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息子を連れて、久々に救急外来にかかった。今度は、喘息発作ではなく便秘…。詰まったのは1日だけなのだが、ほぼ出かかったものが痛みで思い切り出せず、泣き続けだったので…。思い起こせば…土曜に義父母が家に来てくれた。息子が食べられる、数少ないごちそう「穴子寿司」を持って。もちろん息子は、上にのっている穴子をはがすように食べて大満足。けれど、食べつけないものはやっぱり胃腸にくるのかな。オレンジジュースもたまのお楽しみでしこたま飲んだので、冷えたのだろう。お通じなし。そして日曜の朝から、痛みの波がくると泣き叫ぶ。まるで陣痛のよう…(ごめん、息子よ)。午前中に救急外来に連絡の上で駆け込んだが、「分娩が入ったから」と断られ、撤退。家に帰って浣腸を試みたが、私がこわごわ刺したものだから、いちばん違和感のある場所で止まってしまった。しかも薬剤を思い切り注入できなかったから、息子にとってはさぞ不快だったことだろう。なんだか「掘られ損」な息子…ああ私ってば下品。。。レメディを飲ませ、お白湯も飲ませ、お腹をさすり仙骨をさすり…したが、時おり突き上げるような痛みが襲うらしく、泣く姿が痛々しい。苦痛から逃れるように、午後は昏々と眠る息子。目覚めたら、相変わらず出ないものの多少は気分がよくなったらしい。外へ出たがったので、家族で近所を散策。…と言っても、中古CD屋と本屋と、コーヒー店くらいですが。お茶をしている最中に、また火がついたように泣き出したので、そそくさとお店を後にして、再度救急へ。今度は受けつけてもらえた。それにしても家庭用の浣腸と、医療機関で使う浣腸では、こうも形状が違うのか…、と軽くショック。ノズルというのか? 挿入する管の長さが、3倍はあったね…。でもそうでないと効果が得られないのかしら。恐怖に身を…というかお尻をよじってそのチューブから逃れようとした息子だが、そこはプロの看護師さんにがっちりとつかまれ、なすすべもなく注入完了。薬の量も、市販のとは比べものにならなかったなぁ。。。。5分後には、シャンパンの栓を抜いたように(汚くてすみません)、黒くて固いものが複数本、その後に健全なのが無事出てきた。要らないものが出たら、息子のおしゃべりは絶好調。愛想をふりまき、医師や看護師さんの注目を浴びまくっていた。呼吸の最後に「ジー」という音が残るのも気になったので、吸入もした。上気道炎を起こしかけているそうで、こういう場合に腸の働きが低下する子どもは多いとのこと。そうだよね…十分な酸素が入らなければ血液循環も悪いだろうし、そうなれば内臓の働きだって低下するものね。十分な水分補給と休息と保温を心がけ、早く治そう。それにしても、呼気の最後に雑音がありながら「苦しい」と泣かなくなったのは、本人に体力がついてきたのか、耐性がついたのか。かといって、安心しすぎることなく、注意していかないといけないと思った。
2010.01.31
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生まれてこのかた、買い物をするときにイメージキャラクターに左右されたことは、ほとんどなかった。あったのは…「組曲」の今井美樹さんや、「23区」の樋口可南子さん(古い)。でも、それらはまず製品にひかれ、そこにキャラクターの存在が後押しをしたという感じであって、「人ありき」ではなかった。前から財布を買い換えたいと思っていた。gentenのが、いいなぁと、淡く、時に濃く思っていたのだが。イメージキャラクターに起用されたのが、あの人か…。かなりダメージをくらってしまった。製品のデザインも何もかも、気に入っていたのになぁ。私が「どこか」の製品にこだわることはめったにないのになぁ。いましばらくは、少し留め具がばかになったピンクのがま口でいくか。+。。。+。。。。*・。。。*。・・・義母はとてもおしゃれな人。いつも質のよいものを身に着けている。それが、たとえ●ーンズメイトのものであろうと●ニクロであろうと、そう思われない何かがある…のは、センスと品格があるからだと思う。身近に、見習いたい年上の女性がいるのは幸いだ。でも、私はすべてを真似はできないな。同じブランドの服は、とてもじゃないけれど気後れしちゃいそうだもの。服に着られない心意気、だけを受け取ることにしよう(笑)。+。。。+・・・*。。。*・。。。人生、一生勉強なり。義父を見ていると、こんな言葉が浮かんでくる。今年75才になる義父から、鋳物の話を聴くのが楽しい。50年以上鋳物業界で働き続けた義父は、昨年の秋にようやく勇退した。心から「お疲れさま」と言いたかったが、言いそびれた。←ダメ嫁(笑)。自分の今取り組んでいる仕事(文字通り仕事でも、育児でも家事でも何でもいい)に、ひたむきであり続けた人の目は、厳しく、深く、優しい。「すきやばし次郎」の寿司職人・次郎さん…のようだと言っては、身内びいき過ぎるかもしれないが、自分の本分に忠実で、さらにその状況をよくしようと学び続けられるのは、そのことに「向いている」というより、「向こう」とする努力によるのだと教えられる。いま目の前のことに、とことん懸命になるのは、正しいことなのだ。
2010.01.30
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デイサービスで、最近は入浴拒否の強いKさんを誘うのが専門になりつつあり、少々困惑。。。毎回拒否し続けるKさんに、たまたま入っていただいたのが私の担当日だったので、行きがかり上私が声をかけることになってしまったのだが…。そう毎回、判を押したようにうまくいくはずがない。私としては、まず自分自身が心身ともにリラックスした状態でお誘いできるように心がけるのが、できうる最善の準備だと思う。前回の失敗を踏まえ、今日は「入ってもらわねば」という邪念を捨ててKさんに向かった。が、開口一番「お風呂なら入らないからね! 前にここで入って風邪ひいてこりごり」「朝、入ってくるからいいの!」と、取りつく島もない。。。「風邪をひいちゃったんですか」「入りたくないんですか」お風呂はイヤ! の気持ちを私がほどくのはよそう…と思いながら、相手の言葉をひろっていく。でも…、なかなか相手の心の鎧は軽くならなかった。最後に「あんたと一緒に部屋に戻りたいから、ここで待ってる」と言ってくださったけれど、お風呂には最後まで「入らない」の一点張り。膝頭をぴちりとつけて座るその方の横で、丸い身体つきの女性が洋服を脱いでいた。その様子を、まぶしそうに「いいわねぇ。そんなに美しくて。それに職員にそんなに優しくされて」とおっしゃる。もしかしたら、背が高くてスレンダーな身体つきを気にしていらっしゃる?それで服を脱ぎたくないのかしら。。。3回目のチャレンジでKさんに声をかけた。今度は男性職員が。女性職員には頑なでも、男性には心を開くという方もなかにはいるので、そうなればいいなと思いつつ…。でも逆効果だったようだ(泣)。「男の人ならなおさらイヤ!」この方にとっては、息子さんの話は「太陽」で、夫君の話は「北風」なんだよな。。。キーになるのは夫君だと思うのだが。。。
2010.01.29
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主人不在の祖母の家に、最後の訪問。祖母のクーラーが欲しいとおっしゃるご近所さんの取り外し作業を見届けるためだったが、なぜか指定した時間に現れず、部屋をノックしても留守の様子。仕方がないのでカギを1つだけ、その人の家の郵便受けへ入れ、残りのカギすべてを管理人さんに返却して、いよいよ祖母の家とさようなら。祖母の家は、祖母が住んでいたときも、住んでいない今もすがすがしかった。昔の箪笥がどかされて、後ろから綿のような埃がわんさと出てきても、それさえ清純な感じがする(ほめすぎか?笑)。今まで知らなかった、気づかなかった、祖母の生き様が見えたのだ。行きは、緑ヶ丘の駅に降りて、小さい頃によく溺れる夢を見た(汗)呑川沿いを歩き、帰りは、やけに賢そうな男子の闊歩する東工大のキャンパスを突っ切って大岡山駅へ出た。そこで軽くパンを食べ、苦いコーヒーをすすって、古ぼけた思い出を、もう一度思い出として胸に刻み直した。やり残しがないって、なんとすがすがしいのだろう。私も、やり残しのできるだけ少ない人生を歩みたい。これまでやり残したことで、今できることは、今からでも取り返したいと思う。
2010.01.28
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ずいぶんさかのぼっての話。息子は昨年12月に3歳になった。3歳の誕生日から、母乳をやめようとはずっと考えていた。が、最後の出産だし最後の授乳だし…と気分は毎日波立っており。結局、誕生日にピタリと卒乳をするのでは私の感情が納得できず、年内は飲ませることに。そうこうするうちに新年を迎えた。「1月1日からはやめようね」と言い続けただけあって、息子も「おっ…もちゃ、ある?」(…のところで「ぱい」と言わないよう必死なのがいじらしい)とか何とか言いながら、がんばっていた。私も、抱っこをしてゆらしながら歌いながらの寝かしつけに懸命だった。久々に、子守りを真剣にした数日間(それでいいのかっ!?)だった。けれど3が日が過ぎ、お正月も5日が経過した頃から、一度は寝入った息子が必ずと言っていいほど、夜中に激しくむずかるようになってしまった。娘の睡眠を妨げたくはなかったし、私も…結局のところは、まだ完全にはやめたくなかったのね。「こんな時期もいっときのことだから」と、ぐずった夜中だけ再開することにした。これで私は満足した。息子も、最終的には満足できたようだ。3歳だから、きちんと話をすればこちらの言葉も想いも理解できる。「おっぱいは、そろそろ本当にやめていこうね。きみの栄養は、もうおっぱいじゃなくて、ごはんだものね。その分、たくさんいろんなものを食べて、健康になろうね。甘えたいときは、たくさん抱っこをして、歌もうたってあげるよ。これまでたくさん、飲んでくれてありがとうね」ちゃんと「うん」と答えるのが、3歳。そして、私の授乳再開期は…真実「いっとき」のこととなった。1月を10日も過ぎた頃には、背中をトントン叩くだけで、それが入眠儀式として早くも身についたのだった。もう「おっぱい」をせがむこともない。娘のときも3歳まで。息子も3歳まで、結局飲ませたことになるが、2人の子には、飲ませたというより飲んでもらえて、とても幸せな私であった。昨年の秋ごろは、「弟には、私よりも長く飲ませちゃいやだ」なんて言っていた娘が、「ママ、かわいそうだよ。あげなよ。今だけなんだからさ」なんて言うようになったのも、大きな変化だったと思う。しみじみ、子どもたちの成長のめざましさとすばらしさをかみしめ、同時にさみしさもちょっとだけ…。
2010.01.27
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1~2時間目の図工、3時間目の読み語り会、4時間目の算数。娘の小学校の公開授業を、ノンストップで観てきた。紙袋で作った鳥の羽が、のりでベタベタであろうと、ボランティアさんが読んでくださるお話を、胡坐をかいて聴こうと、発言を求められていないところで手を挙げようと…(笑)。この子はいま、学ぶことに一生懸命なのだ。後ろを振り向けば私がいることが、うれしくて仕方ないのだ。肩をいからせ、緊張気味に先生の話を聴いていた1・2学期よりも格段にリラックスし、学校生活を楽しんでいる娘に、感謝と誇りを感じる。3時間目の、読み語り会の後で、ボランティアの方が「ありがとう~♪」という歌を歌ってくださったとき、涙をこぼしたのは生徒じゃなくて、私だけだった(恥)。コソコソと、必死で目頭を押さえる私を、ニコニコと指差しながら、娘は大らかに笑っている。そんな娘は昨夜、書き初めで銀賞をもらったと、立派な賞状を見せてくれた。「自分を見てくれている人がいる」と、少しずつ自信を深めているようだ。午後は、引き続き保護者会。その後は、スイミングの検定…。果たして昇級なるか!?
2010.01.26
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またまた祖母の話。祖母が都内に住んでいたときは、私ってば「忙しい」ことを理由に半年に1度、会いに行けばいい方だった。なのに、いざ東京を離れてしまうとなると、こちらの住まいの後始末は、身内としてすべて見届けたくなった。祖母は団地に古くから住んでいたので、ご近所さんとは親密な関係を築いており、実際、不要になったけれどまだ使える家財道具については、皆さんに使っていただくよう引き取り先の話もついていた。たまたま今日、私が桐箪笥の集荷立会いのために、もう住人のいない祖母宅へ行くと、私の他にまだ鍵をあずかっているご近所の▲さんが、「ガチャ」とドアの鍵を開けて入ってきた。そして、「これとこれ、いただいていきますね」と、まだ残っていたトースターや木製の小さな棚などを、ひょいと抱えて行ってしまった。今日、すべての鍵を預かり、私がまとめて管理人さんへ返却することになっていたのだが、正直なところ、他人に祖母の家に入られるのはあまりいい気持ちがしなかった。最後に管理事務所へあいさつへ行くと、「●号室の▲さんが、お宅の鍵を貸してほしいと言っています。残っているクーラーも欲しいとかで…」と、管理人さん。その人、さっき会ったのだから、私に話してくれたらいいのにね。まだ賃貸契約期間中だけれど、身内の私が鍵を返したら、後でこっそりいただいちゃおう、と考えていたのかと思うと、ちょっと薄ら寒い気分になった。人のことをあまり悪く言いたくはないが、ちょっと浅ましくないか。。。これまでの親切が、本当に祖母を思ってのことなのか、何か見返りを期待してのことなのか…。それを私が知ったところでどうということはないけれど、「このクーラーいただけます?」とはっきりたずねてくれた方が、私のいなくなった後で、あちこちいじられるよりどれだけすっきりするか。そんな訳で、私は▲さんが一人、祖母の家に立ち入るのを快く思わないので、28日に最後の1回、立ち会うことにした。悔やまれるのは、こんなに足繁くここへ向かえるなら、もっと頻繁に祖母を訪ねればよかったということ。新潟に移り住んで3日目の祖母からは、「団地住まいが長かったから、こっちは広いし、食事も出てくるし、お風呂も時間通りに入れるし、かえって快適よ」なんて電話をもらったけれど、もしかしたら、心配をかけまいとしているのかもしれない。。。電話くらい、今度はまめにかけるつもりだ。暖かくなったら子どもを連れて会いに行こう。
2010.01.25
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オットとは、修復を試みてもいないのだが、静かに「諍いはなかったこと」に、お互いにしようとしている気配。私の「期限にルーズな行動」が改まれば、オットの腹立ちは減ると思う。じゃ、私はどうしたらこの、石みたいになった気持ちをほぐせるだろうか。…無理でしょう。。。というか、何とかしたいという思いが、今はあまりない。ただ穏やかに過ごしたい。話は変わるが。先日、35年以上も隔てて叔父と再会したとき、叔父は、私の名前を「ちゃん」付けや呼び捨てではっきりと呼んだのだ。びっくりした。35年という年月の隔たりが一気に崩れ、ぐっと距離の縮まった瞬間だ。確かに、温かな何かが私の中にわいてきた。そして。「名前、ずっと呼ばれていなかった。呼ばれたかった」ことにも、気づいた。おねえちゃんとか、ハンドルネームとか、ママとか、苗字とか、すべて役割のある名前で呼ばれることに慣れて、何年。。。
2010.01.24
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祖母宅に、まだ残されている桐箪笥は結局、うちで引き取ることにした。最初は、祖母がお世話になったホームヘルパーさんが、アンティーク家具として(笑)ご自宅のリビングに…と言ってくださったのだが、サイズが結局合わず行き遅れてしまった。このまま処分されてしまうには、あまりに不憫な箪笥なので、うちで…ということに。明日、箪笥も長年収まっていた大田区から板橋区へ引越しとなる。 これでうちは、ますます新しい家具とは縁遠い家となった(笑)。わが家には、昔の図書館にあった検索用図書カード棚もあるし、昔の家庭にあった、やけに濃くて明るい緑色の電気スタンドもストーブもあり、それぞれに味わい深いので、センスさえあればお洒落なインテリアにできそうなものだが。。。とにもかくにも、これで祖母に少しは安心してもらえそうだ。
2010.01.24
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私のミスにより、朝からパソコンが止まってしまった。支払いが期限より2日遅れたのだ。午後には復旧したのだが、期限を守らないのが許せないオットの逆鱗に触れ、これまでにない暴言を吐かれた。暴言というのは…「このバカ」という発言ですが。「バカとは失礼な」と、固く腕組みして抵抗を試みたが、「社会はお前のルールじゃ回ってないんだよ! 会社ではこういうのを不渡りというんだ」という、正論過ぎる正論の前には屈するしかなかった。心身ともに凍りつく。相手に気持ちを閉ざす。身を守ろうとする。こういうとき、人は腕組みをする…というのは真実なんだなぁ…と、妙に冴え冴えとした頭でぼんやりと思う私だった。こういうのを、分離感というのだろうな。家庭崩壊の危機感を抱いたのだろうか、娘は私とオットを交互に見ながら、「晩ごはん、家族で食べられる?」とたずねる。私は無言。オットは「うん」と。(外に食べに行ってくれればいいのに…)で、楽しく囲めるはずもないのに、鍋。私はとてもじゃないけれど、オットと向かいの席に座ることができず、始終洗い物をしていた。息子はさっさと食べ終わり、遊び出した。娘はいつまでも「ママも一緒に食べようよ」と要らぬ気遣いを。オットは無言の鍋奉行。。。ええ、私がいけないのは百も承知。
2010.01.23
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デイサービスの仕事。今日は、とても入浴に対して拒否感の強い利用者Kさんの入浴予定日。毎回毎回、職員が声かけに苦労して、でも結局「いやだ」と断られる。たまたま入ってくださることもあるが、なぜかそれが私のお誘いによることが多かったので、今日も私が誘導することになった。玉砕。。。。午前の到着後すぐに声かけをして、脱衣所までは来ていただいたが、「なぜ朝から入らなきゃならないの? 絶対イヤ」と。午前の最後にもう一度お誘いしたが、お隣さんと談話の最中だったので、「なぜ今行かなきゃいけないの? 今ここにいるのが最高なのに」と断られ。午後の最後にも、お誘いしてまた脱衣所までは来ていただいたが、そこにある椅子(いつもどおりなのだが)に違和感を覚えたようで、とても緊張された様子で頻尿になってしまわれた。ごめんなさい…。デイサービスでは、ご本人の要望に応えるのはもちろんだが、ご家族の要求に応えることの重要性もかなり占めている。つまりご家族の介護負担を軽減するということ。入浴サービスを予定通りに受けていただくことは、どちらかというと、ご本人というよりご家族の強い希望なのだ。そのことが、私の、ワーカーとしての在りようを曇らせたのだ。「入ってもらわないとなぁ」「プレッシャーだなぁ」などなど。どれもこれも、相手のためじゃなかったよね。ご家族のためでもなかった。全部、自分のため。人は、わかるんだよね。「滅私奉公」なんて言葉はそぐわないけれど、自分をおしころすのではなくて、本当に相手のことを考えているときは、自分の思惑などはおのずとどこかへ消え去っている。私がそういう状態のときにこそ、相手は心も自らの洋服も緩めてくださるんだものねぇ。
2010.01.22
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アタマがはち切れそうな日々が続いている。今日は地元誌の編集作業中、方々から修正指示が入り、バッタバタだった。広告のスペースが大幅に変更となり、原稿の量も変えなければならなかった(泣)。しかし仕事に追われるのなら、今の私には平穏な日常に思える。
2010.01.21
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祖母が長年暮らした東京を離れ、叔父の住む新潟へ行くことになったので、引越し作業の立会いのため、祖母宅へ。実に35年以上も疎遠だった叔父…、母の弟に再会した。私が小学校に上がる前、黄色い子供用傘をプレゼントしてくれた、優しい叔父の姿が、かなり老けたけれど、確かにそこにあった。長すぎた年月の空白を埋めるかのように、私と叔父は、几帳面すぎる祖母の、叔父にとっては母親の性質をからかいながら部屋の後始末を進めた。9時に引っ越し業者が荷物をトラックに積み、10時には引き上げた。その後、私と叔父で畳の上の茣蓙をはがし、祖母がどうにも捨てられずにいるこまごまとしたものをひそかに片し(笑)、がらんどうになった、日当たりだけがやけにいい部屋で写真を撮った。祖母の家は、乳幼児期の私にとって第二の家でもあった。アルバムには、このきちんと片づいた部屋に祖母と、今は亡き祖父の笑顔が収められている。思い出は、思い起こせばきりがないが、そんな感傷を抱くことが邪魔になるほど、私には叔父との、また、次にいつ会えるかわからない90歳の祖母との冗談交じりの会話の方が大事だった。時々、ご近所さんが代わる代わる顔を出しては、祖母との別れを惜しんでくださった。午後1時半、車を東京駅まで出してくださるという、親切な近所のおじさん数人に護衛されるように(笑)、祖母は叔父とともに新潟に向け、50年以上も暮らした古巣を後にしたのだった。さて…、祖母が持っていくことはついに叶わず、引き取り手も最後まで決まらなかった、150年の歴史をもつ桐の箪笥、わが家で何とか守れないだろうか。。。
2010.01.20
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昨日は、私が単独で羽を伸ばさせてもらったので、今日はオットが一人で外出。おそらく行き先は、都内中古CD屋と思われる(笑)。その間、母子は家でクレープづくりなど。最近、娘があれこれともの作りに興味を示しているので、やる気をそがないように手伝えたら、と思っている。自作の本なども。。。。(笑)。+。。。。*。。。+*・。。。+。。*。。・・午前12時半を回った頃、息子が激しく咳き込み、泣き出した。苦しいと言い出したので、オットに変わったものを食べたかたずねたら、心当たりは夕方に飲んだりんごジュースだと言う。取り急ぎ喘息発作時の薬を飲ませたら、その後まもなくして体を掻きだした。首から背中にかけてと、お腹にぼこぼこした蕁麻疹が出て、頬の紅潮がみられたので、この先どうなってしまうのだろうと不安になり、急いでザジテンを飲ませて救急車を呼んだ。車内では、すでに症状が出きったようで、救急車に乗れたことに興奮している息子なのだった。。。それもいかがなものか。。。1時過ぎに病院着。血中酸素量、血圧ともに正常範囲内、かゆみもおさまってきたので、薬の処方もなく経過観察ということで帰宅。家に着いたのは2時半。。。新年早々、キター。帰宅後、私がお土産と称して買ってきたお煎餅の袋をゴミ箱から拾ってもう一度原材料を確認したら…、最後の方に「加糖練乳」の字が。。。。酔っ払っているときは、絶対に買い物をしないと誓った。そして息子に平謝りした。3歳とはいえ息子はたいへん思慮深く、私の詫びにうなずいていた。
2010.01.11
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学生時代のワンゲル部の同期とその家族で新年会。集合に先立ち、メンバーの奥さんであるhanaさんが、ふたごのお子さんを連れてわが家に立ち寄ってくれた。1歳8ヵ月になったというこの子たちに初めて会ったのは、生後間もない頃、産院の病室で。その後2回ほど会ったくらいだったので、本当に久しぶりの再会。いやはや、大きくなったね~♪ヨチヨチというよりかなり力強く歩くし、よく食べること(笑)。無垢な笑顔が、たまりません☆わが家にも6歳と3歳の子いるので、育児人生はまだまだ続くのだが、いわゆる乳幼児…赤ちゃん時代はあっという間に過ぎてしまったのだなぁと、あらためて感じた。これからは、もっと写真を撮り、ささいなことも記録しておこう…と、ゆる~い決心をしたりして。さて、飲み会はホテルメッツ赤羽の中にあるチャイニーズレストラン桂林。三連休だったせいか、午後1時半過ぎの開始にもかかわらず、店内はかなり混んでにぎやかだった。久々の中華もおいしくいただいた。何より私にとって有意義だったのは、単独参加だということ。子どもたちは行きたがったが、そこは頑としてゆずらず(笑)、オットに押しつけて…、いや任せて家を後にしたのだった。もちろん2次会にも参加。おいしい蕎麦屋で、焼酎の蕎麦湯割り。すっかりジジババ飲み…いやしっかり大人の飲み会を満喫した。久々に羽を伸ばしたので、飲みすぎてしまった。話が、新年にカタのついた(はずの)人間関係に及ぶと、酒の力に負け、情けなくも泪酒に。。。まぁいいや、学友との飲みだ、ゆるしてもらおう。帰宅は21時。オットは「おせーよ!」とかなりご立腹の様子で。しかし酔いどれの私はただただ「ごめんねぇ~」と言ってやり過ごす(笑)。実際、オットは子どもたちに鍋焼きうどんを作って食べさせ、洗濯も済ませ、取り込んだものをたたみ…と、専業主婦顔負けのハウスキーピング手腕を見せてくれた。うううありがとう。。。気持ちワル。。。(飲みすぎ・笑)。
2010.01.10
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月刊『Kacce』の取材で、リクガメくんに会うためぷくこさんの家へ。ブログはいつも拝読しており、勝手に近しく感じていたが(笑)、ご本人に直接、久しぶりにお会いできてうれしかった☆あ、本日の対談の相手は、リクガメのいーくん。恥ずかしがりやさんの彼(推定)は、私の気配を感じると、すぐに高級チンゲンサイ(正月前後は値段がはね上がる)をはむはむするのをやめてしまう。。。とっても寡黙だが、口の周りにくっついた葉っぱの状態から、彼がいかにチンゲンサイ好きで、嬉々として食べていたかがよくわかる。甲羅は硬いが、なんだか見ていると「ほやん」としてしまう、憎めないキャラクターなのだ。帰りに、手作りのパンをいただいた☆実は、帰り道ちょっとツマミ食いをしてしまった。行儀が悪いですね~。。。淑女はマネしないように。粉の旨みと、ほんのりとした甘さが口の中に広がり、いくつでも食べられそうなおいしさ。アレルギーの息子を気遣い、卵や牛乳を入れずにいてくれたところも、ぷくこさん、すてきです。。。帰宅後は母子で奪い合い。。。行儀が悪いですね。くれぐれも良い子はマネしないでね。お父さんの分も1つは取っておいてあげましょう(笑)。楽しい時間でした。どうもありがとう。もう一つ、うれしいことが。昨年、ちょっと私がかかわった(仲介役?でね)人間関係のトラブルの当事者であった後輩から、プレゼントが届いた。気を遣わなくてもいいのに…と思いながら包みを開けて、思わずにっこり。地元のお味噌、地元のお菓子、それから画用紙を器用にくりぬいて作った、かわいらしい手製のカード☆(だって、買えばいくらでもかわいいのが手に入る時代にだよ)…ああ私のためにこれらを選んでくれたんだな、とすぐにわかる贈り物。こんな心ばえに、時々はっとする。返事は、メールではなく葉書で出そう。手製じゃないけれど(笑)。*。。。*。。+。。。+。*・。。。*・。。。「いつまでも履くと思うな二足のわらじ」そう思わざるを得ない出来事が。Kacceの編集長に、ライターとしてよりも今後は編集全般を任せたいと、あらためて言われた。なので、もっと端的に言えば「ゆくゆくは、介護の仕事を辞めてこちら1本にしてもらいたい」と。そう言っていただけて、ありがたい話ではある。Kacceのライターとして、今後どのようなテーマを扱いたいかについて、編集室とのすり合わせが必要で、その打ち合わせの冒頭で出た話。しかし私は、人をまとめるよりも自分が書いていたい、人曰く「職人」だと自分でも思う。また一方で、自分の中では介護の仕事の占める割合も増してきていたのだ。介護の仕事を、今すぐゼロにはできないと伝えた。今後も、できたらゼロにはしたくない(とは言えなかった)。編集の仕事に今以上にかかわれたらうれしいが、書けなくなるのは不本意だと伝えたら、出勤して書いてもよいと言われた。前例のないことらしいが、これが本当によいことなのか、冷静に考えなければならない。今年の抱負は「走る」だが、いきなり立ち止まらなければならなくなった。凡人がマラソンで完走するには、大きくは立ち止まりながら完走を目指すか、ゆるゆると徐行しながら完走するか、に分かれる。私は実際に走るときは後者のタイプなのだが、実生活において「ゆるゆる走ろう」は通用しそうにない。「これ」と決めたらエンジンも全開にするが、いまその情熱を、編集実務だけに傾けられるかどうか。
2010.01.07
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冬休み最後は、娘の保育園時代の友だちのママさんにランチのお誘いをいただき、楽しい時間を過ごすことができた。う~ん、味噌カツサンド旨い。。。甘い味噌ダレがクセになりそう。食べやすくヘルシーで安心な、温野菜もたくさん。トロトロのチーズも添えられ、フォンデュのようにも食べることができて、うれしい。。。ワインもビールも調子よく飲んでしまい…ごちそうさまでした♪途中から、もう一人の保育園時代のママさん母子も合流。夕方以降、子どもたちが「夕飯も一緒がいい」と言い出し、ひょんなことからカラオケへ。。。カラオケ…少なくとも結婚してからは一度も行っていないので、9年以上ぶりなのは確実。ピンクレディー、アン・ルイス、ドリカム、松田聖子、ザ・ピーナッツ、プリンセス・プリンセス、渡辺美里、チェッカーズなどなど…大人たちが中盤から大盛り上がり。え、古いですか?うちの娘はあまりの騒がしさに、さりげな~く耳をふさぐしぐさも(笑)。プリキュアの曲を入れても、「いえいえ、私は…」と遠慮しまくりの、ちょっとイヤミな新入社員みたい!?大きな声を出すのも、子を怒鳴ること以外はしていなかったんだ、と気づく。気持ち良かった! これからも時々は行きたいなぁ。娘も、もう少し慣れたら一緒に歌ってくれるかな?さて、女子が楽しく出歩いている間、オットは洗濯を数回してくれたようで、あとは音楽鑑賞と映画鑑賞を楽しんだらしい。休暇最後の夕飯が、コンビニ弁当ですまん、と言っておこう。想定外のショック1つ。息子の乳離れ、案外スムーズなんだもの。。。今日はひと言も「おっぱい」をせがみもさわりもしなかった。帰宅したら小腹がすいたようなので、うどんを作った。さっとそれを食べたら「もういい」と言い放ち、さっさと布団へ。ゴロンと寝転んで、数回ミニカーを転がして遊んでいると思ったら、そのまま果てた。。。いや…楽なんですがね。私の育児生活において、スリング抱っこと母乳は、かなり核を成すポイントだっただけに、こうあっさり忘れ去られようとしているのを目の当たりにすると、なんだかビミョーですわ。。。チチ張って、痛いし(笑・涙)。もう一つ、想定外の喜び。チェ・ゲバラのDVDの後編を昨日の前編に続き、観終えることができた。冬季休暇の締めくくりにふさわしく、身の引き締まる映画だった。彼は、ひどい喘息だったんだね。。。喘鳴にあえぎながら同志に指示を出す姿も、死を覚悟した彼が、絶対にばれない変装で彼の友人を装い、家族の元を訪れて最後の夕食をともにする姿も、ゆるぎない「信念」がそうさせたのだ。熱く燃えさかる情熱というより、青白く、静かに燃え続ける闘志が伝わってきて、私の眠気センサーが働く余地はなかった。
2010.01.04
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今日で三が日も終わりですね。本年は、「走る」をテーマに過ごしたいと考えています。そのためには、保留事項を限りなく少なくする生活をするつもり。昨年、私が間に立った人間関係のトラブルも、今朝新たな局面を迎えました。一人の後輩が、「相手への恨みを吹っ切り、自分から忘れ去る」決意をしたそうです。出会った事実を「なかったこと」にするのはきわめて難しいと思いますが、それを新年に決意したことを尊重したいと思います。昨日、私の心にずしんと来たメッセージ。「人生は短いんだよ」今を生きていきましょう。
2010.01.03
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今年の最初のお客さまは、イトーヨーコドーさん一家♪年末に行ったというハワイの明るさをわが家に吹き込んでくれた。久しぶりに来てくれて、うれしく楽しい時間だった。ありがとう☆今年の彼女作のカレンダーは、わが家の玄関に、シンプルに、そして確かな存在感をもって居てくれている。出発時、帰宅時、目に飛び込んでくるしあわせの風景…。ヨーコドーちゃんが持ってきてくれた塩豚、煮物、かまぼこなどを美味しくいただいた後は、日暮れが近いというのに、外で「だるまさんがころんだ」「色おに」をするという展開に。。。。いやぁ走った走った。。。。走るって、こんなに気持ちが良かったっけ?そして、こんなに疲れたっけ?いかに体を使う「一生懸命」から遠ざかっていたかに、気づいた年初。すがすがしかった!それにしても。。。子どもがたくさんいると、まぁ当たり前だが賑やかだこと(笑)。遊んで、ケンカして、仲直りして。。。子ども同士がケンカしていても、笑って見守り、ときに注意を、まるで親戚(?)のようにできる間柄はとても心地がよい。これからもよろしく~です☆新たな発見。トランプ遊びのルール改正も、四十路のアタマには新鮮(笑)!より楽しく遊ぶために大人と子どもが混じって工夫するリアル。これからも忘れずにいたい。
2010.01.02
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あけましておめでとうございます。今年もどうぞよろしくお願いいたします。昨日から、3歳息子の卒乳…にトライしているが、今朝、早くも号泣に根負けした格好の、情けない母なのだった。。。わが家は毎年、オットの両親はニュージーランドへ旅立つし、私の親はお客を招くと思うだけで具合が悪くなるほどの(苦笑)内弁慶なので、まぁ気楽な年始なのだ。今年は、金柑の甘露煮というのを作ってみた。ちょっと煮含める時間が足りなかったか、中身に酸味が残っているが、まあるくて黄色い玉がつやつやとしている様は、なんともかわいらしい。おせちとは何の関係もありませんな(笑)。『白くまになりたかった子ども』のDVDを観た。北極圏のイヌイットの暮らしと子どもへの愛、また厳しい自然の中で生きる白くまの母子の愛が、美しくシンプルなアニメ映像と、透明感のある音楽で表現されていて、悲しくしんみりと、力強く胸に迫る。
2010.01.01
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