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朝のテレビの情報番組を見ていたら、例によって、京都の旅をやっていました。 最近、壬生の方では、観光客に新撰組の衣装をレンタルしてくれる店があるんですと。 新撰組をイメージした料理を出してくれる割烹があるんですと。ステーキ肉を真剣で切るパフォーマンスがあるんですと。 そんなん要らんわ~、とつぶやく私なのでした。 大河ドラマの「新撰組!」が始まって、まだ1ヶ月なのに、京都はすでにヒートアップ!という感じです。 京都駅前地下街の京みやげ売場にも「新撰組コーナー」というのが出来ておりました。 のぞいてみると、パッケージに「新撰組」の文字の入った京銘菓が並んでいました。 そのほとんどが、昔からある京みやげの入れ物を変えただけで、新撰組に縁のある商品ばかりではありませんでした。 「新撰組!」のロゴは大河ドラマのものが使われていたので、おそらく、NHKに使用料みたいなのを払っているのではないかと思われます。 そこまでしなくてもいいやろ~、と思ってしまうのでした。 昨年の秋、書店で、土方歳三の写真を使ったクリヤーファイルを見かけました。 その時は 「何でこんなファイル売ってるの?」 くらいにしか思わなかったのですが、今になってみると、なるほど、今年の新撰組ブームを予想しての商品だったんですね。 毎年、大河ドラマの舞台になった場所は、「ゆかりの地」として観光に力を入れていますが、 京都は、そういうのがなくても観光地なうえに、 新撰組の人たち、それぞれにファン?がいるので、 2004年は、もー大変なことになりそうです。 1月ですらコレなんだから、「春の京都」「秋の京都」はどうなることやら・・・。 みんなが「新撰組」「新撰組」と言うのでうんざりしつつも、 実は、秘かに「月刊京都」-新撰組を旅する-特集号を購入したり、 新撰組ゆかりの地を訪ねる定期観光バスのチラシを見たりしているワタクシなのでした。
2004年01月31日
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「ブラックジャックによろしく」の“がん医療編”が終わりました。 雑誌で読んでいただけなので、話の最初の方の印象は薄れていますが、まあ、無難な着地点だったかな、という気がします。 新米研修医の斉藤くんも、ちょっとずつ成長してるやん! マンガの中に、 「がんは死と向き合い、残していく人達に別れを告げる時間のある病」 というセリフがあったけど、 がんに関わらず、「死と向き合う」って、「今すぐ自分ができること」ではないですわなぁ~。 10代の頃、 「死後の世界は実在する」 「人間の魂は輪廻転生を繰り返している」 などとエラソーに語っていたワタクシでありますが、 (「ムー」を愛読してたしなぁ~) 当時は、「死後の世界」もSFやらアニメの世界と同じレベルで捉えていて、全然リアリティーがなかったんよね。 自分の父親が亡くなった時は、 覚悟もしていたし、確かに悲しかったんだけれども、 「これから母をどう支えていくか」 とか 「気を遣ってくれる周囲の人たちに心配をかけないようにするにはどうしたらよいか」 等々、 父の死についてより、 “これから生きていく自分” について考える時間の方が多かったです。 家族が死んでも、「死」とは真剣に向かい合っていなかったようなのですね、私。 結局、「死と向き合う」のは、自分自身が死を迎える時だけなのかもしれません。 そういう時に、宗教家でも、家族でも、外科的な治療をしてくれるだけの医師でもなく、 「死と真剣に向き合おうとしている自分」を静かに見守ってくれる、プロフェッショナルな第三者がいれば、 確かに心強いだろうなあ、と感じたのでした。 ところで、 30代後半にして、再び考えるワタクシ。 「人間って、死んだらどうなるのん?」
2004年01月23日
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楽しく遊ぶ子供たち。 日だまりの中の三原と里奈。 青空。 草むらで陽の光を浴びる、巧、真理、啓太郎・・・。 なんか、これはハッピーエンドなんだと、強引に映像で納得させられてしまったラストシーンでした。 結局、謎解きは前回まででほぼ完了ということで、最後の戦いに向かって突き進むのみの最終回、だったわけですね。 巧対木場勇治の戦いで、とどめを刺さなかった巧が、木場にこう言います。「お前も人間だ」 この言葉で、木場が心の奥に封じ込めようとしていた思いが、一気に吹き出したんでしょうなぁ。 木場としては、自分のことを敵のオルフェノクとして、人間の巧に殺してもらいたかったところなのでしょう。(・・・って、解説してはイカンのですが) あの絶叫のシーンは、木場役の泉政行くん渾身の演技だったと思います。 建築現場に張られたシートを使った「向こう側とこちら側の世界」の演出も良かったですね。 2人の対決の場面、眼光の鋭さだけは、巧の半田健人くんの方が勝っていると思いました。 木場勇治が完全な敵になったと思えないのはなんでだろう と、これまでずっと考えていました。 人間に絶望し、人間を滅ぼす側の立場になって、実際ひどく冷酷な行動をしているのを見ているのに、です。 そして、やっと分かりました。 カイザ=草加雅人役の村上幸平くんの演技に、ものすごいインパクトがあったからなのでした。 草加って、初登場の時は「スポーツ万能のさわやかキャプテン」風だったのに、だんだん形相が不気味に変わっていきましたからね。 あのテンションを維持するのには、相当なエネルギーが要ったことと思います。 村上くんのあの演技を超えるエゲツナサがないと、私には「真の敵役」とは認められなかったのでした。 泉くんも頑張ってはいたんだけれど、彼自身、黒目がちで、どちらかと言えば童顔な人なんで、どうしても甘口に見えてしまうのですね。 最終回ほどの突き抜け方が45話からあれば、話の印象はかなり違っていたのではないかと思いますね。 それはさておき、 最終回はその後、あのような結末に繋がっていくわけですが、ラストシーンでは、巧をはじめ、誰もが妙にサッバリしていて、誰も木場の影を引きずっていないんよね。 死を美化するのは、子供向け番組ではいけないことなんだろうけど、こういう平和な日々が、どのような戦いの後に訪れたものなのか、登場人物たちが背負ったものをはっきりと分からせて欲しかったですね。 この最終回自体が、「一生懸命生きてるんだよ、人間を守るために」 だとか、「何が正しいのか、その答えを、君が俺に教えてくれ」 だとか、 もー、話を盛り上げようとするセリフのオンパレードで、何度も何度も、その雰囲気に流されそうになったんよね。 その都度、 ちょっと待てよ、 と、冷静になるようにしていました。 物語自体が、これまで投げ続けた沢山の謎としっかり向き合っていないと感じたからでした。 まあ、死んでしまった登場人物が謎を解き明かすということはないだろうけど、先週の49話が終わってから、まだ解決できる謎はあると、一つだけ期待していたことがありました。 それは、巧と真理が出会ったのは偶然か否か、ということです。 巧が同窓会の夜の惨劇に居合わせたことから、彼はどうも真理の後を静かに追っていたのではないかと想像が出来るので、それについて、巧の口から何か語ってくれるのではないかと思っていたのです。 が、そういうシーンは一切ありませんでした。 ううーん、巧がファイズとして戦ったのは、ほんまに偶然の出来事だったのかなあ? ところで、ストーリー以外にも、ちょっと気になる点がありました。 前作の「龍騎」では、ドラマ終了直後のオモチャのCMで「真司くんと蓮を忘れないでね」 というメッセージが出て、ああ~、スポンサーも一緒に物語を作っているんだ、と、胸にグッとくるものがあったのですが、 今回、そういうのってなかったんですね。 それどころか、前回から、ハッキリと「555」のオモチャのCMを外してきてたし・・・。 何かあったんですかね? また、これまでのシリーズには必ずあった、番組最後の「1年間の応援ありがとうございました」 の挨拶の文字、これも今回はありませんでした。 どうしたんでしょう~?? なんだかミョ~に気になってしまいました。 そういうワケで、来週からは、何事もなかったように新番組が始まります。 なんだかな~。 これが今の正直な感想です。 ラスト2ヶ月の失速感、これがとてももったいなかったです。 前略 井上敏樹さま ドラマで描ききれなかった部分をノベライズで、な~んてこと、まさかおっしゃいませんよねぇ~?
2004年01月18日
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リップライナーだの、アイライナーだの、アイブロウペンシルだの、唇や目の周りの輪郭を書くのに、ペンシル系のメイク用品がございます。 通販化粧品のカタログで、ペンシル類のページを見ていたら、 「ペンシルの端に、一目で分かるマーク入り」 というコピーが付いていて、 「目」と「眉毛」と「唇」のマークの写真が載っていました。 古代エジプト文字を思わせる、絵文字風のマークです。 え゛~、なんかキモチ悪いマークぅ~~、 と、一瞬思ったのですが、 いや待てよ、こういうのもアリか、 と、すぐに考えを改めました。 なぜならば、目の悪い私は、何度も「赤い眉毛」を描いた過去があるからでした。 そうです、リップライナーで眉毛を描いてしまうのです。 ペンシル系の化粧品って、安いやつは、どこのメーカーのも軸が黒いのはなんでですかね~?
2004年01月17日
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いや~、来週最終回なんですね「仮面ライダー555」。 恥ずかしながら、それを実感したのは、先週の予告編を見た時でした。 確かにそういう時期だと分かってはいたのだけれど、10ヶ月ほどかけて広げてきた物語を、2ヶ月ちょいで一気に解決へ持っていっているので、 ちゃんと終われんのか、あと2回で?! そういう思いがとっても強かったからなのですね。 特に、これまで人間を信じ続けてきた木場勇治が、人間を滅ぼす側に回ったこと、この展開について、「理屈では分かる」んだけど、「感情移入しきれない」自分がいたのでありました。 それより少し前の話で、主人公の乾巧が「オルフェノクの自分は、いつ人間の心を失うかも知れない」 と悩み、やがて「人間として、ファイズとして戦う」 と決意するというエピソードがありました。 この時には、流星塾の同窓会での出来事や澤田の死が、巧の心の動きに直接つながっていたんで、見ていて納得もできたし、カタルシスもあったワケです。 でも、木場のエピソードの場合は、個人的にはちょっと違いました。 同じオルフェノクの長田結花が、人間の実験材料にされようとして死んだ。 木場は「人間のせいだ。奴らが長田さんを・・・」 と号泣して、人間を憎むようになる、 という展開で、確かにそうなってもおかしくはないと、「頭では」分かるんです。 でも、長田結花は、死ぬ前に人間である啓太郎に理解されて、殺されはしたけれど、救いの部分も残されていたんよね。 行き場のない残酷な死に方をしたとは思えなくて、彼女の死が、木場の心を追いつめる決定的なエピソードになったとは実感できないのよね。 また、木場の心が少しずつ揺らいでいく様子が描かれていく中で、オルフェノクの運命とか、王のエピソードとか、元社長・花形の話も出てきて、見ている方も話の急展開を一気に受け入れなければならなくなっていました。 だもんで、巧が決意するのにも、木場の生き方が変わるのを描くのにも、同じくらいの時間が費やされていたんだけれど、木場のエピソードについては、感情移入しきれなかったのでした。 何よりも、「オルフェノクと人間の共存を目指す」という理想を持った穏やかな木場勇治、というキャラクターの印象が鮮烈でねえ。 物語の最初で、死の淵から甦ってみれば自分の家はなく、恋人にも友人にも裏切られるという、どん底の状況でありながらも、彼は人間を信じてきたんですよ。 そんな彼が、仲間の死で、そこまで劇的に変われるかぁ~、と思うのであります。 しかも、スマートブレインの新社長に就任してからの言動たるや、類型的すぎる「悪役」のパターン。「ひょっとして、心の中では別のことを考えているのに、無理して冷酷に振る舞っているのではないか」 と、その表情とかセリフから、必死に隠されたものを読み取ろうとしたこともありました。 でも、どうも本当に「人間であることを捨てた人」になっちゃったんですね~。 頭では分かるんだけど、人間の感情の流れとしては、すんなり受け入れがたいよねー。 だって、42話まで「オレは人間を信じてる」って言っていた人が、45話では人間を殺してるんですよ。 納得いかんわな~。 お話が終盤に入った40話あたりから、どうも、謎解きとか、これからの展開とか、自分の心境について、「絵」じゃなくて「セリフ」で説明するシーンが多いのも気になりました。 木場のセリフだと、「君(乾巧)は、オルフェノクであることを自覚し、ずっと普通の人間として生きてきた。 でも俺は、オルフェノクであることを受け入れて生きてきたんだ」「花形さんは知らない、俺の、人間に対する絶望の深さを」 だーかーらー、こーゆーのをセリフだけで済ませるのはツマランって! 理屈抜きで心の中に入って来ないし、頭で「理解しよう」としちゃうんだから。 また、主役の乾巧を演じる半田健人くん、頑張ってはいるんだけど、ストーリーの節目になるシーンでの演技にメリハリがないように思えます。 今回(49話)だと、巧が、オルフェノクの王は幼い輝夫少年だと知るシーン、 クサイと言われようが何と思われようが、もっとオーバーに驚くべきだったのではないか。 でないと、巧が受けた衝撃の大きさは伝わらないし、何よりも、その後に出てくる「輝夫を倒そうとするけど、できないファィズ」 の場面が生きてこないと思うんですよね。 さて、 人間対オルフェノクの先鋒にいてほしかった南、 これまでの敵、村上・前社長、 ベルトの謎を知る、花形・元社長、 カイザの草加、 最強のオルフェノク、北崎、 ストーリーの謎に絡む登場人物が、みんな死んでしまいました。 ど~なんの、最終回?! 泣いても笑ってもあと30分、しっかり見させていただきます。
2004年01月11日
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「壬生義士伝」と「たそがれ清兵衛」の2本立てを観ました。 1本目の「壬生」もクライマックス、というところで、不意に ガサッ! パリパリバリ バリ という音が周囲に響き渡りました。 バリバリッ ガサッ 途切れずに続きます。 私の座席の後ろで立ち見をしている人が、この騒音の源でした。 せんべいを食べる音ではありません。 使い捨てのプラスチック製ケースを開閉するような、耳障りな音なのです。 スーパーの「揚げ物バイキング3個100円」などで、コロッケなどを入れて輪ゴムで止めるような、あの入れ物が頭の中に浮かびました。 こいつぁ、立ち見をしながらパンを食ってるな。 と、直感でこう思いました。 なぜなら、最近、小じゃれたパン屋で、菓子パンの形が崩れないように1個1個プラのケースに入れてくれることがあるからです。 中井貴一の吉村貫一郎が、死ぬ間際、家族に思いを馳せる、という感動的なシーンなのに、「しづ・・・、嘉一郎・・・パリパリパリ、パリッ・・・」 騒音で、セリフがほとんど聞こえませんでした。 私の隣に座っていた映画好き風のおじさんが、眉をひそめて何度も何度も後ろを振り返ります。 結局、このパリパリ音で、盛り上がった気持ちがすっかり冷えてしまいました。 私は言いたい。 上映中に、音の出る物をガサガサさせんな。 食べ物を持ち込む時は、そういうことも配慮して買い物せんかい。 ってゆーかー、休憩時間に食え! うるさいんじゃ、ボケ! 振り返ってみれば、開演前に劇場へ着いたお客さんたちは、ほとんど、1本目が始まる前にパンなどの軽い食事を済ませていました。 映画を見ながら食事をしていたのは、ギリギリか上映の途中に入って来た人たちです。 今回、わたくしの決めた勝手な法則。「映画をよく見る人は時間に余裕をもって劇場へ来るが、 たまにしか見ない人は、開演ギリギリでも平気である」
2004年01月10日
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いや~、久々に、大声が出ましたですよ、ホント。 怒るのを通り越して、呆れてしまいました。 夕刊を見てたら、 父親(39歳)が生後20日の長女に重傷を負わせた、という記事が載ってまして、父親が暴力をふるったその理由が、 「娘に家族の中心の座をとられたようで、面白くなかったから」 ですと! 子供かアンタは。 ええ年して、何やってんねん。 自分のことしか考えとらんのか。 子供を何やと思てんねん。 最近、幼児の虐待とか、強盗事件などのニュースを見ていると、犯人に「30代の男性」ってのが多くないですかね? 同世代として、「なんでそういう発想になっちゃうのか?」 という思いが強いです。 子供の頃、思春期、バブルの後・・・、どんな時代だったかなあ、と、ときどき振り返ってみたりします。 いたたまれんのは、この39歳男性のご両親でしょうね。 自分の息子が、孫に嫉妬して暴行なんて・・・。 誰を責めたらいいのか、という感じでしょう。 も゛~、頼むから、きちんと育てられないんだったら子供つくんなよ!
2004年01月08日
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TVで皇室のスペシャル番組を見ました。(相変わらずの皇室好きでして・・・) 天皇陛下が弾くチェロを聴いたことがあるという音楽の偉い先生が出てきて、その音色についてこんなコメントをしていました。 「なんというか、あれは“天皇陛下の音”なんですね。 演奏を聴いて、天皇陛下というのは孤独なんだなあ、と思いましたよ」 うおおおお~! 私はえらく感動しました。 “天皇陛下の音“って、どんな音なんだ? イマジネーションが一気に広がった、というのもあるけれど、それ以上に、 演奏するチェロの音色から「孤独」が伝わるなんて、 楽器が伝えるものって、なんて深いんだろう。 こっちの方に、心を動かされたのでした。 また、自分が感じたことをそういう言葉で表現できるなんて、この音楽の先生もスゴイよね! 音色って、楽器じゃなくて、演奏する「人」によって違うんですよね。 ライヴを聴きに行った時、一度、ステージ上のギタリスト2人が途中でギターを交換して演奏する、というのを見ました。 楽器を替えても、弾く人の音色がしていました。 その楽器について、基本的な演奏方法というのは決まっていると思いますが、 人間は一人一人が別の人なので、力の入れ方とか曲の解釈の仕方等によって、個性が出てくるのでしょう。 特にチェロやギターのような弦楽器は、弦の揺らぎに、自分の中で波打つものが共鳴して、そのまま外へと広がるんかなあ、 などと考えたりしたのでした。
2004年01月05日
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朝、時計代わりにTVをつけると、風水のDr.コパがすき焼きを食べていました。 食べ物で幸福をつかむというコーナーのようで、Dr.コパ曰く、今年のラッキーフードは「牛肉」「豆腐」なのだそうです。 ホンマかいな。 自分がすき焼き食べたかっただけとちゃうん? TVに冷たい視線を送りつつ、朝の身支度を続ける私がいたのでした。 そもそも、ラッキーフードって何なんでしょうか? 占い好きの私ではありますが、この「ラッキーフード」というやつだけは、どうもよく分からんのであります。 「貴方の今日のラッキーフードは納豆です」 と言われても、納豆嫌いなんで、絶対食べませんもん。 自分の嫌いなものを無理に食べてまで、幸せにならなくてもいいです、私。 ラッキーフードって、いったいどうやって占っているのでしょう? インスピレーション? それとも、その占いの過去の文献に、「こういう兆しがあった時には、こういうものを食べると良い」などと書いてあり、それに基づいて決めるのでしょうか? 今日の番組では「2004年のラッキーフード」ということで、まだ比較的分かりやすかったですが、 平日、朝の情報番組でやっている「星座別・今日のラッキーフード」みたいなの、占う人も大変でしょうなあ。 毎日、12星座に1個ずつ、幸運を呼ぶ食べ物を決めてるんでっせ。 大変よ、コレ。 占いの大先生が、助手の人に 「そのへんの雑誌を見て、テキトーに目に付いた食べ物をリストアップしといて」 などと言っているのではないかと、いつも心の中で疑っておるのでありました。 ・・・で、このラッキーフードを食べて良いことがあった人って、いるのん?
2004年01月03日
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私の好きな映画のサントラに「新・仁義なき戦い」があります。 特に布袋寅泰のファンというワケではなく、映画を観ながら 「このテーマ曲、かっこええ~」 と思い、発売日にCD店へと走ったのでした。 サントラを発売日に買ったのは、この作品が初めてです。 「仁義なき戦いのテーマ」という、昔からの有名な曲もあるのですが、何と言っても、サントラ2曲目の「新・仁義なき戦いのテーマ」、コレが良いんですよね~。 なんか肩で風切って歩きたくなる感じで。 それはさておき。 年末、TVのスペシャル番組を見ていたら、布袋さんの、この「新・仁義なき戦いのテーマ」が、やたらBGMに流れていたような気がするのであります。 特に、勝負がらみのシチュエーションで、“戦いに向かう両者”みたいな雰囲気のバックに、この曲が流れている確率が高かったと思うのです。 そういうのを見るたびに、 「この曲、カッコエエわぁ」 と改めて感動してサントラCDを聞き、 また別の番組で流れると、 片づけようと思っていたのに再び聴く・・・ 最近、こんな日々が続いたのでした。 ところで、自分が知っている作品のサントラがBGMに流れると、 「あっ、『○○』の曲や!」 と、つい『作品名』を叫んでしまうのは私だけでしょうか? 2003年は、個人的に、サントラを何枚も購入した年でして、このパターンがよくありました。 TVドラマの「盲導犬クイールの一生」(心に残る曲多し)と「高原へいらっしゃい」、本当にいろんな番組で使われてましたよね~。 TVを見ながら、 「アッ、子犬のクイールが花畑で走ってるシーンで流れてた曲や!」 などと突然叫ぶ私を、どうかお許し下さい。
2004年01月02日
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毎年、年またぎと言えば、ジャニーズのカウントダウンである。 で、今年も「ジャニーズ・スターシップ・カウントダウン」を見てしまった。 昨年、J-FRIENDSの活動が終了したので、今年はTOKIO、V6、Kinki kidsに加えて、嵐、タッキー&翼、NEWSと、豪華なメンバーになった。 このコンサートは、毎年、東京ドームで、Kinkiのコンサートの後に行われており、セットや仕掛けも、Kinkiコンのものがそのまま使用されている。 先週、大阪ドームのコンサートへ行った身としては、そのセットを見ただけで、あの時の興奮が甦ってくる。 大阪も東京も、セットの基本は同じようである。 12時を過ぎて日付が変わると、これまた恒例の「ジャニーズ・ヒットメドレー」である。 田原俊彦や近藤真彦の初期の曲、男闘呼組「DAY BREAK」、少年隊「仮面舞踏会」、フォーリーブス「ブルドッグ」あたりは毎回登場するので、ちょっと飽きてきた。 TOKIOも必ず「うわさのキッス」か「LOVE YOU ONLY」なので、ちょっと可愛そうではないか。 個人的には、 田原俊彦「悲しみ2ヤング」「ラブシュプール」 近藤真彦「情熱・熱風・せれなーで」 少年隊「ABC」「ストライプブルー」「バラードのように眠れ」 このへんを聞いてみたいのだけれど、ダメなのだろうか。 さて、今回の目玉は、出演者を「比較的ダンスできる系」と「踊らない系」の2組に分けて歌わせたステージではなかっただろうか。 特に、前者のメンバーによる「アンダルシアに憧れて」、この曲が私自身にとって、コンサートの盛り上がりのピークなのだった。 TOKIO・城島のアコギに続いて、まずメインステージに登場したのが、少年隊・東山。 唯一、赤の衣装にシルバーのベストで、この人は”別格”というのをまず印象づける。 現在、ジャニーズ事務所のトップと言えば、東山なのである。 続いて登場した元光GENJI・赤坂は、対照的に黒の衣装。 落ち着いた雰囲気で、発声もしっかりしているのに驚かされた。実力では東山より上なのではないか。 彼の出演している舞台を観に行きたくなったくらいである。 続いて、メインステージに現れたのは、帽子を目深に被った今井翼。 2人の大先輩の後に、鮮烈な印象を残す。 TOKIO・長瀬、V6=トニセン・坂本、井ノ原、長野、TOKIO・太一、達也の歌が続く。 いずれも、出演者の中では先輩格なので、一人ずつのソロが2小節以上はあったが、彼らの歌はメインステージの上ではない。 セットの高い部分に組まれた、踊り場である。 そして、満を持して登場の、堂本光一。 メインステージで歌い、踊る。 声援が一段と大きくなる。 途中で、嵐・大野と松潤が両脇に加わり、風格さえ漂ってきた。 曲の1番が終わったところで、これまで登場したメンバーがステージに集合、ジャケットをマントのように操って踊る、マタドール風の振り付けである。 この時のステージの並び順が興味深かった。 1番前の列に、東山。 2列目が、赤坂、光一、翼。 3列目にトニセンの三人。 4列目がTOKIO・達也、太一+嵐・大野、松潤。 最後列がTOKIO、長瀬。 これは踊りの上手い順か? そう思ってしまった。 曲の後半、V6・森田剛、嵐・櫻井と続き、再び赤坂に戻る。 この時の赤坂の顔が、左の方を見ながら、微妙にほころんでいる。 何があったのか、と思ったら、その後をクールに歌い続ける東山の後ろで、長瀬が尻を押さえながら階段を駆け上っていく姿が映っていた。 ズボンでも破れたのだろうか。 ところで、ふと気付いたのだが、このステージ、出演者の着ている衣装でも、先輩-後輩が分かるのだった。 東山、赤坂は別として、 まず、先輩格のTOKIOのメンバーは、ジャケットのフロント部分に、シルバーの豪華な刺繍がある。 トニセンのジャケットは、それよりやや抑えめのビーズらしきもので飾ってあるが、ズボンの裾がシルバーのスパンコールでキンキラキンである。(森田剛も同じズボン) 堂本光一のジャケットは、TOKIOと同じような雰囲気で、刺繍がゴールド。 もともと王子系の衣装が似合う人ではあるが、この衣装で、光一は事務所内でかなりいい位置にいる人なのではないか、と思わされてしまう。 今井翼もけっこう良い衣装ではあるが、これはさらにキンキラが控えめで、黒のジャケットに黒のスパンコール。 嵐の面々に至っては、スパンコールは一切なく、光り物は肩のチェーンのみである。 先輩の方が華やかな衣装になっているのだと、今回初めて気付いたのだった。 さて、曲は終盤のリフレインの部分に入り、ステージの6人が、セリで高い位置に上がっていく。 この6人のメンバーはどうよ? 中央に、東山と光一。 その左脇にV6・坂本、井ノ原。 右脇に同じく長野、森田。 ここに赤坂と翼はいないのである。 曲のラストで、坂本・井ノ原、長野・森田、そして東山・光一の順で、高いセリの上から逆宙で飛び降りる。 両脇の4人は飛び降りてから1テンポ置いて最後の決めポーズ、東山と光一は着地後すぐポーズを決め、曲が終わった。 この時、東山はちゃんと膝を曲げて着地していたが、光一は足をまっすぐにしたまま降りてポーズに入った。 あれは危険やろ~。 この曲で、東山-赤坂ラインを継ぐのは光一-翼なのだと再確認したが、 光一が“パーフェクション東山”の域に至るまでには、まだまだ時間がかかりそうだと感じたのであった。 スンマセン、こんな文章書いて。
2004年01月01日
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