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大野山頂上付近からみた大船山。その肩の部分に顔をのぞかせているのが羽束山だ。 かっての大野山は、巨大アンテナと頂上付近からの展望が素晴らしいほかは何の変哲もない山であったが、うん十年を経て、再び訪ねてみると、機が熟したというべきか、累々たる磐座が随所に散見される素晴らしい霊山であることに気づかされ、舞い上がってしまった。 あらゆる意味で新生の気に満ちたこの68歳の誕生日過ぎの日曜日、川西きのこクラブの人達と大野山へ登ってきた。 歳月の移り変わりを感じさせる山巓は、天文台があり自動車道も完備され、家族連れの人達で賑わう山となっていた。 この山懐の磐座では、久しぶりにMountain highを味わい、皆から離れて、独りはしゃぎまわってきた。 ここ数年来、僕の中で成熟してきた思いは、孤独になることの大切さを私に囁きかけている。ステージが次の局面に入ったことを実感している僕にはこれからいよいよ多くの別れと新たな出会いがはじまる。 これからの十年、持てる情熱の全てを傾注してわが人生に悔いのない無銘碑、すなわちさわやかなキノコを打ち上げたいと思っている。
2015年05月26日
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それは、長い廊下をくるりと回ったところで待ち受けていた。灰褐色の私の影のようなモスラ。謎の淡い影は語りかけても応えはなくただじっと息をこらしているだけ。 僕の守護神か、それとも死神か。おそらくそのいずれでもありそうな威厳にみちた存在が僕のかたわらで息づいているのだ。生まれてはじめてであったこのモスラ。一目見るなりとても他者とは思えぬ親近感を覚えた。これから10年、僕はこのモスラの影を絶えず意識にのぼせながら歩んでいこうと思う。わが運命の影として。 たよりにならない図鑑によれば、このモスラに酷似したものは、オオシモフリスズメ。学名は Langia zenzeroides 。しかし、このモスラと同定するにはいささか相違点が多すぎる。そのもっとも顕著な相違点は前翅外縁が粗い鋸歯状であること。春にしか現れないモスラで、幼虫はウメ、アンズ、モモ、サクラなどの葉を食べて育つという。
2015年05月23日
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すでに和暦では5日の月がかろうじて雲の向こうに。冒頭の明瞭な写真は以前撮った4日月だ。 この誕生日、卒論に北方民族の動向を選んだ中学生のU.K君からの凄いメールをいただいた。 ウィルタの最後の生き証人にこの夏会ってインタビューするのに先立ち、慰霊碑を訪ねたいとのこと。 僕の中学生時代を顧みても隔世の感すらある素晴らしい青年で、最高の誕生日プレゼントとなった。碑前でお会いできるのを楽しみにしています。
2015年05月22日
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ゴマノハグサの仲間のトキワハゼ Mazus pumilus やサギゴケ Mazus miquelii がちらほら顔をのぞかせ始めた。 2年後に控えたきのこ暦第4期8年に向けて、僕のまわりではひめやかな伸張がはじまっている。 そんな折、高知の島崎俊弘さんの訃報が届いた。しばらく音信が途絶えていたのだが、便りのないのは良い便りとばかり、忙しさにかまけてうっちゃっていたのだ。 この5月「いよいよ動きだしますよ」としたためた僕の手紙が返送されてきたので、今西さんに問い合わせたところ、数年前にお亡くなりになられたそうだ。とても残念だ。恩返しを果たせぬままに永遠の別れが・・・。もう一度「酒盗」を肴に土佐鶴でしみじみと盃を交わしたかった。 さて、僕は明日の誕生日より捲土重来を期して、まず活動拠点を阪神間に移行しようと決意して物色していたのだが、その思いが叶って、新しい職場が阪神間に決まった。まずまずの滑り出しだ。さて、バースデイ・イブの訪問者はというと・・・。 まず、国内最大級のミカドガガンボ Ctenacroscelis mikado 君が祝福にきて開口一番「青年よ!と言うにはいささかとうがたっていますが、まあ大志は抱くに越したことはありまへんがな」ときた。 そして迷彩ルックのウンモンスズメくんは、「神出鬼没の遊撃手たれ」と匍匐前進。 そして桜の木にしばしばみうけられるヨコヅナサシガメ Agriosphodrus dohmi君は、大袈裟にひっくり返り「猿も木から落ちる。横綱の僕だって、投げ倒されることはある。しかし、チェンジ、チャレンジのオチャラケ人生貫きなさい」と。 今日の個性的すぎる訪問者たちは、夫々に祝ってくれました。
2015年05月21日
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南河内の智識寺跡をめぐるムックきのこクラブの旅は、タイから一時帰国し、まもなく帰るというカズさんを迎えて、しみじみした1日を過ごしましたが、遅く帰宅するとゆうパックが届いており、ドイツに居るはずのRyoちゃんからのお土産とメモ書きが添えられていました。Dear Dr.マダラーノフ日本に2週間のみ一時帰国しました。あまり体調が良くないのでお手紙で失礼します。次回帰ってくる際はお会いできればと思います。お元気で R.O 私の娘の年頃の女性がかってふらりとギャラリーきのこを訪ねて来て意気投合し、以来箕面や生駒のきのこツアーにご一緒し、MOOK「きのこ」にも幾度か寄稿してくれたRyoちゃんでしたが、とても明るく聡明であるだけでなく、何事にも積極的にチャレンジする姿勢に私自身とても励まされてきました。 アメリカへ検査医師としてワンちゃんを連れて旅立ってからも、現地の菌学会支部に参加して光るきのこのジャック・オ・ランターンの情報を寄せてくれたり、親日派の囲碁がめっぽう強いというご主人と結婚し、ラブラブカードと彼女の愛犬くんときのこのコラボ・カレンダーを届けてくれたりとしあわせそのものの様子でした。 ところが、それから1年ほど経って突然ご主人と転居するという連絡をもらい、落ち着いたらまた連絡しますといって、連絡が途絶え、また1年ほど経て、「ドイツにいます」と連絡をもらいました。 その数年間の間、とても大きな嵐が彼ら夫妻を見舞っていたようで、ドイツに落ち着いてからは「体調がすぐれない」としばしばこぼすようになり、連絡も途絶えがちになりました。 そんな彼女がひそかに帰国しておそらく両親のもとで2週間を過ごし、再び列島を密かに離れていったのです。帰国して会おうという意志の名残りのきのこ菓子とチーズの置き土産を残して。 「お元気で」のくだりを幾度もいくども読み返して不安をつのらせています。 海外で自身の可能性を切り拓こうと旅だって偶然にも同時期に一時帰国をした2人のたのもしい若い女性の友人の明暗を分けたものが何であるのかは、今の僕の理解をはるかにこえています。 しかし、この極東のガラパゴスに「とるものもとりあえず会いたい」と思う人物の一人として僕を思いだしてくれたことに一縷の希望をつないで、今しばらく待ってみようと思いかえしてみたことです。
2015年05月19日
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二ホンカワトンボ Mnais costalis 別名オオカワトンボくんがせせらぎでご挨拶。 モスラくんでは、マイマイガ(ドクガ科)の仲間だろうと思われる毛衣の紳士が訪ねてきた。 幼虫は植物の土中の根や稲の根を食害するといわれるガガンボのその名も(切り蛆)キリウジガガンボくん Tipula aino ではないかと思われる蚊トンボくんがこの間からしばしば挨拶してくれるのだが、タイミングが悪くじっくりとお話する機会がなかった。ガガンボのほうが蚊より先に登場することが、この初夏はじめて理解した。 こちらはヤガ科のコウスチャガ Diarsia deparca ではないかと思われるモスラくん。触覚が飛んでしまっているのでちょっと疑問が残ります。 ニッポンヒゲナガハナバチ Eucara nipponensis だと思われるご近所さんも訪ねてきた。やや黒化しているが、ツツジなどの花によくみられる春(4~6月)のみ出没する花蜂。 とまあ、いよいよ訪問客もどんどん押しかけてくる夏がきました。うれしい夏。なつかしい夏。僕の夏が来た。
2015年05月14日
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学ぶおじさんの珈琲工房には以前から気になる大きな植木鉢が据えられており、この前思い切って聞いてみると、なんとコーヒーの木だと言うではありませんか。 この三田市にコーヒーの木があり、最近花が咲き、赤い実がやや熟し気味でついてますとのこと。コーヒーの実はかろうじて撮影できましたが、花はやや盛りを過ぎたものが少し残っているだけでしたので、学ぶおじさんが写真をくださいました。 写真の花は、写真のコピーでやや赤みがかかっていますが、実際はもっと純白に近いものです。 北緯34度、東経135度で見初めたうれしいCoffee Treeのお話です。
2015年05月13日
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5月の台風の接近が伝えられる朝。風に乗って訪ねてきたモスラがいる。 スズメガの仲間とツバメエダシャクの仲間だ。 彼らは僕のところで台風というジャイアント・ステップの通り過ぎるのを息をひそめて見送っているかのようだった。 通りに出れば、雨待ち顔のユウゲショウが風に揺られて群れ咲いていて、何でもないかのように密雲の下では日常の時間がゆったりと流れている。 今年は僕にとっては大転換の年。すでに大いなる力が動きはじめているのを時々刻々感取していて、このスリルはなんとも言えない快感となっている。 どう転んでも、プラスに転じる気息をモスラたちの息遣いから学び取り、垣間見える動中静の瞬間を的確に掴み、激湍の木の葉を飛び移りながら、大海へ通じる河下りをやりおおせなくてはならない。 きのこ地蔵の真言、オンカカカビサンマエイソワカ。 この呪は目線を地に這わせるためのもの。 十一面千手きのこ観音の真言、オンバサラダルマキリクソワカ。 そしてこちらの呪は、東・西・南・北・上・下、そしてそのすべての間隙という全方向へ意識を拡散させ、たちどころに収斂させるためのもの。 この二つの真言は今の僕にとっては、自身のバイオリズムを統制し集中していくのにもってこいのものだ。
2015年05月12日
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新芽が紅いベニガシワが美しい季節となりました。 さて、次週17日の南河内の旅の予習です。智識寺は、秦氏と良弁が聖武天皇の行幸に合わせて、智識寺の善知識による毘盧遮那仏のもとにお連れして、民衆の善知識による自発的な大佛造立を以って鎮護国家の礎にすべきと勧め、それがやがて東大寺大仏殿、毘盧遮那仏建立に至ります。一介の無名の山林修行者であった良弁が山師の才覚をフルに活用して帝に近づき、東大寺初代別当にまで登りつめました。謎多き人物の良弁には、そんな前史があるのですね。秦氏は天平の時代から平安まで、政治からは一線を画しながら民衆の心のありどころに注目して、宗教心による平和世界建設に貢献した謎の渡来系の殖産氏族です。 往時を偲ぶ遺跡はほとんど残っていないようですが、ほど近い高尾山は銅を産出したことを祈念する神社があり、ここからも東大寺大佛の銅を寄進したと言われています。時間のゆるす人は更に北上して、恩智神社へ立ち寄り、究極の珈琲専門店まで足を伸ばして初夏の一日をご一緒しましょう。 1. 十三仏 高さ145cmの舟型石に十三諸尊(寛文4・1664年)。 近鉄法善寺駅やや東の小堂2. 医王山・瑠璃光寺石棺仏 凝灰岩製の古墳の石棺を用いた2仏。摩耗著しい如来像と その脇侍(藤原時代の古仏) 恩智川を越え、国道170号線を北へとり、すぐ東の山ノ井町の道を山手に。3.遠慶寺から鐸比古鐸比売神社を経て大県の小峰・高尾山(277.6m) 遠慶寺は法善寺駅の真東に。神社はやや南の平野・大県あたりに。 4. 智識寺跡 智識寺中門跡(=太平寺)の辻の地蔵堂。 凝灰岩の116cmの風化著しい地蔵石仏(鎌倉期) 国道170号線を南へ1.5km。太平寺集落の道筋にそれはあります。 以上でムックきのこの前半の旅は終了です。5. (オプションナル・ツァー) 恩智神社から風変わりな珈琲専門店「ザ・ミュンヒ」 法善寺駅から170号線を北へ1駅歩いた恩智駅の近くに恩智神社、2駅目の高安駅の西の住宅街の中に「ザ・ミュンヒ」はあります。 南河内は華のある観光スポットに乏しく、来たくてもその理由がなかなか見出せないところ。しかし、この地は日本の古代から近世まで、様々な歴史的事件に少なからず関わってきた重要なポイントです。ぜひそこここのキノコに導かれながら、全身をセンサーにして時間の許すかぎり歩いてみましょう。
2015年05月09日
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奥村彪生さんの鬼の霍乱は、日々忙殺の過激スケジュールをこなしている彪生さんの戦士の休息となったようだ。川西きのこクラブの後、その足で八条の東寺近くの病院にお見舞いにいくとお洒落なシャツでベッドに横になり万葉歌の練習に夢中になっており、ノックしてもドアを叩いても気がつかない様子。 そこで、そっと忍び入って足の裏をこそばしたらようやく飛び起きてくださった。 そしたら案の定、「昨日は相国寺まで行ってきました」「今日は近くの神社のおみこしを繰り出しての祭に立ち会い写真を撮ってきました」と羽を伸ばしきった様子。 これは、手術後の経過が、いや、手術そのものがとても軽微なものであったことを物語っていて、安心した。 その安堵のついでに閉門間近の東寺へ足を伸ばし、帰りに京都ラーメン研究所のおすすめラーメンを食べてルンルン気分で帰ってきた。 東寺境内にはコスプレ女性が二人床几に腰掛けているほかは、人影は絶えて、オオデマリのみがあでやかに夕日を吸っていてなんともしあわせな気分にひたっている。 手術後の友の一声四日月新樹を脱し 彪生さんの手術後の一声を受話器を通して聞いた夜の即吟 尾を立てた猫行くを待ち押し開く夏暁(かぎょう)の寺門(じもん) 東寺の夕まづめ、そのあっけらかんとした静謐さとコスプレ女性。それを、それぞれ東雲すぎと尾を立てた猫に転じて。 吾(あ)を拒むはだかの背(そびら)はだけ散る紫木蓮(むらさきもくれん) この作品は閨中での仕草でなければほとんど意味をなさないので、裸の背中は必須である。そして目線を転じて剥落するように花びらを散らす紫木蓮との対比が眼目。僕にとっては、きのこポエム24音詩は、この形式でなければ表現できない句姿を模索中だが、この作品はようやくわが意を得たような気がしている。 ということで、まずは奥村彪生さんのとっては、ひと足早いGWを満喫され、十分に癒されたようでめでたしめでたしだ 日想観に浸りきる泥亀くん 馬面した真鯉
2015年05月07日
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三重県産の自家製シイタケ栽培のものですといってギャラリーきのこを訪ねてきたきのこ写真家で三重からきたというKさんからもらい、その日の夜平らげてしまいましたが、実にうまかっちゃん。 ガッキーちゃんがタイより帰国したことを受けて、歓迎パーティーをSさん、Yさんが企画してくれました。会場は野田のカフェ&バー<アボカド>。 待望のタイのキノコの図鑑(森永力・村上康正さんらの監修)をプレゼントされました。そして残り福のマンゴーシャンプーは図鑑よりもはるかに気に入り、使うとなくなっちゃうので、香りを楽しみ倒すことにしてカバンに入れて持ち歩くことにしました。 ガッキーちゃんは、益々活動的できれいになっていましたのでいよいよ食べごろとみて大安心。タイでの武勇談や現地の生活、そしてドリアンのことなど一杯聴き込んで、僕もタイに長滞在した気分になってしまいました。5月下旬まで日本にいるのでムックきのこでまた会えるかも。企画してくれたYさんも一時疲れていて痛々しかったのですが、ずいぶん元気になったようでこちらもいささか安心。 こうして、ムックきのこクラブのメンバーが集まると、大半が油の乗り切った美人で占められていて青春真っ只中、実に楽しい気分になります。 個人的にはいろいろあるでしょうが、それは生きている証拠ですので、余り深く悩まずにとりあえずひと寝入りすれば解消するものですよね。 こうして美人やイケメンに囲まれていますと、ムックきのこクラブは、いよいよ上昇気流をしっかりととらえ得た感じが否めませんので、ヒマラヤも越えられる勢いになりつつあります。 さあ、2年後にはじまるきのこ暦第4期8年に向けて諸般を整えていきましょう。 ただ、このアボカドのフルコースはお腹によろしいのか、帰路は無臭だから良いものの、プリンプリンとおならが連発。初めは楽しくって音程をつけてみたり、横隔膜と連動させて機銃掃射を楽しんだりしていましたが、なかなか収まらず、結局は弥生満月を仰ぎみながらその推進力でうしろのめりになったまま家に辿りついたかと思われるほどでした。 意外で楽しいアボカド効果、皆さんはどうだったのかな。今度のムックきのこの旅で聴いてみたいものです。 今回は、数少ないおっさんの中にひょろり新左衛門が一人混じっていて「ムムッ!何者」と思いきや、山口のデコちゃんの友人でした。散々話をしたのですが、その後数日経って、2012年2月にギャラリーきのこへ訪ねてきてきのこ談義に花咲かせた三重のきのこ写真家のK青年が、MOOK「きのこ」のお礼にと三重の小島シイタケをプレゼントしてくれたことを思いだし、あのひょろり新左衛門とひょっとして同一人物ではなかったかと思い悩んでいます。が、ついに答えは見いだせず寝てしまいました。まあ、いいか。
2015年05月06日
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ウンモンスズメ Callambulyx tatarinovii 迷彩色で闊歩するモスラくんたちが、またちらほら訪ねてくる季節になりました。 そして面白いカメムシだなと思っていましたが、これは体長6cm位のトビゲラでした。 エグリトビゲラ Nemotaulius admorsus 前翅の外縁が波状にえぐれているのが特徴だと言う。近くの沼か池から飛来したものでしょうか。飛翔能力は優れていて近づくと敏捷に飛び回っていました。
2015年05月02日
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