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年末も押し迫ったこの日、「草の根」の党の力を大きくして新しい年を迎えようと、いつもより早く出勤しての行動です。 「こんなときまでこうやって回っているのか。ごくろうさん」「おーっ、佐藤さんか。テレビで見る顔と少し違うのですぐにはわからなかったけど…。またがんばってなぁ」「『規制緩和』って言うけど、何も良い事がないよ。尾西さんが県会議員としてがんばっているけど、もっとたくさん共産党の議席が増えてもらわないと…」とどこでも熱い激励をいただき、「しんぶん赤旗」読者になっていただく方がたくさん増え、私もびっくり。 心臓の手術をされたという方は「こうやって内孫に囲まれて、生かしてもらっているというだけで感謝しているんです。病気のせいもあって、目が悪くなり、『しんぶん赤旗』を読むことはできんけど、がんばってね」と声をかけていただいたときには、思わず目頭が悪くなりました。財界主導の二大政党づくりの動きがいかに強くなろうとも、国民との矛盾はますます大きくなりばかりであり、国民のくらしを応援する日本共産党の活動は、こういう方がおられる限りなくならないし、日本共産党の「草の根」の力を強く大きくしなければならない―そういう思いをあらためて強くしながら、今年1年の活動を締めくくることになりました。 新潟の実家へのお土産ということで、頼んでいた手作りのおせち料理を取りに行って、特急電車に飛び乗りました。特急電車が全面復旧してから乗車するのは初めて。被災地長岡市周辺はすっかり雪化粧。1日も早く生活と営業の再建を!と思いがつのります。 新しい年を迎えるにあたり、NHKの紅白歌合戦を見ながら、今年1年間のことを振り返っていました。 ゴスペラーズをバックコーラスに唄う前川きよしさんの「そして神戸」には、阪神大震災ととともに新潟県中越大震災の被災者のみなさんへの思いが。和田アキ子さんの「あの鐘を鳴らすのはあなた」にも、被災地への思いがつのります。 さだまさしさんの「遥かなるクリスマス」には、イラク戦争と無法な占領支配という戦地への思いが。 夏川りみさんの「涙そうそう」、一青窈さんの「ハナミズキ」、ゆずの「栄光の架け橋」には、来年結婚する後輩のことや自分自身のことを重ね合わせて聴いていました。 思えば昨年のこの日は、12月30日に参院選をたたかう記者発表をした翌日。直前の11月9日投票の衆院選から続く選挙。以来、今年7月11日まで選挙一色。その後4ヶ月余りの活動―さまざまな貴重な体験をさせていただき、たくさんのことを学んだ1年でもありました。 私も未完成な人間ですので、時には公私とも思い悩むことも。そんなとき支えになったのは、直接的にも間接的にも激励してくださったみなさんの力に他なりません。ほんとうにありがとうございました。 いま、みなさんの顔や言葉を思い出しています。 私に関わるすべてのみなさんに心からの感謝の思いをこめて、2004年の日記を締めくくりたいと思います。 現状に甘んじることなく、常に「もっと成長したい」との気持ちをもって、人生常に前進です。
2004年12月31日
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いよいよ2004年も暮れようとしています。今年最後のミーティングをすませ、冬にそなえ宣伝カーのタイヤ交換。 夜は民青同盟の仲間たちと行動。今年1年間頑張った民青同盟員たちと次々と会う中で、一回りもふた回りも大きくなった姿をみて、この同盟員たちと一緒に来年も頑張るぞ!との思いがこみ上げてきました。さらに強く大きな民青同盟をつくろうと、来年にむけての課題を共有して今日の行動は終了です。
2004年12月30日
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午前、学生時代に尊敬する先輩の一人だった人に会ってきました。久しぶりの対面でつもる話もあるのですが、年末のせわしない時期でしたので、最低限の話をすませてお別れ。あたたかい家庭をつくっているようで、一安心。 午後、所用をすませるために青年党員が3歳の子どもをつれて、事務所を訪れました。最初恥ずかしがっていたこの子も、室内に貼ってあった私の顔写真入りのポスターを見て、「あ、この人」と言ったらしく、すっかり仲良しに。一緒に事務所の中を走り回ったり、磁石での遊びに子どもも興味津々。別れが惜しいせいか、なかなか帰ろうとしません。「ほら、パパが待ってるよ。バイバイ。また来てね」と声をかけると、「バイバイ」とパパと一緒に帰っていきました。 夕方、大学生協時代に遠くで一緒に活動していた青年党員と対面。女の子が玄関先で迎えてくれたので、「いくつになった?」と聞くと、一生懸命右手で3本指を立てようとしています。そのぎこちないしぐさがまたかわいい。パパ曰く「男の人がくると緊張するのに大丈夫だねぇ」。ここでも積もる話もあったのですが、また会おうと約束してお別れ。 今日は1日、子どもたちとふれあって、ほんわかした時間を過ごすことができました。この子どもたちが、のびのび暮らせる社会をつくりたい。
2004年12月29日
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この時期は、党費納入、「しんぶん赤旗」読者集金、書籍活動など、日本共産党にとって財政を支える大事な時期でもあります。私も終日、外回り。 夜は、党支部の方とも行動。対話の中では、定率減税の廃止問題で「ほんとうにひどいわよね」と大きな怒りと日本共産党への期待が寄せられました。一方で「共産党はいいこと言ってるんだけど、力がないしね」との声も―新潟県中越大震災での日本共産党の奮闘で実現したことなどもお話をさせていただきましたが、こういう風に思われている方は他にもおられるのではないかと思います。日本共産党の議席のねうち・実績・歴史、次期総選挙で日本共産党の議席がどうしても必要だ!ということを、すべての有権者のみなさんに理解していただける活動をどう組み立てるか―知恵と力の出しどころです。 テレビのニュースをみるたびに、スマトラ大地震・津波の被害が大きくなり、言葉を失っています。インド洋沿岸には、震源から遠く離れた地域にまで到達する津波(遠地津波)についての情報を伝達するシステムがつくられていなかったことが、被害を大きくしたひとつの原因のようです。太平洋沿岸地域では、遠地津波の情報・警報伝達網が一定整備されているので、インド洋沿岸でもこのようなシステムがつくれるよう、関係国が努力・協力することが必要ではないかと思います。災害列島と言われる日本も、そのための貢献が必要ではないか、とも思いました。 今年、多くの災害にみまわれた日本列島―被害をできるだけ小さくするために、災害にどう対応するか再点検し、対策を練り上げることが必要だと思います。自治体、特に国はそのための対応に、お金を惜しんではならないと思います。
2004年12月28日
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午前、事務所の大清掃。午後、メールや電話での連絡などなど。 自民党政治のゆきづまりが顕著になってきた1990年代前半から「改革」という言葉がもてはやされてきました。今も「改革」の言葉が踊ります。自民党はもはや単独で政権を担うことができず、連立政権の時代に。途中、「野党」による連立政権の時代もありました。しかし、政治は変わったでしょうか?庶民の暮らしに希望は育まれたでしょうか? 本来改革すべきとろこにメスをいれない「改革」―大企業の目にあまる利益優先とアメリカいいなりを温存していては、改革はできません。 24日に決めた小泉内閣による「新行革大綱」もそのひとつではないでしょうか。 「大綱」で廃止や統合を打ち出した16の独立行政法人のなかには、新潟県中越大震災で母子救出にも活躍した消防研究所も含まれているとのこと。この消防研究所は、1948年に設置された国の研究機関。全国で起きた火災事故の原因調査を手がけるなど国民の命と安全を守る実用的な研究、それをもとに現場で実際に救援活動を支援するなど重要な役割を果たしています。 消防研究所のHPによると、「新潟県中越地震の発生を受け、直ちに研究員2名を被災地に派遣しました。地震発生翌日の朝、上空のヘリコプターより山古志村を中心とした地域における土砂崩れ等の被害に関する情報収集を行うとともに、その空撮映像を総務省消防庁に伝送しました。直後に派遣された研究員のうち斜面災害を専門とする1名は現地にとどまり、緊急消防援助隊による長岡市妙見堰救出活動現場に臨場しレスキュー活動を斜面災害の専門家の立場から支援しました。」とのこと。多くの方が目に焼き付いていると思いますが、東京消防庁の消防救助機動部隊(ハイパーレスキュー隊)による母子救援活動の裏方的存在だったのがこの消防研究所です。 埼玉県でのドン・キホーテ火災の原因調査にも職員が派遣されました。 小泉内閣は、防災研究は他でもできるとして「効率化」を名目に廃止を決定。緊急事態への対応業務は要因を5割をめどに削減して消防庁に統合・吸収する計画。 しかし、緊急事態の対応は基礎的研究の積み重ねと蓄積・継承・発展があってこそ。 その一方で、ムダ遣いの大型公共事業、政官財癒着の温床である官僚の天下りは温存。 本来改革すべきとろこにメスをいれない「改革」では、国民の命も安全も守れません。「効率化」「民でできることは民で」など、聞こえのいい言葉で、どれだけ庶民が苦しみ、泣いているか―庶民の暮らしを応援する日本共産党の一員として頑張りどきです。
2004年12月27日
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今日は、私が編集責任をつとめる民報「新石川」新年号の最終仕上げの日―原稿やタイトルに赤入れ。 夕方、党支部の方と一緒に行動。職場での苦労をお聞きしながら、「ご一緒に政治を変えましょう」と訴え、「しんぶん赤旗」読者になっていただきました。 雪のまう被災地・新潟―昨日25日、日本共産党全国救援センターは、子どもたちに楽しんでもらおうと、クリスマスパーティーを開いたとのニュース。会場となった長岡市内のコミュニティーセンター内の児童館では、3人のサンタさんが登場。「一緒にケーキをつくりましょう」と呼びかけると、子どもたちはボランティアの方とともに、ホイップクリームをきれいに塗り、フルーツやクッキーを思い思いにトッピング。完成したケーキに子どもから笑みがこぼれたとのこと。会場の様子が目にうかぶようです。 被災地での心と心のふれあいとぬくもり―毎日寄せられる日本共産党全国救援センターのニュースに私自身が学ばされています。
2004年12月26日
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クリスマスの夜、金沢市内でろうそくの火によって「PEACE」「9」の文字が、くっきりと浮かび上がりました。 青年たちが、自衛隊派兵延長反対・憲法9条を守ろうと、道行く人たちにろうそくの火を灯してもらうことによって、平和について考えるきっかけにしてもらおうと考え出された企画。昨年に引き続き、今年は2回目となるそうです。昨年は、自衛隊が実際にイラクに派遣される中での行動。 次々にろうそくに火を灯す人、平和への思いをメッセージカードに書いてクリスマスツリーに飾る人、街頭に展示されたイラクの写真をずっと見つめる人、「今日作ったんだ」と発光ダイオードで「憲法9条を守ろう」と形作ったものを持ってきてくれた人…乾電池を入れるとこの文字もくっきりと。 さまざまなドラマを目の当たりにして、流れるBGM(「涙そうそう」やジョン・レノンの曲)を聴きながら、思わず目頭が熱くなってしまった私。 あいにくの天気で、午後七時には行動を中止せざるを得なくなったようですが、とっても素敵な行動となりました。 こうした行動が、歴史を大きく動かす力になっていくと思います。
2004年12月25日
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今日はクリスマスイブ―この日は、私にとっては特別感慨深い日でもあります。今から16年前の1988年12月24日深夜、国民の大きな反対にも関わらず、参院で消費税導入法案が可決された日。金沢大学生協の活動のなかで、消費税導入反対署名を、学生の過半数にあたる署名を集めた運動に参加いただけに、あのときの悔しさは忘れられません。あの日の夜、私はまだ大学のキャンパスの中(当時、金沢城の中でした)にいて、「法案が通ってしまった!」と暗い学内を走っていた記憶があります。 今日の「しんぶん赤旗」日刊紙の1面トップは、「政党助成10年で3126億円」。2004年12月交付分の政党助成金79億2600万円が自民、民主、公明、社民などの各党に交付され、1995年実施から10年間の支給総額は3216億円。もちろん日本共産党はこの10年間受け取りを拒否しています。 来年度予算案では、年間319億円が計上され、国民年金保険料の負担増400億円、介護施設の居住費など「ホテルコスト」徴収による420億円国庫負担削減に匹敵する額。さらに、国立大学法人運営費99億円、私立大学経常費補助66億円、私立高校以下の私学助成51億円の計216億円の削減に匹敵します。 日本共産党以外の政党が税金を山分けしながら、国民には財政危機だとして、大増税・負担増路線をつきすすむ政治がはたして許されるのか。 政党助成金は1994年の細川内閣のとき、「政治改革」の名のもとに日本共産党以外の政党によって、小選挙区制導入の選挙制度改悪とセットで導入されました。当時、私は民青同盟の職員をしていたときですから、記憶も鮮明です。 表向きの理由は「企業・団体献金を禁止する代わりに公費助成を導入する」。しかし、この10年間政治とカネの問題はなくならず、政治腐敗の温床となっている企業・団体献金は廃止もされず、政党助成金ももらうという2重取り。 当時も今も「民主主義のコスト」「1人あたり年間、コーヒー1杯分の250円」などといわれてきました。一見もっともらしいですが、政党は自らの力で政党活動の財源をつくりだすことが必要であり、そうしてこそ国民のための政治ができます。「民主主義のコスト」と称して国が税金で政党にお金をあげることは、政党が自らの力で財源をつくりだす力を弱め、国民に目をむけることをできにくくするだけでしょう。事実、民主党は政党助成金の依存度が8割に達しています。 「個人献金は日本ではなじまない」などと企業・団体献金を擁護する論調もあります。しかし、経済誌『エルネオス』で、「日本共産党は助成金も企業献金も受けず、党員のボランティア、党費、寄付金、出版物の販売収入等によって政党の運営を行っている。他の政党も、本気になればやれることを共産党は証明している」と記事が載りました。 日本共産党が全国津々浦々に党支部と「しんぶん赤旗」読者をもって、「草の根」で国民と結びつく事業を営々と行っているからこそです。党の職員の1人として、党の財政運営の厳しさを痛感しますが、この党の力をさらに大きくする以外に道はありません。 希望のもてる未来をつくるために、「草の根」の力を大きくする―毎日毎日の積み重ねが大事です。
2004年12月24日
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午後、デスクワークにおわれ、友人から誘われていた演奏会に参加できずじまい―多忙な毎日の中で楽しみしていただけに残念です。 夜、青年の自衛隊派兵延長反・憲法守れの行動で配布するビラの最終仕上げのお手伝いに、明日のミーティングの準備。 19日夜、NHKで放映された特集番組「NHKに言いたい」を、全部ではありませんが見ました。チャンネルを回していると、NHK会長自らが生出演しており、あら、珍しい・・と。「精神論ばかりで改革の具体策が見えてこない」(ジャーナリストの鳥越俊太郎氏)との言葉が印象に残りました。 NHKは、国営放送ではなく、視聴者の受信料で成り立っている公共放送。受信料は、時の権力からも、大企業からも自由であり、国民のための放送局であることの担保。 番組の中で目立った管理主義的発想でなく、公共放送として視聴者第一の方向で改革をすすめられるかどうか。番組の中でも紹介された「NHKならではの、いい番組をつくってほしい」との思いは、私も同じです
2004年12月23日
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午前、会議の準備。午後、青年学生部長として会議を主宰。 テレビのニュースを見ていると、新潟県中越大震災の被災地では、雪が降ったとのこと。被災者のみなさんに思いをはせ、会議会場へ。 その後、青年たちが行う自衛隊派兵延長反対・憲法9条守れの行動のときに配布するビラの作成のお手伝い。先日準備した資料も少しは役立っているようです。みんなの意見を大事にしながら、限られた紙面でどうわかりやすくまとめるか、パソコンの操作も含め、一緒に四苦八苦。時間はあっという間に過ぎ去り、すっかり夜遅くに。「集中力が切れてきたのでもう帰りましょう」―外に出てみると、雪混じりの寒さ。「今日、新潟では雪が降ったんだってさ」「え~そうなんですか。たいへんですね。」との会話を交わしながらお別れ。
2004年12月22日
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午前、デスクワーク。 午後から夜にかけて、車で移動しながら5つのミーティングやうちあわせ―こんな日も珍しい。途中、駐車場に車を止めて携帯電話で40分ほどの電話も。 民青同盟の輪に青年が加わりました。こういう場に立ち会えるのは、ほんとうにうれしいものです。 昨日、財務省が2005年度予算の原案をまとめ、各省庁に内示したとのこと。谷垣財務省は「歳入、歳出の両面にわたって財政構造改革を前にすすめることができた」と言いましたが、誰のための何のための財政構造改革なのか。 所得税の定率減税の半減などを盛り込み、消費税の二ケタ増税にいきつく一連の「大増税路線」に大きく踏み出す一方で、国民の税金の社会保険料の不正でムダな「使い方」には何らメスが入れられていません。ムダな公共事業の温存、アメリカの戦略の補完として「専守防衛」という建前をなげすて、“海外派兵の軍隊“へと変貌させる新たな内容を伴う軍事費などなど。庶民の暮らしよりも、大企業の過大な利益優先、アメリカに目をむけたものになっていると言わざるをえません。 一人一人の庶民にとってどうなのか―今、政治に求められいるのはこの視点ではないでしょうか。今の自民・公明のすすめるムダ温存、庶民増税と中小企業・業者の切り捨て路線は、景気低迷をまねくだけです。日本経済の六割を占める個人の消費を増やすために、庶民の懐を温めることが経済を活性化させる道であり、そうしてこそ国の税収増にもつながり、財政再建の道を切り開くことができるのではないでしょうか。 「聖域なき歳出改革」「三年ぶりに一般歳出を前年度以下に抑制した」「四年ぶりに国債発行額を縮減した」「基礎的財政収支を二年連続で改善した」―などなど、一見もっともらしい言葉が飛び交う2005年度予算案内示。言葉に惑わされることなく、本質をズバリ明らかにし改革の道筋を示せる日本共産党の、来年一月からの通常国会での論戦が期待されます。私は草の根で頑張ります。
2004年12月21日
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夜、青年たちの、自衛隊派兵延長反対・憲法9条守れの行動の準備活動に参加。工作グループ、ビラづくりグループ、などなどそれぞれの役割分担にもとづいて、みんなで楽しそうに作業をしています。 ひとつの目標に向かって、みんなで知恵をだしあい、力をあわせる―そんな集団の中で、お互いをよく知り合い、絆を深め広げていく―そういう場が、青年の成長にとってどんなにかけがえのないものか。学校教育のゆがみや競争社会のなかで、青年が人間らしく生きていく人間性回復の場ともいえるでしょう。日本共産党や民青同盟はそういう場を大切にしています。日本共産党綱領や民青同盟の目的が、一人ひとりが大事にされる社会をめざしているからに他なりません。その組織のなかで成長させてもらった私の深い確信です。 12月17日の日記に書き忘れましたが、この青年たちの学習会をかねた会議に17日夜、参加しました。そのとき、この青年たちは私の誕生祝いをしてくれ、メッセージカードとともに、アスコットタイのプレゼントも。アスコットタイを探してくれた青年は、どれにしようか数時間も悩んだとのこと。12月14日の日記も参照していただきたいのですが、12月13日の誕生日の夜の「サプライズ企画」として2週間近く準備してきたそうなのですが、すれ違いとなったため、17日の誕生祝いとプレゼントとなりました。その場では照れ隠しをしていましたが、心の中ではほんとうにうれしい時間を過ごすことができました。 こういう場をいつまでも大切にしたい。
2004年12月20日
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午後、きたるべき衆院選・北陸信越ブロック比例代表でがんばる木島日出夫・前衆議院議員と、党県後援会代表世話人の鳥越順丸さん(真宗大谷派住職)との対談―私は、司会者として同席させていただきました。 この対談の様子は、私が編集責任をつとめる民報「新石川」2005年新年号に掲載する予定でもあるので、対談のテーマ設定や当日の録音など事務局的仕事も。 おおきな「ゆず」を前に、手作りお菓子に舌鼓をうちながらの対談―憲法、災害問題、熊被害などなど、同席した人からも「いい対談だった」との声。 木島日出夫・前衆院議員は、私も衆院選をともに2回たたかったこともあって、なんとしてもきたるべき衆院選で議席の回復を!との思いはひとしおです。この対談の中身がその一助となるよう、原稿化に力を尽くしたいと思います。 夕方、簡単なミーティング。夜の会議は、久しぶりの会議とあって、少し心配していましたが、その心配もなんのその。図書館などが民営化される「指定管理者制度」の問題から、医療労働者の労働条件問題、労働運動、党の実力をつけることなどなど、テーマは多岐にわたりました。知的好奇心旺盛の会議参加者のみなさんの思いにこたえられるよう、私自身も学習を深め、親身な援助をしたいと思います。
2004年12月19日
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午前、党支部の方と行動―あいにく雨模様。どこでも今と将来の不安、政治への怒りで対話になります。ご主人が亡くなれて数年たつという女性の方―10年近くぶりに「しんぶん赤旗」読者になっていただくことに…。この方の今でのご苦労に思いをはせつつ、「佐藤さん、ありがとね。運転も道案内もしてくれて…」と感謝していただいた、ご一緒した党員のみなさんのやさしさにも思いをはせながら、昼食。 明日の行動の諸準備などなどで、今日も慌しく1日が終わりました。
2004年12月18日
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きたるべき衆院選、比例代表北陸信越ブロックの予定候補として頑張っている木島日出夫・前衆議院議員が19日来県しますが、その受け入れの準備、夜の会議での学習の準備などにおわれました。 学習の内容は、自衛隊のイラク派兵延長がいかに道理のないものなのかを説得力をもって明らかにすること。準備をすすめながら、私もさらに勉強になりました。論点はいろいろありますが、私がこだわった点は以下のような点です。○憲法9条の価値―「戦争のない世界」のさきがけであり、「武力による威嚇」「武力行使」を禁止した国連憲章をさらに徹底させたもの○米軍がファルージャで何をしているか、その事実○米軍のファルージャ攻撃の実態は、国際人道法違反―いかなる理由があっても正当化できないし、「テロに屈するな」「作戦を成功させなければならない」との小泉首相の発言には、なんの正当性もないこと○在日米軍基地は、無法な侵略戦争と占領支配の最前線基地となっていること○自衛隊の活動は「人道支援」だったのか、これからも「人道支援」なのか○自衛隊でなければ「人道支援」はできないのか-武器をもった自衛隊は、イラク国民にどう写っているのか。イラク国民から信頼される「人道支援」とはなにか。○小泉首相のいう「国際協調」とは何か―世界の多数は戦争に反対し、軍隊を出さなかった。「有志連合」は撤退が相次ぎ、少数派。 その他にも、参考資料として、米軍再編、新「防衛大綱」・新「中期防」、「武器輸出三原則」緩和問題の資料も。 資料を準備しながら、悲しみと怒りがますます大きくなりました。 夜の会議が終わり、家にたどりついたのは、すっかり夜遅くに。
2004年12月17日
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夕方までミーティング。夕食をゆっくり食べる間もなく、夜の会議へ。会議がはじまる直前に、電話がかかり、その対応におわれ、会議も出たり入ったり。ここ1ヶ月あまり、ほんとうに多忙な毎日です。お気づきの方もおられると思いますが、日記記入が今まで以上に遅れ遅れになっています。 北朝鮮・拉致問題では、新たな局面が生まれています。横田さんや松本さんの「遺骨」とされたものが偽物だったということが相次いで判明し、北朝鮮側の道理のない姿勢が浮き彫りになっています。虚偽の「資料」の提供に、拉致の実行に関わった「特殊機関」が介在していたということも一連の経過で鮮明になりました。 この事態を前向きに打開するために何が必要か―北朝鮮側の交渉当事者を、拉致問題に十分な責任と権限を持った人物とすること、そして交渉の質を抜本的に強化すること。北朝鮮の無法と一貫してたたかってきた日本共産党は、国際的にも道理ある解決の方向を指し示した、と思います。 この問題の1日も早い解決を願わざるをえません。
2004年12月16日
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午前、国会議員団石川県事務所長として会議を主宰。来るべき衆議院選挙で、すでに発表されている木島日出夫・前衆議院議員(比例代表北陸信越ブロック予定候補)の議席確保へ、系統的・計画的な取り組みをどう組み立てるか、北陸信越ブロックで日本共産党の議席が必要であることをいかに多くのみなさんに広げていくか―国会議員団石川県事務所長としての責任の重さ、そのやりがいをあらためて実感しました。 明日のミーティングの準備をしつつ、夜、「九条の会・石川ネット」の発足集会に参加しました。 「九条の会」(日本の良心を代表する、井上ひさし・梅原猛・大江健三郎・奥平康弘・小田実・加藤周一・澤地久枝・鶴見俊輔・三木睦子の九氏)のよびかけにこたえ、県下各界16人のよびかけによる「九条の会・石川ネット」。記念講演は、「九条の会」事務局長・小森陽一東大教授。歯切れのよい説得力ある話に引き込まれます。「環境権やプライバシー権がないから憲法を変えよという人もあるが、憲法はそういう人権も含めているのだから、法律をつくればいい。憲法を変える理由にはならない」…。 自分の言葉で憲法の大切さを語ろう、との呼びかけ人による最後のあいさつは感動的なものであり、私も思わず大きな拍手。 ロビーまであふれるいっぱいの参加者のみなさんの熱いエネルギーにも心が動かされました。あつまった方々はどんな思いなのか、交流してみたいとも。 「九条の会」のポスターには、「憲法九条、いまこそ旬」とあります。「九条の会」は、●各地域・分野で9氏のよびかけた「アピール」に賛同する組織をつくろう。●ビデオやポスターなどを活用し、全国津々浦々に「九条の会」のメッセージを広げよう。●大小さまざまな集会、学習会を開こう。との「3つの提案」をしています。 この提案にもとづき、どんどん具体化して生きたい、そして憲法改悪の動きにブレーキをかけたいと思います。
2004年12月15日
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午前デスクワークを慌しくすませ、安保廃棄石川県実行委員会などが主催する「自衛隊のイラク派兵・延長に抗議 怒りの昼デモ」に参加しました。出発集会では、党県委員会を代表して連帯のあいさつ。行進では先頭幕をもって歩き、道行く人にアピール(写真手前左が私です)。「頑張れよ!」と拍手で激励される方もおられました。 その後、民報「新石川」編集責任者として編集会議を主宰。 昼デモに参加された方から、「佐藤君の話は本当によかった。欲を言えば、ファルージャの人口は約30万人、金沢市の人口より少ない。ここに、米軍などの軍隊が1万3千人も入って、無差別攻撃をしている。そういう状態になっていることに怒りを感じる。そういう話を盛り込んでほしかった。」とのアドバイスがありました。アドバイスを頂いて、新たな怒りと悲しみが…。 夜、青年たちとのうちあわせ。明日のミーティングの準備も。 昨日に引き続き、わたくし事で恐縮ですが、昨日の私の誕生日にあわせて、青年たちのサプライズ企画が計画(ケーキとプレゼントが用意されていたようです)されていました。その企画にまったく気づかないまま…。青年たちに悪いことをしてしまいました…おわびの気持ちを込めてメール。周到な計画と準備をもとに行われた計画だったようで、みんなの気持ちに、ほんわか気分です。
2004年12月14日
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明日のミーティングの準備、自衛隊イラク派兵延長に反対する昼デモ出発集会での、党県委員会を代表してのあいさつの原稿づくり、資料整理、その他…あわただしく1日が過ぎ去りました。 わたくし事で恐縮ですが、今日12月13日は誕生日。職場の女性の先輩が、手作りケーキを持ってきて下さいました。公私にわたりお世話になっているこの方のやさしさに感激です。 明日14日は、派兵期限切れ。すでに閣議決定で1年間の延長が決まっていますが、抗議の思いをこめて、朝、街頭から訴えるとともに、昼デモも行われます。明日にそなえ、いつもより少し早めの帰宅でした。
2004年12月13日
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夕方、党支部の方々と行動。町内を回っていると、自転車のおばあちゃんと出会いました。「こんにちは」と声をかけると、「ゆずいらんかね」とのこと。「ご自分でつくったゆずですか?」「そうや。一袋200円だよ」「じゃあ買いますよ」。ゆずを包んでいた袋は、食パンの袋―このおばあちゃんが、せっせとゆずをとって、それを袋にいれている光景が目に浮かんでくるようです。 対話では、震災の被害者を励まし続けていることや、政治のゆがみを正す日本共産党の活動を紹介。 行動を終えて、「お茶でも飲んでいったら…」と声をかけていただいたので、お宅におじゃま。奥さんの手づくりケーキが出てきてびっくり。日本共産党綱領ができて直後に入党されたこの方のご苦労などもお聞きすることができました。 そうこうしていると、「夕ご飯たべて行ったら…」。「いえいえそんな…」「佐藤さん、私の息子と同じような年。ちゃんと食事は摂ってるの?」ということで、ずうずうしくも夕食をごちそうになりました。夕食をいただきながら話に花が咲き、この方がどんな思いで党の活動をされているのかなどの思いをお聞きしながら、まじめで誠実なこの方の人柄に惹かれました。 「ごちそうさまでした。ありがとうございました」とお別れしようとすると、「行動で来るとき、終わったら家に寄っていってね」―あったかい気持ちになって次の会議会場へ向かいました。 気持ちのふれあい、人と人とのつながりというものは、同世代同士でも世代をこえても大切なものです。
2004年12月12日
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午後、日本共産党のすすめる野党外交を中心にした学習会に参加しました。この学習会成功へ、代理として事務局長的な仕事をしていました。 当日は、ビデオ撮影も。今では旧型となってしまったデジタルビデオを使っての収録。画面の撮影は難しくありませんが、きれいな音で収録するのはなかなか難しい。以前マイクなしの講師の講義を録画したら、音がきれいに録音されていないこともありました。今回はマイクがある会場。マイク延長コードを、ヘッドホン延長コードで代用して試してみたもののうまくいかず、学習会会場のスピーカーの音を拾うやり方のほうが鮮明に音が収録されていました。 マイク延長コードの長さも会場に応じて使い分ける必要があるので、ワイヤレスできれいな音が直接マイク入力できる機械が必要かなと思います。しかも、少ない出費で、きれいな音が収録できるように、いろいろ工夫が必要だと思いました。 試行錯誤のなかで、ベストなやり方や機械をチョイスしたい(少ない出費で)。まだまだ勉強がたりません。 夜、デスクワークなど。
2004年12月11日
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午後からのミーティングの準備に午前中からおおわらわ。明日の学習会の準備などもあって、夜の会議への参加が難しくなったため、その旨のメール連絡。 忙しい中で、ほっとさせられているのは、中越大震災で避難所生活から仮設住宅に入居し、元気に走り回る子どもたちの写真(「しんぶん赤旗」12月8日付1面)。3歳くらいの女の子でしょうか、その素敵な笑顔が忘れられません。映画「たそがれ清兵衛」(山田洋次監督)に出てくる「以登ちゃん」(大人役は岸恵子さん)の愛くるしさとだぶって、いつまでも大切にしたい写真のひとつとなりました。 イラクの子どもたちに、この笑顔が戻るのはいつの日になるのでしょうか。いや、早く笑顔が戻るよう、頑張らなくてはいけません。子どもたちの笑顔が、世界中のどこでも見られるように―
2004年12月10日
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毎月9日に行っている、憲法を守るいっせい宣伝行動―今日政府は自衛隊イラク派兵延長の閣議決定を行うことになっており、派兵延長の根拠も大義も失われていること、憲法9条を守ろうと、金沢市兼六園下、市役所前で訴えさせていただきました。 ミーティングを終えて、11日に行う学習会のビラを急きょ作成することになり、パソコンを駆使して作成、それを届ける作業も。時間におわれる作業、ビラをきれいに仕上げる作業というのは、緊張感が伴います。 事務所を出るのも遅くなりましたが、帰宅途中遠回りをしてビラをいくつかの場所に届ける仕事もあったので、すっかり帰宅は遅くなってしまいました。 夜のニュースでは、派兵延長の閣議決定がされたとのニュース。無法な侵略戦争と占領支配の共犯者として歩むことになる最悪の選択に強い憤りを覚えます。
2004年12月09日
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今日12月8日は、日本が太平洋戦争に突入した開戦の日。アジアでの犠牲者は2千万人。この侵略戦争への反省が、戦後政治の出発点であるべきなのに、「やむおえない戦争だった」などと戦争を美化する人たちが、日本の政治の中枢に昔も今もいることが、政治のゆがみの大きな問題のひとつです。 日本共産党は、1922年の創立のときから、天皇制政府の野蛮な弾圧に抗し命がけで侵略戦争に反対を貫いた唯一の政党です。戦前の日本共産党員の生き方は、私の生き方の支えです。 12月8日の今日、当時の日本共産党員、伊藤千代子さん(24歳の青年)の手紙を思い出しました。 千代子さんの祖父母は、千代子さんが「国賊」「非国民」といわれるような道にすすもうとしていることに不安をつのらせ心配していました。心配する祖父母の思いに苦悩しながらも、自分がどんな思いと決意を抱いているのかぜひ知ってほしいという切々たる気持ちをこめて、3月はじめにいとこの岩波八千代さんへの手紙にその心情を書き送っています。それが、1928年に出された以下の手紙です。―「お手紙拝見いたしました。みなさんに大変わる者のようにうたがわれているので、あなたも何か大変わるい、人並はずれたのらくら者のように思っているようですね。せんさんの事は別問題として、私がずっと前から現在の社会で最も困っている人達、いくら働いても働いても貧乏している人達の味方になって、そんなわるい社会を何とかよくしたいために勉強していることは、あなたもよく知っていて下さることと思います。一方では朝から晩まで働いても働いても飯のくえない多くの人々、一方で遊んで人を使ってぜいたくしている少数の人々――こういう社会を見て、何の不思議も、うたがいも起こらない人はありますまい。一体人間の世界って昔からこうであり、又何時までも何時までもこうであるか考えずにいられなくはないでしょうか。年取った、こんな社会の不公平、不正になれっこになり、これを何とかよくしようと思う気力もなくなった行手の少ない人々は仕方ないでしょうが、少なくともこれからこの社会に生き、この社会で仕事をしていこうとする青年男女にとって、真に真面目になって生きようとすればする程、この目の前にある不公平な社会をなんとかよりよいものとしようとする願はやむにやまれぬものとなってきます。私の勉強もそのやむにやまれぬ所から生まれてきました。ますます深まりますますひどいものになっていく社会の不公平は、私のように勉強せずに居られぬ人間をどしどし生みだしてました。ことに若い、行手の長い元気にあふれ、力に充ちた私達青年男女の間に、学生の半分以上はそうです。殊に大学、高等教育の学生はどうしてもこのことを考え勉強せずには居られなくなってきました。 私達学生は理論的に、科学的に、この現代社会の不公平の原因がわかります。わかった以上誰かにそれを教えます。この世の中に最も多くのうたがいと苦しみをうけている人々が、それをいちばんよく知ろうとし、又理解し得るのです。私は一旦思い定めたことを、正しいと信じたことは、どこまでもつき進まずにはいられない性質です。お祖父様やお祖母様のおなげきを思います。それを思うと私はいくどやめようと思い、一晩中泣いたかわかりません。けれども何も不正なことでない以上、只皆様のおなげきは、私のしようとしている仕事のほんとのことがわららない為だと思います。そして大きな、長い目で見た時、たしかに、私自身の持っている性質、持っている才能を一番よく発揮し得た時、お祖父様方の御恩に最もよく報いられるのだと思っています。 おとなしい、やさしい娘になったら皆様も一寸は安心し、人目もよく思われるでしょうが、昔から、何か新しい、ほんとに世の中のためになる仕事を始めた人々はだれでも始めは社会からつまはじきされたものです。私は強い確信を以って、正しい勉強をし、やがて皆様への御恩がえしになるようなものになる準備をしていることをあなたに信じていただきたいのです。わからない為にいろいろ誤解して、心配して下さるのはやめて下さるように、安心して、長い目で見て下さる様に、あなたから慰めておいて下さい。 三月になればすぐ帰ります。その時になったらゆっくりお話しも出来るでしょう。」(現代かなづかいに直してあります) この手紙は、検挙される前に出した彼女の最後の手紙となり、ゆっくり話をすることもなく、翌年(1929年)9月、無念であったろう死を迎えることになりました。 この日記を書きながら、自分の思いとも重ねあわせ、胸があつくなりました。
2004年12月08日
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10月30日から公開されていた、山田洋次監督の「隠し剣 鬼の爪」の上映は、残念ながら金沢での上映はすでに終わってしまいました。 激しく揺れ動く幕末。東北の小藩で恋をし、生き方に悩む平侍らの姿―時代の波にもまれる若者への思いを、現代の若者たちに通じるものとして、山田洋次監督は「今の若者たちは、おとなが作ったさまざまな仕組みのなかで、のたうちまわるようにして生きている。それでいて無責任とか、遊んでばかりいるとか、文句だけは言われる。キレそうな思いを抱えながらがまんして生きていると思いますよ。この国は彼らの着地点を用意しないんですから。自分の個性に合わせた仕事を選べるシステムというものをつくらなきゃいけないのに。 年配者だって、粗大ゴミみたいに扱われてしまう。この国は、国をあげてどこが悪いのか一生懸命考えなきゃいけないんじゃないか。そんなことを時々思いますね」と述べています。 前作「たそがれ清兵衛」のDVDを購入し、時折鑑賞しています。11月22日の日記でも紹介しましたが、「『たそがれ清兵衛』の製作を通してぼくは藤沢周平の時代劇という豊かな鉱脈を掘り当てたような手ごたえを感じていた。」と山田洋次監督は言っていますが、その「鉱脈」とは何なのか、最近考えています。 藤沢周平さんの時代小説は一度も読んだことはありませんが、出版界には周平ブームがいきているようです。「藤沢周平という作家の根っこにあるのは、少数の強者が好き勝手に動かす社会への激しい怒りと、いかなる権力からも遠い圧倒的多数の弱者への強い共感です。はなやかでぜいたくなもの、熱狂、戦争が大嫌い。しかし、日々を誠実に生きる人々には惜しげもなく豊かであたたかな物語りをあたえ続ける。過酷な時代を生きる私たちますます近い作家になってきたんだと思います」との論評もあります。 映画評論家の吉村英夫著「山田洋次×藤沢周平」を購入しましたが、それを読むのを皮切りに、藤沢周平さんの小説そのものも読んでみたい。
2004年12月07日
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「遥かなるクリスマス」―さだまさしさんの曲がずっと気になってましたが、先日CDを買いました。気になったきっかけは、10月9日の夜、偶然テレビでみた「僕らの音楽」。番組のラストでこの曲の存在をはじめて知りました。 中学から高校にかけて(まだCDではなく、レコードの時代…)、フォークソング、クラシック、洋楽など幅広く聞いていたものです。長渕剛、南こうせつ、吉田拓郎、「モルダウの流れ」、ビートルズ、ビリージョエル…、亡き父の影響もあって美空ひばりや森進一なども。さだまさしさんも、よく聞いたアーティストの一人です。まれにしか行きませんが、カラオケでは、この当時の体験もあって、ご一緒するさまざまな年代の人にあわせた曲を歌うことができます(上手下手は別にして)。90年代のヒット曲もそこそこ知ってますが、21世紀になると、さびの部分は知っていても、1曲丸ごととなると難しい。 閑話休題―「遥かなるクリスマス」は、さだまさしさん曰く「一連の不毛な殺戮への最後の抵抗歌」。「不毛な殺戮」のひとつは、イラク戦争であることは疑いがないでしょう。歌詞の感じ方には様々あるかもしれませんが、さだまさしさんは、あえてこういう歌詞にしたのではないか、とも思います。こういう曲が生まれたこと自体が大事だとも思います。車の中で何度も聴いています。 憲法9条改悪の足音が大きく聞こえ、自衛隊派兵延長が濃厚となかで終わろうとする2004年。そして間もなく2005年。戦争のない世界のさきかげとしての憲法9条をなんとしても守らなければなりません。 お気に入りのZARDのニューシングルも買いました。CMの曲になっている「今日はゆっくり話そう」もいいですが(携帯電話の着信音に設定しています)、「二人の未来が いつか つながっていたらいいね もう二度と こんな迷子にならないように」と唄う「淡い雪がとけて」もいい曲です。
2004年12月06日
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小松市方面で行われた会議に出席させていただきました―「勉強させていただきたいと思って…」。 小松市方面を守備範囲とする党加南地区委員会。来年は、2月の白山市議選を皮切りに、秋の能美市議選、加賀市議選など、市町村合併にともなう地方議員選挙が行われます。 内灘町以北の能登地区委員会でも、かほく市議選、羽咋市議選、新七尾市議選…ひとつひとつの選挙で着実な前進を―そんな思いを強くした1日でもありました。 夜、事務所で山積した仕事をこなすのにおわれました。
2004年12月05日
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昨日、臨時国会閉会。昨年の衆院選、今年の参院選での議席後退のもと、国会会期も短く、制約された条件の中でしたが、日本共産党の論戦と活動は大きな役割をはたした、と思います。 新潟県中越大震災・各地の台風水害への救援、支援活動では、党をあげての活動。民主党、社民党と共同して提出していた、住宅本体の建築や補修に公的支援を行う被災者生活再建支援法改正案は、自民、公明の反対で審議未了、廃案に。被災者の方々の悲痛の思いにこたえたのはどの党か、願いに背いたのはどの党か、くっきりと浮かびあがりました。 イラク戦争や沖縄米軍ヘリ墜落問題では、アメリカいいなりのゆがみを正す路線にたっての論戦。そして、マスコミでも大きく報道されるようになった定率減税縮減の問題や、その先の消費税大増税問題でも、大企業中心のゆがみをただす立場からの論戦。 橋本派ヤミ献金問題では、企業・団体からいっさい献金をうけとらない立場から、スクープを含めた追及。 などなど―日本共産党の議席のねうちを多くの人に知っていただくために、がんばらなければなりません。 こうした思いをこめて、昼、金沢市香林坊で訴えをさせていただきました。近くの竪町入り口では、尾西県議らが新潟大震災救援募金の訴え。 びっくりしたのは、日本医師会などでつくる「国民医療推進協議会」が提出していた混合診療の導入に反対する請願が、衆参本会議で全会一致で可決したこと。小泉首相の所信表明演説とは正反対の内容が、しかも全会一致で採択されたのは異例。石川県内でも、医師会のみなさんらが、協議会をつくり混合医療に反対する活動をはじめていますが、こうした方々とも手をとりあって、力をあわせて、医療を受ける権利を奪う混合医療に反対する活動にも全力をあげたいと思います。 来年の一月には、通常国会も始まります。草の根で、要求実現の活動をおこし、手をとりあい、政治をかえる力を大きくしたい。
2004年12月04日
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今日で臨時国会閉会。閉会にあたって、JR金沢駅西口で、平田俊一・党金沢地区委員長らととともに訴え。 私は、米軍のイラク・ファルージャでの、国際人道法に違反する残虐な行為を厳しく告発しながら、無法な侵略戦争と戦争犯罪に加担することになる自衛隊派兵の延長反対と撤退、日本政府のとるべき態度について訴えました。 タクシー運転手の方々がたくさん手を振って激励していただき、出勤途中の方が大きく手を振ってくださる姿に、励まされる思いでした。 昼は、石川憲法会議の「毎月3日の宣伝行動」に参加。憲法を守る署名への協力とともに、ハンドマイクでも訴えさせていただきました。憲法が改悪されようとする情勢を敏感に感じ取ってくださっているのでしょう、たくさんの方が署名に応じてくれ、そこでの対話もはずみます。 夜の会議の準備におわれながら、憲法を守るための運動を大きく広げる知恵だしの会議に参加。 明日は、新潟県中越大震災救援募金の訴えに、街頭にでます。
2004年12月03日
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●民間人・住民への攻撃の禁止●軍事目標と民間人・民用物を区別しない無差別攻撃の禁止●文民病院はいかなる場合にも攻撃してはならない●文化財および礼拝所に対する敵対行為の禁止 国際人道法(ジュネーブ条約)の規定です。現在も続いている米軍のイラク・ファルージャでの行為は、この国際人道法にすべて違反するもの―日本共産党の小池晃・政策委員長は、今日の参院決算委員会で主張しました。 小泉首相は、「テロリストの思うつぼになれば世界がもっと不安な状況に陥る」と答弁。 「テロに屈することはできない」と強弁し、米軍の無法になんの抗議もできないどころか、この作戦を「成功させないといけない」と言った小泉首相。 もはや問題ははっきりしているのではないでしょうか。自衛隊派兵の延長は、米軍の無法な侵略戦争と戦争犯罪の共犯者の道を継続すること。 涙が出る悲しみと、強い憤り―いま自分のできる精一杯のことをやろう!そんな思いで過ごした1日。 明日は臨時国会の閉幕―朝、街頭で訴えます。
2004年12月02日
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夜の学習会の講師の準備―「社会を変えるのはあなたです」と題した、県労働者学習協議会主催の秋の労働学校。講師の準備をしながら、あらためて史的唯物論の見地で過去・現在・未来をみすえることの大事さを、私自身がつかみなおしました。 アメリカの横暴、小泉内閣による悪政―それを維持するための「二大政党制づくり」。ややもすると、「どうせ政治は変わらない」「がんばっても変わらない」「みんなわかってくれない」などなど、知らず知らずのうちに、形而上学的、観念論的な見方になってしまいます。人間の歴史は、たたかいによって前にすすんできたこと、社会をみるときに経済的諸関係を土台にすえて見ること、真理をみすえる勢力は必ず多数派になるし、それが歴史的必然であること―などなど、講義の中で伝えようと努力しました。 が、今の自分の水準では、力不足。青年たちをはじめ、講義に参加していただいた人に申しわけないことをしてしまいました。 はじめて講義を聞く人にも、「目からうろこ」となるような話をするためには、毎日の自己変革が自分自身に求められています。 人間らしく生きるためにも弁証法的唯物論、史的唯物論を学び、解釈でなく変革の立場で生きること―日本共産党員としての生き方にさらに磨きをかけなければ…。 イギリスのBBC放送が11月27日報じたところによると、イラク赤新月社(イスラム諸国の赤十字社)のスポークスマンは、米軍によるイラク・ファルージャの攻撃による犠牲者は6,000人を超えている可能性があると述べました。死体が多いため町のなかの移動することが困難であり、「いたるところに死体がある。食料の包みを受けとるとき人々は大声をあげて泣かんばかりである。実にひどい。人道的な大惨事だ」と述べました。いかなる理由があっても、こんなことは許されません。 この報道―「しんぶん赤旗」は今日12月1日付1面で報じました。一人一人の人間を大切にする立場で、真実を伝える「しんぶん赤旗」を多くの人に読んでいただきたいと思います。
2004年12月01日
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