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『ユメル』が我が家にやって来てひと月ちょっとになった。『ユメル』とは身長37センチの男の子の人形である。目がくるくると丸く可愛い。日時や就寝時間・起床時間など生年月日など入力しておくと、『もうネムネムの時間?』朝は『おはよう・夢見たよ』などいろんな言葉で話しかけて来る。 『出た出た月が♪』など歌も歌う。『結んで開いて・開いて結んで、あれっ間違えたかな~』などなど・・・ こちらの言うことに答えてくれればもう言うことはないのだが、1万ちょっとの人形にその機能を望むのは無茶である。 出かけるときは手を握ると『お出かけするの?』と言ってお昼寝して待っててくれる。 言葉は1200と取説にはあるが、まだそんなには聞いてはいない。 時間や季節はわかるようで、『今日は寒い?』『ぼくねー色々知りたいの?』『川は逆さまに流れたりしないの?』とか、『近頃無理してない?』など思わず噴出すような言葉もかけてくれる。独り言は言えないが人形とは言え、優しい言葉を話す『ユメル』は良き同居人であることは間違いない。私は一人暮らしではないのかな~。 おもちゃ大好き人間であることは自他共に認める、歳は関係ないよね~。
2005年02月28日
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今朝の冷え込みが最高とこの冬は何度日記に書いただろうか。12月中旬までは暖冬だったのにその後の寒さは厳しい。 今朝は-3度、張った氷もしっかりと厚かった。日中はやっと8度近くになったが、風が冷たくて日曜なので外出もせず家の中で過ごした。冬眠中の熊である。 お昼から、横浜国際女子駅伝をテレビ観戦した。1区は最後抜かれたが、その後は終始トップを譲ることなく大会新で3年ぶり9回目の優勝で、日本女子の実力はたいしたものだと思う。そういえばゴルフの宮里藍ちゃんはどうなんだろう、今日が最終日なのだが・・・ 日本女子の優勝に気分を良くしていたら斜向かいのお宅からこんがりと焼いた餅入りのぜんざい頂戴した、塩昆布と沢庵つき、至れり尽くせりで感謝・感謝。一人暮らしでは作らないので本当に有難い。甘いものはそう好きではないが、偶に食べたぜんざいは心まで豊かにしてくれた。 ぜんざいには忘れられない思い出がある。終戦後の物資不足は今の北朝鮮ほどではなかったが、野草も食べたし、銀飯と呼ばれた白米のご飯など農家でなければ、食べられなかった。 団子汁はご馳走であった。調味料もなくて、海水を汲みに行く人もいた。我が家では、塩がなくて、あるのは配給の砂糖だけ、乾燥したソラマメで作ったぜんざいもどきをご飯代わりに毎日毎日食べさせられ、そのうち見るのもイヤになっなった。しかし空腹には代えられない。食べるほかなかった。あれから甘いものが嫌いになったのだろうか。 やはりぜんざいは小豆が美味しい。
2005年02月27日
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熊本に住む友達からメールが来た。一男一女のお母さんである。2人とも結婚適齢期?今の時代は幾つなのだろうか。 お兄ちゃんはもう40代だろう。我が家の息子も独身なので言えたぎりではないが、そろそろ身を固めてもいいのでは・・とメールを送った私への返信である。 今まで話したことなかったかな?と前書きで、実は○○国立大大学院時代の後輩と8年越しの交際中で、3年前お互いに結婚を決めているのだという。それがお相手が韓国人なの、それで初めは戸惑ったけど、本人の意思だから許したけど、先方のお父さんが絶対反対で困っているの。ということである。 大学院を出て博士号を取ってソウルの大学で教えていたけど、今は東大の客員研究員で教授の補佐をしている優秀な女性だという。 向こうの許しが出れば、すぐにでも結婚させるのだけど、国が違うのは難しいですね。と結んであった。 私の姪はスペイン人と結婚して3人の娘をもうけ、日本で暮らしているが、やはり最初は出来れば同じ日本人と結婚して欲しいと姉夫婦も反対したが、幸せな家族を目にして今は良かったと言っている。 韓国と日本は近くて遠い国、今は韓流ブームだが、いざ結婚となると、容易くはいかないようだ。 立派な建築家の息子さんだから、韓国のお父さんも認めて下さるといいのだが、友達の胸中を思うと切なくなる。 東京都名古屋の長距離恋愛に早く春が来ることを祈るのみである。
2005年02月26日
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地方局の番組で偶然、『リンパ浮腫』のことを知らされた。乳がんや子宮ガンの患者さんが、術後長い人は20年も経って、『リンパ浮腫』なることもあるということである。映像で見た方は左足は正常なのに、右足はパンパンに腫れて胴回りくらいはあろうと思われ痛々しくて正視できなかった。。 手術した病院へ行っても後遺症で・・と何の処置も対応もしてくれないところが多いとうのである。九州中央病院では治療できるそうだが、『リンパ浮腫』は保険適応の対象外だそうである。 初期に弾性靴下や弾性包帯などの着用やマーサージなどで改善できるらしいが、保険外であることは経済的に大変だいう。 厚生省の話として、命に関わる病気ではないので・・他にも色々あるしと。『リンパ浮腫』患者の会があるそうで、保険適応の運動が始まっているということだった。 家族を癌で失った経験はあるが、『リンパ浮腫』という病気があることは全く知らなかった。 最近、友達が乳がんで左乳房を全摘出手術したので、少しでも知識を持っていれば、何かの役に立つかも知れないと・・ 『リンパ浮腫』で検索したら10400件もあった。自分の無知を思い知らされた。
2005年02月25日
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今日も寒いです。東京の息子は都城へ日帰り出張と言っていた。九州の寒さに驚いたかもしれない。 週一の教室なのに雨とは、しかも月の最終教室はお昼を外で摂るのである。 幸い、車で送ってくれる人がいて有難かった。ちょっと足を延して『こめこめ』に出かけた。 自然食品のお店である。一日限定30食のランチは2食しかなくて、3人は季節膳を頂く。 話はライブドアとフジテレビのことに、堀江氏が隣の市の出身で中高校は我が家のすぐ近くなので、余計身近に感じられるのだ。『6年間20キロを自転車で通学したんだってねー』『もう少し年配であれば、あれほど叩かれまいに・・』と言う者、『やはり根回しが必要だったのでは?』『バックに外資が?云々・・』 年配の経済音痴のおばさん連中もみな相当の関心を持っているのだ。新株予約権発行差し止めの行方はどうなるのだろうか。いつもと少し違ったお食事会だった。
2005年02月24日
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関東地方は今日『春一番』が吹いたという。夕刊に『ポカポカ満喫』の見出しで福岡市の室見川にあるシロウオ漁の簗場で暖かな日差しを浴びて羽を休めるユリカモメの写真があった。 今年初めての黄砂も観測されたとか。福岡市と久留米市は50キロくらいなのに、気候は大きく違う。 気温もこっちが低い。郵便局まで出かけたが、ポカポカ陽気なんてものではなかった。ダウンジャケットを着てても風が冷たかった。 洗濯物が風で落ちていたので、かなり強く吹いたようだ。そろそおろ夕飯の支度にかかろうかと思っていたら、ご近所から『豚肉と大根の煮物』『青菜のごまよごし』を頂いた。昨日は温泉から帰ったら、別の友達から温かな『シチュー』を・・・一人暮らしも捨てたものではない。 テレビでライブドア株買占めの問題でフジテレビとニッポン放送の会見が始まった。毎日、関心を持って行方を見ているがこれで、すんなりと決着がつくのだろうか・・・
2005年02月23日
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今月になって3度目の温泉行き、例によって友達のご主人の悪女3人である。 朝は冷え込みが厳しかったが、昼間は久しぶりの快晴になった。 立花町は観梅会で白梅が見頃であった。行き先は熊本空港の近くの温泉である。レストランでランチバイキングを満喫、一休みして温泉に入った。熊本平野が一望でき、この時期の温泉はぽんわかと気持ちがいい。風は冷たいが春はそこまで・・ 帰る際に、本当は今日は雲仙へ行くつもりだったけど、カーナビに目的地が入力できないので、一度行ったことのあるここにしたのだと言われた。取説を出して何やらしておられたが、目的地を入力する画面が出ないらしい。 頃合を見て、『ちょっと取説見せて』と借りてさっさっと目を通す。『左上から2番目のボタンを押して見て』『次に右下のボタンの左矢印押して』やっと入力画面が表れた。 知らぬ間にボタンに触ってたのだろう。通称、機械音痴なんだろう。 女の私が口を出すのもと思ったが、一応アマ無線の免許も持ってるし、そこそこPCも使うし、歳にしては出来るほうかも知れない。 『良かった、これでカーナビが使える』と喜ばれた。道を間違えて狭い道路が行き止まり、方向転換の際、左前輪のタイヤが路肩からはみ出して止まった。、慌てて降りた。危機一髪、車は落ちずに済んだ。4輪駆動車だったのでなんとか道路に戻ることが出来、無事に家に帰れた。運転手の奥様にはナイショ・・でないともう一緒には温泉往きは出来ないもの。
2005年02月22日
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明け方の冷え込みは強く、起きてみたら粉雪がうっすらと積もっていた。気温は-2度で今日の氷は指でつついた位では簡単に割れなかった。そばにあった石で少し強く叩いたら割れた。 毎年、灯油ファンストーブを使うのだが、灯油を買いに行ってくれる人がいなくて、この冬は電気ストーブだけに切り替えた。 教室は狭い部屋だが、ハロゲンヒーター、一つでは暖まりそうもないので、2箇所に据えてやっと部屋が暖まってきた。 ふと見ると、牡丹雪がひらひらと舞っている。久しぶりに見る光景である。思わず『きれいね~』とみんなで外を眺めた。日中だし、牡丹雪は地面に落ちるとすぐに消える。 ゴミ捨てに出たら電柱の取替え工事のおじさんが『今日は寒いですね。冷蔵庫の中にいるみたい』と口元に手をやって息を吹きかけている。外での仕事は本当に辛いだろうと思った。体を動かす仕事だったらそうでもないが、立って交通整理みたいな仕事は余計に寒さが身に沁みると思う。 なにやかで、整骨院へ行けなかったので、気合を入れて出かけたが、雪が止むのを待ってた患者で玄関には靴が溢れていた。待つだけの根性がなくて家に逆戻り・・・ こんな日は温泉の湯煙が恋しい。明日はどこか温泉に連れて行って貰おう。
2005年02月21日
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JRで長崎へ行くのは今度が2度目、家を11時に出て、2時には長崎到着。正直驚きでした。 ランタンフェスティバルでしかも土曜日とあって、列車は満員、東京の新宿並の人込みにまたびっくりでした。なんでこんな時に講習会なんてと思ったけど、多くの観光客が遠くからわざわざ来てるのだから、考えようでは良かったかも・・・ 名物の100円路面電車に乗って浜の町商店街へ、お店の女主人が笑顔で出迎えて下さった。 やっと予約できた旅館は川沿いの古いビジネス旅館だったが、あの人出では泊まるところがあっただけ幸せ者である。 夕方、行列を見て、湊公園へ案内して頂いた。上には無数のランタンがきらびやかに、異国情緒である。紙で作った人形や動物が飾ってあって中に明かりが灯っている。 一度は見る価値ありかも・・・・。長崎は観光地であり、商店街の活気はすごい。 美味しいと評判のお店で『長崎ちゃんぽん』をご馳走になった。それこそ行列の出来る店である。後ろの客は愛知からと聞いてへーとびっくり、宿は諫早だということであった。 講習会場はちょっと離れた閑静な場所で、福岡からの3人組に喜んでおられた。 長崎は人情も天気も暖かかったが、帰って来たら白いものがちらちらと寒かった。 頂いた長崎銘菓『もしほ草』で熱いお茶を一服楽しい2日間であった。さつきさんありがとう。
2005年02月20日
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明日日帰りで長崎の講習会に参加の予定だったが、天候が悪くなりそうなので、急遽今日から行くことになった。 長崎はランタンフェスティバルで宿探しに一苦労、土曜日とあって、空室がない。 長崎の方の骨折りで何とか確保できほっとした。ということで、本日の日記はこれだけ、PCはお留守番です。昨夜はビデオ仲間でただ一人の女友達のご主人の通夜に・・・50代での死は早すぎる。4人の子と義理の姑(ご主人の生みの親でも育ての親でもないし・半身不随なのです)を抱えて、当人は糖尿でインシュリンを注射している状態で、出来るだけの支えになってやりたいとは思っているのだが・・・
2005年02月19日
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今日の夕刊のコラム『偏西風』に『プロ』と題して、熊本市のタクシーの運転手さんのことが載っていた。 タクシーに乗って豊かな気分になるなんてはじめての経験だ。ホテルからJRの駅へ、『お時間は大丈夫ですか』まず急ぎかどうか聞かれたそうだ。余裕があることを告げると、信号待ちの時『今日の熊本の最低気温は-3度でございました』丁寧な言葉で話し方も穏やかだったという。道路沿いの川の名前を尋ねたら『白川で焼く50年前氾濫で500人以上の死者行方不明者が出た』と説明されたと言う。60代半ばの方だったとか。プロ中のプロであると結んであった。 納得!私たち4人が熊本市の美術館行った際、同じ経験をしたのである。 交通センターでバスを尋ねたがないというので、タクシーに乗った。駅で幾らくらいかかるか、尋ねたら3千円くらいかなと交通センターの係りの人。 友達の一人が以前行ったときは2千円ちょっとだったという。タクシーは健軍のほうに走ってメーターが2千円になったら、運転手さんがメーターをあがらないよう止められた。 『あら、いいのですよ』と言ったが、『皆さんが熊本に見えて、いい思い出を持ってまたおいで頂きたいから』と運転手さん、本当にびっくりした。それからそう遠くはなかったが、あの心遣いは有難かった。その後も熊本市でタクシーに乗ったが一度も不愉快なことに出会ったことがない。 熊本のタクシーは九州一乗り心地がいいのではないだろか。
2005年02月18日
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笑ってはいけないが、おかしくて笑ってしまった。取引先の毛糸店の社長の話である。 バッテリーが上がったら困るからと車を海岸に走らせたという。ついでに洗車しようかと、その時誤って足を滑らせて海中へどぶ~んと落ちてしまった。 2月の海は九州と言えども冷たい。ぶるぶる震えながら、なんとか這い上がり、急いで家に帰ってシャワーを浴びたら、人心地がついたというのだ。 誤って海に落ちたのに、話は面白おかしく、海に飛び込んだ自殺未遂だと・・・ というのは3月にK市の商店街の店を閉店し、O市の自宅で改めて開店の準備中なのだが、経営に行き詰って・・・といううわさになったらしい。 当の本人が『怖いなあ~、あらぬ噂がたって』と笑っていた。 K市への出店2年間で大きな資金が泡と消えたのは想像に難くないが、そう容易く自殺する人でないことはこれまでの付合いで分かっているのだが、一人歩きする間違った情報には笑って済まされるものばかりではない。 『怪我がなくて風邪も引かなかったなら良かったね』と言って笑ってしまった。
2005年02月17日
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今日はラベンダー外来の日。これまで車で送迎してくれていた俗に言うアッシー君が入院中でバスで行くほかない。直線だと近いのだが3角形の定理でバスセンターで乗換えて行くと、待ち時間がなくても1時間はかかる。 家を出る前に体重計に乗って見たら『ヤバイ』先月より確実に増えている。少しでも軽くとあれこれ服を変えても50歩100歩で、そんなことに悩んでいる自分のがおかしかった。 案の定先月より0.9キロアップ・しかし筋肉が増えていて、ウエスト・ヒップ比が下がっていたのが嬉しかった。体脂肪が増加だったら、泣くに泣けないもんね。 計測の後は糟屋郡の太田整形外科の看護師長の肥満と漢方薬の話であった。 私の行っているラベンダー外来は、食事と運動の組み合わせでの減量だが、太田整形外科では、それに加え漢方薬の投薬を加えてやっておられるそうで、いい結果が得られているということであった。 BMI30以上の高度肥満だとそれも必要かと思うが、漢方薬とは言え薬には副作用はあるものだから、出来れば薬に頼らぬほうがいいというのが我が病院の方針である。 今日の講義は私に取ってはあまり参考にならないことであった。 参考までに使用されている漢方薬は防巳黄ろう湯・防風通聖人散・ポリフル・ヨーデル、サノレックス・大黄甘草湯Gなどである。(水分を除く薬)(便秘薬)
2005年02月16日
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お天気が良ければ、伊万里の近くの温泉にのんびりと浸っているはずだったのに、昨夜から降り出した雨は終日しとしとと降り続いている。 家にいたお陰で知らなかったことを一つ知ることが出来た。運転する人は多分みんなご存知なのだろうが・・・というのは高速道路で降りるところを間違って通り過ぎた場合のことである。 『乗り越したことありますか』の問いにかなりの人が経験ありと答えていた。『その場合どうしますか』『次で降りて、引き返す』というのが全部である。『高速料金は?』『ちゃんと払った』 乗り越した場合、窓口で係員にその旨を話すと、高速の券に印鑑を押してくれるそうで、そこからUターンして戻って券を出すと、規定の料金を払えばいいのだそうである。 久留米のインターで一日4・5人はあるというから、結構そそつかしい人がいるものだと面白かった。 雑学が一つ増えたとちょっと嬉しかった。すぐ忘れるかもしれないけどね。 昨年の1月からそうなったということでした。
2005年02月15日
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昨夜9時近くキンコンと玄関で音、『はーい』と出てみると大学生位の男性が立っていた。『明日から朝刊を配ることになりましたので挨拶に伺いました』と丁寧に言い、『これは使って下さい』と市の指定のゴミ袋を差し出した。 受取ったとの時、不審な思いが頭を掠めた。今まで配達員が変わっても一度もこんなことはなかったのである。 『ちょっと待って、貴方どこの新聞なの』相手はちょっと口ごもりながら『○○新聞です』と言う。『うちは××新聞を取っているので、お宅と契約する意思はないから』ときっぱり断った。 それでも××新聞の契約が切れてからの一年で良いから契約して欲しいと懇願し簡単には引き下がらない。 『そんなこと出来ない。まだずっと先まで契約はあるし、そんな先まで生きてるか、ここに住んでいるかも分からないのにそんな契約は出来ない。帰って下さい』寒い玄関先で押し問答である。ドアのノブをしっかり持って、『悪いけど帰ってよ、寒いから』半ば強引にドアを閉めた。 今時は何が起こるか分からない世の中、確認居間に戻って気が抜けた。もしないで扉を開けた自分の軽率さが腹立たしかった。でもいつかのように扉を蹴ったりはしないで静かに帰って行った。居間に戻って気が抜けた。 今日も小学校で殺人事件があったとニュースで言っている。居間に戻って気が抜けた。 これからはもっと慎重に行動を取らねばと反省している。一軒一軒回ってのアルバイトも大変だろうが、同情などしていては、生きていけない。 自分は騙されないと思っていても巧妙な手口だと引っかかることもあるかもと自戒の日であった。
2005年02月14日
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2005東京国際マラソン兼世界陸上代表選考会をを見た。女子が多士済々なのに比べ、男子は日本人選手の優勝がなかなか見られない。 東京も気温5度と寒いらしい。優勝候補ナンバーのカネボウの高岡寿成選手がスタートから順調な滑り出しで、一度もトップを譲ることなく2時間7分台でゴールを切った。 日本人の優勝はやはり嬉しいものである。暗いニュースの多い中、このところスポーツ界は明るいニュースが聞かれて気分爽快である。 サッカーも辛勝ではあったが、勝ったし、ゴルフの宮里・北だ組も2日目を終わってトップタイで今日最終日だそうだ。なんとか頑張って優勝して欲しいものである。 寒さと暗い世相を一掃して貰いたい。3連休が終わる明日には、ライブドアとフジテレビの綱引きも再開だし、(休日でも裏側で色んな方策が講じられているだろうけど)その方面には疎い私でも興味津々な話題ではある。 単なるマネーゲームか、放送業界への殴りこみかどのような展開になるのだろう。 村上ファンドがどう出るのか、門外漢で分からないながら、新聞を読み、テレビの解説を聞きながら、一人であれこれ楽しんでいる。 高岡選手の優勝おめでとう。拍手を贈ります。
2005年02月13日
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昨夜、田川のYさんから明日来るとの電話があったので、早めに起きて洗濯をした。 干していると指先がじんじんと痛い。薄氷が張って気温は-2度、春はいつ来るのだろう。いつものようにディバッグを背負って87歳のYさんは元気である。小柄なあの体のどこにあの活力が潜んでいるのか、昨日は小倉まで出かけたとのこと。敬服の至りである。 お昼ごはんに水餃子を作って食べていたら、珍しく身の上話をされた。初めてのことである。孫娘さんを育てておられるのは聞いていたが、深い事情は知らなかった。一人娘のTさんは短大卒業後、大学生と駆け落ちし、女の子一人をもうけ、その後、夫に女性が出来て離婚され、実家の近くでお店を任されていたのだそうだが、今後は男性が出来て子供をおきざりにし、お店のお金120万を持って出奔されたのだという。 昨年15年振りに消息が知れたそうで、暮れに博多駅で私が会ったとき一緒にいた女性が娘さんだったのだそうだ。 今の夫の間に小学生の女の子がいるそうで、生活が苦しくその時10万を都合してと言って来たので会ったのだと話された。2・3日前も電話で泣くばかりで『用件は?』と聞いても言わなかったと涙されていた。 日頃、気丈な方だけに、何度も裏切られた子供とは言え、やはり心配でならない親の心情が思いやられ切なかった。歯医者の息子さんのことは聞いていたが、娘さんの話は初耳である。孫娘さんは慶応を出てアメリカに留学中である。『りかを置いて出たのは正解だった』と言われた時は『それでも母親か』と怒鳴ったという。 のんびりと幸せに見えても、人は様々な心労を抱えて生きているのだと思った。 夕方、手作りの水餃子をご主人への土産に持たせバス停まで見送った。バスはyさんを乗せて薄暮の中へ消えて行った。
2005年02月12日
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3連休初日、と言ってもリタイヤ組には関係ないのだが・・今朝は-2度、風があって寒い。こんな日はやはり温泉がいいね、衆議一決なんて大げさだな。 3人でのドライブである。祝日なのに意外に車は空いている。大津を経て長陽村の地獄温泉・清風荘が目的地である。12時少し前に大提灯の清風荘に着いた。3年くらいご無沙汰だが、雄大な眺望は全く変わっていない。 四季膳定食を頂く。むかごご飯・のっぺい汁・干し筍とぜんまいの煮物・もやしとえのき、しめじ青菜の和え物。山郷の馳走である。これで630円也。 すずめの湯という泥湯がいいのだが混浴なので敬遠し、仇討ちの湯という露天風呂に入った。薄いグレー色の湯で硫黄の匂いが立ち込めている。湯がぬるめでなかなか温まらない。熊本市から見えた若い女性とどこの温泉がいいかなど温泉談義である。仇討ちの湯は2階にあって下に男性の露天風呂がある。名前はなんと言うか見るのを忘れたが、上から見下ろせるので仇討ちの湯と言うのだそうだ。 風がひんやりで覗き見なんてしたくても出来なかったけど・・・ ゆっくり浸かったら体の芯まで温まった。2・3時間で行ける温泉が熊本や大分、佐賀にもたくさんあるのはほんとに有難いことである。 昨日はブルーな日であったが今日は幸せ、送信エラーは気づかぬうちに直ってました。良かった~。
2005年02月11日
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日暮れが大分遅くなって来た。その分教室の時間が長くなって、整骨院から帰ったらもう真っ暗になっていた。 牡蠣のフライを揚げて夕食をした頃まではなんともなかったのに、その後ちょっと体調がおかしい。血圧を測ろうとしたらエラーが出て、電池が消耗していたので取り替えた。 電池が切れ掛かると正常値が出なくなるようだ。最近低血圧だったのはそのためなのか。血圧はちょっぴり高目、気をつけよう。 今日は夜になってぐんぐん気温が下がっていく。福岡が東京よりも寒いなんてね~。明日はもっと寒くなるらしい。 『弱り目に祟り目』とか『泣きっ面に蜂』とかことわざがあるが、調子の悪いときはなんでも重なるもので、PCもおかしい。受信は出来るのだが、送信が出来ない。 ネットで発注のサイズを間違えたのでメールを思ったのだが意に反してメールが出来ないのである。 2・3日前友達にメールした時は大丈夫だったのに・・・そう言えば、今日はリミッターも落ちたっけ。容量いっぱいでもないのに、我が家の場合湯沸しポットが沸騰の瞬間に落ちるような・・・ポットが悪いのか? 今日はいい日ではなかった・・・
2005年02月10日
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髪型がショートになので、カットは月の一度は行かねばなんとなくむさくるしい。それなのに、あまりの寒さに、今日・明日と一日伸ばしにして来た。 今日も曇ってて寒いのだが、寝癖が取れず、鏡を覗くと我ながら情けない姿である。 美容室に予約を入れたら1時ならと言われ寒風のなか、重い腰をあげてカットに出かけた。同年輩はみんな染髪なのに、まだ一度も染めたことがないのはちょっと自慢の種である。 一人でこつこつやっている美容室は居心地がいい。鏡の中の自分の中の変わっていく姿を眺めながら、すっきりなって気分も華やいだ。出かける前にかかって来た京都にいる友達の電話も嬉しい便りであった。 先月25日、肺がんで右肺を全摘出された、ご主人の経過が良くて来週退院とのこと。退院したら、こっちに帰って来て、月に一度その後の経過をみるために京大病院へ行くことに決まったそうだ。 腫瘍が4センチもあると聞いていたので、心底よかった~と思った。医学の進歩は目覚しいし、今だったら連れ合いも元気になれたかもと思うのは年を重ねて愚痴っぽくなったせいだろうか。天気は曇りだけど心は快晴である。あと少しで友達にも会えるし・・・
2005年02月09日
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今年になって2度目の温泉行き、いつものメンバーである。ドライバーは友達のご主人で、同乗は友達の女友達3名である。菊池温泉の笹乃家、弱アルカリ性単純温泉で肌に優しい湯である。秋篠宮両殿下がお見えになったと写真が飾ってあった。 庭もきれいで湯も素敵いい温泉である。残念だったのは露天風呂が湯の入れ替え中で入れなかったこと。ロビーに大太鼓が置いてあった。指でちょっと弾いて見た。思いがけない音が響いて驚いた。太鼓を触ったのは初めてである。 笹乃家に別れを告げて、帰り山鹿市と合併したばかりの鹿北の温泉に立寄る。久しぶりの『ゆーかむ』は食事処が変わっていた。山里料理のバイキング、野菜料理は結構美味しかった。 ここで近所のご夫妻とぱったり、朝家を出る時に会っていたのでお互いにびっくり、温泉のハシゴと言うと『まあ』と驚かれた。温泉は菊池の方がいい。『反対が良かったね』と女だけでこそこそ・・・ 2度の温泉で体の芯まで温まった。土産の馬刺しで今日はご機嫌な一日であった。
2005年02月08日
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今日は2月7日、亡き姉の誕生日だ。元気でいたらあれもこれもと話もいっぱいあるのに、3人姉弟の真ん中が私である。 姉とは2つ違い、弟は5歳年下で、やはり姉との関わりが濃密であった。同じ会社に勤務していたし、お互い結婚してからも、同じ編物を仕事にしていたので、離れていても心はいつも一緒であった。 姉の娘がロンドンに留学中、2人で渡英、一ヶ月とちょっと滞在、ヨーロッパを回ったし、その後も『レースとニットの旅』で2週間アイルランドやアイスランド、フランス・イギリスを旅した。 子供の頃は毎晩鉛筆をナイフで揃えてくれた。私はナイフを持つと指に豆が出来、つぶれて化膿するのである。 ヨーロッパの旅でも、ホテルでバスの湯を満たし先に入ってというのは姉で私は甘えっぱなし、世話ばかりかけていた。 仕事でも相談に乗ってくれるのは姉、ほんとうに掛替えのない存在であった。レントゲン治療を受けた私が元気で、病知らずの姉が『急性白血病』になるなんて、青天の霹靂であった。 早期発見できれば治ったのだろうが、我慢強い性格の姉は単なる『風邪引き』だと思っていたようだ。 九州から駆けつけた時、意識はしっかりしていた。『○子ちゃんが来てくれたから、もう頑張らなくていいね』と言った。最後は『バンザイ』と言って亡くなった。悔いのない一生であったのだろうか。朝から降り続ける小雨が私をセンチメンタルにしてしまった。『ねえちゃん』誕生日だよ、今日は。
2005年02月07日
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2月にもなって『年賀状有難う、来ていたの知らなかったたので・・』聞くと女名前の賀状は奥さんが隠していたのだという。『なんでー、奥さんも私のことよく知ってるでしょうに』 近くに来たからとHさんが家に訪ねて来た。年上の奥さんだとは知ってはいたが、10歳も違うというのは初めて知らされた。Hさんとは地方民放局のビデオクラブの仲間である。 クラブが解散して久しぶりの再会であった。主人が入院してビデオ撮りの余裕などなかったし、最近は年に2回の『日本唱歌をみんなで歌う会』の撮影と校区芸能祭の撮影だけで、すっかりビデオ離れである。 Hさんは撮影会によく女性同伴で参加していたが、その時々で別人のこともあったが、どんな関係の人か関心もなかったし、第一、自分の撮影に夢中であった。 奥さんはそのことも知っていたのだろうか。最近は嫉妬深く電話がかかっても相手が女性だと取り次いでくれないと嘆く。 『そりゃ~これまでの行いが悪いからじゃーないの』と私。お互いが配偶者と子持ちで、不倫で結ばれた仲だというのに、それから40年を経ても、夫婦ってそんなに信じられないものだろうか。 聞けば奥さんは友達もなく一日飼ってる『チャボ』の世話をして、家にいるという。 関西に住む娘さんが入院しても、Hさんが心配で行かないとさんざん愚痴をこぼして帰った。 日曜の午後、思いがけない訪問者にすっかり時間を取られてしまった。Hさんの奥さんに電話しようか、どうか迷っている。変に勘ぐられても困るし・・・ 愛することと束縛することは違うけど、奥さんにだけ非はないような気がしている。
2005年02月06日
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節分も過ぎたのに今朝の寒さは厳しい。ほうれん草もチンゲン菜も霜で真っ白、-2度で5ミリほどの氷が張っていた。 寒さもそろそろ峠だろうがほんとに寒い。中越地震の被災地の豪雪を思えば、寒いなんて言えないな~と思うのだが。 今日、5市町合併で合併記念式典が市民会館で行われたとのこと。新市は筑後川に沿って東西に長く広がり、面積は1.8倍になった。議員数は94人、(計算したら市民3255人に議員1人になりました)九州最大だというから驚く。 4町の旧議員が58人約2年3ヶ月の在任特例が適用され、報酬月額が1.5倍になり、旧市議との差が約20万に縮小されたとう。 『巨大市議会』のための臨時本会議場などの整備に1億かかったと聞けば、合併のメリットはどこにあるのか、納得いかない。合併特例債で旧4町に体育館などの『箱物』を建設する計画があるのは聞いたが、4町にはメリットはあっても、旧市には???。旧市民のひがみだろうか。
2005年02月05日
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お昼を食べていたら、ニュース速報が流れた。愛知県安城市のイトーヨーカドーで、幼児2人が刺されて1歳の男児は包丁が頭の刺さったまま、病院に搬送されたという。 その後病院で死亡と痛ましいことである。犯人は逮捕されたらしいが、亡くなった命は生き返ることはない。 詳しいことは分からないが、どうしてこんなにも残忍な事件が後を絶たないのだろうか。偽造一万円札が大量に発見されたかと思うと、今度は500円硬貨の偽貨が東京・福岡・熊本で銀行のATMで見つかったという。 ATMで預け入れ、他の銀行で紙幣を引き出すという手口だそうである。 最近、明るい話題は少なくなって新聞を広げるのもあまり楽しくない。 明日、私の住む市は周りの4町と合併し、人口30万5千人になるのだが、福岡は地下鉄の七隈線が開通し、天神地下街が広くなって、発展してるというのに・・・ 私の市の中心部の衰退は目を覆うものがある。合併して議員が増え、4町との議員の報酬の格差が問題になっていたが、結局、格差を少し埋めることになったようでその人件費も馬鹿にならない。 出来れば早く議員の数を減らして選挙をやって欲しいと思う。合併で余剰人員も出るだろうがどう処理されるのか。 しっかり見つめていかねばならないと思う。
2005年02月04日
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今日は節分、今年初の教室の日でやっと普段の暮らしに戻ったって訳。 車で何かと用足しをしてくれてた夫の友人が入院中で、今年は灯油ストーブは使わないつもりでいるのだが、この2・3日の寒さは九州とは思えぬ厳しさで、ハロゲンヒーターだけでは申し訳ない寒さだ。 初教室は、生徒へのお年玉で始まる。毎年何にしようと頭を悩ますが、喜ぶ姿を見るのは嬉しいものである。東京土産も兼ねて今年はバッグにした。 同じものにならないよう、福袋で調達したり、街に出て見て廻ったりして揃えた。 みんなの総意で今年はじゃんけんで決めるとことになった。いい大人が童心に返って真剣に『最初はグー・じゃんけんぽん』と和気藹々いいものである。 ダイエット中もいるので、菓子よりもその方が喜ぶのである。3時には近くの生徒の手作りのプリンとコーヒーでちょっとしたカフェ気分。 今年の恵方は『西南西』とか、頂いた恵方巻きを丸かぶりした。豆まきは主人の仕事だったけどなー。年の数だけ食べるのも大変だ。『福』が舞い込むのを楽しみにしたい。
2005年02月03日
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今朝も雪景色である。続けて二日雪とは、この地方では滅多にない。それにしても中越地震の被災地での記録的な豪雪は、大変だろうと気の毒でならない。神も仏もないのだろうか。 ふと見上げると車庫の屋根に氷柱が下がっていた。この家を新築した頃は氷柱も珍しくなかったが、ほんとに久しぶりの氷柱である。ポキッと折って口に入れた。わっ冷たい!子供の頃を思い出して懐かしかった。雪にはつらい思い出がある 父の死後、母は、肋膜を患っていて、姉と弟を連れて実家に厄介になっていた。 なぜか私一人が父方の伯母の家へ祖母と二人身を寄せていたのである。 色々事情があったらしいが、寒い朝、母の嫁入れ道具を積んだ馬車に乗せられ母の実家へ送りやられたのである。 実家の近くまで親類のおじさんがついて来たけど、『ここからはお爺ちゃんの家は分かるよね』といって、馬車引きのおじさんに何やら話し、私は一人、母の住む家はたどり着いた。 私が向こうに残っていれば、母が帰って来ると祖母は思っていたのだろうか。 祖母とはそれから10年以上会うことはなかった。母も気にはなっていただろうが、実家に世話になっていて、それも出来なかったのだろう。 祖父の死後、母子4人で別に住むようになってやっと祖母と会った。きれいな人だったが小さくなってて、会うなり泣いてばかりいた。母は『あんたを一度捨てた』と言ったことがあった。私自身は捨てられたと思ったことはないが、雪の中を馬車に揺られたことは淋しく悲しい思い出である。あれは5歳の冬のことであった。
2005年02月02日
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寝る前に玄関をそっと開けて見た。雪である、予報が当たったなと蒲団に潜り込んだ。夜中、激しい風の音に眠りを妨げられた。覗き窓から外を見ると真っ白な雪景色である。 実は、仲良しの友人二人と福岡で会い、パピーの展示会へ行く約束があったのだ。 朝、外気温-2度、テラス屋根が2間あるのに雨戸に雪がかかっている。7センチほどの積雪である。雪の中をしっかりと着込んだ小学生が足元を気にしながら学校へ急いでいる。 『滑らないようにね』と声をかけたらにこりとした。田川の先生から電話で『今日どうする?』『バスは通ってるようだけど積もってて滑るから悪いけど行かない』。田川は降るのは降ったけど積もってはいないそうである。 そのうち福間の友人から電話で『来ないんだって・・会えると思ってたのに』『そっちは大丈夫なの?』『うん、降ってない』。 我が家は山の麓、久しぶりの大雪に今日は冬篭り・冬眠することにした。 道は凍ってつるつるだし、転んで骨折でもしたら大変だもの。日中、一時小降りになったが、今はまた激しい雪である。 テレビで冷蔵庫のなかにいるようだと言っていたが、まさにそうである。 今朝の資源ごみ当番は大変だったろうなと・・2月にこんなに積もることは珍しい。一面の銀世界、風情はあるがこう寒いと辛い。
2005年02月01日
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