気がつくことで、有能な自分を引き出すことが できるのだと思います。 ただ、有能さが現実のものとなるには、生きていく中で困難なことや いろんな壁に突き当たって悩んで、努力していくことが必要なことだ と思います。
2015年11月07日
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【ころんだら起きればよい】 経営コンサルタントの福島正伸さんの言葉です。 ●ころんだら 起きればよい 人生の本当の強さは 何度ころんでも 起きあがれること どんな状況になっても 人は必ず、そこから起きあがることができる 起きあがった回数と 人間の強さは比例する ころんだら 起きあがって、一言 「さあ、もう一回!」________________________________________ 発明王エジソンが、研究所を作ったのはフットボール競技場が3つも入る広さで、建物が14もある巨大な研究所でした。ここで働くスタッフたちと、たくさんの発明と、試作品そして製品をつくり出していました。ところが、この巨大な研究所が火災になり焼失するという大変な事故が起きてしまったのです。スタッフのほとんどは、この悲劇に打ちひしがれました。ところがエジソンだけは、違っていました。彼は次のように言ったそうです。「わたしは67歳だが、新たなスタートを切るのに年齢は関係ない。 こんなことは、今までたくさん乗り越えてきたんだ」その後、研究所は建て直し84歳で亡くなるまで仕事に没頭しました。エジソンの生き方も、「ころんだら 起きる」の繰り返しでした。「人生の失敗者の多くは、自分が成功に近づいていることに気がつか ないで、あきらめてしまった人々である」と彼は語っています。
2015年11月06日
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【「相手は大切な人」と思ってみよう】 ブッダが仏教の聖地の一つと言われている、祇園精舎の近くで布教活動をしていた時の話です。修業中の15歳になる少年僧が病気になり、床に伏していました。いよいよ、意識もなくなりかけ危篤状態となったその時、少年僧が「この世の最期に、ブッダさまにお会いしたい」と申し出ました。この話を耳にしたブッダはさっそく、見舞いに行くことにしました。ところが、少年僧を見舞いに行くと、病床のまわりは彼の吐瀉物などで汚れていたのでした。ブッダは、自ら少年僧の汚れた病床を掃除し、さらに彼の身体を丁寧に拭いてあげました。少年への看護が終わった後、ブッダは他の修行僧たちを集めて次のように言いました。「あなたたちは、なぜこの少年を看護しないのですか。 人は誰もが死を迎えるのです。お互いが助けあっていかなければ、 誰が看護してくれるのですか。 もし、私に供養したいなら病人を私と思い、自分のことは忘れて 今、弱い立場にある病人を看護しなさい。 あなたたちは、病人を通して私に会っているのです」________________________________________ *もし目の前にいる人が、困っているなら自分のことは後にして 相手を大切な人だと思って行動をしなさい、ということを伝えた かったのです。 自分中心の生き方より、相手は今どうなのか? を考える生き方のほうが、世の中はうまくいきます。よく、自己中心の反対は「利他の心」で、「利他の心」とは「愛」とも言われます。自分に相対する人のことを、「大切な人」と思える心構えを忘れないでいたいものです。
2015年11月05日
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【「私が悪かった」と言える人ほど善人です】 江戸時代の終り頃、石田梅岩という人が「心学」という思想学問を提唱しました。これは、日本古来の神道や、中国の儒教、インドの仏教の思想を取り入れたものです。心学を学んで人に教える立場の人を、心学者と言いました。一人の心学者が説く話の中に、次のようなものが収められています。________________________________________ ある村に、けんかばかりする家族と、けんかをしない仲良しの家族がありました。ある日、けんか家族が仲良し家族の家を訪ねて、仲良くする秘訣を教えてもらいたいと聞きました。そこで、仲良し家族の人が「うちは悪人ばかりだから、けんかにならないんですよ」と言いました。どういうことかというと「うちでは、嫁さんが掃除中に置いたバケツに、目の悪いばあさんがつまずいたら、嫁さんは『ごめんなさい。そんな所にバケツを置いた私が悪かった』と謝るんです。するとばあさんは『不注意でつまずいてごめんなさい。私が悪かった』と謝るんです。嫁と姑がお互いに『私が悪かった』『私が悪かった』と、自分から悪い人になるからけんかになりません」と言うのです。一方、けんか家族はこんな場合どうかというと「私はちゃんと、バケツを置きました。あなたが注意しなかったから でしょう?」「あなたこそ間違っていますよ。私はちゃんと気をつけていたんです から!」お互いが、自分が正しいと思っているからけんかになるのです。________________________________________ *「私が悪かった」と無条件で言うことは難しいですね。 人間は、知らず知らずに「自分が正しい」と思ってしまうもの です。 相手を受け入れてみることからスタートすると、人間関係は 意外とうまくいくことがあります。
2015年11月04日
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【人を羨まないで自分らしく】 「川にいて力があるものは、地上で力がなく 空で力のあるものは、地上では力がない」 これは、栄西という臨済宗を起こした人の言葉を現代語に訳した言葉です。昔、ある名僧が中国での留学を終えて、日本に帰国し京都にお寺を建立しました。するとその名僧のもとに、説教(ためになる話)を聞こうと、たくさんの人が集まって来ました。そのような時、このお寺で修行している一人の尼僧が、名僧に質問をしました。「私たち尼僧は髪を剃り、家族を捨てて、修行を積んでいます。 なのに、あなた様は私たち尼僧に対して、特に厳しくされます。 しかし、お説教を聞きにくる在家のご婦人は、だらしなく行儀が 悪くても、何もおっしゃらない。それはなぜでしょうか?」寺の名僧は答えました。「在家の女性は、家族を抱え、さまざまな悩みを抱えながら生活し その中で仏法を求めている。しかし、あなたは在家生活に疑問を 持ち、女の身ながら頭を剃って出家した。 それは、生き方が違うということです。 あなたは、ありがたい仏の代理人である僧となったのだから立場 が違うのです」。 (参考文献:「人生の問題がすっと解決する名僧の一言」 中野東禅著、三笠文庫)________________________________________ 名僧が言いたかったのは、「自分と立場が違う人のことを羨んではいけない」ということでした。私たちは、自分にないものを持っている人を見ると、そこだけを捉えて比較し、他人を羨ましく思ってしまうことがよくあります。羨むことで、目的が生まれ生きる力に昇華できれば、それはそれで、とても意味のあることです。しかし、羨むことが自分らしく生きることを阻害するなら、それこそ「立場が違う」ことになってしまいます。何より大切なのは、「自分らしく」を忘れないで生きることですね。
2015年11月03日
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【誰かが横にいてくれることのありがたさ】 渡辺和子さんの著書、「愛をこめていきる」(PHP)の中にある話です。________________________________________ある、お母さんが8歳の娘さんを白血病で亡くしました。娘さんが亡くなる前の出来事です。死期も近づいているある夜、消灯時間が過ぎても娘さんは寝つかれないでいました。若い看護師さんが、寝つかれずにいる女の子のためにベッドの横で本を読んであげていました。しばらくすると、女の子は静か寝息をたてはじめたそうです。しかし、その看護師さんは、女の子の寝息を聞きながら30分近くベッドの横にいてくれたのです。娘を亡くしたお母さんが、後日、語っていたそうです。「あの娘(こ)がその夜、ふと、うす目をあけてみたら、看護師さんが傍ら にいてくれた。『眠らせるためだけに本を読んでくれる人が多いの に、ほんとうにうれしかった』と言っておりました」________________________________________*辛い時や悲しい時、心細い時、誰かが横にいてくれるだけで安心できることがあります。そういう経験をしながら、両方の立場の気持ちがわかる人間に成長していきたいものです。
2015年11月02日
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【気分が滅入る時こそ、気分転換を】 フランスの哲学者に、アランという人がいました。「幸福論」という作品が広く知られています。アランの友人が、腎臓結石という病気で入院していました。この病気は、背中や腰がひどく痛み、吐き気の症状が出ます。また頭痛やめまい、肩こりなどをともなうため、とても辛いものです。痛みと気分の悪さが同時に襲ってきます。アランは、友人の辛さを少しでも和らげようと、お見舞いに行きました。どういう言葉で彼を見舞ってあげようかと、アランは考えました。アランは、知的な友人の彼にはありきたりな言葉を投げかけたところで効果はないだろう、と思いました。そして、病室に入り彼の顔を見ると割りきった表情で、笑いながら声をかけました。「やあ、元気そうじゃないか! この種の病気は、君もよく知っているように、気分を滅入らせる。 賢明な君は、そのことをよく知っているはずだから、気分が滅入った り、不機嫌になったりしてはいけないよ」と冗談のように言いました。落ち込んで滅入った時に、同情されたり、励まされたりすると、逆効果のなる場合もあるといいます。アランはあえて同情や励ましを避けたのです。そして、アランは続けて言いました。「ちょっとしたおなかの痛みが治るように、この病気も治るんだと 思うことだよ」。と冗談っぽく言ったのです。すると友人は、アランの言葉におなかを抱えて笑ったそうです。 (参考文献:「自分を救う言葉」荒木清著。リヨン社)________________________________________ *体の痛みと、心の痛みは別。たとえ、体が痛くても心まで痛みを感じ る必要はない、という意味にもとれます。 簡単なことではないようですが、言われてみればこの考え方にも 一理あるような気がします。
2015年11月01日
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