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2月28日、明日から春3月。さわやかに晴れ上がった冷え込みの朝。 今週は卒業式の週。明日はほとんどの高校が卒業式。生駒聖書学院は3日の朝が卒業式。 例年はこちらが卒業生を招いて会食交わりだが、今年は卒業生が招いてくれ、これが慣例になりそうです。 今日も元気で働ける幸いを感謝しつつ。ハレルヤ!詩篇 3:1 【主】よ。なんと私の敵がふえてきたことでしょう。 私に立ち向かう者が多くいます。 3:2 多くの者が私のたましいのことを言っています。 「彼に神の救いはない」と。 セラ 3:3 しかし、【主】よ。 あなたは私の回りを囲む盾、私の栄光、 そして私のかしらを高く上げてくださる方です。 3:4 私は声をあげて、【主】に呼ばわる。 すると、聖なる山から私に答えてくださる。 セラ 3:5 私は身を横たえて、眠る。 私はまた目をさます。 【主】がささえてくださるから。 3:6 私を取り囲んでいる幾万の民をも私は恐れない。
2006/02/28
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昨日は日曜日。牧師になって初めて礼拝を休んでしまった。目覚めとともに、部屋中がくるくる回って立つこともできない状態。 朝早かったけれども、幸い往診で主治医の先生が来てくれ、前科一犯ですからね・・・と。 礼拝に出なかったので、また倒れたという噂が駆け巡ったようで、問い合わせの電話などもあり、「もう大丈夫です!」と答え続けた。 昼は娘がパンを買って来たので、軽く食べることができた。 夜は家内が富雄の礼拝から帰り、おかゆを用意してくれ少し食べることができ感謝だった。 今日の試験のためにワープロを打つこともでき、メールやブログも触ることができ、早めに休んだ。 今朝はチャペルと試験。午前中に医院に行き、昨日のお礼と診察を受ける予定だ。 今週は、明日卒業生の論文発表、昼食は卒業生といっしょに食事交わり会。 例年、こちらが食事に招待するが、今年は卒業生が招いてくれるとのこと。楽しい時間を過ごせることを期待しつつだ。 水曜日は院内清掃。木曜日は歓送会。金曜日は卒業式。 今年の卒業式には、参列者全員に美しい木彫りの聖句のプレゼントが用意されている。 テモテ第二の手紙 4:7 私は勇敢に戦い、走るべき道のりを走り終え、信仰を守り通しました。 4:8 今からは、義の栄冠が私のために用意されているだけです。かの日には、正しい審判者である主が、それを私に授けてくださるのです。私だけでなく、主の現れを慕っている者には、だれにでも授けてくださるのです。
2006/02/27
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日曜日は朝から夜までずっと動いています。 通常、朝5時起きで1万歩の散歩。帰ってきてシャワー。朝食。 今朝は学院教会礼拝なので9時半まで祈りと黙想のとき。 いつものように5時に目覚め立ち上がったが、部屋中がグルグルと回り、歩けない状態で這うように洗面所へ。 もう一度ベッドへ逆戻り、7時にも起きあがれず、主治医に往診を依頼した。先生はまだお休みだっただ、8時に往診で来てくれた。往診してもらうなど生まれて初めての経験。 先生は額に手を当てながら、「前科一犯ですからね」と笑いながら診察をしてくれた。7年前の脳内出血以来お世話になっているので・・・。 原因不明だけれども、今日は休むよう言われ、結局全部礼拝を休ませてもらった。 礼拝はひとりで、シアトル・シティチャーチのウィンデル・スミス牧師のメッセージを聞き、繁栄の9つの原則で大いに励まされた。 身体の熱とともに、心にも新しい情熱を与えら感謝だった。 昼に娘が食べ物を用意してくれたので、少し食べるとやっと立ち上がれるようになり、テレフォンメッセージの録音だけは済ませることができた。 ブログもそのままだったので、やっとパソコンに向うことができ感謝!詩篇103:1 わがたましいよ。【主】をほめたたえよ。 私のうちにあるすべてのものよ。 聖なる御名をほめたたえよ。 103:2 わがたましいよ。【主】をほめたたえよ。 主の良くしてくださったことを何一つ忘れるな。 103:3 主は、あなたのすべての咎を赦し、 あなたのすべての病をいやし、 103:4 あなたのいのちを穴から贖い、 あなたに、恵みとあわれみとの冠をかぶらせ、 103:5 あなたの一生を良いもので満たされる。 あなたの若さは、鷲のように、新しくなる。
2006/02/26
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2月は28日で終わり、3月がやってきます。 一月は行き、二月は逃げ、三月は去ると言いますが、あっという間にという感じです。 「今、持っているもので満足しなさい」と、聖書に書かれていますが、なかなか満足できないのが人間の真相です。 今、持っているものを考えるとき、多くのものを持っているのに驚きます。 どのようなものを持っているでしょうか。 いのちを持っています。 時間、健康、家族、友人、仕事、金銭・・・。数え上げたらキリがないくらいの祝福に包まれて生きているのです。 何も心配しないで、心から生かされていることに満足するとき、平安と喜び、感謝があふれてきます。 春の輝きがまぶしいくらいの朝です。 二週間ほどかかって、隣家の解体工事とうっそうと茂った木を伐採したので、書斎に春の日差しが窓いっぱい差し込んでいます。 夏は大変だろうなあと心配してくれる人もいますが、今の快適さを快くばかり楽しめば良いと思います。 夏は夏でまた特別な快適さがあふれるでしょう。 何も心配しないで、ことごとに感謝を続けることはすばらしいことです。コロサイ人への手紙 3:12 それゆえ、神に選ばれた者、聖なる、愛されている者として、あなたがたは深い同情心、慈愛、謙遜、柔和、寛容を身に着けなさい。 3:13 互いに忍び合い、だれかがほかの人に不満を抱くことがあっても、互いに赦し合いなさい。主があなたがたを赦してくださったように、あなたがたもそうしなさい。 3:14 そして、これらすべての上に、愛を着けなさい。愛は結びの帯として完全なものです。 3:15 キリストの平和が、あなたがたの心を支配するようにしなさい。そのためにこそあなたがたも召されて一体となったのです。 また、感謝の心を持つ人になりなさい。 3:16 キリストのことばを、あなたがたのうちに豊かに住まわせ、知恵を尽くして互いに教え、互いに戒め、詩と賛美と霊の歌とにより、感謝にあふれて心から神に向かって歌いなさい。 3:17 あなたがたのすることは、ことばによると行いによるとを問わず、すべて主イエスの名によってなし、主によって父なる神に感謝しなさい。 3:18 妻たちよ。主にある者にふさわしく、夫に従いなさい。 3:19 夫たちよ。妻を愛しなさい。つらく当たってはいけません。 3:20 子どもたちよ。すべてのことについて、両親に従いなさい。それは主に喜ばれることだからです。 3:21 父たちよ。子どもをおこらせてはいけません。彼らを気落ちさせないためです。 3:22 奴隷たちよ。すべてのことについて、地上の主人に従いなさい。人のごきげんとりのような、うわべだけの仕え方ではなく、主を恐れかしこみつつ、真心から従いなさい。 3:23 何をするにも、人に対してではなく、主に対してするように、心からしなさい。 3:24 あなたがたは、主から報いとして、御国を相続させていただくことを知っています。あなたがたは主キリストに仕えているのです。 3:25 不正を行う者は、自分が行った不正の報いを受けます。それには不公平な扱いはありません。 4:1 主人たちよ。あなたがたは、自分たちの主も天におられることを知っているのですから、奴隷に対して正義と公平を示しなさい。 4:2 目をさまして、感謝をもって、たゆみなく祈りなさい。
2006/02/25
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トリノで行われていた冬季オリンピック・フィギアスケートで、荒川静香選手が金メダル! 今回のオリンピックでは、メダルが一つもなく日本中の期待がフィギアスケートにかかっていました。 安藤、村主、荒川選手にとってもすごいプレッシャーだったと思います。しかし、自分の実力を信じてベストを尽くしたとき、金メダルの栄誉を勝ち取ることができたのだと思います。 人生の金メダルを目指して、今日も元気いっぱい励みたいものです。コリント第一の手紙3:10 与えられた神の恵みによって、私は賢い建築家のように、土台を据えました。そして、ほかの人がその上に家を建てています。しかし、どのように建てるかについてはそれぞれが注意しなければなりません。3:11 というのは、だれも、すでに据えられている土台のほかに、ほかの物を据えることはできないからです。その土台とはイエス・キリストです。3:12 もし、だれかがこの土台の上に、金、銀、宝石、木、草、わらなどで建てるなら、3:13 各人の働きは明瞭になります。その日がそれを明らかにするのです。というのは、その日は火とともに現れ、この火がその力で各人の働きの真価をためすからです。3:14 もしだれかの建てた建物が残れば、その人は報いを受けます。3:15 もしだれかの建てた建物が焼ければ、その人は損害を受けますが、自分自身は、火の中をくぐるようにして助かります。 3:16 あなたがたは神の神殿であり、神の御霊があなたがたに宿っておられることを知らないのですか。3:17 もし、だれかが神の神殿をこわすなら、神がその人を滅ぼされます。神の神殿は聖なるものだからです。あなたがたがその神殿です。
2006/02/24
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昨日は、朝5時に起きていつもの日課。水曜礼拝が休みだったので午前中、研究でもできるかと喜んでいたら、長野県からの来客。 朝の8時から昼3時まで、いろいろな体験やお話を聞き続け・・・。 夜は大阪エリムの集会なので、その足で梅田オアシスへ卒業生へのプレゼントを買いに行くことにしました。 雨も降り出しそうで第二阪奈の生駒トンネルを走行中、覆面パトを追い抜き、サイレンとともにスピード違反。「80キロと思っているのではないですか。60キロでしょ!」と厳しく注意され、パトカーの中に連行。 ともかく、「すみまんでした」と一切弁明しないで、切符をきってもらいました。 運転の基本は、認知、判断、動作の3つです。その基本動作に忠実に走行すれば、違反することはないとの注意。走行車線をしっかり走ってくださいと、パトカーの合図の笛でトンネルを抜けました。 いつもみんなに雨の日に第二阪奈道路のトンネル(約6キロ)を走行するときは、特に気をつけ安全速度を守るようにと言っていながら、自分がスピード違反とは・・・と思いながら、大阪中央郵便局前で罰金を振り込みました。 くよくよしても仕方がないし、すべてのことに感謝しなさい。古いものは過ぎ去った!すべてが新しくなったと、雨が降っていても心は晴れ晴れとしていたいと思った。 書店で何冊かを買い、大阪エリムまで難波から雨に濡れながら3000歩歩いて、目標の1万歩を確保。 寄る9時に帰宅するまで、一気に走りぬけたような気持ちの一日でした。詩篇[ 34 ] ダビデによる。彼がアビメレクの前で気が違ったかのようにふるまい、彼に追われて去ったとき 34:1 私はあらゆる時に【主】をほめたたえる。 私の口には、いつも、主への賛美がある。 34:2 私のたましいは【主】を誇る。 貧しい者はそれを聞いて喜ぶ。 34:3 私とともに【主】をほめよ。 共に、御名をあがめよう。 34:4 私が【主】を求めると、主は答えてくださった。 私をすべての恐怖から救い出してくださった。 34:5 彼らが主を仰ぎ見ると、彼らは輝いた。 「彼らの顔をはずかしめないでください。」 34:6 この悩む者が呼ばわったとき、 【主】は聞かれた。 こうして、主はすべての苦しみから彼を救われた。 34:7 【主】の使いは主を恐れる者の回りに陣を張り、 彼らを助け出される。 34:8 【主】のすばらしさを味わい、これを見つめよ。 幸いなことよ。彼に身を避ける者は。 34:9 【主】を恐れよ。その聖徒たちよ。 彼を恐れる者には乏しいことはないからだ。 34:10 若い獅子も乏しくなって飢える。 しかし、【主】を尋ね求める者は、 良いものに何一つ欠けることはない。 34:11 来なさい。子たちよ。私に聞きなさい。 【主】を恐れることを教えよう。 34:12 いのちを喜びとし、しあわせを見ようと、 日数の多いのを愛する人は、だれか。 34:13 あなたの舌に悪口を言わせず、 くちびるに欺きを語らせるな。 34:14 悪を離れ、善を行え。 平和を求め、それを追い求めよ。 34:15 【主】の目は正しい者に向き、 その耳は彼らの叫びに傾けられる。 34:16 【主】の御顔は悪をなす者からそむけられ、 彼らの記憶を地から消される。 34:17 彼らが叫ぶと、【主】は聞いてくださる。 そして、彼らをそのすべての苦しみから 救い出される。 34:18 【主】は心の打ち砕かれた者の近くにおられ、 霊の砕かれた者を救われる。 34:19 正しい者の悩みは多い。 しかし、【主】はそのすべてから彼を救い出される。 34:20 主は、彼の骨をことごとく守り、 その一つさえ、砕かれることはない。 34:21 悪は悪者を殺し、 正しい者を憎む者は罪に定められる。 34:22 【主】はそのしもべのたましいを贖い出される。 主に身を避ける者は、だれも罪に定められない。
2006/02/23
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敷地内の古い家を解体しました。 何社かに見積もりを出し、安くで受けてくれる会社がありお願いしました。 17年前には、600坪以上の寮や校舎を、ほとんどひとりで解体しました。パワーショベルでそれこそぶっ壊して、神学生たちにも助けてもらって片付けました。 解体後の処理は、当時はまだ焼却を1年間許可をもらい、全部燃やしてしまうことができました。 現在は、市条例で焼却禁止になり、燃やすことができず落ち葉の問題もあり、落葉樹も切ってもらいました。 古い家とうっそうと茂った木がなくなり、学院全体がスッキリした感じです。 書斎も古い家に面した所に会ったので、今朝は春霞ですがものすごく明るくなり感謝です。イザヤ43:18 先の事どもを思い出すな。 昔の事どもを考えるな。 43:19 見よ。わたしは新しい事をする。 今、もうそれが起ころうとしている。 あなたがたは、それを知らないのか。 確かに、わたしは荒野に道を、 荒地に川を設ける。 43:20 野の獣、ジャッカルや、だちょうも、 わたしをあがめる。 わたしが荒野に水をわき出させ、 荒地に川を流し、 わたしの民、わたしの選んだ者に飲ませるからだ。 43:21 わたしのために造ったこの民は わたしの栄誉を宣べ伝えよう。
2006/02/22
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あなたがたがわたしにとどまり、わたしのことばがあなたがたにとどまるなら、何でもあなたがたのほしいものを求めなさい。そうすれば、あなたがたのためにそれがかなえられます。 あなたがたが多くの実を結び、わたしの弟子となることによって、わたしの父は栄光をお受けになるのです。 父がわたしを愛されたように、わたしもあなたがたを愛しました。わたしの愛の中にとどまりなさい。ヨハネ15:-9 祈りはすべての人間の普遍的必要です。 キリスト教では、見える形の偶像や人間に祈ることはありません。 また被造物(太陽・月・星・自然現象のすべてを含めて)に祈りもしません。 天地万物を造られた創造主である神に祈ります。その祈りは私たちの功績(修行や苦行、供え物や献金の過多)で聞かれるわけではありません。 イエス・キリストの十字架の贖いによって神の子とされた者が、イエス様の功績によって祈りが答えられるのです。ヨハネ14:13 またわたしは、あなたがたがわたしの名によって求めることは何でも、それをしましょう。父が子によって栄光をお受けになるためです。 14:14 あなたがたが、わたしの名によって何かをわたしに求めるなら、わたしはそれをしましょう。 イエス・キリストの名前によって、必要を求めてください。神の約束が真実であることを体験するでしょう。アーメンとは真実と言うことです。 本音で祈れることは何と幸いなことでしょう。
2006/02/21
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日曜日は、第一回礼拝を奈良市富雄キリスト教会、第二回は大阪市浪速区エリムキリスト教会、第三回は堺エリムキリスト教会と3カ所で説教します。 学院教会と東大阪エリムキリスト教会にも出かけますので、日曜日は朝から夜まで、聖霊様とともにみことばを携えての活動です。 大阪エリムではラジオ放送を聞いているご夫妻が参加し、ラジオの声といっしょですねと喜んで、イエス様を信じる祈りをしてくれました。そのほかにも新しい方々も出席し、楽しい祝福の礼拝でした。 夕方5時半からは、堺エリムの礼拝なので、急いで堺市鳳まで車で移動。運転は娘がしてくれるので助かります。 昨夜はいつもより出席者も多く、特に初めての家族の出席があり、みなさん大喜びで歓迎しました。 パパとママ、小学校1年生の可愛い女の子。祝福を祈るときパパは涙を流していました。 娘を助けてください! 理由を聞くと、今年になって自分の心が汚いと、物凄く悩んでいるとの事でした。 可愛くって明るくほがらかだった、のびのびと育てたし育っていると思っていたのに、パパは教えたり叱ったりいろいろしましたが、親が必死になればなるほど、表面は明るくするけれども・・・。 思い切って車で1時間もかけて、キリスト教会の礼拝に初めて参加したと話してくれました。 そばに座ってもらって、その子の話を聞き、イエス様の十字架(クリスマスは知っていたけれどイエス様は知らなかった)のことを話しました。 イエス様の十字架の血がすべての罪と汚れをきれいにしてくれることを、聖書とともに話しました。 「イエス様。私の心にお入りください。アーメン」と、パパとママと手をつないで祈りました。アーメン!とはほんとうですという意味です。本音できれいな心になりたいと願ったとき、イエス様は彼女の心をきれいにしてくれました。 そんなことが・・・とお思いですか? 信じるとき、イエス様が心に入ってくださるのです。すばらしい変化が心の中で起こります。 幼い子どもの心が汚れている時代です。幼い子どもたちを雪よりも白い心で、逞しく育て守りたいものです。詩篇 51:5 ああ、私は咎ある者として生まれ、 罪ある者として母は私をみごもりました。 51:6 ああ、あなたは心のうちの真実を喜ばれます。 それゆえ、私の心の奥に知恵を教えてください。 51:7 ヒソプをもって私の罪を除いてきよめてください。 そうすれば、私はきよくなりましょう。 私を洗ってください。 そうすれば、私は雪よりも白くなりましょう。 51:8 私に、楽しみと喜びを、聞かせてください。 そうすれば、あなたがお砕きになった骨が、 喜ぶことでしょう。 51:9 御顔を私の罪から隠し、 私の咎をことごとく、ぬぐい去ってください。 51:10 神よ。私にきよい心を造り、 ゆるがない霊を私のうちに新しくしてください。 51:11 私をあなたの御前から、投げ捨てず、 あなたの聖霊を、私から取り去らないでください。 51:12 あなたの救いの喜びを、私に返し、 喜んで仕える霊が、私をささえますように。 51:13 私は、そむく者たちに、 あなたの道を教えましょう。 そうすれば、罪人は、あなたのもとに帰りましょう。
2006/02/20
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経済の祝福について、聖書の言葉を書き出してみました。 私を大いに(経済的に)祝福してください!・求めなさい。そうすれば与えられます。マタイ7:7・与えなさい。草すれば与えられます。ルカ6:38神の国の経済原則とは何か。神様の経済は、この世の方法や人間の知恵に基づいてはいない。それは超自然的なもので、天国の基準を原則としている。天国の原則(聖書の啓示している教え)に立つとき、経済的な不況の中にあっても、何をしても栄える(詩篇1:3)ことができる。1.従うならば祝福される あなたがあなたの神、【主】の御声に聞き従うので、次のすべての祝福があなたに臨み、あなたは祝福される。申命記28:22.什一献金(返金)をすれば、天の窓が開かれる祝福が与えられる 十分の一をことごとく、宝物倉に携えて来て、わたしの家の食物とせよ。こうしてわたしをためしてみよ。──万軍の【主】は仰せられる── わたしがあなたがたのために、天の窓を開き、あふれるばかりの祝福をあなたがたに注ぐかどうかをためしてみよ。マラキ3:103.与えなさい。そうすれば与えられる祝福が継続する 与えなさい。そうすれば、自分も与えられます。人々は量りをよくして、押しつけ、揺すり入れ、あふれるまでにして、ふところに入れてくれるでしょう。 あなたがたは、人を量る量りで、自分も量り返してもらうからです。ルカ6:384.豊かに蒔くとき豊かに刈り取る祝福を体験する 私は康考えます。少しだけ蒔く者は、少しだけ刈り取り、豊かに蒔く者は、豊かに刈り取ります。コリント第二9:6 5.あなたのパンを水の上に投げなさい。ずっと後の日になって、あなたはそれを見出す祝福が与えられる。 伝道者の書11:16.貧しい人に与えることは主に貸すことである。主が返済してくださる祝福 寄るべのない者に施しをするのは、【主】に貸すことだ。主がその善行に報いてくださる。箴言19:177.人を潤すとき、潤し満たされ、さらに富は増え続ける祝福 ばらまいても、なお富む人があり、正当な支払いを惜しんでも、かえって乏しくなる者がある。おおらかな人は肥え、人を潤す者は自分も潤される。箴言11:24-258.すべてのものは戻ってくる祝福 聖書の教えに忠実にしたがうなら、必ず祝福されます。什一献金をすると、天の窓が開かれます。与えるとき与え返されます。多くの種を蒔くとき、多くの収穫があるようになります。パンを水に投げるとき、多くの後の日にそれが返ってきます。主がそれを返してくださいます。寛大でおおらかなライフスタイルで生きることは楽しいことです。聖書が教える繁栄の約束のことば・あなたの神、【主】を心に据えなさい。主があなたに富をき上げる力を与えられるのは、あなたの先祖たちに誓った契約を今日のとおりに果たされるためである。申命記8:11・ただ強く、雄々しくあって、わたしのしもべモーセがあなたに命じたすべての律法を守り行え。これを離れて右にも左にもそれてはならない。それは、あなたが行く所ではどこででも、あなたが栄えるためである。この律法の書を、あなたの口から離さず、昼も夜もそれを口ずさまなければならない。そのうちにしるされているすべてのことを守り行うためである。そうすれば、あなたのすることで繁栄し、また栄えることができるからである。わたしはあなたに命じたではないか。強くあれ。雄々しくあれ。恐れてはならない。おののいてはならない。あなたの神、【主】が、あなたの行く所どこにでも、あなたとともにあるからである。ヨシュア記1:7-9 ・ 主の祝福そのものが人を富ませ、人の苦労は何もそれに加えない。箴言10:22 その約束を大地に根を下ろすように確信すると、心配はなくなる。・だから、神の国とその義とをまず第一に求めなさい。そうすれば、それに加えて、これらのものはすべて与えられます。だから、あすのための心配は無用です。あすのことはあすが心配します。労苦はその日その日に、十分あります。マタイ6:33-34 目的は億万長者になることではなく、日々の生活が十分潤され、必要な人を助けるることができ、借金にも悩まされないで、平安と感謝の生活が続くことです。・金銭を愛する生活をしてはいけません。いま持っているもので満足しなさい。主ご自身がこう言われます。「わたしは決してあなたを離れず、また、あなたを捨てない。」へブル13:5 経済的なことばかりに支配されることなく、いま持っているもので満足しながら、さらに神の栄光の輝く人生を体験したいものですね。ハレルヤ!
2006/02/19
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神戸空港が新しくスタートしました。関西空港・大阪空港が近いので、恐らく利用することはないと思いますが・・・。 素人考えですが、半径25キロ以内に3つの空港は多すぎるように思います。 せっかくもっと長期的ビジョンに立って、関西圏だけでなく全世界を視野に置いた大型空港(関西空港1箇所でもいいと)思います。 まあ、素人考えですから神戸空港や大阪空港が便利で、嬉しいという友人たちいますので・・・。 神戸は父がクリスチャンになった所です。もう80数年前になりますが、父は外国航路の船員でした。 故郷(鹿児島県奄美大島郡徳之島)で結婚し、神戸に新居を構えましたが、当時の外国航路は一度出ると帰国まで、3ヶ月以上も留守になります。 父は、愛する妻が留守の間、安心して暮らせるためにはどうしたら良い考えました。 外国航路でヨーロッパやアメリカに行くとき、きれいなキリスト教会が建ち、日曜日は着飾った人々が礼拝に行く姿に接していたので、一番信用できる所はキリスト教会だと考えました。 神戸でキリスト教会に出席するようになり、熱心なクリスチャンになりました。 私は種子島生まれなので、神戸と直接関係はありませんが、父がクリスチャンになったのが神戸なので懐かしく思います。 また、生駒聖書学院の創立者レオナード・W・クート師は、ラックス石鹸会社の社長秘書としてイギリスより来日しました。 神戸のキリスト教会の礼拝に出席し、イエス・キリストを信じて生まれ変わったクリスチャンになりました。 5年間の契約終了後、神戸市で27歳で単身の宣教師として日本に滞在することを決心しました。 78歳で天国に召されるまで、日本を愛し生駒聖書学院をはじめ、アメリカや韓国、フィリッピンにも聖書学院やキリスト教会を創設しました。 生駒聖書学院が生まれるためのきっかけになったのが神戸です。 直接的には1978年より2年間、新しい聖書学院(現在は廃校)が設立され副院長として、毎週神戸市まで往復しました。 神戸での体験が現在の大きな助けにもなっています。 今年の7月21日(金)-23日(祭)ベニ・ヒン・ミラクル大会が神戸ワールドで開催され、毎回8000名の集いをと願っているようです。お祈りください。詩篇 4:1 私が呼ぶとき、答えてください。 私の義なる神。 あなたは、私の苦しみのときに ゆとりを与えてくださいました。 私をあわれみ、私の祈りを聞いてください。 4:2 人の子たちよ。いつまでわたしの栄光をはずかしめ、 むなしいものを愛し、 まやかしものを慕い求めるのか。 セラ 4:3 知れ。【主】は、 ご自分の聖徒を特別に扱われるのだ。 私が呼ぶとき、【主】は聞いてくださる。 4:4 恐れおののけ。そして罪を犯すな。 床の上で自分の心に語り、静まれ。 セラ 4:5 義のいけにえをささげ、【主】に拠り頼め。 4:6 多くの者は言っています。 「だれかわれわれに 良い目を見せてくれないものか。」 【主】よ。どうか、あなたの御顔の光を、 私たちの上に照らしてください。 4:7 あなたは私の心に喜びを下さいました。 それは穀物と新しいぶどう酒が 豊かにあるときにもまさっています。 4:8 平安のうちに私は身を横たえ、 すぐ、眠りにつきます。 【主】よ。あなただけが、 私を安らかに住まわせてくださいます。
2006/02/18
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卒業式が2週間後の3月3日(金)。3年間の全寮生活を終えて、牧師・伝道師としての道に巣立ってゆく、神学生たちを今年も送り出すときが近づいて来ました。 牧師になるための条件は、第一の神の選びと召命です。 また、聖書には牧師となるための資質が記されています。 「人がもし監督(牧師)の職につきたいと思うなら、それはすばらしい仕事を求めることである」ということばは真実です。 ですから、監督はこういう人でなければなりません。 すなわち、非難されるところがなく、 ひとりの妻の夫であり、 自分を制し、 慎み深く、 品位があり、 よくもてなし、 教える能力があり、 酒飲みでなく、 暴力をふるわず、 温和で、 争わず、 金銭に無欲で、 自分の家庭をよく治め、十分な威厳をもって子どもを従わせている人です。──自分自身の家庭を治めることを知らない人が、どうして神の教会の世話をすることができるでしょう── また信者になったばかりの人であってはいけません。高慢になって、悪魔と同じさばきを受けることにならないためです。 また、教会外の人々にも評判の良い人でなければいけません。そしりを受け、悪魔のわなに陥らないためです。 一体だれがこのような任務に耐えうるのでしょう。聖霊の助けと守り、イエス・キリストの恵みによるのみです。 私たちは、この務めがそしられないために、どんなことにも人につまずきを与えないようにと、あらゆることにおいて、自分を神のしもべとして推薦しているのです。 すなわち非常な忍耐と、 悩みと、苦しみと、嘆きの中で、 また、むち打たれるときにも、入獄にも、暴動にも、労役にも、徹夜にも、断食にも、 また、純潔と知識と、寛容と親切と、聖霊と偽りのない愛と、真理のことばと神の力とにより、また、左右の手に持っている義の武器により、 また、ほめられたり、そしられたり、悪評を受けたり、好評を博したりすることによって、自分を神のしもべとして推薦しているのです。私たちは人をだます者のように見えても、真実であり、 人に知られないようでも、よく知られ、死にそうでも、見よ、生きており、罰せられているようであっても、殺されず、 悲しんでいるようでも、いつも喜んでおり、貧しいようでも、多くの人を富ませ、何も持たないようでも、すべてのものを持っています。 聖書の真実を恐れることなく時代に提示し、キリストの十字架の贖いを宣教師、愛と勇気を持って語り続けています。コリント第二 2:14 しかし、神に感謝します。神はいつでも、私たちを導いてキリストによる勝利の行列に加え、至る所で私たちを通して、キリストを知る知識のかおりを放ってくださいます。 2:15 私たちは、救われる人々の中でも、滅びる人々の中でも、神の前にかぐわしいキリストのかおりなのです。 2:16 ある人たちにとっては、死から出て死に至らせるかおりであり、ある人たちにとっては、いのちから出ていのちに至らせるかおりです。このような務めにふさわしい者は、いったいだれでしょう。 2:17 私たちは、多くの人のように、神のことばに混ぜ物をして売るようなことはせず、真心から、また神によって、神の御前でキリストにあって語るのです。
2006/02/17
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昨日は暖かかったけれど、夕方から振り出した雨とともに、今朝は寒いという感じです。 この時期の雨は、春の訪れを日々強めてくれる雨です。葉を全部落とした木々がや土の下に隠れている雑草や野の花に、芽吹く備えを与えてくれます。 昨日は、警察の留置場訪問でした。幸い来週には保釈だそうで、裁判は3月下旬になりそうですが、執行猶予になりそうです。 新しい人生を踏み出し、小さいながら市の認可を受けた会社も設立、仕事も順調でした。来週、保釈になれば今入っている仕事も継続できるようなので、祝福を窓越しに祈りました。 御子イエスの血がすべての罪からきよめます。 罪は罪として認めて悔い改めるとき、十字架の赦しが与えられます。 後悔することは、やったことを悔やむことです。 悔い改めることは、やったことを後悔するだけでなく、向きを変えて再出発することです。同じことを繰り返すのではなく、前向きに前進し神の栄光を現すことです。 面会室のガラス窓越しに、両手を窓のつけて悔い改めと赦し、新たなる出発の祝福を祈りました。詩篇32:1 幸いなことよ。 そのそむきを赦され、罪をおおわれた人は。 32:2 幸いなことよ。 【主】が、咎をお認めにならない人、 その霊に欺きのない人は。 32:3 私は黙っていたときには、一日中、うめいて、 私の骨々は疲れ果てました。 32:4 それは、御手が昼も夜も私の上に重くのしかかり、 私の骨髄は、夏のひでりでかわききったからです。 セラ 32:5 私は、自分の罪を、あなたに知らせ、 私の咎を隠しませんでした。 私は申しました。 「私のそむきの罪を【主】に告白しよう。」 すると、あなたは私の罪のとがめを赦されました。 セラ 32:6 それゆえ、聖徒は、みな、あなたに祈ります。 あなたにお会いできる間に。 まことに、大水の濁流も、彼の所に届きません。 32:7 あなたは私の隠れ場。 あなたは苦しみから私を守り、 救いの歓声で、私を取り囲まれます。 セラ 32:8 わたしは、あなたがたに悟りを与え、 行くべき道を教えよう。 わたしはあなたがたに目を留めて、 助言を与えよう。 32:9 あなたがたは、 悟りのない馬や騾馬のようであってはならない。 それらは、くつわや手綱の馬具で押さえなければ、 あなたに近づかない。 32:10 悪者には心の痛みが多い。 しかし、【主】に信頼する者には、 恵みが、その人を取り囲む。 32:11 正しい者たち。【主】にあって、喜び、楽しめ。 すべて心の直ぐな人たちよ。喜びの声をあげよ。
2006/02/16
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昨日はバレンタインデー。チョコレートをたくさんもらい、中には注意書きも・・・。一日3粒以上は食べないでね。ありがたいことです。 でも最近は、もうチョコレートをバレンタインデーに贈るのは止めようという傾向になって来つつとのこと。もらう方もホワイトデーの一ヵ月後が思いやられ、何をお返ししようか?と考えても思い浮かばず、デパートのホワイトデー商品でということになってしまいます。 心のこもる愛の贈り物、やさしいことばや微笑、思いやりや親切さ、寛容な善意をいつも贈れる人生でありたいと願っています。 今朝は講師接待。10時半より富雄キリスト教会水曜礼拝。午後は大阪市の西成警察所に留置されている男性を訪問。面会時間は20分だから少しは話せるので、何とか保釈になり、裁判で執行猶予になるよう祈りながらです。 昨年は、滋賀や松江大阪拘置所など10名の拘置者を訪ねたり、手紙を書いたり、差し入れに行ったり送ったり、神学生の協力もありました。 教戒師ではないので、面会人の関係は知人ということで許可が出ます。 面会の窓越しに、「イエス様。信じます。アーメン」とすなおに祈る方もあれば、自分は悪くないと無罪を主張し、早く出してくれとわめく者もいたり、いろいろでした。 保釈されたり、罰金刑や実刑になった方もあり、特に大阪は刑務所が満杯で、まだ拘置所に待機させられている方もあります。 いずれにしろ、自分のことはもちろん家族のことを考えたら、早く更正してまともな暮らしができるよう祈りアドバイスするのみです。ヨハネの第一の手紙 1:5 神は光であって、神のうちには暗いところが少しもない。これが、私たちがキリストから聞いて、あなたがたに伝える知らせです。 1:6 もし私たちが、神と交わりがあると言っていながら、しかもやみの中を歩んでいるなら、私たちは偽りを言っているのであって、真理を行ってはいません。 1:7 しかし、もし神が光の中におられるように、私たちも光の中を歩んでいるなら、私たちは互いに交わりを保ち、御子イエスの血はすべての罪から私たちをきよめます。 1:8 もし、罪はないと言うなら、私たちは自分を欺いており、真理は私たちのうちにありません。 1:9 もし、私たちが自分の罪を言い表すなら、神は真実で正しい方ですから、その罪を赦し、すべての悪から私たちをきよめてくださいます。 1:10 もし、罪を犯してはいないと言うなら、私たちは神を偽り者とするのです。神のみことばは私たちのうちにありません。
2006/02/15
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今日はバレンタインディでした。日本ではチョコレートを贈り、愛を告白知る日として知られています。 チョコレートの売り上げが何百億にもなるという、バレンタイン様様ですね。 バレンタインというキリスト教の司教が、3世紀ごろローマにいました。 当時のローマ皇帝クラウディウス(在位268-270)は強い軍隊を作るため兵士の結婚を禁じていました。 だが、バレンティヌスはそれを無視して兵士の結婚式を執り行いました。 これをとがめられてバレンタインは、逮捕され牢屋に入れられました。処刑を待つ内に、土牢の明り取りに窓辺に、クローバーが生い茂り、彼はその葉に愛しています!と文字を刻み、窓辺によってくる小鳥たちの口に、その葉を託しました。 町に人々は、そんぽ小さなクローバーの葉に刻まれた愛してます!とう文字に励まされたとのことです。 また、アステリオという判事が裁判官でした。 このアステリオには目の見えない娘がいましたが、この娘が取調中のバレンテタインを愛し、バレンタインもその愛の力で彼女の目を奇跡的に直してしまっていました。それを知ったアステリオはバレンタインに感謝し、一家そろってクリスチャンになりました。 バレンタインは結局、殉教したのですが、以上のような逸話が元になり、愛の聖人と呼ばれるようになりました。バレンタインデーの始まりは、中世ヨーロッパで聖バレンタインが愛の守護聖人とされ、14世紀頃からこの日に恋人たちが贈り物やカードを交換するとか、その日の最初に出会った異性を「バレンタインの男性」「バレンタインの女性」と向こう一年間呼び合うという風習などが出来てきたそうです。 そしてこれが第一次世界大戦後にアメリカで急速に恋人達の日として普及しました。 日本でも昭和50年代前後から「女性が男性にチョコレートを贈って愛を告白する日」として広まり、今日に至っています。 今日はバレンタインディでしたが、もともとはキリスト教の聖人の名前であることを覚えてくだされば感謝です。 聖書の中心となるヨハネの福音書3章16節にバレンタインがあると、今日講義に来てくれた著名な牧師が教えてくれました。For God so loVed the world thAt he gave His onLy bEgotteN Son, ThAt whoever believes IN Him should not perish but have Everlasting life. 大文字を綴れば=VALENTAINEの字を探すことができますが?? バレンタインよりも大きな愛を与えてくださる、まことの神の愛をしっかりと受け止めてみましょう。ヨハネ第一の手紙 4:7 愛する者たち。私たちは、互いに愛し合いましょう。愛は神から出ているのです。愛のある者はみな神から生まれ、神を知っています。 4:8 愛のない者に、神はわかりません。なぜなら神は愛だからです。 4:9 神はそのひとり子を世に遣わし、その方によって私たちに、いのちを得させてくださいました。ここに、神の愛が私たちに示されたのです。 4:10 私たちが神を愛したのではなく、神が私たちを愛し、私たちの罪のために、なだめの供え物としての御子を遣わされました。ここに愛があるのです。 4:11 愛する者たち。神がこれほどまでに私たちを愛してくださったのなら、私たちもまた互いに愛し合うべきです。 4:12 いまだかつて、だれも神を見た者はありません。もし私たちが互いに愛し合うなら、神は私たちのうちにおられ、神の愛が私たちのうちに全うされるのです。 4:13 神は私たちに御霊を与えてくださいました。それによって、私たちが神のうちにおり、神も私たちのうちにおられることがわかります。 4:14 私たちは、御父が御子を世の救い主として遣わされたのを見て、今そのあかしをしています。 4:15 だれでも、イエスを神の御子と告白するなら、神はその人のうちにおられ、その人も神のうちにいます。 4:16 私たちは、私たちに対する神の愛を知り、また信じています。神は愛です。愛のうちにいる者は神のうちにおり、神もその人のうちにおられます。 4:17 このことによって、愛が私たちにおいても完全なものとなりました。それは私たちが、さばきの日にも大胆さを持つことができるためです。なぜなら、私たちもこの世にあってキリストと同じような者であるからです。 4:18 愛には恐れがありません。全き愛は恐れを締め出します。なぜなら恐れには刑罰が伴っているからです。恐れる者の愛は、全きものとなっていないのです。 4:19 私たちは愛しています。神がまず私たちを愛してくださったからです。 4:20 神を愛すると言いながら兄弟を憎んでいるなら、その人は偽り者です。目に見える兄弟を愛していない者に、目に見えない神を愛することはできません。 4:21 神を愛する者は、兄弟をも愛すべきです。私たちはこの命令をキリストから受けています。
2006/02/14
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2月は受験シーズン。受験生や親にとっては、気が気でない季節です。 毎年のことですが、高校や大学の受験、幼稚園や小学・中学の場合もあり、教会には、毎年受験生が何人か必ずいます。 今年も幼稚園を含めて、合格の知らせが次々と届きます。合格を祈り励まし、教会員が礼拝後やときに応じて勉強を見てあげた子達が、合格しましたと喜びに顔を輝かせて知らせてくれるとき、牧師も自分の子ども以上の喜びを毎年味わいます。 失敗したり、望んでいる学校に行けない場合もありますが、試験を乗り切っていく姿に感動し、「恐れることはない。わたしがあなたとともにいる」と約束された、イエス様の現実の約束に感謝します。 この時期に試験に臨むとき、下記の聖書を一緒によく読みます。教員試験であれ、医師の国家試験であれ、就職試験であれ、学んだ実力が120パーセント発揮されるよう勇気づけています。申命記 20:1 あなたが敵と戦うために出て行くとき、馬や戦車や、あなたよりも多い軍勢を見ても、彼らを恐れてはならない。あなたをエジプトの地から導き上られたあなたの神、【主】が、あなたとともにおられる。 20:2 あなたがたが戦いに臨む場合は、祭司は進み出て民に告げ、 20:3 彼らに言いなさい。「聞け。イスラエルよ。あなたがたは、きょう、敵と戦おうとしている。弱気になってはならない。恐れてはならない。うろたえてはならない。彼らのことでおじけてはならない。 20:4 共に行って、あなたがたのために、あなたがたの敵と戦い、勝利を得させてくださるのは、あなたがたの神、【主】である。」 受験生の合格と祝福を祈ります。
2006/02/14
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立春を過ぎたといえ、まだまだ寒さの残るこの頃です。昨日、大阪の繁華街を歩いていたら、行きずりの恋人同士?が、おお!寒む!と身を寄せ合うように通り過ぎて行きました。 堺市の夜の礼拝に出席する70代の男性は、気象情報に詳しく、明日は少しは暖かくなりますよ!と、にこにこ笑いながらの挨拶。そのように今朝は少しおだやかに、あたたかく?(生駒はまだ霜が降りていますが)感じる朝です。 聖書学院も最後の授業、来週試験で再来週が卒業式になります。今学期は月曜日に多くの予定外のことが入り、ほとんど授業ができませんでした。 神学生のスポーツ大会、ペンテコステ大会やNRA評議委員会等々・・・。 今日も神戸でベニヒン大会や祈りの祭典の委員会が開催されますが、今日は不参加で授業に集中です。 優先順位を決めていないと、キリスト教界の行事が多過ぎて・・・という感じです。ルカの福音書10:38 さて、彼らが旅を続けているうち、イエスがある村に入られると、マルタという女が喜んで家にお迎えした。 10:39 彼女にマリヤという妹がいたが、主の足もとにすわって、みことばに聞き入っていた。 10:40 ところが、マルタは、いろいろともてなしのために気が落ち着かず、みもとに来て言った。「主よ。妹が私だけにおもてなしをさせているのを、何ともお思いにならないのでしょうか。私の手伝いをするように、妹におっしゃってください。」 10:41 主は答えて言われた。「マルタ、マルタ。あなたは、いろいろなことを心配して、気を使っています。 10:42 しかし、どうしても必要なことはわずかです。いや、一つだけです。マリヤはその良いほうを選んだのです。彼女からそれを取り上げてはいけません。」 今日も優先順位をしっかりと守り、神の栄光のために与えられた24時間を励もうと願いながらの、おだやかな朝のスタートです。
2006/02/13
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イスラエル民族は、400年間もエジプトで奴隷生活を過ごしていました。彼らの苦しみを救い出すために、神はモーセを指導者とし、子羊の血によりエジプトからの脱出に成功しました。出エジプトした彼らは、乳と蜜の流れる約束の地を目指して、意気揚々と出発しました。追いかけてくるエジプトの戦車隊は、紅海の藻屑と消え、もはや敵するものはなく、救いの喜びを声高らかに賛美し、乳と蜜の流れる国へと向いました。聖書には、彼らがまっすぐに進むと11日(現在ではバスで12時間、飛行機で1時間の距離)で約束の国に入ることができたとあります。しかし、現実には40年間かかりました。出エジプトした20歳以上の者は、ヨシュアとカレブ二人を除いて全員死に、乳と蜜の流れる国に入ることはできませんでした。聖書はその原因を明確に教えています。彼らがカデシバルネアに着いたとき、乳と蜜の流れる国へとの約束を信じられず、約束の国がその通りかどうかを調べるために、探りに行くようモーセに強要しました。モーセは12人の斥候(スパイ)を選び、彼らは約束の国を探りました。すばらしい土地で一房のぶどうを二人でかつがなければならないほどの豊かな実りある所でした。帰ってきた彼らはその土地がどんなにすばらしい所かを説明しました。民は喜び、神の約束の真実に感謝の声を上げました。が、その中の10人は、「しかし」といい始めました。そこに住む人々は巨人族で、自分たちはまるでイナゴのように見えた。あの土地は食い尽くす土地だ。 エジプトには墓がないので、モーセは自分たちをこの荒野で死なせるために連れ出したのだ。約束の地ではなく、巨人族の餌食にするために自分たちを連れ出したのだと叫び始めました。今までの喜びとはうって変わって、大群衆の呟きと嘆きは頂点に達しました。その時、二人の斥候、ヨシュアとカレブは大声で叫び、民を叱咤激励しました。聖書はこう記録しています。民数記14:6 すると、その地を探って来た者のうち、ヌンの子ヨシュアとエフネの子カレブとは自分たちの着物を引き裂いて、 14:7 イスラエル人の全会衆に向かって次のように言った。「私たちが巡り歩いて探った地は、すばらしく良い地だった。 14:8 もし、私たちが【主】の御心にかなえば、私たちをあの地に導き入れ、それを私たちに下さるだろう。あの地には、乳と蜜とが流れている。 14:9 ただ、【主】にそむいてはならない。その地の人々を恐れてはならない。彼らは私たちのえじきとなるからだ。彼らの守りは、彼らから取り去られている。しかし【主】が私たちとともにおられるのだ。彼らを恐れてはならない。」 毎日の生活の中で、私たちも同じような事態に直面します。幸せを求め祝福を願いながら生きているにもかかわらず、事あるごとに呟き、不平不満を口にし、周囲に害毒を振りまいていることに気づかないばかりか、自分が悪いなどとこれっぽちも思わず、滅びへの道を驀進しています。そのような人々が大多数の世界です。 しかし、問題があっても正面から勇気を持って取り組み、平安と感謝をしつつ神の栄光のために生きている人々もあります。 3500年前にイスラエル民族が直面したとき、不信仰と呟く人々には、問題が自分たちを食い尽くす巨人に見えました。 しかし、信仰と感謝の心を持つ二人には、同じ問題が食い応えのあるごちそうに見えたのです。 それくらいの意気込みで、毎日を生きてみませんか。 不信仰とつぶやきの民は、荒野で死に絶えました。 信仰と感謝に満たされた二人は、約束の土地に入っただけではなく、ヨシュアは民の指導者として、さらにすばらしい約束を受けました。ヨシュア記1:5 あなたの一生の間、だれひとりとしてあなたの前に立ちはだかる者はいない。わたしは、モーセとともにいたように、あなたとともにいよう。わたしはあなたを見放さず、あなたを見捨てない。 1:6 強くあれ。雄々しくあれ。わたしが彼らに与えるとその先祖たちに誓った地を、あなたは、この民に継がせなければならないからだ。 1:7 ただ強く、雄々しくあって、わたしのしもべモーセがあなたに命じたすべての律法を守り行え。これを離れて右にも左にもそれてはならない。それは、あなたが行く所ではどこででも、あなたが栄えるためである。 1:8 この律法の書を、あなたの口から離さず、昼も夜もそれを口ずさまなければならない。そのうちにしるされているすべてのことを守り行うためである。そうすれば、あなたのすることで繁栄し、また栄えることができるからである。 1:9 わたしはあなたに命じたではないか。強くあれ。雄々しくあれ。恐れてはならない。おののいてはならない。あなたの神、【主】が、あなたの行く所どこにでも、あなたとともにあるからである。」 カレブは85歳になっても、そのすばらしい精神と進取の気概を持続していました。ヨシュア記14:7 【主】のしもべモーセがこの地を偵察するために、私をカデシュ・バルネアから遣わしたとき、私は四十歳でした。そのとき、私は自分の心の中にあるとおりを彼に報告しました。 14:8 私といっしょに上って行った私の身内の者たちは、民の心をくじいたのですが、私は私の神、【主】に従い通しました。 14:9 そこでその日、モーセは誓って、『あなたの足が踏み行く地は、必ず永久に、あなたとあなたの子孫の相続地となる。あなたが、私の神、【主】に従い通したからである』と言いました。 14:10 今、ご覧のとおり、【主】がこのことばをモーセに告げられた時からこのかた、イスラエルが荒野を歩いた四十五年間、【主】は約束されたとおりに、私を生きながらえさせてくださいました。今や私は、きょうでもう八十五歳になります。 14:11 しかも、モーセが私を遣わした日のように、今も壮健です。私の今の力は、あの時の力と同様、戦争にも、また日常の出入りにも耐えるのです。 14:12 どうか今、【主】があの日に約束されたこの山地を私に与えてください。あの日、あなたが聞いたように、そこにはアナク人がおり、城壁のある大きな町々があったのです。【主】が私とともにいてくだされば、【主】が約束されたように、私は彼らを追い払うことができましょう。」 14:13 それでヨシュアは、エフネの子カレブを祝福し、彼にヘブロンを相続地として与えた。 14:14 それで、ヘブロンは、ケナズ人エフネの子カレブの相続地となった。今日もそうである。それは、彼がイスラエルの神、【主】に従い通したからである。 14:15 ヘブロンの名は、以前はキルヤテ・アルバであった。アルバというのは、アナク人の中の最も偉大な人物であった。そして、その地に戦争はやんだ。 毎日の生活の中に、また長い人生の途上に、様々な問題が生じます。それは当たり前のことかもしれません。原因が自分にあってもなくても・・・。そんなときにあきらめてしまったり、呟いたり、不平不満に支配されてもどうにもなりません。問題は解決するためにあるのです。解けない問題など人生には何一つない!と確信して、平安な心で感謝にあふれて前進してみることです。必ず勝利が与えられます。 すべてのことをつぶやかず疑わないで、感謝しつつ実行するとき、奇跡的な変化が起こることに、まず自分がびっくりすることでしょう。ハレルヤ。祝福を祈ります。ピリピ人へ手紙2:12 そういうわけですから、愛する人たち、いつも従順であったように、私がいるときだけでなく、私のいない今はなおさら、恐れおののいて自分の救いの達成に努めなさい。 2:13 神は、みこころのままに、あなたがたのうちに働いて志を立てさせ、事を行わせてくださるのです。 2:14 すべてのことを、つぶやかず、疑わずに行いなさい。 2:15 それは、あなたがたが、非難されるところのない純真な者となり、また、曲がった邪悪な世代の中にあって傷のない神の子どもとなり、 2:16 いのちのことばをしっかり握って、彼らの間で世の光として輝くためです。
2006/02/12
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春の輝きが溢れる時期に近づいてきました。春は大好きな季節の一つです。命の輝きがあふれています。現在住んでいる所は、生駒市ですが、生駒山の北側で海抜150メートくらいの高さです。生駒聖書学院は阪奈道路に面していますが、まだまだ自然が残っており、目白やヒヨドリ、カラスもたくさんいます。ときどきリスやいたちの走る姿に接することもあります。春はウグイスの鳴く声も聞こえます。朝の目覚めが小鳥の鳴き声とともにと言うステキな朝もあります。 昨日は、東大阪市花園で新しいキリスト教会の献堂式がありました。近鉄奈良線花園駅北側に戦前からあった花園キリスト教会が、今度は駅の南側に移転し、その完成を祝う式が行われ、私がメッセージを語りました。 日本中に新しいキリスト教会がどんどん建っていく日が早く来るように祈りながらです。 私は脳内出血で倒れてから、ゆとりのある生活を心がけています。うるおいのある生活と言ってもいいでしょう。特に、毎日ゆとりの1万歩をと歩き続けています。 ゆとりのある生活は平安な日々から生まれます。イエス様は、「だれでも重荷を負って苦労している者はわたしのところに来なさい。あなたを休ませてあげます」と招いてくださいました。 イエス・キリスト信じるとき潤いのある人生が始まります。 そのために必要なことが三つあります。 まず第一に、ひとりっきりになって祈る時間を持つことです。30分でも良いですが、愛してくださるイエス様と過ごす時間が必要ですね。ひとりで静かにコーヒーを飲みながらでも良いでしょう。ゆったりとしたときを過ごすと、ストレスやプレッシャーから解放されます。 私は毎日1万歩歩くことを習慣にしています。イエス様に祈りつつ、山の静かな道を歩き、きれいな空気を胸いっぱいに吸い込みながらです。またもう一つは、挨拶をすることです。挨拶は形式的で一つの人間社会の儀礼かもしれません。挨拶の挨という字は、押し開くと言う意味です。拶は迫ると言う意味です。つまり挨拶は心を押し開いて迫るという意味です。また挨拶の挨はLoveの愛。あなたを愛しますよ!と声をかけることですね。朝、そのようなおはようが、飛び交う家は幸せですね。親子で夫婦で家族がみんな心を開いて愛のことばを掛け合う。感謝ですね。私もさんぽの途中に出会う方々に自分から挨拶します。ほとんど100パーセントの挨拶が帰ってきます。もう一つのゆとりは雑談です。潤いのある人生を生きるとき、交わりが大切です。意味があるとかないとか考えないで楽しくおしゃべりができればすばらしいですね。夫婦で、親子で、嫁と姑が・・。隣近所の方と何でもしゃべることができれば幸いですね。但し、悪口や批判や中傷、ゴシップや噂話でないおしゃべりを楽しむだけの交わりだったらいいですね。聖書には、祝福を受けたのだから祝福を与えなさいとあります。第一ペテロ3:8 最後に申します。あなたがたはみな、心を一つにし、同情し合い、兄弟愛を示し、あわれみ深く、謙遜でありなさい。 3:9 悪をもって悪に報いず、侮辱をもって侮辱に報いず、かえって祝福を与えなさい。あなたがたは祝福を受け継ぐために召されたのだからです。 3:10 「いのちを愛し、 幸いな日々を過ごしたいと思う者は、 舌を押さえて悪を言わず、 くちびるを閉ざして偽りを語らず、 3:11 悪から遠ざかって善を行い、 平和を求めてこれを追い求めよ。 3:12 主の目は義人の上に注がれ、 主の耳は彼らの祈りに傾けられる。 しかし主の顔は、 悪を行う者に立ち向かう。」 3:13 もし、あなたがたが善に熱心であるなら、だれがあなたがたに害を加えるでしょう。 3:14 いや、たとい義のために苦しむことがあるにしても、それは幸いなことです。彼らの脅かしを恐れたり、それによって心を動揺させたりしてはいけません。 イエス・キリストを心に迎えるとき、人知ではとうていはかり知ることのできないような、神の平安があなたを満たすでしょう。そして受けるよりも与える方が幸いとあるように、私たちもそのゆとりと潤いを隣人に与えて行く存在となることでしょう。
2006/02/11
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生駒聖書学院は2月11日(祭日)に、ヨベル(ヨベルとは、雄羊の角という意味)聖会を行っています。 ユダヤの国では、一週間のうち6日働いて7日目を安息に地として休むように、土地も6年間耕作して7年目を休耕しました。 その7年目が7回巡ってきた50年目をヨベルの年として定められていました。 ヨベルには3つの特筆すべきことが約束されました。 第一に、土地を1年休耕するので6年目には3年分の大収穫がありました。 第二には、売却されていた土地も、この年には自動的に返却されました。土地は神の物であり、人は所有者ではなく預託されているの過ぎないからです。 第三は、全住民の解放の宣言でした。土地と同じく人もまた神の所有であり、奴隷として仕えさせることが禁じられ、自由の身として解放されることが定められていました。 ヨベルの年の基本理念は、原状回復でした。すべては神のものだから、人はそれを自分のものとしてのみ所有しないようにと定められていました。 イエス・キリストの救いは、まさしく買戻しが十字架によってなされたことの宣言です。 ヨベルの年にすべてが原状回復されるように、十字架によって人間のすべての罪が赦され、のろいから解放され、貧乏から解き放たれ、病もいやされ、死と滅びの中から救い出されるのです。 50年待つのではなく、信じた瞬簡のヨベルの大解放を経験できるのです。 信じて生きるとは、正しく、健やかに、祝福のなかで繁栄し、永遠の天国に行ける平安の人生です。 2月11日(祭日)午前10時ー12時 一回の聖会です。 会場は奈良県生駒市俵口町951 生駒聖書学院大チャペル 近鉄奈良線生駒駅からタクシーで千円弱 車は阪奈道路生駒インターよりすぐです。 お問い合わせは、0743-74-7622まで。 祝福を祈りつつ・・・ハレルヤ!
2006/02/10
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詩篇103:1 わがたましいよ。【主】をほめたたえよ。 私のうちにあるすべてのものよ。 聖なる御名をほめたたえよ。 103:2 わがたましいよ。【主】をほめたたえよ。 主の良くしてくださったことを何一つ忘れるな。 103:3 主は、あなたのすべての咎を赦し、 あなたのすべての病をいやし、 103:4 あなたのいのちを穴から贖い、 あなたに、恵みとあわれみとの冠をかぶらせ、 103:5 あなたの一生を良いもので満たされる。 あなたの若さは、鷲のように、新しくなる。朝の目覚めとともに、この詩篇を口ずさみます。7年前、左脳内出血になりましたが、この詩篇のように、主はあなたのすべての病をいやしとあるように、東京の病院に一ヶ月の入院でスッカリいやされ元気に生きています。左脳ですから話すことと、右手右足が不自由になりますが、その不自由さもなく毎朝1万歩を歩きつつ、元気で過ごしています。たくさんお方に祈っていただき感謝します。先週、小冊子が一冊届きました。生駒聖書学院を卒業し、長野県安曇野市の須佐二三子牧師の手記でした。私にとっては教え子になります。昨年9月にくも膜下出血で意識不明になり、手術を受けて元気になった体験が書かれていました。昨年の9月30日に、犬を連れて近くの林を散歩から帰宅し、さわやかな気分で、庭の手入れをしていました。ご主人が帰宅したとき、彼女はベランダに倒れていました。口からはちょと血を出し、意識不明で床の上で冷たくなっていたそうです。隣の奥様も駆けつけ、身体をゆすろうとする主人に、動かしたらダメ!早く救急車をと命令しました。自宅から30キロばかり離れ脳神経外科病院に運ばれました。容態を診た医者は、「くも膜下出血です。頭の中の血管が破れて出血しています。すぐ手術をします。発見が遅れたこともあり手術中死亡する確率は50パーセントです。術後15日までの死亡率も50パーセントです。回復しても記憶喪失、半身不随、言語障害、味覚や視覚障害など後遺症が残ります」と、説明しました。 ご主人は、その間祈るとともに、東北や名古屋、関西にある親しい教会に祈りを願う電話を入れました。手術後は集中治療室で15日間、ほとんど意識不明で眠り続ける状態が続きました。「須佐さん」と看護師さんに肩を叩かれ目を開けるけれども、すぐまた眠る状態でしたが、見舞いに来た方のために祈ったり、聖書のことばを語りかけたりもしたそうですが、本人は何も覚えていないとの事です。唯一つハッキリ覚えているのは、イエス様に連れられて天国に行ったことだそうです。天国はどんな場所よりもすばらしい所でした。背後は金色に光り輝き、クリスタルガラスのような虹がかかり、そこからダイヤモンドのようなキラキラ輝く水のようなものも流れていました。いつまでもそこに留まりたいと思ったとき、「あなたは地上にとどまり、あなたに与えた賜物と使命を果たしなさい」との声を聞きました。 15日目に6人ベッドの病室に移り、本来は3ヶ月入院が必要でしたが、「わたしは主であってあなたをいやすものであるとの、約束どおり元気で退院でされたことを感謝されています。ヤコブの手紙 5:13 あなたがたのうちに苦しんでいる人がいますか。その人は祈りなさい。喜んでいる人がいますか。その人は賛美しなさい。 5:14 あなたがたのうちに病気の人がいますか。その人は教会の長老たちを招き、主の御名によって、オリーブ油を塗って祈ってもらいなさい。 5:15 信仰による祈りは、病む人を回復させます。主はその人を立たせてくださいます。また、もしその人が罪を犯していたなら、その罪は赦されます。
2006/02/10
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ハイポニカ理論と言うことを知り驚いています。一般の農業技術では、人間が植物をコントロールして栽培しています。 ハイポニカでは植物が必要とする成分を含んだ肥料の濃度と温度を、一定に保ち、多くの空気を今入して根域に流します。 安定した環境下で縦横無尽に伸びた根の量は、土栽培とは比べることができないほど、その大量の根で必要な養分、水分、空気を吸収し、驚くほどの生育を見せます。 種に良し悪しはないそうです。苗のときに自分はどんどん成長しても、必要なものは十分与えられるのだという安心感があるだけで十分です。 そうすれば苗は世界を信じて、疑うことなくどんどんどこまでも伸びていきます。ハイポニカ農法は、植物が本来持つ潜在能力、生命力の大きさ、深さ、豊かさを引き出しただけなのです。 普通栽培でトマトは大体30個くらい実をつけるのですが、ハイポニカ理論で育てると、何と13,000個の実をつけます。 ハイポニカ理論と言う農法があるのを知り、驚き感動しています。 人生も同じようなものです。自分は自分だから仕方がない、これくらいで良いんだと、あきらめたり悩んだりしていませんか。 イエス・キリストをを信じて御覧なさい。新しい世界が開かれます。ハイポニカ理論ではないけれども、今のあなたより30倍、60倍、100倍越える、永遠に続く幸せを体験できるのです。 なぜ、イエス・キリストはそのような人生を与えることができるのでしょうか。 聖書にはその理由が書いてあります。15:1 兄弟たち。私は今、あなたがたに福音を知らせましょう。これは、私があなたがたに宣べ伝えたもので、あなたがたが受け入れ、また、それによって立っている福音です。 15:2 また、もしあなたがたがよく考えもしないで信じたのでないなら、私の宣べ伝えたこの福音のことばをしっかりと保っていれば、この福音によって救われるのです。 15:3 私があなたがたに最もたいせつなこととして伝えたのは、私も受けたことであって、次のことです。キリストは、聖書の示すとおりに、私たちの罪のために死なれたこと、 15:4 また、葬られたこと、また、聖書の示すとおりに、三日目によみがえられたこと、とあります。 十字架の上にすべての罪が赦されました。雪よりも白く洗われ、神の子とされ、永遠のいのちが与えられました。 キリストを信じる人生は、キリストに根ざします。聖霊がうちにいて溢れる命の流れを満たしてくれます。 ヨハネ 4:13 イエスは答えて言われた。「この水を飲む者はだれでも、また渇きます。 4:14 しかし、わたしが与える水を飲む者はだれでも、決して渇くことがありません。わたしが与える水は、その人のうちで泉となり、永遠のいのちへの水がわき出ます。」 そのうちに流れる聖書のことばと聖霊の助けが、新しい祝福の流れを作ってくれたのです。1:1 幸いなことよ。悪者のはかりごとに歩まず、罪人の道に立たず、あざける者の座に着かなかった、その人。1:2 まことに、その人は【主】のおしえを喜びとし、昼も夜もそのおしえを口ずさむ。1:3 その人は、水路のそばに植わった木のようだ。時が来ると実がなり、その葉は枯れない。その人は、何をしても栄える。1:4 悪者は、それとは違い、まさしく、風が吹き飛ばすもみがらのようだ。1:5 それゆえ、悪者は、さばきの中に立ちおおせず、罪人は、正しい者のつどいに立てない。1:6 まことに、【主】は、正しい者の道を知っておられる。しかし、悪者の道は滅びうせる。 イエス様信じます。私の心にお迎えします。アーメン。
2006/02/09
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イエス・キリストを信じる人生は、幸せで祝福され続ける生活です。イエス様は、いつも何も心配しなくて良いと教えました。信じる心があるとどんなことでもできる!心で信じたことは必ず実現する!それを口に出して言えば、自分が言ったとおりになる! あなたがたはこの世にあっては悩みがあります。しかし、勇気を出しなさい。わたしは勝利しました。悩みがあり苦労があれば,わたしのところに来なさい。休ませて上げますと、心安らかな平安の人生を約束されました。 様々な問題に直面したとき、どう対応するかで問題の処理は異なってきます。たとえば否定的にだけ考えていると、「仕事で失敗してしまった。もう二度と立ち直ることができない」「今、抱えている悩みはきっと解決しないと思う」とか、「ダイエットなんて、何度やっても絶対うまくいかない」「日本の経済は先行き不安。決してよくなるはずがない」「夫との関係は絶対修復できない」などなど・数え切れないほどのマイナス思考が、自分の中にも周りに、みちみちています。 悲観的に物事を捉えると、その特徴は目の前の状態が序属すると考えてしまいます。ことばを変えれば悪いことは、消えることなく、いつまでも続くと考えるのです。 また、何をやってもうまくいくはずがない。どれも皆同じだと思ってしまいます。たった一つの不幸が、他のすべてのことに、例外なく当てはまると考えるので、マイナスの考えを普遍的なものにしてしまいます。 世の中はすべてにおいて不公平だ。まじめな性格の人はみんな損をする。どんな薬を飲んでも効き目がない。病院なんて信じられない。どこも当てにならない。などとすべてを普遍的に捕えてしまいます。 もう一つの特徴は、全部自分のせいでそうなったと考えてしまうことです。こうなったのは私が悪いからです.私ほど不幸な星の下に生まれてきた人間はいない。自分は嫌われている。私はほんとうに運がついていない。などなど。 謙遜に聞こえることもあるけれども、自己イメージが低く劣等感に支配されてしまっているのです。 イエス・キリストを信じる人生は、逆転勝利の人生です。だれでもキリストの打ちにあるなら、その人は新しく造られて者です。古いものは過ぎ去って、その人は新しく造られた者です。生まれ変わった新しい人生、神に愛されて人生を生きるので、ものの見方考え方、ことばの使い方まで変化してしまうのです。 どのような考えや言葉になるのでしょうか。 悪いことや好ましくないことは、一時的であると考えます。不幸なことや悲しいことはいつまでも続かないと考えます。いつまでも負け続けることはない。経済的な貧しさなど、いつまでも続くものではない」「こんなに辛い経験など、そう長くはつづかないはずだ」 また、失敗や悪い事態、不幸な出来事が起こったのは、特別な事情があったと特定的に考えることができることです。「主人が怒ったのは、会社で何か嫌なことがあったからかもしれない」「上司の機嫌が悪かったのは、少し体調が思わしくなかったからだろう」必ずよくなると前向きに考えて、普遍化しないことも大切ですね。 また、信仰的に前向きに考えることで乗り切ることができます。 神のなさることはみなその時にかなって美しい。すべてのことが働いて益になる。「人間関係で悩んだ分だけ、人の気持ちがわかるに人間になれるから感謝」苦しみに会ったからこそ、本当の幸せになれる。病を患ったからこそ、病の人の気持ちがわかる。 イエス・キリストの十字架は、あなたのすべての罪やマイナスの考えの身代わりでした。墓に葬られ3日目に復活したよみがえりの主です。プロテスタント教会の十字架は、+しるしですね。キリストは死んだが墓からよみがえり生きている救い主です。十字架は+思考の原点です。どのような楽観思考や可能思考、積極的な考えやポジティブ思考を超えるのが、十字架と復活を信じる信仰です。 +思考の+は足し算の足すですが、縦横棒とも平均の長さです。調子の良いときにはすばらしいけれども、ちょっと問題があれば、ころっとこけてしまいます。 しかし、十字架と復活を信じる信仰を持つとき、罪が赦され、救われて天国に行けます。 この地上でも天国に住むような平安と喜びで、どんあことがあろうとも幸せに楽しく乗り越える人生です イエス・キリストを心にお迎えください。
2006/02/08
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最近、今まで隠されていた・不正が次々と現されて来ています。 偽装マンション、ライブドア、不正入札談合、東横ホテル改装問題、まだまだ出てくる汚れきった姿に、人間の罪の本質を見る思いです。 お金さえあればいい! ともかく儲ければ良いという考えが基本になっているからです。 お金はすばらしいものです。しかし、お金を愛する=執着することが、すべての悪の根源なのです。 消費者がもっと賢くなって、不正なホテルを利用しないようにすれば良いのですが・・・。 安いというのが売り物のホテルですから、その安さに引かれて利用する人は絶えません。私たちがもっと賢く対応したいものです。 正義は国を高くし、罪は民をはずかしめるのです。日本人すべてが真実の神の前に悔い改め、新しい日本になる必要があります。 ヨハネの第一の手紙 1:5 神は光であって、神のうちには暗いところが少しもない。これが、私たちがキリストから聞いて、あなたがたに伝える知らせです。 1:6 もし私たちが、神と交わりがあると言っていながら、しかもやみの中を歩んでいるなら、私たちは偽りを言っているのであって、真理を行ってはいません。 1:7 しかし、もし神が光の中におられるように、私たちも光の中を歩んでいるなら、私たちは互いに交わりを保ち、御子イエスの血はすべての罪から私たちをきよめます。 1:8 もし、罪はないと言うなら、私たちは自分を欺いており、真理は私たちのうちにありません。 1:9 もし、私たちが自分の罪を言い表すなら、神は真実で正しい方ですから、その罪を赦し、すべての悪から私たちをきよめてくださいます。 1:10 もし、罪を犯してはいないと言うなら、私たちは神を偽り者とするのです。神のみことばは私たちのうちにありません。
2006/02/07
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関西にある神学校では、毎年この時期に神学生交流スポーツ大会を行っています。 生駒聖書学院は月曜日スタートですが、今日はスポーツ交流のため、神学生たちは朝7時半に神戸ルーテル神学校に出発しました。 今回は、ルーテル神学校、神戸改革派神学校、関西聖書学院、生駒聖書学院と他にも参加する神学校があるかも・・・と言いながら出かけました。 まず神学校のチャペルで礼拝し、それから近くの体育館でバレーボール大会やゲームを楽しみます。初めのころは神学校対抗試合をしていましたが、人数や技能の差がありすぎて、ほとんど生駒聖書学院が優勝ということで、参加者全員を割り振りして、みんなで楽しむことになりました。バレーボールをほとんどしたことがない者も、年齢や能力に関係なく楽しんでいるようです。 久しぶりに月曜の朝をゆっくり?と言っても電話や手紙と、相変わらず充実していますが・・・。詩篇 133:1 見よ。兄弟たちが一つになって共に住むことは、 なんというしあわせ、なんという楽しさであろう。 133:2 それは頭の上にそそがれたとうとい油のようだ。 それはひげに、アロンのひげに流れて その衣のえりにまで流れしたたる。 133:3 それはまたシオンの山々におりる ヘルモンの露にも似ている。 【主】がそこに とこしえのいのちの祝福を命じられたからである。
2006/02/06
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突然の死に遭遇し、天国を見、生かされたと題する小冊子(24ページ)が送られてきました。 生駒聖書学院の卒業生で、グレイスチャペル安曇野の牧師、須佐二三子先生が、くも膜下出血より生還した証です。 「くも膜下出血です。発見が遅れたこともあり、手術中に死亡する率は50パーセント、術後15日までのの死亡率も50パーセントです。 回復しても記憶喪失、半身不随、言語障害、味覚障害、視覚障害などの後遺症が残ります。 今から手術に入りますが、明け方4時くらいまでかかるでしょう。ご主人は控え室でお待ちください」 医者の説明にご主人は、「はい。よろしくお願いします」と答えるのに精一杯でした。 ・・・・そして、イエス様の愛と全国のクリスチャンたちの祈りの中で手術は成功し、医者も驚くほどの回復で、1ヵ月後には退院、その後も後遺症がいやされ続け、今回の手記になったとのこと。 自筆の寒中見舞いとお便りに接し、7年前の左脳内出血をいやされ、元気で動いている自分にダブらせながら、さらに回復が豊かであるよう祈っています。 須佐二三子牧師の体験を読んでみたい方は、下記へFAXされると送本されると思います。グレイスチャペル安曇野 Fax.0263-83-7397詩篇103:1 わがたましいよ。【主】をほめたたえよ。 私のうちにあるすべてのものよ。 聖なる御名をほめたたえよ。 103:2 わがたましいよ。【主】をほめたたえよ。 主の良くしてくださったことを何一つ忘れるな。 103:3 主は、あなたのすべての咎を赦し、 あなたのすべての病をいやし、 103:4 あなたのいのちを穴から贖い、 あなたに、恵みとあわれみとの冠をかぶらせ、 103:5 あなたの一生を良いもので満たされる。 あなたの若さは、鷲のように、新しくなる。
2006/02/05
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浜名湖畔では毎朝5時前に起きて1万歩を歩きました。 今朝は8時過ぎまで寝ていました。 今日は、大阪市港区まで出かけるので1万歩はゆっくりクリアできそうなので・・・。 生駒駅まで3000歩+電車の乗り換えなどで1000歩+弁天町から目的の家まで往復5000歩+少し大阪へ出たついでに買い物で1500歩+生駒駅から自宅まで3000歩=13,500歩になります。 ともかく歩け歩けで楽しく過ごしています。 日本テレビの番組「世界一受けたい授業」で、村上和雄筑波大学名誉教授が話したことが、「笑う!遺伝子」という本になり、紹介されていました。 遺伝子はほとんど眠っていて、常にオンになって働いている遺伝子は、全体の3パーセントだといわれているそうです。 先生の研究は、眠っているよい遺伝子のスイッチをオンにして目覚めさせれば、人間の可能性はどこまでも広がるのではという考えに基づいています。 楽しい生活を送ると良い遺伝子のスイッチがオンになるという仮説で科学的研究を進めているそうです。 そして、遺伝子がスイッチ・オンになると、病気も治る!ことを実験したことなど、楽しい本です。 キリスト教は人間のほんとうの幸せは、平安であり喜びと楽しみだと教えています。 どんな出来事が起こっても、平安でいることができる!喜びが失われることがない。すべてのことを全能の神に委ねながら祈り、信頼し進むことができる幸い。ハレルヤ!詩篇139:1 【主】よ。あなたは私を探り、 私を知っておられます。139:2 あなたこそは私のすわるのも、 立つのも知っておられ、 私の思いを遠くから読み取られます。139:3 あなたは私の歩みと私の伏すのを見守り、 私の道をことごとく知っておられます。139:4 ことばが私の舌にのぼる前に、 なんと【主】よ、 あなたはそれをことごとく知っておられます。139:5 あなたは前からうしろから私を取り囲み、 御手を私の上に置かれました。139:6 そのような知識は私にとって あまりにも不思議、 あまりにも高くて、及びもつきません。139:7 私はあなたの御霊から離れて、どこへ行けましょう。 私はあなたの御前を離れて、どこへのがれましょう。139:8 たとい、私が天に上っても、そこにあなたはおられ、 私がよみに床を設けても、 そこにあなたはおられます。139:9 私が暁の翼をかって、海の果てに住んでも、139:10 そこでも、あなたの御手が私を導き、 あなたの右の手が私を捕らえます。139:11 たとい私が 「おお、やみよ。私をおおえ。 私の回りの光よ。夜となれ」と言っても、139:12 あなたにとっては、やみも暗くなく 夜は昼のように明るいのです。 暗やみも光も同じことです。139:13 それはあなたが私の内臓を造り、 母の胎のうちで私を組み立てられたからです。139:14 私は感謝します。 あなたは私に、奇しいことをなさって 恐ろしいほどです。 私のたましいは、それをよく知っています。139:15 私がひそかに造られ、地の深い所で仕組まれたとき、私の骨組みはあなたに隠れてはいませんでした。139:16 あなたの目は胎児の私を見られ、 あなたの書物にすべてが、書きしるされました。 私のために作られた日々が、 しかも、その一日もないうちに。139:17 神よ。あなたの御思いを知るのは なんとむずかしいことでしょう。 その総計は、なんと多いことでしょう。139:18 それを数えようとしても、 それは砂よりも数多いのです。 私が目ざめるとき、 私はなおも、あなたとともにいます。139:19 神よ。どうか悪者を殺してください。 血を流す者どもよ。私から離れて行け。139:20 彼らはあなたに悪口を言い、 あなたの敵は、みだりに御名を口にします。139:21 【主】よ。 私は、あなたを憎む者たちを憎まないでしょうか。 私は、あなたに立ち向かう者を 忌みきらわないでしょうか。139:22 私は憎しみの限りを尽くして彼らを憎みます。 彼らは私の敵となりました。139:23 神よ。私を探り、私の心を知ってください。
2006/02/04
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月曜日朝6時に名神高速・東名高速を通って、浜名湖エキシブで一泊。朝歩かずで出かけたので、サービスエリアやエクシブの会議の合間に1万歩の散歩でクリア。 よく火曜日の朝は早く起きて、エキシブの周辺をゆとりの一万歩。昼までの会議と昼食後、仲間を誘って3日まで行われる大会に参加。 浜名湖エキシブから舘山寺温泉までは車ですぐ。毎年参加しているので、自分の庭とまでは言えないが、あっという間に到着。 アメリカ・ワシントン州シアトルから、シティチャーチ牧師、ウインティル・スミス牧師夫妻と27歳の息子ジュダ・スミス牧師を迎え、全国から集った620名の牧師たちが、その油注がれてメッセージに聞き入る。 水曜日は雨になったが、朝早く起きて浜名湖のほとりを散歩。午前中から終日セミナー。 木曜日は講師一行を囲んで委員会一同と昼食交わり。 夜のセミナーは、ウインティル・スミス牧師の十八番、「繁栄の目的」(寛大に与える天国の文化)を情熱をこめ聖書からメッセージ。 豊かになる秘訣は偉大な神を信じること。受けるよりは与えることが幸いであることを本気で信じて、楽しく実行すると心も財布も豊かになることを強調。 その実践として牧師たちが献金をささげた。献金の始まる直前、1,000万円が集まるという強い思いが与えられた。幸いなことに1000万円を越えるお金が集められ、委員会一同と参加者全員が感謝だった。 この大会は41回目を迎えるが、外国の講師とチーム自ら献金をささげたセミナーは非常に珍しい経験だった。並みの金額ではなく500万円ものビッグな献金だ。 自分が教えた通りを実行する牧師の姿に感動だ。ハレルヤ! コリント人への第二の手紙 9:6 私はこう考えます。少しだけ蒔く者は、少しだけ刈り取り、豊かに蒔く者は、豊かに刈り取ります。 9:7 ひとりひとり、いやいやながらでなく、強いられてでもなく、心で決めたとおりにしなさい。神は喜んで与える人を愛してくださいます。 9:8 神は、あなたがたを、常にすべてのことに満ち足りて、すべての良いわざにあふれる者とするために、あらゆる恵みをあふれるばかり与えることのできる方です。 9:9 「この人は散らして、貧しい人々に与えた。 その義は永遠にとどまる。」 と書いてあるとおりです。 9:10 蒔く人に種と食べるパンを備えてくださる方は、あなたがたにも蒔く種を備え、それをふやし、あなたがたの義の実を増し加えてくださいます。 9:11 あなたがたは、あらゆる点で豊かになって、惜しみなく与えるようになり、それが私たちを通して、神への感謝を生み出すのです。 9:12 なぜなら、この奉仕のわざは、聖徒たちの必要を十分に満たすばかりでなく、神への多くの感謝を通して、満ちあふれるようになるからです。 9:13 このわざを証拠として、彼らは、あなたがたがキリストの福音の告白に対して従順であり、彼らに、またすべての人々に惜しみなく与えていることを知って、神をあがめることでしょう。 9:14 また彼らは、あなたがたのために祈るとき、あなたがたに与えられた絶大な神の恵みのゆえに、あなたがたを慕うようになるのです。 9:15 ことばに表せないほどの賜物のゆえに、神に感謝します。
2006/02/03
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