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ムッシュかまやつが逝った。少し前までテレビでよく見ていたのでちょっと驚いた。がんで闘病してたとは知らなかった。ムッシュかまやつを一度だけナマで見たことがある。2年前、日本武道館でのCharの還暦ライブだ。先立って出されたアルバムでムッシュかまやつがCharに曲を提供し共演していたのを、ステージで再現したのだ。曲は「Gでいくぜ」。ムッシュらしいポップでおしゃれな曲だ。エレキギターを抱えてCharと楽し気に共演していたムッシュの姿を今も覚えている。そのステージでムッシュは、「最近、腰痛がひどくて困ってる。『後期高齢者ミュージシャン』だからしかたないよね・・・・。」と言っていたのが印象に残っている。そうか、その時すでに75歳を超えていたんだな。そんなムッシュが、60歳頃に出したアルバムを自室のCD棚から発見(上記写真)。まだ「ムッシュかまやつ」を名乗る前の頃だ。このオールタイムベスト的なベスト盤を久しぶりに聴いてみる。1曲目は「我が良き友よ」。かまやつひろしと言えばこの曲となるが、本人はどう思っていたのだろう?かまやつらしさが全くない。詞も曲も吉田拓郎以外の何物でもない。そう思わない?2曲目からはしばらくライブ録音が続く。これがゴキゲン。「フリフリ」、「あの時君は若かった」。スパイダースの名曲。これがかまやつだ!と叫びたくなる。続いて「ゴロワーズを吸ったことがあるかい」。ブルージーな伴奏に乗ってかまやつの語りが続く。いい曲だ。「我が良き友よ」のシングル盤のB面の曲だったんだって。そのブルージーな雰囲気を引きずってミディアムテンポのイントロが始まる。そのイントロがブレイクすると、なんと「どうにかなるさ」が始まる。ぞくっとする。ブルースからカントリーへの大転換が新鮮な感動を呼ぶ。ところどころにジャズ・コードを入れているのが心憎い。歌声を聴いていると、本当にどうにかなるかも・・・と思えてくる。不思議だ。かまやつのアルバムを聴き直して思った。青春時代に影響を受けたロックンロール、ブルース、ジャズ、カントリー、ボサノヴァが、独特の楽天的な歌声とおしゃれなセンスで展開するのが「ムッシュかまやつ」の世界なのだと。オンリーワンな生涯現役のミュージシャン=ムッシュかまやつの冥福を祈って、合掌。最後に一句。 「 ムッシュ逝き どうにかなるさ 花見酒 」
2017.03.20
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NHK-BSの音楽番組「カバーズ」の100回記念に、エレファントカシマシが登場した。披露する曲は、なんと松田聖子の「赤いスイートピー」。しかも原曲のキーで歌うというのだから驚きだ。ハイトーン・ボイスの宮本浩次でもちょっと無理があるんじゃないかなあ・・・。原曲通りのピアノのメロディーのイントロが始まる。しかしギターはディストーションが効いたロックの匂いを放っている。そして宮本のボーカルがスタート。「春色の汽車に乗って 海に連れて行ってよ・・・・」いつもの宮本の硬質ボーカルだ。キーも無理な感じはなく、しっかりと音程をとらえている。その瞬間、松田聖子のイメージは吹き飛ぶ。曲って、キーを変えると別物になっちゃうんだよな。カラオケボックスで自分の歌いやすいキーに変えると別の曲になってしまう。なので、原曲キーでカバーするのは正しい選択だと思う。その楽曲へのリスペクトも感じ取れるし・・・。「四月の雨に降られて 駅のベンチで二人・・・」一貫した硬質ボーカルで歌い上げられていく。乙女チックな歌詞と宮本のボーカルのミスマッチ感が薄れていく。「線路の脇のつぼみは 赤いスイートピー ・・・・心に春が来た日は赤いスイートピー」エンディング近くになるにしたがって、「赤いスイートピー」が、」エレカシのオリジナル曲に聴こえてくる。音楽の力を感じる。そして不思議な感動を覚える。ありがとう、エレファントカシマシ!ちあきなおみの「喝采」のカバーもよかったよ。もちろん最後に歌ったオリジナル「俺たちの明日」もね。最後に一句。 「 エレカシや やったぜ赤い スイートピー 」
2017.03.18
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NHK交響楽団を聴きに横浜へ行く。会場は、横浜みなとみらい大ホール。初めてだ。ステージの上には巨大なパイプオルガン。客席は360度ある。左右には3階席も。立派な音響ホールだ。開演前、楽団員が思い思いに音を出してるステージのあちこちにマイクが立っている。ライブをレコーディングするようだ。N響のホームグラウンド=NHKホールは多目的ホールなので音がよく響かない。だから、ここで録音するんだろうな。曲目は、武満徹とマーラー。チャレンジングな選曲だ。指揮はおととしN響の首席指揮者に就任したパーヴォ・ヤルヴィ。1年前にベートーヴェンの第9を一貫したアップテンポで演奏したのを聴いて度肝を抜かされたのを思い出し、ワクワク感が高まる。ノーネクタイのタキシード姿で現れたパーヴォ。まずは武満徹の「弦楽のためのレクイエム」。弦楽器が奏でる繊細な不協和音が印象的だった。そしてメイン・ディッシュのマーラーは、交響曲第6番「悲劇的」。生演奏で聴くのは初めての曲だ。管楽器、打楽器がステージ上段に居並ぶ大編成だ。この日のために、この曲のCDとDVDで聴いて予習をした。CDはジョージ・セルが1967年にクリーブランド管弦楽団を振った伝説的なライブ・レコーディングだ。演奏時間は73分39秒。超ド級のアップテンポの演奏だ。DVDはクラウディオ・アバドとルツェルン祝祭管弦楽団が2006年のルツェルン音楽祭で演奏したもの。こちらの演奏時間は85分9秒。ジョージ・セルより10分以上長い。このへんがクラシック音楽の面白いところだ。どちらも誉れ高い名演奏。これらを聴き込んだ私の耳にパーヴォ&N響はどのように響くだろうか?バーンスタインが「ナチス軍の行進」と例えたマーチから第1楽章が始まる。テンポは速い。ジョージ・セル並みだ。N響がその指揮によくついて行っている。大編成の管楽器、打楽器が吠える。マーラーは、よくまあこんな大オーケストラの交響曲を作ったものだ。ここで予習では知りえなかった場面に遭遇する。なんとチェロが旋律を弾かず、弓を弦にたたきつけているのだ。チェロを弦楽器ではなく打楽器として使っているのだ。押尾コータローがギターのボディーを叩いてリズムを取ったり、リー・リトナーが演奏の合間にピストル音のようなパーカッシヴなアタック音を奏でるのと同じことをやっていたのだ。マーラーのアバンギャルドな大天才ぶりに改めて脱帽。第2楽章はスケルツォ、第3楽章がアンダンテ・モデラート。最近の解釈では、この2つの楽章を逆に演奏するのが通常となっているようだが、パーヴォはかつての演奏順をとっているのが興味深かった。第4楽章もアップテンポだ。あ、またチェロが打楽器化してるぞ。ベートーヴェンの第5番は、「苦悩を超えて歓喜に至れ」という言葉通り第4楽章は躍動感に満ち喜びに溢れたエンディングで幕を閉じる。しかしマーラー6番の第4楽章は、副題にある通り「悲劇的」に終わる。一人の人間が息を引き取るかのような弦楽器のピチカートの一音で終了。演奏時間は76分。セルより3分長い演奏時間だった。かなりアップテンポのマーラーだった。名演だったのかどうかはよくわからないが、生で聴いて改めてマーラーの6番の破天荒な前衛性に感服した。ベートーヴェンを逆手にとり「歓喜から悲劇へ」という哲学を、交響曲という形式で表現したのだから。ベートーヴェンがヘーゲルやマルクスの弁証法的な哲学が下敷きになっているのに対し、マーラーには、ニーチェやサルトルの実存主義的な影響が色濃いと見た。私としてはベートーヴェンより、マーラーの立脚点に親近感をおぼえる。もちろん苦悩を超えて歓喜に至りたいけど、そうはうまくいかないのが人間の現実だと思う・・・・。ま、こんなことをコンサートの帰りがけに居酒屋で酎ハイを飲みながらあれこれ思索するきっかけを作ってくれたパーヴォ&N響の演奏は、たぶん名演だったのだと思う。マーラーという天才作曲家に敬意を表して一句。 「 マーラーや 実存の声 聴きし春 」
2017.03.11
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