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いよいよ2006年も今日でおしまいですね。今月21日22時45分に3400gで生まれた息子に、景太と名づけました。「景」は明暗のはっきりしていること。明らか。めでたい。ここから、存在がはっきりとしてめでたいという意味を込めました。また、夫婦ともに好きなマリの歌い手サリフ・ケイタの「ケイタ」を音にしたいと思っていました。それから、大らかでいい俳句を「景が大きい」ということから、のびのびと育ってほしいという願いも込めました。ちなみに娘の史佳も、生まれた事実(歴史)が自体が美しく、佳いことという意味を込めました。夫と私の名の一文字ずつとりました。今年いちばん心に残る出来事は、やはり出産でした。鴫原助産師の「がんばれ、経産婦!!」の怒号(?・笑)というか叱咤激励の中生まれたわが子との対面は、想像以上に嬉しいものでした。辛く長かった時間も、過ぎてしまえばもう10日。でも、私にはもう一度巻き戻して保存したいくらいいとおしい時間と思えます。巻き戻したいといえば、反省もあります。臨月に体をいたわりすぎてはいけません。今月にボールクラスを控え、ヨガを控えていなければ、もう少し違う経過でお産が進んだように思います。とはいえ、その時自分の体が「やめとこ」と思ったのだから、それはそれで間違いではないとは思いますが…。自宅で産んだことは、とてもよかったです。いろいろと課題もありますが、産後のヘルプが望めるのであれば、いい選択の一つではないかと思います。今回は、親よりもAneさん、Kさんはじめ江古田の友人にごはんを作ってもらうことができました。体のメンテとしても、亜莉さんやshimangさんの来訪により救われました。友達の来訪は、実際のヘルプとしても助かるだけでなく、とても自分のエネルギーになるのをつくづく感じています。ありがとう。たとえ2人目でも、産後の精神の危うさは十分自覚していて、とくに私の場合一人目がよく泣く子だったせいか、「泣かれる」ことにすごく緊張していました。皆さんの気遣いが、そんな不安定な心もちをすっと軽くしてくれました。夫の尽力にも、今回は心から感謝できそうです。長々と書きましたが、体はガチガチでも(笑)心はホコホコしています。今年もお世話になりました。来年は、スリングにぶら下げてラボやいろんな所に顔を出したいです。どうか皆さんもよいお年をお迎えください。言葉では言い尽くせない感謝を込めて…。
2006.12.31
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…じゃなくて、ガンコにお腹に張り付いているわが子よ。今日は予定日を1日超過しまして、業を煮やした(笑)鴫原助産師が内診に来ました。すでにおしるしは3回あり、私としても準備オッケーのはずが…。ほとんど下にはまってるのに、子宮口が貝のように閉じてまして。子どもは「準備できてるよ」と言ってるのに、母が「もうちょっと待って~」と言ってる状態だそうです。意識できてる「気がかり」「不安」を全部話したけど、それらはほぼクリアできるから問題なしとして…。自宅を選んだことに不安も不満もありません。良かったと思ってる。けど、自宅だと「何はともあれ行かなきゃ」とはならないところに難しさもあると痛感。気になることが次々と出てきて、で、それを片付けたりできちゃう環境にあるので、「えいやっ!」と腹をくくれないのです。それが今の私の場合裏目に出てるんだ。朝、それなりに痛いのでヨガも控えてしまった私。なぜここにきていたわってるかね、自分。もっといたぶって出てきてもらわないと、赤ちゃんがクリスマスプレゼントになってしまいます~。大潮&新月の波に乗るんじゃ、乗りたい…(弱気)。いや、弱気になってる場合じゃない。ここは、波に乗りたいとか言ってないで、体を揺するに限る。気づくのが遅いって(笑)。
2006.12.18
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いつもの日曜日を迎えてます。昨日は、関西へ引っ越す友達の送別会に、垂れ下がりそうなお腹とともに参加してきました。せっかく楽しい気分でいたのに、帰宅後、口の減らない娘と一戦交えてすっかり消耗。気が立っていたせいか、こともあろうにかんしゃくを起こした娘にビンタ張ってしまいました。最悪です。ごめんよ娘。それを境に気分はどんどん下降し、一人になりたくなって、一緒に行きたいと泣いて地団駄踏む娘を置いて(夫に押しつけて)外に出てしまいました。なんだか、うちに帰りたくなくなってしまい。このままと~お~くへ~い~き~た~い~となり。でも行ったのは近所の本屋…。レイモンド・ブリッグス著『さむがりやのサンタ』を立ち読みして少しだけ気分を立て直して帰宅しました。家では父と子がパズルなどをしてこちらも立て直しを完了しており。「おかえり」「ただいま」と、いつもの休日に戻りました。私は、夫に頼りすぎていたのかもしれない。頼る…というのもぴたりとこないけど、お産が近いときに風邪をひいたりしてこちらの心配を増やしたことに苛立っていたのは事実。うまく事が進まないような不安を勝手に盛り上げて、一人で不機嫌になっていたのは私、本人であります。そう思ったら、アホらしくなってきた~。ごめんよ夫。赤子さんは、自分が出てきたくなったら、予定日なんか完璧に無視してお出ましになるのだ。あぁこんなに、自分に縛りをいろいろと与えて、せせこまし。ということで、夕食後に夫と自分のためにコーヒーなんぞを淹れて飲み、娘の寝入った頃に並んでCBSドキュメントのビデオを観たりして「いつものように」過ごしました。そしたら、腹~背中が痛くなってきて…メリハリのまだない痛みなんだけどさすってもらって、体というよりこころが楽になりました。夫だって、夫の思いで子の誕生を待ちわびてるんだ…。で、布団に入ってしばしこの痛みを楽しんで(マゾ?)たら…あぁ…いつもの平和な日曜日になってしまいましたとさ。しばらく、この超大型レインドロップ体型を楽しむことにします~。
2006.12.17
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過ごすことは、これから先しばらくないのかな~と思うと、私の方がなぜか甘えたい(!)気分になって「一緒にいようよ~」などと娘に声をかけた。「いいよ~」と快い返事をもらえたので、光が丘公園へ。今日はめずらしく青空も広がり、わりと暖かな陽気で散歩にはもってこい。エネルギーあふれる娘を十分に遊ばせてやれる体力(走力)が、今の私にはあんまりないが、それでも駅の階段は走って下りれるんだから大丈夫だろう(オイオイ)。案の定、駅から公園に向かう遊歩道では全速力で駆け出す娘。後ろから、なんとなく膝を閉めるような滑稽なカタチで追いかける私。光が丘は、辺りにマンションが林立していて人工的な街ではあるけど、小さい子どもを安心して遊ばせられる環境が整っていて、こういうときいい。車通りの心配しなくていいのが、ホントにありがたい。夏には子どもたちが集まって水浴びしていた噴水も、今はひたひたの水が循環しているだけ。娘は一目散にそこへ向かう。黙って見ていたら、靴と靴下を脱いで入ろうとしている。「おーい! 寒いぞ~。風邪引くよ~」との制止も耳に入らぬよう。足先だけ濡らして「つめたい!!」と満面の笑み。まぁそれが分かれば満足なんだから、いいや。友人に紹介された『あなたの子どもを加害者にしないために』という本を先日読み終えて、「命にかかわること」を最優先にすること。「見守る」ことの大切さを学んだ。これ、当たり前のようで、意外と子どもに伝え切れてないなと愕然とした。私、こう見えて子どもに「お膳立て」しがちなので、今読んでおいてよかった。親子関係にありがちなコミュニケーションの例が、学術的に解説されていて、それでいて「こうすれば大丈夫」というノウハウ本でない。だからよかった。子どものいる環境を幸せだと思えること、それが幸せな本日でありました。*。・・*・。。*・。*。。・・お膳立てといえば、赤ちゃんが生まれたら娘の食事を夫にも簡単に用意できるようにとゴハンを常に炊いておく、菓子パンでないけど食べやすいパンを常備する、とかスープを仕込んでおく、とか毎日してきたけど、それ、作るそばから私が食べてるじゃん(笑)。だから、いつまでも「準備」ができないわけ。それで、どうもお腹の子も安心して出て来れないのかも…。ゴメンよ、さっきも娘のためのレーズンパン半分近く食べちゃった。むむ、やっぱり私、緊張してるのか~ガラにもなく(笑)。
2006.12.15
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反省を込めて書いてます。先日、「初産婦」とは云々…と書きましたが、これはあくまで私のことでした。私は医者から言われたことにいちいち疑問を感じ、質問したりして解消してきたつもりだけど、釈然としないまま従ったことも多々ありました。だから『産褥記』を初産婦が理解できないってことにはなりません。私の書き方が適切でなかったですね。ただ、「分からないから」→「体感・実感を追求しよう」という人と、「医者の言うことに従っておこう」という人がいるのは確かです。後者を選んだ…だけど釈然としない気持ちをもった、あるいは現在もっている妊婦さんが、医者の「いいなり」じゃなくていいんだ! と気づける貴重な本だと思っています。ただそれを自分なりのやり方で実践するかは本人次第。*・。。*。・・*。・。。*・・。昼間から不規則な痛みがあります。そうすると不思議なもので、行動にうつすまでのスピードが早まります。動作自体はのろいのですが(笑)。行動を決めるのに、「頭」というフィルターを通り越えて直接動く感じですかね。方向性が正しいかはさておき迷いがない。で、私はすごい勢いで不要なTシャツを切り裂き始めました(笑)。自分でも「オイオイ、今することか?」とツッコミたくなるほどでしたが、これまで「あと1回着たら」とかけち臭く箪笥に溜め込んでいたものがシャカシャカと四角い布になっていくさまは、快感だった。要るもの、要らないものを決定するのが早くなる。
2006.12.13
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出産予定日を間近に控え、中期までの体育会気分はどこへやら…。で、shimangさん著『産褥記』を読み直しています。一度目は、妊娠初~中期の頃(だったと思う)。出産を控えた友人にも贈った。まず、産後の体感、精神面などをリアルに伝えた本、ということに衝撃を受けた。当初は、産後の生活全般を思い出すための「予習書」として読み始めたのだけど、テンポがあってさくさくっと読み終えてしまった。だから、このときはどちからかというと、「読み物」として捉えていたかな。二度目は中~後期。自分としては、体の変化をより実感してる時期でもあり、また体調も回復しつつあったので、本に書かれていることを実践するのに(ゴリエダンスじゃないよ・笑)前向きだった。実際に、ボールエクササイズの効能も十分に感じていたので、読むことによってその体感に裏づけ、肉付けをしてもらっていた感じ、かな。三度目は、臨月のいま。まさに産後生活が「手ぐすね引いて(笑)」待ってる今。いちばんリアリティをもって迫ってくる内容かも。私は臨月に入り、残念ながら下半身に水風船をはさんでいるような違和感があったので、どうも上下に弾むのに積極的になれなかったけど、それが今週に入り解消されたので、また自主的に(ゆるく)弾んでます。おそらく、体が産む体勢になる過程だったのだと今では分かる。開こうとしていたのに、まだ開ききれなくてギシギシいったり腫れぼったい感じだったのだろうと思う。妊婦の寝る姿勢については、「横向きがいい」というのが体勢を占めているけど、この本でも紹介されている通り、モヌキ先生方式(膝の後ろに枕などを置いて膝を高くする)は本当にいい。私の場合は、背中もやや起き加減にする+仙骨の後ろにたたんだタオルを敷く。この2点でぐっすり熟睡できた。よく「妊婦=3時間おきに目が覚める」のは「産後の授乳のリズムに合わせて体がそうなってきている」などとも言われるので、その点でまったく起きない私は母親失格ですなぁ(苦笑)。ただ、仙骨がそれなりにせり上がってきている現在は、腰に当てものをしてもさほど快適ではなくなってきたので、横向きにして膝の間に分厚い詰め物をして寝てます。そうすると、仰向けではお腹がパチパチに張っていたのが楽に緩まった。「甘いものを食べたくなる」=「手っ取り早く緩みたい」というのも激しくうなづけた。まさにそれ、私だわ。蒸しかぼちゃと、クコの実、プルーンがそんなときの強い味方だったな。かぼちゃは整腸に一役も二役も買ってくれました。要は、いろんなヒントを得て自分なりに工夫すればよい方法が見つかるということ。「喉元過ぎれば熱さを忘れ…」ないという迫力が、『産褥記』のいちばんの魅力ではないかと。ただ、一つ思うのは、初産婦がこの本を読んでピンとくるかは人それぞれかも…。本にもこう書いてあるし、医者もこういうからこの不調は「そういうものなんだ」と思いがちなのが、初産婦だものね。そこで味わういろんな矛盾を「忘れない」でいられた人が、この本の旨みを十分に味わうことができるんだわ~と思いました。
2006.12.12
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臨月になり、ついつい甘やかしがちな体をなんとかしようと、初参加。最近、股の奥の骨がギシギシいう感じで、寝返りを打つのも苦痛になっており、開脚しても風呂で温めても改善しなかったので、それを少しでも軽減できないかと。で、スタジオに着いたら姿しなやか、しゃっきりと美しいライチ講師が。もちろんヨガの要素もありながら、じっくり伸ばして自分で自分を治していく感じ…。そこになぜこれはこうなのか??という説明も加わり、深く納得~~。まゆみ先生のヨガも、「肋骨を一本ずつはがすように」とか「お尻の骨を高く引き上げる」とか、具体的にイメージしやすい言葉で語られてるけれど、今日のライチさんの言葉も、ガチガチで伸びにくい私の体を自然と少しずついい方へ導いてくれる。股関節を開き、尻の筋肉を伸ばし、背中の設置面積を広げるための動き…。すべてに理論があり(理論どおりには言うこと聞かない体だが…)、それに沿うように努めると、じわじわと気持ちの良さが効いてくる。終わる頃には、冷たーくなっていた耳全体が、ぽかぽかと温かくなっていた。動的・静的どちらでも体を動かすのは楽しく気持ちのよいものだけれど、それぞれに向く時期・気分というのはあるかもしれない。それに、まずは自分の体の快・不調に気づけないとダメだな~と痛感。肩凝りは慢性的なのでつい忘れがち。今日のストレッチでまた左肩がダメだったと思い出した。そこまで麻痺してたということ。背中、とくに肩甲骨周りに「アイロンをあてて左右に伸ばす感じ」を忘れないでいこうと思う。
2006.12.07
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朝日新聞に、こんなタイトルの記事が。妊娠を理由に、派遣元から退職を促された派遣社員が、産休・育休を獲得したという内容だ。派遣職員として先月まで働いていた私と条件がほとんど同じなので、ついついくぎづけになった。私の職場では、産休について前例がないもののこちらの希望を受け入れてくれた。(というか、認めないと違法なのだが)とはいえ育休となると、また別途申請しなければならない。すでに産休に入る前に希望は出してあるが、産休明けにまず契約更新することが前提だ。もちろん更新するつもりだが、その時に同じ現場の空きがあるかは未定だ。育休取得についても「前例なし」でもめるかもしれない。しかし、育休期間の被雇用者の保障については、雇用元に経済的負担はかからない。手続きも、自らがすればいいことだ。「もらえるものはもらっておけ」という短絡的な考えでなく、雇用元も、被雇用者も、「働く」ということに責任というかなんというか、自分なりの誇り(?)をもつためにも、この権利は当然利用してしかるべきだと思う。派遣元が育休を認めたがらないのは、働く側が育休明けに辞めてしまうことを危惧してのことだというが、これって卵が先かにわとりが先かの理論だなぁ。雇用形態の如何にかかわらず、子を産み育てるという当たり前の権利が確保できなければ少子問題は解消できないし、そういうことは、働く側が大上段に訴えるのでなくても自分に働く気があることを声を出していくことで少しずつ変わっていくと思う。…ということで、もっとも苦手とする事務的交渉&手続きにかかります。これが終わらんと、生まれるものも生まれないわ。*。。*。。。・・・*。・。・妊婦検診も大詰め。お産セットも我が家へ運び込まれ、あとは機が熟すのを待つばかり…だが。・上に書いた件、とにかく交渉に持ち込む。・遅れている手紙の返事を書く。・保育園の申請(しかし、名前が決まらんとできない。。。〆切は年内)・カレーを食べる(笑)これらが一通り済めば、なんとなくいい感じになるだろうな~。今日は、めずらしく矢野顕子さんのCDなどを聴きながら40手前のわが身を思い、しみじみとしてしまった。う、もしかしたら少し緩んでるかもしれん。なんとなく湯冷めしさうな四十手前拗ねて泣かぬ長女の業よ寒椿
2006.12.06
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今日は、亡き祖父の誕生日。「無口で学者肌、頑固者、面白みのない男」と祖母にはけなされ通しの祖父だったが、私が小さい頃は、鉛筆で人魚姫やらなにやら、ハダカのおっぱい付きのイラストまで描く一面をもったユニークな人だった。昨日、産後の助っ人として頼ってる一人、妹が家へ来た。泊まっていくというので、家中の布団を総動員して(!)寝床を確保。新しいシーツがないので、洗いざらしの青いシーツを押入れから取り出したら、それが祖父が昔使っていたものだった。物持ちのよい、きれい好き(すぎる)祖母が「もったいなから」と私に持たせた代物だ。祖母らしく、バリバリに糊がかかっていて、ほんのりいい香りがする。それを妹用にあつらえた即席布団にかけ、寝てもらうことにした。祖父の誕生日前夜に、祖父が病床で愛用していたシーツを出すことになるとは…。*。。・・*。・。。・・*。+・*妹と娘を、試しに一緒に寝かせてみようと思った。産後は娘の相手も頼むのだし、小さい子に慣れてもらうにはいい機会だ。娘も妹になついているので、わりとすんなり同意した。いつも娘は私の布団に一緒に寝ているのだが、子ども布団を別に用意してやったら飛び上がって喜び、修学旅行ばりのはしゃぎよう。(ラッキー)入眠儀式の絵本を読み聞かせ、いつものように寝付いた…。その間に一人でのんびり風呂に入り、あがったところへ夫帰宅。「起きてるよ」と言う。おやと思って部屋をのぞくと、娘が天井を見上げながら目じりに涙をためてるではないか!思わず抱き上げたらぽろりんとしずくが私の胸に落ち…。「いつもみたいに一緒に寝る?」と聞いたら「ここで寝る」と言う。妹はすでに夢の中、爆睡モードでぴくりともしない。この娘、以前ならば私がいないと思ったらすぐに立ち上がって探すか、泣き声を上げただろう。声もたてず、じっと我慢してたと思ったら、けなげに思えてつい自分のところに呼び寄せたくなった。けれど、自分で頑張ってるのを見守ってやるのも大事だな~と思い直し、「あっちで寝てるから、大丈夫だよ」と伝えて別の部屋へ。夫と、どうなるかね~などと言いながら様子をうかがったが無事寝たようだ。やれやれ安心…と思ったのが午前2時。スーッとふすまが開いて、目に涙涙の娘が入ってきた。よしよし。しばらくはまだ一緒に寝ようね。
2006.12.02
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