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普段は食材を補充するのにヘルパーさんにお願いしているのだが時折日用品が足りなくなりそうになると自ら買い出しに出掛ける訳だが、履いているスニーカーの靴底が擦り減って来たのでなんでも揃うホームセンターで買うと決めて家を出た。行きは下り坂なので楽な道程であるけどいざ買い物を終えてレジで支払う段になって「これだけの荷物持って無事に帰れるんかいな?」と思う事もちょくちょくあったりする。案の定靴を買ってから靴下も買い他にも足りなさそうな物を来たついでに買って置こうと思って、サランラップと殺虫スプレーを買ってからトイレのロールペーパーとティッシュペーパーも補充が必要だったと気付いて買ったのはいいが、果たして両手に下げて何とかギリギリで持てるかなという感じであったので止むを得ず1メーターで勿体無いがタクシーで帰る事にした。自宅の近辺の坂道は一見するとなだらかそうにも見えるが実際には歩いてみると結構勾配もあって、大きな荷物を持って上り坂を登って行くとたまに息切れしそうになったりもするがそこは坂道の多い神戸の土地柄と納得するしか無いようである。「実際に家からホームセンターへの行き帰りの工程は坂道のある神戸に住んでる以上は仕方無いけどホームセンターがもっと近くにあったらええねんけどなぁ。」
2017年01月31日
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夕方のニュースで知って愕然となってしまった。悪性リンパ腫の療養中だったかつての東映の時代劇や任侠映画で活躍してテレビでは徳川三国志で老中松平伊豆守・人形佐七捕り物帖で佐七親分・大江戸捜査網で板前の清次郎(隠密同心左文字右京)・遠山の金さんで町奉行遠山金四郎等を演じていた松方弘樹が亡くなっていたとの一報だった。父に近衛十四郎・弟に目黒祐樹・息子に仁科克基という芸能一家でもあった松方弘樹は永らく東映の映画俳優として時代劇や任侠映画に出演して東映の看板役者として活躍して、その後はテレビの時代劇、大河ドラマでは病気で倒れた渡哲也に代わって途中から主役を演じた勝海舟をはじめ、徳川三国志で知恵伊豆と言われた老中松平伊豆守信綱を演じ(根来厳幽斎:近衛十四郎、一心助:目黒祐樹共演)、人形佐七捕物帖では目明しの佐七親分、大江戸捜査網では3代目の主役板前の清次郎(隠密同心左文字右京)として、遠山の金さんでは町奉行遠山金四郎を演じて時代劇には欠かせない存在であった。一方ではバラエティー番組でも天才タケシの元気が出るテレビへの出演でも独特のキャラクター出お茶の間を楽しませるなど時代劇とは別の一面を垣間見せた。現代劇でもあがり一丁・貴族刑事・ホテル等に出演して晩年には舞台での出演もこなしつつ趣味のマグロ釣りで大物を釣り上げて話題になったが、74歳はまだまだこれからなのにリンパ腫を患って人生の終端を無念な気持ちで迎えてしまったと思うと残念である。「悪性のリンパ腫を患って脳梗塞も併発してたと聞いて気になってたけど、亡くなってしもうたのは残念で寂しいなぁ。大江戸捜査網風に言えばさらば清次郎やな。」
2017年01月23日
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今から22年前の連休明けの早朝いつもより早目に起きて手足の爪を切り終えて立ち上がろうとした時に、いきなり道路工事の削岩機みたいな物凄い縦揺れが起きて木造の文化住宅はあっという間に全壊状態になって、2階の部屋に居た自分は崩れた土壁の砂煙と近所の火事の煙で息苦しい状況になった。(当時の詳細についてはTOPページの阪神・淡路大震災、あの日あの時。をクリックして頂ければ一読出来ます。)何とか窓を開けてぺしゃんこになったときおり1階に剥がした襖を踏み台にして脱出して隣人と火事を消しに来ていた消防士の協力で1階に閉じ込められていた両親も助け出されて近くの小学校に辿り着いて約半年の避難所生活に入った訳だが、その当時に同じ部屋に居た50過ぎのおばさんの娘さんが時折産まれたての孫を連れて来て、最初の頃は這うのがやっとだったのがハイハイするのも早くなって人懐っこい子でよく這って来たので相手をしたが、半年近くになると机を支えに掴まり立ちをして一人で立つようになり子供の成長ぶりを垣間見た。あれからもう22年経ってハイハイしていた子も大学生ならこの春には大学を卒業して社会人になる年頃になっている。22年の間に自分は苦楽を共にして来た親友や両親との悲しい別れもあって今生き永らえている意味を噛み締めながら、亡くなった人達の無念や心残りの分も受け止めて生き抜いて行きたい。「あれからもう22年になるんやなぁ、避難所の部屋でハイハイしてた子がこの春には大学を卒業して社会人になるとは想像付かんなぁ。友達・お母ちゃん・お父ちゃんは空の向こうで元気にやってるかな。」
2017年01月17日
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1年前のこの日は年を跨いで入院していた神戸中央病院から退院した日で同時に実質的な独り暮らしのスタートになった日でもあった。昼過ぎ迄病室に居たが退院の準備が整い付き添いの看護婦が玄関口迄見送りに来てくれて丁度居合わせたタクシーに乗って病院を後にして帰路に付いた。運転手と退院した帰り道で話し始めると偶然にも同じ工業高校の卒業生で学科は違ったものの10年程先輩の方であった。タクシーが自宅の前に停まると既にケアマネージャーが待機していて取り合えず久々の帰宅で鍵を開けて部屋に入って暫くすると、ケアマネージャー・ヘルパー・訪問看護師が集まって独り暮らしになる自分の生活のフォローに付いての会議が行われて従来のサービスに加える追加事項を決めて打ち合わせが終わって解散するとそこからは孤独の現実が待っていた。途中にタクシーに待ってもらってコンビニで買ったパスタで夕食を済ませて一息付いたがこの先一人でやって行けるのか不安なまま寝床に入った。「やっと退院出来て帰宅したのはええけど実際の話一人でやって行けるんか不安やなぁ。」
2017年01月07日
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新年あけましておめでとうございます、今年も絡み辛い文面の日記ではありますが宜しくお願いします。父が亡くなった1年前の年越しは入院中の神戸中央病院で迎えたので自分自身は孤独でも身の回りの世話は看護師の方々が面倒をみてくれたので難なく過ごせたが、年末年始にはヘルパーも休みになる為今回は実質初めて自分一人での年越しになるので無事に年が越せるかと不安もあったが、大晦日には蕎麦を茹でて年越し蕎麦を食べて何とか無事に新年を迎える事が出来た。朝は自分で済ませた食事だったが昼は臨時で仕事の意依頼が入ったのでそのついでにという事で元旦にも拘わらずヘルパーが来てくれたのでホッとした。昼からは何十年振りかで大阪で決勝戦を迎えたサッカー天皇杯の鹿島アントラーズVS川崎フロンターレをTVで観戦した。結果は世界ワールドクラブカップにも出場してレアルマドリードに善戦した鹿島アントラーズが勝って優勝したが、試合の会場の吹田スタジアムが本拠地のガンバ大阪は庇を貸して母屋を取られた感じだったのではと思いつつ観ていたけど、次回の決勝戦には昨年の第2ステージで善戦してベストの順位だったヴィッセル神戸が出場していて欲しいと思う。今年は炊事等にも色々とチャレンジして出来る範囲を広げて行けたらと思うしこの1年この日記をご愛読頂けたら幸いです。「何とか独り暮らしも無事に年越出来たし今年は色々と新しい事にチャレンジしたいもんやな。」
2017年01月01日
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