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今日もいやな雨―午前中は、金沢市内を遊説。雨の中工事作業中の方も、にっこり笑って激励してくださいます。「ごくろうさま」と声をかけました。 午後、傘をさしつつ党支部の方と行動。焼肉屋さんを経営する女性は、「佐藤さんの顔写真いりのチラシ、外は無理だけど、店の中にはっとくよ。『しんぶん赤旗』も、とりたいんだけどお金がなくてね。この新聞を店に置いといてみんなに読んでもらうようにするわ」。クリーニング店を経営されている方に年金改悪のことをお話しすると、「え~そんなにひどくなるの?」。「いつも共産党に投票してるけど、今度も入れるわよ」と激励。お花屋さんのご主人は、「ここ40年投票にいったことない」と共産党に対する苦言も聞かせていただきました。胸がつまる思いだったのは、一人暮らしのお年よりの女性―「恥ずかしいほど少ない年金暮らし。よろしくお願いします」とのこと。「年金が少ないからって恥ずかしいことなんてないですよ。いままでずっとがんばってこられた方が、安心して暮らせる世の中にするのは政治の責任です。」とお話しさせていただきました。お年よりの方に、年金が少ないからと恥ずかしい思いをさせてしまい、さらに年金を削ろうとする―こんなひどい話はありません。ほんとうに、自民党・公明党の政治に怒りを覚えます。他にもたくさんの方とお話しして、くらしの大変さを実感し、「政治を変えたい」との思いを強くした行動でした。 「今まで聞いたことがない話を聞けて良かったわ」と、一緒に同行していただいた党員の方も元気になってくれたようです。 夜も傘をさしながら党支部の方と行動。私の顔みるなり、「おー、佐藤さんか。がんばれよ」。別の方も、「『しんぶん赤旗』か。悪いこと書いてあるわけじゃないしな。入れといて」と読者になっていただきました。後援会ニュースを読んでいただく方もたくさん増えました。 事務所に戻って、マスコミの方からのアンケートにこたえるべく、政策担当者と意見交換。苦言を呈するようで恐縮ですが、どうもアンケートの選択設問のやり方には困ってしまいます。「もっとも近いものを選んで下さい」と言われても、それにあてはまらない場合もあるし、そういうときの「その他」の欄もない。なにかマスコミの方の求める枠にはめられる感じで窮屈。多様な意見があるのは当然だし、その意見がきちんと反映されるのが、政治の場でこそ大事だと思うのですが…。 子どもたち、青年たちの気持ちがわかるような気がします。納得できない規則などにしばられ枠にはめられたり。また、「こうあってほしい」「こうあるべき」などの枠のなかで、期待されること、求められることができないと、もがき苦しんだり、「どうせ自分なんて」などと傷つき、自暴自棄になる―これは少なからず大人たちの世界にも言えることではないか?多様な生き方、多様な価値観があっていいし、それを理解しあうこと、理解しあえるだけのゆとりが必要ではないか?そんなことを思いながら、回答をすませました。いささか考えすぎ、論理の飛躍でしょうか? 資料整理を終えると、すっかり遅い時間に。ようやく帰途につくことができました。
2004年05月31日
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午前、地元の党支部の方と行動―升きよみ金沢市議も参加されました。「演説会での話し、良かったよ」とみなさんに声をかけていただきうれしい限り。さすが升さん―行動を通じて、「しんぶん赤旗」読者がたくさん増えたようです。 午後、どしゃぶりの雨に悩まされながらも金沢市内を遊説―アパートの2階の窓をあけ、あかちゃんをだっこしながらずっと演説を聞いてくれていた若いお母さん。「かわいいですね~」と声をかけるとにっこり。スーパー前では、ずっと演説を聞いてくださっている男性の姿。さっそくかけよってお話しをすると、「『しんぶん赤旗』を読みたい」とのこと。街頭宣伝で「しんぶん赤旗」読者が増え、同行していたみなさんもびっくり。 上荒屋では、手をふって大きく激励するドライバーの方。外で遊んでいたこどもたちは、宣伝カーを取り囲み「僕にも乗らせて!」。その中の女の子は、ずっと演説を聞いてくれてました。「いくつになった?」「8歳」「小学校2年生か。学校楽しい?」「うん。今度いつくるの?」―こう聞かれて、なんとこたえていいものやら―「また来るねー」。宣伝カーの運転手の方(昨年の総選挙で、専任ドライバーをしていただきました。安心して運転を任せられる方です。苦楽をともにした方だけに、この方の顔をみるとほっとします)は、「またファンをつくったんじゃないけ?」。 行動を終えて事務所に戻ると、昨年総選挙でお世話になったKさんが。「佐藤さん、演説会での訴えよかったけど、ひとつだけ物足りないことがあるんだけど…」とのこと。「拍手をもらう場面を、もう一つ二つつくったほうがいいね。拍手のタイミングのがしてしまったよ。短い時間のなかで、たくさんのこと話したいからたいへんだろうけど、話が長くなると集中力が続かなくなるしね」―私自身、同じような思いをもっていただけに、「さすが!鋭いですね」。率直な意見を出していただく方がいるというのは本当にうれしいものです。こうやって、みなさんに育てていただいているんだな、と思います。さらなる飛躍と成長へ、ご意見に率直に耳を傾け、また率直な意見を寄せていただけるような人間にもなり、謙虚に学び、学びつづけ、常に前進する姿勢を忘れないようにしたいものです。金子満広・前衆議院議員の口ぐせ―「人生つねに始発駅」を思い出しました。 夜、職場支部の方と行動―年金問題で、パンフレット「こんにちは日本共産党です」を使って対話すると共感が広がります。「税金の使い方、集め方を変えれば、安心できる年金制度つくることができます」とお話しすると、「ほんとにそうよね」。別の方は、「しんぶん赤旗」日曜版のトヨタ自動車が1兆円の純利益をあげたことを報じる紙面もお見せすると、「このあいだニュースでやってましたね」。「国民年金の保険料に上限があるというのはうそであることが明らかになりました。保険料は3万円になることも。お子さんが大学卒業しても就職すら厳しい状況のなかで、1万円札が3枚あっても足りない保険料になったらたいへんです」とお話しすると、「ほんとうですね」。行動を通じて、お二人の方が「しんぶん赤旗」日曜版読者に。すでに読者になって頂いている方は「あら、佐藤さん。こんな格好ですみません。日曜版は、いつも役に立ってます。がんばってくださいね」と、募金もいただきました。 明日も終日金沢で行動です。
2004年05月30日
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午前、小松市の加南地区委員会事務所で、橋本米子市議らと合流。旧市内10ヶ所で訴えました。小松駅前では、「弱いものいじめはいかん。年金のこともっと訴えてくれ」と駆け寄る男性、手をふるたくさんのドライバー。各所でも、玄関先で椅子に座ってずっと演説を聞いてくださる方、外に出てきて演説を聞いてくださる方はじめ、自転車で通りがかった方は「ごくろうさま。がんばって下さいね」と声をかけてくださいます。「予想以上の手ごたえがあるね」と橋本市議。強い陽射しでしたので、日焼け止めクリームの差し入れまで。 午後も橋本市議らと行動。「はじめて党への支持を訴えるのよ」と同行された女性の党員―「近くに共産党の人がいるから、いつも応援しているよ」との話にびっくり。ある男性は、「もっとがんばってほしい。日本全体がゆきづまっている。戦争は狂気の沙汰だ。誰も農業継ぐもんがおらん。月5万くらいしかあたらないようじゃ、みんな外に稼ぎにでてしまうわな…」と深刻な面持ち。「ほんとうにがんばります」。 夜も小松市内で行動。初老の女性は、心の病をもつ息子さんをめぐる深刻な状況をお話ししてくださり、なんとか解決したいと早速橋本市議に連絡。「しんぶん赤旗」読者の男性は、「もう一杯やってて…ごめんね。わざわざありがとう」「直接会ってみて、あんたにほれたよ。支持を大きく広げるために、もっともっと回りな」と、党への期待をこめたいろんな注文も出していただきました。「おっしゃるとおりです。私自身の生きざまなどを通じて、党への理解が広がるようがんばります」。 金沢の党事務所に戻る途中、疲れを癒す「ZARD」の曲。少し資料整理などして、「しんぶん赤旗」日曜版の配達をすませて帰宅。 明日からは天気が崩れるようです―どんな服装にするか、悩む今日この頃ですね。体調を崩しやすい時期かと思います。みなさんも、どうぞお気をつけ下さい。
2004年05月29日
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朝、労働者後援会のみなさんと、金沢市内で訴え。杖をついて歩いていた初老の男性が、杖をふって激励してくださいます。 野々市町へ移動して、汗ばむ陽気のなか、岩見博町議と町内を訴え。マンションの2階から、手を振ってくださった方は演説をずっと聞いてくれました。団地でも、お二人の方が聞いてくださいます。別の場所でも、家から出てきたかたが手を大きくふって激励。 午後、松任市へ移動―宮岸みなえ市議宅で少し休憩させていただきました。出発前、病気で命を落とした青年党員のことを聞きました。少しの期間でしたが、いっしょに活動したこともあり、なにより誠実な好青年だっただけに、無念でなりません。親御さんたちのことを思うと胸がはりさけそう―機会をみてご自宅にお伺いししたいと思います。 悲しみを胸に、松任市内を遊説―スクーターや単車に乗っている青年も手を振っての激励。自家製かきもちの差し入れに、ずっと演説を聞いてくれる方も。 宮岸さんにはほんとうにお手数をかけてしまいましたが、手製の夕食をごちそうになりました。手作りの料理はめったに食べられないので、うれしいかぎりです。 夜の行動では、数年ぶりに対話する方もたくさんおられましたが、「年金けずられるとほんとに困る」「介護保険の負担が大きくなるなど、くらしがたいへんだ」などの切実な声とともに、「選挙ではずっと共産党にいれてるよ」との激励があちこちで。夕食時のお忙しい時間帯なので、「いまちょっと手が離せないので…」という女性も。「すみません。お忙しいときにお邪魔して…」と恐縮です。隣にいた娘さんは、「すごーい。街頭でみたことある。すごーい。すごーい」とのこと―気恥ずかしいかぎり。10年ぶりに「しんぶん赤旗」になっていただく方もうまれました。 事務所に戻ると、お忙しいときにお邪魔してしまった女性から電話が入ったとのメモ。「ご本人が見えられましたが、取り込んでいて十分な対応ができず、失礼しました。よろしくお伝えください」とのこと。こちらのほうが恐縮です。 明日は小松市内で活動―汗ばむ天気なので、半そでのYシャツにかえようと、押入れをひっくり返しました。
2004年05月28日
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午前、午後と党内のミーティング。午後の途中、笠井あきら・前参議院議員(国際局次長)とともに、特別養護老人ホームにお伺いして、「入居待機者家族会」の方々、入居者、職員の方々と懇談(写真左―後列左は私、その右は笠井氏)。冒頭、民放テレビで放送された特養問題のビデオを視聴。出演されている方のお一人は、先日お会いした男性。デイサービスに通う介護度5の奥さんを介護しながら「自分も元気ですから、今は介護が生きがいです」と素敵な笑顔で話されているのが印象的です。 しかし、その笑顔の裏には、相当な苦労が…。 事実、介護度4のご主人を20年介護されている奥さんも介護度1―「私が入院すると、夫も入院せざるを得なかった。在宅での介護は、夜寝られない、精神的に圧迫される―思うようにならないので杖を振り回したこともある。夫は3年待ってようやく入居できた。本人も私も、おだやかになった。入居希望の人が早く入れるように、特養ホームをたくさんつくって」 30年近くリウマチを患い、何度も手術されている女性は、娘さんと夫が亡くなられ「食事もトイレもできない。でもだれもきてくず、一人で泣いていました。もう一人でいられないとホームを申し込みました。3年待ちましたが、ようやく入居でき、職員の方がよくしてくれて、安らかな毎日のせいか、体重も少し増えたほど。たくさんの人が幸せになれるように」 実態をお聞きすればするほど、その深刻さに心が痛みます。金沢市の特養ホームの待機者は1,090人(昨年10月)。2007年までに487床の増床計画はあるものの、追いつきません。それに加え、新型特養(部屋代徴収・ホテルコスト)の導入で、負担は現在のほぼ倍にあたる月10万円。さらに、利用料も現在の1割から2~3割に引き上げることも検討されている今の現実―笠井あきらさんは、お母さんを介護されている経験も話しながら、「来年の介護保険制度見直しでは、みなさんの声が反映されるようにがんばります」。私も、「母のことを考えると他人事ではありません。税金の使い方、集め方をきりかえて、社会保障が予算の主役になるようがんばります」。 「入居できてよかったですね」と、みなさんとがっちり握手。戦前戦後ご苦労されてきたみなさんの手はあたたかい。 いよいよ、日本共産党演説会です。控室で、来るべき衆院選比例代表北陸信越ブロックでがんばる木島日出夫・前衆院議員、そして緒方靖夫・参議院議員(国際局長)とがっちり握手。 舞台袖では、手話通訳の方々とも「お世話になります」。尾西洋子県議の司会ではじまった演説会―木島日出夫・前衆院議員は、昨年総選挙での無念をはらずべく力強い決意表明。 私も思いのたけをお話しさせていただきました。演説後、舞台袖で待機している笠井あきらさんとがっちり握手―笠井さんの細やかな気づかいにふれ、あったか気分に。緒方さんも「いい話しでした」と握手。あまりうまく演説できませんでしたが、思いはみなさんに伝わったでしょうか? 笠井あきら氏は、「政治をカエル(変える)。国会にカエル(帰る)。笠井にちなんで笠をさしたカエルのグッズ」を胸に演説。「二人の母」の話に、感動が広がります。「人殺しさせるために息子を産み育てたんじゃない」と語る自衛隊員のお母さん、そしてヒロシマで14歳のときに被爆したお母さんの平和への思いが活動の原点―車イス生活となった母の食事・介護を、奥さんと日課にしてきた―だれもが認める温かい人柄に、「この人を国会へ再び送るために、そして私も一緒に国会で仕事を」との思いがつのります。演説を終えた笠井さんとがっちり握手。 緒方氏は、国際局長として党の野党外交の体験を交えながら、北朝鮮問題、年金問題、諸外国と比べてあまりに労働者の権利が守られていない遅れた日本の現実などについて演説―「笠井さんは、オールラウンドプレイヤー。国際局でいっしょに活動してきた盟友を国会へ」と強調。私のエピソードにも触れながら、私の押し出しもしていただきうれしいやら恥ずかしいやら―すぐさまこういう形で人の魅力を押し出せる緒方氏のすごさに脱帽です。 (写真左から)木島、笠井、緒方の各氏と手をたずさえ、アピールしたあと、笠井さんが「佐藤さんの後ろついてくよ」と、一緒に駆け足で出口へ。県内各地から会場一杯にあつまって頂いた1,000人の方々とがっちり握手―集まっていただいたみなさんの期待にこたえたいとのあふれ出る思いで、「お久しぶりです」「遠くからありがとうございます」「○○ちゃん、大きくなったねー」…お一人おひとりに声をかけました。「お話よかったよ」と何人もの方から声をかけていただき、涙の出る思いでした。 節目の演説会も終わり、公示まであとわずか―明日からまた全力投球です。
2004年05月27日
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明日の演説会にむけ、演説原稿づくりなど―学習、資料整理なども。 「しんぶん赤旗」にあらためて目を通していると、1枚の写真を見て愕然としました。アメリカABCテレビが19日、イラクのアブグレイブ刑務所に死亡したイラク人男性の傍らで、にこやかにポーズをとる米兵男女2人の写真2枚を公表したとの報道。その1枚が掲載されていましたが、イラク人収容者の遺体を前に、親指を突き上げ笑みを浮かべる米兵の姿―遺体の男性は、中央情報局(CIA)か民間の委託調査官に殴打されて死亡したと見られています。 戦争は、狂気の沙汰―悲しみと憎しみと絶望しかもたらさないことが、誰も目にみても明らかになったと思います。 惨劇が繰り返されるイラク―イラク国民に平穏な日々が来るように、今自分に何ができるか。今まで出会った人たちの顔を思い浮かべながら、庶民の暮らしを応援する政治をつくるために、今自分に何ができるか―あふれ出る思いを、明日の演説会でお話ししようと原稿づくり。10分間という与えられた時間の中で、自分の気持ちをどうやって伝えるか―真剣勝負です。 つくった原稿を見てもらい、意見ももらって、何度も手を入れます。たくさんの人が、日本共産党の姿に勇気と希望を託していただけるような演説会になるよう、自分のもてる力を出し切りたいと思います。
2004年05月26日
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イラク駐留米軍が、イラク西部のシリア国境付近の村を戦闘機で爆撃し、民間人四十人以上を殺害した事件―新郎新婦の命、いっしょにいた子どもたちや女性の命も奪われました。米側は、「外国人戦闘員の隠れ家を攻撃した」「戦争ではよくないこと起こる」と正当化しています。 この惨劇に言葉もなく、また米軍への怒りが、湧き上がってきます。 新日本出版社から、宮本百合子全集(全33巻)が刊行され、全巻完結記念セールが行われており、「しんぶん赤旗」日刊紙ではしの広告が掲載されています。そこに、宮本百合子の文章が引用されていますが、その言葉の重みをひとつひとつかみしめています。・人間の理性と意志とは、様々な架空の名目、美名で人民同士が互に殺戮しあうような欺瞞の誇りや愛国心にまどわされてはならない。戦争で底の底までの被害をうけたのは、どこの国でも、人民男女とその子供たちであった。その損害から恢復するための援助ということに添って、またふたたび、より悲惨な戦争が導き出されるような条件を存在させてはならない。戦争の惨禍にさらされた地球のすべての国の人民は、人民こそ、戦争の犠牲であることを、まざまざと知っている。(1950年12月「戦争はわたしたちからすべてを奪う」より)・戦争は人間の起すものである。人間によってやめることができるものであるし、また人間によってやめさせられなければならないものであるという事を。同時にまたすべての愛の行為とひとしく、平和も、戦争挑発に対する実際的で聡明なたたかいとその克服なしには確保されないものであることを知らなければならない。平和は眠りを許さない。地球のすべての男女の運命がそれにかかっている。最もまめな骨おしみをしない人類的事業の一つである。(1948年7月 「平和への荷役」より) 「圧倒する平和への思いがあふれ出る」宮本百合子の言葉。戦前戦後を生き抜いた宮本百合子の言葉は、「いま輝きを増して」います。 宮本百合子の言葉をかみしめ、自衛隊の、そして米軍のイラクからの撤退、主権をイラクの国民にもどして国連中心の復興支援を―今自分にできることをやり、今を精一杯生き抜きたいと思います。
2004年05月25日
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いつもの朝宣伝よりも早起きして、労働者後援会のみなさんと職場門前宣伝。手を振っての激励に、通学途中の中学生・高校生も「がんばってください!」。出勤する労働者のみなさんも、パンフレット「こんにちは日本共産党です」をよく受けとってくれます。自転車に乗って通勤されている方も、わざわざ自転車を止めてパンフレットを受け取ってくれる方が何人も。 事務所の掃除をすませ、大桑進・前金沢市議と一緒に金沢市内を街頭宣伝。「大桑さ~ん」と車をとめて、とれたてのイカの差し入れも。宣伝場所にたまたまいあわせたお年寄りの女性3人が、演説後拍手―かけよると「あんまり年金削らんといてや」「がんばって」とのあつい激励。宣伝カーに駆け寄ってきた方は、公明党に世話をやいてもらい、公明党票の取りまとめをしたそうでしたが、「今度は共産党だ。票を集めるから一緒に回ろう」。買い物されている奥さんを車の中で待っていた男性は、演説をずっと聞いてくれ、「がんばれよ」―ほんとうにどこでもすごい激励です。 お昼は、差し入れしてただいたイカをお刺身にしていただき、「こんなおいしいイカのお刺身を食べるのははじめて」という人もいるくらい、新鮮なイカでした。 午後も、金沢市内を宣伝。公園で遊んでいる子どもたちが駆けよってきて取り囲みます。「おにいちゃん、いくつになった?」「五さい」「来年小学校だね。」―一緒にいた保育園でしょうか幼稚園でしょうか、先生たちも手をふって激励してくださいます。 別の場所では、学校帰りの小学生に囲まれました。しかも、演説をずっと聞いてくれます。「消費税はちっとも福祉のために使われませんでした。大企業のみなさんに、もうけをあげたら、そのもうけに応じてきちんと税金を納めてもらう、ヨーロッパでは当たり前の税金の集め方をしようではありませんか」と訴えると、小学生たちが拍手、しかも「納得しました。応援します。がんばって下さい」との激励。私のほうが脱帽です。「おにいちゃん、何してんの」との子供たちのかわらしい声に、ほのぼのとした気持ちに。「おじちゃん」と言われなかったので(いつも年上に見られるので…)、心の中で微笑んでました。子どもたちに、命と自分らしさが大切にされる社会を残してあげたい-そんな気持ちで、青空の中訴えです。 休む間もなく、森尾嘉昭・前金沢市議らと一緒に、27日に開催する演説会のお誘いの行動へ。おはぎとお好み焼きをすこしいただいて、「今僕は燃えているよ。あと1ヵ月後に告示だね」と仕事をしていた党員の方。 「キャー、佐藤さん。こんなところまできてもらってありがとう」、「がんばってや」、「演説会はもちろん行くよ」―あつい激励とともに、高齢者の方がたの一人暮らしが多い地域だけに、この方たちが、安心して暮らせる世の中を!との思いがつのります。 4日間にわたった、金沢市内での集中行動を終え、マスコミの方からのアンケートに正確にこたるため、再度調査・学習―清書をしてファックス。 元気をもらった4日間をふりかえり、演説会の成功へラストスパートです。
2004年05月24日
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午前、会合のあいさつ―「今、政治に求められているのは庶民の暮らしを応援することです」「自分の人生の中でも、今本当にがんばりどきだと思っています」―参加されたみなさんが、うんうんとうなづいておられるのがわかります。帰りがけ、「話しうまなったね」と声をかけてもらい、「そう言ってくれるとほんとに元気付けられます」。 労働者後援会の方と合流して、金沢市内の住宅密集地でハンドマイク宣伝。大きく手をふって激励してくださる方はじめ、多くの激励。 労働者後援会のセンターで、みなさんと昼食をたべ、少し仮眠。 午後は、27日に行う党演説会会場である金沢市文化ホール周辺で、演説会のお誘いもかねてハンドマイク宣伝。2つの新聞社の記者も取材で同行。クラクションを鳴らして激励する方がめだち、手を振っての激励も。2階のベランダでずっと演説を聞いてくれ、拍手される方は、「5~6年前から共産党だ。演説会にも行くよ」。シュークリームを知人宅に届けに来た女性が、目当ての人が不在だったらしく、「あんたたちにあげるわ」と差し入れ。たまたま家の外で聞いてくれていた女性2人も、「がんばってや。演説会行くよ」―びっくりするくらいの反応のよさに、疲れも吹っ飛びます。武家屋敷を訪れていた外国人の女性が、カメラを取り出し撮影しるしぐさをみつけると、思わずピースサイン。 食事をあわててすませ、演説会会場周辺のみなさんに、お誘いの行動。「ごくろうさま」とのあたたかい反応がほとんどで、「近くだから行ってみるよ」という人も。 事務所に戻って、マスコミから寄せられたアンケート作成のための調査活動。政策委員長との討議。だいぶ疲れがでてきたので、清書は明日にまわして、帰途に。びっくりするようなあたたかい激励をかみしめていると、疲れもなんのその。明日からの意欲がもりもりとわいてきます。
2004年05月23日
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午前、地元の党支部の方々と行動。ご商売をされていた女性の方は、「まわりの目があるから、表立ってはできないけど、ずっと共産党を応援しているのよ」とのこと。「しんぶん赤旗」も購読していただきました。「商売やってたからわかるけど、あんたいい顔している。美男子とか、そういう意味でなくて、いい顔している。応援するよ、がんばって」との、心あたたまる励ましをいただきました。 昨日パンクしたタイヤの修理に、ガソリンスタンドに行くと、「これはタイヤそのものを交換しないとだめですね」とのこと。いたい出費となりました。 午後、福祉関係の職場支部の方と行動。「『しんぶん赤旗』は勉強になりますよ」とご一緒した方が、職員に訴えます。「しんぶん赤旗」読者の方で、手品が得意な方とも対話―「ぜひ私にも教えてください」。 急に予定が入ったダンプカー労働者でつくる労働組合の執行委員会にお邪魔して、党の政策、公共事業のあり方をめぐって懇談―昨年の総選挙で作成したパネルも使って、「私たちは公共事業が全部だめ、という立場ではありません。大型公共事業では、たくさん税金を使っても大手ゼネコンばかりに仕事が回ります。生活・福祉・防災の公共事業は、少ない税金でも、地元の中小業者に仕事が回ります。こうした公共事業をもっと推進しつつ、公共事業の総額を減らすことはできます。」などの訴え。執行委員の方々からは「元請は大手ゼネコン。発注単価が不当にピンハネされて安くおさえられ、生活できない」などの声。発注元の国や自治体が不当な単価切り下げをやっていないかどうか監督する官庁がないとのこと。ここでも、ルールをつくらなくてはいかないことが明らかになり、私も勉強になりました。「次の行動がありますので、短時間で恐縮です。みなさんの要望にこたえるべくがんばります」。 なんとか時間どおりに党支部の方と合流して行動。「おう、わかっとるぞ。がんばれよ」「年金が削られるなんて、本当に困る。頼みますよ」などなど、あつい激励。 事務所に戻って、明日出席できない2つの会合へのメッセージ作成。ひとつひとつおろそかにできません―自分の気持ちを短い文章のなかにまとめてファックス。 今日も1日フル回転でした。
2004年05月22日
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朝、金沢市役所前での宣伝―党事務所に向かう途中、眠気覚ましのため、自動販売機でブラック缶コーヒーを買おうと、スーパーの駐車場に入ろうとしたら、タイヤが歩道の縁石にぶつかりました。また車を走らせていると、なにか変な音が…しかもだんだん車が傾いてきます。「もしや」と思いながら走りつつ、なんとか目的地までもってくれと祈ってましたが、もう限界。車を降りてタイヤを見ると、案の定パンク。「遅れるかもしれない」と電話し、すぐさま緊急用タイヤをとりだし、F1のピットインでのタイヤ交換の場面を思い出しながら、すばやくタイヤ交換。なんとか時間どおりに事務所について、宣伝カーにのりかえ金沢市役所前でなにごともなかったかのように訴え。いろんなことがありますね。 市役所前では、近松みき子党金沢市議も合流しての訴え、手を振っての激励が今日も目立ちます。パンフレット「こんにちは日本共産党です」の受け取りもよかったようです。 午前、升きよみ党金沢市議と一緒に、金沢市内で訴え。昨日、有事関連法案を自民・公明・民主が可決を強行したことに抗議し、米軍がイラクで結婚式を爆撃し、子どもを含む40人余りの尊い命が奪われるという目を覆いたくなるような惨劇がおこったことを厳しく告発。「アメリカいいなりのおおもとにある日米安保条約をなくし、ほんとうの友人関係をつくるために、対等・平等の新しい友好条約を結ぶ―このことを言っているのは日本共産党だけになりました」「私たちの先輩は、戦前の侵略戦争の時代、時には命を落とすことがあっても戦争反対をつらぬいた歴史を持っています。みんさんの平和の願いにこたえることのできる、たしかな力、日本共産党を前進させてください」―青空のもと、訴えにも力が入ります。大桑町では、工事現場ではたらく人たちが大きく手をふって激励してくださったのをはじめ、どこでもあつい激励をいただきました。 昼、マスコミアンケートに目を通し、午後金沢市内で訴え。ほんとうに多くの方が手をふって激励してくださいます。 夜、党支部のみなさんと行動。年金改悪問題で「テレビを見ていると腹がたって、スイッチを消してしまうのよ。ほんとうに腹立たしい」などの怒りがどこでも出され、「こんどは共産党にがんばってもらわんなん」との激励。学生党員と電話やメールでのやりとりも。 事務所にもどって、マスコミのアンケートにこたえるべく、資料調査。 明日も終日金沢市内で行動です。
2004年05月21日
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朝、升きよみ・党金沢市議が行っている定時定点宣伝に同行させていただき、訴えました。どこでも、青年も含めドライバーから手を振っての熱い激励を受けます。 午前、午後と党内のミーティング。27日に開催する党演説会まであと1週間、演説会成功を軸にして参院選前進めざず諸活動の前進へ知恵をだしあって議論。牽引車としての役割をしなければ、と決意を新たに。 昼休みの時間帯、有事法制反対県連絡会が主催する「日本を『戦争する国』にするな 有事法制阻止、自衛隊撤退 昼休みデモ」に参加。今日にも自民・公明・民主が有事関連法案を衆院本会議での可決を強行しようとしている国会情勢―米軍の海外での戦争に、自衛隊をはじめ国、自治体、民間企業、国民を総動員するこの法案―自民・公明、民主とも悪政の競いあい。悪政にたちむかう力、日本共産党の前進を、との思いもこめて、金沢市内を歩きました。 夜は、久しぶりに青年支部の会議に参加。年金問題の学習、参院選にむけた活動の方向性を整理して議論。みんな、たくましくなったな、と私の方が励まされました。 明日から4日間、27日演説会成功へ金沢市内での集中行動です。
2004年05月20日
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午前、資料整理に、民青同盟県委員長と打ち合わせ。その後、社会保険事務所に行ってきました。小学館『週刊ポスト』編集部から、参院選全候補者の年金納付状況についてのアンケートが寄せられており、自分の年金納付状況を確認するためです。 自分の年金について、納入しているかどうか、将来の給付はいくらになるのかなどの問い合わせが社会保険事務所に集中していると聞いていましたが、実際に言ってみるとまさにその通り。待ち人数は約30人―お昼休みにかかり、体制が少なくなったせいもあるようですが、自分の番が来るまで2時間かかりました。 思いのほか時間がかかったため、駆け足で昼食をすませ、党農民後援会が主催する「米政策」・農業問題学習会に参加。途中、あいさつをさせていただきました。ホットな話題として、自分の年金納付状況を報告するとともに、自民党農政の矛盾がどこでもふき出しており、価格・所得保障や食料自給率向上をめざす日本共産党の政策が共感を広げていることを自らの体験をもとに報告―「農業をまかせられるのは、日本共産党と笠井あきら・佐藤まさゆきだ」といってもらえるように全力でがんばります―と決意表明。 資料整理、夜の会議の準備をすませ、あわただしく夜の学生党支部会議に参加。「佐藤さん、最近よくテレビで顔写真を見ますよ」とのこと。せっかくつくった会議用の資料を忘れたことに気づきました。あわてていると、やはりだめですね。パンフレット「こんにちは 日本共産党です」の学習では、「なぜ軍事費を減らす額が半分なのか」などの質問をはじめ、私自身も理解が深まり、さらに研究すべきテーマも出てきました。参院選めざす活動について議論し、帰途に。
2004年05月19日
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学生時代に書き綴った3冊のノートがあります。 日本共産党員としての生き方を真剣に考えた日々、大学生協関西地方連合会学生委員長として「リーダー」としてどんな役割をするべきか思い悩んだ日々…このノートに書き綴ることにより、自らの生き方を確認し、自らを励ましたあの日々。模索の中から自らの生き方を深めていった1ページ1ページは、今を生き、参議院選挙をたたかう自分にも大きな励ましを与えてくれます。 91年1月3日のページには、「教師たちの詩」(深沢義旻/日本評論社)の本の引用が記されていました。―「きれいごとではない、ほんとうのところを、自分の内実を通して、自分の言葉で語らなければならない。『この子にはこんなところがあったのか。こんな思いでいたのか。こんな表情も持っていたのか』という、何かこう胸に熱くひびいてくるものに触れたとき、私は無性にその子が可愛くなり、好きになる。それはきっとその子の『人間でいたい。人間らしく生きたい。もっと人間らしい人間になりたい』と願っている心の奥底のうずきのようなものと、私のそれとが出会ったから。私はこれからも、そうした心と心の熱くなる触れあいを求めていこうと思います。お互いに見つけ出し、つくりだしていく努力をしなければと思っています。 吉野源三郎 『人間の尊さを守ろう』たれもかれもが 力いっぱいにのびのび生きてゆける世の中たれもかれも 『生まれて来ててよかった』と思えるような世の中じぶんを大切にすることが、同時にひとを大切にすることになる世の中そういう世の中を来させる仕事が きみたちの行く手にまっている大きな仕事 生きがいのある仕事 」 「教師たちの詩」の引用は、ノートのあちこちに見られます。この本は、誰かに貸したまま戻ってこないからでしょうか、どこにも見当たりません。再度購入しようと、インターネットで検索しましたが、あいにく品切れ。「教師たちの詩」から学んだものは大きいだけに、なんとか手にいれたいと思っています。 今、「心と心の熱くなるような触れあい」の毎日―お互いに見つけ出し、つくりだしていく努力をいつも忘れないようにしたいと思っています。そして、この「大きな仕事 生きがいのある仕事」が日本共産党員の仕事です。 折にふれて、3冊のノートの内容をみなさんにご紹介していきたいと思います。
2004年05月18日
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今日も朝早く家を発ち、党事務所で宣伝カーに乗り換え、羽咋市の党能登地区委員会事務所へ。 あいにくの雨の中、羽咋の党員の方々と一緒に羽咋市、志雄町で訴え。同行されたみなさんは、「こんにちは 日本共産党です」パンフレットを配布。このみなさんの奮闘が実るよう、私も心一つに演説。最近、朝食を食べても、昼食前の間におなかがすくので、買い置きしてあったパンを宣伝カーの中でパクリ。手を振っての激励に加え、エネルギーを補充して元気をもらい、雨の中訴え。 午後、白田秋也・羽咋市議、小島昌治・押水町議もご一緒して、押水町、志雄町で訴え。雨もおさまり、ほっと一息。押水町は、今まで参議院選挙区候補としてがんばってきた尾西洋子県議の故郷。みなさんの今までの期待にこたえられるようがんばりたいと思います。たくさんの方の手を振っての激励、「ごくろうさま」「がんばって下さい」と声をかけてくださる方々、演説をずっと聞いてくださる方々―あつい激励を背に、党事務所に戻りました。 臨時議会に出席していた、岩池斉・志雄町議から、議会人事で議会が長引いている、との連絡があったようで、岩池町議との行動を白田市議との行動に切り替え。 「今月はまだ6日しか仕事していない。子どもが専門学校なので、経済的にほんとうに厳しい」という方。「テレビを見ていると腹が立って腹がたってしょがない」と話されるご夫婦に、党の最低保障年金制度のお話をすると、「財源はどうするの」との反応―「こんにちは 日本共産党です」のパンフレットをお示しして、「税金の使い方、集め方の大企業応援のゆがみを正そうとしています」との訴えに、「ほんとうにそうだね」。過疎化の問題、小学校の統廃合の問題など、話題はつきません。 別のご夫婦は、「厚生年金といっても、やっとの生活。その上に冠婚葬祭などがあったら、ほんとうにやりくりが大変。首でもくくろうか、と思っているくらいよ」「近くに自民党の人がいて、表立っては応援できないけど、ほんとうにがんばって」とのお話し。「みなさんが安心できる年金制度をつくることはできます。がんばります」とがっちり握手。 行動を通じて、お二人の人に「しんぶん赤旗」読者になっていただきました。 夕食を食べる機会を逃したので、JR羽咋駅前でパンを買い、駅の待合室で電車を待っていると、民主党の小沢氏が代表選立候補を辞退したとのニュース。まさに「動乱」ともいうべき政治状況です。ひさしぶりに乗った能登から金沢に向かう普通電車。バスに乗りついで、金沢の党県委員会事務所にたどりつきました。 2日間机をあけると、目を通すべき資料がたまります。目を通して、家路につきました。
2004年05月17日
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朝、党事務所で宣伝カーに乗り換えて、七尾市へ。礒貝和典・党能登地区常任委員とご一緒して、七尾市内で宣伝。あいにくの雨でしたが、多くの方の激励をいただきました。また、同行した方々は、雨の中「こんにちは 日本共産党です」のパンフレットを配布。 街中で酒屋さんをされているお年よりの女性とその息子さん―女性は店の中ら出てこられて、演説に耳を傾けてくださいます。「ここで50年商売やってるけど、ここ2~3年がいちばん厳しい。店をたたもうと思っている。年金も削られるというし、こまったもんだ」とのお話し。「大型店がどんどんできてご苦労されていることと思います。お年寄りが増えている今、歩いて買い物ができるこうしたお店を守るための政治が必要です。税金の使い方、集め方を変えれば年金を充実させることも可能です」とお話しさせていただき、「がんばって下さいね」との激励。 どこの演説場所でも、手を振って激励して下さるドライバーの姿に、期待をひしひし感じます。 昼食すませ、つかの間の仮眠。午後も街頭宣伝へ。雨は降り続きます。 海岸沿いの集落では、お年寄りの女性たちが集まっている場所が。「あれは何ですか?」と聞くと、「町会の婦人会がやってる売店。漁をやっているときの名残が残っていて、みんなでお金をだしあって買出しをして、ここで売っているんだ。地域のコミュニケーションの場所にもなっているんだよ」とのこと。漁に出かける男たち、それをささえる女性たち―昔からずっと続いてきた庶民の暮らしの知恵とその力強さに思いをはせながらの街頭演説。「一人ひとりの庶民のくらしを応援してこそ政治です」と訴えに思わず力が入ります。 途中、1泊2日の交流会もかねた、業者婦人後援会の学習会にお邪魔してあいさつ。金沢からこられた方々もたくさんおられ、おなじみのみなさんに、「ここでお会いできるとは思いませんでした」。 党事務所にもどると、続々と党員のみなさんが夜の行動で集まって来られます。差し入れしていただいたパンやお菓子をいただき、雨が降り続く七尾市内で行動。「あんたが参院選に出るんか?えっつ、36歳!みかけによらず若いわね。がんばって」、「実は知人からすすめられて『しんぶん赤旗』を見たことあるのよ。共産党さんにがんばってほしいと思っているの」、「表立って応援はできないが、がんばって」などなどたくさんの激励を受けました。「しんぶん赤旗」を読んでいただく方も増えました。 行動を終えて、笹寿司をいただき、金沢に戻る方の車に同乗させていただきました。お父さんが在宅酸素治療をされているそうで、はじめて在宅酸素用の酸素ボンベを見ました。「医療費の定額制が定率制となり、在宅酸素治療を中断せざるをえない方がふえていることが大きな問題となっていますが…」とお聞きすると、「そうなの。いままで数千円だった治療費が数万円になり、ボンベを使う回数を減らしているの。僅かな年金でほんとうにやりくりが大変なのよ」とのお話し。胸の痛むお話しでした。車中、親の介護の問題、家族の結婚のことなど、いろんなお話をすることができ、私も同じような悩みをかかえていることもあり、励まされました。話がはずみ、長い時間のドライブでしたが、時間のたつのを忘れるほど。 さあ、明日も能登で行動です。雨の中の行動でしたが、新しい発見、新しい出会い、そして「庶民の暮らしを応援する政治を」の思いを強くした1日でした。 また明日は、早起きしなければならないので、体を休めてエネルギーを蓄えます。
2004年05月16日
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午前、地元の党支部の方々と行動。新しく開設したセンターで、参院選前進への息吹を感じます。升きよみ党金沢市議団長も奮闘しました。私の組では、福祉関係のお仕事をされている方が、「子供二人育てながら働き、年金保険料一生懸命納めてきた。あの年金積立金の使い方はなんやね!ほんとうに腹が立つ!」と怒り、そして涙ぐみながらのお話。この方のご苦労に思いをはせながら、「みなさんのご苦労が報われる社会をつくりたいですね」とお話しさせていただきました。 行動を通じて、お一人の方が「しんぶん赤旗」読者に。 午後、昨日開かれた党都道府県委員長会議の報告をうけました。会議では、今の政治状況は「動乱」の様相を呈している―との「しんぶん赤旗」報道。「動乱」とはどんな意味か、辞書を紐解いてみると―世の中が変動し乱れること。また、戦争や、それによるさわぎ。転じて、さわぎ。騒乱。擾乱。/気持や態度が平静さを失って、激しく乱れること―まさにその通りだな、と納得です。 「県労働者後援会・職場支部 学習・交流決起集会」に駆けつけました。講演の講師は、「佐藤正之」氏。「漢字は違いますが、同姓同名ですね」と声をかけさせていただきました。決意表明で私は、「動乱」といわれる政治状況にあることを、年金問題・イラク問題、県内の政党状況などにふれて述べたあと、以下のようにお話しをさせていただきました。―党の自動的な前進はありえません。しかし、今前有権者規模での宣伝をつよめ、パンフレットと「しんぶん赤旗」を使って対話し、読者を増やして党員を増やす―この自らの活動のひとつひとつが情勢を切りひらき、未来をつくることにつながっていることを実感します。 私は、いま36歳。党に入って15年。人生の中で、持てる力をふりしぼって頑張る時期は必要だし、あとからふりかえったとき、あのとき頑張って良かったと思える時期というのは必ずあるものです。だから、人生は楽しい。 私は、今そういう時期なのではないかと思うのです。自らの力で、党の姿を有権者に示し、相手の心を変えていく。このことが、歴史をつくっている―このやりがいのある情勢のなか、私はもてる力を全部だしきって、なんとしても笠井あきらさんはじめ比例での5議席確保をやりたい。私も笠井あきらさんと国会で暮らしと平和を守る仕事をしたい。そのために死力をつくしたい。 今日の決起集会を、5月27日の演説会の成功を軸にして、あらゆる活動をおしあげる文字通りの総決起の場にしようではありませんか。私もその先頭にたって頑張る決意をもうしあげ、あいさつといたします。 参加されたみなさんとがっちり握手をして、次の行動に駆けつけました。どこでも、激励をいただきました。 遅めの夕食のあと、民報「新石川」の原稿作りなど。「佐藤君、今日の決起集会のあいさつは、迫力があったよ」との声もかかりました。 明日から2日間、能登方面でフル稼働です。
2004年05月15日
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県労働者後援会のみなさんが取り組んだ宣伝キャラバンに同行。金沢市役所前では尾西洋子県議、升きよみ・近松みき子両金沢市議もご一緒して訴え。宣伝カーの周辺では、「こんにちは日本共産党です」のパンフレットが配布されました。車から手を振って激励してくださる女性の方やトラックの助手席に乗っている男性…めずらしいのでしょう外国人の方はカメラを取り出してパシャリ。学校にむかう中学生の女の子たちから「がんばって~」と声がかかります。 JR金沢駅西口では、朝に引き続き「日本共産党の躍進で暮らしと政治を変えよう」の横断幕が掲げられ、ハンドマイクを使っての訴え(写真―横断幕右が私。その右隣が尾西洋子県議)。お客さんまちのタクシードライバーの方々に、パンフレット「こんにちは日本共産党です」と、県日本共産党ハイタク労働者後援会の手作りビラ「参議院選挙の勝利でタクシー労働者の苦境を打開しよう」が配布されます。テレビ局も取材に入りました。配られた宣伝物にみなさんじっと目を通されています。 ハイタク労働者後援会の訴えのあと、ドライバーのみなさんお一人おひとりに「暮らし応援の政治へがんばります。お世話になります」と声をかけながらがっちり握手。「がんばってや」「タクシーの駐車場増やしてな」などのあつい激励をいただきました。区画整理事業に関わる相談も寄せられました。私も、ハンドマイクで訴え。乗用車からも手を振っての激励が相次ぎます。 訴えのあと、テレビ局の取材。「佐藤さん、インタビューにもすっかりなれましたね」とアナウンサー。あいにくの雨に、少し肌寒さも感じます。 東口に移動して、ここでもお客さんまちのタクシードライバーの方々に訴え。巨額の税金を投入したドーム型のガラス屋根が間近に見えます。「金沢に似つかないね」「こんなものつくるより、暮らし応援のほうに税金をつかえばいいのになあ」。 宣伝カーは行く―松任市の横江鉄鋼団地では、「中小企業は日本経済の主役。みなさんの応援してこそ不況が打開できます」と訴え、仕事中・お昼休み休憩中の労働者の激励が相次ぎます。 松任駅前での訴えにも、あつい激励―宣伝カーの中で昼食のサンドイッチを食べながら移動。昼食時間を惜しんでの行動に、労働者後援会のみなさんの意気込みを感じます。 小松駅前での訴え―午前中の雨もやみ、汗ばむ程の陽気に。タクシードライバー・市民の方々が注目し、「がんばって」の声援。きれいになった駅周辺ですが、ここでも巨額の税金が投入され、昨年の小松市議会議員選挙でもこの税金の使い方が大きな問題になりました。 すぐ近くの本折町商店街での訴えでも手をふっての激励。通りがかった女性が「がんばってくださいね」。 加賀温泉駅―タクシードライバーの方々が宣伝物に目を通され、高校生のグループが大きく手を振って激励してくれます。 最後の宣伝個所、大聖寺の加賀市役所前では、通りががりの女性が演説にじっと耳を傾けて下さり、がっちり握手。 小松市の党加南地区委員会事務所で宣伝カーを降り、朝からのみなさんの奮闘に頭が下がる思いで、「ごくろうさまでした。気をつけて」と声をかけて、労働者後援会のみなさんとお別れ。 すぐさま寺井町で移動し、行動。どこでも年金改悪の怒りが出され、「財界・大企業応援の税金の使い方、集め方を変えましょう」とパンフレット「こんにちは日本共産党です」を使って対話。「実はわしは自民党員でな」という方にも、「今の政治はあまりにひどすぎます。ごいっしょに力をあわせて政治を変えましょう」とお話しさせていただきました。 党事務所に戻って、つかの間の休憩と遅めの夕食。JR小松駅に送っていただく途中、駅周辺では、昨日から始まった小松市の「お旅まつり」にあわせて露店が出て、たくさんの人通り。暮らしも政治も良くして、心からお祭りを楽しめるようにしたいと思います。 久しぶりにJRの普通電車を利用して金沢駅へ―バスに乗り換え、事務所に。 金沢―小松―加賀と駆け抜けた1日でした。
2004年05月14日
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午前、午後と党内のミーティング。27日木曜日の、市田忠義書記局長を迎えての演説会まで、あとちょうど2週間。演説会を結節点にして、参院選前進へどう活動を飛躍させるか、知恵の出し合い。 民主党の選挙区候補が未だ決まらず、決まっていない最後の県になるようです。民主党は、昨年の総選挙で石川1区で議席を獲得したものの、国民生活をないがしろにして、大企業応援・アメリカいいなりの道を歩む自民党政治をどう変えるのか、確固たる方向を見出せず、自民・公明と消費税増税と憲法改悪を競いあっています。「政治を変えてほしい」「年金はじめ、暮らし守ってほしい」「アメリカいなりの政治でいいのか」―有権者の思いにこたえることのできない、民主党の矛盾の反映ではないかと思います。総選挙で強まった「自民か民主か」という保守二大政党づくりの動きの強まりは、民主党への一定の期待を高めたと思いますが、わずか半年あまりの間に、その期待も薄れ、有権者のなかで大規模な模索が始まっていることを実感します。今、日本共産党の姿を見せることが、有権者の期待にこたえることだし、その期待にこたえられる確かな改革の方向を持っている―自らの力で前進をつくりだすために力を出し切りたい―そんな思いがふつふつと沸いてきます。 ミーティング終了時間が長引いたため、休むまもなく青年学生部長として会議を主宰。9日に行われた青年の企画「働ク人のケンリを学ばんけ?」の成果などを共有し、今後の取り組みの方向を議論。 資料整理や学習などで、すっかり夜遅くなりました。明日は、金沢での朝宣伝を皮切りに、労働者後援会のみなさんと宣伝キャラバン―加賀市までかけぬけます。
2004年05月13日
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今日は白山麓キャラバン。昨日とはうってかわっていい天気に恵まれました。小松市の党加南地区委員会事務所で、西村ひろし地区委員長さん、同行する党員の方々と合流―「いい天気に恵まれましたね」。 早速宣伝カーに乗り込んで、白峰村へ。農作業中の方々、ドライバーの方々からのたくさんの激励にびっくりです。白峰村での訴え(写真―右は西村ひろし地区委員長)では、街頭宣伝を終えるとすぐさまお二人の方が家の中から出てきて激励してくださいます。駆け寄ると、「年金をいいがにしてくれよ」。「税金の使い方、集め方を変えれば、消費税増税にたよらずに年金を充実させることができます」とお話すると、「そのとおりだ」との反応。訴えの最中は、同行していただいた党員の方々が、「こんにちは 日本共産党です」のパンフレットの配布に大奮闘です。 新緑の白山麓路を宣伝カーで移動し、尾口村、鳥越村、吉野谷村で訴え。どこでも、移動中も街頭での訴えの最中でも、手を振って激励してくださり、期待の大きさをひしひしと感じました。農作業中の方が、私の地元の党員の方のお知り会いだそうで、「応援するよ」とのこと。がっちり握手をさせていただきました。 白山麓は、そばの名産地。昼食休憩に立ち寄ったそばのお店は、人気があるのでしょう、次々とお客さんが訪れます。にしんそばを注文したあと、「ここは天ぷらそばがおいしんだよ」とのこと。「もう!早く言って下さいよ」―でも注文したにしんそばも、これまた美味。こんなにおいしいにしんを頂いたのは初めてです。同行された女性党員の方の、てづくりおにぎりとおかずもごちそうになりました。お店を出るとき、地元の党員の方々とばったり会いました。「あら~佐藤さん、偶然ね」―ご一緒されていた方々にも「お世話になります」とごあいさつ。お店では、「そば茶」を買いました。どんな味か楽しみです。 鳥越村―河内村で訴え。たくさんの激励に、ほんとうにびっくり。ジュースを差し入れして頂いた方は、「国会議員の国民年金未納問題は本当に腹立たしい。が、制度が複雑なら直せばいい。しかしそこばかりに目がいって、年金が改悪されてしまうのはもっとおかしい。頑張れ!」。ずっと演説を聞いていただいた高齢の女性に駆け寄ると、「ほんとうに頑張ってね」との激励。 汗ばむ天候の白山麓路―日本共産党の風が吹きました。 党加南地区委員会に戻って、「みなさん本当にご苦労さまでした」。おいしいコーヒーをいただき、少し仮眠。 夕食をいただき、寺井町の近藤啓子町議宅へ。「佐藤さん、すっかり日焼けしたね」。お伺いしたお宅では、「こんにちは 日本共産党です」のパンフレットを使って対話。どこでも年金改悪の怒りが語られ、日本共産党が提案した最低保障年金制度も紹介。「財源はどうするの」との声には、「税金の使い方、集め方を大企業追応援でなく、庶民の暮らし応援に変えれば、財源はあります」とお話しさせていただきました。この日、「しんぶん赤旗」読者も増え、うれしい限りです。 夜、青年党員と遅くまでメールや電話でのやりとり。「佐藤さんと話せて良かった」と言ってもらい、私自身が励まされました。 長い1日が終わりました。ひしひしと感じたみなさんの年金改悪への怒り、期待になんとしてもこたえたいと思います。
2004年05月12日
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今日、年金改悪法案が衆議院本会議を通過。採決に手を貸した民主党。3党合意には、消費税増税に道を開く内容が―日本共産党は、消費税の増税に頼らずに、全額国庫負担でまず毎月5万円の最低保障年金を支給する土台の上に、掛け金に応じて支給を上乗せする二階の部分をつくる提案を示しました。税金の使い方、集め方を財界・大企業応援のゆがみを正せば財源は確保できるし、ヨーロッパでは当たり前の政治を実現しようと訴えています。財界・大企業から一円も献金をもらわない日本共産党だからこそできる提案ですし、憲法25条の生存権を保障する立場からのものであり、財源もしっかり示しました。「政権担当能力」と言われますが、日本共産党こその能力があることが、くっきりと浮かび上がりました。 悪政にたちむかう確かな力―くらしと憲法を守る日本共産党の前進で、庶民の暮らしを応援する政治を―この思いがつのります。 さて、「眠れぬ夜の教師のために」(三上満 著/国民文庫)の一部を紹介したいと思います。私の生き方に大きな影響を与えた内容です。―私は、教育というもの、教師というものは不完全なものだと思います。「人間はその本性からいって、個人としても集団としても不完全である」といったのはマルクスですが、教育が不完全な人間相互のいとなみである以上、不完全さは避けれないことなのです。むしろ、自分自身の不完全さを不完全なものとして認識する誠実さことが教師にもとめられていると思うのです。 教師の仕事は、つまるところ、不完全な教師がよりいっそう不完全な子どもたちと不完全さを共有しながら育ちあっていくというものです。わたしたちの教師の仕事が完全無欠におこなわれるということはありえないことです。したがって教師の仕事にはつねに後悔や悔恨がつきまといます。教師に要求されるもっとも大切な力は、むしろうんと悔やむ力、自分の不完全さを痛いほど知らされ、それを投げやりにならずに受けとめる力、不完全さを不完全さとしてよりいっそうの成長のバネしようとする力、そういうものだろうと思うのです。(中略) たっぷりと不完全でありながら、みずから成長しようと努力しようと努力すること、このことが教師には不可欠な基本条件なのではないかと思うのです。 私も後悔することがたびたび―ほんとうに自分は不完全な未熟な人間だなと。でも、その不完全さをみずから成長しようと努力するバネに変えること―日本共産党員の生き方は、そんな生き方ではないかと思うのです。誠実に謙虚に、でも自らの成長のために、前向きに生きる―未来への確信をもてるからこそできるこの生き方を私もつらぬきたいと思います。 まじめな青年たち、「自信がなくて…」と思うすべての人たちに送るメッセージです。
2004年05月11日
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午前、党内の学習会とミーティングに参加。途中、金沢市内の男性から、「年金保険料未納問題で責任をとるべきは、歴代の首相であり、厚生大臣。小泉総理、坂口厚労相もきちんと責任をとるべきだ。」との電話。 午後から夜にかけて、学習や資料整理など。夕方、マスコミの方の写真撮り。 たっぷり学び、ひさしぶりに落ち着いて今後のことを考えることのできた1日でした。自らの活動で、日本共産党の前進を切り開く―未来をつくる開拓者の一員として、もてる力をすべて出し切りたい―そんな思いがあふれ出た1日が終わりました。
2004年05月10日
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大桑すすむ・前金沢市議(金沢地区常任委員)らとご一緒して宣伝カーで訴え。あいにくの雨…ときおり寒さも感じながら、スーツもびっしょりになりました。どこでも手を振って激励して下さる方が目立ち、期待の大きさを感じます。スーパーの駐車場で、車の中でずっと演説を聞いてくれた青年に駆け寄って、がっちり握手。 昼食休憩中、先輩党員が「佐藤君、ずいぶん日焼けしたね」。 午後、党青年支部・民青同盟学生班が主催する「働く青年・これから働く青年におくる 働ク人のケンリを学ばんけ?」に参加。青年への訪問、ビラの配布などで頑張った青年たち。そんな頑張りもあって、たくさんの青年が参加しているのに、私自身びっくりです。自己紹介では、「仕事についたばかりだけど、権利については学んだことがないので楽しみにしていました」「これから社会にでるので、たくさん学びたい」―講師の方から、労働基準法について話を聞いた後、働いている青年たちは自分の職場の状況を、これから社会に出る学生たちは、「労働組合はどんなもの?」などなどの質疑応答。私も「サービス残業なくし、有給休暇を完全消化すれば、3百万人の新たな雇用を増やせるんだよ。ヨーロッパ並みのルールをつくれば、労働者の生活を守り、雇用が増やせるんだ」と発言。参加した青年や学生にとっては、はじめて知る労働者の権利もあったようで、いい学習交流会になりました。 参加した大学の新入生が民青同盟に加盟。仲間がふえるのは本当にうれしいものです。 夕方から夜にかけて行動。日本共産党が提案した最低保障年金制度の中身をお伝えしながら対話。 深夜、青年党員から電話。職場の悩みなどを聞きつつ、お互い励ましあって頑張ろうと遅くまで話しあいました。
2004年05月09日
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朝、早起きして、夜の年金問題学習会の準備。 午前、午後と党内のミーティング。 午前のミーティングを終えたあと、慌てて昼食を食べ、労働者後援会のみなさんと、金沢市内の繁華街で訴えに出発。竪町では、たくさんの青年たちが注目。青年たちにわかりやすく訴え、街頭で「なるほどな」とわかってもらうのには、苦労がいりますが、私のもてる力を出して「青年たちにこの訴えが届いてほしい」との思いをこめての演説。手を振って激励してくれる青年が何人もいて、励まされます。 香林坊での訴えでも、手を振って激励してくれるドライバーのみなさんが目立ちます。 武蔵ヶ辻では、ずっと演説を聞いてくださる方が何人もおられます。「テレビ討論を見て、自民党と公明党に腹が立って、自民党と公明党に直接電話したのよ。共産党さん、ほんとに頑張って」との激励もあったようです。 演説後、午後の党内のミーティングに合流。 午後のミーティングを終え、地元党支部後援会の主催する「あなたの疑問にこたえます どうなる私の年金」に参加。「社会保障について」というテーマで30分の時間をいただいていましたが、準備不足で、不十分な内容になったことは否めません。が、「大企業応援の税金の使い方、集め方にメスを入れれば、年金はじめ社会保障充実の財源は出てきます」「労働者の生活と権利を守るルールをつくって、雇用と所得を増やして年金の支え手を増やしましょう」とお話しさせていただきました。 質疑応答の時間では、「息子が未だ就職できず、今まで私が年金保険料を払っていたが、それももう限界。息子の国民年金保険料は未納になっている」「長い間保険料を払わないと年金がもらえない。でも途中で仕事やめざるをえない事態になっている人が増えている。もう八方ふさがりの状況ではないか」―切実な声が出され、日本共産党の提案する最低保障年金制度実現が求められている、なんとしても参院選で前進を!とあつい思いが込み上げてきます。 集会後、参加された方から、こんなお話を聞きました。「今、佐藤さんと握手された人は、はじめて共産党の話を聞いた人なのよ。ビラを配っているときに、たまたま会った人で、『母との2人ぐらし。不況のあおりで、仕事をやめざるを得ず、仕事をやめたのは厚生年金保険料の満期25年の1ヶ月前。途方にくれていた。話を聞くだけなら…』ということで参加してくれたの」―涙があふれる思いでした。参院選での比例5議席確保へ、もてる力のすべてを出し切って頑張りたい! 集会中に母から電話がありましたが、出ることができなかったので電話をすると、「花が届いたよ」とのこと。母の日の1日前に到着したようです。明日の青年の学習交流会にむけて電話のやりとり。青年党員、民青同盟員たちのがんばりに励まされました。 明日は、金沢でフル回転。
2004年05月08日
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朝、労働者後援会のみなさん、尾西洋子県議と一緒に金沢駅西口で訴え。手を振って激励して下さる方々、宣伝カーに駆け寄って「年金のビラがほしい」といってくださる方―あたたかい激励に励まされます。 宣伝後、かほく市へ。高橋成典・かほく市議とご一緒させていただき、かほく市内で訴え。通りががりの女性の「佐藤さん頑張って」との激励をはじめ、多くの励まし。 昼食を食べ、車のなかでひとときの仮眠。 午後は内灘町へ。10ヶ所で街頭宣伝。さすがに、短い時間の中で10回の宣伝は、少し疲れが出てきます。が、家の中から出てきて聞いた下さる方もおられ、演説後駆け寄って握手―こうした激励に励まされたひととき。 夕方、おいしいお弁当に、手作りの味噌汁、おつけものをいただき、少し仮眠。引き続き内灘町で、「しんぶん赤旗」読者のお宅や支持者の方々のところにお邪魔して、入党の訴えや「しんぶん赤旗」購読の訴え。 金沢の党事務所に戻って、明日の年金問題学習会の準備など。 今日も1日フル回転でしたが、「庶民の暮らしを応援する政治、アメリカべったりの外交の転換」へ1日1日が勝負です。
2004年05月07日
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今日は加賀市役所前での訴えを皮切りに夜8時半まで、県内を笠井あきらさん、きたるべき衆院選の比例代表でがんばる木島日出夫・前衆院議員と一緒に県内を駆け抜けました。どこでもたくさんの方に集まっていただき、みなさんとがっちり握手です。 朝、加賀市役所前で、新後ゆき子・加賀市議も同行しての訴え。手をふって激励してくださるドライバーの方が目立ちます。木島日出夫・前衆院議員は、私を「36歳の若さで、政策能力も抜群。ためされずみの政治家」と紹介していただきました。 山中町では、3月の町議選をたたかいぬいた前田としゆき・山中町議も合流して、総湯付近で訴え。演説後、みなさんのところへかけつけ、がっちり握手(写真)。「岡山から来てるの」という方にも、「全国はひとつです。ぜひ岡山でがんばる日本共産党の比例代表と選挙区の方にご支援を」とお話しさせていただきました。 加賀市・山代温泉―「アメリカにいつまでも追随して自衛隊を送りつづける『自公責任』こそ問われるべきだ」との笠井さんの訴えに、拍手がおこります。 辰口町では、山口さと子町議が合流。「佐藤さん、いい話しするね」との言葉に恐縮です。 鶴来町では、奥あきゆき町議が合流―そして金沢の党県委員会事務所へ。 移動中も、田植えをされている方々が大きく手を振って激励して下さいました。 短い昼食休憩。出発前、女性後援会のみなさんをはじめ、たくさんの方々が続々集まってこられます。宣伝カーや随行車に乗って、金沢市内各地を遊説―アナウンサーや宣伝カーのデッキに立ってのお手振り、ビラの配布などで大活躍。「なんとしても参院選で前進を」とのみなさんの熱い思いをひしひしと感じます。尾西洋子県議、升きよみ・近松みき子市議も合流されました。 大額東京ストアー前での訴えの後、平和町での訴え。入院されていた方のお顔を拝見したので、すぐかけよって「退院されたんですね。よかたですね」。小さいお子さんをつれて演説を聞いていた若いお母さんともがっちり握手。(写真は、左から木島日出夫・前衆院議員、笠井あきら・前参院議員、そして私) 笠舞パレット前での訴えの後、兼六園下での訴え。宣伝カーに駆け寄って激励される方に、差し入れしていただいた方、観光に訪れていた外国人の方は、パチリと写真も。近くの商店街のみなさんあら、あつい激励をいただきがっちり握手。 香林坊アトリオ前では、青年たちからの大きく手を振っての激励がたくさん。東大通り前での訴えに、最後は金沢駅西口の訴え。演説を終えたのは、夜7時―本番並みの運行に少しくたびれましたが、みなさんの熱い激励に疲れもふっとびます。宣伝カーと木島日出夫・前衆院議員は富山県へ向かうため、ここでお別れ。 党事務所へ戻り、夕食はコンビニに立ち寄って軽食を車の中ですませ、業者後援会決起集会へ。笠井あきらさんの熱のこもった訴えに、みなさん聞き入っていました。私も、最後に「右手で大企業応援のゆがみをただし、左手でアメリカ言うがままのゆがみを正します」と訴えを行い、ガンバロー三唱。高校時代から一緒に頑張っている青年党員から、「話しうまなったね」と声をかけてもらいました。年金の問題で話を聞きたいと、参加者の方から質問もお受けしました。 笠井さんは、このあと富山県へ―「庶民の立場で悪政にたちむかい、信頼を裏切らない誠実な政治家」「国際視野で日本改革に挑む頼もしい政治家」というキャッチフレーズそのものの笠井あきらさんといっしょに、国会で庶民のくらし応援の政治と世界から信頼される外交を行う仕事をやりたいと決意を新たに、笠井さんとお別れしました。 家に戻るとさすがにぐったり。明日は、能登で終日頑張ります。
2004年05月06日
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4月14日の日記でも紹介しましたが、松本善明・文 いわさきちひろ・絵「思い出のちひろ―二人で歩んだ日々」(新日本出版社)に目を通しました。 今まであまり知らなかった、松本善明・いわさきちひろ夫妻のこと―新しい発見ばかりで、すっかりのめりこんでしまいました。7つの章と、29の小見出しからなる文章は、どれも興味深い。結婚の場面を、上条恒彦さんが、「花の結婚式」と名づけてこううたったそうです。屋根裏の部屋は 暖かかった二人で遠くをみつめてたんだ淋しくなんか なかったよ同じ炎を もやしてたから いわさきちひろは病床で、あるとき「なおったら今度こそ無欲の絵を書きたい」と言ったそうです。松本善明氏は、『赤い蝋燭と衣人魚』の日本海の絵がこれを示唆しているのではないかと思ったそうです。いわさきちひろがこの絵のもとになるスケッチを描いたのは、新潟県郷津の虫生海岸―松本氏は、「私は猛(佐藤注=両夫妻の息子さんのこと)といっしょにこころゆくまで勇壮な日本海を眺めました。この日本海の絵は、いままでのちひろの絵とまったくちがった新しい境地を切り拓くのではないかと思わせるし、ちひろの芸術家としての気迫も感じさせるものです。いま私はますますちひろが壮大な無限の可能性に挑戦しようとしたと思えてなりません。」と書いています。 いわさきちひろが私の故郷・新潟県を訪れスケッチを描いた。夫の松本氏も息子さんと一緒に訪れた。―私も、郷津の虫生海岸を訪ねてみたいと思います。 1974年8月8日は、いわさきちひろの亡くなった日。亡き父の命日とともに、私にとっても忘れられない日となりそうです。
2004年05月05日
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―こいずみそうりだんじんさま。あなたにおたのみしたいことがあるのですが、アメリカにせんそうを、なんとか話しあって、やめさせていただきたいです。人びとがくるしみ、かなしみ、ししゃたちも出てきます。人がしぬこと、人びとがくるしみきずつきあってもどうにもならないじゃないですか。へいしになった人たちはどうなるのですか。……国ぐにがなかよくくらしていけば、しんでしまう人たちもへると思います。わたしのゆめは、マンガかですけど、ほんとのゆめはいつかこのちきゅうぜんたいをへいわにすることがゆめです。しんでしまったらいきて帰ってはこない。せんそうするなら、ふたりで口げんかをすればいいじゃないですか?わたしは、そう思います。 この手紙は、イラク戦争開戦前の2003年3月17日に、小学校2年生の女の子が首相官邸に出したものだそうです。この女の子を仮に、「かなちゃん」と呼ぶことにします。 「子どもの声を聞く児童文学者の会」編 「おとなはなぜ戦争するの」(新日本出版社)の中に収録されていました。小泉首相は、このかなちゃんの手紙を読んでどんなふうに思ったのでしょうか。戦争に協力・加担した自民党・公明党は、この手紙をどう読み、どんな返事を書くのでしょうか。 私なら、「かなちゃん、そのとうりだよね。いまからでもおそくないとおもうから、すぐアメリカとはなしあってせんそうをやめさせるようがんばるよ。あなたのゆめ、にほんのけんぽうの中にかいてあるんだよ。いっしょにそのゆめをかなえよう」と書きたいと思います。 この本のタイトル「おとなはなぜ戦争するの」は、イラク戦争で両腕を失った少年、アリ・イスマイル・アッバスくん(13歳)が、ドイツのハンブルグで開かれた「ワールド・アワード」での授賞式にゲスト出演したときに言った言葉だそうでうす。両親と14人の親族を失ったアリ君は訴えました―「おとなはどうして戦争するのか、僕には理解できない。子どもたちが2度と苦しまない世界をつくってほしい」 57年前制定された日本国憲法は、「日本のおとなは、もう戦争はしない。子どもたちが2度と苦しまない世界をつくるために、平和を願う世界のひとたちと協力していくよ」と子どもたちにも誓ったはずです。 かなちゃん、アリ君。すばらしい憲法をもつ日本に生きる一人のおとなとして、戦争のない世界をつくるためにがんばるらかね。
2004年05月04日
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今日は憲法記念日。 小泉首相の靖国神社参拝の違憲性を争った裁判で、福岡地方裁判所の亀川裁判長は4月7日、憲法違反の判決を下しました。この裁判の訴訟原告団の団長さんは、福岡県春日市に住む郡島さん(浄土真宗本願寺派・光照寺前住職)。光照寺の掲示板には、「日本の憲法は仏教徒の規範になります 大切にしましょう」との言葉が掲げられているそうです。小泉首相はじめ憲法を変えようとする自民・公明、そして民主党のみなさんが、この掲示板を見たら、どう思うでしょうか。 私の実家も、浄土真宗。お世話になっているお寺の掲示板には、「知識いよいよ進めば 態度ますます謙遜に傾く」との言葉。そのとおりだな、と思います。学生時代、日本共産党に入党して、ものの見方・考え方(科学的社会主義)を学び、多くの先輩党員と接するなかで、「謙虚に学び、学び続けること」という尊敬する先輩の書いた文書が今でも私の生き方の支えになっています。 多くの人の喜び、悲しみ、怒りをわがものとし、政治のゆがみがあればそれを正していく―この生き方をつらぬくには、まわりの人の意見に謙虚に耳を傾け、謙虚に学び、いっしょに苦楽をともにする―今の自分にどこまでそれができているかは、はなはだ疑問符がつきますが、そうした姿勢だけは忘れないようにしたいと思っています。それが日本共産党員の生き方だと思っています。 憲法を変えるという前に、憲法をくらしと政治のすみずみに―記憶が不正確ですが、たしか、日本共産党が与党だった東京・日野市だったでしょうか、あるいは、蜷川京都民主府政の時期だったでしょうか、市庁舎(府庁舎)に「憲法をくらしに生かそう」との垂れ幕が掲げられていたことがあったと思います。この言葉をあらためてかみしめた憲法記念日。 参院選では、憲法改悪を許すのかどうか―大きな争点となるでしょうし、しなければなりません。
2004年05月03日
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資料整理におわれていると、党内の会議に参加されていた方が、「佐藤さんに謹呈します。ほんとうは100円なんですが…」と、「出会い…忘れえぬ人々(特別養護老人ホームにて)」という手作り冊子をいただきました。心動かされた内容でしたので、長くなりますが、その一部分を紹介させてください。はじめに 親から受け継いだ命の炎を80年・90年と燃やし続け、そしてあの戦火の中を生きぬき、家族を守り、時代を築いてきた方々が、いま、介護を必要とする身となって特別養護老人ホームで暮らしておられます。 憲法25条は、1項で『すべて国民は、健康で文化的な最永限度の生活を営む権利を有する』とし、2項で『国はすべての生活部面について、社会福祉、社会保障および公衆衛生の向上および増進に努めなければならない』としています。そのもとに老人福祉法や介護保険法があり、その具体化のひとつとして特別養護老人ホームという生活施設が存在しています。 そこで働く私たちは(自分は)、『生活援助』を業務とし、介護度や利用支給額ではとてもいあらわせぬ100人100色の方々と出会い、多くの心はずみ心ゆさぶられる体験をし、忘れえぬ出会いとなっています。 つたない文章表現ですが、体験や出会いの一端を『詩』という形でまとめてみました。お読みいただき、特別養護老人ホームを身近に感じていただければ幸いです。タイムスリップ「ヨーイドン」 目の前の人々 特別養護老人ホームから尋常小学校にタイムスリップ体の不自由なんのその 物忘れもなんのその 年令もなんのそのアゴがはずれんばかりに パン食い競争 目を血走らせて玉入れ耳をつんざく大声援目の前の人々 まぎれもなく 少年少女!!天国のAさんへ野麦峠を越え100円工女で頑張ったあなた 初めて出会ったのは『アルツハイマー』という病気になってホームに来られた時でしたね。すでにあれこれ物忘れがありましたが「わて、5台も機会もっていたんやぞ」人生の中で苦しい時代であったでしょうに一番心に強く残っているのかたずねるといつも雄弁に語ってくれましたね「こどものころは何をして遊んだんですか」「なんも遊ばん」「ともだちと、ままごと遊びなんかしたんじゃないですか」「いつも畑の手伝いばっかりしていたもん」考えもなくたずね恥じたこともありました3年半の短いつきあいでしたが多くのことを身をもって教えてくれましたね表札を大切にタンスにしまっている姿差し出したお茶を「ありがとお」と「ごっつおさま」の言葉そして、こぼれんばかりの笑顔で飲まれた姿「かなわぬ鯉(恋)の滝のぼりなんやね」ボクの目を見て肩を落として言われた姿ベッド脇で「どおですかいね」とたずねると目でニッコリうなずかれた姿亡くなられて1年半 そんな姿が今でも目に焼きついています。あなたと同じように 長き人生を生きてこられたホームのみなさんあなたに教えてもらったことを心にきざみみなさんと共に生きていきます天国で見守っていてください終わりに お年寄り、特に介護が必要となっているお年寄り(要介護者)にたいする、くさい・汚いなどの偏見や誤解がまだまだある中で、お年寄り(要介護者)の本当の姿を知っていただくのに少しでも役に立てばとの思いでまとめてみました。 作品の中の出来事・体験は、厚生労働省の”保険あって介護不足”といわれるような低福祉施策・介護保険制度のもと、50人の入居者に対して2人の夜勤者しか配置できないということに省庁されるような厳しい職員体制の中で、ヘルパーさんたちが、ボランティアさんやご家族の協力を得ながら、お年寄りの安心・安楽な生活を支え、そして笑顔との出会いを大切にして奮闘している中での出来事・体験です。(後略) この特別養護老人ホームにおじゃましたり、ボランティアをしたときのこと、山田洋次監督の「学校4」のことを思い浮かべながら、あふれる涙をおさえることができませんでした。 夜、青年の会議―他県から県内の大学に入学した新入生も参加。また新たな出会いです。 お年寄りから青年まで、そして未来への可能性をいっぱいつめた子どもたち―今と未来を応援する政治を、日本共産党の前進で!
2004年05月02日
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今日は、第75回メーデー。1920年に開かれた日本の第1回メーデーは、8時間労働制の実現とともに、当時のロシア革命への干渉のためにシベリアに出兵していた日本軍の撤兵をかかげました。以来75回目の今日も、自衛隊のイラクからの撤兵をかかげ、年金第改悪反対、ヨーロッパなみの働くものの権利を守るルールをつくろうとの要求をかかげたメーデーとなりました。 開会オープニングに先立って、会場周辺で、尾西洋子県議、近松みき子金沢市議とともに訴え。そして金沢市内の本多の森公園で行われた石川県中央集会に参加しました。 日本国憲法を方言で朗読する場面が印象的でした。金沢弁で憲法前文を朗読された桜井さん―単に前文を金沢弁にしただけでなく、桜井さん自身の思いを込めた朗読に思わず聞き入ってしまいます。そして、東北弁で9条を朗読した佐藤さん。その素朴な朗読に、涙が出てきました。悪政のなかでも必死に生きている人たち―その一人ひとりにかけがえのない人生があり、命をかけても守るべき家族がある。そういう人たちを応援するのが政治であり、今の政治は、必死で生きている人たちをないがしろにしているだけではないか。「改憲」「論憲」「創憲」などという前に、憲法の精神を政治とくらしのすみずみにいきわたらせることが最優先ではないか。今までお会いしてきた、必死に生きている人たちの顔、思いを思い出しながら、「この憲法を守り、日々のくらしに安心と希望を」との思いがつのり、涙をこらえることができませんでした。 新日本出版社から、朗読CDつきの「おくにことばで憲法を」が発売されています。ぜひ手にいれたいと思います。メーデーで朗読された東北弁も、青森弁として紹介されているようです。残念ながら金沢弁はありませんが、桜井さんから金沢弁のものを頂こうと思います。 デモ行進に先立って、会場で、尾西洋子県議、升きよみ・近松みき子両金沢市議らと参加者の方々を激励。みなさん手を振ってこたえてくださいます。デモ行進しながら、途中で宣伝カーに乗り込み、デモ行進終結地点に先回りして、デモ行進を終えた方々を激励。ここでも、多くの方々が手をふって激励していただき、久しぶりに大学時代一緒に頑張っていた同期の仲間とも再会できました。 激励していただいたみなさんの期待に、ぜひこたえたいと思います。
2004年05月01日
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