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言いたいことを全部吐き出したら、後には深い思い入れだけが残る。 そんなドラマは、私にとって『フードファイト』('00年 日本テレビ系)とフジテレビ版『西遊記』だけです。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 私のドラマ視聴歴には『本当に放送してしまったよ、おひっ…』というカテゴリがあります。 その中でフジテレビ版『西遊記』は第二位にランクインしています。(一位は別次元に突入しておりますが、『究極癒し戦隊 ヴィーナス・エンジェル』(テレビ東京系)。以下『ヴィーエン』と称する。出演者ファン(ケディ・ティンのファンである自分にとっても)の黒歴史。未だに『何故、アニソン御大の水木一朗さんが出ていたのか』、不明) ちなみに当サイトでこっそり応援している『フードファイト』は三位。 …『西遊記』が見事に抜き去りましたね(遠い目)。 でも『西遊記』も『フードファイト』も。 言いたいことを全て吐き出した後には、そのダメな部分も含めて好きという思いしか残りませんでした。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ドラマ開始前の、自分に対する合言葉は『フジテレビが放送する、“ファンタジー”という文句が入ったドラマには決して期待するな』でした。 過去に散々痛い目にあっていた自分は、戦々恐々でしたね。 でも『役者SMAPが本気で好き』、『内村さんが好き』、『パーティー物が本当に好き』、『ファンタジーには本格的に思い入れがある』、『中華ファンタジーをかじった事がある』という自分には、半端な気持ちで観る事はできなかったんです。 親戚のおかげで『特撮』を現行4シリーズぐらい観てますし(『デカレンジャー』と『ボウケンジャー』は好きと断言できる)、だから『テレビ特撮の完成度基準』も知ってるつもりです。 だから、“予想通りの出来”の第一話『火の国』を見たとき、心の底から色んなものが噴出して止まりませんでした。 『好きだから、基準を甘めに採点しよう』というのは、逆にこのドラマにとっても、他の視聴者にも失礼だと思いました。 だから、私の中のなけなしの知識を振り絞りました。家にある『小説指南書』や『ファンタジー解説書』、『中国や日本の妖怪や怪奇伝承の本』、『パーティ物の参考になるTRPGのルールブック』などを全てかき集めました。睡眠時間を削ってでも、記事の下書きしました。 記事を書く時には、自分なりに『単なる指摘ではなく、改良のポイントを』詰め込みました。 また、他の視聴者の方にも『西遊記』を取っ掛かりに、更に踏み込んだ世界へのきっかけを提供しようと思いました。 それは、私なりのフジテレビ版『西遊記』の関係者各位様への叱咤・激励であり、援護射撃のつもりだったんです。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ とはいえ、睡眠時間を削り、初回の感想を『7部構成』で書き上げたときには『死ぬか』と思いました(笑)。 他のサイト作業も後回しになっちゃいましたしね。 トラックバックをする余裕なんて、後半に入ってからです。 以前に『中華を含めたアジア・ファンタジー』を書くための資料集めをしていた(そのきっかけが前述の『ヴィーエン』への不満)ので、その知識が役に立ちました。資料をもう一度紐解いて、『西遊記』や妖怪の知識を再確認しましたね。 後は小説指南書やら、『グループSNE』作成ゲームから請け負った知識、『FEAR』作成のリプレイから学んだ事なども、今回の感想・考察で役に立ちました。 最終回の放送直後になって、この感想のための資料を購入した時には、自分でも「ちょっと待て、こら」と思いましたけど(苦笑)。 そんな全力でのツッコミはしんどくもあり、自分の知識の限界も曝け出す恥ずかしさもありました。 ディープなTRPGゲーマーさんや原著ファンの皆さんから、怒涛のツッコミや間違いを指摘されそうです。 でもそんな中での発見や再確認は、自分にとっても遺産になりました。 なにより、その作業がこの『西遊記』への思いを全て昇華し、強い思い入れに変えてくれました。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 一番嬉しかったのは、『第九話』のクオリティです。 このクオリティを“平均”として求めていたので(←これを求めるのは、フジの脚本スタッフ様には酷でしょうか)、「やればできるじゃん!」と喝采したのを覚えています。 そして気がつくとサントラを購入し、ノベライズまで予約しちゃったり(←完全にどっぷりつかってますから)。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ そして、全てが終わって。 今はかなり放心状態です。 あれだけ言っておいて、それなのに『西遊記』がそのダメな部分も含めて好きになってしまっています。 自分でも、それはすごく不思議なことです。 まぁ、その空っぽになった心の片隅で、「いっそ、欠けている重要な部分を全部、補完してやるっ」と燃える部分も、無いわけではなかったり(←それはちょっと待て)。 …いや、全く同じ動機で突っ走った挙句、サイト小説のメインにしてしまった『フードファイト』いう前科がありますので。いつか手を出しかねないな、この管理人(怖)。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 次は『ノベライズ』のレビューを書いて(ただ今、取り寄せ中)。 そしたら、しばしの『西遊記』考察の休憩とさせていただきます。 そして映画の詳細が届き来ましたら、また全力で語りたいと思っています。 それが私なりの応援だと信じているからです。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ それではこの『西遊記』感想にお付き合いいただいた全ての方へ。 全部で50の記事(放送前を合わせて54の記事)という、とんでもない量の記事にお付き合いいただき、ありがとうございました。 WebCrapやコメントにも、すごく励まされました。 完走できたのは皆様のおかげです。 お礼の言葉を申し上げます(深く礼)。 それでは次は映画『西遊記』の記事でお会いできたらと思います。 よろしければ、その時もまたお付き合いいただけると幸いです。
2006/03/31

(総括1より、続き)★3.悟浄 こちらも設定はすっごく美味しかったです。彼に関しては脚本家さんも楽しんで描写されていましたよね。 八戒に比べ、ある程度の葛藤や成長を経験しているため、一歩間違えると主役を食いかねませんでした。それを押さえたのは、脚本スタッフの技量…というよりも、出番の少なさか(涙)。 贖罪系キャラは個人的には大好きなんです。“過去に過ちを犯し、冷酷な心を裡に秘めている。その心を呼び起こす事を怖れるため、本気を出せない。贖罪を望み、表面はだらしなかったり、穏やかだったりして、その苦しみを出さない” そこの設定だけ取り出すと、当サイトで以前応援していた『トリニティ・ブラッド』の主人公アベルと同じですよね(そして、私が草なぎ君に演じてもらいたい設定NO.1でもある。←おひっ)。 アベル程度まで力を出し惜しみすると、それはそれで問題があるんですけど(苦笑)。もう少し、『悟浄が力の出し惜しみをしている』シーンが、九話以前にも欲しかった気がします。 悟浄は他のキャラクターに比べると、比較的恵まれていたかもしれませんね。 とはいえ、もう少し突っ込んで描写してもよかったと思います。 “非情な現実を変えようとする他のキャラクターに、冷たく釘を刺した”り、“敵との知恵比べをした”り、“他のキャラクターの行動理由を即座に見抜き、それをサポートした”り。 そんな描写もできたかな、と思います。 また『過去に犯した罪』を匂わせるため、彼を心から憎む妖怪や人間を登場させても良かったと思います。 彼が歩んできた経歴は『三蔵の理想とする世界』とは対になります。 彼の過去を描写する事で、『犯罪や残酷な事柄が、世界に存在する』ことを強調し、『三蔵の使命』をより重くさせたのではないでしょうか? 今からでも遅くないんで、映画放映前にSPドラマで描写してもらいたいです。 ちなみに、元々『ポケビ』や『ウルトラキャッツ』ファンとしてはウッチャンが好きでした。 撮影裏話では相変わらず「人を見る目の温かさ」や「責任感の強さ」が伝わってきて、嬉しくなりましたね。 何より、ドラマの中で見せる彼の殺陣のかっこよさは、ウッチャン熱を再燃させるには十分でした。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・★4.三蔵 三話と九話、そして最終話で完全にキャラクターが立ちましたね。 さり気に『悟空に影響を受け、強さを得た』という成長も見せてくれました。前半での「戦闘時にちょこちょこと動いて、皆をサポート」というのも好感を持ちましたしね。 悟空たちの『方術』よりも、三蔵の『雑密(ぞうみつ。仏教における呪術の事)』の方が役に立っていたのは印象的でした。 魔法などの描写が好きな自分としては、結構嬉しかったかも。 深津さんの演技を見ていると、もっとサバサバした感じの三蔵にした方が良かったかな、とも思いました(『第八話 時の国』ラスト)。 でも『天竺での啖呵』を聞いていると、これもありなのかな。 また、やはり『もう少し、展開に絡もうよ…。涙』と思いました(苦笑)。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・★5.老子 本名『大上老君』(『第五話 子供の国』で悟空がそう呼んでいる)。 原著でもかなりのトラブルメーカー(牛を逃がしたり、竈の番の二人の神が脱走したり)ですが、ドラマでは更に困ったお方でした(笑)。 『第四話 砂の国』に至っては、「出てくるな、ラストでっ!」と絶叫しましたっけ(苦笑)。 途中まで「うわー、厭な奴だな…」と思うだけだったのですが、それが『天竺』への複線になっているとは思いませんでしたね。 そして最終回で『天竺側の人間でありながら、悟空たちに感化された』という描写がすごくよかった。“『砂の国』での牢抜けシーン”も、見事な複線になっていましたっけ。 この回だけで、株が急上昇しました。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・★6.凛凛 設定も能力も、いいキャラではあります。 しかし、『美味しいところを全部持っていく』ところから、一部では蛇蝎のごとく嫌われているキャラでもあります(涙)。 第三話程度の活躍なら、ちょうどいい塩梅だったでしょうに。 彼女もまた、悟空と同様に『脚本スタッフの代弁者』と化していた趣があります。 それだけでなく、『展開に困った時に、情報を与える役目』まで背負わされていました。 …得に『第五話 子供の国』での扱われ方は、キャラにとっても、役者にとっても不幸だったと思うんです。 元々、盗賊系キャラクターは人気があるし、それを特化して活躍させればよかったと思います。 知識量も豊か(今から思えば、帝王教育の賜物かな)なので、それでフォローさせても良かったかな。 悟浄と二人で、“他の三人には聞かせ辛いシビアだったり、少し後ろ暗い話をさせて”も面白かったと思います。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ こうやって上げてみるとツッコミどころ(致命的な部分も含めて)はかなり多かったドラマでした。 でも“ツッコミをするだけなら簡単だけど、物語を紡ぐ事はその何倍もしんどくて大変だ”ということも、私は知っています。 例えば、私がこの設定を借りて物語を書いても、実際に各話のクオリティを抜けるかどうかは分かりません。また、それをフジ版『西遊記』と認める人は少数でしょう。 フジ版『西遊記』を実際に形にし、ここまで紡いできたキャストとスタッフの努力はやはりすごいことなんだ、とも思っています。 そして、『第九話 花の国』は良かったと思います。 『第三話』での獏の登場、現実と夢の談義。『第四話』の悟浄と金魚の因縁。『第六話』での妖怪の異常心理と幼い姫との行き違い。仏滅国などのイメージもすごく良かった。 何より『腐敗した天竺』という、とんでも無い設定に挑戦した心意気も、すごく評価しています。 原作に忠実で無い分、“どこまではじけられるか”が完成度に関わる鍵でした。オリジナリティを発揮した、という意味では最終回で合格点を出したいです。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 映画化に向けては、これらの改良点を踏まえて脚本を構築していただけると嬉しいですね。 脚本を冷静に見れる人(ゲームの構成作家さんなど)を外部から招聘することを、私は強く希望します(切実)。 でも、映画はすごく楽しみです。 一つには、出ている役者の皆さんが好きだから。 一つには、このジャンルの話が好きであり、ゴールデンタイムに定着させたいから。 一つには、この三ヶ月間で深い愛着が生まれたから。 だから、本当に面白くて、素晴らしい良質の物語を紡いで欲しいと、心から願い、祈ります。 最期に。 スタッフ、キャストの皆様、半年間の撮影お疲れ様でした。
2006/03/31

かくて旅は語り継がれ、『西遊物語』が生まれゆく。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ それでは、西遊記の総括にいきましょう。 やっぱり今回、『連続ドラマ』として足を引っ張ったのは『第八話 時の国』でした。 そして『オーストラリア・ロケ』により、いきなり撮影が押したことも大きいと思われます(『第四話 砂の国』はスケジュールの為、泣く泣く殺陣をカットしたのだとか)。 パーティ物の魅力は、パーティ・メンバー全員の職能分離と視点がはっきりとしている事です。それを描ききるには、今回なら四人分(凛凛を含めて五人分)の視点と思考を常にコントロールする必要がありました。 それに加え、『時の国』に合わせて六本分(後から挿入された『第六話 森の国』を除く)の物語を同時進行させるのは、創作のプロでも難しいことです。 この“複雑な構図を描く物語世界”のとばっちりを受けたのは、特に『第五話 子供の国』と思われます。この時、三蔵・悟浄・八戒は、いくらでも絡めたはずの物語において、不自然すぎるほどに傍観者を貫きました。それがこの回の魅力を激減させていましたね。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ またシリーズの主題と、各回の主題が見事にかち合い、相殺していたのも印象的でした。 その回の主題を巡る会話の筈が、突然割り込まれた『なまか』という言葉で混乱したりすることも多数でした。 あるいは『仲間』がシリーズの主題であるのに、物語の都合やギャグの為だけに強烈な不和シーンを演出したり。 …シリーズ物としては失敗していたかもしれません(滝汗)。 “旅物で仲間を主題とする”、それはすごく良いと思います。 しかし、仲間というものは“言葉で力説するものでは無い”んですよね。 それは阿吽の呼吸であり、さり気ない優しさであり、共にやり遂げる気持ちの高鳴りであり…。つまり『一緒に居る時間を丁寧に描写する事』で初めて分かることだと思うんです。 『チーム』の大切さとは、実際にチーム作業をしている方はもちろん、(コンシューマであれ、テーブルトークであれ)RPGを経験している方、『ワンピース』などのコミックを読んでいる方、特撮を観ている子供達…いろんな人が実感していることでもあります。 その描写から手を抜くと、途端に視聴者は引きます。 パーティ物として上手く描けていたのは『第二話 温泉の国』と『第九話 花の国』、『最終回 天竺』の三つだけだと思います。 パーティ物として魅力を発揮するには、四人が活躍する事が必要です。 それは『事件解決の役に立つ』という観点だけでは無いんです。“いかに四者四様に物語に絡み、複数の視点から事件をより具体的に浮かび上がらせ、時にぶつかり、時に支え、時に刺激を受けながら、最良の結果を模索する” ただ、四人の設定を踏まえて、彼ららしく動くこと。それがより生き生きとするだけで、この項目が満たせたはずなんです。 その描写を煮詰めるにも、時間が足りなかったと思います。(以前に視聴を挫折したフジテレビの某『税務署・潜入捜査』ドラマもまさにそれでした。 主人公も、舞台設定も、ネタも、すべて好みだったこの作品。ただ、主人公以外のキャラクターがほとんど描かれないという点にドン引きして、『3話』視聴後に脱落。 フジテレビさん、懲りてくださいよ…。滝涙) パーティ物はまた、多種多様のキャラクターを同時に立たせる事で、いろんなタイプの視聴者を引き込むことも出来ます。(フジなら『ワンピース』、『デジモン』、『幽遊白書』等。他に『スーパー戦隊シリーズ』などがそれに特化しています) 人間の好みは十人十色。はまりやすいキャラクターも違います。 だからこそ、視聴者それぞれに“はまる”キャラクターを用意し、それを育てる努力をして欲しかった。 大切なのは、出番の多さや台詞の数じゃない。むろん、肉体や嗜好の強調でもない。 ただ、事件に絡ませ、その立場をより“らしく”演出すること。キャラクターを背景ごと、その場面に投影させる事です。 その方法は数々の黄金パターンとして洗練され、様々な創作ジャンルに積み重ねられています。それを今回の脚本スタッフにも上手く使いこなして欲しかった。 本当に頑張って欲しかったです。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ それでは、各キャラクターの考察に行きましょう。★1.悟空 『いつも感情のふり幅が100%』という設定が、少し足を引っ張りましたね。 本当に泣き叫ばなきゃいけないときに、叫び方が一本調子なのは哀しかったです(後半では『心を得てきたため』、緩急が現れて良くなってきました)。 悟空の見せ場は『啖呵』なんですが、これが『悟空の言葉』では無く『脚本スタッフの言葉』になっていたのが辛かったです。 『第一話 火の国』を見たときから、「この展開で、この立場で、こんな台詞が悟空から出てくるのはまずいでしょ(滝汗)」と凍りつく事しばしば(汗)。 『口上』は歌舞伎に始まり、『勧善懲悪もの時代劇』を経て、アニメや特撮に色濃く受け継がれています。 この『口上』が魅力を発揮するのは、あくまで“口上を述べるキャラクターが、キャラクター自身の言葉で切り捨てるから”です。 それは『作り手の意見』と一緒でもいいんです。そうするならば、“口上を述べるキャラクターが作り手と同じ意見になるように物語を組み立てる”ことが必要なんです。 視聴者に『啖呵が長い、うっとおしい』と言われる理由は、言い方でも長さでもありません。ただ『必然性をきちんと出せていない』からです。 “その台詞にたどり着くまでの、心理的な過程”を丁寧に描き出し、視聴者の心を揺さぶり、共感させることが必要だったんです。 どんなに出番が多くても、重要な部分は『悟空の言葉』ではない。 それでは本末転倒です。 啖呵が悟空の言葉であったのは、半分~1/3程度と感じました。 それくらいなら、『一番言うべきキャラクター』に台詞を譲った方が、むしろキャラ立てとしてもいい。 その意味では、演者のファンとしてすごく哀しかったです。 とはいえ。 やっぱり『異形』であり、『異形の心』を演じる香取君は、管理人のツボを直撃します。 荒れ狂っていたり、切なげでなったり(『第一話 火の国』)、やるせ無さそう(『第六話 森の国』)であったり、無条件の信頼をみせたり(『第七話 幽霊の国』)、『異形の心』故の表情はすっごく良かったし、世界観を見事に補足していたと思います。 後、個人的には『香取君の棒術』という、数年来の願望が満たされて嬉しかったです(『第五話 子供の国』や『第九話 花の国』)。 やっぱり似合いますよね!・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・★2.八戒 脚本スタッフが本気で持て余しているのが、嫌というほど伝わってきました(遠い目)。 その意味ではキャラクター、役者さん共々、不幸であった気がします。 しかし。「こんなに美味しい設定のキャラクターを持て余しますか、普通(全力ツッコミ)!?」 はっきり言って、私はこのキャラクターの設定はかなり好きです。 キーワードは『心の弱さ』。 うまく使えば、『直情型の悟空』や『一歩引く悟浄』、『信念を貫く三蔵』とは違い、物語の中で自由に揺れ動き、視聴者の疑問を他の三人にぶつける事すらできました。 心が弱い人間や妖怪に共感し、時に泣き、時に励まし、時に全力で庇うこともできるはずでした。 物語の展開に深みを出すには、彼のキャラは大切なんです(『仮面ライダー555』に例えるなら、啓太郎のポジションかな?)。 また『異端コンプレックス』のある八戒というキャラクターは、同じく異形であったり、迫害される立場に積極的に絡んでいく事ができます(『子供の国』の雲呑に絡まない姿には、不自然さを覚えずにはいられませんでした)。 物語の導入としても最適だったはずなんです。 …悟空の『妖怪コンプレックス』ばかりが焦点に当たり、八戒の『異端コンプレックス』があまり生かされていなかったのが残念です。 もちろん、彼は悟空や悟浄よりも能力は低いです。でも『嗅覚』はかなり使いやすいし、『我慢強さ』も戦闘時の壁役としても重宝します。そんなに使いづらくは無いはず。 そして『能力の有無』≠『活躍の有無』。 大切なのは『持つ者、持たざる者、共に等しき』(等価交換の法則)。悟空や悟浄にしか出来ない事があるように、八戒にしかその時できないことがある。 彼にやるべきことを見極めさせ、行動させるのがポイントです。 妖術をメインに置かない物語展開なので、本当は八戒を活躍させやすかったはずです。 彼を活躍させるのには工夫が要ります(彼にしか得られない情報を用意したり、状況と彼の設定を絡めて見たり)が、それを決めた時は最高ですよ。 八戒が活躍すれば、『現実の、特殊能力を持たない視聴者』も一緒に活躍している気分にもなれたはずなんです。 個人的には『第二話 温泉の国』の間欠泉のシーン(『はいはい、そこどいてくださいね』の台詞の落ち着き方が好き)、『第九話 花の国』での役回り(…出番は少ないけれど、ちゃんと設定をアピールし、人質解放し、悟浄&三蔵の避難をする)が好きでした。 これらの回を見ると、やはり八戒の活躍の少なさが惜しまれてなりません。(以下、総括2へ続く)
2006/03/31

キトキトの壷が、幻想と現代を繋ぐ。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ スタッフ、キャスト、関係者の皆様、撮影6ヶ月&放送3ヶ月間、本当にお疲れ様でした。 終わっちゃったんですよね。今から思うと…。 って、過去形にするな、管理人(ツッコミ)。 改めまして。 映画化、おめでとうございます。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・「『メタメタ』だなぁ…」 それが私の第一感想でした。(注:『メタメタ』…TRPGゲーマーの一部で使われる造語。現実の事情と虚構が秩序無く入り混じる様を指す。 『メタ・フィクション(多重虚構世界)』という言葉が元になっている)「『実際の歴史とは違う世界』を強調するため、『龍がまだ空を~』というナレーションにした(公式設定)」を無視して、現実の東京を出現させちゃったり。 『悟空 in 台湾』を挿入しちゃったり、『巻物の中身』を完全に現実の視点にしちゃったり。 人によっては『これはドラマの設定を借りた別物』ときっぱり切り捨てるかもしれませんね。(特別編の破壊力について、私は『僕の生きる道』特別編の“宙吊り幽霊秀雄”で免疫がある) 今回は『これまで脚本家が書き難そうだった八戒の出番救済』という側面もあった気がします(汗)。(第九話程度の活躍なら、むしろ私の好み。しかし、他の回では空気のような扱いでしたからね…。遠い目)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ただ二つだけ、突っ込ませてくださいね。 一つ目。悟浄の手紙にあったこの一言に、まず噴きました。「竜宮で、高校の教師をしている(by悟浄)」「『ルナル・サーガ』ですか、このドラマはっ!(全力ツッコミ)」(注:『ルナル・サーガ』…文明レベルが中世のファンタジー小説。神々の干渉により、教育や政治・医療に関するものだけ近代思想が流入している) 確かに中国は古くから官僚社会でした。『中国妖怪伝-怪しきものたちの系譜』のP132~を参考に。 『科挙の試験に通り、官吏になるのが人生の全て』という考え方が、その当時から支配的だったんです。そして、その試験会場は妖怪物語をたくさん生み出しています。 しかし、こういった試験をパスするには、子供の頃から経書の暗記や作文に勤めねばなりません。必然的に裕福な家庭で育った一握りの人間しか受ける事ができず、しかも合格率もかなり低いんです。 そんな世界において、高等な学問を教える学校はまず成り立たないと思うんですよね。 …妙なところで、現代日本の文明を入れないでくださいよ(凹)。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ そして二つ目。 総集編シーン、多すぎです(『時の国』、最終回の回想シーン、SP本編、SPのエンディング)。 八恵と視聴者の気持ちは、かなりシンクロしていたと思われます(遠い目)。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 台湾映像について。 ドラマ『西遊記』のファンとしては「おい。ちょっと待てや、こら」と思いましたね(SMAPのDVD試写会なんて、ドラマに関係ないですし)。 でも香取君のファンとしては、かなり美味しい映像だったのは素直に認めます(…バイリンガル・フェチの血が騒いだ…)。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 映画化について。 ごめんなさい、この文字を見たときの私の感想は『正気か、フジテレビ!?』『連続ドラマじゃなくって良かった…』の二つでした(スタッフ様、キャスト様、申し訳ありません。陳謝)。 このドラマのどこがダメだったか、50近い記事の中で語り尽くしてるんですけど(汗)。 何より、『フジテレビの脚本スタッフだけだった為に、ノウハウ無しから始めてしまった』『連続ドラマのスケジュールに詰め込んだ為に、プロットがずたぼろだった』『“子供向け”を“子供騙し”に。ファンタジーを“絵空事”と曲解している節があった』の三つが大きいと思うんですよ(頭痛)。 映画化に向けてそれらを解消するには、『脚本会議に幅広い創作者を召喚し、風穴を開ける』『プロットを練る時間をたっぷり取れ』が最良だと思われます。 個人的には『F.E.A.R』社の矢野俊策さん(←プロットの組み方、複線の張り方と回収、全体的なバランス感覚、そしてキャラ暴走に対するツッコミに卓越したゲーム作家さん。代表作として『ダブルクロス・リプレイ オリジン』シリーズ)、ヨビさん(筋金入りの妖怪オタク。『異能使い』リプレイでは悟空と同じ立場の妖怪キャラクターを見事に演じきった)を喚んで欲しいと思います。 この二人の得意とするものが、このドラマでは致命的に欠けていたと思うんです。 また、映画化なら『グループSNE』の友野詳さん(←特撮に魂を売ったゲーム作家&小説家。特撮的なスペクタクルに満ちた話を作るのが得意)も喚んで欲しいです。 少なくともTRPG畑の方ならば、『背景世界や人物設定の魅せ方』や“キャンペーン(連続した話)展開として、どこを補強しておかなくてはいけないか”という感覚は研ぎ澄まされています。 スタッフはツッコミと膿出しの両方を受けておいた方がいいんじゃないでしょうか。 …………おかしい。映画化を祝福するはずが、気がつくとダメ出ししてるよ、自分(乾いた笑)。 いずれにしても、楽しみにしています。スタッフ様、頑張ってください。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 映画化に合わせて、是非『プレ・ストーリー』もお願いしたいです。 悟浄や八戒の設定は、すっごくイマジネーションを刺激します。『三蔵と出会う前の絶望、出会ってからの変化、そして旅立ちを決意するシーン』を、この二人に関して是非観てみたいです。 八戒は“三蔵と悟浄が故郷に立ち寄った時点で、何かトラブルに巻き込まれた。 そしてそれを解決する為に『鉄把(てつは)』を手に取り、その過程で使命に目覚めた”という感じなのかと思います。 悟浄は“『過去に手を掛けた人間達が現れる悪夢』に毎夜襲われ、肉体的・精神的にもずたぼろになっている悟浄。 だが、戯れに関わった三蔵の想いに触れ、『金魚との別れ』で空白になっていた心に何かが芽生える”という感じかな。昔の擦れまくった映像も観たい! 悟空にしても、過去の補完が欲しいんです。 『人の心を持っていない』という設定でありながら、『人の心について説教する』という矛盾の解消のためです。 この辺りの理由付けは、むしろ脚本スタッフの責務であると思います(←そこまで言うか、自分)。 恐らく三蔵と出逢って間もない頃(花果山と『火の国』の間)の出来事が影響してるのかな。 そうしてキャラクターを深く掘り下げる事で、視聴者の愛着度もあがります。そして、よりしっかりと物語に浸ることもできるようになるはずです。 …これらのエピソードが映像化されなかったら、自力で小説にしてしまいそうな自分がいます。そしてそんな自分が怖いです(←かって、同じ動機から『フードファイト』(日テレ系)の井原満の過去を小説化したことがある)。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 本当に、三ヶ月間楽しかったです。 それでは、総括とこの三ヶ月間の感想は次の記事に譲ることにしましょう。
2006/03/28
西遊記『最終回』感想をUPしました。 残すはSPのみ。SPと一緒に総括を述べたいと思います。 話はかわって。 とうとう春休みが来ちゃいましたね。 先日のケーブルTV『テレ朝チャンネル』の十時間連続『クレヨンしんちゃん』を皮切りに、怒涛のアニメ再放送がやってきます。 …親戚宅でアニメ編集のアルバイト(DVDデッキで賃金前払い済み)をするのが怖いです。 親戚の子供よ、早く大きくなって自分で編集してくれ~(魂の叫び)。
2006/03/27

「だけど、忘れんな!」 叫ぶ。心も魂も、全て虚空に吐き出して、この苦しみごと消えてしまえと言わんがばかりに。 いや、自分が消えることで、この絶望と悔恨が消えるのなら、迷わず消えてやる。「五百年経っても、一千年経っても!死ぬ事を選んだ坊主の名前を想い出す度に! 心が、体が、ばらばらに砕けちまう奴が居るって事を!」・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ それでは、「展開へのツッコミ」Part2と、雑感を語りたいと思います。 一晩置いたら突っ込みたいところが増えていて、自分でもびびりました(笑)。それも含めて思いっきり語りたいと思います。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・★6.檻を挟んだ悟空の説得シーン 悟空の血を吐くような台詞はすごく良かった。役者さんの演技を思う存分堪能はさせていただいたのですが…。 やっぱり『悟空だけの説得で心が動く』のは、“感情リアル”としても、これまでの展開からしてもどーかと(汗)。 説得の基本は“受容”と“共感”です(←いや、それは説得じゃなくって『カウンセリング』の基本ですから、自分)。 ここでは悟浄が三蔵のやろうとしていることを一部『受容』、八戒が三蔵の気持ちに『共感』、その上で悟空が説得するのが一番です。 …カウンセリングでは、重度の患者さんの気持ちを全て受け止めると、カウンセラーごと自滅します(汗)。だから、一部だけ受け止めて、受け止めきれない部分を残す必要があるんです。 この『受け止めきれない部分』=『三蔵の死』を、間違っていると悟空が論破すると良かったのではないでしょうか。 ここは“感情がリアル”であるほど盛り上がるシーン。だからこそそういった感覚にも鋭敏であって欲しかったかな。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・★7.竜宮の悟浄 確かに“悟浄と金魚”がくっつく展開はすっごく嬉しい。第四話からのリンクでもあるわけですし。 …ですが。「ここで竜宮を出してどーするっ(全力ツッコミ)!」 『旅をしている』という雰囲気を出すには、“移動距離と移動時間”を肌で感じさせるのが大切です。 それなのに『第四話で通過した場所の近所』に、すぐさま戻ってきてるのはまずいでしょう(滝汗)。 これまでは“八戒(&悟浄)ダッシュは金斗雲より早い”などと苦笑いしていました(第一話その六など)。 でもよりによって『天竺←→砂の国』の距離を悟浄&八戒に速攻移動させてどうするんですか。 徒歩で旅する意味が無くなるので止めて欲しかったです(汗)。 せめて『迎えに出た金魚と一緒に竜宮に向かう』途中で、悟空が捕まえるという演出はできなかったかな(遠い目)。 それができなければ、“純血の妖怪は『龍穴(時空の裂け目のようなもの)』を利用し、時間を短縮できる”“一度行った場所ならすぐに行ける仙術を心得ている” などの理屈付けが欲しかったです。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・◆1.鈴 …もしも今回、一つでも『これまで出てきた小道具』の再登場が無かったら。 確実に九話並に吼えていた事と思われます(遠い目)。 忘れ去られていなくて良かった…。 錫上の鳴環の下についている、三色の紐の付いた鈴。それは一話からのリンクです。 今回は所々、一話からのリンクがあって楽しかったです。四話(金魚)と九話(勇気とは~)、八話(八戒の赤ちゃん)からもリンクはありましたね。 …欲を言えば他の回からのリンクも散りばめてくれると、もっと話に深みも出るし、続けてみていた視聴者へのサービスにもなったと思います(総集編シーンとかはサービスじゃない。キッパリ)。それが残念ですね。 鈴の使い方は良かったです。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・◆2.生きて帰る覚悟 「硬い鍵が掛かったぜ!」という台詞や、“ある程度敵を引きつけたら、すぐに逃げる”という思惑は良かったですね。 よく考えたら、『自己犠牲の無意味さ』を先に説いたのは三蔵なんですよね(第九話)。これを先ほどの説得の鍵に据えても良かった気がします。 “盲目に自己犠牲に走る主人公”はかなり嫌いです。 でも、“可能性がある限り、自分も守るべき相手も、両方が助かるように動く”キャラクターは好きです。その意味ではかなりツボに入りました。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・◆3.「お師匠さんなら、こうしたかなって」 なぜ私はここで、『竜の子太郎』を思い浮かべてしまうのだろう(遠い目)。「誰かが飢えているなら、食べ物を分け与えるのではなく、食べ物を自給する術を与える」という、そんな行動がツボに入りました。 …食べ物がそんなに早く実るかどうかは、突っ込まないでおくとして(苦笑)。 『お師匠さんならこうする』という考え方は、“彼が三蔵から心を分けてもらった”ことを上手く暗示していました。 この描写はかなり好きでしたね。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・◆4.お釈迦様 原著設定を知っていると、『大雷音寺』とお釈迦様の関係の描写に関してフジに講義したくなるらしいです(苦笑)。 まあ原著では“釈迦如来がトップに立つ、もっとも尊い寺院”ですから。 とはいえ、ドラマの中ではあくまで“人間が勝手に作った寺院”のようなので、その辺りは深く突っ込まないでおきましょう(その一参考に)。 『堺正章さんが、ゴダイゴに合わせて棒を振るう』メタ・フィクション展開。…『メタ・フィクション』って、やっぱり使いどころを選びますよね(遠い目)。 直前に『頑張った』連呼があっただけに、現実に引き戻されてかなり引きました。できれば『堺さんによる棒捌き』は別の回にお願いしたかったかも(滝汗)。 ラストに『お釈迦様誘拐』の下りが来た時には噴きましたね(おひおひっ)。 仏教の世界観ではそれこそ、“天地がひっくり返っても起こりえない”出来事。 でも“世界を支える至高の存在が倒れる”パターンは、無いわけじゃないんですよね。 考えられるケースとしては。A.“三蔵にはまだ経を読み解く能力が足りない。故にわざと行方をくらませた”B.“世界の乱れを、自身の力で抑えていた。しかしその途中で力尽きてしまった。”C.“人間に憧れていたので、力を封じて人間になってしまった(←『ドラゴンクエストV』の竜神がそれ)”D.“世界を支える四神が弱ってしまったため、彼らに力を分け与えていた。だが分け与えすぎにより弱体化。その時点で、今度は邪神に誘拐された”E.“至高者の世代交代のため、一時的にいなくなってしまった”F.“他所の宗教(一神教)の神が襲ってきた” …この他にも『魔法騎士レイアース』第一部のエメロード姫のケースもあります(…あの『自殺願望』ネタだけは無い。絶対無い。汗)。 まぁ、Dは『SMAP残りメンバーによる四凶役』ネタが忘れられない管理人による妄想としても(汗)。 『大雷音寺』を腐敗させたフジ版『西遊記』なので、どれであってもおかしくは無さそうですよね。 …続編、やる気満々ですね(苦笑)。それはそれで楽しみですが。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 続編やる気満々ですよね。 でも個人的にはプレ・ストーリーを作成して、『悟空や八戒や悟浄の過去、西安の街などの設定』を掘り下げてもらいたいです。 そちらの方が観たいですね。 願わくば『フードファイト』(日テレ系)のような“ネタ丸投げのまま、未完”という悪夢だけは止めてくださいませ、スタッフ様(深く、深く、頭を下げる)。 さて、次回はSP。どんな話になるのか、楽しみです。 SPの感想と一緒に、感想の総括もお送りしたいと思います。
2006/03/25

「…かはっ!」 咳き込むと同時に、開いた傷口から血と体力が流れ出る。 それでも彼女は立ち上がった。悟空に伝えなければならないことがある。──天竺からの修行僧(殺戮者)の言う事が本当ならば!・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ということで、展開への突っ込みに行きましょう! ネタや一つ一つの台詞、道具の使い方などの“断片的なもの”は確かにいいんですよね。 ただ、それらを組み立てる時点で失敗したり、あるいは相殺しあっているんですよ。 回想シーンや『悟空リンチ』、台詞の繰り返しなど、いつも以上にさっくり切り落とせる部分が多い(多分、これは30分延長の時間合わせで生まれた分もあるかな)んですから、その分の時間を補完として回して欲しかったです。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 『新人賞の獲り方おしえます』P133には、確かにこう記述があります。「マクガフィン(それこそなんでもない、ほんの小さな口実にすぎないが、具体的で視覚的なもの)はあくまで、他の何かを活かすために脇役に徹するものでなくてはならない」 その意味では『凛凛が倒れこんだ理由』や『引き返してきた三蔵一行が、更にぼろぼろである』ことは、『マクガフィン』といえます。 だから深くは描写されていなかったかな。 しかし、こうも繋がります。「だからなおざりにしていいっていうんじゃないですよ。もちろん、十分にそのことについて考えておく。でもそれを全部はださない」 そして時には、『整合性を考えて、入れ替える』のも必要だとも。 その意味では、「マクガフィン」の使い方があまりにもおざなりなんです。“他の何かを活かすため”という目的を十二分に引き出すこともできず、終わってしまった気がします。 …他の回でも、『マクガフィン』と主題のバランスが逆転していた嫌いがありましたけどね(頭痛)。 また、今回は『会話』『説得』がキーワード。故に、他の回以上に“感情リアル”が求められました。 アクションとか、コメディが中心ならば、多少の“破綻”に目は瞑れるんですけどね。 そんな回に鍵って、致命的な『心情的な破綻』が一つあったんです。 それに、四人で高僧に詰め寄るシーンでも、「台詞の選択」がまずかった気がします。ほかに叫ぶべき内容があったはずでしょうに…。 そういった細かい破綻の積み重ねが、登場人物への感情移入を妨げていました。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・★1.回想シーンの過多&三蔵説得 総集編的な意味合いの強い第八話と、特別編(回想シーンあり)の間に、意味も無く長々とした回想シーンを挟まないで下さいよ(頭痛)。 少し譲って回想シーンを入れるにしても、選んだ台詞が全て“悟空の言葉”ということにもドン引きしました(寒)。 旅をしていたのは、悟空だけじゃないんです。悟空も、八戒も、悟浄も、三蔵も同等です! 下手な悟空贔屓は、逆に悟空への不快感を呼び起こします。悟空に思い入れがあるからこそ、私は逆に脚本家に憤りました。 例えば八戒の言葉なら『頑張れ、僕。僕も頑張るから』(第八話) 悟浄なら『あなたに仕えていた時には、一度として感じた事の無い想いです』(第九話) 三蔵なら『母は私の心の中にいます』(第参話)などを選んで欲しかったですね。 また、『三蔵説得』シーンで(展開の都合があるとはいえ)悟空単独で説得させたのはかなりマイナスです。 『悟空の言葉』だけ、『悟空と三蔵の絆』だけを強調するのも、前述と同じ理由で引きました。 途中からでもいいので、悟浄と八戒を合流させ、彼らの想いと言葉を加えて欲しかったです。 それが『四人の絆』を強調することになり、さらにクライマックスの描写も盛り上がったかと想います。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・★2.金斗雲からの俯瞰「ついでに天竺とやらを眺めてやるか」 前の記事の繰り返しになりますが、この一言は止めて欲しかった。大切な人の命が掛かっているときに、そんなことをする余裕は普通、無い(キッパリ)。 これが最終回で一番大きな“感情描写の破綻”です。 この直後に『説得シーン』が待っていただけに、止めて欲しかった…。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・★3.凛凛の情報源 彼女の登場は非常に大切なシーンです。しかし、あまりに唐突過ぎるんですよ。『これまで一行がまったく知ることができなかった(そして、天竺側も隠蔽していたであろう)秘密を、どうして知ることができたのか』『第十話ラストの段階まで、何故知ることができなかったのか』 この二つが漠然としているため、疑問に対するもやもやが後まで尾を曳く事になります。 だから一分程度の映像を挿入するだけでいいので、描写が欲しかったです。例えば…A.“傷の療養中、国の蔵書を紐解き、妖怪が入る方法を探している。 しかし、その蔵書の一つには『かつて経典を求めた人間の末路』が記されていた…”B.“退屈だったので、乳祭りを口実に老子を呼び出す。 しかし老子の様子が変だったので問い詰めると…”C.“姫が帰ってきたことを快く思わない臣下。 『彼女が飛び出さずにいられないであろう』取って置きのネタとして、彼女に囁く”D.“国に入り込み、『修行』と称して妖怪を大量虐殺する武闘僧(モンク)が捉えられる。 その裁きの時に、姫は好奇心で立ち会う。 そして好奇心で尋ねた質問への答えは、彼女を震撼させるものだった…” いろんなパターンが考えられるんですよね。CとDは時間を取る(そして物語の主軸がずれる危険性がある)ので、まず無理としても。 AかBか、どちらかはそれとなく描写できたと思うんですよ…。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・★4.山門を破ってくれ これも前の記事の繰り返しになっちゃいますね。「大雷音寺を庶民へ開け」という意味を込めた釈迦の言葉です。 こういった『さり気ない言葉に真意を込める』描写はすごく好きです。 でもその『さり気なさ』と『大雷音寺の外道さの強調』がバランスが取れていないんですよ。 それまで圧倒的なフラストレーションを一行と視聴者に与えてきた相手です。これまでの妖怪との戦い以上に、『カタルシス』が求められた回なんです。“悟空に感化された三蔵が、啖呵を切る”だけでは、正直足りません(多少は発散されても、その後にまた、フラストレーションが溜まるシーンが来る)。 肉体的に傷つけるのではなく、むしろ精神的に立ち直れなくなるまで衝撃を与えるシーンが観たかった。 それこそ、“釈迦に法力を全て巻き上げられ、無力化する”ぐらいのシーンが必要だったと思われます。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・★5.お師匠さんは頑張った! その前の番組『頑張った大賞』での「きつかったんです! でも撮影をがんばりました」の連呼と重なる悟空たちの啖呵です。 …強烈な“相殺効果”が発現していましたね…(遠い目)。 これ、『撮影頑張ったんだから、報われて当たり前だろう!』というスタッフの叫び声に聞こえるんですよね。 あまりにメタ・フィクション的な台詞に頭痛を感じましたよ。「商用の作品を頑張って作るのは当たり前だろ。勝負は完成度なんだから、そんなことを力説するな」 という各界のフィクション創作者達からのツッコミが聞こえてきそうで、やはり引きました。 また、それまで“感情リアル”かつシリアスで押していたんですよね。ところがいきなり『メタ・フィクション』的要素を挿入され、彼らの感情が見えなくなりました。 これもすごく大きな“感情リアル”の破綻です。 それ以外に、もっと彼ららしい言葉があったと思うんです。 彼らの言葉は『頑張ったんだから、それを認めろよ!』という、一歩間違えれば押し込み強盗の言葉です。 でも、本当なら「あんた達よりも、ずっと師匠の方が聖職者らしいよ!」「お師匠さんや悟空をこんなにしやがって! これが聖職者のすることなのか!」「誰かを犠牲にしなきゃ救えない世界なんて、まっぴらだ!」という路線で詰め寄るのがすごく自然ですよね。 そういった部分にちゃんと気を払って欲しかったですね。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ その他、“悟空を助けるため、やはり命懸けで戻ってくる三人”の描写を補完するため、一瞬でも映像の挿入が欲しかったですね。 彼らが駆け込んだ後の一瞬に、“廊下に倒れている僧侶”を映すと良かったでしょうか。 三匹が潜入する時点で、見張りの僧侶を倒した後なんですよね(倒れている僧侶が映っている)。 だから別に不自然ではないはずです。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 構成的な部分で、破綻してしまった感の強い最終回。 だけどやりたい事や、ネタそのものは良かったです。 もうちょっと“プロットを練る時間”があれば、絶対面白くなっていたと思うだけに残念です。
2006/03/25
最初にお断りしますが、『西遊記』最終回の感想も、その三の原稿を書いてる最中です。お待ちくださいますよう。 『鬼塊術局』第四章・炎狼の鬼人の連載終了。主要登場人物のページを作成。 『フードファイト・倫敦死闘編』の3.侵略者の伝承 - Hedge Witch、4.始まりとの再会 - Descent from Dantelion、そして登場人物紹介 -Characters-をUPしました。 『炎狼の鬼人』に関しては…何を言われても受け入れる覚悟はできております。 『西遊記』をあそこまで言っておきながら、これですもんね(滝汗)。しかし、これが現在の限界です、許してください(深く礼)。 この話は去年の正月の時点ですでに夢想していましたし、前半の下書きも早い段階でUPしていました。 だから作中で香取君のおかれる立場が『西遊記』の悟空と同じものであったり、ウッチャンが出てきたりするのは本当に偶然です。時間ができたら推敲する予定ですが、もっと深く書き直せる予感もしています。 そして、来週からは五章『白夏一紅草』が始まります。 こちらも頑張って執筆していく予定です。 そして『フードファイト』小説。 一年間もの放置、申し訳ありませんでした(陳謝)。 現実にも5年後となってしまったんですよね(汗)。 この作品にはすっごく思い入れがあって、プロットカード(←『フードファイト』と『LOST HEART』のみで作っている)を手元に書き始めたら当時の思いが噴き出してきました。この小説こそ、当サイト『GOlaW』の路線変更のきっかけの一つ。大切にしようと思っています。 自分の大好きな要素がどんどん放り込まれていっていますが(おひおひっ)、元のドラマの魅力も上手く昇華したいと思っております。 こちらも書ける間にできるだけ進めておきたいと思っています。 さて、残りは『西遊記』最終回の感想とSP鑑賞のみ。 楽しみにしているんで、スタッフ様宜しくお願いいたします! こちらも感想、頑張りますので!
2006/03/24

神仏を敵を回しても、譲れぬものがある。 種族や立場や育ち、それら全てを捨て去っても、なお熱いそれを────『矜持』を高く掲げる。 その時、彼らは“釈迦”の力を下ろす依代となったのだ。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ それでは今回はクライマックスの“光芒”についての推察をメインに語らせていただきます。 光芒の正体については何にも語られていないんですよね。 一瞬、脳裏を『友情パワーです(Mr.マリックの口調で)』という想像が過ぎりましたが、それは置いといて(←間違ってはいないだろうけれど)。 考察するにも材料が足りないので、今回は思ったことを語りたいと思います。 『日本人が作る西遊記』という事を一番感じたのが、この下りでした。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ あの時は悟空は誰も傷つけるわけにいきませんでした。 元々は原著でも『人間は傷つけるな』と三蔵に言い聞かされているんですよね(その代わりに『妖怪は惨殺OK』という辺り、当時流布していた妖怪退治の物語や『妖怪蔑視』の影響が強い)。 今回はそれに加え、『妖怪であっても傷つけるな』という設定になっています(この辺りは教育的指導?)。 まぁ、今回は“相手は腐りまくっていても仏教徒、しかも外の人達を積極的に傷つけているわけでもない”ということもありますしね。(とはいえ、腐敗具合はこれまで相手にしてきた邪妖怪と代わらない気がします。背後関係だけでその矛を下ろすのは、それはそれで問題と思われます。汗) その一方で、『妖怪退治』『妖僧追放』の大義名分をかざして、三蔵法師一行を退治しようと躍起になる僧侶達。 …「妖怪が!」という台詞を繰り返されるたび、『日本各地の土蜘蛛伝説』の発祥理由とか、『魔女狩り』を思い出してブルーになるのは私だけでしょうか(“敵や異民族を『土蜘蛛』と呼んで虐殺し、人間で無いからいいんだと民衆に言い聞かせた”のが、土蜘蛛伝説の始まりです)。 しかも『悟空集団リンチ』シーンが長すぎたので、フラストレーションが溜まりました(←それを発散させるべき『カタルシス』が無かったのもきつかった…)。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ そんな風に相手を傷つけるわけにいかない悟空達には、相手を無力化する手段も無くなったわけです。(…『加減して当身を食らわせるわけにいかないのか』と思っちゃいました。相手に明確な『殺人』の意図もあるんですし) そんな時に、四人の体から『光芒』が放たれます。 辺りの物に影響を与えず、ただ“心に悪鬼を宿したもの”だけが吹き飛ばされる“光芒”。 それの引き金となるのが“四人の互いに互いを思う気持ち”というのは、間違い無さそうですね(これは三蔵の牢が破れたときの演出で分かる)。 ここで問題なのは、『何故、このときだけそんな能力が発現したのか』『何故、彼らにそんな特殊能力が使えるのか』。 想像できる理由はあります。 ・三蔵の『即身仏』ならぬ『即身経』の修行により、新たな法力に目覚めた。それのトリガーが『三人』である。・四人の互いを思う気持ちが極限まで高まり、『波動』という形まで引き起こすようになった。・釈迦が“彼らの純化した想い”を通じて、その法力を顕現した。 …別にどれであってもいいんです。ただ、『理由』をもっと明確に中盤に匂わせて欲しかった。もしくは彼らが力を振るった時に、映像を挿入して欲しかった(“印を組み、ほくそ笑む釈迦の映像”とか)。 “クライマックスに突然、脈絡もなく出現する便利な力”。これが一番の問題です。 あまりに突然すぎて、『物語のご都合による、意味の無い演出』と視聴者を冷めさせてしまうんですよ(頭痛)。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ “光芒”のCGを観た時に感じたのは、「神道の禊の力みたいだ…」というものでした(正確には“光芒も衝撃も無く、ただ清浄な何かが辺りを駆け抜ける”というのが私のイメージです)。 古事記や日本書紀の『天照大神・ツクヨミ・スサノオの三神誕生』に見るように、日本古来の呪術は『禊ぎ・祓い』が中心でした。 “人の負になるものは、全て集めて川に流し、海に還す”のが、基本的な考え方だったんです(今でも『水に流す』という言葉は使いますよね。これが由来です)。これは神道に強く受け継がれています。 『退魔』の概念、つまり“悪しき物をねじ伏せる”というのは、後から海を渡ってきたものなんです。“相手を倒さず、しかし敵意を退ける”という力は、現代日本の平和主義的であると同時に、神道という日本古来の概念に近いんだと思います。 だから悟空たちの力は『方術』や『密教』というよりも、『神道』的な力だと感じました。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 相手が『妖怪に使われる屍人』ならともかく、『思考が腐ってる敵』に何もしなかったのは残念です。 相手をぎゃふんと言わせるシーンが是非観たかったです。(“補完するお経が全て白紙になる”、“山門が無くなって一般民が多量流入して押さえが利かなくなる”、“釈迦が降臨し、僧達の法力を全て取り上げる”、等) 数秒のカットでいいので、彼らが呆然となるシーンが見たかった。「『光芒』のネタだけに頼り過ぎ、逆にネタと本筋を殺したな…」 そのことが非常に無念です。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 『光芒の力』。これのCGや影響力を見て感じたのは、「本当に日本人の観念で作る『西遊記』なんだな…」ということでした。(それを言うなら、数珠も本来は日本の『修験道』から仏教へ逆輸入されたものであり、当時の中国&インドでは仏具ではなかったはず) そんな“日本人の感覚”とオリジナリティはすごく好きです。 …が、それが物語の本筋と見事に(←…ほんとに『見事に』としか言いようが無い…。血涙)相殺しあっていたのは非常に残念でした(頭痛)。 次があるなら、スタッフ様、両方を活かしあうようにしてください。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・追記: フジテレビ版『西遊記』のノベライズが決定しました。 こちらのレビューもまた書きたいと思っています。…無事に購入できますように(←近くの本屋は“予約してから50日待たせた”という前科持ちなので。汗)。
2006/03/22

─汝、死の儀礼を持って、経典へと転生せよ─ その言葉を彼は静粛に受け止めた。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 第十一話(SPが終わるまでは、第十一話と思っています)の感想、まずは大雷音寺の考察とインド密教と『雑密(ぞうみつ)』ついて。 …実は、最終回の展開は予想の範囲内でした。 ただ、予想することと、覚悟することはまた別です。「本気でそのネタをやっちゃうんですか!」と驚愕しましたし、その衝撃から立ち直るのにも時間が掛かりました(後で観返して始めて、ツボのシーンに気づく有様)。 そして立ち直った頃に、『お釈迦様』登場。…そこからエンディングまでの“メタ・フィクション展開”は、また違う衝撃を与えました。 インパクトが強すぎて、まだ最終回が昇華しきれないんです。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 以下は『2006/03/02 09:03:15 PM』に投稿した記事より転載。>それこそ『ボスコ・アドベンチャー』の最終回のようなオチすらありえそうで、ちょっぴり怖いです。>(中略)(『ボスコ・アドベンチャー』…管理人が最終回で号泣したアニメ。“護送していたヒロイン、人柱となって消滅。ペットのロボットが、引き換えに生身になる”というオチは、子供心にトラウマになりました) このアニメのように、『経典を手に入れるには三蔵の命が引き換え…ってありえそうだな…』と思ってたんですよ。 この『ボスコ・アドベンチャー』最終回はまさに『悟空の説得を三蔵が最期まで拒絶した』かのようなラストでありました。「こんな結末の為に、主人公達は護衛してきたのか!?」 当時の私は悔し涙とやるせなさで号泣しましたっけ。(このアニメの他にも『旅の末に、物体へと転生』するエピソードは結構あるそうです(ゲーム『聖剣伝説』など)。『ソードワールド』という小説シリーズに出てくる『ファーラムの剣』も特別な人間の体を素材として作られた剣でしたし、『魂の水晶球』も神官の命と引き換えに作られたものでした)。「あの時の私と同じ想いで、悟空達は苦しんでいるんだろうな…」 そんな奇妙な感慨と共に、ドラマを見ていました。 もろにトラウマ直撃だったので、普通だったら泣いていたと思います。“当時のトラウマを払拭してくれるだけの痛快さ”を求めていたのも事実ですしね。 …だけど“台詞過多によるゴテゴテさ”によってキャラクターに感情移入できなくなり、現実に引き戻されたのが残念です(『新人賞の獲り方おしえます』のP220-222『本マグロの大トロのセリフ』の章を参考ください)。 いろんなポイントで過剰気味でしたね。せめて、もっとも余剰と思われる「ついでだから、天竺って奴を見てやるか」という悟空の台詞を省いてください(凹)。この一言で、かなりドラマから冷めました(心情的&キャラクター的にそんな余裕は無いでしょうが!)。…CG映すなら、黙って映せっ(管理人、魂の叫び)! 後、『三蔵法師は世の中を救う為に~』という台詞を繰り返すより、数秒でも『乱れた長安』のカットを挿入した方が良かったと思います。その方が、視聴者を葛藤の内容に共感させたのでは? “一言一言に全てを篭め、映像とエピソードで語る”。その方が視聴者の想像の余地も残し、そして視聴者の心もぐっと掴んだと思います。 こんな”オイシイ”ネタを、ここまでゴテゴテにして扱わないで欲しかった(涙)。 せっかく香取君と内村さん(←管理人が特別思い入れている対象)が、この展開で演技をしているんです。もっと印象に残る台詞や演出に仕上げて欲しかった(滝涙)。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ドラマの中の大雷音寺の設定と、その僧侶達の使う呪術について。 今月の21日に購入した『魔法・魔術 - Truth in Fantasy50』(山北篤著 新紀元社)が早速役に立ちそうです(…1800円の出費は無駄にならなかった。嬉泣)。 『第八話 そのニ』でも軽く触れましたが、この物語では『仏教の術が道教の術よりも強い』というように描かれています。 では、この『仏教の術』とは一体何なのでしょうか? この答えが先述の『魔法・魔術』の本にありました。ここには『方術(仙術の事)』や『中国の魔法』と並び、『密教』も解説しています。P200-211を紐解いて見ることにしましょう。 『密教』はインドで始まった仏教の一派です。 仏陀(釈迦のこと。ドラマで堺正章さんが演じていたキャラクターであり、仏教の開祖でもある)は、実は“呪術・呪文の使用を禁止”しています。 しかしながらその弟子達は、毒を消したり、痛みを癒す呪文などは許しました(これが防護咒(バリッタ)という)。 これが『密教』の始まりであり、長い時間を掛けて発達します。そしてインドの仏教はやがて全て『密教』となるのです。 一方で他の宗派に混じり、一部だけが伝えられたものを『雑密(ぞうみつ)』と言います。 この『雑密』の達人として、日本では『弓削の道鏡』(奈良時代後期の僧侶)が有名です。 そしてドラマの中の三蔵の術も、この『雑密』になり(彼が開いた『法相宗』は密教では無いため、『純密』ではありえない)、彼が口にしていたのは神咒(真言ともいう。“マントラ”の訳語)です。 ちなみにインドの密教は現在ありません。1203年にビクラマシーラ寺の破壊と共に消滅してしまっています。 また、中国の密教も現在では廃れています。故に密教の衣鉢を次ぐのは日本とチベットの密教ぐらいのようです。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 『密教』のイメージとしては、日本における二大密教の一つ『真言宗』の開祖・空海のエピソードを連想していただけるといいでしょうか(話がそれるので、ここでは省略します)。 また『密教』というと、『九字切り』を連想される方も多いでしょうか。でも実はこの『九字切り』、元々は道教の呪文です。 日本では『修験道』という宗教があり(山伏などで有名ですね)、それが仏教や神道、道教などの教えを貪欲に取り込みました。 このときに『密教の印』と『道教の呪文』を組み合わせ、更に神道の概念まで組み合わせて『九字切り』を完成させました。それが『密教』へと逆輸入されたのです。 だからドラマの中の時代や舞台には、この『九字切り』はありません。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ さて。ここからドラマの中の『大雷音寺』の考察にも絡めて行く事にします。 史実上の大雷音寺そのものの考察は『Sma-Station5』の西遊記特集に委ねます。 『密教』に置ける魔法儀礼を『修法(しゅほう)』と言います。これらの修法はあくまで“民衆を救うための手段としてのみ”看過された代物です。 それを“自己のみを救う為”に使用する大雷音寺の僧達は、究極の破戒僧ともいえます。 また『人の肉体を物体へ変化させる』術なども、実際の『密教』には当然存在しません(←どちらかというと西洋の『錬金術』の守備範囲っぽいかな)。 『修法』の基本となるのは六種法(息災法、増益法(幸せを増やす)、調伏法、敬愛法(平和円満)、釣招法(神などを召し集める)、延命法)ですが、そのどれにも分類不可能と思われます。 それだけ邪術といえる代物といえます。 …そんな状況なら、お釈迦様がブチ切れて「山門を破れ(大雷音寺を民草へと開け)」と命令するのも分からないでもない(笑)。 そんな左道使いの僧侶達ですが、禁錮児を締める『調伏法』は修めているようですね。(ちなみに『調伏法』には『魔障の除去』も含まれます。第八話の符などもこれに含まれると思われます)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ また、錫杖の音にびびる時点で、彼らの心には悪鬼が蔓延っているのかもしれませんね。 『魔法・魔術』のP193-194に、錫杖の解説があります。これは持ち主の精神力や信仰力を表し、降魔の力があると言われています(また、野生動物への警告音という実用面もありました)。 また、日本の山伏達の間には棒術の古い歴史があり、それを学んだ仏教の僧兵達が薙刀を使うようになったという歴史もあります。 ドラマの中の僧兵(モンク)達が棒術しか使わなかったり、赤雲の衣装がどこか『修験者』を連想させるのも、実はそれのイメージを落とし込んでいるからかもしれませんね。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ファンタジーでは『腐敗しまくった宗教団体』は時折出てきますね。 現代社会でこそ“宗教とは民衆を救うもの”というイメージがあります。でも、物語の中では“魔術団体的な側面を持ち、限られた人間のみで経典を占有し、選民思想に従って行動する教団”というのも少なくありません。 大雷音寺の描かれ方はその『腐敗した宗教団体』の典型でした(笑)。その嫌らしさも秀逸だったと思われます。 ただ、以前にもやはり言ったと思うんですが、“敵が嫌らしい分だけ、クライマックスにカタルシス”をお願いします。 『釈迦の力によって、大雷音寺の建物が消滅。僧はすべて路頭に迷い、馬鹿にしていたはずの民草に混じらざるを得なくなる』ぐらいのことはやっちゃっても良かった気はします(苦笑)。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 今回のラストは、時期的・内容的にも『Sma-Station5』の西遊記特集の影響を受けていそうですね。(経典の名が『三蔵』、大雷音寺が学院的な側面を持つ、etc.) でも、この冒険とも言える大幅改変は、見ていて楽しかったです。…だからこそ、「演出でとびっきりのネタを殺すな…」とも言いたかったですが(苦笑)。
2006/03/22
3/21。久方ぶりに遠出することにしました。 …『西遊記』の感想を書くので精一杯で、プライベートでの外出が3ヶ月近くなかったですから(苦笑)。その分、買いたい書物が溜まってたんですよ。 『西遊記』の最終回を観た高揚感も手伝って(…「展開予測を当てちゃったよ、どーしよう?」という興奮もあって)、感覚が麻痺したまま突っ走りました。 …コンサート資金に響くから、自重しろって…(滝汗)。 以下、買ったもののリスト。時間が無いため、ほとんどはリンクはしていません。1.『魔法・魔術』 Truth in Fantasy50 山北篤著 新紀元社2.『図解ハンドウェポン』 大波篤司著 新紀元社3.『カウンターグロウ』トーキョーN◎VA The Detonationサプリメント 鈴吹 太郎 , 稲葉 義明 /F.E.A.R.4.『ダブルクロス The 2nd Edition サプリメント コントラストサイド』 著:矢野俊策/F.E.A.R.5.『ダブルクロス・リプレイ・ヴァリアント 消え去りし楽園』 著:矢野俊策・稲葉義明/F.E.A.R. 富士見ドラゴンブック6.『ダブルクロス・リプレイ・オリジン 破滅の剣』 著:矢野俊策/F.E.A.R. 富士見ドラゴンブック7.『レンタルマギカ 魔法使いの宿命!』 著:三田誠 角川スニーカー文庫 8.『六門世界RPGリプレイW(1) 迷宮に巨人誕生を見た!?』 監:安田均 著:篠谷 志乃 /グループSNE 富士見ドラゴンブック9.『ゲヘナ・リプレイ5 アザゼル・テンプテーション 王女と獄と放浪者たち』 監修=友野詳 著=秋口ぎぐる/グループSNE ジャイブ10.『新ソード・ワールドRPGリプレイ集NEXT5 トライアル・トラブル』 監修=清松みゆき 著=藤澤さなえ/グループSNE 富士見ドラゴンブック11.『明かせ!へっぽこ大冒険 新ソード・ワールドリプレイ集ガイドブック』 監:清松みゆき 著:秋田 みやび 富士見ドラゴンブック(後、近くの本屋で『リボーンリバース』第二巻と『牧歌の国の魔法戦士』、『ソード・ワールド短編集 ぺらぺらーず漫遊記』は既に購入しています。) 1。はもちろん、ドラマ『西遊記』の考察のためだけに買いました。 最終回も放送後に買う自分もどうかと思います(苦笑)。いずれSPドラマがあると信じ、またその願掛けも篭めて購入。 2.は『LOST HEART』『FFS』の資料用に。銃を扱う時の解説や雑学の本なので、役に立ってくれるかな。 3.は水面下で行なわれている某プロジェクトの為に。『こちら関係』の物語のストックを溜め込んでおきたいんですよ。 4-6は『ダブルクロス』ファンの、10-11は『ソードワールド』ファンの必須アイテムなので勿論購入。 『レンタルマギカ』シリーズも大ファンなので、もちろん購入。 この出欠分だけ、サイトに反映できたらいいのにな…などと思っています。頑張ります。 追記:ただ今、『西遊記』最終回の感想も執筆中です。もう少しお待ちください。
2006/03/21
西遊記『第十話』感想をUPしました。 …まさか、第9話で満足した後に、思いっきりツッコミを入れることになるとは思いませんでした(苦笑)。 最終回に、フジ版のオリジナリティがどこまで出せるか。それに期待したいと思います。 話は変わって。 『西遊記』が全部終わってから、それから『愛と死を見つめて』を観ようと思っています。 まだ知り合いのHDDと自分のビデオデッキに入っている状態ですが、楽しみでしょうがありません。宣伝番組は何とか確保しています! そして4月には、『ブスの瞳に恋してる』が始まります。こちらは勿論感想をUPするとして(…いや、徹底的な批評できるのはファンタジー作品だけなので。そういうのをこちらにも期待されると困ります。汗)。 あと、初回だけ見てみたいのが『特命!刑事 ドン亀』と『警視庁捜査一課9係』、『クロサギ』。 『警察物』や『勧善懲悪もの』が豊作の春クールに対し、私は嬉しい悲鳴を上げています。『ボウケンジャー』とローカルTVの『ハングマンV』も観ているのに、あまり増やせないなぁ…。 何より楽しみなのが、『特命!刑事 ドン亀』。 …私の趣味を知っている人なら納得いただけると思いますが、TV誌の『特命!刑事 ドン亀』の人物相関図にツボを打ち抜かれました(←おひおひおひっ!)。「『ハングマン』シリーズと同じ匂いがするっ! 渡辺徹さんが主演(コードネームは『ダブル』)のシリーズに近い感じになるのかな」…などと、すっごく期待が膨らんでいます。 とはいえ、過去二回ほど私は同じことを言って、二回ともその完成度に失望したこともあります(汗)。これはどうなるのかな…。 ダメだったらダメで、自分でサイトの『LOST HEART』を書くしかないかな(おいっ)。 後、アニメの『デジモンセイバー』も観てしまうかもしれません…(←先代シリーズは、当サイトの『FFS』に多大な影響を与えている)。
2006/03/19

──仔を産む!? 突然の事態に、彼は戸惑った。自分は男である事、不自然の生、それから…。 “異端としての宿命”を、生まれ来る命に背負わせる事に。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 『展開へのツッコミ』第三弾、“受動的な三蔵一行”についてpart2を始めます。 前回、予想以上に長くなってしまったため、急遽ニ分割させていただきました。 それでは八戒&三蔵の行動について突っ込ませていただきます。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・★3.八戒の妊娠 …原著では『堕胎の水を探すドタバタ』がメインとなる、『八戒&三蔵妊娠話』。 描かれた当時としては、『堕胎』が正しいのかも知れませんね。 『中国妖怪伝-怪しきものたちの系譜』のP16-26をご参照ください。 ここには世が乱れた象徴としての『凶兆』の例があります。その中には「女が男になる」というものもあるんです。その逆もまた、『世が乱れた象徴』となります。 『凶兆』は絶対に避けねばなりません。それ故に、“男が女の役割をする”ことは何があっても避けねばならないことだったはずです。 とはいえ(苦笑)、現代日本では『堕胎』の方が受け入れられません。 それ故に八戒は本当に産んじゃうことになりました(笑)。 ちなみに同じ『凶兆』として上げられるものには“爪の無い豚が生まれる”、“豚が犬を産む”があるそうです。さすがにそれは無かったようですね。A.豚の妊娠 さて、ここから先は八戒のキャラクター立てに関わることですが。「豚を産んだ事に対する決意や葛藤の描写が何故無いっ(ツッコミ)」 八戒の『天竺行きの動機』に関わり、彼のコンプレックスにも関わるのが『異端として生まれたこと』。 彼が妊娠した時点で、その子供が“男から生まれた”、“豚である事”の二重苦を背負う事は予測できます。 そのことについて、何らかの考えを見せて欲しかったです。 その描写こそ、彼のキャラクターを深く掘り下げ、より魅力的に映すはずだったのですから。B.傷心で中庭に ここで八戒もまた、別行動を取る事になります。 やっぱりここで、彼にも虚勢の反動に傷つく姿が見たかったです。 そしてここで彼が絡んで欲しかったのは『羅刹女』。 たぶん、最初は思いっきり邪険に扱われるでしょうね。何しろ“一族をとっ捕まえた妖怪にして、臣民ですらない”わけですから。ついでに“豚”ですし(注:『第二話』での被差別より)。 しかし、八戒は『腹孕の実』(←漢字は適当です)で母性に目覚めています。 この設定をここで活かさずにいつ活かしますか(どキッパリ)! 羅刹女に自分の迷い(あるいは覚悟)を話しつつ、『悟空の男性としての魅力』と『子供を信じ、守ること』をそれとなく伝えることもできたはず。 それを『羅刹女の心の変化』に繋げれば良かったんです。 『羅刹女の心の変化』は物語の展開において、最重要ポイントです。しかしその描写が全く無いため、物語自身がぐらついているのを感じます。 母娘の語らいも、台詞そのものは良いんです。でも“それを支える背景が全く無い”のは辛いです。 『羅刹女』の心の変化は、『凛凛の驚くほどの成長を目の辺りにする』などでももちろん良いんですけどね。 やっぱり、『母性の八戒』にはもうちょっと頑張って欲しかったです。C.第二話とのリンク 凛凛との結婚を媚薬であっさり了承した悟空。 でも本当は“もう少し理性を残して”欲しかったです(理由は前回の記事を参照)。 そしてぐずっている悟空に対し、是非とも言ってほしかった台詞があります。それは、「『好きな女なら、全てを許してやれ』、でしょ?」 そう、是非とも『自分の啖呵による逆襲』を受けて欲しかったんですよ(笑)。多分、「うるせっ!」の一言で終わりでしょうけどね。 第二話の台詞を返すことで、八戒と悟空のキャラの両方が際立ったと思います。折角の機会だったのに、と思うと残念です。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・★4.三蔵について 『妖怪は天竺に入れない』という言葉に衝撃を受ける三蔵法師。 だからこそ、そのことについてもう少し足掻いて欲しかったです。三人を引率するだけのカリスマの由来を魅せるチャンスだったのでは? 後半に差し掛かった今ならば、そんな積極性と成長を見せても良かったと思います。 情報源として分かっている凛凛に詰め寄ったり、女王の想いを揺さぶったり、陰謀を又聞きしてしまったり。 物語の展開に関わることが、やはり三蔵にもできたはずです。 余談ながら。「私には、その資格はありません…」と凹むシーンがありましたよね。 “操られて凛凛を刺した”ならともかく、単に倒れていただけの三蔵に凹む理由はなかったと思うんですけど(汗)。 沈んでいたはずなのに、一気にずっこけました(苦笑)。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 折角の『宮廷陰謀劇』。三蔵一行にももっと活躍させてあげたかったです。 残すのは、最終回とSP。 最終回に掛けるスタッフの意気込み、そしてオリジナリティを出そうと頑張る気持ちが伝わってきます。 できるなら、それが報われる出来になっていることを願います。
2006/03/16

──なぁ、この数年間は何だったんだ? 中庭を望む縁側で、彼は一人身を埋めていた。──『我々よりも立派で優れた弟子』だって? 悟浄は心の中で自嘲し…泣いた。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ということで、『展開へのツッコミ』第二弾行きます。 今度は“受動的な三蔵一行”についてpart1。悟空と悟浄をメインに語ります。 『第五話のその三』で散々突っ込んだ内容に、今回は思いっきり引っかかるんですよね。 三蔵一行と、凛凛の結婚話があまりに絡まないため(悟空にしても、前半はただ“いる”だけ)、“彼らの感情の起伏や葛藤”をドラマとして楽しみ損なったのを感じます。 “己が背負う星”という言葉に、凛凛サイドと八戒&悟浄サイドの二つの葛藤を掛けてはいるんです。 しかし、それにしても『一行』と『宮廷劇』が絡まないために、二つの葛藤を掘り下げそこなった気がします。 ここは脚本に頑張ってもらって、更なる相乗効果を狙って欲しかったところです。 それでは、『第十話』の完成度を上げるには、“どこが『鍵』であり『分岐点』であった”のか? それを『三蔵一行』を主軸として考察していきたいと思います。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・★1.宮廷陰謀劇と『また旅物』を絡める 宮廷陰謀劇に『旅の一行』を絡めるのは、実はすごく難しいと思います。 TRPGのゲームマスターが『宮廷陰謀物』のシナリオを作るとき、よく導入に頭を悩ませられますしね。 今回、それに関しては『凛凛のコネ』で解決しています。 賓客扱いなので、王城内を自由に行き来できるのもすごく良かったですね。これにより、“王城の人間と自由に接触して情報を引き出したり”、“陰謀を盗み聞きしたり”、“隠した毒物などを見つけたり”などの展開ができるようになります。 しかし、その“賓客扱い”を上手く使えたのは『八戒の赤ちゃんの暴走後』だけなんですよね。それが惜しいです。 悟空をはじめとした一行は『天竺に妖怪が行けない』という衝撃に打ちのめされ、確かに『他所の国のお家騒動』どころではありません(苦笑)。 ですが、それならそれで物語と絡めようがあるのでは? 鍵となるのは『悟浄の負傷』と『八戒の妊娠』、「婚礼の儀は三日後だから(by凛凛)」。 それだけあれば、ちゃんと『宮廷陰謀劇』に一行は絡めます(キッパリ)!・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・★2.悟空、媚薬に正気を失う …『第一話その七』でも触れましたが、スタッフは『ルパン三世 カリオストロの城』を意識しまくっているのが良く分かります(苦笑)。 でも自分はその『カリオストロ』の前に『怪盗ジャンヌ』とか『D・N・ANGEL』とかを連想しました。そして、「『あなたの心、いただきます』の類って、怪盗アニメ物の定番台詞だよね…」と思ってしまいました。 …アニメオタク気質、未だに私の血の中に残っている模様(凹)。 閑話休題。 悟空の台詞として、最低限必要である「おめぇは泥棒女だ。その方が自由でもっともおめぇらしい」という台詞はあるんですよね。 この台詞で『仲間だったお前は大切だ。そして、お姫様になる必要も無いだろ?』という想いを端的に示しています。 ただ、もう一捻り欲しかったですね。 媚薬の効果を『凛凛を見ていなければ、なんとか理性が保てる』ぐらいに減少させるべきだったと思います。 その上で“止む無く婚礼の儀に参加”という風に持っていくべきだったかな。 そして理性が吹っ飛んでいる間に『姫としての凛凛』の行動を三日間観察させ、理性が戻っている間にその意味を問い直させれば良かったと思うんです。 悟空は最初から自分の中に答えがあるんですよ。だから葛藤も無いんです。 しかし、『葛藤無しに導き出された啖呵』よりも、『葛藤の末に導き出された啖呵』の方が劇的ですよね。 理想としては次のようになりますね。 『中盤での説教シーン』や『婚約者出現シーン』をすっぱり切ります。 『凛凛の姫君としての資質』や『滅法国の混沌さ』を悟空の目のあたりにさせ、悟空に考えるチャンスを与えます。 その上でクライマックスの啖呵を切らせた方が良かったと思います。 凛凛の姫君としての資質については、『風の谷のナウシカ』路線で行けばいいかと思います(←実も蓋も無い)。 “粗暴にして因縁の深い臣下同士の乱闘に、身を持って割り込む。 両方の剣を鉄扇で受け止め、睨みを利かせて収める”などというシーンがあれば良かったと思います。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・★3.悟浄の皿 …日本古来の伝承に曰く、『河童は皿が割れたら死ぬ』んじゃなかったかな(おひっ)。 実際のところ、“老子にぶっ飛ばされるシーン”と『エロ河童モード』以外では活躍できなかった悟浄。 しかし今回のような物語でこそ、彼は活躍すべきだったと思うんです。A.皿の負傷 今回のメインイベントである『凛凛母娘の復活』の複線にすべきである“皿の負傷”がギャグ扱いだったのは残念ですね。 この辺りは前回の記事でも触れているので、ここでは省略します。 また、悟浄が女医にしか手を出していないのはおかしいですよね。 他の女官にも手を出しまくり、その結果としてたくさんの情報を手にして欲しかったです。 やっぱり、情報を集めるには『社交的(単なる女好きともいう)』な悟浄に動いてもらわないとね。B.傷心で中庭に。 『天竺の真相』が明らかになった時点で、悟浄と八戒はそれぞれ別行動をしているんですよ(この二人の傷心が、ここでしか描写できないのは辛い)。「老子様に頼んで、優れた弟子を遣わしてもらってください」 これが彼らの精一杯の虚勢であり、三蔵に対する思い遣りなんですよね。その虚勢の反動で、血を吐くような嗚咽をする悟浄と八戒も観たかったです(遠い目)。 彼らは中庭に行きます。 これを単なる『場面からの退場』として扱うのではなく、『パーティの分離』として利用して欲しいのです。 沙悟浄の性格から言うと、『犬魔将軍』と絡むのが一番良いと思われます。 犬魔将軍の『見せ掛けの忠実さ』を強調するも良し。あるいは『根底にある人間侮蔑』を前面に出すも良し。 どちらにしても、きな臭さを悟浄に嗅ぎ取らせると良かったと思われます。 悟空のシーンでは、犬魔将軍をちら見せし。むしろ悟浄の立場から、『婚約者』を観察させると良かったのでは? 悟空へ『犬魔将軍はきな臭い』と警告させる事で、より悟空の葛藤も深められたと思います。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 八戒・三蔵については次の記事で語らせていただきます。 悟空・悟浄の両方において、描写不足を感じました。 もう少し頑張って欲しかったです。
2006/03/15

半妖の血が、傷口を塞ぐ。 黄泉路を振り返らずに、歩く。──悟空の静かな啖呵が、私を導く。──死ねない、まだ…!・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ さて。恒例の『展開へのツッコミ』です。 今回はかなり多いので、前後編に分けさせていただきます。 『そのニ』は『生死観』とキャラクターの復活に絞って突っ込みます。 前回、かなり頑張ったのを感じました。その分だけ、今回も頑張って欲しかったなぁ(涙)。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 『羅刹女』復活について。 作中で『人間』と明言された『羅刹女』。 それが首筋を引っかかれて(血糊確認済み)、意識朦朧としていたんですよね。 せめて抱き上げた悟浄に、「出血は大したことは無い。むしろ後頭部への打撃が…」などと診断させるべきだったのでは(汗)。 後は、『結婚の時、もしくは女王になったときに、妖怪の生命力を取り入れる薬や秘術を手に入れた』 『旦那から生命力を分けてもらった』などの理由も考えられますね。…いずれにしても、作中で(さらりと流しても良いので)理由に触れて欲しかったです。(ちなみに私は小説『妖魔夜行』に登場する“水波美涼”を思い出しました。この女性は中国奥地の竜宮の龍王に見初められて結婚、半人半龍の息子を産みます。そして自身も龍族の秘術によって若さと生命力を得ます) 『羅刹女』復活理由を明言して欲しかったのは、『作中の死生観』にも関わる事だからです。 こちらについては、次の『凛凛復活について』で力説させていただきます。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 凛凛復活について。「この娘には、この国でやってもらわなくてはいけないことがあるの」 その台詞に「それより、『なんで生きていたか』を説明する方が先だろ──!!」と、渾身のツッコミを入れた方は少なくないと想像します(苦笑)。 ドラマの中では、「私が死んだら悲しい?」と凛凛本人に問いかけさせ。 悟空の長台詞の間も、ずっと沈黙させ。 三蔵には、場面が変わっている時点で「私には天竺に行く資格がありません」と悲嘆に暮れさせ。 …単なる“失血による昏倒”の演出なら、やり過ぎです(頭痛)。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ここから、思いっきり力説させていただきます。 ファンタジーの世界観の中でも『死生観』というものが占める割合は、実は非常に大きいんです。 つまり“どのような条件なら死に関わるのか”、そして“死後、登場人物たちはどうなるのか”という二点です。 このドラマの『死生観』は、これまでも『第参話・夢の国』『第六話・森の国』『第八話・幽霊の国』でしっかりと描写されています その中で“妖怪であっても、物理的攻撃で死ぬ”、“死んだ人間や妖怪は生き返らない”、“幽霊は実在するが、いつか消える”ということが明記されました。そして、それゆえの苦しみも描かれてきたんです。 しかし今回“瀕死になっても、すぐに復活できる”とも思える描写があったとしたら。 それまでの『幻の母親との別離』や、『周修の死』や、『悟空の反魂』の意味も、それに対して視聴者が思ったことも、全てが無意味になってしまうんです。 『死生観』の揺らぎは、そのまま“過去の作品の意義の揺らぎ”にも繋がることになるんです。 その意味では、今回の“理由無しの凛凛復活”は最悪の描写といえます。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ とはいえ。『死んだように見えて、実は生きていました』という展開は、何度も使えるわけではありませんが、そんなに悪くは無いと思います。 つまりは「その手法を使うんだったら、もっとうまく使え。世界観を壊さぬ程度に」という結論になります(苦笑)。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ じゃあ、どうすればいいんでしょうか。 ここで、物語の中に出てきた、『医術を心得る妖怪』を利用します。 この女医の口から、さり気なく“凛凛復活”の複線を張らせることは出来たはず。しかも、悟空がいない時に言わせればなお良し。 例えば、『私には無理ですが、更に上位の医師ならば、いかなる傷も癒せるとか…』『先代国王は大層、お体がご丈夫であり。また凛凛様も昔は…』『国王の杯の中には、歴代の王の生命力が籠められているとか…』 …等々。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ そうやって複線を予め張った後で、次のような理由を使い(あるいは組み合わせて)、復活させればよかったのではないでしょうか。A.“バカップルと化した悟空から、如意棒を預かっていた。それが服の下で、切っ先を反らした”B.“媚薬の箱、もしくは装飾品が切っ先を反らした”C.“父親譲りの生命力、あるいは自己治癒能力があった”D.“国の名医や術師が寄ってたかって治療した”E.“国王にだけ許される秘薬や秘術があった”F.“国王の杯が壊れた衝撃で、その籠められた力が周りに影響した”G.“実は、悟空に甘えて、こっそり死んだ振り”H.“短剣の麻痺毒に痺れていただけ” …このいずれかの描写があったら、ここまで私は吼えていません(遠い目)。 せめて、最終回に理由を明らかにしてくれれば…(一縷の望み)。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ でも私が一番やって欲しかった描写は、“生死を彷徨う凛凛の意識に響く、悟空の啖呵”だったかもしれません。 『第八話』で、悟空は“死からの復活”を遂げています。これと同じ理由であったなら、“静かに眠る凛凛”の描写も自然でした。 だから、こんな描写もできたかもしれません。“悟空を庇い、気がつくと黄泉路に降り立っている凛凛。 慌てて引き返そうとするが、『生き返って、王城という名の牢獄に戻るのか』『犬妖怪と結婚するのか』『悟空への空しい想いを抱え続けるのか』 という心の声に足が鈍る。 だが、悟空の啖呵が響く。 そして『王位を継ぐ』ことを、自分の意思で決意し、恋心にも結論をつけ、振り切る” これならば、“これまで王位から逃げまくっていた”という事実にも触れ、それの克服過程も描写できます。 なにより、過去の複線を利用しているのがいいんじゃないでしょうか。 『その回にしか出てこない小道具』を出したり、『謎解きを延々と披露』したりするよりも。 “過去の回に出てきた小道具や複線を利用し、山場で物語を急転させる”ことを、視聴者は求めているんではないでしょうか。(…これは昔、『フードファイト』('00 日テレ系ドラマ。以下『FF』)を観た時に、私がテレビに向かって散々突っ込んだことです。そしてそのエネルギーが有り余り過ぎ、『FF小説』執筆の原動力に…。苦笑)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 安易に登場人物を生き返らせては、これまでの回の物語が“死んで"しまいます。 でも、上手く『世界観』を守り、生かしながらやるのなら、私は歓迎です。 その辺りの配慮を、もっと考えて欲しかったと思います。
2006/03/15

荒々しく、留まる事を知らず、嵐のような妖怪(ひと)。 吾が心は、汝に吹き晒されん。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ということで、今回は『犬魔将軍』と『羅刹女』の考察に行きます。 …見終わって最初の感想は、『“これまでの複線消化”と、“最終回の複線張り”でほとんどが費やされた…(呆然)』でした。 実際は違うんですが、そう感じてしまったんですよ。やはり『怒涛のツッコミどころ』が、そう感じさせてしまったんですよね(遠い目)。 今回は親戚(特撮ファンの子供と一緒に『西遊記』を見ている)にまで、『羅刹女、何故許した?!』と突っ込まれましたからね…。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 『犬魔将軍』について。 『抱朴子』登渉篇に曰く、“『将軍』を名乗るのは鶏であり、犬は姓と名を名乗る”とあり。 『平妖伝』に曰く、“『将軍』を名乗るは豹であり、犬は主人と称する”とか。(『中国妖怪伝-怪しきものたちの系譜』のP31、P120)。 このように、犬もまた中国では妖怪になると思われているようですね(日本だと『猫又』や『化け猫』のように、猫の妖怪の方がポピュラーですが)。 『封神演技』の梅山七怪の一匹、戴礼(たいれい)もまた邪悪な“犬の精”であるそうです。 最近は漫画『犬夜叉』の主人公が有名であり、「お座り!」に反応する姿には私も「犬夜叉だ…」と爆笑しちゃいました。あのふわふわ耳に触りたい…(←重度の犬好き)。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 『巻物』について。 あの呪具に関しては、彼の能力かどうかは不明です。 元々、力の込められていた巻物を利用した可能性もありますね。 『道具に魔力を込め、使うものに呪詛を与える』というのは、ゲームでは良く出てくる設定ですね。 このときに重要なのは、“罠にはめるべき人間の興味を、如何にして惹くか”ということです。 今回ならば『その巻物を紐解く』ことが呪詛の発動の鍵であり、読ませるための仕掛けが“天竺に関する著書”という触れ込みでした。 ちなみに、今回の妖術を分類すると『厭魅・厭勝』でしょうか。 『厭魅』が呪詛、『厭勝』が祝福を意味する言葉です。どちらも理屈は同じです。 とはいえ、実際の『厭魅・厭勝』では、“その人物の体の一部か、その人物に似せた型”が必要になります(例:『丑の刻参り』)。 だから、このドラマの妖術は分類に入れにくいんですよね(苦笑)。 とはいえ、ドラマでの妖術描写はすごく良かったです。CGも、三蔵の表情もすごく自然で圧倒されました。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 『羅刹女』について。 『第参話 そのニ』で触れたとおり、『羅刹女』の名前はインドの妖怪『ラクーシャ』から来ています。 私はこの説の印象が深かったので「羅刹女は、その名の通り鬼女なんだ」と硬く信じていたんですよね。 だから『実は人間』という設定にはすごく驚きました。 まあ、性格は「殺せ」と連発しているあたり、すっかり『羅刹』ですが(苦笑)。 “妖怪と人間が結ばれる”という話は、決して珍しいわけじゃないようです。 有名どころでは『白蛇伝』があります。これは蛇の女妖怪『白娘子』と人間の男『許仙』とのラブロマンスです。しかもその息子(半人半蛇)の許夢蛟が、母親の罪を解く後日談付き(『中国妖怪伝』P126-P132)。 もっとも、『白蛇伝』には亜流もたくさんあり、それぞれに展開が異なるようですけどね(苦笑)。また、白蛇は日本でも人間に恋しますね(能楽『娘道明寺』)。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 『滅法国』について。 こちらはドラマの公式設定によると“アメリカのような超大国であり、乗っ取ろうとする妖怪も多い国”だとか。 その巨大さゆえの混沌とした雰囲気を出すには、ちょっと舞台が閉じられていた気がします。 これは“女王と姫”、その周辺だけで物語が進んでしまった(しかも、主人公達が心情的にほとんど絡まなかった)為と思われます。 この辺りの改善策は、また後日改めて語らせていただきたいと思います。 …それから『世の中に平安をもたらすのだったら。お経よりも先に、この国を平定して妖怪たちを取り締まる方が良いのでは』と思ったのは、私だけでは無いと思います(笑)。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 舞台設定も登場人物も、そして術の描写も、決して悪いとは思いませんでした。 …ただ、これを上手く捌ききれていなかったのでは? 続編が作られるならば、ぜひ再登場してもらいたい国です。
2006/03/15
kazuさんから『お題指定バトン「5人」』なるものを戴いてきました。 これは、お題だけ守って、設問は自由に考えていいらしいです。 …でも今回は設問をそのままkazuさんのところからそのまま戴いてきちゃいましょう。◆PCもしくは本棚に入っている「 5人 」 PCはもちろんSMAPです。少なくともPCのデータの半分はSMAPが占めています。(残りはサイト関連とライトノベル) 本棚にはもちろんSMAPも入っていますが(CDアルバムやライブDVDも)、こちらは『TRPG』関連書籍がほとんどです。 TRPGは、ほとんどが“4-6人のパーティ制”なので(最近は『ダブルクロス』や『異能使い』のような、“一見かかわりの無い事件を追う人間達が、やがて一つの結果に向かう”というスタイルも加わりました)。◆今妄想している「 5人 」 『BIRDMAN』(当サイト小説名『Feather Folk's Story』)で、鳥人化させたり。 現代諜報物(当サイト小説名『Lost Heart』)で、現代日本の諜報世界の暗闇ドロドロに突入させたり。 アジア風異世界(当サイト小説名『鬼塊術局』)で、超能力めいた能力を振るわせたり。 オカルト風味で(当サイト小説名『怖い話? 現代奇譚』)で、びびらせたり、何気に命の危機に突入させたり。 トンデモ系物語(当サイト小説名『FOOD FIGHT』)で、他のメンバーを登場させようともくろんだり。 あと、私が手が回らないので形にしていないものでは。 『ダブルクロス』のSMAPデータを用いた小説。 妖怪の変化としての五人(小説『妖魔夜行』の世界)。 “ユウレイ使い”(小説『リボーン・リバース』の世界)。 遠未来吸血鬼&キリスト教SF物(小説『トリニティ・ブラッド』の世界)。 西遊記(フジテレビ版設定)。 などなど。 …そのほとんどが『冒険活劇』ってどーなんでしょう(遠い目)。 後、水面下では“ある物”をちょこっと妄想中。その内容はいつか明らかになるでしょう(含み笑い)。◆最初に出会った「 5人 」 恐らくは『聖闘士星矢』…かな? これの為にギリシャ神話関係の本を読み倒したりしました。 ちなみにキャラクターは『瞬』、声は古谷徹さんにベタ惚れしました(…後にはまる人を暗示しているよーでもある)。◆特別思い入れのある「 5人 」 ぶっちぎりでSMAPですよ。その中でも『BIRDMAN』が好き。 後、SMAPに対する想いにはかなり劣りますが、TRPGリプレイのパーティにも思い入れがあります。(『西遊記』は4(6)人として、『デカレンジャー』は6(8)人としてカウントし、省く)◆最後にバトンを回したい人 やっぱり、稲森さんにお願いいたします。 また、持って帰りたい人はご自由にどうぞ。 お題はやはり『5人』で。 話したかったことが形にできてよかったです。kazuさん、ありがとうございました。追記:スタッフ様。『西遊記SP』おめでとうございます(嬉)! ホントに信じられません。 まだまだ語らなきゃいけないってことですよね。体を潰さない程度に、頑張ります!
2006/03/11
『第九話』感想をUPしました。 完成度が飛躍的に上がり、個人的には合格点まで辿り付いたのが今回でした。 悟浄の啖呵シーンと、悟空の殺陣シーンの猿リピートが止まりません(嬉)。 …やっぱり前回までは“同時進行の呪縛”とか、“放送後の声が反映していなかった”とかが大きかったのでしょうね。 ほんとにここまで良く頑張ったなぁ…と思います。 このまま残り二回、同じだけのクオリティで頑張ってください!
2006/03/09

その華、憎しみを糧に、血の色に染まりたり。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ということで、今回も突っ込みにいきましょう。 でも、今回は『悟浄の意志の報い方(その一で既出)』と、『美人花の発芽条件』の二つ以外は大きなツッコミが無いんですよね。 そんな意味でも、今回は完成度の高かったです。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・★1.進化論「”鳥獣&器物への蔑視”が主流の古代中国に、進化論は無いだろうっ」 テレビに向かって思いっきり突っ込んだ瞬間でした(苦笑)。 妖怪が人間の姿に近づくのは、“人間が優れているから、それに姿だけでも近づこうとする”からのようですしね。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・★2.美人花の発芽 三蔵法師の発芽シーンはすごく説得力がありました。 しかし、同じ状況に苦しむ翆玲の発芽理由が分からなかったんですよね。『翆玲も、何かの憎しみを持っている』 それは間違いありません。その理由も少し触れて欲しかったです。 恐らくは“息子さん絡みのことを、混世魔王に囁かれた”のだと推測しますけどね。「素直に従えば、助けてやろうと思ったのだがな」という台詞の代わりに、翆玲の発芽理由をさらりと言って欲しかったですね。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・★3.禁断の名前「ハリポタの『ヴォルデモード』ですかっ!」(注:『ハリー・ポッター』シリーズ最大の敵役ヴォルデモードは、魔法使い達から「名前を言ってはいけない」と畏れられ続けている。 主人公以外の魔法使いは、その名を聞くことすら嫌がる) 気づいた途端に、思わず噴きました(笑)。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ あと『あの洞窟と、原っぱ』には、何故か見覚えがあるんですよね。…洞窟は『特捜戦隊デカレンジャー』の特訓用別惑星の話に出てきたような…(←『デカレン』好き)。 あそこは特撮ロケに引っ張りだこなのかもしれませんね。 今回はあまりツッコミどころがなくて、ホッとしています。 このままラストまで突っ走ってもらいたいところです。 次回はいよいよ、滅法国へ。 凛凛の「生まれ持った星は変えられない」という台詞が、どんな状況に絡んでくるのか。 八戒が豚を抱いている理由は(八戒に、ようやく活躍所が与えられるのか?)。 予告だけでも、すごく展開が気になります。楽しみです。
2006/03/07

『戻るな。そして行かせもしない』 戸口に突き立てる青龍刀。…それは大切な者を巻き込まぬため、そして守り抜くため。 小芝居で少しは時間を稼いだ。──あなたが命懸けで自分を守ろうとするなら。──その意志に答え、我は全てを捧げよう。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 『そのニ』は私が印象に残ったところを上げていこうと思います。 まぁ、『その三』は恒例のツッコミになりますが(←今回は大きな部分は無いんですが)、良かったと思うところも上げられるのは嬉しいです。 第九話は個人的なツボ要素が一杯詰まっていたんですよね。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・◆1.悟空の棒術 この管理人、ここ数年ほど『香取君には棒術が一番似合う!』と力説していたんですよ。 そんな自分にとっては、今回の戦闘シーンは念願の代物といえます(歓喜)。 棒術の優位性については、『第壱話 そのニ-優れた武術は演舞と魔術に通ず-』でも触れさせていただきましたね。 冷静に見ても、第一話の雑魚掃討シーンに比べて、今回は香取君が使いこなせる格闘オプションが増えています(足で引っ掛けて棒を取り上げるところまでいったのは、本当にすごい)。 『払う・突く・打つ』だけでなく、連撃・投擲・突撃などの特殊なオプション、格闘の回し蹴り等も加え、より複雑な戦闘が行なえるようになっていましたよね。 棒の回し方にしても、格好付けで回しているのではなく、フェイント(牽制や引っかけ)の為に行っているのが伝わってきます。 また、“相手の武器によじ登り、頭にキック”なんて、“スーツアクターさん以外の人が行なう”のは初めて見ました。側転までしていましたし。 また、今回は引き画(カメラを少し離し、全体像を取る)がふんだんに使われているのも嬉しかったです。以前に指摘したかもしれませんが、これまではバストアップ(胸から上)が多く、動きを見ることがなかなかできなかったんですよね。 今回は『悟浄の啖呵』と並んで猿リピートしています。 ただ、坤での攻撃を篭手で受け止めた時には、「腕の骨にひびが入りそうだな…」と思いました。切る武器や突くものならともかく、打撃武器は衝撃がきついですから。 でも篭手などの防具を、有効に使う姿が入ったのも嬉しかったですね。 確かに妖術も組み入れた戦闘も見たかった気もします。 虫の群れに変わる妖術は、防御補助としても使えた気がするんですよ。欲を言うならば、それで苦しめるシーンが欲しかったかな。 後、ちょっと話はずれますが、混世魔王と戦う前の悟空の表情もすっごく良かったです。 これまでの一本調子の説教ではなく。『理解できない』『許せない』『哀しい』などの複雑な感情を目まぐるしく入れ替えつつ。時に静かに、時に熱く。 何より、“自分の中にある(ドラマで悟空が感じていた)言葉で説教していた”のが良かったです(これまでは、ピントずれの時が多かったですからね…。遠い目)。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・◆2.『悟浄の啖呵』 はっきり言って、悟浄が混世魔王に言った言葉全部がツボです(キッパリ)。 “普段は冷静なのに、いざという時は熱い”(←これ、某『特捜戦隊』の緑にはまった時の理由と同じだ)、“絶対的な恐怖を抱えながら、前に進む”…etc. 私のツボが凝集されてます。 こういう啖呵が聞けるから、ファンタジーは大好きなんです!1.「確かに怖いですよ。震えるほどに怖いです。しかし…」2.「あなたに仕えていた時には、一度として感じた事の無い想いです」 この二つ、自分の小説で使いたいと狙っていたフレーズなんですよね(をひっ)。この大好きなフレーズが、ぴったりの状況で叫ばれただけで、この管理人は撃沈しました(惚)。3.「今一度、氷の心を呼び起こす事をお許しください」4.「捲簾大将、沙悟浄! 最期の闘いを観よ!」 覚悟が一言一言に乗せられていて、すごく重いんですよ。5.「…通さねぇ」 この一言に、全ての覚悟が乗っていましたね。6.「俺が守っているんじゃねぇ。俺達が守られてるんだ!」7・「俺達を守る為に、命懸けで飲んだんだ!」 この一言で、“ドラマの中盤の、震えるだけの状況からの変化”を完全に納得させられました。 この直前、“震える手で種を受け取る”シーンがすごく良かったので、より説得力が大きくなりました。 悟浄による三蔵への深い理解と信頼を感じさせました。8.「例えお前が百人いようと、千人いようと敵わねぇ!」 悟浄が『人を惹き付け、人を動かす、上に立つ者の資格では、誰にも負けねぇ!』という意味を込めて叫ぶシーンが良かった。 それは“恐怖によって五万の兵を従えた”混世魔王にとっては、強烈な皮肉であったと思います。 また、悟浄が実力差を人数に例えるシーンは、第一話にも登場しました。 そのときは八戒に『だったら普段の○倍の力を出せばいいじゃないですか!』と切り捨てられていたんですよね。実力差にびびりやすいのは、実は悟浄の方なのかもしれませんね。 こうやって、こっそり複線回収しているのにも感心しました。 今回の啖呵を聞いて、『悟浄と三蔵の出逢い』が知りたくなりました。SPドラマで『過去編』を是非やって欲しいです。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・◆3.青龍刀 今回の脚本で一番舌を撒いたのが、この『青龍刀』の使い方です。 脚本家さん、小道具を使うのは上手いんですよね。 言葉では一切触れられないんですけど(←だからこそ良い)、悟浄の『死ぬのは俺だけでいい! だから、悟空、八戒、師匠、絶対に来るな!』『この扉は開けさせない。この奥には絶対、クソ野郎を行かせねぇっ!』という二重の想いを象徴していました。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・◆4.八戒のサポート これまで『役立たず』と言われてもしょうがないポジションにいた八戒(特に三話~七話)。 私の感想でも、『こことここで、ちゃんと活躍して』とか『ここで自発的に動かずして、いつ動く!』と叫びまくっていましたよね(過去の記事を参照。『第四話 その四』や『第五話 その四』参照)。 私の『これまでの不満因子の中』でも、かなりの位置を占めている問題でもありました。 確かに今回も『何もしなかった』と言われればそうかもしれません(苦笑)。 でも、明らかに改善された部分もあります。 今回のメインは悟空と悟浄、三蔵ですが、三人のエピソードを喰う事は全く無く。 でも、自分のキャラを立てる部分(異端児であったこと、それを庇う母親を大切に思う気持ち)に絡む部分では、ちゃんと自己主張していました。 また“人質の縄を率先して解いた”り、“悟浄をすぐさま抱き上げた”り、ちゃんと自分の役割を見定めて動いていましたしね。 目立った動きが無くても、ちゃんと“キャラクターが確立し、存在感を主張している”のを感じました。 そんなサポートに対しては、悟空も信頼の眼差しを向けていました(これはさり気なくも重要な部分。これまでの回では、この部分をあまり描けていませんでした…。血涙)。 この点に関しては、これまでの脚本からは信じられないほどの進歩です。 坂元さん、やればできるんじゃないですか(褒め言葉)!・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・◆5.三蔵の母親話と、種 第三話と繋げる事で、一気に物語の深みを増しましたね。そして今回の話は、“母親のための天竺行き”という動機にも影響を与えていきそうです。 三蔵が“彼なりの方法で命を賭ける”という展開も、今回の高ポイントです。 私の好きな『ファンタジー世界の理論』として、錬金術における『等価交換』があります。 これは某アニメの為に“何かを得るためには、同じ価値のものを犠牲にしなければならない”という意味だけが有名になっています。 でももう一つ、“何かを持っている者といない者では、実は平等である”という意味もあります。 つまり、三蔵には“妖怪のような力を持っていない。だからこそ、妖怪にはできないことができる”という強みがあるんです。 その強みの一つが、“人間でありながら、妖怪を強く信じ、命を張る”という形で現れたんです。 これこそが、仲間の心を動かす“三蔵なりの力”なんですね。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ これらの他、『説明シーンにCGや過去映像を挟む』という点も改善してくれましたし(これについては、『第四話 その一』で思いっきり指摘しました)。 確かに台詞は相変わらず多かったんですが、それもあまり気にならないほど。 “悟空から観た悟浄や八戒への信頼”、“悟空や八戒への、悟浄の仲間意識”をさり気なく、山場に挿入してあったのもすごくホッとしました。 これまでは、『仲間』がテーマであるのにそういった描写が下手でしたから。それもちゃんと克服してありましたね。 願わくば、この完成度で残り二話を突っ走ってもらいたいと思っています。
2006/03/07
可笑しさが込み上げる。──…馬鹿だ。己と相手の詭弁を、こうも容易く信じるとは。──所詮、人間は妖怪を憎むもの。妖怪は人間を搾取するもの。──それ以外に何がある? 邪妖は押し殺していた笑みを、解き放った。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ まずその一では、対『混世魔王』戦と、『美人花』から考察していきましょう。 今回、かなり満足しちゃってる自分がいます。 いつもなら、「だから、そこの描写を何とかしてくれーーっ!」と心の中で叫んでたりするんですが、今回はあまり(…やっぱり、少しはあるんです)それがありませんでした。 しかし、今回は“これまでの不満分子がかなり改善された”事、何より『悟浄や三蔵の命がけの賭け』や『完全な悪の理論に直面する悟空の表情』、『八戒の真っ直ぐさとバックアップ』などの個人的ツボ要素がたっぷりだったんです。 後半、彼らの強い意志に、瞳が潤みました。…ファンタジーに、これらの要素が詰め込まれたら、私は弱いんですって…。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 薬草関連の知識、及び使役獣や虫などは『巫蠱』術の領域になります。 しかし、『美人花』は薬として鍛錬した訳ではなく、現物をそのまま持ち歩いていただけです。なので、『巫蠱』を修めているとは限らないようです。 むしろ武術や体の鍛練を主としていたようですね。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 虫の群れに変化し、どこからとも無く現れるシーンはすごく良かったと思います。 これに関しては、多分彼の本性による先天的な能力なのかな? “世の中を腐らせるハエの悪魔”ならば、ものすごく有名にして強大な“蝿の王”ベルゼバブ(“ベルゼブブ”等、いろんな亜名がある)がいますね。元ネタにはこれもいるのかな。 “腐臭がする詭弁”を振りかざす混世大王の本性としては、これほどぴったりな物はいないと思います。 『虫の群れ』が本性ならば、ぜひラストの戦いでそれを使って欲しかったですね。 『虫の群れ』による攻撃としては、・“群れに飲み込んだ相手を、羽で切り裂く。”・“相手の視界を塞ぐ”・“毒針や猛毒の燐粉で、相手を麻痺させたり、体を腐らせたり、病気にする。” などがあります。 また、“体を虫の群れにして、攻撃を交わす”という防御も良かったかな? ただ、これは体を元に戻す時に狙われるから使えないか。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ しかし混世魔王が悟浄を掻き口説く理論は『外に対して完全に閉じられた、我利亡者の思考』そのものでしたね。 役者さんがかもし出す“イっちゃってます”オーラと相俟って、外道っぷりをまざまざと見せ付けられました。「いずれ、滅法国も俺の物になる!」という台詞も、ベタながらキャラを端的に示していましたね。 初回の頃からはまったく想像がつかないほどの、残虐性を見せる敵の登場にはかなり驚きました。(椅子が布製だったことに、少しホッとしました。 混世魔王が椅子について触れた時、『まさか、(管理人自己検閲により削除)なのか!?』と心の中で叫びました。大正時代の怪奇小説のようなシチュエーションまで、目に浮かんでじゃいましたよ。 それを連想する時点で、私の方が邪悪だな…。目逸) 椅子のエピソードもすごかったですね。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 今回、結局混世魔王を下したのは悟空でした。 …ただやっぱり、これは“トラウマを持つ悟浄”にこそ、倒させるべきだったと思います。…第四話の頃は、『金魚とのコンビで撃破』を私は夢見ていたんですけどね…(無念)。 その場合、悟空の殺陣も入れる必要があるでしょうね。 セオリーならば、『五万の軍勢に飛び込み、八戒と一緒に血路を拓き、悟浄を送り出す』かな。…それはそれで、すっごく見たかったです(残念)。 ただ、このドラマにおける悟空は、あくまで百人力。五万の妖怪の軍勢に飛び込むのは無茶なんですよね…。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ただ、どうしても悟浄ではなく悟空に混世魔王を倒させたいのならば。 次の演出のいずれかを入れてくれると、良かったと思います。 悟浄の決死の覚悟を、何らかの形で相手に報わせて欲しかったです。1.“悟浄、過去の記憶を振り絞り、一瞬の隙を突いて傷を負わせる(もしくは装甲を削る)。 悟空との戦いで“その場所”が露出。悟空はその場所を打つ。”2.“悟浄、倒れる前に混世魔王の手の内をばらす。もしくは弱点を教える。 悟空、そのアドバイスを受け入れる”3.“悟浄、倒れつつも遠くから“妖術”で混世魔王の虫変化を封じる”4.“悟浄のサイを持ち出す(もしくは本人の意思に従って持っていく)。 そして棒を弾き飛ばされた段階で、そのサイで攻撃を凌ぎ、彼の得意とする格闘動作で敵を倒す。”5.“悟空、悟浄の『お前は百人力なら、奴は三百人力だ』という言葉に反論する(もしくは呟く)。 「悟浄。お前や八戒やお師匠さんはその手に、二百一人分の力を俺に持って帰ってきただろ?」” このいずれかがあるか無いかで、少しずつ感じが変わってきたと思います。 ちなみに4番は『死んだ仲間の敵討ち』での黄金パターンですよね(←勝手に悟浄を殺すなっ)。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 『美人花』の設定はすごく良かったですね。映像的にもすごく幻想的でした。 こういった“特殊な病気や、生態系や文化を描写したり、持ち出す”のは、ファンタジーらしさを強調する意味でも有効な手段です。 “人に寄生する花”というキーワードでは、自分の知識ではすぐに思い出せませんでした。原著や『山海経』あたりをひっくり返したら、似たものが出てくるのかな。 そのかわり、ちょうど今読んでいる小説の後書きに、“魔術的植物”という文章が出てきましたので、情報のみを転記します。“植物が何によって育つか。それは魔術的例題としてよく取り上げられる。 死刑台に育つマンドラゴラ、食したものを仙人と為す冬虫夏草。また、ケルト魔術におけるヤドリギも、魔術的植物である”(『レンタルマギカ - 魔法使い、集う!』P266) ここでは中国のものである冬虫夏草のみに触れます。 現実の『冬虫夏草』は、昆虫とかに寄生して育つ300種類以上の茸の総称です。実際に漢方に使われるものも、茸です。 ですが想像上では普通の草花の姿をしており、霊薬になると伝えられているんです。 このように、中国にも不思議な力を持つ草花の話が伝えられているようですね。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 今回の敵は、物語を見事に盛り上げてくれました。 歴代の敵妖怪の中でも、すごく見ごたえがありましたね。 今回はすっごく良かったです。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・追記1: 『JUNON』4月号のP37から、ドラマのプロデューサーによるドラマの裏設定解説があります。 各メンバーの特技などを整理し、理解している様子も伺えました(個人的にはかなりホッとした)。 このドラマのファンならかなり読み応えのある内容になっています。チェックしてみてください。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・追記2:『サウンドトラック』&『SMAP×SMAP』 『サウンドトラック』、なんとか購入しました。すっごくいい感じです。 この中の『夢幻』がなぜか『TEAM』(フジテレビ系)のサントラを連想させる事は置いておいて(をひっ)。 でも『夢幻』、『雫』、『空』あたりが個人的にヒット。『Nirvana』も、ドラマの場面を彷彿とさせて胸を躍らせますね。 番組開始当時はもっと『中華色ゴテゴテ』を希望していたのですが、今は現代的な部分も含めてお気に入りです。 『SMAP×SMAP』での主題歌熱唱も観ました。 第八話の出来も良かった(嬉)ので、その相乗効果で、ぐいぐいと惹き込まれました。 歌唱に合わせて、香取君が棒を振り回してくれたのも嬉しかったです。 なんだかんだ言いつつも、このドラマが気になり、心のどこかではがっちりと掴まれているのを感じました。
2006/03/07
『第八話』感想をUPしました。 ある意味では『最強の回』でした。番組のノリと、ネタががっちりとかみ合ったところに好感を持ちました。 ただ、“第八話と、他の回を並行して考えた”ため、他の回のネタを煮詰めそこなったというのが痛かったかな。 次回からは掛け値なしの坂元さんの技量だと思っています。頑張ってくださいね。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 話は変わって。 『Look at star』という雑誌を、草なぎ君目当てで買いました。 草なぎ君自身のインタビューや写真もいいんですが、共演者の勝地涼さん(P66)や演出家の河原雅彦さん(P111)の嬉しい言葉も良かったです。 今回、私は見送り組(東京は遠い…。涙)ですが、参加できる方は私の分も楽しんできてくださいね! その他、稲垣君の舞台『ヴァージニア・ウルフなんて怖くない』の速報記事もありました。その演出家さんの独特な傾向なども分かったり(P48)。 購入して本当に良かったです。 他にも梶尾真治さんの『クロノス・ジョウンターの伝説』がまた舞台化されたことを知ったり。 『デカレンジャー』に出ていたブレイク役(吉田友一さん)とグリーン役(伊藤陽佑さん)の舞台『bambino』のことも知ったり。…舞台の内容は、個人的にNGですが(苦笑)。 いろんな発見があって楽しかったです。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ もう一つ、どうしても日記に書きたかったのは、『ファンタジー名作の映画化』。 青春時代に魂を売った作品(←待て)が、二本も連続して映画化されるんですよ。 ずばり、『ゲド戦記』(←中二ぐらいで1-3を読破)と『ナルニア国物語』(←小学校4年の時に全作を読破)。 (『ゲド戦記』を新書版を再読した時の感想) ほんとにどちらも観たいです。『ナルニア国物語』に関しては『anan』に稲垣君のレビューが載っているそうなので、急いでチェックしたいと思っています。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ この土日に、日記以外のサイト作業などを立てなおす予定。…その前に、ちょっとだけ休もうかな。
2006/03/03

乱れゆく時系列の中。彼らはそれぞれの想いを再び見出す。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 今回は物語の性質上、あまりツッコミどころがありません(笑)。 なのでその代わり、印象に残ったり、「いいな」と思うところを上げていこうと思います。 やっぱり、物語の中に『二重の意味』を込めたギミックを詰め込むって、作者にとってこれほど楽しい事は無いですよね。そして作品を読んだり観ながら、意味を紐解くのも読者や視聴者の醍醐味です。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・★.『尻子玉』と『肝っ玉』 悟浄が『我々河童族には尻子玉を抜くことが出来ますが…』との一言に、ふと思いました。 河童は確かに胡瓜を好物とし、『尻子玉』を抜くことも出来ます。 でも、得意とするのは中国武術じゃなく、相撲です。 思わず、“悟浄が相撲を取る姿”が脳裏に浮かんじゃいました。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・★.第二話の八戒「自分に嘘を吐く奴はでぇっ嫌いだ」 悟空の言葉を再び聞きなおし、改めて『時を旅する自分』の気持ちを見つめなおす八戒。 『本当は仲間を信じたい』という本音が、伊藤君の表情から強く伝わってきました。 普段と別人のように(←おい)「いいひと」の表情でしたね。やっぱり『このドラマの八戒』は、誠実な部分を押し出した方がいいんじゃないかな。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・★.第四話の悟浄 おそらく“悟空にもっともわだかまりがある”のが悟浄だと思われます(←待て)。 これまでの『ギャグシーン』における、“悟浄に対する悟空の言動の数々”はかなり酷かったですしね(管理人の個人的な地雷レベルもありました)。 少なくとも“砂の国における悟浄の記憶”は、『お前らも一緒に死んでくれるんじゃなかったのか!?』に尽きるはず(←やっぱり酷い)。 だからこそ“悟空が悟浄に対する信頼を爆発させる場面”は、カルチャーショックにも近かったのではないでしょうか。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・★.第五話の刺繍 第五話の感想で私は『主題を強調するためにも、三人に悟空を手伝わせろっ!』と叫んだ記憶があります。 ですが“刺繍をする悟浄と八戒の姿”に、その思いも少しは報われました。「肝っ玉が無いから大変だな。手伝ってやろう」 …いや、悟浄。それは違いますから。 先に『肝っ玉』を過去に戻せば、そんなことをしなくても事件は解決しますから(ツッコミ)。 なんだかこのボケ具合がすごく微笑ましかったです(そしてこの『ボケ具合』が、ラストの“過去の悟空を連れてくる”という無茶にも繋がるわけですね)。 そしてここの時点でおかしなことが一つ発生します。『“父親をしていた悟空”と別行動をしていた悟浄と八戒。なのに何故、刺繍の一件を知っている!?』 この時点で、既に二人の記憶にも『時間遡行のしわ寄せ』が発生していることになります。 恐らくドラマのラストの後、三人は『辻褄併せの時間遡行』に出るのでしょう。 その時のしわ寄せにより、今度は悟浄と八戒の記憶が矛盾するのだと思われます(既に『牢屋の下り』で、悟浄の記憶がおかしくなっています)。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・★.金魚への思い 未だに金魚のことが忘れられない悟浄が印象的です。 いつか、この二人でタッグを組んで戦って欲しいところなんですけどね…。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・★.三蔵の人格豹変 『透明人間』(日本テレビ系)で主人公『服部半蔵』(香取慎吾君)を顎で使っていた、あの勝気な女記者のままです。あの時の香取君&深津さんコンビもすっごくいい味出してましたね。 あのドラマを思い出して、すっごく懐かしかったです(←後半の“どシリアスでダークで、SFチック”な展開が大好きだった)。悟空と三蔵の関係性も、何故か違和感を感じませんでしたしね。「いっそ、三蔵はこのままでもいいかな~」 そう思っちゃいましたよ(←それはどうかと)。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・★.「お前が食べると、二倍暴れん坊になるから!」 あの匂いの嗅ぎ方は完全に『猿』でした(爆笑)。 過去と未来の猿揃うと『猿』らしさが全開でしたね。二人(?)が見つめ合って、猿語(?)で会話するシーンがツボです。 あんな迫力の猿が二匹もいたら迷惑です。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・★.「今にも悟りを開きそうな勢いね」 このドラマならではの突っ込みに笑いました。 元々、道教を極めているはずの悟空です。仏教もきちんと学べば、理論だけはちゃんと飲み込めるはず。 …この後の『時間修正』で、どこまで知識が残るかは疑問ですが(笑)。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・★.三蔵・八戒・悟浄の活躍 今回は珍しく三人平等に活躍の場所が与えられましたよね。二話以来かな(←それはそれで問題)。 やっぱり『仲間が主題』である以上、それぞれが活躍して助け合わないとね。 そういう意味でも、今回は文句無しです。 また、各キャラや物語そのものの“はっちゃけぶり”も、すごく良かった。『どうせなら“とことん冒険して物語を弄”らないと、ドラマの強みも出ない』と思っていましたが、その意味でも合格点…かな?・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・★.パーティ分離 最初の木にくくりつけるシーンといい、『やっぱり仲が悪いんじゃないか…』というギャグシーンは健在ですね(汗)。 でも今回はそれを差し引いても、仲間の友情を感じられたので良かったと思われます。 今回は悟空・八戒・悟浄が別れ別れになる理由もしっかり出来ていましたし、その間の行動もちゃんと描けていました。 その意味ではすごく良かったです(親指を立てる)。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 本当なら、もう少し『リプレイ』シーンを減らしても良かったかな? 『春麗の飛び出す映像』などは、削っても全然問題無い訳ですしね。 その分だけ、新しい映像を取り入れると面白かったと思います。 また、これまでの不満やツッコミどころ(“『金斗雲』と他のメンバーの速度”など)も解消してくれるかな~なんて思っていたのですが、そこまではちょっと無茶な要求だったかな? でも、第五話については、少しは見直しました(←甘々な視聴者)。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ そして残りは三話。 最終回のネタバレも少しずつ漏れ出てくるようになりました。…でも、現状のネタバレではラストが全く判断できません。 それこそ『ボスコ・アドベンチャー』の最終回のようなオチすらありえそうで、ちょっぴり怖いです。そういえば同じく『西遊記』がベースのアニメ『マシュランボー』もバッド・エンドでしたね(遠い目)。(『ボスコ・アドベンチャー』…管理人が最終回で号泣したアニメ。“護送していたヒロイン、人柱となって消滅。ペットのロボットが、引き換えに生身になる”というオチは、子供心にトラウマになりました) そのラストに向かい、次回からシリアスな展開も入るようです(←予告からの私感)。 ドラマ『透明人間』でも“明るいコメディの前半”より、後半の方が好きだった自分。なので、次回にはすっごく期待しちゃいます。 “同時進行の呪縛”からも逃れた事ですし、これからどんどん視聴者を引っ張って欲しいです。 公式HPの裏ページなども見つつ、いろいろ想像を膨らませていただきましょう!
2006/03/01

時を遡り、改変する。 それは大道を捻じ曲げる術である。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ それでは今回は『時間遡行』ネタと、ドラマにおける仏教と道教について。 多少の破綻は『時間遡行のしわ寄せ』で説明がついちゃうので、突込みまではいかないんですよね。 その中でも、なんとか突っ込めそうな部分はこの辺りです。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ドラマの中で「では、道教にも通ずる考えなのですね」という悟空の言葉があります。 この『道教』の中心となるのが“大道の追求”なんです。 “仙術は主に『道教』により発動するものであり、これを極めたものが仙人である”というのが、物語のお約束。 実在の『道教』の道士は、妖怪退治ばっかりやってるわけじゃないみたいですけどね(『中国妖怪伝-怪しきものたちの系譜』のP191-194)。(また、このサイトでの“『召鬼』や『風水』といった術のジャンル分け”は便宜的なものであり、実際の『道教』の教えとは異なるものということにご注意ください) ちなみに『陰陽』と『五行思想』は道教の基礎。これを知らなかったら、悟空が仙術を使えるはずが無いっ(全力ツッコミ)。 そして、仏教に『五行思想』があるのかというと…恐らくはありませんよね(おいおいっ!)? しかし、原著での『五行山』の下りには、“菩薩と五行の関係”が描かれています。このドラマだけでなく原著においても、“仏教の中に五行思想がある”設定のようです。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 実は原著では、仏教と道教は対比されて扱われています。仏教の方が、道教よりも優位と扱われているようです。 天上界で悟空が暴れた時、道教の神様(玉帝等)のほとんどが彼を取り押さえる事はできませんでした。しかし菩薩は簡単に悟空を取り押さえます。 そして仙術(道教)を完全に修めた悟空も、三蔵が唱える経(仏教)には、なす術も無く負けてしまうわけですからね。(『中国妖怪伝』P94-86参照) しかし基本的には物語は『道教VS.道教』で進みます(“仏教伝来前の説話などを取り込んで話が膨らんだ”経緯を考えると、当然かもしれませんね)。 ただ、ドラマの中では仙術はほとんど出てきません。悟空たちが使ったものでは、悟空の『変化』が一回、悟浄の『風水術』が一回だけですからね。 その代わりでしょうか、三蔵の経は二度ほど活躍しています。第三話で“『現実』を取り戻した人々を鎮め”、第六話で“汚された魂を玉と為す”役割を示しました。 今回のドラマでも“時を止める術を、梵語の札で防止する”なんて荒業が見えます。 ドラマでもやや『仏教>道教』でしょうか?・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 時間はやはり、世界を成り立たせる『大道』(物理法則に当たるもの)に属するものです。 その大道を読み取って操る術のうち、『風水』が空間を、『卜占』が時間を司ることになります。(ゲームではこの洞統の術者は、『停時幡』などという宝具で相手の時間を止めたりします)。 とはいえ大幅な時間遡行や改変は、大道そのものを歪めてしまう危険性をはらんでいることになります。 ドラマの中の『紅孩児』みたいなキャラクターがちょこまかしていたら、あっという間に『大道』が破綻して壊れてしまいそうですね。 そうならないように『卜占』を極めた妖怪や仙人が、互いに睨みを効かせ(時には修正し)ているのかもしれません。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 『時間に対する概念』は、SFが得意とするものですね。名作もかなりあります。 しかし、SFに慣れていないこれを厳密に考えるのはかなりしんどいでしょうね。「悟浄さん、面倒くさくなったんでしょ!」とは八戒の言葉です。多分、これは坂元さんの心の叫びでもあると思われます(微笑)。 基本的には物語の中の『大道』と、現実世界の物理法則は異なります。故に多少の無茶も許されたのだと思います。 そんな無茶さ加減が、これまでのノリとぴったり合い、すっごく楽しかったです。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ これまでの物語と今回は複雑に絡み合いますが、これまでの展開がかなり平易だった分、あまり混乱が起こりませんでしたよね。 今回を見越して、わざと展開を単調にしたのかもしれませんね。 とはいえ、今回の八話とこれまでの六話分(途中から挿入された『第六話』を除く)をクロスオーバーさせるのは、相当大変だったでしょうね。 同時進行する二つの話を描くだけでも、かなりの負担になるんですよ(←管理人の体験談)。 それを七話分………想像だけで吐きそうです。 これまで、展開や台詞が煮詰められていないと感じていました(特に『第五話 子供の国』)。それがかなり不満だったんですよね。 しかし今回の話を見て、『同時進行なんてやっていたら、各話を煮詰めるなんて、そんな余力もスケジュールもぶっ飛ぶよね…』としみじみと感じてしまいましたよ。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 次回から“同時進行の呪縛”を逃れた物語が始まります。 これからが、坂元さんとスタッフの本当の実力の試されるときなんですね。 どこまで頑張れるのか、見守ろうと思います。
2006/03/01

牛魔王が妻子を持つのは、明の時代の小説からである。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ それではまずは『紅孩児』の存在から、『西遊記』を含む『西遊物語』の変遷を考察します。 この回はある意味では最強ですよね。 例え細かい破綻がゴロゴロしていても(『何故、悟浄と八戒は刺繍の一件を知っていたのか?』など)、『タイム・パラドックス』の一言で済んでしまうのですから(笑)。 そして物語のオチも、この物語に相応しい形にはまりましたし。プチ総集編としても楽しめました(ただ、過去映像を単に纏めただけの部分もあり…)。 何より、『時間遡行ネタをやってしまおう!』というスタッフの気概に、ちょっと彼らを見直しました。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 『Sma-Station5』の西遊記特集(06'2/07)では、“三蔵の偉業からずっと後世の明の時代、呉承恩が登場人物たちから創作したもの”という風に解説していました。 しかし、注意してください。この解説は間違っています(キッパリ)! この辺り、『中国妖怪伝-怪しきものたちの系譜』のP67-73に解説があります。 現在、ほとんどの日本人が元祖『西遊記』と思っている(そして、このサイトで原著と呼び習わしている)『西遊記』は、明の時代に形成された小説です。 しかし、それ以前(宗や元の時代)にも『西遊記』の原型となる物語は『雑劇』などの形で存在し、現在にもその痕跡が残っています。呉承恩はあくまでそれらを変遷した人物であり、全てを創作したわけではないんです。 これら、『西遊記』を含めた『西遊物語』群は、既存の仙人伝説や妖怪物語をその中に取り込みつつ、何度も“リメイク”してきた作品です。 そしてこの“リメイク”は、現在では世界中で行なわれているとも言えるでしょうね。 フジテレビ版ドラマ『西遊記』も、また現代に新生した『西遊物語』のひとつです(…その一列で胸を張るためにも、もうちょっとは完成度を上げて欲しいんですけどね…。苦笑)。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 私達が良く知る『西遊記』の物語では、牛魔王一族の重要性は非常に高いですね。 今回のドラマでも、第一話では牛魔王が、第八話に紅孩児が登場します。 しかし、彼らは元々家族ではありませんでした。 “牛魔王と鉄扇公主の息子”紅孩児は、本来は炎と煙を操る妖怪。悟空同様、禁錮児を嵌められた挙句に天界で働く事になるのでも有名ですね。 しかし、もっとも古い形の『西遊物語』が反映されているという楊景賢の戯曲『西遊記雑劇』では、少々様子が異なります。 この『西遊記雑劇』では、牛魔王は出てきません。そして『紅孩児』は鬼子母の息子と設定され、鬼子母神の絡む説話に登場する事になるのです。 牛魔王の妻、鉄扇公主も『西遊記雑劇』に登場します。 こちらでは、天界の風を司る風部の神。西王母と言い争いが原因で下界に降りてきた設定。しかも持っている扇の名は『鉄扇子』となっています(後に、大上老君の宝物『芭蕉扇』と名前が混ざった模様)。 また『西遊記』と同じ『四遊記』の一つ、『南遊記』では主人公の華光の妻になっているんです。 一方、牛魔王も古い『西遊物語』には出てきたようです。『朴通事諺解』という書物にも古い『西遊物語』が反映されていますが、こちらには載っています。 元々は牛魔王はナタク太子(←漢字が出ない)と因縁が深い妖怪です。その説話を、ある時期の『西遊物語』の作者が取り入れたのだろうと考えられます。 つまり彼らは、繰り返されるリメイクの中で家族になっていったもの。 今回のドラマで“家族でなくなった”のは、ある意味では『過去への回顧』なのかもしれませんね。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ そして『西遊物語』の一つとして加わった今回のドラマ。 その中で胸が張れるように、これからもクオリティをあげるように頑張って欲しいと思います。
2006/03/01
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