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台北駅に着く。前回泊まった駅前のNYSロフトホテルに予約して置いて良かった。直ぐに迷わずチェックイン出来たからだ。ただし、予約は12月に入ってからだったので、同じホテルでも部屋のグレードは変わらないのに、値段が約600円上がっていた。つまり、10月から12月にかけて、約10%以上円安が進んだということなのだろう。 台北に戻って来て、就寝前までの3時間で何をするか。腹は決めていた。最後の晩餐ということで、おそらく台南でも台東でも無理だった、ワインをのみながらの食事、中級レストランでの食事を「初めて」体験する。というのに、挑戦したい。 台北から悠悠カードを使って地下鉄で中山国小駅に行く。そこから歩いて10分ぐらいの所の「欣葉」(「地球の歩き方」所載)というレストランに入った。レストランは二階だけど、玄関前と入った所の直ぐに受付がある本格風のレストランである。 こんな雰囲気の店である。「歩き方」所載の店なので、日本人がひっきりなしにやってくる。日本人は全部ひとつ所にまとめていた。 ともかく目的はワインである。期待通り、八本ぐらいのワインリストがあった。本数は日本ではまったく不足しているが、これが台湾の限界だと思うので、がっかりしない。しかも私はフルボトルなんて、量的にも値段的にも無理。普通あるグラスワインはなかった。その代わり、ハーフが1番安い値段であった。と言っても550元(約2000円)なのだが、覚悟の上なので迷わずそれを頼む。 イタリアワイン・CHIANTI(DOCG)である。1番安いと言っても、とりあえず特級酒だ。 先ずは欣葉名物という豚バラの柔らか煮。とっても柔らかで、美味しい。ただし、1人で食べるのにはさすがに重すぎた。ほんの少し残す。私としては不本意。 1人なので、大きな料理は頼めない。100-200の間で頼む。次は牡蠣とイカすり身とニラの湯葉巻き揚げ。一見狐寿司に見えたけど、全然違っていた。でも日本人好みかもしれない。ニラが優っているけど、橙色のタレが台湾流。ワインも、チリワインと同じようにミディアムボディではあるけど、香りがこちらの方が豊か。食べ物と合わすと、特に肉と合わすと、ふわっと香りが広がった。でも、正直ワインも料理も、庶民の名店にあるような目が飛びでるような「驚き」はなかった。それを期待するのは、この2ー3倍の格の店に行かなくてはならないのかもしれない。やはり台湾は屋台や小さな店めぐりの方が私にはあっているのかもしれない。 このままで終わらしたくないので、この店の味を確かめるために、日本の一般料理の麻婆豆腐とハマグリスープを頼んだ。ハマグリスープは品切れで、店員が牡蠣スープ美味しいよ、と勧めるのでそれにしてみた。麻婆豆腐は、辛いだけだった。深い味わいはなかった。小さく豆腐を切るのが台湾風なのかな。ニラと肉が控えめ。牡蠣スープは、生姜風味だった。昨日食べた牡蠣よりも少しだけ大ぶりの牡蠣だったが、日本のそれよりはかなり小さい。ワインとの相性はなかった。 最後にサービスとして、きな粉餅が出てきた。とても上品なあまみ。こういうのもできるんだ。日本人好み。 請求はこのようになっていた。小さな店と違うのは、「茶資」25元がついていたこと。実際に美味しいお茶がポットでついていたのだけど、日本ならば請求しないタイプのもの。まあチャージ料みたいなものだろう。これに更に10%の消費税がかかる。外税だったのね。全部で約5000円。予想内に収まった。ワインは100mlほど残った。残念だけど、持って帰るには荷物になるし、部屋飲みするには、食べすぎた。泣く泣くそのままにして帰る。 帰りはその場で決めたのだけど、歩いて帰ることにした。地下鉄駅の四駅分ほど。12時まてあと1時間半ほどある。充分帰れるだろう。写真は明るい道ばかりのように思えるが、これはデジタルカメラのマジック。真っ暗じゃないけど、かなり暗い。男1人、台湾だから出来ることである。ともかく路地裏路地裏を選んで帰る。 露店商のおばさんと身内とは思えないおじさんが顔を付き合わせて深刻そうに話していた。目の前に教会があったので牧師さんなのだろうか。それとも単に店主と客の関係なのか。 地域の廟もシャッターを閉じていた。でも灯火はある。 地域の至る所に廟はある。といよりか、雰囲気のある道を選んで歩くと、廟に突き当たるといった方が正確かもしれない。 11時前なのに、まだここでは台東でテイクアウトしたような惣菜屋が営業してあって、お客さんが何人も来ていた。 路地裏の角。車が曲がり安いように角をとった家。それは日本でも見つけたが、この交通標識はよくわからない。 台湾の路地裏は、家と家との間が、顔を突き合わすとように狭く作られていて、実はその通りに狭い部屋の玄関があって、人々がたくさん住んでいるようだ。若者が深夜、自分の部屋に戻ってゆく。 この福進商行という雑貨屋さんがまだ開いていて、その横に「三郎の髪←」という看板がある。それを覗く。 すると、このようになっていた。台南でも見つけたが、台湾人は、狭いところ狭いところを好む習性があるようだ。 駅の近くだからなのか、この通りは機械屋さん通りみたいだ。 シャッターの前に蜜柑の皮らしきものを吊るしていた。何かの煎じ薬なのか、それとも魔除けなのか。 路地裏を夜の体力つくりをしていた。 わかりにくいけど、24時間営業の花屋さんがあった。近くには病院も飲み屋街もない。何の需要なのか。でも1人若い女性が利用していた。 この日は1月2日だけど、まだクリスマスツリーを飾っていた。 進成国民中学校。古そうな建物。 路地裏に刀削麺の看板。こんなところにも店を出しても成立するのだろう。 やっと台北駅まで歩いて来た。12時前。一時間近く歩いたことになる。そしたら、駅前に映画シアターがあるのに気がついた。まだ台湾の映画館に入ったことがない。明日午前中に早くモーニングショーをしていたら、見ることができるかも。ダメもとで覗きにいく。 ほとんどハリウッド映画。一本が日本の「続・深夜食堂」で、二本が台湾映画である。 「52H2 I love you」という映画が今かかっているみたいだ。台湾映画は、小津安二郎の影響を受けて、日常映画がよく作られる。 いつも思うのだが、台湾にしても、韓国にしても、日本よりもハリウッドから来る速度が早い。三ヶ月は早い気がする。 この辺りは台湾映画、中国映画のようだ。どうもモーニングショーは時間がなかった。でも映画館を見ることができて良かった。 駅には山形のこんな旅宣伝ようの大きな看板があった。雪とサクランボ、ふたつが台湾の「あこがれ」なのだろう。12時過ぎにホテルに戻る。共用のシャワーを浴びて爆睡する。 ホテル5760円 朝飯と珈琲2杯 290 お土産140 台東→台北763 車中食事127 夕食1304 計 2624元プラス5760円 歩数 10739歩
2017年01月31日
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出発。そしてやがてどうみても田んぼと思わしき棚田が続く。私はここで、この地方の棚田の堤がことごとく小さな川原石で出来ていることに気がつく。いったいどうやって整形しているのか、全然わからない。水はけはいいだろうけど崩れないのか。材料は周りにいくらでもある。石ころは重くないので、作るのは簡単かもしれない。崩れない秘密があるのか。なるほど、台東の鯉魚山の案内板の石ころは、ああいう補強の仕方がコンクリートよりも一般的だったのにすぎなったのだ、とガッテンする。 この地方は、背後の山がおそらく火山だったのだろう。そして山から急に平野になる土地になっている。その関係で、水が豊富でかつ、美味しいのに違いない。その関係で、美味しい米の産地になったのではないか。それが池上米と池上弁当という「ブランド」をつくったのだ。関山を通る。 ここの砂利は、それだけでコンクリートの材料や建築材料に使えそうだ。駅に専用貨物が止まっていた。 電車の中の広報誌にこんなのがあった。「おお!ベアー 微笑み観光列車」 台南で電車待ちをしていた時に通り過ぎたのを覚えている。 単なる思いつきではなくて、用意周到な台湾鉄道の宣伝キャラクターらしい。記事によると、台湾黒熊は、台湾の代表的な野生動物の一つ。6ヶ月の試用期間を経て、優秀な成績をとったので、2014年交通部観光局は「超級任務組」組長に任命。台湾の風景、美食、節慶、活動宣伝、並びに米日韓等の外国人が訪れた際にいろんな台湾体験を演出するのに、従事して来たらしい。外見だけではなく、中身もかなり凝っていたことが、この広報誌でわかった。 ちなみに「小辞典」として、こんな風にキャラクター設定もされていました。 台湾で最も美味しい弁当があるので有名な池上を過ぎる。ここで駅弁を売っているのではないかと期待したのだが、なかった。とってもがっくりとくる。 この辺りの堤は、やはり基礎は小石なのだけど、土を被せている。何故か、とか効果は、わからない。 この自強号のトイレを見る。前回のと比べてかなりシンプル。しかも鉄製ではない。 トイレの横に「充電コーナー」があった。台北駅にもあったが、日本でも気を使って欲しい。約5時間かけて、9時前(少し遅れた)に台北駅に着く。この時に最後の「失敗」。車内に私が二年間ほぼ毎日着用していた黒いキャップの帽子を置き忘れてきたことに、下りてすぐに気が付く。でも引き返せば、そのまま電車は出発して次の駅まで私を持ってゆく可能性が高かった。ほんの三秒考えあきらめた。愛用のあの帽子が、遠く台湾の地の台湾鉄道の忘れ物倉庫の奥にほんのしばらく残っていると思うだけでも、旅の思い出になると慰める。
2017年01月30日
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台東駅。ここで私は、この旅1番の失敗をした。時は10時。一時間半も待つけど、11時20分の台北行きの電車に乗ろうとしたら、もう売り切れているというのである。その次の電車も売り切れている。 「15時50分のならばある」という。5時間50分も待つ!あり得ない。 「ノーシートOKなんですけど‥」台南から台東までならば、みんなそんな形で乗っていたじゃないか。 しかしダメだという。「不買駅票。晩一点、再来、買」 バカなことを言いなさんな。こんなに困っているのは、今日中に着かないといけないからじゃないか。明日もう一度来い、なんてどういう考えをしたらそうなるのか! しかし、悩んでいるとさらにこう書く。 「晩一点再来、買看看、現在没有」 チケット売り場のお姉さんは、この外国人がこんなに困っていても冷たく見下ろすだけ、というのはわかった。これで着くのは、9時前になるという。あれもしようと思っていた計画がなくなる。でも仕方ない。せめて最悪の事態だという顔をして承諾した。 「15.50 OK」 割りと売り切れは多い。こういうことがあるのは知っていた。何しろ数時間に一本しか急行がないのだ。だから、台南行も、台東行も、前日に買ったのだ。しかし、あまりにもここまでスムーズに行ったので、「何も前日に買わなくても大丈夫なのではないか」と思ったのが間違いだった。昨日は博物館行がわからなくてイライラしていたのもあった。もしかしたら、私の事前調査が間違っていて、本数はもっとあるのではないかと思っていたのもあった。メロディホテルがまさかのWi-Fi不可なのもあった(ネットで予約する方法もあるのを調べてはいた)。ともかく失敗だった。 本来ならば、失敗も楽しんで、駅の周りを散歩するというのが、私の旅スタイルではある。ところが、台東駅周りは特殊な所で、近年旧市内からこちらに再開発しようとして急行駅を作ったのはいいものの、全然再開発されなかった所なのである。だから、歩いても何の面白みもない。ちょっと歩いてわかるけど、駅前にここまで食堂もホテルもない基幹駅も珍しいと思う。あるのは唯一レンタルカー屋さんだけなのである。これはどっかのコーヒーを提供している所を見つけて、時間を潰すしかないと思った。 考えれるのは、なんと駅前に一つしかない大きなホテル。ここに喫茶が無ければ諦めなくてはならない。 玄関にチラシがあった。良かった。しかも、食事も取れるようだ。日本語が出来るスタッフがいて、事情を説明して五時間以上ここに居座ってもいいと許可ももらった。やはり周りには昨日行った卑南文化公園以外には何も見るべきものはないようだ。 前のチラシの左側の原味風ナンチャラというのを頼んだ。原住民族風ランチとでもいうべきもの。ここの民族は卑南(プユマ)族なので、彼らの伝統食なのだろう。以下は昨日買った「順益台湾原住民博物館ガイドブック」より転載。 人口は約11000人あまり。男子集会所「バラカン」での厳しい訓練制度を有する。主に台東縦谷南方の平原に暮らしています。人口の多くは台東県に集中しており、 中でも台東市に住む人が最も高く、次がプユマ郷となっています。近隣のアミ族、ブヌン族、漢民族の影響を受けてはいますが、独特の文化を保ち続けています。17世紀、南王部落のプユマ人が朱一貫の残党の平定に功があったとし、清朝から「プユマ大王」に封せられました。プユマ族が強大な武力を持っているのは、男子集会所「バラカン」で厳しい訓練制度が実施されていることによるものです。プユマ族の文化の特色としては、男子集会所での厳しい訓練、精緻な刺繍工芸、レイ(花輪)を日常的につけていること、盛んな巫術などがあげられます。重要な祭典としては「猿祭」「大狩祭」「連合年祭」など一連の行事を含む「年祭」があります。(以上引用) つまり、卑南遺跡の中心民族は彼らである、ということがまず間違いないとわかる。清朝時に中国と密接な交流があったならば、漢時代に民間との密接な交流があったとしてもまったくおかしくはないだろう。ガイドブックによると、南島語族として台湾からフィリピン、イースター島、アフリカのマダガスカル島、ニュージーランドまで広く分布していて、台湾民族はその最古民族らしい。顔は台湾の原住民族はみんな同じ顔に見える。いわゆるフィリピン人の顔である。 これが頼んだ定食。 それぞれの料理の台湾読みの名前をホテルスタッフに聞いてみた。サツマイモのふかしは、地瓜。味は日本のそれよりも濃い。もしかしたらこれがタロイモというのだろうか。支那竹は名前を聞くの忘れたが、なんと生姜風味だった。枝豆は毛豆という。黒胡椒で炒めているのが独特だ。豚肉の炒めものは、鹸猪肉。肉はスモークされているように思った。 そしてこれは小米粽(小米のチマキ)という。これが最も有名な伝統食なのだろうと思えた。チマキを何か紫蘇のような薄い葉でくるんで、それをさらに南風色たっぷりの大きな葉でくるんでいる。考え方は柿寿司である。 びっくりしたのは、小米というのが実は米ではなかったことだ。アワかキビではないかと思う。中には味付け挽肉が入っていた。米が少しべちゃべちゃし過ぎる気はしたけど、全体的に美味しかった。 このホテルはこの地域では一流ホテルだと思う。でもトイレの機器をTOTOに発注しているのは、わかるけどあの「人がいない場合でも水が流れることがあります」説明を訳文もつけずにそのままつけるのは、如何なものか。利用するのは、ほとんど台湾人でしょう。流石に五時間以上いたので、私は三時間でも四時間でも滅多にしないのだけど、コーヒーのお代わりを頼みました。この間に旅日記を書いていたのだけど、日記はやはり当日の勢いで書くもので、全然進まなかった(今この時点の日記も帰国後に書いている)。最後の3日間は夜日記を書く間もなく疲れて寝たし、車中の日記は途中で気分が悪くなったりしてつづかなかったのです。それはともかく、電車の待合室ではなく、ここで時間を潰せたのは、リフレッシュ出来ていい所もあった。 台東駅に戻る。ホントはここで池上弁当が買えると思っていた。ここまで来て池上弁当がないのはウソでしょ?なかった。仕方ないので、コンビニでおにぎりを買って、よく見たら改札前に鉄道弁当売っていたので、それも買った。 電車が来た。昨日のよりも少しグレードが高い。 車中風景。あのチケット売り場のお姉さんの言うとおりだった。この北回帰線は、一人も予約以外の客はいなかった。後で思うのだけど、それならば余計に本数を増やすべきだ。そんなに採算が取れないのか? 台湾風おにぎり。43元。美味しいけど、高い。 台鉄弁当60元。昨日余ったワインをラッパ飲み。カッシーロ・del・ディアブロ。180cぐらいなので、すぐ空になった。 やはり、台湾料理にチリワインは合うと思う。煮汁がご飯に染みていなくて、弁当にはやはり不満が残った。あゝまた一度池上弁当食べに来たい。 さあ、出発だ。しばらく畑はトウモロコシ畑などが続く。
2017年01月29日
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1月2日(月) 台湾5日目(晴) 朝、ホテルの朝食も台南玉高ホテルよりは良かった。 でもその後の食事を考えて、軽く済ます。味もあまり特徴はなかった。サバがまるきり日本と同じでびっくり。 ただ、この卵焼きだけは提供の仕方が、トレーにピッシリだったのが珍しい。 朝のウオークに出る。やはり日本的な家屋は、塀で囲って見えないようにしている。注目されるからなのだろうか。鯉魚山へ向かう。山の前では市場が立っていた。野菜はだいたい安いと思う。 この写真は、案内板の後ろの補強の仕方が見たことないものだったので、撮った。コンクリートで固めればいいのに何故?(後で、そのわけは大体わかった) 一つ目の展望台。空を爆音。空軍が仕切りに訓練をしている。 さらに上に展望台があって、そこでやっとわかった。郊外に空軍訓練場があるのだ。写真に見えるのは一部だけで、一機が見事なタッチアンドゴーをしていた。 遂に捉えた。F1戦闘機かと思ったら違っていて、哨戒機みたいな形をしていた。詳しい方、教えて! 二個編隊の場合もあれば一個編隊の場合もある。 さて、ここからは台東市内が一望。古い街だと聞いたが、せい然と道が出来ている。古い家屋もあまり見えない。延長して散歩する必要もなさそうだ。 遠く緑島も良く見えた。降りると、日本統治時代に、神社があったところに出た。鯉魚山なので、街灯も鯉になっている、 正面から見ると、確かに鳥居があって上にはお社がのる神社形式になっている。 しかし今あるのは、忠烈祠である。柱の文字が、しかし英霊の字がある。 今日はお休みなのだろう、中学生が遊びのように階段をうさぎ跳びしていた。若いって素晴らしい。 ここで見た花のいろいろ。昨日の夜の祭は、このようなわりと長期にわたる冬まつりみたいだ。あんまり寒くはないのだが、台湾の人たちにとっては冬という意識があり、そして「雪」は憧れなのだろう。 もう帰ろう。ホテルを辞して9時30分のバスに乗る。20分ほどで台東駅に着いた。 ここで私は、この旅1番の失敗をした。
2017年01月28日
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国立台湾史前文化博物館の中庭には、こんなモニュメントがあった。 ちょっと順番が違うが、ここから一挙に旧石器時代に戻る。 一昨日に行って考古資料館で見ることかなわなかった鳥山頭遺跡(BC800-)の遺物があった。日常の煮物容器である。 この頃、縄文が流行っていたらしい。日本の縄文の模様とは違うが、時期的には日本と重なる。これも要研究なのではないか。 大きく扱っていた。鳥山頭遺跡の黒陶。 こんな風に土器を作っていたらしい。 さて、階が変わって、民族展示や地球の歴史展示に移る。あまり興味ないのでなおざり。 地下にこんな実物展示があった。どうも岩棺だったらしい。 台湾の古代観が一変する、新しく素晴らしい博物館だった。wikiの台湾、古代を検索するとわかるが、おそらく日本の研究者には、この台湾古代史は正式には紹介されていないと思う。戦前は確かに日本人研究者が台湾考古学を指導した。しかし、明らかに全く違った台湾古代史が始まっていると感じた。台北の国立台湾博物館にも、こういう視点で展示されていなかった気がするので、もしかしたらここの展示は、台湾全土の認識にさえなっていないのかもしれない。 博物館の人がなんと台東市内まで送ってくれるという。まるでパパイヤ鈴木みたい人でしたが、とっても有難かった。これで今日のイヤなことは全部チャラになった気がした。ホテルは台東市内真ん中あたりのメロディホテル。フロントが三人とも若い女性で、値段が約半額だったので台南の玉高ホテルより古いホテルを想像していたが、あれよりはるかに良かった。 室内も、Wi-Fiが使えないことだけが不満で後は満足。あ、後はカードが使えなかったところ。台東はカードが使えないところが多い。 夜の台東に繰り出す。鯉魚山の前ではこんな祭りをしていて、非常に多くの出店があった。 提灯はどう見ても地元の子供が書いたものだ。つまり地域挙げてのお祭りなのである。 いろいろ迷って、光瀬さんお勧めの客来吃薬の店で牡蠣と大腸の線麺と黒糖桂園緑豆算の各小を頼む。 ここでわかった。昨日のサバビーのお粥の中にあったのは、立派な牡蠣だったのだ。 これが緑豆。上にあるのはきな粉。食事とデザートを一緒に食べるのもどうかとは思ったけど、同じことをしている人は案外多かった。 夜店を冷やかす。パイナップルが一個30元(約120円)。 天后宮前にこんな日式家屋があった。 天后宮である。媽祖さんを祀っているらしい。 とっても派手。 1番目当てのワインが飲めるお店は、日曜日で休みだった。二番目にお目当てのこの店に入る。 タウナギ丼を頼む。流石に名店はことごとく、臭みがない。新鮮なモノを使っているのだ。まるで、小さな鰻のような歯ごたえ。酢豚のような味付け。美味しかった。 このまま帰ろうとしたら、隣に酒屋があった。ワインハーフがあるか、と聞いたら奥さんが張り切って日本語を話して来た。勉強したのかな?それでちょっと高いけど、チリワインを買ってしまった。チリワインを買ったら、つまみも買わなくちゃいけない。行列が出来ている屋台に並ぶ。鳥頭という屋台。この惣菜をたらいに自由に選んで、渡したら、全部をブツブツに切ってもう一度揚げて売ってくれるシステム。少しだけで悪かったけど、100元ほど買った。 ホテルに帰って部屋飲み。果物は途中で買った一袋30元のやつ。これがとんでもなく食べれなかった。甘くも酸っぱくもなく、種だらけ。そして鳥頭の惣菜の肉もまずかった。油だらけ。食べれるのは、うずら卵と練り物だけ。 でも、この味付けはとってもこのチリワイン(カッシーラ・ディアブロ・カベルネ・ソーヴィニヨン)に合うということがわかった。以前飲んだ台湾ワインは甘すぎたが、ホントはこれ位のミディアムボディの方がいいと思う。台湾は肉文化なのだから、もっとワインを飲むべきである。ということで、この日はすぐに死ぬように寝た。 朝食100 昼食120元 タクシー 1000 博物館110 ホテル1080 夕食70 夕食90 ワイン280 夜食130 博物館土産(珈琲カップセット、Tシャツ、お茶、図録二冊)2020 計 5000 歩数 28786歩
2017年01月26日
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分館の資料を観た後、卑南公園。ここでも30分で約束。 この広い広場がそのまま遺跡だった。この景色こそ見たかった。 後ろに険しい山を控え、小高い丘が広がるこの景色は、古代遺跡に特有の景色だろう。 住居の復元。(追記)と、最後まで思っていたが、後でパンフを見返すと、「現代の」卑南族青年会所とあった。 流石、亜熱帯地域。竹だけで住居をつくるとは! その組み合わせ方は、独特だ。 しかも高い。雨が多い地域の知恵か(しかし後で考えると台風はどうしたのだろう)。 これは遺跡ではない。地域のお祭り用の設置なのだろう。原住民に関係しているような。 広場に祭りの空間をつくる。そこに導く羨道をつくる。それは世界共通なのだろうか。 中国風俗に特徴的なブランコである。やはり子供だけでなく、恋人たちも好んで乗る。 周りに果物畑が広がっていた。後で、台東名物「釈迦」という果物だと知る。 そこから20分ほどタクシーで行く。ぐずぐす言っていたけど、ここで1000元(4000円)も払って彼とはおさらばする。念願の国立台湾史前文化博物館である。 地下一階がまるまる古代史コーナーになっている。これまでの古代史不足感を十分なくす出来栄えだった。卑南文化では、貝を加工してスプーンを作っていた。こういうのは、初めて見た。大きな貝が豊富に取れるこの地域独特のモノだろう(日本では、装飾品しかない)。 魚の骨を利用して、こんな装飾品も作っていた。かつて、沖縄県立博物館で見たジュゴンの骨を利用した細かい装飾を思い出す。 中国との大きな交流があったことを証明しているらしい。潮の流れにそえば、筏でもくることが出来るらしい。 驚くのは、こんな玉耳飾りが出土していることだ。日本には、こんな立派なモノはおそらくない。右は一切ない。 石棺の埋葬作業のジオラマ。びっくりするのは、足下に他の人の頭骨があること。骸骨なので、殉葬ではないと思うのだが。 これは石梯らしい。しかし、梯子(はしご)として利用したのか、養殖豚の餌入りとして利用したのか、説が分かれているらしい。 卑南遺跡の石器。武器やいろいろ。形が日本とは相当違う。そういう意味では、直接はこの人たちは日本には来ていないと思う。 土器のいろいろ。基本的に中国の文化の影響を多分に受けていると思う。 抜歯風俗があった。 石棺はこんなにも立派だ。一般的なモノとは思えない。 驚くのは、この「人獣型玉飾り」である。 十分に説明書を見ていないが、非常に独特であり、中国の輸入品であることは確かだろうが、どこの産出なのか。何となく三星遺跡の遺物に似ている。 この玉管も日本では産出しない非常に立派なモノだ。 この瑠璃の腕輪も唸った。 遺物がともかく素晴らしい。時代は弥生時代前期-中期なのである。 これは長光遺跡の岩棺の複製。実物ははるかに大きいみたい。 東海岸には巨石文化が栄えたらしい。これは人の形なのか、どうかはよくわからなかった。 石牌橋遺跡(BC1500-AC)出土、肩のある単石。 長光遺跡(BC1000年-)出土、双角杯。 長光遺跡出土、「陶偶」。これはサルか?サルなのか! 卑南遺跡出土、「有槽石棒」。このギザギザを何に使ったんだ!どうして日本では作られなかったんだ! 卑南遺跡出土、石刀や石鎌刀。四角なのは日本では見かけない。この曲線の刀も日本にはない。 巴○(Patu)。佳里遺跡出土。複製品。これも用途はなんだったのか。 花岡山遺跡出土。蛙形玉飾り。これも非常に独特だ。中国の三星遺跡の影響のような気がする。 蓋寮遺跡(BC1000-)出土。石子尖器。やはり日本では、見たことない。 これもびっくり。瑠璃腕輪。十三行遺跡出土。二つも展示されてあった。これと全く同じ形、大きさで、色だけは青と緑で違うモノが、伊丹の弥生晩期つまり少し早いだけの遺跡から見つかっている。日本では、四例しかない貴重なモノである。形が全く同じということは同じ中国の同じ地域で作られたのか。だとすると、日本のそれは中国との交流があったのか。これは少し質が悪い気がするが、日本のあれは最高級品だったのか。その辺りの研究はどうなってるのか。 これは鉄器時代を多分先駆けた遺物だったと思う。これから鉄器時代の遺物を見る。 十三行遺物。この特異な形は、中国の影響ではないか。しかも青銅刀の柄である。 鳶松文化。特殊な鳥の頭をした陶製品があるらしい。 亀山文化。紋飾が特徴的らしい。 静浦文化。阿美族と密接な関係があるらしい。 ここまで来ると、古代も終わる。黄金の胸飾りである。白桑安遺跡出土。
2017年01月25日
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台東行き自強号の中。席はとっていたのだが、他の人は次々と隣に座ってくる。ノーシトでも空いていれば座ってもいいという決まりだそうだ。 高雄の駅は台湾二番目の都市とは思えないほと、普通の駅だった。 その周りの衛生都市の方が、モダンな感じがした。 大きな河。 屏東駅。この駅が1番モダンだった。 広がるパパイヤ畑。 ここで、車内売りの弁当がやって来た。迷わず買う。 大きな豚の排骨(スペアリブ)と、豚の練り物、何かの揚げ物、支那竹、煮卵、野菜付け合わせ等々である。うまかったが、前回食べた素食弁当みたいなびっくりするような味ではなくて、普通の味だった。肉の汁がご飯に染みていないと、私はヤダ。 お茶も一緒に頼んだのだが、日本語に油断した。砂糖入のお茶だった。 車内トイレに行く。こんな所でお水が飲めるようになっている? お手洗い。手を詰める人がたくさんいるみたいだ。 自強号(特急)のトイレは、なかなか知られていないと思うので公開。当然拭いた紙は流してはいけない。 びっくりしたのはお手洗いがモダンだったこと。しかも自動で水が出てきた。 養殖池が延々と続く。肉料理と同じ規模で魚料理の店が多いのが、こういう仕組みだったのだろう。 海が見えた。台湾の東側に移ったのだ。 大武の駅。 海沿いに走る。コバルトブルーの海。やっと今は沖縄よりも南にいるのだと、実感。 しばらく畑ばかりだったけど、海沿いに街が見えてきた。茉莉や知本などを過ぎる。やっと台東についた。 ここで、今回二番目の大きなトラブルに会う。台東駅で卑南文化公園に向かい、それを急いで見た後に、今回旅の最大のお目当て国立台湾史前文化博物館に向かうというのが計画だった。駅前に案内板はなくて、わかりにくい地図があっただけ。よって迷ってしまって時間を気にした私は1番避けたかったタクシーにそのコースを行ってもらうことにした。乗る時にしっかり筆談で決めたはずなのに、タクシーはいいように解釈して、言葉がわからないので交番ですったもんだ、結局私のいいように行くと、最初約束した500元では済まなくて、四時間行ってくるのにかかるので、2000元(8000円)必要だという。台東駅に戻る必要はなくて、行くだけで2時間(実際は1時間半で着いた)1000元で折り合いをつけた。このすったもんだで、一時間以上無駄にしたのである。時間を返せと言いたい。それでもぼられた気がする。この後姿がそのタクシーの運ちゃんである。こういうのがあるので、私はタクシーは極力使わずに、バスか電車を使うようにしているのである。バスは時には待つのに一時間近く待ったり、結局歩くことになったりするのだけど。 そんなこんなで、先ずは史前文化博物館の分館に行く。よくわからない運ちゃんは、ここでも10分以上行ったり来たり無駄にした。てっきり正月なので閉館しているのかと思いきや大丈夫だという。わけのわからない男だ。行ってみるとびっくり。実際の遺跡が先ずは見学できるようになっている。卑南遺跡は、BC1500年からBC300ぐらいにかけての遺跡である。その意味では、弥生時代に重なる(縄文時代後期から弥生時代中期)。前回の旅では、台湾の古代史は貧者で、しかも地理的条件から日本にも大分劣っていると感じていたが、そうではなかった。日本のように、土器の編年が出来ていないので、どの遺物がどの年代かはよくわからないのだが(今気がついたのだが、それこそ博物館職員に確かめるべきだった)、ともかくこの竪穴式石棺は、集団であるところは中期弥生時代だが、石棺であることで前期古墳時代の質になるだろう。 いったい埋葬者はどういう人々だったのか。今書いていて、どんどん疑問が広がる。この時30分で出るとタクシーに約束しているので、何とかしようという発想さえ生まれなかった。 この図で、やっと台湾の古代年代史がわかった気がした。 こうやって見ると、鉄器時代は西暦と同時に始まる。ほぼ日本と同じだ。しかし、日本のその後の文化発展と、台湾のそれとを分けた要因は何だったのか?と、今また、疑問が出てきた。 遺物展示は、其れなりに充実していた。 卑南遺跡は、一時期は日本の弥生時代を凌駕していたと思う。 戦前の鳥居博士が見つけた、卑南遺跡最大の月形石柱も展示されていた。さて、この分館の下に卑南遺跡が広がる。
2017年01月24日
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台湾旅レポート再開します。1月1日(日) 台湾4日目(晴れ) 2017年新春の朝、6時過ぎに、朝の散歩開始。駅裏の(一青妙さんが絶賛していた)長栄牛肉湯を探しに、駅裏を歩く。 駅にはこんな心遣いもあった。日本にもある所はあるが、手作り感があっていい。 裏町には、時々こんな落書きが目に付く。韓国みたいに落書き村ではない。ゲリラ的にあるのである。こんな落書きは、隠れてでは書けない。おそらく家主の許可を得て書いているのだ。 ここまで来ると芸術だ。 台南の東門である。ここからは近いはずだ。でも、なかなか見つからなかった。 長栄路二段。やっと見つかりました。長栄牛肉湯。正月でも、陰暦じゃないからか、何の問題もなくやっていました。流石にもう遅いのか、人はまばら。すぐ食べれる。良かった。二回目の牛肉湯(小)。そして肉燥飯(小)。この肉燥飯の美味いこと!やはり昨日の丼が悪夢だったとしか思えない。とっても旨味のある牛肉の腹身と思える細切れに絶妙の甘辛タレがかけてある。牛肉湯も、肉がとっても柔らかく当然臭みはなく、旨味だけがある。前回しなかったが、この中について来たショウガのタレつきをいれると、さらに肉の旨味が増した気がした。美味しゅうごさいました。(後で気がついた。前回が焼き飯付きで200元、今回が合計100元、まるきり半額だった。前回のと美味しさは全く変わらない。前回の阿村牛肉湯が本来朝食のはずの牛肉湯を夜もやっていて、おかしいと思っていたが、あそこは観光用に変化していたのだ。こちらこそが、地元のソウルフードと言っていいだろう。) さらに散歩。この「茶の魔手」というテイクアウト用のお茶屋さんは、今回すべての街中、そして田舎でも見た。なんでこんなのがよく売れるのかわからない。このあと、シャングリラホテルという台南一の高層ビルに登れば、台南を一望できるのではないかと思い行ってみると、よそ者は見れない仕組みになっていた。地域のことを全く考えていないホテルだということがわかった。 成功大学の正門。この夏目漱石に似ている、びっくりするような銅像は、詩人の浦添生さんらしい。安心してください。ちゃんとバランスとって下とくっついています。 この大学の東側に古い塀の跡があるらしいと聞いてやって来た。 版築なのか? 台湾府城垣小東門の残遺らしい。そんなに古くはない。1723年。中国乾隆帝の53年(1783)に改築。 ここには歴史文物館もあって、庭には古い大砲も置いてあった。 乾隆元年の「鎮北門」の門額の一部も置いてあった。 この大学の庭は、市民に開放されていて、女の子が鴨を写真におさめようと追いかけていたり このようなガジュマルの老木を再生しようと頑張っていたり、 こんな見事な「百年ガジュマル」の木もあった。 説明には日本語訳の「詩」も添えられてあった。 なるほど、亜熱帯では、百年が大木なのだ。 さて、見るべきものは見た。台南駅前のホテルに戻って、台東に向かう。ずっと気になっていたのだが、駅前の銅像て、日本の武士のような格好をしている。誰?鄭成功?誰か教えて!どうしてこんな格好なの?
2017年01月23日
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1月20日の赤旗に、内田博文教授が今国会で成立を狙っている「共謀罪」について、その根本的な危険性について、端的にわかりやすく語っているので、それをさらに端的に(わかりにくくなったかもしれないので、本文を是非読んで欲しい)説明して、少しでもこの希代の悪法の成立を阻止することにちょびっと寄与したい。 内田教授の言いたいことは次の六点かな。 (1)今回の共謀罪は、政府は「組織的犯罪集団」だけが対象というが、犯罪の前の段階で「行為」も「結果」もないものを処罰するのだから、刑法の基本原則を外すということ。「団体」の定義は何も持てない。 (2)治安維持法の時も、政府は「乱用しない」と約束したし、「裁判所が乱用を防ぐ」と説明したが、何の効果もなかった。 (3)共謀罪で逮捕されるのはテロリストだから、自分とは関係ないのではない。警察に狙われただけで「あいつはテロリストだ」と言われるようになる。社会は一挙に萎縮する。 (4)憲法を変えて戦争出来る国になった時に、反対派を取り締まれる法律として必要だから、今出て来た。「刑罰国家」を作ろうとしている。 (5)共謀罪は自白のみで立証。現在の刑法は治安維持法の時の亡霊が残っている。 (6)戦前と違うのは、日本国憲法の下、まだ反対する権利(デモ、集会、本、投書、違憲訴訟等々)が保障されている。
2017年01月22日
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「DAYSJAPAN1月号」2017年 表紙写真は、日本を旅立つ直前に夫と撮影したポートレート(1961年)を、自宅で手にする井出多喜子さん(89歳)。朝鮮民主主義人民共和国元山(ウォンサン)市。2016年8月9日。フォトby林典子 ぱっと見では、従軍慰安婦問題かと思うかもしれないが、そうではなく、本人の言では、北朝鮮で夫婦睦まじく一生を終えようとしている渡半島組の日本人妻を扱っている。カメラマンも推測を交えて書きたい部分もあるかもしれないが、聞いた言葉だけを淡々と書いていた。彼女の青い服の胸に違和感を放つ金日成の赤いバッジ。 編集長後記には、「揺れる編集部便り」になったと苦笑いしている。「辛くなっちゃって、写真をまともに見ることができません」という声が多くなって編集方針を変化させようかともがいているらしい。確かに動物好きにとって、この間のウサギモルモットや、あぶれたペットショップ用の犬の姿などは、目を背けたくなっただろうし、空爆とかで惨殺された子供たちの写真も多い。それで今回はほのぼのする動物写真が多くなった。 しかし、私が心に残ったのは、やはり「シリア、イエメン、リビアの、戦下の中東、飢餓の子供たち」の写真である。はっきり言って、飢餓の子供たちの写真は、記事さえ読めなかった。しかしこれらの記事のリード文を読んだだけでも、アラブの春からの反動、大国の介入が、いかに市民たちを謂われのない暴力に巻き込んでいるのか、如実に知ることができる。 また、日本の在来馬の多様性を知って少しショックを受けた。古代日本の騎馬の在り方に再考を迫る写真だったと思う。在来馬が残っているのが、北海道や沖縄諸島に集中しているのも、現代のDNA分析で縄文系が北海道沖縄に分散していることと一致している。方言周圏論とも無関係とは思えない。 2017年1月読了
2017年01月21日
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「ビッグイシュー302号」ゲット。私が岡山市天満屋前の販売者さんの処へ行くことが出来るのは、時々の木曜日と日曜日なのですが、やっと出会うことができました。2017年新春号です。「今月号のお勧めはありますか?」「表紙は絵本作家のいわむらかずおさんです」「特集は、奇跡の水月湖をやっています。なんか、ここの水底はものすごく安定しているらしくて、その土の堆積物を調べると何万年もの間のことがわかるそうです」「すごいですね。そういえば、新春号は毎年名言をたくさん見つけて載せてくれていますよね」「これですね」「毎年、あっと驚くような人の言葉を探し出していて、とても愉しみなんです。必ず5つぐらいは、覚えておきたいような言葉があるし」「哲学者の言葉だけじゃなくて、たこ八郎の言葉まで出している。(「めいわくかけて、ありがとう」)すごいですよ。他には漫画「ワンピース」の言葉まである。(「おれは助けてもらわねェと生きていけねェ自信がある!!!」)」「漫画読むんですか?」「ワンピースなんか、好きですよ」「私も漫画好きなんですが、ワンピースはちょうど継続的に漫画読むのをやめていた時期で、読んでいないんです。始めたら、確かものすごく長いんでしょ?」「80巻以上あります」「始めるのに、(時間取られるのが分かっているから)ものすごく勇気がいるんですよね」「主人公は最初はひとりだったんですが、ひとりひとり闘いながら、仲間を見つけてゆくんです。そうやって、大切なことや仲間を発見していくと、何時の間にか長くなった感じで。それに、スピンオフの物語もあるから、必然的に長くなるんです。漫画喫茶で、一巻二巻づつでいいから、読み始めるのをお勧めします」「勇気を持って、始めてみます」彼が、今まで見たことのないような情熱を持って「ワンピース」を語り出したので、ちょっと嬉しくなった新年でした。
2017年01月20日
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12月に観た映画第四弾。TOHOフリーパスポートは、初めて20作観たということになります。一日6作観た日が二日ありました。それを含めて新記録でした。本気で取り組めば、一か月で25作くらい行けたかもしれませんが、もうTOHOからはポイント消費をすれば縁を切る予定なので、パスポートをゲットもないと思います。いい経験でした。「ぼくは明日、昨日のきみとデートする」TOHOフリーパスポート19作目。映画の題名でも予測できるのですが、SFチックラブ・ストーリーです。見る前の予想は、タイムトラベル物かと思っていたが、結果はまさかの◯◯◯◯世界物でした。しかし、あとで考えれば考えるほど、この純愛物語を成立させるために無理矢理こじつけた理屈にすぎない。もしこれがあり得るとすれば、この壮大な「現実世界」が成り立たなくなるだろうと予想できるので、「ファンタジーだから」と許せない設定であり、私的には、「自分のためならば世界を犠牲にしてもいい」思想を持った製作者ということで、評価は下がります。まあ、そんな理屈をこねるようなデート相手とはすぐに別れたくなるとおもうので、デート映画として観た場合は、素直に「感動」するのが、正しい見方だとは思います。小松菜奈は今年映画主演三作目。アイドル女優まっしぐら。「溺れるナイフ」が1番の意欲作だった。それなりにこなしているが、まだまだアイドル演技しかできていない。このままだと、あと10年で終わると思う。■ あらすじ京都の美大に在籍する20歳の南山高寿(福士蒼汰)。ある日、彼は電車で大学に行こうとしたところ福寿愛美(小松菜奈)という女性に出会い、瞬く間に心を奪われてしまう。高寿は愛美に声を掛けるが、高寿のある一言を聞いた途端に愛美は涙を流す。その理由を尋ねることができずにいた高寿だったが、その後二人は付き合うことになる。周囲からもうらやましがられるほど順調に交際が進み、幸せな日々がいつまでも続くと考えている高寿。だが、愛美から思いも寄らなかった秘密を打ち明けられる。■ 解説「学園とセカイと楽園(がくえん)」「君にさよならを言わない」などで知られる七月隆文の小説を基にした青春ラブロマンス。一目ぼれした女性と恋人同士になった美大生が、彼女の抱えている思いも寄らぬ秘密と向き合う姿を追い掛ける。メガホンを取るのは、『ホットロード』『アオハライド』などの三木孝浩。『ストロボ・エッジ』などの福士蒼汰、『近キョリ恋愛』などの小松菜奈が、主人公のカップルを好演する。爽やかで切ない物語や、舞台となる京都の美しい風景も見もの。■ キャスト福士蒼汰、小松菜奈、山田裕貴、清原果耶、東出昌大、大鷹明良、宮崎美子■ スタッフ監督: 三木孝浩原作: 七月隆文脚本: 吉田智子音楽: 松谷卓主題歌: back number製作: 市川南2016年12月18日TOHOシネマズ岡南★★★「バイオハザード:ザ・ファイナル」TOHOフリーパスポート20作目。これでフリーパスポートもザ・ファイナル!この手の作品は観ないはずなのに、結局シリーズ全六作のうち4作も観てしまった。一作目は好奇心で。ニ作目パス。三作目CM調査の無料券で。四作目東宝のフリーパスポートで。五作目パス。そしてこの六作目もフリーパスポートで。だったように思う。違うかもしれない。どれを見損なっても、結果このファイナルですべての謎が明らかになるので、基本は一作目とファイナルだけを観れば、ほとんど話は通じるようになっています。綺麗に終わった。16年もかけて、こんな無駄な作品をなぜ作ったのか。それは即ち儲かるからに他ならない。そういう意味ではアンブレラ社と全く変わらない。その間にジョボビッチの美しさはほとんど変わらなかった。驚異という他はない。ともかくラストは綺麗に終わった。あまりにも定番な展開だった。それがそもそもバイオハザードなのだから仕方ない。アンデッドやアリスの秘密も、使い古された人類淘汰説と実は彼女は敵の中枢と同一人物だった、という展開。ネタバレだけど、これだけだと何がなんだかわからないと思うので書いときます。ゾンビ映画の老舗。あと百年ほどすると、この流行が人類にとってどういう意味を持っていたのか、学者が分析してくれるかもしれない。■ あらすじアリス(ミラ・ジョヴォヴィッチ)は、レッドクイーンから48時間後に人類が滅びると告げられる。そして、宿敵アンブレラ社が放った膨大な数のアンデッドが地上を占領。アリスはラクーンシティに戻って、生還したクレアやコバルトらと合流し、アンブレラ社の心臓部であるハイブを潰そうとするが……。■ 解説ミラ・ジョヴォヴィッチがヒロイン・アリスにふんし、激しいサバイバルを繰り広げる超大作アクションシリーズの第6作にして最終章。人類最後の生存者となったアリスと、宿敵アンブレラ社が仕掛けるアンデッドとの最後のバトルを活写する。メガホンを取るのは、シリーズ全作に携ってきたポール・W・S・アンダーソン。 アリ・ラーターや、日本でモデルやタレントとして活躍中のローラが共演。ミラの見応えたっぷりのアクションはもちろん、壮大なバトルに期待。■ キャストミラ・ジョヴォヴィッチ、イアン・グレン、アリ・ラーター、ショーン・ロバーツ、オーエン・マッケン、フレイザー・ジェームズ、ルビー・ローズ、ウィリアム・レヴィ、ローラ、エバー・アンダーソン、イ・ジュンギ■ スタッフ監督・脚本・製作: ポール・W・S・アンダーソン2016年12月24日TOHOシネマズ岡南★★★「ミス・シェパードをお手本に」1974年から1989年まで、実際にホームレス・バンの老女を庭に住むことを許したある作家の周辺の話。物語の間中に、この赤の他人を周辺に住まわせることを自分は許すだろうか、自分の庭に◯◯◯を落っことしたのを処理するのは、自分なのに、である。何度も自分は無理だと思うだろう。しかし、これがイギリスのしたたかなところなのだが、これを脚本化することをシェパードはベネットを揶揄しながらも決して嫌っていなかったのである。ベネットも二重人格や心で思ったことを作品の中で実際にしゃべらせたり、したたかに「経験」を積んでいる。つまり愉しんでいる。そうなのだ。介護とは結局こういう「日常」なのだ。死んだあとにもう一度シェパードが現れる。それは見事なエンディングだった。(解説)『英国万歳!』『ヒストリーボーイズ』などで脚本家としても活躍する劇作家、アラン・ベネットの回想録を実写化したコメディードラマ。車上生活を送る風変わりな女性と劇作家の15年にも及ぶ交流を見つめる。メガホンを取るのは、『センターステージ』などのニコラス・ハイトナー。同回想録を基にした舞台版でも主演を務めてきたオスカー女優のマギー・スミスが、ミス・シェパードを快演する。何ごとにもとらわれずに自由奔放に生きる彼女の姿に力をもらう。(ストーリー)ミス・シェパード(マギー・スミス)は、ロンドン北部カムデン・タウンの通りに黄色い車を停め、自由気ままな車上生活を送っていた。劇作家ベネット(アレックス・ジェニングス)は、路上駐車を注意される彼女の姿を目にしたことから自宅の駐車場に車を停めることを勧める。一時的に駐車させるつもりの彼だったが、シェパードは15年も居座り続ける。彼女の高圧的で予想のつかない言動に翻弄(ほんろう)されながらも不思議な絆を育む中、ベネットはフランス語が話せて音楽にも詳しい彼女に興味を覚えるが……。2016年12月25日シネマ・クレール★★★★「92歳のパリジェンヌ」老いさらばえたブヨブヨの身体と同時に、射抜くような表情、チャーミングな笑顔も見せて、この女性が尊厳死を選ぼうとしているのも判ると思わせる。同時に、どうしても自分ならばどうするのかを自問自答する。家の中で死ぬ方法もあるじゃないか。と説得するだろう。しかし、死を待つ時には既に自分の死に方は選べなくなっているのだ。本人の意思は変わらないだろう。ホントに家族に伝えるべきだったのか。しかし伝えなければ、残された家族はもっと悲しんだかもしれない。これは出来るだけ理想的な形でおしまいまで持っていたったが、ホントはさまざまなバリエーションがある話に違いない。マルト・ヴイラロンガを初めて観た気がするが、素晴らしかった。(解説)チェックフランスの元首相リオネル・ジョスパンの母の実話を基に、自ら死を選ぶことを決意する92歳の母親と家族との最期の日々を描いたヒューマンドラマ。助産師として働いてきた女性が92歳の誕生日パーティーで2か月後に死ぬと宣言し、家族が反対しても信念を貫き通そうとする彼女と、母の姿に心を動かされる娘たち家族を映す。主演は、『冬の旅』などのサンドリーヌ・ボネールと『私の好きな季節』などのマルト・ヴィラロンガ。尊厳死という重いテーマを家族の物語としてつづり、爽やかな感動に包まれる。(ストーリー)助産師として働き、子供や孫にも恵まれたマドレーヌ(マルト・ヴィラロンガ)。まだ元気だが、最近は一人でできないことも増えてきた。ある日、92歳の誕生日を祝うために集まった娘たち家族を前に、2か月後にこの世を去ることを宣言する。最初は反対していた家族も心を動かされていき……。監督 ・脚本 パスカル・プサドゥー2016年12月25日シネマ・クレール★★★★Facebookの「死の期限を決める意味とは?」の質問に人間には自由があるけれども、「死」に関しては、残念ながら多くの人間には自由は与えられていない。私はこの8年間に立て続けに親族を3人看取ったけれども、彼らに自由を与えなかった。全員不本意な死に方だったと後悔がある。だからこその尊厳死。看取ったからこそ、それを簡単には認められない自分もいる。これは大きな「問いかけ」の映画です。
2017年01月18日
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12月に観た映画の第三弾。エンタメ作品ばかり。そんなにひどくもないけど、よくもない作品群。「ローグ・ワン」を評価する人が多い。作品の完成度は悪くはない。(ネタバレだけど)全員死亡するという悲劇性がかえって受けたのかもしれない。また、ならず者で小さなコミュニティを守るというのは西部劇以来のハリウッド映画の伝統だという指摘もある。あれを西部劇だとは、私は思えない。むしろ、誰がために鐘は鳴る式の抵抗戦争の話だとは思う。しかし、アメリカがこれを作る意味が現在では全く分からなくなっている。むしろ、ISにこそこういう映画を作りそうな世界情勢になっている。スターウオーズにある現代批判が今回は空振りしているという意味で、私は大きく評価しないことにした。「モンスターストライク THE MOVIE」TOHOフリーパスポート15作目。想像していたよりもひどい作品ではなかった。映像はしっかりしているし、一応ファンタジーの世界感は作っている。けれども、脚本がやっつけ仕事なのか、キャラクターがあまりにもあっけなく消滅させられたし、辻褄の合わない部分が多すぎる。シリーズ化したいみたいだが、一週目にもかかわらず、客が2人しかいなかった。やっつけ仕事のツケを払わされるだろう。(解説)「モンスト」の開発に協力する小学生、 焔レンと3人のチームメイトはある日研究所の地下で、現実世界にいるはずのないドラゴンを目撃する。大人たちの陰謀から逃れ、ドラゴンを元の世界へかえす旅に出る少年たち。その目的地は、考古学者であるレンの父が失踪した場所でもあった。父の背中を追い求めるレンは、仲間とぶつかりながら、自分が一人ではないことに気づきはじめて――はじまりの場所へたどりつくとき、 すべての謎が明かされる。監督 江崎慎平声の出演 坂本真綾、村中知、Lynn、木村珠莉、河西健吾、小林裕介、福島潤、水樹奈々、山寺宏一、北大路欣也[ 上映時間:103分 ]2016年12月15日TOHOシネマズ岡南★★★「ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー」TOHOフリーパスポート16作目。もともと結末は知っている(デス・スターの設計図を盗むことには成功する)ので、興味の半分は(1)ニューヒロインのジンが生き残るかどうか(2)スターウォーズ世界が何処まで広がるか、にあった。(1)は、まあストーリーの必然ではある。しかし、これだとあまりにも物語が閉じてしまわないか。誰かを残すとか、もっとやってもよかったのではないか。それと、Kー2型のロボットは今回初めて登場したが、いっときの流行だったのか?(2)について。チアルートによれば、フォースはほとんど「神」に置き換えれる。あれだけ精神力が高くても、フォースを持つことが出来ないとすれば、フォースとは「選ばれし者」と同義語かもしれない。科学的にいえば遺伝的性質なのか。今回によってデス・スターの弱点を実はルークが突いたのだった、というのはわかった。ならばなぜそれを「フォースの覚醒」で修正しなかったのか、不思議でならない。全体的に長いと感じなかった。やはり一流のエンタメだ。しかし、閉じた物語なので、本編ほどの感動はなかった。スター・ウォーズは基本的に繰り返しの物語ではあるのだが、それでも未来に向かって開かれている部分があるからこそ、「ロマン」が感じられるのである。やはり「本編」が観たい。■ あらすじ帝国軍の誇る究極兵器デス・スターによって、銀河は混乱と恐怖にさらされていた。窃盗、暴行、書類偽造などの悪事を重ねてきたジン(フェリシティ・ジョーンズ)は反乱軍に加わり、あるミッションを下される。それはデス・スターの設計図を奪うという、困難かつ無謀なものであった。彼女を筆頭に、キャシアン(ディエゴ・ルナ)、チアルート(ドニー・イェン)、ベイズ(チアン・ウェン)、ボーティー(リズ・アーメッド)といったメンバーで極秘部隊ローグ・ワンが結成され、ミッションが始動するが……。■ 解説世界的に人気のSFシリーズ『スター・ウォーズ』のサイドストーリー。圧倒的な破壊力を誇る帝国軍の宇宙要塞デス・スターの設計図を奪うという任務を遂行した反乱軍兵士たちの戦いを追う。監督は『GODZILLA ゴジラ』などのギャレス・エドワーズ。『博士と彼女のセオリー』などのフェリシティ・ジョーンズ、『ラストキング・オブ・スコットランド』などのフォレスト・ウィテカー、『偽りなき者』などのマッツ・ミケルセン、『イップ・マン』シリーズなどのドニー・イェンらが出演。帝国軍と反乱軍の戦争秘話が見どころ。■ キャストフェリシティ・ジョーンズ、ディエゴ・ルナ、ドニー・イェン、ベン・メンデルソーン、マッツ・ミケルセン、アラン・テュディック、フォレスト・ウィテカー、リズ・アーメッド、チアン・ウェン■ スタッフ監督: ギャレス・エドワーズ脚本: クリス・ワイツ脚本: トニー・ギルロイ2016年12月18日TOHOシネマズ岡南★★★☆「映画 妖怪ウォッチ 空飛ぶクジラとダブル世界の大冒険だニャン!」TOHOフリーパスポート17作目。アニメと実写を「妖怪のせいにして」連動させるというアイディアは、よくできていたとおもう。細かい処をわざと変えていて、ギャグ化しているなどとはなかなかだった。隣の女の子は、2時間ずっと突っ込みを入れていて、そのエネルギーに圧倒された。遠藤憲一がウィスパーのリアル顔を演じていて、あそこが1番受けていたかもしれない。とは言え、やはり子ども映画ですわ。■ あらすじケータたちが暮らすさくらニュータウンに、空飛ぶ巨大クジラが出現。クジラの発した大きな声と共に、ケータや妖怪たちは実写の世界へやって来てしまう。髪を引っ張ってみると痛みを感じ、手にはしわ、さらには肌には毛穴まで見え、ジバニャンたちも困惑する。ケータたちはアニメと実写の世界を行き来しながら、その原因を探ろうと奔走し……。■ 解説アニメやゲーム、コミックで子供たちを中心にブームを巻き起こしたシリーズをアニメと実写の融合で映画化した、劇場版第3弾。空飛ぶ巨大クジラの一鳴きにより主人公のケータや妖怪がアニメの世界から実写の世界へ次元を超えて移動してしまい、その原因を突き止めるために彼らがアニメと実写の世界を行き来しながら冒険を繰り広げる。戸松遥や関智一、小桜エツコらボイスキャストに加えて、実写パートにはケータ役の南出凌嘉、山崎賢人、斎藤工、武井咲らが出演。実写のキャスト陣と人気キャラクターたちの共演が見どころ。■ キャスト南出凌嘉、山崎賢人、斎藤工、浜辺美波、黒島結菜、澤部佑、遠藤憲一、武井咲、(声の出演)、戸松遥、関智一、小桜エツコ■ スタッフ製作総指揮・原案・脚本: 日野晃博監督: ウシロシンジ実写パート監督: 横井健司脚本: 加藤陽一2016年12月18日TOHOシネマズ岡南★★★「海賊とよばれた男」TOHOフリーパスポート18作目。劇場は満員だった。しかし、「永遠の0」のような、熱のこもった見方はされていない。物語は、あまりにも浪花節が目立つ。男が泣き過ぎる。エネルギーをめぐって民族系資本を残した国岡商店(出光興産なのは明らか)の駆け引きは、それなりに重要な戦いだったと思うが、政府の思惑もメジャーの陰謀も歌舞伎からは離れていない。本来は、これとは大きく違った物語をつくるのも可能だったかもしれない。イランとの貿易で、他ならない日本が初めて成功したのは平和憲法を持つ軍隊のない国だったことを、作品は当然無視するのだけど、そういうことを強調するやり方もあったのである。これをみて、世界を理解することは出来ない。商売はわからない。男のセンチだけが分かる。まぁそういう映画です。そんなに反動的じゃありません。■ あらすじ敗戦後の1945年、東京。石油会社・国岡商店を率いる国岡鐡造(岡田准一)は、日本人としての誇りを持ち復興に向け突き進もうと従業員を激励する。戦後の混乱期にもかかわらず誰も解雇せず、独自の経営哲学と行動力で事業を広げていく。やがて欧米の石油メジャーも国岡を警戒し、その強大な包囲網により同社の石油輸入ルートは全て封鎖されてしまうが……。■ 解説第10回本屋大賞を受賞した百田尚樹のベストセラー小説を、『永遠の0』の監督&主演コンビ、山崎貴と岡田准一のタッグで実写映画化。明治から昭和にかけて数々の困難を乗り越え石油事業に尽力した男の生きざまを、戦後の復興、そして世界の市場を牛耳る石油会社との闘いを軸に描く。日本人の誇りを胸に、周囲の仲間との絆を重んじた主人公・国岡鐡造の青年期から老年期までを、主演の岡田が一人でこなす。共演は吉岡秀隆、鈴木亮平、綾瀬はるか、堤真一ら豪華俳優陣がそろう。■ キャスト岡田准一、吉岡秀隆、染谷将太、鈴木亮平、野間口徹、ピエール瀧、須田邦裕、飯田基祐、小林隆、矢島健一、黒木華、浅野和之、光石研、綾瀬はるか、堤真一、近藤正臣、國村隼、小林薫■ スタッフ監督・脚本・VFX: 山崎貴原作: 百田尚樹2016年12月18日TOHOシネマズ岡南★★★
2017年01月17日
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12月に観た映画第二弾。ちなみに、「ミュージアム」は今年のワーストに決定です。「ジャック・リーチャー NEVER GO BACK」TOHOフリーパスポート 11作目。最初ハリウッド映画によくある、国の法律体系を無視する西部劇保安官タイプの作品かと思っていたのだが、ジャックは徹頭徹尾軍隊の法体系を守っていた。アメリカ保守派の中の良心派の映画という感じ。しかも、本来ハードボイルド畑の男がひょんな事から娘(かもしれない)女の子の命を守らなければならないという、しかもこのサムという女の子(ダニカ・ヤロシュ)がジャックばりに頭もいいし行動力もあるという「レオン」タイプの話になっている。思った以上に私の「好み」でした。今回相棒になるターナー少佐も凛々しくて、すっかりこのシリーズのファンになりました。年寄りのトム・クルーズには酷でしょうが、もう一本ぐらい作って欲しい。(ストーリー)ターナー少佐(コビー・スマルダーズ)は、リーチャーがかつて所属していた陸軍内部調査部の軍人。彼女は、身に覚えのない国家への反逆行為の罪で逮捕される。リーチャーは、ターナーを脱獄させ、巨大な政府の陰謀の裏に隠された真実を暴き、彼女の身の潔白を証明しなければならない。彼らは逃亡犯として捜査網をすり抜け、重大な秘密を知ることになる。監督 エドワード・ズウィック出演 トム・クルーズ、コビー・スマルダース、ダニカ・ヤロシュ、ロバート・ネッパー[ 上映時間:118分 ]2016年12月8日TOHOシネマズ岡南★★★★「ミュージアム」TOHOフリーパスポート12作目。この作品の感想としては、赤川次郎の最近のサスペンスに対する危惧がそのまま私の感想になるだろう。(略)私も作家デビューして40年が経ちますので、いろいろな文学賞の先行委員をさせていただく機会があります。2010年の第一回山田風太郎賞でも選考委員を務めさせていただいたんですが、このときの受賞作が貴志祐介さんの「悪の教典」(文藝春秋)でした。最終選考に残ったのが本作と綾辻行人さんの「Another」(角川書店)。両方の作品で殺される人の数を合わせると百人を超えるんです(笑)。これは貴志さんや綾辻さんのような実力のある作家が紡ぎ出した力をもった作品であれば成立します。一方、こうした作品に影響を受けたのか、新人賞の応募作、つまりこれから作家になろうとする人の作品に大量殺人を扱ったものがものすごく増えています。まるでたくさん人を殺すのが小説的サービスだとでも思っているかのようです。しかも「もう勘弁して」と言いたくなるくらい執拗に残酷な描写が続く。単に刺激的であることによって目立とうとしているのかもしれません。新人賞の場合、作品が目立たなかったためにスルーされてしまうくらいなら目立った方がいいという考え方が実際にあると思います。それにしても、大量殺人を安易に扱っているとしか思えない作品が多いのです(略)。監督は全然新人ではないのですが、結果的に何か猟奇的殺人が起こって、人間の闇らしきものを描けば、深い物語になると勘違いして作っているとしか思えない。この派手な殺人ショーが社会に訴えるものは何もない、むしろこういう異常者は早く見つけて排除せよ、という風潮を助長しかねない。プロデューサーの幼稚性が垣間見える。ラストカットも、ありがちなやり方で、メッセージなんかない。クズ映画。(ストーリー)雨の日に起きる連続猟奇殺人事件。犯行現場に残された謎のメモ、そして見つけられることを前提としたかのような死体。犯人はカエルのマスクを被った通称・カエル男。事件の関連性に気付いた沢村刑事が捜査を進めると、驚愕の次のターゲットが浮かび上がる。カエル男の次のターゲットとは…。犯人を追うはずの沢村が、逆に絶望的な状況に追い詰められて行く。果たして、カエル男の真の目的とは…?監督 大友啓史出演 小栗旬、尾野真千子、野村周平、丸山智己、田畑智子、市川実日子、伊武雅刀、大森南朋、松重豊2016年12月8日TOHOシネマズ岡南★「ファンタスティック・ビーストと魔法使いの旅」TOHOシネマズフリーパスポート13作目。かつてこのシリーズを半分以上まともに観た事がない。なぜか必ず寝落ちするのである。きっと、この魔法世界のいろいろな用語が私の脳に拒否反応を起こさせるのに違いないと思っている。今回、なんと八割型「起きて」いた。私としては画期的。よって、作品そのものを批評出来る。ファンタジーとはいいながら、この世界はあまりにも「人間世界」のことを大事にして、意識し過ぎていると思う。人間の価値観から離れられない。ファンタジーの面白味がそれで半分以上削がれていると、私は思う。また、最終的には白魔術と黒魔術の闘いになっているのだが、単なる序章に過ぎなくて、大きな出来事があったにもかかわらず、敵は過去の経緯を忘れたかのようにすっぱりと消滅させられたし、母親を殺されたあの幼女のその後についてなんの考慮もしないという、無神経さも示す。この世界観、好きじゃない。魔法世界と1930年代のニューヨークセットは、すごいと思う。散りばめられた次回作への伏線は、物語に広がりを持たせた。今回は大人の物語になっていて、安心して観ていられる。次回作も観るかどうか。(ストーリー)魔法使いのニュート・スキャマンダーは、優秀だけどおっちょこちょい、そして魔法動物をこよなく愛する変わり者──。世界中を旅しては魔法動物を集め、不思議なトランクに詰め込んでいる。ある時ニュートは、旅の途中でニューヨークへ立ち寄ったが、そこでひょんなことから自分のトランクが普通の人間のトランクと入れ替わってしまう!トランクの中から魔法動物たちは逃げ出してしまい、ニューヨーク中を巻き込む大騒動に!そこで出会う仲間たちや奇想天外な魔法動物とともに、ニュートの新しい冒険が始まる!監督 デイビッド・イェーツ出演 エディ・レッドメイン、キャサリン・ウォーターストン、アリソン・スドル、ダン・フォグラー、エズラ・ミラー、サマンサ・モートン、ジェン・マーレイ、フェイス・ウッド=ブラグローブ、コリン・ファレル[上映時間:133分 ]2016年12月9日TOHOシネマズ岡南★★★☆「聖の青春」コンセプトはリアリティ。聖のマンガだらけの部屋も、酒の飲み歩きも、ケンイチの見事な役作り(小説やマンガでしか彼を知らないのに、正に本人がいるとしか思えない)も、それでも最後まで羽生と互角に戦ったという事実の前に、一つの伝説を作る。将棋の棋譜はほとんど明らかにされないので、将棋を知らなくても大丈夫。唯一有名な羽生を東出が演じていて、頑張っているが、所々羽生ではないように思えるのは、少し不利かもしれないが、マイナス要因。1番大事なセリフをほそのまま再現したのは、わかりやすいかもしれないが、無駄だった。原作を読んでいないと、聖が簡単に頂上決戦をしているかのように思える。将棋界の弱肉強食は少しは出ているが、エピソードを繋げる脚本と共に少しむつかしかった。■ あらすじ幼少期から難病を患う村山聖は、入退院を繰り返す中で将棋と出会い、15歳で森信雄に師事する。10年後、名人になる夢をかなえるべく上京した聖(松山ケンイチ)は周囲に支えられながら将棋に全力を注ぎ、七段に昇段したころ、同世代で名人のタイトルを獲得した羽生善治に激しいライバル心を抱く。さらに将棋に没頭する聖だったが、がんが彼の体をむしばんでおり……。■ 解説29歳の若さでこの世を去った天才棋士・村山聖の生涯をつづる大崎善生のノンフィクションを、松山ケンイチ主演で映画化。幼いころより患う難病と闘いながら将棋の道を突き進んだ村山の壮絶な人生を、羽生善治をはじめとする同世代の棋士との死闘や、彼を支える師匠や両親たちの愛を通して描く。『宇宙兄弟』などの森義隆がメガホンを取り、『マイ・バック・ページ』などの向井康介が脚本を担当。大幅な体重増量など徹底した役作りに挑んだ松山の熱演が光る。■ キャスト松山ケンイチ、東出昌大、染谷将太、安田顕、柄本時生、北見敏之、筒井道隆、竹下景子、リリー・フランキー■ スタッフ原作: 大崎善生監督: 森義隆脚本: 向井康介主題歌: 秦基博2016年12月10日MOVIX倉敷★★★★「シークレット・オブ・モンスター」TOHOフリーパスポート14作目。駄作。どうしてこれが部門賞とはいえ、ヴェネチアの監督賞を獲ったのか不思議。まるでハネケのカンヌ受賞の名作、ヒトラーユーゲント誕生の前日譚を描いたかもしれない「白いリボン」のような作りではあるが、思わせぶりな章立と思わせぶりな音楽で、出るぞ出るぞと驚かせてネズミ一匹出るというお粗末。私入れて観客は四人だった。(解説)心理ミステリーの最高峰『羊たちの沈黙』のジョナサン・デミ監督が「身震いする緊張感、戦慄の映画」と評し、2015年ヴェネチア国際映画祭オリゾンティ部門で監督賞と初長編作品賞を見事受賞。ジャン=ポール・サルトルの短編小説「一指導者の幼年時代」から着想を得て、ヴェルサイユ条約締結直前のフランスを舞台に、アメリカから来た政府高官の幼い息子が、やがて狂気のモンスター ="独裁者"へと変貌してしまうまでの謎に迫る怪作。音楽は『ポーラX』以来16年ぶりとなるスコット・ウォーカーが担当する。監督 ブラディ・コーベット出演 ベレニス・ベジョ、リアム・カニンガム、ステイシー・マーティン、ロバート・パティンソン、トム・スウィート[ 上映時間:116分 ]2016年12月15日TOHOシネマズ岡南★★
2017年01月16日
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12月に観た映画は、全部で18作品でした。もちろん、TOHOフリーパスポートをゲットしていたために多く鑑賞できたわけです。よって、今回は4回に分けて紹介します。冒頭の「この世界に」は一度ブログで出していますが、再掲します。私としては、ずっと私の世界の片隅に大切にとっておきたい作品になりました。「この世界の片隅に」二回目鑑賞広島の八丁座は八割がた埋まっていた。映画の日の平日午後。地方ではそんなものかもしれないが、ここは地元の広島、しかも老舗の八丁座なのだ。少し意外な気がした。客層は正に老若男女だった。終わったあと、みんなあまり泣いていなかった。もちろん、無理やり泣かすような作品ではなかったものの、広島の人たちには特別な感慨を起こさせるのではないかと思っていたので、それも意外だった。老齢の女性が眼鏡の奥の涙を拭いていた。改めて傑作だと思う。どこまで歴史考証を重ねたのかは、例えはすずの実家の江波の海岸から広島地方気象台が小さく見えていた事からも推察出来る。私は当日そうとは知らずにその辺りを歩いていた。正に海岸線から見える当時の景色そのままだっただろう。一事が万事、実に細かいところまで、当時の景色を再現しているのだ。ところが、絵柄は厳しい写実性を持っていない。終始淡い絵の具のような絵であって、この作品世界すべてが、いま生きているならば90歳くらいになっているに違いないすずおばあさんの夢の中の思い出のように思える。だから、ところどころ爆発は綺麗な具材を使って描かれるし、大切なものを失くしたときは、極端な抽象絵画になる。「君の名は。」のように、脚本的な派手な仕掛けやPOPな音楽を採用しなかったし、「聲の形」やジブリ映画のような顔の表情の細かな演出はない。しかし、大人の教養に裏打ちされた骨太の脚本と、絵のタッチそのものが雄弁に語る日本セルアニメの到達点が、ここにあった。そして、のんの声の演技が細かい表情をサポートしていた。一回目のときはクラウドファンディングのリストを追うので精一杯だったので、その下のラフ絵は見る事ができなかった。今回じっくり見て、遊女のおりんさんの半生だと知れた。原作にはない背景も知る事が出来て良かった。白いタンポポの群の中に、一つ旅して根付いた黄色のタンポポのように、「普通に」「この世界の片隅に」すずは生きてゆく。2016年12月1日広島・八丁座★★★★☆「RANMARU 神の舌を持つ男」TOHOシネマズフリーパスポート7作目。予想通り、テレビドラマレベル。監督がこのギャグのオンパレードを、おそらくテレビ関係者と酒をのみながら10数年温めてきたのだろう。もうこんな人をおちょくる作品作りは止めたらどうだろうか。(ストーリー)伝説の三助の孫・朝永蘭丸(ともながらんまる/向井理)は放浪の旅の末、鬼灯(ほおずき)村にたどりつく。ところが温泉に溺れてしまってさぁ大変!人口呼吸で助けられた蘭丸はその女医・りん(木村多江)に一目惚れし、村の温泉で働くことに。甕棺墓光(かめかんぼひかる/木村文乃)と宮沢寛治(みやざわかんじ/佐藤二朗)が蘭丸を追って来るがその時、地面が大陥没! 鬼火が発生! 黒い水が湧き出し、ついには死体を発見! 村人は、三人がいにしえの呪いを呼び覚ました! と大激怒。謎の黒装束軍団に追われながら、果たして彼らは殺人事件の犯人を暴き、呪いの謎を解き明かす事ができるのか!?監督 堤幸彦出演 向井理、木村文乃、佐藤二朗、岡本信人、渡辺哲、矢島健一、春海四方、落合モトキ、永瀬匡、中野英雄、市原隼人、黒谷友香、財前直見、木村多江2016年12月8日TOHOシネマズ岡南★★「マダム・フローレンス! 夢見るふたり」TOHOシネマズフリーパスポート8作目。夫の献身的な純愛物語でも、奇跡を呼び起こすミュージックドラマでも、とんでもない喜劇でもない。少し不実なところもあるけれども、おかしな愛を貫いた夫と、KY的な資産家フローレンスの一生懸命な生涯と、それをコメディと解釈しながらも、結果的に戦時でありながら余裕を持って愛したニューヨーク社会を描いた作品である。こんな国と戦争していたら、負けるよな、とも思う。ジャズナンバーで乱痴気踊りをする様は、実に8年後の東京で同じような事をやっていたのを、私はこの前はからずも「生きる」という映画で見てしまった。アメリカの模倣は、こんなにも遅れてやって来ていたのだ。フローレンスは、あのカーネーギーホールリサイタルのすぐあとになくなって居る。68歳だった。そういう意味ではすごいリサイタルだったのかもしれない。(ストーリー)ニューヨークの社交界のトップ、マダム・フローレンスの尽きない愛と財産は、夫のシンクレアと音楽に捧げられていた。ソプラノ歌手になる夢を追い続けるフローレンスだが、彼女は自分の歌唱力に致命的な欠陥があることに気づいていない。愛する妻に夢を見続けさせるため、夫のシンクレアはマスコミを買収し、信奉者だけを集めた小さなリサイタルを開催するなど忙しく献身的に立ち回っていた。しかしある日、フローレンスは世界的権威あるカーネギーホールで歌うと言い出して―。持病を抱えながらも音楽に生きる彼女の命がけの挑戦に、シンクレアも一緒に夢をみることを決める。さあ、笑いと涙で包まれた奇跡の公演の幕があがる!監督 スティーヴン・フリアーズ出演 メリル・ストリープ、ヒュー・グラント、サイモン・ヘルバーグ、レベッカ・ファーガソン[ 上映時間:111分 ]2016年12月8日TOHOシネマズ岡南★★★★「疾風ロンド」TOHOシネマズフリーパスポート9作目。2年前に原作を読んだときは、東野圭吾のやっつけ仕事(いきなり文庫本だったし)なので、2時間ドラマになったらいい方だと書いた。ほとんどスキー場でロケをするので、そんなにお金はかからないはずだ、と踏んだわけである。私のプロデュース能力もまだまだだと反省した。なかなかの映画作品に仕上がっていた。あの時は、こんなにもコメディ要素があると思わなかった。本来はとんでもない大事件なのだけど、それをコメディで包む事で都合のいい展開の謎解きサスペンスも、うまい具合に誤魔化す事が出来た。阿部寛、大島優子はそれぞれ持ち味を生かしてちゃんと役柄を膨らましており、ムロツヨシ、堀内敬子は小悪人を見事に演じ、戸次重幸、濱田龍臣、志尊淳、野間口徹らの次世代男優がきちんと若者になっていた中で、最もテーマらしきものが現れた家族の絆や憎しみの連鎖を解きほぐす最も重要な麻生祐未の台詞で、素直に感動出来た。(ストーリー)大学の研究所施設から、違法生物兵器「K-55」が盗まれた。 研究所所長の下に届く犯人からの脅迫メール。「人質は全国民。身代金の3億円を用意しろ」 警察には頼めない…しかも残された時間は4日間…。そんな窮地に白羽の矢がたったのは、何故だか、しがない主任研究員。秘密裏に生物兵器を捜す命を受けるも、全く手掛かりがない…。そんな中、一本の電話が。≪犯人死亡!!≫まさかの事態に呆然とする一方で、刻々と迫りくる大惨事へのタイムリミット。 生物兵器の行方も完全に不明になったと途方に暮れていたその時、犯人の遺品から僅かな手がかりを掴むのだった。監督 吉田照幸出演 阿部寛、大倉忠義、大島優子、ムロツヨシ、堀内敬子、戸次重幸、濱田龍臣、志尊淳、野間口徹、麻生祐未、生瀬勝久[ 上映時間:109分 ]2016年12月8日TOHOシネマズ岡南★★★★「ブレア・ウィッチ」TOHOシネマズフリーパスポート10作目。普通ならば絶対劇場では観ない作品。なんと日曜日一週間目にもかかわらず、私1人の劇場独占状態でした。生涯で二回目くらいかな。それ程までに二匹目のドジョウを見たい人は少ないということなのでしょう。今回は登場人物全員に小型カメラはついているし、GPSはあるし、ドローンも使うので、かなり臨場感あり。その分ドキュメント感はなくなった。ともかく音と映像で驚かすアメリカスリラーは、もういい。とはいいながら、劇場が明るくなるまで席を立てれなかった。途中一つだけ、1人のはずの部屋で後ろから音がしたので(笑)。(ストーリー)かつてヘザーは、“ブレアの魔女”をテーマにしたドキュメンタリー映画製作のため、ブラック・ヒルズの森を訪れたまま消息を絶った。しかし彼女の失踪から20年後、弟のジェームズはYouTubeで姉らしき人物が映った映像を見つける。姉を救うため、そして“ブレアの魔女”の謎を解くために仲間たちと共にあの「森」に踏み込むのだが・・・。監督 アダム・ウィンガード出演 ヴァロリー・カリー、ジェームズ・アレン・マキューン、ウェス・ロビンソン[ 上映時間:90分 ]2016年12月8日TOHOシネマズ岡南★★
2017年01月15日
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台湾旅は新年編に移って、しばらくお休みします。映画とか、ちょっと記事がたまっているので。とはいえ、今日はついさっき行った「どんど焼き」の行事を。正月のお飾りを正月明け(小正月)に焼いて、その火で焼いた餅などをたべるのは、全国的に行われていることだと思う。ちなみに、手元のブリタニカ百科事典を紐解くと、「左義長」「さいと焼き」「ほっけんぎょう」などともいわれているらしい。たまたま時間が合って、実に数十年ぶりに参加してみると、ずっと前は簡単に行われていたのが、今は地域の子供会の一大行事になっていて、小学校のグランドに子供たちの半数以上が集まっていて、ビンゴゲームやら、恒例の餅焼などをしていた。地域はこの40年間の間に(私たちの遊び場だったところを潰して)ふたつの大きな新興住宅地ができていて、子供たちの数は非常に増えて、試行錯誤をしながら地域の伝統行事を伝えている。私はずっと処分できずにいた昔の地父親が作った飾りや、この前家を解体した時に出てきた神棚などをやっと神様に戻すことができた。時はこの冬最大の寒波が来ていて、午前中はピカピカの晴天ながら、寒風吹きすさぶ日になり、いわばどんど焼き日和になった。ビンゴも、お餅も、子供たちの特権事項のようなので、私は暫く放射熱の物凄いエネルギーを浴びた後歩いて家に帰った。
2017年01月14日
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台南駅に戻り、観光案内所で、ワインの美味しい店を聞いた。ワインバーみたいな店を想定していたが、案内所のお姉さんが即座に提案したのは、街中の「酒河豚」という居酒屋。「ホントにワインあるのでしょうね」と念を押したら「あります」と請け負う。若い女性なので、信用したのが悪かった。行くと、なかった。完全に「日本型居酒屋」。出るに出られずにずに、生ビールと冷奴などを頼む。 牛のたたき。これはうまかった。さすが牛肉を扱い慣れている国だ。タレは少し台湾かかっている。ワインと合わせてみたかった。280元。 鳥の唐揚げ。150元。約600円。普通に美味しかった。ビール二杯、締めて700元。約2800円。 これでもう腹一杯だったんだけど、トイレを探してまた、台湾文学博物館に行ってしまった。小便器の前のこんな表示。世界の表現はいろいろだ。 今日は大晦日だけど、正月を陰暦で祝う国では、まだクリスマス月間なのである。 孔子廟前のお店の連なり。トリが放し飼いされていた。来年の干支へのパフォーマンス? ここには草祭文庫という有名な古本屋がある。 奥に入ろうとしたら、メンバー制と言われて断れた。 この狭い道を好んで入る若者たちがいた。 その前の有名みたいな豚まんのお店。 つい買ってしまった。 もう足が痛い。帰りたい。その後、愛国婦人会の建物があるというので、探しに行ったら元ラジオ局だった1932年築造の建物があった。今も映画書院として使われているらしい。 台南の南大門(修復)があった。 婦人会を探してさらに歩く。これは明らかに戦前木造の建物だけど、家主は不在のようで荒らされないように高い塀で囲っている。 疲れた。という所で、行きすぎていることに気がつく。よく見ると、あの豚まんを買った所のすぐそばだった。 行ってみてがっかり。修復されて八田邸みたいになっていて、面影は見れなくなっていた。台湾できちんとした木造家屋は、庶民のボロボロの家しか残っていないのか。そういう意味では韓国の方がたくさん残っている。最もあそこは新しく立て直す財力がないということなのかもしれない。 仕方ないので、そのそばの茉莉水果店で、小豆の豆花を食べる。 美味しかったけど、びっくりしたのはそれに使われていた器。台南名所めぐりになっていた。豆花用だと思う。洒落ていた。 その後バスで帰ろうとして、歩けば20分ぐらいなのだけど、足が悲鳴をあげていたので、停留所で20分バスを待った。素通りされてしまった。確かに22時前でバスの運ちゃんも駅前で乗らせるのは嫌気がさしただろう。でも、これは堪えた。歩いて駅前ホテルに戻ると、カウントダウンコンサートを至る所ででテレビ中継していた。台北、嘉義、そして台南でも、新幹線口のそばでやっているようだ。紅白歌合戦みたいではなくて、一人の歌手が数曲歌う豪華無料歌謡ショーみたいなものではないかと思う。カウントダウンの前では台南市長も登場して(スポンサーだからか)長々と演説していた。 そうやって私の2016年が終わったのでした。 朝食150元 文学博物館図録など440 電車49 昼食70 鳥山頭80 電車39 明日の電車468 夕食700 豚まん30 豆花55 計 2071 歩数32536歩(←この日はよく歩いた!)
2017年01月12日
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台湾文学博物館を出てもう少し散歩してみる。 ちょっと前までは、子供はたくさん路地で遊んでいた、ということだろう。40年ぐらい前の日本の注意書きである。 夏のツルの日除けに子供のキャラクターを飾っているのが珍しくて。 ホテルに荷物を置いて駅で先ず隆田駅に行かねばならない。台南駅の一番線ホームは、古レールを用いて設けられた曲線屋根になって広く感じられるらしい。結局鳥山頭行きは完全午後になった。 電車来た。 永康駅で30分待ち合わせ。 熊列車。これだけじゃなく、キャラクター列車が次々に過ぎる(この熊列車については、3日後に詳細が判明)。 隆田駅に着いた。バスの時間まで一時間。先ずは飯を食べてそれから考えよう。 これを食べる。○前鶏柳井飯。1番高い70元のを頼んだが、おかずがまずい。しかも、私は滅多にこういうことはないのだが、鶏はいいとして四角い肉の塊が食べれない。とんでもなく不味い。とうとう残した。こんなことはホントに滅多にない。 駅前に考古資料館の案内版が。聞いてないぞ。言ってみると、土曜日休館だった。なんて惜しいことか。ずいぶん古い資料館だ。発掘は相当前なのだろう(後に鳥山頭遺跡は台湾を代表する史前遺跡と判明)。 タクシーを検討してみる。運ちゃんに聞くと、60分800元だそうだ。あり得ない。バスで30分のところだぞ。少し周りを歩いてみる。この辺りは、ちょっと前まで一面畠だったに違いない。それを急遽町にしたから、ほとんどの道路がまっすぐだ。面白味も何もないということがわかった。八田與一によって、灌漑用水が発達して、この平野が開発されて、こんな面白味のない町が出来たわけだ。 バスがやっと来た。800元ではない。39元で行けるバスが来た。バスについて走っていると、よくわかったのであるが、隆田の裏に巨大な工場団地が広がっていた。隆田が急速に町になったのは、灌漑用水だけでなく、そういう事情もあったのだ。 鳥山頭水庫(ダム)は、嘉南平野の農業灌漑を主目的にして、1930年に竣工された。当時は東南アジア1番、世界三番のダムだったらしい。これにより、農地面積9万ヘクタールの嘉南平野が台湾最大の穀倉地帯になった。 このダム公園は恐ろしく広くて、車でないと厳しいものがあるが、いかんせん私は徒歩。八田與一記念公園まで歩いて行く。そこには、ダムの設計をして、工事を指揮した八田與一の住居を復元している。まるきり新しく作ったみたいで、木の温もりがない。他の住居も修復復元の違いはあるけど、同様でがっかりした。 しかし、間取りや、気の質は違うが材料は日本家屋そのものだった。 所長の赤堀邸は、写真のボロボロだった邸宅を修理している。 八田邸と間取りはほとんど同じだが、書斎はない。 のちに八田のあとを継いで鳥山頭主張所所長になる阿部邸。離職後は招待所みたいなクラブとして使ったらしい。残っていたのは写真のようなボロボロ家だった。 中は様々な間取りがあり、全く日本家屋と代わりはない。 その横に八田と奥さんの人生をビデオで見せる資料館があった。 八田の遺品が置いている。 当時の工員たちが住んでいた住宅地図。八田は現地の人々と同じ所に住むことにこだわった。また、殉職碑も日本人と台湾人を同列に扱うなど、至る所で公正に扱うようにした。それは八田なりの人心掌握術だったかもしれないが、当時としては異色だったようだ。しかし、見たらわかるように、幹部の家の敷地(中間の数軒)は明らかに広く、格差はあった。 出てトボトボ歩いて行くと、子供の炭焼き体験場があった。有料である。 さらに坂を歩いて行くと、ダムに出る。これが当時世界三番のダムか。それ程大きくはない。 ダム用の土砂や重機を運んだ蒸気機関車。ベルギー製で、メンテナンスをして大切に保管されていた。 その隣、このダムの防堤の1番高い所に八田技師の像と八田夫妻の墓がある。 「地球の歩き方」によると、ダム完全直後の1931年に慕われていた近隣住民の寄付によって作られた 。しかも、戦中の金属供出の際に、住民はこの像を隠していたらしい。さらには敗戦後、中国政府は日本人の銅像を撤去するように命令していたらしいが、住民は拒否、密かに保存されていたらしい。この像が公になったのは、1990年代。花は毎日のように手向けられているらしい。 ぞの作者は、現地に行ってもわからなかったが、見れば八田おおらかで、思慮深い性格がよくわかる傑作だと思う。 戦後日本に引き上げずに、自殺した奥さんと一緒に墓に入っている。 ここからはダムもよく見える。 その後、トボトボ歩いて行く。こんな花があった。亜熱帯なのだ。 奥さんが身投げしたという旧放水口。 嘉義高校の甲子園出場を描いた映画「KANO」のロケもしたらしい。 今は水の勢いはあまりないが、当時は入ればひとたまりだったのだろう。 時間は一時間も余った。しかし、バス時間の関係で、ここを出たのは17時10分。この年最後のお日様は、ここ台湾の鳥山頭で見た。
2017年01月11日
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もう朝飯で、食べるべきものは終わった。早々に帰って早く鳥山頭に行くべきだ。しかし、ふとこの時間帯の街が見たくて、駅まで歩き出す。 台湾の街は、至る所に廟があり、そこが地域の広場になっているのが多いと思う。そういうところには、たいていガジュマルの大木もあるのである。わたしの感覚で普通に入った路地がちゃんと歴史道だった。永福路の道を歩いて行く。 こんな飾りつけをしているので、寄って見ると こんな風に作っていた。まさしく庶民の飾りである、 これは単に消防線が面白かったので、写してみました。 アート村ではなくて、この家一軒だけを飾り描いている。こんな家がわりと多い。ここは玄関のところは子供の落書きにしている。日本ならば勇気ある飾りつけだけど、台湾ならばどうなのか。 日本風の家屋。 永福里芸文康楽センターと書いている。どんなところかな。ちょっと入ってみる。 地域の公民館みたいなところだった。二階では、歌の練習をしていた。 あまり散歩に精を出すと、目的地に行けなくなるのでバスを待っていたら、尿意を催してきた。昨晩写真撮影だけをした国立台湾博物館に入った。 これは中の景色。元の構造を残しながら、全く違った建物になっているようだ。 序でに特別展を見てみた。これが思いのほか、良かった。台湾の人たちが、韓国と比べるとどうしてここまで好意的なのかを、わたしはとりあえず国民党政府の弾圧がひどかったので、日本のそれが薄まったのだ、という仮説を立てていた。どうもそれだけではないらしい、と最近思い出した。 文学史は、言わば「心の歴史」である。よって、思想史(私の大学時代の専攻は日本思想史だった)を扱う者は時々文学も対象に入れる。この展示の趣旨は、「展覧会の総説」に書いてあった。その一部を抜き出す。 一、「見てみる」では、両国は当初お互いのことを理解し合っていなかったが、どのようにお互いを認め合い、関係を築き上げていったか。 ニ、「考えてみる」では、台湾人と日本人が触れ合う際に起きた衝突や競争、そしてお互い高め合うようになるまでの変遷を見てみよう。 三、「恋して見る」では、庶民生活の文化の軌跡をたどることで、両国の日常生活での触れ合いや気持ちが溶け合う情景、ないし近年の日本ブームや台湾ブームを見てゆく。 主に最初の切り口の日本文解説のみを写真にとっている。それでも全ての展示を網羅するのは無理だ。 私が少し琴線に触れた解説のみを紹介する。 最初に一、「見てみる」より。 日本人が台湾人を皮肉るように、台湾人も陰では日本人を皮肉っていたのだという「当たり前」のことに気がつく。台湾人はゆっくり歩くが、日本人はせかせか歩く。台湾人は車に乗るが、日本人は箒のような人力車に乗る。なかなか面白い。 一方では、日本人の「仕事の勤労ぶりや、礼儀正しさ」は評価されたらしい。 戦後においても、政府の教育があったにもかかわらず、日本人の良い部分と悪い部分が残っていたのは、興味深い所ではある。 ここからはニ、「考えてみる」。基礎知識であるが、日本の台湾統治は日清戦争後の下関条約(1895年)より始まった。 それから20年後、台湾知識人は次第と民族的な「独立意識」を涵養してゆく。「台湾文化協会」の成立大会に、自由党の板垣退助が出席したということにびっくりする。その場所は、当時は台湾の首都だった台南であり、台南駅の二階「台湾鉄道ホテル」というのである。 1920年代から40年代にかけて、台湾でもプロレタリア運動が起こったらしい。ここで書かれている「糞リアリズム」とは、「この軟弱もの」という意味か、「資本主義の手先」という意味か、そのどちらもか。 1937年から1960年まで、日本統治下の日中戦争勃発から国民政府時代まで。まさに「幻の共栄、転回する台湾」である。 1945年の終戦から、1947年のニ•ニ八事件。邱永漢が、ニ•ニ八事件で亡命した人間とは、知らなかった。 三、「恋する」 台湾人には、「気がつかないうちに植え付けられた日本の生活習慣がある。」ことを時に自覚する。 それも、現代の日本ブームを生む原因になっているのかもしれない。 司馬遼太郎の「台湾紀行」は、「1990年代の台湾を観察し、史料の収集を通して、歴史の転換における台湾人の切なさと苦悶を描き、日本人が台湾を理解する際の初歩的な著書となっている」と評価されていた。また、昨年刊行されたばかりの「美麗島紀行」が展示されていたのにもびっくりした。 日本マニアはこんな風にいうのだそうだ。これは「おたく」と訳していいのだろうか。 台湾で生まれた日本人は「湾生」と言われているらしい。一青妙さんの「私の箱子」は、湾生と言っても戦後生まれなのだけど、キチンと台湾語訳して展示されていた。 台湾人たちの日本人観は、「憎しみながら愛する」というような激しいものではなく、かなり静かな関係だった。最終的には、一つ一つの作品を見て行かないとわからないと思うが、ちゃんと冷静に批判もするし、評価もしていることがわかって大きな収穫だった。
2017年01月10日
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12月31日(土) 台湾3日目(曇り) 朝7時に起きて、ホテルの朝食を食べて見る。こんなラインナップ。 味は予想通り全然だった。明日は無視しようか。それとも元旦で何か出るだろうか。 朝1番で鳥山頭水庫に行く予定だったけど変更して、台南朝食巡りをすることにした。バスで西門に向かう。他のバスも見たけど、一面ぬいぐるみで飾っている。会社の方針とは思えないのだけど。 西門ロータリーの辺りで爆竹が鳴らされ、小さい花火が飛んだ。旧正月じゃないのに、お祝いしているのか。まあ、都会だからね。交差点を異様な風体をした人々が次々と行進して行く。 見ると、いろんな団体の法被を着ている。廟や商店街の宣伝も兼ねているのかもしれない。媽祖(マーツ)信仰が盛んな台南だからこその祭なのかもしれない。 突然、空を爆音が走った。戦闘機だ。近くに基地があるのか。米軍じゃない。おそらく台湾軍だ。機種はわからなかった。約束通り二機続けて飛んで行ったが、わたしのデジタルカメラでは、到底追うことができなかった。今日は大晦日の土曜日なんだけど、軍は関係ないのか。 目当てのこのお店に来た。流石にすごい人出だ。 ウロウロすると、お店の人が見つけてくれて筆談で「40分待ち」という。あり得ないけど、このためにここに来たのだからOKする。なぜか「貴姓?」と聞いて来た。意味がわからなかったのと、一生懸命ボールペンを探していると、「日本人?」と聞いて納得していった。 頼むのは、綜合も考えたが、やはり台南名物、虱目(サバビー)粥にした。 持ち帰りは次々に渡しているし、お兄さんは掛け声かけながら、手際良く作っているので、もっと早く出来るかなと思ったらホントにやってこない。やはり40分以上かかった。席に座って待てるし、その間に日記を書いたから良しとしよう。 やっと来た。これがサバビーか!臭みは全くない。蛋白な白身だけど、汁に魚の旨味が全部流れたかのように、日本人好みの出汁になっている。ネギがいい薬味になっている。中に二つだけ、牡蠣と見紛うような小さなものが入っていたが、味はシジミだった。馬鹿でかいシジミか(←後に牡蠣だと判明)?待った甲斐がある記憶に残る味でした。 西門の通路にこんな宣伝張り紙があった。日本にはおそらく無許可だろう。しかし、目ざとい(←後に昨年末に「続・深夜食堂」が公開中と判明。日本とほぼ同時公開。台湾ではかなりの人気だったのだ)。 次は台南出身のアン・リー監督が愛したという小巻米粉の店で葉家小巻米粉に入る。直ぐに注文出来た。 米の麺にでっかいゲソのブツ切りが乗って薄味のスープで仕上げている。箸がプラスチック制ですべって食べにくい。麺がツルツルでコシがないので切れているのである。やがて食べ方に気がつく。これは麺を持ち上げて食べるのではないのだ。汁ごとかっ込むのである。アン・リー監督がソウルフードだと言っていた意味がわかった。小学生や中学生だった監督が、腹を空かせて熱いのをガマンしてぶっ込んで腹を満たしていた、その日々がソウルフードなのだろう。確かにいくらでも食べれそうな薄味。醤油で各自味付けをするようになっていた。 もう朝飯で、食べるべきものは終わった。早々に帰って早く鳥山頭に行くべきだ。しかし、ふとこの時間帯の街が見たくて、駅まで歩き出す。
2017年01月09日
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バスでいったん台南駅前のホテルに戻って、博物館で買った本を置いて、夜の台南に食べにゆく。一青妙さんのお勧め台南食べ物をメモしてきた。バスで西門あたりで降りて、ブラブラ歩く。なんと目当ての店が次々と営業終わっていることがわかった。台南名物は、ほとんど夜の料理ではなく、朝から昼にかけての料理なのだ。仕方ないので、さいしょは俗俗木瓜牛乳のパパイヤミルクを飲む。一青妙さんは大好きらしい。パパイヤというよりか、濃い牛乳。 あまりにも店がない。ずっと歩く。仕方ないので、蝦仁肉圓。しかし、彰化で食べたそれとはレベルが違っていた。やはりお勧めの店で食べるべきだと反省する。 誰もがお勧めする阿村牛肉湯。腹が膨れかけていたので、牛肉湯の小と、牛肉炒飯にした。 流石に美味しかった。 マクドナルドで、少し休みながら日記を書く。町をブラブラしながら、台南駅に戻る。中正路をまっすぐにゆく。林百貨店がライトアップされ、多くの若者が写真を撮っていた。1932年建立。 国立台湾文学館。1916年建立。旧台南州庁。あとで知ったのだが、午後9時までやっていたらしい。 気象博物館。1898年建立。元台南気象測候所。 中正路は、昔の建物がわりと残っているエリアなのかもしれない。夜ならではの怪しい雰囲気。 この右側の路地に入って見た。 行き止まりそうで行き止まらない。 まだまだ入る。女性は真似しないでね。 右手の家はレトロな喫茶店になっていた。 こんな木造家屋がまだまだ残っている。 その反対側は、カップルがいるような公園だった。 通りまで出てカリカリふわふわサクサクのメロンパンを買ってみた。 本屋に寄る。店頭に掲げる本の半分は日本の本だ。半分は米国だ。台南人の関心の方向がわかる。 コンビニでビールも買って見る。 オムレツ40、コンビニ98、鉄道15.悠悠カード300、昼食150、土産460、タクシー200、夕食50、40、200、45、30、99、 ホテル16576円 計 1707元プラス16576円 歩数 27700歩
2017年01月08日
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国立台湾歴史博物館をじっくり見た後、タクシーで「飛虎将軍廳」に向かった。200元で済んだのはラッキーだった。webの情報によると、縁起は以下の通り。第2次世界大戦中の1944年、海軍航空隊の杉浦茂峰少尉(当時は兵曹長)は、台湾南部が空襲を受けたため零戦に乗り出撃。米軍機との交戦の末撃墜されるも、必死に操縦かんを握り締め、人家の密集する集落を避けて畑や養殖池のある場所へ墜落したとされる。幸い地元住民への被害はなかったが、落下傘での脱出を試みた杉浦少尉は、その後死亡が確認された。 それならば村の恩人ということで、祀ったというのが、日本の文献やネットで広く書かれていることである。しかし、今日、地元の管理者発行のパンフを見ると少しニュアンスが違っていた(日台両方の説明書になっているので、よくわかる)。以下の通り。 終戦後何年かたち、部落の人が白い帽子をかぶり、白い服を着た人物が常に養殖池付近を徘徊するのを目撃した。最初は闇夜に紛れ、魚を盗みにきたと思い、追いかけてゆくが姿を消し、これは尋常じゃないと気がついた。その後この怪奇現象を見た者が増え、ある者は夢に出てきたと語るし、このような話がいたるところで起こり、人々は恐怖に慄いた。海尾朝皇宮の神「保生大帝」にお尋ねしたら、戦時中の戦死者の亡霊だということであった。その後、部落の人たちは、この亡霊は戦時中部落を戦火から救うために、自分の命を犠牲にした飛行士ではないかと判断し、部落の恩人に感謝の念を捧げる方式を討論し、台湾人が謝恩の最高な表現で、つまり祠を立て、永久に海軍航空隊杉浦成峰少尉の恩を顕彰することに決定した。1971年に祠が建てられた。その後もお参りする人が後を立たず、1993年に今の立派なお堂に建て替えられた。 これが主な縁起である。つまり、最初のきっかけは「恐怖」だったのである。それ以降信仰を集め、杉浦さんの神の格が上がったようだ。媽祖信仰も要は同じ過程で、普通の女性が台湾を代表する神格になったのではないか。つまり、普通の人間が神様になるのは、台湾ではよくあることなのだ。しかし、日本の軍人を憎む心が、村人の中に多く存在していたならば、このような現象は起こりえなかったということは言えるだろう。 新しく立て直した町廟は、四坪から五十坪に拡大し、朱色の屋根瓦、柱や壁は大理石、床もイタリア産の大理石。全て信者の奉献で担ったらしい。柱には詩が刻まれ、その中には「正義」「護国」「英雄」「忠義」「大義」らの言葉が入り、それは飛虎将軍に捧げられている。廟守は朝夕二回、煙草を三本点火して神像に捧げ、朝は「君が代」午後は「海ゆかば」を流す。それを毎日行っている。頭がさがる。お寺の僧侶ではないのである。ボランティアなのだ。 しかも年四回、記念行事をするらしい。生誕記念日、五営慰労日(賞兵の日)、お盆、五営慰労日(賞兵の日)なのだそうだ。 なんと日本語で、安慶国小学校の鄭紀明先生作のマンガまで置いてあった。地元小学校で地域教育をした成果らしい。「祠を建ててお祀りをしようか」「いいね」「賛成」「村は安泰」「畜産も順調」「多くの民が参拝」というように教育しているらしい。民間信仰が生活に根付いているのがよくわかる。 この将軍のためだけに、なんと二冊の本を上梓するのが被虐史観アレルギーの一定層の人たちである。おそらく中身はスカスカだろう。
2017年01月07日
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高鉄(台湾新幹線)台南駅から台鉄台南駅への連絡線が高鉄台南駅のとなりにある沙崙駅という名前とは知らなくて、ちょっと迷う。教えてもらってチケット販売機に行くと、コインしか受け付けないという。隣のお兄さんが優しく教えてくれた。そして持ち合わせがなんと一元だけ不足とわかると、自分の10元をおごってくれて、チケットを発券してくれ(^_^;)た。外国に来ると、どうしてみんなこんなに親切なんだろ。 台南駅につく。「台湾に生きている日本」でも取り上げたが、この駅舎はかなり古い。1936年竣工。赤煉瓦の西洋風ではなく、機能性や耐震性を重視したモダニズム建築風らしい。元は二階部分がホテルとして利用されていたらしい(台南鉄道ホテル)。レストランさえ併設されていた。今はどうなっているのか、と思って見ると、記念館の計画は頓挫してやはり倉庫のままになっていた。しかし、現役の駅舎である。設計は宇敷赳夫。今回の旅の1番の目的かもしれない博物館は台南歴史博物館である。その為に台北は無視して1番にここに来た。ホテルもわざわざ駅前の高めのものにした。一泊8000円以上、かなり思い切ったのだが、全然驚くほどすごい部屋ではなかった。どころか、あまりにも古くて普通でびっくりした。そして駅前の案内所でバス停の場所も教えてもらい万全の体制で望んだのに、台南駅前で待てど暮らせどバスが来ない。結局一時間待った。新幹線を使った意味がない。40分めにやっと次の時間がわかり、あと20分とわかったので、バス停前のくるくる寿司でともかくも腹を満たすことにした。昆布ものはたいへん美味しかった。キツネ寿司は普通。イカも普通だった。ただもう一つのお寿司は異様に甘かった。もう一つ貝類を頼む。これもタレが甘い。どうなんでしょうね。締めて150。一皿が30元だったらしい。日本よりも少し高め。やっとバスが来た。セブンイレブンで買った悠悠カードで先ずタッチして乗る。運転士さんは素晴らしく乱暴な運転してくれたので、予定よりも一時間かかるのに40分で着いたみたいだけど、降りそこねて結局同じになってしまった。やっと国立台湾歴史博物館につく。ものすごく贅沢な空間の使い方。さて、私のお目当ては何がなんでも古代である。私は最新の国立博物館なので、もっと全面的に詳しくやっているのだと思っていた。台北のそれとあまり変わらない展示だった。これは旧石器時代の長浜文化遺跡の礫石。しかし、ジオラマは素晴らしかった。上は長浜文化遺跡。下は農業革命を経た墾丁遺跡。あまりにも小さすぎて、服装などの細かいところはわからなかったが、台湾の古代が単なる原始人みたいな野蛮な生活をしていたのではない、ということを示すには十分な展示だったと思う。次は海外貿易を経た淇武蘭遺跡。大盆抗遺跡の縄文土器。と、卑南遺跡の変なところに穴があるなんと玉の矛。当然中国の貿易品だろうが、紀元前のものなのである。この時点ですでに日本の文化水準を凌駕している。この形の玉や石斧も日本からは出てこない。実はこの博物館の特色は、ここからなのである。ここは歴史博物館なのだ。だから、歴史の記録のあるものの展示が充実するのは当然だったのである。これは 17世紀の貿易船。豊臣時代の朱印船などが大きく取り上げられていた。 その他、私の意図に反するので割愛する。また、機会があれば取り上げてみたい。近代に移ると、そのジオラマは実物大になり、すごいものがあった。特にこの媽祖辺境のジオラマは凄かった。
2017年01月06日
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12月30日(金) 台湾2日目(曇り) 朝6時半に起きてホテルの周りを散歩。前回も行ったニニ八記念公園に来てみた。 国立台湾歴史博物館は、建物自体が日帝時代の貴重な歴史遺跡である。 そのそばで、予想通り集団でヨガをやっていた。 この公園には、このような中国風の建物もあって、そのそばの同じような建物には知らない人たちの銅像が何人も顕彰する「亭」もあった。そこには、日本にもいるが、やはりホームレスの人たちが寝床にしていた。台北の冬は寒く、みんな今はジャンバーを来ているけど、決して氷点下どころか5度ぐらいにも滅多にならないので、こういうところを寝床に出来るのだろう。 台大医大旧館。明らかに、古い建物である。 この辺りに、日本の戦前の設計者の臭いがぷんぷんする。あとで調べると、やはり戦前の建築物でした。 その医大の児童医院だ。現代的な建物なのだけど、児童が来やすい設計と、ロゴのデザインをしている。日本の医大には、このような柔軟な発想はないのではないか。 朝食を探してうろうろする。理髪が200元(800円)なのは、安い。しかも、既に刈ってもらっている人がいた。 その道をまだ行くと、行き止まりではなくて、他の道に通じる。台北駅前の商店街なのだけど、昔の雰囲気が残っている。 そこで、とりあえず行列ができかけているこの店で蛋餅(オムレツ)を買う。綜合が40元。 オムレツをもらって、自分でタレをつける。 ホテルに戻って食べると、ニラかネギの入った、柔らかいかまぼこ付きのオムレツだった。 朝食を軽くしたのは、新幹線で弁当を食べたかったからである。ところが駅で何処を探しても弁当を売っていない。やっと前回買った所を見つけて行って見ると、なんと置き台がカラだ。朝はやっていないのだ。 がっかり。セブンイレブンで、野菜巻サンドイッチとお茶を買う。これはこれで美味しかったが、びっくりするほどではなかった。 新幹線は、日本の技術を導入したらしく、瓜二つと評判だ。入ると、私の予約席の前でおばちゃん2人が喋っている。どうやら「予約席が離れて困ったわ、このお兄さんに代わってもらいましょう」と言っているらしい。その仕草が、完全に日本のおばちゃんと瓜二つなので、直ぐにわかった。当然代わりました。断った時の表情も目に浮かぶし(^_^;)。 外見よりも内装が瓜二つだった。 ただ、この新幹線に車内誌があるのが、日本とは違うところ。その中に、弁当の車内販売は10時半からと書いてあった。 台南につくのは、10時すぎなので、楽しみはあとになる。おばちゃんたちは、延々二時間喋っていた。 9時半すぎに台中をすぎる。これより南には行ったことがない。台風銀座らしく、コンクリ性の家が続くなかで、畑にポツンとお城みたいな中国風の大きな建物が建っている。 また、嘉義に近づくと、山が一切見えない。巨大な穀倉地帯の平野が続く。この巨大な平野にはビルは建たない。これが台湾なのだ。
2017年01月05日
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昨日帰りました。早速ですが、台湾旅レポートを始めます。 12月29日(木)曇り 台湾旅一日目 今日から、年末年始台湾一周旅が始まる。とは言っても、夕方岡山空港発なので、一日目はほぼ移動のみである。前回は関空まで一日かけて移動したが、今回は岡山便がちょうどスケジュールと合った。しかも10月の中頃予約して上手くゲットできた。韓国までならば往復6万円以上かかるのに、台湾ならばLCCだけど36000円と少しだ。これは大きい。ホテルは全部予約した。そんなこんなで、今回はお土産代を入れなければ、10万円前後で済ます目標である。円安の昨今、どうなるかわからないが、やって見る。 テーマは、古代と食と、昔日の日本との関係。である(^-^)/。 岡山空港は、なんと駐車場代がタダ。小さい空港なので、スムーズに夕方乗り込むことができた。 LCCタイガーエアラインの広報誌を見ると、岡山の紹介は定番の後楽園とお城とデミグラソースのカツ丼というおかしなフィーチャーをしていた。 席はなぜか翼の少し後ろ側の窓側。今回気がついたのは、なぜか一人旅の時は必ずこの席になる。どの飛行機でもそうだ。一人旅の場合はここに入れろ、という空港会社のマニュアルがあるのだろうか。 今回は有料の機内食を食べる気満々で来たのに、なんとタイガーエアラインは予約制らしい。食べれなかった。今日は夕食食べられるのか?不安になってきた。 台湾桃園飛行場に着いた。しかも予定より20分早い20時30分。余裕でホテルに着けるとおもいきや、入国審査があり得ない大行列で一時間以上かかった。 台湾レートは0.2693。4万円が10742元にしかならなかった。前回と全く同じだ。円安を恨む。 台北駅行きのバスがまた行列、そしてバス移動に一時間以上かかるとすれば、明日になるかもしれない。あり得ない。 バスの運転士は渋滞に巻き込まれそうになったけど、あり得ない割り込みで見事に切り抜ける。おかげで50分で駅に着いた。ありがとう、運転士さん。明日の高鉄の切符を駅で買っておく。 NYSロフトホテルを探して、深夜12時前、行商が終わったらしきおばさんに筆談で道を聞くと、連れて行ってくれた。まるきり反対方向を探していたので、たいへん助かった。 おかげで12時20分前にチェックインを済ませることができた。ここのホテルはなんとトイレとシャワーが共用らしい。確かに部屋は綺麗だけど、それだけ狭い。これで5000円以上とるのは台北のホテル事情は高騰しているということか。 12時すぎにやっと夕食にありつく。こういうお店。 大腸麺線の小、頁丸湯。腹が減っているので、なんでも美味しい。シャワーを浴びて明日の朝に備える。 飛行機代36013円 ホテル5198円、バス125元、夕食80元、コンビニ75元、高鉄1350元 計 1530元プラス41211円 歩数7200歩
2017年01月04日
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