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さて、昨日の続編です。壊れた過程からしてHDの壊れ方が物理的でなくソフト的であると思っていましたので(HDが作動しなかったらリカバリーディスクを使用するのだそうですね)このリカバリーディスクは使用しませんでした<リカバリー>Tメーカは親切、丁寧ですね。対応は0120で1対1で教えてもらいました。事前に「セットアップガイド」なるものを予習していたのですが、あまり役には立たなかったようで・・・ただOPさんの指示に従えば15分ほどで完了しました。(指示工程は省略です)次から次に変わる画面を見ながら・・・・そして「終了」をクリック。そして画面に現れたものは「Microsoft Windowsへようこそ」のおなじみのデスクデスクトップ しばらく経つと鮮やかな壁紙の上にアイコンが数個、3年前に購入したと同じ画面が出てきました理屈抜きで嬉しかったですね、子供みたいでしたでもこれからです、3年前の購入時になったとはいえマイカーではあるまいし、新品であってもソフト的には中古品なんですね。その3年間にXPは進化し続けています。例の「アップデート」というやつです。セキュリティをINSTする前にINTNET設定をして外部と接続が出来るようにしてから今度はウイルスバスタの再投入です。TM社に訳を話すと気楽に再INST方法を教えてくれました。さあ、これで「鬼に金棒」でも3年間にINSTしたアプリケーションソフトが全滅していますこのノートPC以前はDESK-TOP(XP)を使用して現在も別室で使用していますので何のソフトが入っているのか調査することは簡単です。まあ、不要なソフトをたくさん入れていました面白そうなゲーム等たくさん入れただけ、少しも使用したことのないソフトはinstしないこととしました。必要なソフトCDは保管していましたので1日で何とかINST出来ました。それでも動作確認しながらの作業ですので時間がかかります。<大切なのはメール>メールアドレスはDESK-TOPのPCからINPORTして難を逃れました。その他、作成書類は250GBの外付けHDの「マイドキメント」に保存していましたのでINSTして助かりました。しかし、メールの送受文章は全てパーとなりました(残念です)一番助かったのは写真、音楽です。昔の白黒写真をスキャナーで何日もかけて取り込んで保存した思い出の労作?です。音楽は「**全集」なるものをMP3圧縮して700曲くらいはあるでしょうか勘定していないので解りませんが・・・・・・・・デジカメ写真とあわせると14GB,音楽は7GBの容量です、大切なものは他のメディアに保存しておいて大成功でした<最後に一言>各社とのID,PWの一覧表を作成してPCにフォルダーを作成しておられる方もあると思いますが(あくまでも1個人で他の方に見せもしないし貸せもしないという意味です)面倒でも、昔方式でノートに書き込んでおいた方がBETERだと思います。これでも十分時間短縮することが出来ました。※スリムになったこのPCで昨日からこのBLOGを書いています。私事の騒動の始末時で退屈されたかと思います、PCは機械ものです。 半導体、超LSIのかたまりで放熱のため常時マイクロモータが高速で回っていますがやがて壊れるときが必ず来ます。「データのコピー、バックアップは面倒でも随時実行しておかなければならない」というのがこの度の教訓でした明日は衆議院の選挙ですね・・・・どこの党も聞いておればみないい事ずくめ、それではその財源は・・・ 「言うことは易し、行うは難し」ですね。さて結果はどうなることやら・・・・・ 長のおつきあいありがとうございました(謝)
2009/08/29
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今日、午前中は久しぶりで1時間程度のシトシト雨が降りましたいつの頃からであったろうか、PCを立ち上げてスタンバイになるまで「ウイルスバスタ」アイコンの表示にマウスを充てると「ユーザ登録がしてありません・・・・」と警告が現れ20-30秒ほどすれば正常アイコンとなって「スタンバイ状態」になる。その後はほぼ正常に働くので放置していました。6月頃にメーカに質問しましたけどなんやら難しそうな回答だったので放置しておきました<問題はこれからなんです>盆で暇なものだからこれを解決してやろうと思い立ったのが運のつきだった。とりあえずmy dataを出してみるとチャンとユーザ登録されているのではないか! それなのに「未登録とは失礼な!」と思って追加(訂正)欄に空欄になっていた「FAX」場所に自宅電話番号を記入した。他の記入欄を訂正したりすると(何も訂正するものはなかったが・・)何事が発生するとも限らんと思いそれだけで更新ボタンを押した。「訂正を受理したので確認をメールで受けてくれ」というメッセージこの方法は一般的な常用手段で本人確認のためメールを送ってそれを開いて当方からそのサイトに向けて何がしかのサインを返信して一連の作業終了ということになっているようです。<ところが・・・>確かに当局から「変更確認メール」が届きました。しかしどうしたことかこのメールが開けないのですそれに伴って既に受信している他のメールさえも開けなくなってしまいました・・・・「CTRL+ALT+DEL」でも場面が固定してしまってウンともスンとも表示はそのまま・・・やむを得ず「電源OFF」して再起動をかけたらブルースクリーンが表われ(もう忘れてしまいましたが・・・)SAFEモードで立ち上げる方法他2つの方法で立ち上げてみてくださいとこれも英語(殆ど解りませんが)でのコメントであったがどれをやってもエラー****24となってしまってそれから先はstopTメーカに問い合わせるとエラー番号24はPCにとって致命的でフォーマット(リカバリー)するより方法がないということであった「とうとう壊れた! あんなことしなければよかった」と反省しきりでしたさあ、困った、3年間も使用したPCのデータがパーとなる・・・・・・ 面白くない話で申し訳ありません・・続きは後日です 本日の記事は読み流しで結構です、コメントは次回でよろしいですからね。
2009/08/28
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菜園の会で視察研修に出かけましたお隣り「島根県仁多郡横田町」のトマト農園です。先ずは履物を交換して全身消毒!巨大なトマト栽培用のハウスがあり、我々が平生食卓に上っているトマトの糖度は3~4程度だそうです。ここは高糖度5,6,7,8のトマトをハイテク設備で生産しているのが特徴です。三万数千本のトマト苗全てをトマト棟5~6棟で栽培し温湿度、液肥が全てコンピュタ制御となっていて、巨大な栽培塔にはほとんど人影は見えない、約30名の方が働いているそうだ。今日は収穫が無いため選果場稼動していなかった。S,M,L,LL×糖度5,6,7,8,9=20の選別出口が・・・・今日は休日らしく選果場の機械は運休であって人影は見当たらない※PCの調子が悪く悪戦苦闘でやっとのこと、ここまで出来ました。文章を書き上げても下書き保存が出来なかったり、プレビューが開かないまませっかく書いた記事がパ-になったりで???です。また消えてはいけませんので此のくらいにしておきます。
2009/08/23
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盆も終わってやれやれ一安心・・・と思いきや、お墓の灯明の撤収を忘れていました自宅の墓は四方が水田に囲まれた平野部でには絶対といっても大丈夫なロケーションなのでつい火の用心の心配がありません。しかし数年前から灯明はLEDで4基の灯篭を燈しています(LED使用本数8本)そのヒントは先輩から教わりました。バッテリー、ソーラーが電源部で常時昼間は太陽充電して夜になると放電させて点燈するわけです。ですから四季を通して常夜灯ということになりますね。ところが近くの方が「冬でも点燈してあって気持ちが悪いから止めてくれないか」ということであっさり撤去したそうですしかし、盆だけはこの方法で点燈させているという事を聞きました。LEDといっても色彩豊かですがまさかイルミネーションでもないもので白色を使用しています。本心は「青」にしたいんですけどね、青い火の玉だなんて言われそうで・・(笑)短期間ですのでソーラは不要です、満充電した蓄電池(軽自動車用で十分です)さえあればOKです。「またあの変わり者が・・」と言われそうなんで遠慮していたのですが珍しがって同じお墓の方が笑って見逃してくれています。また野中の墓地のため隣家が無いのですから苦情を言う人が無いのです(笑)5日間も昼夜点燈していたため「もう蓄電池が上がってしまったかな?」と予想していたんですがどうしてどうして充電する必要もないくらい丈夫でした改めてLEDの消費電流の少なさに感心した次第ですこのバッテリーはアマチュア無線の移動運用の補助電源としても重宝しています写真UPしたかったのですが既に収容済みなものでお見せすることが出来ません。悪しからず・・・・・です朝の目覚めは快適になりましたがそれにつけても残暑厳しいですね、4日間真夏日です明日は35℃の予報でどこかに逃げたい気分です
2009/08/19
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この欄をお読みの方は一つ前のBLOGからお読み下さいさてhiちゃんのことである、もう少し話題を続けます。年代が違うので彼の中学時代は判然としない、だんだん手がつけられなくなる不良になっていくのでは思いきや反って落ち着きが出て長男らしくなった。そうしないと進学校にはまず入れない、根は秀才の部類であった。さて昭和30年初期頃の校区民運動会の慰労会での出来事であるhiちゃん(高校生)は早朝の水田管理の帰り道で野犬の交通事故に遭遇した本体をカマスに入れて持ち帰りさっそく料理して煮込み料理を作ったのであるこの時代肉料理なんていうのは最高のご馳走であった皆の衆が食べている時は黙って自分も食べ、宴会が盛り上がってきた頃チャンス到来とみて「これは・・・で首輪していなかった野犬なので持ち帰って料理した、美味いだろう」と、・・・皆、唖然とした、なかには美味しいと言って平然としている男衆もいたことは心強いトイレに走るご婦人、吐き出す人、いろいろとあったがパニックには至らなかった。「一服盛られた」そのような毒物、劇物でないのだから安心出来たであろう白状するのだが私は事前に知っていた、「**よ赤犬が落ちとったわ、今日の慰労会にするからお前も手伝え!」と応援を頼まれたのだ。あまりいい気がしないので生返事しておいたらhiちゃんは自分一人で解体料理したらしい、まあご苦労なことだこれが友情と言うのなら一緒に手伝ってやらなければならなかった筈で一抹の裏切りの感がしてほろ苦い思い出となってしまったそんな事はたまにあることでhiちゃんの日常生活は学生で下校後は黙々と家業を手伝った地区の模範生でもあった。その後東京の大学を卒業し故郷のS銀行に就職した小中学校の恩師には就職の挨拶に行くのが当時の習慣であったが先生の大多数が硬い会社に就職した事に驚いたらしい「貴君がねえ・・・・それはオメデトウ」と異口同音に皮肉たっぷりに祝福してくれたと苦笑するきっと彼の子供の頃の「悪ガキのイメージ」があったのであろうか そろそろこの追悼は終わりにせねばならない・・・私は私でhiちゃんとは異なった道を選択し転勤範囲が中国5県であったから15年ほど同郷ながら深い交際はなかった。その点hiちゃんは境遇に恵まれていた、転勤といっても何処の事業所でも自宅通勤可能範囲なんだ(これを我々はスリッパ転勤と呼んだ)どこの事業所でも豪傑ぶりを発揮して、大学卒でも出世欲もなく怖いものなしで頼りがいのある叔父さんであったという。★いつしか長い時が経ちアッという間に定年前の肩たたき・・・化け物のようなhiちゃんにもこれが訪れあっさり退職、家業に専念することとなり、数年後私も定年・・・・・「何か思いつこうか?」とこの地区で「農業後継ぎ長男」を限定して「長男会」なるものを結成した(13人)水稲栽培、そば作り、大豆栽培に取り組み売上金は来年の種子、肥料代に残し「残額は全て旅行、慰労会に使用してしまおう」ということにした。 会員の中にも現役者がいたから余程居心地が良かったに違いない。勿論hiちゃんも会員で副会長であった。東京、伊豆、信州、東海、丹波、越前、四国、九州、隠岐等の観光地は毎年2回は出かけた、仲良しグループであり農作業を欠席してもお互いカバーして喧嘩別れなんて起こらなかったのも珍しいこの組織は12年間も続いた、この頃が一番懐かしい思い出である。<最後にとっておきの話>四国、高知のバス旅行であった、場所は名高い「葛橋」有名ですね・・・下をみたら尻がキューンとして怖いですね1/3程度を団体で渡っていたら風もないのにユラリ、ユラリと揺れだしたのだふと橋の中央付近を見るとhiちゃんがニコニコして両手で葛橋を握って身体ごと揺すっているではないか!一般客から悲鳴が起きたものだから「やめい!」と思わず怒鳴った(天の神様はジッとこの様子をご覧になっていました)ピタッと止まるものではない静かになるまで30秒は掛かったがその時間の長かったこと・・・そのことがあってから1時間、近くの大歩危で昼食を執った。早飯のhiちゃんはすでに終えて遊覧船の乗船の場所で時間待ちをしていた「遅いなあ随分待っていたぞ!」と彼がいう、ところが彼の周辺から異様な悪臭がするではないか?よくよくみたら近くのトイレが満員だったろうか、何者かが待合所に不発弾?を落としたらしいそれをhiちゃんは新調したスニーカーでしっかりと踏みつけているのではないか!「なんだコリャー、足元を見ろ、いいか、先ほど葛橋であんな悪ふざけをするものだから神様が天罰を下したんだ、これが本当のウン(糞)のつきだわ」といったら「泣くようだわ、だれかちり紙持ってないか?」「誰も持ってはおらん、下の川で素手で洗って来い!」・・・・と 彼がトボトボと川に下りてから一同、「悪いことはできないもんだなあ」と大笑いであった ----------------------------------------------------<終わりにあたり>昔の事は懐かしい、2日に渡って供養のつもりでこの豪傑者Hiちゃんの武勇伝のひとコマを述した。きっと黄泉でも何食わぬ顔でふざけていても我々同士の安泰を祈っているのであろう555 Go,Go,Goと夭折したhiちゃんの心からのご冥福を祈るのみである 合唱2日間のお付き合いありがとうございました
2009/08/15
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昨日の日記(8/14)です今年は霧雨の盆入りの13日であった。本日は全国的に快晴、気温もほどほどで過ごしやすく気分よくお墓参りを済ませることが出来た当地区では2戸で新仏があっていわゆる初盆のお宅である。そのうちの一人、仲好しの先輩のhiちゃんが昨年9月早々逝ってしまった。BLOGでは悲しいことは敬遠するけど盆の供養のつもりでhiちゃんの想い出を書くことにした。hiちゃんは昭和15年5月5日生である。555のトリプル5である。終戦が小学校1年生、日本が今後どうやって復興していくかというよりも毎日の家族の食をどのようにして確保するかが第一であった。戦後、みんな家族は分担してよく働いた、プラプラしている人は誰もいなかった。子供はそれなりの仕事があって父母の言いつけを忠実に守ったものであるhiちゃん宅は地区の中央に位置していたため自然と子供の遊び場となっていた。誰が名付けたのか「大溝のカド」と呼んで今に至っているhiちゃん宅の屋号は「大溝」したがって彼は「大溝のhiちゃん」とよばれた公園なんて田舎には一つもなかったしあるといえば神社、お寺くらいな空き地で十分遊べたものであるが残念ながら2つとも我々の地区にはない下校すれば誰となく「大溝のカド」が学童の溜まりとなった。男子供は生意気にもだれが喧嘩が強いか、足が速いか、腕力があるか、相撲が強いかといったところに優越感を抱く時代で勉強なんか二の次学習塾なんて何処を探してもなかった時代だ陣取り、かくれんぼ、缶けり、コマ廻し等季節の遊びが流行してとても賑やかだった時代で子供がうようよといる時代であったのだたいていの家には3~4人の子供はいた。hiちゃんは4人兄弟の代1子の長男であった。名誉の子供大将であった。この先頭に立ってガキ大将振りを遺憾なく発揮したものだった。当時、子供の自家労働としては家畜の餌作り、風呂焚き、台所の手伝い、子守り・・・・・すべて一人前であった。hiちゃん宅は分限者で使用人もいたぐらいだから有福だったに相違ない。ある夕刻いつものように皆で遊んでいたらhiちゃんの父が「風呂が炊いてない、お前は親の言いつけを守らなかった」と言う理由で胸元を掴んで3回平手打ちを放った・・・・かわいそうに口から血が・・・子供心ながら「そこまでしなくてもいいのに・・人前で」と他人ながら腹が立ったそういうスパルタ教育を平然と人前でやってのける軍隊気分がいつまでも取れない父親だった。「喧嘩をするなら先に手を出すな、出されたら2倍にして返せ、喧嘩は平手でやれ、物を持って殴るな、喧嘩は勝て!」それなりに喧嘩の心得は熟知しておったこととみえる。といって教育をした父親だったからなにおかいわんやであるHIちゃんは日頃明るい性格で(当時だれもそうであったように)大人とでも平然と会話をできた人であったからすごい「うちの親父があんな気質なもので機嫌をとるのも大変ですけん」そういってにこにこしながら平然とした猛者であった。ある日そのHIちゃんが6年生だったと思うが学校内でえらいことをしでかした。いたずら好きの連中と言うのはどの学級でも有ったがこのHIちゃんはすごかった。音楽室の午後の1時限であった「キャッー」とも「ギャー」とも判断のつかぬ女先生の悲鳴が教室中に響いた先生がピアノを弾こうと鍵盤の蓋をあけたら長くなった青大将(蛇)がドタッーと置かれていたのだったそれから後の始末記は想像にお任せするがそれを知った担任は激怒し顎が外れるほど殴った校門の前に立たされてベソをかいたHIちゃんを見たのは今でも忘れがたいそれを知った父親はその夜、校長、女先生、担任のお宅に断りに廻ったというその怒りでhiちゃんはその夜は家に入れてもらえなかった。どこで眠ったやら野宿であった。勿論飯は食えないさぞかし、ひもじい思いだったろう少しも悪びれもせづ「女先生だから脅かしてやろう」というだけの単純な理由であった・・・・・大人になってからも地区の慰労会では酒が入ると悪びれもせずこの事について雄弁に語り続けて笑わせたものだった長くなったので続編とします・・・
2009/08/14
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台風の進路は何処や・・・・と思ってTVのスイッチを入れたら地震のニュース早朝の05:07 静岡県で震度6弱、M6.5の地震が発生した。震源地は駿河湾下23kmで東海地震より深い場所だという。県内あちこちで大きな被害がで出た模様である。111人が怪我人が出たと夕方のTV報道、幸いにして死者が出なかったのは不幸中の幸いであった。 駿府城の石垣の崩れ、道路の崩壊が各所で有ったらしいが激しい揺れが6SECで比較的短かかったため住宅の倒壊はなかったらしい。今回の地震は「前兆すべり現象がなかった」という理由で東海地震とは直接関係がないらしいが65年振りの大きな揺れであったというこの「前兆すべり現象測定器」が東海数百箇所に設置されているこの測定器が作動すると2~3日中に巨大な東海地震が発生する確率は極めて高く日本の地震でこの東海地震が唯一の「地震予知」が可能であるという折からの台風も沖合いを通過中でもあった、踏んだり蹴ったりとはこのことであろう。 これで東海地震は発生しないというわけではない。かえってより近づいて来たと思わなければならないと思う。今回の地震のエネルギーは東海地震の1/200程度のものであるというから本当の東海地震が発生したらどんなことになるやら・・・・ 「備えあれば憂いなし!」より一層の監視体制の強化と予知技術の向上を願っている。
2009/08/11
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この教室も会を重ねて今回で満6年になりました、よくぞここまで続いたもんだと思いますしかもこの期間にメンバーの変動は有りましたが初期からの固定メンバーは14人中10人ですから殆んどが変わっていないということでこれでいいのか、代わり映えがしないのか 腕のほうは聞かないで下さいね本日のメニューです1.肉じゃが2.ナスとニラの中華風味みそ炒め3.からし風味の漬物今回は特に美味しかった2番をご紹介します★材料(4人前)ナス4本、 ニラ1/2束 ニンニク2片 胡麻油大匙1 揚げ油★調味料(豆板醤大匙1 テンメンジャン大匙4 濃口醤油大匙2 酒大匙2) ※( )内の調味料を混ぜ合わせる<作り方>1.ナスは少し大きめの乱切りにする、ニラは3cm位の長さに切る、ニンニクは薄くスライスする。2.油を熱し(180℃)ナスを素揚げにして油をきる3.中華鍋に油大匙2入れて弱火でニンニクを炒め、強火にしてニラを軽く炒める4.(3)のなべに調味料を全部入れてよく混ぜる5.煮立ってきたらナスを入れて全体を混ぜて火を通して胡麻油で仕上げる味見しだしてから皆さん「これは美味いなあ!」というものですからこの「ナスとニラの中華風味みそ炒め」の実習中の写真はありませんが全て揃った写真で右端がこれなんです撮った写真は「肉ジャガだけ・・・・」※汁は煮込んでジャガイモに味をしみ込ませるのだそうです後片付けをしていたらこんなレシピが出てきました子供たちも料理教室を習っているのですね「食わせてもらってばかり」だと思っていましたが、私たちの時代と大違いです.......「鉄は熱いうちに打て」まったくそのとおりだと痛感致しました
2009/08/06
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前回のBLOG(8/2)は「子供電波教室」の風景、ラジコンヘり「水稲防除」の記事でした実を申しますとまだ夜の部があったのですがあまり一度に記入するゆとりもありませんでしたお友達にカキコを戴きましたので当夜行われた松江市の花火大会「水郷蔡」をお伝えしたいと思います。この水郷蔡の特徴は2日にわたって行われ花火大会は連続2夜で行われますデジカメ使用して6年にもなりますがお恥ずかしいながら「AUTO」撮影が殆んどで撮っていますので「夜の花火は最も苦手」とするところですシャッタースピード、露出、彩度等種々設定があって花火は季節物ですから挑戦して会得しそうになったらまた来年ですから一向に上達しません(銀塩時代ではやったんですがね・・・)どうにでもなれと半分ヤケッパチで1脚にセットして撮ってみましたですから、その点ご了解下さいね松江は2月前の「ホーランエンヤ」以来ですこの松江市には娘婿のご両親、お婆さんの3人家族です。今年も招待を受け娘婿と一緒と小生夫婦4人は30kmの行程を高速道路で一足飛びですお住まいは宍道湖畔の10階建てマンション、屋上からは大橋川、宍道湖、嫁ケ島、松江市を一望できる絶好のロケーションです<オープニング>PM8時 いよいよ始まりました ★打上場所は宍道湖上の台船2箇所です★ <轟音>天地を震わす大花火が炸裂しました<たまや~♪>階下で黄色い声がとびました<かぎや~♪>またしても子供たちの合唱です※この間、カメラの設定を色々調整したりして四苦八苦でした<フィナーレ>うわさの3尺玉とはこの事かとこの間1時間6,000発の花火が天空で所狭しと舞い上がりました。花火なんて「子供のものだ」と思っていたのですがこれだけ勇壮な花火は初めてで1時間が瞬く間に過ぎ去りました。まだまだたくさんあるのですが似たり寄ったりでお見せするのはこのくらいでしょうかお部屋に帰って世間話に花が咲きお客さんもおいでになり賑やかな一夜を過ごしましたこのように両家が気安く交際できることが子供、孫たちの幸せにつながることではなかろうと思っています。<余談ですが>画像を縮小してUPすると迫力が落ちますね、原画はもっと素敵なんですがね(笑) 失礼しました(汗)
2009/08/05
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昨日2日(日)の日記です。少しでも電波に、物作りに興味を抱いてもらおうと児童文化センタが市内の小中学校に「夏休み電波教室」の募集をしたら夏休み初日から電話が鳴りっ放し・・・僅か30分で満員御礼(定員30人)となってしまったそうだ本日その日がやってきました父兄同伴組、製作アシスタント、来賓を合わせると60人を超す人数となってしまいました<会長挨拶>皆さんよくいらっしゃいました・・・・<市長さんも激励>に来てくれました「宇宙ロケット、人工衛星すべてが電波を使用している、この中から毛利、若田、千秋さんのような人が出てもっと研究を続け、ノーベル賞受賞者が出るよに頑張って欲しい」と途轍もない激励を受けた逸る気を抑えて1.DVD視聴.......「電波君を探そう」......15分2.トランジスタラジオの原理説明.......10分3、組み立て前の注意事項 ※半田ごての使い方、火傷に注意 オジサンたちは君たちより座高が高いが君たち半田ゴテを左右に振ったらお隣の友達の顔にベタッと触れて火傷となりその痕は一生涯残るといったら子供たちの顔に緊張が走った作業テーブルは6台・・・もう少し余裕が欲しいところだが止むを得ないのだ。配布物は「配線図、説明書入りのキット」なので子供たちにはしっかり読んで最初からはアシスタントは手を出さないようにした。すでに部品の配置基盤は台に設置してあるので子供たちは部品を差し込めば良いのだが一番肝心なのはどうも半田付けのようだ。取り付け順はどうでもいいのだが回路の内側から外に向かって半田付けするように指導を行います。<製作中>そうした方が取り付け部品にうっかり熱い半田が触れることが防げるのです<ンッ 聞こえる!>熱中作業は時間の経つのは早いですねアッという間に2時間が過ぎました。部品不良で聞こえなかった人には良品と交換して全員無事BSS,NHKが聞こえるようになりました。みんな一生懸命取り組みました、父兄の方も大変でした。 「みなさん楽しい夏休みを有意義に過ごして下さい」会長のお別れの挨拶に受講生は「ありがとうございました」とお礼をいって散会しました父兄の方から我々アマチュア無線クラブ(アシスタント)に丁寧なお礼に恐縮致しました----------------------------------帰宅してみると軽やかなヘリコプターの爆音が・・・・?天候不順で見合わせていたのですが午後からは出穂期に合せてラジコンヘリの防除が始まっていました カメラ持参で急行して現場に行ったらたまたま我家の圃場でした。※手抜き作業するな! しっかり隅々まで散布してね(冗談です)......JAアグリの請負作業です
2009/08/03
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