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三食昼寝付、結構なご身分である。ただし3食の用意は自分でやらねばならないのは言うまでもない。 昼寝などついぞしたことはなかったのに、ここ何日か、4時ごろ暑さで目が覚め寝付かれず寝不足で午後になると、欲も得もなく眠たくなる。 眠りを妨げる来訪者もなく、1時間足らずぐっすりと眠った。夏ばて解消には良いであろう。 テレビの報道特集で、自閉症の話をやっていた。RKB地元の民放局の記者の長男と両親の日常の話である。自閉症の言葉は知っていても、一人一人症状が違うこと、抱える親の子育ては私の想像をはるかに超えるものであった。 無理心中のなかに、自閉症の子を道連れにするのがかなりあるそうで、父親の記者は、その取材もされていた。奥さんが二人の子供と心中され残された父親の、妻がそこまで追い詰められていたとは気づかなかった、一人残されて寂しいといわれた言葉、なんで、みんな連れて逝ったのか嫁が憎いと言われたお祖母さんの言葉、一つ一つが重く心に残った。 自閉症のことを知ってもだから何ができるかと言えば、何をどうやっていいのか、全く無力な自分である。障害児は選ばれた親のところに生まれて来るという詩で救われたというお母さんの言葉に、少しほっとした。
2005年07月31日
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私が4歳から育った母方の祖父の家の床の間に『楽は苦の種・苦は楽の種云々』という掛け軸が掛けられていた。苦労は買ってでもせよと言われていたが、買ってまですることはないと思う。 家の近くに日本舞踊のお師匠さんの住まいがある。ご主人は私より5歳くらい年下のはずである。 奥様は、週のうち一日は自分が習いに出かけられて、残りの日は自宅で午前午後教えておられる。ご主人はNTTを定年後、終日書斎にこもって、テレビを見たり読書の毎日で、外で顔を合わせることは殆どなかった。2・3年前道路を掃いていたら、杖をついてゆっくり歩いて見えて『こんにちは』と声を掛けられた。その姿にびっくりした。歳が若いのに足元がおぼつかないのだ。 そのうち、人のうわさに家の中でも伝い歩きされているらしいと聞いた。内臓の病気は全くないそうであるが、歩行が出来なくなり、今は完全に寝たきりで、おむつをした状態ということである。 奥様の友達が手伝いに来て、踊りのお稽古は続けておられるのだが、毎日たくさんの弟子を教え、料理・洗濯・食事の世話、下の世話と大変だと言う。 よくがんばってされると私の友達が妻の鑑のように褒めていた。踊りを教えるのに、一人部屋に閉じこもって何も口出しされないご主人は奥様にとって、扱いやすい存在であっただろうが、せめて一週間に一日でもご主人と会話をしたり、一緒に散歩したりされていたら、今の苦労は回避できた筈である。 テレビに守りをさせての子育てのパターンと同様である。入院を受け入れてくれるところがあればいいが、ごこも悪くなければそれもできない。 友達が褒めるほどお世話されていたらそれはそれ幸せかもしれないが、夜は二人っきりなのに、ご主人は奥の座敷で、奥様は玄関横の稽古場の次の間と離れて寝ておられると聞いてえっと思った。 離れた部屋であれば、呼んでも聞こえないだろうし、せめて隣の部屋に寝ればいいのにと思うのはお節介だろうか。倒れて一度も一般病棟に出ることもなく重度意識障害で3年近く、一晩も付き添い出来なかった悔いが今も心の片隅にある私には奥様の気持ちが理解できないでいる。夫婦の数だけ夫婦の生き方はあるのだろうが、介護してくれる者を亡くした私はどんな最後を迎えるのだろう。考えても詮方ないこと、取越し苦労はやめてのんびりしよう。
2005年07月30日
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2時過ぎ近所に住む友人から『ちょっと遅いけど温泉に行かない?』と誘いの電話が入った。久しぶりの雨で夕方水撒きしないで済むから今から行くのだと言う。『すっぴんだけど、車から車どうせ温泉に入るのだしいいか?』それでもスカートだけ着替えて同行することにした。 行く先はあなた任せののんきな旅である。国道3号線を南下して熊本県に入る。 行きつけのガソリンスタンドで軽油を満タン、今日の旅の目的の一つは古瀬だったようだ。 眺山閣の天の湯に着いた。あちこち山鹿の湯には行ったけどここは初めてである。3人ほど先客があったが、広い湯船はゆったりである。露天風呂からは眼下に菊池川が望める。こじんまりとした温泉場だが、ぬるめの湯は夏の疲れを取るのに十分である。 1時間が暗黙の温泉タイムである。雨はほとんど止んでいた。帰って炊事も大変だから、夕飯済ませて行こうとお鮨やさんへ寄った。湯上りに冷たいビール、好物のお鮨。あー幸せ。友人にすっかりお世話になってしまった。 キッチンに野菜ストッカーを買ったので、やるつもりがいつの間にかうとうと、もう9時になった。明日は明日の風が吹く。ストッカーの整理は明日にしよう。あやちゃん有難う!
2005年07月29日
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手のひらいっぱいの大きな桃、産毛が新鮮さを物語っている。柔らかい桃よりもちょっと固めの方が私は好きだ。 桃を見ると戦時中を思い出す。母の姉である伯母の主人は建設業を営んでいた。市の小学校の新築工事などもやっていたので、自宅も仕事場を含めかなり敷地で、その頃には珍しい地下室があった。コンクリートの階段を下りるとそこはひんやりとした空気の別世界であった。 漬物や梅干など甕が棚に並んでいて、子供のかくれんぼの場所でもあった。やがて戦争が激しくなり、伯父一家は田舎へ疎開して行った。小さな駅のホームの裏手で、一面桃の木が植えられていた。白桃と中には黄桃もあった。 食料の調達もままならぬ時期、桃の季節は伯父の家に行くのが楽しみであった。汽車に乗れば、3つ目くらいであったと思うが、従姉妹たちと連れ立って20キロの道を汗を流しながら歩いて行った。 行くのは大変だが、着けばあまーい桃がふんだんに食べられる。木で完熟した桃の美味しさはどう表現したらいいのだろう。 忘れられない味である。 忘れられない味はもう一つある。戦時中、兵隊さんに面会に行った時、ご馳走になった軍隊の『アンパン』である。小豆餡がいっぱいのそれは美味しいアンパンであった。戦後いろんなアンパンを食べたが、あのときのあの味に勝るアンパンには出会ったことがない。 終戦になり、伯父一家は幸い焼け残った家に戻った。その後、桃の木は切り倒され、跡地に住宅を建てて売ってしまった。今はどうなっているのか、今年は、戦後60年、一度この目で彼の地を見たいと甘い桃を食べながらそんなことを思った。
2005年07月28日
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くよくよしても仕方ないよな~とは思うものの、親しくお付合いしてしていた方なので、昨日の出来事はのど元に魚の骨が突き刺さったようで何とも心地悪かった。 2ヶ月に一度顔を合わせ、亡くなられたご主人のことや、ご兄弟の話、数年の間に、随分いろんなことを伺ってはいたが、家に伺ったことはないので、深いお付き合いではないと言えばなかった訳だ。 同じ一人暮らしでも考えは違うのだと知らされた訳だが、今朝早く、当のご本人から電話頂いた。 『昨日はごめんなさい、先生に悪いこと言ってしまって…』とお詫びの電話であった。『いえいえ、私の方こそ差し出がましいことをして申訳ないことでした』と誤った。持病の糖尿と足が悪くて、今年の今までにない暑さによほど、疲れておられたのであろう。人間は感情の動物、見解の相違もある。 一晩休んで、先生も心無いことを言ってしまってと思われたのであろうか。今までのように世間話に時を過ごし、『近いうち一緒に食事に行きませんか』とおっしゃって、電話は切れた。昨日の胸のつかえはすっかり消えた。 今度のことを教訓につかず離れずの交友を続けたいと改めて思った。でも、私の真意が少しでも通じたことに安堵した。
2005年07月27日
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昨夜、子供が土砂降りに遭ったと言っていた。『夕立なの』『いや、台風の余波』。その台風が関東に上陸しそうだということだ。地震があったばかり、泣きっ面に蜂とばかり、災難続きである。 出来るだけ被害が少ないことを祈るのみである。 長崎から請求書が届いたので、延び延びにしていた用事を全部片付けることにした。コンビニで宅急便を送り、郵便局へ年金の現況届けと、振込みへ行った。じりじりと照りつける太陽に玉のような汗が流れる。それでも今日は風があるので幾分良いのだが。 帰って、人形に電池を入れて設定し、お友達の家へ届けに行くつもりだったが、電話したら留守であった。 宅配便で送るのが簡単なのだが、スイッチをOFFにすれば、年配の方ゆえ説明が大変だし、ONで送って、いきなり荷物から子供のおしゃべりが聞こえたりしたら、昨日の郵便局のバッテリーの爆発みたいに一騒動だろうから、持参する他ないと思ったからだ。 しばらくして電話すると帰って見えていた。伺っていいかと尋ねたら、今日は疲れているからと断られた。 同じ一人暮らしでも、相手はお子様を持たれたことのない方、私は離れていても子供がいる。同じ立場ではないことに、気づかされた。人形としゃべっても心和み癒されるが、人形と暮らすことなど彼女には面倒なことらしい。 十人十色、それぞれ考えが違うことを知らされた。自分本位に物事を見てはいけないことをこの歳になって知るなど、私も相当お馬鹿さんである。 さてさて、このお人形はどこへお嫁入りさせようか、喜んで下さる方を探さねばならなくなった。
2005年07月26日
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今日もしっかりと暑い。夫の7回目の命日である。朝早く病院からの電話で夫の死を知らされ、慌しい一日であったがあの日はこんなに暑くはなかったような気がする。通夜には雨が降ったっけ。和歌山のカレー事件の日でもあるが、それを知ったのは葬儀の後であった。好きだったお酒を供えて般若心経を読経。 何日か前に日本人の平均寿命がまた延びたと新聞でみたばかりなのに、今日は人が亡くなったの話ばかり、名古屋の結婚式に出かけていた友達と1ヶ月ぶりに会った。 ほほがげっそりとこけている。結婚式から帰って、立て続けにご主人の弟さん二人が亡くなられ、通夜・葬式・七日七日の法要ですっかり疲れたと言う。 お互いそういう年齢になったのねと、いつ自分がそうなるのか、こればかりは神様でもわからないかも。 5時のニュースで江戸風俗研究家杉浦日向子さんが46歳の若さで亡くなっていたのが分かったと報じていた。毎週、NHKで見ていたのはいつまでだっただろう。『がん』であったという。 美人薄命・これからを期待される人が若くして病魔に冒され亡くなってしまうのは、本人も残念だろうが、惜しまれる。 エアコンのマルチリモコンをネットで見つけたので、我が家の機種に適応するのか、問い合わせたら、75年製以降であれば大丈夫だと返事があった。 今は廃業同然の電気店に保証書もあずっけぱなしで、取説はあるが、何年製かどこにもない。 75年以降の家計簿を繰ったが、見当たらないのでもっと古いのではないかと思う。やはり、今のリモコンを何とか騙しだまし使うしかないだろう。 昨年基盤を取替えたのでもうちょっと長生きして貰わねば採算が取れない。Yさんが、ポテトサラダを蕗の佃煮を持ってきて下さった。朝は宇部の友人から蒲鉾が、Sさんはカレーライスとかぼちゃスープ。今日はあれこれ頂いて嬉しい悲鳴である。幸せ者だと思った一日これで涼しければ言うことないのだが。
2005年07月25日
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日曜の午後の楽しみは、『たかじんのそこまで言って委員会』を見ることである。 出演者の歯に衣着せぬトークが面白い。関東では放映されていないそうであるが、今日も色々と面白かった。 番組欄に『キムタクの○○…』とか載っていても、『キムタク』と言うことは禁句で、決して使わないようにと言われるのだとか。もちろん言えばカットされるそうである。 東大出身の女子アナが『頭取』(とうしゅ)と読んだとか、国会議員は質問に立つとき漢字すべてにフリガナをしておくのだとか、常識では考えられないことが、ポンポン飛び出して思わず笑ってしまう。『追加更正予算』を『オイカサラマサヨサン』と言った議員さんは有名だそうだ。座るときは『どっこいしょ』立つときは『よっこいしょ』と言うのだとか、馬鹿げた話も出たが… 私にとってはストレス解消の90分である。
2005年07月24日
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昨日は暑さが厳しくエアコンの温度を下げても涼しく感じない。フィルターに埃でもと踏み台を持ってきて外して見たが思うほど汚れてなかった。 今日も午後からムシムシと暑い。一昨夜、公民館へパソコンに講習に通っている友達から、電話で『年賀状のアドレスでいいよのよね、このアドレスは存在しませんとエラーメールが来るんだけど』と言う。 『じゃーそっちのアドレス教えて、こっちからメール送るから』とアドレスを教わった。聞いたアドレスで送信したら、これがまた存在しないとのエラーメッセージである。 おかしいなと電話してみたら、TとPが間違っていた。確認のため、Tタンゴねと聞いたのだが、ハムで使うフォネティックコードは通じなかったらしい。 改めてPに打ち変えてメールしたら無事届いたと電話が来た。じゃー返信頂戴と、操作を教えて待つこと30分、やっと返事が返って来た。 『初メール成功でおめでとう』とメールしたが、読んでないのか返答なしである。 公民館の先生は富士通を定年退職された方だということだが、富士通に勤めていたからパソコンに精通してるとは限らないし… 友達に言わせると『あなたは環境に恵まれている』というが、確かに息子はシステムエンジニア、パソコンで飯を食ってるのだが、一緒に住んでいないので、パソコンを始めたときも手取り足取りと言うわけにはいかなかった。 MSDOSの時代で、敵国語廃止の世代には英語のスペルが分からず、電話で叱られてばかり、それでも試行錯誤で意外と早く馴染むことが出来た。 女は機械音痴とよく言うが、やはり得手不得手はあるのだろうか。父は電話の技師だったし、母は和文のトンツーが打てた。血筋なのだろうか。 ソフト『松』『桐』から『ワード』『エクセル』に代わった時も、ちょっと戸惑ったが、今は違和感はない。 ボケ防止にパソコンとの戯れはもってこいと思うのだが、熊本の友達のように、お互い何日か置きに近況を知らせあうようになるには、まだ月日が必要のようだ。 今夜あたりメールが来れば嬉しいのだが、どうだろう…
2005年07月24日
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『日本人の寿命5年連続更新』平均寿命は女性が85.59歳、男性が78.64歳で5年連続で過去最高を更新したそうだ。女性は20年連続世界一、男性は前年の3位から香港を抜いて2位になり世界最速のペースで長寿化が進んでいるそうである。 日本人の3大死因のうち、がんで亡くなる確立は高まったが、心疾患や脳血管疾患で亡くなる確率が下がったのが平均寿命の延びになっているとか。 ラベンダー外来で寝たきりも含めた平均寿命よりも、社会生活が出来る健康寿命が大切だと聞いたことがあるが、尤もだと思う。 意識の戻らぬまま2年7ヶ月入院生活を送った夫は、どうだったのだろうか。 衛生管理士の資格を持ち、その方の仕事をしていたこともあった夫は『寝たきりになって面倒をかけるようなことはしない』と口癖のように言って、まめに健康診断を受けていた。長く寝付くときはそれなりに自分の身は処するとまで言っていたが、生来の脳動静脈奇形が原因の脳内出血で、重度意識障害で嫌いな言葉だが、いわゆる『植物人間』になったのである。 早くに脳ドッグで検査受けていれば良かったのであろうが、『脳動静脈奇形』という言葉すら知らなかった。 今の平均寿命ならもっともっと生きていられた筈であるが・・・変形性膝関節症と人並みに加齢によるきしみはあるが、まあ健康に暮らしているわけだが、自分が平均寿命まで生きていられるか、その自信は全くないが命があれば社会のお荷物にならぬよう生きなければと思う。 高齢化で若い人に負担をかけるのは申し訳ないと思うが、寿命は自分では決められないので、生あるうちは懸命に生きるほかない。
2005年07月23日
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昨夜は教室が遅く終わったために、すべてにしわ寄せが来て時間がずれてしまった。 何とか片袖を完成させたいと編んでいたら、編図のバグが見つかり、編んだものを解いて編み直す羽目になり、時計の針が翌日になってしまった。 あわててシャワーを浴びて夢路へ。最近は寝つきがよいので朝はすっきりと目覚めた。さて問題は編図のバグをどうするかである。 デザインされた先生に伝えなければならないのだが、『間違っていますよ』というのは、先輩・恩師には言い難いものがある。この前も言ったばかりで、なんだか『あら捜し』しているみたいで… 外出される前にと8時ごろ電話を入れた。京都の研修会でのお礼を言って、やんわりと編図の話をした。デザインは先生だが、実際の制作は先生の主催する研究会の先生で詳しい製図も編んだ先生が書くのである。以前は私自身も手伝っていたことがあるのでそれは承知である。 『袖山の編図が間違っています、それに地糸が1玉不足ですよ』と要旨だけ伝えて電話を切った。 一緒に京都に行った先生も編んでいるので、先生に電話をした。『助かった先生が先に編んで教えて貰って』と喜んでいた。 午後、電話がなった。『今朝はごめんなさいね。編図ここにあるので、詳しく教えて』と・・・ 間違っている4箇所を詳しく説明した。『良かったわ。教えてくれて。これから各地に講習に行くので、早速訂正しなくっちゃー。これからも気づいたら教えてね』だって。 ほっとしたものの、これからも鵜の目鷹の目で編図を見なければならないとは辛い作業である。亡き姉が長年片腕となり2人3脚みたいにしてきた先生である。遠く離れているので、姉の代わりは出来ないけれど、これからも間違っていたら、遠慮なく電話し続けることにしよう。
2005年07月22日
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ロンドンの地下鉄3箇所とバスでもまた爆発があったとニュース速報が流れた。現在、負傷者は不明ということだが、前回の事件以来、警戒もしているだろうに、単独での自爆テロを防ぐことは至難の業であろう。 嫌な世の中・怖い世の中になったものだ。
2005年07月21日
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教室を終えたのが5時過ぎ、いささか疲れを感じる。それから食事の支度、庭の水撒きなどやらねばならない。 午後福袋が届いていたのだが、生徒の帰るのを待ってわくわくしながら開梱する。一品は選べるとのことで、希望したものが入っているかと期待して… 。先着順で必ずしも希望には添えないとはあったが、私の希望の品は入ってなかった。 せめて、『残念ながら希望の品は入れられませんでした』の一言があれば、納得できるけど、そのようなものはなかった。 みんな不必要なものではないが、せめて第一希望、第2希望、第3希望を聞いて欲しかったなと思う。私の考えが甘かったのである。 水撒きに外に出たら、7時過ぎなのにまだ31度もある。今年一番の暑さであろうか。 気分が滅入っているので一層暑さを感じ、再開したウオーキングに出かける元気も出ない。そういえば、今朝から歯車が狂いっぱなしである。 編みかけのセーターの糸が足りなくなった。地糸6玉・配色4玉なのに、地糸が袖の中途でなくなってしまった。編図の用量が間違っているのだ。これから各地で講習があるので、メーカーに電話を入れた。 いつも余裕を見て買うのにきっちり買ってしまって糸の到着まで仕事が出来ない。 先生も、助手のHさんも段々歳を取ってケアレスミスが多くなったようである。気づいて『ここおかしいです』というのもなんとなく悪いようで、今日はメーカーの社員の方に下駄を預けた。『他山の石』人事ではない、自分自身が間違いを起こさないようにしなければと思う。
2005年07月21日
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第3水曜日はラベンダー外来の日である。あまりにも暑いので億劫だったが、やらねばならぬことを一日延ばしにしていたので、早めに家を出て用事を済ませて病院へ急いだ。 暑さにも負けず皆さん元気な顔で一ヶ月ぶりの再会に話が弾む。夏痩せをしないのは、喜ぶべきか、悲しむべきか判断に苦しむが… 先月はプールだったのでインボディの計測しなかったので、5月のと照合、体重+100g、病院について、牛乳1パック飲んだのが失敗であった。 今月は関先生の栄養と食事の話、何度も講義は受けているが、知識はあっても実行は難しい。 ある先生が自身を研究材料に、食事はインスタントラーメン(満腹感のための食事)と、一日必要量のサブリメントだけの食事を一ヶ月続け、血液検査したら、飢餓状態であったとか。 サブリメントはあくまでも補助食品で、栄養はきちんと3度の食事で摂ること。夏場の落とし穴は飲料とアイスクリームなどの冷菓、100円のスーパーカップバニラのカロリーが363キロカロリーだと知って驚いた。 ダイエット中の一食のカロリーは400キロカロリーだから、たかがアイスクリーム1個と言っておれない。ポカリスエットは135キロカロリー、30gの砂糖が使われているということである。 やはり、水分はお茶が一番。初心に返ってダイエットに頑張らねばと決意はするもののこの暑さでは歩くのも大変なこと。無理して体を壊しては元も子もないしね…言い訳を考えている自分が悲しい。
2005年07月20日
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毎日、猛暑である。久しぶりにいつものメンバーと温泉へ行くことになった。 熊本県の小国町、山川温泉である。渓流沿いの露天風呂『滝の湯』は文字通り滝を眺めながら湯が楽しめる。白濁した硫黄泉で湯の華が舞い、私の大好きな温泉場である。 お昼は近くのそば処で『わいた膳』を食べる。(わいたは近くの山の名前)ざるそば・炊込みごはん・ぜんまい煮付け・阿蘇たかな漬けときゅうりの漬物である。廊下にあった看板に『お客様へ、主人の気まぐれで日によって味付けが違います、それでも良かったらお召し上がり下さい』とあった。 ここら辺にきた時はよくそばを食べる。このお店は初めてだったが面白く美味しかった。 ここからは、温泉まで5分ばかり、屋根やあちこちに布団が干してある。温泉に着いたら、おかみさんが『先日の豪雨で自慢の滝の湯が流されたので、巨岩風呂に入って下さい』と言われた。 熊本と大分で被害が出たのは知っていたが、まさかここが…とは思ってなかった。 そっと覗いたら一段目の滝の下に、大きな岩が二つ、前にきた時はなかったのに、露天風呂は完全に壊れていた。 推定50トンの巨岩の湯は白濁の湯を満々とたたえている。しかし、熱くて入れたものではない。 水道で水を入れても、大きい露天風呂は短時間でぬるくはならない。仕方なく傍のヒノキの湯に入った。8月までには何とか、修復したいとのことであった。近くの棚田もかなり崩壊している。集中してかなりの雨が降ったとのことである。 今度訪れる時はもみじの季節、新しくなった滝の湯が楽しみでもある。
2005年07月19日
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昨日、偶然見たテレビ番組の内容に衝撃を受けた。それは、若年認知症のご夫婦の話である。 50代60代でアルツハイマーになる患者も多いという。よくボケた本人は何もわからずいいけど、周りが大変だと聞くが、そうではないのである。 本人も突然自我書けなくなって呆然となったり、どうしてこんなことが分からないのか、思い出せないのかと悩んでおられる姿に正直びっくりした。 旅行好きで二人で幾度も行かれたスペインの写真を家中に貼り、それを見ることで思い出すというのは、病気の進行を遅らすのに有効な手段だという。 スペインまで行くことは出来ないからと、志摩スペイン村へ奥様を連れて歩かれると、現地の友達が最近亡くなられたことを思い出し涙された奥様、その様子を見てそっと目を拭われたご主人、心温まるが、切ない光景であった。 何が原因か、そして画期的な治療法もないアルツハイマーに、いつ誰がなるのか、自分自身が絶対にならないという保障はない。 万一なった場合、私を介護してくれる連れ合いはもうとっくに彼岸に行っていない。 段々、思い出せなくなる時が来るのが怖いと言われた奥様、認知症ゆえの苦しみがあったのだ。認知症に対する認識がいかに誤っていたか、テレビを見て少し分かった。 手を使って、頭も使っていれば、ボケないというけど、本当にそうであれば編物で手を動かし、製図計算で頭もそこそこ使ってはいるので大丈夫だろうか。明日は明日の風が吹くとのんびり暮らそう。息子よ、認知症になったら頼むよね、貴方だけしかいないのだから…
2005年07月18日
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ゴロゴロと遠くで雷鳴が聞こえ、だんだん近くなったので、あわてて、PCの電源をOFFした。 筑後地方に雷・大雨洪水警報が出たとの気象情報に、水遣りしなくてすむかな~と期待したが、雨は降らなかった。 梅雨明けした今日の暑さは格別で、炎天下にさらされた鉢物は水を欲しがっている。食事を済ませて水遣りした。 息子が子供の頃は、20日が一学期の終業式、翌21日・22日が氏神様の祇園さんの夏祭りであった。 神輿を担ぐのも男の子に限られ、鉢巻・はっぴ姿で嬉々として参加したものだが、祭りの形態も年とともに変わり、今は男女とも参加出来る。 海の記念日にあわせ、今年は今日と明日が祭りである。9時過ぎ「ワッショイワッショイ」の掛け声にあわてて表に出る。 子供会の運営費として、各戸、幾許かの「志」をというのが慣習になっている。町内の役員をやっていた頃は、それなりの額を入れたが、年金暮らしの今は「金千円也」にしている。 小さな神社だが、夜店が並び、スイカの早食いとか、子供の喜びそうな催しがあり、抽選会も楽しみの一つで、出かけない私の抽選券はお向かいの「まー君」に、昨年はなにか当たったと言っていたが、今年はどうなんだろう。 花火が威勢良くあがっている。大人ひとりいくのも大儀で家に引きこもりである。
2005年07月17日
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日頃、家にいるときは殆ど化粧なしのすっぴんである。髪は以前はパーマをかけていたが、骨折で2ヶ月入院を余儀なくされた時、巡回で見える美容師の方に思い切ってショートにして貰った。 猫っ毛でいまだかって、きれいな御髪ですねと褒められたことは一度もない。 自慢はこの歳になっても一度も染めたことがなくて、白髪が数えるほどしかないことだろうか。 化粧水を塗って鏡をのぞくと歳にしては若いかなと、しみもそう多くないし、しわもそれなりかなと思うのだが、メガネをかけてのぞくと急に「しわ」が目立ち、浦島太郎の心境である。 化粧嫌いは、母ゆずり?母は30歳で夫を亡くし、それ以来死ぬまで化粧らしい化粧はしなかった。独身のころはおしゃれだったと母の友人から聞いたが、昔は未亡人が身を飾ることには世間の目がうるさかったらしい。 姉と私が年頃になっても、母は化粧することを勧めたりしなかった。姉も私も化粧に関心がなく、眉をかいたこともない。 母は70歳で他界したが色白で肌はつやつやとほほ紅をさしたように綺麗だった。肌はあまりいじらないほうがいいのではと母を見ていて思ったものだ。 髪はショートなので、アレッポの石鹸で洗うだけ、パーマやヘアダイで痛まないのでさらさらつやつやである。 丸顔のせいで歳よりは若く見られるが、持って生まれた顔、今更どうしようもないし、最近昼寝の癖がついて、寝起きの寝ぼけ眼で鏡の中の自分を見ながら、母似?父似?と考え込んでいる。
2005年07月16日
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今年も盆が近くなって、納骨堂管理費納入の知らせが届いた。結婚して間もない頃、夫の姉から自分の住む部落に納骨堂が出来るので、一緒に加入したらと誘いがあった。若かったし母親代わりの義姉の言葉に素直に従った。 死んでも入る場所があるのは悪いことではないが、その後3年連続で息子を亡くした義姉は、勝手に納骨堂を売却して、お寺にお墓を建立した。 それほど知人もいない部落の納骨堂によそ者が残されたわけで、何かと肩身の狭い思いと不便さを感じている。 彼岸とか正月・お盆は開扉されているが、例えば家族の命日などは、管理者のお宅に鍵を借りに行かねばならないのである。 以前は近くにお店があって、そこに鍵が保管されていたが、お店が閉まり、今は管理者が毎年変わっていて、○○さんと聞いてもどこなの家なのか、さっぱり見当もつかない。仕方がないので扉の前で手を合わせてお参りすることになる。 田舎のことなので、草刈などの作業もあるらしいが、よそ者は勿論参加しないので、年間の管理費は当然高いわけである。 私の代はまだしも息子の代になったらどうするのだろうと心配である。言われるままに深く考えずに、義姉に従ったのが、間違っていたと思ってもどうにもならないが、お盆が訪れる度に頭が痛くなる。
2005年07月15日
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熊本市で発泡スチロールの不審物が見つかり、交通規制やら、避難騒ぎ、爆発処理班やら、救急車など待機し、騒然となったらしい。 X線で撮影したら、なんと中身はパックに入ったメバル5パック26匹で、何事もなく良かったわけだが、メバルは遺失物として冷蔵庫へ3日間保管、落とし主が現れなければ処分されるそうである。 ことがここまで大きくなれば、落とし主もちょっと名乗り出れないのではとテレビで言っていた。 ロンドンのテロ事件でどこも警戒が厳しく、メバルだったから笑い話でいいけど、中身の見えないものは、置き忘れもできなくなったようだ。 のんびり暮らせた昔が懐かしいよね。
2005年07月14日
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今日は教室、みんなに内緒の京都研修会だったが、実は…と白状したら驚いていた。元気ねーとなかば呆れ顔であった。 動ける間は、興味のあることには精々顔を出したいと思う。これも長生きの秘訣かもしれない。 Iさんから暑中見舞いが届いた。元民放の報道部長だった人で、定年からもう6年にもなるとのこと。ビデオ撮影の手ほどきを受けた恩師でもある。 若い頃東映の撮影助手をしておられた人で、福岡に民放局開設の時から定年まで勤めておられた。 私の作品がはじめてオンエアされたのは、昭和58年の夏、『油セミの脱皮』であった。それからのお付き合いである。 「現在は地元ケーブルテレビでちまちまと手伝いをしています。ビデオ撮り楽しんでおられますか、Hさん共々お会いしたいですね」 何か行事があれば、飛んで行ってビデオカメラ回したものだが、今は、春・秋の日本唱歌をみんなで歌う会と校区の芸能祭はみんなの要望で定期的に撮影しているのみである。 孫がいれば成長記録などと思うのだが残念ながらそれもなし。一緒に撮影に励んでいたHさんは体調を崩し今は、撮影は無理である。 久しぶり、Iさんにお目にかかって昔話に時を過ごすのもいいなあと…ご都合伺って尋ねて見たくなった。
2005年07月14日
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来週には梅雨明けとか、いよいよ本格的な夏の到来である。昨日、朝のうち京都は雨だった。往きは研修会の道具と着替えで大変だが、帰りは研修会の材料も土産も着替えも一纏めで宅急便で家に送って身軽である。便利な世の中になったとつくづく有難いと思う。午後にはボストンバッグがもう届いた。 午前中雷と時折激しい雨であったが、今はどんよりと重たい空である。 このところの雨で渇水対策本部は解散になったそうで嬉しいことである。 エアコンのリモコンがおかしいといっていたので、友人が汎用リモコンを送ってくれた。 早速、設定にとりかかったが、思うように設定できず、どうやっても作動してくれない。 電話番号があったので、かけてみると『今は使われておりません』と冷たい一言。PCで検索したらお客様相談室のFAX番号があった。一応問い合わせのFAX送信したが、返信くるだろうか。電話だと人件費が嵩むのだろうが、一方通行のFAXは心許なく感じるのは私だけだろうか。 女でもアマチュア無線局のはしくれ、少しはメカにも強いととの自負はあるのだが・・・ FAXのリボンが残り少ないとメッセージが出ていたが、開けてみるとまだ随分残っている。まだまだ大丈夫。この間あわてて買ったのにね。 電話がなったら、先ほど問い合わせた件の返信だった。わつぃの操作ミスではないらしい。結局我が家のエアコンの機種に適合していないようで、送れば返金してくれるとのことであった。きちんと対応してくれる会社であったようで、ちょっと疑問視したことに、自分がいつも疑いの眼でものを見るようになったいたのかと反省させられた。 本当に早い対応であったから・・・明日にでも返送するようにしよう。ヤフーでベスト電器が価格設定ミスをやった事件は1000円のお詫びとかテレビで報じていたが、一人で1000台の注文には驚いたなー。転売の金儲けだろうから。
2005年07月13日
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86歳のY先生との京都旅行は最初からアクシデントの連続、田川からと久留米からなので、新幹線改札で落ち合うことにしていたのだが、ジバングクラブの会員でもあるYさんはJRの旅は慣れておられるのに、私ときたら飛行機派、JRは年間一度か2度なのだ。 約束の時間より早めに行ったのになかなかYさんの姿が見えない。電話入れるとずっと待っているのにと言葉。 新刊改札の東口と西口にいたようだ。ホームで会おうねとあわててホームへ。ここここというYさんの言葉通り、指定席に腰掛けてほっとした。ところがである、小倉で乗込んで見えた男性に『ここは私の席』えっ?Yさんあわてて、7号車と8号車を間違えていたのである。 野次喜多道中である。新大阪で在来線に乗継ぎ、京都駅からタクシーで聖護院御殿荘へなんとかぎりぎりで間に合った。 東京からのK先生とは正月以来の再会であった。遠いとところまでよく来てくれたわねーと喜んで迎えて下さった。 1時から4時半までみっちりと研修会。6時半から懇親会、京都ならではで、初々しいだらりの帯の舞妓さんの舞を鑑賞させて頂いた。お姐さんの三味線と唄ですっかり情緒に浸った。まじかで舞妓さんを見るのは初めて、いっしょに記念写真撮らせて貰う。宿は庭園に面した部屋で和歌山から見えた二人の先生と同宿した。 お風呂は温泉でないのが残念だが、毎週九州の温泉に入っているのだしね。食事も京料理は上品で美味、ダイエットには目をつぶって堪能する。 今朝は9時から研修会の続き11時解散で、私は一人なのでゆっくり出来るのだが、Yさんは年下のハンサムなご主人が待っていらっしゃる。久しぶりの京都に心を残しながら帰途に着く。タクシーの運転手さんが鹿児島県人だとかで九州弁を喜んで下さった。 研修会の土産を持って無事野次喜多道中も終わり、来年もまた行きたいねと…それまで元気で生きていなければ。
2005年07月12日
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5時半起床、気になっていた雨は現在降っていない。予報だとまだ振りそうだ。家は高台なので大丈夫だろう。新幹線で京都に行きます。物見遊山ではないのだが久しぶりの京都大いに勉強して楽し見たいと思う。 お連れの先生からモーニングコール頂く。もうとっくに起きていたけど有難い。私のことを気にかけて下さる人が世の中にいるってことが嬉しいのです。今から支度して出かけます。雨が降らないことを念じながら
2005年07月11日
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名古屋の事件だったと思うが、民生委員の女性が殺された女性の口座から現金を引き下ろした容疑で逮捕されたと言うことがテレビや新聞で報道された。殺人も視野に入れて追及中だという。民生委員とはそれなりの人がなるものだと思っていたのだが… 民生委員とはちょっと異なるが、私の住む地区には「ふれあいの会」というのがある。会則を見ると希望者によるとあるが、実際は異なる。 私が「ふれあいの会」の役員さんの訪問を受けたのは、連れ合いがなくなってまもなくであった。庭の散水をしていたら、民生委員のAさんが尋ねて見えた。 連れ合いがなくなって独居老人だから、今後月に2度「お元気ですか」と伺いますとのことであった。 素直に受ければ有難いことかも知れないが、連れ合いは他界するまで2年7ヶ月意識不明で入院、その間も一人暮らしであったので、この世に籍があるか、ないかで扱いがこうも違うのかと納得いかなかった。 当時町内の会計も務めていたし、一人で介護の間、ただの一度も何か手助けが必要ならとのこともなく、亡くなった途端に「お元気ですか」もないもんだと腹立たしかった。「世間との交流もあり、元気に生活してる間は、そっとして欲しい、必要なときは私から連絡しますので」と断った。それ以来、毎月の訪問は受けてないが、聞くところによるとふれあいの役員さんも受持ちが決まっているらしい。訪問した際の記録を市に提出すると人数に対しいくらかの助成金があるとも聞いた。 よその町内のふれあいの会の世話をしている人の話によると、ふれあいの会のお世話をする人の人選は、「あんた暇があるならやって」といったことで、ある部分ではプライバシーに関わる仕事なのに、その人の資質など関係なく、仕事するに当たっての守秘義務について、その他講義も、講習もないのだと言っていた。 民生委員が担当の女性を殺害なんてことは、そうそうあることではないだろうが、福祉行政ももっときっちりやらないと何が起こるか分からないと思う。 行政は組織さえ作ればこと足れりなのだろうが、仏作って魂入れずになってしまう。 介護は必要なところに手厚くすべきで、誰が見てもおかしなところに使われていたり、ずさんさが見えるのはどこに欠陥があるのだろうか。公平とか公正とか言うのは難しいことだとつくづく思う。一生世話をまらずに全う出来たら人生最高だが・・・
2005年07月10日
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終日雨が激しく降ったり、止んだりの変なお天気、気温はちょっと低目だけど、蒸し暑さとじめじめは梅雨だから仕方ないか。 エアコンのリモコンの調子が悪くて、幾度もボタンを押していると、ピっと入ってくれる時があって、やっと動き出す。切る時も同様で2・3回で済むときもあれば、数十回押すことも。 電気店に電話したら、来店でないと注文受付けないという。郊外は脚の便が悪くて車のないものにはつらい。便利なようで、不便なことも多々である。 車の修理も今は取りに来てくれないと、今日来た友達が言っていた。車の引取りには二人いなくていけないし、人件費が嵩むのだろうか。 リモコンは宇部の友人が純正でなくても、各社使えるリモコンがあると言うので送って貰うように頼んだ。昨年、故障して基盤取り替えたので、買い直すのも癪だしね。 その彼は、パソコンが破れて(宇部では壊れることをそう言うとのこと)借り物だと昨夜電話で話していた。パソコンは私が3台目、彼は何台目だろう。電気製品の修理が職業なのに、と言うか職業だから壊すのか、よく壊すのである。 電気製品は当たり外れも多いように思うけど。最初不良品で交換したような場合、故障が多いような気がする。値切り下手で言いなりで買うことが多いのだが・・・ お天気のせいか、夏ばてなのかいまいち体調がすっきりしない。来週そうそう京都に出かける予定だが、それまでには体調を万全に整えねばと思っている。
2005年07月09日
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友達が出来上がった「女性の会だより」を取りに来た。世間話に故二子山の遺産相続の話から、遺産といえば・・・と言って話し出したことに法律のおかしさというか、疑問がわいた。 弟さんから廃車手続きするのに、お姉ちゃんの印鑑証明と同意書が欲しいと電話があったそうだ。なんでーと事情を聞いたら、車を買う際、車庫証明の関係で車の所有者を父親名義にしたのだそうだ。 お父さんは6年前に他界、その時点で名義変更してれば良かったけど、そのままにしていて、今度廃車となった訳で、車は遺産なのだそうだ。だから、法定相続人全員の同意書と印鑑証明がなければ、売ることも、廃車もできないと言うことである。 友達もボロ車でも、遺産なのかなーと笑っていたが、法律とは常識とはかなり違ったものだと思わざるを得ない。 確か、電話機も動産だったと思うが・・・入院費が3ヶ月で幾分ダウンするという制度が作られた動機は負担を軽くしようという趣旨だったと思うが、現実には3ヶ月過ぎると転院を余儀なくさせられる。転院先を紹介して頂ければいいが、自分で探すとなると本当に難しいことである。 おかしな法律は改正してくれればいいのだが、一度できると簡単には行かない。今、賛成・反対でもめている郵政民営化はどうなるのだろうか。
2005年07月08日
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日帰り温泉より、一泊の方が疲れるのはなぜだろう。日帰りは玄関から玄関送迎つきだから、疲れないのだろうか。バスに乗って、JR、列車を鹿児島本線から長崎本線に乗換え、またバスとボストンバッグを持っての階段の上り下りは脚の悪い者にとっては、大変なことだと思う。 私鉄はエスカレーターやエレベーターの設置で良くなったが、JRは昔のままである。鳥栖の駅でぼんやりと見ていたらホームの柱や屋根の鉄材は明治22年のレールを使ったものであると書かれていた。英国の会社より輸入したものだとか。 昨夜は眠たくて仕方なかったけど、女性の会だよりの裏面制作が残っていたので、ひとがんばり、日付が変わらぬうちに何とか出来上がりほっとする。 宿でKさんに頼まれた「樹液シート」のことを思い出し、楽天市場でを検索、代引きで注文を入れて漸くベッドに入って寝た。 今日は教室である。まだしゃきっとしてないが、先生に早代わりである。教室を始めたころは「先生」と呼ばれるのにいささか戸惑いがあった。「先生と呼ばれるほどの馬鹿じゃなし」ともいうし、「先生」と呼ばれる職業は多々ある。国会議員から、大学高校など学校の教職員・医師・お花やお茶・舞踊・謡曲・カラオケ・ダンス・碁・将棋など等、研修会に出ると、講師も先生、生徒も先生である。 いつの間にか、先生と呼ばれることに違和感を感じなくなっている自分に気がつく。 教室では先生でも、一緒に食事に行ったりするときは、お互い姓を呼び合う。それも抵抗感がない。 ここまで書いたら徳吉先生からお電話頂いた。久しぶりである。お元気で良かった、お子さんがなく一人暮らしで糖尿と脚が悪くて、それでも老人車を押して散歩しておられるとのこと安心した。電話機をそばに置いてあればいいのに、玄関にあるらしいので電話をかけるのにも気を使う。年上の方に向こうからお電話頂いて申訳なく思うが、嬉しかった。
2005年07月07日
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武雄温泉駅13時発のみどりに乗り、鳥栖で乗換え、そこからバスでただいま家に無事帰宅。 昨日は武雄温泉駅に着いた頃から雨になり、JRバスで嬉野温泉到着は激しい降りで、萬象閣敷島に電話迎えに来て貰った。 カネボウの研修会が今日から広島と重なって、参加者は60数名と例年よりちょっと少なめ、午後から4時半までみっちりのスケジュール。結構の編物の世界も奥が深く、まだ新しい技法に出会う。 6時半から懇親会、カラオケタイムの後抽選会。珍しくエコ洗剤セット4000円也が当たった。重いので家に送ってくれると言う。同行の先生はベストが当たって喜んでいた。彼女も今までこれといって賞品を貰ったことがなかった。 料理自慢の宿だと聞いていたが、団体客なので余り期待しても仕方がない。南京豆腐が美味であった。 部屋は結構広いし、きれいである。売り物の菓子工房の抹茶プリンはいける。夏場はお持ち帰りは出来ないとのことで残念である。 お風呂が露天風呂と大浴場。貸切風呂が9つ。貸切風呂はお一人様50分で1500円だそうだが、無料券が部屋毎に2枚貰えた。話の種に8番の湯に3人でゆっくり浸る。つるつるしたやわらかい湯で美人になれそうな気がする。 さつきさんが、『一人暮らしでは背中流して貰うこともなかろう』としっかり流して下さった。 毛糸店の女社長さんである。申訳なくって、でも贅沢気分を満喫させて貰った。よく気がつく方で優しさが身に沁みる。嬉野の旅館は十指に余るほど入ったが、どこもいいお湯だが、ここのサービスは行き届いている。 帰りは相乗りで武雄温泉駅までタクシーで行ったので早い時刻の列車に乗れた。来年はどこの温泉地か分からないが元気で再会できることを念じながらみんなと別れた。さあ、今から新聞作りをやらねば、明日は教室だしねー。忙しいのが脳を活性化させる源かも知れない。多忙に感謝。
2005年07月06日
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今朝はさわやかな天気です。宿に着くまでこのままの天気だとあとは土砂降りでも、そして今日の朝みたいに晴れればいいのだけど。 昨夜寝てからの1時間余りほんとに土砂降りでした。庭のバケツは雨水で殆ど満杯、水がめのダムにも降っていれば万々歳だが… 5時過ぎには地震で目が覚めた。土砂降りの後の地震は土砂崩れが心配、雨は局所的なので災害地には降ってないことを祈りたい。 火曜日で資源ごみ瓶・缶出し日、友達がついでだから出してやると持って行ってくれた。有難い。 今からご飯を食べて行ってきます。嬉野温泉で研修会です。
2005年07月05日
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自分でカレーライスを作ったのは何ヶ月ぶり、ひょっとしたら1年ぶりかも知れない。一人分では何を作っても美味しくないだが、今日みたいにじめじめムシムシだとから~いカレーを食べたくなった。 玉ねぎと角切り牛肉だけのカレーである。玉ねぎをあめ色になるまで炒めるのが面倒といえば面倒だが、甘味が出て美味しい。ラッキョウとポテトサラダ、簡単な夕食である。やはり手作りは自分の好みの味で満足した。 明日から一泊の研修会で嬉野に行く。嬉野にはこの間も行ったが、公共の交通機関で行くのは、自家用車がなかった時以来で、田川の先生に乗る列車の時刻などおんぶに抱っこである。 送られたパンフとHPを見ると、かなりいい宿のようである。物見遊山ではないので、ゆっくり出来るかどうかわからないが、ダイエット中は横において、と期待は膨らむがどんな食事か楽しみである。この期待を裏切らないで欲しいと願うのみである。 毎年、食後抽選会があるのだが、籤運の悪い私は当たったためしがない。この間のバス旅行でも、前の席の二人後ろ一人あたったのに駄目だった。町のお祭りでも最後に偶数・奇数で当たる籤でさえ見事避けてしまった。 セーター一着分の糸など当たると嬉しいけどね~。梅雨の真っ只中、お天気が愚図ついているのが、気がかりだが運を天に任せるしか仕方がない。 明日天気にな~れ!家の桃を一つもいで味見、まだちょっと早かった。雨が少なかったので甘いが、袋の中で虫の食料になったのもあり多くは収穫できそうもない。
2005年07月04日
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頼まれていた寒天が闇市で21時から500袋、一人3袋までということで、待機なんとか買えてほっかりした。ブームとはいえ僅か3分足らずで売切れましたの表示である。 友達に買えたよと電話したら喜んでいた。パスワードを短くしておけば良かったとちょっと後悔している。変更は容易いが慣れ親しんだパスワードを変えると、混乱してあれっということになる。ど忘れがちょくちょくなので変更をためらっている。 新聞作りを早く終えたいが原稿が揃わず、手をつけられずにいる。明日の午後とうことなので、研修会から帰っての仕事になりそうだ。 リビングのエアコンのリモコンが接触が悪いのか、ボタンを押しても作動しないことが度々で、買換えねばならないようだ。電気製品の壊れも最後にしたい。
2005年07月03日
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どんよりした梅雨空の日曜日、降水率40%だったが、降りそうにないので洗濯をする。テラスの屋根が長いので雨でも大丈夫だが、出来れば天日でからりが一番である。 今朝はゆったりと新聞に目を通す。『無理難題』に教師疲弊の記事に目が止まった。我が家の息子が小学生の頃は日教組が強くて、6年のとき恒例の一泊キャンプも、休日出勤や、子供の安全管理の難しさを盾に中止になってしまった。 今は保護者の無理難題が学校にとって大きな問題になっているのだそうだ。小学校では『私学受験の勉強のため1ヶ月休ませてほしい』とか、学校からの給食費などの徴収催促に『そんなにお金のことを言うならもう学校に行かせない』など。 中学校では『(任意の)検定試験に合わせて学校行事の日程を変えて欲しい』教師の罷免要求の署名運動を子供を使い校内でさせる。あの先生は気に入らない。変えてくれだの『家で風呂に入らない、入るように言って欲しい』というのもあるそうで、読んでいてあいた口が塞がらなかった。 すべてが『自分の中心』らしい。こんな事態では教師になる者は躊躇するだろうし、益々学校教育が荒廃していくのでは、なかろうか。 昔、学校の先生になりたいとあこがれていたが、受験資格、身長150に満たず諦めた。今はあこがれの職業とは思えない。『3尺下がって師の影を踏まず』先生は敬うものと教えられた世代では考えられないことだが、校長の8割が対応に苦慮、少年犯罪が多いのもこういうことと無関係ではないように思える。
2005年07月03日
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同じ県内でも雨の降り方は大きく違うようだ。朝はまだ雨は降ってなかったが、昼前後から、待望の雨が雷を伴って時折激しく降った。しっかり乾ききった大地も今日は潤っただろう。今は雨は降っていない。 週間予報だと来週一週間はぐずついたお天気らしい。やっと梅雨になったようだ。 雨を幸いに、本業の編物に終日没頭する。来週一泊研修会があるので、その時に着るプルオーバーの製作である。九州一円の編物教師が一同に会するわけで、それぞれが自作のニット製品で参加なので、それなりに気を使う。 やっと、身頃モチーフつなぎのプルオーバーが完成、後は糸始末とアイロン仕上げだけになった。 糸の不足で編みかけていたスカートも夕方には完成した。根を詰めて編んだのは久しぶりである。人体に着せて見る。人体はスタイルがいいので、形がきれいだが自分が身につけるとああはいかない。 予定通りにできて満足の一日だったが、ほっと一息とはいかないのだ。綾部さんが『女性の会だより』の原稿を持って見えた。B4で2枚の縦・横混在、オマケに今度の号は『表』まである。 研修会から帰ってからでも、何とか間に合うと思うが、早め早めにやっておかないと、予測のつかぬことがある手順が狂ってしまう。 出来れば今晩、少しでもタイピングしよう。そうそう研修会の前後は教室であった。その前に台所を片付けねばPCと遊んでばかりは出来ない。がんばろう…
2005年07月02日
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今日は7月1日、一年の折り返しである。福岡の午後3時の不快指数が80だということである。ちなみに不快指数は75で、半数の人が、80では全員が不快に思うのだと気象予報士が解説していた。 昨日に比べれば気温は低いのだが、蒸し暑く気分が悪くなりそうである。 明日は待望の雨の予報だが、まだ5時なのに外は薄暗く雨近しを感じさせる。雨は大歓迎だが、降り出したらどか降りで水害なんてことだけはごめんである。程よく降ってくれれば有難いのだが… 気象が変だと人間の思考もおかしくなるのか、昨日は少年犯罪が2件もあったようで、妹を殴ったり、友達を刺したり、私の子供時代には到底考えられないことばかりである。『血は水よりも濃し』というが、『兄弟は他人の始まり』とも言う。諺や格言は、相反するものがある。『好きこそ物の上手なれ』・『下手の横好き』『思う一念巌も通す』・『最善を尽くして天命を待つ』 兄弟は仲のいいのが通念だったが、最近は若・貴の確執など、これまでの常識が常識でなくなってしまった。暗記していた教育勅語も忘れてしまったが、父母に孝に、兄弟に友に、夫婦相和し、朋友愛信じ…うろ覚えで相前後しているかも知れない。この部分だけ見れば、別に悪くはないと思うのだが・・・ オークションで送料込みとあったのが設定ミスだったということで電話があった。キャンセルでも良かったのだが、送料を払うことで本日商品が届いた。お詫びの手紙はなかったが、箱が大きいなーと思ったら小樽炊き(鰊・山菜・昆布の炊き合わせ)が2袋同梱されていた。今晩のおかずはこれにしよう。 設定ミスはちょっといただけなかったが、心遣いは嬉しかった。
2005年07月01日
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