1875年、自身の財産管理を任せていた姪の夫が投資の失敗で破産寸前になるという出来事が起き、フロベールが落ち着いた執筆環境を奪われ長編の中断を余儀なくされた。そして9月より友人の誘いでコンカルノーに療養に出かけるが、この地でふと短編が書きたくなり書き始められたのが『聖ジュリアン伝La Légende de Saint Julien l'Hospitalier』。ルーアンの大聖堂のステンドグラスに描かれている中世の聖人ジュリアンの生涯に着想を得たものである。父親には栄光に満ちた人生、母親には聖人という正反対の未来が提示されたジュリアンは、もちろんそんな予言は知らず、狩りが好きな若者に育つ。しかしある時「父母を殺す」という恐ろしい予言を聞き、両親のもとを離れて外国で功を立てる。予言から逃れようとして結局逃れられない過程はギリシャ悲劇『オイディプス』だが、本編では最後に救いがもたらされる。『ヘロディアス』で生まれたキリスト教が罪を犯した男を救う。