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ダニエル・バレンボイム指揮/West Eastern Divan Orchestraによる、チャイコフスキーの交響曲第5番(CD+DVD)。2004年8月06日、ジュネーヴでのライヴ。“The Ramallah Concert”が素晴らしかったので、迷わずに買った。この曲は、ずいぶん昔に、NHK-FMで、ユーリー・アーロノヴィチの指揮で聴いて、すごい音楽だ、と思ったことを憶えているのだが、肝腎のオケのほうを忘れてしまった。ドイツのオケ、それも放送響だったような記憶が、かすかにあるが、自信がない。ああ、情けない。ところで、バレンボイム盤。この演奏が、また、とてつもなく素晴らしい。どうして、こんな演奏が可能なのだろうか。混成のユース・オーケストラで、しかも、ライヴ!だというのに。ただただ、感嘆。ところで。このアイテムは、CDとDVDのセットなのだが、何故、DVDには、シベリウスの「悲しいワルツ」が収録されていないのだろうか。
2006年05月30日
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表記は、今日、聴いていたCDのタイトル[Berlin Classics 0017572BC]。ヘンデルのオペラやオラトリオから18曲。Wolfgang Katscher指揮/Lautten Compagney.リン・ドーソンという歌手の名前を初めて知った(そうして、歌を初めて聴いた)のは、ジュリーニ盤の「レクイエム」で、だった。その後、さほど熱心にCDを探すことをしなかったこともあり、次に手に入れた、この歌い手の作品は、『ツァイーデ』。“My Personal Handel Collection”が、やっと三つめになる。気に入った歌手だというのに、何故、これほども怠惰でスローなコレクションをしているのか、自分でも、わけがわからない。小学生のときに、同級生の○○ちゃん(美少女だった)には話しかけることが出来なかった、ということに関係しているような気もするが、確たる証拠は無い。うむ。何を書いているのであったか。そうだ、リン・ドーソンのヘンデルだった。なんと、暖かくて心地良い声だろう。ヘンデルの音楽とは、これほどにも佳いものであったのか。ドーソンの歌は、どの曲においても、毅然とした感じを失わない。同じヘンデルの作品群なのだが、ルネ・フレミングの歌だと、なにか、べったりとした(比較において、だが)ものと感じられる。ドーソンの声が硬い、という意味ではない。確たる技巧があって、それをことさらに誇示することはせずに、歌ってくれていて、ぼんやりと聴いていると、ごく簡単に歌いこなしているかのような錯覚すら受ける。そう、この、技巧をひけらかすような姿勢が無いこと、が、とても好ましいのだ。この点で、チェチーリア・バルトリの歌い方とは、対極に位置する、とも思える。
2006年05月28日
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『ベリー公のいとも豪華なる時祷書』。ヨーロッパ中世史に興味を御持ちの方なら、必ずや御存知であろう、かの書籍である。高校生の時に読んだ、角川文庫版の『中世の秋』のカバーには、この『時祷書』のなかの絵が使われていたように思う。今日、僕は、その原本の完全模刻版が出版されていることを知った。9980ユーロ。うむ、約140万円か。悩ましい。買うべきか、買わざるべきか。それが問題だ。
2006年05月23日
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グルダの弾き振りによるニ短調協奏曲のことを書いた日記の末尾で触れた内田光子さんのDVDは,カメラータ・ザルツブルクとの演奏(内田さんも、弾き振り)のことだった。このDVDを買うことを考えながら、今日、内田さんの御名前で検索していたら、先月発売されたばかりのボックスセットCD’s(テイトとの演奏)が見つかった。ロンド(K. 382)と21曲のピアノ協奏曲とを、8枚に収めていて、34ユーロ。1枚が4ユーロほどだなんて、とんでもなく安い。したがって、当然、このボックスセットを、買ったのであった。仮に内田さんの、上記DVDを購入するとしたら、ディスク1枚に対して、25ユーロの投資が必要であったのだが、その場合に比べると、今日の買い物により、乏しい小遣いの有効利用に、多大なる寄与をした自分であった。うむ。言い訳としては、きわめて説得力に乏しい。なぜならば、トータルの出費は増えたのだから、言い訳にすらなっていない、との解釈も可能だからである。おお、それから。今日は購入しなかったものの、けっきょく、DVDのほうも買ってしまうような気がする。それに備えて、素晴らしい説得力を持った言い訳を考えておかねばならない。
2006年05月17日
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自分の仕事とは、いったいなんだろうか。一言で表現するのは難しい。フランスの 白亜のビルの その中で 我泣きぬれて 美女とたはむるとでも言えば、かなり正確であろうかとも思われるが、その一方で、事実とは異なる状況を想起させるか、という危惧もわいてくる、今日この頃である。自分では、僕の仕事は、かなりの頭脳労働だと信じているのだが、超美人秘書の目には、ただボケッとして日々を過ごしているだけ、と映っているように思えてならない。これは気のせいだろうか。あるいは、恋の病だろうか。被害妄想かも知れない。うむ。なにを書いているのか、わからなくなった。おお、そういえば、今度は、飛んで、イスタンブールに行かねばならない。それから、ピルゼンにも行かねばならなくなってしまった。出張が組まれてしまったのであった。これは、超美人秘書の陰謀だろうか。イスタンブールとピルゼンへの訪問が終了したら、訪問国/都市数は(日本以外で)、13ヶ国、42都市、となる。そんなことを数えている御暇があるのでしたら、少しは、オシゴトをなさってください、と、超美人秘書に叱られそうな気がする。
2006年05月13日
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これまで、僕は、写真で見たことしかなかった。しかし、先週、本物を目撃した。パリ、シャンゼリゼの人混みのなかで。写真で見たことがあったからなのかも知れないが、インパクトには欠けた。セグウェイ。「先週、見た」ということを、今まで忘れていたほどだから、如何に印象に残らなかったか、が、改めてわかる。周囲の人々も、乗っている男性のほうをチラリとは見ていたが、あとをついて行くほどの物好きな人は、いなかった。アメリカで年間100万台を売った後に、国外にも進出、とか騒がれていたが、なんでも、最初の3年間で、6000台しか売れなかったらしい。「世紀の発明」という評は,まだ持続しているのだろうか。
2006年05月12日
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表題のアイテムは、ARCHIVレーベルのDVD.ガーディナー指揮/モンテヴェルディ合唱団/イングリッシュ・バロック・ソロイスツ。1993年のシャトレ座でのライヴ。舞台の設定が、すっきりとしていて、わかりやすい。そのおかげで、観ている側は歌い手の技量に集中するということにもなろうか。フィガロは、ブリン・ターフェル。この歌い手の歌を、まともに聴くのは、今回が初めてなのだが、これほど素晴らしい歌手だとは知らなかった。スザンナのアリソン・ハグリーが、可愛い。パメラ・ヘレン・スティーヴンという歌手の名前は、初めて聞く。美少年ともいえる顔立ちのケルビーノで、とてもいい。観ていて(そうして、もちろん、聴いていて)楽しい『フィガロ』だ。
2006年05月10日
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ジョン・ケイスの本を読むのは、“Trance State”,“The Genesis Code”,“The Eighth Day”に続いて、この“The Murder Artist”で四冊目になる。“The Murder Artist”でも、ケイスのストーリーテリングには、感嘆した。謎を持続させつつ、主人公を移動させ、話を広げてゆく。いったい、どう収束させるのか、とやや心配にすらなったのだが、結局、納得できる印象で、最後に至る。また、終幕に至る場面は、とくにスピード感と臨場感にあふれた記述で、いっきに読ませる。《蛇足》驚いたのが、ストーリーには関係のない部分で目にした記述。“Hocus-pocus”(ドイツ語だと、Hokuspokus)が、次の文の転化だという。“Hoc est corpus meum.”[実は、ケイスは、“Hoc est meum corpus.”と記しているが]つまり、“This is my body.”という、キリストの言葉。まさか、ケイスの作り話ではないだろう。調べてみなくては。
2006年05月09日
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表記は、DVDのタイトル。本当は、フランス語で、“Mozart a l’Opera”[より、正確には、“a”は、a accent graveで、“Opera”の“e”は、e accent aiguなのだが、アクサン付の文字を入力すると、楽天さんではエラーが出るので、アクサンは省いて記す]。モーツァルトのオペラから計7作品とレクイエムに関しての、ウニテルとドイツ・グラモフォンの映像を、21トラック、合計90分収めたもの。10ユーロ(約1400円)とは、信じられないほどに安い。これは、今年がモーツァルト・イヤーだからこそ、だが。これなら、毎年、モーツァルト・イヤーでもいい、と思うのは、僕だけだろうか。うむ、来年も是非、続いて欲しいものである。多分、無理だろうが。冒頭の『ドン・ジョヴァンニ』序曲、フルトヴェングラー/ウィーン・フィルの映像がカラーであるのには、驚いた。その後のシーンは、レヴァイン/MET盤からの採録。さらに、『後宮からの逃走』、『フィガロの結婚』(ベーム盤から。マリア・ユーイングのケルビーノは、やっぱりいい)、『魔笛』、『コジ・ファン・トゥッテ』、『ポントノの王 ミトリダーテ』、『イドメネオ』、最後が、『レクイエム』(バーンスタイン/バイエルン)。しかし、である。『魔笛』、である。4シーンが採録されている。パパゲーノ(ブレンデル)、タミーノ(アライサ)、夜の女王(グルベローヴァ)[以上は、サヴァリッシュ/バイエルン]、ザラストロ(モル)[これだけ、レヴァイン/MET]。サヴァリッシュ/バイエルン版から選んでいるというのに、なにゆえに、ポップさんのパミーナのアリアを収録していないのだ。これは、理解できない。ブレンデルのパパゲーノを削ってでも、ポップさんを収録すべきだろう。グルベローヴァに関しては、夜の女王だけでなく、『後宮』のコンスタンツェと、『コジ』のフィオルディリージまでも採録されているというのに。アライサも、タミーノに加えて、『後宮』のベルモンテでも登場している。ああ、なんという、不公平な選択なのだろう。モーツァルト・イヤーに編まれた、このディスク、代表的モーツァルト・シンガーを収めたものであるはずなのに(将来、人々は、そのように理解するだろう)、ポップさんを省くなど、言語道断だ、とすら思った僕だった。
2006年05月01日
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