全17件 (17件中 1-17件目)
1
2026-3-31 奄美・沖縄行 7日目 名護市内観光→うるま市→海中道路→果報バンタ→那覇 (記録用)8:45~11:00 ガイドのKさんと、宿泊のホテルで、合流。市内観光・・・ひんぷんガジュマル、夫婦デイゴ、津嘉山酒造、市営市場など・・・ ガイドのちょうど終わった頃から、雨が降りだす・・・・沖縄自動車道(高速)で、うるま市へ。海中道路の「海の駅あやはし館」に着くころには、スコールのような、土砂降りに。 ここで、昼食。 2Fの「海の文化資料館」の見学や 「海中道路展望台」も。午後に、予定していた 勝連グスクのガイドのキャンセルを入れる。 14:15 果報バンタを散策。16:50~ ガストで、夕食。17:55 アパホテル那覇松山 今日の走行距離は、104 ㎞だった。 (参考)3/31-1:沖縄:名護の町をガイドさんと「まちまーい」https://plaza.rakuten.co.jp/otegami/diary/202604280000/ 3/31-2:沖縄・うるま市:雨の海中道路/果報(かふー)バンタhttps://plaza.rakuten.co.jp/otegami/diary/202605040000/
2026.03.31
コメント(0)
2026-3-30 奄美・沖縄行 6日目 嵐山展望台→今帰仁グスク→古宇利島→大宜見→辺戸岬→茅打バンタ→名護 (記録用)9:30~嵐山展望台10:00~ガイドのNさんと合流、今帰仁グスクを歩く。12:00古宇利島大橋と 古宇利オーシャンタワー・・・道の駅:おおぎみ やんばるの森ビジターセンターのレストランで、食事・ドームシアター15:30辺戸岬・・・ヤンバルクイナ展望台16:20 茅打バンタ(かやうちばんた)ガスト名護店で、夕食。19:20~、グリーンリッチホテル沖縄名護 に戻る。 今日の走行距離は、159 ㎞だった。 (参考)3/30-1:沖縄:世界遺産・今帰仁城(なきじんグスク)https://plaza.rakuten.co.jp/otegami/diary/202604240000/ 3/30-2:沖縄:古宇利島/辺戸岬(へどみさき)https://plaza.rakuten.co.jp/otegami/diary/202604270000/
2026.03.30
コメント(0)
2026-3-29 奄美・沖縄行 5日目 残波岬→琉球村→恩納村→万座毛→名護 (記録用)9:20ホテルを出発。10:30残波岬のⓅへ。残波岬灯台の99段の階段を上り、絶景を観る。周辺散策も・・・ 11:40 琉球村のⓅに。別行動で、琉球村を歩く。移築された建物などや、エイサーショーなども。13;40~ 恩納村博物館を見学。14:35~15:00 「おんなの駅」で、簡単な昼食。 15:20万座毛周辺活性化施設の第2Ⓟへ。万座毛を見学。17:00~ ガスト名護店で、夕食。18:05 グリーンリッチホテル沖縄名護 に、チェックイン。 今日の走行距離は、85 ㎞だった。 (参考)3/29-1:沖縄:残波(ざんぱ)岬/琉球村でエイサーhttps://plaza.rakuten.co.jp/otegami/diary/202604200000/ 3/29-2:恩納村博物館/万座毛https://plaza.rakuten.co.jp/otegami/diary/202604210000/
2026.03.29
コメント(0)
2026-3-28 奄美・沖縄行 4日目 赤木名→奄美空港→沖縄:那覇空港→『世界遺産 玉陵と「金城町石畳」めぐり』→那覇(泊) (記録用)9:05~ホテルを出発、満タン給油。9:15トヨレン奄美空港にで、レンタカーへ返却。きょうの奄美大島での4日目の走行距離は、6㎞だった。奄美空港で、チェックイン。―――――――――――――――――――――――- JAL JL3861便 (JALグループ、日本エアコミューター) 奄美空港 2026年3月28日(土) 11:15 発 与論島 2026年3月28日(土) 12:00 着与論で、いったん下りて、待機、また、同じ機に乗り込む。 - JAL JL3866便 (JALグループ、日本エアコミューター) 与論島 2026年3月28日(土) 12:30 発 沖縄/那覇空港 2026年3月28日(土) 13:10 着―――――――――――――――――――――――――13:30 トヨレン那覇空港店で、手続きと支払い。この日のレギュラーガソリン価格は、1リットル=206円だった。2週間ほど前から、ホルムズ海峡の封鎖による原油高騰の影響で、日本でも(世界でも)、ガソリンなどの急騰で、大変な騒ぎになっている。 15:25 玉陵の入り口で、(那覇まちまーい)のガイドのTさんと合流。街歩き・・・で、 『世界遺産 玉陵と「金城町石畳」めぐり』 ガスト那覇天久店で、夕食。18:50 アパホテル那覇松山 にチェックイン。 きょうの沖縄本島1日目の走行距離は、16㎞だった。 (参考)3/28-1:奄美→沖縄/沖縄・世界遺産・玉陵(たまうどぅん)https://plaza.rakuten.co.jp/otegami/diary/202604170000/ 3/28-2:沖縄:那覇まちまーい・金城町石畳https://plaza.rakuten.co.jp/otegami/diary/202604180000/
2026.03.28
コメント(0)
2026-3-27 奄美・沖縄行 3日目 名瀬→奄美博物館→西郷南洲流謫跡→笠利埼灯台→あやまる岬→赤木名(泊) (記録用)奄美博物館を見学。10:30~西郷南洲流謫跡を見学。ジョイフル奄美空港店で、昼食。笠利埼灯台を見学カトリック大笠利教会を見学。あやまる岬、第2展望台へ。あやまる岬観光案内所・みしょらんカフェで、お茶休憩。伝泊 赤木名ホテルに、チェックイン。 きょうの走行距離は、15kmだった。 (参考)3/27-1:奄美:博物館/西郷南洲流謫跡https://plaza.rakuten.co.jp/otegami/diary/202604110000/ 3/27-2:奄美:笠利埼灯台/カトリック大笠利教会/あやまる岬https://plaza.rakuten.co.jp/otegami/diary/202604130000/
2026.03.27
コメント(0)
2026-3-26 奄美・沖縄行 2日目 名瀬→黒潮の森→古仁屋→名瀬(泊) (記録用)道の駅、黒潮の森マングローブパークへ。マングローブ館を見学、事前レクチャーの後、10:00すぎ~カヌー体験。マングローブ展望台に上る。 古仁屋の「海の駅」の観光案内所で、情報収集。町立図書館・郷土館の「島尾敏雄文学資料コーナー」を見学。「海の駅」で「せとうちシマ案内人」のガイドのKさんと合流。街歩きガイドツアーで、戦跡巡り。手安弾薬本庫跡や 奄美大島要塞司令部跡など・・・16:45ごろ、奄美博物館に着いたが、閉館間際で、入れず。屋外の(奄美の古民家)のみ、見学。 ジョイフル(名瀬長浜店)で、夕食。連泊のホテルに、戻る。 きょうの走行距離は、102㎞だった。 (参考)3/26-1:奄美:マングローブの森をカヌーで行くhttps://plaza.rakuten.co.jp/otegami/diary/202604080000/ 3/26-2:奄美:作家・島尾敏夫と島の戦地跡巡りhttps://plaza.rakuten.co.jp/otegami/diary/202604090000/
2026.03.26
コメント(0)

2026-3-25 奄美・沖縄行 1日目 自宅→関空→奄美空港→奄美パーク→名瀬(泊) (記録用)9:10 出発。近鉄、JR関空紀州路快速で、関西空港駅へ。第2ターミナルで、ピーチ航空で、チェックイン(搭乗手続き)。 ボーデイングパスの発券、荷物計量、荷物預け、保安検査。12:40~14:10関西空港から、奄美空港まで、ピーチ205便。出発時は、小雨模様・・・着陸後、荷物受け取り、トヨレン奄美空港店で、レンタカーの手続き。14:50~17:00奄美パーク。奄美の郷や田中一村記念美術館を見学。曇り空の中、熱帯植物の生い茂る公園内を歩き、タワーに上った。田中一村記念美術館は、奄美の郷と並んで、パーク内の目玉。田中一村は、栃木県に生まれ、東京で育ち、千葉市で活動した、日本画家。50歳で奄美に移住して、奄美の自然、亜熱帯の植物や鳥などの花鳥画を描いた・・・名瀬市内、ジョイフル奄美長浜店で、夕食。ホテルサンデーズ奄美に、チェックイン。(参考)3/25:奄美・沖縄:奄美パーク:田中一村記念美術館https://plaza.rakuten.co.jp/otegami/diary/202604060000/
2026.03.25
コメント(0)
奄美・沖縄行(2026-3-25~4-1)予定 (記録用) 2026-3-24 はんぺん3/25(水) 9:00出発、近鉄・JR関空紀州路快速で、関空へ。12:40~14:10関西空港から、奄美空港まで、ピーチ205便。2026年3月25日 関西空港12:40発 - 奄美大島14:40着 MM205便 トヨレン奄美空港店で、レンタカーの手続き。奄美パークで奄美の郷や田中一村記念美術館。ホテルサンデーズ奄美。 3/26(木) 9:00道の駅、黒潮の森マングローブパークへ。マングローブ館、カヌー体験、マングローブ展望台。古仁屋の「海の駅」。 町立図書館・郷土館で「島尾敏雄文学資料コーナー」。「せとうちシマ案内人」のガイドさんと戦跡巡り。 奄美博物館。ホテルは連泊。 3/27(金) 西郷南洲流謫跡を見学。ジョイフル奄美空港店で、昼食。笠利埼灯台を見学。 カトリック大笠利教会を見学。あやまる岬で、第2展望台へ。あやまる岬観光案内所・みしょらんカフェ。 伝泊 赤木名ホテル。 3/28(土) 満タン給油。トヨレン奄美空港店で、レンタカー返却。奄美空港で、チェックイン。―――――――――――――――――――――――- JAL JL3861便 (JALグループ、日本エアコミューター) 奄美空港 2026年3月28日(土) 2026/03/28 11:15 発 与論島 2026年3月28日(土) 2026/03/28 12:00 着与論で、いったん下りて、待機、また、同じ機に乗り込む。 - JAL JL3866便 (JALグループ、日本エアコミューター) 与論島 2026年3月28日(土) 2026/03/28 12:30 発 沖縄/那覇空港 2026年3月28日(土) 2026/03/28 13:10 着―――――――――――――――――――――――――トヨレン那覇空港店で手続きと支払い。 15:00 玉陵(タマウドン)の入り口で、(那覇まちまーい)のガイドさんと待ち合わせ。 『世界遺産 玉陵と「金城町石畳」めぐり』アパホテル那覇松山 3/29(日) 残波岬灯台、 琉球村、恩納村博物館、万座毛周辺活性化施設。 グリーンリッチホテル沖縄名護 3/30(月) 嵐山展望台。今帰仁グスク交流センターで、今帰仁グスクガイドさんと合流。~古宇利島。古宇利大橋、古宇利オーシャンタワーへ。 道の駅:おおぎみ やんばるの森ビジターセンター、辺戸岬(へどみさき) 、ヤンバルクイナ展望台、茅打バンタ(かやうちばんた)。 グリーンリッチホテル沖縄名護(連泊) 3/31(火) 9:00名護市内ガイドさんと合流。市内観光。 沖縄自動車道・・・・うるま市の海中道路の「海の駅あやはし館」。2Fの「海の文化資料館」、「海中道路展望台。 果報バンタ散策。 アパホテル那覇松山 4/1(水) 満タン給油。トヨレン那覇空港店で、レンタカー返却。那覇空港で、チェックイン。2026年4月1日(水) 出発 11:20 沖縄 (那覇)~ 到着 13:15 大阪 (関西)クラス:普通席 便名:JTA4 機材:73H関西空港から、スーツケース2ヶを自宅宛ての宅配便で、発送。・・・帰宅。
2026.03.24
コメント(0)

奄美・沖縄行(2026-3-25~4-1)最終に近づく、我々の内外ケチケチ旅行・・・ 2026-3-24 はんぺん 世の中、まさに激動!の現代だが、暗そうな未来を、とりあえず見て見ぬ振りで、今回の旅行を計画。・・・もう若くはない・・・どころか、カウントダウンの始まった後期高齢者の我々・・・そろそろ終わりに近づいている。 昨年の中部(岐阜など)行の後、しばらく間をおいて、年末から計画を立て始めた・・・そう、12月の運転免許の更新が果たせたことで・・・・・・ 奄美大島は、僕は、初めてだ。全体としては・・・若者の島で、ダイビングやシュノーケリングなどのマリンスポーツで、シーズンは賑わうようだ。高齢者にとっては、ちょっとヒケテしまうところ・・・長い間、封をしていた昔の資料を 先日、開けてみた。55年前の1971年、21歳の僕は、2度、沖縄に出かけている。最初は、3/7~3/18の沖縄旅行、2度目は、8/22~9/15の沖縄・台湾旅行だ。 今回予定している名護~辺戸岬は、大学4回生の時(1971年3月)に(本土復帰前の話だが)、ユースホステル利用で、バスで、訪れている・・・が、ほとんど記憶が無い。(沖縄の本土復帰は、1972年5月15日) 1ドル360円の時代で、復帰前なので、日本の施政権が及ばず、パスポートの替わりに、内閣府発行の身分証明書を持っていった・・・門限の無い!沖縄のYHだったので、同宿のホステラーたちと連れだって、夜遅くに、バーのようなところに潜り込んで、米兵たちに混じって、ジョニ黒、ホワイトホースなどのスコッチウイスキーを飲んだり、みだらなストリップショーを観たり、踊りのまねごとをしてみたり・・・そういう記憶は、少しある・・・ 国際通りには、米軍からの質流れ品の店が、ゴロゴロあって、軍服やヘルメット、軍靴、Tシャツなどなどが、わんさか あふれかえっていた!!! 質流れ品では無くて、帰国する米兵たちが、支給された軍装を 換金するために処分したのではなかったかと思う・・・55年以上前の話だが・・・3/7~3/18の沖縄旅行のために、申請して、取得したモノ。沖縄の祖国復帰は、翌年の1972年5月15日・・・・2度目の沖縄・台湾旅行の時に、ちょうど8月に就航したばかりの新造船「黒潮丸」に乗船することができた。(学割使用)この大阪:弁天ふ頭からの、関西汽船の「黒潮丸」は、寄り道無しで沖縄に直行した。古い資料が、出てきた・・・55年前の資料だ。1971年8月「黒潮丸」就航・・・8/22~9/15の沖縄・台湾行に、間に合った・・・ 従来の「沖ノ島丸」で神戸-那覇間(鹿児島経由とか、奄美大島経由などで)46時間を要したが、黒潮丸」は、当時国内最高の航海速力23ノットを持ち、31時間と大幅な短縮を実現した(ウイキペディアから) 台湾からの帰路は、沖縄から、鹿児島港に。国鉄利用で、帰阪している。 この頃の僕の旅は、そこに自分が行く事にのみ価値があったので・・・写真を撮ることも無く(日記もサボっていたから、記録が無い)自由気ままに、動き回る(旅)だった・・・ 今回、レンタカーを2回(奄美大島と沖縄本島)借りる事になる。1回の旅行で、レンタカーを2回借りるのは、初めての事だ。長い間には、いろんな事がある。 ・・・・5月後半に、打ち止めの最後の旅行を予定している・・・1月から、奄美・沖縄行と並行して、準備してきて・・・2月後半には、ほぼ80%の準備を終えている。はんぺんの最後の旅行という事だ・・・ラストランになる。有終の美を飾りたい・・・大袈裟か? その後は、じっくり人生総括を続けるつもりだ・・・(人生一生勉強)だから・・・終わりはない・・・終わりは、自分が消え去る時だ!!
2026.03.24
コメント(0)
(帰国事業)東京高裁判決の重み・・・改めてリベラルたちの猛省を!自己批判の上、再出発を期せよ!! 2026-3-20 はんぺん これほど(罪深い)事が有るだろうか? 確かめもせず、在日朝鮮人たちやその家族を(地獄)に送り込んでしまったリベラルたちの犯罪の事だ! その中でも、日本共産党と日本社会党が、もっとも(帰国運動に熱心)だった!! (確かめもせず)と書いたが、実際は(社会主義)(共産主義)の(洗脳)のドツボに嵌ってしまったので、おそらく(無条件に)北朝鮮の言う事(=地上の楽園)はすべて正しい・・)と判断してしまったのだろう。 こんなものは(科学的)でも、何でも無い・・・(社会主義は「善」、資本主義は「悪」)という(洗脳)の恐ろしさ・・・の事を考える・・・ あの「日本人拉致問題」・・・北朝鮮の独裁者を信じた日本のリベラルたち・・・「北朝鮮が拉致など、するハズが無い」(土井たか子)・・・・ 北朝鮮を友好訪問した多くのリベラルたち・・・社会主義協会や社青同なども、(社会主義は「善」と信じて)初めに結論ありき!!の訪問団に、堕していった!!!!! 彼らが、自己批判したという話は、聞かない・・・きちんと(総括)したという話は、皆無だった・・・なんという事だろう・・・・ 社会主義協会や社青同、後の新社会党にも、僕の友人・知人もいたが、まともに、議論することを避ける雰囲気ばかりの彼らには、本当に失望した。 総じて、新社会党、社民党(旧日本社会党)などだけではなく、日本共産党、MDS、アサートに集う人たちの(先進性?)に疑問符が突きつけられてきたのに、真摯に総括できなかったのは、なぜか?? (MDSとは、民主主義的社会主義運動という、極小の社会主義政党の事) 「人生の大半を奪われたといっても過言ではない」(本文)・・・この東京高裁判決の重みは、大きい・・・なぜ、リベラルたちが、拉致被害者の救援活動に、寄り添えなかったのか?? 僕は、今でも、憤りを感じている!! 「事業で海を渡った日本人妻は約1800人いると推定されている。「残された時間はもうわずか。一日でも早く里帰りができるようにしてほしい」(本文) なにが、リベラルなのか? 今も、問われ続けているのだ!! 皆さんは、どう思われるか? はんぺん――――――――――――――――――――――――――――「地上の楽園は、この世の地獄だった」北朝鮮に渡った日本人妻の慟哭、3年で帰国のはずが40年にわたる苦しみ… 金総書記に8800万円の賠償命令、異例判決が認定した「帰還事業」の実態 2026-3-20 47NEWSインタビューに応じる斎藤博子さん=1月16日、大阪府 「被告北朝鮮の代表者は原告らに8800万円支払え」。今年1月、北朝鮮トップの金正恩朝鮮労働党総書記に高額な賠償金の支払いを命じる衝撃的な判決が東京地裁で言い渡された。裁判を起こしたのは、戦後に進められた帰還事業で「地上の楽園」ともてはやされた北朝鮮に渡り、「この世の地獄」を見た脱北者たち。 その中には、家族のために海を渡った日本人もいた。「もし北朝鮮に行っていなかったら、どんな人生だったかな」。今年85歳になる斎藤博子さんは、その壮絶な半生を振り返った。(共同通信=助川尭史) 北朝鮮への帰還事業の参加者を乗せ新潟港から出航する船(写真) ▽行きたくなかった「地上の楽園」 1941年、福井県で日本人の父、母の間に生まれた。17歳で眼鏡職人の在日朝鮮人の夫と結婚。ほどなく娘が生まれた。ちょうどその頃、自宅に在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)の職員が訪れ、しきりに北朝鮮へ渡るよう勧めるようになった。「病院も学校もお金はかからない。何も心配はいらない」。全く知らない異国の地への渡航をしきりに勧める職員をいぶかしんだが、同居していた夫の家族は日に日に「地上の楽園」への憧れを募らせていった。 「もし日本に残るなら孫娘は自分たちが連れて帰る。あなたにはやらない」。しゅうとめに言い放たれ、まだ1歳だった娘のために、夫の家族と北朝鮮に渡ることを決めた。「日本人は3年たてば帰ってこられる」との職員の言葉も後押しになった。 1961年、新潟の港から出発した船が北朝鮮の港に近づくと、灰色の町が徐々に見えてきた。げっそりとした迎えの人々の顔は黒く汚れ、ぼろぼろのシャツを着た子供はパンツもはいていなかった。だまされた―。帰還者たちは抵抗する間もなく、バスに押し込められた。車内で配られた菓子は、おがくずのような味がした。 共に北朝鮮に渡った夫と長女(写真) ▽水道のないアパートで輝いて見えたネオン 割り当てられた住居は古いアパートの一室だった。水道はなく、朝起きたら川で水をバケツでくんで4階まで運び、使った水を1階に下ろすのが日課になった。電気は頻繁に止まった。真っ暗な部屋からは、国境を流れる川向こうの中国のネオンが遠く光っていた。 配給はごくわずかで、日本から持ってきた衣類や日用品は全て売って食料に替えた。共に渡航した夫の両親はまもなく亡くなり、義姉は過酷な生活を苦に自死した。 アパートには同じ境遇の日本人妻もいたが、日本語での会話は禁じられた。「顔を合わせれば愚痴ばかり。悪い言葉ばかり先に覚えちゃった」。現地では、さらに5人の子供に恵まれた。だが、夫の給料は8人家族を支えるには到底足りない。生活の足しにするために山でワラビやタンポポを取り、ドングリを湯がいて作った酒を闇市で売った。 「あの人のことは今でも嫌いやわ」。自分の人生を大きく変えた夫のことを話す時、斎藤さんは決まって顔を曇らせた。手元に残る当時の写真には、2人で写った写真は1枚もない。けんかばかりだったという結婚生活。ただ最近、夫は口には出さなかったが妻子を巻き込んだことを後悔していたのではと思うようになった。「夫は体も強くなかったし、日本にいてもうまくいかなかったかもしれない。私にしか当たる先がなかったのかなと思うと、お互い苦労してたんやろうなって」 ▽「なぜ北朝鮮に来たの?」答えられなかった問い 1993年、夫は結核でこの世を去った。時を同じくして大規模な飢饉が北朝鮮を襲い、配給は一切途絶えた。極限状態の中で多くの市民が生活のよりどころにしたのは、操業できなくなった工場の機械を壊して、中にある銅線を中国に売りさばくことだった。全ては生きるため。子どもたちと何度も街に繰り出し、密売に手を染めた。 ある日のこと、移動中の列車で銅線を持っていたことが警察官に見つかり、車掌室に連行された。しばらくすると赤ん坊を背負った若い女性が入ってきた。女性はひどく憔悴した様子で泣くばかりで、赤ん坊は身じろぎもしない。終点駅について警察官が「子供を下ろせ」と命令した。机の上に横たえられた赤ん坊を見て、思わず息をのんだ。肌着は真っ赤に染まり、縦に裂かれた腹部には銅線がぎっしり詰まっていた。女性は、餓死したわが子の遺体を使ってでも生き延びようとしていたのだった。「この国では、ここまでしないと生きていけないのか…」。その場は解放されたが、絶望的な気持ちにのみ込まれて、ただ体が震えた。 脱北後に長男と次男から送られてきた手紙を読む斎藤博子さん=1/16、大阪府 その後も、明日をも知れない生活は続いた。三女は嫁ぎ先で餓死し、長女と次女は銅線盗の罪で刑務所に送られた。「お母さんは、なぜ北朝鮮に来たの?」。捕まる直前、30代になっていた長女の問いが斎藤さんは今でも忘れられない。「この子を連れて行くと決めたのは私。何も言えませんでした」。その後、人づてに長女は獄中で亡くなったと聞いた。次女の行方は今も分からない。 ▽「日本に行ってみないか」利用された望郷の思い それからまた数年がたった頃、日本からの帰還者を探しているという中国人ブローカーに声をかけられた。「日本に行ってみないか。金を稼いで仕送りすれば家族を楽にできる」。40年間、一度も帰れなかった日本の土を踏める。望郷の思いは日に日に募り、ついに脱北を決意した。 2001年、古タイヤを浮輪代わりに国境の川を越え、中国へと渡った。落ち合った別のブローカーは日本への渡航について、ある「交換条件」を持ち出してきた。「自分の妻をあなたの娘として連れて行ってほしい」。断ることはできなかった。その年の8月、斎藤さんは60歳で帰国を果たした。 日本に帰ってきて真っ先に向かったのは、福井の実家だった。病院にいた母の手を取り「ごめんね。もうちょっと早く来たかった」と告げると、じっと顔を見てぽろぽろと涙をこぼし、頭を振った。それが最後のやりとりとなった。妹たちからは財産の相続放棄を迫られ、了承すると音信不通になった。 その後は支援者の元に身を寄せた。食費を節約するため3食カップラーメンで過ごしながらパートで稼ぎ、時折手紙をよこす北朝鮮に残る子供たちへの仕送り資金をためる日々。だが長男は病気で亡くなり、次男は消息を絶った。 一方、「娘」として来日したブローカーの妻は、親類と偽って中国から仲間を呼び寄せ、風俗店を開いて荒稼ぎを始めた。「いつかばれる」。良心の呵責に耐えかね、警察に自首。ブローカーや仲間と共に逮捕され、2009年に大阪地裁で入管難民法違反ほう助の罪で執行猶予付きの有罪判決を受けた。「利用されていることは分かっていた。だけど、子供のことを考えたらこうするしかなかった」 脱北者ら4人が北朝鮮政府に損害賠償を求めた訴訟の差し戻し審判決で勝訴し、写真に納まる原告ら=1月26日午後、東京地裁 待ち望んだ日本での生活を経ても、苦しみが報われることはなかった。 ▽北朝鮮に事業の責任を、立ちはだかった「壁」 「北朝鮮政府に裁判を起こす」。そう聞いた時は半信半疑だった。それまでも事業への参加を勧誘した朝鮮総連に対する訴訟は何度かあったが、裁判所はいずれも事業終了から20年以上が経過し、民法上の時効が成立すると判断していた。 「渡航させただけでなく、出国を許さず現地に留め置いたことまでを一連の不法行為ととらえれば、損害の終了時点は脱北した時になる。主体的に計画、実行した『北朝鮮政府』を訴えることで時の壁が越えられる」。訴訟を担当した福田健治弁護士は、北朝鮮を被告とした理由をそう語る。 2018年8月、斎藤さんたち5人の脱北者は1人当たり1億円の損害賠償を北朝鮮に求め、東京地裁に提訴した。 外国の政府そのものを訴える前例のない裁判では、そもそも日本の裁判所に裁く権利があるかどうかからが争われた。2022年3月の地裁判決は、日本政府が国家として承認していない北朝鮮は、外国の裁判権に服さない「主権免除」が適用されないと判断したものの、出国制限については日本の裁判所の管轄外と判断し、賠償を認めなかった。 斎藤さんたちは判決を不服として控訴。その約1年半後に言い渡された2023年10月の東京高裁判決が訴訟の流れを大きく変える。判決は事業への勧誘から出国制限までを「継続的な不法行為」と捉えた上で、もう一度地裁で審理を尽くすべきと結論付けたのだ。 上級審の東京高裁の判断を、差し戻し審の地裁は覆すことはできない。事実上、焦点は帰還事業で受けた損害を裁判所がどのように賠償額として認定するかに絞られた。 ▽「人生の大半奪われた」異例の判決のその後 今年1月26日。東京地裁の差し戻し審判決は、慰謝料として原告1人当たり2200万円、計8800万円の賠償を北朝鮮に命じた。神野泰一裁判長は北朝鮮に渡ることになった経緯や、現地での過酷な生活状況を個別に認定。一般的な水準より非常に高額な慰謝料額を認定した。 「人生の大半を奪われたといっても過言ではない」。法廷で判決文の要旨が読み上げられると、斎藤さんは原告席でそっと涙をぬぐった。傍らには提訴後に亡くなり、訴えを取り下げざるを得なかった原告の女性の遺影があった。 2月10日、北朝鮮政府は控訴せず判決は確定した。弁護団は賠償命令に実効性を持たせるべく、財産を差し押さえる方法を模索している。 斎藤さんは、脱北に成功した四女や孫たちとともに大阪府で静かに暮らしている。気がかりなのは、現地で出会った日本人妻たちのことだ。事業で海を渡った日本人妻は約1800人いると推定されている。「残された時間はもうわずか。一日でも早く里帰りができるようにしてほしい」。今回の判決がその糸口になることを、今はただ、願うばかりだ。
2026.03.20
コメント(0)
元「ジャングルポケット」斉藤慎二(41)被告の初公判 いつも後回しにされる(性欲のコントロール)の問題・・・重大さを、誰も分かっていないのは、なぜ?? 2026-3-13 はんぺん 性欲のコントロールの難しさ・・・は、男性(そしておそらく女性も)が、動物である限り、ついて回る・・・その困難さは、誰にでも思い当たるのではないか?? 僕の青春時代は、妄想時代でも、あったのだが・・・ それをコントロールできなければ、周囲に多大な迷惑がかかる・・・というか、(迷惑)では、済まないのが、(性)の問題だ。 人間の社会性と言うのは、そういう事だろう。相手の人生に重大な傷を与えてしまう・・・場合によっては、相手の人生を破壊してしまう事も、シバシバだ。 (性)の問題は、それだけ、センサぶるな側面がある。(示談)で、済む話では無いのだ。 今回、この男(斉藤慎二という人物は、僕は、ほとんど知らないし興味もない)が、相手側に(示談)を申し込んだとか・・・しかし、(お金で解決できる)ことと、出来ない事がある!! 一般的に、売れっ子の芸能人は、舞い上がって?いるのか? 何でも、お金で解決できると思い込んでいる様子だが、相手の立場を想像できない、未発達の子どものようなところがるようだ。 中居正広も、松本人志も 早く幕引きをして芸能界の復帰を目論んで、みんな(示談)で、済まそうとした。稼ぎまくってきた彼らには、(お金)は、腐るほどあるのだろうけれど、それで、この人間社会を乗り切っていくのは、無理がある・・・と言う事だろう。 皆さんは、どう思われるか? はんぺん-----------------------------------------元「ジャングルポケット」斉藤慎二(41)被告の初公判で発覚した中居正広氏の問題との共通点「仕事への不利益」 2026-3-13 東スポWeb 初公判を終えて東京地裁を出る元ジャンポケ・斉藤慎二被告 ロケバス内で20代女性に性的暴行をしたとして不同意性交等罪などに問われた元ジャングルポケットの斉藤慎二被告(43)の初公判が13日、東京地裁(伊藤ゆう子裁判長)で開かれた。検察側、弁護側双方の主張で明らかになったポイントは主に3点だ。 1点目は、斉藤被告が起訴内容を否認して無罪を主張しつつ、20代女性側に示談を申し入れていることだ。示談は一般的に当事者間で示談金の調整を伴う。 2点目は、20代女性がインフルエンサーとしても活動している会社員だったことだ。これまでは「20代女性」とされていた。 3点目は、行為の「同意」の有無と「影響力」の行使だ。検察側、弁護側は行為があったことは争わない。行為に同意があったかどうかについて検察側は「ナシ」、弁護側は「アリ」との立場で真っ向からぶつかる。 検察側は、斉藤被告が芸能界で活躍していたことに触れ、女性は行為を断れば被告の影響力からインフルエンサーとしての活動に不利益が出ると懸念し、追い込まれたと主張した。弁護側はこれに反論。斉藤被告は女性が自身に好意があると誤信したとした。 男性タレントの影響力を巡る女性トラブルでは、元タレントの中居正広氏と元フジテレビアナウンサーの問題が挙げられる。 フジの第三者委員会は昨年3月公表の調査報告書で、元フジアナは、中居氏がフジ番組の出演者でかつ、有名タレントであり、食事の誘いを断れば仕事に不利益が出ると考えて断り切れなかった――と認定した。 検察側の冒頭陳述や起訴内容などによると、斉藤被告は2024年7月30日、東京・新宿区に駐車されたロケバス内で20代女性から拒絶されたにもかかわらず胸を触るなど複数回、わいせつ行為をしたとしている。斉藤被告はバラエティー番組の収録で当地を訪問。女性とは初対面だった。 ――――――――――――――――――――――――元「ジャングルポケット」斉藤慎二(41)“女グセの悪さ”は昔から…手を出した女性アイドルは二股ショックで芸能界引退 2024年10月8日 東スポWEB 元お笑いトリオ「ジャングルポケット」斉藤慎二(41)がロケバスで20代女性に性的暴行をしたとして7日、不同意性交などの疑いで警視庁に書類送検され、所属の吉本興業に契約解除された。 斉藤はかねて女グセの悪さが指摘され、過去には男性タレントがプロデュースした女性アイドルに手を出していたという。 斉藤は7月、東京・新宿区に停車していたロケバス内で女性に性的暴行したとされる。捜査関係者によると、斉藤は「軽率な行為で相手や自分の家族に迷惑をかけ、反省しています」と容疑を認め、女性は「許すことは絶対にできません」と話しているという。 吉本は声明を発表し、女性や関係者に謝罪した上で「本日、斉藤とも協議の上、マネジメント契約を解除いたしました」と報告した。 妻でタレントの瀬戸サオリ(36)はこの日、インスタグラムで関係者に謝罪した。ただ、「相手の方からも行為がありSNSをフォローしたり連絡先を交換していたことは事実」と主張。警察には「一方的な行為ではなかったことを伝えている」と訴えている。 斉藤をめぐっては吉本が9月20日、「先月来、入院するなど体調不良が続いておりました」「本人より、当面の活動を休止したい旨の申入れがありました」と発表し、活動休止中だった。 女グセの悪さは枚挙にいとまがない。 「斉藤さんは女性と連絡をとる際は必ず後輩の芸人を間に立ててやり取りすると聞いています。それだけ注意して遊ぶのですが、なぜか何度も奥さんにバレているんです。そのたびに強く叱責されて『大変なことになった』と漏らしています」(劇場関係者) さらに結婚前には、男性タレントがプロデュースした20代女性アイドルAさんに手を出していたという。 斉藤はある女性と交際中、Aさんとも深い仲になった。Aさんは真剣だったが、斉藤が当該女性と親密にしている現場に遭遇し、精神的ショックを受けてしまう。そして後に芸能界を引退。胸元まであったロングヘアをバッサリと切ってボブヘアに変えて気持ちを切り替え、一般職に転じた。 7月に起きた事件後の経緯も浮かび上がってきた。 斉藤はバレるのを恐れるあまり体調を崩し、持病の肺炎が悪化。8月5日以降、仕事のキャンセルが相次ぐようになった。吉本関係者は「精神的にナーバスになる場面が見られたそう」と話していた。 9月下旬までに吉本側も事態を把握した。吉本幹部は「事実であれば許されない。クビです」と怒りをにじませていた。無理もない。斉藤は昨年8~9月に2度、不倫疑惑を報じられたからだ。 吉本は所属芸人にコンプライアンス順守を求めている。前出関係者は「ロケバスはタレント共有の移動手段。そこで性的行為に及ぶのは言語道断です」と憤慨する。 ジャンポケは太田博久(40)、おたけ(41)のコンビで活動継続するが、馬主の顔を持ち、持ちギャグ「ハ~イ!」で知られた斉藤は芸能界引退の危機にある。
2026.03.13
コメント(0)
世界は、見ているぞ!!! 全体主義国家:ロシアの蛮行、隠し通すことは不可能だ! 2026-3-13 はんぺん 全体主義による蛮行については、いつも(なぜ?)が、ついて回る・・・特に、社会主義・共産主義の全体主義統治下では、あまりにも、むごすぎる現実が、繰り返されてきた歴史的事実だ・・・なぜだろう?? ソ連のスターリンの粛清、シベリヤ抑留、中国共産党によるモンゴル・チベット・ウイグル族などの民族抹殺、北朝鮮の金一家の独裁政治下の強制収容所や公開処刑・・・・陰惨な事実が、これでもか!とばかりに繰り返されてきたのだ。 いくら鈍感な人間でも、これは、何かおかしいぞ!!となるのではないか?なぜ、今でも(社会主義)に洗脳されたグループが、頑固に(思想)にこだわって(現実)を認めようとしないのだろうか??? ・・・・僕は、不思議で仕方が無いのだ・・・・新社会党、社民党、MDS,アサートに巣くう、社会主義に幻想を持ち続けてきた、僕のかっての、多くの友人・知人たちの事だが・・・・ (人生総括)を拒否?して、居直っているとしたら、それこそ彼ら自身の悲劇ではないか? と思うのだが・・・・彼らの(過ち)の事について、今も思う事は多い。 「ウクライナに関する独立国際調査委員会 モーセ委員長 「犯罪の規模と範囲を踏まえ、委員会はロシア当局が子どもたちを国外追放し、強制的に移送した行為は人道に対する罪に当たると結論付けた」 (本文) 「委員会は、これらの行為は「戦争犯罪」と「人道に対する罪」に該当すると指摘し、国家レベルで策定された政策に基づいて組織的に実行されたとの見解を示しました。」(本文) 新社会党、社民党、MDS、アサートに巣くう、僕の昔の友人・知人たちは、この現実を読んで、どう思うのだろうか? 見て見ぬ振り‽それとも、これは(大うそだ!)と、居直るのだろうか?? (MDSとは、民主主義的社会主義運動という、極小の社会主義政党の事) あなたたちは、この日本で、どのような(社会主義社会)を作ろうというのか?? 僕は、知りたい!!! 皆さんは、どう思われるか? はんぺん ――――――――――――――――――――――――ロシアがウクライナから子供1200人超を強制移送、今も8割戻れず…国連人権理事会が報告「戦争犯罪に該当」 2026-3-13 読売新聞オンライン 【ジュネーブ=船越翔】国連人権理事会の国際調査委員会は12日、ウクライナを侵略するロシアが、ウクライナの子供たち1200人以上をロシア国内などに強制移送したとする報告書を公表した。 調査委は、子供たちの所在を隠す「強制失踪」も行われたと結論づけ、ロシアの一連の行為が「戦争犯罪に該当する」と指摘している。 報告書によると、調査委は、ロシアがウクライナの占領地域などから強制移送した子供たちにロシア国籍を与え、ロシア国内の一般家庭や施設に長期的に預けたことを確認。ウクライナにいる親には安否や所在などを伝えず、現在も8割がウクライナに戻れない状況が続いている。 調査委のエリック・モーセ委員長は、多くの家族が長期間にわたる離別に苦しみ続けているとした上で、「子供たちが家族から強制的に引き離されることは決してあってはならない」とロシアを強く非難した。 一方、ロシアは子供たちの移送について、「ウクライナ政府による安全保障上の脅威から避難させるためだ」とし、強制移送にはあたらないと主張しているという。 ――――――――――――――――――――――――国連、ロシアによるウクライナの子ども“強制移送”は「人道に対する罪」などと指摘 2026-3-13 東日本放送グループ 国連は、ロシアがウクライナから子どもたちを強制的に移送した行為は「戦争犯罪」と「人道に対する罪」にあたると指摘しました。 国連 ウクライナに関する独立国際調査委員会 モーセ委員長 「犯罪の規模と範囲を踏まえ、委員会はロシア当局が子どもたちを国外追放し、強制的に移送した行為は人道に対する罪に当たると結論付けた」 国連のウクライナに関する独立国際調査委員会は12日、ウクライナ侵攻を巡りロシアがウクライナの5つの州から少なくとも1205人の子どもたちを、自国や占領地域へ強制移送したと発表しました。 委員会は、これらの行為は「戦争犯罪」と「人道に対する罪」に該当すると指摘し、国家レベルで策定された政策に基づいて組織的に実行されたとの見解を示しました。 ロシアは移送したウクライナの子どもたちをロシアの一般家庭や施設に預ける一方で、親や保護者らには所在地を知らせず、帰還した子どもはおよそ2割にとどまっているということです。 ロシア側は「強制移送ではなく、戦火からの避難だ」と主張していますが、ウクライナの国連大使は「連れ去られた子どもたちは、ロシア社会に同化させるための思想教育を受けさせられている」と指摘し、所在に関する情報開示と、すぐに帰還させるよう求めています。
2026.03.13
コメント(0)
理不尽な事が、あまりにも多すぎる全体主義の北朝鮮!!またまた日本のリベラルたちは、見て見ぬ振りか? こんな国家を(あなたたちは)目指すのか??? 2026-3-12 はんぺん 国際試合で、他国の選手と記念写真・・・これが、独裁政権の逆鱗に触れることになった!! 「非社会主義文化に触れること」は、「汚染にさらされる行為」(本文)というわけだ。記念写真を撮るなどは、もってのほか!! と。帰国すると、すぐ「できるだけ早いうちに思想を『洗浄』する」(本文)という。 (選手の)「出国から帰国までの全ての過程を調査して分析・評価するものだ。選手たちが五輪期間に党の方針や教養事業に反する問題行動を取った場合には、処罰される可能性もある。」(本文)という。「北朝鮮の選手たちは今回の五輪に出場する前、韓国の選手をはじめとする外国の選手たちと接触しないよう指示されていたという。これに違反したことが確認されれば処罰の対象になるとみられる。」(本文)そう「主役となった選手たちは北朝鮮で処罰の危機に直面している。」(本文) なんという前時代的国家なのか?スポーツは、この独裁国家にとっては、(交流)の場ではなく、(戦争)の場だということだろう。その相手国との友好、協調は許されないようだ。こんな(社会主義=全体主義国家)を 日本のリベラルたちは、目指しているのか? 僕は、聞きたい!! そう、(新しい社会主義=綱領)を目指す新社会党、 (民主主義的社会主義)という社会主義を目指すMDS、その他、社民党、アサートの皆さんは、これをどう見るのか??聞いてみたい!!!いつまでも日本国民をだませないぞ! 日本人は、しっかり見ているぞ!!皆さんは、どう思われるか? はんぺん ――――――――――――――――――――――――韓国代表と笑顔で自撮りした卓球混合ダブルス銀の北朝鮮ペア、平壌で思想検閲受ける(パリ五輪) 2024-8-23 チョソン・ドットコム/朝鮮日報日本語版(朝鮮日報は、韓国の大手メディアです) パリ五輪で韓国の選手たちと表彰台で一緒に写真を撮った北朝鮮の選手たちが現在、平壌で思想検閲を受けていることが分かった。一部の選手については処罰される可能性も出ている。北朝鮮専門メディア「デイリーNK」が21日、報じた。 【写真】韓国代表と笑顔で自撮り パリ五輪卓球混合ダブルス銀の北朝鮮ペア 同メディアは平壌の高官筋の話として、五輪に参加した北朝鮮オリンピック委員会代表団と選手団が今月15日に帰国した後、平壌で思想総和を受けていると報じた。総和とは、北朝鮮の住民が自分の所属する党や機関、勤労団体などで各自の業務や公・私生活を反省し、互いに批判する集会のことだ。 報道によると、国際大会に出場した北朝鮮の選手たちは、3段階の総和を受けるという。今回五輪に参加した選手たちも中央党、体育省、選手団内部での総和と3段階にわたる思想総和を受けることになるとみられる。 北朝鮮がこのような思想総和を行う理由は、北朝鮮では海外への滞在そのものを「非社会主義文化に触れること」、いわゆる「汚染にさらされる行為」と見なしているからだ。消息筋は「選手たちが帰国する瞬間から総和が始まる」として「できるだけ早いうちに思想を『洗浄』するのだ」と説明した。 現在平壌で行われている総和は中央党による総和で、党中央委員会の宣伝扇動部傘下の体育担当部署が主管している。 これは、出国から帰国までの全ての過程を調査して分析・評価するものだ。選手たちが五輪期間に党の方針や教養事業に反する問題行動を取った場合には、処罰される可能性もある。 北朝鮮の選手たちは今回の五輪に出場する前、韓国の選手をはじめとする外国の選手たちと接触しないよう指示されていたという。これに違反したことが確認されれば処罰の対象になるとみられる。 今回の五輪では、メダルを獲得して表彰台に立った選手たちがサムスン電子のスマートフォン「Galaxy Z Flip6 オリンピックエディション」で「ビクトリーセルフィー(自撮り)」を撮影した。そのため北朝鮮の選手たちも韓国や中国の選手たちと一緒にセルフィーを撮影し、その様子が注目を集めたが、これに対する否定的な評価内容が盛り込まれた報告書が党に提出されたと伝えられている。 問題になったのは卓球混合ダブルスで銀メダルを獲得したリ・ジョンシク、キム・グムヨンの両選手だ。2人は銅メダルを獲得した韓国の林鍾勲(イム・ジョンフン)・申裕斌(シン・ユビン)組、金メダルを獲得した中国の王楚欽・孫穎莎組と共に表彰台の上でセルフィーを撮影した。このシーンは主要な海外メディアが五輪の10大ニュースに選ぶなど、五輪の感動的な瞬間の一つに挙げられているが、主役となった選手たちは北朝鮮で処罰の危機に直面している。 消息筋によれば、両選手に関する報告書には「当局が第1敵国と規定した韓国の選手たちがすぐ隣にいるのに『ニヤニヤ』と笑みを浮かべる様子を見せた」という内容が盛り込まれたという。 キム・グムヨン選手の場合、セルフィーを撮影する際に笑っていたように見え、リ・ジョンシク選手は表彰台から降りた後、他国の選手たちを長時間にわたって見詰めながら笑顔を見せたとの指摘が出たという。 デイリーNKは「実際に北朝鮮当局が両選手に処罰を下すか、もしくは警告や自己反省など比較的軽い批判で事案を終結させるかは見守る必要がある」と報じた。 このほかにも選手たちは、内閣体育省の総和で今回の五輪の成績に対する評価を受ける。選手たちは成績次第で表彰を受ける場合もあれば処罰を受けることもある。過去には国際大会で成績が期待以下だった選手が1-2カ月の無給労働という処罰を受けたこともあった。 最後に、選手たちによる相互批判と自己批判が行われる。消息筋は「他国の選手との接触があった場合、本人自ら自己批判で強く過ちを反省すれば、政治・行政的な処罰を免れる可能性もある」と説明した。 キム・ジャア記者 チョソン・ドットコム/朝鮮日報日本語版
2026.03.12
コメント(0)
注目!韓国左派政権の蛮行・・・朝鮮半島統一(=北による併呑?)の布石か? 金正恩を喜ばせる暴挙を連発!! 2026-3-8 はんぺん韓国左派政権の正体が、見えてきた・・・人民を人権無視の独裁で統治してきた、世襲金一家のことだが・・・内には、洗脳と公開銃殺、外には、核ミサイル開発と威嚇・挑発の(やりたい放題)を、世界は、見ていることぢ化できなかった・・・ 韓国政府が、これまで、調査してきた独裁国家の人権弾圧の報告書の作成を止めるという!! どれだけ、金正恩が喜ぶだろうか!!! 「韓国政府は2016年に北朝鮮人権法を制定後、18年から北朝鮮の人権実態を記録するための報告書を発行し、23年から一般公開したが、昨年は非公開どころか報告書自体を作成しないことを決めた。」(本文) 日本のリベラルたちと同じ・・・独裁者が狂喜するような蛮行ばかりをやって、自由と平和、民主主義と人権が、ますます切りちじめられていく・・・ あなたたちは、何のために(運動?)をやっているのか???? 皆さんは、どう思われるか? はんぺん――――――――――――――――――――――――――――米議会機関報告書「韓国政府が拉致被害者対応チーム解体、北朝鮮人権報告書発行中止」 2026-3-10 朝鮮日報日本語版(朝鮮日報は、韓国の大手メディアです) 米議会傘下の独立機関である国際宗教自由委員会(USCIRF)は、4日に公開した年次報告書で北朝鮮を世界で最も宗教の自由が侵害されている国の一つとして名指しし、米国務省に「特別懸念国(CPC)」への再指定を勧告した。 北朝鮮の刑務所と労働収容所には8万人から12万人の受刑者がいるが、その中にはかなりの数のキリスト教徒が含まれており、北朝鮮が10年以上にわたり韓国籍の宣教師であるキム・ジョンウク、チェ・チュンギル、キム・グッキ氏を拘束している点にも触れた。 同委は米政府が北朝鮮に対するピンポイント制裁や多国間制裁を適切に実行し、国務省内で北朝鮮人権特使のポジションを常時設け、北朝鮮国内の「宗教の自由」を促すことを最優先課題とするよう勧告した。 1998年に国際宗教自由法が制定されたことに伴い、米議会傘下の独立機関として設立された同委は、全世界の宗教の自由を監視し、侵害国を特別懸念国に指定するよう国務省に勧告する超党派の諮問機関だ。 北朝鮮、中国、ロシアなど主要な宗教弾圧国に関する年次報告書を発行し、政策を提言している。報告書は、北朝鮮国内の組織的な宗教活動が完全に消失した状態にあると評価し、国家保衛省の防諜部門が宗教活動を「反国家犯罪」と位置付けて取り締まりを強化していると指摘した。特に2021年に青少年教育保障法が施行されて以降、国境地域や青少年層を中心に弾圧が深刻化しているという。 報告書は北朝鮮の支配イデオロギーである「金日成・金正日主義」が宗教を「金氏政権に対する実存的脅威」と見なしているとし、「プロテスタントのキリスト教徒は帝国主義勢力の協力者であり、民族と革命の敵と見なされる」とした。 聖書を所持したり宣教師と接触したりするだけでも、拷問、強制労働、投獄、処刑などの厳しい罰を受ける可能性があるとされる。 それでも北朝鮮国内の「地下キリスト教徒」の数は「最大40万人に達した」との見方を示した。報告書によれば、中国当局は先端監視技術を使い、脱北者支援ネットワークを追跡し、北朝鮮に送還された脱北者が中国国内で宗教団体と接触していた事実を北朝鮮当局に報告していることが判明した。 今回の報告書は、韓国で李在明(イ・ジェミョン)政権発足以降、北朝鮮に対する融和路線の中で統一部が拉致被害者対応チームを解体し、北朝鮮の人権に関する年次報告書の発行を中止したことに言及。「北朝鮮に対する人権支援に与える影響を巡り、市民社会団体の懸念を生んだ」と指摘した。 韓国政府は2016年に北朝鮮人権法を制定後、18年から北朝鮮の人権実態を記録するための報告書を発行し、23年から一般公開したが、昨年は非公開どころか報告書自体を作成しないことを決めた。 また、統一部長官の直轄だった「拉致被害者対策チーム」の機能を社会文化労働局内の離散家族拉致課に統合し、事実上解体した。 鄭東泳(チョン・ドンヨン)統一部長官は、北朝鮮からの脱出者を指す用語を従来の「脱北民」から「北郷民(北朝鮮を故郷とする人を指す)」に変更する意向を示しており、国際社会や対北朝鮮人権団体から批判を受けている。 報告書は米政府に対し、北朝鮮の特別懸念国再指定に加え、財務省による制裁課税、国務省内での北朝鮮人権特使職の維持・増員、脱北者の強制送還停止を求める対中外交圧力などを求めた。 また、議会には22年に失効した北朝鮮人権法の再承認立法を推進するよう勧告した。これに先立ち、ルビオ国務長官は昨年4月の韓米日外相会議で北朝鮮の人権侵害に共同で対処することに合意し、議会には北朝鮮人権法の再承認法案が提出され、現在審議中となっている。 朝鮮日報/朝鮮日報日本語版、ワシントン=金隠仲(キム・ウンジュン)特派員―――――――――――――――――――――――――――――ウイキペディアから・・・国際宗教自由法(英語: The International Religious Freedom Act of 1998 ; IRFA)は、1998年に成立したアメリカ合衆国の法律である[1]。
2026.03.08
コメント(0)
独裁者による蛮行に苦しむ北朝鮮の人民大衆・・・非難糾弾しない日本のリベラルたち・・・我々は、歪んだ社会に住んでいる!!! 2026-3-6 はんぺんこんな非道な統治が、3世代にわたって、延々と続いている。これが、独裁国家の真実だ。甘い汁をすい続けている世襲体制下の金一家(金日成―金正日―金正恩)だ。 どういうわけか? 日本の新社会党・社民党・MDS・アサートなどのリベラル(?)は、見て見ぬ振りで、スルーしてきた・・・これに僕は、大きな違和感を感じ続けてきた。 あなたたちは、本当にリベラル??? と思わず聞きたいのだ。(人権)をもっとも重視するのが、本来のリベラル派・・・それと、日本のリベラル派とは、似て非なるもののようだ!! 彼らが、日本国内で、(人権)を口にする事そのものが、僕には、信じられない。(言動の不一致?)(二枚舌?)(ダブルスタンダード?)・・・なんとでも言えるのだが・・・もっとも相応しい言葉は・・・「破廉恥!」だろう。 皆さんは、どう思われるか? はんぺん――――――――――――――――――――――――「娘ジュエのための政治ショー」の陰で次々と倒れた北朝鮮の労働者たち…呼吸困難でも治療さえなく 2026年2月28日 デイリーNKジャパン 北朝鮮が朝鮮労働党第9回大会を前に、平壌・和盛(ファソン)地区で進めてきた「4段階1万世帯住宅」建設の完工を国家的成果として大々的に宣伝する一方、その裏で過酷な工事環境により、多数の建設労働者が体調を崩し、倒れる事態が相次いでいたことが分かった。複数のデイリーNK内部情報筋が明らかにした。 北朝鮮当局は、党大会の日程に合わせる形で、極寒の冬季にも工事を中断せず続行。外壁を薄膜と防水シートで覆い、内部を加温しながら左官や塗装、タイル貼りを強行した結果、暖房用燃焼ガスや化学物質が室内に滞留し、深刻な酸欠状態が発生したという。 現場では換気がほぼ不可能な状態で作業が続けられ、労働者の間ではめまいや呼吸困難を訴える例が多発。それでも建設指揮部は工程の遅れを恐れ、十分な対策を取らず、作業続行を命じたとされる。 情報筋は「ガスと刺激臭で息が詰まり、頭がくらくらして、1日に何人も倒れた。倒れた作業員は外に運び出され、地面に寝かされるか、宿舎で少し休まされるだけだった」と証言。「症状が重くても、医療処置はほとんどなく、キムチ汁に調味料を溶かして飲ませる程度だった」と語る。 こうした労働環境は、北朝鮮の建設現場では常態化している。納期最優先の工事体制の下、十分な休息や安全管理は後回しにされ、労働者の健康や人権が軽視される構造が繰り返されてきた。 工事は金正恩(キム・ジョンウン)国務委員長と娘ジュエ氏が出席し、故金正日総書記の誕生日にあたる今月16日に盛大な完工式が行われた。しかし、実情を知る住民の間では「建設労働者の犠牲の上に成り立つ政治ショー」との冷ややかな声が広がる。 さらに、完工式のわずか2日後には、隣接する5段階工区の着工式が実施され、住民の疲弊感はいっそう強まった。情報筋は「一度の工事で体を壊すほどなのに、何年も続けて建設が繰り返される現実に、皆がうんざりしている」と語っている。
2026.03.06
コメント(0)
まもなく消え去る僕には、地獄だけが見えている・・・ 進歩と調和? 妄想と洗脳と地獄!! 2026-3-5 はんぺん アメリカのトランプの言動が、世界を振り回している・・・独裁者とは、このようなモノだ。 誰も、止める者はいない・・・側近は、忖度に長けるイエスマンばかり。北朝鮮の金正恩も、中国の習近平も、ロシアのプーチンも、同じだ。この4人が、世界をかきまわしている。 この混沌とした世界の現状は??・・・もう間もなく消え去る僕たちの後に、残された世界は、どうなるのだろうか??傍観することしかできない僕たちは・・・・???!!!! 「習近平は文化大革命を否定していない。むしろ「困難のなかで前進した10年」と再評価している。彼にとって文革の本質である「絶え間ない敵の摘発と粛清」――不断の自己革命――は、権力を維持するための現在進行形の統治手段なのだ。彼が掲げる「中国の夢」とは、文革的な大衆動員とナショナリズムの完成形にほかならない。」(本文) ・・・・毛沢東に憧れてきた習近平・・・「絶え間ない敵の摘発と粛清」――不断の自己革命」・・・これを見て、すぐに思い出したのが、あの全共闘やトロツキストたちの「永続革命」だ。革命の勝利などを(考えもせず)永遠の彼方に追いやり・・・・今、戦い続ける事のみが、最重要事だという敗北主義たちのことだが・・・・角材と投石で「革命」を叫び、主導権争いに明け暮れる彼らの(犯罪行為)の事を!! 皆さんは、どう思われるか? はんぺん ――――――――――――――――――――――――――――習近平の"毛沢東化"が止まらない…中国最後の"ブレーキ役"粛清で、これから起きる「対台湾」3つのシナリオ 2026-3-5 プレジデントオンライン中国国防省は1月、張又侠と劉振立の軍幹部ふたりが「重大な規律・法律違反の疑い」で調査されていることを発表した。静岡大学教授の楊海英さんは「張又侠という最後のブレーキを失ったことで、中国は歴史的な転換点に到達した」という――。(聞き手・構成=伊田欣司) ■そして軍幹部7人体制は、たった2人に 2026年2月11日付のロイター通信の記事「習近平、最近の軍粛清に言及」は、世界の中国ウォッチャーに静かな波紋を投げかけた。習近平国家主席が軍関連の会合で最近の軍内動向に言及し、軍の一部に「深刻な腐敗」が存在し、戦争準備や任務遂行能力に影響を及ぼしたと語ったと報じたからだ。習主席はさらに、腐敗との闘いを通して中国軍が「革命的改造」を経験したと述べたと伝えている。 習主席がいう「深刻な腐敗」と「革命的改造」は、中国国防省が1月に発表した中央軍事委員会(CMC)副主席の張(ちょう)又侠(ゆうきょう)、聯合参謀部参謀長の劉(りゅう)振立(しんりつ)の軍幹部ふたりが「重大な規律・法律違反の疑い」で調査されているという発表だ。 中央軍事委員会(CMC)は元来7人で構成されていた。ところが2023年以降、国防大臣の李(り)尚福(しょうふく)副主席の何(か)衛東(えいとう)、政治工作部トップの苗(びょう)華(か)が相次いで失脚。今年1月に張又侠と劉振立が調査対象となり、残ったのは習近平と軍の反腐敗を担当する張(ちょう)昇民(しょうみん)だけだ。CMC7人中の5人が失脚という異例の事態を迎えている。 張又侠たちへの調査内容について、具体的な説明はない。従来の反腐敗案件と同様の形式をとっていた。 ■つかみきれない不可解な「異変」 ところが後日、軍機関紙「解放軍報」は社説で、両氏が「中央軍事委員会主席責任制を深刻に踏みにじった」と厳しく非難した。主席責任制とは、軍の最終決定権が習主席に集中する制度。金銭的不正や規律違反ではなく、軍の指揮権構造そのものを損なったと位置づけたことになる。 2月に入って習主席自身が「軍の腐敗が戦備や任務遂行能力に影響した」と述べたことで、幹部たちの個別案件から軍全体の体質や戦力に関わる問題へと引き上げられた格好だ。情報が乏しいだけに疑問は尽きない。 実際、1月20日前後には不可解な「異変」が伝えられた。北京首都空港や上海、成都で大規模な欠航・遅延が発生し、海外のSNSでは「北京で軍同士の銃撃戦があった」「首都が封鎖された」「クーデター未遂だ」などの情報が飛び交った。香港の消息筋からは「明らかに政変だ」とも伝えられた。 ■CIAの「協力者募集」動画が意味すること 武力衝突や空港封鎖を裏づける証拠がない一方で、「クーデター」との表現が説得力をもつのは、張又侠らが軍関連の会合を欠席した数日後に調査対象となって公の場から姿を消し、軍機関紙が「主席責任制を踏みにじった」と異例の断罪を示したからである。 軍の混乱に追い打ちをかけるように、米中央情報局(CIA)が2月12日、中国語で“協力者募集”の動画を公開した。SNSで拡散された動画は、ターゲットを「幻滅した中堅の中国軍将校」と明示し、秘匿性の高い通信手段や匿名での連絡方法まで具体的に示している(参考:「米CIA、中国軍当局者に協力呼びかける動画を公開 軍幹部粛清に乗じ」CNN 2026.02.13)。 CIAの動画は、実際にスパイを獲得する以上に、中国軍内の疑心暗鬼を煽る「認知戦」の意味合いが強いとの見方がある。電撃的な粛清で指揮系統に空白が生じ、「次は自分の番ではないか」という恐怖が広がっているとの観測だ。中国外交部が「国家転覆行為だ」と抗議したこと自体、当局の危機感を物語っている。 ■毛沢東の再来か 2月16日、米ニューヨーク・タイムズ紙は「習近平の軍粛清は絶対忠誠の追求」と題して、習近平が推進する『自己革命』を毛沢東時代の整風運動になぞらえる長文記事を掲載した。整風運動とは、1942年から中国共産党が革命根拠地の延安を中心に展開した思想教育運動で、党員の思想を正すことが目的としながらも、実質的には反対派粛清運動であった。同紙は、毛沢東が延安整風で政敵を排除した手法と重ね合わせて、習近平の軍幹部追放劇を分析している。 最近の習近平に“毛沢東の再来”を見るのはニューヨーク・タイムズ紙だけではない。中国ウォッチャーの間でも、歴史的既視感を指摘する声が広がっている。もちろん、筆者も第一報に触れたとき、半世紀前の事件が頭に浮かんだ。 今回の軍粛清はたしかに“習近平の毛沢東化”を連想させる。鍵となるのは、張又侠という人物と習近平との関係である。 ■「盟友」が切り捨てられた意味は重い 張又侠は中央軍事委員会(CMC)副主席、つまり習近平に次ぐ軍のナンバー2だった。彼のプロフィールでよく語られるのは、習近平とは同じ紅二代(中国共産党革命に貢献した高級幹部の子女)の盟友という点だ。 ふたりの絆は、父親の世代にさかのぼる。太平洋戦争の終結後、中国では共産党と国民党が覇権を争う内戦が続き、習近平の父・習(しゅう)仲勲(ちゅうくん)と、張又侠の父・張(ちょう)宗遜(そうそん)は、毛沢東率いる共産党軍の「西北野戦軍」に所属する戦友だった。習仲勲が政治委員、張宗遜が副司令官としてペアを組み、西北戦線の部隊を率いていた。 当時の軍閥的な人脈は「西北幇」と呼ばれ、1949年の建国後も強固な絆として残った。だから、習近平と3歳年上の張又侠も同じ紅二代の盟友と見なされてきた。 張又侠は、優秀な軍人としても知られる。1984年の中越国境紛争では、ベトナムとの国境にある老山で、前線部隊を率いて主峰をわずか7分で制圧して名を馳せた(老山戦役)。実戦を知らない幹部が多いなかで、張又侠の経歴は際立っていた。 だからこそ、習近平と同じ特権階級の生まれで優秀な軍人の張又侠が「主席責任制を踏みにじった」と断じられた意味は重い。習が最も信頼した「血統の盟友」が、単なる規律違反ではなく、習近平の軍統制そのものへの挑戦と見なされたのだから衝撃的だった。 ■もはや、誰も安全ではない 公式に「重大な規律・法律違反」とされた背景には、台湾侵攻の期限をめぐる政治的な亀裂があったとの見方もある。 習近平は自分の任期が終わる2027年までに「台湾侵攻能力を整える」との政治目標を掲げた。毛沢東と鄧小平もなしえなかった台湾併合を成功させ、この歴史的成果を背景に“永久皇帝”として任期延長を宣言する構想を描いている可能性もある。 一方、張は慎重論を主張していた。実戦を知る幹部として、中国軍の実力を冷静に直視し、「2035年が現実的だ」と進言していたという。米国防総省関係者の間でも、張は習に現実的な判断を促せる「理性ある声(voice of reason)」と評されてきた。 革命元勲の子弟(紅二代)には「最後の一線では争わない」という暗黙の了解がある。竹馬の友を調査対象にした今回の処分は、掟破りの出来事だった。軍エリート層に「もはや誰も安全ではない」という無言のメッセージを発したに等しい。 ■歴史的既視感の正体――ナンバー2の失墜 1971年9月13日夜。モンゴル人民共和国ウンドルハン近郊で、中国軍の三叉戟(トライデント)型旅客機が墜落し、炎上した。搭乗していたのは林(りん)彪(ぴょう)――中華人民共和国の元帥であり、党規約に毛沢東の後継者と明記された人物だった。 林彪は毛沢東にとって、国共内戦における長征(1934〜35年)以来の仲であり、文化大革命期には「唯一無二の親密な戦友」として全中国に喧伝された存在である。その林彪がソ連への逃亡を図る途中で墜落死した。毛沢東による粛清を恐れての逃亡だったとされている。 なぜ毛沢東は、自ら選んだ後継者を追い詰めたのか。林彪は卓越した軍事指揮官であると同時に、慎重な現実主義者でもあった。朝鮮戦争開戦時には参戦に慎重な立場をとり、1969年の中ソ国境紛争でもソ連との全面戦争へと進むことを懸念していたと伝えられる。戦争を熟知する立場から、毛沢東の無謀な軍事行動を抑える「ブレーキ役」だった。 しかし彼の適切なアドバイスは毛の逆鱗に触れた。失脚後、林彪と彼の一派と見なされた人たちは「ソ連のスパイ」「反革命集団」として断罪された。路線上の対立が、国家への裏切りという大罪へと格上げされたのである。独裁者が盟友を排除する際の常套手段といえよう。 2026年の張又侠失脚は、林彪事件と重なる点が少なくない。 張又侠は習近平にとって、父親世代からの絆で結ばれた竹馬の友であり、老山戦役の英雄として軍内部で一定の威信を保ってきた。しかし彼もまた、習が掲げる「2027年台湾侵攻」という政治目標に対し、「2035年が現実的だ」とより長期的視点からの慎重論を示したとの見方がある。実戦経験に基づく現実的評価が、習には「ブレーキ」と映った可能性は高い。 ■「規律違反」を「国家への裏切り」に格上げ 張又侠が「アメリカに核情報を漏らした」との疑惑をかけられた点も見逃せない。ウォール・ストリート・ジャーナル紙の北京在住記者である魏(ウェイ)玲玲(リンリン)が1月24日に報じたものだ。 ただし魏記者は以前、トランプ大統領が高市首相に圧力をかけたと事実無根の記事を流した前歴があり、彼女の報道には疑問符がつく。 厳重に監視されている北京で、外国紙の記者が単独でこれほどの機密情報を入手するのは容易ではない。中国当局が意図的にリークし、張を「国家への裏切り者」に仕立て上げたのではないかと疑いもわく。実際、中国政府の公式発表には「核情報」への言及は一切ない。 罪状が個人的な規律違反から国家への裏切りへと格上げされる構図は、林彪事件と同じである。 林彪事件は、中国の歴史を大きく変えた。ナンバー2の失墜により、国民は文化大革命の狂気を自覚した。毛沢東自身もこの頃から精神的・肉体的に衰えだし、1976年に死去する。毛沢東の死によって文化大革命も終わった。林彪事件は、文革終焉のはじまりだった。 今回の張又侠失脚が、林彪事件の再来だとすれば、これから何が起こるのか。 ■習近平は衰えるのか、それとも暴走するのか 林彪事件は、毛沢東体制の神話に亀裂を入れた。党規約に明記された後継者が失脚し、国外逃亡の末に墜落死した事実は、中国政府の「毛沢東絶対無謬」という前提を揺るがした。国民は文革の狂気から目覚め、文革終焉への流れを決定づける転換点となった。 一方、習近平は同じ道をたどりそうもない。むしろ権力への執着は増している。習近平はプーチンとの会談で「150歳まで生きたい」と語ったと伝えられている。 毛沢東の時代と決定的に違うのは、ハイテク監視社会の存在だ。AI顔認証、SNS監視、社会信用システムは国民を縛りつけ、不満の表出を物理的に封じ込めている。 盟友を失った習近平は、誰も信じられない孤独な独裁者となった。幼なじみさえも排除した事実から、軍エリート層に恐怖が広がっているとCIAが見たのも無理はない。中国軍の体制強化を進めたことで、むしろ内側から脆さが増大しているのだ。 ■台湾をめぐる3つのシナリオ 張又侠失脚後、台湾をめぐって専門家の間では3つのシナリオが想定されている。 第一に、侵攻に向けた純化。ブレーキ役を排除したことで、政治的に完全に従順な指導部が完成し、台湾侵攻への政治的ハードルが下がった。 第二に、軍の機能不全。指揮系統の相次ぐ粛清により、短期的(12〜24カ月)には複雑な統合作戦能力が著しく低下する可能性がある。 第三に、誤算リスクの増大。専門的・現実的な進言をする「理性ある声」が消え、習近平がプロパガンダ的な楽観報告だけを信じることで、判断ミスや偶発的な衝突が起きるリスクが高まっている。台湾国防部は今回の一連の動きを「異常な変化」として警戒を強めている。 習近平は文化大革命を否定していない。むしろ「困難のなかで前進した10年」と再評価している。彼にとって文革の本質である「絶え間ない敵の摘発と粛清」――不断の自己革命――は、権力を維持するための現在進行形の統治手段なのだ。彼が掲げる「中国の夢」とは、文革的な大衆動員とナショナリズムの完成形にほかならない。 張又侠という最後のブレーキを失ったことで、中国は歴史的な転換点に到達した。世界は今、習近平の「毛沢東化」を注視している。 ----------―――――――――――――――――――――楊 海英(よう・かいえい) 静岡大学教授/文化人類学者1964年、南モンゴル(中国・内モンゴル自治区)出身。北京第二外国語学院大学日本語学科卒業。1989年に来日。 国立民族学博物館、総合研究大学院大学で文学博士。2000年に帰化し、2006年から現職。司馬遼太郎賞や正論新風賞などを受賞。著書に『逆転の大中国史』『独裁の中国現代史』など。
2026.03.05
コメント(0)
変われない社民党・・・若い芽が摘み取られて、何が残るのか? 2026-3-2 はんぺんこの(罪)は、万死に値すると思うが、所詮、消えゆく泡のごとき彼らに、関心を持つ有権者は、少ないだろう。 この前身の日本社会党に属し、25年近く兵隊として、下支えをしてきた因縁がある僕だから・・・消え去る瞬間には、一応、注目している。 福島瑞穂の「社民が護憲の先頭に立って頑張らないといけない」という出馬会見・・・懲りない人なんだなあ・・・としか思えない。 ウクライナ侵略戦争から、何も学べなかった彼女が、またまた社民党のトップの座を若手に譲らないというのだから・・・(この党には、1ミリも未来はない)と断言できる。 皆さんは、どう思われるか? はんぺん――――――――――――――――――――――――社民党首選、福島氏が出馬表明 2026年2月26日 時事通信 政治部 社民党の福島瑞穂党首は26日の記者会見で、党首選(3月4日告示、21、22日投票、23日開票)への出馬を表明した。高市早苗首相が憲法改正に意欲を示していることを挙げ、「社民が護憲の先頭に立って頑張らないといけない」と主張。長引く党勢低迷に歯止めをかけると強調した。 ――――――――――――――――――――――――――社民党の大椿副党首が辞任届 候補者擁立を巡る対立背景か 党首選の出馬を検討 2026-3-2 時事通信 社民党の大椿裕子前参院議員は2日までに、副党首の辞任届を執行部に提出したとX(旧ツイッター)で明らかにした。 党関係者によると、先の衆院選での候補者擁立を巡る福島瑞穂党首との対立が背景にあり、大椿氏は4日告示の党首選への出馬を検討しているという。 社民執行部は衆院選で、同党を離党して沖縄2区に中道改革連合から出馬した前職に対抗馬を擁立。大椿氏は、沖縄県連内の反対論を踏まえ「県民が望んでいることに向き合うべきだ」と公の場で執行部を批判し、執行部から謝罪と撤回を求められていた。
2026.03.02
コメント(0)
全17件 (17件中 1-17件目)
1