全27件 (27件中 1-27件目)
1
最近の私。何もする気がしない。朝も起きたくないけど、仕方ないから起きて洗濯して朝食を作って弁当を作って同居人を起こして食事させて仕事に行く。昼間は何もしたくないけど仕方ないから仕事する。夕方も同じ。昨日。 朝、本当は何もしたくなかったけど、義務感で必死に作った弁当を、夕方そのままゴミにされた。 学校に持っていった弁当を同居人が食べずに帰り、家にあったものを適当に食べていたので、私が帰る頃には弁当は食べられる状態じゃなくなっていた。朝、起き上がれないところを必死に起きだして作った弁当を、詰めた形のままゴミ箱に捨てて、台所を眺めたら、ゴミになった弁当の代わりに同居人が食べた諸々の包装ゴミがそのまま散らかっていた。それらをまたゴミ箱に捨てながら、なんでこんなことしなきゃいけないのかと情けなくなって、そのまま何もせず布団に倒れこんだ。 2時間くらい(起きてたけど体動かず)そのままいて、起き出したら同居人がけろりとした顔で「よく眠れた?」と言う。そのまま部屋に踵を返してまた布団に倒れこんだ。結局夕食は作らず、朝になった。朝になったけど、何もする気が起きず、今朝は弁当も朝食も作らなかった。同居人も起こさなかった。ごはんだけ炊いて、寝ている同居人を放置して仕事にでかけた。仕事はとりあえず普通にこなした。終業時刻の後、労働組合の話し合いがあると言っていたけど、こんなボロボロの時に労働運動もへったくれもない(もっと生活に余裕のある人が代行してください!)ので、全部おまかせしてメンタルクリニックに走った。メンタルで「やらなきゃいけないことを放置できるのも、ときに必要な能力」と言われた。そのまま同居人を放置してショッピングセンターをふらつき、コーヒーを飲んで帰った。何もしてやらなかったぞ、という、変な達成感がある。今まで、やらなきゃ、私がやらなきゃと思いながら生きてきた気がする。しんどくてもやり続けるのが美徳と思ってきたところがある。「もっと楽にやっていいのに」と言われながら、思いながら、それを手放すのが、とっても高いハードルだったような気がする。きちんと働いて、きちんとご飯作って、きちんと生活しなくちゃいけないと、ずっと思ってきた。それが続けられない自分を許すのが、できなかった。続けられなくする同居人を許せなかった。何もしなかったぞ。
2006.06.30
コメント(2)
先日のLDフォーラムにて、軽度発達障害の子どもに計画性を教えるには「日給制で小遣いを与え、できれば小遣い帳をつけさせると大変良い」ということを言っていたので、先週からそのようにしてみた。うちの小遣い制度は今のところ以下のとおり。*皿拭き、洗濯干し、風呂掃除など、特定の手伝い1回につき10円。昨日分を当日払いの日給制。*1週間200円の基本給小遣い。日曜に与える週給制。それに加え*小遣い帳をつけたら1日10円のボーナス↑これでだいたい1ヶ月総額2000円くらいになる。「褒賞を現金で渡すと効果抜群だ」とフォーラムの講師が言っていて半信半疑だったけど、実際やってみて「小遣い帳つけたら10円プラス」というのが威力を発揮しているのを目の当たりにして驚いている。あの同居人が毎日小遣い帳をつけている。しかも「買い物して10円未満の端数が出ると計算しづらい」と自分で判断して、端数のお金は私に返金、というルールを自主的に作ったり、小銭がたまると大きいお金に両替してほしいと言い出したり、なかなか計画的だ。端数を作らないので使途不明金もない。少したまったお金でジュースなど買うと、すかさず記帳しているらしい。10円のために。今まで、月給制や週給制の時には全然計画性がなかった同居人。しばらく様子を見るけど、今のところ上々。
2006.06.28
コメント(0)
帰りのバスの中で眠り足りなくて、ふらふら家に帰ったら、リビングの真ん中で同居人が大の字になって眠っていた。やつが寝ているんだ、私も寝よう。…と思って、自室の布団に倒れこんだ。そのまま小一時間眠ってしまったんだけど、その時間の気持ちよかったこと!!見ていた夢(内容は忘れたけど)も穏やかで気持ちよく、とっても回復した気がする。今日の仕事も色々考えた。詳しく書けないんだけど、やっぱり現代社会で同居人のようなタイプの人間は理解されづらいって思う。
2006.06.27
コメント(0)
仕事を遅刻して市役所に寄り、指導主事と話をしてきた。あ、その前に、PC故障中の展開を簡単に。1 中学が音を上げたので、私は児相と教育委員会に連絡をとった。2 児相では一応の経過と、同居人はADHDというよりも自閉系の困難さが目立つので、セカンドオピニオンを受けることを勧められた。3 教委の指導主事(特別支援担当)が中学に来て、同居人及び学級・教師の関わりを視察した。同居人と指導主事の面談も成功し、同居人本人の中に「個別指導も悪くない」という志向が現れた(指導主事はもともと中学の社会科教師で、同居人の縷々と語る歴史の話に最後まで付き合ってくれたそうだ)で、今日。指導主事が学校での様子を観察し、同居人とも面談した結果、以下の判断をしたそうだ。*同居人には個別指導は必要。*しかし彼の個性を考えると、いわゆる特殊学級での指導は不適当。*今までの積み重ねを考えると、現在の中学での教師や生徒との関係も絶たないほうが良い。で、現在の中学にひとり、同居人のための過配当教師をつけるのは不可能なんだそうで、指導主事から「学籍は現在の中学に置いたまま、近隣の中学の『相談学級』に通級する」という案を持ちかけられた。相談学級というのは、通常不登校の子どもの学習保障のために設けられている。 丁度、私の職場が学区という中学に相談学級が開設されていたので、とりあえずそこに同居人を連れて行き、様子を見せることにしようということで相談がまとまった。大人がいくら考えても、同居人本人が気に入らないことには計画は成り立たない。今日も同居人は学校を抜け出した。それでもって、夕食後けろっとした顔で「今度買ってもらうラケットはねぇ…」と話し始めた。「ラケット?」「今度買ってもらうやつをメインにしようと思う」「…なんで部活行っていないのに、新しいラケット買わなくちゃいけないの?」「だったらかーさんがあいつら(部活の同級生)を何とかしてよ!!」「なんで私が部活の子を何とかした上でラケット買ってやらなくちゃいけないのよ!!」「だってあいつらひどいから」…私は噴火した。なんで私がラケットを買ってやらなくちゃいけないのだ。あるもん使え、あるもん。それでなくても最近出費がかさんで節約モードなんだから
2006.06.26
コメント(2)
ファミレスのウエイトレスさんが、注文したものを運んできながら、「お待たせいたしました。こちら炭火焼ハンバーグになりまーす!」などと言うのに「ハンバーグになるって、もうハンバーグじゃん、いつ「なる」んだよ。」っというツッコミを入れるのは、よくある話だと思う。今日、母と同居人の3人で行った某ファミレスにて「お待たせいたしました。こちらバニラアイスクリームをご注文のお客様になりまーす!」っと言いながら、アイスを置いていったウエイトレスさんがいた。なったらこわいよ。
2006.06.25
コメント(0)
昼寝していたら、同居人にたたき起こされた。「大変だ!!猫!目やにが出ていて、ちびっこくて鳴いてる!!」「で?」「玄関まで連れてきた。」「はぁ??」眠たい頭で玄関まで行くと、両手を広げた上に乗るくらいの大きさの猫がうずくまっていた。毛がぼさぼさで元気がない。 とりあえず知人の、野良猫保護の団体をやっている人に電話する。「息子が猫拾ってきたんだけど、どうすればいいかなあ?」小さくて弱っていると伝えると、とりあえず獣医に連れて行けと言われた。性別と、推定生後どのくらいかを聞いて、ノミ処置だけはしてもらってくれ、状態を聞いたら、もういちど電話くれ、ということで、獣医に連れて行った。猫はおよそ生後1ヶ月のオスで、片目がつぶれていた。眼球の中身が出ていて、早めに摘出してやらないと壊死して脳がやられて致命的だ、飼い猫ならすぐに手術をすすめるところだと言われた。「ちなみにお値段はどのくらいですか?」「飼い猫でしたら6万くらいいただきますが、…拾っただけの猫ちゃんですし…4万…。」くらくらしながら知人に電話して指示を求め、とにかくノミ処置だけしてもらうようにした。知人の行きつけの獣医なら、もう少し安くしてもらえるらしい。獣医から帰ったらつれて来いと知人は言ってくれた。獣医に目薬と、風邪薬1回分を出してもらい、ノミ退治をしてもらって2200円だった。おまけにキャットフードの試供品をつけてくれた。家に戻ってキャットフードをお湯でふやかして与えたら、猫はガツガツと食べ、コロッと寝てしまった。猫を入れたダンボールを同居人に抱えさせ、知人の家まで車を走らせた。知人に猫を渡したら、同居人が寂しそうな顔をする。「飼いたいならまず、ばあちゃんを納得させないとね。」家に戻ってしばらくしたら、知人から電話が入った。知人の行きつけ獣医にて検査をしたら、猫は数日間のまず食わずだったらしく、消化管の中がほとんどからっぽだったそうだ。貧血も起こしていて、眼球の処置は栄養状態が良くならないとできない、とりあえずそれまで知人のところで預かるから、とのことだった。「駆虫と、今後避妊と、ワクチン接種、半額は出してね♪飼うなら飼育用品一式あげるわ♪」だそうだ。(残りの半額は彼女が出すと言ってくれているのだけど…)片目の猫がうちの扶養家族になるかは、未定。追記:ちょっと新しいPCのセキュリティに不安があるので、もうしばらく日記はお休みするかもです。
2006.06.24
コメント(0)
パソコン換えました。設定だけでへろへろしているので、とりあえず復帰のご挨拶まで。今日も色々ありました。ずっと色々あったので、またゆっくり書きます。リアル知人及び私のメアドをご存知の皆様…お時間のあるときにでもメールください。(内容はどんなのでも良いです)
2006.06.22
コメント(0)
結局パソコンを換えることにした。なのでまだしばらくきちんと更新できません。毎日いろいろ考えてます。復活したらまたゆっくりと~〈終〉
2006.06.19
コメント(0)
同居人が中学を追い出されかかっている(かなり端折った表現であることをご了承下さい)ことを、職場の同僚に話したら、「それは中学の怠慢なのではないか」という意見が少なからずあった。「もっとよい教育の場を」という大義名分のもと、面倒くさい生徒は排除したいのが本心なのではないかとも言われた。学校が本気になって動けば、専門家のサポートも入るかもしれないし、知識経験のある教師を非常勤で配置してもらったっていいんじゃないかと。義務教育の公立校だったらそのくらいやれよ!と怒ってくれる人もいて、今日は凹んでいたので嬉しかった。色んな考えが頭の中をめぐっては過ぎてゆく。「今の学校で同居人を押さえつけていることが、彼のためによいことなんだろうか?」「匙を投げかかっている教師の尻を叩けるもんなんだろうか?」「学校の中でサポート教室を作ってくれっていう申し入れをした時には、『それは彼の現状に合わない』と言われ、普通級では指導継続が難しいと言われ、じゃあどうすればいいんだろう?」「ずっと前から各方面に助けを求めているのに、どうしていつまでも必要なサポートが受けられないんだろう?」「どうすればいいかわからないから困っているのに、どうして『お母さんはどうしたいのですか』って何度も聞くんだろう?」「転校させるとして、通わせられるんだろうか?位置的にも費用的にも」「できれば学区の学校に通って欲しい」全部がわたしの本心で、いつまで考えても出口がない。前にもあったぞ、こんなこと…。いつだっけ、と考えるに、同居人の心臓病が発覚した直後のことだった。いつ治るんだか、治るまでの費用はどのくらいなんだか…と、毎日毎日悶々としていた。「トンネルの出口が見えない悩み」ってものではないかと思う。先の見とおしがついていないこと自体が辛い。あの時自問自答の中で自分で拾った思いに、今回は身をゆだねてみよう。「物事には絶対終わりがくるから、その終わりをよいはじまりに繋げていけるように、今日の精一杯をしよう。」「一日ごとに解決の日が近づいてくる」「先が見えないのは、本当のところみんな同じ。私たちは5分先の事だってわからない。」過去頑張って頑張った自分が、こっちに向かってエールを送ってくれるような気分になった。夕方、心配して電話してくれ、知人で軽度発達障害関係に深く関わっている人がいるから行ってごらん、と、連絡先を教えてくれた。今日は同居人、わるいことをひとつしそうになって、見つけてくれた人がいたので未遂に終わった。その目撃者から連絡があったので、先日の講演で教わった通り、「君のしようとしていたことは悪いことです。見つけた人がいました。その人が連絡をくれました。これからも悪いことをしたら、何度でも言うよ」と言ってみた。同居人は反省したふうでもなかったけど、固まってしまうことはなかった。繰り返したら何度でも繰り返せばいいんだよね? そして同居人の英語ドリル、教えながら一緒にやった。今日は怒らずに教えられた。途中で同居人はスイッチが入って、今日の分が終わった時には、すごく嬉しそうな顔をしていた。もうそれだけで、同居人にも私にも、今日ははなまるあげていいんじゃないだろうかと思う。
2006.06.15
コメント(1)
最近、「live大丈夫?」と言われた時に、「いつか死ねると思えば大丈夫です」と答えることが多い。大概、「そんな寂しいこと言わないで、頑張ろうよ」という感じの答えが返ってくる。今、自分から死なないでも、黙っていればいつか死ねると思えばこそ、今を生き続けられるの。不老不死で未来永劫生き続けなければならないとしたら、そんな不幸はないと思う。いつか死ねるから、今は生きとこう、生きているうちにしかできないんだから、仕方ないさ、乗り越えてこう そんな思いを動力にして、這うように進んでいる最近。今日、中学に個人面談に行った。すごく端折って書くと、同居人は公立中学の普通学級での学習継続は無理だと言われた。中学が今までしてくれたことには感謝している。私も学校も限界を感じている。養護学校か、フリースクールか、サポート校か、とにかくいろんな学校を選択肢に入れなきゃいけないことになった。どうせ死ぬまでなんだから、やれるだけやる。
2006.06.14
コメント(0)
今日も学校を抜け出して帰宅し、私の帰宅した時にはぐっすり眠っていた同居人を見ながら、「三年寝太郎」という言葉を思い出した。(同居人は昼も寝ているけれど、夜も寝ている)いつもぐうたら寝てばかりいてバカにされどおしの寝太郎が目覚めて…木下順二版では、たしか村人を騙そうとして失敗を繰り返すけど、最後には長者の娘婿になる…んだと思う。民話版では、灌漑工事をひとりでやってのけ、村のピンチを救うんだと思う。うちで寝ている男は、長者の娘婿になるんだろうか。村の英雄になるんだろうか。その前に、果たして、起きるのだろうか。寝太郎ちゃん。
2006.06.13
コメント(0)
携帯を「らくらくホン」に買い替えた。(一番簡単なヤツじゃないもの。FOMAの。)「liveまだ30代っしょ?いくらなんでもらくらくホンは早すぎるんじゃ…」という周囲の声もあったけど、とにかくらくらくホンにした。理由1 色々機能がついているのは面倒だから理由2 デザイン的に、持ち歩きたいのがらくらくホンだったから(ミントブルーに花柄がついたもの)使い始めて4日過ぎた。うーん、やっぱりシニア向け。ジジババのこころをわしづかみにする工夫いっぱい。歩数計がついていて、登録すれば定期的に歩数をどこかの端末に送信してくれる。(つまり、離れて暮らすお母さんにらくらくホンを持たせておけば「あ、今日カアちゃん一歩も動いていない!!」ってことがわかる)また別の登録をしておけば、歩数に合わせて東海道五十三次とか、富士登山なんかのバーチャルコースを辿って、節目ごとに褒賞メールが貰える。字がでかい。うるさいところでの通話に「はっきりボイス」が使える。防犯ブザーもついているし、動画のプリインは落語だ。逆に不便なところは、今までの携帯についていた「テキストメモ」と「カウントダウンタイマー」がないこと。この2つはすごく便利に使っていたので、ないとちょっと不便。
2006.06.12
コメント(0)
今日は1日、LDの親の会が主催する公開フォーラムに出席してきた。テーマは「軽度発達障害のこどもの思春期と自立」だった。軽度発達障害の子どもたちへの支援教育の概論のほか、非行防止や高等教育、就職などの題で、講演会とシンポジウムが一日中。その席で思ったことを、今日は3回に分けて書きました。まず、一番切実に興味があったのは「非行防止と初期非行への対応」の話。少年鑑別所の所長さんによる話で、話は下手だったけど、内容は大変よかった。参考になることもあるかも知れないので、書くね。まず、全国の鑑別所に送られてくる少年のうち、軽度発達障害の傾向がある子が少なくないこと、非行を起こしてはじめて診断がつくことも多いことが説明された。次に非行防止のポイント。1勉強面のサポート2生活の質を高めるサポート3生活管理能力を高めるサポートが必要とのこと。 勉強面は、高学力を目標とするのではなく、勉強への好奇心を維持させ、自己評価の低下を防ぐのが目的なので、「解ける問題を、無理のない量」が基本とのこと。最初に「今日は何問」と示し、子どもが理解しているか確かめて、やり方を説明してから解かせる、そして、勉強の後には褒賞を与える(よいことをするとよいことが返ってくるというフィードバック)。間違ってもやっちゃいけないのは、問題を解いた子に「よくできたね!・・・じゃあもう一問、ちょっと難しいのをやってみよう!!」というのだそう。(↑すごく見に覚えが…立てば歩めの親心ってヤツで…。反省)学校での個別支援は当然で、それがもとでいじめが起こるようなら学級経営自体を見なおす必要があるそうだ。 生活の質ってことでは、「よい趣味とよい友達をもつ」ってことが目標だそう。子どもが運動系なのか、理科系なのか、文科系なのかをよく観察して、子どもの嗜好に合う趣味を提示し、はじめは親も一緒になって楽しんだり、同好の集まりに連れていったりするとよいそう。 生活管理能力については、家庭では小遣いを通した金銭管理が一番有効らしい。小額をこまめに与えるようにして、「管理して、ためて使う」方向にもっていけたらOKだそう。んで、とっても目からウロコだった「初期非行への対処法」発想の転換が大事なんだなあと、痛感した。まず、子どもが軽い反社会行動を起こした時の基本姿勢について。たとえば「親の財布からお金を持ち出した」ときに必要な発想は、「そこに財布があったから盗った。」…それだけ。「愛情不足」「欲求不満」などの理屈付けは、あまり役立たない、よって無用。そして、「万引きした子どもが捕まり、子どもは知らないといっている」というときに有効な台詞は「見ていた人がいる。万引きは悪いことだから、私は親として弁償しなければいけない。」という事実のみ。「あなたのことを心配している」とか、「万引きはなぜいけないのか」などの理屈は無用。(混乱するから)「本当のことを言いなさい」「何度言ったら分かるの?」「これが最後だよ」などの台詞は利益なし。(曖昧だから)口が裂けても言ってはいけないのは「もう家に帰って来るな!!」(軽度発達障害の彼らにとって、こう言われるのは非行少年になれというのと同じ。あああ。今まで私、いくつの禁句を連ねただろう???なんで今まで教えてくれなかったの???普通の子に有効な言葉でも、ことごとく裏目に出るなんて。子どもが悪さをしたら、「○○はわるいことだからやめなさい」だけでいいそうだ。そして「わるいことしたら何度でも注意するよ」で、悪いことしたらその都度「○○は悪いことだよ」というだけでいいそうだ。…なんてシンプルなんだ~!! がっくし。で、注意するのは、目に見えた問題行動だけでいいそう。目に見えない(目の前でやっていない)ことまで注意したり心配したりする必要はない(というか、注意しても効果はない)とのこと。総括として、「子どもの力を信じると言って子どものやりたいようにさせたり、子どもの心を汲み取ると言って心理背景を指導の対象にしたり、人生観や自己実現などを語ってはならない。 望ましいモデルや形を示して状況を解りやすくし、観察可能な行動を指導し、具体的な小さな変化を拾ってほめ、フィードバックすることが必要」と言っていた。壮大な「子育てはかくあれかし」という理想は、軽度発達障害の子どもには見えないところに隠しておく方が良いのかもしれないと思った。
2006.06.11
コメント(4)
つづき。今日の柱のもうひとつは、「自立と就業」の問題だった。今現在、「軽度発達障害者に対する特別支援」が曲がりなりにも整ってきているのは、小学校と中学校の義務教育期間だけで、それ以前と高校以後は、まだまだ支援が立ち遅れているということだ。それに関して、今日の会では1 大学の先生から、高等教育での、支援のモデルについて2 20代のお子さんの保護者から、高校卒業から就業までの遍歴について3 高等養護学校の教師から、高等養護での職業訓練と、卒後フォローについて4 障害者就労支援機関の人から、主に知的障害者の就業の現状についての、話があった。すべての話を総合して思ったのは、「知能に遅れのない軽度発達障害者は一番損をしている」ということ。「障害者」というのは今のところ、「身体障害者」「知的障害者」「精神障害者」の3区分があって、それぞれ手帳が発行されたり、診断をもって認定されたりしている(間違いがあったらごめんなさい)んだけど、その3つのどれかに認定されれば、それなりの福祉や就業支援が、さほどの困難なしに受けられる・・・らしい。実際、上記の2の話では、高校まで普通級で学んでいた息子さんは、就職と転職でつまずき、結局手帳をとって障害者就労支援機関の職業訓練を受けて就職したそうだし、3の事例では高卒までに手帳を取得し、全員障害者枠で就職しているとのことだ。 3の高等養護学校の授業は即戦力的で魅力があった。子どもの書いた作文なども頼もしかった。さすが養護学校、それなりの教育ができるんだと思った。…けど、概ねIQ80以下でないと入学できないらしい。同居人は頭がいい。自慢しているように見えるかもしれないけど、社会性が著しく低くて、知能の高い状態は、本人も大変だろうけど、まわりも大変だ。自分のせいではないやりにくさ(それを障害という)を抱えているけど、障害者として認定はされず、福祉も受けられない。だけどまわりの同年代は容赦なく「シンタイ」扱いをする。なんてワリくう個性なんだろう??いまのところ、訓練して、自分の困難さを他人に説明し、適切な支援を受けられるようにすることが、障害の谷間にある彼らの唯一の生き残り手段のようだ。4の話の中で、軽度発達障害者の就業には、システム整備と同時に、会社のニーズにこたえられる能力を発揮できるように彼らを訓練するのも必要だと言っていた。同居人を見ていて、うまく訓練さえすれば、彼らは貴重な社会的財産になるような気がするんだけど。
2006.06.11
コメント(1)
つづき。講演その他を聞きながら、「ここまでくるのに、どれだけの先達がいたんだろう」と思った。 微細脳障害と呼ばれていた時代、さらに遡ってなんだかわけが分からなかった時代から、どれだけの親が「ちょっと変わった個性の我が子」のために戦ってきたのだろうと思った。 昔々、同居人が心臓の手術を終えて生還した時も、たしか同じことを考えた。医療技術(軽度発達障害の場合は教育技術も含むね)が整うまで、支援制度が整うまでの間には、数限りない当事者たちの戦いがあったはず。制度を利用する時には、そういう、会った事のない人に感謝しなければいけないんじゃないだろうか。子どもの幸せを考える親の愛は、社会を動かすことができると思った。現に動いているさまを今日目の当たりにした。前に、中学に支援の条件整備のお願いをしにいった時、ある人に言われた。「今からそんなことしたって、同居人くんには間に合わないんじゃないの?」そのとき、それに答えた。「同居人に間に合わなくっても良いの。半分は同居人のあとに続く子のためなの。」きれいごとじゃなく、ほんとにそう思ったから。だってさ、同居人に早期診断がついたのは、前を歩いていた人のお蔭だから。だから後の人のために、ほんの少しだけど道を慣らしていこうと思うの。どんな障害を持って生まれても、安心して大人になれる社会が作りたいって、今日思った。おわり。
2006.06.11
コメント(1)
半分仕事の会合に、一日出かけていた。ここ数日寝不足なのと、今朝は5時に起きて草取りしたのとで、死ぬほど眠かった。おまけに椅子の座りごこちが非常に悪く、おケツが痛くなった。でもまあ、恙無くお勤めは果たせた。昼ご飯に弁当が出て、みんな会場のロビーで食べてたけど、私は外で食べた。日も照ってなく、涼しく、紫陽花が咲き初めて見晴らしもよい場所があったので、一人気持ちよくお弁当を食べた。夕方、思ったよりも早く終わったので、時々行く骨董喫茶でひとり茶をしてきた。コーヒーと、デザート(柔らかなミルクプリンの上にシロップとイチゴ・生ブルーベリーが乗っているもの。とっても涼しげで味もよかった♪)を頼んで、店主さんと着物の話なんかしながら、ゆっくり楽しんできた。そのあと、商店街の中の老舗紳士服店の店じまいセールをのぞいて、紺のベレーを買った。このお店、私にはあまり縁がなかったので、今まで覗いたことがなかったんだけど、抜群に帽子の品揃えが多くて、お店の傾向も「古きよき紳士服店」って感じで、好きだった。仕立てのYシャツに帽子のバランスまで考えているような、上品な老紳士は、これからどこで服を揃えるんだろうか?という気もする。ベレーはひとつ欲しかった。最近かぶっている人を見ないけど、(ついでに、昔の漫画家のイメージが強いけど)私はベレーが似合う。冬あったかくて、フォーマルな服に合わせてもおかしくなくて、あまり自己主張しない帽子で、大好きだ。昔気に入っていたものを父に取られ、そのあと持っていなかった。今日は閉店セールで半額。たぶんその紳士服店では、最初で最後の買い物。気がついたらその商店街も、下品な店ばかりが入れ代わり立ちかわり、できては消えるようになってしまった。悲しいなあ。
2006.06.10
コメント(0)
今日は職場の人が多く出払ってしまい、閑散とした環境で、ずーっと電話取りをしていた。こんな日に限って、いろんな人から色んな用件で電話がかかってくる。 休憩時間にお茶飲みながら同僚と、最近の殺人事件について雑談をする。親が子どもを、小学生が同級生を、塾講師が教え子を、子どもが親を、近所のおばさんが子どもを戴した理由もなく殺す。一昔前だったら、つもり積もった恨みとか、やむにやまれぬ事情があったのにね。同居人の件は肩の荷が下りたような気分になったんだけど、なぜか今日は同居人、ずっと学校にいた。(ただし用務員室に)内緒で用務員さんに教えてもらいながら、何かを作っているらしい。何を作っているのか聞いても教えてくれない。「みんなに知られるとね、Nさん(用務員さん)が校長先生に怒られるからね。でも、I先生(学年主任)には教えたんだ。全然内緒って言うのもまずいっしょ?」だそう。I先生と用務員さんは、君が認めた信用のおける人なんだね。 もしかしたら、校長先生以下、みんな知っているのかもしれないけどね。月曜にできるの。Nさんは「君だから作らせてやれるんだよ。他の子だったらあぶなくて作らせられない」って言うんだよ。そんなことを言いながら、同居人はとても嬉しそうだ。
2006.06.09
コメント(0)
同居人は今日も学校を抜け出した。5月の下旬から、私と一緒に登校するようになって、それから1日じゅう教室にいられた日は一日もない。「常識的な」時刻に家に帰ってくる日も少ない。同居人はそれでも自力で家に帰ってきて、私の作った夕食を食べ、私の縫ったパジャマを着て、私の隣で眠る。そして、洗濯をたたんだり皿を拭いたり、風呂の掃除をしたりは素直にやる。外を歩いているのは、「考えをまとめたかったから。考えているうちに時間が過ぎてしまったの、心配かけてゴメンナサイ」と言う。学校でも、用務員さんを手伝っての掃除だけは嬉々としてしているらしい。教室に入るともうダメだけど。学校に毎日行くようになってから、同居人は前にも増して不安定だ。学校に毎日行くようになってから…学校に行っているほうが安心だなんて、誰が決めたの?そう思った瞬間、「もう学校に行かなくていいよ」という言葉が口をついて出た。もう学校に行かなくてもいいよ。行きたかったら行ってもいいけど、絶対行かなくてもいいよ。同居人と話していて、彼の口から「クラスの子が、『お前なんかT養護学校に行けばいいんだ』と言った」ということを聞いた。T養護学校は、地域の重症肢体不自由児の多く通う養護学校。「養護学校に行っている人が劣っているとか優れているとか、そういうことはないよ。からだが不自由でも発達が遅くても、みんなその人に合った教育を受けられるように、養護学校があるんだからね。あんたが『障害者』だってことはそうなんだけど、あんたに合った教育は、T養護のしている教育とは違うと思うよ。あんたにT養護に行けっていうのは、聴覚障害者に盲学校に行けって言うのと同じようなことだよ。」と言ったら、同居人は「知らないってことだね」と言った。教室の、無理解の嵐の中で、君はひとり座っているのかもしれないね。君が行きたくないなら、もう学校には行かなくていいよ。
2006.06.08
コメント(2)
「親の安心と子どもの幸福は別物である」という課題を、ここ数日で嫌というほど味わわされている。 不平不満を言いながら、なんとなく義務感で学校に通い、その鬱憤を誰かを貶めて晴らすような子どもよりも、全身全霊で抵抗して、その結果を誰のせいにもしないという同居人は、親が思っているよりもずっと崇高な個性の人間なのではないかと、親ばかのようだけど、思った。私はものすごく心配するどうして心配なのか。成績が悪くなるから進路が狭まるから将来仕事に就けなくなるからそのへんを削ぎ落として削ぎ落として、どこまで削ぎ落とせば、課題は終わるのだろうか。あなたが無事でいてくれればそれでいい心配なのは、あなたが愛しいからあなたが怖い目にあっていないかどうか、それが心配子どもの幸福にこころを沿わせることは難しい。子どもは親を安心させるために生きているのではない。自身が幸せになるために生きている。
2006.06.07
コメント(1)
書く気がしません。
2006.06.06
コメント(0)
今日は土曜出勤の代休で、キャンプの代休の同居人ともども休みだった。年に数回、伊勢原の大山阿夫利神社に詣でているのだけど、5月の終わりに行こうと思っていて雨で流れたので、今日行くことにした。同居人も一緒に行くと言ってついてきた。山頂まで登る体力はないので、下社までケーブルカーでさっと上がって参拝して帰ってくる予定だったんだけど、ついてみたらケーブルカーは点検のため運休。「女坂登る?」と同居人に聞いたら「もちろんさぁ」…ということで、女坂を登って下社まで行った。完全に体力は同居人に抜かれた。初めて同居人と大山に来たのは何年前だったか。挫けそうな同居人を引きたてて登ったのが昨日のことみたいなのに。同居人の基礎体力はすごいのかもしれない。ここ数日歩きっぱなしじゃないか。それでも軽く駆けるようにひょいひょいと石段を登っていく。下社に着いて、参拝したあとおみくじをひいた。やっぱり「誰か見ている」んじゃないかと思う。というのは、前回大山に来た時にひいたおみくじのメッセージは「山の木の葉が全部落ちたあとには桜が咲きます(辛抱して頑張ってね)」で、今回ひいたメッセージは「長雨でしたが、今はすっかり上がって青空の下、山桜が満開です(でも不遜にならないでね)」だった。…続きじゃん。そして同居人がひいたおみくじは「風雪に耐えた梅の花の香りを、道ゆく人が愛でています(よかったね、これからも頑張ってね)」だった。…言わんとすることは同じじゃん(少し同居人の方が奥ゆかしいけどね)また女坂を通って下山して、食堂で豆腐定食を食べた。大変おいしかった。そのあと、参道で土産物屋をしている知人に挨拶しにいった。知人は大山独楽の職人さんなんだけど、同居人が「こまを作るところを見せてほしい」と申し出たら、快く工房に入れてくれ、目の前で小さな大山独楽をロクロ引きして着色してくれた。そしてお土産用にと、小さな手回し独楽を引いてくれた。摩擦熱でまだ熱い独楽をほいと手渡されて、同居人は心底嬉しそうな顔をした。早めに帰ってきて、明日からまた仕事!追記 書こうと思って忘れてた。 大山神社のおみくじにはおまけがついている。1cmくらいの大きさの金色のお守りがおみくじと一緒に紙に包まれていて、恵比寿、大黒、招き猫、ダルマ、蛙、銭亀、小槌のどれか1つが入っている。ちょっとかわいいのでオススメのおみくじだったりする。今日は私に恵比寿、同居人にダルマだった。同居人はコンプリートすると言っているけど、いまだに招き猫に当たらない。ちなみに、阿夫利神社に行く途中の不動尊のおみくじには、神社とはまた別のお守りシリーズが同梱?されている。食玩じゃないんだから…と思いつつ、阿夫利神社の方が揃ったら不動尊を集めようかと、そんなことも考えている今日この頃。
2006.06.05
コメント(1)
着物着て、都内某所までおでかけ。今日はドレスダウンした組み合せ。紺の木綿に茶味がかったピンクの絞り兵児帯。臙脂の柄足袋に下駄はいて、デニムの手提げを下げて行った。バスの中でおばあちゃんに「あら珍しい」と声をかけられる。珍しいのは着物なのか、いい歳をした女の兵児帯か?しめてみて、兵児帯って結構いいと思う。締めるのに技術はいらないし、金魚のしっぽみたいでかわいいし、蝶結びにしたしっぽ?の部分を伊達締めに挟みこめば崩れる心配もあまりない。今日は地下鉄で一人、着物の女性と行きあった。(やたら着物の人を見る日もあるけど、今日はその方一人)いつも着物の人を見ると、組み合せや着つけ方を観察して参考にさせてもらっている。今日のその人は…。ん~。お太鼓に結んだ帯が、崩れかかっていた。帯締めが、折りこんだ帯のうえにしっかり乗っていなかったらしく、帯締めの下からお太鼓がズルっと下がる直前だった。後ろの帯全体が崩れるのも時間の問題っていう感じだった。着せつけてもらったにしては崩れがひどい(きちんと着付けてあれば、着物は思うほど崩れない。)ので、自分で着たんだろうか?こういう時、どうすればいいんだろう?技術は持っているので、いざとなれば帯を結びなおすこともできるんだけど、電車の中で突然言われても困るだろうなあ、と思案しているうちに私の降りる駅になってしまった。家に帰って、今日の夕食は同居人がキャンプから持ち帰ったじゃがいもを蒸かしてサラダを作った。いもが新鮮だからか、ものすごくおいしかった。
2006.06.04
コメント(0)
今日は休日出勤。一日動き回っていた。でも無駄な動きが多くて自分が嫌になった。夕方片付けをしていたら、同居人の担任から「無事帰りました」という電話があった。そして同居人が鍵をなくして家にはいれないと言っていると。同居人に代わってもらい、「鍵はリュックのポケットに入っているよ」と伝えたらそれっきりになってしまったので、それから20分後くらいに自宅に電話してみたら同居人が出た。無事に家に入れたらしい。仕事を終えて自宅に帰ったら、同居人は上機嫌。芋掘りしたとかで、じゃがいもを持ち帰ってきた。ウォークラリーも逃げ出さずにゴールできたらしい。上機嫌な同居人はいつにも増して饒舌。ウルサイくらい。
2006.06.03
コメント(0)
同居人は無事、キャンプへと旅立っていった。今日は仕事場で一大事件があり(詳細は書けませんが)寝不足のところにアドレナリン放出の出来事の連続で、夕方にはナチュラルハイになっていた。今日は同居人がいないので、元同僚と食事しに行こうということになり、待ち合わせて落ち着いた居酒屋に行った。そこでここ1ヶ月あまりの、仕事と同居人関係のあれやこれやをたっぷり聞いてもらいながら、ゆっくりごはんを食べた。人に話を聞いてもらうと、考えの交通整理ができるので助かる。なんだかんだ言いながら、過ぎたことはすべて笑い話に変えてしまえる。そして、現在進行中の厄介ごとも、視点を変えれば面白すぎる笑い話になるんだと気付く。「毎日祭りだね」と言われた。
2006.06.02
コメント(0)
深夜1時40分だった。一応警察に届けた旨、実家に知らせたら、母が心配でいられないといって、兄が送って泊まりに来たりして、ちょっと騒ぎになった。担任はキャンプの前日だというのに、「何時でもいいですから」と待機してくれた。本人はいたって元気に(足が疲れたといいつつ)帰ってきて、どんぶりめしとマーボー豆腐をかっ込んで眠ってしまった。寿命が3年縮んだ気がする。おかあさん、皆さんありがとう。
2006.06.02
コメント(3)
今9時10分。今日もまだ帰ってきていない。明日はキャンプだ。今日、中学に個人的個人面談に行って、そこで「こんなに不安定で明日からキャンプに出すのは不安だ」と、私が言ったら担任が「そうですね、でも、キャンプだから不安定になっているってこともあるかも知れませんね。」と言った。そういえば、小学校のキャンプと修学旅行の前日もヤツはなかなか帰ってこなかった。個人的個人面談は、「同居人くんが授業を抜け出し(これはいつものことだけど)所在が掴めない。自宅にも戻っていないようだ。」という学校からの電話ではじまった。前日帰ってこなかったり、今朝私とちょっとトラブルがあったりだったので、私も心配になり、中抜け年休を貰って中学に行った。 同居人は学校内に潜んでいて、所在はわかったものの、パニックを起こしていて動かない。動かないと思うと脱兎の如く逃げていき、それを複数の職員で追跡する。ああ、毎日こんなことを繰り返しているんだ、と思った。仕方がないので、パニックを起こしている同居人は別の先生に見ていてもらって、校長と担任、そして学年主任に、私の状況を話した。同居人はしばらくしてパニックから立ち直り、けろりとして話し合いの席に入ってきた。「かーさんとだけ、話したい」と言うので教師に席を外してもらうと、同居人は一言「あのさ、『バカ!あんたなんか嫌い!』って言ってすぐに『心配したんだよ』って言うの、やめてもらえる?」と言った。「バカって思ってんのか、心配したのかわからなくて困るんだよ。」…自閉ちゃん…。先刻授業を抜け出した理由はこうだった。「キャンプのウォークラリーの打合せをしていて、『キャンプのしおり』を俺は貰っていなくて、いつ配られるのか待っていたのに、みんなはしおりを持っていて、ウォークラリーについて、俺しおり持っていないから俺が思ったことを言うと、みんなして『それはしおりに書いていることと違う』って言うんだけど、俺はしおり持っていないから俺の思うことを言うのに、どうしてしおりに書いてあることを言わなくちゃいけないのか分からないからそう言ったら、みんなして違う違うっていうんだけど、俺しおり持っていないのにしおりに書いてあることと違うって言われても困るんだけど、みんなが怒るからパニックになった。」だそうだ。ちなみにしおりは、昨日同居人がやはりパニックを起こして授業を抜けていた時に、印刷綴じこみをしたそうだ。学年主任の先生に来てもらい、かんで含めるように同居人に「しおりは昨日、君がクラスを抜けていた時に印刷綴じこみをしたので、みんなも昨日の夕方手にした」ということ、同居人の混乱の理由が周りに伝わっていなかったわけ、それから、ウォークラリーの手順などを説明してもらった。その説明と納得合意の様子が、傍で見ていると漫才のようだ。傍で見ていると面白いんだよなあ。同居人が落ち着いたようなので、私は仕事に戻り、6時半に帰って来たら同居人が帰って来ない。さっき、警察に電話して、一時所在不明の手配をしてもらった。
2006.06.01
コメント(0)
昨晩は9時半近くになって同居人帰宅。「たっだいま~腹減った~」と、機嫌よく家に入ってきて、ガバガバと飯食って寝た。
2006.06.01
コメント(0)
全27件 (27件中 1-27件目)
1