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今日は夫の誕生日。前日にお祝いらしきことはしたが、本当は28日。平日なので、あまりにイベント色のないわが食卓。前日のしゃぶしゃぶの残り肉で、ハッシュドビーフ…というか、ハヤシライス(笑)。これではあんまりかな、と思い、自転車で近くのケーキ屋へ。7キロ増のくせに食うか、と自分にツッコミを入れつつ、いちばんカロリーの低そうな豆乳ムースを選ぶ。その名も「ざる豆腐」。ネーミングはどうかと思うが、さわやかなラッピングで、暑い日にはぴったり。娘とオットには、いかにもおめでたそうなショートケーキ。まぁ、こういう日がたまにはあってもいいだろう。いつもと違うカップにコーヒーを淹れて、ケーキをテーブルに並べると、「ケ」そのものの食卓が少し「ハレ」っぽくなった。BGMは娘が声を張り上げて歌う「はっぴーばーすでーとぅーぱーぱー」。オットはもともと無口だが、さらに無口になり…。お、泣いてるのか~? と、半は意地悪で思ったら勘違いだった(笑)。私よりも一足早く30代最後の秋を迎えたオットと観たのは、ヴィム・ベンダース監督の「LAND OF PLENTY」。 舞台は9.11以後のアメリカ。テロの防止を仕事として半ば偏執狂的になっている中年男と、小さい頃からアフリカや中東など海外生活を経て帰国した姪のやりとりが物語をつくっていく。アメリカの現状を知り尽くしている(と思っている)叔父、若く未熟ではあるが、世界からみた真のアメリカを知っている姪、このあまりに接点のない二人が、いずれ並んで集団墓地に赴くところはしみじみとよい。行ってはみたが、救われも癒されもせず、墓地はただ静かにそこにある、というのが、なおのこと真実を語っていると思う。おめでたい日に観る映画でもないと思うけど、この映画は、いわゆる分かりやすい反テロ映画でなく、よかった。
2006.08.28
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古布について書いてある雑誌、季刊『銀花』に、樹木希林さんの談話が載っていた。「市松模様の始末」というテーマ。希林さんは、不要になった古布を大切にとっておいて、何かの折に接いではまた別のものに作り替えることが大好きなのだそう。お孫さんのために、市松模様に布を接いで、着物も作ってあげたとか。この人が、その演技力とユニークなキャラクターゆえ有名な女優だとは私も知っていた(それにけっこう好き)けど、こんな一面があるとは…。彼女曰く、「端裂を接ぐのは物の整理」で、残っているもの、捨てる寸前のものをいかに生かすかに心をつかうと言う。また、市松模様の魅力は、隣り合う布のあんばいを考えるのに都合がよい。直線なので接ぐ仕事が速いものいい。一気に仕事を進めて、掃除し終わったときのさっぱり感が好きと。自分の体調や心の調子に目を向けていたら、見過ごせない問題が今さらながら浮上。そんなときだから、次の希林さんの話が心にしみてしみて。以下、引用…。布や物の往生のさせ方を、人に置き換えた場合が、最高の道楽ではないかと、最近考えます。今年63歳、ささやかな判断ではありますが、どんな人でも生かされる場所というものがあるはずです。端裂にたとえては申し訳ありませんが、こんなの捨てちゃおうかなと思っても、もう一息、もう一息とやっているうちに、ぱっと落ち着く場所が見えてくる。駄目にするのは簡単ですが、そこに醍醐味を見つけたいですね。…引用終わり。端裂の一片一片を、人生の出来事一つひとつとすれば、きれいなことも醜い(というか、忘れ去りたい)ことも同じ面に接ぎ合わせることができれば、それが本当にその人にとって腑に落ちる、ということになりはしないか。若干(でもないが)38歳の私が、希林さんと同じ境地に立てるとは到底思えないが、私は私なりの感慨で、彼女の談話をかみしめている。今すぐには、いくつかの「しみ」を、市松模様にはできそうにないが、かならず同じように太陽の下にさらすことができるだろう。
2006.08.25
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…と、娘に言われてしまった! その通りだけど、かなりショック。それもそのはず、食欲をはじめとするいろんな欲に、大らかすぎたからな…。7キロ増えてた、とほほ。これはイカン! と重い腰を上げて(こんなんでいいのか?)、バランスボールをふくらませ、自宅の鏡の前で弾んでます。重そうな私…。ぜんぜん、「はずむ」という感じじゃない。でも、この醜い(すごい字だな)現実を直視して、続けてます3日ほど。おかげで体重に変化はないものの、代謝が少しよくなってむくみが軽減された。よし、今度こそ毎日続けるぞ~~。水分の排出が悪いと、どんどんだるくなって、ますます動きたくなくなるけど、その状態が常になる前に、何かしらの手を打つのは本当に重要だ。体の状態が少し正常に戻ると、動かない方が気持ち悪いと分かるようになる。分かるというより、思い出すという感じ。そうなると、食べ物もおのずと体が必要とするものを要求するようになるのかな。ここ数日のブームはゴーヤと若布。特に先日亜莉さんが作ってくれたゴーヤのマスタードオイル焼きが食べたくて仕方がない。が、うちにはそのオイルがない。で、輪切りにしたゴーヤをさっとゆがいて菜種油で焼いた。調合したスパイスも、我が家にはない。で、私が最近重宝している「玄塩」(くろしお:銀座わしたショップで入手。塩に微量の黒糖とサンゴカルシウムが混ざっていて、深みのある美味しさ。見た目はきび糖みたい)と、ガラムマサラを適当に合わせてパラパラとかけてみた。なかなかいける! 亜莉さんと同じ…とまではぜんぜんいかないけど、別ものと考えたらまあ美味しかったので、しばらく続くでしょう。ちなみにこの玄塩で板ずりしたきゅうりを糠漬けにすると、いつもより旨みが増すようだ。うちの糠床は、塩と唐辛子しか入ってない、かなり生まじめな奴なので、これくらいの遊びがあってちょうどいいのかも。
2006.08.24
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今日は私の夏休み最終日。誰に気兼ねすることもなく、ヨガに行って体を伸ばそうと思っていたのだが…。娘が発熱しました。そうですか、保育園お休みしますか(泣)。でも、これには十分な訳がありそうでして。実は娘、虫歯がたくさんあるため、最近歯医者に熱心に通っているのです。で、今日はその予約日。治療も佳境に入っており、それなりに痛みもある様子。3日ほど前に行ったときも、大人しく口は開けていたけど、目には涙がいっぱいたまっていた。がまんして、けなげだった。そんなこともあり、歯医者は恐怖の対象となりつつある娘だから、今日という日に具合が悪くなるのも必然でありまして…。「じゃ、保育園行けないね」にニコッ。「歯医者も、別な日にしようね」にニッコニコ!!は~、なんと正直で緻密な身体であることよ。心と身体に何のねじれもない。熱はあっても、元気な娘。遊びたくて仕方がない。私もこのまま大人しく家でくすぶるのはいやだ。で、桜台の中新井公園まで自転車こいで行って来ました。パンツ1丁の娘は水の中で大はしゃぎ。熱があるのではなかったでした?私は私で、木陰のベンチでくつろいだり、あちこちの遊具に一目散の娘を追い回して汗をかいたりして、いい運動になりました。昼となり、帰りの自転車で娘は居眠り…帰宅後も爆睡中。私はわかめとオクラと半端に残ったレタスを炒めて平和に昼ごはん。へ~、わかめを炒めると、美味しいんだ。Aneさん教えてくれてありがとう。これといったトピックもない夏休みでしたが、自分にストレスがないと意識できる状態、またはあっても解決できると思えるコンディションを維持したまま、また明日からの仕事に戻ろう。
2006.08.21
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昨日は、江古田界隈の友人家族と賑やかに宴会。私、実は独身の頃、というか自分が子を産むまでは飲み屋に子連れで来る親にかなり厳しい見方をしてました。こんな空気が悪く、騒がしい場所へ、こんな遅い時間になんで子どもを外に連れてるのかな~と。でも、私を含めやはり親のニーズが高かったということでしょう。今ではお店も居酒屋の看板を掲げていながら子ども対応がかなり進んでいるし、個室を確保できれば他のお客さんに迷惑をかけることもそうはないですね。それに、親の方も早く集って早く解散するとか、子どもの生活リズムをできるだけ守ることに気を遣えば親も子も、心から楽しめるよな~としみじみ思える会でした。まず、子どもが成長したのはとても大きい。食べるものはまず食べ、子ども同士で何やら集まってる。母も、育児の話あり、音楽の話あり、仕事の話あり…で、子育て真っ最中ながら「ママトモ」という枠にはおさまってない。そして、素敵だと思ったのは父たち。まだ子どもが1歳前後の頃は、傍から見たら父というより、母の「付き人」みたいな感じで(失礼?)、こういう集まりでもなんか所在なげではなかっただろうか?皆さん、子どもと遊んだり、食べさせたり、トイレに連れてったり…ということを自分の子であるなしにかかわらず、ごく自然にされていて、すごいな~と思った。それに、男同士で肩を並べて飲んでる姿というのは、親であろうとなかろうとあるのが自然で、とても好感がもてたのでした。やっぱり、飲んだり食べたりをごく自然にできる仲間なり場があると、人は「個」に還っていくのかしら。役割などいらないのだね~。逆説的かもしれんけど、そう思った。*。。・*・・。*・・・。。・*・・。・*・今日は、娘を連れて坂戸へ。母が私の妹と同居しているところだ。母が清瀬を離れて以来、どうしてるかと気にしつつも忙しさを理由に訪問を先送りにしていたのだが、やはり顔を見に行かないことには落ち着かないのも事実。ということで、ついに決行(大げさ)。ちょうど今日は坂戸のお祭りということで、娘も大はりきり。私の弟2人も仕事が休みなので、以前のように家族が勢揃いしたかたちとなった。なんというか…、まぁこういうのもいいものです。いわゆる盆暮れ正月に、家族が集まるのはごく普通のことだけど、うちのように特殊な離れ方をした家族にとっては、集まること自体、当たり前ではなくなっている。それだから、やはり夏祭りを利用してでも顔を合わせられるのは幸せだと思う。私の両親は仲が悪かったけれど、二人とも「兄弟仲良く」ということは私たち兄弟に伝え続けてくれた。そのことは感謝しないとな~。私、私の母、私の娘、この3代の女が同じ写真におさまれること、このなんでもない出来事を幸せだと感じたことを、忘れずにいよう。
2006.08.20
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11日から始まった夏休みも、残りわずか。写真展、インドレストラン、地元プール、義父母の来訪、そしてまた光が丘のプール…。大型イベントはないものの、娘的には非日常が盛りだくさんで楽しかったみたい。私ら夫婦も「子どもを喜ばせよう」という名目で(笑)、プールにいそいそと入った。日頃の運動不足を解消できて、上機嫌な大人たち。体育館内のプール、妊婦でも保温と入るペースに注意すれば問題ない。それでも気になるときはビート板でさりげなく腹をガードすればうっかりぶつかっても大丈夫だ。マタニティスイミングクラブでなくてもいいんだ、とわかって満足。この日、帰りにひどい雨降りになってしまった。娘は疲れから、夫に抱かれて眠りこけている。傘をさして抱っこ…冷えと重さで疲労している夫。私は荷物と傘で両手がふさがり、同じく冷えと重さで疲労している。とにかく、娘に雨が当たらないようにしてそろそろと駅に向かって歩く。けれど今いるのは駅から離れたブックオフの前(夫の趣味・笑)。「風邪をひかないように、安全に、できるだけ早く戻ろう」考えてることは同じだけど、とる行動がまるで違うのに笑えた。私は、「屋根のあるところに入り、まずはエネルギーチャージ(つまり食事)」することが安全への近道だと思ったんだけど、夫は違う。近くのバス停で駅までの時刻を調べている。それを横目で見ながら、私の目は近くのファミレスやらすし屋やらをすごいスピードで物色しているんだから…。サバイブするための手法がまるで違うのだ。夫はそんな私がおかしくて、ニヤニヤしている。で、私もバツが悪くなり、まずは駅まで落ち着いて戻ろうということに。そしてバスに揺られて光が丘駅へ。なんか、頭が「すし~~」となっていた私の強力な押しにより、回転寿司へ入った。娘を妊娠して以来入ってなかった(と思う)ので、私には何よりの非日常だったかも。何か、トラブルというか問題に当たったとき、目指す方向さえ同じなら、たいていのことは明るく乗り越えられるなぁと、寿司の皿が回転する中、生ビールを飲んで赤くなっている夫を見ながら思いました。+・*・。。**。・・・*。。・・*。+。。*・・。。+。・*今日は、こぶたラボへ。亜莉さんの本格インドカレーを食べながら、スリーインワンで家事の苦手意識を解放しよう! というテーマの集まりでした。私は、家事が得意ではない…けど、苦手でそれが苦痛だ…というほどでもないよな~と思っていたので、ラボに参加する前のメインテーマはあくまでも「カレーを食べる」ということでした(笑)。2種のカレー(私は茄子のがとっても気に入りました)、パパド、ゴーヤのマスタードオイル焼き(大ヒット!)、そして仕上げにスパイス入りソーダ(甘み、塩加減、スパイスのバランスが絶妙)という豪華メニュー。いつもながら美味しかったわ。亜莉さん、ごちそうさま~。でも…でも、食べた後のテーマはやはり私にとっても大テーマなのでした。忘れてきただけだったのだ。私は、掃除とくに整頓が大の苦手だったのだ…。多分、嫌いではないんだろうな掃除。だって来客(たとえば先日の義父母など)の予定があるときは、かなり馬力出して掃除、片付けするし、その後は本当に気分爽快なのだから。ただ、「いつも片付いている」状態にはなかなかできないんだよね~。それでそのことにストレスを感じてきたんだよね~。こんなとっちらかってる部屋に人呼べないでしょ、なんか恥ずかしいでしょ、私、家事できない人みたいで。という勝手な思い込みで、自己評価をどんどん下げてたのだよね、勝手に。…ということを、言語化し、さらにバロメーターをとって認識したので非常にすっきりしました。ご一緒した皆さんの悩みも聞くことができ、同じようなストレスを抱えている場合があることもわかって、仲間意識??みたいなものも芽生えたりして(笑)。今晩は、ここにこんもりと積もっている洋服の山を、たたんでしまうことにします。もし全部箪笥にしまえなくても、そんな私をゆるすことにします(笑)。ご一緒した皆さん、そしてライチさん亜莉さん、ありがとうございました。家も、自分のことも、「愛着があるから手をかける」んじゃなくて、「手をかけてこそなおさら愛着がわいてくる」のかもしれないな~。
2006.08.17
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Aneさん、亜莉さんと練馬のケララバワンへ。夜は初めてだったけれど、6時過ぎというわりと早い時間にかかわらず、すでにお客さんが何組か入っていて、7時過ぎには外に行列。驚いた~! 美味しい店だけれど、こんなに人気とは。そして驚いたこともう一つ。子どもも、美味しいスパイス使いはわかるのね~~。辛すぎるのはもちろんだめだけど、ほどよくスパイシーなタンドリーチキンは子どもたちに好評。わが娘も、恥ずかしいほどに「オレンジの(肉)!」とリピートをせがんでいました。家で、「タンドリーチキン風」はレシピを見ながら作ったことあるけど、やはりスパイスが違うからか、お店のとはぜんっぜん違うんだよね…。私は、ココナツミルク風味が結構好きなので、たくさんあったカレーの中でもそんなのが気に入りました。あとは豆のカレーがよかったな。チャパティも素朴でおいしいし、甘いおやつ風のパンみたいなやつ(何だっけ)も娘よりがっついて食べてた私。夫は、我ら女性陣のたくましい食いっぷりを、ほほえましくも圧倒されて見ていたそうです。注文一つするにもアネアリコンビのおかげで心強かったわ~。だって、プーリー? パパド? サブジ? え? え? って感じで、いちいちメニューの解説読むだけで精一杯の私の横で、サクサクと、それは鮮やかに大胆に(笑)注文していく二人。その後は、順次お皿が華やかに食卓を彩っていくのでした。あれもこれもと手を出してるうちに、満腹大魔王に…。帰宅後は父子で風呂に入ってもらい、私は一人でゆっくりと。就寝前にお白湯を飲んだら翌朝はすっきり! です。恐るべし、インド料理!!
2006.08.12
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今日から夏休み♪行ってみたかった、クイーンアリス系列のベトナム料理店ヴェトナムアリスへ。プランタン内だけあって、女性客がほとんど。かごみたいなお皿に、かわいらしく香草などがあしらわれていて、これまた女性好み。生春巻き、フォー、チキンカレーなどおなじみのメニューを一通り美味しく食べて満足。でも、やはり路面店とかの方が、ベトナムチックで、私は好きかな~。その後銀座松屋で開催中の星野道夫写真展をみに行く。アラスカの過酷な自然に生きる動物を撮った写真が多いのだが、グリズリーやホッキョクグマの母子などの姿からは、つくっていないあたたかさがあふれてきて、昔から好きだった。この人の本もまた良くて、文章の詩的な美しさ…でもこれまた対象を深く見つめて見えてきたことを言葉にしているから夢物語的でなくて、胸に迫って好きだった。だから、楽しみにしていた。楽しかった。けど、ちょっと思ったことがある。「大自然の動物の、生きる姿をあそこまで美しく撮るには対象にぐっと迫って、これだというタイミングを、膨大な時間を使って狙わないとできないこと…ものすごいこと」という大前提を踏まえた上で、感じたことは、対象と同化しようとしたら、取り込まれてしまうのではないか、という恐ろしさ。この写真家の写真は、どれもあたたかさとユーモアと愛に満ちている。動物も、植物も、すべて美しい。けど、少し近づきすぎて、親しくなりすぎて、自然に取り込まれてしまったように思えた。写真をみて、自然というものに「畏れ」をあまり感じなかったのは、私がにぶいせい?? ではないだろう、多分。彼が伝えたいのも、獰猛とされる肉食動物の愛ある一面であり、人間と違う時間軸で自然の中に生きている姿であろうと思う。でも、肉薄することと、同化することは、やはり違うんだろうな、と思った。同化しようとすると、取り込まれてしまう。あ~、一流の写真家の写真にけちをつけているわけではありません。今でももちろん好きだけれど、前と少し感じ方が変わっただけ。
2006.08.11
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shimangさんのボールクラス2回目。課題であったへその位置上げ、できてるかチェックありと思ってたので、へその掃除もして(笑)、気合を入れて参加。でも、お腹が出てきてへそが平たくなってるので、チェックがなくて少し安心。かなり情けない形状のへそです、現在。ステップタッチなど基本の動作、自分ではできているつもりでもともすれば弾みが小さくなってしまう私。これは、まだ上半身の筋力を十分に鍛えていないからなんだろうな。だから、膝裏からふくらはぎにかけて余計な力が入ってしまうのだろう。これまでできていた(つもり)の、ボール上での腹筋も、今日は足がつるつるすべって身体を固定できず。次回までにはちゃんとしてきます、本当です。妊婦腹のせいにはしません(笑)。身体の後は頭のエクササイズ。参加者各人がテーマを設け、5分間でその件について相手に話をするシェアリングの場。2人組で行い、相手はその話を理解したかのチェックもかねて1分でまとめてフィードバックする。これが難しい! 5分という感覚がつかみにくい。短くなく、でも話すのに十分ではない時間。1分でまとめるのはもっと難しい。話の落ち着き先はわかっているのに、その間のディテールを説明するだけでタイムアップ。これってshimangさんご指摘の通り、どこかに「逃げ」があるのかも。まとめる間に「何々なんだけど…」とか言い訳が入るのだ(笑)。直視したくないテーマだからね、無意識でそうなるのだろう。私のテーマは「パートナーシップ」。最終目標は「考えの違いを認め合えること」。仕事=あくまでも生活の糧という夫。もちろんそうだが、それだけではあるまい。自己表現の場であったり、好きな道の追求の場であったりすることも、もちろんあるはずだ。私は、その一つとしてKacceという雑誌に原稿を書かせていただいている。また知人からHPの原稿作成などの仕事もちらほらと受けている。これらがすぐにまとまった収入になるわけではない。取材費が自腹のことも、依頼主が知人の場合、「友情出演」的な仕事になることもままあることだ。私はそれも勉強と思っている。けれど、「仕事」という名目で「無料の労働」を、「有料の保育」を使ってすることは夫にはなかなか理解できない。極端に平たく言えば、私は、育児を放棄し、稼がず、自分の好きなことだけを追求しているわがままな人間、ということになる。この問題は、私が自分のしたいことを上手に相手に伝えられていないからなのか?そうかもしれない。また、私よりは格段にストレスの多い競争社会で働いている夫に対してのねぎらいが足りないからかもしれない。私が自分のしていることを相手に心底から理解し、応援してもらうには、こつこつと続けて仕事を増やし、分かりやすい形で示すだけでなく、やはり「したい、続けたい」と示し続けることしかないだろうと思っている。いっそのこと、「仕事」などとくくらない方がいいかもしれない。「仕事」なんだ、という気概は自分の胸だけにとどめて。さて、これからその原稿にとりかかることにします。
2006.08.09
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念願の、山へ行ってきました。しかも、夫と娘を置いて(おいおい)。ま~、山と言っても妊婦であることを考慮して、日光戦場ヶ原をハイキングしたという、とっても和やかなプランです。同行してくれたのは、学生時代の山の先輩とそのお友達。心強い仲間となってくださいました。2~3時間のコースを、木々の緑に囲まれて、川の流れを聞きながら歩くことのなんと心地よいこと。水辺に腰掛けて弁当を広げ、淹れたてのコーヒーをすする贅沢。それにしても水の音というのは、心にすーっとしみこむ何よりのヒーリングミュージックですね。ゴールした湯元で、さっと温泉につかってさっぱり。よく温泉は妊婦に禁忌とありますが、今回は無視(笑)。ちゃんと調べていないので確かなことは言えませんが、おそらく湯あたりされることを恐れた温泉側の防衛策ではないかと…。コースの難易度としては、子連れも十分可能ですが、やはり山を侮ってはならないと思い、連れて行きませんでした。今回は、それでよかったと思います。留守番の父子は、近場のプールで楽しいひと時を過ごした模様。ありがたい1日でした。「妊婦の月例山行」、いや「隔月」でもいいから続けたいな~。しかし、山は10月には冬になってしまう(泣)。
2006.08.06
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私にしてはめずらしく、一つのテーマをしつこく引っ張って考えてます。今回は、多分自分が妊婦だからでしょう。先日、「意味がない」とうっかり一蹴してしまいそうになりましたが、当人がこれではいけないと反省。不調なら休むことができれば理想的ですが、そうもいかない場合も現実としてあるので、ならばこの取り組みを、より効果的に利用できたらいいなと思います。で、思ったのですが、妊婦が「私ニンシンしてるの」とアピールするより妊婦でない多数の人が「声をかけてください」バッジ? みたいなのをつけている方が、具合の悪い妊婦には、具合がよいのでは?実際、通勤ラッシュの電車で運よく座れている人は、寝ているか携帯に夢中。前にどんな人が立っているかなんて関心ないもの。朝の通勤はみんな眠くてきつい。悪気がなくてもつわりの妊婦に気づけない人は多い。つらい気分で立っている妊婦も、「譲ってください」とはなかなか言いにくい。だから、座ってる人が(今は眠っていても)「ゆずりますよ、だから声かけて」みたいなメッセージをどこかにつけておいて、不調で「今は」つらいな~という人は、つつつ…(笑)とそこへ近づけるという仕組み? になればよいかと。ピンバッジとか、そんな程度でもいいと思う。もちろん、このバッジはいつもつけていなくてもいい。疲れていてゆずれないな~というときははずしていればいい。多くの妊婦でない人は、妊婦にアンテナ立ててないからキーホルダー程度では気づけないけど、体調の悪い妊婦は「ゆずってくれそうな」人を求めているから、どんな小さな形状でも、ぱっと目に飛び込んでくると思う。やはり、「妊婦にやさしい社会」という大テーマを掲げている以上、妊婦の負担(不要な引け目を感じながら座りたいと言うとか)を増やさずに済む方法がいいと思う。そもそも、初期の妊婦は傍目には妊娠してるかなんてわかりづらい。それをさっと席ゆずったらかえって失礼では? と感じている人もいるかもしれない。当の妊婦と、周りの人が互いに暗黙で発信できていれば、この取り組みを、もっと無理なく取り込むことができると思うな~。ちょっとケースが違うけど、「ドナーカード」と同じような発想で、うまく機能したらいいと思います。
2006.08.03
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