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やっと涼しくなったので、一念発起、本日よりウオーキング再開しました。誰かに報告しておかないと他人には厳しく自分には甘い私、三日坊主になりかねないから…そんな自分が大嫌いなんだけどねー。 サニーの中は改造中で、八百屋、肉屋、魚屋が表へ移転するそうで明日から4日まで休業だそうだ。近くにあった、Aコープが閉店して少し客層が変わったのかも知れない。 明日から休まないように歩こう。いや絶対歩くぞ。
2005年09月30日
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前の家の庭から持って来て植えた「イチジク」は毎年たくさんの実をつけていた。子育ての頃は余った母乳を搾ってはイチジクの根元に捨てていた思い出の木であった。 何年か前の台風で根元からぽっきりと折れて、がっかりしたのだが、今年お隣から一枝貰って挿し木したイチジクに可愛い実があるのを見つけたのはひと月くらい前である。毎日毎日眺めるのだが、雨が少なかったためか、小さいままで一向に太らない。 そのイチジクが急に色づき始めたら、実も少し大きくなった。今日は食べごろかと初なりの一個をもいで、仏壇に供えた。赤紫の色が輝いている。 買えば高いものでもないのだが、家に成った実は味が違う…と思うのは独りよがりなんだけどね。来年はきっとたくさんの実をつけてくれるだろう。 初物は75日長生きとか。最近、食べ物のことばかりだが、新聞によると福岡西鉄グランドホテル内のレストランで10月1日明日から1皿1万円(税込み)のカレーが1ヶ月限定で登場するそうである。 「至高のカレー」と銘打って近江牛やオマールエビ。熊本県産の「走る豚」など全国各地から集めた高級食材で、ルーは30種の香辛料を加えて仕上げた、『ビーフ』『シーフード』『ポークカツレツ』の3種類。それぞれ一日10食限定、2日前の予約が必要だとか。好評なら期間延長やシチューなども検討だとある。 ふーん1万円のカレーねー。誰かがご馳走してくれるなら?でも5千円ので、5千円は樋口一葉がいいなーと、取らぬ狸のなんとやら、新聞を読みながら、生まれつきの貧乏性はどうしようもないらしい。
2005年09月30日
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若林・藤村・スタルヒン時代からの阪神ファン。優勝できて嬉しい。ぜひ日本一になって欲しい。(歳がばれそう?)
2005年09月29日
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昨日、街に出たからと友達が『太巻きすし』を持って来てくれた。おかずは有り合わせで、お吸い物を作って夕飯にした。頑張って食べても「太巻き半分4切れ」が限度である。 ということで、朝ごはんに『2切れ』を、いくら美味しくてもそうそう寿司ばかりは飽きてしまう。 夫がいれば、『戦地の兵隊さんを思いなさい』と茶化されるのだが、私世代は『捨てる』ことには抵抗があるから始末に悪い。 お稽古事は通常5週目はお休みだが、我が家の教室はお構いなし、みんな嬉々としてやって来る。 Tさんが『ちらし寿司』作ったので晩御飯に食べてと『冬瓜の葛かけ』と一緒に持って来てくれた。心の中でまた『すし』と思いながらそれでも有難く頂戴した。 最終日は外食の日、さして遠くない旅館へランチに出かけた。1500円だからこんなものだろうと納得の料理。2時半には自宅で午後の教室。4時に着く筈の『うなぎ』が5時過ぎてやっと来た。みんなに分けて今日の授業がやっと終わりになった。 玄関のチャイムにでると今度は斜向かいのお宅からまたまた『ちらしすし』がお盆に載って… 明日までおすし・おすしの食事になりそうである。白いご飯所謂『銀シャリ』は飽かないが、美味しくても「おすし」はねー。などと贅沢言える身分ではないのだが。今夜は体重計に乗るのが怖い。
2005年09月29日
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北九州監禁殺人の両被告の判決の日、主文後回しとの報道に極刑が予想できたが、夕方下された判決は、死刑であった。事件は北九州だが被告女性は私の住む市で生まれ育ったのである。 看護婦事件など、凶悪な犯罪がテレビや新聞で報道されると、やはりいい気持ちではない。住んでいる大多数は善良な市民なのに、事件の度にまた、と悲しくなるのである。 どうして肉親を…と思うのだが、魔がさしたなどとそんなことで片付けられる問題ではない。良いことで郷土が有名になるのはいいが、凶悪事件は2度と起きて欲しくない。
2005年09月28日
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新聞によると、日本の医療水準は総合評価で最高レベルを維持とある。基準の物指し三つあって、医療の水準の高さ示す「質=クオリティー」二つ目が医療の受け易さを示す「アクセス=利用のしやすさ」三つ目はどれだけの費用をかけ、どれぐらい効率的に制度が運営されているかをみる「コスト」だそうだ。物指しごとに各国の医療を比較した図が載っている。 クオリティ・平均寿命は日本が1位(02年)81.8歳。千人あたりの新生児の死亡者数(01年)米国4.5人・日本1.6人である。 利用のしやすさ、年間一人あたりの受信回数(00年)日本14.4回・米国8.9回。医療費全体に占める税金と保険料の割合(02年)スウエーデン85.3%・日本83.4%・米国44.9%。 コスト・年間一人あたりの医療費(02年)米国5287USドル・日本2139.国内経済に占める医療費全体の割合(02年)米国14.6%・日本7.9% 日本は平等重視、米国は「自己責任」だとある。アメリカの伯母が来日した折(40年くらい前)アメリカは医療費が高いので日本で子宮筋腫の治療を受けて帰国したいと言ったのを思い出した。 高齢だったため、結局手術受けることなく帰国したのだが。姪がロンドンに留学のしていたときに、姉としばらく滞在したことがある。姪が体調を壊して病院へ行ったが、診察費、薬代すべて無料と言っていたがどんな制度だったのであろうか。あまり関心もなくて聞かなかった。 姪の定期で休日は同伴者一人ただで乗れたのには驚いたが・・・医療費と関係ないことにそれたが、医療に関しては恵まれた環境にあることは嬉しいが赤字続きの健康保険の先行きが気になる。
2005年09月28日
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山はもう秋です。道の駅には栗・柿・梨秋の果物がどっさり。爽やかな天気なので、今日のお昼は大自然包まれて…ということでそれぞれ弁当を調達し、車は阿蘇を目指して走ります。 少雨で夏は底をついていた松原ダムは水を満々とたたえ、早いところでは稲の刈入れも始まってます。一週間前、咲き始めた彼岸花はもう色あせて、代わりにススキが風に揺れてます。 大観峰の近くの展望台で、焼き鯖すし、栗ご飯、たけのこの煮物、椎茸と昆布、久しぶりの野外での食事は何もかも美味です。 新しく出来た西日本最大級の日帰り温泉『どんどこの湯』に行くのだが、カーナビで検索できないので、携帯で場所を確認。「アーデンホテル阿蘇」の敷地内にあった。露天風呂7・屋内浴場6・サウナ2.1万トンの大岩と阿蘇の溶岩、自然木を組み込んだ庭園風呂は豪快である。泉質は硫酸塩泉、ちょっと黄色味を帯びている。初めての温泉に魅せられた。庭は広いしゆっくり泊まりたいねが本音である。 帰りの車中、ドライバーのHさんに「お孫さんはまだなの?」と尋ねると『昨日帝王切開で生まれた、女の子だった』とのこと。初孫である。『おめでとうございます。悪かったですね。今日温泉行きさせて…』『帝王切開なので3・4日経って行くから』と。 結婚後なかなか生まれなくて気にしておられたので喜びもひとしおの筈である。 私にとっては、パパとなったドライバーの息子はアマチュア無線の後輩仲間である。おめでとうのメール入れねば…
2005年09月27日
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『凄いなぁ』これが実感。何がって、9月11日当選した議員さんの給与である。 9月21日すでに支払われていたそうで,その額、歳費1,328,000円+交通通信滞在費500,000円だと今、テレビで報じられた。 9月分だと言うから半月で182万8千円、年金生活の私にはなんとも羨ましい額である。それにふさわしい仕事をして貰えればいいが… 国民年金の年額より高い歳費、ただただあきれている。
2005年09月26日
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今年最後の川掃除の日。川と言っても幅2m足らずで溝と言った方が適切なようだが、『井田川』というれっきとした名前があるのです。 雨の少ない季節、水は殆どなしで、水草と泥土である。長靴にゴム手袋、帽子・タオル、手にはスコップ代わりの大き目の十能を持って橋の傍の配水管を伝って降りる。 Kさんと二人、集合時間になっても出足が悪い。二人で泥を十能に載せて道端に上げる。重労働である。 先だっての回覧板に『箒でなく泥上げの出来るものを持って来て下さい』と書き加えていたので、いつも箒の数名も一応スコップとか十能を持って来られた。今日は男性が1名もいない。深いところは身長の低い私ではあげるのが困難なのだ。 一軒おいて隣のご主人が見えたので『すみませんが下の方をお願いできますか』と声かけたら、気持ちよく引き受けて下さった。 みんなが一定の間隔に散らばって各自がそれぞれを上げれば短時間に終わるのに、狭い場所にかたまって手より、口のほうが忙しく、効率が悪いこと。 今まで箒を持って来ていた人たちは、出てくるだけでやる気がないのである。川の泥上げが終わったら、その泥をビニールの袋に詰めなければならない。長靴で泥を踏んで水分を除き、袋詰するのだが、手を汚したくない人は足で踏むことしかしない。 世渡りが上手というのか、要領がいいというか、持って生まれた性格は直しようもなく、くたくたに疲れて川掃除が済んだ。やれやれである。 元気でいつまでやれるかわからないが、住民としての責任だけは果たしたい。
2005年09月25日
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国勢調査の用紙が配られてきた。夫が元気な頃、私共々調査員をやったのは12年前?だったのだろうか。前回はついこの間だったように思うのに月日の流れは早い。 民生委員の秋山さんが、『○○会の招待状』を持って訪ねて見えた。10月22日の日曜日だという。 来月は12日、15日、25日と3回の講習会が入っている。『悪いけど欠席させて頂きます』とお断りした。秋山さんも予期した返事だったような感じに見受けられた。現実は現実なのだが、十把一絡げに括られて○○扱いされるのにはどうしても抵抗がある。○○扱いするのなら、例えば明日の川掃除は、免除とかいうのであれば納得だが、そういうことは年齢に関係なく、川の中に入って、底に溜まった泥を上げなければならないのである。 川に蓋をと陳情しているのだが、かれこれ3年になるのだが、なかなかことは進まない。下水工事が完備して流れているのは雨水だけなのだが、川筋の者だけが清掃するというのもおかしな話なのだが。 街中は市がやってることを、市の周辺は住民がやっているのだから…。街中といえば、一昨日市の中心部で「サルが出没した」という市民からの通報が久留米署に相次いだそうで、警察や消防、市の猟友会など捕獲作戦を展開したという。我が家の近くの高良山では時々そのような話は聞くが、私は姿を見たことはないのだが。 山に食料がないことは考えられないのだが、サルもふらふらっと街を見物したかったのであろうか。捕らえられた話は聞かないが無事山に帰ったのだろう。
2005年09月24日
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『荷物着いたよ、名無しの権兵衛だったけど』と彼からの電話。『えーどうして』自分ではきちんと書いたつもりなのに、名前が抜けていたらしい。送ったら伝票番号知らせてねと言っていたので、伝票番号をメールで送信したのに、それでも名前の書き忘れに気づかなかったとは… 丁度、クロネコさんが配送に来てくれたので、持って行ってねとお願いしたのだが、受取った彼も気づかなかったらしい。 郵便番号と住所・電話番号だけの宛先でちゃんと先方に届いたそうで、割りに頻繁に送るので、向こうの配達の方が覚えていて下さってたのだろう。 迷子にならずに無事届いてやれやれである。車が来そうだからと、急がされてうっかりミスの自分が恥ずかしい。もっと気を引き締めねばと反省した。
2005年09月23日
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『秋深し隣は何をする人ぞ』この家に居を構えて今年の暮れで45年になる。戦前は工兵隊の練習地でそばにトーチかがあったりした。 近隣でも早かった方で、周りは後から建った家ばかりである。南と西に道路がある角地で最近建った右隣とは玄関の向きも同じで朝晩顔を合わせることも多いのだが、反対のお隣とは滅多に会うこともない。 元大学の英語の教授ご夫婦なのだが、奥様は病院か施設に入られて4・5年なるだろうか。 ご主人はヘルパーさんが見えて、家で生活されているものだとばかり思っていた。 今日の午後、一軒おいて隣の奥様から電話を頂いた。お話だと隣のご主人が8月の末か9月の初め頃から留守だというのである。 回覧板h隣に回していたのだが、主が不在だということは全く誰からも・どこからも知らされていなかった。向こう隣のお家もそうだったらしい。 『これからは私の家に持ってきて下さい』という電話であったのだ。お子様が二人、子供と言ってももういい大人、お姉さんは開業医の奥様で隣の市でやはり医師である。弟さんも医師で市は違うが隣の市の開業医である。 親しいお付合いはなくても、長く留守にする場合、向こう三軒両隣には、ちょっと挨拶するのは、常識ではなかろうか。隣に何十年と住んでいながら、何も知らないでは困ることもあるのである。人間関係が希薄になった昨今だが、ほとんど一戸建ての持ち家の住宅地、留守とは分かったが、どこへ行かれたのか、全然分からないのである。私自身は遠くに出かけるときはお向かいと隣に一声かけて行くし、寝坊したくてもいつもの時間に雨戸を開けないと『もしや?』と心配かけるので、雨戸を開けてまた一休み?これでも気を使っているのだが。
2005年09月23日
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「そろそろ無くなる頃でしょう?」綾部さんからの電話である。無くなるものとは「トイレットペーパー」である。自転車に乗れない私にとってトイレットペーパーは荷物になって大変な買物なのである。 綾部さんとは、「女性の会だより」を通じてのお付合い。彼女の持ってくる原稿をレイアウトして新聞に仕上げるといった関係である。それがきっかけで、なくなる頃を見計らっては、2個・3個と届けてくれる。代金を払うと言っても受け取ってくれないので、いつも好意に甘えている。 困っていることに手を差し伸べて貰うのが最高の喜びである。今日は2個のトイレットペーパーと、お彼岸だからと「おはぎ」を持って訪ねてくれた。「青海苔と黄な粉それぞれ小豆餡入りと小豆餡」の3個のおはぎ美味しそうだ。早速仏壇の供えた。 彼女のお母さんは80過ぎで佐賀に一人暮らしだそうである。大の氷川きよしのファンで昨年はお母さんのお供で彼女と娘さん3人で東京まで公演を見に出かけた。交通費も折角行くなら帝国ホテルに泊まると…。すべてお母さんにおんぶに抱っこだという。『いくらなんでも甘えすぎじゃーない』『だって私は氷川きよしファンじゃないもん』とけろっとしている。 この母にしてこの子ありって思った。彼女は私のことを「スーパーおばあちゃん?」と呼ぶ。何がスーパーなのか判らないが、歳に似ず、アマチュア無線をやったり、ビデオ撮影・編集やったり、PCを使うことがそう見えるらしい。でもあくまで年齢不詳です…
2005年09月22日
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今日はくたくた、口も聞きたくない境地です。ラベンダー外来今年2度目のプールだったのです。今までは病院の理学療養士の先生の指導だったのですが、今日はアクアビクス指導者白石先生の指導で、みっちり1時間半、休憩もなくてしっかりしごかれました。 体重・体温・血圧測定・健康チェック表記入、院長の面接で始まるのはいつも通りだが、プールサイドの準備体操に始まり、はじめは25mプールの歩行・次は後ろ向きでの歩行・横歩きの歩行・3人手をつないでジャンプをしながら前に進む、3度目は思いっきり高くジャンプなどなど。 アクアビクスは音楽に合わせて足を前・横にあげたり、ビート板を使って二の腕の訓練、ビート板があんなに重いとは…自分の腕の力がないのだけど。 両脇にビート板を挟んで仰向けになり頭を水に浸けたら、意外にも浮いた。それにしても1時間半休みなしはちょっと厳しかった。終わって反省会がある。伊藤さんがワンテンポ遅い音楽でないとついていけないと言う。伊藤さんがワンテンポなら私はツーテンポ遅くないとなおさらついていけないよ、年上だもんというとみんながどっと笑った。 先生が笑って言えるのは余力が残ってる証拠って…水に濡れた重い水着を持ってバスで帰るのは正直辛いと思っていたら、プールでもたもたしてた私をサポートして下さった方が同じ方向だと車に同乗させて貰った。ほんとに有難かった。仏さまのお花を買わねばならなかったのでスーパーの前で降ろして頂いた。 重い荷物を持って歩いていたら、向こうから歩いて来た小学3年くらいの女の子がにっこりと「こんにちは」と挨拶してくれた。 いろんな事件が多い昨今、知らない子供に声をかけるのも何となくためらわれるのに、女の子から声かけられて嬉しくなった。 人の親切がしみじみ嬉しかった。
2005年09月21日
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温泉行きの支度をしながら、見るともなく見ていたテレビで医療最前線の話が目に止まった。『カプセル内視鏡』薬を飲むように水で飲むのである。その『カプセル内視鏡』詳しいことは聞き漏らしたが体外に排出されろまでになんと5万枚の映像を撮るのだそうだ。 『カプセル内視鏡』を飲んだら、外出も普通の生活も出来るそうで、その後病院で撮られた映像を診て血管の異常とか、出血している場所などが確認できるのだということである。独協医大で小腸の検査を受け、県内の自治医大の消化器科、山本先生の考案?発明?の『ダブルバルーン内視鏡』でさらに詳しく検査されるという。 『カプセル内視鏡』はイスラエル製と字幕にあった。これまでの治療法に比べ、患者の痛みが少ないそうだが、日本では保険適用外であるという話であった。 ここまで見た所で出かける時間がきたので、残念ながら…。ゆっくりネットで調べて見たいとは思っているが。 自分の命は自分で守らないといけないので、知ってるのと知らないのでは大きく違うだろうから。 10時出発で天瀬温泉に、川のせせらぎを聞きながら、岩風呂とヒノキ風呂両方とも露天風呂に浸かった。 帰途、田主丸で巨峰狩り、なじみの巨峰園なので、ジュース用の巨峰をビニール袋いっぱい頂いて嬉しいこと。明日はラベンダー外来なので巨峰はお預け、糖分が多いのですぐ体重が増えるから。残念。
2005年09月20日
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今朝から小雨が降ったり止んだりのお天気です。ネットで頼んでいた、馬刺しのお試しセットが届いたのです。赤身刺身200g・ヤング刺身200g・馬肉ミンチ250g×2の筈が、ヤング刺身の200gが2袋入っていたのです。 今まで足りないことはあっても余分に入っていたのは初めて。ちょっと迷ったが、冷凍便だし返品って大変だから、神様からの贈り物と有難く頂くことにしたが、罰はあたらないよねー。 自分勝手な解釈に忸怩たる思いがないでもないが。 今晩はそういうことで「さくら」で一杯なんて、実は下戸なんですよ。昨日もお昼、田川の先生と一緒にビールでもと用意していたのに、ちゃっかり出すのを忘れ、盆にビールとコップが載ったまま、一人で1缶は無理なんでまた冷蔵庫に収めました。 明日の「温泉行き」の当番なのでドライバーのお家に電話したけど、畑に出ておられて返事が頂けなかった。 どうせ行くのなら遠出が好きなんだけどねー。うきはの棚田の彼岸花も見頃らしいけど。電話のベルが鳴るのを待っている。
2005年09月19日
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「みんしゅとう」と打って変換したら、当然「民主党」と変換されてると確認もしなかった私って間抜けだねー。注意下さった方有難う。まさか「党」が「糖」になっていたとは… 「海外に住み始めました」→「貝が胃に棲み始めました」を新聞で見たばかりだったのにねー。これからきちんと確認しないと、とは思ってるけどまたやるかもねー。「漢字」人並みには知っているつもりだけど。 田川のY先生がいつものように「おはよう」と元気な顔を見せて下さった。86歳とはどうしても見えない若さである。小柄だが靴は24.5cmだと言われるから、足が大きいと元気なのだろうか。 髪も染めてないのに真っ黒である。ひとしきりお喋りして、それからが本来の勉強の時間である。 お互いの疑問をぶっつけて、技術の向上を図れるのは有難いことである。一期一会、私の親友が不幸で出席できなくなった一泊研修会でたまたま同宿したのが、お付き合いの始まりである。それからもう4年、長年の知己のように、一緒に旅をし、月に一度は会っている。 田川から久留米まではそう近い距離ではないのだが、男のいない我が家は狭くて古くても居心地がいいらしい。 帰りはバス停まで散歩を兼ねて見送るのが常である。お互い健康に気をつけて、末永くお付き合い出来れば幸せである。今頃はまだ福岡かなー
2005年09月18日
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毎日毎日。たっぷりと水をやって可愛がったつもりだったけど、ゼラニュウムが一鉢ぐったりしている。幹を触ったら根元がぐらぐらと心許ない。 思い切って引っこ抜いた。余りにも簡単に抜けて拍子抜けである。中から白い丸まった虫が5匹も出てきた。以前の私なら「キャーお父さん」と叫ぶところだが、今の私は「蛇」以外はまあ恐くない。 さすが、手で触ることは出来ないので、火バサミで虫を出して、殺生は好きではないが、1匹づつ目をつぶって引導を渡した。 ゼラニュウムの先の方をはさみで切って挿し芽をした。『下手な鉄砲も数打ちゃ当たる』式で、鉢いっぱいに挿して、水をたっぷりとやり日陰に置いた。 一つでも根が出て育ってくれれば嬉しいのだが。夕方は涼しいのだが、小さな蚊が襲ってきてところかまわず刺すのが嫌いである。完全武装をしていても、ズボンの上から刺すから質が悪い。 家に入ったら民主党代表選挙のニュースが流れていた。94票対96票僅か2票差であったという。 前原氏の力量は私には未知数だが、若い層が選ばれたことに希望を感じる。政権交代が出来るような政党になれば、日本も良くなるかもしれないし…
2005年09月17日
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岡田代表の辞任で、今日開かれた代表戦で、若手の前原誠司氏が選出されたとのニュース速報が流れた。別に民主党支持ではないが、前原氏が選出されたことは、良かったのではと思う。 過去に2度も代表を務めた菅さんでは新鮮味に欠けるし、前進でなく後退という印象を感じるのは私だけであろうか。 党役員もこの際若手を起用し魅力ある党に変身欲しいと思うが…
2005年09月17日
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郵政民営化関連法案に反対した『造反組』で当選した13人のうち9人が特別国会の首班指名で「小泉純一郎」に投票するということである。 何のための反対であったのか、政界とはおかしなところであるらしい。信念を以て行動したのであれば、その信念を貫くのが当然と思うのだが。選挙の結果が自民党の圧勝でなかったら、また違った選択になったのであろう。 「心境の変化」「長いものには巻かれろ」「国民の民意に従う」いろんな言葉で自分の変節を正当化しても、事実は事実である。 「小泉純一郎」に投票した議員を自民党がどう処遇するのか、しっかり見届けたいと思う。
2005年09月16日
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かっては、市内に4店舗あったスーパーダイエーが一つまた一つ消えて、今は2店舗が残っている。1店はJR駅の前、もう1店は井筒屋デパート近く、繁華街の六ツ門にある。六ツ門店の閉店は「地域経済への影響大きい」と周辺の商店街や市が存続運動を繰り広げてきたが、ダイエーを支援する産業再生機構が閉鎖・売却を検討、とうとう来月20日を以て閉店することになったということである。 先に閉店した2店舗も解体され、一箇所は駐車場に、一箇所は解体は終わったようだが、まだ塀に囲まれたままである。 閉店になれば正社員は小人数だろうが、バイトやパートなどかなりの人が職を失うことになる。 従妹の娘も二人の子供を抱え、勤めているので、この先どうするのか、私が心配しなくていいことだけど、やはり気にはなる。創業者の中内氏は意識不明であると、同じ紙面に出ていた。なんとも皮肉な気の毒な話である。 市内にあった、同業のスーパーを次々に買収しどこもかしこもダイエー1色だったあの頃、まさに日の出の勢いであった。どこでどう歯車が狂ったのか、平凡な主婦には判らないが、「奢る平家は久しからず」の言葉が頭をよぎる。 市内の商店街のシャッターが閉まり。郊外の大型店舗が集客力を増し、人の流れが大きく変わっている。 車に乗れない高齢者は生活し難くなっている。インターネットで買い物できる私はまだいい方かもしれないが… インターネットもネットによる集団自殺や、ネットで殺人依頼など良くない出来事があって、やってる者まで変な目で見られるのは嬉しいものではない。 いいところが多くて、悪いところが少ないのだけどねー。悪い面だけが強調されているようで、私世代特に女性は得てして変人扱いであるから…
2005年09月16日
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9月も半ば、朝夕は凌ぎよくなったが、日中は33度と残暑が厳しい。蕾だった彼岸花が今日は満開、緑の木々の中にその赤が鮮やかに目に映る。『暑さ寒さも彼岸まで』あと僅かで暑い・暑いともおさらばだろう。 教室の生徒の靖子さんが、主人が、魚釣りに行ったからと、焼いた魚を夜のおかずにと持って来てくれた。 呼子の近くの松島まで出かけられたそうだ。釣果は『7cm程の小鯛と10cm程の小あじ』が合わせて20匹だったそうで、なんと高い魚だろうとけろけろ笑う。 高速代、船代など入れれば確かにとんでもなく高い魚だが、新鮮さは格別、まして釣ったご本人にはこんな美味しいご馳走はないであろう。 青い空と青い海、きれいな空気を胸いっぱいに、一日を好きな釣りに没頭できるのは、ご主人にとっては至福の時であろうから、スーパーの魚の値段と比較するなんてそりゃないよねー。 丹念にうろこを取って調理されたアジと小鯛、添えられたレモンをキュっと絞って夕飯に頂いた。それこそ愛いっぱいのお魚美味しかったのは言うまでもない。 松島の傍の小川島には昨年一泊で遊びに行った。イセエビ・あわび・さざえ・イカ・鯛・うに飯・鯛の煮付け、とこぶし・魚・さかな・魚、魚三昧である。小さな島で昔のくじら番屋のあとがあるだけの島だけど今年も行きたいなー。車でないと大変なので連れて行ってくれる人を探さねば… 今夜の魚も美味しかったけど、小さな魚よりあの舟盛りが食べたくなった。
2005年09月15日
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資源ごみを捨てに行ったら、Yさんのご主人とぱったりお会いした。以前よりかなりほっそりとなっておられる。奥様から、検診で胃に小さながん細胞が見つかり、手術でなく内視鏡を入れてレーザーで除去されたと聞いていた。 本当に小さいもので、紹介状をもって訪れた病院でこんなに小さいのが良く見つかったねと言われたそうで、20日間の入院でよかったとのこと。強運の持ち主らしい。 折角入院したのだからついでに糖尿病の治療もと、体重が5キロ減ったとおっしゃっていたが、糖も適正値になって良かったと喜んでおられた。 病院の食事はきちんとカロリー計算されたものだが、家に帰るとつい自分に甘くなり、これくらいならと言うのが人間である。 『これ、食べて、飲んで』と勧めるのは易しいが、『もうそれくらいで止めたら』と言うのはなかなか難しいことである。 自分が可愛いなら一層厳しくするのが最善なのは頭では判っても、それが実行できないのである。外食の場合ご飯はほとんどのお店が200gである。 ダイエット中の摂取カロリーは一日1200カロリー、ご飯は100gが適量、最初から半分に減らして下さいとお願いする。残すのも悪いし、勿体ないしねー。 若い頃はこれでもほっそりで『夏痩せ・寒細り』であった体形が今は立派な下半身デブ、BMIは23を僅か切ったのだが、下腹ぽっこりはまだ解消できないでいる。 病気になればいやでも痩せるだろうから、少しは蓄えがあったほうが…苦しい言い訳である。 Yさんのご主人もこの体形を如何に維持するか、炊事担当の奥様と二人三脚でがんばると言われた。私は一人でがんばるしかないが、秋は果物が美味しい。巨峰も新高梨も大好物、誘惑に負けないよう我慢・我慢。
2005年09月14日
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ニットの生地で巻きスカートを作って送ったら、『結構いいねぇー』とえらく喜んでいたのに…それなのに、今日は『安いガーゼのスカート下はない?』と携帯にメールが届いた。 それがあるほどならニットの生地を買ってわざわざ縫って貰うなんてことしなくてすんだのだよね。お母さんを亡くして独り身は大変だろうと、出来る協力は惜しまないのだけど、我がままも大抵にして欲しいよ。と言いながらもネットでガーゼの生地やら、色々探している自分にいささか呆れている。 『やっぱりないかねー』と電話があった。『幾らでもよければないこともないけど、勿体ないでしょ?100%満足いかなくても、ある程度で我慢しなければ…』母と子ほど年の差はない。7歳違うのかな。ついつい諭すような口調になってしまった。 高いものを一枚より、多少意に添わなくても8枚買えるならそれで我慢して欲しい。 欲望は際限なく、希望に近いものを手にしてもまたそれ以上のものが欲しくなるのだから… 代用母さんも少々草臥れました。
2005年09月13日
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火曜日は温泉の日?と決まってはいないが、メンバー全員の一番都合のいい日が火曜日である。先週は14号台風の日で、いくら温泉好きでも温泉に出かけるわけにはいかない。 と言うわけで2週間ぶりの温泉である。 行く先は毎度のことながら、ドライバー任せである。「近いけど三瀬温泉でいい?」否応ははない。車は一路佐賀路を走る。あちこちで14号台風が穂の出た稲田をなぎ倒していた。久留米はなんでもなかったけど、さして遠くもない地方の台風の被害に驚いた。一方向でなく、田んぼによって稲の倒れ方が違うのは風が舞っていたのであろうか。 ところどころ、緑のあぜ道に赤い彼岸花が咲いていて秋を感じさせる。1時間ちょっとで三瀬の「やまびこの湯」に到着した。駐車場は混雑していたが、湯船は思ったより閑散としていた。先に入っていた方が「以前はちょっと黄色い湯だったけど、地震のあとその色が濃くなってたら、今はすっかり透明になって…」と話された。 地震で地層が変わったのであろうか。男性・女性分かれて入るので、入浴時間は1時間というのが暗黙の了解である。ゆっくりと手足を伸ばし久しぶりの温泉を楽しんだ。 近くの田舎家風のお店で三瀬地鶏を食べた。帰途についてしばらく走って、「早いので吉野ヶ里によろうか」とドライバーのHさん。「お任せ」と我われ3人、女3人は吉野ヶ里公園に寄るのだと思っていたら、着いたのは「吉野ヶ里温泉・卑弥呼の湯」であった。温泉のはしごである。 ついさっき着た服を脱いで、露天風呂へ、源泉湯・ヒノキ風呂・電気湯・エステ湯・サウナと多種の湯があった。Nさんが「あんまり美人になりすぎてお父さんが私ってわかるかしら」と笑っている。2度目の温泉に渋っていたNさんだが、電気風呂が痛い肩に心地よかったらしくウキウキしている。 家に帰り着いたのが3時温泉三昧の一日であった。
2005年09月13日
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朝からなんと蒸し暑いこと。昨日の選挙速報の熱気が伝わったのか、ちょっと体を動かすと汗である。午後1時のテラスの気温は38度もあった。 昨夜は選挙速報を遅くまで見ていて寝不足で体調がいまいちなのにこの暑さは堪える。 夕方少し涼しくなって、明の資源ごみ出しに備えて溜ったダンボールを重ねて紐で括った。汗が滴り落ちる。背中が汗でひんやりとする。 終わって鉢物に水をやっていたら、隣のおじさんに、「そりゃー水のやりすぎ」と小言を言われた。たっぷりと鉢の底から水が出るまでやるのが私流なのに… 「要らぬお世話」と言いたいのを口には出さず早々に水遣りをやめた。 昔の人が、家に姑がいないと近所姑がいると言ってたが、水遣りにも色々言われると嫌なものである。 夕飯がすっかり遅くなってしまった。有り合わせで簡単に済ませることにした。一人身は楽である。 なんとなく頭が重いので、念のため血圧を測ってみた。高いと思いきや、逆で低いのである。どうも低いと調子がよくないようである。 友達から電話で明日10時温泉行きです。
2005年09月12日
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午後2時の投票率は34.94%。8時までにどれだけ伸びるだろうか… ネットでの買い物は、色とか生地の厚さとか、実際に手にしないと判らないことも多く、ポチっとするのも勇気がいる。 これならいいかなと綿ニットの生地を買って見た。生地は薄手とはあったが思って以上に薄かった。ニット生地は輪かと思っていたら輪ではなかった。幅170cmで長さは1.5mにカットしてあるものである。 洋裁をする生徒さんに相談して、裾をわさに二重にして巻きスカート風に重ね、ウエストはゴムを入れた貰った。 左上と右上の両方を試作して貰って、友達に送った。男性の友達なのだが、両足膝から下の下肢がない。そのためか、胃腸が弱く、夜は「お腰」特に寒い季節は「都お腰」を着用するのだが、和服を着る人が減って入手が難しい。 それでニット生地で試作したのである。昨夜着用して寝たら、お腹の部分は薄い生地でも4枚重なっていて、なかなか着心地良かったと喜んでいた。 買ったのは新規オープンのお店、まだあるかどうか、早速チェックする。幸い濃い色があったので、注文入れた。何枚か予備があれば当分は大丈夫だろうから…快く縫ってくれる生徒がいるのも有難い。小さなことだが、誰かのために役に立てばこんな嬉しいことはない。 そう言えば、一昨日の夕方玄関のチャイムに出ると若いまだ少女といえる女の子が立っていた。首にかけた身分証明書?に「野の花??」と書いてあった。世の中の恵まれない人への募金の勧誘である。ボランティアへの関心がないわけではないし、中村哲先生のペシャワールの会へはささやかな協力もしているが、得体の知れない会への募金はためらわれた。「訪問募金はしない主義だから」と断った。募金とか新聞の勧誘とか最近多いような気がする。 玄関はいつも施錠しているのだが、のぞき窓もあるのに不用意に開けた自分が悪い。これから気を付けねばと自戒である。
2005年09月11日
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朝から曇っていたが、午後は雨になった。夫の勤めていた会社の九州工場が今年60周年を迎え、昨夜市内のホテルで祝賀会があったそうで、記念のお菓子のお福分けを頂いた。 戦時中、飛行機の特殊塗料を製造していた関係で、九州の片田舎に疎開したと聞いていた。夫は戦後、韓国から引き揚げて、土木科卒なのに畑違いの化学関係の会社に就職したのである。 理由は簡単で、市の土木課より給与が良かったと笑っていた。母親を抱えていたので無理からぬことであるが、ほんの腰掛のつもりが定年までお世話になった。 お菓子と一緒に、元工場長の手作りカレーまで頂戴した。夫は何も作れなかったが、今の若い世代はたまには台所で腕を振るわれるらしい。「お昼はシェフお手製の特製カレー食べさせて頂きます」男の料理は採算度外視なので、美味しいのが通り相場である。 よその旦那様のカレーはなかなか美味であった。ところがである、お昼にカレー食べたのに、今度は斜向かいの家からまたもや、カレーの差し入れである。有難いには有難いが、できれば2・3日…なんて罰当たりだよね。こっちは野菜サラダつきである。サラダは今夜のおかず、カレーは冷蔵庫に逗留願おうかかな。 一人暮らしも周りに支えられて幸せである。 「期日前投票に行ったよ」「簡単だったでしょう?」「うん、誓約書書かされたけどね」聞けば東京・新宿区は投票券(はがき)の裏が誓約書になっていて、そこに記入して行けば良かったのだそうだ。選挙の入場券は全国同じだと思っていたがそうではないことが判った。新宿の方が効率的だと思うけど。 私の場合は市外に出かける用事があるという番号を○で囲んだのだが、一緒に行った友人は、行く先を書くように言われたそうで、係員によってまちまちだった。明日は投票日だが雨が降りそうである。お天気が投票にどう響くか、候補者ならずとも気になるところである。
2005年09月10日
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台風一過、急に秋らしく涼しくなるのが今までの常識であったが、台風と感じられなかった14号で相変わらず残暑厳しい。 斜向かいの良江ちゃんが、11日の投票日は子供のソフトの試合で、時間が取れないから、期日前投票に行くと言う。 不在者投票は以前、民放局の手伝いで出口調査と開票所に行った時、経験済みだが、当時に比べると簡単になったらしい。 子供も先日の日曜に済ませたと言っていた。11日長崎で講習会があるのだが、選挙なので欠席と決めていたが、良江ちゃんが行くなら便乗で期日前投票をすることにした。 市役所の2階くるみ広場と新しく合併した町の4箇所でというので、じゃあお昼でも一緒にして投票して来ようと、こんな相談はすぐにまとまる。女4人で、女性に人気のお店にランチに出かけた。 女性お勧めメニュー限定30食『春霞』を二つ・四季の旬たっぷり、季節替わりのご膳『花見ご膳』を二つ。女は欲張りである。 両方とも味わいたいと思うのである。1365円也。小さな器にちょっと色々、これが女心をくすぐるのである。 13品あった。お互いに違った料理は分け合って、楽しい食事であった。もっと街中だとバスでちょっと行けるのに郊外の店は車でなくては行けない。 そこから市役所まで20分?期日前投票に来てる人が意外に多かった。紙に誓約書を書かされ、小選挙区・比例区・裁判官とそれぞれ投票して、国民の義務を果たせた。 今度の選挙は今までの選挙より投票率はかなり上回るのではないかと思うが、新聞やテレビのアンケートの数値が非常に高いけど、本当にそうなるかどうか、蓋を開けないとわからない。 家に帰ったら、郵便受けに各党のビラが配られていた。
2005年09月09日
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会社時代の友から電話があった。『今年、金婚式なのよ。子供たちが祝ってくれるの』と言う。そうか、もう50年にもなるのか。 彼女も含めて会社の女子社員5名が同じ日に挙式したのである。一人とは新婚旅行の宿も一緒であった。 一人は全く消息が分からないが、4名は風の便りにそれとなく分かる。私ともう一人が夫を亡くし、二人は目出度く金婚式ということである。電話の主はご主人はお元気だそうだが、あとの一人はご主人が再婚と言うこともあってかなり年の差があった。 私より11歳年上なのでかなりの高齢である。病院を嫌って自宅で介護の毎日で大変だという話であった。それでも揃って金婚式とは羨ましいことである。 ゆっくり話ししたかったが、今日は、教室なのでそうもいかず、後日電話することで切った。 夫が他界してもう7年、今年で50年半世紀とは考えても見なかった。2年7ヶ月意識不明で毎日病院へ通った日々、その間に夫の甥を夫と同じ病・脳動静脈奇形に因る脳内出血で、そしてただ一人の最愛の姉を急性白血病で亡くし、私の人生では波乱の3年であった。 金婚式を無事に迎える夫婦の確率は?どうなのだろう。やっと寂しさにも慣れた。現在を幸せと思って生きることにしよう。
2005年09月08日
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用意おさおさ怠りなし、自分で出来る最善の台風対策をして待ち受けた14号台風であった。風は台風?と思うほどの風は吹かず、雨も一時強くは降ったが、それほどひどくはなかった。 諫早に上陸し佐賀、福岡と通過したわけだが、不思議に「暴風雨」という感覚とは程遠い14号であった。本当に無事通過有難いと思っている。 テレビに映し出される被災地の映像は、いつものことながら自然の脅威をまざまざと感じる。 『無事ですか?』と子供からメール。『はい、植木鉢ひとつひっくり返らなかったよ』『それは良かった』 今朝から家中の雨戸を開けて回り、物干し竿を定位置に戻したり、鉢物をそれぞれ動かす作業に精を出す。 第一水曜日はラベンダーのリハビリの日なので、出かけるつもりでいたが、玄関のチャイム、同年輩の女性の来訪である。 隣家のご主人のお母さんだと言うことであった。もちろん初対面である。話好きのようで子供や孫がお世話になっていますに始まり、色んなことを話された。引っ越して見えて9ヶ月あまりだが、ご夫婦共働きで朝夕顔を合わせて挨拶はしても、「隣は何をする人ぞ」で一粒種の「ゆうだい君」が来春、小学生になるということを知ってる位で、何も知らなかった。 お母さんの話でご主人は新しく久留米市になった町の郵便局長さんであること、奥様はこれも新しく久留米に合併した違う町の中学校の先生であることが分かった。 そういうことで、リハビリの時間1時に病院へ行くことは時間的に難しくなった。 「予定があるので失礼します」の言葉がどうしても口に出せなかったのである。絶対に行かねばならぬ用事なら言えたのだが… 考えれば年とともに決断力・判断力が徐々に鈍くなっている自分に気づく。若い頃は、白は白・黒は黒と頑ななまでに言い切ったものだが、よく世間で「人間が丸くなる」と言われるがそうでもない。そうなりたいと思ってはいるのだが。 お向かいから『インゲン豆の天ぷら』が届いた。そろそろ晩ご飯にしようか。
2005年09月07日
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お昼過ぎ福津市の友達から、大丈夫?と電話があった。大騒ぎしていた割には風も雨もそれほどでもなかった。「一人だと心細いだろうから」と友人、持つべきものは友である。「私より長崎のお母さんのところはどうなの?」「高台だから水の心配はないし…」今度の台風は雨の量も半端ではない。 3時ごろ町田に住む姪から「どう、風は?」全国ニュースで見ると心配でならないらしい。「今のところ雨も小雨だし、今からだろうけどね」と言って電話を切った。 事があるごとに気を使ってくれるのが何より嬉しい。2時ごろ諫早に上陸したらしいと言う。 4時半過ぎ急に風の音が変わった。南向きの雨戸を一枚開けていたが、横殴りの雨に閉めることにする。愈々台風の接近らしい。予報円を見ると真上を通過しそうである。雨の多い地域は大阪の一年分の雨量をここ数日で記録した言う。殆どの道路が舗装なので、降った雨は地面にしみこむことなく流れるので、すぐに冠水とか床下・床上浸水といったことになる。 昭和28年の大水害はひどいものであった。筑後川は改修されあのような事態にはならないだろうが、自然災害は想定外のことが多い。 するだけの準備をしたら、あとは手を拱いて通過を待つほか何も出来ない。勢力は少し衰えたそうだが、風速は35mだということである。 冗談に子供が昨夜、くれぐれも屋根には上らないようにとメールくれた。いつものことだが屋根から落ちて重傷とテロップが流れている。風のときは家に篭っているのが最善の策のようだ。 うきはの果樹園は現在ぴたりと風がやんでいるとか、台風の目に入ったのだろうか。
2005年09月06日
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今まで早々と台風対策をやると、骨折り損のくたびれ儲けということが多かったのだが、どうも今度の台風14号ばかりはそうはいかないようだ。 県内の京築地方には暴風・波浪警報が発令された。山口地方もである。鹿児島上陸が今夜にもと報じられている。暴風域が大きいので、明日接近だとのことだが、雨風が酷くなってからでは遅い。 テレビで衆院選候補者の掲示板を今夜中に一時撤去、台風が収まって立てると報じている。どうやら確実にやってくるようである。 小雨の中、物干し竿や、飛びそうなものの片づけをやる。向かいの家も珍しく雨戸が全部閉まっている。 近隣で一番古い家が我が家、周りの家の陰になって、これまで大した被害もなく済んでいるが今度も無事という保障はない。こういうとき大黒柱がいない家庭は心細い限りである。 アマチュア無線のタワーも建てて久しい。アンテナはテレビのアンテナだけなので大丈夫だとは思うのだが… 雨戸のある窓や戸は全部閉めた。停電に備えて懐中電灯の用意もしなければならない。 あとは上陸後、勢力が弱まること、少しでも逸れることを祈るのみである。神様・仏様・稲尾様じゃ台風には無理だろうな~ 何となく台風近しを感じさせる空模様である。
2005年09月05日
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お昼少し前、従弟夫婦が孫娘を連れて、先日届けてくれた、飾りテーブルの上に箱を載せるための台を作って持って来て、手入れが楽なようにと持参のワックスを塗ってくれた。すっかり様になって、姉の写真が微笑んでいる。 姉の意志で戒名もないのだが、夢にも現れて来ない。生前働くことが何より好きで、夫の裏切りも妹の私や子供にも話さず、忍耐の生涯であったようで、哀れでならない。近くに住んでいれば、気づくこともあったであろうが、関東と九州、偶に顔を会わせても姉の胸中など読めなかった。 きれいな箱に納めてやっと安堵の日々である。 日曜日はなんと静かなこと。郵便の配達もないし、夕刊配達のバイクの音もしない。 台風の余波で曇ってて、時々小雨が降ったりだが、むしむしと暑さだけは厳しい。 25日日曜日、川掃除の回覧板が回って来た。今度の当番の名前が書いてある。自治委員さんに電話を入れたが留守であった。というのは、川掃除は泥上げなのでる。それなのに、一部の人はほうきを持って来て『掃く』ことしかしない。スコップで泥をあげる作業はかなりの労力がいる。根がしっかりと張り付いたコケ・水草はゴム手袋で引っ張って取る。 ゴム手袋とスコップが必要な道具なのだが…その旨余白に書いて貰おうと電話したのだが、留守である。 仕方ない、事後承諾で自分で書いた。後で誰が書いたか、きっと問題になるだろうなと気にはなったが、汚れ作業をする身にもなって欲しい。 楽しようとする人は自分の手は決して汚さないのだから…まさか村八分になることはあるまいからと思うのだが。少し心が揺れている。本当のことでも言うのは勇気のいることである。
2005年09月04日
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ダイヤの講習会の日、暑いしバスで出かけるの大変だなと思案していたら、Kさんから回り道して拾ってくれるという電話、「やった~」言葉に甘えてバス通りで車に乗っけて貰った。エアコンの利いた車は快適である。 初めての会場で、地図はあるものの心配していたのだが、お陰ですんなりと到着有難かった。 半年振りに会う顔・顔、猛暑にも負けず元気な顔に嬉しくなる。一番会いたいI先生がなかなか見えない。 講習が始まる寸前やっと見えた。講習の間は話も出来ないが、お昼の時間に先生の口から意外な話、ご主人は今年の正月京大病院で肺がんの手術をされ、すっかり元気だと聞いていた。 先日も元付属中学の教師だったご主人は今度の選挙にも駆り出されて毎日忙しくしてると言われていたのに、検診で『脾臓』に異常が見られ、5日月曜日に京都に行き、京大病院で手術することになったというのである。 肺がんは完治、今度の脾臓とは関係はないと言われたけどねーと…。脾臓はあってもなくてもいい臓器ということであるが、人間の臓器でほんとに不必要なものはないのではと思うのだがどうなのだろうか。 今日は八女に「がん」に効く薬があるというから、行くのだと早めに帰っていかれた。 先ほどの電話では「がん」に効く薬とは『フコイダン』だという話。溺れる者は藁をもつかむ、本当に効果があればこんな喜ばしいことはないのだが。 手術が成功し、お元気で帰郷されることを祈るのみである。
2005年09月03日
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ヤフーメッセンジャーでのある日の会話でる。やりながら考えたこと。どうも私は世間常識の範疇からかなりはみ出した人間ではないかって。 いい歳でパソコンをいじれることも周りの人には異様に映るらしい。結婚する頃までは常識の範疇にあったと思うが、アマチュア無線を始めて、不特定多数の人と交信するようになり、道がずれて来たように思う。 DXが聞こえたら家事は後まわし、などと言って「カラスの鳴かぬ日はあっても私の声が聞こえぬ日はない」と関西方面まで悪名高かった。子供曰く「不良ママ」だと。 OLの頃も建築課という職場で男性に囲まれての仕事だったので、女性の多い場での自分がどう振舞えばいいか、戸惑うことが多かった。 孫の守でもしているのが普通なのだろうが、幸か不幸か孫はいないし、気分だけは10代?20代?…良く言えば、天真爛漫・天衣無縫だが、「とっちゃん坊や」の女性版である。こんな親を持って子供は恥ずかしく思ってるかも知れないよね。しかし此の儘で人生をまっとうできたら幸せだと思う。○: 古館のこのスタイルも面白い×: はい、菅は嫌い○: 民主はダメだね○: ムキになる人はボロが出てる×: ほんと。○○が出るとチャンネル変えたくなる○: 異端だけど面白い司会です×: やっと古館らしさが出てきたよね。筑紫よりいい○: はい,筑紫は最低です×: 写真送ったけど・・・携帯○: ほんと…×: はい○:へい、良いと思います×: 今日はすごく暑いです○: それほどでもありませんでした×: 明日は36度の予報です。残暑もここまでだとご立派○: あーあ,大変だ×: 今日もテラスは37度でした。いつもは27度のエアコンも今日は26度ですよ○: 温泉につかっているとでも考えましょう×: そこまで飛躍はできませんが・・・○: 修行が足りません×: そりゃ、あなたの親ですから・うふっふ今晩はどんな会話になるのやら、親子漫才やってます。
2005年09月02日
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ここ2・3日の残暑の厳しいこと、洗濯物も短時間で乾く。取り込みに出たついでにテラスの温度計を見るとなんと38度にも、見た瞬間に暑さが倍増である。 姉の遺骨を祀る台を、大きく作り直して従弟が届けてくれた。今度は充分の広さと高さでしっくりと部屋に馴染んでいる。 7年目にしてやっと姉も安住の地を得たわけだ。山の所に何か相応しい「文字」を書くようにと従弟は言うが姉にぴったりの「文字」は?あれこれ思案中である。 紙と違って簡単に書き直せないから、なお更である。 暑さで寝不足で午後、横になったらいつの間にか熟睡してしまった。寝起きに冷蔵庫で冷たくなった「巨峰」を口に入れる。ひんやりと甘い果汁が口いっぱいにジュワーと広がる。至福のひと時である。「3食昼寝付き」上げ膳下げ全ならもっと嬉しいけど、食事の支度は自分でしなければならない。 選挙でも「年金」問題が取り上げられているが、「年金」のお陰で子供の世話にもならず、贅沢は出来なくても最低の暮らしは出来るので有難いと思わねば罰が当たる。 USB接続・ノートパソコン用冷え冷えクーラーを買った。今まで横からは熱風が、底は熱々で手がつけられなかったが、なかなかいい。音がうるさいかと思ったが、思ったより静かである。4494円早く買えば良かったとこれで快適な環境になった。
2005年09月02日
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古い写真がどこからどうして出てきたのか、皆目見当もつかないがアメリカ在住の父の姉、私の伯母が渡米以来始めて日本に帰国した時、菩提寺である梅林寺で両親の供養を行った時の記念写真である。 ベレー帽を被った伯母の横に母、伯母と母の間の後ろに若き私の姿がある。教室の生徒が「これ先生?随分ほっそりと首が長いこと…」私だって若くて少しはきれいな時もあったのだけど。 はっきりしたことは覚えていないが、もうこの家に住んでいたので昭和36年ではないかと思う。伯母の家族と会ったのは昭和16年長女が訪日した時である。長期滞在のつもりが戦争で、最後の交換船で帰国した。 それから終戦まで、音信不通で全く消息は分からなかった。中学生だった私の弟が父の古い日記にアドレスを見つけ、習いたての英語で手紙を送ったら、達筆な日本語で返事が届いた。それからは戦後の日本の暮らしを案じて石鹸とか生活物資を送ってくれた。 母が嫁いできたときには伯母はもうアメリカに嫁いだ後で、うら若い伯母が写真一枚を頼りになんで結婚を決め、単身渡米したのか詳しい事情は知る由もないが、サクラメントの近くのアラメダに住んでいたのである。 夫である伯父さんは写真館を営んでいて八女市の出身だと聞いた。職業柄たくさんの写真が送られたようで、空襲で焼かれる前はアルバムが何冊もあった。伯母はきれいなひとであった。 戦争中は日本人ということで、収容所にいたらしいが、あまりその話はしてくれなかった。言葉は話せても書くことはあまり出来なかったようで、子供たちは米国籍だが、本人は国籍はとってないと言っていた。 日本人として故郷からアメリカに渡った若い人の面倒をよく見たそうで、シャンソン歌手の石井好子さんもその一人、帝国ホテルの犬丸氏なども、旧知の間柄であったようだ。東京では好子さんの邸に逗留していたそうで、東京にいた私の姉は伯母に会いに出かけたと話していた。 久留米では、ブリヂストンの講堂で歓迎レセプションをして頂きとても喜んでいた。久留米の土産に藍台漆器の菓子鉢を贈ったらすごく喜んでいた。 伯母も亡くなったが菓子鉢はまだ健在だろうか。
2005年09月01日
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