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世界が注目する若手指揮者ウラディーミル・ユロフスキー率いるベルリン放送交響楽団のコンサートに行った。ソリストはピアニスト=レイフ・オヴェ・アンスネス。難曲のブラームスのピアノ協奏曲第1番を演奏する予定だったが、右ひじの故障で急遽モーツァルトのピアノ協奏曲第21番に変更。やや拍子抜け。早朝の1時間のランニングの疲れからか、居眠りをしてしまう。ごめんよ、アンスネス。それだけ心地よい演奏だったともいえる。アンコールは、ショパンのノクターン第4番。ひじを治してリベンジ来日待ってまっせ。20分の休憩をはさんで、いよいよマーラーの交響曲第1番「巨人」。トイレから戻り席に着くと、ステージ最後列には所狭しと打楽器がズラリ。上手からティンパ2台、大太鼓2台、そして銅鑼。その前にはハープ。コントラバスはステージ下手に置かれていた。通常は下手だが・・・。そして楽員が登場。なんとホルンは7人。ん?トランペット奏者がいない。席はあるのに・・・。チューニングが終わり、ユロフスキーが颯爽と足早に登場。足が長い!しかもスリムでロン毛。カッコイイ。静かに第1楽章が始まる。緩やかな序奏に遠くからトランペットが響く。でもステージに奏者はいない。そうか、舞台の袖で演奏しているのだ。こんな効果まで考えてマーラーは曲を作っていたのだ。ご苦労様。心地よく凛々しい第1楽章が終わり、第2楽章へ。あれ?聴いたことがない曲だ。あわててプログラムを見ると、第2楽章「花の章」とある。そうか、マーラーが当初5楽章からなる交響詩として初演し、その後改訂して4楽章の交響曲第1番「巨人」とした時に省かれた曲なのだ。自宅にあるワルター、ショルティ、テンシュテットのCDにはない曲が聴けたぞ。得した気分になる。5分くらいのかわいらしい曲でした。そしてスケルツォの第3楽章。弦楽器の分厚くパワフルな音に驚く。第4楽章は葬送行進曲。コントラバスの独奏から始まった。え?ふつうは独奏じゃなく、コントラバス全員の合奏だよなあ。ユロフスキー独自の解釈?間髪入れずに最終楽章へ。居並ぶ打楽器が大爆発!そして金管楽器も暴発。大編成のオケがフル回転。こんな大音響のコンサートは、3年ほど前、バレンボイム指揮・ベルリン国立歌劇場管弦楽団で聴いたブルックナー交響曲全曲演奏会以来だ。クライマックスでは7人のホルン奏者が全員立ちあがって吹いた。視覚的演出なのか?それともより大きな音を出すための手法か?大団円はアップテンポでジ・エンド。63分におよぶ大交響曲はこうしてめでたく終了。いい演奏だった。マーラーの交響曲をナマで聴くのは、2年前にパーヴォ・ヤルヴィとN響による第6番以来だが、聴いて改めてそのユニークさに圧倒・感服・脱帽させられる。アンコールは、ユロフスキー自ら指揮台から客席に向かって「マーラー編曲によるバッハのG線上のアリアです。」と紹介し演奏された。ヴァイオリニストのアンコールなどでもよく演奏される曲だが、マーラーの個性的な大曲の後でも余韻をぶち壊すことなく無理なく聴ける不思議な曲だ。会場の東京文化会館を出て上野駅に向かう。外気の寒さを感じない。春到来だ。ぼちぼち花見の日程を考えねば・・・・。最後に一句。 「 上野の森 初めて聴いた 『花の章』 」
2019.03.21
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毎週見ているNHKの「らららクラシック」がビートルズの魅力をクラシック音楽の技法から解き明かしていた。非常に興味深かったので内容をご紹介。解き明かすのは、作曲家・宮川彬良、音楽学者・田村和紀夫、音楽プロデューサー・ジャイルズ・マーティンの3人。まず作曲家・宮川彬良の解明=『クラシックとロックの同居』このことは、以前NHKの別の番組で本人が話していた。「シー・ラブズ・ユー」「抱きしめたい」などのメロディーはモーツアルトに匹敵するようなものだが、その合いの手のギター・リフはロック。なるほどおっしゃる通りだ。メロディーも合いの手もロックのローリング・ストーンズとは大違いなのだ。次に音楽学者・田村和紀夫の解明=『クリシェの登用』クリシェとは、バロック音楽で、悲しみを表すために伴奏を1音ずつ下げていく手法。バッハの「G線上のアリア」が有名。当時は、「Ⅼamento Bass(悲しみの低音)」と呼んでいたそうだ。その手法を「ミッシェル」、「ホワイル・マイ・ギター・ジェントリー・ウィープス」などをはじめ、66年以降の楽曲の3割に使っているのだそうだ。なるほど、今やロック、ポップ、Jポップにもたくさん使われているこの手法をロックに初めて持ち込んだのが「ミッシェル」だったわけか。いやあ画期的なことをやってたんだなあ、ビートルズは!最後は音楽プロデューサー・ジャイルズ・マーティンの解明=『対位法』対位法もクリシェ同様、クラシック音楽の技法で、楽器によって違うメロディーを同時に演奏すること。例えば、シューベルトの交響曲「未完成」第1楽章のオーボエと弦楽器によるメロディーがそれ。それをビートルズは、「ウィズ・ア・リトル・ヘルプ・フロム・マイ・フレンド」のリンゴのボーカルとポールのベースで。また、「ヘルプ」のジョンのボーカルと、ポールらのコーラスでやってのけているのだ。これによって楽曲のクオリティーは格段に上がっている。やってくれますなあ。あ、この解明をしたジャイルズ・マーティンは、ビートルズのプロデューサーだったジョージ・マーティンの息子さん。こうして見てくると、ビートルズの魅力とは、当時のロックにクラシック音楽の技法を取り入れたことだと言える。白人音楽と黒人音楽とのミクスチャーが魅力を生んだと言い換えることも出来ると思う。いずれにしてもプロデューサーだったジョージ・マーティンの功績が大きかったと言える。もちろん、それを吸収し受け入れ、曲を作り演奏したメンバー4人がいたからこそだが。ビートルズの出現は革命的な出来事として今後も音楽史に刻まれていくことは間違いない。最後に一句。 「 ギター出し 花見に備え ビートルズ 」
2019.03.16
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NHK・BSでエルトン・ジョンのライブ収録番組を見た。7年前にラスベガスのカジノ・ホテル内のホールで行ったもので、題して「100万ドルのピアノ ライブ・イン・ラスベガス」。100万ドルのピアノとは、ヤマハがエルトンのために製造したLEDを組み込んで映像を映し出すグランド・ピアノ。「フィラデルフィア・フリーダム」では星条旗、「ダニエル」の時は空を飛ぶ飛行機。「グッドバイ・イエロー・ブリック・ロード」には曲目・・・など曲に合わせた様々な映像が映し出される。こんなピアノを発注するなんて派手好きでサービス精神旺盛なエルトンならではだ。↓そんな派手なピアノとは裏腹に、ステージは、エルトンのこれまでの音楽生活を感謝と共に振り返る真摯な語りと、美しいバラードが心を打つ深みのあるものだった。もちろん、「クロコダイル・ロック」や「ビッチ・イズ・バック」、「土曜の夜は僕の生きがい」などのロックもちゃんとやっているけどね。話として面白かったのは、エルトンは世界各地に5台の特注ピアノを所有しているそうだが、そのピアノ1台1台にリスペクトする女性ミュージシャンのファースト・ネームを付けているのだそうだ。その顔ぶれが興味深い。アレサはアレサ・フランクリン。ダイアナはダイアナ妃ではなくダイアナ・クラール。ニーナはニーナ・シモン。ウィニフレッドは、ウィニフレッド・アトウェル・・・・。そして、この100万ドルのピアノには、ブロッサムと命名したという。それは、ブロッサム・ディアリーというジャズ・ピアニストの名前なのだそうだ。ダイアナ・クラールを除く4人は、活動年代から言って幼少の頃のエルトンが影響を受けたミュージシャンなのだと思う。面白いのは、ブロッサムを除く3人は、黒人女性なのだ。クラシック・ピアノを学校で習っていたエルトンだったが、実はその頃からジャズやソウル、ゴスペルなどの黒人音楽に関心を持ち親しんでいたのだ。なるほど、これでエルトンの楽曲の大きな特徴の謎が解けたぞ。エルトン・ジョンの作る曲の特徴とは、クラシカルなメロディーを持つ曲が次第にゴスペルやロックンロールに変容していくということ。ビートルズの曲が1つの曲の中にクラシックとリズム&ブルースが合体しているのと似ている。このライブで歌った「リーヴォン」は曲が進むにつれて、まずピアノがゴスペル調になり、エンディングではバック・バンドも加わって大ロックンロール大会と化した。また、多くのミュージシャンがカバーしている壮大なバラード「僕の瞳に小さな太陽」は、途中からピアノがホンキートンクになり、ゴスペル調の弾き語りになり、まるで黒人教会での礼拝のような雰囲気になった。この変容、このミクスチャーが私にとってのエルトン・ジョンの最大の魅力だ!そしてこれがエルトン・ジョンがロック・スターであり、同年代のカーペンターズがポップ・スターであるのとの違いだ!ロックとポップってどっちが偉いのかなあ。ま、どっちが好きかは人それぞれの好みだけど・・・。もちろん、「ユア・ソング」や「ロケット・マン」、「ダニエル」のように最後までクラシカルな美しいメロディーとアレンジで押し通す曲もある。もちろんそれもいい!エルトンはメロディーメイカーなのだ。知り合いがこの番組を見た後、私に送ってきたメールに、エルトンをして『1人ビートルズ』と称していた。なるほどそうかもしれない。でも、作詞家バーニー・トーピンという存在があったからこそエルトンはこうした曲を作ることができたのだ。ライブの中で「黄昏のインディアン」を歌う前にエルトンは、バーニーの詩を読んで先住民の滅亡をテーマにした2時間半の映画を見終えたような気分になり、それを6分半の曲に仕上げたと話していた。バーニーの生み出すストーリーに触発されて傑作を作り上げていったんだなあ・・・。いつものようにエルトン絶賛話になってしまった。悪しからず。エルトンは今月末に72歳。最後の世界ツアーを続行中だ。早く日本公演をブッキングしてほしいものだ。最後に一句。 「 エルトンと 蒸し蛤で 昼の酒 」
2019.03.10
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現代音楽の1つの潮流であるミニマル音楽をテーマにしたコンサートを生まれて初めて聴きに行った。場所は渋谷オーチャードホール。久しぶりのオーチャードホールだ。去年ヒューイ・ルイス&ザ・ニュースを聴きに来た。その前はボブ・ディランで、その前はキング・クリムゾン。もっと前にはリー・リトナーとラリー・カールトンのデュオ・ライブも見た。オーケストラのコンサートをここで聴くのはなんと初めてだ。もともとクラシック音楽の音響ホールとして作られたと思うけど、昨今のホール不足でロックやポップスなどのライブにも頻繁に使われているんだなあ。話を元に戻して、ミニマル音楽だ。演奏曲目は、フィリップ・グラスのヴァイオリン協奏曲第2番「アメリカの四季」。マイケル・ナイマンのピアノ協奏曲。そして、ラフマニノフの交響曲第2番。ラフマニノフは別にして、あとの2曲はミニマル音楽の代表曲だそうだ。1つのコンサートでソリストが2人登場するというのは贅沢だ。しかも、ヴァイオリンの南紫音とピアノのアンナ・フェドロヴァという売り出し中の女性2人だし。まずはフィリップ・グラスのヴァイオリン協奏曲第2番「アメリカの四季」。コンサートでヴィヴァルディの「四季」と一緒に弾ける曲をとの依頼で作曲されたそうだ。ノンストップの40分に及ぶ大曲を南紫音が熱演。オケは神奈川フィル。指揮はこの曲もCD録音している湯浅卓雄。ヴィヴァルディのようないきいきとした四季が展開するのかと思ったら、どこか不気味で悲し気な雰囲気に終始する曲だった。やや疲れる。次はマイケル・ナイマンのピアノ協奏曲。この曲は1994年に公開された映画「ピアノ・レッスン」のために書かれた曲を再構成したもの。この映画は封切と共に見て強烈な印象を受けた。その曲をピアノ協奏曲として生で聴いた。触発されて映画のシーンが脳裏に蘇ったが、聴き終わって印象に残ったメロディーはない。そりゃそうだ。ミニマル音楽とは「音の動きを最小限に抑え、パターン化された音型を反復させる音楽」なのだから。メロディーとハーモニーの魅力に取りつかれてひたすら音楽を聴き続けてきた私にとって、ミニマル音楽は違和感が残った。4~5分の曲ならユニークさとしての魅力にもつながると思うけど、それが30分、40分と続くと疲れてしまうのは私だけだろうか・・・。さて、最後はラフマニノフの交響曲第2番だ。この曲にもメロディーらしいメロディーがない。ミニマル音楽のコンサートの堂々のトリをとるにふさわしい曲なのだ。(???)でも第3楽章だけは別だ。のっけからバリバリメランコリックなメロディーが爆発する。私としてはこれまでこのメロディーはエリック・カルメンのヒット曲「ネバー・ゴナ・フォーリン・ラヴ・アゲイン」のものとして認識していた。人によってはジャズ・トランペッター=チェット・ベイカーの「ユー・キャント・ゴー・ホーム・アゲイン」だと思っていたかも。別ジャンルの曲に転用されるくらいひとの胸にしみわたるメロディーなのだ。でも、15分にわたる楽章で別メロは一切なく、このメロディーの変奏らしきものもない。何か物足りない。エリック・カルメンの4~5分のポップスでさえ、このさびメロに至るまでの短調の別メロがありラフマニノフの15分より完成度が高い!と思う。(ごめんね、ラフマニノフ様)ま、そんなこんなで55分の大曲も終わり、3時間に及ぶミニマル音楽のコンサートは無事終了。単なる名曲コンサートでなく哲学のあるコンサートだった。クラシック音楽を新たに切り拓く<billboard classics>さん、いろいろ考えさせるコンサートを企画・主催いただき感謝します。これからもクラシック音楽を新たな切り口で魅力を抽出するコンサートをお願いしまーす。最後に一句。 「 春雨を 走るわが身や ミニマルか 」
2019.03.03
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