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姪から『元気』と電話が来た。彼女の父は姉の連れ合いなので義兄なのだが最近は認知症が進んで、娘か、妻か区別がつかないらしい。姉は7年半前に亡くなっているのにその記憶もない、というより認めたくないのかもしれない。 今はショートステイに預けているそうで、受け入れてもらえる施設を探しているということである。 介護人と病人と共倒れにならないためにはなるべく近くの施設が望ましいので…と話していた。 上の甥は交通事故でなくなっているのだが、弟を亡くなった長男と思っているそうで、『○○かず』と呼ぶそうで聞いていると哀れみを感じる。 長生きはいいけど、『元気で長生き』でないと悲しいものがある。生まれるときも一人・死ぬときも一人だが、いつどのような人生の終わりを告げるのか神のみぞ知るである。 願わくば周りの人々に迷惑をかけずに人生の終焉を迎えたいものである。姪と話していたら、姪の末っ子が高校から帰ってきて電話機から『○子さん、今度いつ東京に来るの』くったくのない明るい声で救われた。彼女にとって大叔母にあたるのだが、ハーフの彼女は『○子さん』と呼んでくれる。いつの間にか165cmと見下げられるようになってしまった。 今年の4月から玉川学園中学部から、駒場高校へと大きく転進、井の中から大海へ出てどのように成長するか楽しみである。 姉の代わりはできないが何かと私のことを心配してくれる姪一家に私なりのお返しはしなければと考えている。 久しぶり『みい』の声を聞いて少し元気が出たようなきがする。
2005年10月31日
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やっぱり九州は寒い。実感なんです。昨日まで3日間友達と46時中一緒にわいわいやっていたのに、今日からまた平常に戻ったら訳もなくなく寂しい。 肉じゃがを煮たり、色々食卓に並べても一人で食べる食事は味気ない。また、暇と金を見つけて旅に行きたいと思ってしまう。 嵐山で集合時間にバスに戻って来ない姉妹があった。新幹線の時間まで余裕はあったが、添乗員もガイドさんも気が気ではないようであった。デパートの店内などであれば、マイクで呼びかけもできるのだが、広い地域ではどこを探したらいいのか、みんなも気を揉むだけである。 トロッコ電車を降りたとき、姉さんの靴が雨で接着剤がだめになったらしく、ぽっかりとそこが口をあけたのである。紐でくくっての応急措置も、もう片方も同じく口をあけて途方にくれられた。 二人は解散自由行動と一緒に靴屋探しをしたそうだが、嵐山だけに土産物屋やお食事処はあっても靴屋はない。 尋ねたら一軒あるとのことで行ってみたら扉が20センチほど開いていたそうだ。大声であけてもらって、やっと足にぴったりの靴はなくて、少し痛いけど小さめの靴を求め、時計を見たらもう集合時間だったという。『泣きっ面に蜂』で傘まで壊れたと、20分遅れでバスに到着の時は雨と汗で気の毒としか言いようがなかった。 バスの全員に、拍手で迎えられて、『ごめんなさい』と詫びられたときの照れた笑顔が可愛かった。 バスの座席が前後だったので色々話したが、『旅には履きなれた靴が一番』と履いてきたのにと。 想定外のことが起きるときは起きるものだと妙なところで学習させられた。ヨーロッパへ出かけたときはレセプションようの靴を用意していったが、短期間の旅行にはまず、履き替えは持っていかないけどこれからは必要なのかなと思ったりしている。一泊二日ではそう親しくなれないが今度の旅行では、親しく話ができて思いで深い旅であった。 久留米大学あのく祭(学園祭)最終日の花火の音が威勢良く聞こえている。あのく祭の『あのくさい』は『あのですね』の方言です。
2005年10月30日
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二泊三日の旅から10時過ぎ帰り着きました。27日朝6時家を出て、久留米~博多(新幹線)~岡山からはバスで(後楽園)~倉敷(美観地区)~瀬戸大橋を渡って高松へ。フェリーで高松港~小豆島池田港。6時過ぎ土庄の宿に到着。忙しい一日。 新幹線でのツアー旅行は初めての経験である。38人のツアーだったが、珍しくご夫婦での参加が多くて女だけ5人の我がグループは異色の存在。 新幹線で違う列車に乗ろうとする者がいたりして、添乗員さん泣かせで申し訳なし。 28日は小豆島の観光で24の瞳映画村とかオリーブ園など回った。夕方兵庫県東条町のホテル着。九州より日暮れが早い。それに暖かくてびっくり。 今日29日は亀岡まで走りトロッコ列車で嵯峨まで。心配していた雨が朝から降ってちょっとがっかり。ひどい降りでなかったのでよかったが。 渡月橋を渡って嵐山散策、湯葉料理を楽しんで京都の秋をと言いたいが紅葉にはまだ少し早かった。4日また京都へ行くのでそのときが楽しみである。 いろんな楽しいことがあったが今夜はもう疲れて眠たいので恥多き旅の顛末は明日にしよう。元気で帰れたことはなによりと・・・
2005年10月29日
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おはよう!子供から携帯にモーニングコールあり。嬉しかったよ。今日から二泊三日、しっかり各地の秋を愛で楽しんで来ます。行ってきます~
2005年10月26日
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あーあ、とうとう一勝も出来なくて終わってしまった。下戸はやけ酒も飲めない、残念。 明日は早起きして旅行に出ます。テレビニュース見ないですみそうで(苦笑)
2005年10月26日
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秋は釣瓶落とし、大牟田の講習会から帰ったらもう薄暗い。珍しく留守電が入っていた。 夫の同僚が亡くなられ、明日お葬式との連絡である。先日検査入院されたと風の便りに聞いたけど、まさか亡くなられるとは、私より5歳は若いはずである。 最近不幸の便りの多いこと、その年代になったのだろうが、寂しいことである。 夫の入院中も励ましのお手紙を頂いた人だけに葬式に参列すべきだが、明日から二泊三日の旅行に出ることにしているので失礼するほかない。 電話でご霊前をお供えしていただくようお願いした。秋はもの悲しいが今日は一層悲しい。ご冥福を祈ろう。
2005年10月26日
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第一試合10-1・第二試合10-0・第三試合10-1・第四試合10-0?だったら、珍記録・・・
2005年10月25日
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実況は見られなくて(怖くてねー)時々スポーツニュース速報見るなんてねー。アイロンがけが終わったので覘いたらなんと、また10対1!阪神ってこんなに弱かった???
2005年10月25日
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私には20年来の足の不自由な友人がいる。彼は隣の県の住人だが、隣と言っても私は九州、彼は海を隔てた本州である。 出会いはアマチュア無線である。不自由と言うより両足とも膝から下がないのである。 お母さんが健在の頃は、身の回りのことは総てお母さんがされていたようで、今は弟夫婦と3人家族で、時折、着るものなど、こういったものが欲しいと相談の電話がある。 出来る限り、知恵を絞って彼のいに添うものを探したり、作ったりするのだが、注文が厳しくて時には、『そんなこと言っても、少しは我慢しなきゃー』と言葉を荒げることもある。 ネットで『カネボウ特殊凹凸マッサージ編みハイソックス』を見つけて買った。その時点では彼のことなど眼中になかったのだが、教室で一番の大きい足の悪い人が『この靴下いいのよねー、これだとサポーターがいらないの、それで太ももまで上がるのよ』と言う。彼女の愛用品である。 それを聞いた時、彼のことを思い出した。寒い冬、今までどうしていたのだろう。彼の足に履けるかどうか分からないけど、取りあえず1足送ってみた。 その返事が今朝来たのである。『履けた、履けた暖かいね』と声が弾んでいる。ショップを覘いたけどもう売ってない。手持ちを急いで送ることにした。 彼のあんなに嬉しそうな声は初めてである。身体障害者用の色んなものがあるにはあるが、数多くは必要としないのであっても割高である。 踵のないハイソックスだったのも良かった。『今年の冬は足はぬくぬくね』『うん、有難う』誰かの役に立ったことは大げさに言えば生きている証、小さなことだけど、嬉しい日であった。
2005年10月25日
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最近、高校生など若い層に方言が流行っているという。テレビのドラマでの方言は、実際とはかなり違うように思うのだが、ラジオやテレビの普及で私の子供時代とはずいぶん変わった。 久留米と夫の姉の家は筑後川を境に佐賀県なのだが、橋ひとつ渡っただけでこんなにも違うのかと、結婚した当時面食らったものである。 夫の姪が自分のことを『おどん』というのに、まず驚いた。おじさんは『おんじしゃん』・おばさんは『おばっちゃん』これくらいは理解できたが、『あんじゃえもん』と言うのは誰を指すのか(兄さん)『おとっどん』(弟)と言った具合である。 空爆で家が焼失、田舎に疎開したときも言葉には困った。親類縁者が集まった集落で、お互いの家を『東』とか『西』とか方角で呼ぶのである。 転勤で久留米に来た友達が『九州は何で方角に様をつけるの?』と聞く。例えば『西に行く』というのを『西さん行く』と言うのである。『西の方に』という意味なのだが、他所から来た人にはおかしいらしい。 久留米で有名なのは『あってもない』今はほとんど使う人はいないが、お年寄りは『はい』を『ない・ない』と言われていた。お店で『○○ありますか?』『ない』『ないのですか?』『いえ、あるよ』と… 息子の中学時代は家で話す言葉と学校で話す言葉はまったくと言っていいほど違っていた。始めは知らなかったが、用事で学校に行ったとき偶然友達と遊んでいる子供の言葉を聞いた時、異星人に思うほど、家では聞いたことのない言葉であった。 私の知らない世界をのぞき見たのである。今の高校生も時と場所、方言をうまく使い分けているのだろうとそのときのことを思い出した。 だんだんと廃れていくだろうが、『しるしい』とか『しるしか』という方言はなくなって欲しくない言葉でる。 雨ふりに見えた客に『雨でしるしかったでしょう』というように使う。ねぎらいの意味もある。自分が『しるしい』と言うときは『億劫』という意味でもある。宇部の友人は『壊れる』ことを『破れる』という。アマチュア無線で『机が破れた』と言われて一瞬分からなかった。今は時々私も使ったりするが…
2005年10月24日
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10X対0で阪神大敗。今度は甲子園だけど…こうなったらロッテファンにとはいかないのがつらい(泣き)
2005年10月23日
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6回はなんとホームラン3本で、7対0.強いなーロッテ…
2005年10月23日
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昨日から急に寒くなった。というよりこれまでが暖かすぎたのかも知れないが。 今日の行われている敬老会が終わらないと、『女性の会だより』の原稿が揃わないのだが、夕方には届くだろうからと、『女性の会どより』作成に専念することにした。 もう何年になるだろうか。会長は3代目だし、PCも3台目、ソフトのバージョンアップにも泣かされた。便利になってる筈なのに、そう簡単にはいかないのである。 B4サイズで表裏、体裁は新聞同様、縦書きで、時に横書き混在である。一晩でなんとか1枚はこなせるが、読みづらい金釘流の字には頭をひねることもしばしばである。 5時過ぎ待っていた原稿と、敬老会の折り詰めを持ってAさんが見えた。夕飯は差し入れの折り詰で…。 空けていた『敬老会のニュース』を嵌め込んでプリントアウト、今日の仕事は終わりである。せっかく作るのだから、読みやすく親しみやすい紙面つくりをと思う。前号より、少しでも良くと思うのも当然である。八白土星は凝り性らしく、納得のいくまでやり直すのである。 会長のご主人が、うちの校区の新聞が一番と言って下さると嬉しいものである。 子供もワードで新聞つくりは自分より上手だねと言う。人にはひとつは取り柄があるのだろう。
2005年10月23日
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いつも観ると負けるので観なかったのに…やっぱりパリーグの方が実力上だな~。10対1と大差がつくとは阪神ファンとしては寂しいよ。明日の奮起を祈ろう。
2005年10月22日
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『朝の感じって毎日違うねー』相棒の人形ユメルの今朝の第一声である。昨日まで暖かだったのに夜中雨で、朝もまだ小雨が残っていた。日中の気温も19度昨日とは雲泥の差である。予報でも今日は東京より低い気温である。 どこからか、金木犀の香りが漂って来る。我が家にも子どもが小遣い70円で買って植えた金木犀がある。 見てもただ一輪も花もついていない。今、一番会いたくない人、それは先日家の柿の木を無断で切り倒した人だが、ぱったり会ってしまった。 『うちの金木犀はひとつも花が咲かないけど…』と私。『手入れしなくて2・3年ほっとけば花は咲くよ』 花の咲かない金木犀なんてねー。植木はプロより詳しいと自認する人なら、花が咲くように手入れするのが当然だろうと思うのだけど。 『ゆすら梅も昔はたくさん実をつけて毎年、果実酒作っていたけど、最近は何粒か食べるだけ』枝を広げると野菜に日が当たらないので枝つめをするのでならないのである。 子供に『教室やってる間に庭の隅の柿の木、切り倒されちゃった』とヤフーメッセンジャーで送ったら『あーあ…』と戻ってきた。 これから何年ご近所で暮らすやらわからないが、自分を中心に地球が回っているというような夫婦、揉め事はごめんである。 出来るだけ庭に出て目を光らし、意に沿わないことは止めてもらう様、気配りするのが最善なことかと自分なりに考えて見た。 樹木も花ものびのびと枝を伸ばして欲しい。来年はこぼれるほどの金木犀の花を見たいものである。
2005年10月22日
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テレビを入れたら、近くのディスカウントスーパーのATMが二人組に壊され440万が奪われたと報じている。物騒な世の中になったものだ。219号線沿いの交通量の多いところである。 朝、農協に再発行を頼んでいた預金通帳を受け取りに行った。手続きの時は手数料の話はなかったのだが、525円いるのだと言う。カード再発行の手数料は知っていたが、世知辛くなったものだ。失くした本人が悪いのだが525円は高い。 私の名義だが、実際は個人の通帳でなくクラブの通帳だったし、しかも残金が158円だったので、ついうっかり紛失してしまったのである。廃棄処分にした方がよかったと思うが、その通帳が総合口座のため、新しく総合口座は作れないと言われて再発行の手続きをしたのである。 250万のマル優非課税の定期預金の利息が一年でなんと2000円、通帳の再発行手数料が525円。 失くした自分が一番悪いのだが、多額の両替も手数料が取られるし、貯金箱に小銭を貯めて預金にいっても手数料を取られるのだから… マル優制度はなくなるのでこれからはもっと利息は減るのだが。カードや預金通帳など失くさないように気をつけねばと反省している。
2005年10月21日
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我が家の歴史がまた一つ、他人によって消されてしまった。新築して庭に富有柿の木を2本・元山を1本植えた。柿はすくすくと大きくなって、秋には美味しい柿の実が食卓を賑わせてくれた。 隣近所が、地上げして家を建てられ、我が家だけが低地になったのでトラックで土を入れた。柿は深植えになって元のように実をつけなくなった。 夫が3本はちょっと窮屈そうだからと真ん中の1本を会社からチエン鋸を借りてきて切り倒した。 今年は富有柿は実をつけたが、元山は柿の木の下の畠に日が射さないからと枝を切り詰められるので1個も実をつけていなかった。 お昼、ごみ出しに行ったら、畠を貸しているおじさんが、枝を下ろしていた。これから葉っぱが散るし…とは言われたが、私も『いっぺんに裸にすると風邪引くよ』と言って家に入った。 ところがである、夕方出てみると柿の木は根元から切り倒されていた。畠は貸したが料金を貰っている訳ではなし、まして大木を無断で切り倒すとはどういう了見なんだろう。 家の木には家族の思い出が残っている。一言相談してしかるべきだと思うのだが、今更言っても切った木は元には戻らない。 ご近所と揉め事も嫌だし、それでもがっくりと食事の支度をする気にもならない。子供になんと言うべきか情けない話である。
2005年10月20日
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参加しようか、止めようか、朝まで迷っていたが、Mさんが車に乗せて下さるというので、行くことにした。 今月のラベンダー外来は、野外ウォーキングである。病院を出て隣町の竜光寺公園まで往復4キロの行程である。 いつものように、元気に歩ける組、足腰に故障のある組の2班に分かれて、軽い準備体操をして、2時に出発した。今までは勿論元気組だったが、今日は一足先に出発の組である。黄色く色づいた紅葉やすすき、秋の景色を愛でながら歩くには絶好のお天気である。丁度道半ばで後からの早い人に追いつかれてしまった。腰に負担をかけないよう、マイペースで歩いた。2キロを37分もかかってしまった。 公園でボールをタオルに乗せて走る競技やら、童心に返ってシャボン玉を飛ばして遊んだ。一斉に飛ばすと虹色の大小のシャボン玉がふわふわきれい、きれい。何十年ぶりだろうか。 院長先生が良く歩きましたとミニ花束をみんなに下さった。行きはよいよい帰りはなんとやら、帰りは足の重いこと。一人の落伍者もなく全員無事に病院に辿り着いた。10731歩・消費カロリー192。 帰りもMさんに自宅まで送ってもらって本当に嬉かった。疲れてバスを乗り継いで帰るのは大変である。 Mさんと行ってよかったねと。Mさんは若いけど股関節の手術をされているし、最近もひざの水を抜いたということである。今年中に70キロまで体重を落としたいと笑っている。お互い頑張ろうねと、ダイエットはグループでやるほうが効果がでると思う。リバウンドしないように私は参加しているのです。
2005年10月19日
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このところ、腰痛で病院通いや何やら雑用で気になりながら行きそびれていた美容室へ行くことにした。 骨折で入院した機会に、パーマをかけるのを止めて、思いっきりショートへアにしたので、カットだけである。洗髪は『アレッポの石鹸』、頭のてっぺんからつま先までそれだけである。 子供の頃は赤毛で、とうもろこしの毛のような、どう見ても美しい髪ではなかった。猫毛で細く、戦時中はお下げが義務つけられていたが、二つに分けて結ぶのがやっと、三つ組みが憧れだったけど一度もやったことがない。 最近は『髪がきれいですね。白髪がなくて…』と褒められる。生え際にちょっぴり白いものが見えるが後ろは白髪はないらしい。つむじが頭のど真ん中にあるそうで、頑固な証拠だとか(笑い)美容師の先生の言である。 カットして貰って気分まで軽くなった。さわやかな風を背に受けて野菜試験場の横の道を歩いていたら、上からころころと丸い実が落ちてきた。どんぐりの実である。 父が亡くなった家の裏庭に大きなどんぐりの木があったなーと、そんなことを思いながら歩く。銀杏の葉も黄いろく色づいて実のなっているのが見える。 明日は早起きしてぎんなん拾いもいいなー。腰が良くなったら少し足を伸ばして小さな秋を見つけに行こうか。むかごもなってるだろうし…まずは腰を治すことが先決だけど。
2005年10月18日
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昨年に続きソフトバンク・ホークス第5戦逆転負けで優勝を逃してしまった。 地元ではあるが別にホークスのファンではない。阪神ファンなので、希望としては阪神とホークスで日本一を戦うというのは夢だったのだが・・・ 残念である。
2005年10月17日
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配達に見えた毛糸屋さんに支払いを済ませ、居間に戻ると実に絶妙なタイミングで『無理しないでね』とおしゃべり人形の”ユメル”が声をかけてくれる。喋る言葉は1200語。 そのタイミングのよさに思わず笑わずにはいられない。初期設定で年月日・時刻と私の生年月日・毎日の就寝時間と起床時間を入れている。 誕生日はまだ先なので、その日『ハッピーバースディ』歌ってくれるかどうか、楽しみにしているのだが。 朝は『おはよう』『夢見たよ』と毎朝違う夢の話をしてくれる。歌も歌うがなぜか古い童謡ばかりで、このユメルの開発者が年配なのか、ユメルが高齢者対象に誕生したのか、そのいずれかではなかろうか。 いい歳をして人形遊びとはと思いつつ、独り言は言えないけど、たとえ人形でも声をかけると、突拍子もない返事でも言葉が返ってくるのは心和むものである。現在の同居人である。 昨日のビデオ撮りは三脚乗せとはいえ、ずっと立っての仕事で腰への負担は思ったより厳しかった。昨夜はゆっくりとお風呂に浸かって寝たのだが、朝は起きるのが痛かった。半年も前からの約束であれば、少々の無理は仕方ない。 明後日のラベンダーは野外ウオーキングである。病院から歩けそうですかと電話があった。あと一日様子を見て決めますと答えたがよくなるだろうか。
2005年10月17日
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昨日の夜になって急に涼しくなった。朝の気温12度、やっと秋らしい。今日は定例のビデオ撮りの当日である。いつも手伝いに来てくれる人が都合で来れないと連絡があったのは昨夜遅くであった。 撮るのは三脚だから、いいのだが機材の運搬が今の体調では自信がないのである。 用事があるのなら仕方ないし、早めに行って頑張るほかないなーと覚悟をして床についた。 充電した電池で機材のテストをやっていたら、友達から電話が入った。ついでがあるから、会場まで車で送って下さると有難い申し出に感謝である。 9時過ぎ車で来てくださって、機材は乗せて下さるし、腰の痛い私にとってこんな有難いことはない。その上奥さんが手伝って呉れるとのこと。嬉しかった。 『日本唱歌をみんなで歌う会』は今日が44回目。共同ホールは満席であった。 創作舞踊はリハーサルから撮る。体力に応じた撮り方に徹しないと、良くなりかけた腰痛をまた酷くしては自分自身が辛いから…。 『混声合唱団赤とんぼの会』の方が、『変則だけど、1曲目はソプラノを2曲目はアルトを、3曲目は男性を据え置きで撮って欲しい』とのこと。 脚付き据え置きなら、今日の私には願ってもないこと。予備のテープ持って来て良かったと引き受けることにした。 創作舞踊はいつ観てもきれい。博多人形を見るようである。見惚れてカメラを振るのを忘れそうになったり、でもそれなりに撮れたような気はするのだが、今、帰ってまだラッシュ観てない。 一息ついてゆっくり見るか。スケジュールが混んでいて編集に取り掛かれるのは旅行と京都の講習会後になるだろう。 腰が痛くて動けなくなった時、一番気になった撮影が終わってほっとしている。
2005年10月16日
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ニットの講習会に出席の時は、いつも自分で編んだ作品を着ていくのが常である。今年は異常気象でやけに暑く、サマーヤーンの長袖でも着られない。 これでもない、あれでもないと着せ替え人形よろしく着たり脱いだり、薄手のニットの上に手編みのベストで行くことにした。 大牟田へ10時だと8時過ぎには家をでることになる。近くのスーパーまで悦子さんが車で迎えに来てくれて、大牟田まで乗せて行ってくれるとメールが来た。『やったー』バス・電車・バスが10分歩いて待ち合わせ場所に行くだけでいいのだから、こんな嬉しいことはない。 彼女は2度目だというのに、お店を通り越して後戻りする始末で、運転は上手いけど、方向音痴?らしい。 先日の講習会は参加者が多かったそうだが、今日は少なかった。季節の変わり目で体調の悪い人や、このメーカーの講習なら…と言う人もいるらしい。 正直言えば、私だってあまり喜んで参加ではないのだから。持って見える作品は多いのだが、地方の先生の作品はイマイチピリッとしないのである。 同世代なので親近感はあるのだが、新しい技法とかそういうのは中央の先生の方がよく勉強されている。 ベストの材料を一着分買って、実習は何もせず。福岡だと講習の後、ウインドウショッピングやデパートめぐりも出来るけど、大牟田ではまっすぐ帰る他ない。帰りはあと二人同乗になった。 今月は26日も講習がある。明日はビデオ撮り、今から電池の充電・機材の点検など一仕事やらねばならない。 腰痛10日目やっと意識せずに動くことができるようになった。明日ビデオ撮影ができることを感謝したい。
2005年10月15日
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暑い、手紙を出しにコンビにまで行った。日は落ちて涼しくてもいいのに汗がにじみ出る。それでも、出水平野にマナヅル飛来のニュース、マナヅルが居たところは例年と変わらない気候なんだろうか。 友達から健康にいいからとお茶を頂いた。『エコぶれんど茶』と書いてある。袋の下に『中間市生活習慣病改善教室の方に教わって作りました!健康茶としてお召し上がりください』とある。 ビニールの袋の中に、たまねぎの皮・柿の葉・しその葉・スギナ・うこん・どくだみ・よもぎ・ハーブ・ナスの皮・にんじんの皮が見える。 野菜のくずって感じで『美味しいのかな?』好奇心旺盛の私でも、すぐさま飲んで見ようかという気持ちにはならない。 先日の教室の時、みんなに飲んで見たらと声かけたが、『たまねぎの皮なんて、飲みたくない』と断られた。折角貰ったものだし、飲んで見るかとお湯を注いだ。赤みがかったお茶、香りは漢方っぽい。飲んで見たら、意外や意外、結構美味しかった。甘みがちょっぴり、紫蘇のあじもある。 食わず嫌い、飲まず嫌い、第一印象で物事を判断するのはやはり良くないと、当たり前のことだけど再認識させられた。 高いものではないだろうが、わざわざ買ってまで飲むことはしないかも知れないが、あと2・3日は『エコぶれんど茶』で過ごすことになりそうだ。
2005年10月14日
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朝は18度とさわやかな気温なのに、日中は31度とまだ夏である。夜も雨戸を立てるとエアコンなしではいられない。 腰が痛くなって8日目になった。しっかりコルセットをしているとさほど痛みを感じなくなった。徐々にだが良くなってはいるようだ。習ってきた腰痛体操をこわごわと実行しているが早くすっきりなりたいと頭の中はそればかりである。 明日は病院、翌日は講習会、日曜日はビデオ撮影とスケジュールがぎっしりである。 西鉄久留米駅でIさんにお会いしたらずいぶんお疲れのようだったとKさんからメールが来た。 Iさんのご主人が京大で脾臓の手術受けられたのは9月の初旬であった。退院が予定より長引いて…と京都から電話いただいてその後が気になっていたのだが。 夜になって、こちらから電話をした。Kさんと会われたのは京大病院から紹介状を貰って、福岡のがんセンターへ行っての帰途だったとのこと。最近良く聞くが大病院での3時間待ち3分診療の話はほんとであったらしい。 京大病院からの紹介で不安がいっぱいの受診なのに、胸を見せて下さいと1月手術の肺がんの後を見られて、28日来院下さいと文字通り4・5分で終わったとのこと。京大病院の診察は十分な時間を取って診て下っていたそうで、両病院の差にびっくりしたし、今後新しい医師と信頼関係ができるかどうか、戸惑っているということであった。 京都には娘さんが住んでおられるのだが、向こうに転居するわけにも行かないし、やはり近くの病院がいいのではと、熟慮の上の選択であったらしいが、最初の一歩でがっくりとされた様子である。 朝日新聞に『医療はいま』第4部が今日載っていた。『医師が診てほしい医師』その患者にあった医師を紹介して下さる紹介業の医師の話。興味深く読んだ。 最初の出会いはともかく、会うごとに信頼度が増していくこともあるだろうし、Iさんのご主人の主治医がそうであることを祈りたい。
2005年10月13日
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県内の或る町立中学校で授業中、1年生男子テニス部の生徒の携帯電話がなったという。携帯電話の持ち込みは禁止だそうで、担任から注意を受けて部活に遅れた生徒に、テニス部の顧問が『どう責任とるかかんがえるように』と伝えたら、本人が頭を『丸刈りにする』と申し出た。顧問は他の部員たちにも話し合わせ、部員たちは『全員で髪の毛を切る』ことで合意。 翌日、練習の前に、顧問が校内でみんなに長さの希望を聞いて0.5ミリ~6ミリの長さにバリカンで刈った。 校内の様子を写真に記録する先生がバリカンで刈られる生徒の様子をデジカメで撮ったというのである。 次の日保護者から『行き過ぎではないか』との指摘があり、顧問が全員の家を訪問し謝罪。写真も消去したということである。 『連帯責任を取らせるやり方や、事情を確認しないまま写真を撮ったことに問題があった、反省している』との学校側の話だが、本人が自発的に申し出て、全員が話し合ってしたことならと思うのは世代の違いだろうか。 強制的な部分があったかは分からないが、規則を守らなかったことは事実であり、生徒が保護者にどのように話したのか、なにかあると相手に非があるとする風潮は気になる。 息子の高校はミッション系の当時は男子校であった。外人の英語教師がおられて、指されて答えが分からないと『箒持って来い』と言われ、初めは何のことかわからずでかい箒を持って行ったら『これでいいのか』と笑いながらお尻を叩かれたと、今でも懐かしそうに話す。親も子も箒で叩かれたことを暴力だとは思っていない。『連帯責任』=『軍国主義』ではないと思うのだが…
2005年10月12日
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日曜の夜、漫然とテレビを見ていた。日本語なんとかという番組だったと思う。例題が幾つか出題された後、前もって、出題の正解率がなん%が出ていて、10人の回答者が答えが正解率を超えたら通過、5問正解だと賞金が貰えるというものである。 送り仮名とか、読みなど色々った。その中での例題のひとつが『健か』であった。『や』がないのが引っかかったが、当然『すこやか』だと思ったのだが、正解は『したたか』ということであった。 ふーん、『したたか』とも読むのかと思った。その後の出題に『強か』が出た。正解率はかなり低かった。回答者は赤井秀和とか、高田真由子・漢字検定2級だという国会議員の馳浩氏などなど。 『したたか』だと私は読めたが、『健か』が『したたか』の例題が回答者の頭にあったらしく、『したたか』と正解だったのは赤井秀和さん一人であった。広辞苑で調べればいいものを、煩わしくて日記に書くなんて横着者だなと自分で思いながら、送り仮名に『や』があれば『すこやか』、なければ『したたか』と読むのであろうか。だとしたら『健か』と『強か』はどのように使い分けるのであろう。
2005年10月12日
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3連休のあとの病院がこんなに多いとは。呼んだタクシーもすぐには来なかった。連休明けの朝は忙しいと若い運転手は言う。行く先を告げるといつもの道順ではない方に走る。 こっちの方が混まないのかなーと、でもいつも1600円のメーターが1700円を超えた。その旨言うと運転手はメーターを倒したが、結局1760円を支払った。いつもの会社なので信頼していたのだが、若者は水揚げを少しでも上げたかったのか。 院内に入ったら、知人に声を掛けられた。昔のビデオ仲間である。彼と会うのはなぜか病院の時が多い。脳外科でもあったが、今日は整形外科である。両足に包帯が巻かれている。『どうしたの?』『死に損なった』と彼。 昨夜の7時のNHKニュースに出ていた事故だったそうだ。クレーン車が倒れ2名死傷のニュースは見たが、まさか知ってる人とは思わなかった。 同僚は病院で死亡だったそうで、彼は両足が車の下敷きになったのだとか。右足が感覚がなくて動かないと言っていた。折れてはいないが、神経が切れているらしい。『良かったね死ななくて…』『うん』朝刊が休みだったので、夕刊には記事がでるだろう。亡くなられた方には気の毒だが友人が生きてて良かったと思った。 大病院で3時間待ち3分診療などと言われるが、大病院でなくても週刊誌を一冊読み終わってもまだ診察の時間が来ない。たっぷり2時間は待った。 ベッドにうつぶせに寝かされて脊椎をぐっぐと押された。レントゲンで異常ががなかったので、安心はしていたが、押されても骨は全く痛くはなかった。 『湿布は止めなさいよ。こんなに赤くなって』と看護婦さん。湿布とかテープにかぶれるのは今までもそうで、気にはしていたが、コルセットをしっかりしていたので、気づかなかった。背中は自分では見えないものね。早く治したい一心だったが、体質は簡単には変わらないようだ。 腰痛体操の指導を受けて、帰りはバスで帰ってみることにした。院長先生に心配ないと言われたのでなんとなく元気がでたような、私は単純な人間らしい。バスを乗り継いで帰ったら1時を回っていた。
2005年10月11日
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昨日は痛みもかなり良くなって、薄紙をはぐように良くなるのではと期待したのだが、今日は昨日と違い痛みが酷くなった。一進一退を繰り返しながら治るものだろうか。 昨夜10時ごろ、思いがけない電話を頂いた。夫の上司の奥様でここ2・3年すっかりご無沙汰していたのでびっくりした。 京都の旧家の生まれで父上は、日本で初めてカフェを開かれた方と伺ったことがある。画家の岩田専太郎さんや、先々代の中村雁次郎さんとご一緒の写真など見せてもらって色んな話も伺った。 本社へ転勤のとき、引越しのお手伝いに行ったとき、お母さんの亡くなられた時の新聞記事も見せて貰った。名物おかみだったらしい。 『あなたには随分お世話になったわねー』と、今でも私の編んだものを大切に着て下っているとのこと。お歳を伺ったら90歳卒寿になられたそうである。まだまだお元気で趣味の詩吟は続けておられるそうで、独吟もなさったとか。 ご長男夫婦と神奈川県F市にお暮らしだが、秋の夜長話し相手が欲しかったのであろうか。忙しさにかまけてご無沙汰したことを恥じている。 F市に越される前、千代田区5番町のマンションに息子と尋ねたときのことなど、今でもしっかり記憶されている。 白身魚ででんぶを作り美味しいおすしをご馳走して下さった。息子の大学時代のことである。ご主人は息子と息子の通っている大学に籍を置いたことなど話しておられた。昔話に時の経つのも忘れて懐かしさと嬉しさで瞼が厚くなった。 パソコン時代になって、ついペンを持つことをしなくなって、いろんな方へ不義理していることに気づいた。秋の夜は長い。
2005年10月10日
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先日サル騒動があったばかりなのに、今度はイノシシが散歩中の72歳の男性に牙で足を刺し、2週間のけが、別の61歳の男性も体当たりされ軽症を負ったという。 場所は国道3号線のそばの公園でイノシシはそのまま逃げたそうである。公園のそばは住宅地で、小学校も近くにある。その後市内の公園の隣町の住民から『飼っていたイノシシが一頭いなくなった』と通報があったそうで、7日は終日広報車が巡回、猟友会のメンバーも出動で付近は大変だったらしい。 翌8日朝7時過ぎ同じ公園付近で、地元猟友会員がイノシシを見つけ射殺されたとのことである。 あちこちでニシキヘビやら、熊の出没、猫が人間の足指を食いちぎるなど、今年は動物の有難くない話題の多いこと。 まさか30万都市のしかも人通りも車も多い国道の側で、こんなことがあるなんて、私の通う皮膚科の病院も近くなのだ。動物を飼う人は優しい人だというが、飼うからには責任を持って管理しなければならないのでは。 最近読んだ話に、収穫前のとうもろこしを一夜にして食べられて苦労が台無しになったということであった。昔は野良犬や野良猫がいて、そのようなことはなかったらしい。動物と人間の共生は難しい時代なのだろうか。
2005年10月09日
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腰痛4日目、悪くなるときは突然なのに、治るのはそうはいかないようだ。昨日より今日と痛みが少しづつ和らいでいるような気がするが。 痛みというのは人それぞれ個人差があるわけで、自分が腰痛になって、初めて他人の痛みや辛さがどんなものか、この歳になって知ったような気がする。今は、根気よく湿布をし安静にして早く治すことに専心しなければと思う。 気分転換に、裏庭の渋柿をもいで、皮を剥いた。干し柿を作るのは何年ぶりだろう。この家に住む以前の母の実家には大きな渋柿の木があった。 裏庭の木はまだ2年くらいの若い木である。桃栗3年柿3年というが接木をしたのは早く実をつけるようだ。形も細長くて尖っている。2個づつ紐にさげて、たっぷりの熱湯に浸して、2階の風通しのいいところに干した。 何日くらいで食べられるようになるだろうか。毎日の楽しみが増えた。昨年友達に頂いた『市田柿』は美味しかったな~。 柿そのものが違うのだから、期待するほうが無理だけど、自分の家に成ったものはまた違った美味しさがあるのではないか。 田舎の軒先にずらりと並んだ、干し柿のすだれは、秋の風物詩だが、12個では寂しいが、黄色く輝いている。
2005年10月09日
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”猫にかじられ右足指全て失う”のニュースの見出しに一瞬戸惑った。埼玉県の特別養護老人ホームで80代の女性が右足の指を全部、猫にかじられて失くしたとのことである。猫はホームの中庭に住み着いていたのだそうで、猫の口元が赤くなっていたことや、女性のベッドの周辺に猫の足跡があることが判明、捕獲されたそうである。 女性は認知症で寝たきりだったそうだが、どんなに痛かったであろうか。犬や猫など家族同様に可愛がられているのに、動物の本性はそういうものなのか。猫はそれほど飢えていたのであろうか。 私は猫も犬も嫌いというより怖いのである。小さいころ大きな犬に飛び掛られた記憶がいまだに忘れられず、犬がいると回り道するのだが、猫は逃げるのであまり恐怖は感じなかったが、今日のニュースを見て怖くなった。
2005年10月08日
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腰痛3日目、相変わらず、立つ・歩くが困難である。飲んでいる薬のためではないだろうが、血圧が異常に低い。(111/61) 病院の理学療養士、N先生から電話が入った。腰痛になる前日リハビリの指導を受けた先生である。 会わずに帰宅したので、あとで話し聞かれたらしくすごく心配しておられるようで、別にリハビリの時は無理したわけではないのだけど、ちょっと申し訳なく思った。 早く治したいけどあせってもどうにもならないので、のんびりとと頭では思うのだが、痛みだけはやっぱり辛い。食べられない病気よりはいいかと思うが、運動が出来ないのに食べてばかりだと太っちゃうしね。 大好きな新聞の数字のパズル今日は簡単に解けてちょっといい気分。
2005年10月08日
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昨朝、突然襲った腰痛は今朝はすっきりとは行かなかった。私の世代は『贅沢は敵だ』とか『頑張りましょう勝つまでは』でどちらかというと我慢強い。 朝から、他の用件で生徒が電話を掛けてきたが『具合はどうですか?』と聞いてはくれない。 結構、痛かったのだがそうは思ってないようだ。病院の開くのを待ってタクシーで出かけた。 一昨日リハビリに行っていたので、受付嬢が顔を見て怪訝な顔をしている。院長先生が、今日は留守だと聞いてやはり昨日遅くても行けばよったと思ったが… 経緯を話してまずレントゲンを撮られた。仰向け1枚・横向き1枚・斜め向き左右各1枚の計4枚。 しばらくベッドで寝ていた。3年前骨量の検査で撮った腰の写真と見比べながらO先生、さほど骨には変化ないし、薬とコルセットでひとまず様子見と言われた。 『明日から3連休だから、火曜日に院長に診て貰って…』主治医が院長先生だから仕方ない。 コルセットをすると少しは歩きいいが、『16日、ビデオ撮影の仕事があるのだけどそれまでに治りますか?』『確約は出来ないね』と笑われた。 薬を飲むと眠くなるかもと言われたが、ほんとに眠気に襲われた。昨晩熟睡できなかったためでもあるが、腰の安静もありしばらく午睡した。 早くすっきりなりたいな~。病院の支払いコルセットまで入れて870円。薬代350円。交通費3200円。医療費は安いけど交通費が痛いです。
2005年10月07日
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今日は最悪な一日、朝、起きて雨戸を開け、庭を一巡りした時は全く自然体であった。その後、風呂場で足裏に貼った樹液シートを剥いで足を洗った。ここまでは毎日の日課である。体重を量ろうとしたところ、急に腰に激痛が走り、立つことも歩くことも思うようにいかない。 夫が時々「ぎっくり腰」で靴下を履かせたいしたことはあったが、私はこの歳まで腰痛とは無縁であった。 今日が教室でなければすぐに病院へ行くのだが、生憎教室なので、腰をかばいかばい支度をした。 別に重いものを持った訳でもなく、無理な姿勢を取った訳でもない。座っていれば痛くないが、立ったり座ったり歩いたりがなんとも堪える。 腰痛がこんなに辛いものとは思ってもいなかった。教室が早く終わったらと思っていたが、みんなの帰りが遅く、病院行きは断念した。今晩様子を見てまだ痛むなら、病院へ行こうと思う。昨日整形外科にリハビリに行って運動したのが無理だったのか、一昨日の追突事故が… 考えたって痛みは直らない。やっぱり歳なのかなー。今月はスケジュールいっぱいなのに、腰が悪くてはどこへも行けないし、ビデオの撮影だって出来ないし、何とか腰痛を治さねば、それにしても痛い!!
2005年10月06日
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朝から小雨、昼前に家を出てバスに乗った。昨日までは暑くてみんな夏衣装だったけど、歩いている人はみんな袖の長い服装である。 八女行きのバスに乗り継ぐのだが、路線で道路工事のためダイヤが乱れてますの貼り紙があり、長い時間待たされてしまった。 5月から第一水曜日にラベンダーメンバーのリハビリが計画されて、先月は行けなかったが、毎月参加している。 少しづつメンバーにも浸透したみたいで今日は5名と出席が増えた。毎月参加のEさんの顔が見えないと思ったら、先月のスイミングの日から入院しているとのこと。脊椎の圧迫骨折だという。原因は公園で孫を抱いて尻餅をついたこと、その時点で病院へ行けば良かったのに整骨院でやってはいけないことをやったためにさらに悪化したのだという。 この際体重を70キロ以下に落としたいと笑っていたが、食事管理がうまくいけばそれは容易だと思う。 3年前骨折で2ヶ月入院した自分の体験から確信できる。その後その体重をいかに維持するかが問題なのだが。 腹筋とエアバイク、背筋の運動など1時間みっちりやって、インボディ測定をやった。 加齢とともに、筋肉量と骨量の減少が気になる。機械を使って気軽に筋力アップが出来るジムを探すべきか? 話していたらメンバーの一人は隣町の方だった。車で見えたととのこと、ご好意に甘えて家まで送って頂いた。 訪問者が多く日記はひとまず終わりにする。
2005年10月05日
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いつものメンバーいつもの温泉行き、違うのは出発時間が1時間早いこと。それは、行く先が遠いということである。黄色く色づいた田んぼと少し色づいた柿の実を車窓に見ながら、全くいつもと変わらない旅だったのだが。 左手に有明海を見ながら走っていた。前に普通車が1台その前に軽トラが走っていた。軽トラが三叉路で右折しようとして急停車、後続の車も急ブレーキをかけ、私の乗った車も同じく急ブレーキで、運転席後部のの私も座席から滑り落ち前のめりになってがくんと止まった。前の来るmの左後部に追突である。私たちの車はトヨタのライトバン、前がちょっと凹んだだけであったが、思わぬ事故に遭遇でびっくりした。 お互い、怪我などなかったのは不幸中の幸いだったが、パトカーが来て事情聴取などでかなりの時間を費やした。 追突したのは私たちの車だし、もっと車間距離をとっていれば避けられた事故だったのは明白である。 大事故ではないので双方とも車は動くし、話がついたそうで、計画通り島原温泉へ行った。海岸のそばのホテルの浴場からの眺望は素晴らしかった。客は私たちだけで貸切である。 ドライバーの奥様も一緒だったので良かったねと友達と話したが、いつも安全運転の人だが、事故は絶対にないとはいえないと改めて思った。 今度の事故を機にこれからどうするか、もう怖いから止めるというのも、悪いしと複雑な心境である。そういうことで今日は真っ暗になって帰宅です。
2005年10月04日
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あぁーあ、今夜も歩けませんでした。理由は電話の来るのを待たねばならなかったからということ。 なぜか、教室のみんなは誰ひとり携帯電話持ってないのです。私にとっては携帯もPCもなくてはならないものだけど、みんなは必要がにというのです。 操作を覚えるのも大変だと頭から使ってみようかという関心がないのです。一緒に出かければ私の携帯で用が足りるし、おんぶに抱っこ、先生=雑用係。明日は温泉へ遠出します。歩く時間帯を考え直します。
2005年10月03日
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暑さは相変わらずだが、日は短くなった。確実に季節は移っている。Y先生から11月5日京都である研修会に行こうと電話があった。私は面識のない先生だが、先生は姉をご存知らしく一度お会いしたいとは思っていたので同行を決めた。 早朝出かけるのも大変だし、4日に行って一泊しようと、まだひと月あるしねとY先生は言っていたが、暦を見ると文化の日の翌日の金曜日である。 4連休の人もあるだろうし、京都の秋は紅葉がきれいだ。早めの宿の確保がとネットで検索する。遊びではないしビジネスホテルでいいよねといったものの以外に空室がないのである。 駅の近くで研修会の近くとなるとなお更である。やっと金曜日の空室を見つけY先生の了解を取って予約した。ほっとする。自由自在にPCを駆使できるのならいいが、○○の手習いで試行錯誤の日々なので、それでも予約できたからよく出来たと褒めたい。 今日、福岡の小さな郵便局に包丁を持った女が強盗に押し入って袋に金を詰めろと女性職員を脅して100万余りを持って裏口から逃走したと夕方のテレビで報じていた。局に客はなく、局員3人に怪我はなかったと言うことだが、刃物を持った女性強盗はあまり聞いたことがないように思う。ジーパンを履いた30代だったそうだが、戦後強くなった女もとうとうここまでとちょっと驚いた。職員3人の性別までは分からないが、3対1ならなんて…つい思うのは世代なのだろう。男女逆転したような気さえしてくる。まだ逃走中らしいが早く捕まって欲しい。
2005年10月03日
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雨は上がったし、夕飯を済ませていざ出陣と、その時玄関のチャイムがなった。訪問者はお向かいの奥様である。 私の予感は的中で今日は運動会だったそうである。午後の雨で最終プログラムが中止になったとか。孫が応援団長で頑張った話など、本当の用件は友人の孫の出産祝いのことである。 すぐに済む用件なのに、三人寄ればなんとか言うが二人でも腰を据えたらちょっとやそっとで話は終わらない。 宣言したウォーキングもなんと3日目にして挫折、三日坊主よりも始末に悪い。明日からまた初志貫徹、頑張ろう。
2005年10月02日
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午後はちょっぴり雨になりました。今日は日曜日運動会のところもあったでしょうに。 運動が苦手なというより、下手な者には楽しい運動会の思い出なんてないし、思い出したくもないのです。 6年生で身長124cm、体重23kなんて今の子供では考えられない体格ですから。走るのも遅いし、鉄棒も下手、体操の時間は嫌で嫌で仕方なかったのです。 父が早世したので、何かにつけ『お父さんがいないからと笑われないように』という言葉を聞かされて、それなりに負けん気は強いのだけど運動だけはどうにもならなかったのです。縄跳びなど体を使う遊びも苦手、それなら本を読んだり、机に向かって勉強してるほうが性に合っていたのです。 近所の子に学芸大学(今の教育大学)付属に通っていて、運動会の徒競走はいつもビリの男の子がいました。 付属校は大学の運動会にも参加するので2回運動会があるのです。徒競走も2度、彼は2度目の運動会の前に先生に一つの提案をしたのです。身長順にはしるので、ビリはいつもビリだから、今度は一番のものは一番だけで、ビリはビリ同士で走らせて欲しいと…先生もそれもそうだねと彼の提案を受け入れてくれたのです。 彼は背は高いほうでした。今度はビリにだけはならないぞと確信していたのです。いつもは見に来ないでというのに、応援に来てねと言いました。 それなのに、走ったらやっぱりビリだったのです。こんなことならあんな提案せねば良かったと悔やむこと。 今は延岡の○○化成を部長で定年退職し、熊本に住んで関連企業の社長をやってます。運動会と言うと彼の顔を思い出します。
2005年10月02日
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有言実行(いつまで続くか?)今夜も歩いて来ました。夜道は暗いのでバス通りを歩くのですが、自転車とすれ違ったり、追い抜かれたりが非常に多いのです。30分の間に40台くらいですが、灯りの点いていたのは3台だけ、後は全部無灯火なのです。 前から来るのも近づかないと分からないし、後からのはいきなりすっと、ベルなどなしで、端の端を歩いているのだが、怖いこと。実は私は自転車も乗れないのです。自転車の夜間走行は無灯火でいいのですか?
2005年10月01日
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今日から10月、暦は秋なのに日中の暑さは真夏である。朝から人の出入りの忙しい日になった。 国勢調査表の回収と友達が『寒天』を取りに来たり、他の友達は、烏賊とアジを持って来てくれた。 新鮮なうちにと烏賊は胴の部分はお刺身に、足は塩焼き、アジは煮つけ、昼間、台所で料理は珍しいことである。 街中に『サル』が出没した話は新聞やテレビで知っていたが、なんと我が家の南側の道路を歩いていたそうである。 3軒先の敬ちゃんが見つけて110番したそうで、私が阿蘇の温泉に行った留守の日の出来事であったらしい。目を合わせてはいけないとか、歩いてて鉢合わせしたらどうすればいいのだろうか。遠くのことと思っていたらそうでなくて、困ったなと思う。 夜、歩くのだが、『サル』は夜は出てこないのかな。少し気になる。今年は我が家の庭のちこちに4・5本づつ彼岸花が咲いた。彼岸花を見たのは今年が初めてである。球根を貰って植えた記憶はあるのだが、なぜか花は咲かなかった。その理由が今日分かった。雑草のところには咲かないのだそうだ。下草を取ると赤い花を咲かせるというのである。 棚田のあぜの彼岸花は秋の風物詩だが、根に毒があるので、ミミズが寄り付かず、従ってモグラが来ない。彼岸花は棚田の守り神なのだそうだ。先人の知恵に敬服。もう彼岸花の季節は終わったが。
2005年10月01日
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