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2度目のフルマラソン挑戦まで、あと20日。先月半ばにハーフマラソンを完走した後、ほぼ毎朝10キロ前後走ってきた。しかし1週間ほど前、左ひざ近くに痛みを感じた。やばい、2年前フルマラソン初挑戦に向けてランニングに励んでいた際に変形性膝関節症になり、歩くこともままならなくなり病院通いをした事が頭をよぎった。2日ほどランニングを休み様子を見た。その翌日、痛みがあったら病院に行こうと膝にサポーターを当てて4~5キロ程度の軽めのランニング。痛みはなかった。ふう、一安心。その後、再び毎朝10キロのランニングを再開。いろいろあるよね。ま、60歳近い肉体に過酷な状態を強いているのだから膝の痛みくらいあって当然といえば当然だ。ある知り合いのマラソンランナーは、「ランニングによる故障はランニングで治せ。」と言っていた。筋肉や筋の痛みなら走って治せるけど、関節をやられたら無理だよな。今日も夜明け前にランニング・スタート。相変わらず寒い。頬はこわばり、両手はかじかむ。でも遊歩道や庭木の梅には花が!その瞬間、全身に力がみなぎる。着実に春に向かう季節の歩みに喜びの反応を示している。思わずここで一句。「 白梅や フルマラソンよ 早く来い! 」大会当日までなんとか持ってほしい。頼むぜ、わが肉体!
2017.01.31
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大晦日のベートーヴェンに続いて、年明けの3連休はマーラーの交響曲三昧だと決め、自室のCD棚を探ったら、マーラーの交響曲すべてが揃っていた。よし、全曲聴くぞ!ナビゲーターは、上掲写真の新書「マーラーの交響曲」。神奈川フィルの指揮者・金聖響とスポーツ・ライターでクラシック・ファンの玉木正之の共著だ。単なる曲の解説にとどまらず、マーラーという人物情報や、当時の社会や文化・音楽状況などに頻繁に脱線する。そこが面白い。この本を読みながらマーラーの交響曲第1番から順番に、第10番までを聴いていく。大晦日のベートーヴェン交響曲連続演奏会のミニ講演で三枝成彰氏は「マーラーの交響曲は、その形式からすると交響曲とは別ものではないか」と話していたが、それを裏付けるかのように、マーラーの交響曲は、多様というかハチャメチャな形式で作られていることが改めてわかる。楽章が5つも6つもあったり、合唱が入ったり、全編歌入りだったり・・・。第1番を初演した時、マーラー自身は、「交響詩」として発表したのだそうだ。でも第2番が大成功をおさめたのを受けて、第1番も交響曲として発表しなおしたのだという。第2番がベートーヴェンの第9を超えたとの評価を得たことから、ベートーヴェン時代の交響曲の形式の足枷から解放されてやりたい放題になったのだろう。マーラーの交響曲は演奏時間が長い。ブルックナーに匹敵する。でも改めて聴いてみると、1曲1曲の第1楽章の出だしが特徴的なことに気が付いた。第1番のピアニッシモのA音、第2番のヴァイオリンとヴィオラのフォルテッシモのトレモロ、第3番の8本のホルンによるメロディー、第4番のトナカイの橇のような鈴の音、第5番のベートーヴェンの運命と同じリズムのトランペット、第6番の悲劇的なマーチ・・・・・どれもインパクトのあるオープニングだ。この冒頭のインパクトが、聴き手をマーラー・ワールドに引き込む力になっているんだと思う。マーラーは、天才的な交響曲作曲家であったと同時に、大指揮者でもあった。ウィーン国立歌劇場の音楽監督もやっていた。ニューヨークのメトロポリタン歌劇場でも指揮をしていた。そんな多忙な指揮者としての仕事をこなしながら、シーズンオフになると田舎の小屋に閉じこもって作曲に専念するという生活を送り、51年の生涯に11曲(未完の第10番と「大地の歌」も含め)もの傑作交響曲を生み出したのだから大したものだ。あの偉大な名指揮者フルトヴェングラーも交響曲を何曲か作曲し発表したが、まったく評価されなかった。それに比べてもすごいよね。あれこれ説明ばかりになってしまったけど、改めて交響曲を全部聴いてみて、マーラーの交響曲には、すべてに共通して胸に沁み入りメランコリックな気持ちにさせる何かがあることを実感した。アレグロも、アダージョも、スケルツォも、どの曲にもどこかに無常観、寂寥感、諦念がにじむ。ニーチェのニヒリズム思想やジョー・サンプルのジャズ・ピアノの持つ哀感と共通するものだ。そこがマーラーの最大の魅力であり、私を引き付けてやまない特徴だと思うのであります。年男が正月明け早々に聴く曲かどうかは定かではないが・・・・・。という個人的結論が出たところで、最後に一句。「 聴き初めの マーラー沁みる 年男 」
2017.01.09
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生まれて初めて「年越しライブ」なるものを体験した。それはロックでもポップでもジャズでもなく、クラシック。しかもベートーヴェンの交響曲をすべて聴くという、聴く方も演奏する方も疲れそうなライブだ。開演時間は13時。そして第9番「合唱」が終わるのが23時55分という長時間演奏会。チラシにある「振るマラソン」というのもうなずける。その「振るマラソン」の指揮は炎のコバケンこと小林研一郎。ベートーヴェンを得意とする世界的マエストロだ。オケは岩城宏之メモリアル・オーケストラ。この年越しライブを始めた指揮者・岩城宏之に参集したメンバーによる年1回にわかオーケストラなのだろう。しかしコンサートマスターは、N響のコンマスで、愛称マロこと篠崎史紀。指揮者なしでベートーヴェンの交響曲をやってしまう実力者だ。う~む、これは期待できるぞ。会場は、上野の東京文化会館。クラシック少年だった中学生の頃にN響のコンサートを聴きに来て以来、40数年ぶりだ。開演20分前にホールに入る。5番「運命」あたりから次第に客が増えていくのかなと想像していたが、意外にもけっこうたくさんの人が集まっている。紅白歌合戦も見ずにベートーヴェンとともに年を越そうとしている人がこんなにいるんだなあ。13時きっかりに交響曲第1番が始まった。指揮台に譜面台はない。暗譜したコバケンは、いつものオーバーアクションでオケを引っ張り、それにオケがしっかりと応じていく。1つ1つの楽器の音が粒だってクリアにきこえる。いいホールだ。さすがクラシック音楽の音響ホールだ。多目的ホールであるNHKホールより数段上だ。はつらつとした第1番。そして知られざる傑作=第2番。快演に気持ちよく酔う。そして30分の休憩の後、第3番「英雄」だ。いよいよ大傑作の登場だ。心して聴かねば。でも右となりの席はまだ空席だ。いつ来るのだろう。力強く躍動感に満ちている。感動的だ。連打されるティンパニ、うなりを上げるコントラバス、吠える・金管楽器・・・。これって今でいえばハード・ロックだ!ベートーヴェンは200年前のロック・スターだったのだ。小休憩の後、第4番。右となりの客がやってきて着席。3番と5番という2大傑作に挟まれて目立たない曲と思いきや、改めて聴くとこれがまた躍動感にあふれる曲。興奮しながら聴き入る。右となりの男性客は、ステージを見ずにひたすらプログラムの演奏者のページを眺めている。楽員の関係者なのだろうか?ベートーヴェンにはあまり興味がないと見た。コバケンは変わらぬ熱い指揮。オケも好演を続ける。そしてブラヴォーと大拍手。いい年越しライブだ。このコンサートの企画者である三枝成彰がステージに現れ、ミニ講演。ベートーヴェンがなぜこのような革新的な交響曲を生み出したのか?そこには当時の哲学者ヘーゲルの影響があるという話。人と違うことやることに意義があり、テーゼに対抗するアンチ・テーゼを提示することで人類の進化、世界の進歩につなげていくことが肝要。そのヘーゲルの思想に突き動かされ、ベートーヴェンは1曲1曲の交響曲で新しい手法、技法、様式を提示していったというのだ。なるほど、交響曲の生みの親=ハイドンやそれを次いで交響曲を作り続けたモーツァルトには見られない「革新性」を打ち出していったのだ。昼食をとってなかったので、45分間の休憩中に上野駅構内のコンビニでウイスキーの水割りとおかきを買って腹に入れる。ほろ酔い気分で、第5番「運命」と第6番「田園」の連続演奏を聴く。あれ?右となりの客は再びいなくなっていた。世界で一番有名な交響曲が、この「運命」と「田園」の2曲だろう。「運命」は、古典派音楽の交響曲の頂点、「田園」は、後に出現するロマン派音楽の『標題音楽』の始まりと位置づけられている。どちらも音楽史上極めて重要な曲だ。この2曲の初演が同じ日のプログラムだったというのは驚きだ。いくらヘーゲルに感化されていたとしても彼の天才的な才能がなければ実現しなかっただろう。この2曲に初めてトロンボーンが登場。これもベートーヴェンの新しい試みだったのだ。交響曲を連続で演奏すると、こうしたオケの編成の違いがわかって面白い。いい演奏だった。この2大超有名曲を休憩なしで振ったコバケンと演奏したオケのパワーに脱帽。ブラヴォー!ここで90分の休憩。一緒に来た仲間と連れ立って夕食かたがたアメ横へ。もつ焼き屋や立ち飲み屋は満員状態。皆、思い思いに飲み納めをし初詣に行くのだろう。コンサートの余韻を味わうにはワインと洋食かなと思ったが、つい足はいつもの調子で立ち飲み屋へ。チューハイ、日本酒を飲みながら、枝豆、煮込み、赤ウインナー・・・。広い店だが、東京文化会館から来た客は我々だけだろうな。酩酊一歩手前状態で、第7番、第8番を聴く。ピアニスト=グレン・グールドが「音楽史上最初のディスコ・ミュージック」と称した第7番。特に第4楽章は革新的ロック・スター=ベートーヴェンの面目躍如だ。シンコペーションとアフタービートのリズムにチューハイの酔いが加わって興奮状態と化す。演奏終了と同時にブラヴォーの嵐。その後、間髪を入れずに第8番。やや地味だけどいい曲だ。第1楽章冒頭部分なんかは超カッコイイ!始まるまでは、ベートーヴェンを聴き続けたらとても疲れるのではと予想していたが、こんなに楽しくかつ興奮、感動の連続体験ができるとは・・・。いい演奏と、いいホールと、ベートーヴェンのロック魂に感謝、感謝。そしてついに最後の曲=第9番「合唱」。22時40分にスタート。最近聴いたパーヴォ・ヤルヴィやヘルベルト・ブロムシュテットのアップ・テンポよりは少しゆったりしたテンポだ。普段なら早朝のランニングに備え寝ている時刻。第3楽章の天国的なアダージョの時、少しだけ居眠りをしてしまう。そしていよいよ合唱の第4楽章。何度も聴いているメロディーだが、ナマで聴くと改めて胸に刺さる。ああ、来てよかった。紅白歌合戦を酒を飲みながらボ~っと眺めているより20倍くらい有意義で密度の濃い時間だった。炎のコバケンさん、お疲れ様でした!コンマス=篠崎史紀さん、お疲れさまでした!そしてオケの皆さん、お疲れさまでした!最後に一句。 「 年越しや 蕎麦の代わりに ベートーヴェン 」
2017.01.02
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