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デジタルセンター前からバスが出ている。電車を使って次の場所に行った方が良いよ、と言われていたので、バスで鳥到院(チョチオン)駅に行った。ところが、江景(カンギョン)行の16時36分発の電車に5分違いで間に合わなかった。バス料金が普通の倍の2400wだったので、おかしいなと思っていたら、何と40分も揺られたのである。清州から直通のバスもあったらしいのだが、本数も少ないし時間が掛かるので止めた方が良いよと言われたのである。しかし、こちらのルートも割と時間が掛かる。電車の時間に余裕持ってバスに乗ったつもりが甘かった。次の電車は18時4分だ。時間があるので、早い夕食にする。まだスンデは食べてなかった。ここにしよう。出てきたパンチャン(オカズ)は私の自説を裏切った。このタマネギ、ニンニク、シシトウのセットは、伽耶の都があった「洛東江沿岸域とその支流に限る」というのが私の自説だった。おかしいな〜。錦江流域もこのオカズが出回っているのかもしれない。それにしても、塩辛いだけで、チョー不味かった。なんとも投げやりな店で、お客の私の前で近所のおばさん(写真)と、延々とお喋りをしている。味もサービスも悪いので、写真にわざと撮りました。悪いでしょうか?それでも、スンデクッパは美味しかった(^_^;)。さて、この旅初めての電車の旅である。チケットはこんな風にぴらぴらの紙に印刷して渡される。電車がやって来た。
2013年01月31日
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井北洞のバス停留所のそばにあったタクシーのロゴ。「現存世界最古の金属印刷本「直指」」。これが現在の清州の最大の「ウリ」みたいだ。至る所にこの文字が踊っている。世界遺産になったみたいだ。直指と書いて「JIKJI」と読む。行くこと叶わなかった古印刷博物館を訪ねたならば、おそらくその全貌を知ることは出来ただろうけど、私にはこちらの土城遺跡の方がよっぽど面白いのでした。 やっとバスが来た。行は途中からタクシーを使ったが、本当は841-1と913バスで此処まで来ることはできた。のだが、一日に八本くらいしか無かったのでバスを乗り継いで井北洞まで来るのは諦めたのである。 楽チンで市外バスターミナルに戻った。コインロッカーの荷物を引き出し、まだ少し時間があると思えたので隣の電気製品量販店に向かう。suzuさんにカメラを借りてなんとかこの旅を続けることが出来ているので、替えのSDカードを買うことと、弱くなっているバッテリーを交換したかったのである。SDカードは4Gのバージョンアップを買うことが出来た。 バッテリーについては? 「ここにはありません。(サムソンのカメラだから)サムソンのデジタルセンターに行けばあるでしょう」と店の人。 量販店なのに、そんな物も無いのか!と、言いたい所をぐっと抑えてそれでも道向こうのデジタルセンターに行く。 写真の様に、こんな大きなサムソンの建物が出来ているわけです。流石、世界のサムソンですね。処が! 「此処にはありません。街中の店に行けばあります」 この品揃えの悪さ!!! この店は建物は大きいのに、人だけはひっきりなし無しにやって来て、相談と品物を引き取りにやって来ている様だ。インターネットショッピングの中継所なのか?こんな基本的なサービスの悪さで本当にサムソンは日本の東芝やシャープを抜いたのか?何故こんなメーカーに日本はやられたのか?製品は価格だけじゃないだろ!サービスだろ⁉ 私は不思議でならない! デジタルセンター前からバスが出ている。ちょうど来た鳥到院(チョチオン)駅行のバスに飛び乗った。
2013年01月30日
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バスの時間まで小一時間ほどあったので、ちょっと井北洞の村を歩く。何も無い、普通の村です。でも、10数軒のこんな村でもタバコ屋という名前のスーパーはあったみたいだ。何年も同じモノを置いているんじゃないか?人がくる様な雰囲気は無い。この地方の屋根形はこれが一般的なのかな。この家は窓の形がひし形になっている。少し中国風。途中、軍用機らしきものが飛んでいた。何処かに基地があるのか。もう一度土城を望む。1700年間原型を保っていた「クニ」の形。この地方の人たちは、どんな思いで眺めていたのだろうか。さて、バスセンターに帰ろう。
2013年01月29日
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バスで郊外まで行き、そこからタクシーを拾いやって来ました。井北洞土城(チョンブクドントソン)。わかりにくいでしょうか。道の向こうの台形の小山に見えるのが土城である(濃い緑色の小山ではなく、うす緑の低い小山)。説明は以上の通り。土城を詳しく解説した博物館は、皆さんは憶えてないかもしれませんが実は3日前の17日に百済歴史博物館を訪ねたばかりの私です。こんな写真の都市が当時展開されていたのですが、その小型町が此処だと思えばいろいろ想像が膨らむ私の気持ちもお判りなるでしょう。ソウルの風納土城の内部は現代もぎっしり家が建っているので中を発掘しようもないが、此処はきちんと発掘したようだ。風納土城と同じ時代の様だから、この時代の土城の典型を見る事が出来る。中は今はただの広場になっている。大きな川が近くを流れ、大きな平野を擁しているという条件は此処でも同じだ。一部城壁が崩れていて、よく見ると、見事な版築工法である事がわかる。違う質の土を交互に踏み固めて、この土城壁を作っているのである。この工法だから、こんな単なる土壁が1700年も残っているのである。5年ほど前に、岡山の鬼の城(7C)の崩れた版築の壁の横に現代の工事で版築の土壁を再現したのであるが、だった一度の台風で崩れたという「実績」がある。その横の元からあった版築の壁はびくともしなかったのに、である。それ程にこの古代工法は「凄い」のである。大きな土城ではあるが、それでも私でも10分も走れば一周出来る様な広さだ。昔は何のためにこの様な城を作り、どんな人がこの城の中の住人となったのだろう。毎週土曜日催しがある様だけど、去年か数年前の看板だろう。到底人がくる様な雰囲気は無い。この後、ちょっと井北洞の村を散歩。
2013年01月28日
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博物館の帰り道、学生が作ったのか、遊びの様に置かれている置き石。石をうず高く積む事に韓国の人たちはどんな意味を見出しているのだろう。遅い朝飯を食べなくちゃ。学生街だから安い店がありそうだ。この店なんか、他の店より1000w-2000w安いぜ。トトリ(ドングリ)定食を頼む。オカズが7つもついて、学生用なのか、ご飯が二つもついてこれで4000w(約280円)だ。しかも、昨日の白飯と似たオカズもあるけど、こちらの方が遥かに美味い!ドングリの身をすり潰したモノを固めた寒天?が清州の名物らしい。女性が1人で店に来たから珍しいと思ったら11時からのアルバイトだった。いかにもガリ勉の女学生という感じ。メモをいっぱい書いた付箋紙を持ち歩いていた。美味しかった。ご馳走様でした。忠北大学前の종로(鐘路?)食膳という名前の飯屋でした。さて、次は生の土城を見に行く。
2013年01月27日
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清州二日目。残念続きだった博物館巡りの最後は忠北大学博物館。ここは期待通りでした。そして1番見たかったのが、このフンスくんの姿です。後期旧石器時代トゥルボン・フンス洞窟で発見された完全な幼児の遺骨である。 顔はこの様に復元された、彼の胸の辺りに石器とキク科の花粉が集中して検出されたらしい。 骨は綺麗に残っていた。まだまだ感情を持っていそうな気がする。少なくとも、両親か村の仲間に丁寧に埋葬されたのである。 年齢は五才くらい。身長110-120センチである。約4万年前の埋葬文化と、フンスくんという個人の二つに此処で出会う事が出来る。 青銅器時代で目についたのは、清原阿徳只(청원아득이)遺跡の天文板。北斗七星を発見しているのは凄い。この前NHKが秦の始皇帝の都市計画が星座とそのまま重なる事を証明していたが、古代の知力は我々が想像するよりは遥かに高いと考えた方が間違いが無いのかもしれない。 原三国時代(2-3C)の丹陽乗楊介2地区の出土遺物も多く展示されていた。 いろんな時代の墓誌も収集していた。そういえば、日本にはこういうのは無いな。 白磁も出来るだけ注視する様にしている。まだ、白く塗った陶器と白磁の見分けがつかないのだけど、うちから発する白さと蒼さを早くわかる様になりたい。 満足して博物館を出る。
2013年01月26日
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韓国レポートを再開します。いつまで続くかわかりませんが、出来るだけ頑張ります。この日から暫く密度の濃い旅が続きました。前日は三回の記事で一日が終わったけど、この日からそうもいかなくなります。8月20日(月)雲 清州→江景快適なモーテルで朝早く起きる。大画面テレビでは、映画「私の彼女の彼氏の友だち」をしていた。最初は、単に二股をかける若者の恋愛事情を描いているのだと思いきや、男女6人全員が二股をかける壮大な悪女悪男物語になっていた。2006年度作品。カップルでいっぱいの映画館が爆笑に包まれるのが見える様だ。9時にGGモーテルを出ると、隣にこんなモーテルがあった。「王と妃」というモーテルだと思う。妃の字がどう見てもまともじゃない。所謂、漢字としてではなく、デザインとしてでしか捉えてない証拠だ。観光案内所で今日の予定のバスルートを聞く。先ずは忠北大学へ。ここには大学博物館があるのである。広いキャンパスには、学生の実験作品なのか、変な美術品がたくさん置いてある。休憩所の屋根の上に、なんかイボイボがついていると思ったらてんとう虫のオブジェだった。少し気持ち悪い。少し迷って博物館に辿りつく。外には문의支石墓が展示してあった。ここはあまり南でも無いのだけど、西に近いからか、脚が短くなっている。野外展示場も大学だけあっていろいろ豊富だ。どんな謂れがあるか知らないが、多分昔の方の傑作だと思う。いい表情をしている。この博物館は、一階が石器時代、二階がそれ以降なので、、力の入れ様は当然石器やそれ以前になる。これは石器時代の白熊らしい。昔から立派だったんだ。他にサイの標本もあった。見事な石器。疑問の挟む余地の無い。人手をかけたモノだとわかる。そして次にこの博物館の目玉遺物に出会う。推定約5歳の少年フンス君である。
2013年01月25日
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「別冊太陽 古事記」千田稔監修 平凡社昨年は古事記編纂1300年だった。関連書籍は数多くだされたが、この本がその中で一番素晴らしかったという何かの「賞」を獲った。私の古代趣味は、あくまで非文献主義である。関心の中心は弥生の終わりから古墳時代の始めまでなので、魏志倭人伝ほか一部以外は第一級文献が存在しないからである。「古事記」は編纂時712年から見ると500年も200年も前の話が書かれている書物である。中国帝国と比べて文字で記録する力の無かった歴代倭国政権が今さら古代の歴史を綴ったからと言って何が信用できるか、というのが私の立場だ。だからと言って「古事記」を無視するという態度は私は取らない。私は学者では無いので、細かな文献批判は出来ないから「いい処取り」をしながら、イマジネーションを膨らましていきたい。この本には原文と解説、そして豊富な全国各地の写真が載せられている。私は自由に想像の翼を広げるだろう。この本とは関係ないが、私はある仮説を持っている。最初に出来たオノゴロ島(淡路島)は海をかき混ぜたあと滴り落ちた塩(泥?)で出来上がった。この国の出来上がり方は、私は大陸の人々の目を感じる。朝鮮半島を歩けば直ぐに気がつくが、ほとんどか岩山なのである。中国も似たような所が多い。一方、日本の山はなんてなだらかなんだろう。外国人からみたら、日本の山を泥で出来ていると見ても可笑しくは無い。だとすると、古事記編纂人の主体は、未だ外国の風景の記憶を持っていた渡来人ということになりはしないか。そして有名なイザナギが黄泉の洞穴(一説では島根県猪目洞窟)に入ったあとに祀られた岩山が三重県熊野市有馬町花窟神社にある。その主体は、高さ45mの巨岩である。写真で見ると、韓国蔚山市ハデの裏山にあった巨岩とそっくりだ。同じ様な信仰があることの不思議さ。神武東征の時に「吉備の高島宮に八年坐しき」とあるらしい。その候補地に三つもあることを知った。笠岡市の高島神社。岡山市児島の高島神社。岡山市祇園の吉備高島宮。あまりきちんと読んでいなかったのだが、東征ルートは文献上は辿ることが出来る様である。そもそもどうして東征しようとしたのかが明らかではない。日向から瀬戸内を東に向かう海上行の記事が稀薄である。ニニギノミコトの天孫降臨の話(日向三代)と、大和の伝承が孤立していたのを結びつけたという説に一票を入れたい。その仲立ちをしたのが吉備なのだとしたら、吉備の役割りが俄然と大きくなるだろう。古事記も最終段階に入ると、かなり歴史的な伝承が多くなる。ついつい歴史的な解釈をしがちなのだが、ぐっと抑えて後々の愉しみとすることにしよう。2013年1月9日読了
2013年01月23日
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「太白山脈 第3巻 全羅道の悲しみ」趙 廷來/著 ホーム社 沈宰模(シムジェモ)と権炳済(クオンピョンジェ)は虹橋の上に立って広々とした楽安平野を眺めていた。「あの手前に見えているのが玉山で、その向こうに曹渓山に抜けるオグム峠があります。左の方に遠く見えるあの大きな山が澄光山で、右側のあの切り立った山が帝釈山です。あれらの山並みはすべて曹渓山に連なっていますが、今後特に問題となると思われるのは澄光山です。澄光山は高さのわりには懐が深く谷が多いだけでなく、その位置がまた微妙で、鳥城や宝城に山並が続きます。未確認ではありますが、廉相鎮が率いる反乱軍は曹渓山に身を潜めているものと思われます」権炳済が指差しながら説明した。(113p)この小説は段落だてごとに登場人物たちの主観で物語が進んで行く。そこに出てくる人物は、沈宰模の様に共産主義者と敵対する立場の地方軍司令官でありながら、小作人の立場に立とうとする者や、金範佑の様に共産主義者にはならないが、民主民族独立派の立場に立つ者、廉相鎮の様に知識と行動力を併せ持った南朝鮮労働党の闘士、其の弟で反動の走狗となる廉相九。その他、当時のあらゆる代表的な階層男女が、主観的に当時の「時代」と「人生」そして「土地」を語り、行動し、生きるのである。面白くないはずがない。あの時(2012年夏の旅)に漫然と眺めていた筏橋の山々が、この小説を読むとまた違う景色で迫ってくる。写真は筏橋の高台から見た曹渓山方面。真ん中辺りに流れている川の上から二番目の橋が虹橋。遠く薄っすら霞んでいる大きな山が玉山だと思われる。内容(「BOOK」データベースより)激動の韓国現代史を背景に、戦争と青春を真正面から取り上げ、苛酷な運命を生き抜く人間群像をかつてないスケールで描く話題作。待望の第三巻!!町に潜入しようとして負傷した左翼の安昌民を密かに治療したことが発覚し、病院の院長と女性教師李知淑らが逮捕され、順天の裁判所に送られた。町には戒厳軍が駐屯し、市場も再開されて人々の暮らしは表向き平穏さをとりもどした。かつて日本軍の兵士としてビルマ戦線で戦った過去をもつ戒厳司令官沈宰模は、日帝協力者に激しい憎悪を抱いており、ともすれば筏橋の有力者と反目しあう。一方、鄭河燮を匿っていたことをかぎつけられた素花には、青年団長廉相九の苛酷な拷問が待ち受けていた。2012年12月2日読了
2013年01月22日
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「太白山脈 第二巻」趙延来 ホーム社アメリカ人をアッサリ信じるなソ連にソックリ騙されるな日本人がニワカに立ち上がる朝鮮人はチョット気をつけろ金範佑はふと立ち止まった。6、7人の子供たちが、ゴム跳びに夢中になりながら歌っていた。(略)民の心は天の心だといわれている。その歌は天の教えであり予言なのかもしれない。日本人が立ち上がる、朝鮮人は気をつけろ‥‥‥。予言をきちんと受け止める者はおらず、だから実践されないままに、予言はいつも果たせない課題として残るのかもしれないと、金範佑は思った。アメリカ人をアッサリと信じ、ソ連にソックリ騙されたあげく、互いに異なる政権を打ちたて、予言とは反対方向へ行っているのが現実だった。(364p)内容(「BOOK」データベースより)筏橋では軍と警察が青年団の助けを借りて左翼の残党や同調者の捜索に乗り出した。その先頭に立ったのが、曹渓山に逃れたパルチザンの隊長、廉相鎮の弟で、青年団の団長に成り上がった廉相九である。住民同士が左翼と右翼に分かれて憎しみ合い、多くの罪もない人々が殺されて行く中、有力者の息子で、教師としても人望のある金範佑は、こうした状況を収拾しようと奔走するが、そんな彼に容共の嫌疑が…。一方、秘密党員の鄭河燮と巫堂の素花は、深く愛し合うようになり、運命的な絆で結ばれる。私は筏橋へ行く前に和順(ファスン)に泊まっている。目的は世界遺産和順支石墓群を見るためだったのだが、この小説の中では和順の歴史的事件について触れている。光州から和順に至る長い道路がある。私はバスで通った。そこで和順の炭鉱労働者と、米軍とが1946年対峙し、労働者の投石に対して米軍は戦車砲と小銃でもって弾圧したのである。私は知らなかった。物事を水に流す日本人と違い、韓国人は白黒をハッキリさせなくては気がすまない性質がある。一方で、ハッキリ出来ないというのが世の大勢だから、それは永く「恨(ハン)」と成って残り、現在に至る韓国人の国民気質となるだろう。思うに、その「恨」が解けぬままに残っている最大のものは、倭奴(ウェナム)の日本であり、次が米軍の米国なのだろう、と私は次第に分かって来た。写真は、たまたま和順郡庁で出逢ったものです。そこで行なわれていたテロ対策訓練で実際の「銃」を持って構える若い警察隊です。
2013年01月21日
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「韓国・下町人情紀行」鄭銀淑 朝日新書「マッコルリの旅」の鄭銀淑さんの2007年の本である。変化の早い韓国なので、変わっている処も多いかもしれないが、行きたい処を幾つかさ見つけた。釜山の南浦洞のコカルビ(焼きさば)通りのハルメチプ、佐川洞の元祖・洞窟チプ、中央洞の釜山浦、釜山大学前の108講義室、などの酒場である。ソウルの千戸洞の元色町だった雰囲気を味わいながら、冷麺横丁でうまうまの冷麺を食べて歩きたい。ソウルの漢江の向こう側、永登浦の市場に行けば、豚の頭が何十頭も並ぶ壮観な処をみる事が出来るかもしれない。まだチョッパン村は健在だろうか。咸平にも行って、牛の競り市を観てみたい。という様な事をメモメモ!(◎_◎)2012年12月9日読了【後記】実はなぜか急遽釜山行きが決まってしまいました。それで、年末年始に行って来たのですが、ここに書かれている処へ行く機会は一度しか無く、佐川洞の洞窟チブを捜しました。ところが、見つける事ができなかった。どうも無くなったらしいのです。しばらくは韓国へは行けれないということでの釜山行きだったのですが、仕方ない。ここに書かれている店は憧れのままです。ソウルの行きたかった処はまた、いつかの機会になりそうです。
2013年01月20日
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「図録 植民地朝鮮に生きる」水野直樹 庵逧由香 酒井裕美 勝村誠 岩波書店私は博物館フェチなので、韓国釜山や大邱の近代博物館や、ソウルの西大門刑務所歴史館などで既に見ている。。日本の植民地である戦前の朝鮮半島をどの様に日本国は経営して来たのか。ここでは図録だけで説明している。編集は日本人なので、日本人が韓国の民衆を啓蒙していた資料が多いのであるが、それでも、その啓蒙の目的はあくまでも韓国の生産物の収奪と、大陸への足がかりのためであった事がわかる。かなり「頭のいい」経営だったのだ。1929年にソウルで朝鮮博覧会があった時に、観光ポスターを作っているのであるが、朝鮮半島と、日本が支配下に置いてあった遼東半島、南満州鉄道が一体のものとして捉えられ、観光の対象となっている。現代の若者が見ると、ものすごい違和感を持つのではないか。1911年の朝鮮双六というものもある。朝鮮の風物と共に、朝鮮侵略で活躍した加藤清正、小西行長を配し、耳塚も置き、征韓論の西郷隆盛もいる。上がりに進めるのは、新羅の貢船、日清戦争、日露戦争、豊臣秀吉、伊藤博文のコマだけという仕組みで、上がりの場面は寺内正毅が「併合詔勅」を読む場面である。つまり、当時朝鮮侵略の当為性がこんな形で、一般的に広まっていたのである。2012年12月10日読了
2013年01月19日
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「空と風と星と詩」尹東柱 金時鐘 編訳 岩波文庫「弟の肖像画」ほのあかい額に冷たい月が沈み弟の顔はかなしい絵だ。歩みをとめてそっと 小さい手を握りながら「大きくなったらなんになる?」「人になるよ」弟の説はまこと 未熟な答えだ。何食わぬ顔で手を放し弟の顔をまた覗いて見る。冷たい月が ほのあかい額に濡れ弟の顔はかなしい絵だ。(1938.9.15)「아우의 印象画」붉은 이마에 싸늘한 달이 서리아 아우의 얼굴은 슬픈 그림이나. 발걸음을 멈추어 살그머니 애딘 손을 잡으며 「늬는 자라 무엇이 되려니」「사람이 되지」아우의 설은 진정코 설은 対答이다. 슬며시 잡았든 손을 놓고 아우의 얼굴을 다시 들여다 본다. 싸늘한 달이 붉은 이마에 젖어아우의 얼굴은 슬픈 그림이다. 尹東柱(ユントンジュ)の詩集岩波文庫版が21世紀のこの時に至って、やっと出版された。韓国における詩の位置付けは、本屋に行けば圧倒的に高いということがわかる。一番いい場所をいつも陣とっているのである。その一番人気が未だに出ていなかったことが不思議でならない。「死ぬ日まで天を仰ぎ、一点の恥じ入ることもないことを」という有名な詩句を聞いたことはあっても、その詩業の全容を知っている人はほとんどいない。私も知らなかった。リリカルな優しい心と、キリスト教に支えられた強い精神、中国に国境を接する場所を故郷とする心像風景、時代が常に死と接することを強要した覚悟、若くして才能を花開かせ散らしていった運命、平易な言葉で豊かな内容を表した表現力、それらは、ここに収められている66編を読むことで納得するだろう。原詩を巻末に載せているのも嬉しい。尹東柱の人生を紹介した訳者の解説も力がこもっていた。2012年12月14日読了
2013年01月18日
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「韓国併合百年と「在日」」金賛汀 新潮選書著者は在日二世のジャーナリスト出身の作家である。2010年5月発行、韓国併合百年関連書籍は多く出たが、在日問題に切り込んだ書物はこの書が最も纏まっているかもしれない。100年の歴史を一通り満遍なく著していると思う。戦前の歴史に関しては、何度も韓国の博物館に通ったお陰で目鼻はつくのであるが、戦後の在日の歴史は初めて知ったようなことが多かった。しかも、単純な話では無く、かなり込み入っている。きちんと書けば一冊要するような事柄が2pくらいで収まっている事が多いのである。特に、朝鮮総連と日本共産党や北朝鮮の関係、民団と韓国政府や日本政府との関係は、まだまだ検討史料が足りないと感じた。また、在日の資産家がのし上がっていく過程もよくわからない。一通りの問題の所在マップを作るには良い本かもしれない。つまり、在日問題というは、それ程にまだまだ明らかにされていない事が多いということにのだろう。特に直近の問題で、一番の課題は在日の人たちの参政権問題である。民主党政権誕生時には、一挙に実現の可能性が出たようだ。参政権に関して世論は政権交代後の調査で、付与賛成派が多数派になっている。しかし、恐らく安倍政権のもとにどん底まで冷え込むだろう。2008年現在、在日人口は58万9239人、日本国籍取得在日人口はそれを遥かに上回っている。三世、四世を考えれば、日本とも朝鮮半島とも違ったアイデンティティを抱えた「在日」の意見は貴重である。これから「アメリカと共に戦争をするのは当然の国の責務だ」というは論調が上って来るだろう。その時、日本に永住している在日の意見を聞かないのは、片手落ちであると私は思う。2012年12月21日読了
2013年01月17日
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「平成史」小熊英二他著 河出ブックス小熊英二は「歴史というには近すぎる」という意見に対して、岩波新書の「昭和史」という先例があると云う。戦争の終わりという大きな出来事を経て、作られた「必要性のある」歴史であった。そういう意味では、東日本大震災とフクイチの事故を経て必要性は高まっていることを私も認める。しかし、これは果たして平成史の任を全うしたことになったのか。私は懐疑的だ。小熊英二のパートは若干時代を俯瞰し次の展望を持とうという「姿勢」だけはあるが、他の著者に至っては、過ぎた時代を分析してみただけだ。批判的視点を垣間見ることは遂にはなかった。出てきた多くの表やグラフは有用であり、私はevernoteに取り込んだ。小熊英二にしても、分析したあとの「解釈」はあるが、展望はない。長い長い文章で「課題の先延ばしと漏れ落ちた人びとが発生した」「外交方針は構想不足だった」ということが述べられただけなのである。その証拠に2012年の夏ごろに脱稿したと思われるが、自民党政権の誕生については、一言も可能性さえも述べられていない。思うに、未来を生きるためには、「知識」があるだけではダメなのだ。フクイチの事故があれば、「知識」に方向性を持たせる「教養」と、断固として原発ゼロを決意する「意思」が必要なのである。2012年12月26日読了
2013年01月16日
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「クーナ」作 是枝裕和 絵 大塚いちお イースト・ブックス是枝裕和監督の秋のテレビドラマ「ゴーイング・マイホーム」の中で宮崎あおいが子どもたちにこの本の読み聞かせをしていて、森に住む小人・クーナの説明をしていた。図書館で見つけた時、「あっ、既にあったんだ」と思った。のであるが、良く見ると是枝裕和作だった。ドラマにあわせて刊行されたらしい。実は初回は見たのであるが、途中を丸まる抜かしてしまった。テレビが壊れていたためである。8回と9回は見たのであるが、なんと最終回を見逃してしまった。だから私にとって、「クーナとは何か」は今だに謎のままなのである。この絵本の少女が「おじいちゃん」から聞いた話によると、クーナとは以下のような生き物らしい。森に住んでいる小人で、昔は北の国に住んでいたけど、最近はちょっと怠け者でどんどん南下している。クーナの声は、人間にはチルチルチルって聴こえる。また、傷を癒す能力や糸を紡いだり畑仕事も手伝うらしい。時にはお墓に現れて、死んだ人にも会わせてくれるらしい。クーナは「にんげんにはみえないものがみえるんだって」それはいいものだけじゃない。クーナが臆病で、なかなか森から出て来ないのは「たぶん にんげんにはみえないこわいものがまちにはたくさんあるからだって」ドラマの中で、阿部寛や娘はクーナに会うことは出来たんだろうか。宮崎あおいは会えないよね。そういう位置づけだった。大きな変化のないドラマだった。こわいもの、巨神兵が東京に現れたりはしない。けれども、とってもドラマチックなドラマだったのではないか、と勝手に思っている。2012年12月27日読了
2013年01月14日
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保坂展人さんのTwitterで、こんなツイートがあったので、大人の私としても考えて見た。 @hosakanobuto: 式典と式典の合間に、新成人の大学生が訪ねてきました。早稲田・駒澤・東洋・神奈川・玉川の5大学で20歳以上の学生1000人にアンケートをとったところ、昨年12月の総選挙で「投票した29%」「投票しなかった70%」となった関心の低い状態を何とか自分たちで改善したいという話でした。 @hosakanobuto: 「投票しなかった」理由は、「政治についてよくわからない」(46%)、「政治について関心が少ないから」(32%)「投票場所まで行くのが面倒 場所がよくわからない」(19%) 当日はアルバイトしていた(2%)等だったそうです。5大学1000人投票にいかない70%・投票した30%の内訳 ということなのだそうだ。 ということは、大学生の半分以上は「政治はわからない、関心ない」という理由で、自分の未来を得体の知れないモノに丸投げした、ということなのだ。 大学生は人生の中で最も政治について考える時間があるはずなのに、何故「わからない、関心ない」になるのか。 私は自民・維新に流れた理由は、社会人が忙し過ぎて「わかりやすい主張」に「頼った」せいだと思っていた。しかし、そんな単純なことではないかもしれない。 そもそも最初から「政治と自分の人生をリンクさせて考える習慣」が無いからなのかもしれない。中学・高校で、討論の時間などは多分無いのだろう。その点で既に世界の教育の常識から離れている。教育を変えるべきだ。しかし、それでは今のところ展望は無いし(むしろ、反対の詰め込み教育にシフトしようとしているのではないか)、間に合わない。 ならば、どうするのか。 やはり、加藤周一のいう(力は無いけど潰されない)「日本の社会にある無数のサークル」が、少しづつ立ち上がるしかないのか。例えば「映画を見るために、少しだけ(憲法などについて)社会に発信する」とか。 大学生たちは、学生自ら「討論する企画」をどんどん立てて欲しい。そして、それをYouTubeとかでUPして欲しい。 社会人の「(力は無いけど潰されない)無数にあるサークル」も社会への発信を強めて行きたい。
2013年01月14日
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「非道に生きる」園子温 朝日出版社歯ぎしりで充血するくらいに「今にみてろよ」とお天道様にいびつな微笑みを返して生きることは、常に刹那でしか生きてこなかった証である。刹那によって、突き動かされてきたんだと思う。「刹那」とは僕にとってすでに日々の日常なんだ。(「はじめに」9p)彼の作品はまだ「ヒミズ」しか見ていない。「私と同年代(一歳年下)で、まだこんな人間がいたのか!」という言い方は説明不足なので、付け加えると、小学生で羽目を外し、主な洋画を全て観て、17歳で東京へ家出、そこで出会った女性に心中かレンタル家族になるかの選択を強いられる、「蛍雪時代」などに詩の投稿、特選常連に(私は選外の常連だった)、高校を出て飯を食うために統一教会と左翼団体に入る。そのあと、大学に入ってぴあのPFFに入選、一躍自主映画の監督として有名になったあとに、「東京ガガガ」などのパフォーマンスもしながら、長い「売れない時代」。私の世代で、まだこんなドラマのような半生を送った人間がいたのだ。人間は「時代」にある程度は規定されて生きる。青年の彼が生きた時、既に三里塚は壊滅寸前だったし、統一教会はヤバくなる寸前だった。世の中はしらけ世代が蔓延し、バブルのねーちゃんにーちゃんがうようよしていた。その中を彼は時代を栄養として「吸収」し、「染まる」ことなく疾走していたのだ。現代の彼も情報化時代を逆手にとって、時には時代を先取り、創造している様に見える。これからも、失敗はするかもしれないが、無視出来ないものを作り出すだろう。以外、幾つか印象に残った処。SMAPの「世界に一つだけの花」は、自分たちは特別なものであってもいいが、特殊なものではあってはならない、という世界なのだと彼は喝破する。「希望の国」では、先ず福島の人と溶け合った上で脚本に着手したという。福島以外に住む人々がテレビや雑誌や本でしか認識していない情報を、彼ら自身に体験させるということ。「僕らはみな、福島のことは知っているけど、経験はしていない」という事実に気づかせること。(115p)「ヒミズ」のラストは原作と変えた。「がんはれ東北」「がんはれ日本」と、無数の「頑張れ」が日本に溢れました。しかし、僕は「頑張れ」というのは誰でも言える、無責任で好ましくない言葉だとも思っていました。リアリティのある「頑張れ」の使い方にはどんなものがあるだろう。「ヒミズ」の制作中に僕はそう考える様になっていたのです。(126p)映画は巨大な質問状です。「こうですよ」という回答を与えるものではないと思うのです。(132p)日本人が真面目だ、と言いたいのではありません。一般のレンタルビデオ屋に巨大なAVコーナーがあるのは日本固有の文化です。あるいは日本の青年漫画雑誌には裸とセックスが氾濫しています。そのくせ、テレビには深夜になっても裸もセックスもほとんど出てこないし、映画も同じ。「文化」と欲望を極端に水と油の様に分けてしまったため、いびつになったのだと思います。(146p)今だって僕が面白いと思う映画を他の人があざ笑おうが、その映画をずっと評価し続ける。自分の映画の評判だってどうでもいい。僕が面白いんだから、それでいいのです。それが最も着実、確実に「面白いものを発見」できる方法です。(166p)2012年12月14日読了【後日譚】映画「希望の国」を観た。今までの映画で、支配的だった暴力描写は一切無くなった。テーマによって作り方を大きく変える事がわかった。
2013年01月14日
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「甘味辛味 業界紙時代の藤沢周平」藤沢周平 徳永文一 文春文庫文庫オリジナルである。よく知られたことであるが、藤沢周平は作家になる前は10年間「日本加工食品新聞」の編集長をしていた。この新聞社自体には14年間勤めていた。しかも直木賞を獲ってもなお、辞めるまで1年4ヶ月勤めたのである。当たり前だが、一号も欠かすことなく発行し続けた。当然記事も書く。天声人語に当たる「甘味辛味」はほとんど全部藤沢周平が書いた。その約500編のうち70編が精選されて文庫版になった。やっと、というべきだろう。小説では見られないハム・ソーセージ、食肉業界に気を配る藤沢周平いな、小菅留治がそこにいた。私などは「かの有名な渥美理論に、スーパーに喰われないためには、自分がスーパーになるのが1番というのがあるが」などという文章に出会ってビックリした。普通の人には渥美理論って何?という事になるかもしれないが、少しでも流通業に携わった者にとっては、ホントに有名な人なのである。他にも流通革命などに関連して「V・Cの意義」などという単語が説明無しに出てくる。V・Cとはボランタリー・チェーンのこと。メーカーが援助してチェーン化する。フランチャイズと良く比べられる。あゝ藤沢周平は業界の人だったのだと改めて思ったのだ。一方、誠実で筋を通す文章も所々見ることが出来たり、異常に(編集長コラムにしては)甲子園話題が多かったり、宅地の前の雑木林の鳥のことを書いたり、など藤沢周平らしさも見せる。例えば、業界新聞記者時代、畑を潰し大型化していく郷里の農業を憂いていた。「久しぶりに山形の田舎に帰ったが、その変貌ぶりは、ますます激しく驚くことばかりである」(昭和44年10月)「また田舎の話で気がひけるのだが、行くたびに変貌が極端なので」(昭和45年3月)。国策で借金をして大型化して、その挙句減反政策を受け入れる。米どころ山形の風景は40年代に変貌した。そして平成の今はTPPという究極の危機が訪れている。藤沢周平ならば、何と言うだろうか。なぜか文庫の半分は徳永文一氏の「業界紙時代の藤沢周平」という評伝が載っている。「甘味辛味」の解説という位置づけらしい。読んでノンフィクションとして私の評価は辛味である。半分近くの文章を、藤沢周平の刊行済みの自伝エッセイからとっている。思うに取材が足りない証拠だろう。読んで暫くして気がつくが、純粋な藤沢周平評伝ではない。売る為にこういう表題にしたのであろうが、正しくは「藤沢周平周辺の業界記者群像」とするべきだった。なぜか、食肉業界新聞記者には、作家志望が多かったようだ。その彼らの作家挫折物語を描いているからだ。その中で藤沢周平は出るべくして頭角を現したのだが、他の記者は早々に諦めるか、潰れていった。その哀感は、おそらく徳永文一氏本人のものなのかもしれない。だとすれば、徳永文一は藤沢周平にはならずにあと一歩で何度も何度も賞を逃がした竹田泰一なのだろうと思う。藤沢周平が仕事と作家を完全に両立させたことも凄いが、エピソードが満載の筈の現代を一切題材とせずにあえて困難な時代物に自分の位置を置いた事を、作家志望たちはもっと考えるべきだろう。2012年12月24日読了
2013年01月13日
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「葬神記 考古探偵一法師全の慧眼」化野燐 角川文庫実は、考古学をテーマにした推理小説をずっと探していたので、個人的には嬉しい。一法師探偵も言っているが、犯罪捜査の鑑識と発掘調査は似ているのである。鑑識だけでは無い、僅かな事実をもとに推理していく手法は、ほとんどそのまま考古学に応用出来るだろう。しかしながら、小説としては、残念な内容になっている。何処からか引き出して来たような伝説で無理やりネットパニックを演出。わざわざヤマを三つも盛り込む仕掛けを作っている。それよりか、登場人物を絞って魅力的な人物造形をするべきだった。確かに弥生時代は何故か偶像崇拝が無い。そこへ来て、あの魅力的な「発見」は普通の人はいざ知らず、私のような弥生時代ファンには、ドキドキする設定ではある。だからこそあのラスト、みーんな古屋を称えているのが、どうしても納得いかない(笑)。2012年12月7日読了
2013年01月12日
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「孤愁」稲見一良、小川竜生、真保裕一、高村薫、貫井徳郎、花村萬月ほか、角川書店北村薫のアンソロジー教室の本を読んで、アンソロジーを読みたくなった。図書館で目に付いたのがコレである。稲見一良や高村薫は好きだし、どうやら珍しいハードボイルド集らしい。読んでみるとなかなか良かった。 選者の特別な拘りで作った本ではなく、全てかつての角川月刊誌「野性時代」からとって来た短編集なのであるが、見事に「独身者のハードボイルド」がキーワードになっていた。もともとハードボイルドの主人公は独身者が多い、というかそればっかりだから当たり前なのだが、それでもハードボイルドではない登場人物や設定でも、ハードボイルドになるのだということを認識させてくれるということでも良かった。しがない経理のおばさんでも、独身女流作家でも十分ハードボイルドしているのである。独身者のアイロニー、淋しさ、ブライド、かっこよさ、かっこ悪さ、傷、様々な職業、なれのはて、がこういう色んなバリエーションで描かれると、ちょっと圧倒された。独身者のひとりとして。稲見さんの「曠野」は「セントメリーのリボン」にも載っていた作品だが、巻頭を飾って異彩を放っていた。注目すべきは高村薫の「日吉町クラブ」だった。読んだ覚えがない題名だと思ったら、まさしく単行本未収録作品だった。しかも、読んだら紛うことなき「レディ・ジョーカー」の先駆形だった。競馬場で知り合った4人の男。ある会社社長の誘拐を企てる。目的は身代金にあらず。誘拐の後、日数が経てば無事開放の予定。その四人が集まる経緯から、犯行の細かな計画まで実に詳細に描かれている。「レディ」を読んだ人なら、こちらも十分に楽しめる。そうそう、この本は既に絶版になっている。しかし、Amazon、楽天の古本には比較的安く出ていた。こういう類の本の運命としては、そんなモンだろう。2012年12月22日読了
2013年01月11日
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「平台がおまちかね」大崎梢 東京創元社出版社営業・井辻智紀業務日誌シリーズ第一弾、だそうです。正直、日常ミステリーとしては物足りない。日常ミステリは好きなんだけど、飛び切りの「謎」を用意して欲しいのは、私のわがままなんだろうか。けれども、それ以外は快調です。文章のテンポもキャラクターも素晴らしく、安心して読んでいられます。実は「成風堂」シリーズと間違って読んでしまったのですが、最後にちょっとリンクしてあって、そこもサービス精神があってGOODです。何よりも昔の憧れの出版社のお仕事小説として、情報量がたっぷり。お店のポップが出版社の営業の目に止まって、そこからベストセラーが生まれるという経緯は確かにあるかもしれない(本作の内容とは関係無いけど)。知らない世界を知ることは、やはり小説の醍醐味ですね。だから、リアルに営業くんの仕事ぶりが心配になってきたりする。この前、ある本が賞を獲った。それを朝刊で読んだ私は直ぐにAmazonで注文したのであるが、その時は2-3日後にお届けボタンだったのに、5日経っても発送されない。もちろん一挙に注文が殺到したためだろう。受賞の対象になっている時に、営業くんはいったい何処まで準備していたのであろうか。まさか、新聞発表の日に増刷の連絡していないだろうな、などと色々と推理するのである。一週間経っても発送されなければ、それで決まりだ。私は営業くんにバツを独り密かに贈るだろう。2012年12月18日読了【後日譚】その件の書名は云うまでもなく、大佛次郎論壇賞を獲った大島堅一氏の「原発のコスト」(岩波新書)である。新書は12月28日に届いた。奥付を見ると、12月14日に第二版を刷っている。増刷をして、手に届くまでまるまる二週間掛かった計算になる。それをもっと早く出来ないかどうかは私は判断出来ないが、早くして欲しかったという気持ちはあった(店での注文ならば更にかかっただろうから、これで良しとしなければならないかもしれない。因みに一週間後に岡山最大の丸善に行くと既に品切れだった)。賞の発表は14日だった。奥付を考えると、その前日くらいに発注した可能性がある。思うに発注のタイミングは努力したというべきだろう。私がAmazonに発注したのは、14日の午前だったのだが、その時に既に在庫が切れるという事態だけが恨まれるのである。
2013年01月10日
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「自分だけの一冊 北村薫のアンソロジー教室」新潮社新書これを読んだならば、とりあえずアンソロジーを作ってみよう、などと決意してしまう。まあ、そういう本です。小学生の時に自分の好きな作品を1番にもっていきたいがために、わざわざノートに書き写してアンソロジーを作った作者です。「(アンソロジーは)もちろん収録されている作品を読むものですが、同時に、あるいはそれ以上に、選者を読むもの」(47p)なのです。それから、作品の並びには連句の付け合いのようなものがあるという。だとすれば、時々アンソロジーを飛ばしながら読んでいたのは邪道であった、ということなのだろう。さて、以下私もアンソロジーを組んでみました。北村薫よりは「独創的」なのではないかと自負します(^_^;)。同じ作者の本は取り上げない、順番に注意する、ということを意識しました。題して「もしも私が弥生時代晩期をテーマに小説を書いたら」です。1.「戦争の考古学(佐原真の仕事4)」(岩波書店)2.「女の平和」アリストパネス 岩波文庫3.「ヤマト王権はいかにして始まったか」(学生社)4.「日本と朝鮮半島2000年(上)」日本放送出版協会5.「古代の日本と加耶」田中俊明 山川出版社6.「前方後円墳と吉備・大和」近藤義郎 吉備人出版社7.「吉備の弥生大首長墓・楯築弥生墳丘墓」福本明 新泉社8.「進化考古学の大冒険」松木武彦 新潮選書9.「もののけ姫」ジブリ10.「日御子」帚木蓬生 講談社11.「火炎 北の耀星アテルイ」高橋克彦 講談社文庫12.「水滸伝」北方謙三 集英社文庫13.「三酔人経綸問答」中江兆民 岩波文庫14.「獣の奏者 4 完結編」上橋菜穂子 講談社文庫2012年12月3日読了
2013年01月09日
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「ルポ イチエフ 福島第一原発レベル7の現場」布施祐仁 岩波書店「本当に浜通りが復興するのは、子ども達の世代になってから。彼らが、あまの俺らの年齢になった時、みんながんだ白血病だ、子どもが奇形児で生まれたなんていったら、復興もできねえ。そうなるとは限らないけど、ならないとも言えない。だから、子どもがいるやつは帰ってこないほうがいいと思ってる。俺は、子どももいねえし、ここまできたら自分の目で結末まで見届けたい」イチエフ、フクイチとは、福島第一原発のことだ(原発作業員はイチエフと呼ぶ)。近い将来作られるに違いない(作らないといけない)原発事故の映画には、現場作業員たちの活躍がメインでないと、リアリティが出ないだろうと思う。その時にセリフに採用出来る様な証言が、特に前半には散りばめられている。後半は一転して、異常な労働がレポートされる。ピンハネの仕組み(ほとんどの作業員が一日1万円-1万5千円しかもらっていないというから驚きだ)も凄いが、その原因はその原発労働ヒエラルキーにある。日立、東芝などの元請を頂点として地元登録業者の3次請、非登録業者の7次請までの構造である。偽装請負と違法派遣が恒常化している異常な状況が、この異常な原発事故労働でも全く改善されていないという「異常な状況」がレポートされる。労災隠しや被曝隠しも公然と行われている。「もうちょっと現場の人間が報われてもいいと思いますよね。線量パンクしたら使い捨てですから」私たちはまだまだ原発労働現場を知らない。もちろん私は今すぐ原発をゼロにしないといけないと思っている。そのことは、原発労働の仕事がこれから数十年間無くなることは意味しない。廃炉作業は多大な時間とコストを要するからだ。原発労働者の労組つくりの動きはわずかにあった。しかし、すぐに潰される。もし、下請労働者の組織つくりが成功しても、ヒエラルキーの上から仕事が降りなければそれで終いだからだ。だから、大手正社員の労組が作られ、それに非正規社員も参加するという形か、一挙に圧倒的な数の下請労働者の組織化がはかられるということが必要だ。と私は思う。それに組織つくりに世論の圧倒的支援が必要不可欠だろう。その芽は今のところ無い。だからこそ、この様なルポで、原発労働の「現場」の理解することはその出発点になるに違いない。いつの日か、一緒に手を携えて原発ゼロの運動が出来ないものか。2012年11月23日読了
2013年01月08日
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2012年劇場鑑賞数126本。とりあえず記録として、洋邦画併せてベストを発表しておきたいと思います。これをベスト5にまとめる作業が残っているのですが、邦画が良いのが多くて頭を悩ませています。でも、ベストワンは「レ・ミゼラブル」で決定です。正月映画ですから、まだ見ていない方は是非映画館で観て下さい。邦画Bestテン(暫定)1.夢売るふたり 2.わが母の記 3.ヒミズ 4.鍵泥棒のメソッド 5.終の信託 6.ALWAYS 三丁目の夕日'64 7.悪の教典 8.テルマエ・ロマエ 9.道-白磁の人 10.ニッポンの嘘 報道写真家福島菊次郎90歳邦画Bestテン短評夢売るはその完成度に唸った。母の記は何よりも樹木希林の怪演に。ヒミズには現代の神話を感じた。鍵泥棒は最も良質なコメディ。信託は後を引く問いかけ力。ALWAYSには今年1番泣いた。教典にエンタメの可能性。テルマエはヒットの功績で。道を観てソウルの墓へ行った。そして、菊次郎は今度の総選挙結果を見てこう言ったという。ある人のツイートからコピーします。@asama888: 昨日、92歳の福島菊次郎さんに電話して総選挙について聞いた。「自民は長いこと平和憲法を変えたいと思っていたが国民を怖れていた。今は戦争やりたいやつばかりで戦争を反省していない。アジア蔑視感がまだある。経済が行き詰まっている時に戦争が起きる」。菊次郎さんの心配を共有しないと。今年度洋画Bestテン(暫定)1.レ・ミゼラブル2.ダークナイト・ライジング3.少年と自転車4.高地戦5.ポエトリー6.シャーロックホームズ7.捜査官X8.メランコリア9.永遠の僕たち10.ニューイヤーズ・イヴ洋画Bestテン短評レ・ミゼは文句なく洋邦併せて今年Bestワン。私のミュージカル嫌いを克服させたのが大きかった。2.3.4が横一線で迷ったが、「ダークナイト」三部作全体を評価した。少年はセリフに無い思いがどんどん伝わる。高地戦は涙を排して戦争批判に徹した。ボエトリーは監督の新たな高み。ホームズのエンタメ。捜査官のエンタメ。メンランコリアは滅亡モノの最高峰。永遠の瑞々しさ。洋画の方が低調で選ぶのに苦労はなかった。ニューイヤーズは年越し映画の新定番になるかも。作品の詳しい映画評価は、カテゴリーの洋画(2012~)を見て下さい。
2013年01月06日
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明けましておめでとうございます。今ごろですが(^_^;)韓国釜山、海雲台での日の出です。5日に、寒い国から帰って来ました。前日ほとんど寝てないのに、マイナス10度の一日中寒い中を歩き回るということをやり、さすがの私も体調を崩しました(今は大丈夫です)。それとは関係無く、今回の旅は、最後の最後の日で今までの旅の「まとめ」みたいな様相を呈しましたが、それが記事になるのはこれから約半年後(←なんなんだ)です(^_^;)。ちなみに、韓国年越しをしていた間、AKBが総出演してSKBも初出演する紅白も、AKB初アニメも録画して出たので安心していたのに、「録画」ではなく、「視聴」ボタンを押していたという、初ガッカリをしてしまった私でした(^ー゜)。今年もよろしくお願いします。
2013年01月06日
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