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年配の方とお話ししていると最近の子は昔(我々の頃とおっしゃる)と違って勉強をたくさんするねといったことを仰られることが多いわしらの頃は勉強もせずに遊んでばかりいた今の子は遊ぶ時間もなく塾に行って勉強させられて当然その分、学力もよくなっていると思われているふしを感じるしかしながら報道などで知られる通り実際には学力低下の進行が著しい一口に学力低下といってもたいていの方はテストの点数が悪くなってきている程度の受け止め方しかされていないのではないだろうか実際には我々大人がまさかとか当たり前だと考えているようなことが出来ないのが学力低下の現状であるここではその具体例は挙げることは省くがほんとうに考えられないくらいちょっとした段差を乗り越えられないくらいに思考力が乏しいというか知恵がないというか気力がないのであるこれが現場で教えている人間の実感であるではなぜそんな子が多くなったのか僕が考える大きな要因の一つは世の中の便利さということである何をするにしてもボタン一つで結果を得られることが多くなったというよりも全てがそうなってしまっている今は全て操作で解決してしまうしかし僕らがまだ子供の頃は操作ではなく行動で解決をしなければならなかっただから下手をしてしまうと思う結果が得られないいわゆる失敗であるやり直し繰り返し段々上手くするためのノウハウが分かってくる知恵がついてくるここに考えるという思考回路が働き脳を鍛えていたのである当然その思考回路は勉強にも活かされるし何も勉強が嫌いで勉強をしなくてもそれはそれで生きるための大きな知恵として役立つものとなっていたこのことをふと料理に例えることに気が付いた料理とは本来包丁などの道具を使って食材を手ごろな大きさにカットしたり水加減調味料の加減火の加減あるいは効率的な調理の手順など試行錯誤によって基本を身に付けそしてそのノウハウが応用力となっていろいろな料理へと発展して調理できるようになるし初めての料理でもその要領がわかるものであるしかし現在の便利さとはいわばインスタント食品を作って料理という結果を得ているようなものである前述した道具の使い方、水、火、調味料の加減など全く体験することなく結果が得られてしまうのであるインスタント料理を作るだけで育った人間が本当の料理を作れるはずがないのは誰にでもわかるはずであるこれがまさに学力低下の原因のいい例えと言えるだろう教育関連にしても最近はさまざまなコンテンツが現れているがたいていは楽さ、手軽さを具現化したようなものが多い勉強においても昔からの定番とされる方法が一番だと思うのであるがそれはさておき現在の便利な環境は幼少期の思考力を高める時期には学力低下を引き起こす大きな弊害をもたらしていることは間違いない
January 31, 2013
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例年なら2月5日の県内私立で入試の幕開けなのですが今年はゴルフで他府県の私立高校へ進学する生徒がいたために29日が受験の第一弾でした結果はこれまた県内私立の前日に発表です吉報を待ってます!
January 30, 2013
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毎年受験生にプレゼントしている合格応援祈願グッズはこれちょっとチョコレート菓子が多かったかなでも今年もキティちゃんのストラップに特別にタイガーアイの玉を特注でつけてもらいました
January 30, 2013
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今回の体罰事件の報道を見ているといやどの事件においても同様であるがその事件にだけスポットが当てられて論じられる風潮がある今回の事件がどのような状況、背景でのものなのかわからないのでこの事件とは関係のない次元での話をしてみたい僕の一教育者として経験上の話としてとらえてもらえればいいし現場での教育者だからこそ見える視点とも思ってほしい原則僕は生徒に手出しはしないことにしているのであるが(厳密に言うと手や物で軽く小突くことはある=もちろんこの程度のことを体罰と捉えられることはたまったものではないとも思っている)度々このブログでも触れているようにとにかく最近の子は人の話が聞けない聞き方を知らない聞くか聞かないかは自分に選択権があるとさえ思っているようであるしつい先日も書いたが聞いたとしても、それを実行するかどうかの選択権も自由だと思っている教師の方が真面目に取り組もうとするほど情けなくなってくる自分の愛情がなぜ伝わらないのかと泣きたいくらいになってくるまるで愛して止まない異性に自分の気持ちが伝わらなかったときのようであるそれでも手出しできない以上言い続けるしかないのであるまたそこまでの気力と本気さがなかったり嫌われるのを恐れる教師はおそらく言うことを諦めてしまうのである本気ならそれにも負けずに言い続けるしかないもちろん生徒にとっては同じことを何度も聞かされうんざりしてくるだろう本当は言われたとおりにできない自分が悪いのにも関わらずであるとにかく一般の人が考えている以上にいや予想もできないくらいに実際には大人の話を聞くということができていない子供が多いまた一般的には歳を重ねるにつれて精神的に成長し落ち着き話を聞けるようになっていくと考えがちかもしれないがむしろ逆で歳を重ねるごとに素直さがなくなっていき徐々に真面目に聞かなくなるというのもわかってもらえると思うすなわち一番素直であるはずの幼少期に聞く姿勢が身に付いていない子の絶対数が多ければ(間違いなくこの数が昔よりもはるかに多くなっている=原因は自由とかゆとりであることは大きいし、子供を保護しない保護者になりつつあることもあろう)歳を重ねるごとに聞けなくなる子は増えていくものであるし元々聞けなかった子はその後も修正されることを強制されないまま歳を重ねれば当然聞かなくていいものという認識のまま改まることはないそして我々のように塾で指導するような学年になって話を聞きなさいと注意を与えると気かなあかんものなの?という顔をされてしまうのであるそれでも我々塾人はそれを乗り越えて聞かせるように躾けていかないと成績が伸びないとわかっているので恐れずに注意を与え続けねばならないのであるそれが塾の生命線だから おそらくすぐに結果が求められる部活動においてしかも勝利が当然と思われている強豪校にとって現在の話を聞けない、指示通りに動けない、素直でない子供たちを動かすためには特に自らが体罰容認の風潮の中で育ってきた指導者にとればパワハラで・・・となってしまうのだろう 解決すべきは体罰をしない認めないではなく(もちろん当然のこととして)社会全体(政治家、学者あるいは一般人全体の認識として)が現在の子供がそのような状況であることを認識しどう対処するか(全員が話を聞ける子にする)という方法を見つけ出すことではないかと思う
January 21, 2013
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毎年年明け早々のこの時期は新年度向けの教材展が各地で開催されています今年も現在のところ2件ほど足を運びました僕の見る観点はまさに料理人が市場で食材を選びながらどのような料理にできるかというようなもの今年の場合去年に一通り改訂されているためほとんど目新しい教材にお目にかかることはありませんでした(それでも2点見つけましたが)各ブースで声をかけられ足を止められるのはデジタル教材はっきりいって興味ありません完全にコンセプトはいかに教師が楽するか効率よく生徒を集め効率よく収益をあげるか挙句の果てに教師が面倒みよく教えることを「熱血ぶりをふりまく授業」と揶揄される始末僕は可能な限り人対人にこだわります僕ができないことはやりません人にも任せません ということで今回の大阪での展示会には二駅分を歩いて会場まで散策しましたのでその時撮った写真を・・・ここは、大阪アマ野球界の聖地、そして近鉄バファローズの主催ゲームが行われていた日生球場跡地です。小中時代は何度となく家族で野球観戦に、高校時代はここで試合をしたかったです。先輩たちはここで涙を流しましたが、僕らは違いました。そんな思い出の球場がなくなったのはさみしい限りです。 高校時代、大阪城の外周を走りに来ました。ここがスタート地点であり、ゴール地点。3周か5周は走らされました。これだけ広いお城だと隠れるところがいっぱいあって、多分さぼって隠れていた者もいたのだと思います。僕は真面目に走り切りましたけど。 ここは、大阪城天守の裏にある山里曲輪跡。大坂夏の陣で秀頼と淀殿が自害した場所。ここも、野球部の練習でよく来ました。手前の坂をおんぶで登ったり、手押し車で登ったり、サーキットトレやクロスカントリーをしました。秀頼、淀殿の血とともに僕らの汗もこの地面に染みついています。
January 16, 2013
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関西のとある情報番組で芸人のロザン宇治原が「授業を増やすことよりも、授業の受け方を教える授業をした方がいいのではと思います」といった発言をしていた上から目線ながらまさにその通りさすが宇治原、よくわかってると思ってしまったそしてこのことをとあるSNSで投稿したところ友達から「そこまでしないとあかんのかと悲しくなる」というコメントをいただいた実はここが盲点なのである学力低下に対して授業を増やすゆとりで削られた内容を復活させる教職員の質を上げるわかりやすい授業を展開するといったことに議論が集まりすぎであるが学力低下の原因の大きな一つに授業の受け方が全くなっていないということが見落とされている数年前に計算がまともに出来ない大学生が増加しているということが問題視されたが世間の感覚は授業何て教えられなくても誰でも出来るだろう計算なんて成績の悪い子でも出来るだろうと考えがちなのだ逆に授業に対しても授業中に立ち歩く私語をやめないなどといった行動的に問題ありということには注目や対処が議論されるが実は大人しくて私語や席を立ったりしないような子ですら目立たないだけあるいは先生の目が他の問題行動の子に行きがちで全く話を聞いていないということに気づいていなかったりそれどころではないということで放置されていたりしているあげくのはてに「大人しくて問題ない子ですよ」と懇談で言われたりしてしまうことが多々起こっているはずであるうちの塾に来る子は小学生高学年からであるがすでにその時点で指示を一度できちんと聞けない言われたことをすぐに行動とれない下手すると言われたことをしなければいけないとは思っていないいや聞かなければいけないとさえ思っていないそういう子がほとんどなのであるそしてそのことに対して注意を与えるとそんなこと今まで学校では注意されたことありませんというような顔をするのである授業中に座っているだけで怒られない対象であるそれでいいのだと思っているのである授業中に教室で座っていることが授業を受けていることだと思っているのであるきちんと聞く一度で聞き聞いたとおりに行動する言われたことを忠実にするということを知らずに学年を経ているから身に付く知識も付かないまま歳を重ねているだけなのである難しいからつまずくのではないすべきことをしていない何をすべきかを正しく教えられていないからつまずいているのである本当に簡単なことはそのような状態でも覚えられるだろうがふつうに簡単な程度のことはそれでは身に付いていかないのであるしかし大人の感覚ではそれぐらいのことはいくらなんでもできているだろうという錯覚をしてもっと先の問題だと受け止めてしまっているし現場に携わっていない数字だけで物事を評論する者には気づかないことである数字だけみて結果だけ見てもっと教えろしっかり教えろ分かりやすく教えろ面倒見ろと囃子たてている同様に子供たちの親も気づいていないので塾のチラシなどで分かりやすく教えますとことん面倒見ますといった謳い文句に踊らされて塾選びをしてしまったりする本音を言うならば今現在小学生高学年や中学生を対象に塾経営をしているが小学校低学年相手に授業の受け方というか躾面も含めた勉強とは何ぞやといった塾をやってみたいと思っているやらないのはニーズにそぐわないので今までの経験を活かせる学年で勝負せざるを得ないからである(もちろん信念をもって、低学年対象の分野で頑張りニーズを開拓していけばいいのであるが)でも本当に小学生低学年から授業の受け方をきちんと指導して実践すれば簡単に学力低下は解消できるはずであるいずれにせよ我々大人が物事を考えるとき現在起こっている事柄を自分たち当時の時代の感覚に置き換えて考えてしまうだから当たり前だったことは今も当たり前だという感覚で軽視して見落としてしまうのだ現代の問題は我々の常識とは外れた考えられないようなもっと根底の部分で起こっていると考えるべきである
January 15, 2013
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今年も大晦日から元旦にかけて約7時間あまりの越年特訓を行いました例年になく居眠りも見られずみんな朝までよく頑張りました入試まであと少しラストスパート頑張ろうぜ!
January 5, 2013
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あけましておめでとうございます今年もよろしくお願いいたします 今年は真学道場Shinが開校して丸5年6年目に突入する年でもありますが何よりも開校以来の大変革の年フルモデルチェンジともいえる年でありますこれからの真学道場Shinにご期待いただくと同時に変わらぬご支援をお願いしたいと思います
January 1, 2013
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