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同居人が帰ってきた。都庁駐車場に迎えに行き、お昼食べて帰ってきた。帰って、キャンプの記憶が薄れないうちに英語の課題の絵日記を書かせた。(この時点で私、かなり疲労困憊)実家の家族(兄夫婦とその子ども)が明日から泊まりで出かけるとかで、また母が泊まりに来ることになったので、迎えに行った。夕食後、同居人と一緒に夏休みの課題を一通り出して、1日どれくらい片付けていけば終わるかという作戦会議をした。ヤツは計画的にことをすすめるのが苦手で、しかも一度に大量のものを仕上げなければならない事態に追い込まれるとパニックを起こして固まるという、甚だ「夏休みの宿題に適さない」性格だと、今回も思い知らされる。検討の結果 一日あたり数学のワーク1ページ 数学のプリント1枚 英語のプリント1枚 漢字の書き取り10個 ってことになった。これだけやらせるのに、毎日どれだけ大変な思いをしなければならないのかと思うと、気が重い。
2006.07.31
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同居人のいない日も、今日で終わり。明日帰ってきちゃう。(あと1週間くらい、いなくてもいいよ)今日は6時半起床で、涼しいうちに家の周りの草取りをした。全身に虫除けスプレーを浴びて臨んだけど、最大で20匹くらいのヒトスジシマカに囲まれてしまったときは、さすがに焦った。8時までかけて草を取ったり笹を切ったりした。笹切るのはいいんだけど、切った笹をごみ収集で持っていってもらえる形にするのが面倒くさい。「あー、シュレッダーが欲しい~」(剪定くずをシュレッドする商品もあるけど、買うほどでもないしね)草取りのあとシャワー浴びて、朝ごはん食べて、朝寝した。今日は気温が高くないのですごく助かる。朝寝から起きた後は、だらだらと片付け物。自分の部屋の机が物置状態になっているのを机に戻して、洗濯片付けして、掃除機かけて、食品ストッカーの片付けもした。いつも思うんだけどね。やっぱり買い物って「使うものを使う分」が基本なんだよね。(いや…できてないから、毎シーズン反省してるんだけど)「そのうち使うから、今のうち買っとこう」っていうのがいちばんいけない。「お徳用」も、よほどいつも使っているもの以外やめた方がいい。胃袋は一つ、服着る体も一つ。ウチ家族2名だし。そんなに持ち物はいらないよね。っていいながら、もの持ちすぎ~~。
2006.07.30
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だらだら洗濯物を片付けたり、だらだらアイロンかけたりしながらふと思った。Tシャツでもハンカチでも、とても気に入っているものは、なんとなくもったいなくてあまり使わず、むしろ福袋とかお古をもらったものとか、2番手的なものの方が結果的にはヘビーローテーションしている気がする。私は。そういうものはTシャツやハンカチとしての寿命が尽きたあとも、全然抵抗なく雑巾にできるし。「日常使いには2番手が一番いい」んだろうな、私は。そんなことをぶらっと考えていたら、中学生だか高校生の頃、読んでいた雑誌に載っていた(多分読者の投稿詩とかだったんだと思う)ひとふしが頭をよぎった。結婚するなら二番目に好きな人一番好きな人は額縁に入れて飾っておくのまあなんとなく、そんな内容。人間とTシャツを一緒にしたらまずいかもしれないけどね。でも、「朽ちていく様子も見届けて最後まで使いきれる」って、二番手かもしれない。それって結局、一番手なのかもしれない。Tシャツ雑巾を作りながらこんなこと考える私っていったい…。そんでもって、「気に入っているからとしまっておかずに、どんどん着なくちゃその方がもったいない」という結論に至る。
2006.07.30
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早起きしようと思ってたけど、できなくて8時起床。布団を干して、自分の部屋の掃除と、洗濯をして、シャワーを浴びながら風呂場のタイルを磨いた。今日と明日、この辺の氏神様のお祭りで、昼過ぎからお囃子が聞こえてきたけど、特にお参りにも行かず、神輿を見にも行かず。遅い昼食の後、暑かったので扇風機をつけて昼寝した。気持ちよかった!!起きた後、同居人の夏休みドリルを作り直した。学校から届いたプリントは、問題がぎっしり書かれているので、たぶん同居人は見ただけで嫌がると思う。だから切り離して適当に隙間を空けながら違う紙に貼りなおして、コンビニでコピー。英語のプリントを作った。数学の方は、担任(数学担当)に「貼り変えていいですか?」と言ったら、担任が作ってくれた。ありがたい。総量は変わらないので、枚数は多くなったんだけど、これを1日2~3枚ずつさせれば終わっていくはず。それにしても暑いなあ。
2006.07.29
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昨晩の食事の際、職場の話をしていたOさんが「今の職場って、昭和の香りがするのよね。」と言ったのを、「今の職場って、生姜の香りがするのよね。」と聞き間違えた。0.5秒くらいの間に、Oさんの職場で、みんなで古根生姜をすりおろしているシーンや、新生姜を漬けているシーンが思い浮かび、「そんなに生姜が好きなのか~」と、素直に思ってしまった。「面白い職場ですね?」「??」そのあとコーヒーを吹く勢いで笑った。
2006.07.29
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今日は出張のあと、カウンセリングに行って、そのあともと同僚のOさんと一緒に食事した。最近オープンした、小さなフレンチのお店に予約を入れておいた。席数が少ないので断られていた人多数。予約しておいて良かった。 料理もとってもおいしかったし、Oさんとの話のネタも尽きない。お互い最近の色々を喋った、私は「蟻の兵隊」の感想だとか、特別支援教育に関する「差別と分断」の話だとか、職場の人の笑える話だとかを話した。Oさんのテーマ?としてフェミニズム的な流れがあるんだけど、そのへんのことと上記の私のテーマとが絡まって、「日本人って未熟なんだ~」という結論に至った。損得を自分のものとしてしか考えられないから、いろんな問題が出てくるんじゃないかとか、すごく端折って書くとそんな話をした。喫茶店に移って閉店まで第二ラウンドをした。(その喫茶店でいつも頼んでいるのはフレンチローストかマンデリンなんだけど、今日は違うのを注文してみたいと思って「アイリッシュミスト」というアレンジコーヒーにしたら、カルーアの原液をホットにしたようなものが出てきて驚いた。おいしかったけど。喫茶店で酒飲むようになってしまったのか、私…)
2006.07.28
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渋谷シアターイメージフォーラムにて。ポツダム宣言受諾後も、中国山西省に残留して中国の内戦を戦った、もと日本軍兵士を追ったドキュメンタリー。ええとまず、私が映画や芝居が好きなのは、作品を通して、自分とはまったく違う生き方をしている人の人生が辿れるから。今日の映画は本当にそんな感じだった。 ドキュメンタリーの主人公、奥村さんの「あの戦争はなんだったんだろう?」という問いかけ、自分の過去を見つめる旅に同行させてもらった気分になった。自分は「人殺し」であるということ、どうして自分が人殺しにならなければいけなかったのか、自分の行っていたことは、なんだったのだろう?そんな厳しい問いかけから逃げない奥村さん。 とても印象に残ったシーンは、奥村さんが奥さんと2人、「これおいしいよね」とか言いながら仲良くごはんを食べているところ。日常の穏やかさ。 前に読んだ漫画「夕凪の街」で、原爆を生き延びた主人公が「わかっているのは誰かに『死ねばいい』と思われたということ 思われたのに生き延びているということ そして一番怖いのは あれ以来本当にそう思われても仕方のない人間に自分がなってしまったことに 自分で時々気づいてしまうことだ」とモノローグするシーンを思い出した。奥村さんは、穏やかに日常を過ごすたびに、おいしいと思ったり楽しいと思ったりするたびに、自分が殺した人のことを思うのではないだろうか。自分が絶ってしまった、その人の未来のことを思うのではないだろうか。私はリアルの戦争を知らない。だけど、あの戦争を生き延びた人たちから感じるのは、戦争って、身近な人の笑顔とか子どもの温もりとか、おいしいと思うことや嬉しいと思うことや、小さな喧嘩、そんなささやかな日常の連続を断ち切って、なおかつ生き延びた人にも何年も「あれは何だったんだろう?」という重苦しい問いを与えるものだってこと。少なくとも私のリアル知り合いの人の中には、「もう一度戦争して欲しい」って言う人はいない。映画は結局、もうすぐ時間切れになってしまう(当事者の高齢化のため)ってことと、奥村さんの戦争はまだ終わらないってことを示して終わった。なんか、奥村さんの真摯な目と、映画に出ていたもと日本兵の皆さんが、とてもきちんとしたお年寄りだったっていうことが、とっても印象に残っている。
2006.07.27
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夏と冬にコンスタントにお世話になっている自然体験型のキャンプに、今年も同居人は旅立って行った。集合場所の都庁横駐車場に、1時間以上早くついてしまったので、近くのマックで時間つぶしした。トレイに敷いてある紙の裏を使い、「記憶スケッチ対戦」。同居人と私が交互にお題を出し合って、記憶力を頼りに絵を描いていく。紙と筆記用具があれば、簡単に30分以上時間がつぶせる。「いのしし」「悪魔」「竜」「だるま」「ししまい」「料理長」・・・お互いの作品を見せ合って笑う。「とっとこうね」ということになって、同居人が紙の隅にサインと日付を入れていた。集合時間になり、無事に同居人は出発した。今年はあっけなかった。毎年、少しずつ形が変わっていく。保護者にスタッフが丁寧に説明した年もあったけど、今年は諸注意を印刷したものを配って終わりだった。同居人を見送ったあと、せっかくだから渋谷で「蟻の兵隊」という映画を見ようかと思った。でもその前に、せっかくだから都庁の献血ルームで献血しようと思って、行ってみた。午後の献血受付までしばらく間があったけど、コーヒー飲んで雑誌を読みながら待っていた。献血中に何気なくつけたテレビで、高校野球の群馬大会の決勝をやっていて、とっても面白かったのだけど、延長で決着がつく前に献血が終わってしまった。まあいいけど。終了後、待合でお茶飲んでいたら、スタッフの人がこれもどうぞ、と、アイスクリームをくれた。アイスとかせんべいとかクッキーとか食べながら、待合室で「ニュートン」を読んでいた。日赤スタッフの「ありがとうございました」という見送り言葉に答えて思わず「ごちそうさまでした」と言って献血ルームをあとにした。渋谷まで移動して、竹薮せんせい一押しの映画「蟻の兵隊」を見た。感想はつづきにて!
2006.07.27
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年休とって同居人の通院に行った。ドクターは疲れているのか忙しいのか、あまり機嫌が良くなかった。結局「投薬再開してみたらどうでしょう?」と言われ、リタリンを再び処方されて帰ってきた。なんだか休みとって行ったのが勿体無いような診察内容だった。昼過ぎには帰ってきて、献血に行こうかとも思ったんだけど、眠かったので寝てしまった。ここのところずーっと疲労がたまっていたので、とても気持ちの良い昼寝だった。同居人は在籍の中学に用務員さんに会いに行って、6時前にはきちんと帰ってきた。夕方、同居人の担任の先生が自宅にやってきた。相談学級の先生と先日話をしたのだそうで、今のところ大変落ち着いているとのことだった。9月からも同居人の希望を聞きながら相談学級と在籍校の両方をうまく使い分けていかれればいいですね、というような話だった。 9月早々に前期末のテストがあるんだそうなんだけど、在籍校から問題を送ってもらって、相談学級で受けることも可能だそうで、良かったと思った。「休み中も押しかけて、用務員さんご迷惑なさってませんか?」と聞いてみたら、「いえ。なんだかかえって同居人くんが癒しになっているようで、来ないと『今日は来ませんね~』と寂しそうにしていらっしゃいますよ。相談学級に通い始めた頃はよく放課後に寄っていましたけど、だんだん寄らなくなって『相談学級の方が楽しくなっちゃったかな~』って、やっぱり寂しそうでした。」とのことだった。同居人の中には「順位」があるようで(犬みたいに)担任の先生いわく「私よりも校長先生のほうが上なんです。学校に来て、私と喋ってても校長先生が来ると『校長先生~』って校長先生のほうに行っちゃうんです。でもね、校長先生よりも用務員さんの方が格段上で、もうNさん(用務員さん)がちらっと見えただけで『Nさ~ん』って行っちゃうの。校長先生『俺よりNさんのほうが順位上かよ…』って悔しがって。」だそう。 その後、夕食のためのおつかいに出たら、先日同居人が老人福祉センターでの職場体験の際にお世話になった非常勤職員の方とすれ違った。その方、市の福祉施設の非常勤として色々渡り歩いていらっしゃるようで、同居人が3~4歳の頃、保育園でお世話になったこともある。同居人のことはよく覚えていてくれた。「同居人くんが随分大きくなって驚きましたよ。」とまず言ってくれ、同居人を褒めちぎってくれた。「お年寄りとたくさん喋ってくれて、誕生日カードにちょこちょこ絵なんか描いてくれて、休憩時間にピアノ弾いてくれました。とっても素直で器用な良い子ですね♪」…誰ですか?その人?って気がするけど。でも悪い気分じゃないよね。っていうか嬉しい。私の知らないとこで、同居人はいろんな人にかわいがってもらっているのね~、と思った。明日から同居人は長野に一人でキャンプ。4泊5日の親子ともども楽しい時間になる予定。荷物の梱包も終わったし。
2006.07.26
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仕事関係の講習会だった。眠かったけど面白かったからがんばって聞いた。詳しい講習の中身はおいといて、職場の中で共通理解のテンプレート作りは必要だよな~と思った。そういうのがすごく立ち遅れていると思う。今日は同居人、在籍校の中学に出かけ、一日用務員さんの手伝いをしていたそうだ。木材の切り方と、釘打ちを教えてもらったそう。この間はハンダの使い方を教えてもらったそうだし、砥石や糸鋸の使い方も教わっているそうだし、よく分からないけど、私の知らないうちに、ヤツは着々と何かの準備をしているような気もする。今日で母のサポート終了。夕食に母の大好物のサバの塩焼き(塩サバ焼くだけ)と水団汁を作って、とうもろこしをゆでて(ウチの母は夏はとうもろこし、冬は干し芋と落花生を与えておけば大丈夫というばーさんだ)ささやかにお礼の会をして、実家に送っていった。
2006.07.25
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時々仕事の上で顔をあわせる、もう50代中盤の女性がいる。息子さんは20歳少し超えたところ。ずっと不登校されていたそうだ。今日、その方とちょっとゆっくり話をする機会があった。私を見ていて、心配してくれていたんだそう。その方も息子さんの件では色々悩んで考えて、「私も通ってきた道だから」という感じで話してくれたこといくつか。「親としては、あのときのあれがいけなかったのかとか、過去に原因を求めてしまいがちだけど、過去をいくら振り返っても今は変わらないのよね。変えられるのは今と未来だけ、って思ったら、少し開放された気がするんだ。」「子どもが不登校だったり、能力が低かったりすると、『でも、○○ちゃんにもいいところあるじゃない』って人は言う。私もずっとそうやって息子のいいところを探して自分を慰めてきたよ。でもある時、不登校母仲間から『人に評価されるいいところがなかったらダメなの?違うでしょ。そこに生きていてくれるだけで、それがいいところなんじゃないの?』って言われて目からうろこが落ちた。」「息子見ていて、他の子が当たり前にクリアできていくことができないのが歯がゆくて仕方なかったけど、そのぶんクリアできた問題が世間から見てどんなに小さくても、やった、できたよ!って喜べた。当たり前のことができない子どもをもつと、当たり前のことができる子どもを持ったら分からない幸せにいっぱい気づいた。」やっぱり未だに試行錯誤の繰り返しなのよ…と言う彼女を見て、やっぱり試行錯誤は一生続くんだなと思った。たぶんそれでいいんだ。解決に一生かかる問題だっていいんだ。だからあなたも負けないでね、と言われて、嬉しい気分で帰ってきた。
2006.07.24
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職場の人のお父様が亡くなって、今日お通夜だった。案内の手伝いに動員され、斎場の入り口付近で弔問客を受付に誘導する係をした。結構たくさんの人が来て、忙しかった。少し人が途絶えて、ふと足元を見ると、点々と黒いゴミが散らばっている。「なんだろう…?」しばらくしてその正体が分かった。それを撒き散らしていたのは私だった。今日は雨だったので革のパンプスではなくゴム底の黒いフラットシューズで行ったのだけど、たまにしかはかない靴だから靴底が劣化してボロボロ落ちていたのだった。それが分かってからというもの、なるべく移動しないように、移動するときにはなるべく靴底を刺激しないようにと気にするようになってしまい、落ち着かなかった。斎場の方が、怪訝そうな顔をして箒を持ってきて床に散らばった私の靴底を掃いていたので、「すみません。それ撒き散らしたの、私です」と謝った。更に怪訝そうな顔をされたので「靴底が劣化していて…」と言うと、「たまにしか履きませんからね。」と、笑ってくれたのでホッとした。帰宅しながら、どうか家にたどり着くまで靴底が完全に抜けてしまうことがありませんようにと祈っていたら、なんとかそうなる前に家に着いた。
2006.07.23
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同僚とカラオケに行って、「最近の歌は歌わないこと」という暗黙の了承のもと、加山雄三とか70年代フォーク系とか、演歌とかを歌いまくった。「では今回、liveshowはベタ演歌でいきます」と、「北の宿」「津軽海峡冬景色」「越冬つばめ」を歌ってみたけど。同僚に思いっきり「liveほど演歌の似合わねぇ女は見たことがない」と言われた。「なんつーかこの、恨みとか執着とかそういうものをまったく感じないから、「着てはもらえぬセーター編んじゃったから自分で着ちゃえ、ラッキー♪」とか言いながら、男が帰ったらのほほんと「あ~、おっ帰り~♪」とか言いそうな気がする。」なんかとっても褒められた気分なんですけど。女優さんって偉いなと思ったりした。しょーがないので?「竹田の子守唄」を歌ってみたら「あ~、こっちの方が断然似合うわ~」だそうだ。待つ女より子守ですか。
2006.07.23
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今日はとある勉強会?に動員された。何題かあった講義というか話し合いのテーマのうち、一つが特別支援教育に関するものだった。聞いているうちに腹が立ってきたけど、意見交換している人たちの中には、どうも「当事者あるいはその家族」はいなかったようなので、発言してもスルーされるかと思い(あと、なんだか同居人のプライバシーを暴露したくなくなったのだ)意見を言うのはやめた。ある人が発言する。 「特別支援教育の名の下に、「新たな障害者探し」になり、健常者との差別分断につながるので、特別支援教育を行うのは慎重にしなければいけない。」―手足が不自由だとか知恵づきに遅れがあるという、目に見えて判りやすい者は障害者として支援するのに、健常者との境があいまいな者は「差別分断してはいけない」という大義名分で健常者の中で生き辛さを我慢しなければいけないのか?現に同居人は彼に合った満足な支援が受けられないまま「健常児」の中での生活に消耗し、全力をあげて抵抗したではないか。彼らが彼ららしく生きられる教育を提供してもらうことが差別分断につながると言うか?また別の人が発言する。 「養護学校の入学希望者が増えて、入学希望者を選抜しなければいけなくなるような状態になっている。」―実際に同居人は「普通学校での学習継続を考え直してもらいたい」と言われたではないか。普通学校で手に負えないと言われた軽度発達障害児はどこで学習すればいいのだ?だいたい支援教育っていうのは、いわゆる障害児のためだけのものではないって、県教委は言っているじゃないか。診断された障害のあるなしに関わらず、支援の必要な子に必要な支援をっていうのが基本でしょ。 程度や種類に関係なく、障害者は一生障害者なんだよ。嫌でもその障害と一緒に、死ぬまで生きなきゃいけないんだよ。学校に通っている間だけ突然障害児になるわけじゃない(学校の状態によりひどくなることはあるかもしれないが)生まれてから死ぬまで、障害者なんだよ。彼らの家族も、一生、障害者とともに生きる家族なんだよ。それは自分の意思で変えられない現実なんだよ。何度寝て目が覚めても変わらない現実なんだよ。どうして当事者抜きに語るかな??(「当事者の家族」liveshowはその場にいたわけだけど。)あんまり腹立ったので、「新たな障害者探しと、差別と分断」の件について、ある人に愚痴ったら、こんな風に言われた。「その発言者が危惧しているのは、極論言うと「障害者は生産能力のない不必要な人間だ」っていうような価値観なんじゃないかな。不必要な人間を教育するためには、お金も手間もかけたくない、だから早期に発見して排除したいっていう。 教育基本法の自民党改正案、あれに『障害をもった人間には、それに見合った教育』って意味の一文あるでしょ、あれも取りようによっては『障害者はもう要らんから、適当にあしらって排除しちゃえ』って考えにつながるんだよ。 普通学校の普通学級でも、教師きちんと教育して、それなりに人を増やしてもらえば、特別な学校作らなくてもやっていけるんじゃないかと、そういうことだと思うよ。」一生懸命、私と件の発言者の溝を埋めようとしてくれた。もしそれ(障害者は生産能力のない人間だから―)というのが社会のトップの本音ならば、ひとの人生を何だと心得ているんだろう?どんな障害をもって生まれても、安心して大人になれる社会個人がその人らしく自己実現できる社会というのが基本じゃないの?私はあまり頭良くないから、色々なしがらみは分からないけど、同居人も私も、社会から排除されたくて生まれてきたんじゃない。それだけは言える。
2006.07.22
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夕方から、神奈川フィルのコンサートに行った。ここんとこコンサートやら舞台鑑賞やらを連日しているので、とっても金銭的に余裕があるように見えるかもしれないけど、私は定価でチケットを買うことはあまりない。たいてい職場の厚生事業の割引チケットを利用している。そうでなかったら、行きつけの劇場の会員になっているので、それの割引チケット。会員は1割引になり、公演によっては同居人が半額になるので、大変お得。 前置きが長くなったけど、今日はクラシックの超入門編と銘打った、小さい子連れでも全然かまわないコンサート。「サッカーの曲」(凱旋行進曲)や「スケートの曲」(トゥーランドット)や、その他有名どころの曲を、指揮の青島広志氏が楽しく解説しながら演奏してくれる。あ、ちなみに今日私が払ったチケット代は、親子で2000円。定価で買うと親子で4500円かな。定価で買ったって、かなり低価格だと思う。もっとこういうコンサートが普及してくれれば、子どもにクラシック聴かせる機会が増えるのに。ちゃんとした音楽会とか、ちゃんとしたレストランでの食事とかは、子どもを鍛えるよい機会だと思う。騒いではいけないところでの振舞いとか、教えなければ覚えない。おかげさまで同居人は、未就学児の頃から散々連れまわしたせいで、少なくともコンサートホールに連れて行けるほどにはなった。初めの頃を考えると進歩していると思う。帰り道、歩道橋の下り階段で、左半身が不自由と見える男性が、食料品の入った大きなレジ袋を大変そうに運んでいるのを目にした。杖とレジ袋を同時に持って階段の手すりにつかまることができないので、レジ袋を1段下ろして手すりにつかまりなおして1段降りて、またレジ袋を1段下ろす…という様子を見て気の毒になったので、「よろしかったらお荷物お持ちしましょうか?」と声をかけてみた。男性は快く手助けを受け入れてくれた。同居人がレジ袋を持って階段を下り、男性はゆっくりそのあとを降りてきた。階段下で「ここまででいいですよ」と、男性は袋を受け取ったので、「お気をつけて」と声をかけて帰ってきた。ご家族はいないのかな。雨が降ったら買い物には行かれないのかな。段差もきついのに、歩道橋は辛いだろうな。(車の往来が多いところなので、多分横断歩道はもっとこわいのだろうと思う)毎日大変な思いをされているんだろうな、と、少し胸が痛んだ。
2006.07.21
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今日も同居人は相談学級下校のあと所在不明になり、夜8時近くまで帰ってこなかった。悪さをしたり事故に巻き込まれたらどこかから連絡が来るだろうし…と思っていたら帰ってきた。今日は私が組合活動で少し遅かったので、泊まりに来ている母にすごく心配をかけてしまった。で、帰りの電車の中で、会心の「夏休みのおやくそく」を考えついた。「夕方6時までに帰ってきたら100円」ヤツは金で釣るのが一番というのが経験上の結論。皿拭きも、小遣い帳も、洗濯干しも金で釣ると毎日やる同居人。皿拭きの10倍の現金収入になるというモチベーションはどうだろう?私の帰りが6時よりも遅くなった時は、私よりも早く帰ってきていたら100円私と一緒に出かけているときや、正当な理由があって外出しているときには6時より遅くなっても咎めないけどお金はやらない。…という細則も作った。さて、1ヶ月3000円の投資で平安な夕方を手に入れることができるだろうか?請うご期待!
2006.07.20
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同居人は今日、学校に行かなかった。昨日の夕方眠いと言ってずっと寝ていた同居人は、夜眠れなくなり、寝ている私を時々つついたり叩いたり(軽く)しながらずっと起きていたらしい。今朝5時前に私は同居人にたたき起こされ、私が朝食の支度をしているとき、同居人は眠っていた。 今日は母がいてくれるので、私は定刻に出かけた。同居人は眠そうに「時間になったら自分で起きていく~」と言っていた。朝9時近くになって、母から電話があった。同居人が起きるのを嫌がり、二階に立てこもって出てこないとのこと。母は右手足が不自由なので、階段の上り下りがうまくできない。(やろうと思えばできないことはないけど、這って上り下りするので時間がかかる)二階に行かれると母にはどうしようもない。何度か同居人の携帯に電話するけど反応がない。母に、昼までに同居人が起きてきたら学校行くか相談してくれるよう伝え、こちらから連絡はしないことにした。でもやっぱり気になるし、私は昨日の夜あまりぐっすり眠っていないので、眠くて眠くて仕方なかった。帰ったら、思ったとおり同居人は上機嫌。そりゃ思う存分眠れば上機嫌だろう、ああ。疲れた。申し訳ありませんが、疲れているのでコメントのお返事はまたあしたに…
2006.07.19
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今日は特殊教育に長年携わっている人の話を聞く機会があった。その方がいろんな親子を見てきた結果得たことを色々聞くことができた。その中で今日、覚書しておきたいことひとつ。障害の程度や種類を問わず、親が子どもの障害を受容することは容易ではない。診断・告知のときだけでなく、その後子どものライフステージが変わったり、家族の状況が変わったりするたびごとに、「この子はこの子でしかない。この子にしかなり得ない。」という現実を突きつけられて、その度にどうにか受容していくのだ。 たとえば子どもが中学や高校に入学するとき、親が離職しなければいけなくなったとき、障害のないきょうだいが結婚するかもしれないとき、などなど、あらゆる節目で、親は「障害」にぶち当たり、そしてやがてなんとか受容していくようになる。障害の受容は一度では終わらないのが普通。だから、あるときまで受容できていたことが、ステージが変わって受容できなくなることは、当たり前のことだから、「子どもの障害を容易に受容できないこと」も、受け入れようよ。って、そんな内容。話が終わった後、私と同居人の今までをリアルに知っている方(一緒に聞いていた)に、「やっぱ受け入れるのは、むずかし~」と言ったら、「それでもめげずに戦うliveの様子は、私を勇気付けるよ」と言われた。ちょっと(かなり)うれしい♪
2006.07.18
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結局遊びほうけた3連休(夏休みの先取りみたいなものか?)で、今日は同居人と2人、前からチケットを取ってあった松平健のステージを見に行った。職場の厚生会の割引チケットで、どんな席かと思ってたら前から7列目のやや下手寄り。すごく良い席で驚いた。ミュージカル芝居の「弁慶」と、ちょんまげ歌謡ショーみたいなステージの2部構成で、弁慶の方はすごく良かった。マツケンもいいんだけど、群舞を演じている若手の中にとてもいい動きをする俳優さんが何人もいて、その人たちを追うのが楽しかった。フィナーレは当然?マツケンサンバだった。どうでもいい話なんだけど、ロビーのあっちこっちにニンテンドーDSの脳みそ鍛錬ゲームのデモ機が設置されていて、休憩時間に誰でも使えるようになっていた。同居人がいち早く見つけて楽しんでいたんだけど、2回目の休憩の時にはおばさんたちの列ができていて、みんな「あら~アタシ80代だって!!あっはっは~」とか言いながら楽しんでいた。売店には当然?現物が売っていた。なんかゲーム業界、子どもが飽和状態だから今度はシニア市場を開拓しているのか?今日は夕方、実家に母を迎えに行った。しばらく色々なことで遅くなる日が続くので、母の応援を頼むことにした。
2006.07.17
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今日は朝からでかけた。夕方まで帰ってこない予定だったので、同居人の昼ごはんの算段をつけて、メモに「やっておいてもらいたいこと」を書き(小遣い給料制なので、ヤツは「どんどん仕事ちょうだい」と言っていた)起きたらメールをくれるように書き残して出かけた。お出かけ自体は大変楽しかった。 鎌倉の長谷寺と御霊神社に行き、そのあと時々行くイタメシ屋に一人で食事しに行った。近くお店を移転するので、明日が今の場所での最終営業日。駆け込みで名残を惜しむ人がひっきりなしに来店しているようで、あらかじめ電話を入れておいたけれど(だから席は確保できていたけど)大混雑だった。「私のことはほっといてくれていいですよ」と言ったら、マスターが「それじゃお言葉に甘えて、ほんとにほっとくよ!」と厨房から返事をして、本当に放置された(笑)店に入ったのが12時半、食事が出てきたのが15時過ぎだった(実話)図書館で借りた「西瓜糖の日々」(なつめさんと竹薮先生おすすめ!)を読みながら、おとなしく待っていた。待っている間に全部読めてしまった。その代わり、食事はゆったりできた。「お詫びにね」と、デザートが余計に2品ついた。片方はトマトをまるごと軽くシロップで煮たもので、初めて食べたけど大変おいしかった。今日は飛び込みのお客を断っているらしく、食事に来た人みんな、「それじゃ、移転先でもがんばって!今までありがとう」という旨のことを言って帰っていった。他のお客が全員帰ってしまって、「戦いすんで日が暮れて」状態の店(お皿があちこちに積みあがっている)で、コーヒーを飲みながらマスターと2人でしばらく喋った。「あ~、くそ~、イタリアに2年か3年行ってのんびりしてぇな~。」なんて言いながらマスターはマイカップでコーヒーを飲む。東京で店をやっていて、儲けに追われて仕事をするのが嫌になってこっちに引っ込んだけど、地域性と自分との間にギャップがあるのをどうしても埋められず、折り合いもつけられず、だからまた都会に戻ってどうよ?ということらしい。「ほんとはね、充電期間をもっとしっかりもちたいんだけど、まわりが許してくれないのよ。」 なんて、タバコの煙を吐きながらマスターは言う。「ひとつのことを終わらせて、また新しいことを始めるときには切り替えが必要ですもんね。」「そう。このまんまなだれこんでも、なんかこの店を引きずりそうな気がするんだ。…まあ別に、俺は俺だから、引きずったって構わないんだけど、なんかね。」お互い黙ってコーヒーをすする時間があって、マスターはまた「でもまあ、1ヶ月休んでいる間に、仕事したくてたまらなくなっちまうんだろうなあ。いい仕事ってなんだろうね?って、俺一生わかんなくて試行錯誤している気がするよ。」黙ってコーヒーをすすっている時間の方が長かったかもしれない。でもなんとなく、この人とはそういう沈黙を共有するのも悪くない。マスターは61歳だというんだけど、どうしてもそんな歳の人と話しているような気がしない。あ、でも老成しているところはさすがに若いもんとは違うと思う。同居人へのお土産にヤツが好きなお菓子を買って、家に帰ったら本人がいない。(時刻は午後8時に近い)ヤツのために用意しておいた食事その他が全部無視されて放置してあり、頼んでおいた諸々も放置されている。そして「無駄に使うな」と常々言ってあるプリペイドカードが持ち出されており…私が爆発して一日が終わった。(といっても、まだ省エネしているようで、大爆発とまではいかなかった)神様お願いです。私が死ぬまでに、「修行になる」以外のことで、同居人を生んでよかったとやせ我慢抜きで言える日々を(「日々」ですよ、「時」じゃなくって)作ってください。できれば近日中に作ってください。でないとやけをおこしそうです。↑子どもが(肉体的に)健康だからこそほっつき歩けるとか、自分が健康で仕事があるからこそ好きなものを買えるとか、そういうことは承知済みですので 念のため
2006.07.16
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ここらへんで一番早い花火大会。テキヤさんで食べ物を調達しようとすると、混んでいて非常に高いので、家から簡単なお弁当と水筒に麦茶を持っていく。今シーズン初浴衣。黒の絞りにピンクの八重山ミンサーの帯。とっても気に入っている。同居人にも浴衣を着せようかと思っていたけど、ここんとこ忙しくて手持ちの浴衣を肩揚げ腰揚げしてやる暇がなかったので、今日はいつものシャツとズボンにする。次の花火は船上だから、そのときにでも浴衣着せよう。今日は2年前に異動したもと同僚のOさんと待ち合わせして3人で花火を見た。Oさんは私よりもちょっと年上で独身子どもなし。でもなぜかとても気が合うので、職場を移った後もずっと仲良くしていただいている。海岸にレジャーシートを広げて、花火の前にごはんを食べた。Oさんは駅前のパン屋さんで買ってきたサンドイッチなど召し上がっていた。花火見ながら、仕事のあれやこれやを話したりして、とても楽しかった。ひどい混雑だったけど、その割にスムーズに帰ってこられた。毎年花火大会のたびに浴衣ウォッチングをして楽しんでいるんだけど、今年は派手な色目の浴衣がぐっと減って、黒地や紺地に花模様というのがとても多かった。いかにもチープな浴衣を着崩しているような子が減ったので嬉しい。浴衣着て花火大会にくるのは、やっぱり圧倒的に中高生が多い。そんなもん着てられないよ~という状態なんだろうけど、30代以降の大人で、きれいに着ている人が増えるといいな~と思っている。男性の浴衣も今年は多かった。
2006.07.15
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今日は相談学級から呼び出しを受けて、個人的個人面談をしてきた。(詳細は書きません)それからカウンセリングを受けに行った。昨日の徘徊と、今日のことと、最近のことを聞いてもらって、最近怒りの感情も悲しみの感情も心配の感情もあまり湧いてこないという話をした。確かに最近そうなんだ。同居人がいないと心配で、帰ってくると叱り飛ばして、不手際すると怒ってって感情が溢れてとまらなかった時代があって、そのあと何があってもボロボロ泣けて仕方ない時代があって、そんで今、どんな感情もあまり湧かない。 帰ってこなかったら「帰ってこないな」と思う。「何で帰ってこないのよ(怒)」でも、「どうしたのかしら(心配)」でもない。帰ってこないな。帰ってきたり居場所がわかっても、「心配したんだよ」しか言えない。「どこ行ってたのこの子は!!心配だったんだからね!ああでも帰ってきてくれてよかった!!」なんてことは思わないし、言わない。どんなに心配しても怒っても無駄だと思ってしまったのか、あるいは怒ったり嘆いたりするようなパワーが底をついてしまったのか。「感情の省エネみたいですね」とカウンセラーさんに言われる。日常を日常として生きていくために使わなければいけないパワーというものがあって、感情を起伏させることでそれを使い果たすわけにはいかないから、無意識に省エネモードになっているのかもしれない。子どもを愛せと人は言う。子どもはかわいい。かわいくていとしい。しかし、与えても与えてもまだ足りない子どもをもったら、親のエネルギーが底を尽きて消耗するまで愛せと言うのだろうか。だんだん「持久戦」という感じがしてきた今日この頃。
2006.07.14
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仕事は面倒だった。仕事の中身が面倒と言うよりも、人と連絡調整するのが面倒な一日だった。…今に始まったことではないんだけど、おそろしく物分りのわるい人は世の中にいる。 茶筒を真上から見ただけで球であると信じ込み、真横から見ると四角に見えるってことが絶対受け入れられないような。(変な説明ですみません)そういう人との調整で、今日は一日。帰りに日本茶喫茶に寄って宇治金時のかき氷を食べてきた。ここのかき氷は絶品なので、高いけど許す。久しぶりにマスターと長話ができて楽しかった。やっぱりこの人も「同類」なんだな、と思うことしきり。喋っていると、もっと勉強しなきゃ~と思う。また同居人が徘徊に出てしまって帰ってこない。携帯も通じない。今日は何時になるのやら。彼はどこに行くのやら。唯一つ言えるのは、徘徊中の彼にしかできない経験をしているってことだ。それが何なのかはまったく分からないけれど。私が通ってこなかった道を彼は歩いている。考えもしなかった道。すごく不思議な感じがする。追記ぃ。 同居人から夜11時半を回ってやっと連絡が入る。家の鍵をなくした。足が疲れてもう歩けない。居場所を聞き、一番近い交番で保護してもらう。家から車で20分くらいの場所。おまわりさんは状況を理解できないようだった。そうだよなぁ。理解できないよなぁ。夜11時半に子どもが一人で自分から保護を求めて交番に来た。散歩に出て道が分からなくなったと言う。自宅は普通歩いて来る距離じゃない。所持金なし。遊んでいる様子もなし。子どもは素直で言葉遣いも丁寧、服装もいたって普通(というかちょっとダサい)意思の疎通も問題ない。親と喧嘩したとか、そういうことでもなさそうだ。普通理解できないよなぁ。なんでヤツがそこにいるのか。とりあえず彼が自閉症であることと、徘徊癖があり、今日はずっと連絡が取れずにいたことを説明し、車で迎えに出た。交番で同居人はおまわりさんと楽しそうにおしゃべりをしていた。保護した子どもを引き取る書類を書いて、印鑑を押して、頭を下げて帰ってきた。おまわりさんは「…いやあ。すごく色々なことを知っている子で、驚きました~」と言った。帰りの車の中で「おまわりさんと何話してたの?」と聞いたら、ヤツは「原子力空母の母港化について。あとイージス艦の配備について。」と言った。「あ、そうそう、無線使っているところ見せてもらった♪」お前さ、自分の置かれている状況分かってないだろ?自宅について、同居人は納豆ごはんとおつゆをガツガツ食べてばたっと寝た。ほんとにもう。…わかんねーヤツ。
2006.07.13
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今日と明日、同居人は近くの老人福祉センターで「職場体験実習」をする(これは彼の在籍校での学習)同居人、将来はケアマネージャーかヘルパー、または保育士になりたいんだそうで、保育園のほうは女子の希望者が多く定員いっぱいで、老人福祉センターに行くことになったんだそうだ。 朝、とりあえず同居人が家を出るところまで確認して、仕事に行った。今日は労組の用事で遅くなる予定だったので、同居人には夕食のおかずを買うお金を渡しておいた。朝イチで、昨日の会議が遅れる連絡が行かなかったことを詫びる連絡が入った。「お詫びといってはナンですが、今度厚生事業で行う花火大会のクルージング(近くの港の花火大会を、船上で見る企画。毎年希望者殺到でなかなか参加できない)最優先でお席確保します」「えっ??いいんですか?」「申し訳ありませんが代金は割り引きできません」うわ~、ラッキー。「2名お願いします♪」今年は同居人と特等席で花火だ~昼食後、昨日の日記で「誰も行く人がいないのでしぶしぶ参加することになった」と書いた労組の集まりに「私参加してもいいよ」という申し出があった。こないだの会合には欠席した人。「えっ??いいんですか?」「いいよ。いつも参加してもらってるし。」「うわ~。Nさん(彼女)大好き」「…やめてよ、キモチワルイ。」仕事の後労組の会合に出ている時間に、同居人からメール。「晩御飯は特売の刺身を買った」渋い。そして「我は寝る。起こすべからず。」というメールも入った。会合のあと、みんなで食事して、そのあと一人で好きな喫茶店でコーヒーを飲んだ。ああ、なんだかすっごいしあわせ。帰ったら同居人は私の布団で、パンツ1枚で眠っている。パンツいっちょ男と一緒に寝るのはさすがに嫌なので、今日はリビングに客用布団を出して寝ることにする。
2006.07.12
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またもや同居人が帰ってこない。相談学級からまっすぐ家に帰る約束になっているのに、家に戻っていない。くそ~。でも、だんだん慣れてきた自分が怖い。今日は午後、出張で会議だったんだけど、開始時刻が急に1時間遅くなったという連絡が私に入っていなかった。だもんで、集合場所にいつまでたっても人が現れない。5分過ぎて不思議に思ったので電話を入れたら、1時間遅くなったことを告げられた。 …全部で4人行くうち、知らなかったの私だけ。(残り3名とは、普段一緒に仕事してない)しょぼーん。1時間時間つぶして、会議は速めに終わった。明日から同居人は職場体験なんだけど、(在籍校で)参加すると言ったのは本人なのに、担任の先生が説明しに来る時刻になっても帰ってこない(時間は本人にも知らせてある)。「…帰ってきたらお母さんから説明してください。それで分からないことがあったら電話してください。」と、担任の先生は言って帰った。ほんとうにね。現代日本の公立中学に通う生徒のうち、同居人ほど色々なことを許してもらっている子はいないんじゃないかと思う。大人になったら、社会に恩返しできるように育ってもらいたいと思っている。そうそう、同居人が夏のキャンプで出かけている4泊5日のうち、完全にいない中3日をどうやって過ごすのか、というのが毎年の私の楽しみなんだけど、今年は全部仕事(うち2日は組合活動)で埋まってしまった。他に参加できる(←自己申告)人がいなかったから。「え~、今年は誰も参加しないんですかぁ~?毎年参加してますよね~」と言われ続けて、しらばっくれることができなかった。↑この台詞を言った人自身は全日程参加するので文句は言えない。私がしらばっくれ続けると、メニエール病の人や過労で突発性難聴になってしまった人(療養明け)に話が行きそうだったので、それは何としても食い止めなければならないし。でもあれですね、PTAの役員なんかに通じるところもありますけど、本当に皆さん、私よりも忙しいんですか?メニエール病の人より生活が大変なんですか?せっかく同居人から解放される日々のはずなんだけどな~。仕方ないか。せいぜい楽しんで(楽しめたら)こよう。
2006.07.11
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もう7月も中盤にさしかかっている。本当に加速度つけて日々が早い。ボヤボヤしているうちに今年が終わってしまいそうな気がする。夏の予定をざっとチェックすると、本当にもう8月まで色々目いっぱいで(夏休みの予定というより、仕事関係の予定が)早くももう夏が終わった気分になる。夏を泳ぎきって無事向こう岸(9月)にたどり着けるといいなあ。そんなこと考えるなんて、すっかりオバサン。
2006.07.10
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午後から「アイリッシュダンス」の舞台鑑賞の予定があったので、午前中の同居人のピアノ教室の時から着物ででかけた。(夏着物は着用シーズンが短いので、どんどん着ないと着そびれる) このピアノの先生、教えるのが上手だな~と感心する。あの同居人が「別れの曲」(簡単な編曲)を弾いている。嘘みたいだ。レッスンが終わって「彼、飲み込みが非常に早いですね。」と言われる。「そんなこと言われたの、生まれて初めてかもしれないです。」「そーかなー??」でもなんとなく分かる気がするのね、指使いとか、「何でそうなるか」を的確に指導している先生だから。「そこは4の指を使いなさい!」ではなく、「そこで4の指を使うと次のここでの指が楽になるんだよ」という感じ。装飾音符について、「おかーさんがイヤリングつけても、別の人に変わる訳じゃないでしょ?だから、音符もこっちがイヤリング。もとの音符のほうは変わらずに弾く~」なんて。ピアノの後、食事して、アイリッシュダンスの公演会場に行った。ダンスだけなのかと思ったら、ダンスと楽器が半々くらい、そして歌も時々、という構成だった。音楽、バグパイプのような(ちょっと違う)管楽器とバイオリン(フィドルっていうのか?)アコーディオン、キーボード、ギターという構成で、なんだか懐かしかった。ダンスは、首から肩、背中のラインをまっすぐにキープしたまま、足を縦横無尽に使うという、今まで見たことがない踊りだった。一昨年コーカサス地方の民族舞踊を観たときも驚いたけど、今回も驚いた。今日はちょっと蒸し暑くて、1日着物で過ごすのは半分修行というかなんというかだった。
2006.07.09
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要するにいつもの休日と同じです。今日は久々に天気が良かったので、布団を干せた。自室を片付けて掃除機をすっかりかけて、気持ちが良かった。同居人は自分の部屋の片づけをした後にプールに出かけ、その間昼寝した。眠くて眠くて仕方ない。昼寝の後、近くバザーがあるので、その献品用に要らないものをダンボールにより分け始めた。私は基本的に「きれいじゃない不用品」を出すのは嫌い。たまに使い込んだ子どもの手提げなんかを出している人がいるけど、私には信じられない。バザーに出すものは(本以外は)新品か、新品同様までだと思っている。 本が意外と出なかった。食器類はいっぱい出すつもり。粗品で頂いて、どうも好きじゃないものが結構たまっている。あと通販のおまけ。片づけしたいなあという波が来たときにやっておかないと、きっとまたしばらくゴミタメ生活が続いちゃう気がするから、今やっとかないと。本の整理をしていて、灰谷健次郎の本が大量に発掘されたので、「我利馬の船出」を同居人に与えてみた。「はまる~」と言いながら読んでいる。リアル中学生のときにどんどん読んどきなさい。
2006.07.08
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昨晩は、先に帰っていた同居人が熟睡していたこともあって、風呂にも入らず、食事もとらず、歯だけ磨いて(炊飯器もしかけたけど)寝てしまった。 朝、いつもの時刻に起きてリビングに行くと、テーブルの上にごはんとインスタントのスープ、電子レンジで蒸したじゃがいもが2人分そろえてあった。「かーさんおはよう。今日は朝ごはん作ったから食べてね。」と、同居人が台所から声をかけてきた。なんとヤツは自分の弁当まですっかりこしらえて(ごはんとレンジでチンするおかずを詰めて)いた。なんかご褒美もらった気分だった。
2006.07.07
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朝、相談学級を開設している中学の校長先生と面接をして、今日から同居人は普段の?中学に在籍しつつ、相談学級の生徒にもなった。とりあえず相談学級はどんなところかというと。市内に何箇所か、中学校に併設という形で(たとえば「言葉と聞こえの教室」のように)運営されている教室で、主に不登校の子どもたちのために開設されている。 いじめや学習についていけない、教室にいられないなどの理由で不登校の子どもに家庭以外の居場所を与え、情緒を安定させ、ゆくゆくは在籍校の教室に戻るためのワンステップ的な場所として運営されている。 同居人が通うことになった相談学級は生徒10名(同居人を足して11名)に、常勤の教師が1名、非常勤の教師が1名、時により併設中学から出張授業のような形で教師が来ることもある。 相談学級の教室は一般教室から離れた場所にあり、門も違う。相談学級に通う子どもは一般教室の子どもと顔を合わせずに登下校できる。 始業時刻は決まっていない。終業時刻は決まっているけれど、無理にその時刻までいる必要もない。いたければいていいし、帰りたければ声をかけて帰っても構わない。 授業は基本的に個別対応。学習が遅れている子どもには、遅れたところから。一斉授業も時々行うけど、「一緒に授業を受ける」が目的なので、難しいことはしない。 授業に出たくないときには、声をかけて隣の「実習室」で過ごしても構わない。「人に迷惑をかけない」が基本で、それを守る限りは、何をしてもあまりうるさく言われない。 午前中は学習の時間で、午後は実習室で図工系や技術家庭系のことをしたりする(現在松ぼっくりで体長2メートルくらいのゴジラの模型を作っているらしい)相談学級の畑というものも存在する。昼食前には、「今日の当番」を決めるために教師も含めて全員でウノをする。…さて、こういう環境の中、同居人はどのようになっていくのだろうか。とりあえず1日目は上機嫌で帰ってきて、「早く明日にならないかな♪相談学級にまた行ける」と歌っている。今日の私。 職場近くの呉服屋で、兵児帯を買ってしまった。高かった(1万8千円)けど、ほぼ衝動買い…っていうのか、正絹の兵児帯はずっと買おうと思ってて、予算よりも高かったけどとっても気に入ってしまったので。男物の、端に絞りが入っている兵児帯で、ほとんど黒に見える鉄紺色。同居人に締めさすの。でも時々私も借りる。男物の帯なんて笑われるかもしれないけど、ピンク系の木綿着物なんかに締めたらカッコよさそうな気がする。同居人の骨格が固まったら、ウールか紬で1枚、着物を拵えてやろうと思っている。絶対似合う気がする。
2006.07.05
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仕事の帰りに美容院に寄った。いい加減ボサボサだった髪の毛をすっきりさせて、気持ちが良かった。最近自分のことなんかかまう余裕が全然なくてホントにぼさぼさだったから、嬉しかった。カットとかマッサージとかしてもらう間、ずっと眠くて眠くて仕方なかった。「お疲れですか?」と美容師さんに言われてしまった。 同居人。相談学級の通級が延びたことを納得させるためなのか、昨晩も徘徊に出てしまった。今朝も「中学行きたくない…」と、布団でダンゴムシしていたので、無理に行かせることもないと思って放っておいた。 仕事中に何度かメールしたけど「調子どう?」などと打っても反応がない。何度目かに「今日の晩御飯はとろろそば(仮)」と打ったら、「やったぁ~」という返信が入った。同居人はとろろそばが大好きだ。現金なヤツだ。美容院を終えて自宅に戻ると、同居人は非常に上機嫌。不在中に数学のワークをやったというので見せてもらったら、連立方程式の文章題が一人でできていた。「…やるじゃん」と、花丸を描いたら「…茎と葉っぱと植木鉢と太陽とちょうちょも描いて」というリクエストがあった。思い起こせば同居人が小学校に入学した頃。1年生の担任だった先生は、子どもの提出物に「出せば花丸、それからよくできるごとに+茎と葉っぱ+植木鉢+太陽+ちょうちょ…とアイテムを増やしていく」という評価をつけていた。花丸に茎と葉っぱと植木鉢と太陽とちょうちょがついているのは、未だに同居人の中では嬉しいみたいだ。「よし、さらにダンゴムシとアリも描いてやろう」ワークの上はわけの分からない落書きみたいになってしまった。相談学級の校長面接は明日に決まった。
2006.07.04
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相談学級に見学に行った。同居人のモチベーションになりそうな物が色々あり(卓球台とかオセロとか)同居人も「とりあえず通ってみる」と言ったので、明日から通わせることになった。…と思ったら、帰宅後相談学級の先生から電話が入り、校長面談(三者)の後でないと通級を認めたことにならないと言う規則があったのを言い忘れた、という旨言われた。なんか。浮上しかかった足を思い切り引っ張られたと言うか、水面に出た頭を思い切り殴られたと言うか、そんな気持ちがする。また年休とって面談に行くんだよね…。
2006.07.03
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同居人のやっている通信添削の国語は、今「短歌の鑑賞」だ。(学校にろくに行っていないので、学習は通信添削他を使って私がフォローしている)死に近き母に添い寝のしんしんと遠田のかはづ天に聞こゆる 斉藤茂吉私が中学生のとき、私も授業でこの短歌を読んだ。家に帰って何度も読み返しているうちに泣いてしまった。(人生で三十一文字の文章を読んで泣いたのはこの時しかない。今のところ) 母の臨終間に合うようにに帰ってきた息子。子どもの頃のように母の脇に横たわると、母の思い出が頭にあふれて止まらない。 遠くの田んぼから、たくさんのカエルの鳴き声が空に響くように聞こえてくる。しんとした夜の空気、カエルの声、お母さん、あと1日だけでも、1時間だけでも長く生きていてください。そんな情景がありありと頭に浮かんできて、涙が出た13歳だった。同居人も同じ短歌を読んでいる。「かーさん、わからないんだけど。」「何が?」「…おかーさんが死んじゃうから悲しいのはわかる。」「うん。」「どーしてそこにカエルが出てくるの?」きっと君にはすごく難しいんだね。文章を文章どおりにしか受け取れない人には、詩歌の世界は本当に難解なんだろうな。でもちょっとがっくりきたのよ、正直。己がこころ突き進み行く楽しげに君の世界に我は入れず liveshow
2006.07.02
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和装好き仲間の知人の一人が、「気分が晴れないときには、休みの日に着物を着るの。」と言っていた。その気持ち、すごくよく分かる。今日も同居人を放り出して一日一人ででかけた。雨が降らないようだったので、今シーズンの夏着物デビューとなった。…というか、私の生涯での夏着物デビュー。去年は絞りの綿浴衣につけ襟をつけて出かけていたんだけど、それだと「ジーンズOK」の場所にしか行けないので、今年は夏着物を購入した。紺地に雪輪模様の、ポリの洗える薄物で、仕立て込み4万円。長じゅばんもポリ絽のうそつきで3千円。帯はリサイクルもののアイボリーの紗に刺繍ので6500円、ピンクの帯揚げ帯締めは呉服屋のセールで2500円。…チープなコーディネートでしょ?(といっても私には高価なんだが) 着てみるといい感じ。久しぶりに着たんだけど、名古屋の手結びがちゃんとできて嬉しかった。さすがに蒸し暑い時期に着物を着るのはよほど好きな人か、和ものお稽古関係の人と見えて、今日は着物の人に遭遇しなかった。(呉服屋の店員を除く)意外と暑くなかった。ポリ素材は暑いと聞いていたんだけど、最近の化繊は質がいいのかな。風が吹くと布地を通り抜けていくのが大変気持ちいい。日傘をさしてゆるゆる歩くと、大変楽しい。コスチュームのチカラは侮れないと思う。着物を着ると気持ちまでしゃんとする。衣服が内面を引き上げてくれる感じ。 好きな骨董喫茶で遅めの食事をして、ゆるゆるとウインドウショッピングなどして帰ってきた。家に帰って、着物脱いで、とりあえずハンガーにかけてある。明日片付ける。着物は出すのもしまうのも少し面倒だけど、その過程もまた癒しに通じるんじゃないかと思う。どーでもいいけどさあ。チェーンの呉服屋とか、変な雑貨屋で売っている浴衣、どうにかならないかね?派手ケバで安っぽい浴衣~。お子様用(この場合のお子様は本当のお子様ではなく、若い姉ちゃんということだけど)ってことで許そうかと思うけどね。派手ケバの浴衣をだら~っと着てだら~っと歩く集団が、今年も大量発生するのかしらん。わたしゃ今年も花火大会は浴衣着ます。美しい浴衣を美しく着て行くの。
2006.07.02
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2日くらいやるべきことを放り出して眠ったのが効いて、今日は結構元気になった。今日はまず昼少し前に同居人の新しいピアノの先生(仮)に会いに行った。先日今まで通っていたピアノ教室をクビになった同居人なんだけど、ピアノは続けたいと言うので、仕事関係で知り合った個人教室の門を叩くことにした。少し家から遠いのと、初めてなので私もついていった。個人宅でやっている教室で、防音室の中にグランドピアノとアップライトが並んでいて、その他にキーボードもあった。「今まで使っていた教本見せてみて?」と先生は言う。「OK、弾いてみて」同居人が弾き始めると、先生はもう片方のピアノで即興アレンジをつけて、バイエル真ん中程度の曲が一気になんだかすばらしい曲になってしまった。先生はその教本(前の教室はヤ○ハの教室)をパラパラ見ると、「…随分馬鹿にされた選曲をされたもんだねぇ」と言った。「俺、へたっぴだって言われてたよ。小学生以下とか」「君、ちゃんと弾けてるよ。…しかもなかなかいい曲を全部飛ばして教えてるね。」とか言いながら、先生は教本にべたべたと付箋を貼り付けて「付箋貼ってある曲は弾く価値があるから。簡単でもいい曲はたくさんあるのよ」と言いながら同居人に返してよこした。「さてねえ。…君はどんな曲が好きだろう?」なんて言いながら、先生は棚の楽譜からあれこれ取り出して少し弾いてみせる。クラシックに反応する同居人。「クラシックが好きなの?」「わりと。」ふうん、と言いながら先生は棚から一冊教本を出した。「これね、割と有名どころの曲が、やさしいアレンジになっているの。この編曲はとてもうまいので、弾く価値があります。すこし難しく見えるけど、君だったら弾けるから。」そう言いながらまたべたべたと付箋を貼り付けて、「次に来るまでに、この中の1曲か2曲で遊んできなさい」と言って同居人に渡した。そういうわけで(どういうわけだ?)これから時々そこに通うことになった。その後、映画の「バルトの楽園」を見に行った。大変良い内容だった。強制と暴力よりも、信頼なんだよな、と思った。良心の連鎖反応を見ていると、大変救われる思いがした。タイトルバックの「歓喜の曲」が終わった瞬間、拍手してしまうんじゃないかと思った。で、今日はそれで終わりのつもりだったんだけど、映画館のポイントカードがいっぱいになって、何か1作品2名まで無料で見られることになって、同居人が「デスノート」を観たいと言ったのでそれも観た。漫画の方は3巻まで読んだことがある。うーん。私がオバサンだからかと思うんだけど、幼稚な映画だった。救いようがないくらい愚かな少年と、救いようがないくらい下品な少年がやりあう話。知能の高さとかではないのよ。人間としての品性とかの問題で。激しくかっこ悪いので、途中で嫌になった。CGの死神くんが一番まともな人に見えました。
2006.07.01
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