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夢というのはかなうものであります。どうせかなうのなら、大きな夢に前進したほうがいいのであります。ですが、ボクのようなひとは小さな夢を丹念にひろっていい気になってしまっています。目の前の千円札は拾うな、というようなタイトルの本が日本ではベストセラーになっているとI社長から聞きましたが、目の前にある 1角(1元の10分の1)でも拾おうとする 貧乏根性が抜け出せないのがじつに 悲しい 性分です。何が言いたいのか、と言いますと、日本語を教えている生徒とD駅の 羊肉店に 食べに行くことができました。とくに 小さくてカワイらしい若い子 2人 です。ベストセレクションです。ほかの オバちゃん生徒さんには申し訳ないのですが、できれば この2人と と願っていた生徒が帰りがけ たまたま 一緒に 食事に行くというので、ボクも相乗りしてしまいました。 この店は じつは 昨年春 雲南の野獣 つっちーさんと一緒に 訪れた店です。( 参考 This is China!)ことしは めでたく雲南の野獣から 上海の二輪のスイートピー に変ってくれました。目の前の 千円を また 拾ってしまいました。いかん、いかん。うんざりするほどほふられた羊肉を 食べましたが、3人で わずか 21元 (約300円)。当然ボクが払うつもりでいたのですが、一人の子が きょうは わたしが払いますと、おごってもらってしまいました。いいのだろうか。。。 (ルイス・キャロルは幼女趣味だったという ・・・ファンタジー作家?デビューまで あと 87日 )
2006.04.30

ミラー 「あのう、木村さん、小沢征爾のコンサート、 いっしょにいかがですか?」木村 「いいですね。いつですか。」・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・日本語教室で使用している「みんなの日本語」という教材に出てくる会話の一部です。教科書には時おり、著名日本人名が登場します。ボクは、こんなとき、授業が脱線してしまいます。「・・・先生は、じつは、かつて東京で小沢征爾を車でひきそうになりました。」とつたない中国語で説明すると、生徒たちはいっせいにどよめきます。ある箇所には「黒澤明」という名前が出てきます。「・・・先生の東京の家のすぐ近くに黒澤明が住んでいた家があります(マンションだけど・・・)」と言いますと、いっそうどよめきます。たてつづけに 先生の家の対面が 「三船敏郎」の住んでいた家です。と言うと、唸りをあげてどよめきます。さらに、ボクが中国に来る前日 タイタイと駅まで 歩いていたら、前から 「大江健三郎」が 大江光さん(音楽家のご長男)といっしょに 歩いてきました。タイタイが、 挨拶しないさいよ、 と言いましたが、ボクは向こうを知っていても、向こうはボクを知らないはずだから、挨拶していいものだか、どうだか、迷った、と答えました。そこまで、細かく中国語で説明できないので、「大江健三郎」も近くに住んでいる、と言いますと、先生は いったい どんな ところに住んでいたんだっ!と日本文化に興味ある生徒たちはいっせいに 乗り出します。ボクは 大江健三郎は4,5回 目撃したことがあります。そのうち一回は、スーパーで 豆腐を 買っているところでした。賞味期限を確かめているノーベル文学賞作家というのは、じつに 文学的な雰囲気をかもしだしていました。この手の 著名人遭遇秘話は ボクのお得意カテゴリーです。(超大物には「さん」とか「氏」とか つけないのが 礼儀)来週ボクの 知り合いの社長が来るんですよ、その社長の子どもはキムタクの ヘアーデザイナー しているんですよ、と言いますと、先生 上海で ヘアーサロン開いて、その宣伝文句で売り出せば、お客さんたくさん来るよ!と 生徒から大反響が渦巻きます。「大江健三郎豆腐」 では ダメだろうか?(男前豆腐にあやかり)日本出張から戻ってきた知り合いからいただいた浜名湖名物「うなぎぱい」。ネーミングの妙「夜のお菓子」とはこれいかに?
2006.04.29

人間とは何者か。その存在の意義は何か。その行う善、その行う悪とは何か。人の寿命は、長くて百年。〔しかし、永遠の眠りは計り難いほど長い。〕大海の中の一滴、砂の中の一粒のように、永遠という時に比べれば、この寿命はわずかものにすぎない。このゆえに、主は、人々に対して忍耐し、憐れみを彼らに注がれる。主は、人間の惨めな末路を見、知っておられる。それゆえ、豊かに贖いを与えてくださる。 (シラ書18章8-12節)北京へ旅立つHさんと 軽い夕食を ともにしました。 上海ではなくて、北京で再出発です。まったくゼロからのスタート。住む家を探すことから始めます。黄砂でただならぬ様子なので、慣れない 幼いお子さんのいる ご家族は日本に残して、単身乗りこみます。若いうちに冒険を冒して、壁に早くぶちあたってみることが最高のスタートです。かれにふさわしいとおもったバニヤンのことばをノートから指し示しました。・・・ もし私の人生が実を結ばないのであれば、誰が私を賞賛しようと関係ない。もし私の人生が実を結ぶのであれば、誰が私を批判しようと問題ではない。 (ジョン・バニヤン)これは数週間前にビジネスマンの集いの勉強会で用いたテキストの中にあったことばです。ですが、ボク自身だって、なかなか こんな 心境にはなれない。やはり ひとは ひとの評価の中に生きていることは事実だし、じぶんでもわきまえた常識は知っている。それゆえ、悩むわけだから。ここ一ヶ月は忙しい日々を過ごしましたが、メインと企てているビジネスが案外的外れな部分があるんじゃないか、と気持ちが揺らいでいました。そこへ日本のSくんからタイムリーな意見をもらい、ボクもそれに同意して修正をしている最中です。ですが、この2、3日上海で何を見ても何を聞いてもほとんど前ほど感動や、燃えるものがなくなってきているじぶんを発見しました。エネルギーの欠乏でしょうか。きっと、じぶんの思い描いていた結果が全然出ないことと、じぶんの壁にぶつかっているからだとおもいます。ボクもHさんと同様に再出発です。何によらず手をつけたことは熱心にするがよい。いつかは行かなければならないあの陰府(よみ)には、仕事も企ても、知恵も知識も、もうないのだ。 (コヘレトの言葉9章10節)涙とともに種をまくものは、喜び叫びながら刈り取ろう (詩篇126 都上りの歌)あなたがたは立ち返って落ち着いているならば救われ、穏やかに信頼しているならば力を得る (イザヤ書 30章15節)日本にいたときは、温泉に行ったり、回転寿司を食べたりすることで、気分を発散していましたが、いまは 危険な橋を 穏やかな心境で渡れる エネルギー(力)を得ることを 常に求めているような気がします。作家デビューまで あと88日器用に食用油のタンクを運ぼうとしている若者。中国語で ガンバレ! は 「加油」 ガソリンスタンド は 「加油站」。いままさに ボクも 給油しないと 前へ進めません。
2006.04.28

日本語教室のGW前連続かけこみ授業がある程度終わりました。ひとつのクラスは、全員台湾人。ダンナさんの国籍はまちまちですが、駐在員の奥さんです。不動産の話になったのですが、けっこう大きなところに住んでいます。ボクらは いま 90平米 程度でじゅうぶん満足しています。(Nさん用のスペース含めて)しかし彼女らのマンションは 最小で150平米。ある奥さんのお宅は340平米。 (月の家賃6000アメリカドル!!! 会社負担の借り上げ)住み込みの子ども相手のアイさんがいて、料理専用の通いのアイさんもおります。その彼女 日本語を学び始めて3ヶ月目のきのう、子どもができた、と言っていました。3人目だそうです。そのようなことでおめでとうと言っていた矢先、もうひとり別の奥さんが子どもができた!と言ってきました。そして 何やら 鉛筆の尾っぽに 糸を くくりつけて手首に 鉛筆の芯を たらしはじめました。これで 静止させた状況から、縦に動くと 女の子横に動くと 男の子 だと わかるのだそうです。本当ですか?彼女も 日本語を習い始めてから、 できたことになります。別にボクが仕込んだわけではないですよ。( 愚にもつかないジョークですが・・・) 伊豆の修善寺に 「子宝の湯」とか言うのがあり、たしか学生時代の友人の妹さんはそこの宿に泊っていたときに確かに子どもができたのですけれども、生徒さんたちには、さらにボコボコ生んでもらって、ボクの教室が別名「子宝教室」と異名を取るのも さほど 時間がかからないのではないでしょうか?(ボクのメリットは何もないですが・・・)みなさん 部屋が広いですし、メイうえんてぃ。胎児教育専門家 デビュー? まで あと90日!!古北にある日本人や韓国人の駐在員の多く居住されるマンションエリア。ボクたちが ふだん見ている上海 とは かなり 違う光景です。T社長ら曰く「流れている空気が違う・・・」とくにタイタイはさいきん出入りが多くなってきています。
2006.04.27

・・・われらに要るものは銀河を包む透明な意志 巨きな力と熱である (宮沢賢治著『農民芸術概論綱要』より)山形にいましたとき、深夜高速を走って、タイタイと岩手を周遊したことがあります。啄木記念館、小岩井農場をめぐり、最後は宮沢賢治ゆかりの名所を訪れました。宮沢賢治記念館は たいへんよくできていて、じゅうぶん 見ごたえがありました。ボクは 小学校のときに、「オッベルとゾウ」や「注文の多い料理店」「銀河鉄道の夜」などを読んで想像をめぐらすのが大好きだったので、賢治がどんなことを考えながらこの世を生きていたのか、興味がありました。賢治が教えていたという現県立花巻農業高等学校に行き、復元された賢治の住んでいた家も覗いてみました。ボクが賢治のふるさとを訪問して特に驚いたのが、賢治がじつにありとあらゆる事に関心を抱いていて、けっこう商売なんかも考えていたり、音楽が趣味以上の懲りようだったり、とてつもなく 野心的な 人間味のある人間だったことです。病に伏せる前には 肥料用炭酸石灰なんかを売ろうとしていたんですね。かれは熱心な妙法蓮華教の信仰者としての面もあって、賢治記念館には お経を熱心に勉強していたノートなども陳列されていました。ところが、ボクは 最近になって、賢治の思想において 驚くべくあまり知られざる真実を 知りました。それは死ぬ直前に 東京の自宅の療養中手帳に書かれた「雨ニモマケズ」のエピソード、ならびに斉藤宗次郎 というひとの存在です。 「雨ニモマケズ」 雨にも負けず 風にも負けず 雪にも夏の暑さにも負けぬ 丈夫なからだをもち 慾はなく 決して怒らず いつも静かに笑っている 一日に玄米四合と 味噌と少しの野菜を食べ あらゆることを 自分を勘定に入れずに よく見聞きし分かり そして忘れず よく見聞きし分かり 野原の松の林の陰の 小さな萱ぶきの小屋にいて 東に病気の子供あれば 行って看病してやり 西に疲れた母あれば 行ってその稲の束を負い 南に死にそうな人あれば 行ってこわがらなくてもいいといい 北に喧嘩や訴訟があれば つまらないからやめろといい 日照りの時は涙を流し 寒さの夏はおろおろ歩き みんなにでくのぼーと呼ばれ 褒められもせず 苦にもされず そういうものに わたしはなりたい・・・・・・・・・・・・・・・・最後から2行上の 「そういうもの」とは斉藤宗次郎 というひとをさしている ということです。ボクはてっきりそういうもの とは賢治の空想で実在しない人物だとばかりおもっていました。この斉藤というひとは賢治よりちょっと年上の元高校教員でしたが、キリスト信仰に走り、周囲から迫害され 高校教員を 追放され、新聞配達をしながら、奉仕の生涯を送った、という方です。よくよく 雨にも負けずを読んでみますと、聖書のくだりにあるような話しがオーバーラップします。賢治が死ぬ直前にどういうわけでそういう心境吐露になっていったのか、それはわかりませんが、ダレが何から感化されたのか、ということにボクはいつも大きな関心があるのです。宮沢賢治の書物は 日本人作家としては三島由紀夫 、 村上春樹 、 安部公房 、大江健三郎 、 夏目漱石 と並んで比較的 多く 海外でも読まれているようです。中国でも 書店に並んでいました。(となりに「電車男」がありましたが・・・)さて、先日 無錫に行ったおり、中国ナショナルチーム用の野球のスタジアムがありました。野球があまり盛んでない中国に あんなに立派な 野球場が建設されていたのは驚きましたが、もっと驚いたのが、その向かいに その野球場に匹敵するほど広い敷地の 「無錫国際礼拝堂」 建設予定地 なる看板が 堂々と 掲げられていたことです。このような中国の 移り変わりの現実をぜひ 心に留めておいてください。下は 記事とはまったく関係ない、数日前のカルフール内回転寿司屋の様子です。「童話?」作家デビューまで あと 90日 !
2006.04.26
不動産に 投資するということは、ほんとうに 他の品物と違ってふつうはかなり 大きな 出来事の ひとつでしょう。上海に定期的に来られる若くして財を成してなお 明確な目的にまい進されているIさんのようにハワイにコンドミニアム6つ所有している、とかいうひとは 別枠として、一生に一回も 不動産を買わないひとだってたくさんおられます。ボクは 容易に避難できない理由があって、過去 不動産を 2つ 買う はめになり、店も2店 出店する はめになり、大きな 代金を 払った経験が ありますが、住んでもいないのに、1つの不動産は いまだに 払い続けています。不動産は、かつてバブルのときにたとえば 1億円したものが 現在は 3000万円なんていうこともあるでしょう。現金で買っているひとなどめったにいないでしょうから、この差額7000万円+ 金利などで倍以上のお金を支払って 3000万円相当の物件を所有しなくてはならない、理屈的には そんなことも あるわけです。これは かなり 負担がおもいです。ふつうは 堪えられませんね。いま上海の物件で起こっているのは、だいたい 買って2,3年で倍になっているという含み益に だいぶ依存している、そんな感じがします。ちょうど 日本のバブルのときがそうでした。週刊誌には「一戸建て令嬢を探せ」みたいな特集があって、目黒区30坪 2億5千万円 白百合女子大学 ○○さん、なんて コメントが書かれているものなら、それこそ お嬢様中のお嬢様。いま、そこは 3分の1になっていますが、もし その評価額 2億5千万を 前提に何かしでかしていたら、不幸の始まりかもしれませんよね。上海の不動産は それでも需要があるんですね。ホテルが 空前の売上なのですが、そんなに 何度も上海に足を運ぶくらいならば、やはり ちょっとしたマンションを所有しようか、という 方は決して少なくないのです。管理をうまくして、立地さえ あまり見当違いをしなければ、基本的には いい買い物になる可能性もあります。とにかく 住処がなければ始まらないのだから、住み始めようとします。最悪 どの程度の 負担がかかるかが 重要でしょうかね。ボクは不動産投資とは「大家力(おおやりょく)」(ボクの勝手な造語)にかかっているような気がします。作家デビューまで 91日 ! (タイタイあくまで懐疑的です)
2006.04.25
土曜日 古北のカルフールに出向きますと、一階の 中央部分が大大的に 回転寿司に変更されていました。よく見ると、台湾系の 「争鮮」 という回転寿司店で、どうも 正式には4月28日に他の二個所のカルフールでも 同時に 開店するそうです。回転寿司は、ボクもタイタイも 大好きなのですが、上海では 一度も入ったことがありません。この お店の 配布パンフレットによると、一皿 6元 均一 (約90円)。ほとんど 日本の物価と変りません。ボクが つくづく 感じているのが、日本人並に中国人が寿司を 食べるように なったら、魚が足りなくなるんじゃないか?それほど生の魚 (刺身) 類 も人気はあるのです。ますます 日本に戻らなくとも日本並みの 生活が享受できる上海になっていますが、「郷に入れば郷に従え」なんていう 格言はもはや 死語のごとく、日本並に サービスも要求されているものが増えてきています。特に日本人のお客さんを相手にした場合なのですが、98%が 正しくても欠落した 2% が許されないプレッシャーの中での商売に だんだんなりつつあります。作家デビューまで あと 92日 !
2006.04.24
上海万博は 2010年に開催されますが、それに先立って今後日中両国で大掛かりなシンポジウムをカウントダウンで行なっていきます。その上海側世話人の日本人技師 コンサル会社会長 Eさんからその旨を直接お聞きしました。まだ メディアには大体的に 発表していませんが、日中の科学技術者、環境食品関係者などの専門家を交えて、ビジネスベースでも一向にかまわないので、参加者を募っております。また、この詳細がわかり次第大きく宣伝していきたいとおもいます。建設、情報、機械などの技術のみならず、環境汚染と水処理、砂漠化の問題なども大きなテーマなんです。この分野については、意欲的に 情報を発信しているつっちー さんがこの場所で中国の 食と 緑 について話す絶好の機会だとおもいました。第一回は 上海万博会場予定地近くで開催予定。第二回は 大阪万博会場跡地近く、第三回は 上海第四回は 愛知万博会場跡と交互に 2010年まで行なうようです。ぜひ、トライしてもらいたいですね。技術評論家?デビュー まで あと 93日
2006.04.23
T社長との商談は首尾よく 前に進みました。頓挫していたマンション内装の話もようやく目処がつき、他に 手がけていた室内洗浄剤のこと、後は、アパレル関連の仕事、そして飲食事業。何かやみくもに手を出しているように傍からは思われそうですが、何兎でも 追いかける のが社長の流儀だから、それが うまく いくように尽力したいです。ところで、タイタイによれば、わたしどもの企ての監査人兼上海定期同居人Nさんが、中央区に事務所を構えられたそうです。そのこともあって、この4月Nさん上海入りはしていないのですが、念願かなってさぞ 大きなお鼻がますます 息荒くなっていることでしょう。 T社長は 5月早々再び上海入りされ飲食ビジネスの試験的行動を起こされます。同時に 依頼された アイデアを仕事にしたいです。時を前後して 広島のK社長が上海入りされます。日本に戻るまで、一仕事 二仕事 結果を出して帰国したいですね。ここ連日午前中は日本語を教えていますので、ときどき 仕事のことに意識が移ることがあり、アタマが集中していないことがあります。タイタイが スーパーがんばっていますので、ちょっとでも 楽をさせることができるような展開にしていきたいものです。作家デビューまで あと94日 !(何にも書いていないでしょうーっ!ってタイタイに 怒鳴られました)ボクはひらめきのもとに書きます・・・。
2006.04.22

無錫に行ってまいりました。無錫と言えば・・・「無錫旅情」作詞・作曲 中山大三郎歌 : 尾形大作 尾形大作1. 君の知らない 異国の街で 君を想えば 泣けてくる おれなど忘れて しあわせつかめと チャイナの旅路を 行くおれさ 上海 蘇州と 汽車に乗り 湖(たいこ)のほとり 無錫の街へ2. 船にゆられて 運河を行けば ばかな別れが くやしいよ あんなに愛した あんなに燃えてた いのちを賭けたら できたのに 涙の横顔 ちらついて 歴史の街も ぼやけて見える3. 昔ながらの ジャンクが走る はるか小島は 三山(さんざん)か 鹿頂山(ろくちょうざん)から 心の中まで 広くなる ごめんよ も一度 出直そう 今度は君を はなしはしない別にいまのボクの心境ではないですよ。昔ながらのジャンク、たしかにいまも走っていました。鹿頂山もくっきり見えました。1987年の「無錫旅情」で尾形大作は紅白に出ました。太湖のほとりの公園には無錫旅情の歌碑があり、尾形大作が無錫の名誉市民になっているということを聞きました。(高額な入場料取ると聞いたので入りませんでした)太湖を一望できそうな、展望スポットまで 案内してもらいましたが、広すぎて (琵琶湖の7倍とか) とても一望できるわけではないですね。それでも中国3番目の広さだとか。。。一挙に開発しています。埋め立てをして緑地 湿地のような雰囲気にしています。日本の光景とぴったり似ています。みなさん 口をそろえて蘇州よりも 魅力がある、と仰っていました。 今回 無錫に 出向いたのは 駐在員の奥さま連 約8名 と 男は ボクひとりだけ。うちおひとりが 総経理をされている重機周りの工場見学などを 兼ねた 小旅行でした。 見学に訪れた工場敷地入り口。隣にも広大な建設予定地がありました。無錫空港の隣に位置しており、近い将来 国際線 が 開通するようです。 湖畔にある5つ星ホテルで昼食を取りました。 10年ほど前にもいらしたことのある奥さんのお話によると、味は前と変っていない、ということでした。トンボ帰りで 夜7時には帰宅。最高の天候に恵まれ たいへん たのしい旅でした。 「紀行作家?」デビューまで あと 95日!!
2006.04.21
きのうは、タイタイと2つ全然違う仕事でジョイントしました。仕事が一緒のときは、無条件で 仲がいいんですよ。 N社長がお連れしたI社長の話がおもしろそう。T社長周辺には個性派ぞろい、むかしの東映フライヤーズの選手たちのような雰囲気の社長ばかり。きょうは、朝から日帰りで無錫へ行ってきます。(あしたは 無錫旅情 を 書きます)「旅行?」作家デビューまで あと 96日 !!
2006.04.20
いろんなこととの闘いです。いろんなことが出てきます。何もない時もありますが、何かをすれば、当然抵抗が生じて、たじろぐこともままあります。いくつかの新規取り組みをしていますが、まるでサーフィンです。サーフィンをやっているように、乗り越えていかなければ・・・。ボクとタイタイの日本での憩いの場は、房総半島の 太東 東浪見海岸。サーフィンのメッカとも言えるところです。と思っていたら、グリーンサービスの仕事で一緒になった中国人ご自身もいろいろチャレンジして、いま少し混乱中だけど、必ず 運に恵まれますよ、それを信じている、ようなことを言っていました。同じような感覚でかなりおどろきました。だけども 忍耐が切れて、ときどき 爆発してしまうことがあります。ストレスの発散のしようがないので、それが 内燃すればいいのですが、どうにも ダメなときがあります。この2年その葛藤の連続です。あす無錫に 気分転換を兼ねて、 足をのばしてきます。工場を切り盛りしている日本人の仲間が誘ってくれました。持続していた某株が大暴騰してくれてほっと胸をなでおろしています。やっぱり 辛抱が実るのはうれしいですね。 作家デビューまで あと 96日 !
2006.04.19
今週から来週までほぼ毎日何かしら予定が埋まってしまいました。それほど大げさなことではないかもしれませんけれども、毎日必ずしなければいけないことが生まれるのは、かなり充実度が違います。日本から戻ったHさんが、心機一転 北京で新規事業立ち上げを目ざして移動する、と帰国早々お電話くださいました。きっと素晴らしい経験と結果を生み出してくるんじゃないかな、と声の張りに大きな予感がしました。日本からT社長が来られ、連日物件探しと市場調査に奔走されています。あすは、タイタイの発掘物件などをご案内します。ダンナも別件でタイタイのサポートのため、動きます。全てがうまく連繋してくれば、決して小さくはない発展が あるような 気がしています。作家デビューまで あと 97日 !!
2006.04.18
事務所帰りに買ってきた今晩のおかず用のひき肉が突然消えてなくなってしまいました。ひそかにハンバーグを作るのが目下の息抜きとなっているのですが、帰宅してあちらこちらを探しても見つかりません。俄然ふしぎな気分です。作った晩御飯は 夜のおかずと翌日のタイタイの昼のお弁当のおかずになります。ところで、古北の日本人居住エリアに頻繁に行き来するようになってから、途端に食事代がアップするようになりました。かれこれ この2年もっぱら ローカルな 食堂 と市場をベースに サバイバルを続けていますから、この格差にがく然とくるわけです。たとえば、日曜にイースターの集会の帰りしな、推薦されて虹梅路のインド料理屋さんに出向きました。ボクはメニューを見るや、タンドリーチキンと ナン だけ 注文しました。タイタイと ふたりで これだけです。これで66元(約900円)。わたしどもの現在の一週間の食材がじゅうぶん買える金額です。いまだに ローカルベースで生活費を維持していないと簡単に 生活が崩壊してしまう、のが 現状なので、こういう ちょっとした 行動でもピリピリしてしまうのがなんとも情けないです。餅(ピン)=あまい揚げたパン系のもの、130個買えるよ、と つい量を選択するアタマしか働かないのです。(1個5角=1元の半分)。昨年夏 上海に日本語教師として日本から赴任してきた 数名の方々のほぼ全員(ボクの存じ上げている方は全員)お辞めになりました。前職を投げうって、上海進出の足がかりに来られたのですから、それはいいとおもいます。やはり、根底は最低賃金では、とても物価高の上海生活は息詰まるし、楽しめない、ということも辞める原因にあるとおもいます。ボクらが 前職時の 約20分の1くらいの収入で、いまだ切り盛りしている感じです。ビジネスが軌道に乗るまでは仕方ないと思います。物価差から、生活費を5分の1に抑えても、それだけ 焦点をあててしまうと、とても面白いとはいえません。いま、ひき肉が消えてたいへん惨めな気分なんですが、稼ぐぞ!っと血気盛んだったあの頃 を懐かしんでいる場合ではありませんな。洗礼をお受けになった横田めぐみさんのお母さんには ホントウの 恵みが出てきて欲しいですね。めぐみさんの生存情報が浮かび上がったきたじゃないですか!復活祭にふさわしい大吉報となりますように。作家デビューまで あと 98 日 !!
2006.04.17

タイタイとふたりでボクが(この数日前から わたし から ボクに 表記し直しています)積極的に注目している近所のマンション開発エリアを「なかよく」 深訪してみました。・・・ なかよきことは 美しきかな (武者小路実篤)タイタイと 時間のすれ違いが増えてきて、(こころは とっくに すれ違い?)一緒に 界隈を 歩くことはここしばらくしていませんでした。両者 土曜出勤後の クタクタになった肉体にムチ打って、ボクの先導のもとに馳せ参じその開発エリアに足を踏み込みますと、だいぶ驚嘆事象には 慣れてきたはずのタイタイも あらためて びっくりの 秘境 ならびに広大な開発エリアを 目の当たりに体験させることができました。開発エリアのキーワードは 水と緑 ですボクと 一緒に いるとあまり あり難くない ことも他ではあまり できない こともひっくるめて 諸々体験できるよと、10年以上も前から飽きずに 言いつづけて(くどいほど)今日まで 至っているんですが、そもそもボクたち ふたりは六本木の 路上である日 偶然 出逢った ことが始まりなんです。世の中には 偶然がないと 言われていますから、必然的に 出逢う サガ だったのでしょうが、そんなふたりが出逢いから はるか 10年以上を経ていまだに 上海で ヤジ キタ 道中 を繰り広げているんです。さて、 きょうは イースター。たまごからバリバリと割れて (その表現方法は シンボル的な ものですが)キリストさまが 復活されました。高級ホテルなどではイースター特別サービスプランや、百貨店なども 特別装飾がされていました。(写真は 伊勢丹の前にて)・・・ 聞きなさい。わたしはあなたがたに奥義を告げましょう。 わたしたちはみなが眠ってしまうのではなく、みな変えられるのです。 終わりのラッパとともに、たちまち、一瞬のうちにです。 ラッパが鳴ると、死者は朽ちないものによみがえり、 わたしたちは変えられるのです。 (コリント第一 15章51、52)
2006.04.16
こういうことになりました。いきさつはさておき、原稿をこれから書くところです。きょうから「推理作家になります!」なんて峰竜太の奥さん海老名みどりが記者会見したのを覚えていますが、ボクもこれから上海在住作家として一歩を踏み出したところです。うしろでタイタイがほんとうにこの人やるのかしら、といつものように怪訝な顔して心配していますが、きょうはきのうの取材した事を整理して一本仕上げる作業に取り組みます。これから毎日カウントダウンです。(むろん上海シニ-有限公司の総経理としての活動は行ないますよ)
2006.04.15
元野球フリークのボクなのですが、インターネットのおかげで野球情報に飢える必要のないことがよーくわかりました。きのうは 大リーグでは ホワイトソックスの井口、プロ野球では 巨人の矢野 というボクの出身高校の 後輩が日米で大活躍。こども時代のボクにとっては、大リーグ と 巨人 なんて「世界を征服した」ような存在でしたからね。野球マニアとしてのボクはラッキーな男で、出身中学が 東京都で 優勝しました。東京でN01ですよ!ボクは まだ 1年だったので 補欠だったのですが、その先輩たちの中から 卒業後 3人 甲子園に 出場しました。ボクは高校に入って野球は本格的にしませんでしたが、1年の時の夏に 甲子園に 出場しまして、応援に行くことができました。これは大感動でした。3年のときに 文化祭で 野球大会があって、ボクの友人 が 特別参加の そういうレベルの野球部を相手に ピッチャーをして勝利を収めたんです。その友人が 昨年 2月に 衝撃的な事件でこの世を去ったG君です。 (多摩信用金庫強盗殺人事件の被害者) あの頃、練習試合で立教高校の長島一茂がボクの高校に来て 大 二塁打 を打ったのもまじかで目撃しました。その他いろいろあるんですが、中国ではあまり深く野球のニュースと関わることができないのかな、と思いきや、既述しましたようにインターネットのおかげで「きょうのハイライト」とかTVのように動画で佐々木信也の「プロ野球ニュース」並にすぐに見ることができるんですね!王選手のホームランシーン見たいなぁ、と思ったら そのようなHPもあるんですね。この間なんか なつかしの大リーガーのバッティングフォームやピッチングフォームまで見つけることができ、ついついのめり込んで見入ってしまいました。いやこりゃ どこに居てもあんまり変らない時代になってきたぞ!っていうのが 実感です。
2006.04.14

あわわ、暑くなってきたかなと薄着をし始めた途端、ここ数日 小雨と強風できのうなんか小雪が舞った上海です。雨が降り出すと、雨傘売りが街に繰り出します。 梅龍鑑伊勢丹の前では数人の若者傘売りがいっせいに販売攻勢をかけています。傘を売っている人は破れた傘をさしていない方がいいですね。あと、どうせならさしている傘に大きく「10」元 とか書き込んであった方がお客さんの方から近寄って来やすいんじゃないか、ともおもいます。特に外国人が多いところでは明朗会計で売っちゃった方が いいように最近感じています。交渉面倒くさいんでしょうから。それにしても、どうしても傘の先っぽの方が すぐに 解れてしまうんですね。しょっちゅう針と糸で繕っていますよ、ぼくも。
2006.04.13
クリスマスに匹敵するイベント イースター (復活祭) がこんどの日曜日に 行なわれます。・・・ 心の貧乏なもんは幸せなんやで、神はんの国はそん人らのもんやさかい。悲しいもんは幸せや、そん人らは慰められるさかい。柔和なもんは幸いやで、そん人らは土地を受け継ぐさかい。(略)わてのためにののしられたり、迫害されたり、身に覚えのない濡れ衣で悪口を言われるようなら、あんたらは幸いと思いなはれ。喜んでええんや。無茶苦茶喜んでもええんやで。なんでか 言うたら、 天国で でっかい報いが 返ってきよるんやさかい。あんたらより昔の預言者のおっちゃんらも、皆おんなじように迫害されよったさかい・・・「コテコテ大阪弁訳 聖書」 (データハウス)というのがあるんです。上記は 山上の説教という 名高い 教えの一説からの引用です。心の貧しい人々は、幸いである、天の国はその人たちのものである。悲しむ人々は、幸いである、その人たちは慰められる。柔和な人々は、幸いである、その人たちは地を受け継ぐ。(略)わたしのためにののしられ、迫害され、身に覚えのないことであらゆる悪口を浴びせられるとき、あなたがたは幸いである。喜びなさい。大いに喜びなさい。天には大きな報いがある。あなたがたより前の預言者たちも、同じように迫害されたのである・・・・・・これが 新共同訳の場合。だいぶ 雰囲気が 違いますね。名古屋弁 版 も九州弁 版 もおもしろそうですね。と、 思ったら、方言 変換 サイト ってのもあるんです。こちら わしのためにののしられ、迫害され、身に覚えのないことで あらゆる悪口を浴びせられるとき、 あんたがたは幸いなんじゃ。 喜びんさい。ぶち喜びんさい。 天にゃぁ大きな報いがあるんじゃ。 あんたがたより前の預言もんらも、 同じように迫害されたんじゃ・・・ これは広島弁。翻訳は クリエイティブ な要素が 大きい と翻訳を 仕事に しているわたしの 父が よく口にしていますが、表現方法 のちょっとした違いで伝わり方も 違いますね。上海でも多くの 教会で イースターが 祝われます。
2006.04.12

クリントン大統領がまだ在任中にアメリカ国内を夫婦でドライブしたことがあるそうです。途中、給油のためガソリンスタンドに立ち寄ると、そのスタンドのオーナーさんがたまたま クリントン夫人ヒラリーの昔のボーイフレンドでした。そのことを聞くや、クリントンは 奥さんに「ぼくと結婚して良かったな。この男性と結婚していたら、今ごろ 油売りの おかみさんだったぜ」と言うと、ヒラリー夫人は「何をおっしゃるの?もしわたしが この男性と結婚していたら、このひとが 大統領に なっていたわよ」と言い返したそうです。うーん、すごいな。いつも じぶんだけでそこまで 成し遂げた、とはゆめゆめ思わないことですね。。。駅前に向かう小道。ついに旧住宅街完全崩壊しました。(あたらしくなる前は いったん 取り崩さないといけません)これが駅に向かう道。 汚れても この道しか ないときは 歩きます。(これがわたしの生きる道。 だけども その先には 栄光がある)なんてなことを 考えながら いつも 歩いています。
2006.04.11

昨年6月以来 日本には戻っていません。その前 もまる 1年戻りませんでした。戻ったときに身をもって感動したのが、こんなに 快適で いいのか?という印象でした。痛いところに手が届くサービス、相手を思いやる気遣い、そういうことが社会の空気で察することができるんですね。そんないいことばっかじゃない、というかたはそんないいことばっかじゃない部分だけ見つめてしまっているんでしょうね。たとえば、 バスの運転手さんも道路交通案内など 丁寧に応対してくれるし、発車するとき、「はい、よろしいですか、発車させていただきます」って、まるで最恵国待遇処置ですね。コンビニで お金を扱うことになったから、東京だけでなくタイタイの 実家だって千葉の明光風靡なところだけども、なんの不自由も無く快適でした。むしろ、住むには海と山に囲まれた最高のシチュエーションかも。残忍な事件はなくなりませんが、サービス・ケアに比重が多く占められ老人天国のような場所だなぁ、とひしひし思いました。これをご覧ください。日本社会では決して許されあるまじき勤務態度です。一応全世界に発信してしまってるので、本人の名誉のために目を伏せておきます。愛すべきバスのおばちゃん。居眠りでなくて、寝ようとして寝ています。すばらしい。ディス イズ 中国っ ! ですね。手抜きするときは徹底的に 手抜こうとします。何か 憎めないんですよね、でも。バスの運転手が こうだと こわいですね。さて これは、上海伊勢丹の前での老人たちの朝の運動風景です。中国の平均寿命は日本と比べて短いのですが、ほんとうは100歳以上の人口も 日本よりも多いのです。ただ、戦争中・共産時代幼少で亡くなったかたが多いので、平均値を下げているのです。とにかく 体動かしますからね。どこでも。ときどき後ろ歩きをしているひとも見かけますが、これも決死の形相なのがたまらないです。それにしても、朝早く運動着でなくみんな正装です。革靴履いて。わたしは、中国人が つっかけ履く習慣がないのに驚いています。日本なら ちょっとしか買い物とか「ママちゃり」で「おばちゃんサンダル」なんていうスタイルをお兄ちゃんもしますが、いつも革靴。もしくはシューズ。スポーツウェアも だんだん 用いられてますが、TPOあまりおかまいなしの スタイルを感じます。サンダルとネクタイが 日本よりもはるかに 普及していない国です。
2006.04.10

先日告知したとおり、アマゾンでベストセラーを記録された今話題のコーチ「魔法の質問」作者マツダミヒロさんが上海で出版記念セミナーを開かれました。場所は徐家匯のツインタワーの一角。わたしもご招待をいただき、都合をつけて参加してきました。感想は、やはり日本でも人気のセミナーだけあって、意外な展開と中身の充実したたのしい体験型セミナーでした。ポイントはじぶんへの気づき。面白いことにたいていのじぶんの質問に対して答えを出せるんですね、じぶんで。5年後になったつもりで近況を語らせる問答はけっこうぬけぬけとじぶんのあってほしい姿を語ってしまうんですね。わたしの場合、上海での起業が軌道に乗り、また新たな展開で動こうとしている最中なんです。社員もたくさん抱えているけれども充実している、そんなイメージでした。もちろんかなりの妄想です。さらに、じゃその先の大きな夢、というときにゲームがありました。それを達成するための要素をたった3つだけじぶんで挙げてください、ただしお金はダメ、ということでした。わたしは参加者30名超の中でトップでそのゲームを突破しました。その夢に必要な要素とは「自信」と「魅力」と「他人への愛・気くばり」とわたしは考えました。そして、その夢とは「ボランティアで学校をボコボコ建設する」というものです。もちろん、いまのことでなくて将来の大きな夢なので何を描いてもいいと思います。けっこう悪くない夢だから、トップで通過したのかな、としか思えませんでした。中国でも、イラクでも、どこでもいいので、必要なところに小さくともそういう場を提供できれば、いいなぁ、と思っているのです。またこのセミナーは、単なる達成確率の低そうな話を語り合うだけでなくて、明日からじぶんの行動のきっかけを導くものでもありました。参加できて良かったです。女性の参加者(それもけっこうきれいどこばかり)が多かったので、それも良かったですね。目の前にポリさん(ブログで最近知り合った方)がお座りになっていたんです。セミナー終了後に身元が確認できました。
2006.04.09

地下鉄やモノレールのホームに無料で配布されるタブロイド紙があります。上海に来た当初は中国語が完璧にわからなかったものですから、まったく関心がなかったのですけれども、かれこれ2年近く住むようになってきましたから、目に入る漢字だけの表記もそんなに目障りではなくなってきました。この新聞は東京都心のメトロニュースよりももっと普通の新聞に近く、市民の回覧版のようなもの。上海の生活全般から国内および海外のニュース、芸能・スポーツ・ファッションまで一通り網羅しています。ときどき手にとるようにしています。ちょっとだけ内容が把握できるようになってきました。地下鉄工事の着工状況と、完成後の交通状況が報告されていました。これによると、いま住んでいる付近に地下鉄の駅ができまして、この7号線はそのまま浦東の方まで行くことが可能になります。紫で囲った駅がリニアの発着地点龍陽路です。まだ完成予定の11路線のうち半分しか貫通していないのです。この2年であっという間に交通状況も変ることでしょう。さて、一通り読み終わったら駅の降り口でおばちゃんたちが、その新聞紙を回収しています。この新聞紙がちょっとした小遣いになるのです。
2006.04.08
香港から戻ってきたLGタイタイとサンプル依頼をお願いしていたCさんを交えて出来上がった品物を確認しました。さすがに日本の会社と通常取り引きしているCさんの品質管理したものだけあって、なかなかの仕上がり。なるだけ早く現物を日本側に送らないといけません。問題は発注数、工場との関係からある程度のロット数がないとこの手の商品は仕事にはなりません。そういうことをいちいち体験していく段階なんです。それはそうと、その後Cさんは久々に上海に戻ってきたLGタイタイを相手にしゃべるしゃべる、何をそんなに話すことがあるのか、というくらい立て板に水がごとく約1時間近くしゃべり続けていました。おかげで こちらは期せずして中国語ヒアリングマラソンを生で受けてしまいました。内容は5%くらいしかわかりませんが。Cさんの連続波状口撃にはおどろきましたが、最後にCさん「上海のひとの多さ、そしてしゃべっている会話を街中で耳にするとたいへん疲れる」とポツリと漏らしましたが、それは「アンタだろう」ともおもいましたが、ふだんはあれで無口なんだそうです。気の置けない仲間だと安心して心情を吐露するんでしょうかね。
2006.04.07

おかげさまで5万アクセスをクリアしました! メモリアル訪問者は驚異のアクセス数を誇るクリエイター ぶんさだ先生でした。 ありがとうございました。タイタイも上海を くまなく駆けずり回りながら独自のブログをがんばっています。こちらもよろしくお願いします。通過点です。伝説のブログになるにはまだまだ程遠いですが、地道に記録していこうとおもいます。さて、こう高層マンションに囲まれているのですから、それに付随したサービスはいくらでも考えられるわけです。わたしが少し関わっているグリーンサービス(観葉植物のレンタル)も可能性はあります。ところで、広いリビングにはどうしてもソファーとインテリア家具が必要になって、空間のある壁にはちょっとした絵画でも飾りたくなります。高度経済成長期には、飾りとして「百科事典」を本棚に並ばせたくもなるのでしょう。どういうわけだか、街のいたるところで大型の事典や写真集、美術図鑑などの販売会場を見かけます。「日本のトップセールスマン」の代名詞といえば、その昔は保険の外交員と百科事典の販売員と相場が決まっていたものですけれども、決して質の悪くも無い大型百科事典は確かに見ごたえはあります。本を売っていた経験から、いざというとき、この大型書籍は処理に困るんですが、やはり部屋のインテリアの一部に落ち着くんじゃないかな、という感じですね。あらゆるシーンで、一斉に消費が始まっているんですね。※ 百科事典は なぜ 困るか百科事典は、豪壮な装丁とヴィジュアルで一見価値がありそうにおもえます。たしかに全集を買いますと、高価なのです。だから、トップセールスマンが創出されるわけでもあるのですが。ただし、百科事典は 記述されてしまっているものですから、どうしても時が経つに連れて中身のデータが 古くなります。いまは科学が1年で昔の何十年ものデータで交換される時代ですので、発刊された時点で、すでに本質的な価値は低下するのです。歴史ものもそうで、新説や学説の変更も不断にありえますので、あくまでも、その時点での価値なのです。さらに、こういうものは発行部数が多いので、あなたがもっているものは意外と 他の同じようなひとも 持っているわけで、同じようなひとは 同じような時期に物を手放しますので、価値は一斉に崩落するのです。ですから、その崩落したときに価値を見出せるか、どうかが「古書」鑑定の極意といえます。ブックオフで 豪華な画集を 1冊 300円で 9冊 手に入れたことがありますが、バラして額に入れれば、立派な「商品」になりました。事典は重たいので、じぶんで持っているよりも、ほかのひとに預けていると考えたほうがいいでしょう。何かマイホームとのつきあい方にも通じるものがあります。
2006.04.06

小規模飲食店を目指されているT社長にお見せしたい出店候補地をちょっとご紹介しましょう。わたしどもの住んでいる場所からほどないところに河が流れております。このリバーサイドの再開発が本格的に始まりました。リバーサイドの向こう側は3号線と4号線が乗り入れている駅となります。このあたりの魅力は、環状線の内部ながらこれからますます富裕になるであろうという層のための高層マンションがひきもきらず立ち並んでいる上に、他の地区に比べて飲食関係のお店が絶対数不足しているということです。稼動すれば、多摩ニュータウンくらいの人口がこのエリアだけで収まってしまうんです。わたしは、直感的にここは第2の(いや そんなのはいくつもあるでしょうが)徐家匯になるんじゃないか、とさえ感じました。まだ、予定されている地下鉄7号線も出来ていないし、オフィスビルも完備されてはいませんけれども、池のある公園があって、リバーサイド、さらにカルフールも近くにあって、学校(職業訓練学校)もあるのですから、申し分ない立地です。あまり日本人にはマークされないような場所だとおもいます。(もっと目立った場所はいくらでもありますので)ですが、おお化けするんじゃないでしょうか。いっぽう、タイタイ は日本人大物投資家の奥さんに付き添ってサービスをしてきました。何をもって大物かの尺度は一概に言えませんが、タイタイが言うには、虹橋の高級一戸建てにお住まいの投資家の奥さんで、日本では通常 六本木ヒルズ に住んでおられます。(ヒルズ族です。月200万円の家賃だそうです)その虹橋の一戸建ても年間家賃1500万円で契約していらっしゃいます。ITで儲けて、いまは中国のIT企業を買収するためにこちらに来られているのです。年齢は30代後半。いまどきの成功者です。現在 日本語のできる運転手さんを募集しています。どなたか心当たりがあれば、わたしどもにご連絡ください!って 意外と 難しい要求ですよね。5月にはお子さんに教えたばかりのスキーを反復学習させるため カナダに行かないといけないし、6月にはニュージーランドでスキーをしないといけないし、たいへんお忙しい方なんですが、要するに唸るほどお金が余っている方をひさびさに目の当たりにさせてもらったようです。もっとも中国にはこの手の話もいくらでも聞きますし、日本のIT長者さんもたくさん乗り込んで来られておりますから、その周辺話だけでも何かおもしろいですね。中国は外貨準備高がとうとう日本を超えてしまいました。何十年もかけて築いてきた日本が、解放15年ちょっとの中国に追い抜かれて、でも成長途中、というのですから。中国といま関わっていることはとても貴重な経験をさせていただいているのをひしひし感じています。↑ 徳川埋蔵金ではありませんが、金目の物を探知機で探しているおじさん。 上海は街じゅうが宝の山に激変しているところなんでしょう。
2006.04.05
地下鉄のホームでうすた京介作「すごいよ!! マサルさん」(少年ジャンプで連載していたマンガ)に出てきそうな格好した男性を見かけたので、ついつい気になってついていったら降りる駅を間違えてしまいました。春のせいかしら。きのう日本語教室で北京オリンピックの話になったので、自家製の「北京オリンピック音頭」を生徒たちの前でいきなり歌って踊りだしたら、あっ気に取られました。春のせいかしら。柏原よしえ と 榊原いくえの区別がまだ つかなかったころ、「春なのに」 は 柏原、「ナッキ-はつむじ風」 が 榊原、と 反芻して 覚えた努力はいまとなっては 水物。社会主義経済論なんて授業に出て単位を取るのにやっきになっていましたが、そもそも社会主義って何なんだ、ていうくらいになってしまいましたものね。知識とは空しいものですね。春になって思うことはこんなことなのか・・・。2万部突破の著書:こころのエンジンに火をつける 魔法の質問 (サンマーク出版)を出された マツダミヒロさんが上海で出版記念セミナーを開かれます。わたしはご本人さまからご招待に預かったのですが、あいにく当日仕事が入っておりますため、ザンネンながら現時点で出席できない状況です。出席者から感動の反響が多数の話題のセミナー を ぜひ体験されてみてはいかがでしょうか?
2006.04.04
まだ不確定要素の大きい情報ですが、上海の国際空港の処理が追いつかないため、浦東の国際空港ひとつだった国際線の乗り降りが虹橋空港も乗り入れるように拡張するということです。特にアジア路線 つまり日本もその中に入るのですが、虹橋に移り変る予定がかなり高くなります。虹橋はもともと国際空港でしたから、元に戻るだけです。しかも、虹橋からそれほど遠く離れていない地域に日本人や韓国人がたくさん住んでいるエリアがありますので、その点便利になります。ただし、上海ディズニーランドや万博会場からは2時間くらいみた方がいいです。よって日本から当地へ乗り込むまでは約5時間はかかる、ということになります。リニアをまた造るかどうかわかりませんが・・・。昨日、某所から聖路加国際病院理事の日野原重明先生のご著書「生き方上手」をお借りしてきました。・・・「健全なる精神は、健全なる身体に宿る」ということばはよく知られていますが、原典を調べてみると、ローマの詩人ユヴェナリスの「健全な身体に健全なる精神を宿らせ給え」という祈りのことばであったようです。からだが健全だからといって、そう簡単に健全な精神がついてくるわけではないのです。健全な精神はやはり得がたい。けれど、肝心なのはからだより健やかな精神、あるいは魂というのが本来の意味のようです。・・・全篇にわたって通読している途中ですが、「欠陥があるにもかかわらず、健やかである」ことを求めて生きていくべきであります、と先生は述べられております。まさに、いま届けられるほとんどの不幸なニュースは、健やかさとはほど遠い精神から発生していることがほとんどです。どれだけ後続に健やかな精神の重要性を述べ伝えられるかにその社会の明暗がかかっているような気がいたします。
2006.04.03
沸き栄える徐家匯の匯港広場裏手にローカル食堂の溜まり場が軒を連ねています。ここはいい。表通りの煌びやかなモダンなレストランも悪くはないけれども、10元前後で家常菜が食べられるようなお店が上海生活ではやっぱり一番。Hさんとぶらり夕食をともにしました。彼は、ある事業のスタートに誘われて、その準備としてきょうから北京へ経つその前日。その後数ヶ月ぶりに日本へ。少し依頼したいこともあって、小荷物を手渡します。日本へ戻ったら、親とご家族に「ありがとう」と感謝の気持ちを伝えように、とじぶんにも言い聞かせるように言いました。いまの生活、夢を追いかける人生、それを見守ってくれている親、家族がいるからこそのチャレンジであって、それなしでは本末転倒、とはわたしも最近つくづく感じているところ。堅い握手を交わして、お互いの健闘を祝しました、途中、依頼している商品のサンプルの進捗状況についてCさんから連絡いただきました。ムリな注文ですが、方々当たってもらって進めています。日本で10年近く苦労してきたCさん。上海で成功されました。助けてもらっています。中国に渡ってきたのは、「何かデカイ、面白いことやってみたい!」という気持ち。それはわたしもHさんも同じ。ただ、目の前にある小さな課題をひとつひとつ感謝とともに乗り越えることにこそ偉大なことが隠されているんじゃないか、そう強く感じるようになってきました。・・・ 人生の大事業とは、小さなことを完成することである (内村鑑三)
2006.04.02
夕方 日本語教室の後、Hさんとお会いします。かれも上海でチャレンジをしている仲間のひとりです。この先、何を行なうにしてもひとつひとつ選択していける自由があります。選択してちょっと違ったかな、ということも多いかもしれません。何に重点を置くかはそれぞれの立場や環境により違うでしょうが、究極は 「しあわせ」。どんなときでもだいじょうぶ、だと思える安心感をいつも持てれば、いまの軌道修正もまたひとつの貴重な経験です。そんな話になりそうです。
2006.04.01
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