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ダイヤモンド・オンライン、2008年8月28日号、「日本の不動産に触手を伸ばし始めた中国人資産家たち」は、なかなか面白い記事でした。すでにビジネスで大成功して、巨万の富を築いた上海の富裕層が、投資対象、あるいは自分の別荘として、日本の不動産に興味を持ち始めているという趣旨でした。なぜ日本に興味を持つのかという質問に対して、いろいろな回答がありましたが、特に「将来リタイアしたら、環境の良い日本でのんびりしたい」という言葉が、とても印象的でした。快進撃を続ける中国経済、その成功者たちにとって、隣りの先進国・日本は、リタイア後の生活の質を楽しむための適地という、新たな価値を持ちはじめているのかもしれません。中国語でいえば、さしずめ「退休島」(リタイア後、余生をのんびり送る島)でしょうか。思い起こせば70~80年代、日本の経済がピークを迎えつつある時代、狭い家に住んであくせく働く日本人が、のんびりと生活の質を楽しむために、オーストラリアやニュージーランドへの移住に憧れたものですが、これは、いま中国人の富裕層が日本に向けるまなざしと、重なるものを感じました。実際、中国での生活経験のある私たち家族にとって、日本の生活環境の良さは大変魅力的でした。東京・大阪でさえ、中国の大都市に比べれば、公害が断然少なく空気が澄んでいると感じましたし、また清潔さ、水や食べ物の安全性・・・そういった面で、日本が達成したレベルは、中国で暮らした者から見れば、確かに賞賛に値するものだと思います。ま、上に挙げたようなことは、日本のみならず、欧米先進国の多くがすでに実現していることですが、中国人にとって、日本の魅力はこれだけに留まりません。中国への距離的な近さ上海~東京間なら、片道3時間のフライトで移動できてしまう近さは、欧米諸国が逆立ちしても真似できません。日中両国間を往復するフライトの便数も非常に多く、便利。富裕層はリタイアしたって、やることは山ほどあって、「時は金なり」でしょうから、この近さは、何者にも換え難い魅力でしょう。人種が近く、一見して外国人だと分からないこと同じ漢字を使うので、たとえ日本語が分からなくても、文字を解読できてしまうことこれらは、「異国にいながら異国を感じさせない」という意味で、移住への心理的障壁を低くするでしょう(但し、人種的差異は少なくとも文化的差異は結構あるので、その点は心しておかないと、摩擦のもとですが・・・)。また、東京・大阪などの大都市では、同国人が数十万の単位で住んでいるのも、心強いでしょう。「かゆい所に手が届く」高品質のモノやサービス日本独特の、きめ細かいサービスや、「便利さがよく研究された」モノの品質が、たまらなく好きな人は、中国人の富裕層になかには、結構多いようです。大都市と大自然が、至近距離にあって、どちらの魅力も手軽に味わえること日本は、狭い国土に、いろんな要素が凝縮されて詰まっている島国。東京のような、世界第一級の大都会もあるかと思えば、そこから1時間ほど電車に揺られれば、高尾山や箱根に行けます。そこには緑の山々、渓流、火山、温泉など、特徴のある自然景観が楽しめます。高度な消費文化と、手頃な物価日本の物価は、まだまだ、中国人一般にとっては安いとはいえません。でも上海の富裕層にとってみれば、話は別。特に不動産に関していえば、上海などの大都市と比べて、割安感さえ出てきているようです。長いデフレを経て、日本の消費者物価も、国際水準からみれば、ずいぶんこなれてきました。日本を訪れる外国人は、「品質を考えれば、物価は割安」と、異口同音に言います。上海市内でン億円のマンションを何軒も持っているようなお金持ちにとっては、安く感じるかもしれません。日本のインフレだって、中国と比べればずいぶんマイルドだし。お金を十分持っていれば、東京は天国でしょう。世界に類例を見ないほど、高感度な消費文化が花開いているこの都市で、お金を気にせず使えるのであれば・・・。もちろん、移住先としてみた場合、日本には弱点もあります。社会システムが概して閉鎖的なこと、英語があまり通じないこと、都市部では住宅が狭いこと、外食しても盛りが少ないこと等々・・・こうした弱点がいくつかクリアされたら、中国人の富裕層にとっての移住マーケットとして、日本がブームになりそうな気がします。さて、そんな上海人のお金持ちに、日本の不動産物件を売るとしたら、どんな物件をお勧めするか、ちょっと考えてみました。ですがその前に、上海人の不動産に対する嗜好を推し量ってみる作業から始めましょう。1)都心至上主義都市圏人口1600万人、世界有数の大都会なのに、上海には「郊外」という概念が、まだまだ未発達です。上海人には、市のできるだけ中心部に住みたがる性向があるらしく、その結果、上海中心部の人口密度は、平米あたり4~5万人と著しく高いのに対し、郊外部には、マンション群があるだけで、これといった衛星都市がありません。たとえば東京圏でいう、「立川」、「大宮」、「船橋」みたいな郊外衛星都市に相当するものは、上海には見当たりません。2)地域ブランドと差別の構造上海では伝統的に、市の中心部を東西に流れる蘇州河の南側に、伝統的に裕福な長江下流地域の出身者が住み着き、河の北側には、伝統的に貧しかった蘇北(江蘇州北部)の出身者が住み着きました。前者は、自分たちの住む南側地域を「上只角」、後者の住む北側を「下只角」と言って、差別してきました。両者の話す方言が違う分、両者の断絶は、東京や大阪の比ではないといえましょう(最近は、北側の開発が進んで、ずいぶん様変わりしてきたようですが・・・)。こういった「地域差別構造」も、日本物件紹介のマーケティングに活用する必要があるのでしょう。3)教育熱心上海人に限らず、中国の都市住民の多くは、子供の教育に並々ならぬ情熱をこめ、資金も大量につぎ込みます。その結果、名門校の学区内は、住宅の価値も他に比べて高いとされています。-----------------------これらを考えると、上海人の富裕層には、東京なら「都心部」で、かつ「一流の立地」の物件を紹介するのがよさそうに思います。但し、何をもって一流と考えるかは、人それぞれ違います。東京人が評価する一流と、上海人が評価する一流とは、かなりニュアンスが違うような気もします。おそらく、次のような立地や物件が、評価されるのではないでしょうか。新宿・新大久保界隈新宿は、サイズ、店舗の数、人通り・・・どの指標をとっても、間違いなく東京ナンバーワンの街です。実際、日本を訪れる外国人旅行者(※アジア人が7割を占める)の一番人気は、新宿だそうです。その新宿に、至近距離で行ける立地というのは、上海人にアピールするのではないでしょうか。逆に、東京人に一番高く評価される「広尾」、「南青山」、「神宮前」といったエリアは、上海人にはちょっと地味すぎる気がします。それより、デカくて凄い新宿の方が、はるかに分かりやすい。また、隣駅の新大久保は、中国人経営の商店や食堂が多くて暮らしやすそうですし、また近くには、中国人に評判の良い早稲田大学もあるのが、ポイント高いと思われます。文京区の音羽、小日向界隈ここは、東京きっての「文教地区」。東大もあって、「お受験」で有名なエリアです。昔からの武家屋敷が多く、「品格」は東京23区でトップクラスとされています。上海人はかつて、東京で商売(出稼ぎ)に来ていた頃、池袋を拠点にしていた者が多いようです。大成功した今、昔の拠点であった池袋よりも、山手線の内側で、かつ高級住宅地や文教地区のイメージのある所に住みたいと思うのは、自然の人情。そこで、文京区エリアが、教育熱心な上海人の脚光を浴びそうな気もします。銀座、有楽町界隈この界隈には、言わずと知れた、「東京駅」があります。ここは、日本の鉄道交通の中心。さらに「丸の内」は、東京の伝統的なビジネスの中心地。「銀座」は、東京一のブランド価値を誇る繁華街。東京のなかで、このエリアほど「一等地」感を感じさせる場所は、他にないでしょう。東京駅界隈は、オフィスばかりで、生活感がないエリアなので、その隣駅の有楽町と銀座あたりが、暮らし向きエリアとして評価されるような気がします。品川のベイエリア(港南)上海では、黄浦江をはさんで、旧租界地の洋風建築の夜景が眺められる立地が、最高に評価されているそうです。そんな上海人の富裕層が、東京湾のレインボーブリッジの夜景を眺めて暮らしたいと思うのも、自然の理。レインボーブリッジが眺められるベイエリアといえば、豊洲、お台場、芝浦、港南と、いろいろありますが、資産価値として一番有利そうなのは、新幹線停車駅である品川駅から歩ける距離にある、港南地区だと思います。上野・御徒町「一流立地」のカテゴリに入るかどうか微妙ですが、上野・御徒町界隈は、なぜか中国人に大人気の地区です。新大久保と並んで、東京で一番、中国食材が豊富に揃っている街でもあります。暮らしやすさのほか、一応、ターミナル駅ということ、成田空港まで、京成で一本で出られる交通の便の良さ。秋葉原へも目と鼻の先・・・というところが、評価されそうな気もします。
2008年08月31日
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22~3歳で大学を出て、皆一斉に就職して、終身雇用の会社で、同期の連中と横並びで昇進競争・・・というのが、かつて日本の大企業の働き方と言われてきましたが、今では、ずいぶん様変わりしているようです。だいいち、終身雇用という言葉が、死語になりつつありますし、また能力主義が浸透し、年功序列の考え方も希薄になりました。それに伴い、職業人生の中途で転職する者もずいぶん増えました。私自身も、まだ30代なのに、もう4回も転職しています(やりすぎかな・・・)。とはいえ、欧米や中国の企業社会に比べれば、日本では、まだまだ人材が、会社間で流動することが少ない社会と言えましょう。日本では、なんだかんだ言っても、同じ会社で20年、30年と、勤め上げる人間が多いし、また、会社の組織で昇進するのも、在籍年数が多いほど有利みたいな状況も、まだ残っているのでしょう。そんな日本の企業社会の「いま」を象徴する言葉の一つが、年下の上司でしょう。たとえば、30代で中途転職した者が、転職先の企業で、20代後半の上司と仕事をする、みたいなことは、いまの日本では珍しくありません。たとえばIT業界でいえば、中小・中堅のソフトハウスで10年ほど勤めあげ、30代前半になって、大規模なIT企業に転職した際に、最初の上司が、大学卒業からその企業に勤め続けた、勤続6~7年のチームリーダーで、まだ30歳前だった・・・みたいなことは、よくあることです。年下の上司と、年上の部下が、同じプロジェクトチームで仕事をする、というシチュエーションで、日々、いろんなドラマが、生まれているようです。確かに、上司、部下どちらにとっても、やりにくい状況があるんだろうなあ・・・現に、いろんな転職サイトで、「30代で転職する場合、年下の上司も覚悟しなくてはならない」みたいな言葉を、よく見かけます。私自身も、職業生活の序盤戦で、いろんな回り道をしてきたこともあって、20代後半の頃から、「年下の上司」を経験してきました。確かに最初は、やりにくかったですよ。日本の社会では、自分から年齢を公表しなくても、周りから年齢を盛んに聞いてくる。年上か、年下かがハッキリしないと、自分の立ち位置が分からなくて不安、と思う人が多いのでしょう。私は当時から、「年齢なんて、別に気にしなけりゃいいじゃん」と思っていました。いまの時代、男だって普通80歳まで生きる。そんな人生の長いスパンに比べれば、上司が26歳で部下が28歳で、2歳の差、みたいなことは、じつに些細な問題じゃないか、と自分では思っていたのです。ですが、周りはそう見てくれなかった。「28歳にもなって、今まで何やってたの?」と言われたことも、一度、二度ならず。結局私は、30歳になっても、まだ、IT業界で評価されるようなキャリアを、ロクに積んでいませんでした。これまで、世界を旅したり、大学院に行ったり、異業種の会社に趣味で就職して3年を費やしたりと、(キャリアの面では)いわゆる回り道してきた我が人生の選択を、恨めしく思ったものです。30回目の誕生日は、大阪駅前のホテルで迎えたのですが、慌しく行き来する人並みを眼下に眺めながら、「俺、30にもなって、何やってんだろう?」と、うっすら涙さえ浮かんできました。その頃の私はまだ、人生横並びの、日本企業社会の感覚で考えていたのでしょう。その後、オーストラリアに渡って、現地の企業で働くようになってから、私の感覚が変わりました。オーストラリアは、移民の国。世界各国・各地から、いろんな年齢で移住してきて、この国の生活を始めます。だから、同じ職場、同じ職位でも、年齢なんてバラバラ。上司が30歳そこそこで、部下が50代後半なんてことは、ごくありふれたことでしたし、そんなことを、誰も気に留めませんでした。私は生まれて初めて、「年齢を気にしない社会」での職業生活を味わったのです。心地よかったですよ。オーストラリアでは、4年半働いて、それから、中国を経て、日本へ。これら東アジアの国々では、やはり年齢を全く気にしないなんてことはなかったです。やはり儒教とか、長幼の序みたいな観念の影響が残っているのでしょうか。とはいえ、この両国を比べると、中国人は給料にやたらこだわり、日本人は年齢にこだわる、みたいな傾向があるように思いました。こうやって、いろんな国で働いてみると、日本で「年下の上司」という言葉が存在する背景には、年功序列が崩れ、雇用の流動化が進んでいる割に、年齢を気にする観念が、人々の頭のなかに、まだ残っているという状況が、反映されているのだと思います。私自身は、日本が早く年齢を気にしない社会になってくれればなあ、と思うのですが・・・ま、個人の好みの問題ですけど。
2008年08月30日
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妻は妊娠4ヶ月になりました。まだ、一目で分かるほど、お腹が出っ張ってきてるわけではりませんが、よく見ると、お腹の真ん中に、直径7~8センチほどの、固い出っ張りができていて、耳をつけてみると、かすかに、心臓音が聞こえてきます。もうすぐ3歳になる娘ソフィアは、毎晩、寝る前に、その出っ張りをやさしく触って、「おやすみ、赤ちゃん」と声をかけます。朝起きて、ご飯を食べる時も、ソフィアは、パパとママ、自分、そしてまだ見ぬ赤ちゃんの、4人分の食器を出したりします。我が家の暮らしは、すでに4人家族モードになっています。まだ、赤ちゃんの性別は、知るよしもありませんが、できれば男の子が生まれて、「一姫二太郎」になったらいいなあ、なんて思ったりします。「一姫二太郎」とは、最初が女の子が生まれて、次に男の子が生まれることを意味します。日本では古来から、一姫二太郎が理想とされてきました。昔の日本は農村社会で、イエの観念も強かったので、男手や跡継ぎが欲しいという考えから、男の子を希望する親が多かった。とはいえ、小さいうちは、女の子の方が育てやすい。概して身体が丈夫だし、性格も比較的素直だからです(※昔は医療環境が悪く、幼い男子は病気でよく死んでしまったようです)。特に、両親の子育て技術が未熟なうちは、まず育てやすい女の子で自信をつけて、それから男の子を産めば、跡継ぎもできて一石二鳥、というのが、「一姫二太郎」がもてはやされた理由だそうです。自分が男親だから、そう思うのかもしれませんが、男の子が生まれて、育って、立派な大人になったら、一緒に酒を呑みに行きたい、という気持ちを強く持っています。血を分けた父と子とはいえ、男同士、大人になれば基本的に平等。お互いに意識しあい、良い意味で競争相手、良きライバルみたいな関係を、つくっていきたいと思います。私が子供の頃、父は、私が酒が呑める年齢になるのを、心待ちにしていたものです。「マナブ、早く大きくなって、一緒に酒のみに行こうな」と、口癖のように言ってました。・・・私が大学に上がると、案の定、いろんな飲み屋に連れていってくれました。私も多分、自分の息子に、同じことをするだろうと思います。とはいえ、子供の性別は、もちろん選べません。ソフィアのために、女の子用の服を、これまでずいぶん買ったから、「女の子が生まれれば、お古を着せられて便利」と、思ったりもします。正直な話、元気に生まれて育ってくれれば、性別はどちらでもいいです。男の子か、女の子か・・・それが判明するのは、たぶん2ヵ月後くらいかな。
2008年08月28日
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昨年から暴騰し続け、世界経済に甚大な影響を与えた原油価格。最近は多少、下がり気味とはいえ、需給の逼迫は構造的なものらしい。数年前のように、ガソリンがリッター100円を切る価格で買える時代は、たぶん永久にやってこないのでしょう。ガソリン価格の高止まりは、クルマ社会の住民の暮らしに、大きなダメージを与えます。どこへ行くにも、クルマを使わないと話にならないような地域に住む人々にとって、ガソリン代はまさに死活問題。これからの世の中、人々は、移動に鉄道やバスを使い、クルマはできるだけ、多人数で乗り合いするようになっていくのでしょう。ま、その方が、地球には優しいですよね。幸いにして、日本は「鉄道の国」。明治時代から営々と、この細長い島国の山々、津々浦々まで、鉄道網を整備してきました。そのネットワークは世界有数。また、高速鉄道網も整備してきたので、主要都市間なら短時間で、鉄道で移動できるようになっています。ただ惜しむらくは、モータリゼーションと、赤字路線削減の流れで、人口密度の低い地域を走るローカル線が、ピーク時と比べると、かなり姿を消してしまったことです。ま、いつまでも赤字を垂れ流すわけにはいかないから、ある程度の削減はやむを得ないのでしょうが、それでも、年を追うごとに、鉄道路線が目に見えて間引きされるのを見るのは、悲しい。また、エネルギー価格や地球環境の観点から、世界中で鉄道の復権が叫ばれているご時世なので、せっかくお金をかけて整備した鉄道インフラは、できるだけ、残して欲しいものです。日本全国のローカル線のなかで、私が特に、強い思い入れを持っている線があります。それが、三重県の山間部を走る、名松線(めいしょうせん)です。三重県中部の都市・松坂から、紀伊半島の内陸部へ、伊勢奥津(いせおきつ)へ至る全長43.5kmを走る、典型的なローカル線。松坂駅を出た電車は、しばらくの間、伊勢平野を通りますが、家城(いえき)駅あたりを境に、そこから先は、山また山の世界。当然、人口密度も低く、駅によっては、一日平均の乗降客数が数名、という世界ですが、この線は今まで、廃止されることなく、2時間に1本程度のダイヤで、まだまだ現役で頑張っています。名松線、という名前の由来は、もともと、松坂と名張(なばり、三重県西部の都市)を結ぶ予定の路線だったからです。が、その竣工を前にして、ほぼ並行して走る参宮急行電鉄線(現・近鉄大阪線)が、松坂~名張間を開通させてしまったため、名松線の線路を、名張まで通す意味がなくなり、途中の伊勢奥津でストップしてしまったのです。伊勢奥津は、都市でも何でもなく、深い山懐に囲まれた、小さな一集落に過ぎません。この名松線に、私がなぜ思い入れを持っているのかというと、遠い昔、小学校6年の夏休み、千葉県の実家から、電車を乗り継ぎ、はるばる三重県まで、一人旅を敢行したからです。その旅の終着点が、名松線の最後から二つ目の駅、比津(ひつ)でした。その経路は、柏→東京 33km (常磐線、山手線)、所要40分東京→名古屋 366km (東名高速バス)、所要6時間名古屋→松坂 87km (近鉄線特急)、所要1時間半松坂→比津 40km (名松線) 所要1時間強総行程526km、乗り換え時間を含めると所要10時間を超える、小学生にとっては大変な長旅でした。そもそも、私がなぜ三重県を目指したのかというと、父が大学時代、部落研の活動をやっており、その関係で、関西各地の被差別部落の方々と知り合い、私が生まれた頃には、ほぼ親戚同様の付き合いをしていたからです。その一人が、三重県一志郡美杉村(現・津市美杉町)の丹生俣(にゅうのまた)という集落に住む、Mさん一家でした。私は幼い頃から、Mさん宅には何度かお邪魔しており、行き方も分かっていたので、小学6年生になったのを機に、一人で行ってみたのです。丹生俣の集落は、美杉村の一番山奥。比津の駅から、クルマで比津峠を超え、八手俣川を遡って、ようやくたどり着ける土地。美しい山々と清流に囲まれた小集落です。さて、千葉県から、はるばる旅してきた私ですが、名古屋までは、そう遠くは感じませんでした。でも、そこから近鉄線に乗り、四日市を過ぎたあたりから、「遠くへ来てしまった」ということを、実感しました。四日市より西の地域は、東京とは言葉が違う(関西弁になる)から、そう感じたのでしょう。松坂から、山奥にずんずん入っていく名松線の旅は、今でも忘れられません。山と渓流の景色に恵まれた線ですが、当時の私にとっては、心細さもひとしおでした。なにしろ大冒険だったのですから・・・。山に囲まれた比津の駅は、当時から無人駅でした。そこでは、Mさんが笑顔で出迎えてくれました。丹生俣のMさん宅に着くと、そこには、津や久居に住んでいる親戚の子供たちがたくさん来ていて、とても賑やかでした。ですが、周りをずらりと、関西弁を話す人々に囲まれたのは、私の人生で初めての経験だったので、すっかり物怖じしてしまい、最初の2日間は、とても無口になってしまいました。もちろん、意思疎通は問題ないのですが・・・Mさんは、「言葉が違うで、びっくりしとるんやろうね」と、気遣ってくれました。関西弁ワールドに慣れたのは、滞在3日目からです。何はともあれ、忘れ難い旅になりました。小学6年で三重県まで一人旅をしたことで、私はすっかり自信が付き、大学時代はすでに、バックパッカーとして世界中を回っていました。そういう意味では、名松線こそが、旅人としての私のルーツ、ないし聖地と言って良いのでしょう。最近は、書店に行くと、時おり、時刻表を立ち読みします。真っ先に開くのが、中部地方のペジで、そこに、名松線が載っているかどうかを、チェックします。幸い、名松線はまだ廃止されず、現役で頑張っています。松坂から山に向かって途中で止まる名松線、未だ健在なり。そこから私は、いつも元気をもらっています。
2008年08月27日
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10月に予定している、タイ・バンコクへの家族旅行ですが、先ほど、航空券を買いました。成田ーバンコクの航空券は、比較的安いとされますが、燃料費高騰の折、家族3人で行くと、それなりの出費になります。来年から、家族がもう一人増えますので、旅行の出費も、これから、もっとかかるんだろうな。2歳の子供を持つ立場からすると、国際線のフライトは、満2歳から無料でなくなるのが、結構痛い。成田-バンコクの場合、2歳児の子供料金(燃料費、税金など諸経費込み)は、大人と全く同料金のところと、大人の70-80%程度のところがありますが・・・これが日本の国内線だと、満3歳までが無料だから、この差は大きい。とはいえ、バンコク旅行の時点で、うちの子は3歳になっているから、ま、同じことか・・・。あと、航空料金に上乗せされる燃料費(Fuel Surcharge)がむちゃくちゃ高い。成田-バンコク便だと、下手したら往復航空券が3万円なのに、燃料費が往復4万円みたいなことになっちゃう。これが日本の国内線だと、基本的に燃料費上乗せがないので、価格面のメリットは大きい。これから日本に住む場合、家族旅行の行き先は、北海道とか沖縄などの国内の魅力が、海外よりも大きくなってくるのでしょうね。格安航空券も、一昔前と今とでは、結構、様変わりしているようです。一昔前(10~15年前)は、航空会社直売の正規料金がムチャクチャ高いので、旅行会社を通して買ったほうが、はるかに安かったものですが、今では、航空会社の割引料金が整備されてきて、旅行会社を通すより、JALやANAのウェブサイトで直接買った方が、かえって安かったりする。私自身も、昨日、旅行会社に電話して、JALのバンコク往復便の料金をヒアリングした直後、JALのサイトで直接予約したら、なぜか6000円ほど安くなりました。時代は変わるものです。
2008年08月27日
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数ヶ月ほど前に出た「日経ビジネス」で、世帯年収1000万円以上あっても貯蓄や資産が限りなくゼロに近い層が急増しているという、興味深い記事を読みました。読んでみると、面白い。1000万プレイヤーになって、「自分は普通のサラリーマンとは違うんだ」みたいな選民意識を持ったサラリ-マンとその家族が、見栄を張って華美な消費に走り、高価なクルマや服を買い、子供を私立の学校に通わせるなどしているうちに、いつの間にか生活費が底をついて、貯蓄も資産もロクにない・・・折からの不況で年収は伸びず、かといって一度味わった消費生活のレベルを下げられないという、自縄自縛に陥っている事例が、世の中にはたくさんあるそうです。私の率直な生活実感として、「1000万も年収があって、なぜお金が残らないの?」と、不思議でなりません。私のところは、所帯を持って12年になりますが、世帯年収が邦貨換算で額面1000万円を超えたことは、これまで、ほんの2年しかありません。それ以外は、1000万にはるかに満たない世帯年収のなかから、頑張ってやりくりして、生活費や子供の養育費のほか、実家への里帰りや仕送り資金、住宅ローン等を払ってきました。それでも今や、日本と豪州に、それぞれ複数の不動産を所有しています。世の中、インフレだ、物価高だと言うけれど、今の東京の物価は、たとえば欧米諸国の大都市と比べて、むしろ安いくらい。世界的なインフレのなかで、日本の物価の上がり方は、諸外国と比べれば、まだまだマイルド。所得税率だって、欧米なら30%以上、平気で引かれるところを、日本では20%前後で済んでいる。それだけに、年収1000万円もあれば、多少のインフレにも右往左往することなく、普通に暮らせば、お金が余るはずじゃんと思うのですが・・・。消費生活の面だけでいえば、こんなに便利で、モノの品質が良くて、食べ物の美味しい国に住んでるのに、一体何が不満で、華美な消費に取り憑かれるのでしょう?ただ、日本でサラリーマンをやっていると、諸外国に比べて、なぜか損しているなあと感じることが、時々あります。まずもって、日本ではサラリーが増えない、そして、不動産を買っても、価値が上がらず、むしろ落ちる一方。そして、円の価値は、他の主要国通貨に比べて、ジリジリ落ちている・・・ある意味、いろんなところで、「見えない」税金を、たくさん払っているような気もするのです。日本だけで暮らしていると、分かりにくいかもしれないけど、ただでさえ、資産や預金が外貨換算で目減りしていくこの国に暮らす以上、真剣に「殖やす努力」をしないと、明日の暮らしは今日より貧しくなってしまいます。世界的にインフレ傾向で、かつ資源輸入国として交易条件が悪化している昨今は、なおさらです。その観点からいうと、年収1000万もあるのに無貯蓄・無資産という状態は、恐ろしい状態だと思います。経済変化が激しい今の時代、たとえ現時点で1000万プレイヤーでも、来年以降もそうである保障はありませんし、また退職金だって出るとは限らない。そんな状態で老後を迎えるのか?あと言うと、年収1000万あってもお金が残らない家庭が、仮に700万に減ったとしたら、彼らが資産を残せる可能性は、限りなくゼロでしょう。年収1000万あるからこそ、資産を殖やす努力をしなくてはならないと、私は思います。かつ、投資対象を日本に限らず、経済成長率の高い海外にも目を向けていかねばならない。また、日本の株式を買うのであれば、輸出や海外での事業展開で収益を上げ、かつ将来性のある企業を選ぶべきだとも思う。資源・食料をはじめとする世界的なインフレが、これから日本経済にどう影響を及ぼすのかも、よく見極めなくてはならなりません。日本が資源輸入国であるという宿命から、すでにインフレの影響が出てきていますが、今後は、1)不景気なのにインフレ(スタグフレーション)になるのか? ←いまの日本や米国の状態2)インフレ率や金利がもっと上がり、その結果、勤労者の給料も上げざるを得ず、その結果、名目ベースでは緩やかな経済成長になるのか? ←欧州や多くのアジア諸国の状態3)諸外国に比べ、インフレに強いという特性が海外(特にお金持ち資源国の投資家)に注目され、日本の株式や通貨が買われるようになるのか?日本経済がどのシナリオをたどるかによって、投資のスタンスも変わってきます。1)や2)になる場合は、「現物」でかつ「インフレ耐性」のある、日本国内の不動産を安く仕入れて運用するのも、悪くないと思っています。特に2)になれば、日本のなかで、比較的余裕のあるサラリーマン層が、インフレ・老後対策として投資用不動産に目を向け、その結果、賃貸収益だけでなく、物件の価値上昇もあるもしれないという望みも、わずかながら、持っています。3)の可能性は、あまり高くないと思いますが、もしそういう時代が来るのであれば、アラブ、インド、中国などにいるお金持ちと、今から交流を深めておくべきなのかなと、思ったりもします・・・。
2008年08月25日
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どの商売をするにせよ、ビジネス効率の面だけで考えるなら、お金持ちをお客さんにしたいものです。たとえば、クルマを売る場合、大衆向けに130万円のカローラを薄利多売するより、お金持ち向けに1300万円のポルシェやレクサスを売った方が、もちろん利幅は大きい。スーツを売るにしたって、一着4万円くらいの大衆向け商品の場合、途上国を含めた厳しい価格競争になるでしょうが、お金持ち向けに、100万円の「あなただけのスーツ」を作って売ることができれば、価格競争などとこ吹く風、「次は1000万円のスーツを売る」ことだって、視野に入ってくる・・・。不動産投資だって、同じこと。できれば、お金持ちが好んで入居し、惜しげもなく大金を払ってくれるような物件を持ちたい、と思うのが自然な人情。私だって、潤沢なお金があればそうしたい・・・。特に、このグローバル経済の時代、どの国でも、お金持ちが好むエリアに不動産を持つ意味は大きい。というのも、この変化の激しい時代において、お金持ちは、好況に強い(お金持ちは金融や資産運用に強い人が多く、かつ強力なファイナンシャルプランナーをいくらでも味方にできる)お金持ちは、不況にも強い(彼らは世界中に分散して資産を持っていることが多いので、一国の経済がコケても他でカバーできたりする)そう考えると、まさにお金持ちこそ、安定した不動産運営の上で、最強の優良顧客なのです。お金持ちが好んで住むエリアの不動産は、彼らの購買力が落ちないと考えられる以上、不況時にも値崩れしにくく、好況時の値上がり期待も大きい・・・この仮説は、日本を含めた多くの国の不動産マーケットで実証されています。お金持ちエリアの不動産価格は、賃貸収益に比べ、かなり高くつくのが通常の姿です。不動産投資家の立場からいえば、要は、賃貸利回りが低いことになります。東京都内の例をあげると、(お金持ちエリア)港区広尾あたりの場合築浅ファミリーマンションの価格が、7000万円強賃貸に出すと、月30~35万円外形利回り:5%前後(通常の郊外エリア)板橋区成増あたりの場合、築浅ファミリーマンションの価格が、2500万円賃貸に出すと、月15万円外形利回り:8%前後みたいな数字になりますが、広尾のような富裕エリアの不動産は、今後長期にわたってお金持ちが住み続け、資産価値が保たれる(場合によっては上がる)可能性が強いので、多少利回りが低くても「買い」と判断されることがあります。逆に成増のように、平均的なサラリーマン家族が住むエリアだと、賃貸利回りは良くても、資産価値の保持が難しい(駅に余程近ければ話は別ですが・・・)。グローバル経済の影響を受けて、日本(他の先進国も同様)のサラリーマンも、これから二極化が進んでいくでしょう。生き残れる方の側は、給与水準が落ちず、逆に上がっていくのでしょうが、そうでない側は、途上国との価格競争に圧迫され、どんどん追い詰められていくでしょう。そう考えると、お金持ちとまではいかなくとも、せめて「生き残れる側のサラリーマン層」に選ばれるような立地を選ぶことが、資産価値維持の命運を握るといっても、過言ではないでしょう。そこまで語ったところで、私を含めて、お金持ちの家に生まれなかった者が、いかにして、お金持ちエリアに収益不動産を持つことができるのか?・・・これは、難しい問題です。まず、サラリーマンの初回購入で、いきなり港区や渋谷区の高額物件GET、というシナリオは、よほどの高給取りでない限り、無理でしょう。普通考えて、2回目か3回目で狙うしかありません。そこで、「1回目の不動産購入を絶対失敗しないこと」が、とても重要になってきます。ここでいう「失敗しない」とは、取得した不動産の資産価値が落ちないか、落ちても数百万円程度の損失で済む、という意味です。逆に、数千万円単位で、資産価値が落ちるような物件を選んでしまったら、一巻の終わり。ただでさえ、給料が上がらないこの時代、高額物件GETどころか、一生、ローンに苦しんだ挙句、完済しても資産価値は二束三文、みたいな、笑えない結末になってしまいます。私は、こう考えます。自分や家族が住む家を初回取得するなら、都心近くか、郊外の便利な駅の徒歩圏で、築10~15年程度の中古を安く仕入れる(新築は、絶対に買わない!)。資産価値上昇は期待できなくても、安く仕入れた分、下がっても数百万円程度で済む。繰上げ返済を繰り返し、できるだけ早く完済するのがポイント。それと併せて、資産運用目的の物件を、1つか2つ、仕込む。値上がり益期待なら、豪州やNZ(将来的には中国、インド)など、海外の不動産を、低金利の円ローンを設定して買うことを検討する。日本国内であれば、自分が借金できる範囲で、土地付きのアパートを一棟買いする(その場合、万が一賃貸経営に失敗しても、土地の価値でだいたいモトが取れるか、或いは、駐車場に転用するなど、出口戦略が描ける物件を選ぶ)。或いは、資産価値は上昇しなくても、投資用のワンルームをコツコツ地道に買い足して、安定した賃貸収入を上げて、キャッシュフローを改善する。そうやって、徐々に資金力、信用力をつけたら、一気に「勝負」に出る。満を持して、お金持ちエリアの物件を買う。それに先立って、お金持ちの好む立地、間取り、デザインなどを研究し、彼らの支持を得られるような物件を注意深く選ぶ。私の場合、たとえば東京なら港区や渋谷区の高級住宅街、シドニーならハーバーの見える一等地での優良物件GETを、まだ射程圏内に置いたわけではありませんが、今後、やり方如何によっては、実現可能だと考えています。一日も早く、初回取得物件のローンを完済すること、ワンルームマンションからの収益を再投資し続けること、かつシドニーに持つ不動産の価値が上がること・・・これらが、夢実現の鍵を握ると思います。
2008年08月24日
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今日は土曜日、家族揃って、白金のプラチナ通りに行ってきました。白金といえば、日本で一番お金持ちが集まるセレブな東京港区のなかでも、高級住宅地として知られている場所です。白金を代表する「プラチナ通り」は、街路樹の緑陰の下、瀟洒なブティック、レストラン、ベーカリー、洋菓子店などが建ち並ぶ、おしゃれストリートとして東京中に知られています。白金の街を颯爽と闊歩する、優雅でアクティブな女性は、「シロガネーゼ」と呼ばれ、そのライフスタイルは、東京中の女性の羨望の的(?)ところで、私と家族が、なぜそんな場違いなところに行ったかというと、東京に住む外国人向け生活サイトで、引越しセールを見つけ、その場所がたまたま、白金だったからです。折角の機会だから、白金のプラチナ通りを歩いてみよう今日だけ、シロガネーゼになった気分で、過ごしてみよう(※私は男だから、シロガネーゼにはなれませんが、せめて妻と娘だけは、にわかシロガネーゼに仕立てたい・・・)白金のプラチナ通りは、期待を裏切りませんでした。ハイクラスと気品を感じさせるお店の数々、街の優雅なたたずまい、そして、都心にありながらも、植物園や東大キャンパスの緑に包まれ、まるで自然公園の中にいるような心地良さもGOOD!この界隈では、犬を連れて歩く人の多さに驚きました。ざっと見た限り、犬の数が子供の数の3~4倍はいるような感じ。レストランにも、犬が平気で入ってきます。私が住む江東区あたりでは、逆に子供が多く、犬はほとんど見かけないので、同じ東京でも、ところ変わればずいぶんと違うものです。プラチナ通りでは、犬の排泄物を全く見かけなかったので、飼い主のマナーが非常に良いのでしょう。プラチナ通りでは、イタリア料理店「カフェ・ラ・ボエーム」で昼食を摂ったのですが、この店も素晴らしかった。ヨーロッパ古城ふうの特色ある建物は、入る前から楽しい気分にさせてくれる。プラチナ通りの緑に面したデッキでの食事は、雰囲気満点。かつ、店員さんが、とてもフレンドリーでプロフェッショナルな接客も完璧。子供にも優しく、それでいて、値段はリーズナブル。私たちは、総勢3名で、「明太子パスタ」、「マルゲリータピザ(アンチョビー付)」、「ハーブ鶏肉のロースト(カリカリポテト付)」、「ティラミス」、「シャーベット3点セット」を頼んで、すっかり満腹。でも、お勘定は5100円と、普通の庶民的なイタリア料理店で食べるのとほぼ同じ値段でした。味の方は、ティラミスはこれまで私が食べたなかでも最高の出来。お皿の底の方にコーヒーが仕込んであって、どこを食べても香ばしい。また、鶏のローストも、私と妻のお気に入りのアメリカンレストランWEST PARK CAFE名物、「ロティサリーチキン」と比肩できるほどの美味しさでした。また行きたいです。イタリアンをすっかり堪能した後は、白金台ブックオフ店に直行。この店は、全国のブックオフの中でも、洋書の数がダントツで多く、なんと4万冊もあるという。欧米系外国人が多い土地柄を反映しているのでしょう。行ってみると、ビックリ。なんとブックオフの店内に、カフェが併設されているのです!(リンク)。ここでくつろぐ欧米系外国人の姿も多く、インターナショナルな雰囲気。中に入ると、さらにびっくり。地上1階と、地下1階の書棚に、これでもか、これでもか、という位、洋書がびっしりと並んでいるのです。まるで丸善本店のような充実ぶり。これらが全て古本というところに驚く!しかも英語だけでなく、中国語、韓国語、フランス語、ドイツ語、そして見たことのない東欧の言語など、いろんな言葉の古本が売られていました。物価の高さを反映してか、古本の値段は、洋書、和書にかかわらず、ちょっと高めでした。子供に読み聞かせる絵本は、うちの地元だと105円が普通なのに、白金台店は軒並み210円・・・でも少しくらい高くても、英語の本に飢えていた妻が、何冊も買ったのは言うまでもありません。午前11時から、午後4時過ぎまで、妻と娘は、すっかりシロガネーゼ気分を満喫して(?)、家路に着いたのは言うまでもありません。白金台の駅から、都営三田線と、東京メトロ東西線を乗り継いで、東陽町の駅に下り立った私たちは、夢見心地からさめて、いきなり「現実」に引き戻されました。ここは、同じ東京でも、シロガネーゼの世界ではありません。毎年、夏祭りには何万人もが繰り出して、半纏着て地下足袋履いて、町会のお神輿を担ぐ。盆暮れ正月、節分と七五三は、すべて深川の「八幡さま」で執り行う、この地は「下町」以外の何者でもありません。今日の夕飯時、妻に、「白金みたいなところに住みたいか?」と聞いてみたら、いや別に住みたくない。東陽町の方がいいと言っていました。彼女にとっては、ブティックや古城ふうのイタリアンレストランよりも、「OKストア」、「スーパー太陽」、「うじがわ青果」にママチャリで買い物に行ける下町の暮らしの方が、性に合っているのかもしれません。シロガネーゼはいなくとも・・・下町暮らしは捨てがたい
2008年08月23日
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今日の仕事帰り、新大久保のコリアンタウンでキムチ買って、その後、東京メトロ丸の内線の新宿駅まで歩いて帰りました。その途中に、歌舞伎町を通ったのですが、すごい変貌ぶりに驚きました。歌舞伎町が、普通のまともな街になってる・・・一昔前、東京最大の歓楽街、ピンク街と呼ばれ、ダークなイメージで知られた歌舞伎町ですが、今や小綺麗な街に変貌していました。会社帰りのOLやサラリーマンが、普通に歩いて、飲み食いとかデートしていました。以前、コマ劇場(もうすぐ閉鎖)の裏あたりは、ラブホテル街というか、どぎついピンク一色の世界。まるで暗黒街のようで、とてもOLが歩けるような雰囲気ではありませんでした。それが、今では韓国スーパーとか、オフィスビルやマンションが増えてて、交番もあって、普通に歩ける街になっていました。今から10年前、私は足立区で間借りしていたのですが、そこの大家さんは、歌舞伎町ピンク街のど真ん中、いかにもヤバそうなエリアに住んでいました。実際、その筋の関係者だったという噂も聞きます(分譲型のマンションでしたが、売買履歴を見ると、結構メチャクチャ。最初のオーナーが、ローン払えずに夜逃げした後、誰かが競売で買い取り、その後、何度か転売された後、今のオーナーの手に渡ったようです)。そんな場所に、私がなぜ行ったのかというと、敷金を返してもらうためです。入居時に16万円も払ったのに、退去した時、一銭も返ってこない。ハウスクリーニングや畳替えとかで、お金がいくらか差し引かれるのは分かるけど、でも何の説明もなしに、16万まるまる返ってこないのは納得いかない・・・というわけで、歌舞伎町の住所を探し出して、直談判しようとしたのです。とはいえ、正直、怖かったです。たった一人で乗り込んで、乱暴されたり、監禁したりされたらどうしよう・・・私はお隣のおばさんに電話して、「もし、私が30分で出てこなかったら、警察に連絡してください!」と、言い残したほどです。ですが、幸か不幸か、当の大家さんは不在。私は、「エレガンスマンション202号室鈴木です。敷金返してください」と、扉に貼り紙だけして帰りました。後日談になりますが、私が入居時に払った額のちょうど半分、8万円が、約2ヵ月後に、私の口座に振り込まれていました。ま、そんなヤバかった時代の歌舞伎町も、もう、過去の話になりそうです。来年から、コマ劇場の跡地が再開発されたら、インテリジェントビルとか建って、ますます小奇麗な街になるのでしょうね。
2008年08月21日
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もうすぐ3歳になる我が娘は、英語名、日本語名、中国語名の3つの名前を持っています。さらに、日本とオーストラリア、2つのパスポートを持ち、現時点では、それぞれのパスポートに、違う名前が記載されています。まず最初につくったのは、オーストラリアのパスポート。こちらは、娘が中国で生まれた時につくった、出生証明書を根拠にしているため、中国語名XXXXX(顧翰英)が記されています。その数ヵ月後に、日本のパスポートをつくりましたが、こちらは、日本にある私の戸籍謄本を根拠にしているため、日本語名○○○○○○(鈴木亜州香)が記されています。この面倒くさい状態、もちろん本人には、全く責任ありません。たまたま、国際結婚した家に生まれ、かつ、父親や母親の母国でもない国で誕生した、という複雑な事情があって、結果的に、こうなってしまったのです。とはいえ、これまでは、二つのパスポートに別々の名前が記されていることに、別に不都合はありませんでした。日本への帰国時は日本のパスポート、オーストラリアへの帰国時は同国のパスポートを、イミグレ(入国管理)に提示すれば、それで問題はなかったのです。ところが最近、事情が変わりました。昨今は、オーストラリアでも日本でも、イミグレでパスポートとともに、航空券をチェックするようになりました(テロ対策?不法入国対策?)。娘はたいてい、中国語名XXXXで航空券を買うので、特に日本帰国時に、日本パスポートに記載された名前○○○○○○と「全然違うじゃないか?」と、入国管理官から執拗に質問されるようになりました。世界的に、世知辛い世の中になったものです。という事情もありますので、今すぐではないですが、次回のパスポート更新時(2年後)までには、娘の二つのパスポートの名前を一致させようと思っています。あと、できれば通称名とも一致させたいと思っています。娘のことは、日本でも中国でもオーストラリアでも、誰もが「○○○○○」と呼んでいるのに、この名前が、二つのパスポートのどちらにも表現されていないのは、ちょっとヘンな気もするのです。たとえばの話、こんなふうにできないかな、と考えています。1)日本の役所で、戸籍謄本と住民票の名前を、鈴木○○○○ から鈴木○○○○○○○○ に変える2)その住民票を英訳して、豪州の役所で、娘の名前をXXXXX から鈴木○○○○○○○○ に変える3)最後に、日本と豪州のパスポート更新時に、鈴木○○○○○○○○ の名前でつくる公式の名前を変える手続きって、そもそも可能なのか、どれ位面倒臭いのか、分かりません。実際のところ、どうなんでしょう?また、来年2月に生まれてくる第二子の場合、2つのパスポートに記載する名前は、最初から一致させようと考えています。そのほうが、面倒くさくないもんね。
2008年08月20日
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久々のブログ更新になりました。昨日は、3年に1度の、深川・富岡八幡宮の例大祭(水かけ祭り)で、お神輿を担いできました。私たちが担ぐ、東陽2丁目のお神輿は立派なもので、今回出た55基のお神輿のなかで、3番目に重いとされています。だから、50~60人で担がないと持ち上がりません。が、さすが伝統のお祭り、担ぎたい人はいくらでもいるようで、町内だけで、約500人の担ぎ手が集まりました。お神輿は重く、ずっと担いでいると、肩を痛めてしまいます。そこで、交代で担ぐわけですが、さすがに500人もいて、代わり手はいくらでもいるので、思ったよりラクでした(それ以前に、そもそも担ぐチャンスのない人も大勢いて、彼らはお神輿と一緒に、ずっと沿道を歩いていました)。とはいえ時々、お神輿の重さがかかると、肩に一気にズシーンという衝撃が来ることもあり、今でも両肩が少し痛いです。それにしても、すごい人でした。一町会だけで500人。町会は55もあるので、お祭り全体で万を数える担ぎ手が集まったことは、間違いありません。かつ、それに数倍する沿道の観客。こんな大きなお祭りは、見たことがありません。さすが江戸三大祭りと言われるだけのことはあります。深川の名物といえば、「水かけ」。そう、お神輿や担ぎ手に水をかけるのです。それも、半端な量ではありません。消防車のホースみたいなもので、天に向かって勢い良く放出したものが、ドバドバと降ってくるのですから、目も開けられません。たちまち、全身びしょ濡れになります。沿道の民家や商店も、軒先に水を用意していて、ゲリラ的に、右から左から、水をかけまくるのですから、どこから水が来るのか分かりません。今回、悩まされたのは「寒さ」。昨日の東京は、盛夏とは思えないほどの涼しい陽気。太陽も全然出てきません。だから、水がかかった後、風が吹いたりすると、肌寒いのです。水でびっしょり濡れて、身体と水が密着した状態が、何時間も続いたので、さすがにみんな凍えていました。暑さ対策は万全だったのですが、寒さ対策は全くしてこなかったので、これは盲点でした。でもまあ、幸い風邪をひかなかったので、今日も元気で出勤です。今回は、妻と娘、そして実家の両親も、見にきました。もうすぐ3歳になる娘ソフィアは、お神輿をみて感動したようで、「来年は、赤ちゃん(来年2月に出産予定の第二子)を乗せて、パパとママとソフィアとで、お神輿を担ぎたい」と言っていました。いずれにせよ、来年は4歳近くなるので、子供神輿も担ぐことができるかもしれません。深川のお祭りは、地域総出です。門前仲町を中心に、西は日本橋茅場町から東は東陽町まで、北は白河・清澄に至るまで、地域の小さな商店はたいてい、8月13日あたりから4、5日間、お休みになります。お盆で帰省するのではありません。先祖代々、この地域で暮らしてきた彼らは、東京下町が故郷です。新幹線やマイカーで一家総出で地方に帰る代わりに、彼らは地元で、お祭りに参加するのです。このように、地域の人が力を合わせるイベントがあることは、子供の教育上も、とても良いことだと思いました。
2008年08月18日
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一昨日、新大久保に行ったばかりなのに、今日もまた、懲りずに新大久保・・・。もちろん、友人と連れ立って、美味しいものを、食いに行ってるわけですが、たとえ食事の予定がなくても、なぜか自然と、新大久保に足が向いてしまう、今日この頃です。もし東京に、新大久保がなかったなら、この大都会での生活は、どれだけ味気ないものになっていることでしょう・・・・新大久保、ここは日本最大最強の、アジアン・エスニックタウン。東は韓国・台湾から、中国、フィリピン、タイ、インド、ネパールを経て、西はレバノン、トルコまで、アジアのあらゆる国の食堂、食料品店、雑貨屋、ネットカフェ、カラオケが並び、猥雑な熱気が、四六時中、街を包み込む。素晴らしくエネルギッシュな街です。新大久保が凄いのは、数ヶ月ぶりに行くと、いきなりアジアン食堂や雑貨店が、何軒も増えていることです。一昔前は、JR新大久保駅前の狭い一角だけが、アジアン・エスニックタウンと呼ばれていたのに、今や、西はJR中央線の大久保駅から、新大久保を経て、東は都営地下鉄の東新宿駅あたりまで、約1キロにわたって、ほぼ途切れなく、アジアンなお店が続いています。この勢いは、止まりません。東京という、コスモポリタンな大都会のエネルギーを、ここほど実感できる街は他にないでしょう。その新大久保で、今日、私は重要なミッションを帯びていました。「中国語のTV放送に対応した、衛星放送を設置すること」です。うちの奥さんの強いリクエストであることは、言うまでもありません。日本で中国語放送を視聴できることは、私も以前から知っていましたが、どこにいけば手続きできるのか、私は知りません。でもまあ、新大久保に行って、中国人の経営する雑貨屋で聞きまくれば、手がかりくらいはつかめるだろうと思った・・・私はいつしか、JR大久保の駅前に立っていました。大久保から新大久保までは、徒歩で5分とかからない距離ですが、その狭い範囲に、しかも大久保通りの北側だけで、私の知る限り、3軒の中国雑貨店と、2軒の中国ネットカフェ、そして無数の、中国料理の店が並んでいます。そんな土地柄もあって、この界隈では、日本語があまり聞こえてきません。ひたすら、韓国語と中国語の世界です。まず、一軒目の中国雑貨店に入る。まず日本語で、「中国語のTV番組が見られる衛星放送を探しているのですが、この店で手続きできますか?」と聞いたところ、答えはNo。お店の人の反応もいまいち。気を取り直して、二軒目に入る。今度は、中国語で聞きました。そしたら、お店の人は、「この店では手続きできないけど、中国のネットカフェに行けば、たぶん手続きできるよ」と、親切に教えてくれました(もちろん中国語で)。私は、雑居ビルの3Fにある、中国人しかいない、薄暗いネットカフェに行き、同じことを聞いてみる。あいにく、この店では、手続きできないとのこと・・・うーむ残念。私はめげずに、新大久保駅近くにある、3軒目の中国雑貨店に入り、同じことを、中国語で聞いてみる。そしたら、「大富テレビ」という会社で、手続きできることを知りました。電話番号も聞きだし、とりあえずミッション達成。ホッと、胸をなでおろしました。あと数週間もすれば、我が家の裏庭にパラボラアンテナが入り、台湾のバラエティ番組とか、香港の映画ばっかりやってるチャンネルとか、もう、見まくりでしょうな♪今日は、韓国刺身のコースを食べました。うまかったー!
2008年08月13日
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北京五輪、日本チームは立ち上がりで少しつまづきましたが、エース北島の金メダルで、一気に勢いづいた感があります。それにしても、すごいですね中国と韓国のメダルラッシュ!世界のスポーツ強国の座は、欧米からアジアへと、移ってきた感があります。そんなアジアの快進撃のなかで、いまいち振るわない大国といえば、インド。インド企業に勤め、日々、インド人に囲まれて働いている私にとっては、どうしても気になる国です。そのインドですが、今日、射撃種目で初めて金メダルをとったようです。同国にとって、五輪史上、初の個人競技の金。逆にいえば、これまで、団体競技以外の金メダルを一つもとったことがないわけで、人口11億を抱える超大国の割に、スポーツはからっきし・・・というお国柄がうかがえます。ところで、インドといえば、世界のIT大国、オフィスサ-ビス大国・・・頭脳と資金、起業家精神にも恵まれ、経済・ビジネスは絶好調です。億万長者が、アジアで一番多い国として、ブイブイ言わせています。国力も年々、うなぎのぼり。そのインドが、将来、オリンピックの開催国となることがありうるのか?宿命のライバル・中国が北京五輪を成功させれば、インド人だって、絶対にやりたくなるはず。かの国の、オリンピック開催能力は国力の面でいえば、もう十分に備えているでしょう。お金も、うなるほどある。インフラ整備が遅れている(中国よりトロい)のが気がかりですが、オリンピックの開催が決まってから、開会式まで、6~7年の時間があるので、その間、血相変えてインフラを整備すれば、たぶん間に合うでしょう。開催都市候補は、本命:デリー対抗:ムンバイ、バンガロールといったところでしょうか。特に、首都デリーはインフラ整備が比較的進み、規律もあり(他都市に比べ、人々が比較的、ルールを守る)、何といっても政府のお膝元なので、最有力候補であることは間違いなし。対抗馬は、インド最大の経済都市・ムンバイ(ボンベイ)か、世界のIT首都・バンガロールか。コルカタ(カルカッタ)やチェンナイ(マドラス)も大都市ですが、これらの都市でオリンピックを開催するような予感は、あまりしない。もう一つの懸念は、インドのスポーツ競争力がいまいち、という点ですが、国として、選手強化に力を入れ始めているようではあります。テニスやバトミントンで、結構優秀な選手が出てきましたもんね。一つ、間違いなく言えることがあります。インドがオリンピック開催国になったら、クリケットが五輪競技に加わるということ。インド人にとっての、我的最愛運動項目・クリケット。皆さん、クリケット命。クリケットは宗教・・・ですから、スポンサーもたくさんつくんだろうな。
2008年08月12日
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愛犬家の皆様、すみません。今日の仕事帰りは、友人と連れ立って、総勢5名で、新大久保で犬肉料理を食べてきました。千里香 (中国延辺宮廷料理)〒169-0073 東京都新宿区百人町1-7-10 細野ビル2F03-5338-6918「ぐるなび」には、さすがにお犬様料理のことは、書いていませんが、メニューを見ると、犬料理が8種類もある!とりあえず、犬鍋3人分と大皿の犬肉盛り合わせを頼み、あとは羊の串焼きなど、盛り合わせを22本と、野菜類を2皿注文。さすがにこれだけ食えば、5人ともいい感じで、満腹になりました。犬鍋とは、こんな感じ。とんこつスープに、犬肉と野菜を入れていただきます。とても美味しかったです。お値段も良心的で、食いまくって、ビール飲んで、お勘定が一人3100円で済みました。犬肉料理は、日本で食べるのは初めてですが、大連に住んでいた頃は、当たり前のように食べてました。週に1~2回くらいは、食べたでしょうか。当地では、ごくありふれた食材です。だいたい、大連の国際空港を下りて、タクシーに乗ると、すぐそこに「狗肉」(犬肉)の看板がありますもんね。もちろん、ペットの犬ではなく、食用に飼育された犬をいただきます。食味は、ビーフみたいで、肉らしくて美味しいです。いま東京では、世界中の料理が食べられます。中国、韓国、タイ、インド、イタリア、フランスなど、メジャーな料理は、どこでもありふれていますし、ブラジル、メキシコ、ベトナム、インドネシア、スリランカ、トルコ、ロシア料理なども急増中。また、普段あまり馴染みのない、ミャンマー、アフガニスタン、レバノン、エジプト、クロアチア、ベラルーシ、西アフリカなどの料理屋も出てきました。東京に居ながら、食の世界旅行は十分できるし、是非やってみたいと思いました。
2008年08月11日
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米国で始まった画像サービス、グーグル・ストリート・ビューが、日本とオーストラリアで公開されたのは、数日前のことですが、それ以来、私の休日の過ごし方が変わりました。グーグル社の提供するストリート・ビューは、道路からの写真画像をウェブ上で公開するサービスです。建物の様子や通行人の姿まで、ハッキリ分かります(顔は、もちろんぼかしてあります)。日本では、東京をはじめ、主要12都市の道路で公開しています。道路からの画像は、本当にすごい!これまで、土地の画像といえば、空からみた航空写真しかなかったわけですが、目の高さからの画像は、土地の様子が、手に取るように、本当によく分かる。どんなに細い道でも上下左右が一目瞭然。住宅の敷地の形状までわかってしまうので、空き巣やストーカーに悪用されるかもしれないな。ストリートビューの例(千葉県柏市)でも私にとっては、別の意味で、すごく役に立ちます。たとえば、いま探している投資物件の住所を入力するだけで、周辺の環境をチェックできるのは有難い。また、オーストラリアの主要都市でも、ストリートビューが公開されたので、私が以前住んでいた、シドニーの家を検索して、友人に説明したり、付近に新しい建物が建ってないか、チェックしたりもできます。また、私がいまやっている、柏インフォメーションセンターの道案内ボランティアにも役立ちます。細い路地が入り組んで行きにくい場所への案内も、ストリートビューをうまく使えば、地図を使うよりも、正確な説明ができるのです。というわけで、ストリートビューさまさまの暮らしを送っている私ですが、現時点では、日本の全ての道路をカバーしているわけではないのが、たまにキズ。首都圏でのカバー範囲東京都内であれば、東京湾岸から奥多摩の山まで、道路という道路はほぼカバーしているので良いのですが、周辺県になると、かなり微妙になります。柏の場合、柏駅西口エリアしかカバーしていませんし、横浜でさえ、中心部はともかく、そこから少し離れるとカバー範囲に入りません。逆に、相模原から藤沢にかけての県央エリアの方が、横浜市内よりもカバー範囲が広いのは何故?シドニーでも、都心部はほぼカバーしているし、Summer Hillの我が家(都心から7km)もカバーしていますが、Parramattaの家(都心から22km)は、まだチェックできません。でも、時間の問題なんだろうな。シドニーの住宅地の様子も、一目瞭然
2008年08月09日
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いま、柏の実家で、北京五輪の開会式を見ています。開会式のセレモニー(マスゲーム)は、すごかった。たぶん五輪史上、最も多数の人間を使ったショーだったかもしれません。8年前、シドニー五輪の開会式も見ましたけど、今回の北京は、あの時の100倍くらいの人数がいたかも・・・。張芸謀監督プロデュースによる、中国4000年の壮大な歴史を表現した、絵巻物のショーは、確かに、すごいスケールでした。溢れ出る中国のパワー(国家の威信)を感じました。でも、1時間のショーは長すぎてねえ・・・論語、紙の発明、活版印刷の発明、鄭和の大遠征まではいいけど、明の時代くらいで、飽きてしまいました。1時間のショーが終わり、夜10時10分頃、いよいよ選手の入場。父も母も、普段は9時頃に寝るんですが、今夜は「日本の選手団が入場するまで寝ないぞ!」と、頑張っていました。北京では漢字の画数順に入場するので、日本(「日」は4画しかない)は比較的早い、23番目の入場。福原愛さんが旗手をつとめる、黒いブレザーを着た日本の選手団が入場した後、父も母も、さっさと寝てしまいました。今は私ひとりで、選手入場を見ています。私はインドの会社に勤めているので、インドの選手団は、どうしても、気になります。フタを開けてみたら、「あれっ」と思うくらい、少ない人数でした。人口11億もいる国なのに・・・インドはほとんど、オリンピックのメダルを取らないようで、唯一(?)、メダルを期待できるホッケーは予選落ちしてしまい、あまり盛り上がってないようです。ま、オリンピックより、クリケットのワールドカップの方が、100倍も盛り上がる国ですもんね。北京の大気汚染や食の安全を警戒して、開会式になっても、まだ北京入りしていない選手が多いとか・・・これまで数年間、中国の空気を吸い、中国のメシを食ってきた私からすれば、「気にしすぎかなあ」とも思うけど、でも選手達はギリギリのレベルで戦っているから、無理もないかもしれません。会場には、福田さんもサルコジさんも、ブッシュさんもプーチンさんもいました。オリンピックって、やっぱりすごいのね。
2008年08月08日
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サブプライムでアメリカバブルが弾けたからというもの、今は世界各地で景気悪いようで・・・日本の景気も、案の定、パッとしません。首都圏なんか、住宅価格が明らかに下がっていて、新築マンションは売れ残りまくり。我が家のポストには、「豊洲駅徒歩10分、築13年、66平米3LDK、角部屋バルコニー付、2,980万円売り出し中」みたいな、大出血安売り物件のチラシが、毎日のように投函されてきます。逆にいえば、投資物件を虎視眈々と狙っている私みたいな人間にとっては、今がまたとないチャンスなわけで・・・去年より今年と、売り出し価格がジリジリと下がるなか、「世の中、大変ねえ。不景気なのね・・」と、静かにほくそ笑む。そして、掘り出し物を見つけると、「あーら、横浜ちゃん見っけ!こんなに駅近で、築も浅くて、430万円ですか・・・そんなに安くていいのフォッフォッフォッ・・・」と、笑いが止まりませぬ。実際、地価下落傾向を受けて、これまで「相模原・町田エリア」に注目していた私の目は、いまや立地的に1ランク上の「横浜エリア」に向かいつつあります。これまで、「相模原で買えれば御の字」だった予算の範囲内で、横浜物件も買える可能性が出てきたのです。横浜市といっても、ものすごく広いわけですが、なかでも立地の良い「横浜中心部」や、「東京寄りの横浜」さえもが、視野に入ってきたのです。横浜物件の魅力は、立地さえ間違えなければ、賃貸需要が旺盛で、かつ、賃料もそれなりに取れることです。だいたい、「ヨコハマ」って名前、聞こえがいいですもんね。港町の開放感と、異国情緒。元町ショッピングに、おしゃれなデートスポットも豊富・・・魅力あふれる大都会・横浜は、いつの時代も、若い男女をひきつけます。年内に、横浜の大家さんになる!カッコいいなあ・・・横浜で、便利な場所なら、自分で客付けもできるかもしれない。夢は広がります。働いてて、ときどき思うこと、「会社に勤めて真面目に働けば、給料も順調に上がり、年金と退職金で、老後の生活も保障される」という言葉が死語になってから、どれだけの歳月が経ったことでしょう。少なくとも私は、「一つの会社に勤め続けて定期昇給とボーナスで収入を上げる」という道を、とっくの昔に諦めています。そういう時代は、日本から過ぎ去ったのです。たとえば、2002年初から07年末までの6年間は、戦後最長の景気拡大局面にあたりますが、その間、日本の名目GDPは、6年間でわずか5%しか増えませんでした。海外への輸出で企業が大いに潤っても、日本国内の経済がほとんど成長せず、日本のサラリーマンの給与も増えなかったわけですから、「実感なき景気拡大」になって当たり前です。今の時代、普通にサラリーマンやっても給料は伸びない。そんな中で、収入を増やしたければ、1)起業して成功する2)転職して、より報酬の高い、チャレンジングな職に就く3)リスクをとって投資して、収益を上げるこの3つしかありません。さらに言うと、1)と2)は、「お金のために一生懸命働く」ことで、若くて元気な頃でないと、やれません(但し、起業してビジネスオーナーになれば、ビジネスを売ったり、経営を任せて権利的収入を得ることも可能・・・もちろん、成功すればの話)。一方、3)は、「お金に働いてもらう」わけですから、老いたり、病気で働けなくなっても、収入が得られます。いまの私は幸い、バリバリ働いて、家族を養って、なおかつ、お金が少しは残る状況にありますから、今こそ、投資をして、「お金に働かせる」絶好のチャンスだと思っています。投資の軸足は、私の場合、もちろん不動産です。オーストラリアの都市なら、マイホームの頭金にもならないわずかな資金で、日本では無借金で不動産(ワンルームや1K)のオーナーになれるのが、大きな魅力です。今年のクリスマスまでには、(昨年末に買った)福岡の物件と、(これから買う?)横浜の物件から、ダブルで家賃が入ってくる状態をつくりたい、そんなクリスマスプレゼントを、自分自身に贈りたいと思っています。
2008年08月06日
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私の娘は、もうすぐ3歳になります。あと3年もすれば、小学校に上がる年齢になります。それまでに、私たち家族は、日本かオーストラリア、どちらの国で子供を教育するか、という難しい問題に、答えを出さなければなりません。幼いうちはまだいいけど、子供が学校に行った後、あまり引っ越したくないですもんね。どちらの国を選ぶにせよ、一つ、ハッキリしているのは、私の願いとして、「せめて小中学校のうちは、地域の公立高校に通わせて、地域のなかで育てたい」ということです。たとえばの話、日本に住みながら、所謂「インター」に通って、英語で教育するとか、豪州に住みながら、日本人学校に行くとか、そういうことは、余りやりたくない。国際結婚した我が家の子供は、英語と日本語、どちらもネイティブになれますので、日豪いずれを選ぶにせよ、普通の公立学校で、地域の子供たちと一緒に育つ上で、言葉の面でのハンディはないと考えます。ちょっと書生論臭いかもしれませんが、私は、「地域の親と、共に子育て・教育することで、その地域をより良くしたい」という願いを持っています。だからこそ、せめて小中学校のうちは、遠くの学校に通わせるのは、できれば避けたいと思っています。また納税者の立場からいえば、安くない税金を払っているのだから、せめて義務教育中は、公教育で育てないと、割に合わないとも思います。「地域で公教育」・・・これが私を含め、多くの親の願いでしょう。いま日本の首都圏で、これを実現するのは、もちろん可能ですが、ただ私が小中学校に通っていた頃よりも、ややハードルが高くなっているような気がします。今、首都圏では、小学校から(早ければ幼稚園から)、私立に通わせることも珍しくないですし、公立でも、越境入学が当たり前になってきました。これは、私の小中学校時代には、ほとんど見られなかった現象です。子供の数が年々減るなかで学校同士が競争するわけですから、小学校自体の淘汰が始まり、人気のある学校には、希望者が殺到する一方、人気のない学校は縮小、統合、廃校・・・という運命が待つようになりました。その選別・淘汰の過程で、一部の公立学校には矛盾が集中し、学級崩壊などの問題が起こるようになってきました。それを嫌って、教育熱心な親は子供を私立に行かせたがる、その結果、公立の教学水準がますます低くなる・・という現象も、一部ではありますが、散見されるようです。これだけ書くと、「日本で子供を教育するのは難しい」みたいに聞こえるかもしれませんが、本当にそうなのか、いま住んでいる江東区と、生まれ故郷の千葉県柏市について、ネットで詳しく調べてみました。私が知りえた範囲では、江東区、柏市とも、多くの場合、自分の居住地域で子供を公立の小中学校に通わせることに、特に大きな問題はないようです。なかには一部、学級崩壊など、矛盾が噴出している学校があるようですが、その多くは、下記の理由による、地域問題が反映しているようです。1)都市型の新旧住民問題高度成長期や、それ以前から、公営の賃貸住宅がたくさん建った地域に、昨今のマンション開発により、新住民が大量に流入してきた地域。公営住宅に住む人々(旧住民)の多くは、所得水準が低く、子供の教育に熱心でないか、仮に熱心であっても、十分な教育投資ができない状況にある。一方、新しいマンションに越してきた新住民(ホワイトカラー層が中心)は、概して教育熱心で、子供に教育投資を行う資力もある。その結果、新住民が地域の公立を嫌い、私立に逃げる傾向が顕著である。その結果、地域の公立校の教学水準は下がり、矛盾が噴出する。2)郊外型の新旧住民問題これまで田園地帯であったところに、鉄道駅ができ、一戸建てやマンションが多く建って、新住民が大量に流入してきた地域。この地域に古くから住む旧住民は、土地持ちであるが故に経済的に豊かで、左団扇でもそれなりに食っていけるため、教育熱心さはあまりない。一方、流入してきた新住民の多くは、土地を持たないサラリーマンで、子供に教育を与えることが階層上昇する唯一の手段であるために、概して教育熱心である。その結果、新住民が地域の公立を嫌い、私立に逃げる傾向が顕著である。その結果、地域の公立校の教学水準は下がり、矛盾が噴出する。どうやら、首都圏における「新旧住民の調和」という、古くて新しい問題が、根本原因のようです。旧住民と新住民、ライフスタイルも価値観も違う者同士が、同じ地域で混ざりあうのは、今も昔も難しいのですね。また最近は(将来はもっと)、地域に外国人の子弟が増えてくるので、エスニシティという、より複雑化した問題も出てくるでしょう。ということは、裏を返せば、新旧住民が、ある程度、調和を実現している地域を選ぶべきなのかもしれませんね。江東区の場合、富岡八幡宮のお祭りがあり、柏市の場合、レイソルがあります。「お神輿を担げばみんな友達」、「レイソルのジャージを着ればみんな友達」・・・新旧住民が、立場や価値観の違いを超えて、一致団結するシンボルがあるだけ、恵まれているのかもしれません。
2008年08月05日
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一昨日、近所の東陽2丁目町会で、お神輿担ぎの説明会があったので、参加してきました。深川の富岡八幡宮といえば、東京下町屈指の名刹。私は幸い、「八幡様のお膝元」に住んでいるので、お神輿を担げるのです♪今年の8月17日(日)は、八幡様で、4年に1度の「例大祭」(おまつり)が行われます。そこでは、深川地区にあるお神輿、計56基が全て担ぎ出されて、街を練り歩きます。お神輿56基というのは、それはそれは、壮大な眺めです。今回のコースは、全長8キロという長大なもの。門前仲町の交差点からスタートし、永代通り、大門通り、区役所通り、四つ目通り、清洲橋通り、それから隅田川を西へ渡って、お江戸日本橋へ。茅場町、霊岸島を通って、再び隅田川(永代橋)を東へ渡って、門前仲町は、八幡様に戻ってきます。我が東陽2丁目は、深川の東のはずれにあるので、朝5時に集合して、地元から門前仲町のスタート地点まで、神輿を担いでいきます。パレードが終わってからも、八幡様から東陽2丁目まで、担いで戻らなければなりません。その道のりは、片道2キロ、往復4キロですから、先ほどの8キロとあわせて、計12キロを、炎天下のなか、歩くことになります。加えて、東陽2丁目のお神輿は、56基中、第3番目に重いので、かなりきつい行程になるでしょう。東陽2丁目のお神輿は、56基中、26番目にスタートします。最初のお神輿は、8:30に門前仲町を出発しますが、26番目まで順番を待つのに、1時間ほどかかるので、我々は9:30頃の出発になります。また、最初のお神輿が八幡様に帰ってくるのは、午後2時頃ですが、我々は26番目なので、3時頃の帰着になります。経験者の話では、行程8kmの終盤、永代橋を渡って深川に戻ってくるのが、最高に気持ち良いとのこと。お神輿を担いで、何百人も通る時、永代橋がグラグラと、揺れるんだそうです。ところで、先日のお神輿担ぎの説明会で、お神輿記念Tシャツを紹介されたので、地元のスーパーで、早速、買ってきました。出費は1000円。これを着て、東陽町の街を歩くと、同じTシャツを着たおじさん達が、気軽に声をかけてくれます。「今年も担ぐんですか。頑張りましょう」と・・・わずか1000円のTシャツが、私と地域との関係を、ぐっと近づけてくれたような気がします。人間関係が稀薄になりやすい、大都会・東京にあっても、ここ下町は、完全に匿名の世界ではありません。新住民もたくさんいるけれど、代々、東京に住んでいる人たちも多い。この人たちは、一見、とっつきにくいけれど、一緒にお神輿を担ぐと、すぐ仲間になれる。誰でも笑顔で受け入れてくれるのです。お神輿は、今も昔も、下町の心意気。この地域に住む誰をも、暖かく受け入れてくれる、魔法の玉手箱。そんな下町に暮らす幸せを、今しみじみと、かみしめています。
2008年08月03日
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海が見たくなったので、湘南(藤沢市)に行ってきました。今回は「海を見る」他に、もう一つの目的があります。それは、「柏のライバルである、藤沢市と茅ヶ崎市を偵察する」ことです。この2市の所得水準は、柏エリア3市(柏市、流山市、我孫子市)とほぼ同じレベルで、今後も、ライバル視し続けるべき存在だからです。今回は、藤沢市のなかで、3つの町を歩いてきました。「藤沢駅」、「片瀬江ノ島」、「湘南台」です。茅ヶ崎までは、足を伸ばせませんでした。湘南への道「湘南」と聞いて、私の世代が真っ先に思い浮かべるのは、「サザンオールスターズ」!残念ながら解散してしまいましたが、30年にもわたって、湘南の海と、街と、人々を歌い続けてきた「サザン」の存在感は、未だに健在。今後、日本から、彼らを超えるバンドが出てくるのだろうか・・・。サザンの他に、湘南茅ヶ崎が生んだスターといえば、「若大将」こと加山雄三がいます。彼もまた、湘南の海が似合うキャラクターといえましょう。こうした人々の貢献とマスコミの力で、海、太陽、若者という、湘南の肯定的なイメージ、そして「湘南ブランド」がつくられていきました。私も幼い頃から、「湘南といえばサザン」の公式が、すっかり頭に刷り込まれています。湘南へ向かう東海道線の車中、頭の中では、サザンの曲が、ガンガンかかっています。♪~砂まじりの茅ヶ崎~♪♪~江ノ島が見えてきた~♪♪~烏帽子岩が遠くにみえる~♪湘南気分が、だんだん盛り上がってきます。東京の通勤圏でありながら、リゾート地の要素も持っている。その非日常感が、湘南の魅力でしょう。湘南とは?「湘南」という言葉を、これまで何気なく使ってきましたが、そもそも湘南とは、どこからどこまでを指すのでしょう?一般には、江ノ島を中心とした相模湾岸一帯。藤沢、茅ヶ崎、そして鎌倉、逗子あたりを指すのでしょう。つまり、相模川の東側(東京に近い方)です。ですが意外なことに、「湘南」発祥の地は、相模川の西、大磯です。この地方の中心都市・平塚市が、周辺市町村を合併して「湘南市」を名乗ろうとして、相模川東側の各市(特に茅ヶ崎市)から猛反対を受けて、結局実現しませんでした。湘南はブランド価値の高い地名なので、分譲住宅地も、湘南の名をつけた方が高い値で売れるそうです。その結果、海から遠く、一般的な「湘南」のイメージからかけ離れた地域までもが、「湘南」を名乗っています。その上、1994年に陸運局の「湘南ナンバー」ができ、丹沢山地の麓、秦野市や伊勢原市までが、湘南ナンバーエリアに加わりました。湘南の範囲は、どんどん広がっているようです。エリア考察1「藤沢駅周辺」電車が、いよいよ藤沢駅に滑り込む少し前、線路際に"50"の立て札がありました。つまり、「東京駅から50km離れた地点」という意味です。藤沢駅の位置は、東京駅から51.1km (JR東海道線)新宿駅から55.4km (小田急江ノ島線)普通、東京都心からこれだけ遠ければ、通勤者に敬遠されて、人口流出(都心回帰)が起こるのが常ですが、藤沢市の人口は順調に増え、今や40万人を超えています。海に近く環境が良いことと、湘南のブランドイメージが、人々をひきつけるのでしょう。藤沢駅は、JR東海道線、小田急、江ノ電が接続する大きな駅で、北口にも南口にも、バランス良く繁華街が広がっています。どちらにもペデストリアンデッキがあって、小田急、ビックカメラ、OPAなどが並び、一見、柏か大宮みたい。東急ハンズは、最近撤退したそうです。あと、南口の駅から離れたところに、イトーヨーカドーがあります。藤沢市だけで、人口40万人。近隣の茅ヶ崎市などからも、買い物客が来ているようで、それなりに人通りが多く、賑やかです。但し、藤沢市北部(湘南台、長後など)の人は、藤沢駅よりも、町田方面に買い物に出るようです。全体的な印象として、おしゃれな店は少なく、街を歩いている人も、若者より高齢者が断然多い。横浜・東京方面に簡単に行けるので、若者はそちらを目指すのでしょう。とはいえ、さすが湘南だなあと思ったのは、かなりお年を召した老紳士が、藤沢南口のオープンカフェで、女子高生をナンパしていたことです。ちょっとチョイ悪系(死語?)でしたね。どっちみち歳を取るなら、ああいうかっこいい男性になりたいな(でも、私は女性に対してとてもシャイなので、ナンパはできそうもない)。エリア考察2「片瀬江ノ島」言わずと知れた、ビーチリゾート。サザンの影響もあって、全国的な知名度を誇ります。藤沢駅前は、高齢者の世界でしたが、海岸は完全に、若者の世界です。江ノ島を目の前にした東浜ビーチは、若い男女があふれ、とても賑やかです。女の子の比率が多く、皆さん水着も大胆で、私は鼻血が出そうになりました。とはいえ水質は、とても泳げたものではありませんでした。海に入らず、砂浜で海風を浴びたり、ビーチボールで遊んだりするのが良いのでしょうね。この片瀬海岸と、隣の鵠沼海岸は、高級住宅地になっていて、繁華街ではありませんが、センスの良い店が点在しています。このエリアは高齢化が進んでいるようです。若い富裕層が流入するには、東京からの距離がちょっと遠すぎるのでしょうか。海岸沿いに、国道134号が通っており、沿道に高層マンションが建ち並んでいました。もちろん、ビーチの眺望を独り占めです。なんとなく、欧米のビーチリゾートを思わせるエリアでした。エリア考察3「湘南台」藤沢市北部の中心都市。かつ小田急、相鉄、横浜市営地下鉄の接続駅。近年、交通アクセスが劇的に改善され、東京や横浜に直結したので、若者、ファミリー人口が大きく増えています(湘南台の歩き方)。新しい街なので、まだ成熟しておらず、あまり面白味はありません。要はどこにでもある、普通の郊外都市。この駅に入る3つの鉄道が、すべて地下で乗り換え可能なので、買い物客が街に出ていかないのでしょう。駅の東西に巨大なパチンコ屋があり、小田急系の店が多いことが、印象的でした。同じ藤沢市でも、南部と北部は、お互いの交流は少ないようです。湘南台など北部地区は、「湘南」の名はついていても、海とは縁がなく、むしろ「相模」と呼ぶべき地域でしょう。今後、湘南台が発展すれば、藤沢駅のようにはならず、同じ小田急沿線の相模大野みたいになっていくような気がします。全体的な印象ですが、藤沢、江ノ島、湘南台、いずれも街としての面白味には、やや欠けます。その代わり、「良い意味での地元感覚」が横溢していて、背伸びせず、肩肘張らずに人生を楽しんでいる人が、老若男女とも多いのが、印象的でした。それだけこの地域は生活水準が高く、暮らしに余裕があるのでしょうね。また、いつでも気軽に海に行けることが、この地域の人々の心を、リラックスさせているのかもしれません。
2008年08月02日
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今日は、勤め先(派遣先)の創立記念日で、会社はお休み♪休みの日に、ついつい、出かけたくなる東京の街といえば、やっぱり、新大久保コリアンタウンですね。新宿からJR山手線で次の駅、新大久保は東京で一番、マルチカルチュラル(多文化)な街と言って良いでしょう。韓国料理屋をはじめ、安くて美味しいアジアめし屋が、百軒以上も密集している、とても素晴らしいところです。この街は、コリアンタウンと呼ばれますが、実態はむしろ、アジア全域から人を集める、混成エスニックタウン。おおよそ、日本と国交のあるアジアのあらゆる国・地域の食堂、食料品店、雑貨屋がひしめいています。たとえば、韓国料理屋の隣りに、中国東北部・延辺地方の料理屋(羊肉串、場合によっては犬肉などを出す)、その隣りがネパール料理店とマレーシア料理店が入居している雑居ビルで、階段を上がるとそこはインド雑貨店・・・みたいな風景が広がります。新大久保に集まる人々は、アジア各国からの留学生と、日本で商売したり、勤めに出ているアジア人定住者、そして、韓国などからの旅行客など、さまざまです。この街を歩いている人も、日本人よりアジア系外国人の方が明らかに多く、韓国語、中国語、タイ語だけで書かれた張り紙・看板の類も多く見かけます。アジア各国の言語によるフリーペーパーも多い。そんな新大久保を歩いていて、ふと、小さい韓国料理店に目がとまりました。【ハングル文字のメニュー】サムギョプサルのセット 500円 (留学生価格)テジカルビのセット 750円 (留学生価格)【日本語のメニュー】各種ランチ 一律1000円幸か不幸か、私はハングル文字が読めます。だから、「なるほどねえ。ここは日本人より、韓国人同胞に安くメシを出す店なのか」ということが分かりました。そこで、店内に入り、「テジカルビを留学生価格で食べさせて欲しい」と、日本語で頼みました。私は以前、シドニーに住んでいたとき、これをよくやりました。移民国の大都会・シドニーでは、世界中のあらゆる料理が食べられますが、なかには、「同胞に特別価格で料理を振舞う」店が、多く含まれていました。たとえば、ベトナム料理店で、英語メニューだと10ドルなのに、ベトナム語だと同じものが7.5ドルだったり・・・。「美味しいものを、少しでも安く食べたい」一心で、私はいろいろな言葉を学びました。ベトナム語、アラビア語、フランス語に関しては、コミュニティカレッジで学んだほどです。私はフルタイムの仕事を持つ身、外国語を一から学ぶのは、大変骨が折れることですが、でも、自分の好きな料理の名前を覚える位なら、数ヶ月程度の学習で、できるようになるだろうと思ったのです。学習の甲斐あって、アラビア語やベトナム語のメニューを解読し、安くて美味しいものに、何度かありつくことができました♪このテクニックは、日本の新大久保でも通じました。韓国人の店主は、韓国人じゃない者がハングル文字メニューで注文したので、びっくりしてました。最初は、「済みません。これは留学生だけのメニューなんですが・・・」と断っていましたが、私が、「いいじゃないですか。日本人がハングル解読したんだから、留学生価格で食べさせてよ!」と言って、押し切りました♪私は最初、中国人留学生だと思われていたようですが、実は日本人のサラリーマンで、ITの仕事をしている等々、身の上話をしているうちに、韓国人店主ともどんどん打ち解けてきました。彼は、40代前半。日本に来て13年目だそうです。13年前といえば、韓国で経済危機(IMF時代)が勃発した2年前ですが、その頃から、彼の出身地、全羅南道(韓国西南部)の小さな街では、すでに景気が非常に悪くなっていたそうです。日本に来て、2年ほど頑張って、稼いで、故郷に帰ろうと決意して来日したのですが、商売でつまづいたり、日本人の奥さんをもらったりと、いろいろなことがあって、気がつくと、もう13年目。韓国に帰りたい気持ちはあるけれど、あちらの生活(商売)もなかなか厳しく、なかなか踏ん切りがつかずにいるそうです。彼は言います。日本の商売は、本当に厳しい。実際、ここで商売する韓国人の9割は、失敗しているなんだそうです。日本の飲食店商売には、物価や家賃の高さ、激烈な競争という事情があるのでしょうが、どの国でも、外国人が商売して身を立てるのは、本当に大変なことなんですね。私も、かつては自分自身が「移民」だったので、そのメッセージが、じーんと来ました。彼はさらに続けます。韓国は狭い国で、人口5000万人もいるので、米国や日本、中国など、世界中で、本当にたくさんの韓国人が、移民として暮らしている。これから、韓国人はマーケットの大きい中国に、どんどん引き寄せられていくと思う今後はやっぱり、中国の時代になっていくのかな・・・確かに、中国東北部の、青島、大連、瀋陽といった都市には、韓国企業が多く進出し、たくさんの韓国人が暮らしていました。あと、韓国人の留学生も多く、彼らは中国での就職を目指していたことを、思い出しました。なかには、小学生の子供を、中国に送り込む韓国人の親もいるらしい!!日本の商売は厳しいけど、アルバイトの条件が良いので、日銭を稼ぐにはいい所だと、彼は言います。そのアルバイトとは、タイル貼りなど、肉体系の仕事。こういう職場には、特に中国人が多く、韓国人、日本人も、たくさん働いているそうです。彼の話を聞いていると、多民族・多文化社会への変容を遂げつつある、東京という大都市の最前線を見たような気がしました。東京にも、閉鎖的な面は多々ありますが、でも新大久保には、多文化の共生を楽しむ雰囲気が漂っているので、私には居心地の良い場所です。テジカルビを食い終わった私は、しっかり、割安の留学生価格を払って、お店を後にしました。お腹もお財布も、満足です♪ハングル読めれば、東京でもそれなりに役に立つのね。
2008年08月01日
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2007年の、日本人の平均寿命(0歳児の平均余命)が、発表されました。男性 79.2歳 (世界3位)女性 86・0歳 (世界1位)だそうです。改めて、すごい長寿国なんだなと思います。男でも当たり前に、80年生きるのか・・・私が幼かった頃は、確か「男性72歳、女性77歳」と言ってたので、その時点から8年前後、平均寿命が延びてきたんですね。そんな長寿国日本と、肩を並べる存在といえば、同じアジアにある「香港」。その平均寿命は男性 79.4歳 (世界2位)女性 85.5歳 (世界2位)だそうです。特に男性の平均寿命は、日本を抜いており、いつも世界のトップクラスにいます。先進国のなかでいえば、日本も香港も、衛生環境はともかく、生活環境はベストとは言い難く、過密と狭い住宅、長期間労働とストレス、(特に香港では)都会の空気の悪さや農薬付けの食品、みたいな問題も大きいわけですが、それでも、生活環境に恵まれた他の西欧先進国より、平均寿命が上回っているのは、なぜなんでしょう?欧米人より、まだまだ、肥満が少ないからか?香港は、人々がここまで長生きする上に、出生率が世界最低(0.94、ちなみに日本は1.33)なので、高齢化のスピードは、日本以上といえましょう。香港人の平均年齢は、すでに40歳に達し、日本人平均の43歳に迫っています。いま、先進国の寿命の伸びを抑えているのは、ガンによる死亡と言われていますが、私が高齢になる頃には、ガンの治療法も確立されているかもしれないので、平均寿命は、さらに伸びるかもしれませんね。90歳まで生きるのが当たり前になるとか・・・日本では、人数の特に多い団塊世代(現在60歳前後)も、順当に長生きするでしょうから、年金制度や医療制度は、これから大変だよなあ。実際、三大死因(ガン、心疾患、脳血管疾患)が完全に克服されると、日本人の平均寿命は、男性 87.4歳女性 93.1歳になるそうです。人生90年時代になるわけですね。余談ですが、私が以前住んでいたオーストラリアも、先進国の中では長寿で知られています。最新の平均寿命データは、男性 78.7歳女性 83.5歳となっています。この数字は米国よりずっと高く。日本・香港に次ぎ、北欧諸国並み。特にアジア人移民の寿命が長い(健康診断やって合格した人だけが、永住権もらうからなあ・・・)。さらに余談ですが、私の地元・千葉県東葛地域の平均寿命は、全国平均より半年~1年程度長いです。実は長寿エリアだったんですね(注.2006年時点で男性の平均寿命が80歳を超える自治体は、全国のトップ5~6%に入っています)。【男性】(2006)流山市 80.2 ***千葉県で2位我孫子市 80.0 ***千葉県で3位柏市 79.7 ***千葉県で5位(全国 79.0)【女性】(2006)流山市 86.4 ***千葉県で1位柏市 86.1 ***千葉県で2位我孫子市 86.0 ***千葉県で4位(全国 85.8)
2008年08月01日
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