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【病気に負けない、賢い生き方】 ある心療内科の医師とその友人との会話です。医師「5年前から、通院している患者さんがいて薬を飲んでいるけど なかなか症状がよくならない」友人「どんな、症状なんだ」医師「軽い対人恐怖症だけど、仕事で上司からきつく言われたりすると 嘔吐する。 メンタルトレーニングもやっているけど、本人が自分の病気を 他人事のように思っているような気がするんだ・・・」友人「でも、その病気を医師が治すんじゃないの?」________________________________________ 会話はまだ続きますが、最終的には心理的な病気を含めて、すべての病気は患者本人が、「この●●という病気を治すんだ」「この●●という病気は治るんだ」という意思が絶対必要なことである、ということになりました。もちろん医師の使命は「病気を治す」ことです。しかし、本人自身が「病気を治そう」と思うことが何より大事です。________________________________________ 病気という現実に直面した時に、その病気をいかに治すか?これを一つの仕事としてとらえてみると、いままで見えなかったことが見えてくるような気がします。 病気に負けない、賢い生き方をしたいものです。
2015年07月31日
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【感受性の豊かさについて】 感受性が強すぎて、苦しむ人は意外と多いようです。喜怒哀楽という、人間のもつ4つの感情が敏感な人、と言いかえればわかりやすいでしょうか。25歳になるA子さん。友人が失恋し落ち込んでいました。A子さんは、自分のこと以上に心配しました。ところが、友人はA子さんに話を聞いてくれるだけで十分だったのに、しつこいくらい「大丈夫? 大丈夫?」とA子さんが干渉し過ぎたため、友達関係が壊れてしまったという話があります。A子さんとしては、何とか友人の力になってあげたい、早く立ち直ってほしいという気持ちが抑えられなかったのです。感受性が強い人は、人の気持ちがよくわかります。さらに、優しい性格の持ち主です。そのために、自分のわがままを通せない時もあります。(芸術家によく見られるタイプで、相手の気持ちがわかり過ぎることがストレスとして反応し、芸術という世界に入ることでバランスをとっているのです。)人間関係を円滑にするには、相手と自分の感情の距離を適度に保つことが大事です。例えば、通勤電車などで見知らぬ人が横に座るときは別として、一般的に60センチより近くに来られると、不快感を感じると言われます。もちろん、恋人や可愛い子どもの場合は違いますが、「人と人との感情」にも「適度な距離」が必要なのです。感受性が豊かなことは、素晴らしいこと。一つの才能とも言えます。ただし、相手がどう思うか、一歩手前で、こちらも少し余裕をもって接してあげましょう。
2015年07月30日
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【教育改革に情熱を吹き込んだ一人の先生】 河村茂雄さん。22歳で小学校の先生として着任。教師として意欲を抱き臨んだクラスは思いもよらないほど荒れていました。考えの甘さを反省に換え、すさんだ生徒達と正面から向き合い、徐々に生徒との絆が生まれていきました。しかし3年後、体調に異変がありすい臓の病気で、緊急に入院します。そして、医師からはショッキングな宣告がなされました。「あと15年の命」と告げられたのでした。ご本人いわく、「正直、かなりへこんでいて・・・。“もうだめだな”と思っていました」そんな時、12月も日暮れの冷たい風が吹く中を、自転車で1時間はかかる病院まで、クラス全員の生徒達が河村さんの好きな『焼き鳥』をもって、駆けつけてくれました。「それまで私は、子どもに勉強を教えたり、土曜日の夕方遅くまで一緒に 遊んだりして、彼らを支えているつもりだった。 でも、私が子ども達に支えられていて、一緒に育っていくんだなって。 改めて教師という仕事の素晴らしさを実感し、何とか気持ちを持ちなおす ことができて・・・。今でも鮮明に覚えています」河村さんは、この時、生徒達から生きる力をもらったと思ったそうです。その後、「余命を子どもたちのために使おう!」と決意します。退院し、復帰した河村さんは『Q-Uテスト』という、心理アンケートを開発しました。(テストの時間は15分で、現在年間450万部発行され、小中高校で活用 されています。)「うちのクラスは大丈夫」、と生徒たちが抱えている問題に気づかず、問題への初期対応ができなくなっている・・・。このことを感じとって適格な教師としての対応方法を導き出していければと考えたのです。河村茂雄さんは、早稲田大学の教授として、現在も教育活動に活躍中です。 (参考文献:『夢の扉+ あきらめない人が心に刻んだ24の言葉』)
2015年07月29日
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【隠されている自然治癒の力】 以前、相撲取りで九州山という力士がいました。この九州山が、慢性の胃腸カタルという病気にかかりました。症状は全く食べ物を受け付けず、重湯(おもゆ)も喉を通らないほどの重症でした。体重も75キロに減り、歩けない状態でした。有力な後援者に医師がいましたが、手の打ちようがありませんでした。そこで、この医師が中村天風という思想家を知っていたこともあり、この天風さんに相談することにしました。医師は、天風さんに説明します。肝硬変が原因で胃腸アトニー(無力症)になり、何も食べられない。仮に治っても相撲は取れないだろうが見殺しにはしたくない・・・。救急車のない時代で、戸板に乗せ天風さんのところに運ばれてきました。「いつ頃から食べられないんだ」「ひと月ほど前に、医師から形あるものは食うなと。 食べられなくなったのは、ここ一週間ばかりです」「形のあるものを見ると、食いたくないのかい」「食べたいとは思いますが・・・。重湯も喉に通らないのです」「気の毒なことだ。後は俺に任せろ」こう言うと天風さんは「例のものを持ってこい」と係りの者に告げます。運ばれてきたのは、おこわとタクアンが乗っているお盆でした。力士が寝ている横にこのお盆が置かれました。「さあ、関取、これを噛むんだ」と天風さんが言うと、付き添いの医師が「そいつは無茶だ。重湯さえ通らないのに・・・」力士もびっくりです。「あわてるな、誰が食べろって言った。噛めと言ったんだ」天風さんの言葉に、力士と医師はきょとんとしています。「食べるのと、噛むのとは違う。噛むだけでいい。さあ噛むんだ。」力士は、タクアンを口に入れると、ずーっと噛んでいます。長い間食べていなかったのか嬉々として噛みつづけます。「飲み込んじゃ、いけませんか」と力士が聞きました。「おまえ、飲み込めないんじゃないのか」「何だか飲み込めそうです」「まだいけない。噛め」しばらくして、天風さんが「よかろう。飲み込め」横にいる医師が言いました。「天風先生、重湯を飲ませても吐いてしまいます。すぐ吐きますよ」しかし、力士は吐く気配が全くありません。「大丈夫だ。今までの重湯には唾がまざっていなかったから吐いたんだ。 今度のは、ほとんどが唾だ。唾といっしょに飲み込まれた食べ物は吐か ないから安心しな」力士はもっと食べたいと言い出し、天風さんのところで養生することになりました。三週間たった頃には、四股が踏めるようになりやがて相撲界に復帰したそうです。(参考文献:池田光著『中村天風幸運を呼ぶ魔力』三笠書房)________________________________________ インドでヨガの修行を行い、奔馬性肺結核という不治の病を自力で乗り越えた中村天風さんの哲学は、稲盛和夫さんやテニスの松岡修造さん古くは、横綱双葉山などの著名人に影響を与えています。「唾は万病の薬」ともいわれます。噛むことの効用はインドの修行で学んだそうです。人間の体には、私たちが思っている以上の自然治癒力や回復力が隠されています。そう信じるかどうかは、考え方次第「心のもち方」でもあるのです。
2015年07月28日
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【こだわる子育て、のどかな子育て】 ある相談コーナーに、若い父親からの相談があっていました。内容は、奥さんが何でも自然派の方で、子供の食べ物にも自然食にこだわるそうです。たまにご主人が、市販のお菓子を子供に買い与えると、その奥さんは怒るということです。お父さんとしては、子供が友達と同じお菓子を全く食べないのもどうか、というものです。手づくりの、自然のお菓子が体によいことは理解できますが、子供にとって、友達と同じお菓子を食べてはいけないという、食べることへのストレスが生まれるような気がしました。回答者は気分を変えるということで、市販のお菓子を食べてみることも必要だよ、という話し合いを奥さんとしてください、とのことでした。 これとは別に、作家である、野口嘉則の本にあった話です。あるお父さんが公園で5歳の息子さんと遊んでいた時、息子さんが「おしっこ」と言ったので、公園のトイレに連れていきました。お父さんが見ていたら、その男の子はおしっこが済んだら、便器の方を向いて、手を合わせて、軽くですがお辞儀したというのです。お父さんは「何をしたの?」と聞きました。男の子は「おしっこの神様を拝んだんだよ」と言いました。お父さんは、突然の息子の行動に感動したのですが、よく考えてみるともともとお父さんは、『古事記』などの日本の神話が好きだったので、夜寝かしつける時、神話の物語をよく話して聞かせていたことを、思い出したのです。日本の神話には、太陽の神、海や山の神、風や火の神など、いろんな神様がたくさん登場します。その中に「おしっこの中にも神様がいる」という話も出てきます。男の子は、その話を覚えて自然に手を合わせたのでした。この出来事には、「大自然」というものへの大らかさ、のどかさが感じられます。________________________________________●何事にも、こだわりが過ぎると本質からそれ、窮屈になってしまいます。 子供の純粋さは、こだわらず、のどかな環境から生まれてくるのではない でしょうか。●
2015年07月27日
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【不運・逆境の傷はいつか役に立つ】 戦国時代に、合戦の合図として使われていた『法螺貝』(ほら貝)。このほら貝をとる時、海の漁師さん達は、なるだけ傷が多くあるものを選んだといわれています。なぜかというと、波に打たれてたくさんの岩に何回も、ぶつかりながら傷ついた貝の殻が一番、響きのよい音を出すからです。人もこのほら貝と同じで、不運・逆境にもまれた人は、やはり違います。以前、松下幸之助さんのことにふれましたが、松下さんは幼少の頃から体も弱く、貧しい家で育ちました。8人兄弟でしたが、松下さんを除く7人の方が肺結核で亡くなるという、普通では考えられない悲しいことも子供の時に体験しています。自伝によると、20歳の頃、ある電灯会社で働いている時、何気なくタンを吐いたら血がまじっていたので、医者に診てもらいました。医師から「肺尖カタル」(肺結核の初期の症状)と診断されます。半年ほど仕事を休んで、くにに帰って静養するように、と言われましたが当時の給料は日給で、今のような社会保険制度もなく、仕事を休めば収入がゼロになる時代でした。松下さんは、病気が運命なら仕方ない、甘んじて受けようと腹をすえたそうです。そして三日働き一日休むことを続け、可能な限り養生しました。その結果、病気の進行は止まり一進一退を繰り返しながらも健康になっていったということです。病気も天が与えた試練ならば、病気と積極的につき合っていこう、と考えたのです。松下さんは、病気や不運・逆境になった時、大切なのは「不幸なことだ」「悲しいことだ」といたずらに心を乱すことなく、「よい修練の場を与えられた」という、大らかな気持ちになることが大切ですと語っています。________________________________________ 日本の教育家、新渡戸稲造(にとべいなぞう)は「逆境を善用しなさい」と言いました。松下幸之助さんは、逆境を見事に善用した人でもあったと思います。
2015年07月26日
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【本当に強い心とは】 『やせ蛙負けるな一茶これにあり』江戸時代の俳諧師、小林一茶の有名な句です。一茶は現在の長野県の生まれです。3歳の時に母が亡くなり、祖母に育てられました。8歳の時に継母が来ることになります。義弟が誕生しますが、継母とはうまくいきませんでした。継母は気の強い人でしたが、父親は気が弱かったそうです。13歳の時、たまたま村にきた俳人から俳句を習いました。翌年、一茶を可愛がってくれた祖母が亡くなり、継母の意向で15歳になると、一茶は江戸に奉公に出ることになるのです。気が弱く優しい父は、一茶が江戸に旅立つ時「体に気をつけなさい、帰ってこれる時は帰ってきて、元気な顔をみせてくれ」と声をかけ、一茶もまた、父の言葉に涙を流してしまいます。江戸では、各地を渡り歩く厳しい奉公生活を送りますが、故郷で習った俳句の勉強を続けました。そして28歳で、俳句の宗匠となります。一時期、故郷に戻りますが俳句の修行をするために旅に出ます。江戸での生活は15年に及びますが、俳人としての日々を送ります。50歳を過ぎ、長野の生まれ故郷に戻り結婚することになりました。相手は28歳の女性でした。親と子ほどの年が離れています。『われと来て遊べや親のない雀』この句は、一茶が結婚してまもない頃の、嬉しさをあらわしたものです。しかし、一茶には悲しい出来事が続くのでした。54歳の時に生まれた長男が、生後1ヶ月で亡くなり、その後4人の子をもちますが、その内3人が2年と生きることなく死んでいきました。残ったのは、一番下の子どもだけになりました。さらに、妻も37歳で亡くなってしまいます。老いた一茶は、悲しみに打ちひしがれますが、これらの不幸によって一茶の句は奥深さを高めていきました。冒頭の『やせ蛙負けるな一茶これにあり』は長男を亡くした時に詠んだものといわれています。 ●本当の強い心とは、逆境という風をしなやかに受け止め、 その反動で乗り越えること。一茶の生き方から学びました。●
2015年07月25日
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【希望という名の幸福】 作家、五木寛之さんは著書「大河の一滴」の中で『希望というのは、片方に絶望があって、絶望の深い闇の中から一条の光がさしてくる』と述べています。かつてのベストセラー作家、三浦綾子さん。『氷点』『塩狩峠』の著作で有名ですが、この方は、絶望の淵から希望を見いだした人でもあります。若い頃、結核で13年間入院。生きる意味を失くしていた時、支えてくれた恋人を病で亡くし、その後脊椎カリエスを患い、体をギブスで固定されるという生活を送りました。この境遇の中でも、三浦さんは自分だけが何故、病気になるのだろうか、とは考えなかったそうです。反対に、病気は自分に何をもたらしてくれるのだろうか、と考え病気のたびに人間としての成長があったといいます。そして、「神様から、えこひいきされているのではないかと感じた」そうで、病気と縁のきれない自分を愛しく思うようになったといいます。晩年は、パーキンソン病などの病気と闘われました。絶望といわれることも、見方を変えれば、希望を与えてくれもの。三浦さんの生き方からは、このことが伝わってくるようです。________________________________________ ジョン・レノンが次のようなことを言ったそうです。 「希望・・・。それ自体は幸福の一つのかたちにしか過ぎない。 だが、もしかすると、この世で得ることのできる、最大の 幸福なのかもしれない」 ●希望を持つことは大切なことだと思いますが、希望を求めること はもっと大切であるような気がします。●
2015年07月24日
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【みんな内在の宝を持っている】 仏教の法華経という教えの中に「衣裏繋珠」(えりけいじゅ)という説話があります。昔、あるところにとても貧しい男がいました。その男が、裕福な親友の家をたずねました。裕福な親友は久しぶりに会った貧しい友の訪問を喜び、美味しい食事とお酒で歓待します。貧しい男は、久しぶりのお酒に酔い、寝てしまいました。ところが、裕福な親友は急な用事で出かけることになりました。親友は、寝ている友を起こすのも気の毒だと思い、貧乏な友のために高価な宝珠(たからの玉)を、彼の着物の裏に縫い付けて出かけたのでした。貧しい男は、目を覚ましましたが親友がいないので、その家を立ち去ることにしました。男は、その後も相変わらずの貧乏な日々を過ごしていました。しばらくすると、貧しい男は裕福な親友と、道で偶然出会いました。親友は、友がまだみすぼらしい姿をしているので驚きました。そして、こう言いました。「どうしたんだ、その姿は? なぜ、いまだに貧乏な暮らしをしている んだ。君が楽な生活ができるようにと思って、このとおり高価な宝珠 を着物に縫い付けておいたのに。 さあ、これを売ってお金に換えなさい。そのお金で不自由のない生活 が送れるから・・・」________________________________________ このお話の意味するものは、仏の慈悲は、私たち人間を助けたいとしていますが、人間の方がそれに気づかないことが多い。また、自分に内在する能力や力を、自分でふさいでいることが多い、という意味があるそうです。 自分はどうせダメな人間だ、と思うより、やればできるもう一人の自分がいる、と信じることも大切です。
2015年07月23日
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【完璧主義から満足主義の生活へ】 あなたのまわりに完璧主義と思われる方いませんか?そもそも人間は、なぜ完璧を求めるのでしょうか?心理専門家によると、子供の頃、厳格なお父さんやお母さん、あるいは厳しい祖父母、そして学校の先生など、つまり権威ある立場の人たちから大人の基準をもとに、育てられたケースが多いらしいのです。子どもなのに、大人のものさしで点数をつけられても、不十分という結果しか残りません。子どもなりに、精一杯頑張っても「これぐらいしかできないのか・・・」「まだまだ、頑張りが足りない・・・」と認めてもらえないのです。この環境で育った子供が、その考えを引きずったまま大人になると、結局「完璧主義者」となります。周囲の人が、「完璧な仕事をやっていますね」評価しても、本人にとっては「まだまだ、不十分だ」と感じているのです。完璧でなければならないという、子ども時代の権威ある立場の人に代わり自分が自分自身を評価してしまうのです。 このような傾向の人が、目的を達成できない時、自分を責め過ぎ、その結果として心身の不調に陥りやすいといわれます。こんな時は、生活習慣を変えると効果があります。人は、大体30年経つと、習慣で生きていくようになるそうです。一度に変えようとは考えないで、「気長に少しずつでいいんだ」と気楽にやってみることです。「これくらいで、十分だ」「今日は、早く帰って、好きな音楽でも聞こう」こんな気持ちで、マイペース癒しサイクルの生活を送りたいものです。 ●「完璧主義」より「満足主義」で生きていきましょう。●
2015年07月22日
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【自分に感謝していますか】 九州の熊本・阿蘇に大野勝彦さんという画家がいらっしゃいます。大野さんは、農業をやっていましたが45才の時、牧場の草刈りをしていた時、機会に手を挟まれ両手を失くしました。絶望の日々を送っていましたが、義手をつけて絵を描きはじめました。もちろん、独学で絵を学んだのです。それらの作品に共感を覚える人が次第に増え、今では、自分の美術館を持つまでになりました。大野さんが、ご自身のことを次のように述べています。「自分はいろんなことにあれこれ文句を言っていたけれど、手がなく なったことで本当に感謝の意味がわかるようになった」私たちは、いいことがあったから、だから感謝する、という考えになりがちです。初めに感謝ありき、無条件の感謝をする。これがなかなかできません。理由は、感謝することに慣れていないこともあるでしょう。最近、ある本の中に「あなたは、まず、自分自身に感謝していますか」という言葉に出会いました。自分に感謝となると、少し気恥ずかしいような気がします。でも、目の前のこと、日常のことに目を向けて「ありがとう」という気持ちになる習慣をつけていくことが大事なようです。食事の時には「いただきます」と必ず言ってみる。あなたの命を私の命に変えさせてもらいます、ありがとうございます、という思いで、食べ物を口にする。健康な人なら、「元気な一日を過ごせてありがとうございます」風邪で熱があるなら「熱が風邪を治そうとしてくれていてありがとう」他人に感謝することは、相手のあることで逆にやりづらい時もあります。こんな時こそ、自分に感謝すると落ち着きます。「ありがとうございます」という気持ちになることが、習慣になると心の底から満足感が生まれる、と言った人がいました。不足感、欠乏感から出てくる感謝ではなく、今の状況に、無条件の感謝することから始めてみましょう。
2015年07月21日
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【私たちにできる3つの価値ある生き方】 野口嘉則(よしのり)さんという作家の方がいらっしゃいます。野口さんは高校時代から大学3年生までの約6年間、対人恐怖症になってしまいます。このままではいけないと、いろんな本を読んだりしながらその病気を克服した人です。この野口さんの著書から学んだことです。人は人生で3つの価値を実現できるそうです。1、創造価値 何かを創造することによって実現される価値。例えば、仕事や 奉仕活動、芸術作品の創作、子育てなど。 このことで、人は世界に創造的な働きかけをすることができる。2、体験価値 人や、自然、芸術作品に触れあう体験で実現される価値。例えば 愛する人達との交流、自然、芸術作品を見て感動し、喜びを感じる ことができる。3、態度価値 これは、自分の置かれた環境、状況、さらに運命に対して、どんな 態度をとるか。それによって実現される価値。 例えば、病気や貧困などいろんな苦痛によって、創造価値と体験価値 を実現できない状況になったとしても、そこでどういう態度をとるか を決める自由がある。 そこで運命を受け入れ、人として尊厳のある態度をとることができる。________________________________________ 野口さんは次のように問いかけます。現代は、創造価値や体験価値については、たくさんの人が関心を持っていて、これはこれでよいことですが、態度価値というということをあまり意識しなくなってきたのではないか?人としての美しい高尚な、品格のある生き方を失っているのではないか?吉田松陰はかつて獄につながれ、自由を奪われました。これは創造価値と体験価値を実現できない状況でした。しかし、他の囚人達に生きることの意味や、人生の目的を説き、囚人を感化していったそうです。 「今の自分の状況」に対して、どのような態度をとっているのだろうか?と、考えることも必要だと思います。
2015年07月20日
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【試練の時こそ、根を張っている】 五千円のお札でおなじみの、新渡戸稲造(にとべいなぞう)。日本の教育家として有名です。この新渡戸稲造が、人生の中で試練にあった時は、アメリカ大統領の伝記を読むようにすすめています。理由は、リンカーンは試練や逆境への覚悟というものを持っていたから、と言います。リンカーンは苦労人でした。子供時代は貧乏で、洋服や靴にも不自由し、学校教育もまともに受けることができず、読みたい本を借りるために、何キロも長い距離を歩いていったそうです。母親も早く亡くしています。大統領になってからも、学歴がなかったため内閣の閣僚たちからは傲慢で無礼な態度をとられますが、ユーモアのある言葉でうまく相手を使いこなし、自分が逆境の中にいることなど全く感じさせませんでした。リンカーンの生き方に接した時、相田みつをさんの詩の一つが思い出されます。 『いのちの根』 なみだをこらえて かなしみにたえるとき ぐちをいわずに くるしみにたえるとき いいわけをしないで だまって批判にたえるとき いかりをおさえて じっと屈辱にたえるとき あなたの眼のいろが ふかくなり いのちの根が ふかくなる (『にんげんだもの』より)________________________________________ 試練に遭っても、根を深く張って生きていくことを忘れない自分でありたいと思います。
2015年07月19日
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【健康になるための日本的な方法】 今日は、今から300年ほど前、貝原益軒(かいばらえきけん)という医師が書いた『養生訓』という本から、学んだことです。貝原益軒は85歳まで長生きしました。養生訓にはたくさん、健康になるための方法が記されています。この中で、一つの指摘をしています。人間が元気をなくす原因には、自分の内側(心)から生じる「内欲」と外からやってくる「外邪」(がいじゃ)というのがある、といいます。「内欲」とはストレスのことで、「外邪」は病原体などのことです。しかし、大事なのは「気」であるといいます。現代風に言いますと、1、「病気のほとんどは、みな、気から生じます。病とは気が病むこと。 だから、養生に必要なのは気を、調えることが大事です。 調えるとは、気持ちを和らぎ、平らかにすることです。 そして、気を養うには、気を減らしてはいけない、ふさぎ込んでは いけませんよ」となるでしょうか。気を減らす、についてですが、気を遣いすぎると、気が減ってしまう。気を遣いすぎると、だんだんイライラしてきます。ただ、気を遣わないのは難しいですが、イライラするような気の遣い方はよくありません、ということです。2、「不幸な災いにあった時は、心を苦しめてばかりで楽を失っては いけません。心を静かにして思慮すれば、その災難も去っていく 光が見えてくることもあります。あきらめて、クヨクヨしないで 心を広くして、しっかりと思いをのびやかにしなさい」ということです。 辛いことがあっても、心を苦しめて楽を見失わず、冷静に考えれば解決の道もあるでしょう。心を広くして、のびのびとした考え方をすることが大切です。________________________________________ 現代の、心理療法はアメリカ、ヨーロッパの国々で生まれたものが多くありますが、日本にも貝原益軒のような考えを持った人がいたことも忘れないでおきたいものです。
2015年07月18日
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【相手を変えるには工夫が必要】 江戸時代、白隠禅師という大変立派な和尚さんがいらっしゃいました。ある時、大きな商家の息子さんが和尚を訪ねてきました。相談があると言うのです。「父親が強欲で、毎日お金の勘定ばかりしています。 何とか、まともな人間にさせたいのですが・・・」父親思いの息子の気持ちに心を動かされた和尚は、こう言いました。「わかりました。明日から、お父上にお寺に来るように言いなさい。 念仏を唱えたら、一回一文で買ってあげるから」息子はこのことを伝えると、父親はとても喜んで寺にやって来ました。お寺で念仏をあげるだけでお金がもらえるのですから。さっそく「なんまんだぶ、なんまんだぶ、なんまんだぶ・・・・・・」指を折って数えながら唱えるのです。二百回やったら二百文のお金をあげました。翌日も、その翌日も、念仏を唱えた回数分のお金をあげました。しばらく続けていく内に、父親は念仏をあげているのが、だんだんと気持ちよくなってきて、回数を数え忘れるようになりました。和尚さんは「自己申告で払っているのだから、忘れたら払わないよ」と言って、払いませんでした。父親は「まあ、いいか。気持ちよかったし、また明日稼いでやろう」とお金をもらわずに帰ったのです。ところが、翌日来ましたが、再び気持ちがよくなって数を数えられなくなるのです。これが続くうちに、父親はとうとう本当の念仏行者になってしまいました。お金のことばかり考えていた、これまでの生活とは、全く違う生き方が始まったのです。息子は和尚さんのところに来て、お礼を言いました。「おかげさまで、父が変わりました」________________________________________ あの人は間違っているから、変わらなければいけない、変わってほしいと思うことはよくありますね。しかし、相手が変われる、入口をつくってあげることも、大切ではないでしょうか。和尚さんの取った行動、仏教では「方便」というそうです。「方便」とは気持ちをこめて、工夫することかもしれません。
2015年07月17日
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【笑いに潜む治癒力】 1976年、アメリカの著名な臨床医学雑誌に掲載された論文に大変興味深いものがある、という話を紹介します。論文の著者は、雑誌の編集長をしていた、ノーマン・カズンズという人です。ノーマンさんが仕事で1964年、当時のソ連の視察から返ってきた後、急に足が痛み、手足が動かなくなりました。医師の診断を受けてみると、「膠原病」(こうげんびょう)という病気(体の組織を維持するタンパク質、コラーゲンの異常による病気)でした。次第に、体を動かすことができなくなりました。その内、体中に大きな塊ができ、とうとう口をあけることもできないほどの状態になります。精密検査の結果、「強直性脊椎炎」(きょうちょくせいせきついえん)と診断されました。治る可能性は0.2%で、医師はこのような病気が治った例はない、と言いました。ノーマンさんは、ハンス・セリエ博士という人が唱えた「ストレス学説」の知識があり、怒りや不安は副腎皮質に刺激を与えて、体に悪い症状が出てしまうことを思い出しました。そこで逆に喜んだり、楽しんだり、笑ったりすれば体に良い影響を与えることになるはずだ、と考えたのです。それ以後、彼は、映画や漫画、そしてビデオの中でも、笑えるもの、できだけユーモアに富んだものを鑑賞して、大声で笑うようにしました。笑ったあと、血沈検査(血液をある薬液に浸して、血液が沈んでいく速さで、病気の状態を見る検査)をすると、血沈がゆっくりになって改善されていることがわかったのです。しばらく笑いのある生活を続けていくと、不思議なことに、立って歩くことができるようになり、治らないと言われた病気が治ってしまったのです。 (参考:高田明和著「脳と心に効く言葉」)笑うと体は良好状態になり、体から健康になるホルモンが分泌され、本来体が持っている治癒力が働き出すことは医学的に証明されています。(心身が健康な人の血液はアルカリ性で、不健康な人の血液は酸性だそうです。酸化された血液はガンに変異しやすく、笑うことで血液はアルカリ性になるといわれます。) 「笑いに勝る、薬なし」とも言います。笑いのある生活を送りましょう。
2015年07月16日
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【みんな、昔は純粋無垢でした】 赤ちゃんは純粋です。それだけに止まらず、生きるパワーに満ちています。筋肉は柔らかいままで、骨も未発達で弱いのに、大人の指やものをつかんだ時の力は、驚くほど強いです。目がさめて、寝る以外、泣いていても声がかれることはありません。私たちは、みんな赤ちゃんでした。だんだんと、成長して大きくなるにつれ、いろんな経験をしますがその純粋無垢な心から、遠ざかってしまいます。人が、大人になるということは、そういうものだとも言えます。自分が、経験したことが一番だ、私ほど苦労した人はいない、何故、私だけがこんな苦しい目にあうのだろうか?・・・・原因は自分で作っておきながら、つい人のせいにしてしまう。すべてを、そのように思わなくても、心のどこかに自分をかばうことがあります。2500年ほど前、中国に老子という思想家がいました。「人として徳の厚い者は、赤子ように純粋無垢である」(訳:人間は年とともに、世間に流され、私利私欲にまみれてしまう。 時には、その欲から離れて、赤ちゃんのように純粋無垢な心に 返ることが必要です)________________________________________ ●純粋無垢な自分に返る方法● 1、自然の美しさ、人の心の美しさ、芸術の美しさに 感動する時間を作る。 2、今に感謝する。 これだけで、純粋無垢な自分に戻れるそうです。 感動すると、感謝できると思います。
2015年07月15日
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【あなたの生きる姿は・・・】 数年前の出来事ですが、寒い冬の夜、用事を終えてJRの改札口を出ると、路上に墨と筆を置き、座っている一人の若い女性がいました。墨と筆の組み合わせに興味をもち、声をかけました。「何を、しているんですか?」「私は、路上書家です。人生訓のような言葉を書いて売っています」見ると、何枚か文字の書かれた色紙が置かれていました。「いくらですか?」「一枚、2,000円です」いい加減な人ではないように感じましたので、その中から1枚選んで「これを、下さい」と買い求めました。 生きる姿 あなたの生きる姿 必ず 次に進む人々の 道になり 光となる その姿 必ず見ている 人がいる________________________________________ 自分の生き方は、これでいいのだろうか?こう、迷い悩むことがあります。しかし、迷い悩んだ人生でも、生きてよかったと思える人でありたい。色紙のような人にはなれなくても、一生懸命に生きていくことだけは忘れないでおこうと思います。
2015年07月14日
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【心を定めて、懸命に生きる】 松下幸之助さんは、9歳、小学校4年生の時に、大阪の商店で奉公に出ます。学校へ行きたかったのですが、家の事情で小学校をやめなければなりませんでした。松下さんが奉公していた店の向かいに、同じくらいの子がいて、毎朝松下さんが店の掃除をしていると、その子が学生服を着て、元気よく「行ってきます」と、言って家を出て行きます。松下さんはほんとうにうらやましい、と思いながら見ていました。こういう経験をしながら、大企業の創業者への道を歩んでいきます。松下さんの詩に次のようなものがあります。 道 自分には自分に与えられた道がある。天与の尊い道がある。 どんな道かは知らないが、ほかの人には歩めない。 自分だけにしか歩めない、二度と歩めないかけがえのないこの道。 広い時もある。せまい時もある。のぼりもあればくだりもある。 坦々とした時もあれば、かきわけかきわけ汗するときもある。 この道が果たしてよいのか悪いのか、思案にあまる時もあろう。 なぐさめを求めたくなる時もあろう。 しかし、所詮はこの道しかないのではないか。 あきらめろと言うのではない。 いま立っているこの道、いま歩んでいるこの道、 ともかくもこの道を休まずに歩むことである。 自分だけしか歩めない大事な道ではないか。 自分だけに与えられているかけがえのないこの道ではないか。 他人の道に心をうばわれ、思案にくれて立ちすくんでいても、 道は少しもひらけない。道をひらくためには、まず歩まねばならぬ。 心を定め、懸命に歩まねばならぬ。 それがたとえ遠い道のように思えても、 休まず歩む姿からは、必ず新たな道がひらけてくる。 深い喜びも生まれてくる。 (引用:『道をひらく』PHP) *恵まれない境遇でも、生きる姿勢が大切なことだと学びました*
2015年07月13日
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【人生は自分のもの】 作家、佳川奈未(よしかわなみ)さんの著書にあった、興味深い話です。ある、精神科の先生の話によると、クリニックにやってくる不眠症の人、極度のストレスを抱えている人、その他の複雑な問題を抱えて心の不調を訴える人に診察時に話を聞くと、ほとんどの人が自分と合わない人間関係の中にいることがわかったそうです。そして、患者さんから話を聞いた後、薬が必要かどうかの判断をして、アドバイスをしますが、患者さんから決まって返ってくる言葉が、「でも、その人とつきあわなければならないのです」「その人と、関わらないようにしても無理なのです」「あの人さえいなければいいのですが、どうしようもありません」「その会社を、辞めるわけにはいかないのです。ずっと続くと思うと 死にたくなりますが、仕方ないのです」このように、その人にはもう解決する方法がないような、絶望しかないような話し方をするというのです。________________________________________ 人が生きていくためには、選択を迫られることがたくさんあります。むしろ、選択の連続ともいえるかもしれません。そして、決めるのは自分なのです。判断力が未熟な年齢の人なら別ですが、そうであってもいずれは自分の責任で判断すべき時が必ずやって来ます。佳川さんは、こう述べています。誰とどうつき合い、どう関わるかは自分次第。しかし、選択することをあきらめたら、残された道は苦しみ、もがくしかないのでは、・・・・。「誰といると心地よいか」「お互いによい感情をもちあえるか」「自分は相手にいい感情を与えられるか」このことを、じっくり考えて選択すべきです、と。________________________________________ ●私たちには、何事も自分で選べるという能力があります。 だからこそ、人生は自分のもの。大切に楽しく生きましょう!●
2015年07月12日
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【感情の奴隷になる人、支配する人】 人間は感情の生き物です。例えば、「喜怒哀楽」という感情の種類を意味するものをよく聞きます。「喜」(よろこび)・「怒」(いかり)・「哀」(かなしみ)・「楽」(たのしみ)「喜」と「楽」の時は、心も軽く生きていることに充実感を覚えます。その上、自分だけではなく周りの人にも良い雰囲気を与えることになり、健康面でも、いい影響を及ぼします。「怒」と「哀」は、逆の状態です。ただし、「哀」(かなしい)という感情は時として、スッキリとした気持ちになることがあります。例えば、卒業式や送別会などで親しい人と別れたりする時の感情は、涙を流すことで、気持ちの整理がついたりします。問題は「怒」の感情です。怒りの感情は、私たちが思う以上に、マイナスのパワーを持っています。ちょっとしたことでも、怒りっぽい人は、知らない内に自分の中に怒りの気持ちを抱えたままなのです。さらに、この感情は心に蓄積してきたプラスのパワーを、一度に壊してしまいます。つまり、自分をよい状態にしておくには、「怒りっぽい」感情をいかにしてなくすかが大切です。あくまでも感情の持ち主は自分で、感情はペットのようなもの。飼い主とペットという関係で、自分の感情とうまく付き合えば、感情の奴隷とはならず、感情をコントロールする支配者になれるのです。________________________________________ ●「怒り」や、嫌な思い出を手放す方法●心理カウンセラー、植西聰(うえにしあきら)さんの本にある方法です。『まず、忘れられない場面を、頭の中のスクリーンにいっぱい広げてください。胸がギュッと締め付けられるでしょうが、ここで引き返してはいけません。次に、そのスクリーンに映った映像を、白黒のイメージに変えてださい。これだけでもう、リアルな感じはグッと薄れて、遠い過去のような雰囲気が出てきます。 最後に、その白黒のスクリーンを小さくしていきます。イメージとしては、頭のずっと奥の方に引っ込んでいく感じです。ぐんぐん小さくなったら、「思い出さん、さようなら。私は今日からあなたを忘れて、幸せになります」と言って、その映像を遠くに投げます。投げる先は青い空や海、又は高い所から下に向かって放るのでも構いません。やってみると簡単です。これを続けるうちに、心の奥の嫌な思い出は確実に薄れていきます』・・・・・・*私も、さっそくやってみようと思います*・・・・・
2015年07月11日
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【境遇より心の方向を大切に】 貧しい家に生まれた、病気ばかりしていた、家族に恵まれなかった、身体に障がいがあるなど、不幸な現実、あるいは不運な状態にいる人はたくさんいます。しかし、そういう中で生きていても自分は不幸だ、と思わない人も多くいます。現在の境遇がどうであろうと、不運を不運として、不幸を不幸として、きちんと受け入れる人は幸せです。 電話機を発明した、アレクサンダー・グラハム・ベルは、聴覚に障害のある人のための機械も作っていました。ヘレン・ケラーにサリヴァン先生を紹介したのは、ベルです。ヘレン・ケラーはこのベルから、目の見えない人や、耳の聞こえない人のために仕事をしなさい、と助言されたことで生涯、生きる道を見つけました。 どん底の境遇にありながらも、自分のあるべき方向性を持っている人は幸せです。人間は、自分に不足しているもの、与えられなかったものを求めてしまうものです。貧しかった人はお金に執着し、愛に恵まれなかった人は愛に固執します。満足に得ることができなかったものを、埋めようとするために、過剰に求めるからです。幸せを求めているつもりが、実際には、不安をごまかしているだけかもしれません。大切なのは、不運な境遇になった時は「こんなこともあるんだ」と自分のいる場所を認めることです。 つまり、「境遇」ではなく「心の方向」が大切なのです。生きていれば、どんな人でも思いがけない、悲しい出来事に遭遇したり不幸な状況に陥ることもあるでしょう。今の自分の境遇がどうあろうとも、心の方向性(生きる道、目的)をしっかりと持つことのできる人=幸福な人、になりましょう。
2015年07月10日
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【60点主義のすすめ】 ストレスの溜まりやすい人にはいくつかの特徴があります。性格的に几帳面(あいまいなことが嫌い)、まじめ、不安な気持ちになりやすい、失敗することへの恐怖を感じやすい、好き嫌いが多い 誰かに(何かに)依存しやすい、自分と他人をすぐ比較する・・・・。例えば、「もっとき綺麗になりたい!」思うのは女性であれば当たり前の願望です。特に若い女性ならなおのことそう思います。ところが、願望が悩みになっている人は、自分より容姿がいい人だけを見ています。これは、コンプレックスをいつも、持っていることと同じです。「私は、あの人のようにキレイでなければならない」「親や会社の期待に応えなければいけない」と自分を追い込んでいるのと同じことです。ストレスを溜めないようにするには、「私は、今のままで十分」「期待に応えられなくてもいい」と思うと、のびのびとした気持ちになりやすくなります。 「60点主義」という考え方があります。すべてをやろうと思う必要はない。できることをやればよい。やることがいくつもあったら、優先順位をつけて、6割できれば良しとする。中学、高校、大学の受験生を調査したところ、「親の期待に応えなければならない」と思う子どもたちより、「期待に応えられなくてもいい」と思った子供たちのほうの合格率が高いそうです。 「今、ちょっとストレスが溜まっているなあ・・・」と感じている方、しばらく、60点主義の生活に変えてみるのもよいと思います。
2015年07月09日
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【人付き合いがうまくいくコツ】 人付き合いの苦手な人、引っ込み思案な人、あるいは現在人間関係がうまくいかなくて悩んでいる人・・・。人付き合いがうまくいくコツがあります。仏教でいう、「和顔愛語」(わがんあいご、仏教用語では、わげんあいご)というものです。簡単にいえば、和やかな顔で、気持ちを込めて話す。こちらから、話しかけることが一番よいですが、そうとばかりいかないこともあります。中には、顔も見たくないぐらい嫌いな人に、わざわざこちらから話すことはない、という方がいらっしゃるかもしれません。しかし、どうしても言葉のやりとりをしなくてはならない時・・・こういう時、もし相手から声をかけられたら、その人の顔はあえて見なくてもよいので(できれば、見たほうがよい)ニコッ、として相手の話を聞く。どうしてもこちらから、話しかけなければならない時は、やはり、ニコッ、として言葉をかける。このことを心がければ、たいていの場合、その場の雰囲気は和らぎます。「和顔愛語」を習慣化すれば、ストレスはかなり減ります。。本来、人付き合いの苦手な人、引っ込み思案な人は、神経質で感受性の強いタイプです。自分の言葉に相手が傷つくのではと思う人ほど、相手の言葉に傷つきやすいものです。大切なのは、神経質で感受性が強いことは決して、悪いことではなく、うまく活用できれば、自分を生かす最高の武器にさえなるものです。「自分は、神経質で感受性が強いけど、思いやりがあり、優しい心を 持っている人間なんだ」と、思ってみるのも一つの方法です。●人間関係には、好きと嫌いというものとは別に、好きでもない、 嫌いでもない、という感情の引き出しを持っておくと、楽になる ことがあります。とりあえず「和顔愛語」でいきましょう●
2015年07月08日
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【現実を受け入れると心が穏やかになる】 ブッダにまつわる話です。ある母親が、たった一人の子どもを亡くしました。悲しみに打ちひしがれ嘆いていました。どうしても、我が子が死んだことを受け入れることはできません。ついに、彼女は死んだ子どもを抱きかかえたまま「どなたか、この子を生きかえらせる薬を作ってください!」と言いながら、町中をかけずり回っていました。それを見ていた、ブッダが母親に告げました。「一度も、死者を出したことがない家から、カラシダネをもらって きなさい。それを材料にすれば、子どもを生きかえらせる薬を作る ことができます」カラシダネ(香辛料)はインドでは、どこの家にも置いてあるもの。彼女は、大喜びでカラシダネを譲ってくれる家を探し歩きました。ただ、一度も死者を出したことがない家から譲ってもらう、というのが、条件です。何日もかけて探し回りましたが、そんな家はどこにもありません。彼女は、探し回っていくうちに次第に気持ちが落ち着きました。人は、誰もが親を亡くしたり、家族を失い、悲しみを味わうもの。そういうものを抱えていきている、・・・。彼女は、このことがだんだんとわかってきたのです。 ブッダは、すべてお見通しでした。戻ってきた母親に尋ねました。「例の、カラシダネは見つかりましたか?」彼女は答えました。「いいえ。どこにもありませんでした。 でも、もう私にはそんなものは必要ありません。 可愛い、我が子が安らかに眠るのを祈るだけです」こう言った彼女の表情は、とても穏やかなものでした。________________________________________●時に、現実を受け入れることが辛く、耐えられなくなることが あります。でも、どうにもならないことで、苦しむより、立ち上 がる勇気を持つことも必要です●
2015年07月07日
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【笑うと健康になります】 「微笑」・・・ほほえみ、と読みます。仏教の禅では、「みしょう」と読むそうです。ブッタは、人がニコッと笑うことを大切にしたとされています。「笑顔」の人を見ていると、こちらも笑顔になります。日本には神道というのがあります。江戸時代に神道家で、黒住宗忠(くろずみむねただ)という人がいました。神道の修行をしていたある時、1週間の間に両親を続けて失い、その上結核になってしまいました。当時、結核は不治の病といわれていました。絶望の日々を過ごしている内に、人間の心とは何かを悟ったといいます。「人間の心は、本当は喜ぶことを好むのだ」と悟ります。それ以来、笑顔を絶やさず、何かにつけて笑ったそうです。そういう生活を重ねていく内に、結核の症状が軽くなり、ついに治ってしまいました。のちに、こう述べています。「人は陽気がなくなると、陰気が強くなる。そこから不幸な出来事が 起きてくる。何事もありがたいと、笑顔で明るい心になることが、 大切である」________________________________________ 笑うと、脳からペプチドという、免疫機能を強くするホルモンが分泌されます。また、ガン細胞を死滅させる、ベータエンドルフィンというホルモンも分泌されます。これは自己治癒力を高め、快感作用、鎮痛効果があるホルモンです。 (脳内ホルモンに興味のある方は、春山茂雄著「脳内革命」を参考 にしてみて下さい)
2015年07月06日
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【人生にむなしさを感じるのは空腹な時】 明治大学の教授でテレビのコメンテーターでもある、斎藤孝さんの著書から学んだことです。斎藤さんが青春時代、人生をとてもはかなんだことがありました。そんな自分をよく観察していくと、「空しい」と感じる時間帯がほぼ決まっていて、それはお腹がすいている時だったそうです。このことに気づいたのは20歳(大学生)の時でした。それで、何となく後ろ向きな気分になってきたなあ、と感じたらとりあえず学内の食堂にいって、何かを食べたとのこと。そして、満腹になると、空虚な感じがしなくなったといいます。 つまり、気持ちが不安定になる理由の一つとして体の状態に、変調をきたしていることがあるということです。よく、心が不安定だから体調が悪くなる、と考えがちですが、そうとばかりは言えないということです。斎藤さんは、「大切なことは、ひどく後ろ向きになったり、落ち込んだりしたとき 『これは単純に体の具合が悪いのではないか』と考えてみよう」と、いいます。感情と体は連動していますが、感情と体とは別次元のもの。だから、感情と体をつなぐ回路がネガティブなときは、その回路を切ることが必要。そして、食事をすることが、回路を切ることになるというものです。生命体である、自分の体を維持するのが食べること。食を安定させて体を維持すると、心も安定する。これが、やる気の根源である、といいます。 もし、「今は心の調子が悪いので、食べたくない」というときは、まずい状態だと意識して、心と体は別なのだと考えて、食事をすることが必要だと、述べています。 ●やけ食いはよくありませんが、心と体は連動しています。 心にも、体にも栄養をとることが大切なことです●
2015年07月05日
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【頑張り過ぎないことも大切です】 ブッダの弟子の一人にソーナという人がいました。ソーナさん、弟子の中でも大変、厳しい修行をしています。毎日、毎日、必死の思いで座禅ばかり組んでいたのです。ところが、ある時、理由は分かりませんが急に、やる気がなくなり、ブッダに仏教の修行を辞めたいと、申し出ました。 ブッダはソーナの前に、琴をとりだして次のように諭します。「この琴の絃を、ゆるめておくと、いい音は出ません。 といって、強く引っ張りすぎると、ピンピンと音がはねて、 やはり、いい音はでないのです。 ゆるめ過ぎず、張り過ぎず、ちょうどよい張り方をすると 美しい音が出るのです。 修行も同じで、あまり熱心すぎてはいけませんよ・・・」________________________________________ やる気がなくなったり、精神的に疲れた時は休養が必要です。精神科医の斎藤茂太先生も言いました。「とにかく休む、ひたすら休養すること」と。何もしないことも、ストレスの解消法の一つです。さらに先生は次のように話しています。「部屋のカーテンを締め、電話の呼び出し音も消し、インターホンの 音も消し、ひたすら貝のように閉じこもって、日がな一日寝てみよう。 一日で足りなければ、二日でも三日でも寝ればいい。 実際に寝てみると、そんなにいつまでも寝られないものである。 食欲が湧いてきたら、何か食べてみよう。 少し元気が出てきたら、お風呂にでも入ってみよう。 それでも疲れたら、また寝ればいいのである」。●やるべき時は、やる。疲れたら休む。よりよく生きる方法です●
2015年07月04日
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【変わらない現実をどう生きるか?】 境野勝悟(さかいのかつのり)さんという方の著書の中に、印象に残るお話があります。________________________________________ ●おじいちゃんと、孫が、二人で大川の土手に座っている。 子どもの父が、交通事故で亡くなった。そのあと、子どもの母が、 ガンで夫を追った。 いま、子どもは、ひとり残って、おじいちゃんと、生きている。 父と母がこの世を去ったことは、悲しみにあまりある。 しかし、過ぎ去ったことを、いくら嘆いても、現実は、どうにも ならない。 つらいが、おじいちゃんが元気だったことに、ほっとしよう。 もし、おじいちゃんがいなかったら、子どもにとって、どんなに 淋しい、つらいことになったであろうか。 おじいちゃんが、孫に、こっそりと話して、ニコッと笑った。 孫は、おじいちゃんにすがってほほえむ。 夕やけがすばらしいので、この上なく幸福そうであった。________________________________________ 子どもの両親がいなくなり、おじいちゃんと生きていかなくてはならない、という現実は変えようがありません。その子供さんは、いまどんな気持ちなんだろうか? と思うと胸にせまるものがあります。おじいちゃんは、孫に、現実を受け入れて、生きていけるよう、力の限り、見守っていくことでしょう。 過去は忘れようとしても、なかなか忘れられないものです。ただ、忘れることができないことと、引きずることは違うような気がします。 *忘れられない過去があったからこそ、ありがたい今がある、と 思える生き方をしたいものです*
2015年07月03日
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【宮里藍選手のスランプ脱出法】 女子プロゴルファーの宮里藍選手は、高校3年生の時に女子オープンゴルフトーナメントで優勝しました。そして、史上初の高校生プロゴルファーとなります。翌年の2004年のオープン戦でも優勝し、年間獲得賞金1億円を突破。横峯さくら選手とともに注目を浴びることに。その後、メジャー大会等に参加しながら実力をつけていきました。2005年には20歳3ヶ月でツアー通算10勝をあげます。これは史上最年少記録でした。2006年から、拠点を米国ロサンゼルスに置き、米国ツアーで活躍し世界ランキング6位に入ります。 ところが、その翌年からスランプに陥ってしまうのでした。元々、宮里藍選手は、性格的に心配性なところがあり、取り越し苦労をするタイプだそうです。試合前から、ミスしたらどうしよう! と先のことを悪い方に考えてしまい、少しの心の変化にも、身体がすぐ反応していました。練習の時は、いいスイングをしていても、本番になるとミスをしてしまうのです。 ある日のことでした。試合中に彼女がキャディに言いました。「未来が心配でどうしようもない!」と。すると、キャディが次の言葉を返します。「藍! ボールは今、ここにあるんだよ!!」このキャディのひと言で、彼女の緊張した心が落ち着き、そこからスランプをくぐり抜けたといいます。その時のことを、宮里藍選手はこう語っています。「過去でも未来でもない。『今』に自分を置くこと。 これが、ナイスショットを紡ぎ出すための大きな鍵です」 ●常に「今」に自分を置くことで、後ろ向きの考えを前向きに 転換させることができる(明治大学教授、斎藤隆)●
2015年07月02日
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【心がへこんだ時の脱出法】 落ち込んでしまうこと、どうにもならないこと、人から傷つく言葉を投げられて悔しいことなど、・・・いろいろあります。心理療法の一つに、悩んでいることを紙に書いて(パソコンではなく、手書きがよいです)破るか、燃やすかすると、結構効果があります。紙に書いた文字に、自分の感情が表現される(写し出される)ことで、文字を通して気持ちが浄化されるからでしょう。ベートーベンは耳が聞こえなくなっても曲を作り続けました。だんだんと聴力がなくなっていく辛さ、悲しみの感情を音楽で表現することで、気持ちが浄化されて苦難を乗り越えました。彼は、それらの苦悩を『悲愴』、弦楽四重奏曲14番、15番という曲で表現しています。このような芸術としての音楽を聴くことで、自分の気持ちがその曲に清められていきます。バッハの『マタイ受難曲』も素晴らしい曲です。自分に芸術家のような表現力がなくても、その作品に接することで気分が楽になります。________________________________________ 歌うことが好きな人は、カラオケが一番手っ取り早い方法です。一人カラオケ、おすすめです。生理学的にも、歌うことで呼吸に刺激を与えることになり、気持ちの浄化、気分転換には効能があります。・・・・・●落ち込んだら、クラシックを聴きましょう。 または、とりあえず、カラオケしましょう●・・・・・
2015年07月01日
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