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10日ほど前の寒波がウソのような空模様で年末作業がドンドンとはかどりますここ山陰は春に偏西風に乗って中国大陸から飛来する黄砂現象が昨日、今日と観測されています。鳥取市では昨日、見通し距離が7kmとなってこの季節としては33年ぶりという地方新聞は早速この現象を捉えて「見通し利かぬ年の瀬」とタイトルをつけた。 座布団3枚季節はずれの椿事で「黄砂」と気付いた人は少なかったに違いない。今朝も快晴であったが自宅からは大山が東に在って四季を通してまず逆光となり写真には適しません、シャッタはいつも午後からです。この季節は晴れたら大山はきれいなんですが肉眼で四方の連山を見ると霞んで視界が悪かったですね。新聞によると鳥取県衛生環境研究所は「10月に観測された例はあるが、12月は非常に珍しい。春の到来が早まっている可能性も考えられる」と分析しているという。 まさか・・・・冬になったのはつい先日ですぞ! この季節の同じ場所での比較をしたくてお馴染みのスポットに出かけて撮影してみました。<黄砂>軽い黄砂です、春先は山容が見えないのです。※撮影時刻:どちらも午後3時ごろです。近くのスーパへ買物に行った帰りで思わぬ道草を食ってしまいました(余談ですが)ここはアマチュア無線VHF帯でロケーションが良くて40~50km遠方まで通話可能です。
2009/12/27
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1週間ほど連続した寒波は一段落です。昨日は日頃お世話になっている集会施設「公民館の年末大掃除」ですサークル活動(25)の部から代表者、自治会長、在宅福祉委員、食生活改善推進委員、有志等の皆さんで50名ほど集まった<厨房で>各部屋の窓拭き、蛍光灯洗い、床磨き、ワックス掛け、草取り等手分けをしたやりました<ブラインド、床磨き>「まくれんなよ!」 訳:転ぶなよ! 包丁研ぎ(30本) ※切れない包丁ほど怪我が多いですよ!この寒波で自宅の仕事も停滞気味というのに夫婦で参加という熱心な方もいらっしゃいますし、このボランティアは「公民館報」でお願いしてあるのですが「無関心」の方もあるのは何処の地域でも同じことです。出席者は殆んどの方が年間を通してお馴染みの方ばかりです 口を動かさずに手を動かせ! とは子供の時に先生、親から耳に蛸が出来るくらい聞いた言葉ですねしかし、ボランティアと言いながらこれも元気だからこそ参加出来て交流が図れるということです南から陽光が差し込んで暖かな日和でした さすがに「人海戦術」ですね1階の事務室、集会室2、トイレ、物置舎、厨房2階の談話室等3室、トイレ 2時間半程できれいになりました公民館長「おかげさまで大変きれいになりました、皆様よいお正月をお迎えください」さあ、これからは自宅の大掃除、お正月準備が待っています
2009/12/22
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よく降りましたね、まだ寒気が居座っています。今朝も激しい降雪今日は公民館祭サークル「蔬菜の会」の視察研修会でした自宅では5cm程度の積雪ですからたいし事はありません。集合時間までに7割の会員の参加がありました(会員の8割が女性でがんばり母さんばかりです)視察研修場所は県西部地方の各施設ですから遠くて30kmです。1、水稲育苗センタ(今春リニューアルオープンです)2、白ネギ処理施設3、人参 〃4、甘藷貯蔵施設1、水稲育苗センタ季節柄、今は休業ですが中の近代的な施設を見学させてもらいました。昭和時代の米作農家は夫々種蒔機を所有しそれなりに(保有水田面積)対応して種蒔きをしたのですが近年はこのJA苗が参入してからはそちらの方を選択する農家が増えました。自宅で種蒔きすればそれなりに安価ですが床土、覆、育苗機、育苗資材等に出費があるので無料というわけにはなりません。まして、田植えまで1月は育苗(水やり、シートかけ)に手間がかるので小規模農家は専らJA苗を購入されているようですね。 ※自動播種機の前で 2、白ネギ処理施設昨夜からの雪、今日の入荷はなさそうだとの理由で昨日は残業だったそうで本日は「臨時休業」なので作業員さんはいません・・残念 機械も停止です3、人参 〃白ネギ、同様だそうで今日の入荷はまばらです。ここは境港周辺、さすが積雪はありませんが粉雪が紛々として路上に舞っていました。お食事どころで懇親会! 中は暖かで私たちのため貸切りです<粉雪紛々>近代的設備をご披露したかったですが・・作業施設は生憎と風寒く、横殴りの雪が舞い込んでデジカメもポケットに入れたままでした。昼食後は境港「お魚センター」で買い物をして楽しい一日を過ごしました<一口メモ>甘藷の保存について当地方では”悪いものの代名詞”に「腐れ芋のように・・・・」といった使い方をします。そのように甘藷の冬季保存は素人は「難しい」といわれていますその理由は、雑菌によるものです。周囲温度10℃を基準として+2、-2度では良好だそうですがこの範囲を超えると高い温度を好む雑菌、-2度を下回ると低い温度を好む雑菌が繁殖して腐らすのだそうです。したがってこの4℃(湿度40度)の範囲で管理しなければならないわけです。※我家では芋穴を掘ってモミガラをいれておいたから腐れなくて良かった!という話を聞くことがありますけどその歳がたまたまその温度であったというだけで、今年、来年も保障されているわけではない・・・ということなんです。このカビ(ウイルス名称)も聞いたのですが10分はどしたら忘れてしまいましたが、解かり易い説明に日頃不思議に思っていたことが解かってうれしかったです。ダンボールの中で甘藷を新聞紙で包んで(乾燥防止)「冷蔵庫の上」に保存しておくのも一案だそうですよ
2009/12/19
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師走の最初の日曜日なんですが本日「申上祭」の祭礼行事。出雲、伯耆地方では盛んな行事であります。わが自治会は年間を通じて3回の神事があります。1回は1月5日(お陽待ち)・・・冬至後の一陽来復2回は7月13日(船上神社祭)・・・・無病息災祈願3回がこの申上祭です一口にいえば「今年の豊年、家族安全」を氏神さんに感謝申し上げる祭礼であります昔からの風習がいまだに残っていて、あちこちの集落でこの行事が行われています。1月と7月の2回は当番さんが時間内(11時~正午)にお参りに来る人々にお神酒をもてなす程度で宮司さんは欠席です10年前に盛大な遷宮をしてからは1年のうちせめて1回だけは宮司さんのお払いを受けようということになって今日に至っています※写真を撮るなんて失礼かな・・と思いました・・1枚だけです。撮影場所周辺には約30人の氏子が集って神妙にして座っています平成の初期、長年お世話になった宮司さんも寄る年波で引退となってしまいました。奇しくも前宮司さんのご親戚が神職を継承されていると聞きこの度の祭礼からお世話になることとなり血縁者宮司さん3代が我々氏子の禰宜(ねぎ)ということであって嬉しいことでありますこの日は3つの申上祭が予約されていて祝詞をあげるや次の地区にと行かれたようであります御供え物は農産物を主体として奉納します。つまり大根、カブ、白菜、鯛?であります例外としてお頭付き鯛は海産物なんですが異議を唱える氏子はいませんね鯛はその昔から縁起物で御供え物なんですから。宮司さんの祝詞、玉串奉納は自治会長、農産(副)部長、祭礼当番さんがそれぞれ玉串奉典して氏子皆の衆がそれに続いて拍手を打って祭礼は終了いたしました。祭りといえばまず「花火、お神輿ワッショイ!」の光景が浮かんでくるのではと思いますが、そんな賑やかな祭りではまったくありません。私たちの集落は34戸、戦後60年以上も経過しているのに4,5戸増えただけですので農業を主体とした祭礼には意義を唱える人は誰もいません、出席率も90%以上です。所要時間はお神酒を頂戴し簡単な料理を戴いて1時間ほどで終了です。昔とちがって随分と寂しくなりました若かった頃は宮司さんを囲んで一席を設け氏神さんのお供をしたものでありますが今の若者はあまり飲まないし地区の人に溶けようとしないのも不思議?です・・・・・しかし、こんな古めかしい神事に「若者が出て来い」というのが無理かもしれませんね<追伸>先日の男の料理でのソバ打ちの前段ですが・・・材料はソバ400g、つなぎ粉100g、水230gが適量です1、ソバ粉、つなぎ粉を全量に水を入れないでよく調合する2、混ぜあったら水をチョロチョロと満遍なく注ぐ3、割り箸で水が行き届くようにかき混ぜる4、仏様を拝むようにして両手でもむ5、よく馴染んだら全てをかき混ぜソフトボール状に何回もこねる(約300回)6、硬かったら少し差し水をしながらこねあげる7、艶が出て、硬さが耳たぶ位になったら前段は完了です
2009/12/14
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9月に誕生した孫(颯真)は泣き、眠り、お乳を飲んで、オシメ換えの毎日でしたが10月の終わり頃から目も動くものを追うようになり話しかけには応じるようになりました近傍に住んでいますので両親としばしばやって来ては我家の人気者になっていますさて、先日大豆の収穫のBLOGを書きましたがまだ丹波の黒大豆の収穫が残っていましたこの大豆はご存知のように一般の大豆よりもうまみが断然違いますね(だから値段も3倍はすると思います) 黒大豆の特徴としていつまで経っても熟れないのですが今年は格別ですもはやこれまでと刈り取って我家で干すこととしましたお正月に間に合わないかも知れませんねこのような類(大きくて美味しい)が小豆でもみられます丹波地方小豆この小豆は兵庫丹波の特産なので土質のあっているのでしょうね。この種をわが土地の持ち帰って栽培しても1~2年は良質でも栽培し続けるとだんだん普通の小豆に帰ってしまいます(いわゆる、先祖帰りというやつです)ですから我家は、適度に種を更改しています。わずか5アール程度で6種類の豆類を栽培してみました。現在、天日で乾燥中のをお見せしているわけです、黒大豆は本日刈り取ったのでこれから脱穀なのでお見せ出来ないのです。<男の料理教室>師走の教室は<ソバ打ち>の定番です先生も一緒になり精を出しました、今年はソバは不作だったそうです ※小生麺棒使いを担当していましたが誰も写真を撮ってくれません粋な麺棒さばきを披露したかったのですが・・残念ぶり大根はこれで3度目の講習ですが皆さん上手になりましたまだまだ新年には早いのでこれは保存できませんが、我家では年末ともなれば孫の父も来て賑やかなそばうちになるであろうと思っています 今回も大急ぎで溜まった日記を書きました。
2009/12/10
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毎日BLOGをUPされる方には頭が下がりますね、やっとUPしてやれやれと思いきやすぐ日が経ってしまいますね秋日で日が短いせいでもあるのでしょうが瞬く間に1週間が過ぎました。最近は日記というより「週間記?」です先月の日曜日に中学校の同期生会が3年ぶりに当地で行いました3年毎に今までズッと郷里で行ってきました殆んどの同級生が山陰に住んでいるということでもあるのです<話は3年前に遡ります>「次回は自分が率先してお世話するから私の住所、松山市でしませんか!」というO君の提案に満場一致で賛成したのです何十回も郷里で行うよりも子育ても終り、会社勤めも終わった(退職)のだから修学旅行気分も兼ねて温泉につかり1泊2日工程で・・・と誰もが思ったことでしょうここまでは良かったのです・・・まとめ役が10人(私も含めて)でした。いよいよ今年のお正月に新春ミーティングも実施して決意を新たにしてやる気満々だったのですところが同期生の皆さんの意思を聞くに殆どがこの2年間にすっかりその気分は冷めてしまっていたのです希望を募っても気の無い返事が返ってきます。おまけに世話人の中からも離脱者だ現れてきました(内部分裂です)強行実施したなら20人弱であったでしょうか(同期生会は約100人で平生の出席率は40%位です)今から思えば強行突破で実施出来たかもしれません、一番がっかりしたのはO君であったでしょうせっかく会場も1年前から予約し、町の案内も自分でやると張り切っていたO君には心から済まないと思っていますという訳で今回も地元で実施することになりました。出席数は45人も集まってくれました。地方によっては昭和30年代後半から都会へ都会へと人工流出が進み郡部では「過疎地」という言葉が生まれたのはこのころだったと思います。ところがわが級生は活路を地元産業に求めた人が多かったようです元気なお姿の恩師と出会うのもまた楽しみですがだんだん欠席が目立ってきました。それもそのはずほとんどが80歳を超えていらっしゃるんですね <今回の記念写真>全員の了解を得ています(蛇足)という私たちも黄金の60歳の半ばとなってきました同期生会の話題も変わりますね、若いころは子供の事、やがて孫の自慢、親の面倒、そして自分自信の健康管理と移って行くのは人生の縮図を感じます最近の民主党は・・・なんて話はまったくゼロですね(笑)飲んで食べて歌って、笑って泣いた同期生会でした次回は3年後です。待ち遠しいなあ・・今まではスナップ写真を各人に送っていたのですが面倒になり廃止にしました。デジカメ時代ですからね・・・・それでいいと思っています。ところ後日になって世話人から「記録を残そう」ということになり3人の各人で撮った写真を「アルバム」にしておくことにしました合計100枚ほどありました。過去の記念写真をスキャナーして「アルバムソフト」を使用してBGM(校歌等)も入れて諸所でコメントを書いてやっと出来あがりましたCDは20枚ほど焼いて「ラベルメーカー」で印刷してやっと完成しました。なんていうことはない、思った事が逆(さかさ)になってもうクタクタでした これが小生のこの1週間のメインでありました(笑)まだ、年賀状を買っていないいないのですがね・・・この方はいたって呑気に構えています。 よくあり得る事を尤もらしく書いてしまいました。ご容赦を・・・・
2009/12/04
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