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☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆ご案内☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆インスパイア大澤がインスパイアされた熱い方の楽天日記はこちらから ↓http://plaza.rakuten.co.jp/ayumifujisawa/ ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆ご案内☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆『 放っておけば、いい縁ほど日にちに比例して薄くなり、逆に悪い縁ほど放っておくとどんどん強くなります。悪い人との縁は、切ろう切ろうと思っていても強くなりますが、いい縁ほど放っておけば薄くなりますから、これをつなごうという意思を持たなければなりません。』『 ところが、近年、非常に誤った考え方が出てきて、人間は知識や技能だけ身につければ、一生を安泰に暮らせるというふうになりました。頭にどんどん知識だけ詰め込み、技能的なことだけ覚えると、人間的な感情、感性が薄れてきて、人間の縁というのができにくくなってきたわけです。やはり、自分の手足を使って人との縁をつかむことが大事だと思います。』『 そこで、皆さん方に、どんな小さなことでもものを感じる鋭い感性を持っていただきたいと思います。その感性は、ただ頭の勉強だけでは養えません。今日のような寒い日の朝、風が吹く中でほうきを持って掃除をしてみると、寒いなとか手が冷たいなとか、そのあとの一杯の熱いお茶がどれだけうれしいとか、そういうことを次々と感じとっていけます。』(凡事徹底 鍵山秀三郎著より引用)少し引用が長くなりましたが、鍵山氏は、もう言うまでもない方ですよね。40年も掃除をやり続けるという凡事を積み重ねられた、イエローハット(ローヤル)の創業者です。昨日久しぶりに読んでまた感動しました。そして最近コミットメントしたことをあらためて再認識した次第です。鍵山氏の場合は、「掃除をやる」ということを通じて自分自身の内側の掃除をしたのですが、私の場合は、実は「ハガキ道」なんです。全く違うことをやっているようで同じことではないか、と私は思うのです。それは結局自分との対話ですね。氏も著書の中で言われてますが、人から見られて「いいことやってるなー」と言われるために掃除をやるわけではないのです。ハガキ道も人から返事をもらわなくてもいいのです。ただひたむきに自分との対話を通じて、自分自身を見つめ、自分のいたらなさを知り、純粋な自らを再確認するためにやるだけです。最近、私のこの日記をきっかけにハガキ道を始められたある方も仰られてました。「なにか内側から沸き上がるエネルギーのようなものを感じる」と。掃除も似てますよね。あの大掃除をした後の清々しさ。でも鍵山氏は、大掃除ではなく、少しずつ毎日続けれられたんですね。時には人から変人扱いされながら・・・。「あの人は金にもならんことやって何してるんだー」と。私なぞは、ハガキ道をほんの最近、昨年からスタートしたところですが、鍵山氏のように何十年も続けるときっとその積み重ねは「何か」を生みだすに違いないでしょう。素敵な、そして大きな力を・・・。今日もありがとうございます。この日記を読んでいただいたあなたにとって素敵な一日になりますように・・・・・・。
2004.04.30
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子どもとそのお父さんとの対話です。■クローズド父「なんだ、この成績は恥ずかしくないのか」子「うん」父「恥ずかしいと思うなら、もっとがんばらないとダメじゃないか!」子「うん」父「うん、ではわからん。やる気があるのか?」子「ある」父「じゃ、次はちゃんとがんばるんだな!」子「はい」■オープン父「この成績は、自分の力の何%ぐらい使ったんだろう?」子「60%かな」父「そう、60%か。じゃ、いくつの力が残っているの?」子「40%」父「40%か。それを出し切ったらどうなると思う?」子「成績が上がると思う」父「そうか、成績が上がるか。上がるとどんな気持ちだろう?」子「すごくうれしい」父「すごくうれしいか。お父さんもうれしいなあ。じゃ、やってみようか!」(子どもを伸ばす5つの法則 小山英樹著から引用)上記は、我が子のコーチになろう、ということでパパ・ママコーチングという切り口で書かれた本です。著者は京都市綾部のご出身で、私や半農半Xの塩見さんとも同年代ということで、先回塩見さんとお会いしたときに話題に上った方でもあります。 ↓(私にいつも素晴らしい気づきを与えてくれる、半農半Xの塩見さんのページはコチラ)http://plaza.rakuten.co.jp/simpleandmission/早速注文して届いたので、いまチラチラ見てたら思わず引き込まれる内容です。私は、他のコーチング関係の本を見ててもあまり引き込まれることはなかったのですが、いや、これは相当深い本です。事例も非常に具体的ですし、感性の部分も深く言及してますので、別にお子さんをお持ちでない方にもおすすめです。前置きはさておき、先の会話を見ていただくと一目瞭然ですよね。クローズドなコミュニケションではイエス・ノーの答えしかできません。でもオープンな質問を行うと「気持ちの切り替え」に繋がっているのがおわかりいただけますよね。でも、こうやって二つ並べるとよく違いがわかります。クローズドは有無を言わせず一方的な押し込み基調、オープンはコーナーに追い込んでボコボコにしないで逃げ道、言い訳を言わせながら、気づきを与え、本人に「本人が気持ちがいい」行動を選ばせる、ことができます。もちろん教科書通りにはなかなか行かない、とは思いますが、非常に大切な視点だと思いませんか?今日もご来訪いただき、ありがとうございます。
2004.04.27
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『 数値で示されると、それが科学的であるかのような錯覚を持ってしまうのではないでしょうか。確かに、ある特定の環境条件を設定すれば、意味のある数値になってくるかもしれませんが、実際の生活は複雑な環境条件のもとで営まれています。そのような環境のもとで健康に暮らすためには、食べることだけでなく、生きていくために必要な多くの事柄に対して、もっと動物としての勘を働かせることができなければならないでしょう。』(伝統食の復権 島田彰夫著より引用)この本かなりおすすめです。なぜかというと、大学教授がタブーを破ってかなり大胆にかなり詳細に書かれており、なんと私がビックリするくらい私と同様の主張が細かく書かれていたのです。笑しかも学者らしく図や表など駆使して説明してあります。先月偶然本屋さんで見つけた本ですが、いま日本人にとって必要なことが書いてあると思います。ちなみに、上記引用部分は、厚生省が出している「日本人の栄養所要量」が気温や季節の違い、そして同じ日本でも北海道と沖縄では条件が違いすぎるのにそのあたりが考慮されてない、という指摘からのお話です。そして時には、アンバランスな食事も摂って、というおすすめは、つまり普段の正しい食生活を前提として、たまには楽しく羽目をはずしてもいいんじゃない!という感覚で述べられているあたりも似ています。笑お子さんを持つ、おかあさんには特にお勧めしておきましょう。今日もありがとうございます。
2004.04.25
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言葉はご存じの方が多いですよね?簡潔に言いますと、病気の症状の改善をめざして対処されるあらゆる治療法(薬、手術、心理療法、インチキ療法含む)で、実は無効なものであるが、対象の症状には特異的な効果を持たないもののことを言います。もっとわかりやすく言いますと、心理的な安心感により、プラシーボをきっかけとする自然治癒作用のことを言うんです。つまり、例えばお医者さまがこの薬を飲むと免疫力が上がって、風邪が早く良くなるんですよー、と小麦粉で作った薬(笑)を患者さんに出したら、なんだかいつもより早く風邪が良くなった~、って患者さんが報告してくる、ってやつですね。実際には小麦粉飲んだだけですよ。笑これは実際にやっておられる方のお話によると、30%もの効果があるそうです。10人に3人は、心理的な安心感だけで病気の症状が和らぐんですね。要するにこれは、病気に対処するには心理的な安心感が大切であり、いわゆる身体の治癒力と心の治癒力が同時に働けば不調が良くなる確率がグッと増える、ってことですね。心理的な要素も非常にたいせつなのです。これは例えば玄米菜食など、食生活を一所懸命良くしても、あんまり厳格にやりすぎて、そのルールから外れたときに不安になるという完璧主義者がしばしば陥っている反面でもあります。食生活をよくして身体の治癒力だけ上げようとしても、心の部分にも着目して「安心感」「満足感」を感じるようにしないと、30%かそれ以上の結果の差がでる可能性があるということです。ある方から実際の治療現場のお話として伺って、あらためて「やっぱりね!」、と得心した次第です。今日もご訪問くださりありがとうございます。
2004.04.23
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この1年半ほどの間に、本当にビックリするほどの数の方とお逢いしてきました。でも名刺交換などは、そのときの雰囲気といいますか、直観でやりますので、私の場合は、そこら中の人とやるということはありません。いわゆるホントに直観としか言いようのない、独自の嗅覚(笑)で名刺上の御挨拶をします。それでも、ご縁をいただいて少しお付き合いが深くなっていく方もおられれば、全くそのときの御挨拶だけで終わる人も結構おられるんですね。昨日はたくさんの名刺を見ながら、そのご縁の「妙」に感動したり、なるほどと思ったり、そしてやっぱり行き着くところはご縁をいただいた方への感謝の気持ちでした。「結局自分ひとりではなにもできないんだなぁー」ということをあらためて実感した瞬間でもありました。ところで、最近は、物理学者など科学的思考をする方の記述にも結構見られますが、ユングが言うように、人間の意識というのは無意識下では全部繋がっているのでしょうね。いわゆる集合無意識と呼ばれているやつです。そしてその無意識の究極は宇宙全体の意識(宇宙全体を生かしているエネルギーのようなもの)とも繋がっているんだそうです。この世の中には、ホントにいろいろな個性があり、「私」というものを他人や他の存在と区別して生きてますが、もし無意識化で繋がっているのであれば、表面意識上でもたくさんの人が協力して、助け合って生きたほうが、世の中は楽しくなりそうです。私が最近お手伝いをスタートしたハガキ道もその流れを創りだすことが出来る大きな力を持ってます。驚いたことに、ページでハガキ道を御紹介してすぐに4名もの方からお問い合わせがあり、それぞれスタートをされたようです。この流れはひょっとすると、無意識下で既にご縁が深いことが分かっている方が、集っておられるのではないかな、と思ったりもしてます。でも、私自身は一つ一つの出来事に「一喜一憂せず、淡々と!」ということを最近は大切にしてますので、あくまでも流れの中で楽しいご縁が深まればいいな、という感じです。ですから、そこには計算とか、損得、コントロールというようなキーワードはなぜか全く当てはまらないんです。話はそれますが、来夢さんの「人生を成功に導く星の教え」に出ていたと思うんですが、私の生まれは冬生まれ。(これは生まれ月の季節とはまた異なります。)あんまりかっちりと細かい目標設定をしなくても、ご縁とご縁の流れが自然と結果を生み出してくれるタイプだそうです。もちろん、目標設定は大切ですが、よく言われているような、目標を明確にして!というのが出来る人はいいのですが、うまく出来ない人は無理に目標設定をするよりも、一つ一つの出逢い、ご縁を大切にしていくのもいいかもしれませんね。今日もご訪問いただき、ありがとうございます。
2004.04.20
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このところの私の日記は、あまり健康に関するトピックをあまり書いていないように思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、それは実はとんでもない間違いなのです。これは分かる方には分かるし、分からない方には分からないでしょう!笑でもそう言い切って終わりではあまりに不親切ですので、少しだけ。健康の本質を探求していくとだんだん症状とか結果には目が向かなくなってくるのです。そのことが起こっている大元はどこなのか?というのが、いちばん大きなテーマなんですね。ですから健康ネタで一番多いトピックで、例えばビタミンB6が○○とか、亜鉛のサプリメントが身体にいいとか、膝の痛みには○○○○、のようなお話は、知識としては頭に入っているのですが、これら(健康食品などなど)は、大きくバランスを崩して難病と闘っている人が一旦崩してしまったバランスをもう一度崩すのに、一時的に活用するべきものだと私は考えてます。だから普通の人はそんなものは飲まないのが自然だと思ってますので、あまりコメントをしなくなった次第です。もちろん活用の仕方次第では健康食品も素晴らしい結果を得られる場合もありますが、腰の痛みや、膝の痛みまでどのサプリメントがいい?のようななんでもかんでもそれに頼るのは???ということですね。膝や腰の痛みは、もちろん栄養の影響もありえますが、根本的には「身体の使い方」に問題があるのであって、まずはそちらを変えていく方が絶対に早いです。と書き出したら、テーマの危機回避能力から大きくずれてしまいました。苦笑ということで、もっと健康の本質に近いお話をしますね。実はここ半年ほどの間に田舎のお子さんと接する機会が何回かありました。子どもたちは土の上や家の中まで走り回り、私たち大人(都会の)と鬼ごっこのようなことをしてもスタミナは彼らの方が上です。笑都会の子どもたちとは見るからにその元気さが違います。そして反射神経も鋭い、です。一緒に走り回ったらよく分かります。逆に私たちの鈍さが良く分かります。それに比べてこのところニュースネタにもなっている都会での子どもたちの事故。これは現代の都会生活が産んだ副産物かもしれませんね。ある園児教育で有名な方が確か言われていたことに、『健全なカエルほど健全なオタマジャクシ時代を過ごす。なのに、先を急いでオタマジャクシに鳴き方や跳ね方を教えてはならない。』というのがありますが、「健全なオタマジャクシ時代」とはどんな時代なのかをもっと考えて実行していかなければ、子どものケガや事故もますます増えてくることでしょう!外は危ないということで、部屋でテレビゲームで遊ぶ子どもたちと、田舎で思う存分駆け回る子どもたち。五感への影響は大きく異なることでしょう。建築物や遊具の設計・メンテナンスを大人がきっちり行うのは当たり前ですが、危険を反射的に乗り越える危機管理能力を、子どもたちにも身に付けさせられたら素晴らしい、ですよね。今日も御来訪いただきありがとうございます。
2004.04.17
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『 自然現象に含まれる不規則性は、専門的には「ゆらぎ」と呼ばれますが、日常生活の中でも「ゆらぎ」はある程度大切です。日常生活の中での「ゆらぎ」とは、規則性から外れる「柔軟性」であり、環境の変化に自在に対応する「ゆとり」です。几帳面に仕事をこなすけれども、冗談も言わず、趣味もなく、決まった生活のパターンを変えないような人は「ゆらぎ」の少ないマジメ人間です。このような人は、非日常な変化に対して柔軟に対応できないので、ストレスを外へ発散できずに、心身の健康を損ねたり、老けこみやすくなったりします。 何ごとによらず一つのことにこだわり過ぎると、「ゆとり」がなくなります。(中略) 例えば、日常生活では少食を原則としていても、時には仲間と楽しく語らいながら、満腹になるまで食べるのは、「ゆらぎ」をとり入れた食生活のバランスのとり方です。健康に関心をもつ人は、とかく健康を保つための原理原則にこだわりがちですが、時には原理原則から離れて生活を楽しんだり、未知の世界の冒険に挑戦したりする「ゆとり」を持つことが、心とからだの若さを保つ妙薬となります。』(自然に学ぶ生活の知恵 いのちを生かす三つの原則 石川光男著より引用)取りようによっては非常に危険な考え方です。笑「時には」という部分を飛ばすとバランスが悪くなります。笑でも私はこのような柔軟派なんです。この間なんか、ある方ととある勉強会の合間に急にその方が「アイスクリームが食べたい!」とおもむろに言われたので、季節限定のサクラアイスを楽しく食べる、ということもありました。笑非常にリラックスできて、かつ楽しい一時でしたよ。滅多にアイスクリームなど食べることはないのですが、たまにそんなものを楽しく食べてみるのもいいですね。よく言われるように、振り子の原理、っていうのがまさに働いていて、いい生活習慣は悪いものを経験して分かる、ということが多分にあるんです。そして、その経験知によって、より心身や人生にとっていいこと、楽しいこと、喜びに繋がることを私たちは選び取っていくんですよね。これもあんまり左脳で分析して、というより「何となく感性」的な要素がかなり大きいとは思いますが。もちろん原理原則は大切ですが、経験知、仏教で言うところの「識(しき)」の力を強めることも人生のプロセスの中ではとても大切だと思います。でも、くれぐれもバランスは忘れないでね、ということをあらためてお願いしつつ、今日はリラックスモードでお話しました。ありがとうございます。
2004.04.15
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『 明け方に起きにくいときには、つぎの思いを念頭におくがよい。「人間のつとめを果すために私は起きるのだ。」自分がそのために生まれ、そのためにこの世にきた役目をしに行くのを、まだぶつぶついっているのか。それとも自分という人間は夜具の中にもぐりこんで身を温めているために創られたのか。「だってこのほうが心地よいもの。」では君は心地よい思いをするために生まれたのか、いったい全体君は物事を受身に経験するために生まれたのか、それとも行動するために生まれたのか。小さな草木や小鳥や蟻や蜘蛛や蜜蜂までがおのがつとめにいそしみ、それぞれ自分の分を果して宇宙の秩序を形作っているのを見ないのか。 しかるに君は人間のつとめをするのがいやなのか。自然にかなった君の仕事を果すために馳せ参じないのか。「しかし休息もしなくてはならない。」それは私もそう思う、しかし自然はこのことにも限度をおいた。同様に食べたり飲んだりすることにも限度をおいた。ところが君はその限度を越え、適度を過すのだ。しかも行動においてはそうではなく、できるだけのことをしていない。』(マルクス・アウレーリウス 自省録 神谷恵美子訳より引用)引用が少し長くなりましたが、上記私の愛読書の一つです。アウレーリウス(121-180)はローマ皇帝で哲人、自らのつとめ以外にわずかに得た孤独の時間に自らを省み、日々の行動を点検し、非常にストイックな教えにより新しい力を得た、人です。私はこの本を13年前、20代半ば過ぎに出会い、それ以来、数え切れないほどのインスピレーションをいただいてます。で、上記引用部分などは、気持ちを引き締めたいときにはしょっちゅう見ていたフレーズなんですね。バランス、中庸、中道を取り戻す必要のあるときには非常に力強い言霊だと思います。それはさておき、あなたもなんらかの愛読書をお持ちのことでしょう!仮にお持ちでなくても、力がみなぎる短いフレーズなどに出会うこともあるでしょう。なぜいま愛読書のお話をしているかと言いますと、言葉の力、っていうのは非常に強いからでもあるのです。いい言葉を常日頃良く使う人は、いい事がいっぱい起こります。逆の場合は逆のことが起こりやすくなります。それは言葉は想いの反映で、エネルギーを持っているからですね。だから、エネルギーが落ちたり、パワーダウンしたとき、またエネルギーを上げたい時は、いい言葉にたくさん接してみましょう。そして、時にはそれを声にだして読んでみましょう。きっと新たな視点が広がると思います。今日もご訪問いただき、ありがとうございます。
2004.04.12
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生活習慣病ってありますよね?昔は成人病っていっていた、ガン、心疾患、脳血管心疾患などなど現代もその勢いは以前にも増して大きいです。食事を中心とした、生活習慣は、私が生まれた(1964年)高度成長期の少し前くらいから、大きく変わりました。ここでは、その中身はいつもお伝えしてますので端折ります。が、常日頃の生活習慣の積み重ねが素晴らしい健康人生に繋がったり、逆に大病に繋がったりというのはみんな分かってます。でも意外なほどに、習慣は当たり前になっているので、いい習慣であればいいのですが、その人にとって悪い習慣が続くと身体は致命的な打撃を受ける場合があるわけです。怖いです。「お腹が減ったなぁ(減ったような気がするな~、笑)!」と際限なくいつでもどこでも物を食べられる時代ですから、なおさら・・・。でも、もっと怖いのは、思考における習慣病なのです。私たちの思考は瞬間的なものを含めると一日に7万回以上のフラッシュがあるそうです。例えば、車の運転をしていて、「前の車とろいなぁ~」(1回)「急いでいるから追い抜こうかな!?」(2回)「でも、気分を悪くさせるだろうな~」(3回) ・・・・・・。)(~7万回)で一般的には、その内のなんと4万回位は、良くない思考、否定思考をおこなっているのだそうです。ところが、世の中で活躍し、実績を上げているスポーツ選手とか経営者などなどは、この良くない思考が極めて少ないんですね。例えば、スポーツでもオリンピックのメダリストレベルになると、ほんの一瞬の否定思考、「このままじゃちょっと不味いかも・・・」というような思考に浸った瞬間に負けてしまう、ということがあるのだそうです。その思考を、「では、このワザを使ってみよう!」というように即座に前向きに切り返す思考をしないと負けちゃうんですね。これは単純な意味でのプラス思考、マイナス思考っていうのではなく、日常生活の瞬間瞬間の想いが大事っていうお話なのです。先般、私自身もそれを実感する体験をして驚きました。実は、ある業者さんにコチラの都合ばかりを主張する横柄な態度を結果としてとってしまったその後に、「ちょっといかんかったな~」と反省はしたのですが、普段しない忘れ物はするわ、メガネはぶっとぶわ、もう一個忘れましたが面白くないことが続きました。これは、私にとっては新しい気づきでした。直接ご縁のない方に対しても、いい想い、思いやり、優しさをもって接することが大切だということ。裏を返せば、思考と行動は表裏一体ですので、常日頃の思考習慣を良いものにしていくだけで、ツキとか運なんかも良くなってきたり、直感力が上がったりする可能性はより高くなるということですよね。単純に損得ということではなく、より豊かな人生を送り、沢山の人たちと喜びを分かちあうような人生を過ごすためには、そんな思考習慣がとても大切だということですね。そしてまた、運やツキ、直観力の向上というのは、「健康」の延長線上にある、というのもおわかりいただけることでしょう。今日もご訪問ありがとうございます。
2004.04.09
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『 ある料亭で行った会食会で、一品だけ料理を口にしなかたことばありました。その料理を口に入れる前に、なんとなくこれはやめておこうという感覚が働いたからなのです。 まもなく、私を除いた全員が、その一品が原因で、腹痛、嘔吐、下痢などの食中毒症状になったのです。私はなんともなかったので平然としていると、皆に驚かれて、「さすが呼吸法をやられている西野先生ですね、先生の身体は特別なんですね!」と言われました。しかし特別ではないのです。嗅覚と味覚が判断して、私の口に入れなかっただけなのです。』(西野流呼吸法 生命エネルギーの躍動 西野皓三著より引用)私はよく、生命力が高いことの例として、悪いものを食べたら吐いてしまう、ということを言います。で、生命力が弱い人は、しばらくタイムラグが出てから、調子を崩したり、場合によっては表面上には出ずに、身体が処理できず、(悪いものを)溜め込んだまま、ということさえあるようです。でも、西野氏の場合は、そんなレベルから考えると桁違いですよね。「なんか食べたくない!」そういう感性、ただそれだけです。これは恐れ入りました、の世界ですが、多分この日記をお読みのあなたも似たような経験があるのではないでしょうか?私も、そう言われれば何回かあるように思います。健康の究極には「五感の鋭敏」そしてその先にはまだあるのですが、それはともかく、やっぱりこのような感覚的なことっていうのは大事ですね。これからの世の中を力強く、そして楽しく生きていくためにも、感性を磨く、ということに、各自各々の方法でトライしてみてはいかがでしょうか。そのプロセスはたくさんあるだろう、と思います。今日もご訪問いただき、ありがとうございます。追伸西野流を特別に推奨しているわけではありません。氏の書かれている切り口が素晴らしいので引用させていただいております。誤解なきようお願いいたします。
2004.04.05
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『 言葉は、人類が発明した中で最高のエネルギーを持つものですね。言葉が最高なんです。人は言葉で動く。今日皆さんがいらっしゃったのも、言葉によって集まられたんですよね。』『 私は、言葉のエネルギーを知らなかったんですね。私は言葉によって人を殺しとったんですね。言葉によって人を傷つけてたんですね。ケガさせてました。その間、私は、豊かな人生ではなかったんですね。』『 ところがね、言葉さんを尊敬して言葉さんたちが喜ぶような使い方、喜ぶような付き合い方をしだして、だんだんだんだん私の人生が開けてきたんですね。言葉は、言葉さんなんですね。 友だちもそうでしょ。尊敬して、個性が生きるような、その人が一番喜ぶような付き合い方をしだしたら、友だちが喜んで、だんだんだんだん寄ってくるんですね。言葉さんもそうですよ。』『 文章にはエネルギーがあるのです。ものすごいエネルギーがあります。文章にエネルギーがあるなら、言葉にエネルギーがあるということですね。 今晩、女房がここに訪ねてくる。桑名のほうへ来るはずです。女房に「綺麗だよ、綺麗だよ」と言うと、綺麗になるんです。子どもに「お手伝いをよくするなあ」と言ったら、手伝いをよくするようになるのです。』(坂田道信 講演 ハガキ道に生きる小冊子より引用)私は昨年坂田先生の御講演を主催させてもらって、ハガキ道を知り、昨年1年で200枚ほどのハガキを書きました。坂田氏は、1日30枚を目標にされてますので一年で一万枚以上、それと比べると私の方はホント微々たるものですが、一昨年は一枚も書かなかった時と比べると、全く人生の流れが変ったと思います。その詳細はここでは述べつくせませんが(字数の制限もあり)、なぜハガキを書く、といいことがあるのか、と言いますと、毎日自分の人生を刻み込み、見つめなおすことができるのです。そしてさらに縁ある人たちとの絆が深まり、心ある人、感性が合う人たちとの共感が起こります。電子メールもあって、今は非常に便利な世の中ですが、デジタルとは違ったアナログ、手書きの良さは、たとえ字が汚くても(私は非常に字は下手です、笑)、格別なものがあると感じます。私は坂田氏のところで出されている、複写できる用紙を使ってますので、控えはずっと残ります。あの時、こんなこと思ってたんだなぁ、とか、あっ、こんな人ともご縁があったんだー、と思わず感謝の想いが湧き出てきたりと、世の中は自分ひとりで生きているのではないことがよくよく実感できたりするんですね。私の仲間でもこのハガキ道を既に実践されておられるかたも何人かいらっしゃいます。素晴らしい方々ばかりです。ということでふと思い立ち、この4月からハガキを書いてみたい方がスムーズにスタートできるお手伝いをすることにしました。数百円で手軽にはじめられますので、一人また一人と少しずつハガキを書く仲間が全国にできれば素敵だな、と思ってます。当トップページにも、ハガキ道について少し御紹介してますので、御興味がある方は是非のぞいてみてくださいね。今日もご訪問いただき、ありがとうございます。
2004.04.02
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