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今日は1月31日。 131=いさい=異彩。 異彩とは、普通とは違ったいろどり。 きわだってすぐれたようす。 ある意味、人とは異なる才能(≒異才)を 輝き放つことにも通じる。 「みんな違ってみんないい」の言葉あるように、 オンリーワンの才は、 みんな違っていて、 異なってはいるが、 異彩を放つものだと思う。 1・31≒1+31=32 32数理は命の数理。 脊椎の本数であったり、 歯の総本数であったり。 命の輝きこそが異彩なのかもしれませんね。 晴れた空のごとく、 豊かな意識で異彩を空間に、 爽やかに放つことにする。
2013年01月31日
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1月もあっという間で、 終わろとしてまして、 時間が経過するのが速く、 なんだか気持ちだけが、 妙に焦ってしまう。 焦ったからと言って速くはならない。 焦る≒汗る 冷や汗だけ出てくる。 焦るは認識で心の持ち様次第だ。 焦燥感は心の置き方次第。 焦ってもろくな事はない。 落ち着くは大事。 豊かな意識で心の創造を広げていくことにする。
2013年01月30日
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1月29日 129=いつく=慈 慈しむとは慈愛。 ふく(福)を愛で包み込む。 29は時空(じくう)とも読める。 い~(≒1)時空に 慈しみを感じながら、 意識を福に、 意識を豊かにしていくことにする。
2013年01月29日
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今朝から白い雪が舞う。 辺りが白い世界になる。 モノトーンになるが落ち着いた気分となる。 白い景色は何色にも染まる。 白はオールマイティー。 心を無地にしていく。 豊かな意識で満たしていく。 今日もそうしていくことにする。
2013年01月28日
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一瞬の中にある。瞬時の連続の毎日なんだと思う。一瞬は、瞬(しゅん)の一(いち)と書く。瞬の一とは、瞬の位置なのだと思う。一瞬=いっしゅん=いちしゅん=位置旬瞬だということは、ある意味、旬だということ。旬(しゅん)とは、果物や野菜の最も味の良い出盛りの時期のこと、さらには、物事を行うのに最も適した時期のことをいう。一瞬が旬の位置であるのだという意味は深いと思う。瞬時瞬時に生きていることは、常に旬で出盛りであり、最も適したタイミングなんだという位置を教えてくれていると思う。一瞬で儚い(はかない)から流されやすく、どうでも良くなってしまいがちであるが瞬(≒旬)を大切にしていきたい。今日も豊かな意識の一瞬を大切に、旬の位置を大事にしていくことにする。
2013年01月27日
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心を澄ます澄ますは、済ます。完として済ます。完情は、情を完とする。情を完にして、感情超える。(2008年1月26日Blogより抜粋)
2013年01月26日
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今日は25年1月25日。 25・1・25と 25数理(銀)が左右揃い、 観音扉の形を成している。 銀の扉なのかもしれませんね。 しかも今朝は濃霧。 真っ白の朝だった。 幻想的な空間景色。 道路の先の景色が白画像でしか見えない。 先行きの扉が見えないから、 不安と思うか、 ワクワクと思うか、 いずれも認識しだい。 濃霧で景色が白いという状況(≒画像データ)あるだけ。 見えない所を心配せず、 見えている所にどう絵を描くか? 濃霧の白キャンパスの映像に、 豊かな意識の創造を入れて描くことにする。 銀の輝きの扉を開けながら。
2013年01月25日
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いいね!は沢山押されると嬉しい。 いい気持ちになる。 いい!気になる。 気が良好になるは、 流れもエネルギーも回りかもしれません。 地に足着かなく気が舞い上がっての いい気になるでは足元がすくわれる。 掬う(すくう)=救う。 ある意味では救済される意味でもあるが。 足元を掬われないよう、 いい気にならず、 地に足着けて、 いい!気にしていく。 いい!気になるは、 豊かな意識を創るが鍵。 意識に巣くう豊かざる感情エネルギーを アース放電させて、 豊かないいね!気を高めていくことにする。
2013年01月24日
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元気であることの嬉しさに感謝。 動けること、食べれこと、 呼吸できること。 生きているだけで本当は凄いこと。 元気=げんき=源器 源(みなもと)の器(うつわ)からのエネルギー。 大きな器である方が元気沢山いただける。 豊かな意識で器の拡張をしていくことにする。
2013年01月23日
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久しぶりの発熱だ! 体が熱いとは生きてる証し。 大した熱ではないが、 体の反応は敏感なのだ。 熱い体に生きてる嬉しさを感じる。 いろんなアトラクションや ゲーム設定が用意されていて面白い。 暑さ寒さも楽しみのひとつ。 肉体意識に優しく語りかけることにする。
2013年01月22日
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火災報知器の点検に来た。 装置は大丈夫か? 使える状態なのか? いろんな面で点検しておくは大事。 点検=てんけん=天検 天からご指名での検査だと捉えて観る。 体の事も仕事の事も 遊びも学びも天検して観る。 心配して不安を導くのではない。 豊かな意識と安心を創造するための点検(=天検)。 今日もどんどん創造していくことにする。
2013年01月21日
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今日(1月20日)は大寒だ。 二十四節のひとつで 立春(2月4日)までは寒の内。 寒い時期は実際はこれからだが、 暦の上で大寒を迎えると、 春までもう少しだ感が増す。 大寒の頃に味噌などの醗酵食品を仕込む時期。 いわゆる寒仕込み。 また大寒の朝の水は腐りにくいとされてるそうです。 大寒=だいかん=耐寒 寒さに耐えることは体の芯に響く。 体幹を燃焼させる時期かもしれない。 ひっとして大きく感謝するの大感(謝)を思い出すことかもね。 寒さで縮まるのでなく、 寒さも「完(かん)」として、 腐ることなく大完で豊かに意識を創る(仕込む)。 今日も豊かな意識を熱く体幹(≒大寒)で、 燃やし続けることにする。
2013年01月20日
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遊んでるときも仕事してるときも学んでるときもいずれも我の脳で情報処理して映し出す現実(≒幻実)。脳の処理の仕方は変わらない。遊んでるから仕事ができないとか、仕事してるから学びができないとかは、脳がそのように思い込んでいただけかもしれない。遊び≒仕事≒学びみんな繋がっていてすべてが楽しい(Joy)だ。英語のGame(ゲーム)の語源を調べてたら、古代英語を遡った古期スカンジナビア語でGamanという言葉に繋がっているそうで、我慢と同じ音で驚いた。GamanはJoyの意味があるのだそうです。我慢(がまん=Gaman)することもゲーム設定のひとつで、それは遊びも仕事も学びもすべてにつながることだと思う。遊仕学(ゆうしがく)はある意味で有志学かもしれない。有志とは、ある物事に関心を持ちかかわろうとする意志のあること。ある物事の関心とは我の成長であり進化だと思う。日々成長し続けることはJoyを生きることかも。今日も豊かな意識を持って遊仕学をエンジョイすることにする。
2013年01月19日
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毎日の映す現実(≒幻実)の映像は、 意識の投影されたスクリーン上の映像。 しかし、リアル性があり、 レスポンス性があって、 そのように捉えにくい。 臨場感というかライブ感は 3Dテレビでも追いついてない。 毎日、ライブで生きている感覚。 ライブワークを生きているのかもしれません。 ライブ=らいふ=Life(生・命) ライブワークはライフワーク。 生の輝き、命を輝かすは、 まさにライブ感覚で生きてること。 現実ライブショーを映し、 ライフを輝かせば、 臨場感はアップするだろう。 ライフ≒らいす=ライス Life≒Rice(米) 米は甦りの意味を持つ。 米=「十」+「×」=死生 死んで(「十」)甦る(「×」)が米(Life)で、 甦らせるは命の輝き。 ライブは活性化の場。 今日も豊かな意識で ライブなライフを甦らせることにする。
2013年01月18日
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運気を上げる 上げる=あける=開ける 上げるにはまず開くこと。 開くと上がるのが 運気なのかもしれませんね。 開ける=明ける 開けると明るくなり上がる。 明るくしてくは、 豊かな意識の創造。 今日も上げ開けて明けていくことにする。
2013年01月17日
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雪が降り路面が凍結。 足元がおぼつかない。 滑ることが多くなる。 滑る現象は物理的には、 物体の接触面の摩擦係数の低下で、 軽い力で物体が移動できる。 摩擦力ゼロが究極の滑り状態で、 リニアモーターカーは地面浮上して、 非接触で滑空して超スピードが出せる。 滑ることは軽くなること、 抵抗なくなることで、 総(すべ)てがスムーズになること。 滑るから総からく行くイメージが繋がる。 滑って転ばないにこした事はない。 怪我しないようには気をつけながら、 豊かな意識だけは、 どんどん総らせていくことにする。
2013年01月16日
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15日朝は一面が銀世界。今年は平成25年で25数理は銀。結婚25周年が銀婚式。結婚50周年が金婚式。白い雪を昔しの人は、銀と表現したのかも。白い炊きたての白いご飯も銀舎利。雪景色は気持ちがいい。銀の符合も重なり、白地の景色で気持ちを新たに今日も豊かな意識でオールマイティーにしていくことにする。
2013年01月15日
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今日1月14日は成人の日で祝日。昔は1月15日が成人式だった。何か感覚的に毎年祝日が変わるのは違和感がある。FBでも一部紹介したが、何故ゆえに1月15日なのか?言霊の高根先生からお聞きした話しとして紹介する。******************************それは、15という数理に意味を持つからなのだそうだ。今でこそ成人は二十歳と法律で決まっているが、その昔しは数えで十五歳にて元服をすると一人前の成人となった。そもそも15の数理の意味は、完成とか満とかの意味がある。秋の満月は特に十五夜と呼ぶように、... 15=〇(まる)=完=満=オーリマイティ、なる意味を有する。平民は三歳・五歳・七歳の時に子どもの成長を祈って、七五三をするようになった。この七五三も15数理を意味している。7+5+3=15にて七五三にて完にて〇でオールマイティ。大人になることは成人となりて完成すること。つまり15数理が示す意味と合わせることになる。アルファベットの15番目の文字は「O(オー)」である。O(オー)の形はまさに満月の〇(まる)であり、オールマイティの言葉にも繋がる。******************************きっと、丸の形(〇)に満月を重ね、完の意味、満る、満願、達成、成就などを強く意識していたのではないだろうか?十五=十(10) + 五(5)十は天(Ten)を意味し、五は中心を意味する。だとすると、十五は天なる中心を意味するのだとすれば、十五に満る意識、完成系を重ね合わせてのも理解できる。豊かな意識の合わせ方は日々の賜物。ある意味、日々が満月で瞬間が完成系で成っているのかもしれない。成人の日に15数理に意識を合わせて、豊かな意識をいつも満たしていくことにする。
2013年01月14日
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毎月13日は虚空蔵菩薩の縁日で、一年最初の縁日は初虚空蔵と呼ばれてるそうです。今年は、13年1月13日ですから、13が左右に並んだ日でもあるので、ある意味では虚空蔵開きなのかもしれません。Wikiによれば虚空蔵菩薩とは以下のような意味がある。「広大な宇宙のような無限の智恵と慈悲を持った菩薩。そのため智恵や知識、記憶といった面での利益をもたらす菩薩として信仰される。」広大な宇宙のような無限の智恵と慈悲を持つことは、ある意味では人として成りたい姿のひとつでもある。かの空海も日蓮も洞窟に入って虚空蔵菩薩に祈願したそうだ。新しい巳年(Me年)になって無限の智慧と慈悲を創造する。豊かな意識(≒十三(とみ)なる富める意識)に合わせて、扉を開いていくことにする。
2013年01月13日
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もう直ぐ成人式。 昔は十五歳で元服にて成人。 今は二十歳で成人。 二十歳は「はたち」とも読むが、 普通ではそのように読めない。 読めない字や地理地名などは、 何かしらの謎が秘めらてれことがある。 二十歳(はたち)には、 20数理に意味がある。 死んで甦りの復活を示す数理20。 その意味は民族ルーツの証しとしての、 旗印(はたじるし)の意味。 旗印とは簡単に言えはシンボルや象徴のような意味。 ちょうど今年(平成25年)は伊勢神宮の式年遷宮の年。 20年に一度の一大イベント。 何故に20年でなければならないか? それは死んで甦りを示す数理に合わせるため。 死んでの十(≒和数字10)と 生でのX(≒ローマ数字1)の合算が20である。 十(≒10;和数字)で一度死んで、 X(≒10;ローマ数字)で再び生き甦る。 十(10)+X(10)= 死+生=20≒旗印 死んで甦りし大和民族の旗印を刻む。 成人式で甦りのシンボルを思い出す。 大人になることは、 豊かな意識の旗印(シンボル)を 思い出すことかもしれませんね。 豊かな意識の旗印のもと、 今日も意識の創造を甦らせていくことにする。
2013年01月12日
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1月11日は鏡開き・蔵開きの日。 年始めの諸々オープンニングだ。 開き=ひらき=平気 気が平たく広がっていくのかもしれません。 平ら(たいら)になるは、 開かれしエネルギー(気)を示していそうだ。 開き=ひらき=平気=たいき=大器・大喜・大輝 豊かな意識の扉を開き、 自らの器と喜びと輝きを大きくしていくことにする。
2013年01月11日
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同じことが繰り返される。 感情的には「またか?」と思う。 この感情の中には、 自分の強さが残っている。 あれだけ○○したのにとか、 ○○してあげたのにとか、 ○○のせいでとか。 また、前は○○だったのにとかの時間軸を入れての比較など。 またか?と思う感情には、驚きや怒りがある。 そのセンセーに反応したのが自分の強さであり、 解除すべき項目であって、 またか?と思ったら、 どのセンセーに自分が引っかかってるかを観る。 そして、創造に変えていくをしていく場所。 またか?を相手に求めないが鍵。 すべて映し出しているのは自分の脳。 またか?と思い相手や状況や比較や時間軸を思うことではない。 その瞬間から次をどう創っていくかのシグナルだ。 毎回の瞬時であり、瞬間であり、次への創造だけ。 だから「またか?」と思ったら、 次なる創造が「まだか?」と思って、 意識を豊かな方向に切り替えていくことにする。
2013年01月10日
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今日は1と9の日だ。 19=いっきゅう=一級=ファーストクラス 上位の階層(クラス)は、 何かとレベルが違う。 一級品見極め能力も必要だ。 1と9は数字の始めと終わり。 すべてを包含しているとも言える。 見える世界が1割、 見えざる世界が9割とも言える。 ファーストクラスは豊かな意識に繋がる。 心の創造をしていくことにする。
2013年01月09日
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良く耳にしる言葉。 「いい加減にしろ!」 聞かされることもあり、 言ってしまうこともある。 いい加減≒いい案配 加減することは案配することで、 調整するような意味。 いい調整とは、バランス化と解釈できる。 いい加減にしろ!とは、 うまくバランスをとれ!ということ。 やじろべいは左右バランスが命。 左右の重さを支点(=視点)位置調整すると、 いい加減となって左右バランスが調整できる。 だから、いい加減にしろ!とは、 視点(=支点)を変えバランスを調整しろ!ということ。 この言葉は、視点変更の合図だ。 今日からでも視点変えて、 豊かさ意識でバランスとることにする。
2013年01月08日
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今日から仕事初めである。2013年の実質的な開始であるので、意識の合わせる焦点ポイントを考えて観た。焦点を合わすはフォーカスポイントであり、ピント合わせなのでより鮮明にクリアにする作業。事柄での焦点もあるが、まずは創るは意識。どんな意識を創るのかをフォーカスすることにする。それは、仕事も家庭も会社も社会もすべてに通じるもので、違いがあるものではない。焦点を音に返して観ると、焦点=しょうてん=昇天=聖天フォーカスポイントすべきところは、天に昇ることに関係し、聖なる位置へ到達すべきもの。視点の位置をどれだけ高く上げられるか?豊かな意識にどれだけ近づくことできるか?器の大きさをどれだけ大きくできるか?精神の高見をどれだけ上げられるか?人と人との間の人間を越えてどこまで人に近づけるか?昇天・聖天には限界はなく無限上昇のみ。焦点の合わせ方とその狙いどころを見据えて、今日からもまた一歩づつ歩んでいくことにする。
2013年01月07日
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強い願望や願いが叶いにくいときには、「いつかきっと」やり遂げるとか叶えてやると思うものである。この「いつかきっと」って「いつの日かキット(Kit)」かもしれない。いつかきっと≒いつの日かきっと=いつの日かキット(Kit)そもそもキット(Kit)とは、辞書によれば、模型飛行機などの組立用部品一式、との意味だそうだ。手順通りに組み立てることで完成するものである。部品何ひとつ欠けても完成することはできない。きっと、「いつかきっと」と想う一瞬で完成イメージが出来上がり、そこに至るまでの組み立て手順や部品が準備されるのかもしれない。Kitには装備とか服装などの意味も含まれてるそうだ。いつの日にか叶う願いの夢への装備を完了する瞬間なのかも。ちなみに、「いつかきっと」を「五日キット」に変換してまうと、時間軸が一気に短縮されて実動1週間(月から金の5日間)で、願いや願望が叶うようになるスペシャルキットになるかもしれない。そんな魔法のような夢キットは創造できるのだろうか?いつか、いつの日か、と想う思考の中には、時間軸概念がしかっり入ってしまっている。確かに事を成すには準備や手順や時間がかかることは多い。しかしながら豊かな意識のもとでは時間軸はない。あっという間に叶ったり、瞬時に現われたりもする。むしろ、「五日キット」などと軽く流して遊ぶくらいの意識で、軽やかに明るく楽しくしていると、あっという間にいつかきっとが実現するのかもしれない。淡く緩く明るく持つとふんわりと軽く飛んで(≒富んで)いける。豊かな意識の創造で今日も「いつかきっと」を遊んでいくことにする。
2013年01月06日
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正月休みでの運動不足なのかは不明だが、正月中にぎっくり腰で安静することになった。「ぎっくり」「ぎくり」とかの意味を辞書で調べてみると、不意をつかれて驚き動揺するさま、と書いてあった。また、歌舞伎の見得(みえ)で、にらむさま、と書いてあった。歌舞伎の見得のにらむさまが「ぎっくり」の意味であることは初めて知った。この正月は動かぬように静養しなさいと、天からにらみつけられた意味でのぎっくり腰だったのかもしれません。ついつい動いてしまう特性というか癖なので、今年はじっくりと腰を据えて構えなさいとのことなんだとわかった。腰だけに要(かなめ)の位置であり重要だということ。行動してしまう≒事柄を起こしてしまう≒成すことに囚われてしまう。ある事柄を起こす場合は行動が必要であるが、行動だけで走ってしまうと、事柄を成すことだけに集中し、それに囚われ過ぎてしまう傾向がありがち。行動を制限されることは事柄が制限されるわけで、成す成さぬを緩めて手放すことを教えているのかもしれない。まずは行動の前に意識を創るが先。意識が出来上がってこそ行動が活きる。行動=こうどう=こうど=高度意識創っての行動こそが高い位置の高度へと行ける。高度情報処理社会の今こそ、意識行動情報処理が必要。そのためにも常に意識は豊かであり続けるように、今日も創造していくことにする。安静をとりながら・・・。
2013年01月05日
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普通であることをしみじみ感じます。特に今は腰の調子のおかげでいつものような動きでない。普通にやっていること、普段通りやってることが、実にありがたく感謝すべきことで希なことを感じます。普通(ふつう)と書いて「普く(あまねく)と通す(とおす)」と読みます。この普く(or遍く)とはすべてにわたって、もれなくすみからすみまでとの意味を持つ言葉。そこを通すってことなのだから並大抵でないことがわかる。普通であり続けることの方が実は希なること。もれなくすべてにわたってすみからすみまで通すことのありがたさ。普通の大切さを感じた正月明けであった。良く仏法で中道を歩めと教えているが、普く通すことのすごさが中道にはあるのかもしれない。どちらかに偏った癖を持っていた方が人は楽なもの。偏りないことはコントロールが難しい。意識は偏りなき豊かな意識であり続けることにする。
2013年01月04日
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正月3日目となり、 だいぶのんびりできた。 しかし少し腰の調子がおかしい。 気づかないうちに力を入れた 体の使い方をしていたようだ。 休んで緩めたことで浮き上がってきた。 腰は要の位置で大事なところ。 少し力を入れ過ぎてたようだ。 力=ちから=血から 力を抜くは血から抜く、 即ち少し血の気を抜くこと。 あまり血気盛んに行くよりは、 ゆっくりと無理せず、 騙し騙しで行くことにする。 意識だけはしっかりと 豊さを創造し続けることにする。
2013年01月03日
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正月も2日目になると事の始めをする時。書き初めも初夢も2日の時。始める(スタート)時は、初めての意識で向うのが正月。それは、心をその色に染めることなのかもしれない。初め(=そめ)は染めにてスタート(始)のところ。始=し=死、にも繋がるので、一度、死んでそのれから甦り染めていくことでの区切り。終始一元でもあり輪廻転生でもあるのかもしれない。正月を祝う松飾りも深い意味があるそうだ。松は常緑樹で命の輝きの象徴とも聞くが、松は証し(あかし)であることを象徴しているそうです。大和民族は死んで甦りし民族である証しを松に込めている。松明と書いて「たいまつ」と読むが、普通に読めば「しょうめい(=照明)」である。松明=しょうめい=照明=証明つまり、松灯かりが証し(=灯かし)であることを示す。もちろん、竹はシナイに繋がる意味(竹刀と書いて「シナイ」)を持つことからヘブライの流れを示すものとの説もある。正月を祝うは民族復活の祝いなのかもしれない。年を変えることで甦りを重ねたともいえる。2日はそんな新しい年を初め(染め)ていく日。甦らせるはMeの中の豊かな意識のみ。豊かさ意識初めをして今年も明るく軽く楽しくなる方向へと、映す世界を染めていくことにする。
2013年01月02日
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新年が明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。皇紀2673年平成25年西暦2013年巳年どんな年になるかが楽し巳(み)な年ですね。巳=み=実=Me(私)実りが多く富み(=13年)多くの1年でありますように。Meとは我のことであり、我が意識豊かに富豪(=25年)のごとく、進化させて輝く存在であり続けるようにしたいです。今日がブログ開設して3181日目。3181=さいわい=幸い=Happy。今年も、けんたま一言ポエムを日々つぶやいていくことにする。
2013年01月01日
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