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今日は聖書学院が休講で、小諸厚生病院に入院している70代の方を見舞います。朝早く自動車で出かけ、帰りは遅くなると思います。初めての小諸市訪問で楽しみです。千曲川旅情の歌作詞者 島崎藤村 作曲者 弘田龍太郎昨日(きのう)またかくてありけり 今日もまたかくてありなむこの命なにを齷齪(あくせく) 明日をのみ思ひわづらふいくたびか栄枯の夢の 消え残る谷に下りて阿波(かわなみ)のいざよふ見れば 砂まじり水巻き帰る嗚呼(ああ)古城なにをか語り 岸の波なにをか答(こと)ふ過(いに)し世を静かに思へ 百年(ももとせ)もきのふのごとし(百年もきのふのごとし)千曲川柳霞みて 春浅く水流れたりただひとり岩をめぐりて この岸に愁(うれひ)を繋(つな)ぐ(この岸に愁を繋ぐ)詩篇84:1 万軍の【主】。あなたのお住まいは なんと、慕わしいことでしょう。 84:2 私のたましいは、【主】の大庭を恋い慕って 絶え入るばかりです。 私の心も、身も、生ける神に喜びの歌を歌います。 84:3 雀さえも、住みかを見つけました。 つばめも、ひなを入れる巣、 あなたの祭壇を見つけました。 万軍の【主】。私の王、私の神よ。 84:4 なんと幸いなことでしょう。 あなたの家に住む人たちは。 彼らは、いつも、あなたをほめたたえています。 セラ 84:5 なんと幸いなことでしょう。 その力が、あなたにあり、 その心の中にシオンへの大路のある人は。 84:6 彼らは涙の谷を過ぎるときも、 そこを泉のわく所とします。 初めの雨もまたそこを祝福でおおいます。 84:7 彼らは、力から力へと進み、 シオンにおいて、神の御前に現れます。 84:8 万軍の神、【主】よ。 私の祈りを聞いてください。 ヤコブの神よ。耳を傾けてください。 セラ 84:9 神よ。われらの盾をご覧ください。 あなたに油そそがれた者の顔に 目を注いでください。 84:10 まことに、あなたの大庭にいる一日は 千日にまさります。 私は悪の天幕に住むよりは むしろ神の宮の門口に立ちたいのです。 84:11 まことに、神なる【主】は太陽です。盾です。 【主】は恵みと栄光を授け、 正しく歩く者たちに、良いものを拒まれません。 84:12 万軍の【主】よ。 なんと幸いなことでしょう。 あなたに信頼するその人は。
2006/04/30
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昨日は、元やくざで学院を卒業した金澤泰裕牧師が、感動的な体験を力強く語り、参加者も大いに恵まれました。 「人生いつでもやり直せる」(小学館文庫)「いれずみ牧師とツッパリ少年たち」(集英社)の著書もあり、先週は福岡で開かれた、麻薬からの解放の集いでも講演したばかりでした。 警察関係や医学関係、そのほか地方自治体からの講演依頼も多く、覚せい剤や麻薬からの解放は、イエス・キリストを信じる以外にないと、自らの体験や実践(教会に中毒者を迎え入れ実際的に指導している)を、語っています。 また学校関係にも呼ばれて、少年少女たちに覚せい剤の危険性なども訴えています。 神学生のとき、自宅マンションの地階を教会として伝道をはじめて10年。改革派神学校で4年間学び卒業し、現在は地下鉄谷町線谷町九丁目駅より3分の千日前通りに、6階建てのビルを購入し、弟子教会として祝福された牧師として働いています。 今朝の10周年礼拝のメッセージに招かれ、「いつもともにいてくださるイエス様」と題して話をします。 マタイの福音書1:21 マリヤは男の子を産みます。その名をイエスとつけなさい。この方こそ、ご自分の民をその罪から救ってくださる方です。」 1:22 このすべての出来事は、主が預言者を通して言われた事が成就するためであった。 1:23 「見よ、処女がみごもっている。そして男の子を産む。その名はインマヌエルと呼ばれる。」(訳すと、神は私たちとともにおられる、という意味である。)18:19 まことに、あなたがたにもう一度、告げます。もし、あなたがたのうちふたりが、どんな事でも、地上で心を一つにして祈るなら、天におられるわたしの父は、それをかなえてくださいます。 18:20 ふたりでも三人でも、わたしの名において集まる所には、わたしもその中にいるからです。」 28:18 イエスは近づいて来て、彼らにこう言われた。「わたしには天においても、地においても、いっさいの権威が与えられています。 28:19 それゆえ、あなたがたは行って、あらゆる国の人々を弟子としなさい。そして、父、子、聖霊の御名によってバプテスマを授け、 28:20 また、わたしがあなたがたに命じておいたすべてのことを守るように、彼らを教えなさい。見よ。わたしは、世の終わりまで、いつも、あなたがたとともにいます。」 十字架にいのちを捨て、すべての罪を贖ってくださったイエス様は、3日目に復活し永遠に生きておられます。 聖霊によってイエス様を心に迎えるすべての人とともにいてくださいます。わたしは決してあなたを見捨てず見放さない。世の終わりまであなたとともにいる。 イエス様とともに生きる人生、罪赦され神の子とされ、永遠のいのちを持ち天国に行くまで、栄光から栄光へと帰られていく人生です。ハレルヤ!
2006/04/30
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いつまでも若々しく! 死ぬまで元気でいたい! せめて認知症にはなりたくない! 天国に行きたい! 健やかに豊かに暮らしたい! その願いはかなわない夢ではありません。 その秘訣は、聖書に記されています。毎日、聖書を読むと、脳に栄養を与えることになります。父は99歳と156日で天国に行きました。60代から聖書を読み始め、80台では新約聖書を年間20回以上も読んでいました。新聞には目を通しましたが、テレビはほとんど見ませんでした。 富雄キリスト教会で60代でクリスチャンとなった吉川さんも、96歳で天国へ行きましたが、花屋さんでお店に毎日出て、まず大きな字の聖書を読み、イエス様に祈ります。 お客様とお元気に挨拶し、お金の計算もすぐできて脳を使うことを止めなかったので、とてもお元気でした。84歳で乳がんの手術をしましたが、医者が驚くほどの回復力で、毎週礼拝に出席に、賛美歌を元気に歌い、最後までお元気でした。 高齢になっても健康な脳を維持し、この希望は失望に終わることはないとあるように、この地上の人生だけでなく天国に行ける確信を喜びつつ過ごしたものですね。 若い人は天国なんて関係ない!なんて言わないで、あなたの若い日に創造主であるまことの神を知る喜びを体験してください。年を取って自分には何の楽しみもないと言わないためにも、羅針盤のような聖書を読む喜びをしってください。 脳を鍛えるためには、脳に栄養を与える=どんな食物が脳に栄養を与えるのかを、どなたか教えてくださいませんか?健康食品やサブリメントではなく・・・普通の食事のことを知りたいと思います。 脳を鍛えるためには、血流を整えることが大切です。きれいな血がきれいな血管のサラサラと流れていることが必要なんですね。酒やタバコや身体に害になる食物を摂取しない心がけも大切だと思います。 そして脳を鍛えるためには、実際的に脳を使うこと!詩篇103:1 わがたましいよ。【主】をほめたたえよ。 私のうちにあるすべてのものよ。 聖なる御名をほめたたえよ。 103:2 わがたましいよ。【主】をほめたたえよ。 主の良くしてくださったことを何一つ忘れるな。 103:3 主は、あなたのすべての咎を赦し、 あなたのすべての病をいやし、 103:4 あなたのいのちを穴から贖い、 あなたに、恵みとあわれみとの冠をかぶらせ、 103:5 あなたの一生を良いもので満たされる。 あなたの若さは、鷲のように、新しくなる。 イザヤ40:28 あなたは知らないのか。聞いていないのか。 【主】は永遠の神、地の果てまで創造された方。 疲れることなく、たゆむことなく、 その英知は測り知れない。 40:29 疲れた者には力を与え、 精力のない者には活気をつける。 40:30 若者も疲れ、たゆみ、 若い男もつまずき倒れる。 40:31 しかし、【主】を待ち望む者は新しく力を得、 鷲のように翼をかって上ることができる。 走ってもたゆまず、歩いても疲れない。
2006/04/29
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久しぶりにスッキリと晴れ上がった朝です。春が来た!というさわやかさです。 明日はみどりの日。生駒聖書学院の創立者レオナード・W・クート師を記念する聖会です。 1913年にイギリスから、シベリア鉄道を経由し舞鶴港に着き、神戸のラックス石鹸会社社長秘書として働くための来日でした。 22歳のとき、神戸のキリスト教会でイエス・キリストの十字架の救いを聞き、クリスチャンになりました。27歳のとき、仕事を辞めて独り立ちの宣教師となりました。それから51年イギリスに帰国せず、78歳で天国に帰るまで働き続けました。 生駒聖書学院は、1929年設立されました。そのきっかけは当時横浜で成功していたキリスト教会でしたが、関東大震災に直面しすべてを失い、大阪に働きの場を移し、生駒聖書学院を設立したのです。 37年前、前進!の一言を残して、天国に凱旋して行きました。その働きを30年前から継承し、不可能は挑戦となり可能となることを信条に、牧師や宣教師養成に携わっています。 今年は、弟子教会の金澤泰裕牧師が講演します。金澤牧師は元やくざでしたが、生駒聖書学院で学び、人生のすべてのサビを落としてきよめられ、新しい人生を自分が歩むだけでなく、多くの悩む人々の希望となっています。 ぜひ、29日(土)午前10時ー12時までの集まりにお出かけください。すばらしい恵みのときとなることでしょう。コリント人への第二の手紙5:17 だれでもキリストのうちにあるなら、その人は新しく造られた者です。古いものは過ぎ去って、見よ、すべてが新しくなりました。 5:18 これらのことはすべて、神から出ているのです。神は、キリストによって、私たちをご自分と和解させ、また和解の務めを私たちに与えてくださいました。 5:19 すなわち、神は、キリストにあって、この世をご自分と和解させ、違反行為の責めを人々に負わせないで、和解のことばを私たちにゆだねられたのです。 5:20 こういうわけで、私たちはキリストの使節なのです。ちょうど神が私たちを通して懇願しておられるようです。私たちは、キリストに代わって、あなたがたに願います。神の和解を受け入れなさい。 5:21 神は、罪を知らない方を、私たちの代わりに罪とされました。それは、私たちが、この方にあって、神の義となるためです。
2006/04/28
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朝、4時に目覚めて外を見ると、雨が降っていました。花が雨に濡れても美しく咲いています。 今月は雨の多い日が続いています。29日(みどりの日)は、結婚記念日、早いもので42年になります。29日(当時は天皇誕生日)は、ものすごいドシャブリで、聖書学院が式場だったので、芝生の庭を長靴を履いて出かけたことを思い出します。 雨は振り込むので縁起が言いと祝いのことばをもらいました。キリスト教には縁起ということばはありませんが、鹿児島から来てくれた親戚の愛に感謝しました。 結婚後12年目に生まれた長男も、もう二人の子どもの父親。孫を持つようになり、家内も孫の守で楽しそうです。 今日は、今学期最初の聖書講義。聖書人物伝でダビデを講じます。もう一時間はキリスト教概説とキリスト教会歴史を講義します。 2000年という長い歴史の間に、キリスト教会は様々な時代の流れに翻弄されたり、歴史を作り変えたりしてきました。それこそ数え切れない信仰の偉人たちが登場し、神の栄光に輝く歩みを続けてきました。 さらに、キリスト教以前のユダヤ教の歴史があり、旧約聖書の世界まで入れると、膨大な量の歴史です。短い時間で講じきれるものではないし、理解できるよう神学生たちに学びの概要を伝えればと思っています。テモテ第一の手紙 6:11 しかし、神の人よ。あなたは、これらのことを避け、正しさ、敬虔、信仰、愛、忍耐、柔和を熱心に求めなさい。 6:12 信仰の戦いを勇敢に戦い、永遠のいのちを獲得しなさい。あなたはこのために召され、また、多くの証人たちの前でりっぱな告白をしました。 6:13 私は、すべてのものにいのちを与える神と、ポンテオ・ピラトに対してすばらしい告白をもってあかしされたキリスト・イエスとの御前で、あなたに命じます。 6:14 私たちの主イエス・キリストの現れの時まで、あなたは命令を守り、傷のない、非難されるところのない者でありなさい。 6:15 その現れを、神はご自分の良しとする時に示してくださいます。神は祝福に満ちた唯一の主権者、王の王、主の主、 6:16 ただひとり死のない方であり、近づくこともできない光の中に住まわれ、人間がだれひとり見たことのない、また見ることのできない方です。誉れと、とこしえの主権は神のものです。アーメン。 6:17 この世で富んでいる人たちに命じなさい。高ぶらないように。また、たよりにならない富に望みを置かないように。むしろ、私たちにすべての物を豊かに与えて楽しませてくださる神に望みを置くように。 6:18 また、人の益を計り、良い行いに富み、惜しまずに施し、喜んで分け与えるように。 6:19 また、まことのいのちを得るために、未来に備えて良い基礎を自分自身のために築き上げるように。 6:20 テモテよ。ゆだねられたものを守りなさい。そして、俗悪なむだ話、また、まちがって「霊知」と呼ばれる反対論を避けなさい。 6:21 これを公然と主張したある人たちは、信仰からはずれてしまいました。 恵みが、あなたがたとともにありますように。
2006/04/27
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昨日は姫路から生駒まで訪門されたご夫妻と、4時間ほど歓談の楽しいときを過ごしました。 その方にいただいた雑誌に、「ストレスに負けないコツ」9ポイントが書かれていました。1.シッカリ怒ることが大切・・・私はハレルヤ!と神様に向って叫びます。2.鏡に向って笑顔の練習・・・あなたはわたしの目に高価で尊い。わたしはあなたを愛していると、いつもことばをかけてくださる愛の神様、ありがとう!うれしいとニッコリ!3.好きなブランド物を来て颯爽と歩く・・・ブランド物は何もないけれども、イエス様が与えてくださったきよい心を身に着けて、毎日ゆとりの一万歩4.目を閉じて深呼吸・・・目を閉じていつもともいおられる主イエス様にありがとう!5.ゆっくり風呂にはいる・・・毎日シャワーだけれども、ユックリ入ってみよう6.朝日を浴びて生体リズムをリセット・・・朝の目覚めは5時、スッキリした一日にありがとう7.決まった時間に運動する・・・おすすめはウォーキング。スタンプウォークの効果的8.子どものころのアルバムを眺める・・・1歳7ヶ月と1年生のときの2枚あるだけ。もっぱら息子がもってくる1歳の孫の写真だけをながめている9.ハマっていることに没頭する・・・イヤイヤしながらだとストレスがたまる。喜び楽しみながらやると時間のたつもの忘れ、充実の日々。何も心配しないで集中しながら 詩篇19:7 【主】のみおしえは完全で、たましいを生き返らせ、 【主】のあかしは確かで、わきまえのない者を賢くする。 19:8 【主】の戒めは正しくて、人の心を喜ばせ、 【主】の仰せはきよくて、人の目を明るくする。 19:9 【主】への恐れはきよく、 とこしえまでも変わらない。 【主】のさばきはまことであり、ことごとく正しい。 19:10 それらは、金よりも、多くの純金よりも好ましい。 蜜よりも、蜜蜂の巣のしたたりよりも甘い。 19:11 また、それによって、あなたのしもべは 戒めを受ける。 それを守れば、報いは大きい。
2006/04/26
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一ヶ月前に姫路の幼馴染を訪ねたとき、近くの喫茶店のマスターと話が合い、すばらしいときを過ごしました。 奥様ともいろいろ話をすることができ、海洋深層水マハロを勧められました。マハロとはハワイ語でありがとう!と言う意味です。 ちょうど、ありがとう!感謝します!と、どこへ行ってもだれにでも、ありがとう、感謝しますと声をかけていました。 喫茶店でも牧師だと自己紹介し話が弾みました。ありがとう!について話題が盛り上がり、マスターがマハロという海洋深層水を飲ませてくれました。ペットボトルには小さい字で、ありがとう、ありがとうとぐるっと書かれています。 海洋深層水のなかでも「海洋大循環」生まれが特上一級品とのこと。マハロはキリストが生まれたころ、グリーンランド沖で沈み込んだ水が、2000年年後の今、海洋深層水としてハワイ諸島付近で「湧昇」し、深層水が一気に湧き上がるのだそうです。 まあ真偽のほどは別にしてもその話を聞いたとき、イエス様の救いは200年後の今も変わらず、豊かに流れていることをお伝えすることができました。 今日は、姫路からの訪問ですが、海洋深層水が話題になるとおもいますが、決して乾かないイエス様の水についても大いに盛り上がることを祈りつつの朝です。ヨハネの福音書4:9 そこで、そのサマリヤの女は言った。「あなたはユダヤ人なのに、どうしてサマリヤの女の私に、飲み水をお求めになるのですか。」──ユダヤ人はサマリヤ人とつきあいをしなかったからである── 4:10 イエスは答えて言われた。「もしあなたが神の賜物を知り、また、あなたに水を飲ませてくれと言う者がだれであるかを知っていたなら、あなたのほうでその人に求めたことでしょう。そしてその人はあなたに生ける水を与えたことでしょう。」 4:11 彼女は言った。「先生。あなたはくむ物を持っておいでにならず、この井戸は深いのです。その生ける水をどこから手にお入れになるのですか。 4:12 あなたは、私たちの父ヤコブよりも偉いのでしょうか。ヤコブは私たちにこの井戸を与え、彼自身も、彼の子たちも家畜も、この井戸から飲んだのです。」 4:13 イエスは答えて言われた。「この水を飲む者はだれでも、また渇きます。 4:14 しかし、わたしが与える水を飲む者はだれでも、決して渇くことがありません。わたしが与える水は、その人のうちで泉となり、永遠のいのちへの水がわき出ます。」 4:15 女はイエスに言った。「先生。私が渇くことがなく、もうここまでくみに来なくてもよいように、その水を私に下さい。」 あなたも今日、2000年の歴史を越えて流れ続けている、決して渇かないいのちの水を飲んでみませんか。ヨハネの福音書 7:37 さて、祭りの終わりの大いなる日に、イエスは立って、大声で言われた。「だれでも渇いているなら、わたしのもとに来て飲みなさい。 7:38 わたしを信じる者は、聖書が言っているとおりに、その人の心の奥底から、生ける水の川が流れ出るようになる。」 7:39 これは、イエスを信じる者が後になってから受ける御霊のことを言われたのである。 7
2006/04/25
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先週は、2つの葬式、結婚式、3日間の祈りの祭典。連日、朝から夜まで出かけっぱなしでした。 今週は、今朝から夕方まで日本福音主義神学会西部部会研修会が行われます。例会がいつも月曜日のため会員になってから一度も参加したことがなかったけれども、今回は生駒で行われるため、神学生全員も参加することになり喜んでいます。 久しぶりにユックリした朝だったので、1万歩を歩いてシャワー、朝食と過ごしご機嫌な月曜日です。10時には神学会に参加。昼食は600円のカレー。150名余の参加なので新しい出会いも楽しみです。 詩篇133:1 見よ。兄弟たちが一つになって共に住むことは、 なんというしあわせ、なんという楽しさであろう。 133:2 それは頭の上にそそがれたとうとい油のようだ。 それはひげに、アロンのひげに流れて その衣のえりにまで流れしたたる。 133:3 それはまたシオンの山々におりる ヘルモンの露にも似ている。 【主】がそこに とこしえのいのちの祝福を命じられたからである。
2006/04/24
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先週はお二人の方が天国に召されました。 イエス様のことばです。ヨハネの福音書 14:1 「あなたがたは心を騒がしてはなりません。神を信じ、またわたしを信じなさい。 14:2 わたしの父の家には、住まいがたくさんあります。もしなかったら、あなたがたに言っておいたでしょう。あなたがたのために、わたしは場所を備えに行くのです。 14:3 わたしが行って、あなたがたに場所を備えたら、また来て、あなたがたをわたしのもとに迎えます。わたしのいる所に、あなたがたをもおらせるためです。 14:4 わたしの行く道はあなたがたも知っています。」 14:5 トマスはイエスに言った。「主よ。どこへいらっしゃるのか、私たちにはわかりません。どうして、その道が私たちにわかりましょう。」 14:6 イエスは彼に言われた。「わたしが道であり、真理であり、いのちなのです。わたしを通してでなければ、だれひとり父のみもとに来ることはありません。10:27 わたしの羊はわたしの声を聞き分けます。またわたしは彼らを知っています。そして彼らはわたしについて来ます。 10:28 わたしは彼らに永遠のいのちを与えます。彼らは決して滅びることがなく、また、だれもわたしの手から彼らを奪い去るようなことはありません。 10:29 わたしに彼らをお与えになった父は、すべてにまさって偉大です。だれもわたしの父の御手から彼らを奪い去ることはできません。 四月は雨の多い日が続きました。雨が降っても桜は満開に咲き誇り、山つつじはピンクの彩を添え、スミレやタンポポ、蓮華草は可憐な花を精一杯輝かせています。 緑が芽吹き、いのちの春が香っています。人生にも晴れた日ばかりでなく、雨や曇りの日、暴風雨の吹き荒れるときもあります。 何事が起ころうとも、平安を持って乗り切ることができる人生を、イエス様は約束されました。 もっとも大きな嵐は死です。死なない人間は一人もありません。遅かれ早かれ死の波は襲ってきます。そのときに平安の主がともにいてくださいます。 美崎兄弟は末期がんでした。胃がんから数えるなら死を宣告されて7年目になります。彼はその死の波を乗り越えて、葬式は牧師に頼むとの遺言とともに、天国へと召されてゆきました。 自転車が好きでした。お金がなくて24インチのミニ自転車で、95年から97年にかけて大阪を起点として、北は北海道から南は四国、九州、沖縄、そして石垣島や私の故郷種子島も一周しました。 3年間もかかりましたが、自分の好きなことをして楽しんだ人生でした。彼と会ったのは自転車での全国縦断が終わった翌年、大阪エリムが誕生したときでした。ちょうど98年のイースターの礼拝に参加し、奇しくも今年のイースター(4月14日)に天国へ帰って行きました。 彼の好きだった聖書の言葉は、「恐れるな。わたしはあなたを救った。あなたはわたしのものだ。わたしはあなたの名を知っている。あなたが川の中を過ぎるときも、水はあなたの上にあふれることはない。火の中を歩いても、炎はあなたを焼くことはない。 あなたはわたしの目に高価で尊い。わたしはあなたを愛している」イザヤ43:1-4 実の兄弟たちがいても、妹さん以外は見舞にも来ない、通夜も葬式も身内がだれも顔を見せない人生でした。しかし、イエス様は見捨てることなく、また教会員たちも身内以上の愛を注いでくれました。そのようなすばらしい教会員を持つ牧師として、美崎兄弟を天国にお返しできたことを光栄に思うこのごろです。
2006/04/23
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今週はイースターの朝に召された教会員の美崎兄、知多半島中央キリスト教会牧師夫人の葬儀と続きました。聖書学院は国際交流センターで行われた祈りの祭典に、水曜ー金曜と全期間参加。その間にも心臓手術の知らせが長野県から届いたり、姫路からの訪問予定の知らせなどいろいろあり、あっという間に土曜日です。 今日は今春卒業の永井悟伝道師と、3年前卒業の井上かおり伝道師の結婚式が行われます。 愛知県江南市が伝道地なので、そこでの挙式とばかり思っていましたが、生駒聖書学院での挙式と披露宴になり、副院長一人でバタバタの3日間でした。 式は江南ミッションセンター牧師(新郎の父親)。証人には2月まで新婦が働いていたジェネシス・インターナショナルチャーチの下川牧師夫妻。私はメッセージをします。 今回はメッセージの聖書の箇所、イザヤ書11章を指定され、キリスト教の結婚式に初めて参列する数十人の親戚や友人に、分かり易く説教して欲しいとのリクエストです。 朝11時に式が始まり、午後1時から披露パーティです。朝から来会者の接待や、明日の礼拝の備えもあり、あっという間に充実の一日が過ぎようとしています。イザヤ書11:1 エッサイの根株から新芽が生え、 その根から若枝が出て実を結ぶ。 11:2 その上に、【主】の霊がとどまる。 それは知恵と悟りの霊、 はかりごとと能力の霊、 主を知る知識と【主】を恐れる霊である。 11:3 この方は【主】を恐れることを喜び、 その目の見るところによってさばかず、 その耳の聞くところによって判決を下さず、 11:4 正義をもって寄るべのない者をさばき、 公正をもって国の貧しい者のために判決を下し、 口のむちで国を打ち、 くちびるの息で悪者を殺す。 11:5 正義はその腰の帯となり、 真実はその胴の帯となる。 11:6 狼は子羊とともに宿り、 ひょうは子やぎとともに伏し、 子牛、若獅子、肥えた家畜が共にいて、 小さい子どもがこれを追っていく。 11:7 雌牛と熊とは共に草をはみ、 その子らは共に伏し、 獅子も牛のようにわらを食う。 11:8 乳飲み子はコブラの穴の上で戯れ、 乳離れした子はまむしの子に手を伸べる。 11:9 わたしの聖なる山のどこにおいても、 これらは害を加えず、そこなわない。 【主】を知ることが、 海をおおう水のように、地を満たすからである。
2006/04/22
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「かわいい弟、妹よ」 元兵士、63年ぶりに再会 63年ぶりに一時帰国し、弟の左舘丑太郎さん(右)と抱き合って再会を喜ぶ上野石之助さん=20日午後、岩手県庁 第2次世界大戦後に行方不明となり、ウクライナで生存が確認されて日本に一時帰国している元日本陸軍兵士で岩手県洋野町出身の上野石之助さん(83)が20日、岩手県に帰郷、県庁で弟の左舘丑太郎さん(81)ら親族と63年ぶりに再会を果たした。 「私のかわいい弟、妹たちよ」。日本語をほとんど忘れてしまった上野さんは、左舘さんの顔を思わず指さしてロシア語で語り掛け、しばらく抱き合った。「おかえりなさい」の言葉に紅潮した上野さんの顔から涙があふれる。車いすの妹下城ハナエさん(75)は「何を言っていいか分からない」と目を真っ赤にはらし2人を見つめた。 おいの上野幸夫さん(59)は「亡くなった父から、やさしい叔父さんと聞いていた。その通りで感激している」と石之助さんの帰郷を喜んだ。 (共同通信) - 4月20日18時27分更新 すごい!と思います。 太平洋戦争が終わって63年目、それは歴史的事実です。歴史は戦争にピリオドを打ちました。 キリスト教の救いは、イエス・キリストが紀元30年に十字架上に死に、墓に葬られ3日目に復活した歴史的事実に基づいています。 十字架によってすべての罪は赦され、人類は罪ののろいから解放され、神の子となり永遠のいのちを与えられ天国に帰ることができます。 3つのことが起こります。 それはちょうど太平洋戦争のようなものです。 1945年8月15日に戦争締結の宣言がなされ、その瞬間に戦争は終わったと信じた人々には終戦が来ました。 そのことを信じられなかった兵士や民衆は疑心暗鬼にかられ、まだ戦争は終わっていないと思い戦っていました。 三番目に戦争が終わったことを知らずにジャングルを逃げ回り、そのまま死んだ可愛そうな人々も多くいました。横井正一さんや小野田さんは何十年もたってやっと信用して出てきました。 イエス・キリストの十字架によって、あなたの罪は赦されています。アーメンと信じてバプテスマを受ければ救われます。 そしてやがての日、天の故郷へ喜び帰ることができます。 詩篇84:4 なんと幸いなことでしょう。 あなたの家に住む人たちは。 彼らは、いつも、あなたをほめたたえています。 セラ 84:5 なんと幸いなことでしょう。 その力が、あなたにあり、 その心の中にシオンへの大路のある人は。 84:6 彼らは涙の谷を過ぎるときも、 そこを泉のわく所とします。 初めの雨もまたそこを祝福でおおいます。 84:7 彼らは、力から力へと進み、 シオンにおいて、神の御前に現れます。
2006/04/21
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新庄選手が引退宣言し、大きな反響がいろんな世界に広がっている。なんと言ってもカッコいい姿だけでなく、発言やパフォーマンスがほんとうのプロを感じさせる。 余り野球のことは知らないが、やはりその道で励んでいる姿は美しいですね。 昨日から大阪国際交流センターで、世界各国から120名の牧師やクリスチャンを迎えて、イエス様の名によって一つとなる祈りのときです。 イスラエルやインドネシア、台湾や中国、韓国やインドなど世界各国が、手を取り合って全能の愛なる神に祈る幸いです。 特に世界中が日本のために祈りをささげている姿に感動!感動の3日間です。詩篇61:1 神よ。私の叫びを聞き、 私の祈りを心に留めてください。 61:2 私の心が衰え果てるとき、 私は地の果てから、あなたに呼ばわります。 どうか、私の及びがたいほど高い岩の上に、 私を導いてください。 61:3 まことに、あなたは私の避け所、 敵に対して強いやぐらです。 61:4 私は、あなたの幕屋に、いつまでも住み、 御翼の陰に、身を避けたいのです。 セラ
2006/04/20
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昨日、知多半島まで朝早く出かけました。湾岸高速を走ったので、思ったより早く着きました。 14日(金)の朝、天国へ凱旋した向井信子牧師夫人の葬式に参列しました。向井牧師自身が愛する奥様のことを話しながら、感動的なメッセージを涙とともに伝えてくれました。 奥様は鹿児島から半田市の会社に就職し、クリスチャンになりました。そのときの体験を下記のように綴っていました。 入社した会社は、とても立派でホテルのような寮。寮に入れば、一週間の献立も掲示されており、美味しい食事の連続、給料も故郷への仕送りの残りは自分で使えるお金となり、今までの生活とは雲泥の差、楽しい日々を過ごしていました。 しかし、果たしてこのままの状態で私は大丈夫?との思い・・・。 まだほんとうの神様を知らないときでしたが、紙切れに「神様、私に幸福を与えてください!」と書いたのです。 何とか食べる物があれば良いとしていた者が、生活が一変し物質的には満たされても、心に平安がなかったからでした。 あるとき、職場の友人がキリスト教会に誘ってくれました。はじめはよく分かりませんでしたが、少しずつ神様の愛が理解できるようになりました。 人は神によって創られたのに、罪のために神様から遠く離れてしまったこと。だから苦しみ悩み、そして平安を持つことができない。 しかし、神はそのひとり子イエス・キリスト様をこの地上に遣わしてくださり、私たちの身代わりとして十字架上に死んでくださったこと。墓に葬られましたが、3日目の朝に復活し、すべての罪を赦してくださり、信じる者に永遠のいのちを与え、天国へ行けるよう橋渡しをしてくださったこと・・・等。このお方についていけば大丈夫と思うようになりました。 あの悩んだ日々から50年余、神様の愛は変わらず、愛する主人との出会い、三人の子供と4人の可愛い孫に囲まれて、本当の幸せの中を単純な信仰をもって委ねながら進んで行きます。 大好きな賛美歌を記します。1 虫にも等しき者のために 主はかくも むごき目に合いしか2 この身の咎ゆえ 十字架につく ああ そは いかなる愛ぞ 愛ぞ3 み神のひとり子 死ぬるを見て 照る日も隠れぬ 雲の中に4 恥じ入る この身を いかに隠さん 涙に心も目も 溶とけゆく5 恵みに報いる すべを知らず すべてを投げ出し ただひれ伏すローマ人への手紙5:6 私たちがまだ弱かったとき、キリストは定められた時に、不敬虔な者のために死んでくださいました。 5:7 正しい人のためにでも死ぬ人はほとんどありません。情け深い人のためには、進んで死ぬ人があるいはいるでしょう。 5:8 しかし私たちがまだ罪人であったとき、キリストが私たちのために死んでくださったことにより、神は私たちに対するご自身の愛を明らかにしておられます。
2006/04/18
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人間の地上でのいのちは、最近の学説によると長くて120年くらいだそうです。平均寿命は世界一になりましたが、健やかであっても70年、80年が元気で生きれる平均だと思います。 昨日は大阪エリムに8年間出席していた美崎さんの前夜式(通夜)を、大阪市平野区の葬儀会館で行いました。 6年前ガンのため胃を全部取りました。昨年8月に再発し肝臓やすい臓にも転移、主治医は1ヶ月長くて2ヶ月との診断でした。 イエス様を信じて祈りつつ、日曜日は思い身体を引きずるようにして礼拝に出席、多くの人々の希望となってくれました。 16日のイースターの朝に、天国へ召されてゆきました。枕元には、「天国に行く前に読むと楽しくなる不思議な不思議な天国ガイド」〔主婦の友社刊)がありました。 再発や転移が分かった日に贈呈した、私の愛読書の一冊でした。 彼の世話をずっと続けてきた妹さんも、通夜の席でイエス様、信じます。私の心にお迎えします。アーメンと心を開いて祈ってくれました。 今日は愛知県知多半島の牧師夫人の葬式が行われるので、美崎さん葬式は婦人牧師がしてくれることになり、私と家内は半田市まで朝から出かけることにしました。 地上での別れはつかの間だけれども、天国での再会を望みつつ、永遠に生きる喜びを思う愛する方々としばしの別れです。黙示録 7:9 その後、私は見た。見よ。あらゆる国民、部族、民族、国語のうちから、だれにも数えきれぬほどの大ぜいの群衆が、白い衣を着、しゅろの枝を手に持って、御座と小羊との前に立っていた。 7:10 彼らは、大声で叫んで言った。 「救いは、御座にある私たちの神にあり、小羊にある。」 7:11 御使いたちはみな、御座と長老たちと四つの生き物との回りに立っていたが、彼らも御座の前にひれ伏し、神を拝して、 7:12 言った。 「アーメン。賛美と栄光と知恵と感謝と誉れと力と勢いが、永遠に私たちの神にあるように。アーメン。」 7:13 長老のひとりが私に話しかけて、「白い衣を着ているこの人たちは、いったいだれですか。どこから来たのですか」と言った。 7:14 そこで、私は、「主よ。あなたこそ、ご存じです」と言った。すると、彼は私にこう言った。「彼らは、大きな患難から抜け出て来た者たちで、その衣を小羊の血で洗って、白くしたのです。 7:15 だから彼らは神の御座の前にいて、聖所で昼も夜も、神に仕えているのです。そして、御座に着いておられる方も、彼らの上に幕屋を張られるのです。 7:16 彼らはもはや、飢えることもなく、渇くこともなく、太陽もどんな炎熱も彼らを打つことはありません。 7:17 なぜなら、御座の正面におられる小羊が、彼らの牧者となり、いのちの水の泉に導いてくださるからです。また、神は彼らの目の涙をすっかりぬぐい取ってくださるのです。」
2006/04/18
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昨日はイースター(キリストの復活祭)でした。「わたしはよみがえりです。いのちです」と宣言されたイエス様は、紀元30年4月14日に十字架上で息を引き取られました。墓に葬られ、3日目の日曜日の朝、死を打ち破って復活されました。 その日の朝早く、一番最初に復活のイエス様が出会ってくださたのは、悲しみに沈み涙していたマグダラのマリヤでした。どんな悲しみや苦しみがあっても、いのちの主にお会いするとき、慰められ生きる力が与えられます。「悲しんでいる人は幸いです。その人は慰めを受けるからです」と語られた方が、永遠にともにいてくださいます。 富雄キリスト教会の礼拝が終わって、大阪エリムに行こうとしたとき、携帯がなりました。大阪エリムの礼拝に病院から7ヶ月間も休まずに出席していた、美崎兄が天の御国に召された知らせでした。 6年前、胃を全部取る大手術を受け、5年間元気で過ごしていました。昨年夏に、肝臓がんが発見され入院しました。 福祉のお世話になっており、身内の方も責任が持てない家庭環境でした。腹水も溜まりはじめ、主治医の病状を尋ねると、家族以外には話せないとのこと。 牧師で本人の了解済みであることを医者は認めて、末期です。早くて1ヶ月、長くても2ヶ月と非常に厳しい状態にあることを話てくれました。 そして、胃がんを全部とって5年間も何もなく過ごごせたことが、まず不思議ですね。今の状態は肝臓だけでなくすい臓にも転化している可能性があります。まあ、本人が教会の礼拝出席を望むなら、外出は許可しますが・・・そんなに長くありませんとのことでした。 毎週、誘いに行き迎えがないときは地下鉄を乗り継いで礼拝に参加しました。 元気なときは自転車が好きで、日本全国を縦断したこともあり、私が種子島出身と知ってから、種子島へも出かけて島内を一周したこを自慢していました。 主の聖徒の死は、主の御前に尊い!とありますが、今、その労苦から解放され、もはや痛みもなく苦しみも悲しみもない天国に安らかであることを、悲しみつつも心から喜びつつ、今日、葬式をする予定です。 人生にはどうすることもできないような出来事が多くあります。今朝の毎日新聞一面には、自殺者3万人以上が7年連続続いていると報じられていました。 神様に与えられた尊いいのちです。イエス様は人一人のいのちは全世界よりも尊いと語りました。そのいのちのために、ご自分のいのちを十字架に釘づけられ、地獄へ行かないように天国への道を備えられました。 美崎兄弟が末期がんの中で、イエス・キリストの救いを受けた者として、天国を望みつつ希望に輝いて生き続けたことを思いつつ、今日の式に臨みたいと願っています。 病院のベッドに置かれた、「天国に行く前に読むと楽しくなる不思議なふしぎな天国ガイド」に書かれている以上のすばらしい天国に凱旋したことを確信しています。黙示録21:3 そのとき私は、御座から出る大きな声がこう言うのを聞いた。「見よ。神の幕屋が人とともにある。神は彼らとともに住み、彼らはその民となる。また、神ご自身が彼らとともにおられて、 21:4 彼らの目の涙をすっかりぬぐい取ってくださる。もはや死もなく、悲しみ、叫び、苦しみもない。なぜなら、以前のものが、もはや過ぎ去ったからである。」 21:5 すると、御座に着いておられる方が言われた。「見よ。わたしは、すべてを新しくする。」また言われた。「書きしるせ。これらのことばは、信ずべきものであり、真実である。」 21:6 また言われた。「事は成就した。わたしはアルファであり、オメガである。最初であり、最後である。わたしは、渇く者には、いのちの水の泉から、価なしに飲ませる。 21:7 勝利を得る者は、これらのものを相続する。わたしは彼の神となり、彼はわたしの子となる。
2006/04/17
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今日、全世界のキリスト教会は、イエス・キリストの復活を祝い喜ぶイースターを迎えました。 紀元30年4月16日の日曜日のまだ明けやらぬ朝のことです。マグダラのマリヤとヤコブの母マリヤとサロメが、香料を手に日の出とともに、イエス様が葬られた墓に着きました。 墓には大きな石が立てかけられていたので、「墓の入り口からあの石を転がしてくれる人が、誰かいるでしょうか?」と、みなで話あっていました。 ところが墓の入り口の大きな石は、すでに転がしてあったので、中に入ったところ、真っ白な長い衣をまとった青年が見えました。 驚き惑う彼女たちに青年は、「驚いてはいけません。あなたがたは十字架につけられたイエス様を捜しているのでしょう。あの方はよみがえられました。ここにはおられません。ご覧なさい。ここがあの方の納められた所です」と告げました。 彼女たちは、墓を出て、そこから逃げ去りました。すっかり震え上がり、気も転倒してしまい、誰にも何も言いませんでした。恐ろしかったのです。 しかし、7つの悪霊を追い出してもらったマリヤだけは、墓に残りイエス様の身体を誰かが盗んだと思い、捜し回っていました。 「女よ。なぜ泣いているのか}との声に振り向くと、イエス様は立っていました。喜びに輝きながらマリヤは、嘆き悲しみ泣いんでいる人々の所に走って行き、「イエス様はよみがえりました」と知らせました。 彼らはマリヤが、イエス様は生きておられ、そのお姿をよく見て声も聞いたと言っても、それを信じようとはしませんでした。 しかし、イエス様はそれから40日間、ペテロに、エマオに行く2人の弟子たちに、10人の弟子たちに出会ってくださいました。 その時にその場にいなかったトマスは、自分のこの手をイエス様の手の釘跡に触り、わき腹に刺さった傷の跡を見なければ絶対信じないと言い切りました。そのとき、11人の弟子たちのいる部屋にイエス様はお姿を現し、トマスに言われたのです。 「あなたの指をここにつけて、わたしの手を見なさい。手を伸ばして、わたしのわきに差し入れなさい。信じない者にならないで、信じる者になりなさい」 疑い深いトマスでしたが、「私の主。私の神」とその場に跪き信じました。 イエス様は、「あなたはわたしを見たので信じたのですか。見ないで信じる人は幸いです」と言われました。 そのようなわけで、イエス様の復活を信じる人は幸いです。信じてバプテスマを受ける人は救われます。 キリスト教は見えない神(創造主で愛なる神)を信じています。イエス・キリストの処女降誕を信じています。 イエス様の十字架によって、すべての罪や病、のろいや貧乏、死や滅びから救われて天国に行けることを信じています。 理論的にも説明できることもあり、できないことも多くあります。しかし、「見ないで信じる者は幸いです」とのことばのように、それらの出来事のすべてが私のためであったと信じているのです。 その瞬間から救われ、神の子となります。幸いな人生を復活されたイエス様とともに、天国に行くまで何があろうとも守られ続けます。 この奥義は、あなたがたのうちにいますキリストで、栄光の望みです。(コロサイ1:27) わたしは決してあなたを捨てない。世の終わりまであなたとともにいると約束されています。 復活し今も聖霊によって、信じる者とともにいてくださるいのちの主を、心にお迎えください。 「イエス様。信じます。私の心にお迎えします。いつまでも私とともにいてくださる約束をありがとうございます。アーメン」と、お祈りください。アーメンとは、真実・本当ですという意味です。 イースターの思い出 ある年のイースターにどうしても歌いたい賛美歌があり、おんちだたので歌の指導ができず悩んでいました。オルガンの音が聞こえたので、だれが弾いているのか分からないまま、お願いに行ったら家内が奏していました。 歌が上手だったら彼女との出会いはなく、またイースターがなかったら出会いもありませんでした。イースターが来るたびに家内との出会いを思い出します。もう42年も前の出来事ですが・・・・。
2006/04/16
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雨が続いた一週間・・・。今朝も花曇りの朝です。 桜の季節ですが、ゆっくり花見をする暇もない日を過ごしています。それでも散歩の朝、桜満開の下を歩いたり、自動車で飯盛霊園やふれあいセンターの満開の花を通り抜けたり・・・。 娘が桜ノ宮に会社があるので、毎日桜を見ながら・・・また、木曜日は造幣局の通り抜けへも同僚と行ったと、楽しそうに話してくれました。 桜ノ宮の桜は火曜日にラジオ録音があり、散歩をかねて歩こうと電車で出かけましたが、あいにく大雨でJR環状線から眺めただけでした。でも雨に打たれていてもすごく見事な眺めでした。 奈良公園や吉野も近く、いつかいつかと思いつつ、数回訪れただけですが、心の中にいつも花を咲かせていたいと負け惜しみです。パッと咲きパッと散らないように、輝きの人生を天国まで歩み続けたいものですね。 昨日は悲しい知らせが届きました。家内の長い友人で若い日からいっしょに信仰生活を過ごして来た、知多半島中央教会牧師夫人の向井信子さんが、66歳の若さで天国へ召されました。突然の召天で明日のイースターが終わってからの葬式とのこと。18日(火)午前11時からの式に参加できるよう予定しています。 主の聖徒の死は、主の御前において尊い!彼らはその労苦から解放されて休みに入る。聖書おことばを思いつつ、牧師やご家族の平安と慰めを祈っています。 美しく輝いた尊い人生でした。いつも優しくほほえみを絶やさず、多くの方々に愛を注ぎ続けた人生でした。義の冠、いのちの冠、栄光の冠と表現される天国の金メダルを受けていることでしょう。天の御使いの大軍に囲まれながら・・・。
2006/04/15
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今週は、イエス・キリストの十字架の苦しみを覚える受難週です。 紀元30年4月14日(金)、イエス・キリストは午前9時に十字架に釘付けられ、午後3時までの6時間、苦しみの極致を味わいました。 その苦しみは肉体的な痛みはもちろんでしたが、きよい罪一つないのに、全人類の罪をすべて引き受けられるという悲惨で残酷な苦しみでした。 白いシャツや下着が汚れてさえも、それを身にまといたくない、身体に少しの汚れがついてもすぐ洗い流さないと我慢できないのが私たちです。 心の汚れはいつも間にか良心の痛みが薄れて行き、平気で汚いことをしてしまいます。けれども何とかきれいになりたいと思いながら、いつの間にか人と比較して、彼よりも自分のほうが少しはましだと考えそのままにして、さらに罪に染まってしまう・・・。 汚れが世界に満ちています。そのすべての罪を引き受けて神が自ら人間となり、神の子として十字架に全人類の罪を引き受けてくださったのです。 この十字架に神の愛の極致が現されました。 私たちが罪人であったときに、イエス・キリストが死んでくださったことにより、神の愛が具体的に現されたのです。 神は罪を知らない方を罪とされました。それは私たちがその方によって正しいとされるためでした。 受難週の十字架の日に、イエス・キリストの大きな救いを体験してみませんか? イエス様。私の心の汚れや罪とがをお赦しください。身体で犯す罪や法律に触れる罪もお赦しください。私の心をイエス様の十字架の血潮できれいに洗って、雪よりも白くしてください。 イエス様。心から信じ私の心にお迎えします。お入りください。今日から罪ゆるされ、神の子として平安と喜びのなかを、正しく健やかに祝福され、繁栄の道をどんな出来事に出会おうとも、すべてのことにありがとうございますと感謝しつつ、天国に行くまで歩んで行きます。聖霊に満たしてお導きください。心から信じます。ありがとうございます。イエス様によってお祈りします。アーメン。
2006/04/13
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生駒聖書学院は海抜150メートルのところにあり、桜も少し遅く満開になります。 昨日の朝、雨上がりの満開の桜の下を、散歩しました。花の香りがいっぱいで、身体中が桜の香りで満たされるような感じでした。 雨に打たれてもまだ散らずに咲き続ける美しさに感動でした。 学院は朝から集中セミナー、午後4時過ぎまで続き今日も継続中です。 毎日、いろいろですが祈りと瞑想のとき、礼拝と賛美は絶えることなく、天の御座の立ち上っています。 ゆとりの一万歩も、雨が降っても晴れやかな日も・・・ハレルヤ!コリント人への手紙第二 2:14 しかし、神に感謝します。神はいつでも、私たちを導いてキリストによる勝利の行列に加え、至る所で私たちを通して、キリストを知る知識のかおりを放ってくださいます。 2:15 私たちは、救われる人々の中でも、滅びる人々の中でも、神の前にかぐわしいキリストのかおりなのです。 2:16 ある人たちにとっては、死から出て死に至らせるかおりであり、ある人たちにとっては、いのちから出ていのちに至らせるかおりです。このような務めにふさわしい者は、いったいだれでしょう。 2:17 私たちは、多くの人のように、神のことばに混ぜ物をして売るようなことはせず、真心から、また神によって、神の御前でキリストにあって語るのです。
2006/04/13
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ラジオ放送希望の声5月放送の録音で、朝日放送スタジオへ行きました。5月は水曜日が5回。毎月最後の週は前田牧師が話すので、今回は4回分を続けて録音しました。 ラジオ放送を始めて33年目になり、ディレクターも4人目の方です。最初はベテランの女性に8年間お世話になりました。非常に厳しい方で、キリスト教や聖書の表現をそのまま使うと、そんなことばでは聞いている方に通じません。私に分かるよう表現を変えて話してくださいと、良く言われました。 あるとき友人の牧師といっしょうにスタジオへ行き、一回の話をお願いしました。私はいつも取り直しがなく、クレームもつかないのですが、彼が話すと何を言っているのか分かりません。と厳しく注意し、何回も取り直しをしてしまいました。私が聞く限りは立派なお話だったのですが・・・・、申し訳なかったことを思い出します。 放送には禁止用語などもあり、なかなかうっかり放送してしまうと、ものすごい抗議が局に来るので、注意の上にも注意を重ねているようです。 そのように、ことばは人を傷つけ、殺すこともあるので、人を生かし、慰め、愛し、勇気を与えることばを語りたい!と願って、スタジオの録音マイクの前に座るようにしています。 早い時間(水曜日朝4時45分)ですが、約8万人の聴取者がいるそうです。今朝もその方々にシッカリと、イエス・キリストの救いが伝わったことを信じて祈りました。 自殺寸前にラジオから流れることばを聞いて救われた青年など、たくさんの方からお便りがとどきます。病床で聞いて救われ、本物をつかんだよと野言葉を残し、天国に召された53歳の国会議員。見える。美しい所が・・・早く・・・早く・・・と不自由な手を高く差し伸べ、召されたキンジストロフィの22歳の娘さん。数え切れないほどの人々が、イエス様との出会いを経験してくれました。 岡山市から、ラジオを聴いて富雄キリスト教会の礼拝に家族5人で出席され、私といっしょに聖地旅行にまで参加された婦人もあります。 アフリカの話をした後、ケニアにキリスト教会を建設してくださいと、建設資金を持って生駒聖書学院まで来られた理髪師の男性。彼は言いました。30数年間、自分のためだけに金を使って来ました。アフリカの人のためにこのお金を使ってくださいと。彼はクリスチャンではありませんでした。、ケニアには今も、彼のお金で建ったキリスト教会に多くの人々が集っています。 すばらしい方々との出会いが与えられ、今は、大阪市浪速区(新世界)にラジオを聴いてくださっている方々が集う、ELIMキリスト教会があり、毎週水曜日午後7時と、日曜日午後2時より集いのときを持っています。詩篇19:1 天は神の栄光を語り告げ、 大空は御手のわざを告げ知らせる。 19:2 昼は昼へ、話を伝え、 夜は夜へ、知識を示す。 19:3 話もなく、ことばもなく、 その声も聞かれない。 19:4 しかし、その呼び声は全地に響き渡り、 そのことばは、地の果てまで届いた。 神はそこに、太陽のために、幕屋を設けられた。 19:5 太陽は、部屋から出て来る花婿のようだ。 勇士のように、その走路を喜び走る。 19:6 その上るのは、天の果てから、 行き巡るのは、天の果て果てまで。 その熱を、免れるものは何もない。 19:7 【主】のみおしえは完全で、たましいを生き返らせ、 【主】のあかしは確かで、わきまえのない者を賢くする。 19:8 【主】の戒めは正しくて、人の心を喜ばせ、 【主】の仰せはきよくて、人の目を明るくする。 19:9 【主】への恐れはきよく、 とこしえまでも変わらない。 【主】のさばきはまことであり、ことごとく正しい。 19:10 それらは、金よりも、多くの純金よりも好ましい。 蜜よりも、蜜蜂の巣のしたたりよりも甘い。 19:11 また、それによって、あなたのしもべは 戒めを受ける。 それを守れば、報いは大きい。
2006/04/11
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桜が満開になり、春爛漫を楽しみにしていたら、昨日からの雨。散歩の途中、満開の桜が雨にぬれて輝き咲いています。 娘は甲子園球場のチケットを手に入れ、今夜の試合を楽しみにしていますが、雨は?・・・・・・ 生駒聖書学院も昨日からスタート。今朝から5時起床で、5時半から祈りと礼拝の時間も始まります。神学生たちといっしょに行動するので、しばらく早朝の散歩はお休みです。 午後や夜の時間を見つけて、ゆとりの1万歩を続ける季節になり、どこで時間を取ろうかとゆとりがなくならないよう気をつけています。 今日は、午後から朝日放送のスタジオへ。5月のラジオ放送希望の声の録音です。ブログを書いたり、テレフォンメッセージやラジオ放送、明日と明後日は午前8時半から午後4時までの集中セミナー。充実したときがいっぱいです。 ありがとうございます。感謝します。恵まれています。幸せです!ハレルヤ。 申命記 11:8 あなたがたは、私が、きょう、あなたに命じるすべての命令を守りなさい。そうすれば、あなたがたは、強くなり、あなたがたが、渡って行って、所有しようとしている地を所有することができ、 11:9 また、【主】があなたがたの先祖たちに誓って、彼らとその子孫に与えると言われた地、乳と蜜の流れる国で、長生きすることができる。 11:10 なぜなら、あなたが、入って行って、所有しようとしている地は、あなたがたが出て来たエジプトの地のようではないからである。あそこでは、野菜畑のように、自分で種を蒔き、自分の力で水をやらなければならなかった。 11:11 しかし、あなたがたが、渡って行って、所有しようとしている地は、山と谷の地であり、天の雨で潤っている。 11:12 そこはあなたの神、【主】が求められる地で、年の初めから年の終わりまで、あなたの神、【主】が、絶えずその上に目を留めておられる地である。 11:13 もし、私が、きょう、あなたがたに命じる命令に、あなたがたがよく聞き従って、あなたがたの神、【主】を愛し、心を尽くし、精神を尽くして仕えるなら、 11:14 「わたしは季節にしたがって、あなたがたの地に雨、先の雨と後の雨を与えよう。あなたは、あなたの穀物と新しいぶどう酒と油を集めよう。 11:15 また、わたしは、あなたの家畜のため野に草を与えよう。あなたは食べて満ち足りよう。」
2006/04/11
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昨日の礼拝では、入園や入学を祝福して祈りのときを持ちました。ニコニコと輝いた笑顔で前に進み出る姿は、ピカピカの一年生! 今日は生駒聖書学院も入学式です。今年度は6名が牧師になるため。今日からスタートします。先輩たちとともに張り切っている姿に感動です。 1959年に種子島から生駒に来ました。兄が大阪駅まで迎えてくれ、聖書学院に着いたとき、元気な歓迎の挨拶に包まれたことを、昨日のことのように思いだします。 将来、牧師にならないかと声をかけられましたが、とてもなれないと正直思いました。当時の種子島の牧師は、とてもハンサムで音楽家、人格も穏やかで優しく、写真や電気製品の修理など何でもできる先生でした。牧師は聖書だけでなく何でもできる人なんだなあと遠くから眺めていました。 歌は小学校一年生から一度も歌ったこともなく、話もほとんどしないで黙っている自分。何よりも孤独を愛し、人間嫌いで世の中のすべてのことを否定的に見ていたときです。クリスチャンになったとはいえ、聖書の知識もなくただ礼拝に出ているだけの高校生でした。 兄からは、牧師になるには神様からの召命が必要だという第一条件があるとの手紙。まず召命ということばの意味さえ分からないときでした。 ある日、山に薪取りに出かけ、薪を背負えるだけ背負い、途中で一休みしました。当時は新約聖書をどこに行くときも持っていたので、開いて読み始めました。ローマ人への手紙10章14節と15節のことばが、目と心にシッカリ留まりました。10:13 「主の御名を呼び求める者は、だれでも救われる」のです。 10:14 しかし、信じたことのない方を、どうして呼び求めることができるでしょう。聞いたことのない方を、どうして信じることができるでしょう。宣べ伝える人がなくて、どうして聞くことができるでしょう。 10:15 遣わされなくては、どうして宣べ伝えることができるでしょう。次のように書かれているとおりです。「良いことの知らせを伝える人々の足は、なんとりっぱでしょう。」 そのことばが心に張り付き、神様がイエス・キリストのすばらしい救いの知らせを伝えるために、召してくださっていると思うようになりました。 良いことの知らせを伝える足として献身を決意し、生駒聖書学院に入学し、今日に至っています。 アーメンと言えば救われます!イエス・キリストはすべての罪や病、のろいや貧乏、死と滅びのすべての悩みを十字架に引き受けて死んでくださいました。墓に葬られましたが、3日目に復活し聖霊により信じる者の心に訪れてくださいます。 「イエス様。信じます。私の心にお迎えします。アーメン」と言ってください。アーメンとは真実・、本当ですという意味です。本音で祈れば救われます。 良い知らせをいつもお知らせできればと願いながらの日々です。ローマ人への手紙10:8 では、どう言っていますか。「みことばはあなたの近くにある。あなたの口にあり、あなたの心にある。」これは私たちの宣べ伝えている信仰のことばのことです。 10:9 なぜなら、もしあなたの口でイエスを主と告白し、あなたの心で神はイエスを死者の中からよみがえらせてくださったと信じるなら、あなたは救われるからです。 10:10 人は心に信じて義と認められ、口で告白して救われるのです。 10:11 聖書はこう言っています。「彼に信頼する者は、失望させられることがない。」 10:12 ユダヤ人とギリシヤ人との区別はありません。同じ主が、すべての人の主であり、主を呼び求めるすべての人に対して恵み深くあられるからです。 10:13 「主の御名を呼び求める者は、だれでも救われる」のです。
2006/04/10
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心にわだかまりを持ちつつ、悩み苦しみ、ごまかし落ち込み、イライラの原因や病弱のままで、憎しみに支配されてします! 両親、義理の両親、兄弟姉妹の家族j関係、親戚を完全にゆるしている人は少ないようです。 恵まれた環境で愛され、必要な物も十分に与えられて育ったのに・・・なぜかわだかまりが・・・。ひどくことばで傷つけられたり、暴力や虐待を受けたので絶対にゆるせないと決めていることもあります。 配偶者や分かれた配偶者、また昔の恋人。あるアンケートによれば、分かれた夫や妻をゆるしている人は25パーセント。絶対にゆるさないと考えている人が75パーセントもいるのです。それはある意味で当然かもしれませんね。 一度は心をゆるし、身体を許し、信頼しあっていた相手ですもの。裏切られたという思い、心の傷や痛みは、非常に大きいはずです。 権威がある人をゆるせない!教師や役人、宗教指導者、医者や弁護士、専門家、社長や上司、政治家や指導者たち。、神をさえ恨んでいる人もあります。 自分の身体がゆるせない! 自分の気持ちや行動もゆるせない! 回りにあるすべてがゆるせなくて、裁いてばかりいたり、あるいは落ち込んだり、ゆるせない思いにがんじがらめにされていませんか? 今週は、イエス・キリストの十字架を偲ぶ受難週で、14日の金曜日が十字架上に死なれた記念日。16日(日)が死からよみがえられた復活の日・イースターです。 イエス様は十字架上で息を引き取る前に、7つのことばを残されました。 その最初の言葉は「父よ。彼らをおゆるしください。彼らは何をしているのか分かっていないからです」でした。 自分を鞭打ち、十字架に貼り付け、着ていた下着までも剥ぎ取り、サイコロ賭博で取り合っていた兵士たち。イエス様にいやされ助けられながら、いつのまにか権力者に踊らされて、十字架につけろ!十字架につけろ!と叫んだ群集。十字架の下にやじうまとして集まり、「おまえが神の子なのか。人を救ったのに自分は救えないのか」と、罵倒する群集・・・。 イエス様は、ゆるしの愛を常に教えました。裁かないよう、裁けば裁かれるから、一日に7度でもゆるしなさい。いや7度を70倍するまでの完全にゆるせと語りました。 その教えたとおりに、十字架にいのちを捨てる直前、「彼らをおゆるしください」と、ゆるしを実行されました。 その完全な十字架の贖いにより、全人類はゆるされているのです。憎しみ合い奪い合う世界から、ゆるしあい愛し合う世界への転換がなされたのです。 神は十字架によりあなたをゆるしておられます。そのゆるしを、「アーメン。信じます」と受け入れるとき救いは、あなたのものとなります。3日目に復活されたイエス様が、あなたの心におは入りくださいます。 ゆるしの愛があなたの心をいやします。ゆるせなかった自分をゆるし受け入れることができます。今までゆるせなかった人間関係やすべてのことに、ゆるしを宣言することができます。 もはやあなたを悩ますものは、全部解き放たれ自由と喜びの中で、愛に満たされて過ごすことができるように変えられていきます。 ゆるしとは、あらゆる人の中に神の光を見ることです。 本当の幸せは、ゆるし合う関係の中にあります。 エペソ人への手紙 4:31 無慈悲、憤り、怒り、叫び、そしりなどを、いっさいの悪意とともに、みな捨て去りなさい。 4:32 お互いに親切にし、心の優しい人となり、神がキリストにおいてあなたがたを赦してくださったように、互いに赦し合いなさい。
2006/04/09
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心にはスキマがあって、そこには何を入れてもピタッとくるものがありません。何かむなしさを覚えるのは、心がほんとうのものを求めているからです。 どんなものを手に入れ、一時的な幸せを感じてもすぐ渇く経験をごまかしながら、求めて求めて生きていく・・・。 映画を見てスリルと興奮・・・甘い恋と愛の感情に満たされたとしても・・・映画館を出た瞬間消えてしまう感動・・・どんな快感も瞬間的なもの・・・むなしさ、さびしさ、つらさはどうしようもない・ 酒を飲み、パチンコや競輪競馬、あらゆるギャンブルも、ストレス解消だと思いつつも、いつの間にか依存症になり、どうしようもないストレスに悩んでしまう。 快楽を求めれば求めるほど、むなしさがつのり生活習慣病というおまけまで引っ付いてくる。 事業を起こしお金をゲットしても、株や投資に入れ込んでも、お金が貯まれば貯まるほど、もっともっとと欲望の渇きは限りなく続く・・・。そんない貯めても天国は買えない。地獄の沙汰も金次第と言うが・・・地獄では巨万の富など通用しない。 求める対象が間違っているのではないか? まず、神の国と神の義を求めよ。そうすれば必要は心配しなくても備えられるのです。 ヤベツの祈りは、 私を大いに祝福してください。私の地境(領域=テリトリー)を広げてください。あなたの御手が私とともにあってください。わざわいから遠ざけて私が苦しむことのないようにしてください。 そこで、神は彼の願ったことをかなえられたと、聖書に書かれています。 私の地境=領域=テリトリーが広げてください。 心の領域が広がる。ステキですね。すぐ怒り短気になる。くよくよする狭い心や、許せない恨みの心が広げられるよう求めたのです。 愛、喜び、平安の領域が広げられる。寛容、親切、善意が広げられる。誠実、柔和、自制心が拡大されていく・・・。 健康の領域、経済の領域、人間関係の領域、知識の領域、趣味の領域、精神の領域が広げられ続けて行く。天国の領域が大きく広げられ、ほほえみつつ地上で広げられた領域に満足し、天国に召されて行く。そんな求めをしませんか。 生かされているのは神の栄光のためです。そのことがハッキリすると、何をするにも目標があり、それを達成したとき、神様ありがとうございますと言うことができる。 エレミヤ書 17:5 【主】はこう仰せられる。 「人間に信頼し、肉を自分の腕とし、 心が【主】から離れる者はのろわれよ。 17:6 そのような者は荒地のむろの木のように、 しあわせが訪れても会うことはなく、 荒野の溶岩地帯、住む者のない塩地に住む。 17:7 【主】に信頼し、 【主】を頼みとする者に 祝福があるように。 17:8 その人は、水のほとりに植わった木のように、 流れのほとりに根を伸ばし、 暑さが来ても暑さを知らず、 葉は茂って、 日照りの年にも心配なく、 いつまでも実をみのらせる。 ヨハネの福音書4:13 イエスは答えて言われた。「この水を飲む者はだれでも、また渇きます。 4:14 しかし、わたしが与える水を飲む者はだれでも、決して渇くことがありません。わたしが与える水は、その人のうちで泉となり、永遠のいのちへの水がわき出ます。」 7:37 さて、祭りの終わりの大いなる日に、イエスは立って、大声で言われた。「だれでも渇いているなら、わたしのもとに来て飲みなさい。 7:38 わたしを信じる者は、聖書が言っているとおりに、その人の心の奥底から、生ける水の川が流れ出るようになる。」 7:39 これは、イエスを信じる者が後になってから受ける御霊のことを言われたのである。イエスはまだ栄光を受けておられなかったので、御霊はまだ注がれていなかったからである。
2006/04/08
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書斎の窓から、満開の桜、白や紫の木蓮、今朝からは山つつじがピンクの花で彩をそえています。 外へ出るとすみれやタンポポ、最近余り見なくなった蓮華草も咲き誇っています。 春がいっぱい、春の祝福が香りたっています。 今朝、書き込みをしたのですが、ページのスタイルが違っていてプリントできず、申命記28章だけのブログになりました。 ともかく、私を大いに祝福してください!と、天地万物を造られた愛の神に、本音で求めることができるのは、大きな祝福です。 神の祝福が豊かでありますよう、祝福を祈ります。第一ペテロの手紙3:8 最後に申します。あなたがたはみな、心を一つにし、同情し合い、兄弟愛を示し、あわれみ深く、謙遜でありなさい。 3:9 悪をもって悪に報いず、侮辱をもって侮辱に報いず、かえって祝福を与えなさい。あなたがたは祝福を受け継ぐために召されたのだからです。 3:10 「いのちを愛し、 幸いな日々を過ごしたいと思う者は、 舌を押さえて悪を言わず、 くちびるを閉ざして偽りを語らず、 3:11 悪から遠ざかって善を行い、 平和を求めてこれを追い求めよ。 3:12 主の目は義人の上に注がれ、 主の耳は彼らの祈りに傾けられる。 しかし主の顔は、 悪を行う者に立ち向かう。」
2006/04/07
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28:1 もし、あなたが、あなたの神、【主】の御声によく聞き従い、私が、きょう、あなたに命じる主のすべての命令を守り行うなら、あなたの神、【主】は、地のすべての国々の上にあなたを高くあげられよう。 28:2 あなたがあなたの神、【主】の御声に聞き従うので、次のすべての祝福があなたに臨み、あなたは祝福される。 28:3 あなたは、町にあっても祝福され、野にあっても祝福される。 28:4 あなたの身から生まれる者も、地の産物も、家畜の産むもの、群れのうちの子牛も、群れのうちの雌羊も祝福される。 28:5 あなたのかごも、こね鉢も祝福される。 28:6 あなたは、入るときも祝福され、出て行くときにも祝福される。 28:7 【主】は、あなたに立ち向かって来る敵を、あなたの前で敗走させる。彼らは、一つの道からあなたを攻撃し、あなたの前から七つの道に逃げ去ろう。 28:8 【主】は、あなたのために、あなたの穀物倉とあなたのすべての手のわざを祝福してくださることを定めておられる。あなたの神、【主】があなたに与えようとしておられる地で、あなたを祝福される。 28:9 あなたが、あなたの神、【主】の命令を守り、主の道を歩むなら、【主】はあなたに誓われたとおり、あなたを、ご自身の聖なる民として立ててくださる。 28:10 地上のすべての国々の民は、あなたに【主】の名がつけられているのを見て、あなたを恐れよう。 28:11 【主】が、あなたに与えるとあなたの先祖たちに誓われたその地で、【主】は、あなたの身から生まれる者や家畜の産むものや地の産物を、豊かに恵んでくださる。 28:12 【主】は、その恵みの倉、天を開き、時にかなって雨をあなたの地に与え、あなたのすべての手のわざを祝福される。それであなたは多くの国々に貸すであろうが、借りることはない。 28:13 私が、きょう、あなたに命じるあなたの神、【主】の命令にあなたが聞き従い、守り行うなら、【主】はあなたをかしらとならせ、尾とはならせない。ただ上におらせ、下へは下されない。 28:14 あなたは、私が、きょう、あなたがたに命じるこのすべてのことばを離れて右や左にそれ、ほかの神々に従い、それに仕えてはならない。 28:15 もし、あなたが、あなたの神、【主】の御声に聞き従わず、私が、きょう、命じる主のすべての命令とおきてとを守り行わないなら、次のすべてののろいがあなたに臨み、あなたはのろわれる。 28:16 あなたは町にあってものろわれ、野にあってものろわれる。 28:17 あなたのかごも、こね鉢ものろわれる。 28:18 あなたの身から生まれる者も、地の産物も、群れのうちの子牛も、群れのうちの雌羊ものろわれる。 28:19 あなたは、入るときものろわれ、出て行くときにものろわれる。 28:20 【主】は、あなたのなすすべての手のわざに、のろいと恐慌と懲らしめとを送り、ついにあなたは根絶やしにされて、すみやかに滅びてしまう。これはわたしを捨てて、あなたが悪を行ったからである。
2006/04/07
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ヤベツの祈りとの出会い 院長がイギリス人の生駒聖書学院に入学しました。自力で日本語を学んだだけの宣教師は、「祈るだよ!求めるだよ!神様は答えてくださるだよ!」と変な日本語で、具体的に祈り求めることを強調しました。 クリスチャンとしてスタートした教会では、祈りは神様との対話、祈りは呼吸するようなもので、高尚な人生の秘訣だと、祈りの精神的領域を教えてもらっていました。 求めなさい。そうすれば与えられるとのイエス様の約束を、具体的に物を求めることと理解していなかったので、最初の頃の講義は奇異に聞こえました。 聖書を読み続け歴代誌になり、カタカナの羅列に驚きましたが、ゆっくりと読み進みました。突然、ひとりの人物がカタカナの羅列の中から、まるで生きている人物のように飛び出してきました。第一歴代誌4:9 ヤベツは彼の兄弟たちよりも重んじられた。彼の母は、「私が悲しみのうちにこの子を産んだから」と言って、彼にヤベツという名をつけた。4:10 ヤベツはイスラエルの神に呼ばわって言った。「私を大いに祝福し、私の地境を広げてくださいますように。御手が私とともにあり、わざわいから遠ざけて私が苦しむことのないようにしてくださいますように。」そこで神は彼の願ったことをかなえられた。 その名はヤベツ、「私が悲しみのうちにこの子を生んだから」と言う意味で、ヘブル語では「辛い」という意味です。出産の痛みや辛さ以上に、深い悲しみの中から生み出された子どもでした。理由は書かれていませんが、父親を知らないままでの不幸な誕生だったのかもしれません。自分の出生のこととも考え合わせて、すごく興味を持ちました。 時代は紀元前1200年ごろの人物で、このカタカナの羅列の中にしか出てこない人物です。 彼はその不幸な生い立ちや、ヤベツ(辛い)と言う名前にくじけることなく、神に呼ばわり叫びました。 主の名を呼び求める者はだれでも救われるのです。 さて 赤んぼは なぜに あん あん あん あん なくんだろうか ほんとに うるせいよ あん あん あん あんあん あん あん あん うるさか ないよ うるさか ないよ よんでるんだよ かみさまをよんでるんだよ みんなもよびな あんなに しっこくよびな八木重吉の詩より 苦しみや悲しみ、怨嗟の叫びが満ちている世界です。 その叫びをだれに向けても、満足な答えは返ってきません。 しかし、まことの愛の神に向かって叫ぶとき、必ず答えがあります。今日、どんな不幸や痛み苦しみの中にあっても、心を神に向けて叫ぶとき、天からの光が輝きます。 イエス・キリストの御名によって祈り祈りに、神は必ず答えてくださいます。 ヤベツのように神に向かって、呼び求めてみませんか。 長い間、具体的に祈ることを知らず、物質を求めることは下劣な生き方だと軽蔑していました。 神学生の夏期伝道中炎天下の戸別訪問を続けました。なかなか対応してもらえません。毎日歩き続けるうちに、靴に十円玉くらいの穴が開きました。新しい靴を買うお金もなく新聞紙を敷いて歩きました。雨が降るとびちょびちょになり気持ちも滅入ります。 そんな時、ある家で上品な奥様が、「どうぞ。おあがりください」と招いてくれました。断られてばかりの中で、ものすごく嬉しかったけれど、びちゃびちゃの足できれいな床に上ることはできず、玄関で失礼しますと福音を語りました。 その直後に、「求めなさい。そうすれば与えられます」と、イエス様のことばが響きました。 教会に帰りひざまずいて、「天のお父様。新しい靴をください。イエス様の名によってお願いします。アーメン」と祈りました。 その夜、一通の封筒が届き、「あなたの必要のために使ってください」とありました。差出人の名前もなく、しかも靴を与えてくださいと祈る前に、すでに神様が備えてくださっていた答えでした。 神学生時代のその経験が、祈りは精神的であれ物質的であれ、本音で信じて祈れば必ず約束どおり答えられる確信として、今日に至るまで祝福されつづけています。 「イエス・キリストのお名前によってお祈りします。アーメン」という祈りをぜひおはじめください。祝福を祈ります。 マタイの福音書7:7 求めなさい。そうすれば与えられます。捜しなさい。そうすれば見つかります。たたきなさい。そうすれば開かれます。 7:8 だれであれ、求める者は受け、捜す者は見つけ出し、たたく者には開かれます。 7:9 あなたがたも、自分の子がパンを下さいと言うときに、だれが石を与えるでしょう。 7:10 また、子が魚を下さいと言うのに、だれが蛇を与えるでしょう。 7:11 してみると、あなたがたは、悪い者ではあっても、自分の子どもには良い物を与えることを知っているのです。とすれば、なおのこと、天におられるあなたがたの父が、どうして、求める者たちに良いものを下さらないことがありましょう。
2006/04/06
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16歳でキリスト教会に行くまで、一度も手を合わせたり、祈ったことはありませんでした。 神が愛であり、全人類の罪を贖うために、イエス・キリストが十字架上に死なれ、墓に葬られ、3日目に復活されたことを知りました。 イエス・キリストを心に迎え信じるなら、すべての罪が赦され、神の子となり、永遠のいのちを持ち、天国に行くことができるということでした。 私を愛していのちを捨てたイエス・キリスト!驚きでした。感動でした。「イエス様。信じます。私の心にお入りください。アーメン」 その日に洗礼を受けてクリスチャンになりました。日曜日の礼拝で、みんなの前で祈りを指名され前に立ち、「天のお父様・・・」声が出てきません。何もいえません。短い時間だったと思いますが、永遠とも思える沈黙・・・。やっと牧師がアーメンと言ってくれたので、最初の祈りが終わりました。 神様は、祈らない先に祈りを聞いてくださいます。上手に祈るか祈らないかではなく、心の叫びをアーメンと本音で求めることです。ヤベツの祈りは、彼の本音の叫びでした。 私を大いに祝福してください。 私の地境(領域)を広げてください。 御手が私とともにあってください。 わざわいから遠ざけて私が苦しむことのないようにしてください。 そこで、神は彼の願ったことをかなえられたのです。 アーメンとは、真実、まことに、ほんとうですと言う意味です。本音で祈る祈りに答えてくださる愛の神様がおられるのです。イエス・キリストの名によって祈る幸いを今日から経験してください。
2006/04/05
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結婚式を挙げていない・・・ でも結婚式だけはしたい!二人だけの、親しい人たちだけの小さな結婚式をキリスト教会で挙げることができます。お気軽にお問い合わせください。 費用108,000円(平日限定) 上記の金額に含まれるもの 挙式料・ウェディングドレス1点・タキシード1点。ブーケ。写真 お申し込み、お問い合わせ 06-6981-0055 受付時間 10:00-19:00 年中無休 担当 ハマダ伝道者の書 4:9 ふたりはひとりよりもまさっている。ふたりが労苦すれば、良い報いがあるからだ。 4:10 どちらかが倒れるとき、ひとりがその仲間を起こす。倒れても起こす者のいないひとりぼっちの人はかわいそうだ。 4:11 また、ふたりがいっしょに寝ると暖かいが、ひとりでは、どうして暖かくなろう。 4:12 もしひとりなら、打ち負かされても、ふたりなら立ち向かえる。三つ撚りの糸は簡単には切れない。
2006/04/05
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昨日はスタンプウォークの不思議な力という本を紹介しました。 部屋でペタンぺたんとスタンプを押すように足踏みすると、元気!若さ!希望!が・・・。実践すればするほど答えが見つかる本です。 それでも元気な人は、春の野に出てしっかり毎日一万歩を歩くと、生活習慣病も克服し、元気で生きることができます。 娘はJR桜ノ宮まで通勤しています。 桜ノ宮は、桜の名所で今を盛りに咲きはじめ、毎日花見をしながらの会社通いだと笑っていました。 生駒聖書学院から車で数分の所に、広大な飯盛霊園があります。 桜の季節は、墓が気にならないほどの桜満開の名所です。今年もちょこと出かけようと思っています。 吉野の桜、奈良公園、生駒山上など近くに桜の名所がたくさんあります。 新学期の始まりです。すべてが輝いてるこの季節、気持ちも身体もさらに輝いて春を楽しみたいものです。第一ペテロの手紙 1:22 あなたがたは、真理に従うことによって、たましいを清め、偽りのない兄弟愛を抱くようになったのですから、互いに心から熱く愛し合いなさい。 1:23 あなたがたが新しく生まれたのは、朽ちる種からではなく、朽ちない種からであり、生ける、いつまでも変わることのない、神のことばによるのです。 1:24 「人はみな草のようで、 その栄えは、みな草の花のようだ。 草はしおれ、 花は散る。 1:25 しかし、主のことばは、 とこしえに変わることがない。」 とあるからです。あなたがたに宣べ伝えられた福音のことばがこれです。
2006/04/04
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昨日の礼拝後、一冊の新著をいただいた。 書名は「ソフトメディテーション」里深太典紀著(グッドワーク研究所) ソフトメディテーションとは、簡単でシンプルで「優しい動的瞑想」と言う意味の造語です。 これは一流のスポーツマンなど、何かを成し遂げた人たちが、無意識に、でも一様に実践してきた「創造のテクニック」です。 病弱な人が元気になるために 困難な状況を克服するために より若く、より美しく輝いて生きるために それをもっともシンプルなエクササイズとしてまとめたものです。 スタンプウォークの不思議な力 元気! 若さ! 希望! 実践すればするほど答えが見つかる本 と紹介されていました。 健康の基本は歩くことです。私は毎日一万歩を2年半ほど継続して歩き続けています。 でも、教会には足が悪くて歩くことができない方もあり、毎日歩き続けていると牧師が言うと、つまづきを与えることもあります。 スタンプウォークは、部屋の中でスタンプを押すように、ペタンペタンと足踏みすることです。足が悪ければ何かにつかまってでも、100歩でも200歩でも歩けば良いという考えです。 本書の著者も身体の弱さを持っています。しかし、スタンプウォークを実践することにより、さらい元気で活躍しておられます。 興味のある方は、グッドワーク研究所(電話0742-51-8600 Fax0742-51-8602)へ。定価本体953+税ヨハネ第三 1:2 愛する者よ。あなたが、たましいに幸いを得ているようにすべての点でも幸いを得、また健康であるように祈ります。 第一テサロニケ 5:23 平和の神ご自身が、あなたがたを全く聖なるものとしてくださいますように。主イエス・キリストの来臨のとき、責められるところのないように、あなたがたの霊、たましい、からだが完全に守られますように。 5:24 あなたがたを召された方は真実ですから、きっとそのことをしてくださいます。
2006/04/03
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十字架は、神が人間を救うために、一度だけで完全な救いの道を実現された出来事です。永遠の昔からのご計画(旧約聖書の明確な預言)どおり、神が人間としてこの世に来られ、神のひとり子として十字架に死なれました。来週はそのことを記念する受難週、16日(日)はイースター(復活祭)です。その十字架の救いに、アーメンと言えば救われ、清く正しく、健やかに豊かな繁栄の道を、平安と喜び、感謝に溢れて天国に向ってまっすぐ生きて行くことができます。イエス様の決意ルカ 9:51 さて、天に上げられる日が近づいて来たころ、イエスは、エルサレムに行こうとして御顔をまっすぐ向けられ、 9:52 ご自分の前に使いを出された。マタイ16:21 その時から、イエス・キリストは、ご自分がエルサレムに行って、長老、祭司長、律法学者たちから多くの苦しみを受け、殺され、そして三日目によみがえらなければならないことを弟子たちに示し始められた。マタイ20:28 人の子が来たのが、仕えられるためではなく、かえって仕えるためであり、また、多くの人のための、贖いの代価として、自分のいのちを与えるためであるのと同じです。」ヨハネ10:11 わたしは、良い牧者です。良い牧者は羊のためにいのちを捨てます。ヨハネ 12:24 まことに、まことに、あなたがたに告げます。一粒の麦がもし地に落ちて死ななければ、それは一つのままです。しかし、もし死ねば、豊かな実を結びます。 十字架上の七言ルカ23:34 そのとき、イエスはこう言われた。「父よ。彼らをお赦しください。彼らは、何をしているのか自分でわからないのです。」ルカ23:43 イエスは、彼に言われた。「まことに、あなたに告げます。あなたはきょう、わたしとともにパラダイスにいます。」ヨハネ19:26 イエスは、母と、そばに立っている愛する弟子とを見て、母に「女の方。そこに、あなたの息子がいます」と言われた。 19:27 それからその弟子に「そこに、あなたの母がいます」と言われた。その時から、この弟子は彼女を自分の家に引き取った。マタイ27:46 三時ごろ、イエスは大声で、「エリ、エリ、レマ、サバクタニ」と叫ばれた。これは、「わが神、わが神。どうしてわたしをお見捨てになったのですか」という意味である。 ヨハネ19:28 この後、イエスは、すべてのことが完了したのを知って、聖書が成就するために、「わたしは渇く」と言われた。 19:29 そこには酸いぶどう酒のいっぱい入った入れ物が置いてあった。そこで彼らは、酸いぶどう酒を含んだ海綿をヒソプの枝につけて、それをイエスの口もとに差し出した。ヨハネ 19:30 イエスは、酸いぶどう酒を受けられると、「完了した」と言われた。そして、頭をたれて、霊をお渡しになった。ルカ23:46 イエスは大声で叫んで、言われた。「父よ。わが霊を御手にゆだねます。」こう言って、息を引き取られた。 十字架の死の結果第一ペテロ2:24 そして自分から十字架の上で、私たちの罪をその身に負われました。それは、私たちが罪を離れ、義のために生きるためです。キリストの打ち傷のゆえに、あなたがたは、いやされたのです。ガラテヤ3:13 キリストは、私たちのためにのろわれたものとなって、私たちを律法ののろいから贖い出してくださいました。なぜなら、「木にかけられる者はすべてのろわれたものである」と書いてあるからです。第二コリント8:9 あなたがたは、私たちの主イエス・キリストの恵みを知っています。すなわち、主は富んでおられたのに、あなたがたのために貧しくなられました。それは、あなたがたが、キリストの貧しさによって富む者となるためです。ヘブル2:14 そこで、子たちはみな血と肉とを持っているので、主もまた同じように、これらのものをお持ちになりました。これは、その死によって、悪魔という、死の力を持つ者を滅ぼし、2:15 一生涯死の恐怖につながれて奴隷となっていた人々を解放してくださるためでした。ローマ6:8 もし私たちがキリストとともに死んだのであれば、キリストとともに生きることにもなる、と信じます。ガラテヤ 2:20 私はキリストとともに十字架につけられました。もはや私が生きているのではなく、キリストが私のうちに生きておられるのです。いま私が肉にあって生きているのは、私を愛し私のためにご自身をお捨てになった神の御子を信じる信仰によっているのです。十字架の福音を全世界に!第一コリント2;2 なぜなら私は、あなたがたの間で、イエス・キリスト、すなわち十字架につけられた方のほかは、何も知らないことに決心したからです。 15:1 兄弟たち。私は今、あなたがたに福音を知らせましょう。これは、私があなたがたに宣べ伝えたもので、あなたがたが受け入れ、また、それによって立っている福音です。 15:2 また、もしあなたがたがよく考えもしないで信じたのでないなら、私の宣べ伝えたこの福音のことばをしっかりと保っていれば、この福音によって救われるのです。 15:3 私があなたがたに最もたいせつなこととして伝えたのは、私も受けたことであって、次のことです。キリストは、聖書の示すとおりに、私たちの罪のために死なれたこと、 15:4 また、葬られたこと、また、聖書の示すとおりに、三日目によみがえられたこと、 15:5 また、ケパに現れ、それから十二弟子に現れたことです。 すばらしい十字架の救いを、ぜひ心に受け入れてすばらしい幸せを体験してください。 「イエス様。信じます。私の心にお迎えします。アーメン」
2006/04/02
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あっという間に四月が来ました。春というにはまだ寒さを感じる四月です。 学院の桜(数本)も花をふくらませかけ、木蓮も花を開きつつあります。 タンポポやスミレも可憐に花をつけ、山吹の真っ白な色が眩しいくらいです。 今週は孫を5日間預かったので、家内は昨夜から疲れて休んでいます。一歳の孫に5日間つきっきりだったので、まあユックリ休めと明日の礼拝に備えています。 昨日は東大阪まで出かけました。教会にときどき参加する30代の男性が、仕事がないのでとの相談事でした。 どんな仕事を紹介しても、自分には向いていない、面接に行っても断られる、人が悪口を言うなど、数え上げたらキリがないほどのマイナス理由を、言い続けます。 イエス様を信じて祈れば必ず道が開かれます。 「求めよ。さらば与えられん。捜せよ。さらば見出さん。叩けよ。さらば開かれん」(マタイ7:7) できない、無理だ。あの人が悪い。この人が悪い。この世界は悪いから仕方がない。と悲観的になってばかりいては、道が開かれても進むことができません。 祝福を祈り、新しい前進を期待します。 ピリピ人への手紙 4:10 私のことを心配してくれるあなたがたの心が、このたびついによみがえって来たことを、私は主にあって非常に喜びました。あなたがたは心にかけてはいたのですが、機会がなかったのです。 4:11 乏しいからこう言うのではありません。私は、どんな境遇にあっても満ち足りることを学びました。 4:12 私は、貧しさの中にいる道も知っており、豊かさの中にいる道も知っています。また、飽くことにも飢えることにも、富むことにも乏しいことにも、あらゆる境遇に対処する秘訣を心得ています。 4:13 私は、私を強くしてくださる方によって、どんなことでもできるのです。
2006/04/01
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