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昨日に続き罪悪感の話。昨日は原発事故などの例をあげたので、実際、問題はあったと思うのだが、心理学で使う罪悪感とは、「誰かから罰せられるような気がする」こと。本人がそう感じるのであって、ほとんどの場合、本人が思うほどの問題はない。 たとえば、小さいときに体が弱く、両親にしょっちゅう病院に連れて行ってもらった。親に迷惑をかけた。そう思っている。それは迷惑ではない。具合が悪くなれば心配し、良くなれば安堵する。子供の元気な姿で全て解決するのである。 他には、自分が禁止していること。「あんなやつにはなるもんか」とか「ああはなりたくない」と思っているときに、10分の1でも禁止している事をやってしまったときに、誰かから罰せられるよな感じがする。自分が何か(だれか)を責めた分、自分も責められるような気がするのである。 観念の多い人(~すべき。~すべきでない)は、そこから少しでも外れると自分で自分を責める傾向にある。 観念は自分を守るために創りだしたもの。良い悪いは無い。ただし、がんじがらめになると動けなくなる。それと周りが変化したときに、観念も変化しなくてはならないのに、自分を守った成功体験から変えにくい。変わりにくい。 人とかかわって、なぜそうなのかと感じたときにそうなった理由を、いったん考えたり、率直に聞いたりすると、観念の違いに気づくはず。そうなれば責めたり責められたりが無くなるので罪悪感も減ると思う。 心理学は相手を読んでコントロールするのではなく、少しでも相手を理解すること。理解が進めば人間関係がスムーズになる。
2011年03月31日
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日々、原発事故の一進一退の状況が報道されていますが、妻と話していて、妻が「どうして認めて謝れないの?」と言った。 小さなことは謝れるけど、大きなことは謝れない。なぜなら、許されないと思っているから。道を歩いていて、ちょっとぶつかったら、普通にごめんなさいと言える。でも、ぶつかった拍子に車道に倒れて、車にぶつかったらどうだろう。ごめんなさいでは済まされないと思い、自分は悪くないと主張するだろう。なぜなら、許されないと思っているから。今までの人生全てを失ってしまう気がするから。会ってはならないが、ひき逃げもそう。やってしまったことがいけない事だとは分かっている。でも認めたら全てを失う気がして、逃げてしまう。結果、もっと大きな代償を払う事になってしまうのだが。その時は認めない事で身を守ろうとする。某電力会社の社長が体調不良で表に出て来ないが許されない、全てを失うと思っているのだろう。 しかし、認めて謝ってほしい。そしてより良い対応をしてほしい。だって本当はだれも責める事ができないはずだから。大切なものと引き換えに豊かさ(本物の豊かさかどうかは別として)を享受してきて、正確な情報を得ていたかは別として、問題を直視して来なかったから。 誰かを責めているときは、自分は変化(進化)しない。問題が外にあると思っているから。責めることで変化を求めても人が変わるとは思えない。だって責められた人は思うはず。自分は悪くないと。 100:0はない。ならば罪悪感で責めるのでなく、互いを認め、互いをゆるし、出来る事から動くことだと思う。
2011年03月30日
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テレビで、東北のアンテナショップがはやっていて、野菜なんかも昨年より売れているとのこと。 原発事故から、ホウレン草や原乳など、放射能の反応が基準値を超えたものが、出荷停止になっている。その地域の他の作物まで、風評被害で売れなかったりタダ同然の安値だったりする。消費者も、その地区の作物は、ホウレン草などでなくても、買い控えをする人もいる。どちらがいいとか悪いとか言うつもりはない。それぞれの判断でいいと思う。 事実は、地震が起こり、津波が起こり、原発から放射性物質が漏れた。そして、その周辺の野菜などから通常を超える放射能物質が検出されたということ。 現実は、買い控えをする人。安く仕入れる人。応援してたくさん買う人。批判する人。無関心な人。 人は、~があったからこうなったとか言う。でも、同じ事柄でも、人それぞれ感じて行動することは違う。どんな事柄でも選択しているは自分自身。事柄が原因ではない。 交通事故を起こして、命が助かったと喜ぶ人もいれば、修理費十万円かかり、家族に叱られるのではと思い、思いつめて自殺まで考える人もいる。 事故が自殺につながるのではなく、事故と過去の何かを結びつけ、全てそうだと、自分ばかりが不幸だと思いこんでしまう。被害者のうちは、進化出来ない。つらい時は逃げてもいい。でも、変わりたいと思うのであれば、自分の行動(体験)に責任をもつしかない。人を変えるのは難しい。
2011年03月29日
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土曜日から、妻の兄家族が、東京から富山へ遊びに来ていた。今日午前中に東京に戻る。 中学生の姪と小学生の甥がいる。うちの息子とは久しぶりに会った。下の甥とは1歳しか離れていないが、相手は小学生。保育園の息子とは差があるのでは無いかと思っていた。最近はこてこての富山弁を話す息子と会話がかみ合うか不安だった。 出会って3分。あっという間に不安は払拭された。子供達は自由。まる2日間はじけまくっていた。子供にバリアは無かった。 大人は、こうあるべきとか、ここまでにしておこうとかいろいろガードをする。それは、過去の経験や失敗から、学んだ観念という心を守るもの。失敗から学んだ知恵。観念が悪いわけではない。しかし、あるときに役に立った観念が今役に立つとは限らない。昔、似合った学生服が今も似合うとは限らないのと同じ事。常に進化している。 昔と似たようなことでも、昔と似ているだけで同じではない。ならば、対応も異なってしかるべき。結局は常に新しい道。 子供は常に新しいことにチャレンジしている。大人も、観念とうまく付き合いながら、新しい明日に向かっていきたい。
2011年03月28日
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私が教わった心理学では、「全てのことに意味がありそれを選択している」が前提。今日テレビを見ていて、新築して引越しの最中に津波にあった方がインタビューを受けていた。近所に住んでいた両親も同居しようとしていた矢先、両親は津波に流され行方不明。このことをどうとらえればいいのか。カウンセラーやヒーラーは、本当の意味で、その人の感情の全てを理解することは出来ないし、代わってあげる事も出来ない。自分がその報道を見て、無力感を感じても、実際に被災された本人はどう感じてるかはわからない。ただ出来る事は、その方が、事実を受け止め(受け入れるではない)、何か感じた時、行動しようと思った時は、手を貸すことは出来る。 立ち直らせることなんてできない。立ち直ろうとした時その速度を速くするお手伝いは出来る。ただそれだけ。
2011年03月25日
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先日も変化について書いたが、今日また書こうと思う。今日、お世話になっているヒーラーの方と会った。今回の地震、津波そして原発のこと。いろいろ感じておられた。 どこかの知事で天罰といった方がおられたが、実際に被災された方にはとんでもない話だが、まったく間違っているとは思えない。利益、効率、利便性。いろいろな欲が高まりすぎて、大切な何か。感謝を忘れていたのかも知れない。感謝の対義語は「無関心」「当たり前」たとえば、子供が生まれる時、親は「無事生まれてくれればいい」とだけ思っている。ところが、大きくなるにつれ早く歩いたとか、早くおむつが取れたとか、上手にしゃべったとか。学生になれば、勉強ができるとか、運動ができるとか、容姿がいいとか。誰かと比べて悩み、苦しみ、不満を言う。どんどん欲が増していく。人間無欲にはなれない。しかし感謝を忘れてはいけない。そんなときの震災だったと思う。当たり前を見直す時期。ありがたさをかみしめる時期。ちょっとのことでは気づく事が出来なかった、神様からのメッセージかもしれない。鳥インフルエンザ、新型インフルエンザ、口蹄疫、各国での災害。それでも気付かなかった。代償は大きすぎるが今だからこそ出来る事を見つけなければならないと思う。と言うより、見つけられるはず。 この震災の前後で、自分の役割が変わらない人もいると思う。私自身はこのタイミングで仕事を辞め、まさに考える時期。変化の時期だと思う。小手先の変化でなく、今までとは違うやり方で、大きく変化するとき。ヒーラーに背中を押してもらった。そして、それを選択したのも自分自身。 すべてのことに意味があり、自分自身で選択しているとしたら、自分は何をすべきか。何ができるか。ピンチではなく最大のチャンス!ありがとう。
2011年03月25日
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コントロール。出来たらいいけど、出来ないのがコントロール。親子、夫婦、職場、社会。~でなければ。~してやろう。なんで~できないの?人はついついコントロールを試みる。はたして、うまくいったことはあるだろうか?うまくいったという人。いかなかったという人。それぞれだとは思う。ではなぜ、コントロールしたくなるのか?それは、先が見えないから。もっと言えばこのままではだめだと思うから。不信感があるときに、人はコントロールしたくなる。何でもかんでも、完ぺきに準備をする人が子供を見たとき、部下を見たとき、周りの人を見たとき。このままではだめだと思う。だから、自分の思うところに誘導したくなる。道はそれしかないのだろうか。本当にだめになったのだろうか。答えは、その人から見ればYES。しかし相手はそう思ってはいない。なるようになっているはずです。答えは数学のようにひとつではない。親や上司から見れば、子供や部下を見たときに不安はあるだろう。でも、転ばないようにするのではなく転んでもいいように寄り添うことだと思う。
2011年03月25日
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昨日行ったところは、ハローワーク、スーパー、大蔵さんの漫談、はちどりBANKのミーティング。ハローワークとスーパーはさておいて、大蔵さんの漫談とはちどりBANKのミーティングで、ヒーラーやカウンセラーの方、3名と出会うことができました。心理カウンセラーを目指している私。手探りながら前に進めば景色が変わる。富山にそんなにはいないと思われるカウンセラー。2か所で3名の方と出会うとは。思いは叶う。
2011年03月24日
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昨日は、午前中にハローワークで落ち込んだ後は大蔵漫談に。友人のけろりんさんにお誘いいただいた。21日にも大蔵さんには会っていたが、大蔵さんの話を聞くのは初めて。子供のころから現在に至る波乱万丈の話を、面白おかしく話される。苦労も笑いに変えるパワー。夢をどう実現させるか。たくさんのヒントをもらった。 まず、~なりたいではなく、~をする(になる)と書く。そして、人に話す。話すことで頂いた御縁はNOと言わず、まず会ってみて判断。夢を目に見えるようにして、動くこと。そんな姿を見て協力者が現れる。そんな印場を受けた。 実際、漫談の後カウンセリングや、ヒーラーの方と名刺交換をすることが出来た。やっぱり動いてみるものだ。
2011年03月24日
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前職の会社から離職票が送られてきたので、ハローワークに手続きに行く。やはりというか、朝からハローワークの周りは大渋滞。 受付に行くと、書類の不備を指摘され戻される。相変わらず対応が悪いなと思いつつ、自宅に戻る。歩いていける距離なのは助かる。気を取り直し再度ハローワークへ。今度はすんなり通る。アンケートなどを記入し、雇用保険申請窓口へ。若干、上から目線を感じつつも、比較的丁寧な説明。しばらく待った後、今度は求職カルテ作成の窓口。申込用紙の内容を確認しつつ、入力され求職者票が出来上がる。この間、かなり物腰柔らかく、穏やかな感じ。公務員も捨てたもんじゃないと感心。再就職のプログラムには、職業訓練や履歴書の書き方、面接の受け方、求職中の心構えなど多岐にわたる。さらに時代を反映してかメンタル面のサポートとして、カウンセリングも無料で受けられる。結構、受ける方が多いみたい。あと、気づいたのは、退職干渉についてはしつこく聞かれた。退職の理由に始まり、本当に自己都合か聞かれる。それだけ会社側も厳しいのだろう。労使ともに厳しい時代である。転職は多いが、ハローワークのお世話になったのは10年以上ぶり。ハローワークも進化していた。
2011年03月24日
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幼馴染の友人が富山で個展を開いている。今日が最終日だったので午後から見に行った。数年前から富山で個展を開いているのだが、自分が見に行くのは今年で3回目。布を張り合わせらり、縫ったり、描いたり。自分自身は芸術に明るいほうではないので、お伝えは出来ないが、ナチュラルな中に、新しい感覚がある。でも、懐かしく温かい感じがする。本人と話をしたのだが、作風が昨年とは違うのではと尋ねると、やはり、変化しているとのこと。作品を生み出すというのは、私にはわかるすべもないが、つねにチャレンジ。さらに上を目指し新しいものへと変化している。以前から個展に来てくださっているお客さんからすると、前の作風のほうがよかったという方もいて、変化には不安もあったと言う。 変化するときは、昨日までの自分が無くなってしまうような不安にかられるもの。しかし、そこで止まってしまっては、進化できない。不安があるのは当たり前だが、前に進めば景色が変わる。 自分もまさに変化の時。恐れずに一歩前へ。友人、梅原龍のHPhttp://www.sachibarumaya.com/ImaginativeFabricPic/about/about.html
2011年03月22日
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遊書家大蔵さんの、震災復興チャリティーイベントに参加。富山駅地下道で、インスピレーションで書のメッセージを書いたり、似顔絵を描いたり、ライブもあり、寒い中たくさんの方にお越しいただき、被災地に向けた募金を頂きました。 私はというと、大蔵さんの横で、カードセラピーをさせて頂きました。30人近くはさせて頂いたと思います。短い時間ゆえ、みなさんに伝えきれたかはわかりませんが、腑に落ちたとの声をたくさんいただきました。似顔絵やメッセージ、カードセラピーで富山の人を笑顔にして、募金で少しでも被災地の方のお役に立てれば、こんなにうれしいことはないです。みんながまるになれた気がする1日でした。主催された大蔵さん、各アーティストの方、お疲れ様でした。そしてありがとうございました。
2011年03月21日
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昨日、息子、妻、義兄と義父でお隣、新潟県のシーサイドスキー場へ出かけた。シーズン終盤で雪質もいまひとつだったが、それにしても人がいない。行き帰りの高速道路では震災から帰ってくる消防車や、救急車、震災に向かう、水道局の車などとすれ違った。過去にも例がないくらいの未曾有の震災。コンビニやパチンコ屋も照明を落とし節電。自粛ムード。電機など、抑えることはいいことだとは思う。しかし何でもかんでも自粛ムードでは、消費が冷え込んでしまう。不謹慎だとパチンコを辞めれば、パチンコ屋がつぶれる。飲みに行かなければ、飲み屋がつぶれる。募金もいいが、経済が回らなければ、長期的には復興を支える事は出来ない。 被災地に行ってボランティアをする人もいる。義援金を送る人もいる。経済を回す人もいる。知恵を出す人もいる。今でなく、2年後、5年後に東北に何かできないか考え、行動する人もいる。 形は違うが思いは同じ方向のはず。大切なのは今だけでなく、このことを忘れない事。人は一人では生きていけないから。
2011年03月21日
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19日土曜日は息子の保育園の卒園式だった。朝、テレビを見ていると、被災地での卒業式の様子が流れていた。物資がない中、十分とは言えない中、子供たちのために開かれた、卒業式は、感謝に満ちあふれていた。津波が襲ったときに、先生が必死で子供たちを守ってくれた。家が流され、両親が見つかっていない子供もいる。見つかっていない友人もいる。たくさんの、苦しみ、悲しみがある中、それでも今に感謝し、明日に向けて必死で生きている姿。涙が止まらなかった。 翻って、息子の卒園式。何不自由なく、笑顔に満ちた卒園式。ハイハイしか出来なかった。言葉もしゃべれなかった息子。0歳から6年間保育園にお世話になりました。親が教えていない事も、たくさん出来るようになりました。一部保育士さんの問題もありましたが、大きく成長しました。在園児との呼びかけでは、泣き出す子供もいて思わずもらい泣き。卒園証書は、園長先生から息子に渡され、息子から私に、渡りました。ありがとうとおめでとうのリレーでつないで。どんな状況でも明日は来る。そして明日を創るのは自分自身。今に感謝し未来を創る。
2011年03月21日
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3月に入って会社を辞めた。精神的にバランスを崩したのが理由。昨年10月まで勤務していた会社の将来が不透明な時、以前勤めていた会社の上司が、別の会社を立ち上げていて、甘い言葉?で誘われた。その会社は、業績は悪くないものの、人材不足。見ず知らずの新人を入れるより、気心の知れた自分が良いのではと社長が判断した。自分は不安定な状態から脱出出来ると判断した。お互いの判断が間違いだったとは思わないが、お互いに「期待」があった。しかも過大な。「期待」とは「期待する」、「期待される」そして「期待はずれ」。期待が大きければ大きいほど、期待が外れたときの反動は大きい。期待が大きければ大きいほど、期待されたほうは重圧がかかる。期待に応えよとすればするほど、応えられないように思う。期待して満たされることはない。さらに大きな期待を抱いてしまう。期待している間は外(相手)に何かを求めているので、自分は変わらない。期待されていると、「~ねばならない」という、義務感で動いているので、達成感も少ないし、どこまでも続くような気がする。ではどうすればいいのか。外(相手)ではなく、内(自分)に目標を持ち、行動すること。もしくは、行動を変えること。小さなことでもいいから動くこと。そうすれば景色が変わる。そして、感謝すること。感謝の対義語は「当たり前」。当たり前になると、期待が出やすくなる。すべてのことに意味がある。今に感謝。
2011年03月18日
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25年前の3月17日。私が高校を卒業して、家電量販店に入社した日。あの日も雪が降って寒かった。希望に満ちあふれていたかどうかは忘れたが、一生の仕事としていくとは、思っていたと思う。生まれつき目が悪く、運転免許証は取れず、職種は限られているとも思っていた。それから25年。24の時に運転免許を取り、営業で全国を駆け回り、行っていない県は、愛媛、島根、沖縄くらい。走行距離は100万キロ近く。転職は10回。運転できないと思っていた人間が人一倍運転している。30歳の時に網膜剥離を起こし、失明も覚悟したが、奇跡的に視力が維持でき、それから12年。今でも運転は得意だとは思っていないし出来ればしたくない。運命とはわからないものである。25年前、興味があったのは、写真とオーディオ。今は写ればいいし聴ければいい。今興味のあることは、コーチングと心理カウンセリング。特にカウンセリング。25年前には、日本にコーチングの概念すら伝わっていなかったかもしれないし、高卒の何も考えていない自分には、知る由も無かった。明日のこともわからないし、どうなるかもわからない。悩んでも仕方がない。でも、ビジョンを明確にし、今できる事からやるしかない。何をすべきかではなく、何がしたいかを心に持って。大切な家族と誰かとともに、明るい未来のために。
2011年03月17日
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電力会社の社員の方が、定年を目の前に、福島原発行きに志願されたとのニュースがあった。ご家族のお気持ちを察すると、何とも言えないが、ご本人の決断、すばらしいと思う。原発に対する不安や、批判はあると思う。今後、原発存続の是非も問われると思う。今までは、偏った情報で、判断を誤ったという人もいるかもしれない。原発がないと日本の電力が賄えないという人もいるかもしれない。どちらが正しいかは、今論じても仕方ないが、まずは、この危機を何とか乗り切ってほしい。このことに関しては、自分は祈るくらいしかできない。問題は、そのあと。多くの情報を個々が得て、それぞれの判断をするしかない。ただ、一つだけ言えることは、今まで通りではいけないということ。確実に変化の時に来ている。
2011年03月16日
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メンタルケアの専門会社、アスクヒューマンケアさんのメルマガからの抜粋です。 アスク・ヒューマン・ケア http://www.a-h-c.jp/ 身近な方々へのケアにお使いください。 ………もくじ……… 1.傷つくのは、直接被災した人だけではありません 2.災害時のストレス反応について 3.ストレス軽減の方法 4.飲酒についての注意 5.援助者の二次被災を防ぐ ┌──────────────────────────── │1.傷つくのは、直接被災した人だけではありません └──────────────────────────── 被災した個人だけでなく、その地域全体が、災害のショックで 傷つき、マヒに陥ります。 たとえば津波の被害からまぬがれた人も、なじみのある町の 風景や、これまでの日常を失っただけで、打撃を受けます 地域の行政機関や医療機関も、パニック状態に陥ります。 救助や援助に向かった人たちも、緊張・重圧・ショックに さらされます。 被災地にいなくても、親しい人の安否についての心配はもちろん、 各地の悲惨な様子に過去の被災体験がよみがえったり、 自分が安全な場にいることに負い目を感じる気持ち、 何もできないことで落ち着かない気持ちなど、かなりの人が 多かれ少なかれ、影響を受けます。 ┌──────────────────────────── │2.災害時のストレス反応について └──────────────────────────── 多くの被災者は、下記のような状態を経験します。 これは「異常な事態に対する正常な反応」です。 【心理・感情】 感情のマヒ・眠れない・恐怖の揺り戻し・不安・孤独感・ 疎外感・イライラ・怒り・生き残ったことへの罪悪感 など 【身体】 頭痛・手足のだるさ・筋肉痛・胸の痛み・吐き気 など 【思考】 集中できない・思考力のマヒ・混乱・短期の記憶喪失・ 無気力・決断力や判断力の低下 など 【行動】 怒りの爆発・家族間のトラブル・周囲との接触を拒絶する・ 飲酒問題・子ども返り など ┌──────────────────────────── │3.ストレス軽減の方法 └──────────────────────────── 次のような方法が有効です――。 もっともよいのは、誰かに体験を話すこと。 互いに話して、聞くのは、非常に有効なストレス軽減法。 話すときは「できごと」「考え」「気持ち」の順にすると 話しやすい。 感情を抑えない。泣きたいときには泣く。 文章に書く、絵を描くのもよい。 ストレスがあると呼吸が浅くなりがち。深呼吸する。 軽く運動して、身体をほぐす。 親子や家族、友人間でのスキンシップも、緊張をほぐすのに とてもよい。 日常そのものが大変な時だからこそ、ほんの少しでいいから 自分のための時間を見つけて気持ちが楽になることをする。 自分を責めない つらさを一人で抱えこまずに、助けを求める。 ┌──────────────────────────── │4.飲酒についての注意 └──────────────────────────── ストレスを酒でまぎらわすのは危険です。 災害によるストレス反応のひとつに、飲酒の増加があります。 感情的に不安定になっているところにアルコールが入れば、 飲酒のコントロールが失われやすく、極端な行動や、トラブル、 認知の混乱などが起こりやすくなります。 また、飲酒している人の家族は、災害のストレス・周囲への 気がね・飲んでいる人が家族としての責任を果たせない、 という3つが重なって、この上なくつらい思いをします。 アルコール問題を防ぐため、地域にこうした知識を徹底させ、 避難所内は禁酒にすることが大切です。 ┌──────────────────────────── │5.援助者の二次被災を防ぐ └──────────────────────────── 災害当初の人命救助、救急医療、避難所運営、復旧作業、 心のケアなど、被災地で援助を行なう人々は「二次被災者」 とも言われます。 援助者は非常に緊迫した状況の中で仕事をします。 人手が足りない、物資が足りない、情報が足りない……こうした 悪条件に加え、悲惨な現場に立ち合うことも多いでしょう。 救助すべきなのにできないなど、自分には手のつけようのない 状況にも直面します。 ときには被災者から、やり場のない怒りをぶつけられることも あります。 援助者自身が自宅で被災している場合もあります。 これだけのストレス下でオーバーワークを強いられれば、 感情的にまいってしまうのは人間として自然なことです。 心身の後遺症を残さないため、セルフケアが不可欠。 【相棒を作る】 必ずペアを組んで行動し、お互いの様子を常にチェックする。 相手に疲れが見えたら、少しの時間でも休むようアドバイス。 仕事の後は、体験したこと・感じたことを話し、感情を吐き出す。 互いに「よくやった」と声をかけあう。 【休憩をとる】 たとえ5分でも、現場から離れて深呼吸したり、甘いものを口に 入れるなどで、心身の疲労は回復する。 家や宿舎に帰った後は、十分な食事と睡眠を。 【自分の限界を知る】 人によって、イライラ・極度の早口・極度の無口など、心身の 疲労が限界になったときのサインはさまざま。 自分のサインを相棒に伝えておく。 目の前に助けを必要とする人がいても、自分がすべてやろうと するのは無理。そのことを理解しておく。 【ペースを守る】 決められたシフトを守る。 深呼吸で落ち着きを取り戻す。 軽い運動で身体をほぐす。 リーダーは無理のない交替制のシフトを作り、援助者の疲労や ストレス反応に注意する。 …………… 以上、『災害と心のケア』 http://goo.gl/JYdnt
2011年03月15日
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(転載します。) 福島の原子力発電所での爆発事故などで、 放射能汚染が広がることによる被爆が非常に気がかりな現実の心配と不安になりつつあるここ数日、 もちろんそういう場所から、できたらすぐに離れることがベストという大前提をもとにして、 以前、私のブログに書いた記事を少々リライトして、こういう大きなリスクのあるときに、 すぐに皆さん自身とご家族の身を守れるよう、 こういう危機的状況の中でこそ、非常に役に立つ、体質面から命をガードする、 目からウロコの知恵を、以下の私の記事で紹介しておきます。 実は、長崎に原爆が投下されたとき、 爆心地から、ほんの1.8kmの場所で、 その建物の中にいた全員がひどく被爆したのにも関わらず、 彼らに、その後、その被爆による原爆症が出ず、命が奇跡的に助かったという本当の事実があります。 らは、原爆が落ちたときに、ある医師の指示で、 とっさに、体に対して、あるガードをしたのですが、 いったい、どういうことをしたと思いますか? とっさの機転で体のガードをした彼ら以外、 同じ距離で被爆した人は、 皆、原爆症のため、苦しみながら、早くに亡くなっています。 彼らは、皆、原爆症にもかからず、 長生きし、そのとっさの指示を皆に与えた医師は、 たしか90歳近くまで長生きされたようです。 原爆を落とされたとき、何が、生と死の明暗を分けたのでしょう? この長崎に原爆が投下され、 その爆心地から1.8kmしか離れていない場所で被爆したにも関わらず、 原爆症が出なかった人たちがいる事実について、 私は、すでに私の著書「治る力の再発見」(日本教文社)のなかで、 はっきり書いています。 その内容こそが、何が被爆した彼らを原爆症から守り、 命を救ったのか、ということについての説明になると思いますので、 以下、引用いたします。 1945年8月9日、長崎に原爆が投下された。 その爆心地から、たった1.8kmのところで、 当時聖フランシスコ病院医長であった秋月辰一郎博士と病院関係者は全員被爆した。 博士は焼けただれて痛がる人々に、 「水を飲んではいかんぞ!」と大声でどなった。 おそらく直観的に、血液の濃度を保ち、血液を水でうすめることなくガードしようとしたのだろう。 ((注)たしかに戦地で、傷の深い重傷の兵士に水を飲ませると、すぐに死んでしまうという記録がある) さらに博士は、次のように職員に命令したという。 「爆弾をうけた人には塩がいい。玄米飯にうんと塩をつけてにぎるんだ。塩からい味噌汁をつくって毎日食べさせろ。そして、甘いものを避けろ。砂糖は絶対にいかんぞ」(秋月辰一郎著「死の同心円-長崎被爆医師の記録」講談社刊・絶版) 「放射線宿酔」と呼ばれる。 レントゲンを受けたあとに起こることがある全身の倦怠や筒宇などの症状には、体験上、生理食塩水より少し多めの塩分を含んだ水を飲むとよいということをとっさに思い出し、原爆の放射能から体をガードするには、塩が有効であることを推理したのだ。みそ汁の具は、カボチャであった。のちにわかめのみそ汁も多くとったらしい。砂糖を禁じたのは、砂糖は造血細胞に対する毒素であり、塩のナトリウムイオンは造血細胞に活力を与えるという、彼自身の食養医学によってである。 すると、どうであろう。そのとき患者の救助にあたったスタッフらに、原爆症の症状が出なかったのである。ふつうなら、しだいに原爆症の症状が出て、進行してしまうところなのに、彼らはそれからのち、ずっと現実に生き延びているのである。 このことは、私にとって大きなショックであった。食というものによる、見かけからはなかなかわからない「体質的な強さ」というものの思い価値を知り驚嘆した。ちょっとした体質のガードが、明らかに生と死を分けているからである。 博士は人間の体質にとって、みそが実に大切であることを説き、のちにこう語っている。 「この一部の防禦が人間の生死の境において極めて重要なのである」(秋月辰一郎著「体質と食物」クリエー出版部刊) 博士の書いた「長崎原爆体験記」(日本図書刊行センター刊「日本の原爆記録」第9巻に所収)という本の英訳版が欧米で出まわり、チェルノブイリ原発事故のあと、ヨーロッパで日本の「みそ」がとぶように売れたということはあまり知られていない。 (中略) 秋月博士は、「体質医学」の大切さを主張し、次のようにいっている。 「それは、人間の体質を作り変えることが医学の本然の姿であるという信念による。人間の体質を作り変えて、病気にかからなくてすむ身体、また病気にかかっても軽くて治る身体になることである。また、慢性疾患に罹患していても、体質を変えていつの間にか病気が離れる身体になる、この医学である。」(「体質と食物」) 「塩と玄米とみそ汁が、放射能の害から命を守っただって?まさか、そんなバカなことが!そんな簡単なことで原爆症を免れたなら、医者なんていらねえよ!」と、きっと皆さん、思われたに違いない。 私も、最初、同じように思いました。しかし、実は、一見、簡単そうに思えることの中に、実は深い意味が隠されているものなのです。とくに生命に関しては。 今では、私には、秋月博士が行なったこと、言ったことの、重大な意味がよくわかります。 また、現代西洋医学は、すべて人を平均化して対症療法で処方する方法ばかりにとらわれているので、個人の「体質」の違い、「体質」の強さに対しては、まったく盲目に近いといえます。 口から入るもの(飲食)が、一番身体内部に直接影響を与える外部からの環境因子になりますから、たしかに、身体の体液環境を守りうる要因にはなりうるのです。 ちょっと、そこのあなた、毎日、ハンバーガーなどのジャンクフードや、牛丼、コンビニで買った食品添加物山盛りのレトルト食品ばかりで食事をすませていたり、毎日外食で、焼肉やおいしいグルメの食べ歩きばかりしていて、さらには、とくに甘いものには目がないときたら、そういう人たちは、放射能汚染がおこり、被爆でもしたら、あっというまに原爆症になりますよ。 ただし、インスタントのみそ汁を摂ったとしても効果はありませんよ。ケミカルな添加物が加えられていない無添加の本物の自然醸造の味噌でないと薬効はありません。その代わり、そういう本物の良質の味噌を使ったみそ汁を毎日1回は摂るよう心がけると、「みそ汁好きには胃がんが少ない」といわれるように、非常にいい予防になるかもしれない。 世界保健機関WHOでも高く評価された、日本の伝統食や伝統的発酵食品の知られざる底力を見直して、毎日の食事の基本に取り入れた方が、結局、体質的な力を強めて、免疫力もアップすることになり、わけのわからないウイルス性の病気やインフルエンザなどにもかかりにくくなって、いざというときは、放射能の害からも運良く命を守れるかもしれないし、はるかにお得だと思います。 なお、講談社をはじめとして、秋月辰一郎博士の原爆体験記録の本は、非常に貴重なので、原爆投下から60年以上もたった今、あらためて是非、復刊してもらいたいものと心から願っています。 この記事からヒントを得て、原発事故による放射能汚染から、大切な自分と家族の命を守る知恵として、どうぞ上手に活用して、すぐにお役立てください! ★ 放射能の被爆から、体質的に体を防御する食べ物のまとめのキーワード: 自然醸造味噌、自然塩、ごま塩、玄米、玄米おむすび、味噌汁(具は、わかめ、かぼちゃなど)、わかめ、昆布、塩昆布、血液を守るために、白砂糖・甘いものは摂らない。アルコールも摂らないこと。これを徹底して実行すること。
2011年03月15日
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