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「わてらやりまっせ!」(山中一正著・マナブックス・1260円)出版記念会が、今日午後2時より、大阪クリスチャンセンターで著者の講演や車椅子ダンス、寸劇「わてらやりまっせ!」や福音落語など、盛りだくさんの催しで開催される。 著者の山口牧師とは40数年来の知り合いで、今日は出版記念会で祝辞を述べるよう依頼された。 山中牧師は関西学院大学生(18歳)のときクリスチャンになりました。その当時からの知り合いで、熱心に花園キリスト教会に通い、いろんな奉仕を引き受け、大学卒業後は、大阪府肢体不自由者協会など福祉関係のお仕事に活躍しました。 「わてらやりまっせ!」の著書は、身体障害者とともに教会を開拓し、すばらしいキリスト教会を大阪市東淀川区に建設した、今日までの歩みを正直に綴った愛の記録です。 多くのご苦労があり、不理解や非難、さらに自らの葛藤もあったけれども現在、30-40名の障害者とそれを上回る健常者の集う教会となりました。 それだけでなく二つの作業所と3つのグループホーム、駅近隣の喫茶福祉ショップ、さらのホームヘルパー派遣事業も行っています。 現職は、淀川栄光教会牧師、社会福祉法人身体障害者自立協会理事長、NPOアビリティおおさか代表理事、居宅介護事業ヒューマンケアライン代表、その他です。 大阪クリスチャンセンター(大阪市中央区玉造2-26-47)は、JR環状線玉造駅徒歩10分。地下鉄長堀鶴見線玉造1番出口を右に出て5分。大阪女学院の側です。会費は2500円(本代込みです)お近くの方参加してみたら・・・。聞いて感動!見て感動!読んで感動!ヤコブの手紙1:21 ですから、すべての汚れやあふれる悪を捨て去り、心に植えつけられたみことばを、すなおに受け入れなさい。みことばは、あなたがたのたましいを救うことができます。 1:22 また、みことばを実行する人になりなさい。自分を欺いて、ただ聞くだけの者であってはいけません。 1:23 みことばを聞いても行わない人がいるなら、その人は自分の生まれつきの顔を鏡で見る人のようです。 1:24 自分をながめてから立ち去ると、すぐにそれがどのようであったかを忘れてしまいます。 1:25 ところが、完全な律法、すなわち自由の律法を一心に見つめて離れない人は、すぐに忘れる聞き手にはならないで、事を実行する人になります。こういう人は、その行いによって祝福されます。 1:26 自分は宗教に熱心であると思っても、自分の舌にくつわをかけず、自分の心を欺いているなら、そのような人の宗教はむなしいものです。 1:27 父なる神の御前できよく汚れのない宗教は、孤児や、やもめたちが困っているときに世話をし、この世から自分をきよく守ることです。
2006/09/30
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第一・第三金曜日は午前8時半ー12時まで、キリスト教教育学講義。 第二・第四はモーセ伝講義。上野芝キリスト教会名誉牧師の西村哲也牧師が教授として朝早く、堺市から来てくださいます。 神学生たちも講義を楽しみに、毎週心待ちしています。昨日まで体験入学もあり、教室は活気に満ちています。 生駒聖書学院内には、関西クリスチャンスクールがあります。今週、教室が使用不要になり、学院の図書室を教室を4ルーム提供することにしました。来年6月卒業式まで提供します。 聖書学院は急遽、教室をチャペルの一角に移し、少し不便になりましたが、皆で協力しながらに日々です。 来年6月から関西クリスチャンスクールは、外部に移転する予定です。過去38年近く学院に借家住まいの学校でした。新しい場所が備えられるよう祈りで応援です。
2006/09/29
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朝ごとに目覚める幸い!生かされている幸い!新しい日を生きれる幸い!すべてのことに感謝できる幸い!感謝!感謝!感謝!いくら感謝しても感謝しきれない!神の恵み。ハレルヤ! ピンチはチャンス。試練は新しい恵みの出発点。苦しいときはそこから恵みが生まれる。 試練!試練! 感謝!感謝! イエス様の大きな愛に守られる幸い。すべてのことが働いて益となる。神のなさることはみなそのときにかなって美しい! 今日も元気で与えられた使命に生き続けよう!詩篇 118:1 【主】に感謝せよ。 主はまことにいつくしみ深い。 その恵みはとこしえまで。 118:2 さあ。イスラエルよ、言え。 「主の恵みはとこしえまで」と。 118:3 さあ。アロンの家よ、言え。 「主の恵みはとこしえまで」と。 118:4 さあ。【主】を恐れる者たちよ、言え。 「主の恵みはとこしえまで」と。 118:5 苦しみのうちから、私は主を呼び求めた。 【主】は、私に答えて、私を広い所に置かれた。 118:6 【主】は私の味方。私は恐れない。 人は、私に何ができよう。 118:7 【主】は、私を助けてくださる私の味方。 私は、私を憎む者をものともしない。 118:8 【主】に身を避けることは、 人に信頼するよりもよい。 118:9 【主】に身を避けることは、 君主たちに信頼するよりもよい。 118:10 すべての国々が私を取り囲んだ。 確かに私は【主】の御名によって、彼らを断ち切ろう。 118:11 彼らは私を取り囲んだ。まことに、私を取り囲んだ。 確かに私は【主】の御名によって、彼らを断ち切ろう。 118:12 彼らは蜂のように、私を取り囲んだ。 しかし、彼らはいばらの火のように消された。 確かに私は【主】の御名によって、彼らを断ち切ろう。 118:13 おまえは、私をひどく押して倒そうとしたが、 【主】が私を助けられた。 118:14 主は、私の力であり、ほめ歌である。 主は、私の救いとなられた。 118:15 喜びと救いの声は、正しい者の幕屋のうちにある。 【主】の右の手は力ある働きをする。 118:16 【主】の右の手は高く上げられ、 【主】の右の手は力ある働きをする。 118:17 私は死ぬことなく、かえって生き、 そして【主】のみわざを語り告げよう。 118:18 主は私をきびしく懲らしめられた。 しかし、私を死に渡されなかった。 118:19 義の門よ。私のために開け。 私はそこから入り、主に感謝しよう。 118:20 これこそ【主】の門。正しい者たちはこれより入る。 118:21 私はあなたに感謝します。あなたが私に答えられ、 私の救いとなられたからです。 118:22 家を建てる者たちの捨てた石。 それが礎の石になった。 118:23 これは【主】のなさったことだ。 私たちの目には不思議なことである。 118:24 これは、【主】が設けられた日である。 この日を楽しみ喜ぼう。 118:25 ああ、【主】よ。どうぞ救ってください。 ああ、【主】よ。どうぞ栄えさせてください。 118:26 【主】の御名によって来る人に、祝福があるように。 私たちは【主】の家から、あなたがたを祝福した。 118:27 【主】は神であられ、私たちに光を与えられた。 枝をもって、祭りの行列を組め。 祭壇の角のところまで。 118:28 あなたは、私の神。私はあなたに感謝します。 あなたは私の神、私はあなたをあがめます。 118:29 【主】に感謝せよ。主はまことにいつくしみ深い。 その恵みはとこしえまで。
2006/09/28
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生駒聖書学院は全寮制の神学校です。男子寮・女子寮別棟、家族寮6軒(2LDK) 大チャペル、小チャペル、食堂、祈祷室、図書館等、せれぞれが別棟で12棟の美しい建物です。小高い丘の中腹にあり、夜は赤いネオンの十字架が輝いています。 学期始まりは4月と9月。今月も体験入学や聴講生が訪れ、今日と明日も泊り込みの体験入学者が来院します。 午前5時起床。5時半から祈りとチャペルタイム。7時から清掃。7時半朝食(パンとコーヒー&紅茶)。8時半ー12時まで授業。午後は伝道実践や個人学習、アルバイトです。 5時半夕食後は火曜日は神学生の伝道実習。水曜日は地域教会集会参加です。金曜日の午後から日曜日夜までは、母教会や派遣教会での実践のときです。学びが机上の空論にならないように、実践的な働きの訓練の場でもあるよう心がけています。 興味のある方は体験入学(期間は短くてもかまわない)や聴講に来てください。ヨエル 2:18 【主】はご自分の地をねたむほど愛し、 ご自分の民をあわれまれた。 2:19 【主】は民に答えて仰せられた。 「今、わたしは穀物と新しいぶどう酒と油とを あなたがたに送る。 あなたがたは、それで満足する。 わたしは、二度とあなたがたを、 諸国の民の間で、そしりとしない。 2:20 わたしは北から来るものを、 あなたがたから遠ざけ、 それを荒廃した砂漠の地へ追いやり、 その前衛を東の海に、 その後衛を西の海に追いやる。 その悪臭が立ち上り、 その腐ったにおいが立ち上る。 主が大いなることをしたからだ。」 2:21 地よ。恐れるな。楽しみ喜べ。 【主】が大いなることをされたからだ。 2:22 野の獣たちよ。恐れるな。 荒野の牧草はもえ出る。 木はその実をみのらせ、 いちじくの木と、ぶどうの木とは豊かにみのる。 2:23 シオンの子らよ。 あなたがたの神、【主】にあって、楽しみ喜べ。 主は、あなたがたを義とするために、 初めの雨を賜り、大雨を降らせ、 前のように、初めの雨と後の雨とを 降らせてくださるからだ。 2:24 打ち場は穀物で満ち、 石がめは新しいぶどう酒と油とであふれる。 2:25 いなご、ばった、食い荒らすいなご、 かみつくいなご、 わたしがあなたがたの間に送った大軍勢が、 食い尽くした年々を、 わたしはあなたがたに償おう。 2:26 あなたがたは飽きるほど食べて満足し、 あなたがたに不思議なことをしてくださった あなたがたの神、【主】の名をほめたたえよう。 わたしの民は永遠に恥を見ることはない。 2:27 あなたがたは、 イスラエルの真ん中にわたしがいることを知り、 わたしがあなたがたの神、【主】であり、 ほかにはないことを知る。 わたしの民は永遠に恥を見ることはない。 2:28 その後、わたしは、 わたしの霊をすべての人に注ぐ。 あなたがたの息子や娘は預言し、 年寄りは夢を見、若い男は幻を見る。 2:29 その日、わたしは、しもべにも、はしためにも、 わたしの霊を注ぐ。 2:30 わたしは天と地に、不思議なしるしを現す。 血と火と煙の柱である。 2:31 【主】の大いなる恐るべき日が来る前に、 太陽はやみとなり、月は血に変わる。 2:32 しかし、【主】の名を呼ぶ者はみな救われる。 【主】が仰せられたように、 シオンの山、エルサレムに、 のがれる者があるからだ。 その生き残った者のうちに、 【主】が呼ばれる者がいる。
2006/09/27
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名言セラピー(ひすいこうたろう著・Discover刊・1000円)の中に、「ツキを呼ぶ魔法の言葉」の著者、五日市剛さんの講演会でステキな「歌」を教わりましたとありました。 ピッチ、ピッチ、チャップ、チャップ、ラン、ラン、ランのフレーズの替え歌です。 人生で困ったとき、歌詞を少し変えて、 「ピンチ、ピンチ、チャンス、チャンス、ラン、ラン、ラン」と歌うのだそうです。 困ったときこそ「ありがとう」と言うと、ピンチはチャンスになって、ラン、ラン、ランだそうですと、書かれていました。 聖書にはすべてのことについて感謝しなさい!とあります。 今週、替え歌をもじり、「試練、試練、来た、来た、イエス様が、大きな愛で守られる。ピンチ、ピンチ、チャンス、チャンス、ラン、ラン、ラン!」と口ずさんでいます。 人生のどんな出来事にもチャンスの目が隠されています。シッカリとチャンを好機として、祝福の人生を生きていきましょう!伝道者の書 9:9 日の下であなたに与えられたむなしい一生の間に、あなたの愛する妻と生活を楽しむがよい。それが、生きている間に、日の下であなたがする労苦によるあなたの受ける分である。 9:10 あなたの手もとにあるなすべきことはみな、自分の力でしなさい。あなたが行こうとしているよみには、働きも企ても知識も知恵もないからだ。 9:11 私は再び、日の下を見たが、競走は足の早い人のものではなく、戦いは勇士のものではなく、またパンは知恵ある人のものではなく、また富は悟りのある人のものではなく、愛顧は知識のある人のものではないことがわかった。すべての人が時と機会に出会うからだ。
2006/09/26
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数年前イタリアに旅したことがあった。15名ほどのツアー。ローマに着いたとき、お腹がすいてペコペコ。ガイドに案内されタベルナ(食堂)の席に倒れこむように座ると、大きなフライパンを持ったウエイトレスが、スパゲッティを皿に入れてくれた。むさぼるようにあっという間に食べ終わると、もっと食べるか?とニコニコしながら追加してくれた。もうお腹がいっぱい!みんなさすがイタリアだ。スパゲッティが美味しいと満足。 ところがさらにメイン料理が出てきた。ガイドが何も説明してくれなかったので、スパゲッティだけだと思ったので、お腹もすいていたし、しっかりおかわりまでしたからもう入らない。 ホテルでの夕食のとき、またスパゲッティが出た。「これ前菜やで!これから美味しいのが出るで!」大阪弁でワイワイ言いながら、ほとんど食べなかった。ウエイターが怪訝な顔で皿を下げ、メイン料理にみんな満足したことがあった。 人生は料理コース?にたとえたら失礼かもしれないが、苦しみや悩み、悲しみや辛さを前菜と考えたらいかがかと思う。 聖書に、「私が苦しみにあったことは良いことでした」とある。それが前菜なのに、イタリアでの経験のようにそれだけ食べて後に出てくる美味しいメイン料理を食べ損なうように、自分の過去の苦しみや辛さだけをまるで生きがいであるように話してしまう場合がある。 23日の秋分の日に、市岡裕子さん(ゴスペルシンガー)が天国聖会で、自分の体験談とゴスペルを歌い、参加者一同に深い感動を与えてくれた。 父親の岡八朗は一世を風靡した吉本新喜劇役者。酒で身を持ち崩し舞台からも遠ざかり、奥様(彼女の母)は夢破れて自殺。息子(弟)は酒の飲みすぎで若くして病死。再婚の妻は人気は落ち酒乱の夫を捨てて逃げてしまう。 そのような悲しみの中で彼女はアメリカの黒人教会へ行くチャンスがう与えられ、そこで魂の叫びのゴスペルに震えるような感動を受け、イエス・キリストの十字架の救いを信じた。そしてゴスペルを歌い、父のアルコール依存症のいやしに取り組み、「お前のゴスペロ(最後までゴスペルとはいえなかったが)好きや!」と、依存症からの救われ、天国へとほほえみつつ旅立って入った。詳しくは、「泣いた分だけわらわしたる!」(マガジンハウス刊、1200円)をお読みください。 苦しみや辛さを前菜とは失礼だと思われるかも知れないが、そう考えたら人生は捨てたものではない。今日よりも明日がよくなる!それは事実だ。そう信じればそうなるし、それを口にすればさらに良くなる。 コース料理の用意が整っているから前菜が出るように、神の愛の計画が整っているのだから、ギブアップしないで天国のデザート(いやもっと最高のものだが)まで、シッカリ楽しみつつ生き抜いて行こう!ローマ人への手紙 5:1 ですから、信仰によって義と認められた私たちは、私たちの主イエス・キリストによって、神との平和を持っています。 5:2 またキリストによって、いま私たちの立っているこの恵みに信仰によって導き入れられた私たちは、神の栄光を望んで大いに喜んでいます。 5:3 そればかりではなく、患難さえも喜んでいます。それは、患難が忍耐を生み出し、 5:4 忍耐が練られた品性を生み出し、練られた品性が希望を生み出すと知っているからです。 5:5 この希望は失望に終わることがありません。なぜなら、私たちに与えられた聖霊によって、神の愛が私たちの心に注がれているからです。 5:6 私たちがまだ弱かったとき、キリストは定められた時に、不敬虔な者のために死んでくださいました。 5:7 正しい人のためにでも死ぬ人はほとんどありません。情け深い人のためには、進んで死ぬ人があるいはいるでしょう。 5:8 しかし私たちがまだ罪人であったとき、キリストが私たちのために死んでくださったことにより、神は私たちに対するご自身の愛を明らかにしておられます。 5:9 ですから、今すでにキリストの血によって義と認められた私たちが、彼によって神の怒りから救われるのは、なおさらのことです。 5:10 もし敵であった私たちが、御子の死によって神と和解させられたのなら、和解させられた私たちが、彼のいのちによって救いにあずかるのは、なおさらのことです。 5:11 そればかりでなく、私たちのために今や和解を成り立たせてくださった私たちの主イエス・キリストによって、私たちは神を大いに喜んでいるのです。
2006/09/25
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アコルの谷?と聞いて、あの谷だとすぐ分かる人は、ものすごく聖書を読んでいる方だと思います。イスラエルの民が出エジプトし、モーセに率いられて40年荒野をさすらいました。モーセの死後、ヨシュアが指導者になり約束の地目指してヨルダン川を越えることになった。その川向こうにはエリコの城壁が立ちふさがり、武器のないイスラエルにはどうするできない。 全能の神の力によりエリコの城壁は街全体を包み込むように崩壊し、イスラエルは戦わずして大勝利を得ました。 次の戦いは小さな町アイ。勝ち誇るイスラエルは三千人もあれば簡単に勝利できるとたかをくくり、攻め寄せたが36人も戦死者を出し敗北してしまった。 原因を調査したところ、アカンと言う男がエリコ攻略のとき盗みをし、その罪のためにアイに勝利できなかったことが分かった。 アカンを死刑に死葬った谷が、アカンの谷=アコルの谷と呼ばれ、呪いと絶望の象徴となったのです。アコルの谷と聞くたびに彼らは、罪の恐ろしさと敗北の恐怖におびえたぼです。 ところがそのアコルの谷が臨みの門となると預言者は語ったのです。絶望や失望、のろいともいえるような現実の中にあっても、置かれているそのままの状況が臨みと変わる!何という希望に満ちた約束でしょう。 昨日、天国聖会でゴスペルと講演をしてくれた市岡裕子さんも同じでした。父、岡八朗のアルコール依存症、支えてくれた母親の自殺、一人しかいない弟の死、絶望の渕にたたずんでいました。アメリカの黒人教会で、叫ぶような訴えるような魂の叫びのゴスペルを聞いたとき、彼女に希望が湧いてきました。 「叫んでいいんや!神様がいるんや!イエス様が十字架で死んで復活し、今も生きているんや!そうや、どんな中からでも救われるんや!」そして今、アコルの谷が希望の門となった彼女は、ゴスペルを歌い続けているのです。 その歌声を望みの門として、アルコール依存の父親が救われました。彼女の行く先々で望みの門が開かれています。 実際のアコルの谷を一度だけ訪ねたことがあります。エリコの町の北側にある谷ですが、今はまさに望の門!ブドウが実り、イチジクやバナナなど果物や野菜などが緑いっぱいの場所でした。 人生は変わります。絶望の谷間に天からの光が指しかけるとき、十字架と復活のイエス・キリストを迎えるとき、新しい人生を体験できるのです。ハレルヤ。この希望は失望に終わることはない。ローマ人への手紙10:9 なぜなら、もしあなたの口でイエスを主と告白し、あなたの心で神はイエスを死者の中からよみがえらせてくださったと信じるなら、あなたは救われるからです。10:10 人は心に信じて義と認められ、口で告白して救われるのです。10:11 聖書はこう言っています。「彼に信頼する者は、失望させられることがない。」10:12 ユダヤ人とギリシヤ人との区別はありません。同じ主が、すべての人の主であり、主を呼び求めるすべての人に対して恵み深くあられるからです。10:13 「主の御名を呼び求める者は、だれでも救われる」のです。
2006/09/24
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今日は天国聖会!ハレルヤの声も高く市岡裕子さんのゴスペルが響き渡ります。 エリム・キリスト教会は、7箇所(生駒市、奈良市、大阪市、東大阪市2、堺市、京田辺市)で礼拝をしています。その他、額田や寝屋川市、都ホテルなどいろんな箇所で聖書の学びがもたれています。 秋分の日は天国に召された兄弟姉妹(50名ほどになります)を偲びつつ、天国の喜びを地上でも同じくする聖会を持っています。彼らは死んだのではなく、永遠の天国でさらに恵まれて生きていることを聖書的に確信しています。 こちらから天国のすべてを理解しつくすことはできませんが、天国からは地上のすべてが分かるので、天国の喜びを共有する幸いを感謝します。 一昨日召された方は、悲しんではいけない!喜びに溢れて天に送ってくれとの遺言だったそうです。もちろん、残された者には涙や悲しみ、嘆きがあります。しかし、自分の愛する者がいつまでも悲嘆の涙で生きているより、天の喜びを理解し、新しい勇気と力で生きていくことを、先に天国に召された者たちは望んでいると信じます。 愛する子どもや親、夫や妻を先に送った悲しみの深さはわかります。私も9歳までに祖父母や愛する母(37歳でした)、姉たちと分かれました。育ててくれた養母を15歳で亡くしました。父は96歳と156日生きて13年前に天に帰りましたが・・・。 牧師になって愛する信徒たちを50人も天に送りました。病院のベッドの駆けつけて、詩篇23篇の朗読とともに、医者がご臨終です。牧師様を待っていたのですねと言われることもしばしばです。 病床で洗礼を受けて安らかに眠るように天国に召された方。イエス様。信じます。心のお入りください。アーメンと祈った9歳の白血病の少年は、その夜イエス様の幻を見ました。そして看病する母や兄のことを気遣いながら、「お母さん。富雄キリスト教会の礼拝に行って来ていいよ。ぼくお兄ちゃんと待ってるから」と健気に母を励ましつつ10歳の誕生日を前に、天の家に帰って行きました。 なぜ?と思うような早い死もあります。これからと言うときの死も・・・。死は様々なかたちで訪れます。????多くの疑問や質問が寄せられます。 しかし、神のなさることはみなそのときにかなって美しい!(伝道3:11)と、愛の神の摂理と御旨にアーメンと答えるとき、不思議です。?マークが!マークに変わります。なぜか分からないけれども、天を見上げてハレルヤの声をあげることができます。そうすると不思議に心が晴れやかになります。そんなことを経験しながらの日々です。詩篇 23:1 【主】は私の羊飼い。 私は、乏しいことがありません。 23:2 主は私を緑の牧場に伏させ、 いこいの水のほとりに伴われます。 23:3 主は私のたましいを生き返らせ、 御名のために、私を義の道に導かれます。 23:4 たとい、死の陰の谷を歩くことがあっても、 私はわざわいを恐れません。 あなたが私とともにおられますから。 あなたのむちとあなたの杖、 それが私の慰めです。 23:5 私の敵の前で、あなたは私のために食事をととのえ、 私の頭に油をそそいでくださいます。 私の杯は、あふれています。 23:6 まことに、私のいのちの日の限り、いつくしみと 恵みとが、私を追って来るでしょう。 私は、いつまでも、【主】の家に住まいましょう。
2006/09/23
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昨日の朝、見舞に行った70代男性は、祈りの後小康状態だったが、今朝未明に天国へ召されました。 最高のいやしの世界へ旅立つたことを祈り、慰めと平安が残されたもご家族の上に注がれると信じています。 黙示録 14:13 また私は、天からこう言っている声を聞いた。「書きしるせ。『今から後、主にあって死ぬ死者は幸いである。』」御霊も言われる。「しかり。彼らはその労苦から解き放されて休むことができる。彼らの行いは彼らについて行くからである。」 人の死に直面することの多い牧師生活です。死の尊厳をいつも思わされます。どんな立派な人にも死は必ず訪れます。その時がいつかはだれにも分かりません。後で周りのものはそう言えば前兆みたいなことがあったと思うことはあります。しかし、それも絶対的なものではありません。 死後がどうなるのか。聖書は肉体は土に霊はそれを授けた神に帰ると教えています。天国があることを信じることができれば、人生の旅は楽しくなります。海外へ旅行に行くとき、ガイドブックを参考にします。個人的には未知の世界が好きなので、ガイドブックは帰ってから読むほうが多いですが・・・・。 それでもその国の初歩的な知識は知っています。だから安心して旅に出ることができます。 永遠の住まいとなる天国へのガイドブックは聖書です。大まかなことでも知り始めると、天国のすばらしさに心が躍ります。 元気なうちにイエス様を信頼して、「アーメン。信じます」と、心安らかな日々を体験なさってください。祝福を祈ります。黙示録 7:14 そこで、私は、「主よ。あなたこそ、ご存じです」と言った。すると、彼は私にこう言った。「彼らは、大きな患難から抜け出て来た者たちで、その衣を小羊の血で洗って、白くしたのです。 7:15 だから彼らは神の御座の前にいて、聖所で昼も夜も、神に仕えているのです。そして、御座に着いておられる方も、彼らの上に幕屋を張られるのです。 7:16 彼らはもはや、飢えることもなく、渇くこともなく、太陽もどんな炎熱も彼らを打つことはありません。 7:17 なぜなら、御座の正面におられる小羊が、彼らの牧者となり、いのちの水の泉に導いてくださるからです。また、神は彼らの目の涙をすっかりぬぐい取ってくださるのです。」 23日(土)午前10時より生駒聖書学院を会場に、市岡裕子さんの講演とゴスペルの天国聖会が開かれます 講演は10時半ー11時15分 ゴスペルは10時25分ー12時10分です。ゴスペル賛美の後、「泣いた分まで笑わしたる」岡八朗・市岡裕子著のサイン会もあります。 その後、持ちよりの楽しい昼食会。ご遠慮なくお出かけください。
2006/09/22
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朝5時に携帯が鳴り、救命救急センターに昨日救急車で入院した方が、危篤状態で祈って欲しいとの連絡が家族からありました。 朝の祈りの時間だったので祈りますと返事をし、同時にご家族のことを思い、すぐ救命救急センターへ車を走らせた。 大勢の医師が処置中だったが、家族の方が2分だけ時間を牧師様へお願いしますと言うと、お医者さんたちはどうぞこちらへと処置している場へと招いてくれた。 心臓の病でしかも肺に水もたまっており、管を通さなければならず、管を通しても植物状態になるかもしれないとのこと。奥様は来年金婚式をあんなに楽しみにしていたのに、元気に生きて欲しいと心から願っておられました。 詩篇23篇を読み、病床洗礼を授けることができた。帰宅してブログを書こうとした所へメールが入りました。 「来て下さり父がクリスチャンになり感謝します。回復しました、ペースメーカーを入れました、ご飯を食べました、元気に笑い母と仲良く暮らしますと、完治したと祈りました。奇跡をイエス様は起こして下さいました。全て完了形で祈っていきます。信じます。アーメン、ハレルヤ!」 一時間もしないうちに何が起こったのか?イエス様の恵みと感謝しつつ、新しい日の出発です。哀歌 3:22 私たちが滅びうせなかったのは、【主】の恵みによる。 主のあわれみは尽きないからだ。 3:23 それは朝ごとに新しい。 「あなたの真実は力強い。 3:24 【主】こそ、私の受ける分です」と 私のたましいは言う。 それゆえ、私は主を待ち望む。 3:25 【主】はいつくしみ深い。 主を待ち望む者、主を求めるたましいに。 3:26 【主】の救いを黙って待つのは良い。 3:27 人が、若い時に、くびきを負うのは良い。 3:28 それを負わされたなら、 ひとり黙ってすわっているがよい。 3:29 口をちりにつけよ。 もしや希望があるかもしれない。 3:30 自分を打つ者に頬を与え、 十分そしりを受けよ。 3:31 主は、いつまでも見放してはおられない。 3:32 たとい悩みを受けても、 主は、その豊かな恵みによって、 あわれんでくださる。
2006/09/21
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23日(祭)午前10時より午後1時まで、生駒聖書学院チャペルで、市岡裕子さんを迎えて、講演とゴスペルのときを持ちます。 市岡裕子さんは、吉本新喜劇の座長として一世を風靡した岡八朗の長女です。母の自殺、弟の死、父のアルコール依存症などの苦難・・・、アメリカにわたりゴスペルに慰めと勇気を与えられ、壮絶な葛藤の末に父を依存症から、再び吉本の舞台へと自分もいっしょに立ち、多くの人々に笑いとともに勇気をもたらしました。 天国に召された父をしのびつつ、涙と笑いの講演のときです。同時にゴスペルを思い切り賛美してくれます。 ぜひ秋の日の朝、天と地をつなぐエリム天国聖会にお近くの方お出かけください。また午後は軽食の用意もありますので、ご家族でお出かけください。献金のときはありますが、入場は無料です。お気軽にお出かけください。 会場案内 生駒市俵口町951 生駒聖書学院チャペル 電車は奈良線生駒駅下車、タクシー(近鉄デパート前乗り場)で生駒聖書学院と言ってくだされば、1000円くらいで学院です。 車は阪奈道路生駒インターを北に向い3つ目の信号で、スーパー万代を左折(163号線から右折)一つ目の信号を左折1分です。詩篇23:1 【主】は私の羊飼い。 私は、乏しいことがありません。 23:2 主は私を緑の牧場に伏させ、 いこいの水のほとりに伴われます。 23:3 主は私のたましいを生き返らせ、 御名のために、私を義の道に導かれます。 23:4 たとい、死の陰の谷を歩くことがあっても、 私はわざわいを恐れません。 あなたが私とともにおられますから。 あなたのむちとあなたの杖、 それが私の慰めです。 23:5 私の敵の前で、あなたは私のために食事をととのえ、 私の頭に油をそそいでくださいます。 私の杯は、あふれています。 23:6 まことに、私のいのちの日の限り、いつくしみと 恵みとが、私を追って来るでしょう。 私は、いつまでも、【主】の家に住まいましょう。
2006/09/20
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今朝ブログを書いたのに、先ほど見たら空白でした。ミスで全部消してしまったようです。昨日は千葉市の教会聖会説教で日帰りでした。ちょうどゆとりの一万歩の2年11ヶ月目だたので、どこで歩こうかと思いつつでしたが、帰宅の生駒駅で万歩計を確認し、ちょうど一万歩で感謝してタクシーで帰りました。新幹線の中で一千歩だけ歩いたのが良かったと感謝。 それにしても生駒市から千葉市までピストンでの往復で一万歩とはスゴイ!と、自分でも感心しました。途中寄り道なし、お土産も買わずにひたすら電車に乗ることだけを目標の千葉行き往復でした。 生駒駅を朝6時26分で出発、千葉駅に着いたのが10時59分。帰りも午後4時ごろで帰宅したので9時少し前でした。新幹線車中は本を2冊読了。車内を一千歩の散歩。あとは寝ていました。娘に何回もウロウロしたら怪しまれたかも?と、冷やかされたりの楽しい旅でした。 純福音千葉教会は16年前、韓国の恵まれた教会から千葉県伝道に派遣され、何もない所から開拓伝道、純福音教会で日本最初の自前の会堂を献堂。現在は千葉県内に。富里市=成田教会、市原市=市原教会・姉崎教会、君津市=君津教会と恵まれた教会を形成しておられます。牧師・伝道師が7名もいる祝福の働きです。 主任牧師は金載鉱牧師で、今回の通訳はご子息の金聖光伝道師が務めてくれました。来週韓国で結婚式で独身最後の通訳とのこと。 日本人の妹尾光樹牧師とは関西在住からのお付き合いで、今回のお招きも先生の尽力によるものでした。感謝します。 韓国教会の燃えるような情熱と信仰に励まされ、ヤベツの祈りを実践している祝福されたキリスト教会であることに感動を覚えながらの一日でした。心から感謝します。詩篇16:1 神よ。私をお守りください。 私は、あなたに身を避けます。 16:2 私は、【主】に申し上げました。 「あなたこそ、私の主。 私の幸いは、あなたのほかにはありません。」 16:3 地にある聖徒たちには威厳があり、 私の喜びはすべて、彼らの中にあります。 16:4 ほかの神へ走った者の痛みは 増し加わりましょう。 私は、彼らの注ぐ血の酒を注がず、 その名を口に唱えません。 16:5 【主】は、私へのゆずりの地所、また私への杯です。 あなたは、私の受ける分を、 堅く保っていてくださいます。 16:6 測り綱は、私の好む所に落ちた。 まことに、私への、すばらしいゆずりの地だ。 16:7 私は助言を下さった【主】をほめたたえる。 まことに、夜になると、私の心が私に教える。 16:8 私はいつも、私の前に【主】を置いた。 【主】が私の右におられるので、 私はゆるぐことがない。 16:9 それゆえ、私の心は喜び、 私のたましいは楽しんでいる。 私の身もまた安らかに住まおう。 16:10 まことに、あなたは、私のたましいを よみに捨ておかず、 あなたの聖徒に墓の穴をお見せにはなりません。 16:11 あなたは私に、いのちの道を 知らせてくださいます。 あなたの御前には喜びが満ち、 あなたの右には、楽しみがとこしえにあります。
2006/09/19
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今日はこれから千葉市のフルゴスペル教会へ説教のために出かけます。日本人100名、韓国人100名の集まりです。 明日詳しくご報告ができると思います。 全国の敬老の日を迎える仲間の祝福を祈ります。92:1 【主】に感謝するのは、良いことです。 いと高き方よ。あなたの御名にほめ歌を歌うことは。 92:2 朝に、あなたの恵みを、 夜ごとに、あなたの真実を言い表すことは。 92:3 十弦の琴や六弦の琴、 それに立琴によるたえなる調べに合わせて。 92:4 【主】よ。あなたは、あなたのなさったことで、 私を喜ばせてくださいましたから、 私は、あなたの御手のわざを、喜び歌います。 92:5 【主】よ。あなたのみわざは なんと大きいことでしょう。 あなたの御計らいは、いとも深いのです。 92:6 まぬけ者は知らず、 愚か者にはこれがわかりません。 92:7 悪者どもが青草のようにもえいでようと、 不法を行う者どもがみな栄えようと、 それは彼らが永遠に滅ぼされるためです。 92:8 しかし【主】よ。 あなたはとこしえに、いと高き所におられます。 92:9 おお、【主】よ。今、あなたの敵が、 今、あなたの敵が滅びます。 不法を行う者どもがみな、散らされるのです。 92:10 しかし、あなたは私の角を 野牛の角のように高く上げ、 私に新しい油をそそがれました。 92:11 私の目は私を待ち伏せている者どもを見下し、 私の耳は 私に立ち向かう悪人どもの悲鳴を聞きます。 92:12 正しい者は、なつめやしの木のように栄え、 レバノンの杉のように育ちます。 92:13 彼らは、【主】の家に植えられ、 私たちの神の大庭で栄えます。 92:14 彼らは年老いてもなお、実を実らせ、 みずみずしく、おい茂っていましょう。 92:15 こうして彼らは、【主】の正しいことを告げましょう。 主は、わが岩。主には不正がありません。
2006/09/18
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青春サムエル・ウルマン 宇野収、作山宗久訳 三笠書房 青春とは人生のある期間ではなく心の持ち方をいう。バラの面差し、くれないの唇、しなやかな手足ではなくたくましい意志、ゆたかな想像力、もえる情熱をさす。青春とは人生の深い泉の清新さをいう。青春とは臆病さを退ける勇気やすきにつく気持ちを振り捨てる冒険心を意味する。ときには、20歳の青年よりも60歳の人に青春がある。年を重ねただけで人は老いない。理想を失うときはじめて老いる。歳月は皮膚にしわを増すが、熱情を失えば心はしぼむ。苦悩、恐怖、失望により気力は地にはい精神は芥(あくた)になる。60歳であろうと16歳であろうと人の胸には驚異にひかれる心、おさな児のような未知への探求心人生への興味の歓喜がある。君にも我にも見えざる駅逓が心にある。人から神から美、希望、よろこび、勇気、力の霊感を受ける限り君は若い。霊感が絶え、精神が皮肉の雪におおわれ悲嘆の氷にとざされるとき20歳だろうと人は老いる。頭を高く上げ希望の波をとらえるかぎり80歳であろうと人は青春の中にいる。 敬老の日を迎えるすべての方に贈ります。大好きなサムエル・ウルマンの詩を! 聖書にも年老いた日の祈りが書かれています。詩篇 71:9 年老いた時も、私を見放さないでください。 私の力の衰え果てたとき、 私を見捨てないでください。71:18 年老いて、しらがになっていても、 神よ、私を捨てないでください。 私はなおも、あなたの力を次の世代に、 あなたの大能のわざを、 後に来るすべての者に告げ知らせます。 そのよう祈りや願いに神様は答えてくださいます。イザヤ46:3 わたしに聞け、胎内にいる時からになわれており、生まれる前から運ばれた者よ。46:4 あなたがたが年をとっても、わたしは同じようにする。 あなたがたがしらがになっても、わたしは背負う。わたしはそうしてきたのだ。 なお、わたしは運ぼう。わたしは背負って救い出そう。詩篇91:14 彼がわたしを愛しているから、 わたしは彼を助け出そう。 彼がわたしの名を知っているから、 わたしは彼を高く上げよう。 91:15 彼が、わたしを呼び求めれば、 わたしは、彼に答えよう。 わたしは苦しみのときに彼とともにいて、 彼を救い彼に誉れを与えよう。 91:16 わたしは、彼を長いいのちで満ち足らせ、 わたしの救いを彼に見せよう。 歳を重ねただけでは人は老いない。夢を失ったとき初めて老いる。 老人は夢を、若者は幻を見る! 敬老の日に祝福を!
2006/09/17
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昨日の夕刊に長者番付、100歳以上、2万8395日との記事がありました。女性2万4245人、男性が4150人。最高年齢は皆川ヨ子さん(福岡県福智町)113歳。男性では110歳の田鍋友時さん(宮崎県都城市)と報じられていた。日本一の長寿の割合が高い県は沖縄県だそうだ。 そのような長寿記録が伸びる喜びとともに、最近の大きな問題は飲酒運転による交通事故です。事故が報じられると事故が減るのではなく増える傾向にあります。酒を飲んで運転することは殺人未遂になるくらいの取締りが必要かもしれない。 ゴルフ場での飲酒が減ったのは、ゴルフ場の出口で徹底した取締りをしたからだそうだ。ゴルフをする方たちにとってプレー後のいっぱいは格別なものだと思うが・・・。店の売り上げが下がるからと無差別に酒を提供する場も多くあるのも不思議だ。酒を飲んだことがないから分からないが、酒を提供する側も、周りにいて鮭を飲まない人も、何よりも本人はハンドルを絶対握らない覚悟をすべきです。いのちの尊さが軽んじられている時代になってしまった最近の出来事です。エペソ人への手紙 5:15 そういうわけですから、賢くない人のようにではなく、賢い人のように歩んでいるかどうか、よくよく注意し、 5:16 機会を十分に生かして用いなさい。悪い時代だからです。 5:17 ですから、愚かにならないで、主のみこころは何であるかを、よく悟りなさい。 5:18 また、酒に酔ってはいけません。そこには放蕩があるからです。御霊に満たされなさい。 5:19 詩と賛美と霊の歌とをもって、互いに語り、主に向かって、心から歌い、また賛美しなさい。 5:20 いつでも、すべてのことについて、私たちの主イエス・キリストの名によって父なる神に感謝しなさい。
2006/09/16
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祭日が変わって月曜日になり、今年は19日が敬老の日です。せめて敬老の日と成人式は毎年同じ日だったらと思います。 8月末鹿児島県鹿屋市の星塚敬愛園・恵生教会を訪問したとき、敬老の日にお祝いは90歳からと聞き、60代や70代は若者ですよと笑われてしまいました。 エリムキリスト教会の敬老の日は65歳から・・・教会の最年長者は85歳がお二人あります。敬老の日の祝いにはステラおばさんのクッキーが長年の習慣になtっています。恵生教会は1万円、100歳を越えると2万円のお祝いだそうです。 先般出会った牧師たちとの交わりで、60歳から敬老の日の教会もあり、65歳、70歳とまちまちでした。高齢者のいない教会もありました。しかし、人はだれでも年を重ねます。エリムキリスト教会では最高齢102歳で天国に帰られた方が最高です。父も100歳にあと少しで天に召されました。単に長く生きるだけではなく、毎朝聖書を読み祈りの生活でした。 96歳で召された方は、毎朝花の店へ行き、お客さんが来る前に聖書を読み祈りをしてから接客しました。美しい花に囲まれ笑顔を絶やさず、お客様に声をかけ問題や悩みを聞くと、お祈りをして差し上げるので、顔を見に来てくれる方も多くありました。 可愛がられる年寄り、シッカリと頭も働き、いつも心に相手が喜び嬉しくなるような願いを持つ姿に励まされました。 18日の礼拝は敬老の祝福を祈ります。50名近い兄弟姉妹が敬老の日を迎える教会です。ステラおばさんのクッキーと祝いのカードだけですが、敬老の思いは強く祝福を祈ります。 91:14 彼がわたしを愛しているから、 わたしは彼を助け出そう。 彼がわたしの名を知っているから、 わたしは彼を高く上げよう。 91:15 彼が、わたしを呼び求めれば、 わたしは、彼に答えよう。 わたしは苦しみのときに彼とともにいて、 彼を救い彼に誉れを与えよう。 91:16 わたしは、彼を長いいのちで満ち足らせ、 わたしの救いを彼に見せよう。
2006/09/15
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生駒聖書学院は将来牧師や宣教師、あるいはその夫人を養成する神学校です。学歴、年齢、国籍不問です。神の召しを受け3年間の献身と学びのときを過ごします。 高校や大学卒業後すぐ入学や、脱サラで30代家族での献身、定年後60を過ぎてからの献身入学。単身赴任のような形で遠方からひとりでくる主人、ときには奥様がそのようにして学ぶ場合もあります。 現在は家族寮には4家族住んでします。8月末には女の子が生まれた神学生もあります。もう10数年前になりますが、学院で誕生した長男に義之と院長と同じ名前を付けた夫婦もあり、子どもが成長すると義之!と叱責の声が響き、自分が叱られているような?錯覚を受けるこそばゆいような思いをしたこともあります。 昨日、体験授業で訪ねてきた若い女性も、20数年前夫婦で学び、アメリカの新学校へ留学した牧師の娘さんでした。生駒聖書学院に両親に続いて学んで欲しいと祈り願いました。 少なくとも100名くらいの神学生が学ぶ、活気に満ちた神学校になるように祈りつつです。日本と世界中にすばらしい神の愛とキリストの救いを伝える姿を思いつつ、今日も2時間の講義で教室に立ちます。 体験入学や聴講を歓迎します。 9月23日(祭)午前10時より、市岡裕子さんのゴスペルと講演会が学院チャペルで行われます。彼女は吉本新喜劇の故岡八朗の娘です。父のアルコール依存症や母の自殺、弟の死などあらゆる悲劇を乗り越え、ゴスペルにいのちをかけて賛美し、父が依存症から解放されるために全力を尽くし、最後は父娘で吉本の舞台に立ちました。岡八朗の最後はイエス様の救いを受けて安らかに天国に召されるという感激でした。講演では笑いと涙の感動のときです。ゴスペルも日本語訳をつけますので、さらに情感が伝わるのではと思います。秋の日のひととき、ぜひゴスペルと感動の講演をお楽しみください。
2006/09/14
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昨日はラジオ放送録音でスタジオへ出かけた。いつもは午後5時録音だが、昨日はスタジオの関係で6時になり、帰りも遅くなった。 万歩計を見たら7000歩だったので、帰宅して部屋にも帰らずそのままカバンを置いて歩き始めた。 家の前で水撒きをしていた方に、「こんばんは」と声をかけると、「どなた?」と聞かれた。散歩中での挨拶ですと答えると、顔を確かめられ、「ああ。聖書学院の種子島出身の方ですね」と言われた。数年前に「雪よりも白く」をお渡し、その奥様も種子島出身と聞き、いつかおはなしできればと思いつつ機会がなかった。 昨夜、「雪よりも白く」が目につたので、何かしらと読んだばかりだったので、本の写真を見たばかり・・・今夜お会いできるなんで不思議ですねと話が弾んだ。 種子島の新米があるので差し上げますと、家に入りながら新米(種子島は米の収穫が早い)を袋に入れて持ってきてくださった。種子島の新米を食べるのは50年ぶり。 今朝早くお礼状と、朝日放送希望の声ラジオメッセージ集をお届けした。23日(祭)午前10時に行われる市岡裕子さんの講演とゴスペルの集いにご招待することもできた。 出会いは挨拶から始まる喜びのひと時だった。 仕事場で意地悪されたり、厳しい扱いをされたりしている方から相談を受け、聖書の言葉をお送りした。ペテロの第一の手紙 2:18 しもべたちよ。尊敬の心を込めて主人に服従しなさい。善良で優しい主人に対してだけでなく、横暴な主人に対しても従いなさい。 2:19 人がもし、不当な苦しみを受けながらも、神の前における良心のゆえに、悲しみをこらえるなら、それは喜ばれることです。 2:20 罪を犯したために打ちたたかれて、それを耐え忍んだからといって、何の誉れになるでしょう。けれども、善を行っていて苦しみを受け、それを耐え忍ぶとしたら、それは、神に喜ばれることです。 2:21 あなたがたが召されたのは、実にそのためです。キリストも、あなたがたのために苦しみを受け、その足跡に従うようにと、あなたがたに模範を残されました。 2:22 キリストは罪を犯したことがなく、その口に何の偽りも見いだされませんでした。 2:23 ののしられても、ののしり返さず、苦しめられても、おどすことをせず、正しくさばかれる方にお任せになりました。
2006/09/13
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今日はラジオ放送希望の声の10月分録音日です。毎週早朝4時35分放送なので、月一度朝日放送スタジオで一ケ月分を話します。10分放送なので話は6分30秒です。残りの時間は賛美歌とアナウンスが流れます。水曜朝4時35分ですが、聞いている方々は8万人くらいはいるそうです。その中で救われたクリスチャンになった方もあります。早朝から仕事をしている方、タクシーの運転をしている方、自殺未遂の中から救われた方が何人もあります。 もう343年目になっています。今日は、10月4日(水)限りない愛の真実 11日(水)求めるとき常識を超えた偉大なことが 18日(水)朝ごとの新しい恵みを受けて 26日(水)恵みから恵みがまし加わる人生、と10月の水曜日4回分を録音します。 4回の中で最後の週は、前田基子牧師が話します。もう10年目くらいになります。前田牧師の話を楽しみに待つ聴取者も増えているので感謝です。婦人牧師でラジオ牧師はもしかしたら今一人だけかもしれません。大学生のとき東京でクリスチャンになり、岡山県玉野市で教会生活を過ごし、神戸でルーテルアワーの事務の手伝いもしたことがあります。 生駒聖書学院を卒業し、エリムキリスト教会牧師として働きながら、学院の事務局長の重責を果たし、現在副院長として活躍中の牧師です。93歳の母親と生活をしています。10月24日(水)が前田牧師の放送日です。ぜひ早朝のラジオ(1008kHz)をお聞きください。詩篇 指揮者のために。ダビデの賛歌 19:1 天は神の栄光を語り告げ、 大空は御手のわざを告げ知らせる。 19:2 昼は昼へ、話を伝え、 夜は夜へ、知識を示す。 19:3 話もなく、ことばもなく、 その声も聞かれない。 19:4 しかし、その呼び声は全地に響き渡り、 そのことばは、地の果てまで届いた。 神はそこに、太陽のために、幕屋を設けられた。 19:5 太陽は、部屋から出て来る花婿のようだ。 勇士のように、その走路を喜び走る。 19:6 その上るのは、天の果てから、 行き巡るのは、天の果て果てまで。 その熱を、免れるものは何もない。 19:7 【主】のみおしえは完全で、たましいを生き返らせ、 【主】のあかしは確かで、わきまえのない者を賢くする。 19:8 【主】の戒めは正しくて、人の心を喜ばせ、 【主】の仰せはきよくて、人の目を明るくする。 19:9 【主】への恐れはきよく、 とこしえまでも変わらない。 【主】のさばきはまことであり、ことごとく正しい。 19:10 それらは、金よりも、多くの純金よりも好ましい。 蜜よりも、蜜蜂の巣のしたたりよりも甘い。 19:11 また、それによって、あなたのしもべは 戒めを受ける。 それを守れば、報いは大きい
2006/09/12
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学院が始まると通常の一週間になりますが、先週はスタートと同時に琵琶湖岸のエキシブに3日間出かけたので、留守にしてしまいました。今週は今朝からチャペル、午前中の授業、夜は明日からの講師接待。明日は聖書研究会、午後から10月のラジオ放送希望の声録音。水曜日は礼拝と夜のリバイバル集会。木曜日は授業と寝屋川市での集会。金曜日は都ホテルでの集会と続きます。 今週の合い言葉は、「私たちが滅びうせなかったのは、主の恵みによる。それは朝ごとに新しい!(哀歌3:22-23)を朝の目覚めと共に、恵みに生かされ生きている感謝を告白することです。 そして、詩篇のことばを暗唱しつつ起きだし活動します。顔を洗いながらでも、散歩の途中でも、聖書のことばを口ずさむことは大きな力になります。娘のアドバイスで朝のテレビのマイナス情報を入れないようにしています。、神のことばで心を満たしWHOの健康定義のように、「身体的健康、社会的健康、精神的健康、そして霊的健康」の四重奏がしっかり奏でられる幸せを感謝します。 今日も恵みの中に生かされ生きていける幸いを高らかに感謝しつつ詩篇を口ずさみます。詩篇 103:1 わがたましいよ。【主】をほめたたえよ。 私のうちにあるすべてのものよ。 聖なる御名をほめたたえよ。 103:2 わがたましいよ。【主】をほめたたえよ。 主の良くしてくださったことを何一つ忘れるな。 103:3 主は、あなたのすべての咎を赦し、 あなたのすべての病をいやし、 103:4 あなたのいのちを穴から贖い、 あなたに、恵みとあわれみとの冠をかぶらせ、 103:5 あなたの一生を良いもので満たされる。 あなたの若さは、鷲のように、新しくなる。
2006/09/11
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最初にキリスト教会に行った時、神様がいると言われ、目に見えるものや刻んだ像だったら、人間が作ったものだと抗議しようと思っていました。 神様は目で見ることはできませんと言われ、ああそうか、じゃ空気みたいなものなのかと考えようとしたら、神様は愛ですよと言葉が続きました。 そのキリスト教会と集まっている数人の方々の優しい雰囲気の中で、真実の愛である神をすぐ信じた分けではないけれど、礼拝に出席し、聖書を読むうちに真実の神を知る幸いを経験しました。 空気がなければ生きていけないように、愛なる神の恵みの中で人間は生きているのです。朝ごとに目覚める幸いを感謝したことがありますか? 今日も生きている!生かされている!その喜びの中で、ありがとうございます。感謝しますと宣言し、新しい日を力いっぱい生きる幸い! 身体や心に弱さや病があっても、生かされている!生きている!生きている限りは生を考え、生きることに集中し祈り感謝ができれば最高ですね。 イエス・キリストの救い(ギリシャ語ソーテーリア)は、7つの概念を持つことばです。 肉体の病からのソーテーリア。危険からのソーテーリア。生活の悪習慣からのソーテーリア。 失われた状態からのソーテーリア。罪からのソーテーリア。神の怒りからのソーテーリア。そして、終末的ソーテーリア。 キリストの救いは、絶望的な世界に生きる全人類に、この世においても、永遠においても真実のソーテーリア〔救い〕を与え、平安の中に守り支え、感謝と喜びの人生を生きる力をもたらす救いです。 イエス・キリストの十字架により、すべての問題は解決されているのです。そのことを信用するだけで、罪が赦されて正しく生き、病がいやされ健やかに、のろいから解放され祝福の人生、貧しさから救い出されて豊かな日々を、死の束縛から解放され永遠の命〔天国〕を体験できます。 どんな状態の中を通ろうとも、決して滅びることのない永遠の救いが与えられているから幸いです。哀歌 3:22 私たちが滅びうせなかったのは、【主】の恵みによる。 主のあわれみは尽きないからだ。 3:23 それは朝ごとに新しい。 「あなたの真実は力強い。 3:24 【主】こそ、私の受ける分です」と 私のたましいは言う。 それゆえ、私は主を待ち望む。 3:25 【主】はいつくしみ深い。 主を待ち望む者、主を求めるたましいに。 3:26 【主】の救いを黙って待つのは良い。
2006/09/10
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手元に2冊の本があります。 「人生いつでもやり直せる 昔やくざ、今牧師」金沢泰裕著 (小学館文庫552円) 牧師をつとめる金沢泰裕は元ヤクザ。自らの壮絶な青春と、更正するために味わった苦悩の体験を隠すことなく、悩める若者たちの心と共にあろうと奔走する日々を追う。「金沢牧師は、積極的に泥沼の中から他人を救いあげる。神を信じる者と、神を持たない者の違いだと簡単に片づけるわけににはいかない。人間の差、そして信念とパワーの差なのだ。安部譲二 「イレズミ牧師とツッパリ少年達」 金沢泰裕著(集英社1600円) 意識のない父親が必死に祈っている。これはいったいどういうことや。親父はオレに何か伝えたいんか。室内に興奮した空気が流れる中、私は敬虔なクリスチャンだった父の生きざまをみせられた。しかし、私たち家族の願いも空しく、それ以上の奇跡が起きることはありませんでした。(本文より) その父の死後、生駒聖書学院の神学生となった金沢泰裕の、迷える少年を救うために生涯かけた、迫真のドキュメント! 生駒聖書学院は伝統的な80年の歴史を有する神学校であるとともに、学歴・年齢・国籍・職歴・犯罪歴を問わなズ、神の召された人々を神の器に造りかえる聖なる学院です。院長になって30年、元ヤクザ、暴走族、非行少年少女、数えるときりがないほどのクリスチャンを牧師や牧師夫人として養成して来ました。 生駒に行けば変わる!というジンクスがあるほどです。100パーセントが成功したわけではないけれども、有名牧師となって全国で活躍している卒業生もあります。 「人生いつでもやり直せる」に登場してくる二人の青年は、ひとりは少年院を出所と同時に引き受け、もうひとりは覚せい剤中毒の中から引き受けました。この二人にはテレビ局が張り付いていました。1学期間の彼らの変化はだれが見ても本物でした。学院は2ヶ月間の夏季実習期間があり、その間に古い習慣に勝つことができず、一人は今刑務所に逆戻り、もう一人は幸いに結婚し社長に、クリスチャンとして力強く成功の道を前進しています。 本気でイエス様を信じ、聖書を学び祈りを続けるとき、十字架の救いはその人を造り替えて行きます。 ぜひ機会があれば上記2冊を手に入れてお読みください。生駒聖書学院のことを少し書いてあります。 テモテへの第一の手紙 1:12 私は、私を強くしてくださる私たちの主キリスト・イエスに感謝をささげています。なぜなら、キリストは、私をこの務めに任命して、私を忠実な者と認めてくださったからです。 1:13 私は以前は、神をけがす者、迫害する者、暴力をふるう者でした。それでも、信じていないときに知らないでしたことなので、あわれみを受けたのです。 1:14 私たちの主の、この恵みは、キリスト・イエスにある信仰と愛とともに、ますます満ちあふれるようになりました。 1:15 「キリスト・イエスは、罪人を救うためにこの世に来られた」ということばは、まことであり、そのまま受け入れるに値するものです。私はその罪人のかしらです。 1:16 しかし、そのような私があわれみを受けたのは、イエス・キリストが、今後彼を信じて永遠のいのちを得ようとしている人々の見本にしようと、まず私に対してこの上ない寛容を示してくださったからです。
2006/09/09
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エリム天国聖会 日時 9月23日(祝)午前10時より 会場 生駒聖書学院 生駒市俵口町951 電話0743-74-7622 近鉄奈良線生駒駅よりタクシーで千円弱 車では阪奈生駒インター近く 講師プロフィール 吉本新喜劇座長として一世を風靡した岡八朗の長女。 母の自殺、弟の死、父のアルコール依存症などの苦難を負うなか、音楽に慰められゴスペルシンガーの道に進む。壮絶な葛藤の末に手にした父娘の絆。絶望からの再起と天に召された父をしのびつつ、ゴスペルソングに乗せて語る父娘の思い出も交えての講演が好評を得ている。ぜひ、生々しい体験をお聞きください。お招き 4年前から9月23日をエリム天国聖会としてスタート。先に召された兄弟姉妹を偲ぶとともに、天国での再会を願いつつ、地上でも天国の喜びをともにしたく願っています。語られる聖書のメッセージに慰めと喜びを与えられ、さらなる前進と愛の交わりのときといたしましょう。 彼らはもはや、飢えることもなく、渇くこともなく、太陽もどんな炎熱も彼らを打つことはありません。なぜなら、御座の正面におられる小羊が、彼らの牧者となり、いのちの水の泉に導いてくださるからです。また、神は彼らの目の涙をすっかりぬぐい取ってくださるのです。(ヨハネの黙示録7:16~17) 聖会後は、持ち寄りによる昼食会で、日頃会えない各エリムの兄弟姉妹との親睦会も行います。召された家族のいない兄弟姉妹もこぞって参加し、ともに秋の日を楽しんでください。心より祈りつつご案内いたします。•※ 余り気を使わないで、ご自由に何でも持ち寄りください。
2006/09/08
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生駒聖書学院は今日から平常の授業が始まります。木曜日一年生は旧新約聖書研究と根本教義を副院長から学び、2・3年生は教会歴史と聖書人物伝〔ダビデ)を院長講義で、またモーセの幕屋研究をもうひとりの教授から学びます。 金曜日はキリスト教教育学と、出エジプト記講義を学びます。月曜日は人間学と説教学、旧約聖書概論。火曜ー水曜は毎週集中講義で将来の牧師として必要な学びがギッシリ詰まっています。 琵琶湖へ行く途中書店で、「オール1の落ちこぼれ教師になる」を買い、一気に電車の中で読了。牧師たちにも推薦しました。 中学卒業の学力は漢字は名前しか書けず、数学は九九が2の段まで、英語の単語はBOOKしか知らない落ちこぼれが、奇跡の高校教師に! 著者は宮本延春(マサハル)角川書店1300円(+消費税) 著書の帯のことばは、「私はオール1」の落ちこぼれでした。「いじめ」「引きこもり」「学校嫌い」・・・・・すべてのどん底を経験してわかったことは、勉強ができない子どもほど可能性はあること。 目標を持てば必ず夢はかなうということ。 人は夢があれば変われるんだ! 一読の価値ある、全国に衝撃を呼んだ「オール1先生」初の著書です。小学5年生にも読んでほしいと漢字に読み仮名がついています。 信じる者に不可能はない!と言いますが、まさしく23歳からの勉強への意欲に目覚めた著者の生き様に感動でした。定時制を3年で卒業、現役で名古屋大学合格。大学と大学院9年間の研究で、現在37歳で私立豊川高校教諭。落ちこぼれの気持ちが分かる教師として活躍中です。豊かな祝福を祈ります。 ペテロの手紙第一5:6 ですから、あなたがたは、神の力強い御手の下にへりくだりなさい。神が、ちょうど良い時に、あなたがたを高くしてくださるためです。 5:7 あなたがたの思い煩いを、いっさい神にゆだねなさい。神があなたがたのことを心配してくださるからです。 5:8 身を慎み、目をさましていなさい。あなたがたの敵である悪魔が、ほえたける獅子のように、食い尽くすべきものを捜し求めながら、歩き回っています。 5:9 堅く信仰に立って、この悪魔に立ち向かいなさい。ご承知のように、世にあるあなたがたの兄弟である人々は同じ苦しみを通って来たのです。 5:10 あらゆる恵みに満ちた神、すなわち、あなたがたをキリストにあってその永遠の栄光の中に招き入れてくださった神ご自身が、あなたがたをしばらくの苦しみのあとで完全にし、堅く立たせ、強くし、不動の者としてくださいます。 5:11 どうか、神のご支配が世々限りなくありますように。アーメン。
2006/09/07
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3日(月)入学・始業式を終えて、神学生や副院長、教授は新学期の歓迎昼食会でレストランへ。 昼食歓迎会お失礼して米原市へ。日本ペンテコステ親交会常置員会が琵琶湖岸のリゾートで開かれるので参加した。 すばらしい湖岸を今朝までユックリとさざ波の音を聞きつつ歩く時間もあり、楽しいひと時を過ごしことができ感謝。 夕食2回、朝食2回、昼食1回ともかなり豪華な食事だったので、少々食べすぎになり今週後半はセーブが必要だ。セルフコントロールが必要だが、食べ残してはいけないという気持ちとおいしいが重なってツイ全部食べてします弱さ。北海道から参加の牧師は、ほとんど食べないでカット。朝のバイキングで同席になったが、すばらしいセルフコントロールだ。 部屋はアメリカ人牧師と同室。日本に宣教に来た40年前からの知り合いだが、同宿するのは初めてだ。ハワイ生まれの3世だかから顔は日本人だ。日本語もすべて理解できる。すばらしいお交わりの話ができた。 ともかく会議会議の合間をぬって、風呂に入ったり(サウナがあるけれども利用せず)散歩したりの3日間だった。 エキシブは会員制のリゾート。ひとりの牧師が会員なので日本中のエキシブを利用する便宜をはかってくれるから感謝。特に9月になると利用しやすいようだ。 今夜は大阪の教会集会。明日から朝5時半スタートの生駒聖書学院。祈りや礼拝授業や午後からの集会で、充実の秋が始まる。ハレルヤ。
2006/09/06
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昨日から生駒聖書学院第2学期が始まりました。新入生は2名でした。今日は院内清掃です。祝福をお祈りください。ローマ12:1~2そういうわけですから、兄弟たち。私は、神のあわれみのゆえに、あなたがたにお願いします。あなたがたのからだを、神に受け入れられる、聖い、生きた供え物としてささげなさい。それこそ、あなたがたの霊的な礼拝です。この世と調子を合わせてはいけません。いや、むしろ、神のみこころは何か、すなわち、何が良いことで、神に受け入れられ、完全であるのかをわきまえ知るために、心の一新によって自分を変えなさい。
2006/09/05
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生駒聖書学院は1929年創立の神学校です。牧師や宣教師、伝道師や牧師夫人を養成する場所。生駒に行けば変わるということばが全国に流れています。 入学資格は現代には珍しく、学歴不問です。数年前前までは高校卒程度を要求していましたが、学歴不問にしました。また年齢も不問です。現在は19歳から69歳が学んでいます。特に高齢化社会の時代、定年を過ぎてからの人生が長い人が多いので、その人生経験を生かして、多くの方々に有意義なアドバイスを与えることができます。 母教会の牧師は72歳で中国で大学教授として日本語を教えています。豊かな経験と情熱。そして日本の豊かな年金制度(国民年金では生活して行けませんが、母教会牧師は厚生年金受給者)で、中国では夫婦で6万円で暮らせるので、自費でも中国生活です。今夏、お会いしたときにボランティアで中国にと思っていたけれども、中国の大学はシッカリと給与も支払ってくれているので、何も心配なく専念できると話していました。 奥様は中国語は分からなくても子どもたちに折り紙を教えたり、大学生にゆかたの縫い方を伝授したりでとても楽しいと嬉しそうに話してくれました。 高年者のの生きがいに聖書を学び、自宅をキリスト教会として開放する方々が続出することを祈っています。 教会員がステキなブログを開設しました。ぜひご覧ください。http://ax-1549-ax.cocolog-nifty.com/3日のブログは永遠の肯定というテーマです。よろしく。詩篇 92:1 【主】に感謝するのは、良いことです。 いと高き方よ。あなたの御名にほめ歌を歌うことは。 92:2 朝に、あなたの恵みを、 夜ごとに、あなたの真実を言い表すことは。 92:3 十弦の琴や六弦の琴、 それに立琴によるたえなる調べに合わせて。 92:4 【主】よ。あなたは、あなたのなさったことで、 私を喜ばせてくださいましたから、 私は、あなたの御手のわざを、喜び歌います。 92:5 【主】よ。あなたのみわざは なんと大きいことでしょう。 あなたの御計らいは、いとも深いのです。 92:6 まぬけ者は知らず、 愚か者にはこれがわかりません。 92:7 悪者どもが青草のようにもえいでようと、 不法を行う者どもがみな栄えようと、 それは彼らが永遠に滅ぼされるためです。 92:8 しかし【主】よ。 あなたはとこしえに、いと高き所におられます。 92:9 おお、【主】よ。今、あなたの敵が、 今、あなたの敵が滅びます。 不法を行う者どもがみな、散らされるのです。 92:10 しかし、あなたは私の角を 野牛の角のように高く上げ、 私に新しい油をそそがれました。 92:11 私の目は私を待ち伏せている者どもを見下し、 私の耳は 私に立ち向かう悪人どもの悲鳴を聞きます。 92:12 正しい者は、なつめやしの木のように栄え、 レバノンの杉のように育ちます。 92:13 彼らは、【主】の家に植えられ、 私たちの神の大庭で栄えます。 92:14 彼らは年老いてもなお、実を実らせ、 みずみずしく、おい茂っていましょう。 92:15 こうして彼らは、【主】の正しいことを告げましょう。 主は、わが岩。主には不正がありません。 、
2006/09/04
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行方不明になっていた(自分が思っていただけ)ブログが、昨日突然姿を見せてくれました。 昨日が65歳の誕生日だったので、誕生日のプレゼントと思い感謝でした。もうひとつのエリムエコーは昨日で中断下ので、開いてくださっていた方々には申し訳ないと思います。アクセスも大体同数くらいでした・・・。 今日は9月最初の礼拝です。奈良市富雄キリスト教会(午前10時)、大阪市浪速区ELIMキリスト教会(午後2時)、堺市エリムキリスト教会(午後5時30分)の3箇所でメッセージです。 今日はエレミヤ書から語ります。 エレミヤ書 33:1 エレミヤがまだ監視の庭に閉じ込められていたとき、再びエレミヤに次のような【主】のことばがあった。 33:2 「地を造られた【主】、それを形造って確立させた【主】、その名は【主】である方がこう仰せられる。 33:3 わたしを呼べ。そうすれば、わたしは、あなたに答え、あなたの知らない、理解を越えた大いなる事を、あなたに告げよう。 監視の庭に閉じ込められる 自分で自分を閉じ込め、だれに対しても心を開けない状態。また人の目が気になるだけでなく、いつもだれかにコントロールされている人生。敵対関係の人だけでなく、親しい友人や家族からも監視の庭に閉じ込められるような経験もあります。 さらに悪魔や悪霊の作用としか言いようのない不安や恐れに支配されているとかんじるようなときもあります。 助けはどこからもないと恐れ、不安になりおののきます。 しかし、地を造られた主、それを形造って確立させた主、その名は主である愛の神が語りかけてくれます。 わたしを呼べ。主イエス様!と主の御名を呼んでみませんか。天の神よ!天のお父さん!でも呼び名は異なっても唯一のまことの神は答えてくださいます。 あなたの知らない、理解を越えた大いなる事を、あなたに告げよう!奇跡の神はおられます。自分の理解の範囲内でしか物事を判断できない私たちです。しかし、信じる世界には理解を越えた超自然的なことが起こり、そこから素晴らしいことが始まるのです。 後に続く約束は・・・エレミヤ 33:6 見よ。わたしはこの町の傷をいやして直し、彼らをいやして彼らに平安と真実を豊かに示す。さらに、33:8 わたしは、彼らがわたしに犯したすべての咎から彼らをきよめ、彼らがわたしに犯し、わたしにそむいたすべての咎を赦す。 そして、33:9 この町は世界の国々の間で、わたしにとって喜びの名となり、栄誉となり栄えとなる。彼らはわたしがこの民に与えるすべての祝福のことを聞き、わたしがこの町に与えるすべての祝福と平安のために、恐れおののこう。 過去の歴史に起こったことだけでなく、今を生きる私たちの前にも同じ事が起こるのです。現状の厳しさだけを見つめるのではなく、信仰と希望と愛の目を高く上げて、主の御名を呼んで見ましょう。詩篇121:1 私は山に向かって目を上げる。 私の助けは、どこから来るのだろうか。 121:2 私の助けは、天地を造られた【主】から来る。 121:3 主はあなたの足をよろけさせず、 あなたを守る方は、まどろむこともない。 121:4 見よ。イスラエルを守る方は、 まどろむこともなく、眠ることもない。 121:5 【主】は、あなたを守る方。 【主】は、あなたの右の手をおおう陰。 121:6 昼も、日が、あなたを打つことがなく、 夜も、月が、あなたを打つことはない。 121:7 【主】は、すべてのわざわいから、あなたを守り、 あなたのいのちを守られる。 121:8 【主】は、あなたを、行くにも帰るにも、 今よりとこしえまでも守られる。
2006/09/03
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ブログの操作を誤ってしまい、今日まで別のページになってしまいました。牧師雑感のページが見つかり、また戻ってきました。よろしくお願いします。空白になっていた期間、ふるさとの種子島を書いていました。このページを開き続けてくださった愛する皆さま、ありがとうございました。またよろしくお願いします。1941年(昭和16年)9月2日に生まれ、今朝で65歳になりました。 人の命は120年と神様は宣言。千年王国では100歳の寿命でも若いと言われるとイザヤの預言。モーセは人の命は70年、健やかであっても80年と平均寿命に近い年齢を宣言。 人の命の支配者は全能の神。人が何年生きるかは神のご摂理の中にあり、人が決めることはできません。しかし、ヒゼキヤという王様は絶頂期に、「あなたは死ぬ」と神に宣言されました。彼はそれを良しとせず、あきらめないで命の永らえられることを祈りました。神は彼の祈りに答えて15年も寿命を延ばしてくれました。 イエス様を信じる人は永遠の命を与えられ天国に行くことができ、聖書にも天国を慕うことばがたくさん書かれています。同時にこの地上で果たす使命のある限り、命の永らえることを願うことばも同じ数くらいあります。人間は生と死のハザマで揺れ動きつつ、神を信頼し歩み続ける姿を見る思いです。 とは言え、死は必ず訪れます。その死の訪れを間正面に受け止めるとき、人生は豊かに輝くのではないでしょうか。「見よ。死は勝利に飲み込まれてしまった」イエス・キリストの十字架の死と復活により、人類は死を越えて生きる新しい世界の出現を見たのです 老人は夢を若者は幻を見る約束です。聖霊に満たされ注がれ、聖書のことばに信頼するとき、常に新しい世界が広がり始める幸いを体験しつつの誕生日です。詩篇1:1 幸いなことよ。 悪者のはかりごとに歩まず、 罪人の道に立たず、 あざける者の座に着かなかった、その人。1:2 まことに、その人は【主】のおしえを喜びとし、 昼も夜もそのおしえを口ずさむ。1:3 その人は、 水路のそばに植わった木のようだ。 時が来ると実がなり、その葉は枯れない。 その人は、何をしても栄える。1:4 悪者は、それとは違い、 まさしく、風が吹き飛ばすもみがらのようだ。1:5 それゆえ、悪者は、さばきの中に立ちおおせず、 罪人は、正しい者のつどいに立てない。1:6 まことに、【主】は、正しい者の道を知っておられる。 しかし、悪者の道は滅びうせる。
2006/09/02
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