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映画「エリック・クラプトン 12小節の人生」を見た。場所は、渋谷シネクイント。ポスターがかっこいい!(上掲写真)ヘロイン中毒からよみがえった頃の写真だと思う。ちょうどその頃に初来日したエリックのライブに行ったなあ。なつかしい。映画館に入る。先日見たクイーンの「ボヘミアンラプソディー」がほぼ満席だったのに比べ、座席は半分以上空席。封切りしたばかりなのにちょっとさびしい入りだ。クイーンの方は若者も多かったがクラプトンは私と同年代の中年がほとんど。クイーンはそっくりさんらによる映画だが、こちらは本人や家族、ミュージシャン仲間のインタビューを軸にしたドキュメンタリー映画。自伝を読んでいたので彼の辿った半生は知っていたが、改めて関係者の証言と映像で見るエリックの波乱万丈の半生は、ずっしりと重い。エリックをイギリスに置き去りにして夫の故郷カナダに行ってしまった母親が、船に乗ってエリックのいるイギリスに弟を連れてやってきた際、エリックは母に「弟と一緒に暮らしていいの?」と問う。「そうしない方がいい。」と母は答えカナダに帰っていく・・・これはしんどいなあ。この体験がエリックを12小節=ブルースに没頭させていった発端だったのだろうな。母親の映像を初めて見たが、顔がエリックによく似ていたぞ。ヤードバーズで頭角を現しクリームでブルースギタリストとして頂点に。しかしその後ヘロイン中毒になり沈黙。ようやく立ち直り音楽活動を再開するもアルコール依存症に。同時進行で友人のジョージ・ハリスンの妻パティに惚れてしまい苦悩。結ばれるも破局。その後イタリア人女性との間に息子が出来る。ようやく掴んだ暖かな家族との暮らし。しかしその矢先に息子がマンションから転落死。いやはやなんとも・・・の連続だ。しかしエリックは這い上がる。亡くなった息子に捧げた曲「ティアーズ・イン・ヘブン」とともに。ここからのエリックの音楽活動は第2の収穫期を迎える。ブルース・スタンダード・ナンバーのカバー。B.B.キングとの共演。ロバート・ジョンソンのカバー。自叙伝的なアルバム・・・・。挑戦的なアルバムを次々に発表し世界をライブで回った。映画のラスト近くの関係者インタビューの言葉が心に残った。「彼は誰かから突き落とされたのではなく自ら奈落に落ちた。そして自力でそこから這い上がってきた。エリックは強い男なのだ。」なるほど、エリックは強い男だったのだ。70歳を過ぎても活動を続けているブルースやロックのミュージシャンはごくわずか。その生き残りの1人がエリック・クラプトンなのだ。エンド・スタッフ・ロールが始まると、なつかしいナンバーが聴こえてきた。「メインライン・フロリダ」。ヘロイン中毒から再起して出したアルバム「461オーシャン・ブールヴァード」(下掲写真)のラスト・ナンバーだ。レイドバックしたボーカルとボコーダーを使ったリードギターがいい味出してる。久々に聴いた。そんなエリック・クラプトンの最新アルバムは、なんと「クリスマス・ソング集」(上掲写真の中央)。え?ついにエリックはブルースを捨てて家庭の幸せを祈るポップ・シンガーになってしまったのか?でも幾多の苦難を乗り越えてきた強い男の今の声を聴かないわけにはいかない!タワーレコードで購入したクリスマス・アルバムを恐る恐る聴く。1曲目は「ホワイト・クリスマス」。ん?これブルースじゃん。原曲のムードは皆無。いつものブルース・ミュージシャンとしてのエリックがそこにあった。「ジングル・ベル」はなんと短調のロック・ナンバー。まるで「レイラ」のよう。「サイレント・ナイト」はレゲエ調。クリスマス・ソングはエリックの手によってブルース、ロック、ゴスペルに変わっていた。いつものクラプトン節が満載。いやはやなんとも・・・転んでもただは起きぬ強き男エリック、万歳!最後に一句。 「 ブルースや ただでは起きぬ 男あり 」
2018.11.29
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映画「ボヘミアン・ラプソディー」を見た。70~90年代に人気を博したイギリスのロックバンド=クイーンの、結成から85年のアフリカ救援のために行われた「ライブ・エイド」のステージ演奏までの軌跡をフレディー・マーキュリーを中心に追ったドキュメンタリー・ドラマだ。ウイークデーの昼間なのに上映館はほぼ満席。私と同年代でクイーンの同時進行ファンであろう中年サラリーマンもいるが若者が意外に多い。クイーンもロック・ジャンルのクラシックになって聴き継がれているということだろうか。バンド・メンバーを演ずる4人は皆そっくりさん。映画のハイライト・シーンである「ライブ・エイド」などは、まるでドキュメンタリーを見ているような錯覚を覚えるリアルさ。魅力あるクイーンの楽曲がふんだんに使われているのもファンにはうれしい演出だった。というわけで、フレディー・マーキュリーの多難な半生を軸にしていたが、意外とさわやかに楽しめる音楽映画だった。高校時代に、デビューしたてのクイーンが好きになりよく聴いたものだ。当時、ミュージック・ライフ誌に「ロック界の貴公子クイーン」というキャッチコピーで載った記事には、ギタリストのブライアン・メイは天文学の学位を持ち、ドラムのロジャー・テイラーは歯科技工士、ベースのディーコン・ジョンは電子工学を専攻し、ボーカルのフレディー・マーキュリーは卓球選手というエリート集団とあった。よくある不良ロック・バンドではないところもかっこいいと思った。私としては、フィレディーのクラシカルな歌い方や曲調より、ブライアン・メイのジミ・ヘンばりの豪快なブルース・ロック・ギターが好きだった。自室を探ったら、彼らの3枚目のアルバム「シアー・ハート・アタック」のLPと、ベスト盤CDが出てきた。(上掲写真)ターンテーブルはないので、ベスト盤CDを聴き直して見る。当時はあまり好みではなかったフレディー・マーキュリーのロック的ではない曲とボーカルが、実はクイーンをクラシック・ロックに押し上げているんだということを認めざるを得なかった。「ボーン・トゥ・ラヴ・ユー」や「キラー・クイーン」、「愛にすべてを」、もちろん「ボヘミアン・ラプソディー」もユニークな名曲だ。フレディーの功績大だ。また、フレディーがエイズによる急性肺炎で亡くなる直前に録音された「ショウ・マスト・ゴー・オン」は、今聴いても鬼気迫るボーカルだ。映画「ボヘミアン・ラプソディー」は、クイーンというロックバンドがいかにして世紀を越えて聴き継がれる唯一無二な存在になっていったのかをメンバーの個性と音楽性から証明するものとして一見に値するものだと思う。最後に一句。 「 枯葉踏み 走る夜明けや ボヘミアン 」
2018.11.17
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アンドレア・バッティストー二の指揮ぶりを初めてナマで見た。バッティストー二はイタリア・ヴェローナ出身の弱冠31歳。東京フィルハーモニー交響楽団の首席指揮者。期待の大物新人だ。会場は、初台の東京オペラシティー。私の席は2階席のステージの真上。要するにバッティストー二くんを正面から見れる席だ。若いイタちゃんがどんな指揮ぶりを見せるか楽しみだ。いやあ、最近見たコンサートの中でも超おもしろステージだった。まずはロッシーニの歌劇の序曲3連発。「アルジェのイタリア女」、「チェネレントラ」、「セビリアの理髪師」。オペラを得意とする指揮者ならではの選曲だ。しかも同郷イタリアを代表する作曲家ロッシーニだ。まずは、バッティストー二の指揮する姿を観察。やや太めの体をギリシャの民族衣装のような黒い上着に包み、暗譜でオーバーアクションの身振り手振り。「踊る指揮者」といった感じ。何故かスマイリー小原を思い出した。東フィル音楽監督のチョン・ミョンフンの省エネ型指揮とは好対称だ。顔は晩年のマイケル・ジャクソンに似ている。勢い余って指揮台から観客席に落ちてしまわないか心配になる。たぶん客席まではかなり余裕があるのだろうが、私のアングルから見ると指揮台のすぐ下が観客席に見えるのだ。しかも柵なし。落ちないでくれよ、バッティストー二!さあ、このバッティストー二くんは、本日のメインディッシュである大曲=シューベルトの交響曲第9番「ザ・グレイト」をどう料理して聴かせてくれるだろう?私が持っているレコード、CDは、ジョージ・セル&クリーブランド管と、ギュンター・ヴァント&ミュンヘン・フィルのもの。どちらも名盤の誉れ高い演奏だ。そんな演奏を脳裏に置いて、いざバッティストー二&東フィルだ。憂愁を湛えるホルンの独奏から演奏開始。速い。ジョージ・セルよりテンポが速い。超高速と言っても過言ではない。でもたまに独特のアクセントを見せる。東フィルもその超高速にしっかりと対応し、指揮者の要求に応えている。偉い!これぞ指揮者の醍醐味。だから指揮者稼業はやめられないんだよね。それにしてもバッティストー二くんの指揮する姿は見ていて飽きない。これほどのオーバーアクションは、数年前に北九州で見たアンドリス・ネルソンス以来だ。指揮者と言うよりアジテーターと言った方があっているような凶暴ぶりだ。半面、ピエロのようなかわいらしい仕草を見せる時も。憎めないイタちゃん。ま、「全身指揮者」といったところか。でも、アクションだけではなかったのだ。雄たけびをあげながら指揮していたのだ。指揮者の後ろ姿を見ながら聴いている人にはそれほど聞こえなかったかもしれないが、私は2階席だけど彼の真正面。発する声がオケの演奏の合間にはっきり聞こえた。集中・没頭のあまり声を発していることを忘れてしまっているのか・・・?それとも自ら「ボイス打楽器奏者」として参画しているのか・・・?バッティストー二くんに、敬意をこめて勝手に『全身全霊・踊る指揮者』という称号を授与することとしよう。シューベルトの交響曲9番「ザ・グレイト」は、『全身全霊・踊る指揮者』の下で東フィルが大爆発!一貫した超高速の興奮ものに仕上がった。この超高速は、バッティストー二自身がかっこよく踊れるためのテンポなのでは・・・と疑ってしまった。それほど指揮者のアクションが曲の盛り上げに貢献していた。ローリングストーンズか、クイーンか何かのロック・コンサートを見終えた時のような興奮状態でオペラシティを出て駅に向かって歩く。11月半ばとは思えないような暖かな空気が流れていた。バッティストー二が、これから10年先、20年先にどんな演奏を聴かせてくれるか、見守っていきたいと思った。最後に一句。「 小春夜や バッティストー二 踊りけり 」
2018.11.13
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交響曲が好きだ。何故かわからない。名曲が多いからだろうか。純粋音楽として聴けるからだろうか。3~4楽章に分かれていてストーリー性があるからだろうか。ビートルズの「サージェント・ペパーズ・・・・」や、ピンク・フロイドの「狂気」のようなコンセプト・アルバム的な楽しみ方ができるからだろうか・・・。なので、たくさんの交響曲のCDを所有している。ハイドンの後期の数曲、モーツァルトのほとんど、ベートーヴェン全曲、シューベルト全曲、シューマン全曲、ブラームス全曲、シベリウス全曲、チャイコフスキー全曲、ドヴォルザーク全曲、ブルックナー全曲、ショスタコーヴィチ全曲、ニールセン全曲。そのほかに、サンサーンスやカリンニコフ、スクリアービン、ラフマニノフ、ショーソン、ラロ、ベルリオーズなど。それらを全部聴いたかは定かではない。ニールセンなんかは、ほとんど印象に残ってない。でもとりあえず所有すると安心なのだ。愛聴家というよりコレクター的な感覚が強いかも。この感覚は、昨今のネット配信で音楽を聴く人々には理解できないだろうな。『引き出して』聴くのと『所有して』聴くことの違いだ。そんな私が、またしてもマーラーの交響曲全集を衝動買いした。上掲写真の11枚組だ。クラウス・テンシュテット指揮ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団の録音だ。すでに所有している9番がテンシュテット×ロンドン・フィルのもので、最近また聴き直して心打たれたのだ。で、たまたま立ち寄ったタワーレコードで、この全集を見つけてしまい「これは買わねば!」と思ってしまったのだ。3000円と破格の安さだったし・・・。今、毎日テンシュテットのマーラーを楽しみながら聴いている。今更ですが・・・。彼のマーラーの印象を一言でいうと、『なりふり構わぬ情動』といったところか。音楽の喜怒哀楽や天国と地獄の落差が激しく、その表現によって音量や緩急が大きく揺れ動く。その落差、揺れ動きが聴く者のこころを大きく揺さぶり興奮させる。言い方を変えると『エッジの効いた鋭角なマーラー』。ジョージ・ハリスンではなくキース・リチャーズのカッティングといった感じかな。(?)ブルーノ・ワルター、ギョルグ・ショルティー、ジョージ・セル、オットー・クレンペラー、レナード・バーンスタイン、クラウディオ・アバドなどの歴史的名盤を所有し聴いてきたが、テンシュテットの演奏は、彼らの演奏に比べ総じて演奏時間が長い。でも緩慢さは感じない。ここぞと言うときには気が狂ったようなアップ・テンポになることもしばしばなのだ。こうやって同じ曲を違う演奏家のものと聴き比べるというのもクラシック音楽の楽しみの1つだ。還暦を過ぎワクワクすることがめっきり減った日々に、大きなアクセントを与えてくれたテンシュテットとマーラーに感謝!最後に一句。 「 マーラーの 11枚で 冬支度 」
2018.11.01
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