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いよいよ僕のライフワークの集大成であるきのこシアタープロジェクトがスタートする。30年近くも前には荒唐無稽と思われてきた僕の考えも、ようやく少数の人たちと通じ合える素地ができてきたと考えている。長生きして良いこともあるようだ。 このプロジェクトは簡単に言えば、雑誌「MOOKきのこ・全13巻」で展開してきたきのこカルチャーの骨肉化(現実化)ということ。 基本的には、きのこによる21世紀にふさわしい文化を担う人たちの流れを太らせる場をつくること。これがきのこシアターの基本だ。 不揃いのきのこたちによるきのこの劇場。 この25年間、僕のまわりには実にさまざまなきのこたちが去来してきた。森のきのこのようなほとんど無意味な存在に心をそそぐ人たちというのは、この上昇志向の常識社会では奇の子や稀の子、ときには鬼の子、危の子とされてきた。僕はそんな人たちの多くが異能の人であることを見抜いてきた。そんな自身では気づいていないたぐいまれな子、鬼子(おにご)、危険視される子、変な子たちが貴の子、すなわち貴い人たちであるとごく普通に受け容れる優しい世の中を意識を変革することで実現させたいと考えてきた。(キ)を兆すものたちの基本的菌権、基本的人権の確立こそが僕の終生のライフワークなのだ。 そんな人たちが、たのしく働き、それぞれが呼応し、触発し合って創造する総合アートの場がきのこシアターだと理解していただくとわかりやすいだろう。 僕にとって菌類民族学としてのきのこは、人類にのみ固有な差別の問題をもっとも鋭く問いかけてくる存在だった。 憎しみに満ちて殺し合い、憎悪の連鎖を拡大生産していく政治というパワーゲーム、(=マネーゲーム)を、その根底にある一神教的父権制原理をしっかりと見すえながら、単なるジャンケンポンのような勝ち負けゲームにはじまり、原子力発電所建設推進にまで貫通するこの根源的な差別を無化するために、決して政治的な手法によらず、もっとも非力と思われる文化的な方法で永い時間を賭けてじっくりと人の心に働きかけ訴え続けていく。そのためのほのぼのとした流動的な人づくりの「場」が必須だ。季の子の旅(月1回、基本的には第二日曜日)四季おりおりの身近な自然に触れること、それもできればきのこのある風景に接し、日常意識のままでは見ることのほとんど不可能なきのこを記憶にとどめることで、心身のバランスを回復する。それは文化というパンツをはいた裸の猿も野性動物としての側面があるということの再発見で、このバランス感覚は、きのこアートを担うアーティストたちのの基本条件だと考えている。きのこポエム(あるいは脱俳句を希求する24音以下の定型詩) すでに会員各位には告知した「きのこポエム」は、国際化時代を迎えるきのこ文化人のステイタスとしての言葉のアート。これはきのこのようなかそけさをたたえた短詩だが、俳句の手法に学びつつ、俳句でもなく、かといって短歌でもない、21世紀の言語状況にふさわしい新しい短詩形の可能性をさぐる脱俳句の詩にしたいと考えている。 そして、これらをシアター構想に向けじっくりと発酵させ、現今の男性原理の支配する世界に大地母神や地蔵のアイコンであるきのこ、すなわち女性原理を導入していく文化アート活動として定着させること。これがこの小流れの向かうところだと考えている。 太陽(男性)の原理を、月(女性)の原理にただ単にすげかえるのではなく、太陽と月の結婚(男女の関係性)を通して新しい世界を呼びよせること。そのためにはわが国の古代史、とりわけ天皇にまつわる歴史がヒントを与えてくれるだろう。本年の「季の子探訪」が大和であることはそんな意味をこめている。 きのこはそんな文化活動すべての、ときには象徴的存在となり、ときにはかくし味となりながら、はるか彼方まで僕たちにイメージの源泉を提供しつつ運んでいってくれることだろう。写真はクラブメンバーが神護寺の毘沙門堂の残雪でつくった雪きのこと厳冬期にぼくたちをじっと待ってくれていた夏のきのこヒメカバイロタケ。
2012年01月31日
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昨日は月暦の元日。わが町は朝方の雨が次第に雪となり深夜の雪は山々に化粧をほどこし美しいことこの上ない元日2日の朝を迎えました。職場までの徒歩小1時間の楽しかったこと。思わず大船山の冠雪風景を望遠モードで写真におさめたことです。
2012年01月24日
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1月17日も静かにやりすごし、いよいよ月暦の正月元旦。今日から僕のささやかなプロジェクトの数々の新しい第一歩がはじまります。大晦日は仕事がらみで東西に走りまわる列車の旅。今日の元日は雪もちらほらして最高に楽しい1日となりました。
2012年01月23日
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新神戸サンホテル1階にリニューアルオープンしたART & SWEETSの店・マダムKiKiに招かれて行ってきました。昨年北野天満宮での神戸芸術振興姉妹以来注目してきた、とても真摯な情熱をぶつける若いアーティストたちの中心的存在となっている徳本賀世子さんがオ―ナ―の新しい試みのアンテナショップだ。 このパーティーには世代を超えたさまざまな個性的な人たちが集まっていて、とても刺激的だった。もうあがってしまっている世代に属する僕がここで顔を合わせたのは、無名のアーティストを積極的に世に送り出してきたギャラリー島田の島田誠さん、神戸で今、もっとも熱い活動を展開している榎忠さん、そしてサーシャは言うまでもなく、子供たちの才能を引き出し世に送り出している指揮者でルネッサンス倶楽部代表の山本郁夫さんくらいで、時代は急旋回して新しい世代が続々と登場してきているなと感じさせられ、久しぶりにわくわくする雰囲気に酔い(当夜特別に振る舞われたシェリー酒・マンサニーラ・ラ・ギターナをはじめ実にさまざまなドリンクが数杯入ったことも手伝って)嬉しくなってしまった。フード・コーディネーターのあまそらさんのロシアで言うところのブリヌィ(クレープの手巻き料理)のパフォーマンスはじめ、さまざまなオードブルとスイ―ツ、ピザ、そしてライブ演奏は仔羊同好会専属というメキシカン・コンボのラテン音楽とオルケスタ・センセーショナルのサルサ。 賀世子さんも若い人たちと一緒に激しく踊ったあと、息ひとつ乱さず、御礼の挨拶をしたのはさすがだと思ったことである。 日本の風土はアートにはとても厳しい環境であることは昔も今も変わりはないが、バブルがはじけて久しい現在も、こうしたパワーあふれる世代が震災の後遺症が顕著になりはじめた神戸の地で確保されている状況は、称賛に値いする。ホテルともどもぜひご愛顧のほど。マダムKIKIのお店11:00-22:00 http://mmekiki.net/フラワーロード沿い・加納町3丁目交差点より北へすぐの新神戸サンホテル1FTEL.078-271-8501
2012年01月21日
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今日は仕事がはねてから新長田のミャンマー料理店「TeTe」でアウンさんに会ってきた。豚肉の黒カレー、ミャンマーのお汁粉、豆腐料理などを食べながら、ミャンマー事情にはじまり、これからのビジネスの基本的な役割分担とル―ルを、同僚のAさんともども決めてきた。ギャラリーきのこの不思議なお茶会の新年会には行けずじまいとなったが、こちらは大盛況だったので、私が行く必要は全くないので割愛した。 時期的にはビジネス環境としては適期の終わりになんとかぶら下がった感じがしているので、動きだせば、同時進行の形で可能性はひろがりそうでしばらく楽しめそうだ。 昨年の夏あたりから私自身の中で南進論が作動しはじめていたのだが、インドネシアあたりと思っていたが、それがミャンマーになるとはちょっと意外な展開となったが、これも必然であろう。 ここ数年来の努力がビジネスの面でも少しずつ形を成してくるようでワクワクしている。
2012年01月20日
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昨18日は阪急武庫之荘駅南の女性センターのオーガニックカフェ・トレピエで11月23日に谷町で開かれた猿澤さん、北さんプロデュースによるとても刺激的なアートショウ関係者の新年会が開かれ招かれて行ってきました。 アート・ショウのときとても気がかりだった方たちとこの場でそれぞれゆっくりと話しをすることができ、とても楽しいひとときでした。東京からこの日のためにかけつけてくれた北さんがパントマイムを披露、「自殺志願者」はタージンさんの作のパクリだといっていましたが、北さんがタージンさんと友達だと言うのも初耳でしたが、タージンさんとは2度ほどTV取材を兼ねて北神戸の山のきのこ探訪に同行したことがあり、面白いつながりだと思ったことです。 また、武庫之荘在住のインド音楽ユニット「サラスバーティ」(日本では弁財天・妙音菩薩で川の神、音楽の神)のシタール奏者田中峰彦さんが突然現われたのには驚きました。彼とは日本キノコ協会(現ムックきのこクラブ)のアートイベントで佐用町の瑠璃寺、山東町のキノコイベント、ハ―バ―ランドの阪急ミュージアムでの世界初の「アートするキノコ展」でも演奏していただき、これからはじまるきのこシアター構想の中でも私の中では不可欠なものとして組み込まれています。 この夕べ、彼のヴォーカルがはじめて聴けたこともうれしいことの一つでした。解説を聴きそびれましたが、スーフィー(イスラム神秘主義)の音楽に似ていてとても心動かされました。 そして北川さんが関係していたという売布のシネ・ピピアの映画スタッフも数人来ていて、こちらも楽しい話し合いの機会が持ててなごみました。 明けて19日、昼前から久々の喜雨に恵まれて森のきのこたちの歓声が聞こえてくるようでとても心が弾みました。 今年は面白いことになりそうです。
2012年01月19日
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Brad Mehldauの『The ART of the TRIO』vol.1を聴きながら、輸入盤のCDのライナー・ノ―ツにStephen Mitchell が英訳した表題の詩句がしたためられているのに気づいた。 私はきのこのある風景、すなわち自然以外に何も信じないが、私のまわりに生起することはどんなに偶然をよそおってはいても、それは必然でしかないことは乏しい経験に照らし合わせても理解できる。この詩句との出会いも如何にもこの日にふさわしく、ここに書き出して併せて高安国世の邦訳も添えておく。 THE SONNETS TO ORPHEUS, 1-3A god can do it. But will you tell me how a man can penetrate through the lyre's strings?Our mind is sprit. And at the shadowed crossingof heart-roads, there is no temple for Apollo. Songs, as you have taught it, is not desire,not wooing any grace that can be achieved,song is reality. Simple, for a god.But when can we be real? When does he pour the earth, the stars, into us? Young man,it is not your loving, even if your mouthwas forced wide open by your own voice - learn to forget that passionate music. It will end.True singing is a different breath, about nothing. A gust inside the god. A wind. オルフォイスに寄せるソネット神ならばできもしよう。だが教えたまえ、どうして人はその貧しい琴(リラ)をたよりにそのあとに従うことが出来よう。人の心は分裂に他ならぬ。二つの心の道の岐(わか)れ目にはアポロの神殿は建っていない。 あなたの教える歌は欲望ではなく遂にはやはり達し得るものへの求愛でもない。歌は存在である。神にとってそれは容易の業か知らぬ、だが、いつ、私たちは真に存在するのか。いつ神は 私たちの存在に、大地の、星々の確かさを与えたもうか。若者よ、お前が愛し、その時声は沈黙を破って口から湧くといえ、それではないのだ ー かってお前の 上げた歌声をも忘れるように努めるがいい。 流れ去るのみの歌声は。真に歌うこと、それは別な呼吸のことだ。何のためでもない息吹。神の中のそよぎ。風。 (高安国世 訳) このソネットは思想詩「ドゥイノの悲歌」に先立って偶然生まれたもので悲歌と支え合っているとリルケ自身が告白している。 そしてこの詩篇はヴェラ・ウッカマ・クノ―プという若くして死んだ少女の墓碑として捧げられている。この少女はダンスが上手だったが、ある時期から急にそれができなくなり、やがて不思議な腺の病気のために死んだといわれる。オルフォイス、あるいはオルフェは、わが古代神話にみられるイザナギのように、妻を求めて死の国を訪れた、あるいはバッカスの巫女たちに身を砕かれながら、その身体の各片があらゆる物の中に入り込み歌となって生きつづけたと言われる神話の人物である。この名前から忘れがたい映画『黒いオルフェ』をただちに思い起こされるファンもいるだろう。 数年前にブラット・メルド―と出会い、繊細かつ確かなドライブ感を伴うピアノタッチに魅せられて以来、折りに触れ聴き込んできたが、この春出会ったCDでより切実な関係に陥ったことである。偶然が必然に変るとは、付き合い続けてきたからこそのこと。初春のうれしい事件であった。
2012年01月17日
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阪神淡路大震災から17年目を迎えた今日、午前5時起床。午前6時、遠方へ勤めに出る妻を送るべく表へ出ましたが、23番目の月が天心よりすこしそれて輝き、星々も懸命に瞬いています。午前6時30分。真闇の空がそこはかとなく薄らいだと思いきや東雲(しののめ)。以後刻々と明るくなり10分後には夜明け。かくして17日の朝がはじまりました。あらなんともなや昨日は過ぎてふぐと汁 はせおうん十年こんな思いを重ねて生きてきましたが、この日だけは生きものとしてただノホホンと生きるということだけでも、本当は奇跡的なことなのだと考えさせられる1日です。この奇跡をまず感謝して今日1日を過ごしたいと思います。
2012年01月17日
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夜の顔俳句会の2011年最終の集いが昨年、12月22日の冬至の日の夜OCATで開かれた。高点句より。澤山、佐田、菊池、土井、マダラ、の5名と不在出句。奥村、高畑の2名。当夜の題は天王寺動物園情報誌の表紙を飾った「白クマ」。4点句年の暮尻切れトンボの手帳増え 俊美当夜もっとも共感を呼んだ作品。平妙ながら、まさに年の瀬の気分をしっかりと捉え得ている。当夜の題は白クマ。3点句 白クマがゆっさゆっさと年の暮 俊美この句もゆっさゆっさが利いていて白クマの作品では秀逸。朽ちた桟橋花道めいて冬の女 マダラ冬の海に突き出た朽ちた桟橋。そこに一人の女を置いて絵にした。 2点句月食の寒い物干し写実論 輝彦月食の寒い物干し写実論 輝彦 写実論は余りに唐突すぎるが、聞いてみると磯江毅の現実絵画展を見てきた夜とのこと。月食という稀な現象と磯江の写実世界の取り合わせ。味物(うましもの)質にとられて秋山路 彪生愛宕山に同道したものにはツーカ―の情景だが、彪生さんが皆にと手づくりの昼食を持参し、それをきつい山路ゆえ持ちましょうと志願したものがいて、質に取られた形となって疲れ果てても帰るに帰れぬ山路だったとの告解している。しかし、参加しなかった者にはやや説明不足。愛宕山はひさひざに厳しいきのこ探訪会でした。 白クマよ星ともなれず冬の檻 マダラよだかは星になったが、動物園で生殺しの白クマくんはかわいそうという思いがこんな形で。月のかけら探しにもどるよべの渚 マダラやや甘い句境でよべ(=ゆうべ)の渚は説明しすぎ。大根たきおしょうばんする宇宙人 輝彦京あたりの某寺院での大根焚きの実景だが、むらがる人たちの中には「絶対宇宙人もまじっているぜ」という面白い視点がよろしい。1点句茶髪散りメタセコイアの眠る冬 享メタセコイアの落葉と茶髪の取り合わせ。セコイアの裸木を一元的に詠んだ句として面白い。真央ちゃんの衣裳まぶしやムラサキシメジ あき女紫の衣裳で舞った真央ちゃんのフィギャースケートの様子をムラサキシメジにたとえたものだが、句姿がやや古めかしいので「真央ちゃんのスピンきわまりムラサキシメジ」とするとLepista nuda(属名のlepisは麟片を意味するギリシャ語由来の言葉、nudusは裸の)の学名をもつムラサキシメジにぐっとせまります。これでいかがとの意見が。通天閣直下の銭湯柚子湯の日 享冬至の日の伝統的な習俗だが、通天閣界隈を持ってきて異色の情景に。冬至湯や人に死にどき死にどころ マダラ柚子湯に浸りながら人の死について思いめぐらせている図か?焼きとりでジュ―シィな年締めくくる 俊美上5の「で」では説明になってしまうので、俳句詩としては焼き鳥のと「の」にすべしとの意見が。ジュ―シィで実り多かりし1年であったことが焼き鳥を引き合いにしたところが庶民的で面白くほほえましい。恋占ひ散る山茶花の垣根みち 享さざんかのあでやかな散りざまにあえかな恋いの末路も感じられて・・・。春は近いのでぜひ次年度は頑張ってね。鯖ずしを妻の土産と夕しぐれ 彪生 これも愛宕山での作品。遠慮のかたまりで残っている鯖ずしを「妻が好きだから」と持ち帰る図であるが、中華の残りものを「家で待つペットの餌に」と持ち帰り、ご自身の食事に供するような情景かも。しかし、夕しぐれの美しい詩語でそんな勘ぐりはかき消され、作者の他者に対する慈愛に満ちたまなざしが滲み佳句となった。蕪村の「鮎くれて寄らで去りゆく夜半の門」を即座に思い出した。冬木立花の咲くごと遠景色 英津子初心者だが、なかなかとらえどころがよくめきめき頭角をあらわしはじめているが、言葉の運びがまだスムースにはいかないのはいたしかたない。「冬木立遠目に花の咲くごとし」とすればピタリおさまるのではとの意見が。素粒子の質量よりも鍋のフグ 輝彦この作家は言葉にとても敏感で、新聞紙面をにぎわしている言葉をうまくご自身の作品に採り入れていますが、素粒子の質量とフグ鍋の取り合わせはいささか浮きますが、句意はむずかしいことはこの際やめにしてフグを楽しみましょうとのことですので、めでたしめでたし。不在出句の方のために。夕闇を落とす水面にカイツブリ鳰の足 あき女かいつぶりの足が普通見えることはまずありえず、まして夕闇の中では不可能なのでおそらく「湖あかり水面にちらと鳰の足」という情景だったろうと。去年今年NHKにGAGA来る あき女紅白にLADY GAGAが来るともっぱらの噂でしたが、22日の時点では去年今年の言葉はまだ早すぎで、そのため選句からもれたようです。大晦日、TVで観ていての感想であれば去年今年(こぞことし)が実感されてのですが。蕪村忌や今は写真と歌ひとつ あき女蕪村の忌日に際しての感想。今はでは志が薄まりますので、「蕪村忌やわれは写真と歌ひとつ」とされてはいかがかとの意見が当日出ました。今年しめくくりの総評。 次年度の課題として「冗語」(無駄で冗漫な説明語)を排してピシッと決まる作品づくりをする努力をと菊池享さんから。 いよいよ2012年、1年を経た新しい夜の顔俳句会ももう一ひねり旋回して、いよいよ俳句のネックとなっている家元制度につながる伝統詩としてのそれからの根源的な離脱を図りたいと思っています。
2012年01月16日
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ミャンマーからの客人も、さまざまな案件を残して去り、ひさしぶりに何もない日曜日。ロス・アンジェルスのきのこ娘にして夜の顔の俳句会のメンバーでもある涼子ちゃんから彼女が日本から連れて行ったペット犬をモデルにしたMushroom Dog Calender 2012 A4変形サイズ、スパイラル仕上げを送ってきました。実費1000円でギャラリーきのこにて販売しています。わんちゃんときのこの素敵な12ケ月のコラボレーション・カレンダー。僕は、とりわけ6月のRyokoオリジナルのキヌガサタケのファッションをまとったワンちゃんの写真がとても気に入りました。彼女はすでにアメリカで出会った囲碁がメチャ強いと聞いている親日派のご主人とヨーロッパに移住すべく旅立った様子で、また落ち着きましたら旧大陸の新しい日々を短詩にして送ってくると思います。 久方ぶりに午前中ギャラリーで調べ物をしていますと、ふらりと来廊された見るからにきのこ大好きが皮膚から発散しているような青年男性が言葉少なにきのこランチを食べ、MOOKきのこ全巻、きのこグッズをいろいろと購入して友の会にも入会して疾風のように立ち去りました。きのこ青年O君と類似点多々ありで彼の良い友達になりそうでたのしみです。 この一日、僕はブラッド・メルド―を聴きながら、ムックきのこクラブの2012年「まほろばのきのこ旅」のZONE分けのたたき台をつくり、ミャンマー関連の本に目を通し、ロシアはニ―ジ二―・ノヴゴロド出身の愉快な音楽ユニット・ウマトゥルマンのバイオグラフィーを調べ、ワッソン、マッケンナを超えるベニテングダケの菌類民族学の新しい見解に触れた書物を精読しつつノホホンと過ごしました。 僕の1月は17日を越さねば何事もはじまりません。この1年の計は、すでに子実体原基(キの子)の形で備わっているにしても・・・。その17日は火曜日、18日(水)は冬の土用の入り、この日今後がたのしみのアーティスト・グループの会に行きます。21日(土)が大寒でこの日、去年知り合った若い友人たちが神戸でArt & Sweetsの店をOpen、23日が17時に朔で旧正月の元日・睦月1日です。新暦の2月4日(睦月13日)の立春まであと20日余り、この冬もあっと言う間に終わりそうです。 そして今、僕の周りではゆったりとした時間が流れていきます。このリズム感はちょうどクラゲたちの波乗りの感覚です。この感覚をうまく皮膚に沁み込ませて行けば、これからの日々が「きのくらげ」感覚でとても軽快に飛ばしていけます。
2012年01月15日
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ミャンマーがこれから面白くなるなと思っている矢先、ミャンマーの旧都ヤンゴンから中古車ディーラーの客人が二方訪ねてきた。この日のために布石を打っておいたのが効を奏して、急ではあったが何とか満足のいく対応が出来たように思う。やはり想像していた通り、東南アジアは今非常に熱い。それは二人の持ち来たったデ―タから判断できた。 ミャンマーといえば『ビルマの竪琴』くらいの知識しかない私たちは、アジアの後進国になりつつある。それは悪いことではないが、東南アジアの熱気は今の日本の私たちにとって少し必要なように思える。 明けて14日の土曜日、仕事のあと夕方より神戸へ出て神戸映画サークルの例会で『Never let me go』を鑑賞した。臓器移植のドナーとなるべく運命づけられたクローン人間たちの切なさ一杯のストーリーが英国の静謐きわまりない風景の中で繰り広げられる。とても気に入ってしまった。 会場へ向かう途中、年頭からずっと恋い焦がれていたブラッド・メルド―の『Art of the Trio Volume1』、同じくブラッド・メルド―とケヴィン・ヘイのピアノ・デュオ『Modern Music』、そしてダイアン・クラ―ルの『Quiet Night』を買い求めてきた。 僕の覚せい剤はやはりジャズのようだ。 ブラッド・メルド―は、現在進行中のジャズピアニストの中でももっとも注目している一人で、絶妙なタッチがいつも即座にしびれさせてくれる。 現代音楽に挑んだCD『モダーン・ミュージック』は、フリー・ジャズの旗手・オ―ネット・コールマンの秀逸『Lonely woman』をフィーチャーしていて思わずその音世界に惹き込まれてしまう。 ダイアン・クラ―ルはやはり歌心一杯のピアノの弾き語りに持ち前の何ともたまらないメロウな肉声を転がしてボサノバをとても新鮮な切り口でとりあげていた。 下弦へ向かう月を探しながらいよいよ1月も後半に差し掛かったことを再確認しつつ家路につく。
2012年01月14日
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今年の海外向けの仕事はじめは明日スタート。東南アジアがターゲットとなります。9日の満月は、とりわけ素晴らしいもので、10日の十六夜月を早朝出勤途次に偶然出会って感激。月愛ずる友人に早速、昨日そのあさぼらけの月の図像を送りました。 今年のムックきのこクラブ関連の課題はまず言葉のアートとして、俳句をも超えるワン・キッス・ポエムのスタート。夜の顔の俳句会の有志とこれから意見交換をして次回2月よりスタートしたいと思っています。コンセンサスが得られ次第、若い人たちに声がかりしてスタートさせたいと考えています。 ムックきのこクラブの探訪会は、金剛、葛城、生駒の東西にひろがる難波と大和のさまざまな聖スポットを歩き、それぞれの地のオーラを体感し、きのこの語りに耳傾ける旅をプログラム実行委員を指名し企画していきたいと思っています。 そしていよいよ、無用の用たるきのこを愛する人たちの国際化のための仕掛けを10年計画ではじめたいと思っています。賛同者を募り、それらの人たちの異能を存分に発揮できる「場」づくり、すなわちきのこ暦第3期の集大成である「きのこシアター」構想のスタートです。ようやく際もの(きわもの)ではないきのこ世界が形を成しはじめた現在、きのこの特殊世界のよさを損なわずメジャーにしていく活動のすべてをこれから「きのこシアター」ととらえ、総合化していく作業に入ります。このプロジェクトはきのこをキ―ワードとして集まってくる人が中心ですので、フレキシブルで流動性に富んだプロジェクト。しかし、僕のコーディネーターとしての人生の仕上げとなりそうです。 これまで25年の歳月をかけて培ってきたアート表現におけるきのこの諸相をさまざまな形で集大成していくことできのこをいまだかってなかった新しい文化として定着させていきたいと考えています。 その具体的なスタートが、先般の京都の奥処空中公園とおぼしき神護寺、高山寺探訪にかこつけたムックきのこクラブの成人式であり、僕個人にとっては明日の13日の金曜日であるような気がしています。
2012年01月12日
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僕にとってきのこ世界の新しい試みのスタートはいつもここからはじまりました。新しい年のはじまりにふさわしい真冬の天空の寺苑。「夢の記」の明恵上人の高山寺、そして平安京造営大夫・和気清麻呂の氏寺にして空海、最澄にゆかりの深い神護寺。とりわけ清滝川の奥処にひろがる空中庭園のような神護寺の真冬の清楚きわまりない山気の中でひそかに息づくきのこたちにわが思いを告げに行く。まさに聖書の「高きにのぼりて告げよ」そのままの探訪会です。 ムックきのこクラブのアーティストの卵たち、そして僕の雲をつかむようなきのこプロジェクトに同調してくれる少数の人たちとともに風変りな僕の旅は続きます。 いずれこのメンバーたちは一家を成す人たちばかりです。僕はすでにこの顔ぶれから可能なプロジェクトを紡ぎだしています。 のんびりと、しかし着実に布石してダイナミックかつ壮大なきのこ曼荼羅を編みあげていくつもりです。 この日のきのこたち。スギエダタケ、シイタケ、ヒラタケ、ヒナノヒガサ、和美さんがほこりを絞り出して愉しんでいたきのこはヒメツチグリ (Geastrum nanum)、 シロホウライタケ、マンネンタケ、カワラタケ、クジラタケ、ミイロアミタケ、ヒイロタケ、コフキサルノコシカケ、ネンドタケモドキ、、スエヒロタケ、ホウライタケとクヌギタケの中間種と思ったまばらに群生していた橙色の小型きのこは、なんとヒメカバイロタケでした。この厳冬期に出会ったのは初めてで、戸惑いました、そしてナヨタケの仲間と言ったきのこはムササビタケ、クヌギタケの仲間はニオイアシナガタケでした。今回、ナラタケ、エノキタケには出会えませんでしたが、まずまずの顔ぶれ。
2012年01月09日
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2012年のムックきのこクラブの旅はこの成人式の京の洛北の旅を振り出しに方向を転じて大和と河内を辿ります。1年を通じてヤマトと河内のきのこと寺社を訪ね歩き、まほろばの核心に迫ります。 わが国の権力者たちの活動の舞台をゾーン分けしてその夫々の旬の季節を少しずらしてきのこの語りに耳傾けながら、静かな日本の原風景に身を置くことで感じるものを形にしていきましょう。おそらく奈良はそんな僕たちの期待に応えてさまざまな表情をみせてくれることでしょう。
2012年01月07日
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大気温はさほど厳しくはありませんでしたが、午前中は水道管が凍って、冗談に自嘲めいた振りして語ってきたど田舎三田の言葉通りの一日でした。 今日驚いたことに、この寒気に耐えてテントウムシダマシと木の葉に擬態する蛾が年を越して僕の来るのを待っていました。なんといじらしいではありませんか。僕も彼らに倣い素手で水仕事をこなしたことです。最初すこしだけウッと思いますが、次の瞬間「ウッと来ればマンボ」としかない状態が巡ってきて、平気の平左になっちゃぃます。地獄の苦しみもおそらく人はすぐに慣れて「ムムーッ快感」てなことになるやもしれません。 そうこうして仕事をこなし終えたところで、きのこちゃんより励ましのメールが届きそのタイミングの良さに春の近いことを実感したことです。写真は嵐山の天竜寺の双体地蔵。昨年の春浅い頃に訪れたときのものですが、この日も寒かったことを思い出します。
2012年01月05日
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昨日の好天とはうってかわって、4日の日は強風と雪に見舞われた一日となりました。いよいよ明日より仕事始め。嬉しいイヴとなりました。春嵐の1日、歳晩よりの課題の手紙を数通書き、メールの返事を送り、神妙にロシアン・ポップスを聴き込んで過ごしました。 さて、今年は新春よりさまざまな方たちからの活発なアポイントが入り、助走にはずみがつきます。明日は寒いとのウエザー・レポートですが、すでに春の足音が感じられます。今夜はいつもより早く床に入り、日常に戻る一歩手前の夜を抱き、じっくりと今年の計を立てたいと思っています。去年暮れよりこのブログは図像のトラブルがあり、新規の映像がON出来ないようなので、登録済みの図像で間に合わせるか、コンテンツのみのブログとなっていますが、悪しからず。過去の図像を拾うのも楽しみの一つですので・・・。 写真は摩耶天上寺の寝釈迦の石ぼとけ。摩耶が嶺は蕪村にゆかりがあり、また修験の山ですのでこうした風変りなネコロンボ状態の石仏も随所に残っています。そうそう、石仏といえばきのこの初もうでの折りにきのこ青年O君が、旧年のショウゲンジのポイントで見つけた半ば土に埋もれていた大日像の石仏を発見し、「せっかくリタイヤしてほっとしている石仏には申し訳ないが」と独りごちながら、もとのように立て懸けて別の場所に転がっていた宝塔も拾い集めてきて、拝んでいました。そこは旧年、ケロウジが数個体発生していた場所なので、僕はケロウジの本地が大日如来なのかなと面白く眺めていました。その写真もO青年から送られてきますが、のせられるかどうか不明のため、とりあえず、カウチポテト釈迦像で我慢のほど。
2012年01月04日
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年初、きのこの初詣では三田、宝塚、篠山方面のゲレンデ巡り。 仕事のため帰省できなかったO君が、僕がひそかに欲しがっていることを察知して菌神社(くさびらじんじゃ)の護符を持参がてら訪ねてくれたので、彼をともないきのこの初もうでに行ってきました。本日のメインのきのこはカワラタケ。発生直後のさまざまな美しいバリエーションを楽しみながら、冬のヒラタケ、卒塔婆小町めくアカモミタケなどと挨拶を交わしきのこスポットを一巡して、初詣でをすませ午後3時を過ぎてから篠山の二階堂町で遅い昼食のぼたん鍋を賞味して帰ってきました。 さて、きのこ新時代のはじまりは、深く静かに動きはじめています。 写真は「MOOKきのこ」旗あげに先立ち編集同人たち有志とともに雪中歩いた和気清麻呂、明恵、空海、秦氏にゆかりのふかい洛北の寺々。その一寺院にてつくった雪ん子・きのこ。この成人式あらたな思いを胸に辿ります。
2012年01月03日
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謹賀新年 1月8日(日)より営業します[ギャラリー]営業日 水曜日11:00~6:00 (喫茶) 金曜日 2:00~6:00(ロシア料理) 日曜日11:00~6:00(キノコ料理) 「世界のキノコ切手展」開催[サロン]1月13日、27日(金)6:30 ロシア語会話クラス 会費2,000円20日(金)6:00 第88回不思議なお茶の会 会費1,500円 ギャラリーの新年会「本年もどうぞよろしく!」22日(日)6:00 キノコ料理を楽しむ会 会費2,500円 定員8名(要予約) 「市販のキノコを使っておいしい料理に挑戦!」(1)29日(日)4:00 第55回DVDでシネマを楽しむ会 会費1,000円 『ノスタルジア』(1983、ソ連、アンドレイ・タルコフスキイ監督)2月10日、24日(金)6:30 ロシア語会話クラス 会費2,000円11日(土)2:00 第89回不思議なお茶の会 会費2,000円 定員15名(要予約) 「ラトビアについてのお話とラトビア料理を楽しみましょう」 ゲスト ガルワーネ・リンダ(大阪大学大学院文学研究科)18日(土)5:30 第14回「映画で学ぶロシア語とロシア文化」 お茶代500円 «Заяц над бездной» 2006. 監督Тигран Кенсаян19日(日)6:00 キノコ料理を楽しむ会 会費2,500円 定員8名(要予約) 「市販のキノコを使っておいしい料理に挑戦!」(2)26日(日)4:00 第56回DVDでシネマを楽しむ会 会費1,000円 『サクリファイス』(1986、ソ連、アンドレイ・タルコフスキイ監督)会員限定の木曜サロン(6:00~9:00)は1月19日、2月2日、16日です当日3時よりウクレレ教室、5時よりギター教室がありますギャラリー きのこTel/Fax 078-802-2339 kobekinoko.exblog.jp
2012年01月03日
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本年目覚めて最初に聴きたいと思った音楽はジャズでも熱帯音楽でもなく、モーツァルトだった。 映画『短くも美しく燃えて』の主題曲として名高いモーツァル『ピアノ協奏曲21番ハ長調』k467第2楽章。それから僕の好きな『ヴァイオリン協奏曲5番イ長調』K219の1楽章。 ついで、こちらも映画音楽に採用されて馴染みの深い『交響曲第40番ト短調』K550第1楽章。元日の朝にふさわしい音楽となった。 やはり旧年中、身も心もしびれさせてくれるような音楽に乏しかった証しのような選択であった。 本日は恒例の新年の墓参で諏訪山の追谷墓苑に全員集合し、祈りをささげ、そののち北方異民族慰霊碑に参詣すべく神戸市護国神社へ立ち寄り、弟の家でおせち料理を全員でつつき、弟家族の娘サーシャさんのピアノを聴いて、本年の健康と充実を誓いあって別れた。 ところがである。その席で弟の奥方のエリザベータさんからプレゼントされたCDが、一聴してたちまち気に入ってしまった。ZAZ(ザ―ズ)の『モンマルトルからのラブレター』、本名イザベル・ジュフロワのマヌ―シュのクレズマー音楽をバックに唄うとてもお洒落なアルバムだ。 それともう1枚はロシアのポップス ウマー・トゥールマンの『都会で』。これもひさびさにしびれる音楽だった。こちらはウラジーミルとセルゲイ(兄弟か?)・クリスト―フスキーとの二人組。ロシアのライナー・ノ―ツは実に短く細字で書かれた情報を眼鏡でみてみると、ウラジーミル君がメイン・ボーカルとギターとりリック、セルゲイ君がバック・ボーカルとアレンジとクラヴィーシヌィエ(鍵盤楽器)とある。近年CGをふんだんに駆使したロシア映画『ナチノイ・ダゾ―ル』の曲が入っているところをみるとこの映画の音楽を担当したのかも知れない。ジ―マ・ヴィラン、ヴィータスとともにロシアという枠組みを超えたインターナショナルな曲想をもつ彼らには、これから注目する必要がありそうだ。 というわけで、元日の夜は一転して心にしみわたる音楽に取り巻かれながら、静かにふけていく。帰路は上弦の月が空からさえざえと微笑みかける、時雨の名残りの残る山なみハイウェーを快適に飛ばして帰った。 さて、いよいよ2012年。僕は運命の神の導くままに前途を賭けてみたいと思っている。太る月がなによりも僕を見守ってくれるだろう。月に祈ろう。 写真は去年の夏訪れた深草の石峰寺の若冲設計の五百羅漢のまします竹林。今年は雪の季節に訪れたいと思っているが、うまく降ってくれるかな?。ムックきのこクラブの初もうでのきのこは洛北。MOOKきのこ旗あげの地を探訪する予定。詳しくは明日、会員にはメールを。日時は旧年暮れに予告した通り、9日成人式ですので空けておいてくださいませ。
2012年01月01日
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