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レジ袋・古新聞・ゴム手袋・着替えのズボン、Hさんから細かいアドバイスを貰い、準備OK。明日を待つだけだったのに。 本当は先週の日曜に『わらび採り』にいく筈だったのだが、3人の都合が悪くなったので一週間延期ということで、明日になっていたのである。 お天気が今夜から下り坂というので、心配ではあったが、少々の雨ならと楽しみにしていたのに、ドタキャンの知らせである。 本格的な『わらび採り』は初めてのことで、がっかりである。キャンセルの理由は宿の送迎バスの故障だと言うことであった。 最近、福知山線の事故、パリのバス事故・昨日は釜山の船の事故・羽田では閉鎖した滑走路に管制官が誤って着陸指示とか、交通関係の事故の多いこと。家にじっといるのが身の安全かもしれないが。 どうせ行けないのなら『雨雨ふれふれ』である。あーあなんて意地悪な性格。最近、雨が少なくて地面もからから、庭の草木は喜ぶだろうが・・・ さて、明日はどうしよう。家族のいる方々はいろんな計画があるだろうが、一人身は何をすればいいのだろう。
2005年04月30日
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ただ今の気温、なんと29度半袖のTシャツ姿なのに汗ばんでいる。冬から春がなくて真夏なんて、地球はどうなっているのだろうか。 一昨日、ビデオの編集をやって宅急便で送って一息ついたのだが、早朝先方からビデオ届きましたと電話があった。どうしても金曜日に欲しいとのことだったので、一安心したのだが。 それから暫くして、電話のベル、『画は出るけど音声が出ない』とのクレームである。2本作ったのだが(個別編集)1本は確認したが、きちんと映像も音声も収録できていたので間違いはないと思うのだが、『ビデオの音声切替押してみて下さい』『今やってみます。やっぱり無声映画です・・』 編集機が2台あるので、もう一方のでやってみるか、2階へ上がってごそごそやり始めて、電話の子機を持って上がってないことに気づき下へ降りたら、電話が鳴った。『ごめん、テレビの音声をいじってて、ビデオの音声の切替をやったら、ちゃんと入ってた。早く知らせようとさっきから電話してたけど・・・』ああ良かった。また2本作るのかと思うだけで、うんざりだったのに。 絶対に間違いはないとは思っても、機器の故障や、コードの断線なんてこともあるし、一瞬にせよ青くなった自分がおかしかった。 この暑さでは人間の思考力も衰える?まだ4月なのに、一件落着でやっとお昼を食べる気分になった。もぎたてのスナック豌豆を色よく茹でてビールをグイって生きたいが残念ながら下戸である。
2005年04月29日
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今頃何よって笑われると思うけど、初めてヤフーメッセンジャーのバージョンアップをダウンロードした。 やって見ると簡単だけど、方向オンチ、PCオンチの私には大冒険なのです。今夜はいい夢が見られそう・・・
2005年04月28日
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今朝4時過ぎに地震があったそうだ。就寝の遅い私は熟睡中で全然知らなかった。いざと言う時自分はどうなるのだろう、少し不安を覚える。毎晩空襲に悩まされた頃のように、身支度の用意を枕元に置いて寝なければならないのだろうか。 朝は12度、風が強い。教室の日なので洗濯物を干しにベランダへ出ただけで一日家にこもっていた。 お昼前から気温はぐんぐん上がりまるで真夏である。今年の天気はおかしいよね。教室を終えて洗濯物を取り込みに外に出た。 スギ花粉はもう終わったと思っていたけど、今度はヒノキの花粉の季節らしい。ちょっとの間、外に出ただけなのに、涙が溢れて眼が痒い。当分泣きの日が続きそうである。 明日からゴールデンウイークだが、リタイヤ組は関係なし。わざわざ人ごみに出かけることもあるまい。みんなが出かけると電話もなく、訪れる人もないだろうが、どうやって過ごそうか。衣類の入れ替えなどやることはいっぱいあるのだが、あまり楽しい仕事ではないものね。 今日は何も日記に書くことがない。
2005年04月28日
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10日に撮影したビデオの編集を、督促の電話が来たので今日こそはやらねばと重い腰を上げて半日かけてやっと仕上げた。 撮ってきたその日に見て翌日には編集というのが、若い頃の習慣だったが、始めた頃の情熱は冷めて、督促を受けるなんて恥ずかしいことである。 1本はご自分の、1本は東京に住んでおられる息子さんへの贈り物である。お母さんと伯母さんの元気な姿が何よりの喜びらしい。 連休前に作ったお惣菜と一緒に送りたいからとのことであった。よそのお母さんは偉いなーと思うのだが、私は料理を作って送るとか、帰省したときに帰りに持たせるとか、大学時代から自慢ではないが一度もしたことがない。 帰った時は好きなものを作って食べさせたいとは思うし、料理するのだが、子供も荷物が嫌いで例え作っても持っていかないと思う。といって勿論愛情がないわけではないし、仲が悪いわけでもない。 高校時代はハンディ機で144メガでコンタクトしていたし、大学時代は7メガで毎朝交信していた。 やがてパソコンでメール・携帯電話Cメール・今はヤフーメッセンジャーと形は変わっても連絡が来ないことはない。親子もいろんな形があるのだから・・・ 尼崎の事故の死者はいったいどこまで増えるのだろうか。飛行機の場合は乗客名簿で人数がが分かるが、電車はバスは誰が乗っていたのか、何人乗っていたのかわからないから大変だ。 JR九州でも今日は大野城駅で12mだったか、オーバーラン、運転士は2ヶ月の新人だったそうで、4分遅れて出発、終点小倉では3分遅れだったとテレビで報じていた。自分が事故に遭遇しないとは言い切れない今の世の中、と言って乗り物に乗らないわけにはいかないから、関係者はまず人命を何より優先して欲しい。安心して乗車できるように・・・
2005年04月27日
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死者が73名になったそうだ。事故はなぜか続くようでパリで日本人が3名バスの事故で死亡。今日もどこかで脱線事故があったとか。 被害者の方々やご家族には申し訳ないが、教室の5名で近くの温泉に出かけた。新緑の季節、久留米つつじの最盛期で外の空気は美味しい。 お昼はうなぎやさんで、この地方の名物『うなぎのせいろむし』を頂いた。火曜日はサービスデーで1500円が1000円だって。主婦にとって嬉しい限りである。初めてのお店だったが、結構美味であった。『近いし時々来たいね』と次の話までしている。 お店から温泉までは歩いても20分くらい、平日とあってお客は少なかった。休憩室からは一面のれんげ田が望める。 Mさんが『昨日は二人の娘から、変な雲が出ていて地震があるということだから今日は外出しないように・・』と携帯メールが来たという。 帰って夕刊を見たら気象台に地震に対する問い合わせの電話が数十件あったとか。デマだからと注意するようにと載っていた。 露天風呂は木陰がないと日がさして入れない。内湯でゆっくりと時を過ごした。近くに緑化センターがあるので、運動を兼ねて見て回った。 バラや、ゼラニュウム・ベゴニア・新種の珍しい花がいっぱい。見ているとどれも連れて帰ってといってるようでついついしゃがみこんで眺めるが、植える場所がないので買えない。フルーツトマトの苗2本を買って来た。 上手に育ててもぎたてを食べられれば幸いだが・・のどかな一日であった。
2005年04月26日
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どうしてこんな大惨事が、お昼を食べようとテレビをつけたら息を呑む映像に釘付けになった。今日は教室でテレビのない部屋にいたので全く知らなかった。 死者25名、負傷者298名の文字、マンションに衝突した車輌あまりにも酷い。 教室を終えて今テレビを視ているが、死者はなんと50名だという。夕刊を読むと23歳の運転士だったとある。一つ手前の伊丹駅で所定の停車位置から8mほど行き過ぎて停車。このため発車が約1分半遅れ、事故付近を通過した際は、遅れを取り戻すためスピードを上げていたという。 現場は時速70キロの速度制限区間であったとか。映像で視ると急カーブのようである。マンションの人たちもさぞ驚いたと思う。 これほどひどい列車事故は今まであまりなかったように思うが、事故はいつ起こるのか予測できないし、自分が遭遇しないとは絶対にいえない。 運転士は運転暦11ヶ月だったと今、報じられた。これから原因究明がなされるであろうが、2度とこのような大事故が起こらぬよう願いたいものである。 毎年、年頭に平穏な年であって欲しいと願うのだけど、今年は地震もあったし、中国の反日デモ、子殺し、親殺し、少年の通り魔犯罪など、私の願いとは裏腹に残酷なニュースに事欠かない日々が続いている。 天気がおかしいと人もおかしくなるのであろうか。今日は肌寒い日であった。
2005年04月25日
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わらび採りに誘われていたのだが、行かれない人が出て来週に延期と電話があった。今日は野外に出るには最高のお天気だったのに残念だが仕方がない。 来週はゴールデンウイークの真っ只中、人ごみは好きではないのだが・・予定が変わったので、茹でた筍を切って天日で乾かすことにした。ガレージの屋根は格好の干し場である。今日の天気なら一日でほぼ乾くのではなかろうか。 以前、教室に来ていたNさんが4月の木曜日ひょっこり尋ねて来て今月からよろしくと言う。 今までも何度か他の生徒からNさんが来月から来るからよろしくと聞かされていたが、一向に見えないので急に来られて驚いたのが現実である。 Nさんが来ていた頃とメンバーは大きくは変わっていないが、教室の雰囲気はかなり変化している。歳とともに、しっかり勉強し技術を身につけたいという意欲より、みんなで楽しくお喋りしたり、お茶したりと教室よりもサロンといった感じである。 最終日は外でランチといつの間にかなってしまった。4月は最初の日がちょうど桜の開花で近くの正源寺公園に行くことになっていたので、是非一緒にと誘ったが、今日は・・と頑なに断って帰って行かれた。 行く途中でお鮨を買っての花見だったので気持ちよく来てくれれば良かったのにと思ったが・・・それ以来、教室に来なくなったのである。 真剣に学ぼうと思っていたNさんには馴染めない雰囲気だったのだろう。夜になって幾度か電話したが留守なのか、出たくないのか連絡が取れずにいる。 見えないなら見えないで、頂いた月謝を返さないと私の気が済まない。どちらかといえば社交性に乏しく個性的な人なので、教室の雰囲気が嫌いだったのであろう。わずか7・8人でも仲良く気持ちよくというのは難しいことだとつくづく思っている。
2005年04月24日
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昨日友人と会ったとき『(じゅうりゅうしせん)って知ってる?』と尋ねられた。初めて耳にした言葉である。『どんな字を書くの?』『重粒子線』と教えてくれた。なんでも『がんの治療に関するもの』ということは分かった。 ご主人が肺がんと告知され、弟さんがあれこれ調べられたのだそうである。夜メッセンジャーで息子とやりとりの時、資料を見るようにURLを教えてくれた。手術は根治を得るための最良の手段だが、肺機能が落ちてできない場合『重粒子線治療』が行われるということを知った。 友人の話では『重粒子線』での治療ではがんそのものを叩いて周りの細胞に影響を与えることはないと言っていた。 千葉にその研究所というか、病院があって、手術ができない人がそこを頼っていくのだそうです。そこで治療OKとなれば、命をつなぐことができるそうで順番を待っている人が大勢だとか。 これはみな平等に順番で、それまでに不幸な結果になる人もあるそうだが、それほどの治療効果が得られるのであれば、一日も早く広く普及して欲しいと、まったくの素人は考えるのだが、そう簡単にはいかないのどろう。 どのくらい高価なものか、それを扱う技術がどうなのか、でもそういう治療法があるということを知っただけでも、まさかの場合それなりの対応ができそうでいい学習ができたと思っている。
2005年04月23日
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11時の約束だったので、15分前に約束の場所に急いだ。見ると友達は椅子に座って待っている。待たせちゃった・・時間前ではあったが、昭和生まれは気になるのだ。『ごめんね、待たせちゃって』『ううん、今来たところよ』と友達は言ったが、手にしてるパンフレットを見れば、嘘だって分かる。 講習会が隔月にあった頃はいつも会えたのに、今はわざわざでないと会えない。こちらは教室の日以外は自由の身だが、友達はご主人がいらっしゃるのでそうはいかない。ご主人は持病の糖尿があるのに、1月肺がんの手術をされた。結果はすこぶる好調で、最近は畑仕事もされているとか、喜ばしいことである。 お互いがん年代だし、ご主人のお友達が胆のうがんということで最近手術され、その切除した細胞を検査したら、全くがん細胞はなかったと聞いて、やはりそういうこともあるのかと思った。 医師も自分で選ぶ時代とはテレビでも聞いたが、現実にはがんと告知された時、どう対処すべきか、セカンドオピニオンのことは知識では分かっていても、果たして自分で選ぶことが出来るのか、インターネットで調べても、いい先生ほど多くの患者を抱えておられるだろうし、面識のない一市井人がどうやって接触できるのか皆目見当もつかない。 考えても答えはでないし、『なるようになる』と開き直りの心境である。『溺れる者は藁をも掴む』このサブリが効くと友達に勧められて○○の会の会員になり、高い薬も飲んでおられるらしい。誰かを紹介すればバックマージンが貰えるらしいから、マルチ商法まがいのようにも思えるが、いわしの頭もなんとかで、それを飲んで体力がついたと喜んでおられるのを聞けば、黙っている他ない。 久しぶり、お昼を一緒にした。お刺身が新鮮で美味、鯛の煮物もなかなかであった。 5円でコピーができるところでコピーを取った。近くのコンビには10円なので半額は有難い、枚数が多くて若い青年を待たせてしまった。『ごめんなさいね』青年は『いいえ』とにこりと笑ってくれた。 近いうちまた合おうねと、友達は電車で、私はバスで帰途に着いた。
2005年04月22日
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郵政民営化問題が賛成派、反対派とごたごたしているが、ネットでの配送が民間宅配から、ゆうパックへ替わったショップが増えて来た。 価格が安いのは歓迎だが、ゆうパックの場合、お預かり票が入っている。連絡先の電話番号とFAX番号が記載されているが、電話をすると『こちらは○○郵便局コールセンターです。ただいま混みあっていますので、暫くしておかけ直し下さい』のメッセージが流れる。 頃合を見計らって再度かけること3・4回やっとコンタクトが取れる。再配達をお願いすると『今日中の受取だと夜間配達になります、7時から9時までに伺います』夜はほとんど女性の方である。 毎度のことなのでコールセンターの方に『いつもいつもただ今混みあっていますだけど、何とかならないのですか?』と言ったら、『そういうことは総務課へ言って下さい』との答えだった。 総務課の電話番号を教えて貰って、今朝電話を入れた。『電話を増設できないのですか。時間とお金と余分な出費ですが・・・、民間の宅配は携帯で連絡取れば、早く配達してしてくれるのに、何で郵便局は出来ないのですか』『申し訳ありません迷惑をおかけして、今度話し合って見ます。よろしかったらお名前と電話番号をよろしいでしょうか』姓と電話番号を告げた。 どう改善されるかしっかり見届けたいと思う。民営化されたら民間の宅配みたいにスピーディな配送がなされるだろうか。
2005年04月21日
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6時11分ぐらぐらっと地震である。寝起きに地震に見舞われて驚いた。震度5弱とこの前と同じであった。胸をなでおろしたら9時9分に今度は震度4の余震である。やはり地震は怖い。 今日は16年度最後のラベンダー外来の日、いつものようにインボディの計測、3月より0.4キロ減っていた。昨日の2回の外食で増えたのではないかとびくびくしていたが思わぬ結果に良かったーと思わず笑顔になった。 家を出る前に血圧を測ったら地震の影響かいつもより高かったが、病院で計ったらいつもの値でほっとした。 いつもの部屋に入ったら、大きな花かごが3つミスラベンダーと準ミスラベンダーが二つ。今日は表彰式と反省会だと言われた。 誰が貰うんだろうか?ラベンダー外来に入った年に一度貰ったけど、今は現状維持の状態だしねー、まさか貰えるなんて思わなかった。それなのにミスラベンダー準グランプリの表彰状と花かご、副賞に万歩計を頂いた。 院長先生と花かごを持って記念写真を撮って貰った。『継続は力』コツコツと頑張った努力を認めてくださった先生やインストラクターに感謝である。 バスで帰るわけにもいかず、タクシーで家まで帰った。タクシー代2000円也。思わぬ出費だったが喜びのほうが大きい。 玄関に飾った。明日は教室、生徒のみんながお花を見て何というだろうか。地震は嫌だけど今日はいい日であった。ちなみにBMI23、一応肥満の域は脱したのだけど、お腹はまだまだ立派である(笑い)17年度の目標はお腹をぺちゃんこにしたい。
2005年04月20日
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物好きと言われればごもっともと言わざるを得ないが、今日は10時出発で日奈久までドライブ兼温泉行きに決まった。 高速だと近いのだが、高速嫌いのドライバーなので、3号線を南下することになった。 平日で思ったよりスイスイと車は走る。沿道に赤紫のれんげそうの畑が多く見られて、幼い頃竹で編んだこの地方で『てぼ』という籠をもってれんげそうを摘んで首飾りを編んだことを思い出した。 松橋を過ぎた辺りで少し遅い昼食を摂る。早めに左に車を寄せておけばいいのに、要領が悪く、ドライバーの奥さんがイライラしているのが分かる。後部に二人乗っているのに声を荒げて喧嘩になりそうでハラハラさせられた。 日奈久はここから1時間あまり、明治43年創業の老舗旅館、日奈久では知らぬものはない有名な『金波楼』である。桃山式の庭園、大きな梁、ぴかぴかに磨かれた桜材の広い階段、時代劇に出てくる旅館である。 3時半から立寄り湯が出来るそうで、その時間までふるい町並みを散策する。竹材のかごなどを売っている土産物屋、名物の竹輪を買った。 お風呂はヒノキ風呂でみかんがぷかぷかと浮いていた。バラのお風呂は2度ほど入ったが、たくさんのみかん風呂は初めてであった。 近所の人たちが三々五々連れ立って入浴に見えた。『へー福岡からですか』とちょっとびっくりされた。 一度も回転すしに行ったことがないので夕飯はそこへ行きたいというドライバーに敬意を表してそうすることにした。 例によって例の如しで、3軒目にしてやっとすし屋に駐車できた。ドライバーはご機嫌で9皿食べたと子供のように喜んでいる。 家に辿り着いたのは9時、やはり物好きだろうか。往復6時間かけて温泉に行くのは・・・
2005年04月19日
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ライブドアとフジテレビ・ニッポン放送の記者会見を耳で聞きながら、新聞の俳句欄を読んでいる。最近、久しく載らなかった彼女の句が3句目に載っていた。『今日よりは一気呵成といふ桜』彼女の句である。選者の評に、『今年は開花が遅れようやく見頃を迎えた桜の記録の1句』とあった。 今年の桜は咲き初め急に気温があがり、ほんとに一気呵成であった。彼女とは母方の従妹である。幼くして生母をなくしその妹に育てられた。家は建具製作、後に製材業を手広くやっていた。家業を手伝い、弟妹の面倒と働き者であった。 どちらかといえば男勝りの性格で、従業員の人と淡い恋の話も聞いたが、結局結ばれなかった。育ての親も早く他界、3度目の母と二人暮しである。 年老いた母の面倒を見ながら、いつの頃からか俳句を読むようになっていた。月曜日の『歌壇』『俳壇』を見て彼女の名前を見つけた日は、彼女の精進を嬉しく思う。俳句は、私の勤めていた会社の課長がホトトギスの同人であったので、毎月同人誌を読ませて貰っていた。4歳で死別した父も名前の俊明を字を変えて春迷と号して俳句をやっていた。残念ながら私にはその才能はないが読むのは好きである。 読んでは、ほーとかへーとか作者の観察眼とか感心するばかりである。母も父に『お前も俳句やらないか』と勧められたけど笑われるのが嫌だと、やらなかったけど、歳を取ってからあの時教わっておけば良かったと洩らしていた。 頭は使うしぼけ防止には何よりかも知れないがもう手遅れである。PCと遊んでせいぜいぼけないようにしなければ・・と思っている。 彼女の名前が度々載ることを祈ろう。ちなみに彼女は私より3歳若い。
2005年04月18日
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編検中央支部総会に出席のため、福岡へ出かける。野球応援の人出で特急は鮨詰めである。30分だからいいけど、一つ前の急行にすれば良かったと後悔する。友人と待ち合わせていたのだが、同じ車両なのにどこにいるのか皆目検討もつかない。 到着ホームで会おうとメールが来た。携帯メールはこんなとき有難い。50名の会員中28名出席でまあいい方ではないかと思う。 例年通り、前年度会計報告と今年度の行事計画だが、ご多分にもれず、蓄えを取り壊してのここ数年で今年は何とかしないと赤字転落という。 会員と受験者を増やしたいというのだが、どこの教室も生徒の高年齢化で今更資格をとってもという人が多く、それでも年2回の受験者対象の勉強会は、受験者だけでなく、会員の質向上も含め形を変えて開きたいとの意見で一応纏まったが厳しい現実は容易く好転するとは考え難い。 午後はマクラメでコサージュ作りをやった。マクラメをやるのは何十年ぶりだろう。昔を思い出しながら手を動かす。長光先生に『先生らしいね。しっかり締めて性格が出てる』と笑われた。 そんなA型人間ではないのだが・・・子供に言わせると『ちゃらんぽらんの不良母さん』だそうだが、見方によって人間は全く違ってくるらしい。 帰りの電車は運良くかけられた。駅を出て『夕飯食べようか』友達と少し早めの食事しながら、編物談義楽しかった。 一日テレビも見なかったが、中国の反日デモは今日はどうだったのだろう。野球中継とかでニュースはまだ見られないが・・・
2005年04月17日
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群集心理って怖いなあ~。上海の反日デモのニュースを見て怖さを感じた。日本は終戦後、一度も戦争をしたことはなく、帝国主義と言われることはないと思うのだが、何がきっかけでこれほど大きな反日デモが始まったのだろう。 国連の安保理事国入りに反対とかいうのは聞いたが、首相の靖国問題だって、デモの直前に行われたものでもないのに・・・ 個人個人は話せば理解しあえるのに、群集になると思わぬ行動になるのはなぜなのだろう。 学校のいじめ問題も、大勢につかないと自分もいじめられる側になりかねないと一緒になってやる場合もあると聞く。 戦後長い歳月をかけて築いた両国の信頼関係が、こうもたやすく崩れるとは人間の心の奥は計り知れない。これからどうやってもとの信頼関係を構築するのだろうか。
2005年04月16日
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朝夕はまだ肌寒いが日中はぽかぽかといい天気が続いている。洗濯物を干すのも心うきうきで気持ちがいい。 見渡すといつの間にか庭が彩り美しく変化している。柿の若葉の鮮やかな緑、米つつじは白・ピンク・朱赤、色とりどりに咲き初め、すずらんもひっそりと清楚な花をつけている。一年で今の季節が一番華やかではないだろうか。 風邪で髪のカットもせずにいたので、今日は陽気につられて美容院へ行った。パーマもかけず、染めてもいないので、カットだけはこまめに行くのだが今度ばかりは行きそびれてぼさぼさ頭になっていた。 一人でやっている美容院はのどかである。話は健康のことばかり。アルファリポ酸とか、L-カルニチンとか、毎日ネットでみる言葉がポンポン飛び出して私の方がポカンとなった。 短くさっぱりとなって、家まで上り坂を歩くと汗ばんで来た。ビデオの編集もしなければならないのに、なんだかのんびりとしていたい。偶にはいいよね、のんびりしてもと自分に言い聞かせる。 貧乏性の性格はなにもしないでいるのことに罪悪感を感じるのである。9年間も隣に騒音や布団たたきで嫌がらせしていた主婦が逮捕されたと聞いたが、隣近所との付き合いの難しさと、長年毎日やり続けるエネルギーがあるのに感心した。 継続は力も、ことによってはとんでもないことである。
2005年04月16日
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風の便りにYさんの奥様がが亡くなられたらしいと聞いた。共通の友人にそのことを尋ねたら、昨夜遅くそれが事実であることを知らされた。 『高良大社1600年御神期大祭の祭儀員を委嘱します。平成4年4月1日・筑後一の宮 高良大社 宮司 竹間宗麿』の額がある。 祭議員として、祭事の記録ビデオを撮った時のものである。あれからもう13年にもなるのか。 Yさんのご主人は祭りの中心の一人であった。そこでご夫妻としたしくなったのである。その当時は学生マンションを経営され、ご主人は歯科技工士で日の出の勢いであった。 ビデオのメンバー全員が招かれて、広い庭に面した座敷でご馳走になったこともあった。奥様は丸顔でやさしく淑やかな方であった。高良山十景という郷土芸能の舞のメンバーでもあった。バブルがはじけた頃、マンションを建てた業者が倒産、夜逃げの話しに驚いたが、Yさんの学生マンションもその資金がノンバンクからの借入金で困っておられるという噂を聞いた。 ある年の暮れ、ご夫妻で見えて『25万ちょっと用立てて貰えないか』と言われた。『済みません、主人が亡くなって、息子が管理しているので私の自由になるお金はないのです。年金暮らしですから・・』と断った。 お金の貸借で友情も壊れるのは避けたかった。暫くして奥様はスーパーにパートに行かれているということを知った。 ご主人から奥様が乳がんだと知らされたのはいつだっただろうか。広い自宅は奥様の実家がお金を用立てられ何とか、手放さないで済んだということである。 おしどり夫婦も借金で、ご主人が奥様に暴力をふるわれることもあって、可哀想だったとか。 芸能祭で華麗に踊られる姿をビデオに撮ったその美しさだけが、しっかりと瞼に浮かんで、人の一生とは分からないものだとつくづく思った。あの世で幸せになって欲しい。冥福を祈るのみである。
2005年04月15日
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庭の山椒が芽吹くと筍の季節である。自然は良くしたものである。今年は寒さがなかなか去らず、筍も顔を出すのが遅かったようで、やっとここ2・3日あちこちから掘りたて筍が届くようになった。 何軒もから頂くと茹でるのも、食べるのも大変である。わかめと炊いた若竹煮、先の方の薄皮は味噌汁や卵とじ、酢味噌など子供の頃に親しんだ味である。 美味しいけど毎日だと飽きるのはどうしようもない。茹でて薄く切って天日で乾かして干し筍にもする。時節はずれに戻して炊いたのも美味である。 ビデオクラブで、知り合いの筍山へ、撮影会を兼ねた筍掘りもした。ちょっと土の盛り上がったところを探すのが難しい。顔を覗かせているのはあまり美味しくない。鍬で周囲を掘り、大きな筍が取れると歓声を上げたものだ。 ドラム缶に大鍋をかけ、掘ったばかりの筍を茹でて、手で裂きながら芥子醤油やわさび醤油で食べる。家で食べる筍とは一味も二味も違う。あの頃のみんなはどうしているのだろうか。 ビデオが普及して民放局のビデオクラブも解散になり、昔のメンバーも年賀状のやり取りくらいで、他界した人も何人か・・筍を茹でながらつい昔を懐かしんでいる私、山での味とは程遠いだろうけど、今夜は芥子醤油で食べようと思う。
2005年04月14日
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スペインの夫の家に行っていた姪が帰国して今夜やっと電話して来た。夫の両親の具合でも悪かったのかと心配していたら、バレーを習っている真ん中の娘が、留学したいと言うので進学したい学校の下見に行ったのだということであった。 現地の新聞で九州の地震を知って心配したよと語っていた。娘は今、高校3年なので留学するにしても来年の話だろうが、向こうに祖父母と叔母さんがいるとは言え、どうなのだろう。 自分の息子を東京の大学に送り出したときのことを思い出した。文系の大学まである男子高校だったので、友達で同じ大学に進学したものは誰もいなかったので、一人で都会へ出て、友達は出来るだろうかなどと、要らぬ心配をしたものである。 本人は自分で下宿を探し、5月病にもならず、結局故郷には戻って来なかったけど。 世界も狭くなったし、今の時代の子は平気なのかもしれないが・・・3番目の娘は私大付属に小中通っていたが、この春、都立高校を受験、駒場高校に合格したそうで、入学式で挨拶したそうである。 3人の中では、一番やんちゃだが、日本人らしい顔立ちで可愛い。姪の父親(姉婿)の状態が思わしくないから、と最後の話はちょっと深刻であった。 いざという時のことを考えておかねばならぬようだ。嬉しいことと、悲しいことはなんで一緒に訪れるのだろうか。
2005年04月13日
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嬉野まで車で2時間半、今日の温泉は最上階の露天風呂である。空中風呂と本にあるが、屋上の風呂で嬉野の市街が一望できるけど、緑はないし、好みとしては日本庭園の露天風呂、嬉野では『お茶風呂』が好きである。 立ち寄り湯で入浴料1000円なのだが、いつものように月刊誌の『温泉手形』申し訳ないが『タダ』なのである。 温泉センターや、国民宿舎、簡保、民宿、老舗旅館など色々である。老舗旅館の『温泉手形』の入浴客への対応はほんとに鄭重そのもので、お茶が出てきたり、帰りには門まで出て見送り頂くことも多い。 今度はゆっくり泊まりに行きたいねとつくづく思う。泉質はアルカリ性高温泉、なめらかな肌さわり、いわゆる美人の湯である。広い湯船に女3人手足を伸ばして心行くまで温泉気分を謳歌する。 帰りの車の中ではぽかぽかと、満腹感で、運転して下さる友達のご主人には悪いけど、ついつい睡魔に襲われ気持ちよくうとうとする。 いつも思うのだけど、往きより帰りが早く着くのはなぜだろうか・・・湯疲れで日記を書くのだ億劫で何を書いたやら・・・今日はこれで終わり
2005年04月12日
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昨日の暖かさはどこへやら、今日は花冷えである。仕舞いかけた服をまた出して着込む。体温の調節が歳と共に難しくなったように思う。風がないと桜ももってくれるだろうが、こう風が強いと葉桜になってしまうだろう。少し残念だなと思う。 月曜日はたった一人の生徒のための教室、一人のために一日を拘束されるのは、なんとも馬鹿げていて腹立たしいが、いろんな行きがかりで仕方なく勤めている。 当の本人は、こちらの心中などまるで気にならないらしい。習う方は一人の方が絶対に得だし、ほかの人に気を使うこともなくて済むしいいことづくめである。 いつの頃からか、教室は編物の授業のほか、ネットでの買い物も年中行事になってしまった。 『こんなもの探して』とあれこれ注文ばかり。届いたら今度は仕分けである。いくらか手数料貰ったらという者もいるが、父方も、母方も、先祖代々官吏だったし、主人は会社員だったが、商才はまるでなし。損はしても儲けることは知らない。 『喜んでくれたらいいじゃない・・』これが私の口癖で、自他共に認める長所かもしれない。 今日の買い物は『マイクロスリムシャツ』『おしゃべりたっくん(音声認識人形)』であった。昔、村に『よろずや』があったが、さしづめ私はネットの便利屋さん。誰かに頼られることはまだ生きている価値があるのだろうから善しとしよう。
2005年04月11日
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『42回日本唱歌をみんなで歌う会』共同ホールで春と秋開催される。その会のビデオ撮りをもう長いことやっている。 知人の日本舞踊の家元が創作お伽舞踊を踊られるので、それを撮るのが主眼である。11時のリハーサルに間に合うようタクシーで出かける。初めは未熟な腕なのにぶっつけ本番で撮っていたが、やはりリハーサルをやった方がお互いやりやすい。 本職のカメラマンではなくても、撮るからには少しでも納得の行く仕事をしたい。ファインダーを覗き、パーン棒とレンズのフォーカスリングとズームリングを手にした瞬間から人格が変わるのである。 獲物を前にしたした動物のように、ほかの事はなにも考えられない。ひざの痛さもすっかり忘れて、後でああ痛いなん我ながら呆れる。 ビデオ撮影を始めたとき、あと10年若かったら、本業になんて思ったものだが、担いで撮るのは無理である。 踊りのほかは、撮影しながら自分も童心に返って気持ちよく歌ってきた。会を終えて外に出たら、『花散らしの雨』である。満開の桜が雨で、今年はぱっと咲いてぱっと散ることになってしまった。 桜の開花期間は気温に大きく左右されるようだ。雨の中をタクシーで家に帰った。 今日はもうゆっくりとお休み、明日は編集作業にかからねば、幾つまで撮影できるか分からないが、もう暫くはと思っている。
2005年04月10日
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汗ばむ季節になった。Yさんをバス停まで送って帰って時計を見たらもう6時であった。日が長くなったなーと実感する。 昨日Kさんから『三越でYさんと会ったよ』とメールがあった。 そのYさんが我が家に、いつものようにディバッグを背負って『おはよう』とやって来たのは10時であった。 1日は広島、3日は長崎、6日はお店で先生、8日は福岡、今日は久留米である。住まいは筑豊の田川市、まさに東奔西走である。若ければその行動力も不思議ではないが、なんと85歳の高齢なのである。 『美味しそうなパンがあったので買ってきた、いっしょに食べない?』二人で半分こしてパンを食べた。小柄な体のどこにあの活力が潜んでいるのか、Yさんを見ていると私まで元気が出てくる。 バッグからおもむろに出されるのは、分からないところに赤線を入れた編図と糸と編み棒、一足先に編んだものだから、尋ねられれば教えられるけど、新しい技法へのあきれるほどの貪欲さ、反対に彼女から教わることばかりである。 納得がいくまで、繰り返し編まれるのには敬服している。一泊講習で偶然同部屋になったのが縁で、今ではよき友・良き先輩である。 送って行ってやっと一息、今から明日の仕事、ビデオ撮影の準備に取り掛からねば、今日はまだゆっくり出来ない。
2005年04月09日
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昨日から急に気温が上がり、今日は半袖でもいい陽気である。遅れた咲いた桜がぱっと開き、ちらちらと散り始めて、せめてあと4・5日風よ吹かないでと願いたくなる。 久しぶり、街へ出かけた。ネットでの買い物のちょっとした手違いでキャンセルや、2重払いがあって、その返金がちゃんと振り込まれたかどうか、やはり確認に行かねばと重い腰を上げたのである。 上着なしではと軽いものを羽織って出たら、暑くなって脱いで持つ羽目になった。 昨日はまだ夜はストーブを点けたのにこの温度差は、体調の管理を難しくする。肝心の振込みは2店とも、入金になっていて良かったと・・・当然のことなのだが、お買い物レビューでも、『商品が届かない、金返せ~』なんて時々見るものね。そんな時は一応お店の名前見るのだけど。 一番街という市では一番の商店街をぶらぶら歩く。4日ほど前に火災があった店は後片付けがあっていた。 今までは取引先の毛糸屋さんに寄っていたのだが、3月で閉店し大牟田市の実家へ帰って開店されたので立ち寄れない。シャッターの下りた店は侘しかった。固定資産税が他の市に比べて高いので、貸し店舗の家賃も高く後の借り手があればいいのだけど。人通りも昔に比べたら少なく感じる。 電車・バスターミナルで、春キャベツときゅうりと伊予柑を買った。糸寒天を戻してサラダを作るつもりである。 しっかり巻いたキャベツはずしりと重かった。これから毎日こんな陽気が続くといいのだが・・・
2005年04月08日
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今日は近くの高校と大学の入学式だという。平成になって一番遅い開花と言われた桜がここ2・3日の陽気に満開になった。 『お花見に行こうか、花の下でお弁当っていいよね』衆議一決、教室のみんなと正源寺公園にでかけることになった。 車を運転するMさんがスーパーに買出しに、本日の広告の品『握りすし』を買ってくるのはさすが主婦である。『缶ビール』とNさん手作りの『かぼちゃサラダ』『抹茶寒天ゼリー』女5人の花見はなんとつつましいこと。 満開の桜の木の下にシートを敷いてビールで乾杯。スーパーの『握りすし』も花の下では何よりの馳走でおいしく感じる。風にひらひらと花びらが舞う。こんなにゆっくりと花をめでるのは何年ぶりだろう。 戦時中、甘木の丸山公園での花見は飯盒でたけのこご飯を炊いて食べた。その後戦争が激化、花見どころではなかった。 戦後、清水公園での花見ではYさんが、すっかり泥酔、やっと柳川の家に送り届けたら家は真っ暗で隣家の方に『お父さんが亡くなられたのですよ』と言われ、その時のYさんの驚きの姿は何十年も前のことなのに昨日のことのように瞼に焼き付いている。『貴様と俺とは同期のさくら』亡き連れ合いの愛唱歌でもあった。桜はいろんな思い出を作ってくれた花である。雨が降りませんように・・・
2005年04月07日
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昨日が暖かだったので、庭の花が一斉に華やかさを増した。雪柳・桃・海棠・庭桜・ゆすら梅・ぐみ・スノードロップ・ヒマラヤ雪ノ下・ラッパ水仙・木瓜ざっと見ても指では足りない。 花の季節は心が和んでいいものである。足をのばせば、自衛隊のさくら、競輪場の桜も見ごろである。明日は教室を野外に移して桜の機の下でお昼しようねと言っていたのだが、どうやら雨になりそうである。花散らしの雨はもっと先でいいのに、ひどくないことを願わずにはいられない。 (『ライブドアで脚光』久留米「異能の人」続出の理由)大きな文字が新聞に躍っている。人口30万なのに堀江、孫正義、松田聖子、チェッカーズ、田中麗奈… 市民として喜ぶべきなのかな?生まれも育ちの久留米ですとは言えないが(父が転勤族で生まれは大牟田である)4歳からこの地なのだから。それになんと久留米大付設中高校は校内放送が聞こえるほどの距離にある。 取引先の毛糸屋の主人も同窓生である、初めてそのことを聞いたとき、「それでどこの大学なの」と尋ねた。卒業生の大半が国立大だし、医学部も多い。彼は東京の早稲田に行きたかったが、親に許されず、地元の私立大だと苦笑していた。 付設も時代の波に乗って今年から女子生徒の入学が認められたそうである。『久留米商人の通った道は草も生えない』とか、よく聞かされたがいいほうに考えれば『商才』に長けているということだし、逆だと『ずる賢い』とも取れる。ライブドアとソフトバンクがこれからどうなるのか、市民の一人として無関心ではいられない。『異能の人』を輩出した地でも平々凡々と生きているものが大半なのである。
2005年04月06日
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9時出発ということで家を8時50分に出て斜向かいの家で車を待つことにした。行き先は聞いてないが出発時間からして、ちょっと遠出だとの予測はつく。 寒いかもと薄手のコートを持って出たと思うのだけど、車に乗ってからふと気がつくとコートがない。 待ち時間に荷物を一時置いたので、そこへ忘れたのか、玄関を出るときに忘れたのか、定かでない。戻ってとも言えずそのまま行くことにした。 失くしてもたいしたコートではないしいいかと、自分に言い聞かせて、友達と歓談しているうち、いつの間にかコートのことはすっかり忘れていた。 昼少し回ったころ雲仙に着いた。駐車場に入れようとすると食堂のおばさんが出て来て、誘導してくれた。親切だと思ったら、実は客引き、自分の店へ入れるのである。あまりきれいではない店で不本意な昼食をした。 隣の食堂の女主人が、あれでは雲仙のイメージを損なうとこぼしていた。商売の難しさを感じさせられた。 目的の温泉は明治43年創業の老舗旅館『富貴屋』の露天風呂である。地獄のそばの露天風呂は硫黄の臭いがして、体に効きそうな気がする。ゆったりと1時間浸かったり上がったり、温泉を堪能した。 湯上りに地獄を歩いて『温泉卵』を食べた。高速を使わないと3時間はかかる。自衛隊の桜や、競輪場の桜をめでて家に着いたら、問題のコートがガレージに吊るされて風に揺れていた。まだ『認知症』ではないと自負しているがあまり大きな顔も出来ないよね。
2005年04月05日
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昨日は志摩町の海でサーファーに落雷5人が重軽傷を負ったという。地震・雷・火事・親父、怖いものの代名詞だが、立て続けに地震・雷と近くで起こるなんて、怖い。 夜になって一時、雨音が激しかったが、朝はからりと晴れていた。やっぱり私は『晴れ女』教室のみんなと門司レトロ散策の旅に出ることになっていたのである。 8時半に集合場所に集まって、アクロスの『田崎真珠店』へ。田崎真珠店の主催のツアーです。 客寄せにこうでもやらないと、商売も難しいのだろうなと思うが、『真珠』を買う気はさらさらない。お店にとっては一番いいや~な客に違いない。 娘がいたら、息子の嫁がいたら、買ってもいいが、どっちもいなくては仕方がない。 ミキモトも一昨年から福岡にニューオオクラで年一回展示会を開くようになって、『是非来てね』と電話を貰う。『枯れ木の山の賑わいで良かったら・・』冷やかしの客でも多い方がいいだろし、と言いながら、なぜか昨年は雪、今年は雨では行けなかった。 バス1台のうち何人が買えば、採算取れるのかしらなどと思いながら、高速のバスの車窓から春めいた景色を眺める。 門司は久しぶりである。三井会館で昼食を摂って、門司駅界隈を散策する。31階からの眺望はさすがである。1時間半の自由時間はあっという間である。 帰りの車中は半分夢うつつ、日ごろの憂さを忘れ楽しい一日であった。帰宅したら友達の手作り『おはぎ』が待っていてくれた。疲れた体に甘味は何よりのものであった。友達に感謝。
2005年04月04日
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4月からのペイオフで、銀行破綻の場合、1000万円を超えた分の保証がないというくらいの大雑把なことしか知らない。 それほどの財産もないから知る必要もないと言えばないのだが・・・銀行のATMに両替の手数料が書いてあって、ATMで自分で操作するのになんで手数料を払わねばならないか、どうしても理解できなかった。 ところがである、新聞で知ったのだが、硬貨の数の多い預金の預入にも手数料がかかるそうである。また、預金を引き出すとき、1万円を除いた枚数が50枚を超えると手数料がいるそうだ。 『51~500枚なら300円、501枚以上は500枚ごとに300円加算』『51~千枚なら315円、1001枚以上千枚ごとに315円加算』と銀行によって異なるという。手数料がまちまちなのはなぜか。いつからこのような制度が始まったのか。 限りなくゼロに近い金利なのに、両替や出入金にまで手数料を取るとは、馬鹿げた話ではなかろうか。 そんなことを考えながら、ぐるぐる輪で帽子を編んでいたら、どこかで捻ったらしく『メビウスの輪』になっていた。3センチくらいで気づいてよかったが、我ながら可笑しかった。骨折り損の草臥れ儲けであった。
2005年04月03日
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昨夜、震度3の地震に見舞われた。『九州も安住の地ではなくなった』と息子にメールしたら『日本全国どこも一緒だよ』と。今まで地震があまりなかったので、こう、ちょくちょく揺れると恐怖を感じる。 4月に入って、随分暖かくなった。部屋にいると、ストーブを消せば肌寒いし、点ければ少し暑い。人生『一に我慢・二に忍耐三・四がなくて五に辛抱』とか、修行の足りない凡人には、暑さも寒さも我慢できないから始末に悪い。 のんびりしていると電話のベルである。『○○です』受話器を取ると『住宅地の格安物件がありますけど・・・』『要りません、自宅ですから』とガチャンと切る。今度は『最近、体の調子は如何ですか?肩や腰、ひざなど痛くありませんか?血圧は高くありませんか?』畳み掛けるように女性の声である。『どっこも悪くありません、健康そのものです』と言ってあとはガチャンである。 折角の午後を、無神経な電話口勢(攻勢)に妨げられて・・だからと言って当たる相手もいない。 健康そのものなどと言ったけど、長年使い続けた体はあちこち錆だらけ、ひざも痛いし、しかしストレスだけは溜め込まぬよう上手にコントロールしなければ・・・ 息子に勧められてこうして日記を書くのもストレス解消に役立っているのかも知れない。ダイエットも日記も継続が大事だと頑張っているのだが・・・
2005年04月02日
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ライブドアーのニッポン放送の持ち株は過半数+10株だって。%にして50.00003%だそうである。 過半数+1株でよいのだが、ニッポン放送の株の売買単位が10株だとのこと。改めて凄いと思ったのは私だけかな~・・・
2005年04月01日
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あちこちの桜の開花が聞かれるようになり、やっと春らしい陽気になった。10日ほど、ぐずついた風邪もどうやら治ったようである。 今日は4月1日エープリル・フールである。今の子は『可愛いうそ』ついて遊ぶことなどしないのだろうか。 会社勤めの頃は『面会人です』という電話に守衛室までのこのこ出かけて、守衛さんに『あんたで○人目』なんて笑われたものだが・・・ 学校の入学式はまだだが、新入社員の入社式の模様がテレビであっていた。私の入社式は戦争の真っ只中、国民服を着た工場長の挨拶に始まり、お茶と蒸したサツマイモが出たのを覚えている。海軍関係の軍需工場であった。まだ10代だった私はそのときの訓示は何も記憶にない。 新聞に新社会人へ贈る言葉として『人並みの努力では人並みに終わる』というのが載っていた。なるほどと納得したものの、今頃気づいてももう手遅れである。 振り返って見て、時代に流され『人並みの努力』もせずに今日まで生きて来たような気がしてならない。男女同権の時代でなくて良かったのかも知れない。 そういえば昨日の教室で、私たち世代ほど波乱万丈の生涯を生きた者はいないのではという話になった。 戦前・戦中・戦後と嵐に翻弄される小船のように・・・6人のうち米軍の空襲で家を焼かれて逃げ惑った者2名、満州から引き揚げた者1名、長野へ疎開したもの1名。かまどの火鉢の生活から、車を乗り回す現在の暮らしまで、子供の頃には想像もつかなかった生活である。これほど変化のある一生を送る世代が今後あるとは到底考えられないけど・・・戦争体験だけはしないで欲しい。
2005年04月01日
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