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ラドスラフ・クヴァピルというピアニストの名前は、半年ほど前に聴いたスメタナの『チェコ舞曲集』で、初めて知った。今回、買ったのは、その、チェコ舞曲集と同じく、Regisレーベルから発売されている“Dovorak Piano Music”というCD[Regis RRC1171]。「主題と8つの変奏曲」と“Poetic Tone Pictures”(作品85)の二つの作品を収めたもの。「主題と8つの変奏曲」 作品36例えば、友人に初めて聴かせてもらって、作曲者は誰だと思う?と、尋ねられたとしたら、僕には、ドヴォルザークの名前を思い浮かべることすらも出来なかっただろう。「ラヴェル? それとも、バルトーク?」とでも答えただろうか。リサイタルで聴いても、楽しいだろう、と思えた作品。 “Poetic Tone Pictures” 作品85「詩的な 音の絵」とでも訳せばよいだろうか。13の小品。“At the Old Castle”,“Reverie”と“Serenade”、という、テンポの遅い3つの作品が、いい。
2006年06月29日
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表記は、読み終えた本。2005年刊。相当に、粗雑な作り(この一冊のことを言っているのではなくて、シリーズものとして全体をみた場合に、という意味だが)。「なんでもあり」状態と言ってよいだろうか。そりゃあ、ないだろう、とも思いながら、読んだ。とはいっても、まあ、最後まで読んでしまったのだが。
2006年06月28日
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一年に数回、といったほどの頻度で、聴きたくなって、しかも、いちど聴くと、その後の数日は、繰り返し聴き続けることになる曲(と演奏と)がある。首記の、二楽章からなるソナタ(K.304)も、そうした音楽の一つだ。演奏は、アルテュール・グリュミオーとクララ・ハスキル。この御二人の演奏以外で聴こうとは思わない(不遜な言い方だが)。悲哀。諦念。しかし、重苦しくはない。ハスキルのピアノの、はつらつとしたタッチのおかげだ。この演奏が録音されたのは、1958年。ハスキル、63歳。事故の後に死去する二年前。このかたの演奏の若々しさには、ただ驚くばかり。
2006年06月26日
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George Johnsonによる、“Strange Beauty”.3月に読み始めていた一冊で、目がくらむほどの思いすらしながら読みすすめ、ようやく、読了(僕は、いつも、数冊の本を同時に読みすすめるので、読み終えるまでに、結構、時間をかけてしまう本も、でてくる)。後半にかけて、著者は、そうとうに苦労して(単語のひとつひとつにまで、細心の配慮を払って)書いている様子が、よく伝わってきていて、なかなかの緊張感とともに読むことができた。この本も、“Miss Leavitt’s Stars”と同様に、力作。物理学を専攻されていないかたであっても、途中の、素粒子論に関する箇所を、適宜、とばして読み進めることは可能だと思える(もちろん、丹念に読むことのほうが、好ましいだろうけれど。著者ジョンスンは、充分に力を注いで、記述してくれているし、注記も充実している)。
2006年06月25日
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下の写真は、National Geographic Magazine(NGM) の、Photo of the Day[後注]。2006年6月22日、つまり、昨日のもの。すこし前に書いた、2都市のうちの一つにあるモスクの写真。NGMが、とても良いタイミングで、記念になる一枚を載せてくれた。ただし、実を言うと、上記写真は、スレイマニエ・モスクのもの。一方、先日の一泊二日でのイスタンブール出張の際には、僕は、アヤ・ソフィア、スルタン・アフメト・モスク(ブルー・モスク)と、トプカプ宮殿とを、文字通りに駆け足で巡っただけなので、NGMがタイミングよく載せてくれた、この写真は、厳密なことを言えば、“旅の記念”にはなっていないのであるが。[注]Photos of the Dayは、壁紙などにダウンロードできる形で、公開されているものなので、非営利目的で使用する限りは、どなたでも使ってよいものです。念のために追記(同じことを、別のページにも 記してありますが)。
2006年06月23日
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“The Best of Carl Orff”.さいきん手に入れたCD[BMG 75605 51357 2 (1999年発売)]。37トラックの内、15トラックが、『カルミナ・ブラーナ』。ポップさんの歌は、この、カルミナと、『賢い女』(から1曲)。どちらも、アイヒホルン/ミュンヘン放送管。『賢い女』の“Lass mich die Tafel dir bereiten”は、“Recital”にも収録されていたが、聴いていると、いかにもオルフの音楽だな、という気がしてくる。“Schulwerk”という19曲(これでも抜粋らしい)が、おもしろい。音楽教育用につくられたものらしいが、作者オルフが、「人間の声と、楽器とを使うと、こんなことができるんだよ」と語りかけてくれているようにも思える。
2006年06月21日
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表記のCDは、1982年11月のライヴを収めたもの[ETCETRAレーベル; KTC 1007]。ピアノは、タン・クローネ。ビゼー、ブラームス、ドヴォルザーク、ベルク、アイヴスの作品(この順に、歌われる)。キャロリン・ワトキンソンの、やや低めで豊かな声を、じっくりと聴かせる構成。冒頭の、ビゼーの二曲、「セレナーデ」と「アラブの女主人との別れ」が、いい。ただし、曲の選び方と、その配列の結果で、その後を聴きすすめるにしたがって、だんだんと重い感じになってくる。アイヴスの作品は、ドーン・アップショウのDVDで、それから、ベルクの4曲(作品2)は、ブリギッテ・ファスベンダーのリサイタルで、いずれも観た/聴いたことがあるのだが、この、ワトキンソン盤で聴いても、やっぱり、あまり面白くない。最後を、イギリス民謡“The Water of Tyne”で明るくまとめてくれていなかったら、聴き終えたあとには、疲労感が残ったかも知れない。
2006年06月19日
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表記は、昨日届いたCD。今年の4月に発売された、5枚組のセット[ドイツ・グラモフォン 00289 477 5832].どうでもいいことだが、アマゾン(フランス)では、このセットは“The Golden V”という名前になっていて、僕は、5枚組だから“V”というのも、ずいぶんと安っぽいネーミングだな、と思いつつ、発注したのであった。5枚のCDのどれもが、文字通りに“Golden Voice”を収めているのだけれど、とくに気にいったのが、3つ。バッハの『クリスマス・オラトリオ』。カール・リヒター盤。うむ、全曲盤を買わねばなるまい。『オベロン』。ライザのアリア。ライトナー/ベルリン・ドイツ・オペラ管。ドイツ語の歌詞。英語によるガーディナー盤に比べて、より、劇的な印象。個人的感想に過ぎないが。『四つの最後の歌』。ヤノヴィッツさんのCD (カラヤン/ベルリン・フィル盤)は、既に持っているのだが、“The Golden Voice”に収録されていたのは、ハイティンク/コンセルトヘボウ管とのライヴ(1968年)。それから、『魔弾の射手』。アガーテのアリア。ライトナー/ベルリン・ドイツ・オペラ管との演奏。過去に発売されたLPを基に編まれたからなのだろうが、欲を言えばクライバー盤から収録して欲しかったな、と思った。
2006年06月18日
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先週の土曜日の夕方、本を読んでいたら、突如、爆音が聞こえてきた。暑い日だったため、書斎の窓を開けていたこともあって、その大きな音には、驚いた。僕が住んでいるマンションの上空を、旅客機が飛ぶことはあるのだが、先週末の音は、それまでに比べて異常に大きく、高度を誤って飛行しているのか、と思ったほどだ。さらに、音を発している機影がなかなか見つからない。周囲を見回していて、ようやく、見つけた。8機の、ジェット戦闘機。それも、アクロバット飛行。8機が、4機ずつに、さらにそれぞれが2機ずつの組へと散開し、さらに8機が、それぞれの単独飛行で、大空に広がる。その後に、再び、8機の編隊に。最後は、3機/3機/2機に分かれ、快晴の空に大きなハートのマークを描いてくれた。開かれることを知らずにいた、航空ショー。約20分間を、楽しんだ。
2006年06月16日
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表題は、今日、聴いていた音楽。ソロモン・アンサンブルによる演奏[NAXOS 8.557159]。このところ、エネスコの音楽を聴き始めている。特段の理由や目的があるわけではない。しいて言えば、この作曲家(にして演奏家)の名前は知っていたが、その作品を(演奏も)、ほとんど聴いて来なかったことに、気付いたからだ。ピアノ四重奏曲 第2番。歓喜ではなく、悲哀でもなく、苦悩でも、不安でもないし、もちろん、怒りでもない。たゆたいつつも、いつのまにか流れてゆく、漠然とした思い。意識の底から浮かんでくる、いわば始原的な感情。その感情を、自分は、なんとか言葉で表そうとして、単語を模索しながら聴いていたのだが、曲想が連続的に変化するので、結局、さいごまで、言葉にすることすらできなかった。このような聴きかたを、すべきではないのだろう、とも思う。
2006年06月11日
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モーツァルトのピアノ協奏曲 第20番 ニ短調 K.466.4月にグルダのDVDを、5月に内田光子さんのCD(集)を購入した。6月になったので、今度は、ブレンデル盤を買い求めた。ところで、なぜ、“ので”となるのか、を、御存知のかたがいらしたら、小生に御教示ください。なぜなら、自分自身は、その理由がわからないからである。さて、ブレンデル盤。サー・ネヴィル・マリナー指揮/アカデミー・オブ・セイント・マーティン・イン・ザ・フィールズ。1973年の録音。音が澄んでいて、非常に立体的な録音。第一楽章冒頭の、左手パートが、くっきりと聴こえる(ひょっとしたら、これは、ディジタル・リマスタリングによる結果なのかも知れないが)。ブレンデルによるカデンツァのために、第一楽章も第三楽章も、これまでに聴いてきた、この曲の、どの演奏とも違ったものになっている。まったく違った音楽、と言ってよいかも知れない。総じて、すっきりとして、スポーティな演奏。ただし、聴き終えた後の印象が、非常に希薄。明るすぎて、軽すぎる、とすら思えた。
2006年06月09日
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最近、受け取った、在フランス日本国大使館からのメルマガにあった記事によれば、日本人が被る「ひったくり」件数が減少している由。僕は、その記事の冒頭を読んで、治安がよくなりつつあるのか、と単純に思ってしまったのだが、この理解は誤りであった。というのは、その記事には、続いて、次の様に書かれていたからである。日本人にかわって、中国人が被害にあうケースが増えているらしい。つまり、クレジットカードを使う日本人に比べて、その普及度合いが低い中国の方々は、多額の現金を持ち歩く傾向にあり、ひったくりを企てようとする人々にとっては、日本人を襲うよりも、中国人を狙うほうが、より“確実”ということが、背景にあるらしい。うむ。
2006年06月07日
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表記は、今日、読んだ本。河出書房新社刊。矢川さんの本に関しては、『いづくへか』や、翻訳(『ゴッケル物語』、『少年の魔法のつのぶえ』、『雪のひとひら』など)を、立て続けというほどではないにしても、かなり手に入れて、読んでいる。さて、『アナイス・ニンの少女時代』。実は、自分は、矢川さんの、この本の存在を知るまで、アナイス・ニンの名前すら知らなかった。この一冊も、矢川さんでなくては書けないと思える記述に満ちている。たとえば、「既成の倫理観にとらわれているのはむしろヘンリー・ミラー」。それから、アナイス・ニンの「日記」と、『アナイス・ニンの日記』とは別もの、という箇所。素晴らしい卓見。おお、そういえば。「LuciaPoppファンの日記」は、日記ですら、無い。どのような名前、カテゴリに位置付けるべきだろうか。悩ましい。その一方で、悩む必要は無いような気もする。悩むべきか、悩まざるべきか。うむ、やっぱり、悩ましい。
2006年06月03日
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