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香取君、29歳の誕生日おめでとう! 『ファンタジー後進国』とも言える日本で、しかも未経験者ばかりのスタッフと一緒に体当たりするのは、すごく勇気と根性がいることだと思います。 それでもあなたがこのジャンルにぶつかってくれる。そのおかげで幸せを貰っている人間が、少なくともここに一人います。 体当たりのあまり、喉をからし、それでも頑張っている香取君。 そんなあなたをずっと応援していきます。 この特別な日に、感謝を込めて。
2006/01/31
『第三話』感想をUPしました。 …今回は初回・第二話よりも構成がしっかりしていたので、ツッコミどころが少なくて助かりました(をひっ)。 その代わり、『そこまでできたなら、どうしてもう少し踏み込まないっ!』というまどろっこしさもありましたけどね(苦笑)。 脚本家さんが少しずつこなれてきたのも感じました。 さて、月曜までゆっくり休みつつ、他のネット作業もちょっとずつ再開しましょうか。追記:『FFS』と『鬼塊術局』用の辞書ツールをサーバーにUP(単語未登録)したことはしたのですが…。(『鬼塊術局』用http://ryu-ryubekde.hp.infoseek.co.jp/cgi-bin/KIKON/html/index.html『FFS』用http://ryu-ryubekde.hp.infoseek.co.jp/cgi-bin/FFS/html/index.html日記からの直接リンクだと呼び出せないようです) 広告が邪魔で非常に使いづらいです(涙)。 しかし、これを改良するだけの余力(HPの技術と時間の両方)が無いので、しばらくはこちらで単語登録していくことになります。 皆さんもすごく利用し辛いかもしれません。申し訳ありません(謝)。 …いや、その前に『BIRTHDAY』の香取君バージョンを書かないといけませんね。…こちらも間に合いそうにない…(涙)。
2006/01/28
『40度の熱がある』『3・4日の休みを貰っている』(本日の『笑っていいとも』、タモリ氏の言葉より) ちょうどその午前中、知人(呼吸器内科医)と話をしていて、「今年のインフルエンザの予防(接種)、外れじゃ! 型が違うから(効かなくて)、患者が例年より多い!」と愚痴られていたんですよね。 それを思い出して、「…あぁ、今年はきついだろうな、特に」と草なぎ君の辛さを想いました。 『真冬の山奥の空の下で、ランニング一枚の撮影(劇中では真夏の設定)』など、結構ハードな撮影をこなしていたようですし。 それで風邪を引かないほうが難しいかもしれませんね(汗)。 とにかく身体を温めて、大事にして欲しいと思います。 撮影もクランクアップ間際で押しているでしょうし、舞台も控えています。 身体を休める事は難しいでしょうが、どうか大切にしてこの時期を乗り切ってください。
2006/01/27

汝、ただ一人、闇に忍びし者よ。 知恵深く、聡く、機敏であれ。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ という事で今回は、凛凛の『能力』を中心に、色々気がついたことを。 “盗賊娘”凛凛のポジションについては、疑問視される人が多いと思います。実は私も「…沙悟浄の役割や能力とか、一歩間違えると被るな…」と戦々恐々としている人間です(苦笑)。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ファンタジーに限らず、「事件発生→情報収集→索敵→戦闘→解決」という形式のドラマ(時代劇の他、最近では『マルサ!』(フジテレビ系)、『ドールハウス』(TBS系)、『係長 只野仁』(テレビ朝日系)が含まれます)において、情報収集とその処理能力は非常に重要なポジションを占めます。 特にこの様な『妖怪退治』がメインとなる話では、『敵の致命的な弱点や攻撃能力の予測』が非常に重要になります。 早い段階で一行(と視聴者)ばれては話が盛り上がりませんし、かといって最後までわからずに全滅されても困るんですよね。 だから『妖怪知識』を持つ凛凛が、一行と付かず離れずの距離を持っているのは非常にいいと思います。正体をばらしたくない時は、別行動させればいいんですしね。今回も必要な時に接触させていましたしね。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 盗賊とは『法の庇護を受けず、一人で生きてみせる!』という、アウトロー&アンチ・ヒーローの象徴。欧米のRPGでは絶大な人気を持っています(日本では騎士やエルフなど、潔癖なキャラの方が人気があるようです)。 人気だけでなく、(初期のコンピュータRPGはともかく)テーブルトークRPGなどでは不可欠の役回りです。 盗賊系キャラクターは『シニカルな視線で状況を読む』、『アンダーグラウンドから情報を得る』、『錠前などの細工に通じ、建物の仕掛けなどを調べ出す』などの特技で活躍します。 そしてこのドラマもまた『冒険ファンタジー』である以上、盗賊的な能力を必要とする場面が出てくるでしょう(第二話でも、凛凛に『鍵開け』を依頼した)。 分かりやすい例を挙げるなら、凛凛は忍者(『水戸黄門』のくノ一)やお庭番(『暴れん坊将軍』のお庭番)の能力を持ち合わせているんです。時代劇では重要な役割ですよね。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ そんな現役悪人の前では、『元悪人』の沙悟浄が霞んじゃうのでは、と心配しています。 原典では三妖怪が全員、悪人でした。しかし今回のドラマでは『元悪人』を強調しているのは沙悟浄だけです。 その分、シビアでシニカルな視線で皆を支える役回りを担っています。 現在、彼が活躍するのは『一行の中にいるからこそ』です。 『元悪人』沙悟浄と『現役盗賊』凛凛。 二人は“一行の中と外”という立ち位置の違いによって、なんとか『シニカルな視線で状況を読む』役割を割り振っています(第二話では沙悟浄が状況推理、第三話では凛凛が妖怪を類推)。 ただ、もしこのまま不用意に話を進めてしまえば、彼らを『第三者』として見ることができ、なおかつ『鍵開け』などの能力を持つ凛凛に活躍を奪われてしまいそうです(←それはまずいだろ)。『最初から凛凛と沙悟浄のキャラを統合してしまった方が良かったかもしれない』という意見もありますが(海鴎@DDさんの初回感想など)、結構笑えないんですよね(遠い目)。 凛凛との差別化を押し出すには、沙悟浄の『仙術使い』としての役割も押し出さないときついかもしれません…(その辺りは第四話に期待するべきでしょうか)。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 女一人で盗賊行為を繰り返すのは『知識・機転・敏捷さ・器用さ』の四点が揃わないと難しいでしょうね。 ですから凛凛が『妖怪知識』を持っていてもおかしくは無いのですが…。 やっぱりただの盗賊では無いかもしれませんね。 恐らく悟空が忘れた(或いは知らない)接点があるんだと想像(妄想)しています。 …やっぱり前情報に出てきた(メス猿)なのかな。 もしかしたら恩田陸さんのSF小説『ライオンハート』のような、“ファンタジーにしか描けない、究極の恋愛”設定が出てくるかもしれませんね。 SMAPファンに分かりやすい例として(某映画ネタバレ 『ハウルの動く城』のように“過去の凛凛に悟空が出逢い、「未来で待ってて!」と約束”)という展開だったりするかも。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ そのほか、もろもろについて。 今回は、やっぱり三蔵の『再生過程』が素晴らしかったです。童心に戻る(イッちゃう)演技も、覚悟を決めた後の演技も、すごく良かったです。 悟空も、三蔵の変化に心動かされたり、何度も確認を繰り返すシーンの表情がすごく良かった。 やっぱり、少しテンションを落としたときの方が、キャラクターとしても魅力的です。 悟空の夢。「儚いくせに強い、人間の心が欲しい」という彼の考えを、突き詰めるとこうなるんですね。 とはいえ、妖怪と人間の違いに対する描きこみが少ない(妖怪が、単なる超人としてしか描けていない)ので、『夢』が出てきても、盛り上がりがちょっと少ない(苦笑)。 妖怪と人間の間の『生態』や『性癖』の違いが描きこまれると、劇的になるのでは? …なんとなく、最終回は(現代日本に人間として転生)という展開もありえそうです(…そして、そんな展開も嫌いじゃない)。 いっそSPで“現代転生編”やりますか(←それだけは待て)。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 次回はいよいよ、悟浄活躍編です! 上手く“アングラの匂い”と“大人の駆け引き”が絡む展開になるといいな…(願望)。 内村さんの殺陣は勿論、河童らしく、五遁水行の仙術(例:『水行をもって水の槍と為す。貫け』)なども駆使した戦闘も見たい。さすがに無理でしょうか(汗)? とにかく、来週の月曜日が楽しみです。
2006/01/27

岩の中で何度、自由を“夢”見ただろう。 だが、そんな絶望的な現実の中にこそ、素晴らしい出逢いが待っていたんだ──。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 今回は「だから、ここの描写を練ってくれ~!」という9箇所に、ツッコみたいと思います。 『第三話』は大筋での破綻が無く、主題も展開もきちんと練られていて、すごく良かったんです。 だからこそ、折角の主題や展開を生かす描写をもっと練りこんで欲しかったんです。 例えば『こんな描写が欲しかった』などを語りつくしたいと思います。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・★1.凛凛の妖怪解説シーン 役者二人の長台詞シーン。二人の表情や言葉の抑揚もすごく良かったし、現代劇ならこれでOKなんですが…。 しかし、ファンタジーを映像として表現する場合、台詞にだけ情報を詰め込むのはヤバイです(汗)。 小説や漫画ならば読み返すことも可能ですが、ドラマではそういう訳にいきません。耳で聞いただけでは、どうしても視聴者の情報処理が遅れます。ファンタジー慣れしていない人なら、固有名詞や専門用語一つでも止まってしまうんです。 こういった場合、視覚での印象を利用するのがセオリーです。 例えば『山海経』(昔の中国妖怪百科)のような挿絵(動画)を二人の映像に薄く重ねたりなど。 そうやって印象を強める工夫を凝らして欲しかったです。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・★2.「明日だよ…」の長台詞 『経験を伴わない言葉での説得は薄っぺらくなる』というのは当たり前なんですが。 初回・第二回と違い、今回は視聴者も知っている有名なエピソードと絡め、説得力を増すことも可能でした。 坂元さんをはじめとした脚本スタッフの皆様、第一回の脚本をちゃんと見直してくださいよ(泣)。 ここはやはり“少年の苦しむ映像”と“一人孤独に岩の中で苦しむ悟空”の映像を重ね合わせてから、この説得に移って欲しかった。 “かつては『自由』を夢見、だけど苦しんで現実に向き合っていたからこそ、三蔵達と出逢い、新しい夢に出会った”という結論を、垣間見せて欲しかったです。 それが見えないために、やっぱり悟空の台詞が空回りしちゃっています(…しかも、台詞が長い分だけ痛い。滝涙)。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・★3.三蔵が記憶を手繰るシーン ラストの対戦が無いんですから、それならすっぱりと『三蔵vs.獏』の心理戦として描いても良かったと思います。 30分頃からずっと続く三蔵の独白(母は“自分の心が映す鏡像”に過ぎないので、結局は自分に語っている事になる)は、ずっと場面が固定されることになります。それは物語の流れも止める事になります。 勿論、この三蔵の心の動きはとても丁寧に描かれていて、本当に良かったです。独白中心なのも、実はリアルでいい。 しかしやはり『言葉だけで情報量が多すぎる』こと、『展開が止まる事』はどうなんでしょうか。 もう少し映像(過去の映像など)に情報を委ね、それでも台詞として残った言葉を大切にしてはどうでしょうか。 そして展開を止めないよう、他の展開を同時進行させる工夫も必要だと思うんです。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・★4.獏の心理描写 ラストが自決未遂ならば、『獏が自分の行いに疑問を持つ』過程を挿入して欲しかったです。 もちろん、悟空の言葉では獏の気持ちを動かせはしません。動かせるのは『夢から自力脱出した人間』だけです。 ここで前述の『三蔵が記憶を手繰るシーン』を利用します。 この亜空間は“獏の夢”。つまり、その細部全てが獏の意識・無意識によって構築されているのです。 ならば、三蔵の夢から作り出した“母の幻影”と、獏自身が五感を共有している設定でも良かったはず。そして“ 三蔵が『夢』に囚われながらも、自力だけで脱出する姿”を目撃させるんです(本体の獏は、三蔵とは別室に)。 そうして、獏の気持ちや倫理観を揺さぶる展開を希望します。“三蔵が覚悟を決めていくのと反対に、動揺を激しくする獏”。 それは絵になると同時に、主題に更に重みを与えたと思います。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・★5.八戒・悟浄の“本当の夢”、そして復活 ここはしっかりと描写する必要があったかもしれません(苦笑)。 三蔵の長台詞に描写が頼りすぎであり、説得力が減少(←「二人にとって、煩悩よりも大切な願いなのか?」)しています。 また、二人の本当の夢の描写を深める事は、『無理矢理、現実に戻された人間達が後で納得したか?』という点を補強します。 つまり『二人が煩悩に溺れながらも、それに矛盾や罪悪感を感じる』描写をいれることで、「三蔵だけでなく、他の人間にとってもこの状況は不幸だ」と、より説得力を深めるんです。 勿論、自力脱出は三蔵だけでいいんですし、葛藤させる必要も無いと思います。冒頭で“妖怪三匹は誘惑に弱い”という描写も入れていますしね(“酒を飲んだか”という下りのことです)。 ただ、ほんのちょっと、三蔵の“本当の夢”に重ねる映像を“寝姿”ではなく、“僅かに不幸な姿”にすればいいんです。 例えばまず、悟空の「天竺行きはどうするのか」という言葉を二人に言わせておきます。その後で、ちらりと思い出させるんです。 その上で。“ご飯を大量にほおばる八戒。ふと『天竺』という言葉を思い出す。「なんで、故郷の皆を思い出しちゃうんだろ」 頬を一筋の涙が伝う”“悟空の言葉が脳裏を過ぎる。「…なぁ、俺は幸せでいいのか?」「どういうこと~(甘い声)」「いや、なんでもないよ」 軽い声で押し倒す。だが、二人の女には見えないところで、悟浄の顔は歪む” …すっごく見たかったです…。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・★6.悟空が現実とぶつかるのを怖がるシーン 悟空は『人間になりたい』という夢を持っているんですね。これは以前の話から照らし合わせても『儚いが故の、強さ』を求めているためだと思われます。 でもいくらなんでも、本人がまだ理解できないものを実現化するのは不可能です。 そんな『外見だけで、中身(こころ)の伴わない夢』が叶ってしまったことに、悟空の感想が欲しかったです。「こんな夢、いらねぇよ!」でも「人の心、確かに欲しいよ…。だけど」でも、一言でよかったのですが。 だから現実の塊にぶつかられるときも、『ただ単に気色悪い塊だから嫌がった』だけにしか見えないんですよね。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・★7.三蔵や悟浄・八戒が現実とぶつかるシーン やはり、“三蔵が現実を受け入れると同時に母が消滅”は欲しかったですね。“消滅を知り、一瞬でも幻の母への感情を表す”のは、絵になるはず。 悟浄や八戒にしても、現実を取り戻して立ち直る過程(これは表情の変化だけでいい)を見せて欲しかったです。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・★8.残された人々、そして老子が扉を越えるシーンについて 亜空間ゲート前に取り残された人々がどこに消えたのか。その描写は必要だったと思います。 …なんの為に凛凛を外に残したんですか(汗)。 老子の力でゲートが消えたなら、彼の触れた部分から“鏡が溶ける”CGを。 獏が自分の意思でゲートを開いたなら、前触れなく向こう側を出現させるCGを。 振り子が止められてゲートがこじ開けられたのなら、“鏡が細かく砕けて消える”CGを。 そして、取り残された人々を出現させればよかったと思います。 …凛凛と老子のコントを短くテンポ良く纏め、このシーンを挿入して欲しかったです。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・★9.獏、連行 ここで一言、三蔵が「優しい夢、ありがとう」と呟くのはお約束ですよね(←そう思う自分は重度のライトノベル中毒者)。 あるいは“自力で夢から脱出した三蔵に対し、獏が畏敬の念を示す”場面かな。 “四人が連れ去られる獏の姿を見つつ。自分が見た夢に対し、『反省』でも『罪悪感』でも『僅かな嬉しさ』でも、なんでもいいので感想を呟く” そんなシーンも作ることができたはず。 それはキャラクターの描写も深めるいい機会でした。 ここを無視することで、スタッフは見せ場の一つを見事に殺していますよね…(滝涙)。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 今回は30秒程度でも、差し替えるだけで変わってくるシーンがゴロゴロしていました(惜)。 でもこれは“慣れてない”から零れてしまったんであろうシーンばかりです。 スタッフの皆さんが頑張って、この感覚を磨いてくださるなら。このドラマ、化ける可能性ありです。 応援していますので、頑張ってください!
2006/01/25

鬼とは本来、不可視の幽鬼を指す。 地獄の悪鬼とは、後世に仏法の中の“ラークシャ”や“ヤクシャ”から転じたものである。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・「や、やっちまったのか! 坂元さん(噴く)!」 というわけで、今回は獏の台詞や悟空の啖呵に出てきた“鬼”の定義についてお話したいと思います。 …確信犯でこの言葉を使ったとは分かってますけどね…(汗)。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 仏教伝来前の、そして中国人に深く馴染んだ死生観とは、「人は死んで“幽鬼”という不可視の存在となり(←人の形をした魂)、陰界に下る。 そして再び生活を開始する」というものです。 “あの世の裁き”や“地獄の悪鬼”、“天国(中国では天堂・ティェンタンと言う)”の概念は全て、仏教がもたらしました。 しかし仏教が浸透した後も、もともとの死生観は消えません。(冥界に関しては『中国妖怪伝-怪しきものたちの系譜』のP164-194を参照) そして“鬼”という呼称も、現在でも“幽鬼”を指す言葉として用いられています。 もちろん、日本人が考える“鬼”に近い存在は無いわけではありません。しかしそれも、あくまで仏教を介してインドの妖怪・羅刹(ラクーシャ)や夜叉(ヤクシャ)が伝来したものです。 これらのことを併せると、ドラマの中の悟空の啖呵は、「皆に本当の事を教えるのが羅刹だって言うなら、俺は羅刹でいい!」が正しいのかもしれません。 …でも、羅刹でぴんとくる日本人なんて少ないですし(汗)。だからあえて、間違った表記で通したんだと思います。(中国放送の時はちゃんと“羅刹”に訳し直しているんでしょうね) ちなみに現在、中国では度を越した執着を見せる人を「──鬼」というのだとか。 沙悟浄の場合なら『色鬼(スーユエ)』ですね(微笑)。(中国の鬼に関しては、『中国妖怪伝-怪しきものたちの系譜』のP33-38を参考にしました)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ では何故、日本と中国でここまで鬼の定義が変わってしまったのでしょうか? 『鬼・雷神・陰陽師 古典芸能でよみとく闇の世界』のP194-を。 日本語の『鬼』の訓読みは、もともとは“隠(おぬ)”から転じたもの。やはり最初は『不可視の存在』として表されました。 そして陰陽師のみがその存在を卜占で見つけ出し、祓うことができたと言われています。 しかしいつしか、その姿を描写しようという動きが始まるんです。そのときには日本でも、仏教の羅刹や夜叉の描写が加わりはじめます。そして鎌倉時代には今のような姿となったと言われます。 そうやって実体化が済めば、後は一つの妖怪としての定義がどんどん加わっていくだけです。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ このように日本人が考える“鬼”と、『西遊記』が書かれた時代の人が考える“鬼”ではまったく定義が異なります。 そういった文化の違いなども考えながら見るのも、やっぱり楽しみの一つだと思います。
2006/01/25

──蝶が人の夢を見ているのか、人が蝶の夢を見ているのか。 現実と夢の境を越えた時、人は何を見る?・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ まずは『夢世界』と『隠れ里』ネタから話したいと思います。 今回は認めます。スタッフ、ほんとに良く頑張りましたよね(感激)! ここまで頑張ったのだから、このまま主題に貪欲になって煮詰められたはず。そこが惜しいな~とは思うんですけどね。 でも『舞台を一箇所に固定』『心理戦という地味な展開』というハンデを背負いながら、ここまでしっかり主題を煮詰められたという点は高く評価しています。 初回も同じぐらい煮詰めてくれていたら、あそこまでぶち切れなかったと思います。 まずは『隠れ里』と『獏』ネタから話したいと思います。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ それでは隠れ里から。 基本的には、『人目につかないところに築いた妖怪の住処』から『時間の流れさえ違う、亜空間』までを総称します。 今回のドラマでは『現実と重なり合うように存在する亜空間』の分類になりますね。 ちなみに時間の経過に関しては、どうも現実の方が遅いみたいです(いくら様子がおかしいからといって、凛凛が一晩もあの門の前で待つ必要ないですよね?)。 こういった場合、『内部の時間の経過は、外部からの干渉により決まる』(水野良さんの小説『魔法戦士リウイ』シリーズの中の一節)のかな。多分、外部と接触した時とかに、その両方にとって都合の良い時間になってしまうのかも。 また『現実と重なり合うように存在する亜空間』が出てくるドラマには、『世にも奇妙な物語 SMAPの特別編』収録の『十三番目の客』(草なぎ君主演)もあります。 こちらも『空間の法則』や『出入りの規制』など、しっかり作りこんであります。シュールな話が好きなら、オススメですね。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 今回は『妖術発動・解除の鍵』や『隠れ里の法則』などがしっかりと作りこまれ、CGもそれをちゃんと補助していました。 この設定や描写さえしっかりしていれば、後はキャラクターを自由に動かし、葛藤をぶつける事もできます。その安心感が今回はありました。 作りこまれた設定を作り手の枷とするか、それとも道具とするかは、作家の技量次第です。今回はちゃんと後者に傾いていましたね。 現実と異なる亜空間の場合、“出入り口となるゲート”“亜空間を支える存在の許可なしには、自由な出入り不可”“その空間特有の物理法則(眠ればその中に取り込まれる、箱の中に現実が取り込まれる)”がセオリーですね。 これらの制約に翻弄されつつ、しかしちゃんとその中で状況を打破する展開になっていたのは良かったです。 演出での、“無理矢理突き破ると鏡に閉じ込められる”という描写には舌を巻きましたね。(これは、寺からの脱出者が外に真実を広めるのを防ぐためです) また、外に凛凛を残したのもGOOD。現実側から客観視できるキャラがいると、中の異常性がより分かりやすくなります。 外と中の情報交換&アイテム取得の過程も上手くいきましたね。 この辺り、スタッフ全員を褒めたいです、いやほんとに。 あえて贅沢を言うなら。 これだけしっかりと設定を作ったのなら、説明をある程度は映像にまかせても良かったのでは? NHKの朝の連続ドラマならともかく(←これは『耳だけで状況が分からなくてはいけない』という制約が本当にある)、台詞に情報を詰めすぎると視聴者がパンクします。(全体的に『映像による情報』と『台詞による情報』の量配分を捌き切れてないんですよね。それがこのドラマのウィーク・ポイントになってます) 例えば…。 凛凛による獏の解説に“山海経のような挿絵”を重ねてみたり。 もっと三蔵の過去映像を挿入し(特に30分~45分の間)。 八戒や悟浄にも少しだけ葛藤シーンを与え(完全に立ち直るのは三蔵だけでも良い)。 三蔵が現実に目覚める過程に、自分の正否に葛藤する獏の映像を重ね。 そういったところまで踏み込めたと思うんですよ。それがすっごく惜しい(描写については、また次の日記で解説)。後もうちょっとで、違ってくるのに…。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ “夢に閉じ込められた人々を、その夢に入り込んで助ける”という展開もまた、実は黄金パターン。 黄金パターンを用いるのに本当に大切な事は、“物語に組み込みつつ、その中で登場人物達の心をどこまで生き生きとリアルに描写できるか”です。その意味では初回・第二話に比べて、今回は抜きん出ていました。 前回日記で触れた『神王伝説クリスタニア』も、夢世界に入り込む展開です(←こちらはアニメ化しています。溶け合う深層心理の夢世界がなかなかグロテスクでした)。 今回の話、人によっては『鏡の国のアリス』(ルイス・キャロル著、『不思議の国のアリス』の続編)のラスト(『これは自分の夢? それとも白のキングの夢の中に自分がいるの?』)を思い浮かべるのでしょうか。 また、手元にある小説なら、シェアードワールドノベル『百鬼夜翔 真夜中の道化師』表題作(救いと信じて、人間を夢に閉じ込める妖怪の話)、同『百鬼夜翔 白昼の冥路』表題作(白昼夢に取り込まれた人間の物語)が近いかもしれません。 ちなみに『ガープス・妖魔夜行リプレイ 戦慄のチェスゲーム』の第二話『悪夢の化け物屋敷』では“クトゥルフ神話のガグVS.善玉の獏”という展開が見れます(夢に取り込まれた妖怪達が人間になる展開もあり)。 でもやっぱり、私が一番近いと思うのは、『はてしない物語』(ミヒャエル・エンデ)の後半ですね。 『主人公の少年が亜空間に飲み込まれ、安易に夢を叶えるうちに自分を見失う』姿と辿りつく結末に、当時の私も号泣しました。今回の話が気に入った方は、ぜひ読んでみてください。 そして、この物語を読んだ人なら“このドラマもまた『自戒』を込めて作ったんだ”と気がつくと思います。 ドラマもまた、一歩間違えれば『夢現寺』と同じ存在に成り下がり、現実の人々を取り込んでしまうのですから。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 今回、何が嬉しかったといって、「中国原産妖怪が来た!」に尽きると思われます。ドラマのオリジナルもいいのですが、中華ファンタジー好きとしては、やっぱり有名な中国妖怪も見たいところ。 日本でも獏はすごく有名ですよね。また、伝承の獏にそっくりな事から名づけられた“バク”という動物もいますしね。 獏は基本的には、白と黒に塗り分けられ、『象のような鼻、サイのような目、牛のような尾、虎のような足を持つ』たずんぐりとした幻獣というイメージで統一されていますね。ドラマでも、役者さんのメイクにそれが反映されていて、すごく良かったです。 昔は竹を食べるといわれていたそうです。でも悪夢を退ける「バクキ」と言う神の伝承と混同されて、それ以降は『悪夢を食べる妖怪』といわれるようになったとか。 『夢を見ているとき、人間の魂は乖離する』と、昔の中国や日本で考えられていたのは本当です(この辺りの描写もドラマに反映してましたね)。そのため、悪夢に魂を脅かされないよう、枕の下に獏の絵を敷く習慣があったそうです。 現代の創作には悪役の獏もいるようですが、善玉として描かれることの方が圧倒的に多い妖怪です。 ちなみに検索などで調べては見ましたが、『現実を食べる獏』『夢を食べる獏』の種類は、ドラマのオリジナル設定で間違いないでしょう。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 今回は敵妖怪の行動原理が『自分の欲』なのか、『慈善』なのかちょっと曖昧でしたね。でも自滅を狙う辺り、そんなに悪い妖怪ではないのかもしれません。 (間違った慈善行為もまた、事件の発端として用いられることが多いです) この逮捕劇なら、後半に“罪償いとして力を貸すため”に再登場させやすいですね(…というか、再登場させて普段の性格の描写を増やしたい…)。 確かに能力的には使いづらいけれども(笑)、“誰かが死ぬ間際に、いい夢を見させてあげたり”とかはできると思います。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 追記。 『月刊テレビジョン』3月号(1/26-2/28のテレビ欄が乗っている号)には、“龍が出る”らしき表記があります(香取君インタビューより)。それが本当なら、すっごく嬉しい! 個人的には“蛇or鯉が昇龍→白龍”の過程が見たいけれど…それは無理かもしれないな(遠い目)。 それと同雑誌には、草なぎ君より「敵役で出たい!」とのコールがありました(それを読んだ途端、惚れ直した)。いや香取君もさすがに「休め」とは言ってましたが…。 草なぎ君ならガンガンに殺陣をやって欲しいですね。 悪役も『黒島男』(『恋におちたら』の主人公が、暗黒面に落ちた状態)か、あるいは感情を全て削ぎ落とした戦闘マシーンのような演技がいいかな? かって『井原満』(『フードファイト』(日テレ系)の主人公)を演じた彼に、怖い設定は無い(←言い切るなっ!)。 『SMAP×SMAP』では稲垣君から「出たい」コールがありましたね。やっぱり巫蠱(仙薬を調じる術)術師か、天孤の役で人間を誘惑する役が似合うかな。 誇り高く、人間を侮蔑するぐらい突き抜けるといいかな。そして人間を尊敬する悟空と思いっきり対決して欲しいですね。 後は中居君、あなただけです!
2006/01/25
携帯画面を眺め。何気なく、三回瞬き。そして。 ──噴きました。 私が観た記事はこちらです。 原作『ブスの瞳に恋してる』は、放送作家・鈴木おさむさん(SMAPやウンナンのお二人も親しい)が森三中の村上さんに出逢い、結婚に至るまでのエピソードを綴ったもの。 実際のおさむさんはこの前、『SmaStation5』の西遊記特集でレポーターをしていましたね。 おさむさんが村上さんに猛アタックした事とか、原作の存在とかも予め知っていたのですが…。 この結婚話がSMAPに絡んでくると誰が想像できたでしょうか? …いや、おさむさんのブレイク前のエピソードとかいくつか聞いているんですが、稲垣君と全く重ならないんですよね。どんな役になるか、想像できません。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 稲垣君は以前、『SMAP×SMAP』で村上さんと旅をしたことがあります(当時の日記はこちら)。 このとき、こっそりと『もう一度、一緒にお仕事しないかな。今度はドッキリ無しで』と思っていたんです。 …三年後、それがこんな形で実現するなんて。びっくりするやら、いろいろです。 でも今度はやらせ無しの会話もできますよね。村上さん、本当はいいひとだと思うんです。二人には(友人として)仲良くなって欲しいです。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 今回のドラマは確かに“内輪ネタ”といえばその通りです(苦笑)。 でもうまく他の番組と絡めれば(ついでにSMAPの放送局越えパワーを発動すれば)、上質の『メタ・フィクション(虚構世界が入れ子細工のように絡み合う)』に昇華できると思います。 『めちゃいけ』での結婚報告エピソードとか、『小さな恋のメロディー』、『ココリコ黄金伝説』などのネタを上手く絡められるかな。脚本スタッフの手腕を期待しています。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 前作の『Mの悲劇』も本当に色んな事を思い、引き込まれました。 そして今回は正反対の明るいラブ・コメディ。そんな両方をこなしてしまうのが、稲垣君の魅力ですね。 すごく楽しみです。
2006/01/23
ということで、『西遊記』第ニ話感想の四部作を上げました。 この調子ならなんとか最終回まで突っ走れそうです。 初回よりも第二話のほうが完成度が上がっていたこと、これから良くなる兆候がありましたね。 スタッフの皆様、期待しているんです。頑張ってください!
2006/01/22

語り部はまだ、口を開いたばかりである。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(理由あって、そのニ・その三の前にUPさせていただきます) ここでは、これからの物語で自分が希望するお話をつらつらと書いてみようかな、と思います。 …いや、ドラマが始まってからいろんな妄想が生まれちゃいまして(苦笑)。 ここから先はファンタジー中毒者(そしてSMAPファン)による、痛い話が続くので要注意です。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・1.狐と蛇は是非! 中国伝承の中で有名な、動物出身の妖怪といえばこの二つです。 『白蛇伝』という、蛇女と人間の男の悲恋話は結構有名でしょうか(中国で何度も映画化され、日本にも輸出されました)。『白蛇伝』をやってくれたら本気で喜びますけど、それでなくても。 また、“蛇は長く生きると龍になる”、数少ない昇竜できる生き物でもありますしね。…いっそ蛇から昇竜したものを、白龍にしてくださってもいいかも(をひ)。 狐もまた、有名です。必ずといっていいほど、美男美女に化けます。 また狐の妖怪でもっとも有名なのは『封神演技』に出てくる妲己ですね。この、最強の悪女の正体もまた、狐(千年狐狸)です。 九尾狐もまた、元々は中国の妖怪であったのが日本に伝わってきたものです。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・2.付喪神ネタを “付喪神(九十九神)”とは、器物に魂が宿り動き出した妖怪、という意味です。元の持ち主に大事にされれば守護をもたらし、邪険にされていれば呪詛をもたらします。 ただそれだけでも、数多くの物語を産み出せるます。 でも私が一番観たいのは、“一行に仇なすために、命を吹き込まれた妖怪(元が人形でなくてもOK)。しかし心を持ってしまったが故に、己の使命に疑問を持ち、存在意義との間で苦しむ。”という展開。 …その妖怪を演じて欲しい役者の最筆頭に草なぎ君があるのは置いておいても(←をひっ)、このパターンは大好きなんです。 その場合の結末は、“壊され(あるいは主人の術により消され)たが、老子の思し召しにより、他の器物に魂を移されて復活(もしくは人間に転生)”が多いのかな。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・3.VS.四凶 …『四神&星宿』ファンに刺されそうな題材ですね(←だったら最初から言うな)。 いや、これくらいの無茶をやってしまえる雰囲気がこのドラマにはあります(きっぱり)。やってください。 四凶は日本ではマイナーなんですが、これはすごく魅力的な題材です。 ネットでの親友に私より詳しい人が居るので、付け焼刃(火曜日に検索したり)の知識を披露するのは恥ずかしいんですが…。『四凶…中国でもっとも凶悪な妖怪。 古代の尭帝の時代に、西方の地に住んでいたとされる四匹の凶悪な怪物達(渾沌(こんとん)、窮奇(きゅうき)、饕餮(とうてつ)、梼木兀(とうこつ))。 フィクションによっては、四神(朱雀・青龍・白虎・玄武という、獣の姿をし、天界を守る存在)の逆存在としても扱われる。 その場合、人々の負の感情や罪をもたらし、四神と拮抗する力を持つ。 つまり四神やその配下である星宿の天敵』 ようするにこの世の諸悪の根源を、悟空たちに退治させてみてはどうでしょう(←無茶苦茶だよ)。 いや、木村君の妖怪姿と、手元の『異能使いリプレイ』を見て思ったんですよ。「…鳥妖…? もし幻翼大王が朱雀と対になる四凶という設定なら?」 ──いや絶対無いからそれは、自分。「それなら残りのSMAPメンバーも四凶として出しちゃえば? そうすればドラマはとてつもなく話がでかくなる。それこそオリジナリティになる」 ──…他のメンバーまで名前を出すか、己は。「対になる存在が、瓜二つの姿をしているのも良くある事。 全員、四凶と四神の“一人二役”っていいかもしれない」 ──それ、話がでかくなり過ぎ…というか、1クールで収拾つかないから。「うん、どうせやるなら『世界を破滅から救う』ぐらいまで弾けてみればいい。 そこまで強烈なオリジナリティを与えなければ、この作品は生きない」 ──断言するなよ。「それなら残りの三人が出ても、重要な役どころになる。ドラマにとっても良い刺激になる」 ──それ、単なる自分の妄想と願望。 そんな風に考えちゃったんですよね(をひっ)。 でも、それくらいに突き抜けちゃって欲しい。それは真剣な話です。 原作のエピソードに忠実でないことを長所とするなら、それくらいのオリジナル・エピソードが欲しい。それくらい突き抜けて欲しい。 どうかスタッフ様、頑張ってください。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ドラマが進めば、もっと妄想も思いつくんでしょうが(おひっ)、とりあえず今の段階で言えちゃう無茶を述べてみました。 またこんな妄想をUPしちゃうかもしれません(痛)。 次は『夢』がテーマ。これも魅力的な展開の一つですよね。 他人の夢に干渉するエピソードで私が忘れられないのが『神王伝説クリスタニア(下)』。第三話の前に夢幻界の設定とか読み返したいんですけど、時間無いかな(涙)。
2006/01/19

互いに己の能力を信じている。心を信じている。 だから──それぞれの戦いができる。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 一行の能力や役割分担、性格。 全ての回を壱話完結の勧善懲悪ものにするなら、できる限り早い段階で見ている人たちに把握してもらわなければなりません。 今回はそれらを上手く印象付けながら、それでもテンポと段取り良く魅せましたよね。 …なんでこれを第一話に持ってこなかったのか、すごく悔やまれます。フジテレビさん、慣れてないですね(苦笑)。 今回のように一話中に上手く三人の活躍箇所を割り振れるなら、これからが期待できます。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ まずは悟空から。 如意棒の利点や、悟空の悪知恵が遺憾なく発揮された回ですね。メインのはずの前回より、悟空が冴えていた気がします(それは待て)。 それは恐らく、他の二人と出番を割り振ったことが理由です。“本当に得意なときに前に出れる”“他の二人と協力することで、単独の時よりも自分の能力を生かすことが出来る” それがパーティ(仲間)の一番の利点ですね。 隠匿できる武器の利点は『武装解除&拘束時に脱出の糸口になる』『相手の油断を衝いて攻撃できる』の二点になります。 今回はまさに前者の典型例ですね。後者は…敵の特権かな。 香取君も“猪八戒を挑発する悪い囁き”や“説得を諦め、突き放す時のやるせない表情”がすごく良かったです。 普段はうっとおしい(役作りのため)のですが、トーンを押さえた途端に魅力爆発するから恐れ入ります。 悟空には実は『人の心が無いから、会話の間が読めない』という裏設定があり、それに忠実に演じているそうです(香取君の雑誌インタビューより)。それは一話の冒頭に繋がるわけですね。 そんな設定がありながら、さり気に『人の愛情を逆手に取って騙す事だけはやっちゃダメだろう!』などと言ってみせたり。…微妙に違う気もします(汗)。その辺りは『悟空が旅をする理由』にも関わるから、気を使って設定して欲しいです(苦笑)。 ちなみに今回の『騙されても女を愛するのが男』という説教内容。 …これも『ルパン三世』のTVSPに、似た言葉がありました(苦笑)。確かルパンが次元大介に『騙されても不二子を好きだ』という言い訳に使っていましたね。「それが甲斐性…」とか(笑)。 そこまで思い出して、ふと思いました。「これは悟空が自分の言葉に逆襲されるパターンか!?」“凛凛(←峰不二子がモデル)と悟空が恋愛関係になり、八戒がこれを持ち出して説教返しする。” そんなシーンが目に浮かびます…。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 沙悟浄について。 前回よりも更に惚れちゃいました(をひっ)。 今回の“俯瞰的な視線と、策士的思考”は、まさに『ポケビ』や『ウルキャ』、『NO PLAN』でのリーダーの姿そのものでした。 ウンナンの二人にとって『ウリナリ』は、それぞれのリーダー資質を開花させた番組でした。二人ともタイプは違いますが、その求心力には目を見張ります。 今回の『西遊記』でも、彼のリーダーとしての一面が投影されていてすごく良かった。 これまでの内村さんというと、『僕が地球を救う』や『ベスト・パートナー』のような『いいひと』路線も多かった(そして、それも上手い)んですが、こういった少しシニカルなキャラも素敵です。 彼の武器はまさに『冷静な状況判断と観察眼』。他の三人が世間ずれしているので、彼の負担はかなり大きいと思われます(笑)。(…ただ、集団戦で目隠しをするのは自殺行為だと思います。味方に当たってますし。苦笑) また、彼は仙術も使えるようなので、その辺りの活躍もこれから楽しみです。 後、“きゅうりを愛しそうに食べる姿”はツボに入りました。内村さん、小技効き過ぎです(爆笑)。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 猪八戒について。 ………『妖怪であっても、人との垣根を越えたいんだ』という想い。 伊藤君の演技で、その切なさが強烈に伝わってきました。やっぱりその方面の演技は上手いですね。 そして、私の涙腺は壊れました(待てやコラっ!)。 『ファンタジーゆえの不条理と、それに苦しむシーン』に弱いんですよ、自分。妖怪と人間、その圧倒的な違いを勝手に脳内補完し、始終目を潤ませてしまいました。 …ファンタジーに弱すぎだ、自分…。 勿論、その『妖怪と人間、その圧倒的な違い』を強調するシーンが欲しかったです(例えば、野豚と交流するシーンとか、生まれた時に迫害されたシーンなど)。そうすれば、第二話の主題が活きたと思います。 ただしその描写をやりすぎると『差別描写』とかいうクレームが来るんで、泣く泣く『豚嫌い』に変更したのかもしれませんね。 『白蛇伝』(蛇娘と人間の男の純愛物語。中国伝承)ばりに、八戒や可憐の純愛を盛り上げてもよかった気がします。(前回の仁丹よりも、可憐の描写が自然だったのはすごく良かったです。贅沢を言えば、妖泉大王と可憐が対峙するシーンで、可憐のリアクションや台詞をもう少し追加し“石にされた恋人への愛情や八戒への罪悪感”を示したらよかったと思います) 立ち直った後の、優しく一途な感じもすごく可愛らしかったです。 しかし…。 やっぱりこの展開なら“八戒は説教無しで立ち直る”方が、後の悟空の啖呵に説得力が増した気がします。 “自力で立ち直る八戒に悟空が感心し、心を一つ学ぶ”という方が、全体的な主題を生かせたんじゃないでしょうか。 そして悟空が名乗りを上げるシーンの後に、「こいつの名は“醜い豚”じゃねぇ。猪八戒ってんだ!」という一言も欲しかったです。 この辺り、依然として詰めが甘いですね(苦笑)。 八戒の能力は『辛抱強さ』と『鋭敏な嗅覚』。 『嗅覚』は視力や聴力に比べ、確かに情報量では劣るかもしれません。しかし、今回のように視力・聴力が役に立たない時には十分に役に立ちます。 また、匂いはなかなか消せません。気配を隠したりする人間を見つけたり、追跡したり、隠し倉庫などを見つけたりするときには十分な補助になります。 それに一番大きいのは、『常に働いている知覚能力』ということ。能動的ではなく受動的に働く知覚能力は、『危険感知』としても働きます(今回は毒を嗅ぎ分けられませんでしたが。苦笑)。危険や敵の存在を事前に察知できれば、今度はそれを逆さにも取れるんです。 意外と侮れないんですよ。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ パーティー(一行)物としては、ちゃんとした完成度を見せてくれた今回。 後は悟空の啖呵内容と、主題と、彼らの言動が上手くかみ合えば(←ここ重要)、言う事は無い回でした。 スタッフ様、これからも頑張ってください。
2006/01/18

人々は『人に出来ぬ能力で、大きな事を成す者』に憧れる。 だが本当は、『誰にでもできることで、不可能を可能とする』のを夢見ているのではないだろうか。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 今回は“1.展開を逆算する感覚”と、“2.誰にでもできることで虚を突き、ピンチを脱するタカルシス”の二点をまず語ります。 そしてこの二点を踏まえたうえで、『今、このドラマの存在に対し、本当に求められている事』を語りたいと思います。 正直なところ、『フジテレビのファンタジー&特撮』という時点で、私は相当の覚悟を決めていました。そして第一話の完成度はまさに“想定通り”。 だから第二話も「…初回と変わらないだろうなぁ…(頭痛)」と思っていました。 すると今回、前回における指摘(“戦闘が工夫無し”、“妖術が生き生きと描かれていない”など)の改善に加え、ある二点において完成度が上がっていたんです。 その二点とは『西遊記』のような“また旅物”や、“RPG的展開の物語”において重要となるものでした。 そしてこれから述べる“二点”にスタッフが自覚的になり(←ここ、最重要)、その感性を大切にするならば。 このドラマは“化ける”と確信しました。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 今回は「後ろ!(八戒)」に辿りつく為に、すべての状況を逆算して物語を組み立てているのがよく分かりました。 …『全ての複線や手段・台詞などを一旦、ばらばらにしてから並べ替える』過程がリアルに想像できるのは、やっぱりTRPG好きだからかもしれませんね。この作業はTRPGでゲームマスターをやった人なら全員覚えがあるはずです。 こう行った物語(やゲームのシナリオ)を作る場合、見せ場や脇役・小道具を生かすために、逆算を行ないます。そしてその感覚が優れているほど、視聴者(やプレイヤー)を引き込む物語を産み出す事が出来ます。 第一回ではこの『逆算』がまったく見られませんでしたからね(雑魚戦三回とか、ボス戦がしょぼい、など)。そういったことが全く出来ない脚本&スタッフなのか、と実は勝手に思い込んでいました。 でもちゃんと『間欠泉封じ』や『秀でた嗅覚』を生かす為に、きちんとボス妖怪の能力や策謀方法にまで結びつけた点はすごく評価します。 『石化』と『温泉』という二つの主軸を絡ませながら、大きな破綻無く、テンポ良くちゃんと畳み掛けたのはえらい。 やればできるんじゃないですか。 この感覚さえ磨いていけば、間違いなく物語は洗練されていきます。…『逆もまた真なり』ですが(戦々恐々)。 今回で見た希望の光です。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ そしてもう一つの光は、“三蔵を喰おうとする相手に、湯船を汚して嫌がらせをする悟空”でした。 …これ、『子供には下ネタ受けるから』とかいう安易な理由で作ったシーンだったらぶっ飛ばしますけどね(笑。ただし目は笑っていない)。 でもおそらくそうじゃない。 このジャンルの物語は、昔話よりもコンピュータRPGで親しんだ人が多いんじゃないでしょうか。私も『ドラゴンクエスト』から足を突っ込んだ人間です(をひっ)。 そういったコンピュータRPGでは、戦闘動作などは細かく指定できますが、決められたこと以外はまったく反映できません。 でも現実は『決められたことだけが正解じゃない』。 力ずくで相手を止めるよりも、知恵を絞って相手の意図を妨害する方が、はるかに効果的です。 他にも『人質を安全域へ誘導』、『明かりを消す』など、色んな行動がドラマの中では出来ます。 そして“相手の意図を読んで妨害する”頭脳プレーは、力の差をひっくり返すことさえでき、劇的な展開をもたらすことさえ出来るんです。 そしてそれが『誰にでもできる』ことであるほど、視聴者は登場人物に親しみを持ちます。それが有効であるほど、視聴者はカタルシスを感じます。 『RPG好き、ファンタジー好き』の層はもちろん、それ以外の視聴者層を取り込むには、『誰にでもできることで、英雄になる』シーンが必要なのだと思います。(例えば『クレヨンしんちゃん』が大人にも受ける理由のひとつのは、“5歳児が誰にでも出来ることで、劇的な活躍をする”ことだと思います)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 『西遊記』は“また旅物”といわれるジャンルの一つです。“また旅物…元は『博徒が全国を流れながら事件に巻き込まれていく形式』を指す。 そこから発展し、時代劇などに組み込まれる事となった(例:『三匹が切る!』や『水戸黄門』、『木枯らし紋次郎』)” つまりこの形式は、江戸時代から確立され、長い年月を経ていくつもの黄金パターンを産み出し、洗練させていったのです。 そしてこれは今や、時代劇だけのものではありません。 数多くのアニメやゲーム、児童文学やライトノベルに取り入れられ、更に昇華されているのです。 今やほとんどの人たちが、この“また旅物”といわれたジャンルに対して目を肥やしています。 物語の作り手(TRPGゲーマーなど)でなくても、頭の中に展開の雛形(テンプレート)が蓄積しているんです。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 『これまでの月9から脱却したい』という意気込みは素晴らしいと思います。 二度目の“また旅物”(実は2002年の『ホーム&アウェイ』も“また旅物”です)に足を踏み出し、更に“ハイ・ファンタジー(異世界物)”“妖術戦闘”という難易度を上げた勇気には感服します。 だけど足を踏み出してしまった以上、今度は異なる責任が関係者全員に付きまといます。 それは『特撮』をやれ、という意味では無く。 『教育テレビ』の出張枠を作れ、という訳じゃない。 ましてや旧作の『西遊記』の復刻作業なんて、問題外。「フジテレビだから。本業役者を使う月9という枠だからできること」 その意味を深く問い直して欲しいのです。 もしそれが『間違った方向に制作費を掛けること』、『キャストの“引き出し”を無視した当て書き』と認識しているのならば。悪い事は言いません。『二度と全ての枠で』ファンタジーに手を出さないでください。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ CG使用のセンスは特撮映画に勝てるはずが無く。 キャラクターの作りこみでは、放送時間の長いアニメに勝てるはずが無く。 世界背景の掘り下げは、説明を書き込めるライトノベルに勝てるはずが無く。 道徳的な教訓は、NHKの人形劇に勝てるはずが無く。 戦闘のカタルシスは、格闘ゲームに勝てるはずが無いんです。 でもそれは、一つ視線をずらせば武器になります。 コンピュータ・ゲーム(MMORPG含む)では、敵の鍋に調味料を零したりするような動作は取れません。 小説の100の描写よりも、小道具一つや役者の表情が全てを語る事があります。 アニメやCGよりも、生の質感がキャラクターに息を吹き込むことがあります。 そして、まだ見つからないけれど、本当の意味の『フジだから出来る、月9の枠だから出来るファンタジーの強み』が絶対にあります。 まずは全てのジャンルに共通する、『最低限の完成度』に達してください。 そして、『自分達の本当の強み』を見つける為に、死ぬ気で題材とぶつかった時に、変化が訪れるでしょう。 MMORPGやネットサーフィン、ケーブルTVに分散した視聴者さえ取り込んでしまう、大きな変化が──。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 『西遊記』がこれから化ける可能性が0なら、私はここまで長々と語ったりはしません。 しかし。 脚本家さんの努力が、第二回に少しだけ垣間見えた事。 香取君の、抑えたり悪役の時の表情の素晴らしさ。 内村さんの渋さや、殺陣の冴え。 伊藤さんの『キャラに命を与える演技』。 深津さんの体当たりの演技。 これらがある限り、私は『西遊記』に可能性を見ます。そして応援し続けます。 香取君がこのような『ファンタジー』に関わったことを、私は何よりも喜びました。 『ファンタジー』や『活劇』が、本当に好きだからです。 だからこそ今、スタッフには頑張って欲しい。そして定着させるだけの完成度までたどり着いて欲しい。 テレビ業界に与える起爆剤になるためにも、完成度をもっと上げてくれる事を願います。
2006/01/18

視線により、他者を呪う力。 人はそれを邪視という。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ それでは第二話の感想に参ります。 正直、第一話よりも第二話のほうが格段に物語の完成度が上がり、安堵しています(…ファンタジーとしての私的合格点には、残念ながらまだ届かないですけどね)。 本筋に対するツッコミや感想は後に譲るとして。 今回は『邪視』と『石化能力』、『金斗雲の登場の理由』について語りたいと思います。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・「妖泉大王の正体、バジリスクですか!?」 彼の妖力が発覚した途端、私は思わずそう突っ込みました。 『魔法戦隊マジレンジャー』にも8ヶ月ぐらい前に出てきた“バジリスク”。“雄鶏が産んだ卵をトカゲが温める事で生まれ、視線によって近づくものを石化する”と言われる西洋の化け物です(鳥の姿をした“コカトリス”と混同されることがありますが、これは嘴で触れる事で石化します)。 彼はひょっとして西洋渡りなのかもしれませんね(笑)。 ちなみに“バジリスク”の倒し方は“視線を鏡で跳ね返す”という、非常に難易度の高い代物です。 “視線に魔力がある”、もしくは“呪いの瞳”という考え方は意外と広くにあるようです。私自身はあまり詳しくはありませんが、一般的には“呪い殺す”のが多いのかな。 恐らく“『人に見つめられてたじろいだり、吸い込まれたりする』感覚が誇張されて、いつしか民間伝承の域に達したんだろう”と勝手に推測しています。 他に“吸血鬼の魅了の瞳”などは有名ですね。 他にも“額の三つ目の瞳”などの神話なども相俟って、現在ではライトノベルなどでは沢山の“視線の魔力”が創作されています。 『ゲヘナ』というテーブルトークRPGに至っては、“邪視”の様々な能力を体系化し、主人公が使えるようにまでしています。 このように“邪視”と言っても、与える効果は様々です。 “幻惑”、“魅了”、“生気奪取”、“憑依”、“金縛り”等々。 ですから、同じ“邪視使い”の妖怪でも、その与える効果によって個性を出すことが可能なんです。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 石化について。 こちらは逆に、その効果を与える手段によっても個性化されています。 前述のバジリスクやコカトリス、ギリシャ神話のゴーゴン三姉妹(末娘はメドゥーサ)は有名ですね。 探せば多分、アジアにも石化モンスターがいるんじゃないでしょうか。 ちなみに石化を解く手段、というのはあまり聞いたことが無いです。ゲームなどでは便宜上、原因となったモンスターを倒したり、特殊な魔法をかけることで解けることが多いです。 ただ石化を防ぐ手段は、伝説の中にもちゃんと伝わっています。前述のコカトリスなら、その唯一の餌である“ヘンルーダ”という薬草を食べておくと良いことになっています。 ドラマの中に出てきた“石化を解く粉”も、実はヘンルーダを煎じて乾かしたものなのかもしれませんね(笑)。 また、“石化を解く粉”の正体として考えられるのが、巫蠱(仙薬を調じる術)による薬です。実は妖泉大王自身が巫蠱使いなのかもしれませんね。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ このように、妖怪が振るえる能力が一つだけだったとしても、“手段”と“効果”の組み合わせによって様々な個性が生まれるのです。これはオリジナルの妖怪を想像する上で非常に大切なポイントです。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 話は変わって。 今回で『金斗雲』の扱いが分かった気がします。 高速移動用の乗り物という点は、はっきり無視していますよね。八戒や悟浄達の移動速度と変わらない点からも分かります。 しかし何で彼らの方が早いんでしょうか(苦笑)? 八戒が巨大獣化して突進したり、悟浄が風水術で龍穴(時空の裂け目のようなもの)を通ってるのかもしれませんね(をひをひ)。 これはあくまで『悟空が私的なわだかまりを昇華する』儀式みたいなものなんです。 第一話なら『破門された寂しさや意地』を。 第二話なら『猪八戒への苛立たしさと、彼を取り巻く現実のやるせなさ』を。 それらをまとめて地上に振り払うために、無茶苦茶に飛んでいるんですね。 そして、そうして昇華した想いを、純粋に敵に対する怒りとしてぶつけていっているんです。 今回でようやく、このシーンの意味が分かった気がします。
2006/01/18
なんとか上げました『西遊記』第一話感想の七部作(力尽きる)。「鉄は熱いうちに打て(感動は早いうちに文におこせ)」との言葉に従い、第二話放送前になんとか書き上げることに。 自分の中のファンタジー論だの、なけなしのゲーム知識だのをフル動員して、できうる限りのツッコミを入れさせていただきましたよ。 とはいえ、七部作になったことに関しては私が一番驚いています。過去の自分のドラマ感想をぶっ千切って、文章量では記録作っちゃいましたから。 …ドラマにツッコミどころ多すぎるのか、自分の中にネタがありすぎるのか。判断に迷うところです。 途中で『も、もうだめ…。間に合わない…。眠い…』と投げ出したくなることも確かにありました。 でもここで書かないで一番悔やむのは自分ですから(苦笑)。オーバーヒートを起こす思考回路を宥めつつ、なんとかキーボードを打ちつづけました。 そんな自分に、『封印シーン』での香取君の演技、ウッチャンの殺陣がエネルギーをくれました。 書き上げて、改めて一言叫ばせてください。「ファンタジーを演じている香取君が一番好きだーっ!」 悟空の『妖怪独特の心の不器用さ』と孤独を通して、香取君の魅力をもっと感じたいです。 ただ最後に。 次の話では、ツッコミは2部程度で容赦して欲しいです。私の体が持ちません。 …でも、済まないでしょうね…(遠い目)。 さあ、第二話が始まる前に少しは休憩しよう…(バタン、きゅうぅぅ)。
2006/01/16

「だったら、“ナマカ"なんて言うな…」──分からない、人の心など。 岩の欠片が、人肌の温もりを忘れさせない。 冷たき獣妖に、もう戻る事は出来ない。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ さていよいよ、第壱話の感想のラスト、本筋の感想です。 …ああ、ここにたどり着くまで長かった…(遠い目)。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 今回、『鴎の行くままに ~とあるTRPG者の呟き~』の海鴎@DDさんと少しお話しまして。そのコメントでの指摘にすごく頷いちゃいました。(該当記事はこちら)『人の心の弱いところしか見ていない状態では、「人の心は硬い石になる」という発言にはたどり着けない』という指摘でした。 確かにその通りなんですよね。 ジャンルや対象年齢を問わず、ドラマで実は一番大切な『感情リアル』。主題に直結する部分においてそれが弱いという事は、かなり問題があります。 勿論、しっかり作っていると思う部分もあり、そこは私も評価しています。“初めて出会った妖怪を諭し、『仲間』として信頼してくれたこと”“裏切られてもなお、石猿の心に残る想い”“相手を想い、結び付けた鈴”、“人の温もりを宿す岩” …など、色んなギミックを詰め込んだこと。その部分での役者の演技もすごく良かったです。 ただ、問題は“仁丹の描き方”ですね。 私もこれに関してはすごく違和感がありました。中でもそれが一番強烈だったのが、“一緒に檻に入れられ、つと視線をそらすシーン”でした。「いや、違うから。 普通は“泣き崩れる”なり、“逆切れする”なり、“唇を血が出るまで噛み締める”なり、“自分もまた裏切られた事に感情を爆発させる”べきだから」 思わずブラウン管に向けて突っ込み、そして「…スタッフ、ほんとにアニメや特撮やライトノベルを読んでないね。こう言った状況に対する引き出しが無いな…」と妙にしみじみしちゃいました(遠い目)。 そこまで言われれば、『三蔵のかつての師@角野卓造が牛魔王と刺し違えでもすれば…』という意見にも、深く納得です。 『刺し違えろ』とは私は言えないですけど(苦笑)。死ぬ気で時間を稼がせ、台詞の一つでも言わせれば雰囲気は変わったと思います。 例えば、「私は信じるものを間違えた。 だが、そなたはまだ遅くないのだ。 なぜなら、今もそなたは、心の奥底で弟子を信じておる」「私はもう裏切るわけにいかぬ。信じるものを間違えるわけにいかぬ」「馬鹿め、もう遅いわっ!」 …って感じですね。 『エロスとタナトスは仲良しだ』と言われます。相対する二つの感情を上手く反転させれば、それだけでも物語の完成度が上がったのに、と惜しまれます。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 『封印解除』、『焔の雨の下の孤独』、『変化』のシーンの三つは、台詞と演技が共に突き抜けているのを感じました。 …香取君、“正常ではない心”“尋常で無い状況”での表現が突き抜けてますよね。彼の本領を見た気がします。『それが寂しい、って言うんだよ』 こう言った台詞が出てくるから、ファンタジーって大好きです。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ また、悟空が出ていないシーンでは「十倍力を出せばいいんでしょ!(八戒)」「十倍だ、十倍。うん(悟浄)」の二つの台詞もすっごく好きです。師匠に対する誠意を感じます。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ しかし、ゴールデンタイムでの下ネタ連呼はちょっと引きました(苦笑)。 下ネタが比較的多い『クレヨンしんちゃん』や、未就学児用アニメである『怪傑ゾロリ』(共にテレビ朝日系)でも、ここまで無意味にネタは引っ張って無いですよ(苦笑)。 一度や二度なら、笑って済ませられますけどね…(笑)。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 凛凛が牛魔王の館から色んなものを盗んできたシーンについて。 これまでの公式側の発表を合わせて考えて、「…映画『ルパン三世 カリオストロの城』のラスト、“偽札原板を持って走り逃げる峰不二子”をやりたかったんだな」とすぐに思い至りました(苦笑)。 本来なら牛魔王の館にあった財宝の取り扱いは『邑人に分配し、復旧費用に』『国に納めて、その分だけ税の軽減を願い出る』のいずれかが正しいんでしょうね。 でも。 「悪人に人権は無いっ!」と言い切り、盗賊団を壊滅させて金を稼ぐ某女魔導師のファンの自分としては(『スレイヤーズ』シリーズ)。「悪人の宝ぐらい、少しばかり盗んでも構わないかな~」と感じてしまうわけです(をひっ)。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 次回は猪八戒が頑張る話のようです。 彼のタイプは『本当に大事なものの為に、火事場の馬鹿力を出す』ことで、その魅力の真価を出します。 脚本と演出と、伊藤君の手腕に期待しております!・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 余談。「天国にいきてぇか、地獄にいきてぇか!?」 中国ではあまり『天国』の話は聞かず、ほとんどの人が「自分は地獄に行く」と思われているそうです(笑)。 これは仏教伝来前の中国思想である、『あの世は陰の世界』という考えが大きく関係しています。つまり、地獄のエピソードやイメージの方が、ずっと浸透しているんです。(詳しくは『中国妖怪伝-怪しきものたちの系譜』のP164-194をご参考ください)
2006/01/13

陰陽・五遁を歪め、己が意思に従わせる術。 それが仙術であり、妖術である。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 今度は妖術・仙術、宝具の考察に行きますね。 さあ、これさえ乗り越えれば、次回は本筋へ考察。頑張れ、自分。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ まずは悟空の変化術から。 原著では正式に仙術を学んでいるため、彼は数多の術を使いこなす事が出来ます。今回は変化です。 この変化術、小さくなったり、獣に化けてその能力を借りるイメージが強い人が多いかもしれません。 しかし、実際にその真価を見せるのは、ドラマで使われたように『人を欺く』時だと思います。これは熟練した使い手にかかると、幻術ほどではありませんが、かなりの威力を発揮します。 原著の魅力の一つも、悟空がその悪知恵を持って巧みに変化を使いこなすことです。 ただこの変化術は便利すぎるため、現代の作品では制限を掛けられることが多いんです(数多くのヒロイン変身物アニメが、制限時間や使用回数を設けるのはそのため)。 SMAPファンの方なら、『ハウルの動く城』で出てきた、鳥への変化(化けすぎると戻れなくなる)を連想されるでしょうか。 『西遊記』が書かれた頃は、そんな制限を設けることはしませんでした。むしろバンバン仙術を飛び交わした方が派手で面白いと考えられたのでしょう。 今回のドラマでも使用制限は無さそうです。その分、脚本スタッフに求められるバランス感覚は重要と思われます。 しかし、牛魔王姿で顔だけ元に戻すシーンも、やっぱり好きですね。実際には、あれだけ打ち合わせに時間が掛かったら、周囲に怪しまれるでしょうけれど(笑)。 でも悟空の表情がすごく優しいのです。…“封印時のケダモノの表情”とのギャップに、海のように深い魅力を感じました。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 金錮児について。 原著では三つ一セットの冠(つまり悟空のように調伏する敵妖怪が他に二体でてきた)です。このエピソードは、今回は出てくるのでしょうか? 出てきた時の沙悟浄や猪八戒の反応にはちょっと…でした(苦笑)。でもこれがないと悟空じゃないですよね。 これからの話では“悟空の暴走と三蔵の抑制”で、上手くバランスを取ってくれるといいですね。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 如意棒について。 針の小ささから原寸まで大きくなるシーン、無かったですよね? まずはそれを描写しないと。 『西遊記』に始めて触れる視聴者には、凛凛の泥棒に気づくシーンの意味が分からなくなります。 また「如意棒が無いから、嘘を付いて逃げるんだろ」という下りについて。 『悟空の発言の真偽』は、物語の“信じる”という主題につながります。だから『如意棒が無いと不利』という部分は、もう少し強調しても良かったのでは。 登場人物の台詞の中だけなんですよね、不利というのは。 香取君の徒手空拳での殺陣が、如意棒があるときと同じぐらい(あるいはそれ以上に)強く見えてしまったんです。これでは説得力が0ですよ(苦笑)。 ちょっと話は変わるのですが。 そういえば、凛凛は針サイズの如意棒を盗んだんですよね? それでいながら、悟空が見つけたときには原寸に戻っていました。 ということは“如意棒を悟空が持っていること”、そして使い方を知っていることになります。「ひょっとしたら、本当は顔見知り(悟空が忘れているだけ)?」「何者かから、悟空達を調べるように仰せつかったスパイ?」 色々想像が出来ますね。 後者だったら、黒幕は『実は生きていた幻翼大王』かもしれません(←単なる願望と妄想です)。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 金斗雲について。「『エウレカセブン』(TBS系アニメ)のリフだっ!」とアニメ好きの人々から突っ込まれること数多のこの金斗雲。 かくいう私も突っ込んだ一人(←やっぱり現役アニメオタクが…)。『The Sneaker』(角川書店)という雑誌に載っていたノベライズで、リフの飛行原理を覚えたばかりなんですよ(苦笑)。 こう言った改変は私的には全然OK。スタッフの『オリジナリティを!』という努力を感じます。 『スケートボーイズ』時代の香取君も何故か連想させて、思わず微笑ましくもなりましたが(おいおい)。 ただあえて突っ込むなら、金斗雲そのものが問題ではありません。『悟空が生まれ育った洞窟と、火の国との距離関係』『金斗雲の飛行速度』『悟浄と八戒だけの時の移動速度』『三蔵が捕まってからの時間経過』 問題は上記四つの関係。細かく考えるとややっこしくなります。 …これは主題にあまり関係ないし、原著の段階からこうなっているから、深く突っ込んじゃいけないんですけどね(苦笑)。 もし時間経過に厳密に物語を作るなら、“沙悟浄の仙術でホログラフ付き遠隔会話をする”のもありだったかもしれません。 …ただ、不用意に遠距離連絡手段を出すと、後々の物語の幅を狭めます。やっぱり、今回は二人が訪ねたのが正解だったかな。(携帯電話の普及により、ドラマにおける登場人物のすれ違いシーンが激減しました。これはドラマ制作陣にも、記憶に新しいと思われます)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 遠見の術について。 今回、ドラマの脚本に二番目に感動したのが『沙悟浄が仙術を使う』ことでした(一番は『封印解除』シーン)。 原著では確かに『猪八戒も沙悟浄も術を使える』とありますが、沙悟浄の術行使シーンは無かったはず(…少なくとも、私の記憶には残っていない)。 そんな彼がこのドラマではしっかり活躍しているんです。 パーティ物(数名でグループを組み、冒険するお話の事)では、性格的なバランスも重要。でもそれ以上に能力・職能的な役割分担が必要なんです。 いかんせん原著の『西遊記』では“悟空の万能ぶり”が目立っていますが、ドラマではきちんと他のメンバーにも能力を割り振ってくれそうです。 …脚本スタッフの皆様、全力で頑張ってください。 沙悟浄が使ったのは、『遠見の術』になります。 あえて分類するなら、“風水”や“卜占”の術系統になるのでしょうか。“世界の根本原理を読み取り、世界の行く末・構造を読み取る”術です。 風水の考えは渡来後に陰陽道に組み入れられましたし、今も『風水学』として一般に知られていますよね。 これが伝承の世界になると、更に“世界の根本原理に干渉し、現象を操る”次元にまで達します。映像を呼び出し、歪曲して映し出すのもこの術の範囲内でしょうね。 これが沙悟浄自身の仙術なのか、水晶に『遠見の術』が込められているのか、ちょっと判断はできません。でも前者なら、沙悟浄ってすごい術者かもしれません。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ そして『封印』。 これは仙術ではなく、仏の法力によるものですね。 物語の肝となるシーンであり、一話の主題にも深く関わるシーンなので、脚本・演出・演技の全てに本気を感じます。 ドラマの演出から感じたのは、“悟空の心のあり方そのものが、岩の強度や冷たさに反映する。 ゆえに三蔵との会話で変化した心により、岩が熱くなり、緩んだ”というイメージでした。 だからこそ、悟空が岩の欠片を持って熱さを感じたのかな。 ひょっとしたらこの“岩の欠片”、これからも悟空の心の象徴として登場するかもしれません。もしそんな演出をしてくれたなら、脚本家はすごいと思います。 …ここまで封印のシーンがいいと、逆に“仁丹の苦悩”関連のシーンの描きこみの浅さが目立ちます(涙)。 やれば出来るんですから、頑張ってください、スタッフの皆様。 『封印』のシーンでは、香取君の演技がすっごく良かったです。 粗暴にして硬く冷たいケダモノの表情から、それが解けて柔らかくなっていく変化は見事。 香取君は『赤ずきんチャチャ』のリーヤ時代から、ファンタジー的な作品にも関わってきました。それにアニメや漫画も大好きなので、ファンタジー的な演技の引き出しがちゃんとあるんですね。 ハイテンションじゃないときの悟空の表情は、どれも管理人の魂を奪っていきました。こんな表情を立て続けに見られるから、ファンタジーやSF絡みのお芝居は大好きなんです(昇天状態)。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ファンタジーで必要なのは、主題に関わる細部へのリアリティ強化。 それにはこの『架空世界』の人々の感情のリアリティ、そして放り込まれる状況へのリアリティを強化しなければいけません。 それには、これらの仙術の描きこみも必要だと思うのです。 あえて繰り返します。 死ぬ気で頑張ってください、スタッフの皆様!
2006/01/12

遥か昔、世界は混沌より生じた。 それ以来、世界は陰陽と五遁の法則で成り立っているのだ。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ それでは牛魔王との対戦へのツッコミに行きましょう。 まず最初に、ボス戦に行くまでに雑魚と三回も戦うのはどうかと思いました。 普通の特撮物のように派手な仙術が飛び交ったり、そういった盛り上げ方があるのならばまだいいんです。ただ普通の殺陣ばかりだときつい。 今回は『幻翼大王』の分もあり、かなりきつかったです。…次の回以降に回すべきだったと思われます。 『捕まっては助けに行き、助けに行っては捕まって…』の繰り返し展開は、『透明人間』(NTV系)へのトリビュートのように思われました。(『透明人間』…孫悟空役の香取君と、三蔵役の深津さんが主演コンビの特撮ドラマ。 飲むと頭痛を引き起こす“透明人間化の薬”。それを使うカメラマン“服部半蔵”と、彼を顎で使う女性記者のコンビが難事件を解決していく話。 後半では神の名を持つ組織と戦い、『捕まっては脱走して…』を思いっきり繰り返した) その捕まる度に小競り合いが起こるのが、問題ですね(工夫次第では戦闘回数を減らせたはず)。 結局、その雑魚戦闘を重要視した挙句に、牛魔王との特撮戦闘が削られたのは問題です。 牛魔王との戦いを演出し、その強さを強調することは『信じるものを裏切る仁丹(三蔵の師匠)の苦しみ』を描くことに通じます。 そしてこの『苦しみ』との葛藤が、『悟空の啖呵』、強いてはこの話での主題に通じるわけです。 もうちょっとこの辺りに敏感になって、バランスを取って欲しかったです。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 仙術や妖術の描写にリアリティがあれば、『生まれながらに家族がいない』や『封印』といったファンタジー的なギミックに説得力がでます。 そして『封印』などに説得力が出れば、更に『悟空の啖呵』や『三蔵との絆』に説得力がでる。 つまりドラマの主題にも繋がるわけです。 だから妖術戦には、これからもできるだけ力を入れて欲しいんです。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 牛魔王が映像的に単なる『発火能力者(パイロキネシスト)』的な描写になってしまったのは残念です。 『発火能力』と『五遁火行術』は、天と地の差があると私は主張します。 三蔵をさらった時に、爪ではなく炎を灯すシーンはすごく良い感じでした。 しかし、『戦闘中に使ったのはボール大の火球一個』はしょぼすぎです(涙)。 物語の整合性を考えても、ここではCGで『炎の飛沫』を悟空に浴びせるのが一番だったと思います。“物語の中盤で苦しんだ『炎の雨』よりも激しい飛沫を、悟空が高速回転させる棒で弾き飛ばす。 そして隙を狙って一気に跳躍と接敵、無力化”が良かったと思うんです。 こうすれば中盤で苦しんだ分、敵を倒す時のカタルシスを感じる事が出来たはずです。また、“炎の雨を降らしていたのが牛魔王”という事実をより分かりやすく視聴者に伝える事もできたのでは。 ちなみに炎の攻撃と一口に言っても、その内容には様々なバリエーションがあります。『武器の刃に炎を宿らせる』『炎で自分を囲み、盾とする』『擬似生命を持つ炎をけし掛ける』『火の粉を相手の体内に飛び込ませ、内側から焼く』…etc. これらの内のいくつかを取り入れることで、画面を派手にし、より視聴者を引き込ませられたはず。それが惜しかったですね。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 牛魔王の逮捕そのものについては、そんなに違和感がありませんでした。 実際、『西遊記』以前の伝承では『牛魔王は封印されていた』というものもあります。 他の妖怪の伝承では、『天界から堕ちた元神』を天界へ連行するシーンも結構あります。 だから牛魔王が天界に突き出される展開もありだと思いました。 ただ突き出されるときに普通のロープ、という点には突っ込みをいれましたよ(苦笑)。 普通の縄で拘束できるような妖怪なら、暴れ出してもそんなに怖くないですし、すぐに焼き切りそうです。(追記:『中国妖怪伝-怪しきものたちの系譜』P76には、“牛魔王が元々、大上老君(ドラマでは天界の使いの老子)の元で飼っていた牛だった”という説も載っています。 もしそうなら、元々はあの老子の不始末? 笑) せめて黒光りする鎖に、術封じのお札をべたべた貼った物で拘束すべきだったと思われます。 むしろ『妖怪への殺生禁止』の方が違和感がありました。 原著の三蔵は『人を害するのは止めるが、妖怪を殺すのは止めない』んですよ。書かれた当時、妖怪に全く人権など無かったようですね(この辺りは前述の本のP91に詳しい)。 今回の『殺生はいけません!』は、完全に「放送へのクレーム対策」と「子供も見て大丈夫と強調する」ためですね(苦笑)。
2006/01/12

──鳥妖、純白の翼を振るい、舞い乱れる羽毛で石猿を惑わさん。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ さて、今度は幻翼大王登場部分についての考察、行きますね。 出演者に対する私的感想、演出としての難点の指摘、『こうやって演出して欲しかった』という妄想を中心に描いていこうと思います。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 開始二分にして。「脚本家とこれを了承したスタッフと役者、全員“特撮”を理解してない?」と思わず目が点になりました。 こう言ったファンタジーでは、“作者(この場合は番組スタッフ)が、何にも考えてないんじゃないか?”と『受け手(この場合は視聴者)』に思われてはダメです。その時点で『受け手』の大多数は引きます。 私が感じた、『ここがまずいだろ、さすがに』と思ったポイントは6つ。★1つ目に。 幻覚系や傀儡系の能力を持つボスが、投げやりにしゃべらないでください。口語を使わないでください。 人をたぶらかし、幻を見せる妖怪なんですから、人の希望を玩具にするような猫なで声と、着飾ったような古風なしゃべりで雰囲気を出してくださいよ。 これでは、肉食系動物出身の妖怪や粗暴な戦士系の邪仙のしゃべり方です。 木村君の“月9でのいつもの演技”を要求するなら、最初からそういう衣装と設定を用意してください。★2つ目に。 木村君、やろうと思えば“月9でのいつもの演技”を封印して、幻術使いの演技ができます。 『鳥に変化する幻術・傀儡術使い』のキャラで、それを証明して見せたのはついこの前です(アニメ映画『ハウルの動く城』ハウル役)。そして映画で、魔術の仕草や魅せ方を自分の中に蓄積してくれているはずです(映画での演出は素晴らしかった)。 “幻翼大王”はまさに“ハウル”を下書きにした設定でした。 なのに映画で培った木村君の遺産は、封印されていたんです。…期待していた私は、泣いていいですか?★3つ目に。 色んな方が指摘されていましたが、『純白衣装とノーマルメイクの木村君とは、相性がよくない』ということ。 冠の装飾を減らし、特殊メイクを被せればかなり画面の雰囲気が変わり、引き込まれたんじゃないでしょうか? 多分、特殊メイクをする時間が無かったんでしょうね(ただ今、木村君は映画撮影中。スケジュールが厳しい)。 以前に見た特殊メイクで印象に残っているのは、『劇場版・仮面ライダー555 パラダイス・ロスト』に出てくる、『顔半分を白く細い羽に覆われた女性』。 あれは女性の役柄も相俟って、“異様だけど、美し”かったです。木村君がやったら、鳥肌立つくらいにはまったと思われます(…観たかったです。涙)。 …ただ確かに、その特殊メイクもすっごく時間が掛かってました(DVD収録のメイキング映像より)。(余談ながら、『パラダイス・ロスト』の主人公“乾巧”のしゃべり方と仕草は『幻翼大王』そっくり。そしてそんな彼の正体は『狼の獣人』。 …やっぱり不敵な態度は、『白い鳥』じゃなくって『一匹狼』にこそ似合うんですよ…)★4つ目に。『鳥なのに。傀儡使いなのに。なんで黒服を呼ぶんですか(涙)?』 これの詳細は『感想その三』で力説させていただいています。 でも村人に一行を襲わせる外道っぷりとか、美しい姑獲鳥の群れを使役する王様っぷりとか、そういった演出が欲しかったなぁ。 そうすれば、後でぶっ飛ばす時のカタルシスに繋がったはずです。★5つ目に。 幻術って、戦闘でもすごく役に立ちます。 人をたぶらかすほどの、最強の幻術使いなら、戦闘で何故使わないんでしょうか? ちゃんと悪事と戦闘スタイルを直結させてこそ、物語の一貫性が出せ、視聴者を引き込み、悟空の口上に説得力を生み出すと思われます。 あれだけ羽毛が舞っているのに、幻術による『羽毛隠れ』をやらないのは惜しいです。 『羽毛隠れ』のパターンとしても、『視界を塞ぐ』『視界をぶれさせる』『幻を映す(分身や、味方を敵に見せるのもこの中に入る)』『姿を消す』という四種類の効果がすぐに考えられます。 また熟練したゲーマーの方とか、ファンタジーをたくさん読んでいる人なら、他にも多くの“幻による攻撃補助の方法”を思いつかれるでしょう。幻術使いが単なる肉弾戦馬鹿では困るんです(涙)。★6つ目に。 幻術&傀儡術使いを、“視聴者の掴み”で使い捨てないでください。『自分を危険に晒さず、他人を動かし、自白させ、戦闘で自滅させることができる』 それこそが幻術使いの恐ろしさであり、TRPGゲーマーの皆さんを魅了してきた秘密なのです。 彼らが牙を剥けば、一行をどん底まで陥れることは容易であり、深いトラウマを引き出してそれをピンポイント攻撃することも可能なのです。 どれだけ物語的にも、演出的にも、そして複線を張るのにも重宝するか、知っていますか? またこの事件は『盗まれた街』(ジャック・フィニィ原作)というSF小説を古典にした、“気が付いたら村人全員の様子が変だった”という黄金パターンを踏襲しています。これも使い潰すのはもったいないですよ。 “変な村に迷い込んでおろおろする一行”&“子供を見つけて保護する”シーンが見たかった(←本音)。 ただし『6つ目』については、まだ希望があります。 禁錮児の有無から考えて、この『幻翼大王事件』は牛魔王の事件よりも前に発生した、と考えるのが通常でしょう。回想以外では触れられないと思われます。 しかし、『月刊テレビジョン 2月号』(1月のテレビ欄が載っている方)のインタビュー記事の中に、「都合上、一話と七話は同時に撮っている」という一文があるんです。 万が一の確率ですが、第七話で「追い詰められて自害したように見えたが、実はそれも幻。 ひっそりと復讐の機会を狙い、一行を調べつくしてから罠に掛ける」という、やはり黄金パターンが来るかもしれません。 もしやってくれたら、泣いて喜びます(トドメをさすシーンが無かったから、可能性は0で無いですよね)。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ここまで突っ込みを入れてきましたが、それらを差っ引いても、このシーンは好きです。 『幻翼大王VS.三妖怪』の対戦が始まった途端、完全に魂を持っていかれちゃいましたから(惚)。 八戒の突撃&へたれぶりも、幻翼大王に負けないだけの沙悟浄の気迫も、どちらにも惚れました。 『サイ構え→ブルース・リーもどきの挑発→刺突剣の二刀流』という動作の組み立てと流れは、木村君の本領発揮。(一本の剣を二本に、という演出は『幻覚使い』らしくて良かった) 鵺のような木村君の叫び声はちょびっと怖かったです(笑)。 でも木村君の剣舞も、香取君の棒術も、二人一組の演舞として完成されていて素晴らしかった。 これが見れただけでも、本当に嬉しい。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・“冒頭にクライマックスもどきを持ってきて、視聴者に「こう言った番組です」と説明する。” これ自身は古典的手法として確立されたものです。(例:ドラマ『フードファイト』の第一話、アニメ『名探偵コナン』の第一話) 今回もちゃんと悟空の口上や決め台詞、三人の動きを紹介し、シーンの役目をちゃんと全うしていました。 でも願わくば、『幻翼大王』の再出演を心より願っております(本音)。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ おまけ1。 私が連想するSMAPの仙人イメージの記述はこちらにあります(香取君のみ、孫悟空ですが)。 この中での『器物・鳥獣への蔑視』は、『封神演技』などに色濃く見られます。当時では当たり前だったようです(原著の『西遊記』でも多少残っていますが、かなり薄まっている)。ここでは逆手に取らせていただいています。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ おまけ2。 “鳥による幻覚&村乗っ取り”で、私は迷わずこのお話を連想しました。 『亡者の村に潜む闇―ソード・ワールドRPGリプレイ集 バブリーズ編〈3〉』収録、第9話『デーモン!デーモン!』。 『バブリーズ編』は数多いTRPGリプレイでも高い人気を誇り、かく言う私も大好きなシリーズです。 その中でも『デーモン!…』に出てくるボスキャラの外道能力と、それを上回る主人公達の策士ぶりは印象に残ります。 いっそ沙悟浄をスイフリー(主人公パーティの一人。ダーティで人間じみた思考を持つエルフ)並みの策士にしちゃうと、キャラが引き立つ気がしてきましたよ(笑)。 水野良(スイフリーのプレイヤー)先生、ドラマ制作陣に参加してくださいませんでしょうか(半分以上本気)。
2006/01/12

遥かなる世界で。 人のみならず器物も鳥獣も、妖怪となり、仙人となり、神となり、仏となった。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 今回は雑魚敵について感じた事を述べます。 雑魚(トループでも、モブでも、戦闘員でも、お好きに読んでください)の描写は、本来はボスキャラの個性と画面の華やかさを引き立てる為に用いられます。 もちろん話の筋に関わってくるわけでもないんですが、雑魚との戦闘を見せ場にしている以上、気を使って欲しいんです。 牛魔王配下の部下と三回、冒頭を合わせれば四回の雑魚との戦闘をしている以上、イヤでも意識に残るんですから。 二つ、気になった点があります。 まず気になったのは、“同じ組織にいるのでもない妖怪が、何故同じ格好の雑魚を使っているか”です。 これはまさに『特捜戦隊デカレンジャー』という特撮戦隊物が直面した状況です。 この番組では、“個々の犯罪者に傭兵ロボットを売りさばく武器商人を登場させる”事で、“雑魚の容姿が同じである”理由付けをしました。 また『暴れん坊将軍』などの時代劇でも、ちゃんとやられ役の背景に合わせて数種類の衣装を用意してあります。 このように雑魚だけでも、どの番組でも気を使っているんです。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 気になったもう一点は、“もう少し雑魚を物語を盛り上げるフレーバーとして活用して欲しい”ということです。 “悟空が己の毛を抜いて分身を作り上げる”仙術は、結構有名ですよね。 この『西遊記』では分身の術が、仙術として体系化しています。 ならば強力な妖怪がその仙術、もしくは左道(正式ではない術のこと)を心得ていても不思議ではありません。 …といいますか、それくらい使える敵でなければ役者不足です(きっぱり)。 他にも、鳥や虫、獣の群れを呼んで使役する仙術も、中華ファンタジーRPGで多用されます。 第一回は二体のボスが鳥獣の妖(あやかし)だったんですよね。 セオリーとしては“己の姿に近い獣や、妖怪未満の存在の召喚”もありじゃないでしょうか。 あるいは“己の羽から、分身や使い魔を作成”するのも定石パターンかと。 またボスの能力にちなんだ雑魚もありますよね。 いや、私は幻翼大王の雑魚敵について、どうしても言いたいことがあります。「なんで傀儡系の能力を持つボスキャラ出しときながら、“肉の壁”を使わないっ!」(『肉の壁』………妖術などで操った人間の群れを差し向けて盾とする、ボスの腐れ外道っぷりを強調する戦術) …幻惑系で最強の妖怪という設定なら、せめてそれくらいの外道で苦しめて欲しかったです…(涙)。 牛魔王は五遁火行の妖術使いなのですから、火にまつわる妖怪が良かったんじゃないでしょうか。 『央華封神』という作品の中では、日照神という雑魚妖怪が出てきましたね。 それぞれの妖怪にあわせて、雑魚敵の衣装を用意したり、CGを作成するのはすごく大きな負担だと思います。 しかしそれこそ、オーストラリアや中国のロケを蹴ってでも金と時間をまわすべき要因だったのでは、と私は思うのです。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 物語はまだまだこれから。 スタッフもこれから成長してくれるはず。戦闘シーン、もっと頑張ってください。
2006/01/11

洗練された武術は、観た者に“舞”を想わせ、魅了の力を持つと言う。 さもありなん。 五行拳は五行に、八卦拳は八卦に。 武術とは、古来より魔術・仙術に深く結びついているのだから。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ということで、今度は殺陣における悟空達三人の見所を、やはり徹底的に語らせていただきます。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 悟空が使う武器は如意棒(金箍棒とも呼ばれるようです)。そして、棒術を駆使します。 この棒術、地味なようでいてかなり強力な武術だったりします。 悟空役の香取君は、実はSMAPの中ではかなりの戦闘アクション経験者。 これまでも二丁拳銃(『蘇る金狼』NTV系)、忍刀(『NIN×NIN THE MOVIE 忍者ハットリ君』東映)、刺殺特化の剣術(『新撰組!』NHK)などを披露してきました。 そして、今回の棒術もすっごく様になりますよね。 今回のドラマのかなり前から「香取君には絶対、棒術が似合う!」とこっそり確信していた自分としては、とにかく嬉しい。 彼が動き出した途端、放心状態で見入っちゃいます。 私が棒術の存在を知ったのは、実は『時空のクロス・ロード〈2〉―サマーキャンプは突然に』でした。 この作品の中でも重要なポイントを占めるのが、「棒術では、その両端が武器になる」という特性です。 日本刀に『刃と峰』があり、槍に『刃とこじり』があるように。多くの武器では、使える部分が限られています。 しかし、棒は槍のように翻したりする『余分な動作』が無く、間をおかずに次の攻撃に移れます。 更に対極線上にいる敵にも、続けて攻撃をすることが出来るんです。 また、打撃武器は『衝撃を全て敵にぶつける』ということが出来ます。 切り裂く武器なら振り切った時に、突き刺す武器なら刺しぬいた瞬間に、余った物理的なエネルギーが逃げてしまいます。 しかし、打撃武器ならば貫く事も無く、攻撃主が加えた力を全て敵に吸収させることが出来るんです。 そして香取君は、この二つの『素早い攻撃』を行なうだけの器用さと瞬発力、そして『十分な打撃力』を武器に加えることができる体躯を持っています。 まさに適任だと思われます。 まだ今は棒術の習い始めで、少しぎこちなさも感じられるかな。しかし彼ならば、その棒の振るい方にも成長を見せてくれるはずです。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 猪八戒の武器は釘把(ていは)。歯が九本の馬鍬(まくわ)で、元は農具。 中国や日本(特に琉球)には、元が農具であった武器が多いんですよ(西洋ならフレイルなんかもそうです)。農民が反乱を起こすたびに、農具は武器としても使われ、その武術が洗練されてきたんです。 この武器なら、戦闘動作は主に『突き』と『先端部の重さを利用した薙ぎ払い』の二つが主になります。 また、槍などの武器は『突撃』により、その破壊力を増すこともできます。慣性の力を、矛先の一点に集中させる事で、分厚いものでも貫いてしまうのです。(西洋のランスなどは、馬上で使うことで金属鎧さえ貫いてしまう) 八戒はその苗字から分かるように、原著では猪をモチーフにした妖怪。ゆえに突撃は得意のはず。 そんな意味でも武器との相性はばっちりです。 ただ、八戒や悟空の武器を振るうには、あのセットの狭さと雑魚の密度の高さは向いてないと思われます(苦笑)。 武器にはそれぞれ固有の“間合い”があり、その外には届き難い。その逆に、“間合い”の中に入られても威力を減じます。 あの密度ではすぐに“間合い”に入られてしまいそうです。(余談ですが、悟空が“俺の武器が無い!”と騒いでいましたね。これは素手と如意棒における“間合い”の違いが大きいと思われます。 慣れない距離感で戦うのは、かなり恐ろしいと思われます。) 八戒を演じるのは伊藤君。 「ハーネスは始めて」と言っているあたり、こういったアクションは初めてのようです。 でも裏話などを聞くと、伊藤君は球技に恐ろしく強く、元々の運動センスは抜群のようです。 今はまだ役の設定通りに、遮二無二に馬鍬を振り回すのが目立つ猪八戒ですが(それがすごく可愛らしいのだけれど)、撮影中に殺陣が上手くなってくれるはずです。 彼もまた、撮影中の成長が楽しみです。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 沙悟浄の武器は、原著では半月刃の杖「降妖杖」。ドラマの中ではサイになっていますね。 サイは元々は中国の仏具から、僧侶の手により武器として発達しました。これは元々“沙悟浄が出家している”という設定にちなんだ感じになってるのかな。 時代劇に出てくる十手(銭形平次が持ってるやつです)と同様に使われた過去もあり、実は護身用武器としての色合いが強いものです。 その分、使いこなすにはセンスが要ります。 これは『敵の攻撃を受け止め、あるいは流しつつ、隙を狙って相手の間合いに入り込む。その後、装甲の継ぎ目や急所を狙い刺す』のが中心になるでしょうね。 それゆえに、この使い手には敵の攻撃を全てかわしながら懐に入り込むだけの敏捷さと胆力を必要とします。 そして、私が今一番期待しているのが『武器折り』の格闘動作。 十手は元々、あの分岐部分で日本刀を受けるんですが、その気になればそのまま捻り折ることも出来ました。 十手と同じように用いられたあの武器なら、武器折りも出来るはず。ぜひとも見たい!(ちなみに、私が武器折りに惚れたきっかけは、『ルナル・サーガ』の主人公です。) そんなサイを巧みに使いこなすのは、現役アクション俳優でもある内村さん(主演された『恋人はスナイパー』シリーズでも、ワイヤーアクション満載です)。 香港でアクションを学んだ経験もあるだけに、その動きは伊達じゃない。サイを使いこなすだけの素養を全てマスターされているんです。 内村さんが冒頭で目まぐるしく動き、そのまま木村君へ突っ込んで一瞬組み合った瞬間。「ウッチャン、あなたってそこまでかっこ良かった(惚)?」 といきなり内村さん熱が勃発しました。 ほんとに素晴らしいの一言です。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 最後に。 三蔵が持つ錫杖。これについて忘れられないツッコミがあります。それは。「錫杖で攻撃、もしくは武器を受けたら速攻折れるぞ」 たまにテレビとかで法師様が錫杖とかをふるってアクションしておりますが、普通の錫杖はそんなに丈夫には出来ておりません(きっぱり)。基本的に飾りなんですよ、あれは。 山伏などが使う杖などは、ちゃんと特別に作ってあるんです。 三蔵が戦闘に出てきたら足手まといになる、その理由の一つとしても上げられますね。 とはいえ、戦闘ができることと『戦闘中に役に立つ』ということはイコールではありません。 人質を誘導する、隙を見て重要な道具を拾い上げるなど、いろんな行動が出来ます。その辺りの工夫が見られるのは高ポイントでした。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 戦闘シーンが多い(仙術戦闘が皆無の)このドラマにおいて、三人の格闘シーンは命。 これからも頑張ってください。
2006/01/11

時を経て。 石猿、封印より解き放たれん。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ SMAPファンとして、TRPGリプレイ読みとして、ファンタジー狂いとして。 辛口とだだ甘の両方を取り混ぜて、とことん語らせていただくことをお断りします。 そして最初に一言だけ言わせていただければ。 当管理人は2006年度版『西遊記』を徹底的に応援しており、脚本家と俳優陣、JAEの皆様を高評価しております。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・“何故、フジテレビは素直に東映(特撮ドラマの最前線を走る製作会社)と共同制作にしなかったのか” 突っ込みはこの一言にまとめてしまえると思います。 これまでフジテレビが製作し、その第一報記事の中に『大人のファンタジー』『時代劇ファンタジー』と称せられた作品は数多くあります。 私も『太閤記──猿と呼ばれた男』や『徳川慶喜──犬と呼ばれた男』、『恋におちたら』等、いろんな作品を見ています。 このフジテレビの作品のうち、まだ辛うじて脚本家さんが持ちこたえた『HOTEL VENUS』や『X'smap──虎とライオンと五人の男』(後者では編集による弛みはあった)はまだいいんです。 年末時代劇と『恋におちたら』の第四話は、“フジは、本気でファンタジー好きを舐めてますか?”という疑問を呼び起こすには十二分でありました(静かな怒り)。 フジテレビが使う『ファンタジー』という言葉の意味は、『現実的で無い』『常世離れした話』なんです。そしてそれを“リアリティの欠損”に対する言い訳に使うんです。 メディアがそうやって言葉を曲解して使い、歪曲されたまま広まる。その現実に私も、一ファンタジー好きとして憤りがあります。 そして今回の『西遊記』でも細部に関して、これまでと同じ傾向があります。 最後の一線でなんとか脚本の坂元さんが持ちこたえているんですが、それでも局側のフォローが一切無さそうなんですよね。 じゃあ、そこまで管理人が繰り返す本来の『ファンタジー』とは?『“現実”と良く似た世界に、別の法則を放り込み、再び再構築した世界。 また、主人公はその特殊な法則に深く関わることで、“現実”では深く隠れた問題と直面し、立ち向かうことを求められる』 簡単に纏めれば、こうなると思います。(より正確な意味は『ファンタジーを読む』河合隼雄著 講談社+α文庫をご参考くださるとよいと思います) つまり『作り話』≠『ファンタジー』であり、ファンタジーにはそれぞれに特有の『法則とリアリティ』が存在することになります。 坂元さんは第一話で『封印』『岩から生まれた存在』という二つの法則を使い、『心』を描こうと頑張ってはいらっしゃる。 …でもね、この辺りのリアリティを補完し、視聴者を惹き付けるためには、『妖怪』や『仙術や妖術』の描写(物語的にも映像的にも)ももっと増やさなきゃいけないんです。でも実際は少なすぎです。 多分、描写の仕方そのものも分からないんだと思いますし、スタッフサイドもその必要性をまだ認識していないんじゃないでしょうか。(ファンタジーの描写についての考証は『新人賞の獲り方おしえます』久美沙織著 徳間文庫のP167-174に詳しいです。 今回も、ここで指摘されている陥穽に嵌っている部分があります) これまでの風潮、そしてこの作品から鑑みると、『ファンタジーは作り事』という間違った認識がフジのドラマ制作部全体に染み付いているのでは? それにファンタジーはそれ専用のセンスがあり、これは経験でしか磨く事はできません。 だからファンタジーや特撮に慣れている映画会社と共同提携し、外部の空気を入れる必要性があると思うんです。 どうしてもフジテレビだけで作りたいんだったら、せめて『ファンタジー&特撮戦闘の考証』のブレーンを一人、ドラマの製作会議の時に呼んで欲しかった(時代考証の先生はいらっしゃるんだけれど)。 『西遊記』のような『ハイ・ファンタジー』(ファンタジーのうち、異世界ものを指す)になると、難易度は更に跳ね上がります。専門の人は必要だったと思います。 個人的には『F.E.A.R』などのアナログゲームの専門会社あたりに協力要請してほしかったですね。 この手の会社には伝承や時代考証を徹底し、違う世界観に移行させるプロがいるので。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ もちろん“ファンタジーとして成立している”ということがイコール“ドラマとして優れている”というわけじゃない。 むしろドラマそのものとしてはしっかりと完成しているし、それは安心して見られる。これは脚本家の坂元さんの力量と、原典への思い入れのおかげだと思います。。 どういったところが、ドラマとして完成しているのでしょうか。 『キャラクター小説の作り方』の第十講で、大塚英志さんは“主題の宿る細部にこそ、神は宿る”とおっしゃっています。 ドラマを観て感じていられると思うのですが、主演の香取君がすっごくいい表情を見せるシーン(“炎の雨の下”や“封印解除”、“変化”のシーン)があります。 これらのシーンでは、台詞もシチュエーションも役者の演技も全て飛躍的に良くなっています。 脚本家と役者と演出陣の本気が伝わってくるんです。 これらの主題に繋がるシーンを、クライマックスの“口上シーン”で昇華させます。 “口上”はそれこそ歌舞伎や演芸で培われ、今でも『時代劇』や『戦隊特撮物』、『ヒーロー物』に受け継がれた古典的な手法ですが、それを見事に生かしているんですよね。 手法と主題がきちんと結びついているから、視聴者の意識もクライマックスまで持っていける。 いい脚本家さんに巡り合ったな、と思います。 …ただね、『主題の宿らない細部』の粗が目立ちすぎるんですよね(苦笑)。どうしてもそのギャップに戸惑いが生まれちゃいます。 ファンタジーを生かす手法や経験値が無いから(そしてフジがそれをフォローする人を呼ばないから)、しょうがないのかな。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 今回、悟空以外のメイン・キャラの行動理由や背景が描かれなかったのはマイナスかな。 三蔵が“天竺に行かなきゃ行けない”というのも、会話中に出た程度。仏教をありがたがらない人間も多い日本人にとっては、“お経があれば、平穏になる”というのがぴんと来ないと思います。 視聴者にとっては記号程度の認識しかないと思います。 この辺り、映像の挿入などで少しは印象付けておいた方が良かったんじゃないでしょうか。 そうすれば老子の『とっとと天竺に行け!』という台詞も、少し意味合いが変わり、悟空破門騒ぎにも厚みが出たと思います。 …あるいは、これからしっかり補完されるのかな。 八戒や沙悟浄に至っては、単なる先輩弟子という情報しかありません。 それは絶対にこれから補完されるはずですが…されなかったら暴れるかもしれない(汗)。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ おまけ。 ただ今、異能使い・リプレイ 鳴神の巫女(菊池たけし+矢野俊策/F.E.A.R)を読んでいます。 この第二話『漆黒の顎』が、要チェック。 P158、14行目の台詞にはこうあります。ディオ:これ、あれだな? 三蔵法師が孫悟空にかぶせた“禁箍”みたいなもんだな。 そう、つまりこの話は現代日本を舞台に、ある少女と封印されていた妖怪(狛燎)の物語なんです。(…それだけだと『犬夜叉』になっちゃいますね。でも、ちゃんと展開は捻ってあり、読み応えがありますよ) P170-177の下りなんて、爆笑です。プレイヤーさんたちがこの状況を目一杯楽しんでらっしゃるのがわかります。 …香取君も今頃撮影現場で、同じ楽しさを感じてるのかな。“『封印』『ケダモノが人と交わる』という要素は、色んな人を魅了するだけの力がある”と実感します。 芦原の血族と狛燎が交わるシーンなどは、第一話で『途方にくれ、弱々しい悟空』を彷彿とさせちゃいますし。 これのおかげで『西遊記』現代日本転生の展開を見たくなりました(←待て)。 興味がある方は読んでみてくださいね。
2006/01/11
FFSに6章『Ask』を更新しました。 やっとここまでたどり着きました。この回が書きたくてしょうがなかったんですよね。 話は変わって。 ただ今、『西遊記』第一話の感想を全力で書いている途中です。 “フジテレビによるファンタジーの間違った認識”から、“殺陣における三つの武具の特徴と見所”、展開へのツッコミ、自分が好きなシーンなどなど、いっぱい詰め込んでいます。 …といいますか、この猪管理人は久々に本気で“語る”つもりです。 SMAPファンの方にも、ゲーマーの方にも、ドラマフリークの方にも楽しんでもらえるような文章を目指して頑張ります。
2006/01/10
──際立つ映像美。 愛ゆえに狂える人々。 自己を見失うヒロイン。 そして、ユーモア。 それらが詰め込まれ、万華鏡のように交差していく様は見事の一言です。 でもシリーズの中で最も際立っていたのは、“歪み”だった気がします。 映像や人物の美しさゆえに、その背景で壊れていく理性や日常の歪みが、際立っていったんです。 建物や自然の美しさ、そして美しき女達と関わらなければ、その歪みからも逃れることはできたのでしょう。 だけど金田一もまた、美しき家庭教師(もう一匹の女王蜂)と関わってしまい、その歪みの一部を引き受けてしまいます。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 今回は私の大好きな大正時代のいろんな洋館が、美しく映っていたのですっごく嬉しかったです。内装や小道具も丁寧に作ってあって、かなり感動しました。 また、時計塔の中も異様でありながら独特の様式美を放っていましたね。実写で見るのは初めてです。金田一がふと顔を上げて頭上の歯車を見るシーンなど、すっごくドキドキしちゃいました。 自然の美しさも素晴らしかったです。 それらの中に突然、異様な宗教家や血痕や脅迫文などが放り込まれます。周りの景色は異常に歪み、その異常な状況に調和していくんです。 まるでそれは登場人物たちの心の歪みを投影しているように。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ その歪む世界から第三者として現れるのが、金田一と横溝先生。 冒頭からの飄々とした感じに、すっごく和みます。今回は先生の出番が増え(笑)、いい味を出していました。 事件の背景でちょこちょこ動き、「出るに出られなくなりまして…」という金田一がすごく可愛いです(←役者ファンの贔屓目)。 そんな風に第三者であるからこそ、彼は謎を解くことができたんだと思います。 でも彼は、完全には第三者になりきれなかった。なぜならもう一人の女王蜂である神尾に、心を許してしまったから。 それゆえに彼もまた彼女の“歪み”を共有し、事実を闇に葬ったのです。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ そんな歪み続ける物語の中で、ただ一人、智子の人生だけが救い出されます。 まるで地震の原理のように、揺さぶられ続ける間に歪みを吐き出したように。 そして。それは最後まで神尾が残した歪みがようやく正された瞬間だったと感じました。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 茶目っ気全開の稲垣君も堪能でき、本当に満足です。 出演者とスタッフの皆さん、次回作も期待していますね。
2006/01/07

「過剰な期待は、後のダメージになる」 そんなことは分かっています。…だけど。「ファンタジー好きの血が騒ぐのを、どーやって止めろと!?」(←血迷うな) …ぜはぜは(叫びすぎで息が切れた)。 気が付くとTBS系の『南総里見八犬伝』も前後編見ちゃったり、『NIN×NIN』もしっかり楽しんじゃったりしている自分。そんな私は筋金入りのファンタジー好きです。 でも何より、年末の『SMAP×SMAP 四時間半SP』に挿入された一分のCMが、私の期待に火を付けました。 …やばい、このままだと『央華封神』の復刻版ルールブック(←仙人による中華風RPG)とか、中華ファンタジーの辞典とかを購入してしまいます(←んな金、ねーだろうがっ!)。 取り敢えずは七日の『SmaStation-4』の“西遊記特集”で衝動を押さえ込もうかな(←触発するだけかもしれん)。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 今回、木村君も出演決定しました(ソースはめざましテレビ)。『幻翼大王』という名前だとか(第三話)。 …明らかに彼が声を当てた『魔術師ハウル』が下書きと思われます(…“翼”とか“幻”とか…)。 ならば映画での魔術行使シーンにおける、指の動き・間・表情の三つをぜひ再現して欲しいです(←映画の魔術シーンは、ファンタジー好き&TRPGゲーマー必見の完成度だった)。木村君なら再現できます(きっぱり)。 一抹の不安(期待?)は“この妖怪が倒されると白い龍になったりしないかな”ということです(←それは無い、恐らく)。 ちなみに“幻術”使いは、TRPGにおいて最も強力にして凶悪と言われます。ゲームにもよるんですが、熟練プレイヤーにかかると、万能にして凄まじい効果を上げるからです。 姿を消したり、変身するだけでも、使い方によっては強力ですしね。 『西遊記』の中でも幻術使いが最強と言う設定なのだな、と納得しちゃいました。 悟空の変化術による知恵と、幻翼大王の狡知と、どちらが勝つのか楽しみです。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 残る不安材料は、“製作者側が、パーティ(旅の一行)物のテンプレート(雛形)をあまり持っていないのでは?”という点です。 スタッフのほとんどが“堺正章版”を知らず、TV誌の紹介やインタビューでも“ルパン三世”が引き合いに出されているんです。…パーティ物独特にして魅力である、役割分担とか絡みとかが上手く捌けるか、ちょっぴり不安です。 また、気になることも一つ。 “峰不二子”の役割と言われる『凛凛』。…写真やTV誌における記述のどれを見ても、『GURPS百鬼夜翔リプレイ 暗夜に迷える鬼よ』(友野詳/グループSNE著 富士見ドラゴンブック)に出てくるいたち娘(友野さんの創作した“ねずみ男、中華版”)にそっくりなんです。 偶然なんでしょうが、盗癖とか立ち位置などがそっくりでびびっています。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 日々、期待の高まっています。 他のメンバーも出演するのかな? 中居君は『八犬伝』の犬士である毛野のように、女装の妖怪(←女装が綺麗ですし)も面白そう。 稲垣君はイメージは九尾狐(←元ネタは中国なので)なんですが、幻術系は既に出ちゃってますし。薬を使って魅了する妖怪、とかかな。 草なぎ君は…“邪仙に騙されて(あるいは懐柔されて)、命削って術を行使する左道使い”しか思いつかない(←妖怪ですらないのかっ)。 後は内村さんのコネで、南原さんも出てくれるかな。個人的にはビビアン、ケディ、チェヨンも出してくださると嬉しい(←予想じゃなくって願望です)。 残る私の注目点は後一つ。「いつ白龍はでるんだっ!?」(←結局、そのオチかよっ!)
2006/01/05
皆様、あけましておめでとうございます! 元旦からいきなり南紀まで家族旅行してきたり。その旅行中に『鬼塊』の四章のラストまでと五章のさわり部分の下書きしたり。 そんな風に落ち着きの無い新春を過ごしている管理人です。 南紀では、南方熊楠の記念館を訪れたりしました。明治時代の『ネイチャー』には両親と一緒に感動しましたっけ。彼の存在や痕跡には、いろいろと感銘を受けました。 後は『黒ゴマ入りとうふショコラ』なるお菓子も試しに購入したり。…同行していた親戚が「んなもん買うのは、チョコ&大豆狂いのあんただけだ」と突っ込んでいました(笑)。ちなみに味は…まぁ、微妙です(←待て)。苦手な人もいるかも。 旅行中には『行列のできる相談事務所SP』もラストをちゃんとチェックし、香取君のお姫様抱っこもチェックしました。 そんなこんなで、三日の晩に帰宅。無事に『新撰組!!』も見ました。 …榎本と大鳥もすごくいい味のキャラクターだし、絶望している二人が希望を見出す過程が素晴らしかったです。改めて三谷さんに惚れ直しました。 また、桶狭間戦法を相談する下りは、聞いていてぞくぞくしました。 本編で草なぎ君の演じていた榎本の雰囲気を、見事に踏襲し膨らましていたのも感動しました。SPドラマも草なぎ君で見たかったのも本音ですが、今回の役者さんの演技の見事さにも舌を巻きました。 今日は私が映画館で不覚にも泣いてしまった『NIN×NIN』が地上波初登場です(ちなみにその泣いてしまった時の日記はこちら)。 地上波放送もしっかり見るつもりです。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 話は変わって。 ただ今、『辞書ツール』をサイトに導入するため、CGIと格闘しています。 CGIなんて、本館でリンクページを作って以来、数年ぶりです(←それも、数ヶ月だけでHTMLソースに書き換える)。 この『辞書ツール』は、小説『鬼塊術局』と『FFS』用の二つを作るつもりです。用語集にも検索機能があったほうが便利ですもんね。 編集する時も楽ですし(←それが一番大きい)。 しかし、昔に苦しんだにも関わらず、CGIのノウハウをほとんど忘れているんですよね(汗)。…ちゃんと使えるかな…(遠い目)。 新春のスマ番組の編集やら、親戚による怒涛のアニメ編集攻勢もあり、これも含めてまだまだ通常運行には遠い模様です(疲)。 あと、諸般の事情により『東京N◎VA』というTRPGのルールブックも買いに行く時間も作りたい(←なぜこれが必要なのか、まだ秘密です)。 それでもやりたいことのために突っ走ります!・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ それでは最後に。 SMAPにとって、実りある年になりますように。 ケディとジニーが更なる躍進の年となりますように。 そして彼ら七人と、このサイトを訪れてくださる皆様一人一人が、健やかに素晴らしい一年をお過ごしくださいますように。 のんのん(祈願)。
2006/01/04
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