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昨日は息子の学校の家庭訪問。入学して半月余り、普通に学校には行っているし特別問題は無いのだが、初めての事でそわそわ、どきどき。子供のころは、先生や親に何を言われるか心配でドキドキしたが、親はもっとドキドキしていたのだとはじめて気づく。 人は初めての事に接した時、吸収、肯定するのに時間がかかる。下手をすると否定してしまう。人は何かあると○×でジャッジする。わからない事は×になる。本当は△でも、わからないでも良いのに、どちらかに決めてしまおうとする。だから受け入れない事、否定する事が増えてしまう。自分と違うものに触れた時も同じ。いわば縄張りのようなもの。縄張りが広すぎると生きづらくなってしまう。違ったものもある。△やわからないもOKと割り切ること。 話は戻るが、家庭訪問。妻の同僚情報では最近の家庭訪問は玄関先だけと聞いていたのだが、うちの学校は部屋に入られる。伝統らしくほとんどの先生がそうするとの事。PTA関係の知人にギリギリになって聞いた。最初から同じ学校の人に聞くべきだった。部屋に入ると聞いた瞬間から、妻と私は思考停止、今どきあり得ないと反発。まさしく初めての事を完全否定。 それでも当日はお茶とお菓子を用意し、出来る限り部屋を掃除し片づけ先生をお迎え。案ずる事もなく、あっさり6分間で終了。わかっていても心躍る?騒ぐ一日でした。 ちなみに知人にはTOMが主役みたいと笑われました(笑)
2011年04月28日
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俳優の田中実さんが、自ら命を絶たれた。ご冥福をお祈りします。報道では、遺書もない。仕事は半年先まで埋まっている。子煩悩で家族仲は良い。金銭トラブルもない。健康上も問題ない様子。自死を選んだ理由がわからないとのこと。まわりに相談もなかった。しいて言えば直近のブログで、思考の部分の秘めた思いを暗示するものがあった程度と言う。 残念ながら、悩みがあり、相談出来たなら亡くなる事は無かっただろう。逆を言えばそぶりを出す事すらできなかったから死と言う選択をしてしまった。 自死未遂と自死の違いはほとんどの場合、サインを出しているか出していないか。きつい事かも知れないが自死未遂はまだ死にたくない。わかってほしい状態。自死はそれすらも迷惑と思ってしまうほど自分を責めている状態。 自死は止められない。あとは周りの遺族のケア。周りは助けられなかった事を、自分のせいだと責めてしまう。止められるとすれば後追いを止めるだけ。 悩みを打ち明けられる場所や、人が増えないといけない。日本は先進国中ワーストの自死大国。私の師匠はコンビニくらい相談する場所があれば、増えればと思っている。 悩まなければ良いと思うかもしれない。しかし残念ながら人とかかわる以上、悩みが尽きる事は無い。悩みを軽くするお手伝いは出来る。
2011年04月27日
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よく「腫れ物に触るように」人を扱うとか言う。とっつきにくい、おっかなびっくり接する。思春期の子供、感情の起伏の激しい人、当たり散らす上司とか。 では、腫れ物に触るように接するとどうなるのか?見事に立派な腫れ物が出来上がる。腫れ物に触るように接すると、腫れ物が出来あがるのである。ある意味思いはかなうのである。だって、腫れ物に触る接し方をしたのだから。 腫れ物の方たちはどうして欲しかったのだろう。体の腫れ物もそうだが、腫れ物(炎症)は、そこで異常が起きているというSOS.SOSならば気にとめてケアする必要がある。しかし人は腫れ物に触れようとしない。距離を置くのである。見てほしい、わかってほしいのに距離を置く。それでは腫れ物が治るはずない。近寄って、うわべでなく、本音で接する。本気で覚悟する。そうすれば、相手は心を開く。100%理解することは出来なくても、理解しようと言う姿を見せる。逃げない事。根気よく続けること。そうすればハレは治まって行くはず。大丈夫!
2011年04月27日
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病床からメッセージを残された田中好子さん。体調が良いときに録ったとの事だったが、声はかなりきつそう。ご自身が進行の進んだがんにも関わらず、震災の被災者を思い、何か出来る事はないかと考えておられた。周りのみんなにも気を遣い、感謝の気持ちを持っておられた。テレビで音声を聞いて涙が出てきた。頑張るすぎるくらい頑張った好子さんの人柄がひしひしと伝わってきた。聴いていて痛々しかった。 しかし、救いは、音声の中で弱音を吐いた事。女優をやりたいとか、しなければならない事でなく、やりたい事がメッセージで残った事。人との約束でなく自分の約束を守る。自分らしさを、もう少したくさん、もう少し早く出せていたなら・・・。人生にタラレバは無いが・・・。ご冥福をお祈りします。
2011年04月26日
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昨日、土曜日は息子の小学校で学習公開。そしてPTA総会。学年懇談会。夜はPTA歓送迎会。学習公開。自分たちのころは授業参観。入学したての1年生だけあって、授業と言うよりは、おべんきょう。幼稚園や保育園との境目がないくらい。先生は大変だと思う。うちの息子は親のほうばかり振り向き、集中力ゼロ。まあ、うちだけではなかったが、そんなものかと自分に言い聞かせる。先生お疲れ様。そしてPTA総会。役員紹介で前に出るので最前列に座っていると、後ろが騒がしい。仲の良いお母さん方がしゃべり倒している。これでは子供たちが授業に集中するはずもなく現状に納得。子供は親の言うようにではなくしたように育つ。そんな中でも新役員や予算も承認され滞りなく終了。その後各学年に分かれ学年懇談会。PTA1学年長である私の初仕事。学年懇談会の司会進行。大勢のご父兄の前ながら、和やかでスムーズな進行ができた。先生の話がちょっと長く少し時間オーバーしたが、一役を終えた。 ところが、終了後の1学年の役員の役決めでもめた。やりたいオーラが見え隠れするお母さんがいたが、挙手がなかったり、都合が悪いオーラを出しまくるお母さんがいたり。人前で話すのは何ともないが、決めごとをまとめるのは苦手。それでも皆さんに協力頂き何とか終了。 そして、夕方からはPTA歓送迎会。退任、転出された先生と、新任、転入された先生の歓送迎会。1学年の先生方と、PTA副学年長と同じテーブル。予想していた」よりも和やかで、気を遣うこともなく、あっという間に2時間終了。PTAと学校の関係が良好である証拠か。二次会でもPTA執行部とかなりの先生方も参加し、一次会にも増し素の先生を見る事が出来た。しいて言えば執行部の結束が固すぎて一般役員が溶け込めなかったくらいか。自分の場合は執行部に知人がいるので何とかなったが。 土曜登校だったので、朝のお弁当作りから二次会まで、長い一日が終了。今日は結構二日酔い。
2011年04月24日
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田中好子さんの訃報、驚きました。長年、がんとの闘病を続けておられたとのこと。そんな間も女優に、福祉活動に精力的だったとのこと。ご冥福をお祈りします。田中好子さんがどんな方かは、知る由もありませんが、自分にとても厳しい方と言うのは推測できます。諏訪中央病院の鎌田實さんの著書で「がんばらない」と言うのがありますが、頑張るなとは言いませんが、頑張りすぎないでと言いたい。私の心理学の師匠、長谷川泰三は「許しは人のためならず」(注:一般的には情けはですので悪しからず)と言う。頑張りすぎている人は、自分を許していない。一面では人を責めているように見えるが、内心、それ以上に自分を責めている事が多い。お互いを許すことで、肩の荷を少しおろそう。適度なストレスは必要だが過度のストレスは害。自覚症状のない人には周りが気づいてあげよう。違和感を覚えるくらい頑張っている人。お互いを許しましょう。そのままでいい。そのままがいい。誰かと比べる必要はない。ビリージョエルの素顔のままでが聴きたくなってきた。
2011年04月22日
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将来に向け新たな一歩。と言うと大げさですが介護職員基礎講座なる就職支援を受講すべく面接を受けてきました。 高校を卒業してからほとんど営業職。向いているかはわからないが、それしか出来ないと思いこみ生きてきた。甘いと言われるかも知れないが、売り手と買い手のギャップに悩んだ事もあった。本当に意味があるのか自民自答した。世の中は不条理。営業職でなくても問題は残るだろう。でも、物売りではないとは思った。これからは自分を売り込まなければならない。ある意味今まで以上に厳しい。厳しい事がいやなのではない。自分に納得したいだけ。 話は戻るが、「介護職員基礎講座」とは聞きなれない言葉。ハローワークで募集要綱を見るまで知らなかった。ヘルパー1級よりも上位の資格。ヘルパー2級であれば、3か月の講習で取れるが、この講座は6カ月500時間。介護実習も18日ある。即戦力を期待した資格。受講のための選考は、適性検査、作文、集団面接。適性検査では加減乗除の計算や4語句から同義語、対義語を選択するなど4項目の検査。限られた時間で早さと正確さを要求される。頭が固くなっている自分は問題の半分くらいしか祈祷できなかったが周りも似たようなレベルとの様子でひとまず安心。あとは作文と面接。これはぼちぼち出来たと思う。雇用保険を受給しながら受講するので、生半可な気持ちで受講されては困るのだろう。さりとて常に求人不足の職種。よほどの問題がない限り大丈夫だとは思うが。昨年の講座は定員に対し2倍の申し込みだったが今回はまだ、追加募集もしている。自分よりも年配の男性もいたが、帰りに開校日に再会しようとあいさつを交わす。受講希望者の中に知人がいて、声をかけられた。偶然のご縁にびっくり。 開校日、志のある皆さんとご一緒したい。
2011年04月21日
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犠牲人生に犠牲はつきもの。犠牲の上にしか幸せは成り立たない。と思っている人は多い。ある意味戒めとして、自覚があればいいとは思う。でも、無意識レベルで犠牲をしないと幸せになれないと思っていたら・・・相手との間に犠牲があり、相手もそれを認識していたら、相手は幸せになれるだろうか。自分は犠牲になってでも、相手さえ幸せになれば・・・。相手は、重いと思うか、罪悪感を持つか、役立たずと思うか、いずれかだと思う。苦しい事も、楽しい事も分かち合ってこそ幸せは感じられる。逆の立場を考えればわかるだろう。犠牲の上に幸せは成り立たない。
2011年04月20日
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子供が小学校に行き始めて10日余り。先日、校区に不審者が出たとのこと。また、通っている小学校では、集団登校はしていないのだが、父兄から集団登校をしてほしいと要望が出ている。少しでも安全を担保したい親とすれば当然かもしれない。少しでも危険を排除したいと思うのは親なら誰しも同じだとは思う。 しかし、残念ながら全ての危険を排除することは出来ない。今朝も、栃木県で集団登校の子供の列に大型クレーンが突っ込んだ報道があった。無論、運転手の過失だろうが起こったものをなかった事には出来ない。親にすれば、子供自身で身を守るすべを一つでも多く身につけさせ、あとは願うだけ。大丈夫だと信じるだけ。自分を含めいつどこで何が起こるかわからない。息子だが箱入りにしないこと。
2011年04月18日
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心理学と言うと見透かされるとか、なにかコントロールされるようなイメージがあるらしい。 確かに本屋に行くと「~できる心理学」とか、「相手を~できる心理学」みたいな本が並んでいる。真偽のほどは別として自分が学んできた心理学は、相手がなぜそんな事をするのか、そんな考えなのか。自分がどうしてそうしてしまうのか。行動、言動のなぜをひもといていく。相手を変えるkとは出来ない。自分の受取り方が変われば、目の前の事実は変わらなくても現実は変わる。自分を理解すること。そして相手を理解すること。全て理解できなくてもそうしようとすることで距離が近くなる。あいつはおかしい、わからない。ではなくなぜそうなんだろうと思うだけで良い。自分だって、わかってほしいと思うのと同じで、相手だってわかってほしい。お互いさまである。 でも今問題なのは、相手よりも、自分をわかっていないこと。厳しい世の中ゆえ自分に向き合い、自分を理解しようとしていない。教育や常識、世間体などで自分を縛っている。自分を理解してそのうえで我慢しているなら良いが、我慢した事すら忘れていたら、問題を問題と認識していないのと同じ。思い通りになるならないは別として見つめる時間が必要dと思う。どうやって見つめるかというと、1日なり1週間の行動を書き出し、その行動がやりたい事か、やらねばならない事か確認する。やらねばならない事が多い時は、自分との約束を守っていないと言う事。自分との約束の比率を上げれば楽になるはず。自分が楽になれば、相手を責める事も減る。自分が変われば結果相手も変わるのである。
2011年04月18日
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昨日も学校へ。私はPTAの1学年長になったのだが、副学年長さんと一緒に、学年主任の先生にごあいさつ。先生に役員名簿をお渡しし、打ち合わせ。まずは23日に行われる学年懇談会の打ち合わせ。昨年の役員から頂いたレジメを修正し提出。役員あいさつの後、各担任あいさつ、そして学年主任による教育方針発表。最後に質疑応答。毎年の流れ通りで決定。PTA執行部以外で男性がかかわるのは珍しいのか、先生も戸惑い半分、期待半分。 自分自身が、なぜここまで子供の事にかかわるのか。私は子供が小さいときから、「いつ自分がいなくなっても良いように、出来る出来ないは別として、厳しくしつける」と言い続けてきた。その理由は自分が小学校1年の時に父を亡くしているから。 自分が父みたいに亡くなるのではという根拠のない不安。小学校以降父がいなかったので、それ以降自分自身がどう接すれば良いのかわからない不安。そして自分がさみしかった体験を子供にはさせたくないという心理から。あまりにも父といた時間が短いので、寂しいと言う感覚すら忘れていたが、無意識の中で極端に係わる事をしてしまうのだろう。係わる事は良い事なので力まずに、なるべく自然体でいきたい。
2011年04月14日
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昨日は、うつの自助グループに会に参加。ボランティアでサポートしてます。これで3回目の出席になりますが、昨日の参加者は11名。 うつの原因はストレスを始めいろいろなものがあります。参加されている方は比較的軽い方。もしくは軽くなりつつある方。大変な方は、そこに参加する事すら難しい。そして一概には言えないが、皆さん真面目。さらに、何か誰かの役に立たなければならないと思っているし、現状、役に立っていないと思っている。自分を責め、周りを責めている。生きている中で、思い通りの事、思いと少し異なる事、思いとまったく異なるもしくは思いを否定された事に分けられると思うが、状態が厳しいときには、思いと異なったり否定された事ばかり気になる。思考のほとんどが埋め尽くされてしまう。自分自身が自分を含め全てを否定している状態。それはつらい。 難しいかもしれないが、少しずつでも自分や周りを認める。自分や周りを許す。自分をほめる。人にほめてもらう。自身の性格は取り方次第。優柔不断で人に流されやすいと思っているけど、別の見方をすれば、共感能力が高いともとれる。自分の思い込みを変えるのはなかなか難しいが、誰かに助けてもらえば楽になれる。 何かをしないと役に立たないと思っている人が、誰かに助けを求めるとき、迷惑ではと考えるが、助けを求められると言うのは、求められた側が役に立っているという事。相手がいて初めて役に立つのだから助けを求めたほうも、役に立っているのである。 もっと、もっと受け取ってほしい。そして受け取ったならば、ごめんなさいではなく「ありがとう」と言えばすべてOKになる。自己を卑下せず受け取ってほしい。
2011年04月13日
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昨日、3・11の余震とみられる地震が起こった。今朝も震度5強の地震があった。 3・11の地震のマグニチュードは9。昨日の余震のマグニチュードは7クラス。昨日の地震だけ見れば、十分大きな地震。昨日の地震を始まりと見れば、もっと大きな地震が来るとさえ思える。 では、それは地震だけか。人生全て見かた次第で変わる。現状が同じでも変わる。やりたい事が100あって、30しか出来なかった事が60出来たらうれしいと思う。やらなければならなかった事が100あって、80しか出来なかったら、大変と思うし、まして60しか出来なかったら、この世の終わりと思うかも知れない。ある人にとっては、大した事無くても、別の人にとっては大変な事かも知れない。 現状が変わらなくても、感じ方次第で変わるなら、どちらを選びますか。どちらを選んでも自由。 壁にぶち当たって砕けるのも人生。壁をそらして、今できる事をとりあえずやるのも人生。 苦労しないと幸せになれないなんて誰が言ったの。 何もしなくて良いとは言わないが、楽しく出来る事を出来るだけやれば良いと思う。
2011年04月12日
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息子の小学校のPTA役員になりました。PTA役員って、自分が子供のころは、教育ママや町内のちょっとお金持ちのうちの人がなっていたようなイメージが強いのですが、今は一人の子供に対し一度は役員をやるとのことで、みんなが持ち回りでやっているみたいです。小さい学年の時に済ませたほうが楽との情報を素直に受け止め、さっそく参加しました。 全体役員会当日、1学年の役職を決めるのに、誰も挙手せずくじ引きになったのですが当日欠席の委員の方に副学年長があたったので、それはどうかと意見したところ、副学年長どころか、学年長をやることになってしまいました。保育園の時に父母会役員をやていたので、抵抗はあったものの、軽い気持ちで引き受けました。 ところが、引き継ぎに入ったとたん、仕事量の多さと手間にびっくり。ちょっと後悔しています。 でも、保育園時代の役員仲間がいるので、なんとか頑張ろうと思います。同じ保育園から入学した児童は十分の一位なのに、保育園出身の役員比率が高い。子供の兄弟がいないので、学校内のネットワーク作りのためには早い段階での参加はいいことと思いまずは名簿づくりからとりかかってます。 前年、前々年のファイルやデータも頂きましたがみんなすごすぎる。 勉強嫌い、いじめ、不登校と学校嫌いだった私がPTA役員として多々学校に出入りすることになろうとは。不思議なものである。
2011年04月11日
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責任。責めを任される、責めを任せると書く。なんだか重い感じがする。自分のせい、誰かのせいみたいな感じで、どちらかのせいにして片づけるようン感じ。仕事で言うと辞めるみたいな感じ。でも、本当の意味は「反応責任」「説明責任」。物事に対して選択、判断すること。そして、理由があること。説明できること。こういう理由でこうしたみたいなこと。その内容に合っているも間違っているもない、自分が自分であるということ。ただそれだけ。 反応責任、説明責任が責任。他の人からみt、他の立場からみて、都合がいいか悪いかは別の話で合っている、間違っているとは違う。人とかかわって責任が変わってもいいし変わらなくてもいい。
2011年04月08日
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昨日は、息子の入学式の後、富山市民プラザでてんつくマンの書き下ろしと、てんつく、田中優さんの講演会イベントで、ブース出展。カードセラピーをさせていただきました。 息子の入学式と写真撮影後すぐ駆けつけたのでスーツ姿。ちょっと場違い。そして仲間から「何張り切ってスーツなの」とからかわれる。それはいいのだが、周りのブースにはお客さんがいるのに、自分のところには来ない。心理と名前がつくと、不安な感情がよぎるのだろうか。それでも一人の男性が目の前に座った。カードを引いてもらい、内容を説明。思うところがあったようで、ご自身のことも少し話された。そして良い感じで終了。その後、しばらくして遊書家の大蔵さんや知り合いの会場スタッフが、お客さんを連れて来てくれた。二人とも「良く当たる」と紹介してくれた。当たり外れの占いではないのだがありがたかった。そしてお客さんもも満足され握手を求められる方も。知人友人も受けてくれた。小さな女の子が興味津津でお母さんの手を引いてきてくれた。さすがに4歳の子にするわけにはいかないが、遊びで引いてもらいお母さんに説明。お母さんがとても腑に落ちたみたいで今度はお母さんが引く。とても楽になったみたいで、涙ながらに感謝された。初対面でほんの数分で心を開いてくださる。そこには、信用でなく何か信頼を頂いたゆえがあるからだと思う。本当にありがたい。信用とは数字や裏付けが前提にあるもの。信頼は根拠は無く、なにか思えるもの。自分がセラピーをやって、お役に立てた感が増える事によって、きっと信頼の貯金が増すのだと思う。イベントを企画しチャンスを頂いた向さんに感謝。お客さんに感謝。ありがとう。
2011年04月07日
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4月6日息子の入学式31年前に卒業した母校に息子が入学する。自分が通っていた前後に完成した校舎。多少の手直しはされているものの、昔と変わらない校舎。なつかしい。体育館で入学式が始まった。そして校歌斉唱。今風の新しい校歌に変わる学校もある中昔と同じ校歌。思わず一緒に歌う。感慨深い。 入学式の後、教室に通される。1年1組。私が子供のころは42~43人だったと思うが今は35人。教室を見渡すと、よくもまあそんな人数が入ったと思う。今は35人学級であと3名増えると3クラスから4クラスに増えるという。児童の人数は減っても、仕事量は増えているみたいで先生は大変そう。いろいろな子供、いろいろな親がいるので腫れ物に触る感じで、気を遣いすぎる感がある。モンスターペアレントや学級崩壊が言われる中で、仕方ないのかも知れないが心理学的に言うと、腫れ物に触るような対応をすると、見事に腫れものが出来あがる。息子がスタートラインに立ったのだが、親もスタートライン。低学年のうちにPTA役員をやったほうが楽との教えを守り、役員立候補。執行部に知りあいもいるので、早い段階でパイプを作り、少しでも事情を知りたいので積極的に参加。今週末に1回目の役員会。小学生のパパスタート
2011年04月07日
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役割男の役割、女の役割、大人の役割、子供の役割、上司の役割、部下の役割、社長の役割、夫の役割、妻の役割。人にはいくつもの役割がある。複数の人がいるときに役割ができると思う。役割分担とも言うが、すべて一人でやるより、分担したほうが、得手不得手や効率が良いからだろう。 役割を否定するわけではないが、役割を意識しすぎると、どうだろう。よく、主婦を時給に例えるととか言われる。確かに、食事、洗濯、掃除、買い物、その他時間拘束や労働量は多いと思う。頭が下がる。ましてや、共稼ぎとなればなおのこと。さらに子供ができ母親の役割が増えればさらに大変。しかし、役割をすrために主婦や親になるのではない。好きだから結婚するし、結果親にもなるのである。本当に欲しいのは役割ではなく、役に立つ実感が欲しいのである。人は役に立つところには、近寄りたくなり、役に立たないと思うところからは遠ざかりたくなる。役割と役立つ実感が同じならば問題ないが、同じでない場合、役割を演じてしまうのである。その時の気持ちはうれしくないし、役立たずと思ってしまう。 少しでもできる事を見つけ、役に立っている実感を持つこと。それと、役に立つことと言うのは、何かをしてあげる事だけではない事を思うこと。いるだけでも、話を聞くだけでも助けてという事さえ、相手にとって役に立つのである。役に立てればうれしいし、もっとしたくなる。~すべきでなく、~したい。それをたくさん見つけること。それは自分がyくわかっているし、すでに持っているはず。自身がそれを見ていないだけ。
2011年04月05日
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金曜の夜と土曜の夜、路上詩人stoshiと、金沢片町で路上カードセラピー。震災の自粛ムードからか、人通りは少ないとのことだった。そして、セラピーの結果は、金曜日の1名のみ。1名の方はsatoshiの知人の方。その方自身はカードの内容に共感され、納得された様子。セッションの内容はさておき、もう少し、興味を持ってくださる方がいてもと思ったが、現実がすべて。2日目はカードの内容を書いたボードで目立つようにした。 うまくいかないから工夫する。それでもだめならまた工夫すればいい。 あと、うれしかったのが、心理学仲間のひでさんが2日間、そばにいてくれた。そして、satoshiと自分の姿を見て、ひでさん自身も路上に出る決心をした。そういう意味では、絆と後押しを実感できた週末。やってよかった。心が軽くなったり、一歩前に踏み出すことができたり、ちょっとずつ、ちょっとずつ。昨日よりも今日、今日より明日。心が喜ぶほうへ。satoshiさん、ひでさん、ありがとう
2011年04月03日
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昨晩と今晩、金沢片町で、路上詩人satoshiとコラボ。夜9時くらいから座ってます。カードセラピーやってます。昨日は昼間は暖かかったけど夜はさすがに冷え込みました。富山の町に比べると人通りは多いものの、自粛ムードか通常より人は少ないとのこと。 路上詩人satoshiには何名かお客さんがありましたが、自分のほうは1名のみ。書き下ろしと違い、何をやっているか伝わりにくいし、最初からはそんなには来ないとも思う。でも、少しでも目立つように、カードを拡大コピーし、額に入れました。今日は何人のお客様と出会えるのか。修行は始まったばかり。修行、修行一人でも多くの笑顔とかかわれますように。ありがとう。行ってきます。
2011年04月02日
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人は日々選択の毎日。今日のお昼、カレーにするかラーメンにするか。そんなことから、仕事、結婚、人間関係その他もろもろ。選択しない瞬間は無いくらいすべて選択。そしてその選択は、その瞬間、知りうる限りの情報をフルに活用し、必ず良いほうを選択している。 だから、あの時~したらとか、~ればと思うことがあるがタラレバはない。全てOKいま、うまくいっていないと思うことも、将来振り返ってみればすべてOK。いま、選択を迷っていても、自分を信じて選択すればいい。いま、大きな選択だと思っていても、未来から見ればお昼にカレーを食べるかラーメンを食べるか位の事。直感を信じて選択すれば大丈夫!
2011年04月01日
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