2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
全10件 (10件中 1-10件目)
1

地元の漕ぎ慣れた海である奥ノ内湾を、グリーンランドパドルを相棒に、のんびりまったり_お散歩ツーリング。朝起きると、予報通り空は曇り。 今にも降り出しそうな怪しげな空を見ながら、筋トレと1時間のジョギングで様子を見る。そのうちに結構な雨が振り出したが、10時頃にはようやくその雨も上がった。 心の底で、海に行けー!という声が聞こえて来た様な気がする。 いつでもキャンプツーリングに行けるようにクルマにはカヤックを積み込んで準備してあるので、そのまま乗り込み、近くの音戸から海に出ることにした。***コンビニで弁当を買い、いつもの浜に向かう。駐車場には、カヤックラックを装備したクルマが2台停まっていた。 そのうち一台は、以前ダイドックのツーリングでご一緒させていただいた方のクルマのようだ。安全装備と弁当、おやつだけの簡単装備で海に漕ぎ出した。 曇り空のもと、まずは奥ノ内湾の奥にある小島、弁天島を目指す。久し振りのグリーンランドパドル。 最近は、日本海の旅に向けて手に馴染んだ『アークティックウインド』を使っていたのだが、今回はのんびりお散歩ツーリングということで、その感触を思い出すよう引っ張り出して来たものだ。『なんと言っても軽い!』 『キャッチ感は弱いが浮力を感じ、軽く握って自然体で漕ぐことができる』 まさに、最初に漕いだ時の感触そのものだ。30分強で弁天島に到着し、静かな浜で弁当を広げた。 こんなロケーションで食べると、コンビニ弁当でも旨いものだ。 日帰りツーリングなので、ビールを飲めないのが残念。***弁当を食べ、少し休憩すると、少しひんやりすることもあり、すぐに出発する。 鈴鹿島の東側を抜け、小情島、情島へ。これまた久し振りに情島の裏側(東側)を漕ぐ。 この辺りから、ふたたび雨が降り出して来た。 なんだかスッキリしない変な天気。風も出て来たので、いったん音戸側に漕ぎ渡、小アジワ島へと向かう。小アジワ島では、浜にフネを上げて小休止。 おやつに買って来た栗入りどら焼きを頬張りながら牡蠣がいっぱいの岩場を散策するが、残念ながら特に獲物は見つからなかった。***出発地点には、午後3時前に到着。 今日は、約3時間ほどまじめに漕いだ。曇り空で、かつ気温も低め。 楽しい旅とは程遠いのだが、久し振りのグリーンランドパドルの感触も戻って来たし、なにより”そこそこの距離”を漕ぐことができ、体と心、そして筋肉が喜んでいる。来週こそ、快適なキャンプツーリングに出掛けたいものだ! 晴れてくれないかなあ。 なにとぞ、お願いしまーす!!!
May 28, 2006
コメント(0)

島根の秘湯_千原温泉には何度か訪れた事が有るのだが、三瓶山の近くに有る『小屋原温泉』は、噂には聞いているものの、これまで行った事がなかった。相変わらず天候が不安定な週末。 今日はロードスターで、小屋原温泉に行く事に決めた。***朝6時半。 幸い雨はまだ降っておらず、幌を下ろして走り出す。 パッセンジャーシートには妻。二人の息子達は、それぞれクラブ活動や友人が家に遊びにくるとかで、いつものように相手にしてくれない。中国山地を越える頃から次第に雨が降り始め、残念ながら幌を上げる。 が、R54から山道に入ると快適なワインディング。 路面がウエットなのが残念だが、クルマも少なく、ライトウエイトスポーツカーの楽しさが堪能できる道が続いている。***三瓶山を越え、迷ったのかと思う程細い山道を通り抜けると、ようやく小屋原温泉に到着。玄関で料金を払い、浴室に向かう。 立ち寄りの場合は1時間まで。 また、浴室は4つあるのだが、はしごはしないで下さいとの事。廊下は静かで、なかなか良い雰囲気。 幸い、他のお客さんはまだ来ていなかったので、4つの風呂を見せてもらい、入り口から2番目の風呂に入らせてもらう事にした。若干の差はあるものの、いずれも2人~4人程度が入れる大きさの浴槽。 家族湯として使うようなので、もし息子達と来ていたら妻は入れなかったかもしれないなあ。肝心のお湯は、二酸化炭素の含有量が3100mgと日本一だそうで、少し白く濁っている。 浴槽とその廻りは、温泉成分の堆積で茶褐色と緑青色のミニ千枚田状態。浴槽に浸かる。 37.6℃とぬるめのお湯に包み込まれ、ほんわかと心地良い。 浴槽は、二人でちょうど良い大きさ。二酸化炭素の泡とともに、茶褐色の細かい浮遊物がいっぱいだ。樋から流れてくるお湯をすくい、口に含んでみると、人肌に温めたサイダーに塩と鉄錆を入れた感じだった。 うーん、旨からず、マズからず。。。それでも、ヌルッとした一の俣温泉のお湯とも、ポコポコと湧き出る千原温泉のお湯とも、さらさらで柔らかい近所の鶴の湯のお湯とも違う、独特の濃いお湯だ!***始めのうちは二人で話しをしていたが、そのうち目を閉じてゆったりと湯船に体をまかせて時を忘れた。あっという間に至福の1時間が過ぎ、湯から上がって旅館を後にした。 この温泉も、お気に入りの場所になった。 今度は、日本海ツーリングの帰りにでも、潮抜きがてらゆっくりと泊まりに来たいものだ。***昼ご飯は、出雲そばのおいしい『一福』で。帰りに三次(みよし)を通っている時に、いつも見かける『わに』の看板を見かけた。 いままで店に寄ってみたことがなかったので、一度行ってみようということにした。***この三次では、『わに』が郷土料理の一つとして有名である。 わにとは、サメ/鮫のこと。その昔、生魚を冷蔵して運搬できなかったころ、海から離れた中国山地では、比較的保存が効く鮫が食材として重宝されていたのだそうだ。 今でも、盆や正月に帰って来た人たちに、懐かしい味として振る舞われることも多いと聞いたことがある。看板を出していた小さな商店に入り、店の中を見渡していると、『もしかして、わにをさがしてるの?』とおばさんに聞かれた。『そうなんですよ。今の時期はないんですかねー?』 『あるある。この鮮魚のところにあるのよ』その『わに』は、淡いきれいな肌色の切り身だった。『これは刺身で食べるんですよね? いくらですか?』 『ショウガ醤油で刺身で食べるの。余ったらフライにしたら鶏みたいな味。初めてだったら、少なめに買ってもいいよ。量は調節してあげるから』おばさんは包みながら、ショウガを一欠け付けておいてあげるねと言い、また、家に持って帰るまで温もらないようにと保冷剤もおまけしてくれた。ちょっとしか買っていないのに、いろいろとありがとうございました!これで、今日の晩酌のつまみは決まった。 どんな味だか楽しみだなあ。
May 27, 2006
コメント(0)

久し振りにタンデム艇/シースケープポイント5をクルマの屋根に積み、竹原の海水浴場へと向かう。今日は妻と一緒に、お気に入りの島『生野島』へ、シーカヤックで日帰りツーリング。快晴で風も弱く、久し振りに所謂 ”瀬戸内らしい” 穏やかな海。年に何度も訪れる、最近一番お気に入りの島、生野島。 本当は、キャンプツーリングに行きたかったのだが、二人の息子の学校行事や試験期間などと重なり、残念ながら日帰りツーリングとなった。それでも、妻とツーリングに出掛けるのは数年振り。 天気も海況も最高のコンディションで迎えてくれ、楽しみである。***安全装備と昼食をパッキングして、9時半に浜を出発。 この辺りは、四国との間を結ぶフェリー、大崎上島との間を結ぶフェリー2航路、契島との間を結ぶ連絡船航路、様々な島を結ぶ高速艇航路などなど、海上交通の要所でもある。危険な航路を避けるため、まずは竹原港の入り口をかわしてから生野島に向けて南下する。シースケープポイント5。 久し振りに漕いでみると、進まない事にびっくりした。 パドルが重いのだ。普段乗っている、カレントデザインのソルスティスSS(すでにカタログから消えた廃版製品)がライトウエイトスポーツカーだとすると、このポイント5はステーションワゴンかワンボックスカーのよう。人が多く乗れ、荷物もたっぷり積め、長距離をどんな道/海でもゆったりのんびりと進むには悪くはない。 子供や初心者を乗せていて荒れた海況に遭遇しても、安心して、信頼して漕ぎ進む事ができる。だが、人馬一体感は全くない。 やはり、漕いで楽しいのはソルスティスSSだなあ。***11時過ぎに生野島へ到着。 どうやら普段の1.5倍くらい時間が掛かったようだ。フネを揚げ、少ない荷物を運ぶ。妻を、私が『なんちゃって別荘』と呼んでいる、瀬戸内らしい景色がお気に入りの東屋に案内。 東屋の入り口で『別荘へようこそ!』と妻を出迎え、東屋の下で昼食の準備を始めた。今日のメニューは、ホットサンドと野菜たっぷりスープ。 日帰りなので、焚き火ではなくガスストーブで調理。チーズ、レタス、粒マスタード、ベーコンを挟み、バターを落としたホットサンドメーカーで温める。 ジュワー、ジュビジュバ、バババババ。 チーズの焦げる香ばしい香りと、食欲を誘うバターが弾ける音!まずは、ゲストである妻から。 次は私。 ハグハグ、はふはふ、カシュ、もぐもぐ。 あー、ウマい。 少し焦げた端っこのチーズがパリパリとこれまた堪らん歯応えだ。 本当ならワインでも開けたいところだが、今日は残念ながら日帰りツーリング。 コーヒーで我慢しておこう。食後は、海岸を散歩。 桟橋からは、きれいな海の中に、メバルの子供や大きなカワハギが見えた。途中で野いちごを見つけ、2粒摘み取る。 水で洗い、妻と一粒ずつ頬張ると、懐かしいかすかな甘さと酸味が口に広がった。***再び東屋に戻り、コーヒーとおやつ。 この島ではのんびりと過ごすしかないんだよ、と妻に説明し、東屋の下のウッドでキッキに直接寝転がる。夏を前にした柔らかな日差しと、それをさえぎる東屋の屋根による快適な日陰。 様々な鳥のさえずり、吹き抜けて行く心地良い風、かすかに聞こえてくる波の音。 時折、漁船のポンポンというエンジンの音。 まさに、島時間。いつの間にか、うとうととしていたが、気がつくと妻もベンチで横になっていた。 のんびり、まったり。 これ以上ない贅沢な時間だ。 妻もここが気に入ってくれたようだ。 今度は昼寝のためのハンモックが欲しいねえ。あー、今日はここに来て本当によかった!!!***午後1時半に浜を出発し、阿波島経由で海水浴場に戻る。 この生野島には、長男が高校に入る直前の春休みにキャンプツーリングに来た事が有る。いつかはゆっくりと、家族みんなでキャンプツーリングに来たいなあ!
May 21, 2006
コメント(0)

旧海軍兵学校で有名な江田島。 今日は、久し振りに自転車で出掛けてみる事にした。***9時半過ぎに家を出て、天応港からフェリーで江田島の切串港へ短い船の旅。 今日は北風が強く、広島湾は白波が立っている。切串港からは、快適な海沿いの道。 北側に似島を望みつつ、漕ぎ進む。途中の港の売店で昼食の弁当を仕入れ、大須港の近くの公園で昼ご飯。久し振りの自転車で、足の筋肉もよろこんでいるようだ。 昼食後は、しばらくベンチに寝転び休息をとる。風は強いが空は青空。 昨日までの雨で空気も澄み、最高のサイクリング日和。***江田島青年の家を通過。 ここは、小学生の頃に子供会の研修で泊まった事が有る思い出の場所。 たしか、オリエンテーリングやカッター訓練をしたなあ。 鉛のバランスウエイトが埋め込まれたカッターのオールは、小学生には重かったことを、今でも良く覚えている。 櫂立てー!!! の号令で、一生懸命オールを持ち上げたっけ。また学生の頃には、クラブの合宿に行った事もある。 当時は、旧海軍兵学校の影響か、挨拶や規律にとても厳しい事で有名だった。↑ 海沿いの快適な道を漕ぎ進む帰りのフェリーに乗る小用港へ行くが、次の便まで1時間半程あるので、再び海沿いの道を散歩がてら漕いでみる。 静かな海岸で、防波堤の上に寝転がり、ひなたぼっこ。***小用港から呉港までの短い船旅では、呉湾の入り口付近で左手に、『海猿』で有名になった ”海上保安大学校” が見える。また右手には、大和を建造したドックのあるIHIや日新製鋼、海上自衛隊の基地なども見え、呉らしい景色が広がる。↑ 海猿で一躍有名になった海上保安大学校大和ミュージアムのすぐ横の桟橋に到着。 再び漕ぎ出し、街中に向かう。目指すは、店の前のベンチで、おいしい珈琲を飲む事のできる昴珈琲。 ここは、地元では有名な珈琲屋さんで、サイクリングの時には時々立ち寄るお気に入りの場所の一つ。↑ ”海軍さんの珈琲”などで地元では有名な珈琲屋さん今日は暑いのでアイスコーヒーを注文し、店の前に置いてあるベンチに座って飲む。 あー、ウマい。 やはり、缶コーヒーとは一味ちがう。***家に帰ると、午後4時前。 夕方からは、久し振りにタンデム艇/シースケープポイント5を引っ張り出し、水洗いとコーティング、可動部への潤滑剤のスプレーなどなどメンテナンスで準備も万端。今日はカヤックではないけれども、久し振りに足でたっぷりと漕いだ。 満足満足!
May 20, 2006
コメント(0)

日曜日の朝。 5時前にクルマの中で目を覚ます。シュラフに包まったまま、窓越しに空を眺めると、どうやら晴れになりそうな気配。 幸い、昨日あれほど吹き荒れていた風もほとんど収まったようだ。***散歩、天気予報のチェック、装備の確認を終えて、6時半ころから海岸沿いの石段に座って朝食のパンを食べていた。すると、散歩に来た近所のおばさんに話しかけられる。『おはようございます』の挨拶から始まり、昨夜は車中泊させて頂いた事、この海岸が昨年整備された事、戦時中は回天の基地が有った事、昨日見てきた古墳の事などなど。途中からは、同様に散歩に来ていた近所のおじさんも話しに加わる。 そのおじさんは、錦川で体験パドリングもした事があるそうで、シーカヤックの話しで盛り上がった。***フネを下ろし、荷物をパッキングすると、ダイドックにこの付近を漕ぐ事をメールで連絡。 しばらくすると、ケータイが鳴った。 ダイドックだ。今日は、家族向けの体験試乗会をするそうで、佐合島に渡る船にもうすぐ乗るとの事。 せっかくなので、時間が有れば島に寄ってみてとの誘いに、どうせ暇なんで時間を作っていきますよ、と返事して7時ちょうどに浜を出艇した。***目指すは『尾島』と『牛島』 横浜から帰任した年の秋に漕ぎに行って以来、ご無沙汰している。尾島は無人島だが、こじんまりとした良い浜が有る。 またカラスバトでも有名な牛島は、瀬戸内の小島らしく、のんびりと静かで、また猫の多い島という印象だ。***昨日とは打って変わって波穏やかな海を漕ぎ、馬島の西端を漕ぎ抜ける。この辺りから、少し海が ”ざわつき” 始めた。 西風! この海域は、西に周防灘が開けており、西風が吹くと風走距離が長いので荒れる。 2年前の瀬戸内横断隊初日では、西風の時化の中を、壁の様な波に向かって必死で祝島に渡った事を思い出す。瀬戸内とはいえ、普段漕ぐ竹原沖や倉橋島周辺とは波が違う。 波長が長く、まるで三浦半島や伊豆の海の様な”うねり”に向かって漕ぎ進んでいく。 強風注意報や波浪注意報は出ていないとはいえ、海域が海域だけに、しっかりと周囲をワッチしながら、いつでも撤退できるように慎重に漕ぐ。漕ぎ始めてから約1時間。 尾島まで数百メートルの距離まで来たが、うねりは収まるどころか、どんどん高くなっていく。 このままではマズいと判断し、バウを左に向けて、牛島に向かった。牛島と尾島の間の海峡は、結構な波が入ってきているが、冷静さを保つよう心掛け、慎重にパドリング。 単身赴任時代に経験した、荒れた三浦や伊豆、外房でのパドリング、九十九里でのサーフ講習、酷い潮目に遭った津軽海峡横断チャレンジの経験が、こんなところで活きているような気がする。とはいえ、牛島の港まで来た時には正直ホッとした。 これで、もし漕げないくらい風が強くなっても、島にカヤックを置いて渡船で体だけは地方に帰る事はできるのだ!港の端っこのスロープに船を揚げさせてもらい、一休み。 狭い島の道を歩いて、以前買い出しにいった商店に、飲み物を買いに行った。 パンと缶のココアを購入し、近くで網の補修をしておられた漁師さん達のところにお邪魔した。『今朝、平生を出て尾島目指して漕いで来たんですが、風が強くなったんでこっちに避難してきました。 これから風は強くなりますかねー?』 『一人で来たんか? カヌーの人か? 風は今から強くなる。 今のうちに戻った方がええ』『やっぱりそうですか。 ありがとうございます。 あの岬を回って佐合島の方に向かうルートだと風裏になると思うので、すぐに漕いで帰ります』 『そうじゃな。 裏の方がましじゃろう。 気を付けて』ココアを飲み干し、すぐに船に戻って出艇の準備。 スカノラックを着込み、防水ケータイは、さらに防水ケースに入れて、いつでも取り出せるようスカノラックのポケットに仕舞う。幸い、まだ風はそれほど強くなっていないようだ。 港を出て、牛島の北西端の岬に向けて漕ぎ進む。 後ろ斜めからうねりを受けるが、砕け波でないので助かる。無事に岬を抜けると、思惑通り風裏で波は穏やかだった。 これで一安心。 とはいえ、波高の低い追い波だ。追い波、追い風の中を、佐合島の南東端に向けて漕いでいく(最近、こんな状況ばかりだ! たまにはのんびりパドリングさせてくれー!)。 牛島の岬を抜けて、5分、10分、20分。どんどんと波が高くなってくる。 振り返ると、もう何かあっても戻る気がしない程の海況だ。 追い波で良かった!無事、雑石瀬戸を越える。 ここまで来ると大丈夫。 島を反時計回りに回り込み、佐合島の港に向かうと、ちょうど地方からの渡船が入ってきたところだった。 お客さんを迎えにきたダイドックの姿も見えた。***ダイドックと、冒険学校をサポートに来たと言う、知り合いのカヤック仲間達とも言葉を交わす。 彼らが準備している間に、一人でお湯を沸かしてインスタントコーヒーで体を温める。 あー、落ち着いた!今日の家族での体験試乗会は盛況のようだ。 タンデム艇の後ろにダイドックやサポートの人が乗り、前に子供や親を乗せて短時間のパドリング。 風は少し強いものの、みんな楽しそうに漕いでいる。昼前になり、私はその場を辞して馬島に向かった。 途中、佐合島と馬島との間から外海を見ると、凄い白波が立っている。 今なら、絶対に牛島から戻って来ようとは思わないだろう! 今回は、牛島での早めの判断と行動が良い方に向かったようだ。 でも次回は? 私にもわからない。 今年は、 ”本当に” 風に要注意だ。***気持ちの良い馬島の浜でゆっくりと昼食でもと思っていたが、風と波でそれどころではなく、そのまま出発地点に戻る事にした。 それでも吹き込んでくる西風で海はザワツキ、風は目に見えて襲ってくる。 慎重にルートを探りつつ、時には波に向かい、時には波に乗って、港に向かう。13時前、無事に浜にたどり着いた。 フー、本当に疲れた。久し振りに、牛島に渡れたこと、ダイドックやその仲間達に会えた事はうれしかったが、正直今年のパドリングは真剣勝負ばかり。 たまには、瀬戸内らしいのんびりまったりパドリングを楽しませてくれー!!!
May 14, 2006
コメント(0)

土曜日の朝。 目が覚めると、予報通り”雨”。 それでも天気予報を確認すると、昼からは雨が上がり、明日は天気も回復するようだ。明日に期待をかけ、道具一式を準備して、昼過ぎに家を出た。***目指すは、山口県の上関付近。 馬島、佐合島、牛島、尾島付近を、のんびりとパドリングする目論見だ。夕方には、平生町に到着した。 目の前は、ダイドックが拠点とする佐合島。 もしかしたら、ダイドックが泊まりにきていないかと思い、浜の駐車場をチェックするが、残念ながらクルマは見あたらない。となると、今日は風も強いので佐合島に渡るのは止めて、地方で車中泊だ。近くを散歩していると、『神花山古墳』入口という看板を見つけた。 早速、細い山道を登ってみる。初めて本物を見た”前方後円墳”。 ここには、女王ではないかとされている女性が埋葬されていたとのこと。 山頂に有るため、瀬戸内の眺めも良い。 魚介類や塩などにも恵まれたこの辺りは、昔から住みやすかったのだろう。***クルマに戻り、買ってきた弁当で夕食を済ませる。暗くなり、ヘッドライトを付けて本を開く。 今日は、『ハワイイ紀行(池澤夏樹_新潮社)』行った事の無いハワイ。 観光のためのハワイ紹介とは一線を画した、興味深い紀行文。 車中ですべては読めなかったが、ホクレアのことやサーフィンの事なども書いてあるようで、これから読むのが楽しみな本だ。以下、著者が、何もないモロカイ島を訪れた時の章に書かれていた言葉を引用する。『旅を目的主義的に組み立ててはいけない。旅の値打ちを見たものの数や、名所旧跡の数々、買物の量、撮った写真などで計ってはいけない。旅はただ気持ちよく過ごした時間の長さのみで評価されると考えよう。この島がいい時間を与えてくれれば、それ以上望むものはない。』まさに、私がシーカヤックで訪れる、瀬戸内の静かな生野島や岡村島で感じる事そのものだ。***クルマの外は、ビュービューとクルマが揺れるくらいの風が吹いている! 明日には、収まってくれるだろうか。
May 13, 2006
コメント(0)

5月4日 今日は、広島市現代美術館で行われている 『岡本太郎 誇らかなメッセージ ”明日の神話” 完成への道展』 を、ようやく休みの取れた妻と一緒に観に行くことにした。 先日、彼の著作を何冊か読んだとき、そのエネルギーに満ち溢れ、独自の価値観を貫いた熱い生き方に感銘を受けたことを、強く覚えている。美術館や博物館、寄席、歌舞伎などなど、各種イベントが少ない地方都市に住んでいると、東京や神奈川に住んでいた頃と違い、文化的な刺激に ”直に出会う機会” がとても少ない(ネットや本、TVなどメディアを通じたものは除いて)。 その反面、海や川で遊ぶには、また旅を通じて地元の方たちと触れあうには、田舎に住んでいる方がぜんぜん良い。 なかなか、両方都合良くとはいかないものだ。***ロードスターの屋根を開け、海沿いの道を快適なドライブ。途中、街中の信号で停まった時の事。 歩道から、自転車に乗ったおじいさんが、車道にフラフラと出てきた。 『あの人あぶないねー』と妻が言ったとき、 キキー! というブレーキ音でおじいさんが私たちのクルマの横に止まる。どうしたんだろうと思っていると、私たちを上から覗き込み、前の方を指差しながら、『ここから100mくらい先で、取り締まりをしよるでー』 『気をつけんサイよ』 『100mくらい先じゃけんのう』 と、親切にも教えてくれたのだ。前にも後ろにもクルマがあるのに、なぜだか私たちのクルマに。 屋根が開いていたから話しかけやすかったのか? それとも、(そんなことはないのだが)飛ばしそうに見えたのか?いずれにしても、ありがとうございました!***久し振りの現代美術館。 開館すぐの時間に行ったのだが、既に短いながらも列ができていた。ビデオによる岡本太郎の作品紹介、彼の墓にもなっているという『午後の日』、これまで知らなかった戦時中の生活、ヒロシマ/広島と岡本太郎との関わりなどなど。 興味深い資料や作品が多く展示してある。メキシコで見つかり、一般公開に向けて修復作業中で有るという大壁画、『明日の神話』は、国内4つの美術館が保管している原画4点に加え、原寸大(30m×5.5m)の写真パネルも展示されている。この大きな壁画のパネルの前に立つと、しばし声を失った。 すごいエネルギーと迫力が伝わってくる。 その前に見た、(原寸大の壁画に比べると)小さな原画とはぜんぜん違う印象だ。美術とか芸術とかについては、全く分からないのだが、彼のこの絵は強く心に響いた。***帰りには、地元では有名な『にしむら屋』へ寄り、カレーうどんを食す。ここのカレーうどんの特徴は、よくある和風のルーではなく、本格的なインドカレーのルーが使われている事。妻は、ミニカレーうどんにおむすび、デザートなどが付くレディースセット。私が選んだB定食だと、カレーうどんに、ご飯とサラダ、漬け物がついてくる。 カレーうどんの麺を食べた後は、残ったルーにご飯を入れてインドカレーとして食べることができるのだが、これがまたウマい。***連休の渋滞や混雑を避けた静かな休日。 岡本太郎の大壁画、『明日の神話』が、強く心に残った。
May 4, 2006
コメント(0)

5月3日 今日は、2泊お世話になった岡村島から蒲刈まで帰る日だ。朝起きると、風でテントがバサバサと音を立てている。 どうも風が強いようだ。 気温も低い。昨日家に電話した時、明日帰る予定だが、風が強く波が高いようだったらもう一泊すると伝えてあるので、慌てる事はない。 じっくりと様子を見てみよう。***テントの中で朝食を摂り、5時を過ぎたのでケータイで最新の天気予報を確認する。ここは愛媛県だが、隣の大崎下島は広島県だ。 どちらの天気予報があてはまるのかを確認するためも有り、両方の予報を聞いてみた。 愛媛県の波は1mのち0.5m、広島県は0.5m。 いずれにも強風は波浪に関する注意報、警報は出ていない。 天気は晴れで、後になるほど天気は安定して来るようだ。海を観察すると、波はそれほど立ってはいないが、東寄りの風が強い。 まだまだ様子見を決め込み、テントの中で本を読んだり、ラジオを聞いたりして過ごす。8時頃、風が少し弱まったようだ。 波も少し有るが、危ないと感じるレベルではない。狭いながらも流れのきつい海峡横断が2箇所有る事と、そこを漕ぎ抜ける予定時刻、風向きとエスケープポイントなどを考え、南岸沿いに戻るルートを選択した。 海岸沿いの様子は分かっており、いざとなれば途中の島で岸に揚げ、フェリーで蒲刈に移動してクルマを回収してくることも可能だ。短い時間の間に、頭の中で様々な状況を想定し、それぞれに対する対応策を考えていく。 よし、これで行こう!***万一の場合を想定し、少し暑いかもしれないが、長袖シャツにスカノラックを着込み、パドリングパンツの下にはタイツを着用。 ラダーペダルは、いつもより1ラッチほど手前にセットして、カヤックと体との一体感が高まるように調整した。漕ぎ出して、早々にラダーを下ろす。 大崎下島までの狭い海峡は波も低く、風もそれほどではなかった。大崎下島の南岸を漕ぎ進んでいくと、次第に東風が強くなり、短い周期のうねりに近い風波がバシャバシャ音を立てている。前方の広い範囲を確認しながら、波の低い所謂『海の道』を捜し、漕ぎ進んでいく。 後ろを振り返ると、荒れた海に太陽が照りつけ、海面がギラギラと不気味に輝いている。 瀬戸内にしてはそこそこ高い波だ。 どうやらこの付近の天気予報は、愛媛県側の1mの方があたっているらしい。追い風、追い波に押されて、結構なスピードで進んでいく。 こんな風の強い状況では、ナローブレードの『アークティックウインド』が心強い。 空中では後ろからの風を抵抗なく逃し、水中ではしっかりと水を掴んでくれているのが分かる。ナローブレードパドルと言えば、intunepaddle が気になっている。 同じナローブレードでも、アークティックウインドとは異なるデザイン。 シャープで美しい。 まだプロトタイプのようだが、どんな漕ぎ味なのか試してみたいものだ。強い追い風と追い波の中、キャンプ道具を満載して安定性が増し、かつタイトなフィッティングで一体感が高まっているスリークなソルスティスSSと、こんな時に真価を発揮するアークティックウインドのおかげで、無事に漕ぎ進んでいる。それにしても、今年の春は風が強い日が多い! まだまだ要注意だ。***大崎下島と豊島との間の海峡までくると、風が遮られ、波も低くなっていた。 船が来ないか充分注意しながら海峡を渡っていく。 海峡の中央までくると、こんどは北西から海峡沿いに強い風が吹いてきた。 地形の影響か?潮流と風がぶつかり、バシャバシャと波立っている。 なかなか素直には漕がせてもらえない。次の、豊島と蒲刈との間の瀬戸も、中間付近からは北西寄りの、海峡の地形に沿った風が吹き込んできていた。同じ場所に何度来ても、風や波の状況に関して毎回新しい発見が有る。 しっかりと観察し、経験を積み、判断を下す必要性を再認識した。***15km程の距離を、出発してから1時間40分ほどでゴールである県民の浜に到着。クルマに戻ると、窓のところにメモが挟んであった。 瀬戸内横断隊が蒲刈に寄った時にいつもお世話になっている、地元の方だ。荷物を片付け、近くに居られるとの事だったので挨拶に伺った。 県民の浜で行っているカヤックスクールの話しや、秋に予定されていると言うシーカヤックイベントの話しなどで盛り上がる。海に恵まれたこの地元で、シーカヤックの裾野を広げ、定着させようという動きが有る事はうれしい。 私でもできることがあれば、協力させてください。***瀬戸内の静かな島でゆっくりと過ごす事ができたこの3日間。 様々な人と出会い、話しをすることができた、楽しいシーカヤックの旅であった。みなさん、本当にありがとうございました。
May 3, 2006
コメント(0)

キャンプツーリング二日目。 朝起きると、昨日とは打って変わって曇り空。連泊という事で時間に余裕が有るため、朝食を食べた後もしばらく、テントの中で本を読んだり、天気予報を確認したり、i-Podで音楽や落語を聴いたり、久し振りにごろごろと、のんびりとした時間を過ごす。***9時に浜から漕ぎ出した。 目指すは大三島。3年前の、第一次瀬戸内横断隊に参加したとき、時化の瀬戸内を蒲刈から漕ぎ出し、あまりの風と波の強さに岡村島に一時避難。 風待ちして再び漕ぎ出し、大三島の学校跡の宿泊施設にたどり着いた思い出のルートである。↑ 小大下島は、石灰石でできており、こんな白い岩が至る所で見られる行動食と安全装備だけの身軽なフネで岡村島の南岸から、小大下、大下島と進み、大下島の灯台を越えると目の前に大三島が見えてきた。 ここまで約1時間。 大三島と大下島との間にある肥島を反時計回りに一周し、小さな浜で一休み。この頃から、北寄りの風が強くなり始めた。大下島と小下島との間の瀬戸(大下瀬戸)では、その地形のためか北東の風がビュービューと凄い勢いで吹き抜けている。横波や突風に気を使いながら、空荷でフワフワするフネをコントロールして、なんとか無事漕ぎ抜けた。 やっぱ空荷では、荒れた時のフネの安定感が全く違う。やはりシーカヤックは、たっぷりの荷物を積んで旅する道具なんだと思う。***昼前に浜に戻り、着替えてスーパーに買い出しに行く。今日もビールを仕入れ、浜に戻る途中、昨日のおじさんとすれ違う。 『こんにちは』 すると、『おー!』と応えてくださった。昼ご飯を食べ終えた頃、ようやく空が晴れてきた。 こうなると暑い。 今日も 『書斎』 に向かう事にする。↑ 勝手に命名した、岡村島の『書斎』 本を読むには最高の環境です坂を登っていると、前におばさんとおばあさんの二人連れが歩いていた。『こんにちわ』 『だれかと思うた、こんにちわ』『下の浜でキャンプさせてもらっています』 『そう、あのフネで来たんね?』 『そうなんです、蒲刈から漕いで来ました。この島は静かで好きなんで、年に何回か来させてもらっています』『採っているのはツワブキですか?』 『そう、岡村の子はついついねえ。 食べるのはどうでもいいけど、採るのが楽しい』***最高の『書斎』である、お堂の縁側に腰掛け、今日は『梅安最合傘(池波正太郎)』梅安の話しはもちろん面白いのだが、秀逸だったのは 池波志乃 の後書き、『小噺仕立て料理帖』噺家の娘という志乃さん。 文章を初めて読ませていただいたのだが、知性と艶っぽさがほど良く配分され、上手い噺のように引き込まれていく。 こんな女(ひと)と、『料亭_井筒の離れ』で、差しつ差されつ飲ってみたいものだ。***夕食前には、急な坂を15分ほど登って、岡村島で最も高い場所にある『ナガタニ展望台』に向かう。 絶景。坂を下り、再び浜に戻ると、家族連れが浜で遊んでいた。 赤ちゃんをつれたお母さんと、小学校低学年くらいの女の子、そしてその女の子の友達のようだ。 バケツに砂を入れ、クルマに運んでいたので、何に使うんですか? と聞いてみると、子供の砂遊び用だとのこと。 なるほど。テントに戻り、夕食の支度をしていると、女の子が近づいてきた。『こんにちは!』と声を掛けると、『きょうは、ここに、とまるんですかー?』と聞かれたので、『そう、昨日から泊まっているよ、 このフネで蒲刈から漕いで来たんだ 蒲刈は知っている?』 すると彼女は、『うん』と頷いた。お母さんのところに帰っていき、『今日はここに泊まるんだってー』という声が聞こえてきた。久し振りに賑やかな浜。そんな浜で夕食を食べ、今日も焚き火と酒。 連泊はゆっくりできていいなあ。
May 2, 2006
コメント(0)

愛媛県今治市関前の岡村島。 風光明媚で静かなこの島は、シーカヤックで訪れるお気に入りの島の一つ。 年に数回はキャンプツーリングに訪れるのだが、今年は、なかなか天候に恵まれず、冬に自転車でキャンプに行ったきりだった。せっかくの連休だ。 いつもなら一泊で帰るのだが、今回は連泊して、大三島あたりまで足を伸ばしてみよう!***5月1日。 日本海ツーリング&千原温泉の旅から帰った翌日の朝、こんどは蒲刈へと向かった。いつもの浜でフネを下ろし、いつものようにキャンプ道具をパッキングして、9時過ぎに出艇。 天気が良く、今年初めて半袖Tシャツでパドリング。追い風に乗り、豊島、大崎下島の南岸を順調に進み、2時間弱で大崎下島の御手洗に到着した。今回は連泊でたっぷりと時間が有るため、風待ち潮待ちの港として、また『おちょろ船』でも有名だったこの町を、久し振りに散策する計画だ。***通りを歩いていると、北前船やおちょろ船、みかん船などの模型をつくっているおじさんと旅行者らしき人が話し込んでいる。 『・・・は、昭和33年まであったんじゃ』 『そうですか、私はまだ生まれてないですねー』私も傍に寄り、話しに加えていただいた。 どうも、お茶屋さんの話しをしておられたようだ。 壁には、昔の御手洗を写した貴重な写真がたくさん貼ってあり、それを見ながら話しが弾む。船が発達して”地乗り航路”から”沖乗り航路”に変わり、風待ち潮待ちの町として栄えた御手洗。 松山を朝出て航海すると、夕方くらいにちょうどこの御手洗に着くので、一泊していくにはちょうど良い場所だったこと。 中には、遊び目当てで、風や潮には関係なく寄っていく船があったこと。 遊びすぎて船を売ってしまった人も居た事などなど、興味深い話しを聞く事ができた。中でも面白かったのは、『御手洗炭』の話し。 大崎下島には、もちろん炭坑などないのだが、対岸の今治では、『御手洗炭が切れたぞー』などの会話が交わされていたそうな。筑豊から石炭を運んでいた船が、この御手洗に寄る。 すると、お茶屋の主人が石炭を少し分けてもらえないかと、女性を通して頼み込む。 すると、女性の頼む事なので、船員は『いいよー』と二つ返事。 取りにいくのは、これまたお茶屋の下っ端。 実際には、主人が頼んだ数より多くの石炭袋を、船員はくれたそうだ。当時石炭は貴重だったので、島ではもっぱら切り出してきた薪を燃料にし、入手した石炭は、今治で高く売った。 そのため、その石炭は『御手洗炭』と呼ばれるようになったのだとか。***おじさんにお礼を告げ、昔の風情が残る町を散策。 今回初めて気がついたのだが、伊能忠敬が測量に訪れた時に泊まった家も残されていた。その後、いつも訪れる食堂で中華そばを食べる。 ここの中華そばが美味いのだ。食後は、最高の晴天で夏の様な気温の中、急な階段を、汗をかきかき、えっちらおっちらとひたすら登り、展望台へと向かう。 フウ!でもこの景色は最高だ。 しばし佇む。***再び浜に戻り、目の前の岡村島まで一漕ぎ。 ほんの5分ほど。フネを揚げ、一人用の小さなテントを貼ると、つつましい別荘の出来上がり。着替えていると、道の上からおじさんに声を掛けられた。 自転車で奥さんと家に帰る途中のようだ。『どこから着た』 『今朝蒲刈を出て、御手洗でちょっと散歩してきました』 『そうか、蒲刈かあ。 ○○子よう、この人は蒲刈から来たんじゃげな。 この○○子は、蒲刈の出なんじゃ』『昼ご飯は、御手洗の食堂でラーメンを食べたんですよ』 『おう、あそこのラーメンはウマいじゃろう』 『あのラーメンはウマいですねえ』『今日は仕事ですか?』 『なあに、ヒジキを干しよったんじゃ、今から向こうでも干すんじゃ。 のう、○○子よう』『今から釣りでもするんか?』 『いやー、竿は持ってきてないんで。 酒が好きなんで、浜でゆっくり飲みます』 『ほう、○○子よう、この人は浜でゆっくり酒を飲むんが好きなんじゃと。 いろんな人がおるのう』などなど、やたらと奥さんと仲の良い、気さくな地元のおじさんと話しができ、これでまた一つ、岡村島との距離が近づいたような気がする。スーパーに買い出しに行き、まずは冷えたビールを港で飲み干す。 最高!!!買い物袋を提げて浜に戻るが、あまりの暑さにたまらず、山の上にあるお堂に向かった。***お堂の屋根で日は遮られ、風通しも良く、静か。 まずは無人のお堂にお参りし、場所をお借りするお願いをした。勝手に、『岡村島の書斎』と名付けたこの場所。 本を読むには最高の場所だ。 今回持参した本は二冊。久し振りに書棚から引っ張り出した『地下室の手記(ドストエフスキー)』と、『梅安最合傘(池波正太郎)』今日はまず、『地下室の手記』 ビールを飲みながら柱にもたれて本を読む。 静かな島の午後。 なんと贅沢な時間だろうか。以下引用。 『目的に達する経緯だけを好み、目的そのものはどうでもいいようにみえる。(中略)しかし、ほんとうに探しあてること、発見する事は、断言するが、何かこわがっている様子だ。いったん発見してしまったら、もうそのときは何も捜すものがないことを、直感で悟っているのかもしれない。(中略)だが、人間はどこへ行けばよい?(中略)人間は到達を好むくせに、完全に行きついてしまうのは苦手なのだ』尺取り虫方式での瀬戸内横断の旅も、関門海峡を越えて終わったとき、うれしさとともに、これからどうすればよいのだろう、とうとうあの楽しい旅が終わってしまったとの想いがよぎった事を思い出す。旅も、目的そのものよりは、そこに達する経緯の方が想い出深かったり、重要だったりするような気もする。 もしかすると、人生も???昨年から始めた日本海北上編では、どこまでという目的地は決めず、そのプロセスをじっくりと楽しむようにしているのだが、まさにその事が『地下室の手記』で指摘されてしまっていた。***日が大崎下島の山に沈んでいく頃、簡単な夕食を摂り、焚き火を前に独り静かに酒を飲む。 久し振りの岡村島の夜。
May 1, 2006
コメント(0)
全10件 (10件中 1-10件目)
1


