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地元の小さな銭湯。 大きく、新しく、設備の整ったスーパー銭湯や、観光地の立派な温泉にはない良さ、そう、地元に住む人々とともに歴史を重ねてきた、居心地の良い、独特のあたたかい空気感がある。***先週土曜日の昼。 シーカヤックの補修を終え、昼ご飯を食べると、子供達はそれぞれクラブ活動へ。 小さな家に残されたのは、妻と私。『ひさしぶりに、一緒に銭湯にいかないか? ちょうど、回数券も2枚残ってるし』『そうねえ、たまには銭湯も好いかもねえ』そそくさと風呂道具一式を準備し、二人で近所の銭湯へ歩いて行く。***のれんをくぐり、番台に二人分の回数券を渡し、『じゃあ、今日は一時間後!』男湯の引き戸を”ガラリ”と開け、脱衣所に入って行く。いつも居るおじさんは、鏡に向って髪を染めている。 『こんにちは』 『今日は遅いじゃない』 『いろいろと作業してたもんで』脱衣所には、他にも常連さん。 『こんにちは』 『おお』 『こんにちは』 『こんにちは』 。。。***浴室に入ると、まずはいつものように普通の風呂へ。 ジェット風呂、電気風呂、薬湯、スチームサウナ、水風呂があるが、いつも最初は普通の風呂へ入る。 ここの風呂は井戸水だが、この水の当たりがなんとも柔らかく、体が芯から温まるのだ。体が温まったら、水風呂の水を桶一杯汲んでスチームサウナへ。 座る所に桶の水を流し、待つこと5分。 体中から汗が噴き出してくる。ヒゲを剃り、頭をそして体を洗い、あとはサウナ、水風呂、ジェット風呂を適当に楽しんで、普段なら2時間ほどゆっくりと過ごすことになる。***でも今日は、妻との約束通り、1時間で風呂を出る。脱衣所で体を拭いていると、おじさんが顔を覗かせ、『おお、今日はえらい早いじゃあないか』『ええ、今日はめずらしくかあちゃんと来とるんで』 『ほうか、そりゃあええのう』***脱衣所を出ると、すでに妻が待っていた。 帰り道。『久し振りの銭湯はどうじゃった?』 『やっぱり良いねえ、疲れがとれるよ』『今日はねえ、背中にテープ張っていたからか、おばさんから、バレーでもしよるんね? と聞かれてねえ』 『それで?』 『そうしたら、マッサージしてあげようって、背中に石けんを付けてくれて、指で首から背中までマッサージしてくれたんよ』『おお、そりゃあ良かったなあ』 『うん、気持ちよかったあ。 すぐには直らんから、気をつけんさいよって』***翌日、日曜日の夕方。 宇品、金輪島を巡る日帰りツーリングから帰り、道具を片付けると、潮を流しに銭湯へ。『こんばんは』 『おお、今日は遅いじゃない』 『ええ、今日は海に遊びに行ってたもんで』『何が釣れた?』 『いやあ、釣りじゃあないんです。 カヌーって知ってます?』『カヌー。 知っとるよ』 『わたしはあれが趣味で、海で漕いどるんですよ』 『ここらじゃ川はないけえ、海がええよのう』 『ほうですよ、海ならえっと(沢山)ええ所(良い所)がありますけんねえ』***サウナから出て水風呂に入ると、隣の薬湯におじさんが入っていた。『昨日は髪を染めとられましたが、あの後どっかええ所へいったんですか?』 『なあに、そんな金はありゃあせんよお』 『そうですかあ。 じゃあ、家で一杯キュッと!ですか?』『今日は一人か? 昨日は”これ”と来た言うとったが、それじゃあゆっくりできまあが』 『ははは(残念ながら、別に”これ”ってわけじゃあないんですが)! そうですねえ。 今日はバレーの試合なので、一人で来ました。 ゆっくりして行きます』***その後もサウナで、風呂で、常連のおじさん、おじいさんたちとの会話を楽しむ。 年金のこと、仕事のこと、銭湯のこと。。。 『ほんまに大きな風呂はええですねえ。 家の風呂じゃったら、10分も入っとらんですよ』 『そりゃあ、わしも同じじゃ』一人のおじさんが、脱衣所からガラス越しに手を振って誰かを呼んでいる。 廻りを見渡しても、それらしき人は居ない。 (これって俺を呼んでるの?)自分を指差してみると、『うんうん』と頷く。行ってみると、台の上に置かれた蜜柑を指差し、『あんなが持ってきたんじゃ。 食べさせてもらえ』 『ええんですか?』 『ええよ、食え食え』 『じゃあいただきます』遠慮なくいただく。 美味い、甘い。 『こりゃあ、美味いですねえ』 『ほうじゃろう』見ていると、おじさんは番台のおじさんにも蜜柑を持って行った。 『うまいでえ。 これ食べんさい』 ほんとうに良い銭湯だ。二つほどおいしい蜜柑をいただき、少し休憩して再び風呂へ。***ゆっくりとつかって帰り支度。 『帰るんか?』 『ええ、今日は妻が出てるんで、私が夕食を作るんですよ』 『じゃあ、先に帰るよ。 お先に』 『ありがとうございました。 じゃあ、失礼します』銭湯に、シーカヤックツーリングにと、なかなか良い週末だった。スーパー銭湯や、観光地の立派な温泉にはない良さ、地元に住む人々とともに歴史を重ねてきた、居心地の良い、独特のあたたかい空気感のある銭湯。少子高齢化や燃料高騰で大変だとは思うが、大切な地元のコミュニティ空間として、長く続いて欲しいものである。
January 30, 2007
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ちょっとだけ都会の雰囲気が味わえる日帰りツーリングコース。 もう、10年近く来ていないが、冬の週末、日帰りのんびりツーリングにはちょうど良いと思い、久し振りに足を向けてみることにした。冬とは思えぬ静かな瀬戸内海。 空は晴れて風もなく、絶好のパドリング日和である。今日は、シーズンオフの静かな海水浴場から出艇。造船の島である金輪島の南端をかすめ、宇品灯台へとバウを向ける。***この元宇品公園は、昔時々ドライブに来た思い出の場所の一つ。ここは、海沿いに遊歩道があり、今日も散歩をしている老夫婦、ウオーキングしている人、釣りに来ている子供達などで賑わっている。宇品港と島々を結ぶフェリーが行き交うのを眺めながら、灯台を越えて宇品港に近づいて行く。 冬ということもあり、海水は思ったよりも澄んできれいだ。 うーん、底の岩や魚が見えるじゃないか!港の手前の小さな浜にフネを揚げ、一休み。防波堤で行き交うフネを眺め、水筒に入れてきた熱いお茶を飲むと、再び海へ。 遊歩道を歩いてきたおばさん二人組に見送られ、静かに漕ぎ出す。***遊歩道沿いに漕いでいると、散歩している夫婦や、カップル、子供連れの家族たちが、こちらを珍しそうに眺めている。 天気の良い冬の日曜日。 みんなそれぞれに、この海辺の公園で休日を楽しんでいるんだなあ。灯台を廻ると、プリンスホテルが見えてくる。海沿いに木々の生い茂る宇品公園のすぐそばにそびえ立つこのホテル。 いつもツーリングに行く海域とは全然違う雰囲気だ。 クルーザーはなくても、シーカヤックで簡単に行けて、プチリゾート気分が味わえる。シーカヤックのイベントで、横浜赤レンガ倉庫の近くを漕いだことがあるが、その時とはまた違う雰囲気で面白い。 なんといっても、海が汚れていないのが良い!ホテルのすぐ下にある小さな浜にフネを揚げ、ホテルを見上げる。ここまでシーカヤック漕いで来て、ちゃんとした服に着替えてレストランで飯食って帰るなんてのもいいかもなあ!***なーんて、ホテルでご飯なんて柄じゃあないので、昼食を摂るために金輪島へと渡る。↑ ここからは、豪華客船や帆船も寄港する岸壁や黄金山、自動車会社などが見える金輪島の北岸を漕ぎ、島をほぼ一周して南東側の小さな浜へ。昼ご飯は、前回の情島ツーリングから使い始めた『ミニランチジャー』に詰めた弁当と、『水筒』の熱いお茶。今日は、妻がバレーボールの試合で朝忙しかったので、自分で作ってきた弁当だ。 これが、荷物も少なくなり、ほかほかのご飯とおかずが楽しめるので、冬ののんびりまったり日帰りツーリングにピッタリなのだ!***帰りは、坂町の小さな港沿いに漕いで行く。ここは、結婚してから数年間住んでいた、思い出の町である。この町には当時はコンビニもなく、静かな佇まいが気に入ってアパートを借りた。 海が近く、当時はカヤックを始める前で釣りが好きだったので、夏にはよく近くの波止に夜釣りに行った。電気浮きを眺めながらビールを飲み、メバルを釣ったことを思い出す。そうそう、釣っている最中にサンダルを海に落とし、妻に頼んで靴を取ってきてもらったこともあったなあ。 懐かしい。また、大家さんが牡蠣屋さんで、アパートの一階が牡蠣打ち場だったので、冬には妻が500円玉を握って、夕食の分だけ分けてもらい、カキフライや土手鍋なんかにして食べたっけ。打ち立ての牡蠣、ほんとうに旨かったよなあ。小さな漁師町であり、大家さんも、近所の人達も、親切な方が多く、未熟な私たちにいろいろと良くしてもらったなあ。 また、景色が良く花見が楽しめる横浜公園もあり、本当にいい町だった!***晴れた冬の日曜日。 いつもとは違う、ちょっとだけ都会的な雰囲気を味わい、懐かしい思い出に心があたたまったツーリングであった。
January 28, 2007
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中古のフジタカヌー_SG-1でカヌーライフをスタートし、アクアテラ_スペクトラムで海の楽しさを知って、次に購入したのが、今も愛用しているカレントデザイン_ソルスティスSSである。当時はソルスティスSS、ST、GTのシリーズであり、その中で最も細かったのが、このスーパースポーツ/SSだった。さすがに容量は小さいが、サラリーマンの週末キャンプツーリングには充分であり、なによりそのラインの美しさに惚れてしまった。***買ったのは、たしか1995年か1996年だから、もう10年以上旅の伴として頑張ってくれていることになる。↑ 1996年6月に、島根の知り合いと、島根半島の多古の七つ穴に行った時の写真瀬戸内海、山陰の海、丹後半島、三浦半島、伊豆半島。津軽海峡横断チャレンジ、九十九里でのサーフ講習、ジョンダウドと漕いだ伊豆の海、そして瀬戸内横断隊。いろいろなところを一緒に旅した思い出が、このフネいっぱいに詰まっている。***さすがにデッキは色あせ、いつもキャンプ道具満載で浜に引きずり揚げるため底もキズだらけ。 前のハッチは劣化したため一度交換しており、ラダーケーブルもデッキのバンジーコードも何度か張り替え、昨年はとうとうラダーペダルも壊れたので新品を再インストール。でも、10年以上一緒に旅をしていると、なんだか自分の体の一部のようになり、漕ぐ度に、そして修理する度に愛着も湧いてくる。瀬戸内横断隊で、そして日本海で、多少海が荒れて来た時でも、こいつのクセや挙動、限界の高さは分かっているし、フィッティングも自分にぴったりなので、安心して、そして信頼して漕ぐことができるのだ。↑ 今日は、ゲルコートをタッチアップ正月休みにも一度、船底のゲルコートを補修したのだが、今日は、先週のキャンプツーリングでキズ付いた部分に重ね塗り。ここ数年、一年に40~50日程度海に出て、キャンプ道具を満載して酷使しているのだから、今まで以上にキチンとメンテナンスしてやらないといけないなあ。***シーカヤックの場合、自動車と違って、新しいモデルだからといって凄い新機能がついてくるわけでも、革新的に性能が向上するわけでもない。また、非常に原始的な道具であるが故、フネの性能よりも、漕ぐ人の性能が及ぼす影響の比率がとても高い(*1,2)。*1 瀬戸内横断隊で経験済みだが、重くて幅の広いポリ艇でも、私より速い人はいくらでも居る。遅いのは、決してカヤックのせいではなく...*2 津軽海峡横断で酷い潮目に遭遇し、北海道を目前にして中止になったとき、ソルスティスSSより幅の広いシーカヤックや、安定性の高いタンデムのファルトボートまでが次々と沈していった。まるで滝のような波に囲まれ、自分がひっくり返らないようにするのが精一杯でレスキューもままならず、『頑張れよー!』と声をかけながら、伴走船にレスキューされるのを、ただただ見守るだけ。というわけで、使い込むほどに私の体の一部となり、愛着の湧いたこのシーカヤックを、いたわりながら壊れるまで使い続けようと思っている(中年カヤッカーと年老いたシーカヤック。まるで、『老人と海』、いやいや『老老介護』だな!)。今年はどんな旅が、そしてどんな出会いが、はたまたハプニングが待っているのか? 楽しみだなあ。***<横断隊仲間との楽しい一時>木曜、金曜は、首都圏へ出張だった。横断隊で知り合った人達に連絡して、久し振りの再会。落ち着いた良い感じの居酒屋で、おいしい酒を飲み、旨い料理を食べ、なによりも楽しい話しで盛り上がる。うーん、酒が美味い! 本当にありがとう!カヤックを通じて様々な人たちと出会えること。 これまた、旅するシーカヤッカーにとって、醍醐味の一つである。
January 27, 2007
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日曜日の朝、シュラフの中で目を覚ます。 まだ薄暗いテントの中で時計を確認すると、6時ちょっと前。 テントで寝ていると、夜中から朝方まで、なんどか目が覚める事が多いのだが、今日は夜中に一度トイレに行っただけだ。うーん、グッスリと良く眠れたなあ。***気温は約8℃。 曇っているので、それほど冷え込まなかったようだ。それでも、残った木の枝や板を焚き火台に放り込み、火を入れる。1月21日付けの朝日新聞『be on Sunday』の『日曜ナントカ学』に、こんな記述があった。『焚き火好きは結構多い。俳優の渡哲也さん、旅と酒の歌人 若山牧水、ドイツの作家へルマンヘッセも焚き火を愛したと言う。 脳科学者の茂木健一郎さん(ソニーコンピュータサイエンス研究所)は「敵から逃れ、暖をとり調理をして火を囲むことは、先祖にとって長い間大事な時間だった。たき火には眠っている情動や記憶の回路を引き出す働きがあるのではないか」という』***朝食は、昨日の味噌仕立てのカキ鍋の残りを利用したうどん。 夜のうちに刻んでおいた白菜やタマネギ、長ネギを加え、沸騰して来たらうどんを加えてできあがり。"一味"を多めに振り、ズズーッとうどんをすすり込む。 うーん、牡蠣の良い出汁がでている!そして、味噌も一味も、体を芯から温めてくれる。***食後は焚き火の火を落とし、東屋の下に移動して、海を眺めながらのコーヒータイム。↑ これは前回訪れた時の東屋からの『お気に入りの景色』この瀬戸内らしい景色を眺めながら、ふと、なんでこんなに生野島に通ってしまうのだろうと考えてみた。家から車で下道を一時間、そこから漕いで1時間と、ほんの2、3時間もあれば行く事ができる適度な距離。 有人島なのだが、いつもお世話になっている浜は小さな集落から離れており、まるで無人島のような静けさを味わう事ができること。 そしてなにより美しい、瀬戸内らしい景色、などなど、思いつくままに挙げてみる。だが、本当にそうなのだろうか?景色だって、私だけが惚れ込んでいるのかもしれないし、車とカヤックで計2時間なんて、瀬戸内に住むカヤッカーにしてみれば、そんなに近くもないよと思う人も多いだろう(私自身、家から車で30分も走れば、良い出艇場所が沢山あるし、先日行った情島なんて、カヤックで浜から30分ほどの近さだ)。もしかしたら、生野島に初めて出会った時の思い出が影響しているのかもしれないなあ。***せっかく瀬戸内に住んでいるのだから、一度は端から端まで漕いでみたいと思い、フェザークラフトのK-1を買って、地元の小さな浜から始めた、尺取り虫方式での『瀬戸内横断の旅(兵庫県家島~山口県下関市まで)』 もう何年前になるのだろうか?その記念すべき第1回目。 地元の浜から出発し、蒲刈、大崎上島と漕いで、初めて泊ったのがこの浜だった。 当時はまだ、ソロでのキャンプツーリングには慣れておらず、初めての海域で海図を眺めながら、どこに泊ろうかとおどおどしながら漕いでいた事を思い出す。そして夕方、ようやくたどり着いたのがこの浜だった。 静かできれいな浜だったことを良く覚えている。 初めての海域、独りでのキャンプで不安を感じていた私を、やさしく迎えてくれたのがこの浜であった。この生野島への思い入れは、その時の印象が、深く影響しているかもしれないなあ、と思う。その翌日は、生野島を早朝出発し、因島を越えて鞆の浦の手前まで、そして3日目は、笠岡まで漕いだのが、瀬戸内横断のスタートだったのだ。 懐かしい。***荷物を片付け、シーカヤックにパッキング。 今日は、海も穏やかなので、いつもと違うルートで帰ってみよう!朝夕は頻繁に行き交うフェリーに気を付けながら、まずは佐組島の方へと漕ぎ進む。 ここからは、唐島の方向にバウを向け、竹原と四国とを結ぶフェリーに注意しながら北上していく。この辺りは、潮の流れが速くて複雑だ。 廻りでは、ザワザワと潮目ができており、時折波がデッキを叩く。スナメリクジラの回遊面を越え、阿波島の南端へ。ここからは、少し遠回りになるが、久し振りに阿波島の東岸をチェックしながら帰ることに。少し風が出て来て、向かい風の中を漕ぎ昇る。 阿波島の北岸あたりからは、潮止まりの時間が近いはずなのだが、まだまだ流れていて、逆潮の中を約半時間ほど筋トレ状態のパドリング。これがなかなか進まない!うーん、この辺りの潮流はやはり厳しい。 今回は、あまり長距離を漕がない冬にしては、なかなか良い運動になったなあ。***帰りには、家族みんながお気に入りの『がんす饅頭』を購入。 ここのクリーム入りは、蜂蜜入りのスペシャル仕様で、ここでしか味わえない格別の美味さなのだ。その後は、再び牡蠣屋さんに行き、殻付きとむき身を買い込む。 これも、家族への土産用だ。『この殻付きは、殻は小さいけど身は詰まってるからねえ』と店のお兄さん。『行きも、ここによって牡蠣を買い、島に渡って独りで食べたんですよ。 旨かったなあ。 これは、家族への土産用』と私。『自分ばっかり遊んでたらおこられるからねえ!』 『ははは、そうですねえ』『今日は100円引いとくわ! また買いに寄ってよ!』***今日の夜は、家族で殻付きと『カキフライ』だ! 牡蠣好きの私にとって、牡蠣三昧の週末はまだまだ続くのであった。
January 22, 2007
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広島の冬の味覚といえば『牡蠣(カキ)』 この週末は、お気に入りの生野島に渡り、焚き火を眺めながら酒を飲みつつ、牡蠣をたっぷりと喰らうことにした。***昨年末から、週末は天気に恵まれる事が多く、瀬戸内に住むシーカヤッカーにとっては、ツーリング三昧の週末が続いている。天気予報はこの週末も良い感じ。 今日は、年に何度も通う、”山頭火”も滞在した事が有ると言うしまなみの楽園の一つ、『生野島』へと向う。テーマは、牡蠣三昧のキャンプツーリング!だ。土曜日の朝、いつもの浜に向う途中で、海沿いに立ち並ぶ牡蠣を売るの店の一つに立ち寄り、『殻付き』5個と、『むき身(大粒)500g』を購入。***出艇の準備をしていると、いつも散歩している、80歳を過ぎたおじいさんが向こうから歩いて来た。『こんにちは。 今日も散歩ですか!』 『おお、そうそう。 毎日歩かんと、足が弱るから』『今日は、どこまでいくんか?』 『今日も、生野島まで渡って泊って来ようと思ってます』 『風が弱くてええのお』 『ええ、出る前に風を調べたんですが、東の風だったんで大丈夫だと思って来てみました』『今日は大潮じゃなあ』 『もうすぐ引き始めるんで、その潮に乗って行こうと思っています』 『うん、ここらは引きだとあっちに流れるからのお。 昔、船で魚釣りに出よった頃は、潮の流れと風の事ばかり考えとった』***『じゃあ、気を付けての』 『行ってきます!』穏やかな海。 いつものルートで生野島へ。 約1時間のパドリング。 ***昼前。 通い慣れた浜に到着した。 いつものようにカヤックを揚げ、荷物を運び、テントを張って、着替える。今日は、島の散策もせず、これから夜まで『牡蠣三昧だあ!!!』***まずは、昼ご飯の準備。小さなザルに牡蠣のむき身を入れ、塩を掛けて振り洗い。 昼ご飯の分だけ取り分けて、残りはジップロックに入れてクーラーバッグに収める。タマネギのスベスベした皮を剥き、小さなまな板の上に載せて、ビクトリノックスで半分に切り、さらに半分にしてから、薄切りに。小さなコッフェルに出汁を入れ、薄切りにしたタマネギを放り込む。 煮立って来たら、むき身を5,6粒、そっと並べて行く。適度に火が通ったところで、溶き卵をまわし入れ、半熟状態になったら、青味に乾燥わけぎをパラリと振りかける。暖めておいたご飯の上にかけると、牡蠣玉丼のできあがりだあ。 完成!おー、こりゃあ旨そうじゃのう。ビールをプシュッ(え、発泡酒だって?) まあいいや、いただきまーす。おお、これは美味いウマい。 とろりとした半熟卵と、サクサクの甘いタマネギ、そしてプリプリの牡蠣。 うーん、こりゃあええなあ。*** 昼ご飯が済むと、一休み。ベンチにフリースのブランケットを敷き、小さなマットを枕にゴロリと横になり、本を開く。今日は、先週の尾道ドライブで購入した古本、『江戸繁盛記』美しいしまなみの景色の中、冬の柔らかい日差しで暖められながら本を読んでいると、次第に眠気が襲ってくる。 甘い誘惑に耐えきれず、しばし目を閉じてお昼寝することにした。***冬の日差しを浴びながら、ウトウトと30分弱の気持ち良いお昼寝を楽しんだ。 やはり、なんだかんだ言っても、いろいろと疲れてるんだよなあ。目が覚めると、小さなスキレットと調味料セットを取り出す。 今度は、牡蠣を焼きながら安物ワインを飲もうと言う魂胆だ。うっすらと煙があがり始めたスキレットに、オリーブオイルをタラリ。 牡蠣を二粒載せる。ジュワー! ジュジュジュジュー! いい音だ。適度に火が通ったところで、コッフェルに入れた『大長レモン』とポン酢を混ぜたものに、そっと浸け、口に放り込む。 ジュル、ジワジワー。 おお、最高!次の二粒は、『蒲刈の藻塩』を付けて頬張る。 うん、これもたまらん。レモン味のカキ、ワイン、ポン酢でパクリ、藻塩でつるり、そしてワイン。 藻塩でペロリ、レモンでほっくり、藻塩であっさり、そしてどうしてもワイン。。。ごちそうさまでした。 いやあ、こんなに牡蠣を食ったのは久し振りだ!***夕方、日が山陰に入ると、焚き火に火を入れる。ここから、待ちに待った『殻付き』の出番である。袋を開けて殻付き牡蠣の数を数えると、8個入っていた。 ??? たしか頼んだのは5個。 払ったお金も、むき身の分と、殻付き5個分だ。うーん、あのおばさんがサービスしてくれたんだ! ありがとうございます。殻付き牡蠣を焚き火台の上に載せ、殻が開くのを待つ。待っていると、ジューッと汁が滲み出して来て、しばらくすると、パカッと殻が開く。 すると、ホンワカホンワカと湯気が立ち昇る。 待ってました!つやつや、プリプリの牡蠣。 パクリ。 ひとくち噛むと、中から牡蠣のエキスがジュワー!口いっぱいに、瀬戸内海が広がった。 ああ、これは海のエキスなんだ。***焼き牡蠣を食べつつ、鍋の準備に取り掛かる。ちいさなコッフェルに出汁を入れ、白菜、タマネギ、長ネギ、そして牡蠣のむき身を加えて焚き火に掛ける。沸騰して来たら、味噌を加えて味を整えて完成。焼き牡蠣、牡蠣鍋、ビール、ワイン。 うーん、まさに牡蠣三昧の一日。↑ この写真は、前回生野島に行った時の焚き火食後は、焚き火を眺めながら、独り静かにワインを飲む。 星がきれいだ。眠くなって来たので、火を消し、テントに入ってシュラフにもぐり込む。牡蠣三昧のキャンプツーリング。 見直したぞ、広島の牡蠣!本当にごちそうさまでした。 おやすみなさい。
January 21, 2007
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今日は久し振りに、二人の息子がクラブ活動が休みでフリーだと言う。 せっかくなので、みんなでドライブに出掛けようと提案し、家族全員がお気に入りの街である『尾道』に行く事にした。うちの場合、尾道と言えば『朱華園のラーメン』と、なぜか『古本屋』である。***息子達と妻はクラブ活動や社会人スポーツ、習い事など、そして私は『旅するシーカヤック』と、休日はみんなそれぞれ自分の趣味で忙しいため、家族全員でドライブするのは年に何回あるだろうか。この週末はキャンプツーリング向きの絶好の天気予報だったのだが、この予定が入っていたので、あえて土曜日だけの日帰りツーリングにして日曜日を空けていたのだ。 今日は楽しみだなあ!***土曜日に引き続き、これまた絶好のドライブ日和となった日曜日。せっかくのオープンカー日和なのだが、今日は4人なので『ロードスター』ではなく、ほぼカヤック運搬専用と化しているステーションワゴンで出発。海沿いの道を快適に走り、途中で休憩して海を眺める。 うーん、なんという気持ちの良さ。『あそこが、前におまえと一緒にキャンプに言った生野島だよ』***渋滞も無く、予定通りの時間に尾道に到着。11時前に『朱華園』に行くと、うちの家族が一番乗り。 家族4人で、中華そばを2つ、チャーシュー麺を1つ、そして焼きそばを2つ注文。 これをみんなで分けて食べるのだ。ラーメンが、焼きそばが、そしてチャーシュー麺が運ばれてくる。 いただきます! うーん、やはり旨い。二人の息子達も、たっぷり食べて満足している。 ごちそうさまでした。店を出ると、いつものように行列ができていた。***食事の後は、商店街を散策。 家族それぞれお目当ての店はあるが、私と息子達の本命は古本屋。複数の古本屋を巡り、じっくりと本棚を眺める。 至福の一時。 私は今回、『江戸繁盛記』と『東海道中膝栗毛』を購入した。 天保の改革で発禁となったという、曰く付きの 江戸繁盛記 は面白そうだ!***帰りには、せっかくなので瀬戸内海の景色を堪能しようと、山に上がってみる事にした。 筆影山と竜王山。筆影山は、若い頃には初日の出を見に来たり、子供ができてからもたまにドライブに来た事があるが、最近はご無沙汰していた。離合も難しいような、狭く曲がりくねった山道を走り、筆影山山頂近くの駐車場へ。 少し歩くと展望台。島、島、島、島、島、島...先日も訪れた、しまなみの楽園『生名島』も見える。 あれは、潮湯に入れず、思いがけずローカルバスの旅を楽しんだ『弓削島』だ。 ああ、あれは。。。 おお、こっちは。。。うーん、これは絶景! しまなみの島々が、白い砂浜が、島と島とを結ぶいくつもの橋が目の前に広がっている。 これぞ、瀬戸内海のなかの瀬戸内といった美しい景色である。***筆影山より少し高い竜王山からの眺めは、さらに美しい。 ここからの景色は、JR西日本のCMやポスターにも使われた場所だとか。家族に、『瀬戸内横断の時は、あそこから漕いで、この島とこの島の間を抜けて、そこを通って、あそこまで一日で漕いだんだ』などと説明する。普段は、海抜0メートル、まさに海面すれすれの世界で楽しんでいるのだが、たまには鳥の視点で眺めてみるのも一興である。こんな良い場所をシーカヤックで漕いで遊んでいるんだ。 なんという贅沢。 シーカヤッカー冥利に尽きる。瀬戸内海に生まれ育ち、シーカヤックに出会って、本当に良かった!
January 14, 2007
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瀬戸内海に浮かぶ、周囲4.4km、面積0.69km2の小さな島。 広島県呉市、『情島』 1992年に始めたカヤックで、初めて渡った思い出の島である。今日は日帰りツーリング。 久し振りに情島に行ってみようか。***風も弱く、日差しが暖かい。 小春日和で、絶好のパドリング日和。いつもの浜から漕ぎ出し、情島へと向う。島の西側に着く。 ここから、時計回りに一周してみることにした。 いったん北上し、岬を廻り、こんどは南へと漕ぎ進む。 情島の東側から南側にはきれいな浜がたくさんあり、カヤックを揚げて一休み。南の岬を廻り込むと、すぐに小さな港が見えてくる。 港のすみっこの小さな浜に、そっとカヤックを揚げさせていただいた。 石組みのスロープを上がり、通りに出る。 本土から来たと思われる、桟橋で釣りをしている二人の人以外は、だれも見あたらない。集落を散策してみる。 狭い路地を抜け、畑の横の道を歩く。 しばらくすると、元は学校だったと思われる建物が見えてきた。もう使われてはいないようだ。 静かで良い島だけど、子供が居ないんだろうなあ。学校の角を曲がると、手押し車を押しながら、ゆっくりとおばあちゃんが歩いてきた。『こんにちは。 ここは、学校だったんですか?』 『ええそうよ、今は休校中じゃけど』『昔は人が多かったんですか?』 『戦前や戦後は人が多くて賑やかじゃったよ。 でも、だんだん広島や呉に出て行って、人が少なくなって。 この学校も、最初は一階建てだったのを、二階建てにしたんじゃけど、その後は子供達は船で本土の学校に通うようになって、休校になってしもうたん』***『昔はねえ、鰯網やサワラ漁の船も多かった。 魚を揚げるのを手伝いに行って、魚をもろうたりしよったねえ』『うちでも、おじいさんが船で漁をしよった。 サワラ漁やエビ網をしょうったころは、良かったねえ。 おじいさんが居らんようになってからは漁もせんようになったけど』 『じゃあ、おばあちゃんも船に乗りよったんですか?』 『わたしゃあ、島の外からきたんじゃけ、漁なんかできん。 おじいさんだけ』『前は、この山の向こうに別荘を持っとる人が居って、管理人さんも住んどったことがある』 『それって、鳥居のある浜のところですか?』 『そうそう、今は無くなってしもうたけど』 『あの浜のところに、石組みで土台が残ってますよねえ』『じつは私が子供の頃、うちのお袋が、○○病院の看護士をしていて、月に何回か病院の先生と一緒に渡船でこの島に来ていたと聞いた事があるんですよ』 『○○病院。 ああ、あの□□町にある病院よねえ』 『そうですそうです』『昔はねえ、夏になったら定期船で泳ぎに来たり、キャンプしに来る人も多かったんよ。 でも今は、いろんなところに海水浴場があるでしょう。 倉橋の方には温泉もあるし。 じゃけえ、最近はあまり人が来んようになった』 『残念ですね。 こんなに静かで良い島なのに』『私は島の外から来たんじゃけど、まあね、ここに住んどったら、畑で採れた野菜を食べて、魚を食べて、不自由はないよ。 もう何十年も住んどるんじゃから、出て行こうとも思わん』『今から畑に白菜を採りに行くところ』 『いろいろと話しを聞かせてもらってありがとうございました。 楽しかったですよ。 また、遊びに来ても良いですか?』 『ああ、ええよ。 またきんさい』再び路地を歩き、港へ。 ちょうど昼だ。今日は、妻に作ってもらった弁当を持って来た。 ちいさなランチジャーに詰めた弁当。 やわらかい冬の日差しを浴びながらの昼ご飯。***弁当を食べていると、荷物を抱えて通りを歩いて行く人に声を掛けられた。『釣りしよるん?』 『いいえ、今日はシーカヤックを漕いで来たんです。 島を一周して、ここで弁当を食べさせてもらってます』 『ああ、あのフネか』『ここに住んでおられるんですか?』 『いやあ、この島に実家があって、週に一回くらいは顔を出しに帰る。 船の手入れもあるし』この島には、多い時には200人くらいの人が住んでいたそうだ。 それが今は10人を切っており、お年寄りばかり。 本当に良い島なんだけどなあ。『わたしの知り合いにも、シーカヤックをやっている人が居る』 という話しから、共通の知人があることが分かって驚いた。『それって、○○さんじゃないですか?』 『そうそう。 その人!』 『○○さんとは、毎年秋に小豆島から祝島まで漕ぐ、瀬戸内カヤック横断隊で何度かご一緒してるんです』 『今度会ったら、よろしく言っといて』***その方が、船で帰って行かれるのを見送り、お湯を沸かしてコーヒーを飲むと、私も帰り支度。カヤックに乗り込み、漕いで行くと、桟橋のところで網を片付けている漁師さんが居た。『こんにちは。 たくさん採れましたか?』 『今の時期はカレイ。 今日はまあまあ採れたよ』 から始まり、話しが弾む。 漁師の仕事、カレイのおいしい時期、島の暮らし、カヤックの話し。『でも、漁師さんていいですよねえ。 憧れの仕事ですよ!』 『なにが、そんなええもんじゃないよ。 冬は寒いしの』 『海の上は気持ちいいし、たくさん採れたらうれしいんじゃないですか?』 『わしは、そこそこ食べられたらそれでええんよ』 『ええですねえ』そして、『これ、食べるか?』 といってもらったのは、『ニシ』と呼ばれる貝。 『さっと湯通しして、ワサビ醤油で食べたらおいしいで』『いいんですか? 自分が食べるのが無くなるんじゃないですか?』 『なあに、わしはあんまり食べんけんええよ』 『ありがとうございます』『また、遊びに来てもええですか?』 『おお、きんさいきんさい』 『ありがとうございました』 『じゃあ、気を付けての』***『こぐ、みる、きく』 充実した冬の一日。あまりに身近すぎて、ゆっくりと上陸し、集落を散策する事も無かった情島。 今回の訪問と様々な人との出会いで、情島に惚れてしまったかも!今日は、このニシの刺身をつまみに、出会った人達の事を思い出しながら、ゆっくりと晩酌を楽しもう。***昨年秋に周防大島で行われた、『あるく、みる、きく』の特別企画に参加させていただき、毛利さんの講演と、香月さんの洋上レクチャーを受けてから、旅のスタイルが少しかわったような気がしている。『旅するシーカヤッカー』にとって、あの企画は重要なターニングポイントだったのかなあ。
January 13, 2007
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!1996年6月。 雨の後の増水した江の川を、当時小学生だった長男と一緒に下ったときの写真が出てきた。これは、当時川下りにハマって通っていた、島根県にある『カヌーの里おおち』のツーリングに参加した時、知り合いのカヤッカーの方が撮影して下さったものだ。Macintosh Performa 5210 押し入れに眠っていた1995年製の懐かしいこのPCに古い写真が残っている事を思い出し、レスキューするため引っ張り出してきた。もう何年も電源を入れていないので、立ち上がるかどうか不安だったが、スイッチを押すと、『ジャーン!』という懐かしい音とともに無事立ち上がってくれた。思えば昔は、このPCにモデムをつないで、メールやインターネットを楽しんだものだ。 ブロードバンドなんて無い時代。 HPなんて、上から徐々に開いていったスローインターネットの時代であったが、それでも『凄い時代になったもんだ!!!』と思っていた。もちろんUSBポートも付いていないので、写真を一枚一枚『フロッピーディスク!』に取り込み、10回に一回しか立ち上がらない壊れかけのウインドウズ98PC(FDドライブ付き)に移し、そこから外付けHDDでiBookに持ってきた。***懐かしい写真が出て来る出てくる。 当時はデジカメなんてなかったので、スキャナーで読み込んだものである。↑ この日はかなり水位が高く、瀬という瀬は、轟々と凄い音を立てて私たちを待ち迎えてくれていた。 珍しく真剣な顔つきでパドリングしている。↑ 大きな波でバウが持ち上げられる! ↑ 『豚小屋の瀬』では、波が頭を越えた!この時のツーリングは、今でも長男との語り種になっている。***他にも、おもしろい写真が出てきた。これは、1997年のゴールデンウイークに、当時持っていた『スーパーカブ90』にインフレータブルカヤックを積み、独りで四国の四万十川下りに行ったときの懐かしい写真である。バイクを使ったのは、クルマだとフェリーの料金が高い事もあるが、バイクでカヤックツーリングというテーマが面白そうだったため。カヤック、パドル、PFD、テント、シュラフ、着替えなどなどを積み込み、今思うとすごい格好で走っていた! フェリー、バイク、カヤック、タクシー、JRを駆使した、四万十川ソロツーリング。こうやってみると、昔から一風変わった旅が好きだったんだなあ!この数年後には、家族4人、タンデム2艇で2泊3日の四万十キャンプツーリングも楽しんだものだ。***約10年前、初めて沖縄に漕ぎに行った時の写真もあった。 これも、ツーリングでご一緒させていただいた方が撮影され、送っていただいたもの。写真の左側手前(青いK2のスターン側)が私である ↑初めての沖縄は、沖縄本島から慶良間まで、フェザークラフトK2を使ったアイランドホッピングの旅だった。 沖縄カヤックセンターがK2だけでのツーリングを初めて実施したときのもので、出発時に進水式をした事を覚えている。はじめて見る沖縄の美しい海。 チービシで、生まれて初めて見たウミガメの産卵。 渡嘉敷島にゴールしたときの達成感。 この旅で『沖縄熱』に感染し、それから何年も毎年通ったものである。***家族で江の川、錦川を下ったときの写真や、子供達が小さい時に書いた絵、そしてその絵とともに記録されている子供達の声! キッドピクスというソフトで楽しむ、子供達が小さかった頃に描いた絵と声。 これには家族全員腹を抱えて笑い転げた。 やっぱマックがいいわ。 ああ、本当に懐かしい。古い写真や絵を家族で眺め、思い出話で盛り上がるのも楽しいものだ。Macintosh Performa 5210 私にとっては、10年前のタイムカプセルのようだった。
January 7, 2007
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1月5日。 キャンプツーリング三日目の早朝、テントの入り口から顔を出すと、西の空に傾きかけた満月が、静かなキャンプ場を照らしていた。気温は約3℃。 少し冷え込んではいるが、風もなく穏やかな朝だ。朝食を摂り、シュラフやシュラフカバー、シーツを干すと、パドリング用のウエアに着替える。 日の出前、静かな浜から独り漕ぎ出す。***今日も、まずは鶴島、亀島を巡る。大潮ということもあり、かなり潮が流れている。 瀬戸内の中でも、しまなみは潮流の早いところが多く、まるで川のようだ。フェリーグライドで流れを横切り、グリーンランドパドルで水をしっかりとキャッチして、逆潮を遡る。↑ 亀島 頂上が平らになっており、その昔、水軍の見張り台があったそうだ亀島の南岸をかすめ、次は生口島へ。 瀬戸内横断隊ピッチのパドリングで、まっすぐ生口島を目指して漕ぎ続ける。うん、良い感じだ。***生名島の浜に戻ると、管理人さんが来られていた。『おはようございます。 今日は、鶴島、亀島を廻って、生口島まで行ってきました』 『朝から元気ねえ!』 『今日は風もなくて良かったですよ』しばし立ち話。ここがキャンプ場になる前の様子や、浜の手前に活用されない空間が残っている理由、島での暮らし、などなど。この一時が、また楽しい。***昼前。 テントを片付け、シーカヤックをカートップして準備完了。『お世話になりました。 今から帰ります』 『本当に楽しかったですよ! また来ます。 その時はまた、自転車を貸して下さい!』『この時期、誰も来ないでしょう。 いろいろと話しができて私も楽しかった。 また来て下さい』***シーカヤックを漕いで、自転車を漕いで、美しいしまなみの景色を堪能し、いろいろな人に出会って、話しをして、お世話になった。 『こぐ、みる、きく』の、最高の三日間。2007年もこんな感じで、のんびりまったりと『旅するシーカヤック』を楽しみたいなあ。
January 5, 2007
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1月4日。 生名島シーカヤックキャンプツーリング二日目の朝。目が覚めると、まだテントの中は薄暗い。 テントの中の気温は7℃ほどと、それほど冷え込んではいない。ヘッドランプを灯し、本を手に取る。 『宮本常一を歩く_下巻(毛利甚八)』***昨年秋に周防大島であった宮本常一に関するイベントに、妻とそしてエクストリームNさんとともに参加した時、毛利さんの講演を聴いた後に購入した、サイン入りの本である。上巻は家で読んだ。 以下、抜粋。『それにしても、こうしてめったに人の訪れない土地を、ぼんやり歩いているこの時間の贅沢なこと。 なにしろこれは私以外の誰の役にも立たない旅なのだ』『かつて辺境と呼ばれた地域を歩いても格別の楽しみがある訳ではない。 (中略) なにを好き好んで、と自分で思うことがある。 その反面、先にも書いたように歩きながら、これって究極の贅沢だよなあ、とニヤリと笑うのだ』『辺境は美しい、と私は思う。 その景観や人の暮らしの中に、積み重ねてきた時の推移を不器用に魅せてくれるからだ』『旅人は辺境と都市を越境する時に、時間に素手で触ることができる。 少し後ろめたい贅沢だ』この本を読んで、私がライフワークとしている『旅するシーカヤック』、『こぐ、みる、きく』に通じるものを感じ、共感を覚えた。そしてこの下巻は、家でではなく、ぜひともシーカヤックの旅先で読もうと思い、今回の生名島ツーリングの伴としてザックに入れてきたのである。***朝から風が強い。 天気予報を確認し、天気図をチェックし、風が収まるのを待っていたのだが、強くなるばかり。今日はシーカヤックを漕いで、弓削島に行き、潮湯に入ろうという計画だったのだが、これではクルマか徒歩で行くしか無さそうだ。 残念!朝食を終え、コーヒーを飲んでいると、管理人さんがやって来られた。『おはようございます。 今日は風が強いので、カヤックで弓削まで行くのはやめようと思います。 クルマで立石港まで行ってフェリーで因島まで渡り、歩いて家老渡港まで行き、そこからフェリーで弓削に渡って潮湯まで行って来ようと思ってるんですが』『そうねえ。 歩いて行くのも良いけど、自転車はどう?』『え、自転車あるんですか?』『実はあるのよ。 タイヤの空気が無いので入れないといけないけど。 実はこれまでまだ誰も乗っていないの』『貸してもらえるんですか?』 『もちろん。 書類には書いてもらわないといけないんだけどねえ』 『書きます書きます!』***書類に記入して手続きを済ます。 その間にも、どこからどのフェリーに乗って行くのが良いか、電話で問い合わせていただいたり、空気入れを取りに行っていただいたり。 私が自転車を借りるために、いろいろとお手数をお掛けしてしまい、感謝の気持ちでいっぱいである。『景色を楽しみながらゆっくり行くのが好きなのかなあと思って。 クルマよりゆっくり景色を楽しめるし、歩くよりいいでしょ!』部屋の奥から出てきたのは、まだシートにビニールのカバーが掛かっている新品の自転車、『いきなスポレク15号』今日の私の相棒は、内装3段変速、オートライト付きの高級ママチャリである。パンフレットにも載っていない裏メニュー。 しかも料金は無料である(涙)。 これで、この島に来る楽しみがまた一つ増えた。『ありがとうございます!!! いやあ、本当にうれしいなあ。 こういうのが大好きなんですよ。 良い歳して恥ずかしいですが、今日は最高にハッピーです』『自転車でのんびり島を走れば、新たな出会いもあるかもしれないしねえ』あー、完璧に私の好みを読まれている。 この管理人さんにはすべてお見通しなんだ。***『じゃあ、行ってきます』 海沿いの道を、ママチャリのペダルをキコキコと踏んで走りながら、顔がにやけているのが自分で分かる。 最高!まずは立石港まで走り、そこからフェリーに乗って因島の長崎港へ。 土生で昼食のおにぎりを買い、歴史を感じさせる商店街の狭い路地を、のんびりと走る。再び、『宮本常一を歩く_上巻(毛利甚八)』より引用。『私は少し赤錆の浮いたような疲れた町が好きだ。 盛りが過ぎて、ひと休みしているような街並みを歩いているとワクワクする』***ここからは、アップダウンのあるクネクネ道を、造船所沿いに走り抜け、弓削に渡るフェリーが出ている家老渡港へ。駐輪場に『いきなスポレク15号』を停め、フェリーに向う。片道10分ほどの短い距離を小さなフェリーで弓削に渡り、歩いて潮湯へ。ドアを開け、サンダルを下駄箱に入れ、受付に。『こんにちは。 ここに名前を書いて下さい。 それと、水着は持って来られました?』??? (エッ! 水着って何? そんなの聞いてないよ!!! 観光用のパンフレットにも書いてなかったし) 『水着が要るんですか?』『ええ。 ここは、水着着用になっているんですが』『じゃあ、入れないってことですね?』(がーん。なんのためにここまで来たんだ) 『ええ』『わかりました。 あきらめます』 『普通の風呂なら、弓削ロッジがありますが』半分気を失いそうになりながら、ふらふらと潮湯の建物を出る。 何のためにここまで来たんや。。。なんとか気を取り直し、近くの神社まで歩いて行く。 神社にお参りし、海岸に座って海を眺めながら昼食のおにぎりを頬張る。***まあ、文句を言っても仕方が無い。 潮湯の傍にバス停があったよなあ。 もし良い時間のバスがあったら、『弓削ロッジ』まで行ってみるか。再び潮湯まで戻り、バスの時間を確認する。 うん、あと10分ほどで下弓削まで行くバスがある。バスでのロッジへの行き方を聞くために、再び潮湯へ。ここでは、先ほどの受付のお姉さんが、親切に帰りのバスの時間や降りるバス停などを教えてくれた。 ありがとうございました。***バスの到着時刻数分前になると、潮湯から3人のおばさん達が出てきた。 このバスで、下弓削まで帰るのだろう。『こんにちは』とまずは挨拶。 『いやあ、この潮湯に入ろうと思ってきたんですが、水着が無いと駄目だということで入れなかったんですよ』『まあ、それはかわいそうに』 『ここは海水風呂だから、出た後もサッパリして湯冷めもしないし気持ちいいのよ』 『露天風呂も良いし、なんといっても体に良いの。 リュウマチの人もここに来るようになってから、だいぶ良くなった人が居るのよ』 『ここは、本当に気持ちいいの』『えー、そうなんですか。 話しを聞けば聞くほど入りたくなりますねえ』 『今度はぜひ、海パンを持ってきます』『ここは水着だけじゃ駄目よ。 帽子、スイミングキャップも要るの』 『えー、そうなんですか? 次に水着を持ってきても、また入れないとこでした!』***バスに乗り込んでからも、運転手さんに『この人はロッジ前で下ろしてあげて』と教えてくれたり、両替機が無かったので困っていると、『私が両替してあげる』と、親切にも500円玉を両替して下さったりと、いたれるつくせり。本当にありがとうございました。***無事、弓削ロッジに到着し、高台にある眺めの良い風呂でのんびりまったりと潮を流す。 あー、さっぱりサッパリ。上弓削港まで行く帰りのバスは、役場前まで行かないと無いし、この島にはタクシーも無いようだ。 バスの時間まで、まだまだたっぷりあるので、弓削ロッジの休憩室で時間をつぶす。 適当な時間にロッジを出て、白砂青松の海岸沿いの道を歩いて役場前に向ってトボトボと歩いて行く。バス停に着いてもまだまだ時間があるので、ベンチに座り、『宮本常一を歩く_下巻(毛利甚八)』を開く。そこには、いきなりこんな記述があった。『中間報告として、実体験からの私なりの辺境の定義を試みてみたい』『一、辺境とは交通手段の選り好みができない場所である(たいていは本数の少ないバスか船、集落に入れば歩くしかない)』まさに、今の私が置かれている状況そのものじゃないか! 本との出会いは、まさに不思議な縁だ。***バス停で本を読んでいると、おばあさんが一人歩いてきた。『こんにちは。 バスはここで待っていれば良いんですよねえ』 『こんにちは。 ええ、そうよ』 『ありがとうございます』しばらくすると、別のおばあさんがやってきた。 そのおばあさんは自動販売機で暖かい甘酒を買い、ベンチに座り、缶を開けてゆっくりと飲み始めた。『こんにちは』 『あんたは向こうまでバスで帰るんね?』 『ええ、そうです』 『今日は買い物に来たのに、どの店も早う閉めてしもうたんで、もう家に帰るとこ』ようやくバスの時間。甘酒を飲んでいたおばあさんは、どうやらこのバスには乗らないようだ。最初に挨拶したおばあさんが、海側に歩いて行くので、『そっちで待てば良いんですか?』と確認し、一緒にバスを待つ。家老渡行きのフェリー乗り場に一番近いバス停を教えてもらい、到着したバスに一緒に乗り込んだ。***狭く曲がりくねった島の道を、運転手さんは慎重に走って行く。 途中のバス停で、そのおばあさんは降りるようだ。『どうもありがとうございました』 『じゃあね、気を付けて』 『さようなら』バスは静かに発車した。おばあさんはそのまま立ち止まり、私の方を見て、ニコニコと小さく手を振って見送ってくれている!私は思わずうれしくなってバスの車窓から振り返り、なんどもうなずきながら『ありがとうございました』と繰り返す。 なんという幸せな瞬間。潮湯に入れなかったショックも全て忘れ、今日、弓削島に来て良かったと心から思った。***今日は、強風でパドリングをあきらめ、また水着が必要なことを知らなかったため潮湯に入れなかったことで、予定外のバスを使って弓削島を巡る旅をすることとなった。でも、そのおかげで様々な人達に巡り会うことができ、お世話になったのだ。 ハプニングも、大切な旅のエッセンスなんだなあ。***2007年のシーカヤックによる『あるく、みる、きく』生名島編の二日目は、思いもかけない様々な出会いによって、私に至福の一時を与えてくれた。これぞ、『旅するシーカヤック』の醍醐味だ。さあ、生名島に戻るぞ。 走れ、『いきなスポレク15号』!
January 4, 2007
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2007年の『旅するシーカヤック』は、しまなみ海道にあるお気に入りの生名島から始める事にした。1月2日の朝。 1月3日から5日までキャンプしたいのですが空いてますか? と電話を入れる。 『ええ、だいじょうぶですよ。 管理人さんに伝えておきますから』との返事。しばらくするとケータイに電話が。 知らない番号。。。?電話に出ると、キャンプ場の管理人さんだった。新年の挨拶を交わし、正月から伺って申し訳ないですねと言うと、 『ぜんぜん気にしないで良いのよ。 それより、今回もお子さん達は来れないの?』『ええ、みんな仕事やクラブ、試験勉強なんかで忙しいもので』 『そう。 明日は、ちょっと用事があって行けないかもしれないから、いつものように好きなところにテントを張っておいて下さい』 との事。***3日。 いつもの浜に、昼前に到着。 何ヶ月振りだろうか、いつ来てもこの景色は最高だ!海辺に広がる美しい芝生の広場には、一組の家族が遊びにきていた。 荷物を降ろし、昼食の準備をしていると、ご主人から話し掛けられた。『ここでカヤックを漕ぐんですか?』 『ええ、今日から3日間ここに居るので、適当にこの辺りを漕ぐつもりです』『生名島には時々来て、ここでキャンプしながら、岩城島や弓削島、伯方島あたりまで往復したりして遊んでいるんですよ』 『そうですか。 実は、私もカヤックをやっているものですから』ここからしばらくカヤック談義。このTさんは、ファルトボートで奈良の吉野川や岡山の高梁川、琵琶湖などを漕がれているそうだ。 また、この生名島出身で、長期の休みには里帰りされているということ。『この辺りも漕いでみたいと思っているんですよ。 目の前の平内島までは行った事があるんですが、結構潮流がキツかったですねえ』 『そうですか。 今度機会があったら、ぜひ一緒に漕ぎましょう! 気が向いたらメール下さい』***Tさん家族を見送り、昼食のうどんを食べ終えると、管理人さんがやってきた。『どうもお世話になります。 今日は大丈夫だったんですか?』 『だいじょうぶ、だいじょうぶ。 うちもみんなそれぞれ忙しくて』手続きを済ませ、差し入れのみかんと冷凍のホタテをいただいた。 なんとこのホタテは、管理人さんの服のポケットから、ラップに包まれて出てきたのだ! 『すごいところから出てくるけど、このホタテは、解凍したら刺身で食べられるよ』うーん、なんだかとてもうれしい。 みかんと言い、ホタテと言い、本当にありがたいことだ。『これ、少ないですけどどうぞ。 家の近くで買ってきたんです』と、私もささやかながら手土産を渡す。『じゃあ、明日も来ますから。 ゆっくりして行って下さい』 と帰って行かれた。***どうやら風も収まってきたようだし、海に漕ぎ出せそうだ。鶴島、亀島と縁起の良い名前の島を巡り、途中の海上にある龍神様にお参りする。あらためて気にしてみると、この辺りは潮の流れが強いし、方向も複雑だ! 島のこちらでは北向きに流れているのに、反対側では南向きに流れていたり。島と島とを結ぶ船も頻繁に行き交っており、この海域も、経験の少ないカヤッカーは避けた方が無難そうである。小さな洞窟がズラリと並ぶ、瀬戸内では珍しい景色の平内島の西岸を南下して、岩城島へと漕ぎ進む。岩城島では、浜にカヤックを揚げて、しばし休憩。 差し入れでいただいたみかんを食べる。 うん、うまい。***1時間半ほど漕いで浜に戻り、夕食の準備に取りかかった。今日は、いつもの簡単スキレット料理。ベビーハンバーグを、しいたけを、そして長ネギを焼いて、醤油をつけて食う。 そして、ホタテの刺身でビールをグビリ。 うーん、たまらん。焼き物が終わると、スキレットに水と出汁を入れ、白菜、ネギ、舞茸を入れてシンプルな野菜鍋。 あつあつ、ほくほくだ。食事が終わると、小さなオイルランプに火を入れる。 良い感じの、ほのかな明かり。七輪で暖をとりながらお湯を沸かし、地元の『はっさく酎』のお湯割りで体を温め、今日一日の出来事を思い出しながら心を暖める。2007年の『旅するシーカヤック』 思わぬ出会いあり、懐かしい再会あり。 なかなか良いスタートじゃないか!
January 3, 2007
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