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今日は、おとなりの富山、ふるさと新潟の県知事選挙告示日。県政革新にがんばる、富山・くろだ候補、新潟・かわまた候補の健闘を祈りたいと思います。新潟では、同時に行われている県議補選新潟市選挙区で出馬する日本共産党候補の伊藤誠さん(民青同盟新潟県委員長)は、私の同じ町(合併して新市になりましたが)の出身。直接面識はありませんが、同じ民青同盟の県委員長ということもあり、一度お会いできれば、と思っています。伊藤さんにもぜひ頑張ってほしいと思います。 会議を2つこなし、夜は行動。「今まではあまり支持してくれなかった人も、今度の参議院選挙では支持してくれた人が何人もいるのよ」とのお話を車の中でしながらの移動。「しんぶん赤旗」の紙面の魅力をじっくり語りながら購読のおすすめも。対話の途中、3ヶ月になるという小さい子猫が、甘えてきます。別のお宅では、家の中からお孫さんが出てきて、玄関先にぺたりと座り込んできました。「こんばんは」と手をふると、はにかみながら小さい手を少しふるしぐさに心もなごみます。「また来るね~」と手をふると、また小さく手をふってくれました。 車での移動中、開会中の県議会で、県当局が30人学級について「校長の裁量で認める」と答弁したことをどう見るか、ご意見をお聞きしました。「校長が要望すれば、30人学級を認めるとしたことは、今までのかたくなな態度からみれば風穴があいたことになるかもしれないけど、校長が要望して30人学級が実現したということは、全国的にも聞いたことがない。」とのこと。30人学級実現の問題は、石川県は最も遅れている数少ない県であることをふまえて運動を強めた結果であるとともに、県として積極的に推進する立場にはたっていないという両面をにらみ、新しい条件を生かして、父母の方々、教職員の方たちとも力をあわせて30人学級実現へ新たな決意で頑張らねば、と思ったひとときでした。
2004年09月30日
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最近、仕事場である党県委員会事務所から車を走らせている道路の電光掲示板に、交差点が歩車分離式信号になるとの表示。 恥ずかしながら、今日の「しんぶん赤旗」日刊紙を読むまで、「歩車分離信号」ってなんなんだろう、と気になりながら、意味がわかりませんでした。 歩行者の横断中に右折・左折してくる車両に、接触して起きる事故を防ぐため、歩行者と車両が交錯しないように分離しないようにする信号。歩行者側の信号がすべて青、車両がすべて赤になる信号スクランブル式なども、そのひとつであることを初めて知りました。そして、そこには交通事故被害者の方々の、「同じような悲しい事故に起こさないように」という思い、それにこたえようとがんばった日本共産党の活動があったことも初めて知りました。 思い出したのは亡き父のこと。父は、車の運転には細心の注意をはらい、必ず法定速度を守り、いつも「右よし。左よし。右よし」と点呼して運転していました。そんな父の姿をみながら、車の運転には細心の注意をはらうべきであること、どんなときも歩行者優先であること、などを学びました。「車は走る凶器」ともいわれます。車を運転する身として、あらためて細心の注意をはらうべきだと、思いを新たにしました。 午後、党県委員会の青年学生部長として会議を主宰。 夜、党の支部会議に参加。本音の議論、同じ苦労を共有できる仲間がいることの嬉うれしさを実感したひととき。「今度飲みにいこう」と声をかけると、「いいですね。ぜひ」との声が返ってきたことも、うれしかったです。
2004年09月29日
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昨日からテレビは小泉改造内閣の話題―「サプライズ人事」と新鮮味を持ち合わせた人事をしなければ、国民の支持を得られないやり方さえ今回みせられなかったのではないか。BSE問題で批判を浴びた武部氏を自民党幹事長に起用したことが、「サプライズ」―小泉内閣のゆきづまりが象徴的にあらわれたものだと言えるでしょう。 デスクワークなどをこなしながら、夜、党の第2回中央委員会総会(2中総)決定を討議する党の支部会議に参加。「『二大政党』論が、政権の『受け皿』なるものを用意することによって、国民の関心をどの党が自民党政治の中身に本気で対決するかにではなく、どの党が自民党政治にとってかわる『政権交代』勢力になるか、に向けることで、自民党政治への批判が日本共産党支持に結びつかないようにすることだった、ということになるほどなと思った。アメリカの二大政党を見ているとそう思う。次回の支部会議での学習が楽しみ」との感想もあり、2中総決定の学習をすすめることの大事さをあらためて実感したひととき。 次回の支部会議は、新しく党に入った人の歓迎会もかねてなべパーティーをすることに。楽しみです。
2004年09月28日
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朝、居住地の党後援会が発行している後援会ニュースをお届けする仕事。居住地の党支部や後援会のみなさんには、日ごろお世話になっているだけに、少しでもお役に立てれば、と思って引き受けさせてもらっています。 午前、安保条約をなくす運動をどうすすめるか、安保廃棄石川県実行委員会事務局会議に参加。毎月23日に行われている「23行動」は、1960年6月23日改定された日米安保条約が発効したのを機に、同安保条約反対を掲げて始まった宣伝や集会。毎月23日に全国で行われています。現在は安保破棄実行委員会が中心となって取り組まれています。 日本共産党は、現在の主要5党の中でただひとつ、安保条約を廃棄して、アメリカと対等・平等の新しい友好条約を結ぼうと提案している政党です。安保条約そのものは短い条約ですが、いまのアメリカいいなりのおおもとになっている条約。この安保条約の全文を学んだとき、在日米軍基地の問題、経済的にもアメリカの従属関係にある問題、今の日本の法体系は日本国憲法のもとでの法体系と安保条約のもとでの法体系とが共存していること(正確には、安保条約にもとづく法体系が優先されている、と言ったほうが正確かもしれません)―などを知り、目からうろことなったことを思い出しました。 日本共産党の役割は大きい―そんなことを実感したひととき。 午後、会議準備などにおわれながら、夕方党支部の方と行動。ご不在の方も多かったですが、今月中にどうしても「しんぶん赤旗」読者を増やしたいですね、と話し合いながら、再度行動の日程を決めました。 夜の行動は残念ながら延期―でも、党を大きくしたいとのこの党員の方のあつい思いにふれることができ、元気をもらいました。
2004年09月27日
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午前、党支部の方々と行動。急に決まった行動ですが、たくさんの方が集まっておられ、「大きな党をつくりたい」というみなさんのあつい思いを感じました。消費税増税に反対する署名への協力を訴えながらの対話―「あらぁ、写真ではいつも見ているのだけれど」「実物が来ました。突然お邪魔してすみません。選挙は残念な結果になってしまいましたが、普段の活動が大事だと思い、お伺いさせていただきました」「写真で見るよりふっくらしてますね」などなどの会話。病気の悩みをお話ししてくださる方もおられ、この方の悩みを聞いて励ましている党員の方に、「この人のおかげて、前向きに生きていられるのよ」とのお話し。悩みの相談にのって頑張っているこの党員の方の活動に敬服したひとときでした。 行動を通じて「しんぶん赤旗」読者も増え、「良かったあ」とみなさんも、私も元気になりました。 おいしいコーヒーをいただき、「みなさんの力になりたいので、また呼んでくださいね」とお話ししてお別れ。 午後、少し仮眠をとって、来週の会議の資料など4つの文書を作成するための下準備。 夜、党支部の方と行動。「しんぶん赤旗」読者も増え、ご一緒した党員の日頃の信頼関係あってこそだな、と実感。今後の党活動のこと、青年の中で大きな党と民青同盟をつくるための知恵だしも。
2004年09月26日
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午前、党支部の方々と行動。憲法の改悪に反対する署名への協力を訴えながら対話-「共産党にはがんばってもらわないと…」「直接佐藤さんに会うのは始めてですね。」「何にすがっていけばいいかわからない世の中になってしまいました。何が正しいのか考えるために、『しんぶん赤旗』を読ませてもらっていますよ」などなどの声。 行動を終えて、「佐藤さん、良かったらご飯食べていって。おでんもあるんだけど、味がしみてないかも…」とのことでしたので、ごちそうになってしまいました。手作りのお味噌汁など、おいしいい「おふくろの味」に舌鼓をうちました。 午後、引き続き党支部の方々と行動。今度は、消費税の増税に反対する署名への協力を訴えながらの対話でした。「この地域も高齢者が多くなってね。弱いものいじめの政治ですね。一人暮らしの高齢者をささえるために、もっと金沢市がしっかりしてもらわないと…」とのお話も。国の政治が悪くなっているだけに、地方自治体が暮らしを応援する本来の仕事をするべきときだ、と実感しました。 夜、会議に参加し、その後うちあわせも。家にたどりついたのは、いつもより遅い時間。明日も1日フル回転です。
2004年09月25日
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朝、JR金沢駅西口で、平田俊一・党金沢地区委員長とともに、消費税増税反対を訴えました。16年前の1988年12月24日、国民の大きな反対にも関わらず、消費税導入法案が、自民、民社、公明の各党によって国会で可決させられました。以来、毎月24日は全国各地で消費税増税反対の行動が行われています。党県委員会も、毎月24日を消費税増税反対の一斉宣伝行動としてよびかけ、今日も県内各地で宣伝署名行動が行われました。私が訴えた内容は、「フリーページ」の「集会でのあいさつ」の「2004年4月11日-」のページに掲載しましたので、そちらもご覧下さい。 バスや車の中から激励して下さる方が目立ち、「ありがとうございます。がんばります」とこたえて、演説を中断することもしばしば。 宣伝カーに乗りながら、先日宣伝カーを運転していたときのことを思い出しました。宣伝カーは子どもたちにとっては珍しく見えます。信号待ちのとき、前の車の後部座席に乗っていた子どもが、にこにこと手を振っています。私も思わず、手を降ると子どももにっこり。一緒に乗っていたご家族の方も、笑顔でこたえてくれました。保育園の近くを通ると、外で遊んでいた子どもが近寄ったり、「あ~っ」と指を差したり。ほのぼのとした気持ちになったひとときでした。 午前、自民・公明・民主党がすすめている憲法の改悪をやめさせるための知恵だしの会議に参加。 会議を終えて、金沢市武蔵ヶ辻で行われた消費税をなくす石川の会・消費税廃止石川県各界連絡会の主催する宣伝・署名行動に直行。私は、消費税増税反対の署名へのご協力を訴えるとともに、ハンドマイクを握って、訴えもさせていただきました。 遅めの昼食をすませて、青年学生部長としての仕事など。 大学生協時代に取り組んだ、消費税導入反対・増税反対運動が、政治の問題に目をむけるきっかけになっただけに、消費税増税問題は私の生涯のライフワークです。
2004年09月24日
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午前、第14回石川解放運動戦士合祀追悼集会に参加し、来賓として日本共産党石川県委員会を代表してあいさつをさせていただきました(写真左が私。右は、升きよみ党金沢市議)。 私の後ろに見えるのが、「石川解放運動戦士之碑」。平和と民主主義、生活と権利を守り、政治革新と社会進歩のためにたたかい、東京・青山霊園の「解放運動無名戦士墓」に合葬された石川県関係者を顕彰、追悼し、その遺志を受け継いでいくために建立されました。顕彰碑に使用された石材は、高さ約2.5メートル、横幅約2メートル、重さ10トン以上ある愛媛産の青石(自然石)。顕彰碑に刻まれた題字は、全日展作家の方の揮毫。 人生のうえでも、活動のうえでも大先輩ばかり集まった集会でしたので、恐縮しながらも、自分なりに心をこめてあいさつをさせていただきました。あいさつの全文は、このサイトに掲載します。 午後、石川解放運動戦士を偲ぶ懇親会に参加をさせていただきました。最後までご一緒したかったのですが、次の予定があるため中座。 会議に参加した後、党支部の方と行動。年金改悪の実施の中止を求める署名、来年の被爆60周年にむけて核兵器廃絶を求める国際署名への協力を訴えながら、憲法改悪のこと、子どもたちをめぐる痛ましい事件や犯罪を解決するにはどうすればいいか―「しんぶん赤旗」の紙面を使っての対話がどこでもはずみます。 「孫なのよ」とまもなく2歳になるお孫さんをだっこして、玄関先で対話した女性の方。このお孫さんがまたかわいい。私たちの顔を見るなり、今にも泣きそうな表情…。「こわいおじさんが来ちゃったね」と声をかけると、「人見知りするんですよ」とのこと。しばらくお話をしていると、すっかり落ち着いたようで元気に飛び回ろうとしています。「じゃあまたね。バイバイ」と手をふってお別れ。 行動を通じて「しんぶん赤旗」読者も増え、うれしい限りです。 党事務所に戻って、野菜たっぷりのうどんを作り、遅めの夕食。デスクワークをこなして、帰途に。今日1日の疲れは、車の中で聴くZARDの曲、「サヨナラは今もこの胸に居ます」「雨に濡れて」が癒してくれました。
2004年09月23日
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明日23日は、第14回石川解放運動戦士合祀追悼集会が開かれます。私は、日本共産党石川県委員会を代表して来賓あいさつをさせていだだくことに。あいさつの原稿をつくりながら、いろんなことを感じました。 1991年以来、毎年9月23日に行われている石川県解放運動戦士合祀追悼集会は、金沢市街を望み、閑静で、駐車場も隣接する卯辰山の鈴見町緑地に建立されている「石川解放運動戦士之碑」前で、厳粛に開催されています。「石川解放運動戦士之碑」は、反戦平和、主権在民、生活擁護、政治革新、社会進歩のためにたたかい、志なかばに倒れた人々の業績をたたえ、その遺志を受け継ぎたたかう象徴となっています。 今年合葬されるのは8人の故人。8人の方々の生前のご活躍、苦楽をともにされたご遺族の思いなどが綴られた資料に目を通すと、思わず涙ぐんでしまいました。私も何度かご一緒した方々もいるだけに、よけいに胸がつまります。「もうあの方の笑顔を見ることができないのだな…」と思うと、悲しみばかりが大きくなります。 元気いっぱい、国民の苦難の軽減のために頑張っていくことが、故人の遺志を受け継ぐことであると、自分で自分を励ましながら、あいさつの原稿をつくりました。
2004年09月22日
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午前、国会議員団石川県事務所長としての仕事。 午後、会議準備をすませて、夕方党支部のみなさんと行動。雨まじりのあいにくの天気でしたが、升きよみ金沢市議もご一緒しての行動でした。「夕ご飯にはまだ早い時間だけど、小腹がすいたでしょう。新米でつくったおにぎりをどうぞ」と、おいしいちそ入りのおにぎりをいただいて、行動に出発。はじめてお会いする方もたくさんおり、「今後とも日本共産党へのご支援をよろしくお願いします。そして『しんぶん赤旗』をぜひ購読してください」と、同行された党支部長さんの熱い訴えに私もはげまされました。対話の中で生活相談をされるこの党支部長さん。住民の要求にこたえる日本共産党の支部ここにあり、と学ばされました。 プロ野球ストライキ翌日の20日のセ、パ両リーグ6試合、各球場とも熱気があふれたようです。大リーグ、マリナーズのイチロー選手の年間最多安打達成へのがんばり、日本時間18日からはじまったアテネでのパラリンピックでの熱戦―夜のスポーツニュース、そして「しんぶん赤旗」スポーツ欄は今後も見逃せません。
2004年09月21日
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午前、敬老の日にあたり、「これまでのご活躍に敬意を表するとともに、今後ますます健康に留意され、お元気で過ごされますよう、そして党のひきつづく前進のために知恵と力をお寄せいただきますようにお願いする次第です」とのお手紙とともに、記念の品をお届けに、党員の方々を訪問しました。 私の倍以上の人生を送れている方、私は入党してまだ十六年ですが三倍以上日本共産党員として頑張ってこられた方々だけに、恐縮しながらの訪問でした。初めてお会いする方もおられます。 「毎年どうもありがとう」と深々とおじきされる大先輩、「私の兄は、戦前の海軍で人間魚雷として死んでしまった。仏前にお供えします。これも何かの縁。どうぞお上がりになって仏前でお参りなさってください」とお話しされる方、「入党して五十年以上過ぎました」と当時の思い出をお話してくださる方、「参議院選挙、ほんとうにご苦労さまでした」と候補者としてのご苦労もされた大先輩、「少しからだの調子が悪く、何の力にもなれなくてすみません」とお話される方…ほんとうに恐縮です。こうした方々のご苦労のうえに、今の日本共産党があるのだな、そのご苦労に思いをはせて私も頑張らなければ、と励まされたひととき。 午後、会議やうちあわせをこなし、24日の消費税増税反対いっせい宣伝行動にむけた街頭での演説原稿作り。今から16年前の1988年12月24日深夜、参議院本会議で消費税導入法案が可決されました。以来、毎月24日は、消費税増税反対のいっせい行動日として、全国各地で宣伝署名行動が行われています。 大学生協で頑張っていたとき。消費税導入反対で寝食を忘れて頑張った日々のことを思い起こしながら、消費税は社会保障のために使われずに大企業応援の減税などにのみこまれてしまったこと、大企業応援の税金の集め方と使い方をあらためれば消費税の増税をしなくても、暮らしを支える社会保障の財源はつくれること、暮らしを応援してこそ企業の経済活動も軌道にのれること―初めて街頭での演説を聞く方でも、「なるほどな」と納得していただけるような演説をしたいと、もてる力を全部だしきるつもりで演説原稿をつくりました。
2004年09月20日
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午前、党支部のみなさんと行動―升きよみ金沢市議も参加されました。昨日に引き続き蒸し暑い中の行動では、奥さんが「あらぁ、えらい方が来たわよー」とご主人を呼び出してくださいます。憲法の改悪に反対する署名にサインをしてもらいながら、「共産党にもっとがんばってもらわんならなん」と率直なご意見もおうかがいしました。はじめて行動に参加される党員もいて、活気あふれる行動。「しんぶん赤旗」読者になっていただく方も増えました。 午後、金沢市武蔵ヶ辻で、憲法守ろう!の宣伝・署名行動。宣伝カーから訴えたのは、秋元邦宏県委員長、尾西洋子県議。私は、ビラを配布しながら、「憲法を守る署名です。ご協力をお願いします」と署名の協力を訴えました。「がんばって」と会釈をしての激励、青年が私と視線をあわせるなり車から大きく手をふって激励。 夕方も党支部の方々と行動。「こんなところまでわざわざ来ていただかなくてもいいのに」と女性の方。「憲法守れの署名ね。憲法が基本だものね」とこころよくサインをして下さいました。「実は、入党もすすめられたことがあるのよ」と初めて聞くお話しも。 「テレビを見ていて、共産党がいちばん」「うちのお父さんが好きなのよぉ」などなど、はじめてお会いする方ばかりなので、日本共産党との出会いをお聞きしたりと、対話もはずみ、あっという間に時間が過ぎ去ります。「おもしろい行動だったね。今日全部回りきれなかったので、また行こう」とご一緒した党員の方も、私も元気をもらいました。「しんぶん赤旗」読者も増え、募金までいたきました。 草の根での活動―「2大政党制づくり」に対抗する国民中心の政治を軸をつくるために、日々がんばります。
2004年09月19日
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プロ野球史上初のストライキ初日。古田選手会長の「申し訳ありません」との涙は、合併反対を願うファン、土日の試合を楽しみにしていたファン、そして選手たちへの思いからにじみ出た思いなのでしょう。 この間、イラク戦争をめぐっても大事な動きが相次ぎました。・パウエル米国務長官が13日、上院政府活動委員会の公聴会で「イラクの大量破壊兵器、将来にわたって発見不可能」と述べ、当事者自らイラク戦争に大義がなかったことを認めた発言。・ロイター通信が16日、米政府筋の話として伝えた中身―昨年6月からイラクで大量破壊兵器を捜索してきたアメリカ政府のイラク調査団が近く最終報告をまとめ、イラクに大量破壊兵器がなかったと結論づけることが明らかになったこと。・国連のアナン事務総長が15日、英BBC放送とのインタビューで、イラク戦争は「われわれ(国際社会)の観点から見た国連憲章に合致しない、違法なものである」と言明したこと。 大義のない戦争を支持し、加担した日本政府も厳しく問われています。 16日、日本共産党の志位委員長は、民主党と社民党の党首と会談し、年金問題、日本歯科医師連盟にからむ献金問題、イラク問題など、ただちに議論すべき課題が山積しているとし、早期に臨時国会召集を求めることで一致。会談後、衆院議長あてに3野党93人による臨時国会召集要求書を手渡しました。 私は、草の根で公約実現へ頑張ります。
2004年09月18日
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朝、JR金沢駅西口で訴え。木島日出夫・前衆院議員、尾西洋子県議らとともに申し入れをした、金沢市市街地上空を飛行した自衛隊機の問題、福井・美浜原発事故の教訓を生かす問題などで演説。 あわせて、普天間基地所属の米軍ヘリ墜落事故問題でも訴えました。12日に開催され3万人があつまった宜野湾市民大会―今、沖縄では「SACO合意を見直せ」との声が広がっています。「SACO合意」は、普天間基地をはじめ、基地をたらい回しにする路線。政府・与党はこの立場だし、民主党も「SACO合意の早期実施」と同じ立場であることを紹介。「日本共産党の立場は明快です。米軍基地の即時撤去、そのおおもとにある安保条約をなくして、アメリカと対等・平等の友好条約を結び、ほんとうの友人関係をアメリカとつくることです。」と訴えました。 車の助手席から笑顔で手をふってくれる若い女性が印象的でした。その他にも予想以上に激励があってびっくり。 今日はデスクワークに追われた日。そのなかで、長崎の佐世保小6事件で長崎家裁佐世保支部が15日、女児に言い渡した決定の要旨を注意深く読みました。あわせて、被害者の父親・御手洗恭二さんのコメントも読みました。 深く考えさせられました。 そして、読みたい、と思いながら、その時間をつれないままになっている本、「生きることと自己肯定感」(高垣忠一郎/新日本出版社)のページをめくりました。その「まえがき」を読みながら、心が動きました。―「子どもの『問題』の解決として、どうしてもはずすことのできないキーワードとして『平和』と『自己肯定感』を取りあげた。」―「『平和』と『自己肯定感』は、けっして子どもだけにかかわる事柄ではない。私たちおとなの生き方と深く関わっている。(中略)おとなは自分を棚上げにして、子どもの『問題』と向き合うことはできない。」―「おとな自身も『自分が自分であって大丈夫』という『自己肯定感』を発見する必要があるのだと思う。その『自己肯定感』が、古い自分へのとらわれから、それにしがみつく手を離し、新しい自分へと飛躍することを可能にする『セーフティーネット』だからである。そのことが、私が本書で何より主張したいことである。」 この本は、また私にとって、生涯手放すことができないバイブル的存在になりそうです。
2004年09月17日
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9月10日にきたるべき衆院選比例代表北陸信越ブロックで頑張る木島日出夫・前衆院議員、尾西洋子県議と一緒に北陸電力石川支店に「関西電力美浜原発三号機事故の教訓を生かし、志賀原発の安全計画とプルサーマル計画の中止を求める申し入れ」を行ったことは、10日の日記で紹介しました。 そこで求めていたいくつかの問題について、石川支店の方々が尾西洋子県議のもとに回答に訪れました。私も同席させてもらいました。10日の日記で紹介したとおり、美浜原発の教訓を生かす立場で、私は2つの点を重視していました。・原発の定期検査に関して、その準備期間であっても、定期検査に関わる労働者を原発建屋に入れているようなことがあれば、原発稼動をやめるべきであること。・本来電力会社の責任で行われるべき検査項目を、電力会社が確認せずに下請け会社に丸投げになっているようなことはないのかどうか。そして、安全より利益第一ということで、検査に関わる労働者の安全はもとより、その労働条件が過酷なものになっていないのかどうか。 この2つの点について明らかになったことは、・タービン建屋は放射線管理区域になっており、簡単に出入りできないようになっていること。検査のために足場を組む資材は、管理区域の入り口に置くことはあっても、中に入ることは簡単にできないこと。足場を組んだりする作業は、稼動を停止してから行っていること。・検査の元請は日立。下請けは一次、二次などかなり数があり、何社何人かは把握してある。しかし、契約・商取引の関係上つまびらかにできないこと。合同の安全衛生協議会をつくっていること。 核心部分についての詳細はなかなか明らかにされません。 定期検査は本来、国が責任もってチェックすべきですが、「規制緩和」で、だんだん企業まかせになっている実態もあります。 国のチェック機構として、原発を規制する原子力安全・保安院がありますが、これは原発を推進する経済産業省に置かれています。安全を厳しくチェックするには推進機関と規制機関を分離することが国際的取り決めであるにも関わらずそうなっていないのが実態です。保安院を経済産業省から名実ともに独立させること、原発の「安全神話」を一掃し、原発の危険から住民の安全を守ることを第一にする行政に転換すること。 今後は、小規模水力、風力、太陽光、バイオマスなど再生可能な自然エネルギーに電力を置き換える努力が必要ではないでしょうか。再生可能なエネルギーの研究開発費を増やす―こういう取り組みを通じて、いまある原発の段階的撤退に向かうべきだと思います。原発の安全確保は、技術的に未確立の段階なのです。 ふまじめな学生であり、成績はまったく振るいませんでしたが、物理学科に属していた一員として原発問題には、今後注目していきたいと思います。 夜、青年たちの会合に参加。「異性間の友情はなりたつか」を中心にした討論会。個別の恋愛の悩みも出されました。個性あふれる青年たち―しかし集団としてとても美しいハーモニーを奏でていました。幾度か紹介していますが、私のバイブル的存在である「眠れぬ夜の教師のために」(三上満/大月書店)の一節を思い出しました。―「ちょっと不器用で気はきかないが、ぼくとつで誠実な先生、あるいはユーモラスで遊びづきで、子どもたちと平気で交わることのできる気さくな先生、あるいは育ちがよくて人間に対するていねいさにあふれた先生、あるいは女でもまるで男みたいにばりばりと子どもたちとつきあえる先生、男性でも優しくていねいな先生、そういういろいろなトーンや音色をもった教師がアンサンブルをかなでる、これが学校のもつひとつの大きな魅力なのです。そういう学校であってはじめて学校は子どもたちにとって、人間を学べる場、人間らしい人間と出会える場になるのです」。 この青年たちの集団は、まさにそんな場になっているな、と実感しました。私も美しいアンサンブルを奏でる一員になっていたでしょうか? 今の学校の現場も、そんなふうになれば、と願わずにいられません。そのために、一時期は教師をめざそうと思っていた一人として力をつくしたいと思います。
2004年09月16日
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2004年3月10日の日記でも紹介した、故・山原健二郎元日本共産党衆議院議員(3月8日死去)。 8月27日、高知市で開かれたしのぶ会(同実行委員会)には700人が参加し、感動的な会になったようです。 土佐の山原、京都の寺前。1996年の総選挙ではともに小選挙区をかちぬいた人。その寺前巌元衆院議員は、あいさつで「胸まで濁流につかって…」と声を詰まらせたとのこと。寺前さんの心に焼きついているのが、水害の救援にかけつけた山原さんの写真。「うなったね。山原さんの強さを見る思いがした」。憂国・郷土愛、行動派、そして人間味と山原さんを評します。 しのぶ会には、大野見村の高橋利直村長をはじめ、自治体首長、マスコミ関係者、文化人ら広範な来賓が紹介されたそうです。「立場は違っても」と出席したのは中谷元・自民党衆議院議員。最後まで席をたたなかったそうです。 山原さんは、国会の本会議壇上で「千名の銃剣を持て恫喝し 奪いし土地は伊佐の美田ぞ」と詠み、「沖縄は基地がなくなったときに初めて戦後。わが国民はたたかうべきだ」と防衛庁長官に迫る…。 寺前巌元衆議院議員は、あいさつで「党綱領とともに導きの星として輝いてください」と述べたそうです。 私も山原さんを導きの星として、少しでも山原さんに近づきたい。 山原健二郎さんを偲んで。
2004年09月15日
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石川県でも悲しい事件がおきました。金沢市内でご夫婦が刺殺され、殺人未遂などで逮捕されたのは十七歳の無職の少年。 被害にあわれたご遺族や関係者の方々の胸のうちを思うと、ほんとうにいたたまれない気持ちになります。心から哀悼の意を表します。 同時に、逮捕されたのが十七歳の少年であったことで、同じ世代の子どもをもつお父さんお母さんだけでなく、小さい子どもをもつ子育て世代の方々、教育関係者のみなさんも、いろんな思いがかけめぐっているのではないでしょうか。私自身、その一人です。 こうした事態を目の当たりにして、今自分に何ができるか―いつも自分自身に問うています。 私は、こうした問題を考えるキーワードのひとつは「自己肯定感情」だと思っています。このキーワードは、日本共産党の第23回党大会決議でも強調されました。―『少年事件や少年問題の原因はさまざまだが、その背景の一つに、子どもの自己肯定感情(自分を大切な存在と思う感情)が深く傷つけられているという問題があることは、多くの関係者・専門家が共通して指摘していることである。自己肯定感情が乏しければ、他人を人間として大切にする感情も乏しいものとならざるをえない。国際比較調査でも、「自分自身への満足」「私は価値ある人間である」と感じている子どもの比率が、日本ではきわめて小さいことは憂慮すべきことである。 子どもたちが、自分が人間として大切にされていると実感でき、みずからの存在を肯定的なものと安心して受け止められるような条件を、家庭でも、地域でも、学校でも、つくることが切実に求められる。 そのためにも、子どもの声に真剣に耳をかたむけ、子どもの思いや意見を尊重し、子どもを一人の人間として大切にする人間関係を、社会の各分野でつくることは、きわめて重要である。子どもが自由に意見をのべる権利を保障し、その意見を尊重し、子どもの社会参加を保障するとりくみが求められる。社会の一員として尊重されてこそ、自分を大切にし、他人を大切にし、社会のルールを尊重する主権者として成長することができる。』 この部分をよんだとき、わが意を得たり!と拍手喝さいしたことを覚えています。 大学生協運動にかかわり、民青同盟県委員長長として高校生や学生・青年労働者とかかわり、今も党の青年学生部長として、青年たちと関わっています。その中には、「死にたい」ともらす不登校の高校生、引きこもりになっていた学生、心に傷を負った青年たちと会ってきました。「そんなに肩肘はらなくていいんだよ」「自分らしくいられる、強いところ弱いところも含めてまるごと受け入れてくれる場あれば…」…幾度とも思ってきたし、今も思っています。 「自己肯定感情」をもつことは、子どもたちだけでなく、私自身も含め大人たちにも必要だと思います。私の好きな「世界にひとつだけの花」「ハナミズキ」などの曲がヒットするのも、底流にはこうしたことが反映しているのではないでしょうか。 日本共産党や、党を相談相手にする民青同盟は、人間が大切にされる新しい社会をめざす組織です。だからこそ一人ひとりの成長を支えあい、豊かな人間関係をつくることに力をつくしています。日本共産党のなかで、そして民青同盟のなかで、ドラマチックに変化していった人たちの姿を思い出しました。 日本共産党の一員として、人間的も魅力あふれる党員となりたいと思います。そして、今度のような悲劇が起こらないように、今私のできることを全力でやりたいと思います。
2004年09月14日
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金沢市内で行われた「秋の勉強会 テーマ『宗教と政治・平和について』」に参加しました。講師は、日本宗教者平和協議会(宗平協)事務局長の石川勇吉さん(真宗大谷派 報恩寺 住職)。 新潟の実家も真宗大谷派であり、住職さんは私の中学校時代の社会の先生。2000年1月に父が亡くなってからおつきあいも深くなりました。そして真宗大谷派は、2003年2月28日宗務総長名の「イラクへの武力行使に反対する声明」を表明し、小泉総理大臣、駐日米国特命全権大使、駐日英国大使及び国連事務総長宛に郵送するなど、「先の戦争において時の国家に追随し、宗祖親鸞聖人の仰せになきことを仰せとして、多くの人々を戦場に送り出し多大の苦難を与え、世界中の人々の尊いいのちを犠牲にしたのであります。そのことの懺悔に立って、私たちは戦後50年の節目にあたる1995年、教団の最高議決機関である宗会において、自らが犯した罪責を検証し、二度と戦争を許さない『不戦の誓い』を内外に表明いたしました。私たちは、どこまでも、そこに立ち続けることの決意をあらたにするものであります。」(「イラクへの武力行使に反対する声明」)としています。 そんな経緯を知っているだけに楽しみにしていた勉強会でした。 今年、中国を訪れた石川さんの話は実に興味深い。・戦前の旧満州には、80ヶ所の真宗大谷派の別院や説教所がつくられていたこと、石川さんが訪れたところは、現在、京劇の練習所や中学校の倉庫として現在使われていること。一方で、中国の人が当時作った教会や道教のお寺は今も布教活動を続けていること。・戦前の旧満州につくられた神社は保育園などになっていること。現在住んでいる、当時を知るお年寄りは、「ここは靖国だ」と語ったここと。―この2つに共通しているのは、日本がつくった別院や神社はすでに宗教的使命を終えていること。 石川さんのお父さんは、戦前の大政翼賛会の役員をしており(地域で戦争に協力したのは坊さんと教員だったとのこと)、自らの教えより軍国主義を優先させたこと―宗祖の教えの大事なところである「主人臣下背法違義成念結怨」の部分に紙をはり、赤い字で「○印ハヨマヌ字ノ印也」と書いてある本を使って、徴兵検査を受ける前に軍事教練や説法をしていたこと(写真は、その本の実物。右上に赤い字で「○印ハヨマヌ字ノ印也」と書いてあるのが見えるでしょうか?)・広島の原爆投下を目の当たりにしたお父さんは、懺悔したくてもできなかったこと。石川さんご自身は父に代わって懺悔したかったこと・アメリカには真宗大谷派の別院はあるが、中国、韓国、東南アジアにはなく、不戦決議をあげただけでは現地の人の思いにこたえることができないこと などなど、ひとつひとつ事実を積み重ねながらお話しする石川さんのお話に、約2時間引き込まれっぱなしでした。 昼食時には、石川さんととともに、宗平協理事長の鈴木撤衆(真宗大谷派僧侶)さんも到着されました。一緒に昼食を食べながら和やかに懇談。 真宗大谷派の歴史をもっともっと学びたい、アジアの中で日本のはたすべき役割はなにか、日本共産党として今なにをなすべきか―いろんなことを感じながら、勉強会会場をあとにしました。
2004年09月13日
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昨日に引き続き学習会に参加。テーマは、日本共産党が理論的基礎としている「科学的社会主義」。別の方が講師をされるので、私はなりゆき上、一参加者でなく、今後自分が講師をするための勉強という立場で参加しました。10月には2週連続で、講師をする予定なので、その準備もかねて。 私もこのテーマで何度か講師をしたことがありますが、はじめて学ぶ人にとっても「なるほどな」と思ってもらえるためには、私の到達では相当苦労がいります。私自身が理解をする上でぶつかったところ、その壁を乗り越えるうえで大事だと思ったこと、その勘所をつかんだうえで講師をすることが求められています。初めて学ぶ人、何度か学んだことがある人が入り混じるなかで、いろんな疑問や感想も出され、たいへんいい機会になりました。今日の経験を生かして、10月の学習会にそなえたいと思います。 民報「新石川」の記事を急きょ執筆することになり、情報収集と原稿書き。 夕方から、石川県医療労働組合連合会(石川県医労連)結成30周年記念レセプションに、党県委員会を代表して参加。記念コンサートとして、ハープの演奏と谷川俊太郎の詞「生きる」の朗読。ハープの生演奏を聴くのは生まれて初めてです。国内で唯一、ハープの製作がされているのはお隣の福井県であること、アイリッシュハープという楽器はアイルランドの民族楽器であること、グランドハープの弦は羊の腸で作られ、一番太い弦は1本6,000円もすること―始めて聞くことばかりで、目を白黒させてしまいました。 私は、党県委員会を代表してあいさつをさせていただきました。「プロ野球問題を通じて、あらためて労働組合、ストライキが注目されています。医療労働者の権利を守るとともに、そのためにも政治のおおもとを変えようと活動する医労連のみなさんの役割は本当に大きいと思います。私もみなさんのかかげる要求の実現へ、全力で頑張ります」。 進歩的理論に触れ、かつ文化にも触れることができ、たいへん充実した1日となりました。
2004年09月12日
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今日は学習会の講師です。午前、資料の印刷作業―全部で50ページをこえる資料の印刷に、思いのほか時間がかかりました。 会場に早めについて準備を、と思ったものの、会場についたら大事な資料を忘れたことに気づいて、トンボ帰り。 私の学習会のスタイルは、長い時間話して、最後に質疑応答―という形式ではなく、ひとつひとつきちんと理解してもらいたい、と思うので対話形式の学習会にしようと心がけています。 が、これも良し悪しというか、思いもかけない質問も飛び出すし、そうした疑問を大事にしようと思うと、こちらが準備したことを全部言えないまま時間切れになることがしばしばあります。 今回の学習会も、案の定でした。いろんな質問が飛び出し、結局準備した内容の半分以上ははしょらざるをえませんでした。でも、本質的な質問も多く、「佐藤さんの話はスケールが大きい」「こういう話をただで聞けるなんてうれしい」という声も上がったので、学習会に参加した人の思いに少しでもかみあう中身なったようで、ほっとしました。冗談で、「講師料いただきましょうか」。 学習会の準備の疲れのせいか、学習会参加者との交流もそこそこに、睡魔がおそいます。 学習会では、私が学んだことをすべて伝えたい、と思っていましたが、その願いもかなわず時間切れ。とりもなおさず、私の講師としての力量不足からくるものです。もっと語り口、問題の本質に迫る角度、適切な資料をそろえることなどを磨くべく、日々努力が必要です。
2004年09月11日
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朝、金沢市役所前で訴え―災害に強い国土づくりに政治が責任をもつこと、金沢市街地上空を自衛隊機が飛行した問題、福井・美浜原発事故を受けて志賀原発をかかえる石川県もその教訓を生かして安全対策を強化すること、自民も民主も憲法改悪を叫ぶなかで、日本共産党は憲法を守るため全力をあげるし、今日から石川県入りする木島日出夫前衆議院議員も県内各地で学習会を行うこと―などを訴えました。 午前の仕事をすませ、急きょ小松基地の航空祭中止の申し入れに同行するために小松基地へ向かいました。どうしても、金沢市上空を飛行した自衛隊機のことについて問いただしたかったからです。 きたるべき衆院選の北陸信越ブロック比例代表でがんばる木島日出夫前衆院議員、西村祐士・党加南地区委員長、橋本米子・党小松市議と合流。小松基地では車の乗り入れが許されず、門前に車を置いて歩いて基地内へ。まだあどけない顔をした青年たちが迷彩服を着ている姿に、複雑な思いです。 私は、木島氏らとともに、航空祭の中止を求めるとともに、・金沢市上空を飛行したのは自衛隊機かどうか・もしそうであれば「金沢の住宅密集地上空の飛行は避ける」とした「小松飛行場運用規則」に反するのではないか、・「小松基地飛行場運用規則」のその部分を公開してほしいと訴えました(写真左から、私、木島・西村・橋本の各氏)。基地側は、・「今日の午前中、金沢市の担当の方が来られたので説明した。飛行していたのは、小松基地所属のU125捜索機。山岳救助の訓練のためだったが、事前に金沢市には案内をしなかった。今までも訓練のたびに案内していたわけでない」・「上空を飛ばないと約束したのは戦闘機のことで、捜索機はあてはまらない」・「『運用規則』は内部文書であり、情報公開制度を通じて請求してもらわないと出せない」とのこと。 自衛隊機が低空で飛行すれば、住民は「なんだろう?」と不安に思うので、捜索機であれ、金沢市と周辺住民に通知するのは最低限のことではないかと、木島氏らとともに要求。しかし「今後案内するかどうか努めてみます」とのこと。私は、・「運用規則」の公開を求め、金沢市市街地上空を飛ばないとした部分が本当にあるのかどうか・飛ばないとしたものは戦闘機であり、捜索機は許されるとした基地側の解釈は妥当なのかどうか・捜索機であれ、金沢市と周辺住民に事前の案内をすることを党金沢市議団とも協力しながら、今後も頑張りたいと思います。 小松基地をあとしにて、金沢市内にある北陸電力石川支店へ。「関西電力美浜原発三号機事故の教訓を生かし、志賀原発の安全確保とプルサーマル計画の中止を求める申し入れ」を行いました(写真左手前から、私、木島、尾西洋子県議)。木島氏は、「福井・美浜原発の事故翌日、現地に行って現場を見てきた」と迫力こめて、尾西洋子県議とともにやりとり。 やりとりの中で、美浜原発事故の教訓をどう生かすのか、そういう視点が欠落しているということが明らかになりました。美浜原発三号機は加圧水型軽水炉(PWR)。稼動中の志賀原発1号機は沸騰水型軽水炉(BWR)、建設中の2号機は改良水型軽水炉(ABWR)。型は違っても、今度の美浜原発から導き出す教訓はあります。いろいろありますが、・定期検査に入る予定の作業員が、それに備えて工具の搬入などで原発建屋に入っていたさなかに起きたのが美浜原発事故。教訓を生かそうと思えば、定期点検準備期間で労働者が原発建屋に入っているならば、当然、原発の稼動を中止すべきでしょう。しかし、明日から始まる志賀原発の定期点検―今日まで準備期間でしたが、労働者を原発建屋に「入れていないとは断言できない」との重大な回答。・コスト優先で徹夜作業まで強要される、検査に関わる労働者。検査が安全第一にされているかどうか、本来電力会社の責任で行われるべき検査が、検査項目を電力会社が確認せず下請けに丸投げ。こうした安全より利益第一主義の立場によって起こったのが今回の事故。にも関わらず「点検の指針は検査をやっている日立がもっているはず。富山の本社はつかんでいるとは思う。検査は、日立自身がやっているのか、その下請けがやっているのか、富山本社がつかんでいるはずですが…」との心もとない回答。 定期検査準備期間であっても原発の稼動を中止すべきであること、検査をまかされる日立が本当に安全第一でやっているのかどうか―問題点が明らかになった申し入れでした。 住民の目線で何が問題なのかをわかりやすく明らかにし、問題点はその解決のために全力をつくす―すっぽんのごとくしがみついて、木島日出夫前衆議院議員、尾西県議や金沢市議団、関係者のみなさんと力をあわせて日々頑張りたいと思います。
2004年09月10日
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「若者たちは佐藤さんと話したがっています」という声を聞きました。その理由は、「なぜ、あれだけ自分と直接かかわらないことに夢中になれるのか」をということを知りたいから、とのこと。 なるほどな、若者たちからそういう目でも見られているのだな、と思いました。「青年の心は夏の天気のように揺れ動き、悩みも多い。進路のこと、家族のこと、恋人のこと、自分の性格についての悩み、学業のこと、仕事のこと、上司からの圧力、いじめ…悩みはつきない」「いまは生きることが大変で、みんな自分のことだけで精一杯。とても人のことまで関わってなんかいられない」―ある本でこんな文章がありました。私自身もいろんな悩みを抱えています。悩んでいる青年の姿を見ると、まるで自分を見ているようです。「自分のことだけで精一杯。とても人のことまで関わってなんかいられない」―青年たちはそこまで追い詰められていると思います。そういう青年からみると、私の姿は「なぜ、あれだけ自分と直接かかわらないことに夢中になれるのか」と見えるのかもしれません。 自分や家族の幸せを考えたとき、自分を苦しめ、家族を苦しめているおおもとに政治と社会の矛盾があること、この政治と社会を変えることが、自分や家族を大切にすることであることを、私は民青同盟の活動を通じて学びました。こんなちっぽけな人間でも、少しでも社会を良くする力につながれば…そんな気持ちで今も頑張っているつもりです。 生きがいのある人生とは何か、多くの青年たちと一緒にあつく語り合いたいと思います。今日の日記の結びに、日本共産青年同盟創立70周年記念集会での日本共産党志位書記局長(当時)の講演の一部を紹介します。―「戦前の若い先輩たち―彼らは、若くして命を落としたけれども、もちろん死ぬために活動したのではありません。もっと、生きたかったし、たたかいたかった。青春の喜びも願っていた。しかし、生きることを本当に大切にするためには、社会の不正に屈せず、見過ごさず、正面からたたかいぬく。して、自分の人生を社会の進歩と重ねてあわせて生きぬく―それが一度しかない大事な人生を一番大切にすることであり、一番人間らしい生き方であり、一番若者らしい生き方ではないでしょうか。時代はことなりますが、ぜひ、この素晴らしい生き方をひきついでいこうではありませんか。」 この他にも、私の生き方の糧となっている文章がたくさんあります。折にふれて紹介したいと思います。
2004年09月09日
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6日、労働組合日本プロ野球選手会臨時運営委員会が、スト権行使を決定―プロ野球問題では、ほんとうに新聞・テレビから目が離せません。「ストライキ」「労働組合」などの言葉が、これだけ社会的な話題になるのもかつてなかったような気がします。 プロ野球選手会は労働組合なのか、高い年棒をもらう選手が労働者と言えるのか―経営者側から出される意見も報道されています。しかし、選手会は1985年11月、東京都労働委員会から労働組合と正式に認定されていることも事実。その7年前、労組認定を引き出す上で、決定的な役割を果たしたといえる国会質問をしたのは日本共産党でした。 78年当時、ドラフト制度が人権の面から大きな社会問題となり、国会でも取り上げられるなかで、78年3月2日の参議院法務委員会で日本共産党の内藤功議員(当時)は、プロ野球選手の権利を守る立場から、選手を「労働者として扱うのか」という問題を提起しました。 内藤議員は、憲法や労働組合法、労働基準法を引用し、労働者の要素を(1)自分の労働力を提供する(2)使用者の使用従属下、指揮命令下に入る(3)その労働力の対償として収入を得る―の3つあげました。同時に、プロ野球選手と似た立場にある放送会社の管弦楽団員が、組合をつくり労働条件で交渉してもいいという最高裁判決(76年)も示し、政府の見解を求めました。政府側はこれを事実上認め、「プロ野球選手は労働者である」ことが公的に決着した歴史的瞬間でした。 労組・選手会は、年棒高騰に歯止めをかける対策も提案しています。プロ野球をファンと選手の手に取り戻したい―こんな思いでやむにやまれぬ思いでストライキに踏み切ったのではないかと思います。ストライキに対する国民の支持も高いものがあります。 労組・選手会も国民の期待にこたえるよう頑張ってほしいし、球団側には選手会と世論に真しに耳を傾けてほしいと思います。 労働組合とは何か、団結権や団体交渉権・争議権について、あらためて学んでいます。そのおおもとにある日本国憲法を大事にしたい―憲法を変えることを自民党も民主党も競い合っているなかで、憲法を変える前に、憲法を暮らしのすみずみに生かすことが求められているのではないか―そんな思いを強くした1日でした。
2004年09月08日
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昨日6日、日本共産党金沢地区委員会と金沢市議団が、金沢市長あてに「自衛隊機の市街地上空飛行に関する申し入れ」を行いました。私は同席できませんでしたが、たいへん重大な問題です。 9月2日木曜日午後2時過ぎより、金沢市南部から東部方面にかけて、自衛隊機と思われるジェット機が、一定時間かなり低空を何回も旋回することが目撃されました。ちょうど同時刻、日本共産党金沢地区委員会副委員長が、自宅にいて、近所の人たちと一緒にジェット機を目撃、カメラにその機影を撮影しました。 なぜ問題か―1969年当時の永田良平・小松基地司令が「金沢の住宅密集地上空の飛行は避ける」と言明して、航空機の運行方法を定めた小松基地文書「小松飛行場運用規則」にその一項が書き加えられたからです。今回の事態は、その「運用規則」に違反します。 なぜ「金沢の住宅密集地上空の飛行は避ける」ことになったのか―そこには悲劇がありました。1969年2月8日午前11時59分ごろ、金沢市泉2丁目の住宅密集地に航空自衛隊第六航空団小松基地所属のF194Jジェット戦闘機が墜落し、火災と爆風で4人が死亡、重傷者18人を出したのです。朝日新聞98年11月3日付「いしかわ百年百話」では、「金沢市泉二丁目を南北に貫く、幅三メートルほどの旧街道に戦闘機は落ちた。はじめて爆風は襲った。五十メートルほど先を歩いていた六十五歳のおばあちゃんは電柱に吹き当てられて、胴体、手、頭部にちぎられた。次いで猛火。五時間後に消えた時、三十五歳、四十九歳、六十六歳の主婦三人が、身元がわからぬほどに焼けて見つかった。」と当時の惨劇を書いています。 当時私は一歳、また新潟にいたときですが、戦闘機が落ちた現場の近く、泉一丁目に住んでいたこともあり、他人事ではありません。 朝日新聞は続けて、「『なぜ市街地の上を戦闘機が飛んでいたのか』。事故直後、泉二丁目を見舞った有田喜一防衛庁長官(当時)は被災者に取り囲まれた。市議会で追及された永田良平・小松基地司令(当時)は『金沢の住宅密集地上空の飛行はさける』と約束。航空機の運行方法を定めた基地内の内部文書『飛行運用規則』にも、その一項が書き加えられた。 あらゆる事態を想定し訓練する自衛隊にとって、自らの行動を制限する約束をし、しかも文書に明記するのは異例も異例の選択である。現況を聞きに訪ねた小松基地で、野原茂美・渉外室長は『あれ以来、金沢の密集地上空は決して飛行していない』と強調した。 だが金沢市には、気になる資料が残っている。市街地上空を自衛隊機が通過した市民からの通報を受け、市が小松基地に発した問い合わせの記録だ。六九年を初回にこれまで二十三回。その半分以上がこの十年間に集中している。『基地の返答はほとんどが『事実なし』、ごくたまに『風に流された』』。市総務課はいう。」 日本共産党は金沢市長あてに、自衛隊機かどうかの確定をすること、自衛隊機であるなら、金沢市街地上空を飛行しない約束はどうなったのか、市民の不安を強く申し入れ、取り除くため、金沢市が関係機関に問い合わせ、その結果について納得いく回答をすること、を申し入れました。沖縄国際大学への米海兵隊ヘリ墜落事故があったばかりでもあり、誠意ある対応を期待したいと思います。 夜、第14回石川解放運動戦士合祀追悼集会開催実行委員会に参加。平和と社会進歩を求めて頑張ってきた方を追悼するこの集会は23日に開催されます。今回合祀される方は8人。面識のあった方も合祀されます。台風18号が接近する夜でした。各地に暴風被害が出ているようです。被害にあわれた方々に心からのお見舞いを申し上げたいと思います。同時に、災害に弱い国土の姿をさらす結果ともなり、復旧と災害に強い国土づくりのために、政治の責任も問われている―私もそのために力を尽くしたいと心から思います。
2004年09月07日
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原爆が投下された6日(広島)、9日(長崎)にあわせ、毎月6日と9日は「6・9行動」として、宣伝・署名行動が行われています。今日6日の「6・9」行動に参加してきました。新日本婦人の会のみなさん、原水爆禁止石川県協議会のみなさんが参加しました。原水爆禁止石川県協議会常任理事の私も、「核兵器をなくすための署名です。ご協力をお願いします」と道行く人に声をかけました。「被爆60周年国際署名 今、核兵器の廃絶を ヒロシマ・ナガサキをくりかえさないために」の署名用紙にサインをされた方に、「来年は被爆60周年。広島と長崎に原爆が投下されてから60年もたつというのに、いまだに核兵器が存在しています」と話しかけると、「あのロシアのひどい状況はなんやね!」とお話される方がいました。 ロシアの北オセアニア共和国のベスランの学校が占拠され、惨劇が起こりました。今回の惨劇の裏には、チェチェン民族に対する帝政ロシア以来の武力と政治的圧力による抑圧と支配の歴史があります。しかし、いかなる政治的目的があるにせよ、一般市民を犠牲にするテロ行使は絶対に許されません。子どもを人質にとり、銃を向けるなど卑劣な行為に怒りを覚えます。 武力による支配と、暴力にたよる抵抗の悪循環の連鎖を断って、対話による解決をめざす以外に、問題解決の道がないことを示したのが今回の事態ではないかと思います。 テロとのたたかいのためだと武力行使、戦争を正当化するブッシュ米政権は、今回のプーチン政権の対応を「テロにたいする武力の行使は当然」として支援。しかし、こうした主張は事態をさらに悪化させるだけではないでしょうか。この主張に同調する日本政府の対応も厳しく問わればければなりません。
2004年09月06日
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金沢市日本共産党後援会が主催する、「第5回秋のソフトボール大会」に選手として参加―のつもりでしたが、あいにくの雨のため中止となりました。 中学・高校時代とサッカー部に所属していただけに、スポーツは得意ではありませんが、興味をもっている分野でもあります。バスケットボール、バレーボールと、大きなボールを使う球技はそれなりにこなせるものの、野球・ソフトボール・テニス・卓球・バドミントンなど、小さいボールを使う球技はあまり得意ではありません。 アテネ五輪、プロ野球の一リーグ問題など、最近スポーツの話題に注目しています。 「参議院選挙にのぞむ日本共産党の政策」のなかで、「国のスポーツ振興のゆがみをただし、国民だれもがスポーツに親しめる条件づくりに力をそそぐ」ことができるように、と強調しました。この方向にもとづき、千葉県のスポーツ後援会で(6月3日)で広畑成志党スポーツ部長が6つの改革の方向をしめしたことが、6月23日から26日までの「しんぶん赤旗」に報道されました(スポーツ改革―日本共産党の政策 提案1~6)が、これも興味深い。 今度のアテネ五輪で活躍した日本。今回の結果は、国の冷たいスポーツ行政(たとえば、国のスポーツ予算(文部科学省)は、04年度で107億円、国家予算81兆7891億円の0.013%。フランスのスポーツ予算の比率は0.2%、日本の15倍相当)のもと、選手や競技団体の血のにじむような努力や創意工夫抜きには語れないでしょう。同時に、今回チーム競技がふるわなかった背景に、日本のスポーツをめぐる企業の支援態勢の変化をあげ、「企業はチームを保有するよりも、メダルが取れそうな二、三人の有力選手の面倒を見るほうが費用もかからない。今後も個人競技に支援が集中する傾向はさらにすすむ可能性ががある」と指摘する方もいます。 プロ野球をめぐっても、一リーグ制問題をはじめ、さまざまな議論があります。スポーツ改革―日本共産党の政策 提案4 「選手が安心して競技に打ち込める体制を」には、解決の方向をしめす重要な指摘があるのではないでしょうか。―オリンピックやプロスポーツで活躍するトップ選手は、一見はなやかに見えますが、安心してうちこめる環境には程遠い状況におかれています。 企業のリストラで選手の解雇、チームの解散が相次いでいます。不況で大会のスポンサー離れが続く一方で、宣伝効果や人気をあおるために選手が酷使されています。試合や練習時のケガや故障に対する保障も不十分です。 競技力向上は、その多くが選手やコーチの努力にゆだねられており、そのための費用負担が重くのしかかっています。競技団体の強化費は格差が大きく、いわゆるマイナー競技は資金集めに苦労しています。 フランスでは、「ハイレベルのスポーツは、人類を豊かにし発展させる源となる。ハイレベルのスポーツ選手は、重要な社会的・文化的・国民的役割をはたすものである」(「身体活動・スポーツの組織化と促進に関する法」)と位置づけられて、選手の活動が社会的に支援されています。 ところが、日本は、サミット国でナショナルトレーニングセンターをもっていない唯一の国です。(中略) 日本共産党は、トップ選手を「専門的・自覚的にスポーツの遺産を受けつぎ発展させる存在」として、社会的な位置づけを高めて、選手が安心して協議にうちこめる条件整備につとめます。・コーチ制度とトレーニング科学の確立をはかり、企業スポーツの廃部や移籍から選手の身分をまもる。・競技者への負傷休養の保障や最低年棒の引き上げ、競技者年金制度の充実をめざす活動を奨励する。 球団や選手を会社の宣伝手段としかみず、プロ野球を支える選手やファンを置き去りにしたまま、経営者側の一方的な都合で進められている今回の事態。今後も目が離せません。
2004年09月05日
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日本共産党県委員会の青年学生部長として、青年と一緒に学び、討論し、行動しています。青年たちから身近な存在として、信頼される人間でありたいな、といつも思っています。 「しんぶん赤旗」を読んでいると、1975年生まれの石川県出身という女性のインタビュー記事が印象に残りました。彼女曰く「いま、若い人たちの感覚はそんなに信頼できないものではない」「若者たちの間にある政治的なものをさけ、嫌う傾向も、偽善を警戒するという意味では、必ずしもネガティブ(否定的)ではない面があります」「本当にメイクセンス(なるほどなと思える)なことをやれば、感覚派の人たちも動ける可能性があると思います」。 日本共産党こそ、若者から「メイクセンス」なことをやっている、と思ってもらえるように、青年たちの声に耳を傾け、共感しあいながら、青年たちの願いに寄り添って頑張りたいと思います。
2004年09月04日
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近々ひらかれる学習会の講師の準備を、じっくりと。 夜、「恋愛」をテーマにした討論会に参加しました。 「恋愛と友情の境目は?好きな人はいるけど、恋愛感情ではないんです」という青年の思いに、いろんな思いが出されます。―「恋愛感情じゃないというのは、兄弟同士でも言えるよね」「僕は性の違う兄弟がいないから、性の違う兄弟がいる人はどうなの?」「家族の間でも恋愛感情は生まれにくいよね」。「家族がいるときに見せる自分と、他人に見せる自分とはちがう」―「私は男っぽいと言われるし、もてない。ちやほやされたいという思いはあるけど…」 私は、みんなの話になるほどな、と共感しあいながら、「男らしさとか、女らしさとか言われるけど、どういうことなんだろうね」「僕は兄弟がいないからよくわからないけど、父を亡くしてから母のことを大事にしたいと思うようになったよ」と話しながら、問題提起的に話をしました。恋愛や結婚も歴史的にみることが必要なのではないか―愛情にもとづく結婚は猿から人間に発展してきた長い歴史をつうじてつちかわれてきたこと、結婚や家族のあり方もはじめから固定したものでなく、歴史のなかで進歩してきたこと―特に、階級社会になって、それまでの母権制が崩壊し女性がおとしめられてきたこと、日本では階級社会になっても一定の期間母権制がつづいてきたこと―「なるほどな」という反応でした。 次回は「異性との友情は成り立つか」を中心にみんなで議論しあうことになりました。異性に対するあこがれや関心が生まれ、強まるのは人間として成長している自然の姿であり、人間に特有なものだと思います。恋愛、結婚は個人的な問題とする風潮や、性を商品化する退廃現象が広がるなかで、恋愛や結婚についてもお互いを人間として大切にするということから出発したい―お互いを人間として尊重する、男性と女性が真に自由で対等平等に愛し合うことのできる人間関係を築く努力を大切にすることの尊さを、私自身も学びながら、みんなで語り合いたいと思ったひとときでした。
2004年09月03日
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昨日は防災の日。台風の上陸、豪雨の災害が続く中、自然災害をすべてなくすことはできませんが、災害の備えを厚くして、国民の命を守ること、被災者の生活と営業を復興する政治の力が問われていることを感じました。実家の近での豪雨被害、7月30日に福井災害ボランティアに参加しただけに、今年の防災の日はいつもとちがう1日です。 局地的豪雨の原因について、地球温暖化や都市におけるヒートアイランド現象などどの関連が推察されていること。住宅地域での浸水被害などが頻発されている原因も、都市域での治水事業の遅れなども密接に関係しているとの指摘があるだけに、政治の責任が今まで以上に問われているのではないでしょうか。 国の制度に、被災者生活再建支援法がありますが、住宅が全半壊世帯を対象(所得制限あり)にしています。今年三月の法改正で最大三百万円(全壊の場合)に引き上げられたものの、年収制限があるためにきわめて限られたものになっているのも事実。 日本共産党の豪雨対策本部が、「浸水被害も支援法の対象とする」よう申し入れたことを受けて、内閣府が、半壊であってもやむをえず家屋を解体する場合「全壊」として取り扱うなど、被害の実情を踏まえて運用することを関係自治体に連絡したことや、国会でも「実態に応じて支援法の対象にする」と答えるなど、まだまだ不十分な点はありますが、支援法が被害実態に即して柔軟に運用できる道が開かれました。 日本共産党の志位委員長が、臨時国会の代表質問で「現行法を最大限に活用することももちろんですが、『自然災害による個人財産の被害を補償しない』としてきた従来の政府の姿勢を転換し、住宅や町工場の修繕・建て替えへの直接の公的に支援にふみだすべきだ」と迫ったのに対し、小泉首相が、個人補償を否定せず、「個人の住宅本体にたいする公費での支援については今後さらに議論を深めていく」と答えたことも重要です。 個人の財産をとりあげることが社会主義・共産主義だ、などの偏見や誤解が意図的にふりまかれていますが、個人の財産を保障するため頑張っているのが日本共産党です。 豪雨災害の福井県では、住宅地の新築・補修に使える住宅債券補助制度(所得制限なし)を創設し、全壊・半壊の床上浸水も対象としました。現行制度の弾力的運用とともに、制度の改正を国に強く求めていることも注目されます。 豪雨災害とともに、原発事故がおこった福井県では17日から県議会が開催されます。日本共産党の佐藤正雄県議の活躍が期待されます。「佐藤正」までは同じ名前だけに、ひそかに親近感を感じています。ふるさと新潟も、豪雨災害に原発をかかえていますし、この秋には県知事選、合併後の市議選も行われます。目がはなせません。 石川県議会も、15日から開かれます。石川県も原発をかかえる県であり、治水対策にも役に立たないことが明らかになっている無駄な公共事業・辰巳ダム建設もすめられようとしている中で、尾西洋子県議の活躍にも注目が集まります。 「もしも自分が豪雨災害にあったら」「もし原発に事故があったら」…他人事ではありません。私も頑張りたいと思います。
2004年09月02日
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諫早湾干拓事業の工事差し止めを認めた佐賀地裁決定をめぐるテレビ報道を見て思ったこと。 政府・与党の推進する立場の映像とともに、当時の民主党の管氏が、国会で政府を追求する場面がテレビに映し出されていました。まさに二大政党で、この干拓事業問題でも、自民V民主の対決の構図かのような報道でした。 しかし、事実はどうか―民主党は、党本部と地元長崎県連との間で混迷しているのが、その実態です。 民主党の仙由人政調会が、「極めて妥当かつ画期的な決定」(8月26日)と評価する談話を出すと、長崎県連…「地元県連の意向を全く無視しており、極めて遺憾」と反論する声明を発表。 昨年の総選挙でも民主党本部がマニフェスト「五つの約束」のなかに、諫早湾干拓事業の即時中止を盛り込んだのたいし、事業推進の立場をとる長崎県連が反発。地元選出議員がマニフェストへの署名を一時拒否したことも。このためマニフェスト本文では、「住民・自治体の意見を聞きながら今後のあり方を見直します」と地元に“配慮”した経過もあったとのこと。 長崎県連の見解は、今回の地裁決定に対して「事業進ちょく率が94%に達する中での差し止めは周辺住民に不安を募らせる」と「戸惑い」を表明しています。 私も昨年の総選挙で、この経過を知っていただけに、2003年10月27日に行われた公開討論会で、公共事業に対する私の立場を手作りのグラフや表を使って発言したことを思い出しました(「政策とメッセージ」のページの「10月27日の公開討論会での発言要旨」を参照してください)。 地方政治で「オール与党」を構成している諸党は、公共事業の浪費の問題でも、具体的な各論になると対応もばらばら。その点、日本共産党の立場は明快です。日本共産党の議席は、国民の要求を国政に反映させ、それを実現させるうえでなくてはならない議席であることを、多くの有権者のみなさんに伝えていくたゆまぬ努力が必要です。
2004年09月01日
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