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対米英開戦時(1941年)の「米國及英國に對する宣戰の詔書」と敗戦時(1945年)の「大東亞戰爭終結の詔書」との比較◇米國及英國に對する宣戰の詔書/ウィキソース 天佑を保有し萬世一系の皇祚を踐める大日本帝國天皇は昭に忠誠勇武なる汝有衆に示す 朕茲に米國及英國に對して戰を宣す朕か陸海將兵は全力を奮て交戰に從事し朕か百僚有司は勵精職務を奉行し朕か衆庶は各々(々は二の字点として使用)其の本分を盡し億兆一心國家の總力を擧けて征戰の目的を逹成するに遺算なからむことを期せよ 抑々(々は二の字点として使用)東亞の安定を確保し以て世界の平和に寄與するは丕顯なる皇祖考丕承なる皇考の作逑せる遠猷にして朕か拳々(々は二の字点として使用)措かさる所而して列國との交誼を篤くし萬邦共榮の樂を偕にするは之亦帝國か常に國交の要義と爲す所なり今や不幸にして米英兩國と釁端を開くに至る洵に已むを得さるものあり豈朕か志ならむや中華民國政府曩に帝國の眞意を解せす濫に事を構へて東亞の平和を攪亂し遂に帝國をして干戈を執るに至らしめ衆に四年有餘を經たり幸に國民政府更新するあり帝國は之と善隣の誼を結ひ相提攜するに至れるも重慶に殘存する政權は米英の庇蔭を恃みて兄弟尚未だ牆に相鬩くを悛めす米英兩國は殘存政權を支援して東亞の禍亂を助長し平和の美名に匿れて東洋制覇の非望を逞うせむとす剰へ與國を誘ひ帝國の周邊に於て武備を増強して我に挑戰し更に帝國の平和的通商に有らゆる妨害を與へ遂に經濟斷交を敢てし帝國の生存に重大なる脅威を加ふ朕は政府をして事態を平和の裡に囘復せしめむとし隱忍久しきに彌りたるも彼は毫も交讓の精神なく徒に時局の解決を遷延せしめて此の間却つて益々(々は二の字点として使用)經濟上軍事上の脅威を増大し以て我を屈從せしめむとす斯の如くにして推移せむか東亞安定に關する帝國積年の努力は悉く水泡に歸し帝國の存立亦正に危殆に瀕せり事既に此に至る帝國は今や自存自衞の爲蹶然起つて一切の障礙を破碎するの外なきなり 皇祖皇宗の神靈上に在り朕は汝有衆の忠誠勇武に信倚し祖宗の遺業を恢弘し速に禍根を芟除して東亞永遠の平和を確立し以て帝國の光榮を保全せむことを期す 昭和十六年十二月八日──・1945年8月15日~1946年1月1日、 降伏文書調印、戦犯犯罪人逮捕、マッカーサーと昭和天皇の会見、「憲法の自由主義化」、「自由の指令」、皇族資産凍結指令、陸軍省・海軍省廃止、農地改革、等がある。〓勝手に独断と偏見〓 戦後最初の元日の「詔書」は、 「顧みれば明治天皇明治の初国是として五箇条の御誓文を下し給へり」から始まり「天皇を以て現御神とし、且日本国民を以て他の民族に優越せる民族にして、延て世界を支配すべき運命を有す」を否定。 敗戦後に於いても、天皇家と「戦争」や「占領国が否定する勢力」との距離を広げる主張が行われる。 対米英開戦時と終戦時の詔書に於いて、 開戦時は「大東亜共栄権」の確立による「自存自衞」の為に対米英戦の開戦を主張し「皇祖皇宗の神靈上に在り」。 終戦時は「他國の主權を排し領土を侵すか如きは固より朕か志にあらす」、「戰局必すしも好轉せす世界の大勢亦我に利あらす」。 「皇祖皇宗の神靈上に在り」で開戦したが敗北、今回の武力による「自存自衞」確立は天皇にとっては「他國の主權を排し・・・」とは無関係の主張。 開戦時の「米英兩國と釁端を開くに至る洵に已むを得さるものあり豈朕か志ならむや」の「朕か志ならむや」とは 「中華民國政府曩に帝國の眞意を解せす濫に事を構へて東亞の平和を攪亂し遂に帝國をして干戈を執るに至らしめ衆に四年有餘を經たり幸に國民政府更新するあり帝國は之と善隣の誼を結ひ相提攜するに至れるも重慶に殘存する政權は米英の庇蔭を恃みて兄弟尚未だ牆に相鬩くを悛めす米英兩國は殘存政權を支援して東亞の禍亂を助長し平和の美名に匿れて東洋制覇の非望を逞うせむとす剰へ與國を誘ひ帝國の周邊に於て武備を増強して我に挑戰し更に帝國の平和的通商に有らゆる妨害を與へ遂に經濟斷交を敢てし帝國の生存に重大なる脅威を加ふ」 「米英兩國」と「中華民國政府」の責任とし中国や東南アジア権益からの撤退を拒否。 「米英兩國」は「帝國の生存に重大なる脅威を加ふ」、「中華民國政府」は「帝國の眞意を解せす濫に事を構へて東亞の平和を攪亂し遂に帝國をして干戈を執るに至らしめ」。 「國民政府更新するあり帝國は之と善隣の誼を結ひ」を認めることを求めた。
2013.09.29
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「第4回AKB48じゃんけん大会」の優勝者は松井珠理奈、7回全てパーで勝ち「アイコ」はない、対松井珠理奈戦に関して相手はグーしか出さなかった事になる。 松井珠理奈が7回連続じゃんけんに勝ったはあり得るだろう、パーしか出さないジャンケンを7回行ったもありえると思う。 しかし、7人の対戦相手が必ずグーを出すことで勝利し優勝したは考えにくい。 今回の対戦形式では途中まではグループ単位で行われたので自分の対戦相手が何を出して勝ったかは分かるはず、それにも拘らず7回偶然が重なった。 そんな馬鹿な事があるのか、しかも勝者が松井珠理奈となると益々何らかの介入があったのではと疑ってしまう。 これまでの、じゃんけん大会優勝者は内田眞由美、篠田麻里子、島崎遥香。 内田眞由美の優勝には違和感を覚えなかった、篠田麻里子・島崎遥香・松井珠理奈となると、逆に第一回の内田眞由美の優勝は何か運営側のミスが重なった結果のように思えてくる。 島崎遥香に関しては最も違和感を覚えた、優勝者の島崎遥香は基本チョキで準優勝者の仁藤萌乃は基本パーで勝ち進んだ、チョキとパーではチョキが勝つ。 島崎遥香のAKB48での略歴は 2011年:総選挙、圏外 2011年6月6日:チーム4結成を発表 2012年3月25日:ビッグアップルへの移籍打診 2012年:「私立バカレア高校」主演(4月14日 - 6月30日) 2012年5月23日:26th「真夏のSounds good !」選抜メンバー 2012年:総選挙、23位 2012年:「マジすか学園3」の主人公(7月13日~10月5日) 2012年8月:チーム4解体、チームBに移動 2012年9月:AKB48 29thシングル選抜じゃんけん大会優勝 2012年10月13日:「劇場版 私立バカレア高校」主演 2013年:総選挙、12位〓勝手に独断と偏見〓 選抜総選挙一位の指原莉乃は色物的な扱いに思える、「恋するフォーチュンクッキー」は好きな楽曲だがセンターの指原莉乃は楽しそうではない、センターの位置を喜んでいないように思える。 じゃんけん大会は操作されていないのか、ポスト前田敦子のAKB48の中核として運営側は島崎遥香・松井珠理奈を押していると思う、渡辺麻友に対抗できる若手の育成が急務なのだろう、「32ndシングル選抜メンバー」で20歳未満は9月20日時点では渡辺麻友と松井珠理奈と島崎遥香。 松井珠理奈は体調不良なのかじゃんけん大会では独特のオーラが無くなっている。 じゃんけん大会の違和感の典型として。 島崎遥香は2012年3月のビッグアップル移籍頃から「私立バカレア高校」「マジすか学園3」の主演となり26th「真夏のSounds good !」から選抜メンバーとなっている、「マジすか学園1、2」の主演は「前田敦子(2012年8月27日にAKB48を卒業)」、この時点で島崎遥香はポスト前田の候補の一人だったと考える、そして穏便な形でセンターをさせる必要があったのではと思う(じゃんけん選抜での楽曲で売上が不調でも傷は浅い)。 ただ、余りにも判りやすい操作になっている所が、操作と言うのを躊躇する所(逆に部分的な単純な操作以外はうまくいかないか、或は対戦者個人だけに聞こえる方向・距離を指定できる音が流れていたのか)、渡辺麻友vsを作るお祭りと考えるべきか。 しかし、じゃんけん選抜参加者の中にはお祭りではない者も多いだろう。 完全に空想で、本当に運だけで決まったのかもしれない、参加者のモチベーションが下がらなければよいのだろう。 現状はHKT48の田島芽瑠がオススメ、次回の選抜総選挙では選抜メンバーに入っていればと思う。
2013.09.20
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「大東亞戰爭終結の詔書」は8月15日の正午に「玉音放送」された。・「玉音放送/ウィキペディア」によると 「玉音放送の予告は14日午後9時のニュースと15日午前7時21分のニュースの2回行われた。」 正午の時報後「只今より重大なる放送があります。全国聴取者の皆様御起立願います」(和田信賢アナウンサー)で始まる。 また、内閣告諭(14日付の鈴木総理大臣の内閣告諭)等も放送されている。 玉音放送は約5分間で関連放送を含めると37分半、社団法人日本放送協会(1950年からは特殊法人日本放送協会)により放送された。◇大東亞戰爭終結の詔書/ウィキソース 朕深く世界の大勢と帝國の現状とに鑑み非常の措置を以て時局を收拾せむと欲し茲に忠良なる爾臣民に告く 朕は帝國政府をして米英支蘇四國に對し其の共同宣言を受諾する旨通告せしめたり 抑々(々は二の字点として使用)帝國臣民の康寧を圖り萬邦共榮の樂を偕にするは皇祖皇宗の遺範にして朕の拳々措かさる所曩に米英二國に宣戰せる所以も亦實に帝國の自存と東亞の安定とを庶幾するに出て他國の主權を排し領土を侵すか如きは固より朕か志にあらす然るに交戰已に四歳を閲し朕か陸海將兵の勇戰朕か百僚有司の勵精朕か一億衆庶の奉公各々(々は二の字点として使用)最善を盡せるに拘らす戰局必すしも好轉せす世界の大勢亦我に利あらす加之敵は新に殘虐なる爆彈を使用して頻に無辜を殺傷し慘害の及ふ所眞に測るへからさるに至る而も尚交戰を繼續せむか終に我か民族の滅亡を招來するのみならす延て人類の文明をも破却すへし斯の如くむは朕何を以てか億兆の赤子を保し皇祖皇宗の神靈に謝せむや是れ朕か帝國政府をして共同宣言に應せしむるに至れる所以なり 朕は帝國と共に終始東亞の解放に協力せる諸盟邦に對し遺憾の意を表せさるを得す帝國臣民にして戰陣に死し職域に殉し非命に斃れたる者及其の遺族に想を致せは五内爲に裂く 且戰傷を負ひ災禍を蒙り家業を失ひたる者の厚生に至りては朕の深く軫念する所なり惟ふに今後帝國の受くへき苦難は固より尋常にあらす爾臣民の衷情も朕善く之を知る然れとも朕は時運の趨く所堪へ難きを堪へ忍ひ難きを忍ひ以て萬世の爲に太平を開かむと欲す 朕は茲に國體を護持し得て忠良なる爾臣民の赤誠に信倚し常に爾臣民と共に在り若し夫れ情の激する所濫に事端を滋くし或は同胞排擠互に時局を亂り爲に大道を誤り信義を世界に失ふか如きは朕最も之を戒む宜しく擧國一家子孫相傳へ確く神州の不滅を信し任重くして道遠きを念ひ總力を將來の建設に傾け道義を篤くし志操を鞏くし誓て國體の精華を發揚し世界の進運に後れさらむことを期すへし爾臣民其れ克く朕か意を體せよ──◇昭和二十年八月十四日内閣告諭/ウィキソース 本日畏くも大詔を拜す帝國は大東亞戰爭に從ふこと實に四年に近く而も遂に 聖慮を以て非常の措置に依り其の局を結ぶの他途なきに至る臣子として恐懼謂ふべき所を知らざるなり 顧るに開戰以降遠く骨を異域に暴せるの將兵其の數を知らず本土の被害無辜の犠牲亦茲に極まる思ふて此に至れば痛憤限りなし然るに戰爭の目的を實現するに由なく戰勢亦必ずしも利あらず遂に科學史上未曾有の破壞力を有する新爆彈の用ひらるるに至りて戰爭の仕法を一變せしめ次いで「ソ」聯邦は去る九日帝國に宣戰を布告し帝國は正に未曾有の難關に逢著したり 聖徳の宏大無邊なる世界の和平と臣民の康寧とを冀はせ給ひ茲に畏くも大詔を渙發せらる 聖斷既に下る赤子の率由すべき方途は自ら明かなり 固より帝國の前途は之に依り一層の困難を加へ更に國民の忍苦を求むるに至るべし然れども帝國は此の忍苦の結實に依りて國家の運命を將來に開拓せざるべからず本大臣は茲に萬斛の涙を呑み敢て此の難きを同胞に求めむと欲す 今や國民の齊しく嚮ふべき所は國體の護持にあり而して苟も既往に拘泥して同胞相猜し内爭以て他の乗ずる所となり或は情に激して輕擧妄動し信義を世界に失ふが如きことあるべからず又特に戰死者戰災者の遺族及傷痍軍人の援護に付ては國民悉く力を效すべし 政府は國民と共に承詔必謹刻苦奮勵常に大御心に歸一し奉り必ず國威を恢弘し父祖の遺託に應へむことを期す 尚此の際特に一言すべきは此の難局に處すべき官吏の任務なり畏くも至尊は爾臣民の衷情は朕善く之を知ると宣はせ給ふ官吏は宜しく 陛下の有司として此の御仁慈の 聖旨を奉行し以て堅確なる復興精神喚起の先達とならむことを期すべし──〓勝手に独断と偏見〓 「大東亞戰爭終結の詔書」には 「朕は茲に國體を護持し得て忠良なる爾臣民の赤誠に信倚(信頼)し常に爾臣民と共に在り」 対米英戦を宣した天皇、血を流して戦ってきた臣民、天皇・皇族は本土決戦になれば臣民と共に血を流す戦いを行うつもりだったのか。 8月17日、鈴木貫太郎内閣総辞職、東久邇宮稔彦王(陸軍大将)内閣発足。 天皇に命を捧げる戦いが終わる、政府と臣民は天皇のために存在するは否定され、国民は自分や家族の為に生きる事が正当とされていく。 靖国への合祀を望んだ者に天皇が親拝する事は当然だろう、しかし靖国に祀られている者の多くは、天皇にリスクが伴う親拝を望まないと思う。 命を捧げられ其れを当然と受け取る者はいない、天皇・皇族の殆どが靖国親拝は絶対に必要と考えていると推測する。 8月15日:玉音放送、9月2日:降伏文書調印(休戦協定)、1946年1月1日:所謂「天皇の人間宣言」、1947年:日本国憲法施行、1952年:サンフランシスコ講和条約効力発生(「戦争状態」の終結)、と進む。 1945年5月、ドイツは降伏し現人である天皇の宮城(明治宮殿)は参謀本部が爆撃された際の飛び火で炎上し全焼、警視庁の特別消防隊19名が殉職。 公族である李グウ公(当時は陸軍中佐)は広島原爆で被爆し亡くなっている。◇「大東亞戰爭終結の詔書」(玉音放送)を含むラジヲ放送では、最初に・「朕は帝國政府をして米英支蘇四國に對し其の共同宣言を受諾する旨通告せしめたり」 続いて、ポツダム宣言の要旨とカイロ宣言の要旨が玉音放送の解説と共に放送されている。・「米英二國に宣戰せる所以も亦實に帝國の自存と東亞の安定とを庶幾するに出て他國の主權を排し領土を侵すか如きは固より朕か志にあらす」 「大東亞戰爭終結の詔書」では、対中戦に関しては明確な表現はない。 対米英開戦は「帝國の自存と東亞の安定」が目的で「他國の主權を排し領土を侵すか如きは固より朕か志にあらす」、侵略行為は行われたが天皇の意志ではないの主張。 天皇が帝国政府にポツダム宣言受諾を命じた理由は・「尚交戰を繼續せむか終に我か民族の滅亡を招來するのみならす延て人類の文明をも破却すへし斯の如くむは朕何を以てか億兆の赤子を保し皇祖皇宗の神靈に謝せむや是れ朕か帝國政府をして共同宣言に應せしむるに至れる所以なり」 「人類の文明をも破却」は何を言いたいのか。・「朕は茲に國體を護持し得て忠良なる爾臣民の赤誠に信倚し常に爾臣民と共に在り若し夫れ情の激する所濫に事端を滋くし或は同胞排擠互に時局を亂り爲に大道を誤り信義を世界に失ふか如きは朕最も之を戒む」 「國體を護持」が成された報告(国民を安心させる爲か)、「同胞排擠互に時局を亂り爲に大道を誤り信義を世界に失ふ」は正論だと思うが国民総懺悔的な考えが入っている感がある。・「神州の不滅を信し任重くして道遠きを念ひ總力を將來の建設に傾け道義を篤くし志操を鞏くし誓て國體の精華を發揚し世界の進運に後れさらむことを期すへし爾臣民其れ克く朕か意を體せよ」 この時点に於いて「詔書」では、日本を「神州の不滅」とし「爾臣民其れ克く朕か意を體せよ」と表現している、「堪へ難きを堪へ忍ひ難きを忍ひ以て萬世の爲に太平を開かむと欲す」のような国民と天皇の一体感を強調する文言とは異なる、また翌年元旦に於ける所謂「天皇の人間宣言」の感覚とも異なる、4ヶ月程で何らかの軌道修正が行われた事になる。◇「昭和二十年八月十四日内閣告諭」については「大東亞戰爭終結の詔書」と表現方法が異なるが主張は同じ、「大東亞戰爭終結の詔書」には書かれていないのは、今後の官吏の任務・「特に一言すべきは此の難局に處すべき官吏の任務なり畏くも至尊は爾臣民の衷情は朕善く之を知ると宣はせ給ふ官吏は宜しく 陛下の有司として此の御仁慈の 聖旨を奉行し以て堅確なる復興精神喚起の先達とならむことを期すべし」 また、終戦に至る大きな原因として原爆の使用を両資料は挙げているがソ連の参戦に関しては「詔書」には記されていない。 「内閣告諭」では「遂に科學史上未曾有の破壞力を有する新爆彈の用ひらるるに至りて戰爭の仕法を一變せしめ次いでソ聯邦は去る九日帝國に宣戰を布告し帝國は正に未曾有の難關に逢著したり」 ソ連の参戦に伴い開催された「8月9日の御前会議」で「ポツダム宣言」受諾が決定される、昭和天皇が終戦を具体的に決断した最も大きな要因はソ連参戦と思っている。
2013.09.08
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